あの後も紅魔館の面々はしばらく警戒を続けていたのだが、永遠亭が攻めてくる気配は全くない。
現在時刻は午前九時、既に日も昇り、四人は小部屋で朝食を摂っていた。
「朝から豪華だなー」
「そう?」
普段食べ慣れていない洋食だったが、妹紅は嬉しそうに口に運んでいる。
咲夜はイマイチ食欲が無いようだった、状況を考えれば不思議なことではない。
「妹紅、永琳はどのタイミングで攻めてくると思う?」
咲夜は窓の外を眺め、ナイフとフォークを握ったまま難しい表情でそう尋ねる。
妹紅はハムエッグを口に突っ込みつつ、眉間にしわを寄せて考え込んだ。
「ん、んー……なんたっていっつも攻める側だったからなぁ……攻勢に転じたときにどう出るかまでは……」
「そうよねぇ……」
「門番の経験上、人間が来るなら昼、妖怪が来るなら夜が多いですよ」
「とは言うもののねぇ」
「あいつらはどっちに分類されるんだろうねー」
何かを一口食べるたびにガブガブと酒を呷りながら、萃香はヘラヘラと笑っている。
そして咲夜は、そんな萃香を困ったような顔で見つめながら言った。
「普通に考えると暗くなってから忍び込むのがセオリーなのよ」
「基本だな」
「月人は知りませんけど、少なくともウサギは妖怪じゃないですか?」
「そうね、ついでに言えばあいつらは月の持つ魔力について詳しい、やっぱり夜に来ると思う」
「月の恩恵を受けると?」
「そんなものがあるのかどうかはよく知らないけどね」
「ふむ……」と腕組みして考え込む咲夜の横では、美鈴が飄々とトーストにかぶりついている。
このぐらい暢気に構えていられればどれほど良いだろう、と咲夜は溜息をついた。
「夜に来ると考えられる理由はもう一つあるわね」
自分がまったく手をつけていなかったトーストを美鈴の皿に移し、咲夜は話し始めた。
「ギリギリまで気を張らせてこっちの精神的な消耗を狙ってくる可能性がある」
「……あー、八意の考えそうなことだな」
「でもそれにどう対処するの?」
「ところが対処法があるかと言われると難しくてね」
「寝てれば良いんじゃないですか?」
「ええ、そうしましょう」
咲夜の言葉に一同は言葉を失う。美鈴でさえ冗談で言ったつもりだったのに、咲夜は真顔できっぱりと肯定した。
そしていつの間にか咲夜の横にはワイン樽が用意されている、時間を止めて持ってきたのだろう。
「夜まで寝てれば消耗はしない。でもね、その裏をかいてくる可能性もある」
「夜に来ると思わせて昼間に攻め入るってことか」
「そう、気を緩めちゃいけないのよ。そして何より私達は既にあいつの術中にはまっている」
「え? 攻め込まれてもいないのにですか?」
「なまじっか密偵を入れたのがまずかったわ、捕まってしまったようだけど」
中途半端に伝わった情報がかえって咲夜の頭を混乱させる要因になった。
その作戦の真偽も疑わしく、永琳が何を考えているのかまったくわからなくなってしまったのだ。
咲夜はワイン樽からグラスに次々とワインを注ぎ、それぞれの前に置いていく。
目の前にグラスが置かれるとき、誰もが怪訝な表情を浮かべた。
「それだけ頭の良い奴だ、ってこっちが思ってしまっているのがまずい」
「で、でもいくらなんでも酔っ払ってまで無理矢理寝るなんて乱暴じゃないか?」
「あいつの頭が良いのは確かだし、それに対策を講じなければならないのも確かよ、さて一つ聞くわ」
「?」
「?」
「なにー?」
「萃香はまぁいいわ、貴女達、寝起きにアルコールが残ったりする?」
「私は大丈夫ですけど」
「私も特に問題ない」
「私も大丈夫、だから飲んで寝ましょう。急いで飲みましょう。寝る前の酔ってるときに攻められるのが一番まずいわ」
「ちょ、ちょっと落ち着きなよ……正気じゃないわこんな作戦」
「既に私達は二度の襲撃に耐え、消耗している。それに対して永遠亭は無傷、万全の体勢で来るわ。
戦力的にはほぼ同等、指揮官の頭は……悔しいけれど向こうが上」
咲夜が唇を噛む、それを見た三人は何も言うことができなかった。
「なのにこのまま警戒を続けて疲労を溜めていたら、いざってときに必ずボロが出るわ。
実力が均衡している者同士のバランスなんて、些細な原因で崩壊してしまうものよ」
言うが早いか、咲夜は自分のグラスを手に取って一気に飲み干した。
周りの者は唖然としている、だが咲夜は気にせずに二杯目を注ぎ始めた。
突飛な行動とは裏腹に、至って真顔だった。
「バッチリ疲れを取って万全の状態で迎え撃つ、小細工を弄しても墓穴を掘るだけならそれしかないわ。
私達に必要なのは度胸と士気。防衛戦だからと言って守りに入ってはダメ!!」
ギュっと目を閉じて、咲夜は二杯目も一気に胃の腑に流し込んだ。
早くも頬が赤くなり始めている。
「か、かっこいいです咲夜さん! そうですね! 病は気から!!」
関係ない。
しかし美鈴は咲夜の考えに同意し、ワイングラスに口をつけた。
「奇策もいいとこだなぁ……でも確かに、普通の動きをしたんじゃ読まれる……。
何より弱気になったらいけないしね、こうなったらヤケよ!!」
妹紅も便乗する。メイドとして働き始めて以来絶っていた久々の酒は刺激的だった。
咲夜がわざわざ酒を持ってきたのは、普通に寝ようとしても緊張で寝られない可能性があるからだろう。
「これは下っ端メイドに飲ませる安いやつだから、ちゃんと味わわなくて良いわ!
戦いが終わったらお嬢様にお願いして、とびっきり上等なやつを開けましょう!!」
「勝つぞーっ!!」
「お嬢様に豆なんかぶつけさせてなるものか!!」
「紅魔館バンザーイ!!」
もうヤケクソだった。何よりも咲夜が一番疲れていたのだろう。
咲夜は目がトロンとしてきたところで適度に切り上げ、足取りを乱すこともなく自室へ戻っていった。
咲夜が目を覚ますと既に時刻は午後二時を回ったところ……こんなに寝てしまうとは思わなかった。
節分になる数日前からロクに寝ることができなかったから、よほど疲れが溜まっていたのだろう。
酒を飲んで寝たせいか喉の渇きを覚え、食堂に冷たい水を飲みに行く。
途中廊下で、先に起きていた妹紅に会った。
「おっ、お目覚めか。特に変わりはないよ、思った通り夜に攻めてくるのかもね」
「ごめんなさい、寝すぎたわ……指揮官失格かもね」
「あんまり肩肘張るなって、あんただけで戦ってるんじゃないんだからさ」
「そうね……」
「むしろあんたがゆっくり休んでくれてほっとしてる。アテにしてるよ、メイド長」
「肩肘張るなって言った側からそれ?」
手をひらひらと振りながら立ち去る妹紅、その背を見送りながら咲夜は思わず苦笑する。
(そういえば……なんでこんなに必死で戦ってるのかしら?)
ああ、そっか、豆か……。
咲夜は途端に虚しくなった。確かにお嬢様を守るという大義はあるのだが……。
食堂に行く途中、美鈴が中庭で太極拳をしていた。
変に体力を使う運動を避け、気持ちを落ち着けているのだろう。
(あと十時間弱ね……)
思ったより皆真剣らしい。
寝起きのだるさは少しあるものの、疲れはあまり感じない。
だが心配なのは永遠亭に対してこれと言った対策をまともに考えてないことだ。
向こうの作戦がわからない以上、そこまで正確な対策は考えられないにしろ、
現時点では誰が誰を相手するかという程度のことしか決まっていない。
(素直に篭城作戦でも……)
食堂でコップに水を汲んで飲むと、冷たすぎて少し頭痛がした。
手で頭を押さえながら再び時計を見ても、まだ時間はほとんど進んでいない……。
「時間……?」
そうか、待てよ……今までは相手が少人数だから全滅させることばかり考えていたけれど、
よく考えれば別に相手を全滅させることだけが勝利条件ではないはず。
この戦いは「節分」という行事に基づいているのだ。
魔理沙は反則スレスレのことをしたが、実際に動き始めたのは節分の日付になってからだった。
「こんな根本的なことを見逃していたなんて……」
要は、どんなことでも良いから時間を稼ぎ、日付が変わるまで粘ればいいのだ。
倒すことは忘れて時間を稼げば良い……ならばまだいくらでも作戦はある。
ギリギリに攻めてくるつもりならばかえって好都合だ。
紅魔館外周に最小限の警備を残し、臨時の作戦集会が開かれることになった。
全メイド、妹紅、萃香、美鈴の三人も、もちろん集められている。
しかし呼び集めたはずの咲夜がなかなか来ない、いつ永遠亭が来るかわからないというのに……。
「また昼寝してんじゃないのぉ?」
「漆でかぶれれば良いのに」
下っ端のメイドは咲夜が居ないと思って言いたい放題だった。
「何してるんだろ、咲夜の奴」
「なんでしょう……時間に遅れるなんて珍しいですね」
「霧散して見張ろうかって言ったんだけど、いいわ、って言われちゃったよ?」
三人は首を傾げる……しかしそのとき宴会ホールのドアが開かれ、咲夜が姿勢良く入ってきた。
だらけている下っ端達は咲夜の鋭い眼光で瞬時に姿勢を正す。
咲夜は何も言わず靴音だけ響かせ、演説台に上ると、一つ咳払いをしてから話し始めた。
「遅れてごめんなさい、これより対永遠亭の戦略を伝えるわ。
この時間まで襲撃が無いことから、おそらく八意永琳の作戦は時間ギリギリまでこちらに警戒態勢をとらせ、
心身共に消耗させるつもりのようね。今の時刻は午後四時前、残り八時間ほど……。
向こうがそのような作戦をとるならば、こちらは原点に立ち返ることにします」
一同息を飲む、咲夜は一体どんな作戦を展開するつもりなのか……。
「最初は普通の部隊展開で相手の出方を見るわ、現時点で確認しているところでは、
敵方は『イナバガンナー部隊』を編成、大将の蓬莱山輝夜、副将の八意永琳、
そしてウサギ達のリーダー格二名をそれぞれ隊長とし、計四隊のイナバガンナー部隊を用意していると思われる。
リーダー格はともかく、下っ端は貴女達が全力で止めるのよ!!」
「はいっ!!」
「そして先ほどは大将を蓬莱山輝夜と言ったけれど、おそらくこいつは独立して動くことが予想されるわ。
実質、全指揮権を握っているのは八意永琳、こいつは私が抑える、側に居合わせた者は全力で支援なさい。
そして蓬莱山輝夜は……妹紅、良いわね?」
「ええ」
腕組みをして壁に寄りかかっていた妹紅が咲夜と目を合わせ、頷く。
「問題は二名のウサギ……美鈴、やれる?」
「に、二匹もですか……わかりました、やります」
「そして、私が指示を出したらお嬢様の潜んでいる地下室を中心に防衛線を張り、篭城作戦を行うわ。
そこまで来たら場所がバレても問題無いということよ、全員が粉骨砕身の覚悟で時間稼ぎに徹しなさい、いいわね!?」
「はいっ!!」
そこまで話した咲夜はメイド達から目を離し、フッと足元を見つめた。
「最後に……ごめんなさいね、私達だけ休憩をとって……あの間、貴女達には大きな苦労をかけたと思う」
あの咲夜が部下に頭を下げている……メイド達は息を飲んだ。
「もうぼろぼろだと思うけど、お嬢様を守ると言う意志の元、最後まで戦い抜いてくれると信じているわ」
「さ、咲夜さん……」
「メイド長……」
「この咲夜さん、イイ……」
台無しだった、咲夜は表情を歪めた。
「普段のツンツン咲夜さんも良いけど、しおらしい咲夜さんも良いわね!!」
「ええ!!」
「頑張りましょう!!」
「咲夜!! 咲夜!!」
勘弁してほしかった。
咲夜としてはこんな方向で士気が上がると思ってもいなかった。
やっぱりこいつらダメだ。
「と……とっとと配置につけぇーーっ!!」
乱射される咲夜のナイフをスイスイと避けながら、メイド達は蜘蛛の子散らすようにホールを出て行った。
息を切らす咲夜の目には涙が溜まっている。
「ご愁傷様……」
「あんな感じに頼りにならないから、お願いね、妹紅……」
「あ、ああ……」
咲夜のナイフをあそこまで避けられるのだから頼もしいじゃないか、と妹紅は思ったが黙っていた。
一方、あの暢気な美鈴は腕組みしたまま青ざめている。永遠亭のウサギなんか見たこともない……どう戦えば良いのだろう。
萃香は霧散を開始し、再び掌萃香がそれぞれの懐へと潜り込んだ。
――そして午後九時。ついに永遠亭の猛攻が始まる。
恐ろしく冷える夜だった。
空は分厚い雲に覆われ、永遠亭のシンボルとも言える月はまったく見えもしない。
しかし月明かりさえ無いという状況はかえって夜襲には向いている。
「距離およそ72ヤード……一撃で決めてやるわ」
「フッ、この距離からのヘッドショットはできて当然でしょう、鈴仙」
後ろでは氷の張った湖からザブザブと音を立て、スクール水着を着たイナバガンナー部隊が上がってくる。
鈴仙とてゐは正門を攻める、輝夜隊と永琳隊はそれぞれ向かって左後方、右後方から侵入する手筈になっている。
スクール水着を普段の制服に着替えているイナバ達を尻目に、鈴仙はメイドの一人に照準を合わせた。
パスン!
「いったぁぁぁぁぁ!?」
門の前に立っていたメイドの一人の額に鈴仙の豆が命中、メイドは額を抑えて転げ回っている。
「ナイスショット! 鈴仙!」
てゐが差し出した掌に鈴仙がハイタッチを重ねる。
そしてすかさず表情を引き締めると、鈴仙はイナバガンナーズに向かって叫んだ。
「それじゃ、遊びはこれまでね……突入するわよ、皆」
イナバガンナーズは豆ランチャーを小脇に抱え、無言で頷く。
鈴仙とてゐの背中には二つに分離した黒いもの……ハイパー豆ランチャーがくくり付けられていた。
紅魔館にもその存在がバレていないハイパー豆ランチャー、一体どのような武器なのだろう。
「突撃!! 紅魔館の正門を突破する!!」
鈴仙とてゐを先頭にイナバガンナーズが続く……よく見ると後方に妖夢も混ざっている。
二本の刀は明らかに目立つのだが、それでもこの溶け込みっぷりは素晴らしかった。
ふわふわした丸い尻尾もつけられて、もはや完璧なウサギの一員である。
そして紅魔館もメイドの一人が狙撃されて臨戦態勢を取る。
「こちら門番隊紅美鈴、門番の一人が狙撃されました……永遠亭が来ました!!」
『了解、萃香によると丁度良く二名のウサギが正面突破を行うみたいよ、返り討ちにしてやりなさい!!』
「ええ、ようやく本職に戻れました……紅魔館の門番の実力を見せてやります!!」
イナバガンナーズは一部隊につき十二名、隊長含めてその数だ。
ウドンゲ隊だけは後に妖夢が配属されて十三名となっている、つまり正面突破は二十五名のウサギによって行われる。
「こちら十六夜咲夜、正面から攻撃をかけてきたウサギはおそらく陽動。紅魔館後方に気を配りなさい」
そう伝えて咲夜は掌萃香を懐にしまい込む。
おそらく永琳は後方から攻めてくるはずだ……咲夜は唾液の一滴も出ないほどの緊張を感じていた。
自分が講じたいちかばちかの奇策……上手くいかなければ、レミリアは豆ランチャーの的になる。
「痛いっ!!」
「きゃぁっ!!」
「な、なによアレ!?」
門番隊は見慣れぬ武器に大混乱だった。
ある程度進軍したところでウドンゲ隊とてゐ隊は停止、横二列に布陣しての波状攻撃を仕掛ける。
向かってくるメイドをウドンゲ隊の豆ランチャーが撃ち落とし、込めた豆が切れると後ろのてゐ隊が出てくる。
そしててゐ隊がメイドを相手している間にウドンゲ隊は豆ランチャーに豆を込めるのだ。
「何やってるの!! 弾幕を使いなさい! 接近を試みてはダメよ!!」
「は、はい!!」
美鈴の指示でメイド達は前線を下げて弾幕を展開する。
色とりどりの弾幕がイナバガンナーズに襲いかかるが、鈴仙は恐れる事もなく声を張り上げた。
「無駄よ、全部撃ち落としなさい! イナバガンナーズ!!」
鍛え抜かれたイナバガンナーズはメイド達の弾幕に豆を当てて次々に打ち消していく。
攻撃の手を休めれば自分自身が豆ランチャーの餌食になるため弾幕は止められない。
イナバガンナーズも大量のメイドから撃ち出される弾幕に気を取られてメイドの数を減らせない。
こうして正門前は完全な膠着状態に陥った。
(これは遅滞戦闘……咲夜さんの言うとおり、こちらはおとりね……なら!)
「全力で弾幕を展開なさい!!」
「え、も、門番長?」
「私ならあんな玩具突破できる! ここで遊んでる場合じゃないのよ、援護射撃を!!」
「は、はいっ!!」
メイド達は両手を広げて出せるだけの弾を撃ち出した。
美鈴はその合間をくぐってイナバガンナーズに強襲をかける。
「ハィィィィッ!!」
「……みょん!」
「お任せください」
一気に距離を詰めた美鈴はその右腕に気を纏い、鈴仙に殴りかかったのだが……。
目の前に突如出現した妖夢がそれを足の裏で受け止めた。
衝撃を殺すためにその場でくるくると回転しながら、妖夢は二振りの刀に手を掛ける。
「なっ!? 魂魄妖夢!?」
「斬る!!」
大きく振りかぶった体勢から、一瞬のタイミングで振り下ろされる妖夢の刀。
予備動作のわかりやすさに反してその速度は尋常ではなかった。
美鈴は両腕に気を纏い、それを盾にしてなんとか妖夢の攻撃を防ぐ。
「……ほう、楼観剣と白楼剣を受け止めて腕が切れないとは、相当鍛えているようね」
「な、なんでお前がここに……」
「みょん!! もういいわよ!!」
「はい……」
「な、なんだあれ……?」
てゐと鈴仙がついに背中にかかっていたハイパー豆ランチャーに手をかけた。
分離していた二つのパーツを力いっぱい連結させ、二メートルほどもあるそれを両腕で抱えている。
「かかったわね単細胞!!」
「鬼は外!!」
何が起こっているのかわからない美鈴は硬直していた。
懐で掌萃香がなにやら叫んでいるが、それすらも美鈴の耳には聞こえていない。
鈴仙とてゐが同時に引き金を引くと、ハイパー豆ランチャーから発射された豆は、
そのあまりの速度により空気摩擦で発火、炎の矢となって美鈴の胸部に突き刺さる。
「ぐぅっ!?」
あまりの衝撃から「く」の字に折れて吹き飛ばされた美鈴は、十メートル以上も離れた紅魔館の正門に叩きつけられた。
そしてそのままずるりと滑り落ちて地面に膝をつき、ウサギ達を睨みつける。
「ハイパー豆ランチャーの威力はどう!? ただのおとりだと思ったら大間違いよ!」
「な、なんて威力よ……もう豆とか関係ないじゃんあれ……」
ごもっともだ。
美鈴がよろよろと立ち上がると、服の裾から何かがこぼれ落ちた。
「う、ぅー……」
「え……あ、あぁっ!?」
掌萃香がぐったりと地面に横たわっていた、美鈴はすかさず拾い上げてその頭を撫でる。
あれだけの速度で豆が飛んできたのに、思ったよりダメージが少なかったのは……。
胸元に潜んでいた萃香が身代わりになってくれたから……美鈴の目に涙が溜まっていく。
「よ、避けてって言ったのに……」
「私をかばって、そんな……!!」
「べ、別にかばったわけじゃ……」
美鈴は萃香を頬にすりよせて涙をこぼした。完全に、自分をかばって犠牲になってしまったと思い込んでいる。
しかし実際は、危ないから避けろと萃香が喚いていたのに美鈴がぼーっとしていたせいで直撃しただけだった。
「萃香……」
「ふ、ふふ……ビクトリーワイン……一緒に飲みたかった、な……ガクッ!!」
「萃香ーーーーッッ!!」
美鈴の手に載っていた萃香はしゅん、と微かな音を立てて儚く霧散していった。
美鈴はもう萃香のいなくなった掌を見つめたまま、涙を滝のように流している。
「も、門番長助けてーーっ!!」
「さぁ、吐きなさい……レミリアはどこに隠したの?」
その前方では門番をしていたメイドの一人が鈴仙に捕まっていた。
狂気の瞳で睨みつけられたメイドの表情から徐々に恐怖の色が消え、目の焦点が合わなくなる。
「お、お嬢様は……地下室に……」
「地下と言っても広いんでしょう? どの地下室?」
「普段……妹様がいるところ……」
「そう、ありがとう」
鈴仙はメイドを投げ捨て、美鈴にハイパー豆ランチャーを向けたまま構えているてゐに話しかける。
「だそうよ、てゐ」
「わかったわ、それじゃ早いところ突破しないとね」
「私はこの事を別働隊に報告するね」
再び鈴仙の目が赤く輝き、頭上のシャープなウサギ耳がぴくぴくと動いた。
振幅の操作により増幅された鈴仙の意思は、テレパシーとなって輝夜と永琳に伝わる。
こうしてレミリアの位置がバレた。紅魔館の危機である。
一方紅魔館内の主要メンバーは混乱に陥っていた。
美鈴の懐に隠れていた萃香が豆でやられたことにより、全員の萃香が霧散して消えてしまったのだ。
それどころか全館の監視をしていた霧状の萃香も居なくなってしまった。
「何!? 何が起こったというの!?」
ある程度は予測できないことでもなかった、咲夜は悔しそうに拳を握り締める。
こうなれば下っ端のメイドを連絡員として使うしかない、情報伝達速度はかなり落ちるが……。
「咲夜さん! 裏から侵入した部隊を発見しました!」
「……よくやったわ!! で、輝夜? 永琳?」
「そ、それがわからないんです……」
「どういうこと……? まぁいいわ、どっちが相手でも倒さなければならないのは同じ!」
「今皆で頑張って抑えてるけど時間の問題です、急ぎましょう!」
慌ててばかりもいられない、咲夜はメイドの後を追って駆け出す。
まだ戦闘開始間もないというのに、早くも篭城戦をしなければならないのだろうか……。
とはいえそれはレミリアの位置を教えることと同義である、ギリギリまで待たなければいけない。
しかし、既に永遠亭にレミリアの位置が伝わっているとは、流石の咲夜にもわからなかった。
ウサギ達と同じ格好をし、ウサギ耳まで装着して、髪を解いた永琳。
輝夜も同様の偽装を施されている、メイド達が遠目にどの部隊か判別がつかないのはこれに由来していた。
多少の体格差は宵闇が包み隠してくれる。
ついでに言えば上陸時に永琳もスクール水着を着ていたという件だが、寺子屋での臨時教師のアルバイトと、
里への薬の提供を条件として、後に上白沢慧音に歴史を食ってもらうことになっていた。
他の水着を着て上陸すれば良さそうなものだが、永琳の偽装はそこまで徹底しているのだ。作戦に穴は無い。
(了解よ、ウドンゲ……こちらは引き続き『陽動』するわ、ふふふ……)
そして永琳の作戦では、実は正面から攻めているウサギ達が本命だった。
咲夜が自分、そして輝夜をもっとも警戒することなどわかりきっている。
紅魔館は咲夜さえ潰しておけば後はどうということはない。
美鈴は確かに少々厄介な存在だが、鈴仙とてゐが束になって勝てない相手ではない。
まして妖夢までつけたのだ、そこまでやって美鈴に負けることは流石にないだろう。
門の前に咲夜が自ら出てくる可能性もほぼ皆無である、普段門番をしている美鈴がそこを守るのが妥当な流れ。
妖夢によると妹紅もいるらしいが、これはまず間違いなく輝夜を狙うだろう。
おそらくここまでの展開は咲夜の読み通りに動いているはずだ。
ウサギ達をおとりにし、輝夜と永琳が別ルートで侵入、レミリアを狙う……と、見せかけている。
思い通りに事が進むと安心して視野が狭くなってしまうものだ。永琳は咲夜に飴を与えているだけにすぎない。
そう、紅魔館は踊らされている。
ウサギ達はメンバーの数から言っても十分な戦力を持っている。
しかし、もし仮にウサギ達が潰されてしまうことがあっても、レミリアの場所さえわかれば永琳が行ってもいい。
比類なき耐久力を誇る蓬莱人にとって恐ろしいのは時間切れだけだ。輝夜と永琳がやられることはまず無い。
「うちのイナバは優秀ね……皆、私達は地下室を襲撃する」
輝夜が紅魔館の見取り図を片手にイナバガンナーズを誘導する。ウサギ達は無言で頷いてそれに続いた。
しかし地下室へ向けて駆け抜ける輝夜隊の前に、警備のメイド達が立ちはだかる。
「姫! 前方にメイドの集団が!」
「何も問題はないわ。強行突破するわよ」
「はいっ!」
前方に豆ランチャーを構えたまま小走りするイナバガンナーズ。
鈴仙の訓練を受けていただけあってその狙いは正確無比、メイド達は弾幕を張ることすら許されずに次々倒れていく。
「いたたたっ!!」
「うわぁぁぁん!!」
輝夜隊は、豆ランチャー射撃を受けて激痛に悶えるメイド達を鼻で笑って踏み越えていく。
咲夜の予想通り、輝夜隊は侵入後の動きを永琳に指示されていなかった。
だからこそ無軌道に動き、警備のメイド達を混乱させた。
そしてレミリアの居場所がバレた今、そこに向かって一直線に突き進む輝夜隊は現時点でもっとも危険な存在である。
「あ、あいつらお嬢様の場所をわかってるの!?」
「動きに迷いが無い……」
「抑えろぉーっ!! うわぁっ!?」
「イザベラッ!? 痛ぁぁぁっ!!」
しかしメイド達は為す術が無い……弾幕を張っても輝夜が前面に飛び出して全てガードしてしまうし、
その間隙を縫って後方からイナバガンナーズの精密射撃が飛んでくる。
輝夜隊はメイドの妨害などものともせず、凄まじい進軍速度で中庭へと飛び出した。
ここを突っ切ってしまえば地下への入り口はすぐだ。
「一気に突破するわよ! ……え?」
中庭に飛び出した矢先に真っ暗な空から大量の火球が降り注ぐ。
それはまるで輝夜隊の到来を待ちかねていたように、絶好のタイミングだった。
イナバガンナーズはそれを豆ランチャーで撃ち落とそうとするも、豆は一瞬で消し炭になってしまう。
かと言って弾幕攻撃に切り替えても、数が多すぎてとても撃ち落としきれるものではなかった。
「これはフェニックスの尾……!?」
中庭の中央に、業火に包まれながら立ち尽くす一人のメイドがいる。
見覚えのある長い髪……赤い目……。
「妹紅……やっぱり私のところに来たわね! 鬱陶しい!!」
妖夢からの情報で妹紅の存在は知れていた。
そして、おそらく自分自身を狙ってくるであろう事も予測ができた。
「姫ぇーっ!! あちちちちちっ!!」
「後退なさいイナバ達!! そして私から離れて永琳の指揮下に入って!!」
「姫……?」
「一体どうやって妹紅を味方につけたのかしら……」
「妹紅ですって!? 姫! お下がりください!!」
「いけない、イナバ!!」
着弾した火球が中庭の随所に火柱を上げる。
尻尾に火がついて走り回るイナバガンナー、未だに弾幕で火球を落とす努力をするイナバガンナー。
そして妹紅を発見して豆ランチャーでの攻撃を試みるイナバガンナー。
「逃げろと言っているのよイナバ!!」
「えい!! えいっ!!」
「……そんな玩具でこの私がどうにかできると思っているのか?」
妹紅は灼熱を身に纏い、火の粉を巻き上げながら輝夜隊に迫る。
豆は妹紅の体に触れることすら叶わずに灰になって消えていく。
弾幕を放てば、背に生えた鳳凰の翼が妹紅の身を包んでそれら全てを飲み込んでしまう。
「下がりなさいと言っている!! イナバ!! あいつは本気よ!!」
妹紅の姿が陽炎のように揺らめき、消失した。
それに気付いた輝夜は冷や汗を流す。背後を見ると、自分の背に鳳凰の翼が生えていた。
「パゼストバイフェニックス……!! イナバ!! 逃げなさい!!」
「ひ、姫、妹紅は……え? ひ、ひぃっ!!」
輝夜の周辺から撒き散らされる大量の弾が、壁のようにイナバガンナーズを押し潰した。
ニ~三名逃げおおせたようだが、あの数では中に居るメイド達の攻撃に耐えられないだろう。
「あんたが永遠亭から出てくるなんて珍しい……さぁここは敵地だ、覚悟はいいな」
「……よくもイナバを!! 望むところよ!」
「時間切れまで遊んでやる!」
こうして輝夜隊イナバガンナーズは全滅。
更に輝夜は妹紅の足止めを食って行動不能になった。
妹紅はしっかりと咲夜の要望に応えたと言えよう。
「撃ちなさい!! もっとよ!!」
「くっ!? なんなのあいつは、不死身だとでも言うの!?」
「うおぉぉぉぉぉ!!」
既に正門前のメイド達は全滅、ただ一人、美鈴だけが傷だらけで抗戦していた。
目の前で腕を十字に組み、豆ランチャーの射撃を突っ切ってイナバガンナーズに迫る。
しかし……。
「うぁっ!?」
通常の豆ランチャーの射撃は根性で耐えていた美鈴だったが、ハイパー豆ランチャーだけは耐えられない。
突き刺さる二本の炎の矢に突き飛ばされ、美鈴はこれまでにも幾度と無く門に叩きつけられていた。
「く……立て続けに使っているせいでハイパー豆ランチャーが……」
ガチガチと引き金を引きながら、鈴仙は表情を歪める。
持ち運ぶことを想定してパーツを二つに分けたことが砲身の耐久力の低下に繋がってしまった。
もちろん永琳はそれに気付いていたが、作り直す時間はなく「連続使用は避けなさい」との注意をするに止まった。
「通さない……お前達は絶対にここで食い止める!!」
「く……てゐ、そっちのハイパー豆ランチャーは?」
「こっちもそろそろ限界だわ……レミリア戦も控えてる、このぐらいにしとかないと」
「何度吹き飛ばされようとも、紅魔館の門が私を受け止めてくれる!!」
よろよろと立ち上がった美鈴は尚もウサギ達に歩み寄る。
その目に灯っているのは戦友、伊吹萃香を討たれた怒りの炎。
下がった鈴仙とてゐに代わり、今度は妖夢が前面に立った。
「私の剣は豆とは比較にならないわよ!!」
「……鬼や吸血鬼というだけで、節分に豆をぶつけられる者の痛みがあんた達にわかるの!?」
「そんなことは知らない……私が望むのは幽々子様の奪還のみ!! 斬る!!」
妖夢が残像を残しながら高速で美鈴に突っ込む。そして抜き払った刀は宵闇に白銀の弧を描く。
しかし美鈴は両腕を前面に突き出し、それぞれを逆方向に回転させて剣を打ち払った。
「ちっ! ……私の太刀筋を見切るなんて!!」
「あの豆以外は見える……! ていっ!!」
「ぐっ!?」
密着した状態で、予備動作も無しに繰り出された美鈴の拳が妖夢の腹部にめり込んだ。
「寸勁」と呼ばれるそれは、小さな動作で強大な威力を発揮する奥義だった。
まさか、この至近距離でこれほどの攻撃が来るとは思っていなかった妖夢は、大きく吹き飛ばされてウサギ達の前に倒れ込む。
「ゲホゲホ……体が思うように動かない……ゲホッ」
本調子なら避けられない攻撃ではないのに……。
「何してるのよ、やっぱりよそ者はアテにならないわね!!」
通常の豆ランチャーで跳弾を放つてゐ。壁、柵、木、といくつもの障害物で軌道を変え、美鈴の額に命中する。
……はずだった。
「あ、あれ?」
てゐの腕が震えている。豆は美鈴にかすりもせずにどこかへ飛んで行ってしまった。
後ろでは鈴仙もカチカチと歯を鳴らして震えている。
「この寒さ異常だわ……時間をかけすぎた……はばばばばば」
「予定ならもうとっくに館内を制圧しているはずだったのに……!!」
同じ条件下で戦っているはずなのに、美鈴は震えるどころか肩から湯気を上げている。
時刻は既に午後十時半、予定では十時には侵入を完全に終えているはずだったのに……。
凍りついた湖を泳いで渡って来た事もあり、ウサギ達の体温は落ちに落ちきっていた。
支給された度の強い酒も飲みつくし、もはや暖を取る手段は無い。
「この寒さは普通耐えられないらしいけど……かかったわね、ウサギども!」
「く、こいつ最初からそれが狙いで……!!」
偶然そうなっただけだが、美鈴はあえてそれを狙ったことにしておいた。
「豆ランチャーも痛いけどね、あんなものマスタースパークに比べればマシ!」
「そ、それでこんなにしぶといと言うの……?」
だがしぶといだけで攻撃力は今ひとつ、イナバガンナーズはまだ一人も欠けていない。
寸勁の直撃を受けた妖夢も、既に立ち上がって美鈴を睨みつけている。
「門番の極意とは、敵を倒すことのみに在らず!!」
「なんですって……?」
「敵を通さないことが我らの務め!! 紅魔館を守るためならばこの身は鋼と化す!!」
「く、これだから体育会系は……」
鈴仙が再びテレパシーを送る。
正面突破は不可能、内部に侵入した別働隊にレミリアを任せる、と。
永琳の作戦を狂わせた一つの誤算……それは美鈴の異常なまでのしぶとさだった。
伊達に年中門の前に立っているわけではないらしい。
「皆、豆ランチャーは片付けなさい、一斉に弾幕を展開し、意地でもあいつをやっつけるのよ」
「鈴仙……」
「正門の突破は失敗、もう私達に与えられた作戦は全て放棄せざるを得ないわ、
一人でも多く突破し、先行している別働隊に合流するのよ!」
覚悟を決めた鈴仙の目も真っ赤に燃え上がる。
もうここからは全ての作戦を捨てた意地と意地とのぶつかり合いだ。
美鈴はそんな鈴仙の赤い目を見てふっと微笑んだあと、流麗な動きで演舞を始めた。
「練精化気……練気化神……」
美鈴の周辺に虹色の弾幕が展開されていく。
舞い散る花びらのように美鈴を取り巻く弾幕、その美しさには思わずウサギ達も目を奪われる。
しかし鈴仙だけは正気を保ち、周りのウサギ達を叱咤していた。
「来るわよ皆!! 構えなさい!!」
「練神還虚……!! 極彩颱風!! ハィィィィッ!!」
こうして正門でも激戦が開始された。
門番、紅美鈴と二十五名からなるウドンゲ、てゐイナバガンナー連隊の戦いが始まる。
一方、メイドの報告を受けて咲夜が向かった場所は永琳隊の居る裏庭。
しかし咲夜が到着する頃には足止めしていたメイドは全滅しており、永琳隊の姿は無かった。
そこにはただ、豆ランチャーで撃たれて苦しみもがくメイド達の姿があるのみだ。
少し周辺を探索してみたが、豆が転がっているぐらいで永琳隊の姿は見えない。
「遅かったようね……」
咲夜を導いたメイドも眉間を押さえる。
永琳隊の進軍の速さは輝夜隊と同等かそれ以上、やはり萃香の力無しに追いかけて捉えられるものではなかった。
落胆する咲夜に一人のメイドが駆け寄ってくる、その話は沈んだ気持ちに追い討ちをかける内容だった。
「咲夜さん! どうやら永遠亭にお嬢様の居場所がバレているようです!」
「……なんですって?」
「輝夜隊の動きといい永琳隊の動きといい、ある期を境に進軍ルートが大きく変わっています」
「地下室を目指していると?」
「ええ……それまでは無軌道に動き回ってこちらを撹乱するような動きだったんですが……」
「なるほど、わかったわ……地下で篭城作戦を実行する、動ける者達に伝えて」
「はい!」
辺りは暗く、時計台は流石に見えない。咲夜が懐中時計を取り出すと、時刻は午後十一時前。
一時間ほど防衛に成功すれば、時間切れで紅魔館の勝利は確定する。
(問題はどれだけの戦力が残っているか、ね……)
妹紅か美鈴が来てくれれば嬉しいのだが……。
下っ端の話によると妹紅は中庭で輝夜を押さえ込んでいるらしいし、これは実際に咲夜も目にした。
妹紅と輝夜の姿を見たわけではなかったが、中庭で下っ端とは思えないハイレベルな弾幕戦が行われていた。
二部隊に襲われたはずの正門も突破された様子は無いらしい、美鈴も期待に応えてくれているようだ。
(……次は私の番)
指揮官としての立場もあり、今までは後方に控えていたが……。
レミリアの居場所がバレた以上、もうそうとばかりは言ってられない。
最後の手段である篭城作戦を実行し、体を張って永琳隊の進軍を阻止する。
きっとまともな応援は来ないだろう、しかし咲夜には一人ででも戦う覚悟があった。
地下室へ向かって咲夜は走り出す。
歩き慣れた紅魔館、空間もいじって近道をスイスイと移動していく。
なんとしても永琳隊に先回りしなければ。
永琳隊は残存するメイド達を排除しつつ、地下室への入り口に辿り着いた。
イナバガンナーは一人も欠けていない。
「まったく、皆頼りにならないわね……かくなる上は私達がレミリアに豆をぶつけるのよ」
レミリアを視界に捉えてしまえば、豆ランチャーで百発百中の自信があった。
特にハイパー豆ランチャーの弾速は恐ろしい。
その速度は、性能実験中に輝夜が「須臾の力を使って避けてやるわ」と息巻いていたので撃ったら、当たって泣いたほどだ。
レミリアの運動神経がいかに高かろうと、それこそ咲夜のように完全に時間を止めでもしなければ回避は不可能だろう。
「さて……」
それにしても地下が随分と広い。
永琳は大雑把に頭の中で面積を計算してみたが、どうしても計算に狂いが生じる。
この辺が咲夜の能力に由来する部分なのだろう。
どういう計算式で面積が求められるか考えつつ、永琳は地下を突き進んでいく。
だがそのとき、微かに何かが煌いたように見えた。
「そこまでよ」
永琳は突如目の前に現れた銀のナイフを、人差し指と中指の間に挟んで受け止める。
遠くには、薄暗い地下室でわずかな光を受けてチラチラと輝く咲夜の銀色の髪。
そしてその中央に自ら光を放つ赤い目が輝いていた。それは咲夜の本気の証拠。
「まぁ怖い、貴女本当は妖怪じゃないの? ふふふ」
永琳はクスクスと笑いながら咲夜の足元にナイフを投げ返した。
「妖怪よりも怖い人間よ。その身で思い知らせてあげる」
咲夜がパチンと指を鳴らすと、後方に潜んでいたメイド達も咲夜同様、目を輝かせ始めた。
こうなれば数で押し潰すしかない、メイド達は思ったより生き残っていた。
というよりは、豆が当たったぐらいでは流石に死んだりしないので、手負いのメイド達は復讐を遂げるべく目を輝かせているのだ。
「お嬢様の元へは行かせない」
懐中時計を取り出し、永琳に向けて突き出す。
時刻は午後十一時を回った、もう残り一時間も無い。
咲夜が負ければ永琳達は存分にレミリアシューティングを楽しめる。
咲夜が負けなければ永琳達はここでゲームオーバーだ。
「面白い……生命遊戯、楽しませてあげる」
「絶対にここで食い止めて、きっつい罰ゲームをお見舞いしてやるわよ」
永琳が豆ランチャーを構え、咲夜は両手に数本のナイフを構える。
散々射撃され、ぼつぼつとアザだらけになったメイド達とイナバガンナーズもにらみ合う。
「絶対にお嬢様を守り抜くのよ!!」
「イナバガンナーズ構え!! 目にもの見せてやるわ!!」
メイド達、そしてイナバガンナーズの咆哮が地下に響き渡る。
ここからレミリア達の居た地下室までは一本道、ここさえ防ぎ切れれば……。
最後の戦いは苛烈を極めた。
メイド達は、傷の少ない者を後ろに下げて、既に傷を負ってまともな戦闘のできない者で肩を組む。
そして肉の壁となって豆ランチャーの攻撃も弾幕も全て受け止めた。
誰かがふらつけばその両脇の者が支える。メイド達は目を血走らせ、根性だけでイナバガンナーズの攻撃を受け止め続けた。
「立ち止まるなぁー!!」
「ウサギの追い込み漁よー!!」
「あ、貴女達にそんな根性があったなんて……」
永琳の豆ランチャーをナイフで受け流しながら、咲夜はメイド達の根性に驚いた。
「よそ見している暇なんてあるの?」
「危ない! メイド長!!」
「……っ!?」
永琳と咲夜の間に割り込んで身代わりになるメイドも居た。
倒れこんだメイドを抱き上げる咲夜、それを見て怒り狂った他のメイド数人が永琳に襲い掛かる。
「豆がなんぼのもんじゃー!!」
「押し潰せー!!」
「ちっ……まるでゾンビみたいに……鬱陶しいわね」
バカだバカだと言ってはいたが、素直で笑顔のあるメイドばかりだった……。
咲夜は豆ランチャーが当たった箇所を優しく撫でながら、悲しげに下っ端のメイドを見つめている。
「バカね……あんな豆の一発や二発で私は倒れないわよ……」
「え、えへへ……良いんです、メイド長の盾になれて嬉しかった……」
「……私達が守るべきはお嬢様よ。でも、気持ちは受け取っておくわ」
「クンクン……め、メイド長良い匂いがする……」
「……」
――不純な動機で盾にならないでください。あとやっぱりバカ。
咲夜は無言でそのメイドを放り投げ、再び永琳に向き直った。
永琳は闇の中で相変わらずの不気味な薄ら笑いを浮かべている。
「こんな雑魚では面白くないのよ、真打ちが出てこないとね」
「……すっかりゲーム感覚なわけね」
「あはははは、貴女も楽しむゆとりを持った方が良いわ。せっかくのお祭りですもの」
「お嬢様の威厳を守るっていう使命がある以上は、そんな悠長なこと言ってられないのよ」
先ほど殴りかかってきたメイドの一人を片腕で持ち上げ、壁に叩きつける永琳。
イナバガンナーズも数で迫るメイドの猛攻を受けて半数近くが倒れている。
「部下の教育はもう少しちゃんとしなさいな。それともメイドってこういうものなのかしら?」
「まさか」
会話途中でも咲夜は構わずナイフを投げつけた。
しかし闇の中でも光るナイフは永琳の指であっさりと受け止められてしまう。
「そろそろスペルカード戦でもしましょうか。遊んでいる時間は無いみたい」
あと三十分ほどでタイムアップだった。
しかし永琳はそれほど慌ててもおらず、豆ランチャーを肩にかけて懐からスペルカードを取り出した。
それに呼応するように咲夜も素早くスペルカードを取り出す。
「私はここまで豆ランチャー以外の攻撃はほとんど行っていない。
それに対して貴女は時間を止めたり空間をいじったりと随分無理しているみたいじゃないの」
「関係無いわ、ここまで来たらあとは根性の問題」
「意外と感情的なのねぇ、まぁいいわ、どいてもらう」
「どかないわ」
ついに雌雄を決するときが来た。
しかし永琳の言う通り、咲夜が体力的に不利だった。
万全でも勝てるかどうかわからないのに、この状況ではやはり時間稼ぎしかできないだろう。
両者一枚ずつスペルカードを手に取り、前に突き出してスペルカード宣言を行う。
本気の頂上対決が始まった。
「く、くぅ……はぁ、はぁ……」
およそ二十分ほど粘った咲夜だったが、やはりコンディションで引けを取り、じわじわと永琳に追い詰められる。
メイドやウサギはスペルカード戦に巻き込まれ全滅。咲夜はレミリア達が潜んでいた部屋の前で最後の抵抗をしていた。
だが……。
「スペルカード性能はほぼ互角、やるじゃない……でもね」
「……ッ!? ぐぅっ!!」
展開された二人の分厚い弾幕の中をかいくぐった一粒の豆が、炎の矢となって咲夜の胸に命中した。
永琳がハイパー豆ランチャーを取り出したと思ったときには既に遅く……。
咲夜は発射されてから時間を止めようとしたものの、それでも間に合わなかった。
そして大きく吹き飛ばされ、部屋のドアに強かに叩きつけられ……その勢いでドアが開いてしまった。
「チェックメイトね……」
「ゲホ! ゲホッ!!」
部屋の中は暗くされていたが、レミリアとフランドールらしき人影がかすかに蠢いた。
時間は残り十分も無い……永琳はうずくまる咲夜をよそに、ハイパー豆ランチャーをレミリアに向かって発射した。
「ぎゃっ!!」
「命中……私の勝ちね、メイドさん」
「ゲホッ……フ、フフフフフフ……」
「何笑っているの? 気でも触れ……」
勝利を確信して咲夜を見下ろす永琳、しかし咲夜は上ずった声で笑っている。
そしてさらに、部屋の中から聞こえてきた叫び声を耳にしたとき、永琳の表情が曇った。
「いったぁぁぁぁ!! な、なんだよこれぇ!! うわぁぁぁぁん!!」
「……?」
不審に思った永琳はフランドールにもハイパー豆ランチャーを発射してみた。
「キャァァァァッ!! うぐぐぐぐ、せ、背骨が歪む……」
おかしい。それほど聞き慣れているわけではないが、あの声がレミリアのものでなかったことはわかる。
フランドールなど見たこともないが、今の声もそこまで幼い印象は受けない。
よく見てみれば、服装こそレミリアやフランドールと同じだが少し体が大きいような……。
「魔理沙と……アリス?」
「ふ、ふふ……あははははは! かかったわね!!」
「な……私を謀ったと言うの!?」
永琳の頭の中が真っ白になる。
実は永琳も自白剤を持参してそれを数名のメイドに飲ませていた。
どのメイドも「お嬢様は地下室」としか言わなかったというのに。
先ほど襲い掛かってきたメイド達だってどう見ても本気だった。
「敵を騙すには、まず味方から……基本じゃないの」
ハイパー豆ランチャーのダメージが残ったままの咲夜は、ふらふらと永琳に歩み寄って懐中時計を突き出す。
十一時五十九分。
永琳が目を凝らすと、室内にはもう一人誰かがいる。
「あら、もう一人……!? あ、ああ……冥界嬢ね、どうでもいいわ」
全然関係ない人だった。
そしてやはり幽々子はバタフライのポーズで放置。
「さて、ここにお嬢様は居ないわ。まんまと騙されてくれたわね」
「……ならばどこに?」
「……時計が教えてくれるわ」
ほんのわずかな雲の切れ目から月明かりが差し込み、時計台を照らす。
短針も長針も同時に天を指した。二本の針が重なり合って一つの時間を示す。
そして誇らしげに鳴り響き、零時を知らせる。
「零時……時計……? まさか……」
「そう、お嬢様と妹様、パチュリー様も時計台内部にいるわ」
永遠亭襲撃前の緊急集会前に咲夜が講じた最後の手段がこれだった。
レミリア達を時計台に移す、そしてそれは自分以外の誰にも気付かれないようにする。
鈴仙の能力も永琳の薬学もわかりきっている。
ギリギリに攻めてくる場合、広い敷地面積を誇る紅魔館全域を探し回るわけにいかないのは自明の理だ。
どうにかしてメイドなり、はたまた美鈴なりから情報を引き出しにかかるだろう。
それこそが永琳のとった電撃戦における重要箇所であり、同時に穴でもあった。
しかし危険な作戦でもある。腑に落ちないことも多い。
「バカな……決して目立たない場所ではないわ!!」
「ええ、そうね」
「私が疑ってかかったり、早めに襲撃して全域の探索をしたらどうするつもりだったの!?」
「別にどうもしないわ、そのときはそのとき。別の対策を練るだけ」
痛みの取れてきた咲夜は姿勢良く胸を張って淡々と語る。
戦いが終わり、真っ赤になっていた咲夜の目の色も落ち着いていた。
「貴女はそんな無茶する性格だったかしら……」
「もちろんお嬢様にも掛け合ったわよ……」
咲夜が髪をかきあげる。
薄暗闇の中で、埃まみれになった銀髪が鈍く光った。
「でも、咲夜を信じるわ、って」
「……クッ! 滅茶苦茶だわ、何がパーフェクトメイドよ!!」
くずおれ、落胆する永琳を見下ろして咲夜が鼻で笑う。
「博才もパーフェクトだったのかしら、ふふっ」
泥にまみれ埃にまみれ、メイド服もぼろぼろ。
しかしそこには任務を全うしたメイド長、十六夜咲夜の姿があった。
「……負けたわ」
「さて、ペナルティはもう考えてあるわ、覚悟してね」
「くー……」
トンズラしたい永琳だったが、そうしたら怒り狂った霊夢が永遠亭に来るだろう。
たとえ撃退できようとも、霊夢は何度でも勝つまで襲い掛かってくる、迷惑極まりない。
こうなれば敗北を認め、罰を受けるしかなかった。
「咲夜ーっ!!」
地下室から出ると、既に時計台から出てきていたレミリアが地下への入り口に駆けつけていた。
永琳と他の捕虜を伴ってフラフラと歩いてくる咲夜に向かって、赤い廊下を元気良く走ってくる。
「お嬢様……」
「やったわね咲夜! やるじゃない、それでこそ私のメイドよ!!」
「申し訳ございません、長い間窮屈な思いをさせてしまいました」
レミリアに飛びつかれて転びそうになるのを耐え、咲夜はレミリアに微笑み返す。
その後ろには、輝夜の首根っこを掴み、ずるずると引きずって歩いてくる妹紅の姿があった。
輝夜はぐったりしながら何やら呪詛を吐いている。
妹紅が与えられたメイド服もぼろきれのようになっていたが、その顔には眩しい笑顔が広がっていた。
「やったじゃない、咲夜」
「妹紅……ありがとう、貴女が居なければ……」
「おっと、湿っぽいのはいいよ……久しぶりに『負けられない戦い』ができた感じがして、嬉しいし」
妹紅はニカッと笑うと、直後にきつい視線を永琳に向けて「ほらよ」と一言、輝夜を永琳の前に転がす。
仰向けに転がされた輝夜の目はどす黒く澱み、永琳を恨めしそうに睨んでいる。
「永琳、役立たず……永琳、使えない……永琳、いとわろし……」
「こ、古語が混ざっていますよ姫!? も、申し訳ございませんっ!!」
「あんたらも仲良くやりなよ、あいつらみたいにさ」
それを呆れたように眺める妹紅。
後ろには咲夜に抱きついてきゃあきゃあ騒ぐレミリアの姿があった。
さらに、美鈴を担いだ妖夢がふらつきながら廊下を歩いてくる。
美鈴はほとんど裸に近いような状態だった、意識も失っている。
妖夢も同様にぼろぼろで、虚ろな表情で咲夜の前まで歩くと、そのままドッと倒れこんだ。
「幽々子様……申し訳ありません」
「あ、貴女も来ていたのね妖夢……美鈴は三人も止めていたっていうの!?」
「恐ろしい気迫だった……獅子奮迅、とはまさにあれのことだろう……。
見習うべきところがたくさんあったわ、敬意を表してここまで連れてきたの……」
ぎりぎりと歯を食いしばり、手をついて立ち上がる妖夢の前に幽々子が駆け出してくる。
神妙な顔で妖夢を見下ろす幽々子の動きは、長時間のバタフライによってまるでロボットのようだった。
「妖夢……」
「幽々子様……」
「よくも見捨てて逃げたわね! おかっ! おかげで肩が痛いわ!!」
「ち、ちが……!?」
「そんな服着て、そんな耳をつけて! 身も心も永遠亭に売り渡したのね!? あ! 尻尾もついてる!」
そんな二人の様子を見て、ずっと輝夜に睨まれて怯えていた永琳が突如口を開く。
「そうよ!! その子はうちのウサギ! みょん、よ!! 庭掃除は自分でやるのね冥界嬢!!」
「なっ!?」
「よ、妖夢のバカッ!!」
火に油を注いで永琳がニヤリと笑う。死なばもろとも、全員道連れにする所存だった。
そして妖夢に背を向けて乙女走りで廊下を走っていく幽々子。
しかしドサクサに紛れてトンズラしようとしたのは即座にばれ、側にいたメイドのタックルで倒された。
「うぐーっ!?」
「やれやれ何してるんだか……美鈴、美鈴!」
咲夜にぺちぺちと頬を叩かれると、美鈴がゆっくりと目を開く。
相当なダメージを受けて思うように動けないらしく、一つ一つの動作に体を震わせていた。
「さ、咲夜さ……」
「よくやったわ美鈴、根性あるじゃない」
「……すいません、十一時五十五分ぐらいまでしか……」
「何言ってるの、しっかり役割は果たしてくれたわ」
咲夜は胸の前に握り拳を突き出し、ぐっと親指を立てた。
美鈴はそれを見てうっすら笑うと、再び気を失った。
「みょん、ウドンゲとてゐは?」
「やられました、門の前でのびてます」
咲夜はぼろぼろの、それでも美鈴の服よりはましなエプロンを美鈴の体にかけてやった。
レミリアはその様子を脇で眺めている。
「こいつもやればできるんじゃないの。なんでいっつも魔理沙にやられるのかしら」
「ま、まぁ普段魔理沙は本目当てで侵入しますからね……お嬢様を守るのとは勝手が違うのでは?」
「……私は安く見られているということね」
いつの間にか側にいたパチュリーが、疲れて眠る美鈴の頭を手に持っていた本の角でどついた。
美鈴の顔は痛みで歪んだがすぐに元に戻った。相当疲れているらしい。
「やあやあ、勝ったみたいだねー」
「ん……あれ? そういやどこ行ってたのさあんた?」
妹紅の視線の先には酒を呷る萃香が立っていた。
服の胸元に一つ穴が開いているぐらいでそれ以外は至って普通そうだ。
「貴女もありがとう、結局巻き込まれてしまったみたいで申し訳ないわ」
「いいよー、一発や二発、平気平気!」
「貴女がやられてしまってからはずっと不安だったわ」
「ごめんねー、気絶しちゃっててさー」
カラカラと笑う萃香、いくら豆が苦手とはいえその体力も並ではないということか。
豆がどうこうというよりハイパー豆ランチャーの性能がおかしすぎたのだろう。
「とにかく、これで決着ね……はぁ、後片付けが大変そうだわ」
どこもかしこもグチャグチャだった。
とりわけ酷いのは門の周辺と中庭だろう。
門は敷地の外なのでまだ良い、ただでさえジェットモグラ幽々子によって穴だらけにされていた中庭は、
その後輝夜の弾幕でクレーターだらけになり、妹紅がきっちりと焼き払ってしまった。
そのまま畑に改造できそうな勢いである。
(忙しくなりそうね……)
レミリアの部屋がそれほど乱れていないのがせめてもの救いか。
咲夜は辺りを眺め、うっすらと微笑を浮かべた。
数日後、紅魔館はまだ一部散らかっている所があるものの、居住区その他利用頻度の高い区画は修復された。
メイド達は誰も彼も包帯を巻いている、片づけをしたのはほとんど咲夜だ。
萃香の能力も片付けに大いに役立ってくれた、妹紅は片づけが苦手なようだがそれでも頑張ってくれた。
「ふー、紅茶の味もわかってくるとおいしいもんだね。最初は花食べてるみたいで苦手だったけど」
「それを言ったら日本茶だって草食べてるようなものじゃないの、ふふ」
「ま、まぁそうだけどさ……」
応接間で咲夜と妹紅がティータイムをしている。
悠長に休んでる場合じゃないような気もするのだが、今日は特別な日。
レミリアが功績を認めてくれて「疲れてるだろうし、メインな場所だけ急いで片付ければ良いわ」
と言ってくれたのもあるが、本日は負け組のペナルティー執行の日なのだ。
初期に捕まった魔理沙やアリス閣下は長い間嫌がらせされていたが、あれはペナルティーではない。
単なるお嬢様達の暇潰しである、敗者は従うしかないのだ。
連中がもうすぐ来るということで、二人はゆとりを持って待ち構えていた。
「で、あいつらに何するの?」
「それはまだ秘密よ、でもきっついお仕置きだから期待してて良いわ」
「へー」
思わず妹紅がにやける。輝夜も自分も、もう殺されるのには慣れている。
咲夜は頭が良い、きっと別の方向性の辛いお仕置きを考えてくれただろう。
少しして宴会ホールに負け組がちらほらと現れ始めた。
咲夜、妹紅、萃香がそれを見張り、側ではレミリアとパチュリーがニヤニヤと笑っている。
「な、なぁ罰ゲームってなんだよ……?」
「そんなの私も知らないわよ……あーあ、興味本位であんなバカなイベントに付き合うんじゃなかったわ……」
落ち着きなくキョロキョロしている魔理沙の横でアリスが溜息をつく。
長いテーブルの前に座らされた負け組の前には大きな皿が置かれていた。
「妖夢……もういい加減帰ってきてくれないかしら……」
「……」
「みょ、みょん……」
「嫌です」
あの夜ドサクサに紛れて逃げようとしたことと、その際に投げかけた言葉が妖夢の心を傷付けたらしい。
ウサギの格好のまま本当に永遠亭に居座っているそうだ、しっかり仕事をするので永遠亭の住民には好評である。
「ふふふ……私達は不老不死、どんな罰にも耐え切ってみせるわ」
「お黙り永琳」
「……申し訳ございません」
こちらも喧嘩中らしい、敗北者とは惨めなものだ。
「永琳様があんな水着着せるから、寒さに負けたのよ」
「言いすぎよてゐ。攻め切れなかったのは私達の力不足じゃない」
誰も彼も永琳に責任をなすりつけていた。
信頼が憎しみに変わるというのは恐ろしいことだ。
必死に永琳の肩を持つ鈴仙も、最近周囲からの視線が冷たいのを感じている。
みょんの株が上がってきていることもあり、このまま滞在されたら兎角同盟のトップが入れ替わりそうだった。
妖夢本当はウサギじゃないのに。
「さーお待たせしました!」
何かメモのようなものを手にした萃香が歩み出てくる。
罰ゲームを受ける一同は静まり返り、萃香の動向に目を見張った。
「節分って言えば、歳の数だけ豆を食べる日だよね!」
魔理沙以外の全員がそれを聞いて青ざめ、ガタガタと震えだす。
永琳や輝夜は震えすぎて椅子から転げ落ちていた。
そんな様子を見て、咲夜がニヤリとほくそ笑む。
「そう来たか咲夜! く~っ! やるなあ!」
後ろでは妹紅が愉快そうに手を打つ。そして振り返った咲夜と視線が合い、笑顔を交わした。
萃香が皿を指差すとどこかからか豆が萃まってくる。
魔理沙は十粒程度、こんなものでいいのか? と首を傾げている。
「なんだ、咲夜にしては随分ヌルいじゃないか、ポリポリ」
「別に良いわよ、あんたには全然てこずってないし」
「……」
罰は軽いが言うことはキツかった。
アリスの豆は魔理沙に比べると随分多い、青ざめるアリスと魔理沙の目が合う。
「アリス、いや……アリスさん、そんなに……」
「や、やめてよさん付けなんて!! 気持ち悪い!!」
萃香はメモを片手にどんどん豆を萃めていく、メモにはそれぞれの年齢が書いてあるのだろう。
妖夢と幽々子の前にも恐ろしい数の豆が差し出された。
「妖夢さん……そんなに……」
「やめろ!! 私は半人半霊だからよ!!」
「魔理沙、私にもさん付けしなさいよ」
「あー? 幽々子が年増なんてわかりきってたことだろ」
「失礼ね! 心は若いままよ!!」
魔理沙の基準がよくわからないが、どうやら嫌がらせ側の立ち位置にシフトしたらしい。
「てゐってそんなに歳行ってたの……? 健康マニアだとは聞いてたけど……」
「ふぅ……ふぅ……」
今まで作り上げてきたてゐのイメージが崩壊した瞬間だった。
てゐは頭を抱えてぶるぶると震えている。もちのような耳もぷるぷると震えている。
「て、てゐ……さん」
「やめてぇぇぇっ!!」
鈴仙による「さん付け」により狂気の世界に旅立ってしまったてゐは、豆を鷲掴みにしてどんどん口に運び始めた。
少しでも減らして若く見せたいのだろうか。
だが鈴仙とてゐに豆を与えたところで萃香の表情が曇った。
そして萃香は咲夜を振り返って指示を仰ぐ。
「ねえ、この二人だけ年齢が書いてないんだけど……」
「ああ、わかんなかったのよ……自白させましょう」
先ほどから後ろではレミリアと妹紅が腹を抱え、転げ回って笑っている。
パチュリーもかなり笑っている、そのまま喘息の発作を起こしそうな勢いだ。
輝夜と永琳は、今までに見たことのない恐ろしい物でも見るような顔で萃香を見つめている。
「はい、じゃあ永琳から、年齢は?」
「じゅ……」
「じゅ?」
「……十七歳……」
皆が「うわぁ~……」と声を上げる中、一人真顔になった妹紅が全速力で走り、テーブルに飛び乗った。
「よし! 殺す!」
「ひっ!?」
妹紅は輝夜もろともに、椅子に座る永琳にフライングボディプレスを敢行した。
「嘘をついたらこうなるからな! 正直に言え!!」
「ぐぐぐ……」
「んー……それじゃ輝夜は何歳なの?」
「ぐぐ……い、五つ……」
「嘘をつけぇー!!」
「うぐっ!!」
妹紅は倒れたままの輝夜に今度はエルボードロップを見舞った。
その後も二人は本当の年齢を言うことはなく、いつまで経っても埒が明かない。
とっくに豆を食べ終えた魔理沙など、退屈そうにあくびをしている。
どんなに尋問しても「十七歳」「五つ」の一点張り、突っ込みを入れる妹紅の方が肩で息をしている。
そんな中突然宴会ホールのドアが開かれ、全員が注目した。
そこに居たのはフランドール、ニヤニヤしながら立っている。
「フラン……」
「楽しそう、混ぜて」
フランドールはツカツカと歩み寄って来て萃香の横に並び、手にしているメモを覗き込む。
そして少し考え込んだ後、何か閃いたように眩しい笑顔を浮かべた。
「そこの二人は十万三十六歳ってことにしよう!」
「ぶっ!!」
アリスがひっくり返る。これはデーモンアリス閣下の設定だ。フランドールはよっぽどあれが気に入ったらしい。
片や永琳と輝夜は「え? ほんとに!?」という顔で震えている。
かつて永琳は、五百歳のレミリアに対して「貴女の歴史を私の歴史で割ったらゼロ」と言った。
それが年齢のことだとすれば、確かにそのぐらい行っていてもおかしくないような気もするが……。
「かなりたくさん豆は用意したけど……そんなにあるかしら……」
「良いじゃないの咲夜、もうありったけ食わせてしまいなさい。嘘をついた罰も含めて」
「そうですわね」
「はーい、いっくよー」
萃香は咲夜とレミリアの指示に従い、二人の前に大量の豆を萃める。
その量は、かなり大きな皿でも受け止めきれるものではなく、ぼろぼろと地面にこぼれ落ちていった。
「じょ、冗談でしょう……?」
「永琳のバカ!! もっと真実味のある嘘をついていれば!!」
「姫だって五歳なわけないじゃないですか!!」
「むきーっ!! 私に楯突くの!?」
今まで下手に出ていた永琳もついに崩壊、二人は取っ組み合いを始めた。
その間にも豆は次々に萃まっていく、しかし徐々に豆の数も少なくなっていき、ついには萃まらなくなった。
「あ、打ち止め……紅魔館の外からも萃める?」
「それで何個ぐらいなのかしら?」
「六万ぐらいずつかな」
「……ま、そのぐらいでいいか。心の広さを見せて私の威厳を知らしめるのよ」
「流石ですわお嬢様、寛大です」
十分寛大じゃないような気がする。
「うっぷ……」
「げふ……」
「も、もう豆なんて見たくない……」
「吐きそう……」
苦しみもがく敗北者達の前で、レミリアは高級料理を食べながらワインを飲んでいる。
咲夜が頼んでみると、防衛戦で活躍した四名が特上のワインを飲むことを快諾してくれた。
下っ端メイド達はただでさえ役に立たない上に負傷しているので、料理を作ってくるのはほとんど咲夜だったが、
咲夜も休み休みにワインを飲んでは、頬に手を当てて嬉しそうな溜息を漏らしていた。
「くっ……肉なんか食べるな!! 胸焼けがする……!」
妖夢が青い顔をしながら眉をひそめ、鼻をつまんだ。
「お嬢様! 私もこんな良いもの食べて良いんですか? おいしい~」
「まぁたまには良いんじゃないの。あんたが正面を守りきってくれたおかげで咲夜も楽になったと言っていたし」
「いっつも下っ端が作ったやつばっかりだったんです。咲夜さんの料理おいしいなあ」
「ふふふ、愉快だわ……もっと苦しみなさい、負け犬達」
レミリアは心底愉快そうにケラケラと笑い、背伸びして敗北者達を見下している。
「ほら輝夜に八意! 減ってないわよ! さっさと食べろ、それでも蓬莱人か!?」
妹紅も赤い顔をして輝夜と永琳を焚き付ける。
しかし輝夜も永琳も文句を言う余裕などなく、震える手で一粒ずつ豆を口に運ぶだけだった。
「ふぅ……私はもう少しかしら……」
アリスは脂汗をだらだらと流しつつもほとんど食べた。
横にいた魔理沙だが……パチュリーが「罰が軽すぎるわ」と言って、フランドールと共にどこかへ連れて行った。
「妖夢ぅ……助けて……」
「……」
「みょん……助けて……」
「嫌です、自分のだけで手一杯です」
「手助けとかしたら豆増やすからね~、あはははっ!!」
「鬼ぃっ!!」
「うん、鬼だよ」
ワインを樽ごと飲みながら萃香も笑っている。
それを見た負け犬一同は更に胃に不快感を感じるのだった。飲みっぷりが豪快すぎる。
「大豆は体に良い……ボリボリ……畑の肉……ボリボリ」
「う、うぇっぷ……良い食べっぷりね、てゐ……見てて気分悪くなるわ……」
てゐは健康パワーで頑張って豆を減らしている。しかし表情はかなり必死だった。
まだイメージを維持しようとしているのだろうか、横で鈴仙が嫌そうにその様子を眺めている。
どんな健康食品も過ぎれば体に毒だろう、主に体重の増加等。
その後、輝夜と永琳以外は三日以内にノルマを達成して帰った。
しかし二人の豆は桁違いに多かったため、一週間かかっても食べ終わらず、紅魔館に縛り付けられていた。
「これを食べ終わるまで家には帰さないからね!!」
しばらくはそんな咲夜の厳しい声が響き渡ったそうだ。
そして敗北者の間では「お互い年齢は見なかったことにする」という協定が結ばれた。
一人だけ大した被害の無い魔理沙の動きには不安が残るが、不思議としばらく家で大人しくしていた。
パチュリーとフランドールによって与えられた罰が相当に厳しかったらしい。
「あら、お茶ありがとう、それじゃ次は庭掃除してね」
「……妖夢は?」
「うぅっ……」
みょんは永遠亭のウサギの上に、三人目のイナバリーダーとして君臨しているらしい。
主が冬眠中で割と暇している藍が、たまに面倒を見に来てくれるのがせめてもの救いだった。
「もう少し主従関係をしっかりした方が良いんじゃないのか……」
「妖夢が思春期すぎるのよ!!」
「はぁ……まぁ、今日は庭掃除を少しやったら帰るぞ。結界の点検もあるしね」
「い、行かないでぇっ……寂しくて死んでしまう……そう『さび死』してしまうわ!!」
「なんだ、さび死って……ウサギかお前は……それにもう死んでいるじゃないの」
「う、ウサギ……!?」
痛いところを突いてしまったらしい。
幽々子は何故か藍に後ろから抱きつき、尻尾に顔を埋めてすすり泣きし始めた。
「妖夢ー! 妖夢ぅぅっ!!」
「あっ、前からにしてくれ! は、鼻水が尻尾に!」
尻尾をわさわさと動かして幽々子を振り払おうとするも、そのわさわさがかえって幽々子を喜ばせた。
結局はしばらくじゃれついてくる幽々子をなだめることになり、別れ際に。
「ちゃんと謝りに行け、なんならついていってやる」
と、幽々子の頭を撫で撫で、藍は帰路についた。
満月の夜。
ようやく帰ってこれた永琳は永遠亭の縁側でぐったりと横になっていた。
輝夜も帰ってきたが、心に大きな傷を負ったのか、部屋に引きこもって出てこなくなった。
「やっと豆以外のものが食べられるわ……」
イナバガンナーズ以外のウサギ達からは特に何も言われないが、イナバガンナーズによる村八分っぷりは強烈だった。
そもそもがペットであり、従者ではないので嫌われたら結構ひどい事をする。
部屋に置いておいた三角フラスコやら試験管やらにギッシリと大豆が詰まっていたのには心底閉口した。
それらを見るたびに紅魔館での地獄を思い出し、胃から酸っぱいものがこみ上げてきた。
あとたまに豆ランチャーで尻を撃たれる、ちゃんと回収しておくべきだった。
「失礼します」
「あ、来たのね?」
頼んでいた夜食が来たらしい。永琳は身を起こし、食事を持ってきたウサギを振り返った。
そして何やら様子が変なことに気付き、目をこすってそのウサギを見つめなおす。
「あら、随分たくましい耳ね……うちのウサギ達の耳はどれもこれも垂れ下がっているのに……」
しかもよく見るとそのウサギは手に何も持っていない。
薄暗闇の中からツカツカと歩いてくるその姿は、月明かりを浴びて徐々に鮮明になっていく。
なんだか格好も違う……。
「だ、誰!? ウサギじゃないわね!?」
闇の中で赤い目が光る、そして凄まじい踏み込みと加速で永琳に突進してきた。
「……み、耳じゃない!! ……角!? ごほっ!!」
「お前!! 約束を破ったな!!」
そう、満月の夜の慧音先生は気が立っていて恐ろしい。
永琳はスクール水着の歴史を食べてもらう代わりに、いろいろと慧音の頼みを引き受けていたのを忘れていた。
そして、いつまで経っても顔を見せにこない永琳に苛立っていた慧音のボルテージは満月の夜、最高潮に達した。
角で突き上げられた永琳はキリモミ回転しながら庭に落下する。
「げふっ!!」
「挨拶をしないやつと約束を破るやつは大嫌いだ!! 覚悟しろ八意永琳!!」
「ま、待って……大豆しか食べてなくて体調が……うっ!」
慧音は、ふらふらと立ち上がろうとする永琳の頭を両手で鷲掴みにする。
「頭突きは許して……そんなたくましい角で突かれたら、わ、私っ!!」
「もちろんスクール水着の歴史も元に戻してやる!!」
「そんなっ!? 痛いぃぃ!!」
しばらくの間、ゴッツンゴッツンという頭突きの鈍い音と永琳の悲鳴が永遠亭の庭に響き渡った。
異変に気が付いて駆けつけたウサギ達は、永琳を助けもせず、皆側で体育座りをしてそれを眺めていた。
ある程度頭突きをして満足した慧音はウサギ達に襲われることもなく悠々と帰っていった。
しかも慧音は歴史をいろいろと改竄したようで、永琳に変なステータスがいっぱいついたらしい。
満月の夜の慧音先生は恐ろしい。
紅魔館、レミリアの部屋。
破壊された区画の補修も済み、罰ゲームを受けていた者も全員帰り……。
萃香もあの罰ゲームが済んだ後、咲夜やレミリアと硬く握手をしてどこかへと去っていった。
来るのも去るのも唐突だった、そういう流儀なのかもしれない。
そして最後に一人残っていた妹紅はメイド服を脱ぎ、いつもの格好でレミリアの部屋に来ていた。
「冬の間居るって言ってなかったかしら? まだ冬だけど?」
「いや……やっぱりいつまでも世話になるのも悪いし、短い間だったけど良い生活ができたよ」
「残念ですわ、強力な用心棒だったのに」
「咲夜、こいつに食料を分けてやりなさい」
「そうですね、何も報酬らしい報酬も与えられませんでしたし」
「い、いやいいよそこまで……」
咲夜や他のメイドだって無給で働いているのだから、妹紅にだけ報酬というのも妙な気はするが。
それでも妹紅の活躍が大きかったのは言うまでもなく、レミリアにも高く評価されているのだろう。
結局妹紅は断りきれず、大量の食料を背負わされて門の前まで出てきてしまった。
日のある時間だったのでレミリアは出てこなかったが、美鈴と咲夜が妹紅を見送る。
「なんだ、行っちゃうのか……達者でね」
「ええ、ありがと」
美鈴は少し寂しそうな表情をしている。妹紅は「そんな顔をしないでほしい」と思った。
そして咲夜にも軽く会釈をして飛び立とうとしたとき、不意に呼び止められる。
「待ちなさい、妹紅」
「ん? なに?」
「これを持っていきなさい、紅魔館のメイド服よ」
「え、ええ?」
別に貰って困るものでもないし、思い出の品として受け取っておくことにしたが……。
「……またいつでも働きにいらっしゃいな」
「さ、咲夜……」
「もうあんなになるまで食事を抜いてはダメよ?」
「う……うん」
我慢していた涙がこみ上げる。
なんでもないようなきっかけで手を組むことになったのに、ここまで通じ合うとは思わなかった。
とても長く感じた二十四時間、数々の脅威に立ち向かった二十四時間。
これからも老いず死なずに長く生きることになるが、きっとこの思い出を忘れることはないだろう。
「ありがとうっ!!」
精一杯大きな声を張り上げ、頭を深々と下げ、妹紅は全速力で飛び立っていった。
長居しすぎると、逆に帰るのが辛くなりそうだから。
「これでようやくいつも通りの紅魔館ってわけね」
「ええ、そうですわね」
酷い騒動だったが、自分達が勝利したこともあって、終わってしまえば良い思い出である。
ふぅ、とひとつ溜息をついてレミリアが紅茶に口をつけた瞬間……。
「あっつ!!」
「お、お嬢様!?」
一瞬の出来事で何が起こったのかよくわからなかったが、紅茶が熱かったわけではないらしい。
レミリアの頭がプスプスと煙を上げている。そして苦しそうに頭を揉んでいると、そこから大豆がこぼれ落ちた。
「ブフッ!! やっぱり効くのね! お豆!!」
「紫様……もう節分は終わりましたよ」
「あら? 今日じゃなかったの? 寝すぎたみたい……まぁいいわ、二度寝~……ぐぅ」
突如レミリアの頭上に出現したスキマから豆が飛んできた……。
そして聞こえる紫と藍の話し声……ルールも何もない、気まぐれな寝起きスキマの嫌がらせだった。
レミリアは頭を押さえたまま、引っ込んでいく白い手をワナワナと睨みつけている。
「……咲夜ァァァァッ!!」
「……わかっております」
その後、幻想郷に「八雲紫にも豆が効く」という噂が駆け巡った。
紅魔館のメイド達によるガセネタの流布である。
きっと来年の節分は紫がターゲットになるだろう。
永琳も「バスター豆ランチャー」とか作ってくれるに違いない。
~おしまい~
現在時刻は午前九時、既に日も昇り、四人は小部屋で朝食を摂っていた。
「朝から豪華だなー」
「そう?」
普段食べ慣れていない洋食だったが、妹紅は嬉しそうに口に運んでいる。
咲夜はイマイチ食欲が無いようだった、状況を考えれば不思議なことではない。
「妹紅、永琳はどのタイミングで攻めてくると思う?」
咲夜は窓の外を眺め、ナイフとフォークを握ったまま難しい表情でそう尋ねる。
妹紅はハムエッグを口に突っ込みつつ、眉間にしわを寄せて考え込んだ。
「ん、んー……なんたっていっつも攻める側だったからなぁ……攻勢に転じたときにどう出るかまでは……」
「そうよねぇ……」
「門番の経験上、人間が来るなら昼、妖怪が来るなら夜が多いですよ」
「とは言うもののねぇ」
「あいつらはどっちに分類されるんだろうねー」
何かを一口食べるたびにガブガブと酒を呷りながら、萃香はヘラヘラと笑っている。
そして咲夜は、そんな萃香を困ったような顔で見つめながら言った。
「普通に考えると暗くなってから忍び込むのがセオリーなのよ」
「基本だな」
「月人は知りませんけど、少なくともウサギは妖怪じゃないですか?」
「そうね、ついでに言えばあいつらは月の持つ魔力について詳しい、やっぱり夜に来ると思う」
「月の恩恵を受けると?」
「そんなものがあるのかどうかはよく知らないけどね」
「ふむ……」と腕組みして考え込む咲夜の横では、美鈴が飄々とトーストにかぶりついている。
このぐらい暢気に構えていられればどれほど良いだろう、と咲夜は溜息をついた。
「夜に来ると考えられる理由はもう一つあるわね」
自分がまったく手をつけていなかったトーストを美鈴の皿に移し、咲夜は話し始めた。
「ギリギリまで気を張らせてこっちの精神的な消耗を狙ってくる可能性がある」
「……あー、八意の考えそうなことだな」
「でもそれにどう対処するの?」
「ところが対処法があるかと言われると難しくてね」
「寝てれば良いんじゃないですか?」
「ええ、そうしましょう」
咲夜の言葉に一同は言葉を失う。美鈴でさえ冗談で言ったつもりだったのに、咲夜は真顔できっぱりと肯定した。
そしていつの間にか咲夜の横にはワイン樽が用意されている、時間を止めて持ってきたのだろう。
「夜まで寝てれば消耗はしない。でもね、その裏をかいてくる可能性もある」
「夜に来ると思わせて昼間に攻め入るってことか」
「そう、気を緩めちゃいけないのよ。そして何より私達は既にあいつの術中にはまっている」
「え? 攻め込まれてもいないのにですか?」
「なまじっか密偵を入れたのがまずかったわ、捕まってしまったようだけど」
中途半端に伝わった情報がかえって咲夜の頭を混乱させる要因になった。
その作戦の真偽も疑わしく、永琳が何を考えているのかまったくわからなくなってしまったのだ。
咲夜はワイン樽からグラスに次々とワインを注ぎ、それぞれの前に置いていく。
目の前にグラスが置かれるとき、誰もが怪訝な表情を浮かべた。
「それだけ頭の良い奴だ、ってこっちが思ってしまっているのがまずい」
「で、でもいくらなんでも酔っ払ってまで無理矢理寝るなんて乱暴じゃないか?」
「あいつの頭が良いのは確かだし、それに対策を講じなければならないのも確かよ、さて一つ聞くわ」
「?」
「?」
「なにー?」
「萃香はまぁいいわ、貴女達、寝起きにアルコールが残ったりする?」
「私は大丈夫ですけど」
「私も特に問題ない」
「私も大丈夫、だから飲んで寝ましょう。急いで飲みましょう。寝る前の酔ってるときに攻められるのが一番まずいわ」
「ちょ、ちょっと落ち着きなよ……正気じゃないわこんな作戦」
「既に私達は二度の襲撃に耐え、消耗している。それに対して永遠亭は無傷、万全の体勢で来るわ。
戦力的にはほぼ同等、指揮官の頭は……悔しいけれど向こうが上」
咲夜が唇を噛む、それを見た三人は何も言うことができなかった。
「なのにこのまま警戒を続けて疲労を溜めていたら、いざってときに必ずボロが出るわ。
実力が均衡している者同士のバランスなんて、些細な原因で崩壊してしまうものよ」
言うが早いか、咲夜は自分のグラスを手に取って一気に飲み干した。
周りの者は唖然としている、だが咲夜は気にせずに二杯目を注ぎ始めた。
突飛な行動とは裏腹に、至って真顔だった。
「バッチリ疲れを取って万全の状態で迎え撃つ、小細工を弄しても墓穴を掘るだけならそれしかないわ。
私達に必要なのは度胸と士気。防衛戦だからと言って守りに入ってはダメ!!」
ギュっと目を閉じて、咲夜は二杯目も一気に胃の腑に流し込んだ。
早くも頬が赤くなり始めている。
「か、かっこいいです咲夜さん! そうですね! 病は気から!!」
関係ない。
しかし美鈴は咲夜の考えに同意し、ワイングラスに口をつけた。
「奇策もいいとこだなぁ……でも確かに、普通の動きをしたんじゃ読まれる……。
何より弱気になったらいけないしね、こうなったらヤケよ!!」
妹紅も便乗する。メイドとして働き始めて以来絶っていた久々の酒は刺激的だった。
咲夜がわざわざ酒を持ってきたのは、普通に寝ようとしても緊張で寝られない可能性があるからだろう。
「これは下っ端メイドに飲ませる安いやつだから、ちゃんと味わわなくて良いわ!
戦いが終わったらお嬢様にお願いして、とびっきり上等なやつを開けましょう!!」
「勝つぞーっ!!」
「お嬢様に豆なんかぶつけさせてなるものか!!」
「紅魔館バンザーイ!!」
もうヤケクソだった。何よりも咲夜が一番疲れていたのだろう。
咲夜は目がトロンとしてきたところで適度に切り上げ、足取りを乱すこともなく自室へ戻っていった。
咲夜が目を覚ますと既に時刻は午後二時を回ったところ……こんなに寝てしまうとは思わなかった。
節分になる数日前からロクに寝ることができなかったから、よほど疲れが溜まっていたのだろう。
酒を飲んで寝たせいか喉の渇きを覚え、食堂に冷たい水を飲みに行く。
途中廊下で、先に起きていた妹紅に会った。
「おっ、お目覚めか。特に変わりはないよ、思った通り夜に攻めてくるのかもね」
「ごめんなさい、寝すぎたわ……指揮官失格かもね」
「あんまり肩肘張るなって、あんただけで戦ってるんじゃないんだからさ」
「そうね……」
「むしろあんたがゆっくり休んでくれてほっとしてる。アテにしてるよ、メイド長」
「肩肘張るなって言った側からそれ?」
手をひらひらと振りながら立ち去る妹紅、その背を見送りながら咲夜は思わず苦笑する。
(そういえば……なんでこんなに必死で戦ってるのかしら?)
ああ、そっか、豆か……。
咲夜は途端に虚しくなった。確かにお嬢様を守るという大義はあるのだが……。
食堂に行く途中、美鈴が中庭で太極拳をしていた。
変に体力を使う運動を避け、気持ちを落ち着けているのだろう。
(あと十時間弱ね……)
思ったより皆真剣らしい。
寝起きのだるさは少しあるものの、疲れはあまり感じない。
だが心配なのは永遠亭に対してこれと言った対策をまともに考えてないことだ。
向こうの作戦がわからない以上、そこまで正確な対策は考えられないにしろ、
現時点では誰が誰を相手するかという程度のことしか決まっていない。
(素直に篭城作戦でも……)
食堂でコップに水を汲んで飲むと、冷たすぎて少し頭痛がした。
手で頭を押さえながら再び時計を見ても、まだ時間はほとんど進んでいない……。
「時間……?」
そうか、待てよ……今までは相手が少人数だから全滅させることばかり考えていたけれど、
よく考えれば別に相手を全滅させることだけが勝利条件ではないはず。
この戦いは「節分」という行事に基づいているのだ。
魔理沙は反則スレスレのことをしたが、実際に動き始めたのは節分の日付になってからだった。
「こんな根本的なことを見逃していたなんて……」
要は、どんなことでも良いから時間を稼ぎ、日付が変わるまで粘ればいいのだ。
倒すことは忘れて時間を稼げば良い……ならばまだいくらでも作戦はある。
ギリギリに攻めてくるつもりならばかえって好都合だ。
紅魔館外周に最小限の警備を残し、臨時の作戦集会が開かれることになった。
全メイド、妹紅、萃香、美鈴の三人も、もちろん集められている。
しかし呼び集めたはずの咲夜がなかなか来ない、いつ永遠亭が来るかわからないというのに……。
「また昼寝してんじゃないのぉ?」
「漆でかぶれれば良いのに」
下っ端のメイドは咲夜が居ないと思って言いたい放題だった。
「何してるんだろ、咲夜の奴」
「なんでしょう……時間に遅れるなんて珍しいですね」
「霧散して見張ろうかって言ったんだけど、いいわ、って言われちゃったよ?」
三人は首を傾げる……しかしそのとき宴会ホールのドアが開かれ、咲夜が姿勢良く入ってきた。
だらけている下っ端達は咲夜の鋭い眼光で瞬時に姿勢を正す。
咲夜は何も言わず靴音だけ響かせ、演説台に上ると、一つ咳払いをしてから話し始めた。
「遅れてごめんなさい、これより対永遠亭の戦略を伝えるわ。
この時間まで襲撃が無いことから、おそらく八意永琳の作戦は時間ギリギリまでこちらに警戒態勢をとらせ、
心身共に消耗させるつもりのようね。今の時刻は午後四時前、残り八時間ほど……。
向こうがそのような作戦をとるならば、こちらは原点に立ち返ることにします」
一同息を飲む、咲夜は一体どんな作戦を展開するつもりなのか……。
「最初は普通の部隊展開で相手の出方を見るわ、現時点で確認しているところでは、
敵方は『イナバガンナー部隊』を編成、大将の蓬莱山輝夜、副将の八意永琳、
そしてウサギ達のリーダー格二名をそれぞれ隊長とし、計四隊のイナバガンナー部隊を用意していると思われる。
リーダー格はともかく、下っ端は貴女達が全力で止めるのよ!!」
「はいっ!!」
「そして先ほどは大将を蓬莱山輝夜と言ったけれど、おそらくこいつは独立して動くことが予想されるわ。
実質、全指揮権を握っているのは八意永琳、こいつは私が抑える、側に居合わせた者は全力で支援なさい。
そして蓬莱山輝夜は……妹紅、良いわね?」
「ええ」
腕組みをして壁に寄りかかっていた妹紅が咲夜と目を合わせ、頷く。
「問題は二名のウサギ……美鈴、やれる?」
「に、二匹もですか……わかりました、やります」
「そして、私が指示を出したらお嬢様の潜んでいる地下室を中心に防衛線を張り、篭城作戦を行うわ。
そこまで来たら場所がバレても問題無いということよ、全員が粉骨砕身の覚悟で時間稼ぎに徹しなさい、いいわね!?」
「はいっ!!」
そこまで話した咲夜はメイド達から目を離し、フッと足元を見つめた。
「最後に……ごめんなさいね、私達だけ休憩をとって……あの間、貴女達には大きな苦労をかけたと思う」
あの咲夜が部下に頭を下げている……メイド達は息を飲んだ。
「もうぼろぼろだと思うけど、お嬢様を守ると言う意志の元、最後まで戦い抜いてくれると信じているわ」
「さ、咲夜さん……」
「メイド長……」
「この咲夜さん、イイ……」
台無しだった、咲夜は表情を歪めた。
「普段のツンツン咲夜さんも良いけど、しおらしい咲夜さんも良いわね!!」
「ええ!!」
「頑張りましょう!!」
「咲夜!! 咲夜!!」
勘弁してほしかった。
咲夜としてはこんな方向で士気が上がると思ってもいなかった。
やっぱりこいつらダメだ。
「と……とっとと配置につけぇーーっ!!」
乱射される咲夜のナイフをスイスイと避けながら、メイド達は蜘蛛の子散らすようにホールを出て行った。
息を切らす咲夜の目には涙が溜まっている。
「ご愁傷様……」
「あんな感じに頼りにならないから、お願いね、妹紅……」
「あ、ああ……」
咲夜のナイフをあそこまで避けられるのだから頼もしいじゃないか、と妹紅は思ったが黙っていた。
一方、あの暢気な美鈴は腕組みしたまま青ざめている。永遠亭のウサギなんか見たこともない……どう戦えば良いのだろう。
萃香は霧散を開始し、再び掌萃香がそれぞれの懐へと潜り込んだ。
――そして午後九時。ついに永遠亭の猛攻が始まる。
恐ろしく冷える夜だった。
空は分厚い雲に覆われ、永遠亭のシンボルとも言える月はまったく見えもしない。
しかし月明かりさえ無いという状況はかえって夜襲には向いている。
「距離およそ72ヤード……一撃で決めてやるわ」
「フッ、この距離からのヘッドショットはできて当然でしょう、鈴仙」
後ろでは氷の張った湖からザブザブと音を立て、スクール水着を着たイナバガンナー部隊が上がってくる。
鈴仙とてゐは正門を攻める、輝夜隊と永琳隊はそれぞれ向かって左後方、右後方から侵入する手筈になっている。
スクール水着を普段の制服に着替えているイナバ達を尻目に、鈴仙はメイドの一人に照準を合わせた。
パスン!
「いったぁぁぁぁぁ!?」
門の前に立っていたメイドの一人の額に鈴仙の豆が命中、メイドは額を抑えて転げ回っている。
「ナイスショット! 鈴仙!」
てゐが差し出した掌に鈴仙がハイタッチを重ねる。
そしてすかさず表情を引き締めると、鈴仙はイナバガンナーズに向かって叫んだ。
「それじゃ、遊びはこれまでね……突入するわよ、皆」
イナバガンナーズは豆ランチャーを小脇に抱え、無言で頷く。
鈴仙とてゐの背中には二つに分離した黒いもの……ハイパー豆ランチャーがくくり付けられていた。
紅魔館にもその存在がバレていないハイパー豆ランチャー、一体どのような武器なのだろう。
「突撃!! 紅魔館の正門を突破する!!」
鈴仙とてゐを先頭にイナバガンナーズが続く……よく見ると後方に妖夢も混ざっている。
二本の刀は明らかに目立つのだが、それでもこの溶け込みっぷりは素晴らしかった。
ふわふわした丸い尻尾もつけられて、もはや完璧なウサギの一員である。
そして紅魔館もメイドの一人が狙撃されて臨戦態勢を取る。
「こちら門番隊紅美鈴、門番の一人が狙撃されました……永遠亭が来ました!!」
『了解、萃香によると丁度良く二名のウサギが正面突破を行うみたいよ、返り討ちにしてやりなさい!!』
「ええ、ようやく本職に戻れました……紅魔館の門番の実力を見せてやります!!」
イナバガンナーズは一部隊につき十二名、隊長含めてその数だ。
ウドンゲ隊だけは後に妖夢が配属されて十三名となっている、つまり正面突破は二十五名のウサギによって行われる。
「こちら十六夜咲夜、正面から攻撃をかけてきたウサギはおそらく陽動。紅魔館後方に気を配りなさい」
そう伝えて咲夜は掌萃香を懐にしまい込む。
おそらく永琳は後方から攻めてくるはずだ……咲夜は唾液の一滴も出ないほどの緊張を感じていた。
自分が講じたいちかばちかの奇策……上手くいかなければ、レミリアは豆ランチャーの的になる。
「痛いっ!!」
「きゃぁっ!!」
「な、なによアレ!?」
門番隊は見慣れぬ武器に大混乱だった。
ある程度進軍したところでウドンゲ隊とてゐ隊は停止、横二列に布陣しての波状攻撃を仕掛ける。
向かってくるメイドをウドンゲ隊の豆ランチャーが撃ち落とし、込めた豆が切れると後ろのてゐ隊が出てくる。
そしててゐ隊がメイドを相手している間にウドンゲ隊は豆ランチャーに豆を込めるのだ。
「何やってるの!! 弾幕を使いなさい! 接近を試みてはダメよ!!」
「は、はい!!」
美鈴の指示でメイド達は前線を下げて弾幕を展開する。
色とりどりの弾幕がイナバガンナーズに襲いかかるが、鈴仙は恐れる事もなく声を張り上げた。
「無駄よ、全部撃ち落としなさい! イナバガンナーズ!!」
鍛え抜かれたイナバガンナーズはメイド達の弾幕に豆を当てて次々に打ち消していく。
攻撃の手を休めれば自分自身が豆ランチャーの餌食になるため弾幕は止められない。
イナバガンナーズも大量のメイドから撃ち出される弾幕に気を取られてメイドの数を減らせない。
こうして正門前は完全な膠着状態に陥った。
(これは遅滞戦闘……咲夜さんの言うとおり、こちらはおとりね……なら!)
「全力で弾幕を展開なさい!!」
「え、も、門番長?」
「私ならあんな玩具突破できる! ここで遊んでる場合じゃないのよ、援護射撃を!!」
「は、はいっ!!」
メイド達は両手を広げて出せるだけの弾を撃ち出した。
美鈴はその合間をくぐってイナバガンナーズに強襲をかける。
「ハィィィィッ!!」
「……みょん!」
「お任せください」
一気に距離を詰めた美鈴はその右腕に気を纏い、鈴仙に殴りかかったのだが……。
目の前に突如出現した妖夢がそれを足の裏で受け止めた。
衝撃を殺すためにその場でくるくると回転しながら、妖夢は二振りの刀に手を掛ける。
「なっ!? 魂魄妖夢!?」
「斬る!!」
大きく振りかぶった体勢から、一瞬のタイミングで振り下ろされる妖夢の刀。
予備動作のわかりやすさに反してその速度は尋常ではなかった。
美鈴は両腕に気を纏い、それを盾にしてなんとか妖夢の攻撃を防ぐ。
「……ほう、楼観剣と白楼剣を受け止めて腕が切れないとは、相当鍛えているようね」
「な、なんでお前がここに……」
「みょん!! もういいわよ!!」
「はい……」
「な、なんだあれ……?」
てゐと鈴仙がついに背中にかかっていたハイパー豆ランチャーに手をかけた。
分離していた二つのパーツを力いっぱい連結させ、二メートルほどもあるそれを両腕で抱えている。
「かかったわね単細胞!!」
「鬼は外!!」
何が起こっているのかわからない美鈴は硬直していた。
懐で掌萃香がなにやら叫んでいるが、それすらも美鈴の耳には聞こえていない。
鈴仙とてゐが同時に引き金を引くと、ハイパー豆ランチャーから発射された豆は、
そのあまりの速度により空気摩擦で発火、炎の矢となって美鈴の胸部に突き刺さる。
「ぐぅっ!?」
あまりの衝撃から「く」の字に折れて吹き飛ばされた美鈴は、十メートル以上も離れた紅魔館の正門に叩きつけられた。
そしてそのままずるりと滑り落ちて地面に膝をつき、ウサギ達を睨みつける。
「ハイパー豆ランチャーの威力はどう!? ただのおとりだと思ったら大間違いよ!」
「な、なんて威力よ……もう豆とか関係ないじゃんあれ……」
ごもっともだ。
美鈴がよろよろと立ち上がると、服の裾から何かがこぼれ落ちた。
「う、ぅー……」
「え……あ、あぁっ!?」
掌萃香がぐったりと地面に横たわっていた、美鈴はすかさず拾い上げてその頭を撫でる。
あれだけの速度で豆が飛んできたのに、思ったよりダメージが少なかったのは……。
胸元に潜んでいた萃香が身代わりになってくれたから……美鈴の目に涙が溜まっていく。
「よ、避けてって言ったのに……」
「私をかばって、そんな……!!」
「べ、別にかばったわけじゃ……」
美鈴は萃香を頬にすりよせて涙をこぼした。完全に、自分をかばって犠牲になってしまったと思い込んでいる。
しかし実際は、危ないから避けろと萃香が喚いていたのに美鈴がぼーっとしていたせいで直撃しただけだった。
「萃香……」
「ふ、ふふ……ビクトリーワイン……一緒に飲みたかった、な……ガクッ!!」
「萃香ーーーーッッ!!」
美鈴の手に載っていた萃香はしゅん、と微かな音を立てて儚く霧散していった。
美鈴はもう萃香のいなくなった掌を見つめたまま、涙を滝のように流している。
「も、門番長助けてーーっ!!」
「さぁ、吐きなさい……レミリアはどこに隠したの?」
その前方では門番をしていたメイドの一人が鈴仙に捕まっていた。
狂気の瞳で睨みつけられたメイドの表情から徐々に恐怖の色が消え、目の焦点が合わなくなる。
「お、お嬢様は……地下室に……」
「地下と言っても広いんでしょう? どの地下室?」
「普段……妹様がいるところ……」
「そう、ありがとう」
鈴仙はメイドを投げ捨て、美鈴にハイパー豆ランチャーを向けたまま構えているてゐに話しかける。
「だそうよ、てゐ」
「わかったわ、それじゃ早いところ突破しないとね」
「私はこの事を別働隊に報告するね」
再び鈴仙の目が赤く輝き、頭上のシャープなウサギ耳がぴくぴくと動いた。
振幅の操作により増幅された鈴仙の意思は、テレパシーとなって輝夜と永琳に伝わる。
こうしてレミリアの位置がバレた。紅魔館の危機である。
一方紅魔館内の主要メンバーは混乱に陥っていた。
美鈴の懐に隠れていた萃香が豆でやられたことにより、全員の萃香が霧散して消えてしまったのだ。
それどころか全館の監視をしていた霧状の萃香も居なくなってしまった。
「何!? 何が起こったというの!?」
ある程度は予測できないことでもなかった、咲夜は悔しそうに拳を握り締める。
こうなれば下っ端のメイドを連絡員として使うしかない、情報伝達速度はかなり落ちるが……。
「咲夜さん! 裏から侵入した部隊を発見しました!」
「……よくやったわ!! で、輝夜? 永琳?」
「そ、それがわからないんです……」
「どういうこと……? まぁいいわ、どっちが相手でも倒さなければならないのは同じ!」
「今皆で頑張って抑えてるけど時間の問題です、急ぎましょう!」
慌ててばかりもいられない、咲夜はメイドの後を追って駆け出す。
まだ戦闘開始間もないというのに、早くも篭城戦をしなければならないのだろうか……。
とはいえそれはレミリアの位置を教えることと同義である、ギリギリまで待たなければいけない。
しかし、既に永遠亭にレミリアの位置が伝わっているとは、流石の咲夜にもわからなかった。
ウサギ達と同じ格好をし、ウサギ耳まで装着して、髪を解いた永琳。
輝夜も同様の偽装を施されている、メイド達が遠目にどの部隊か判別がつかないのはこれに由来していた。
多少の体格差は宵闇が包み隠してくれる。
ついでに言えば上陸時に永琳もスクール水着を着ていたという件だが、寺子屋での臨時教師のアルバイトと、
里への薬の提供を条件として、後に上白沢慧音に歴史を食ってもらうことになっていた。
他の水着を着て上陸すれば良さそうなものだが、永琳の偽装はそこまで徹底しているのだ。作戦に穴は無い。
(了解よ、ウドンゲ……こちらは引き続き『陽動』するわ、ふふふ……)
そして永琳の作戦では、実は正面から攻めているウサギ達が本命だった。
咲夜が自分、そして輝夜をもっとも警戒することなどわかりきっている。
紅魔館は咲夜さえ潰しておけば後はどうということはない。
美鈴は確かに少々厄介な存在だが、鈴仙とてゐが束になって勝てない相手ではない。
まして妖夢までつけたのだ、そこまでやって美鈴に負けることは流石にないだろう。
門の前に咲夜が自ら出てくる可能性もほぼ皆無である、普段門番をしている美鈴がそこを守るのが妥当な流れ。
妖夢によると妹紅もいるらしいが、これはまず間違いなく輝夜を狙うだろう。
おそらくここまでの展開は咲夜の読み通りに動いているはずだ。
ウサギ達をおとりにし、輝夜と永琳が別ルートで侵入、レミリアを狙う……と、見せかけている。
思い通りに事が進むと安心して視野が狭くなってしまうものだ。永琳は咲夜に飴を与えているだけにすぎない。
そう、紅魔館は踊らされている。
ウサギ達はメンバーの数から言っても十分な戦力を持っている。
しかし、もし仮にウサギ達が潰されてしまうことがあっても、レミリアの場所さえわかれば永琳が行ってもいい。
比類なき耐久力を誇る蓬莱人にとって恐ろしいのは時間切れだけだ。輝夜と永琳がやられることはまず無い。
「うちのイナバは優秀ね……皆、私達は地下室を襲撃する」
輝夜が紅魔館の見取り図を片手にイナバガンナーズを誘導する。ウサギ達は無言で頷いてそれに続いた。
しかし地下室へ向けて駆け抜ける輝夜隊の前に、警備のメイド達が立ちはだかる。
「姫! 前方にメイドの集団が!」
「何も問題はないわ。強行突破するわよ」
「はいっ!」
前方に豆ランチャーを構えたまま小走りするイナバガンナーズ。
鈴仙の訓練を受けていただけあってその狙いは正確無比、メイド達は弾幕を張ることすら許されずに次々倒れていく。
「いたたたっ!!」
「うわぁぁぁん!!」
輝夜隊は、豆ランチャー射撃を受けて激痛に悶えるメイド達を鼻で笑って踏み越えていく。
咲夜の予想通り、輝夜隊は侵入後の動きを永琳に指示されていなかった。
だからこそ無軌道に動き、警備のメイド達を混乱させた。
そしてレミリアの居場所がバレた今、そこに向かって一直線に突き進む輝夜隊は現時点でもっとも危険な存在である。
「あ、あいつらお嬢様の場所をわかってるの!?」
「動きに迷いが無い……」
「抑えろぉーっ!! うわぁっ!?」
「イザベラッ!? 痛ぁぁぁっ!!」
しかしメイド達は為す術が無い……弾幕を張っても輝夜が前面に飛び出して全てガードしてしまうし、
その間隙を縫って後方からイナバガンナーズの精密射撃が飛んでくる。
輝夜隊はメイドの妨害などものともせず、凄まじい進軍速度で中庭へと飛び出した。
ここを突っ切ってしまえば地下への入り口はすぐだ。
「一気に突破するわよ! ……え?」
中庭に飛び出した矢先に真っ暗な空から大量の火球が降り注ぐ。
それはまるで輝夜隊の到来を待ちかねていたように、絶好のタイミングだった。
イナバガンナーズはそれを豆ランチャーで撃ち落とそうとするも、豆は一瞬で消し炭になってしまう。
かと言って弾幕攻撃に切り替えても、数が多すぎてとても撃ち落としきれるものではなかった。
「これはフェニックスの尾……!?」
中庭の中央に、業火に包まれながら立ち尽くす一人のメイドがいる。
見覚えのある長い髪……赤い目……。
「妹紅……やっぱり私のところに来たわね! 鬱陶しい!!」
妖夢からの情報で妹紅の存在は知れていた。
そして、おそらく自分自身を狙ってくるであろう事も予測ができた。
「姫ぇーっ!! あちちちちちっ!!」
「後退なさいイナバ達!! そして私から離れて永琳の指揮下に入って!!」
「姫……?」
「一体どうやって妹紅を味方につけたのかしら……」
「妹紅ですって!? 姫! お下がりください!!」
「いけない、イナバ!!」
着弾した火球が中庭の随所に火柱を上げる。
尻尾に火がついて走り回るイナバガンナー、未だに弾幕で火球を落とす努力をするイナバガンナー。
そして妹紅を発見して豆ランチャーでの攻撃を試みるイナバガンナー。
「逃げろと言っているのよイナバ!!」
「えい!! えいっ!!」
「……そんな玩具でこの私がどうにかできると思っているのか?」
妹紅は灼熱を身に纏い、火の粉を巻き上げながら輝夜隊に迫る。
豆は妹紅の体に触れることすら叶わずに灰になって消えていく。
弾幕を放てば、背に生えた鳳凰の翼が妹紅の身を包んでそれら全てを飲み込んでしまう。
「下がりなさいと言っている!! イナバ!! あいつは本気よ!!」
妹紅の姿が陽炎のように揺らめき、消失した。
それに気付いた輝夜は冷や汗を流す。背後を見ると、自分の背に鳳凰の翼が生えていた。
「パゼストバイフェニックス……!! イナバ!! 逃げなさい!!」
「ひ、姫、妹紅は……え? ひ、ひぃっ!!」
輝夜の周辺から撒き散らされる大量の弾が、壁のようにイナバガンナーズを押し潰した。
ニ~三名逃げおおせたようだが、あの数では中に居るメイド達の攻撃に耐えられないだろう。
「あんたが永遠亭から出てくるなんて珍しい……さぁここは敵地だ、覚悟はいいな」
「……よくもイナバを!! 望むところよ!」
「時間切れまで遊んでやる!」
こうして輝夜隊イナバガンナーズは全滅。
更に輝夜は妹紅の足止めを食って行動不能になった。
妹紅はしっかりと咲夜の要望に応えたと言えよう。
「撃ちなさい!! もっとよ!!」
「くっ!? なんなのあいつは、不死身だとでも言うの!?」
「うおぉぉぉぉぉ!!」
既に正門前のメイド達は全滅、ただ一人、美鈴だけが傷だらけで抗戦していた。
目の前で腕を十字に組み、豆ランチャーの射撃を突っ切ってイナバガンナーズに迫る。
しかし……。
「うぁっ!?」
通常の豆ランチャーの射撃は根性で耐えていた美鈴だったが、ハイパー豆ランチャーだけは耐えられない。
突き刺さる二本の炎の矢に突き飛ばされ、美鈴はこれまでにも幾度と無く門に叩きつけられていた。
「く……立て続けに使っているせいでハイパー豆ランチャーが……」
ガチガチと引き金を引きながら、鈴仙は表情を歪める。
持ち運ぶことを想定してパーツを二つに分けたことが砲身の耐久力の低下に繋がってしまった。
もちろん永琳はそれに気付いていたが、作り直す時間はなく「連続使用は避けなさい」との注意をするに止まった。
「通さない……お前達は絶対にここで食い止める!!」
「く……てゐ、そっちのハイパー豆ランチャーは?」
「こっちもそろそろ限界だわ……レミリア戦も控えてる、このぐらいにしとかないと」
「何度吹き飛ばされようとも、紅魔館の門が私を受け止めてくれる!!」
よろよろと立ち上がった美鈴は尚もウサギ達に歩み寄る。
その目に灯っているのは戦友、伊吹萃香を討たれた怒りの炎。
下がった鈴仙とてゐに代わり、今度は妖夢が前面に立った。
「私の剣は豆とは比較にならないわよ!!」
「……鬼や吸血鬼というだけで、節分に豆をぶつけられる者の痛みがあんた達にわかるの!?」
「そんなことは知らない……私が望むのは幽々子様の奪還のみ!! 斬る!!」
妖夢が残像を残しながら高速で美鈴に突っ込む。そして抜き払った刀は宵闇に白銀の弧を描く。
しかし美鈴は両腕を前面に突き出し、それぞれを逆方向に回転させて剣を打ち払った。
「ちっ! ……私の太刀筋を見切るなんて!!」
「あの豆以外は見える……! ていっ!!」
「ぐっ!?」
密着した状態で、予備動作も無しに繰り出された美鈴の拳が妖夢の腹部にめり込んだ。
「寸勁」と呼ばれるそれは、小さな動作で強大な威力を発揮する奥義だった。
まさか、この至近距離でこれほどの攻撃が来るとは思っていなかった妖夢は、大きく吹き飛ばされてウサギ達の前に倒れ込む。
「ゲホゲホ……体が思うように動かない……ゲホッ」
本調子なら避けられない攻撃ではないのに……。
「何してるのよ、やっぱりよそ者はアテにならないわね!!」
通常の豆ランチャーで跳弾を放つてゐ。壁、柵、木、といくつもの障害物で軌道を変え、美鈴の額に命中する。
……はずだった。
「あ、あれ?」
てゐの腕が震えている。豆は美鈴にかすりもせずにどこかへ飛んで行ってしまった。
後ろでは鈴仙もカチカチと歯を鳴らして震えている。
「この寒さ異常だわ……時間をかけすぎた……はばばばばば」
「予定ならもうとっくに館内を制圧しているはずだったのに……!!」
同じ条件下で戦っているはずなのに、美鈴は震えるどころか肩から湯気を上げている。
時刻は既に午後十時半、予定では十時には侵入を完全に終えているはずだったのに……。
凍りついた湖を泳いで渡って来た事もあり、ウサギ達の体温は落ちに落ちきっていた。
支給された度の強い酒も飲みつくし、もはや暖を取る手段は無い。
「この寒さは普通耐えられないらしいけど……かかったわね、ウサギども!」
「く、こいつ最初からそれが狙いで……!!」
偶然そうなっただけだが、美鈴はあえてそれを狙ったことにしておいた。
「豆ランチャーも痛いけどね、あんなものマスタースパークに比べればマシ!」
「そ、それでこんなにしぶといと言うの……?」
だがしぶといだけで攻撃力は今ひとつ、イナバガンナーズはまだ一人も欠けていない。
寸勁の直撃を受けた妖夢も、既に立ち上がって美鈴を睨みつけている。
「門番の極意とは、敵を倒すことのみに在らず!!」
「なんですって……?」
「敵を通さないことが我らの務め!! 紅魔館を守るためならばこの身は鋼と化す!!」
「く、これだから体育会系は……」
鈴仙が再びテレパシーを送る。
正面突破は不可能、内部に侵入した別働隊にレミリアを任せる、と。
永琳の作戦を狂わせた一つの誤算……それは美鈴の異常なまでのしぶとさだった。
伊達に年中門の前に立っているわけではないらしい。
「皆、豆ランチャーは片付けなさい、一斉に弾幕を展開し、意地でもあいつをやっつけるのよ」
「鈴仙……」
「正門の突破は失敗、もう私達に与えられた作戦は全て放棄せざるを得ないわ、
一人でも多く突破し、先行している別働隊に合流するのよ!」
覚悟を決めた鈴仙の目も真っ赤に燃え上がる。
もうここからは全ての作戦を捨てた意地と意地とのぶつかり合いだ。
美鈴はそんな鈴仙の赤い目を見てふっと微笑んだあと、流麗な動きで演舞を始めた。
「練精化気……練気化神……」
美鈴の周辺に虹色の弾幕が展開されていく。
舞い散る花びらのように美鈴を取り巻く弾幕、その美しさには思わずウサギ達も目を奪われる。
しかし鈴仙だけは正気を保ち、周りのウサギ達を叱咤していた。
「来るわよ皆!! 構えなさい!!」
「練神還虚……!! 極彩颱風!! ハィィィィッ!!」
こうして正門でも激戦が開始された。
門番、紅美鈴と二十五名からなるウドンゲ、てゐイナバガンナー連隊の戦いが始まる。
一方、メイドの報告を受けて咲夜が向かった場所は永琳隊の居る裏庭。
しかし咲夜が到着する頃には足止めしていたメイドは全滅しており、永琳隊の姿は無かった。
そこにはただ、豆ランチャーで撃たれて苦しみもがくメイド達の姿があるのみだ。
少し周辺を探索してみたが、豆が転がっているぐらいで永琳隊の姿は見えない。
「遅かったようね……」
咲夜を導いたメイドも眉間を押さえる。
永琳隊の進軍の速さは輝夜隊と同等かそれ以上、やはり萃香の力無しに追いかけて捉えられるものではなかった。
落胆する咲夜に一人のメイドが駆け寄ってくる、その話は沈んだ気持ちに追い討ちをかける内容だった。
「咲夜さん! どうやら永遠亭にお嬢様の居場所がバレているようです!」
「……なんですって?」
「輝夜隊の動きといい永琳隊の動きといい、ある期を境に進軍ルートが大きく変わっています」
「地下室を目指していると?」
「ええ……それまでは無軌道に動き回ってこちらを撹乱するような動きだったんですが……」
「なるほど、わかったわ……地下で篭城作戦を実行する、動ける者達に伝えて」
「はい!」
辺りは暗く、時計台は流石に見えない。咲夜が懐中時計を取り出すと、時刻は午後十一時前。
一時間ほど防衛に成功すれば、時間切れで紅魔館の勝利は確定する。
(問題はどれだけの戦力が残っているか、ね……)
妹紅か美鈴が来てくれれば嬉しいのだが……。
下っ端の話によると妹紅は中庭で輝夜を押さえ込んでいるらしいし、これは実際に咲夜も目にした。
妹紅と輝夜の姿を見たわけではなかったが、中庭で下っ端とは思えないハイレベルな弾幕戦が行われていた。
二部隊に襲われたはずの正門も突破された様子は無いらしい、美鈴も期待に応えてくれているようだ。
(……次は私の番)
指揮官としての立場もあり、今までは後方に控えていたが……。
レミリアの居場所がバレた以上、もうそうとばかりは言ってられない。
最後の手段である篭城作戦を実行し、体を張って永琳隊の進軍を阻止する。
きっとまともな応援は来ないだろう、しかし咲夜には一人ででも戦う覚悟があった。
地下室へ向かって咲夜は走り出す。
歩き慣れた紅魔館、空間もいじって近道をスイスイと移動していく。
なんとしても永琳隊に先回りしなければ。
永琳隊は残存するメイド達を排除しつつ、地下室への入り口に辿り着いた。
イナバガンナーは一人も欠けていない。
「まったく、皆頼りにならないわね……かくなる上は私達がレミリアに豆をぶつけるのよ」
レミリアを視界に捉えてしまえば、豆ランチャーで百発百中の自信があった。
特にハイパー豆ランチャーの弾速は恐ろしい。
その速度は、性能実験中に輝夜が「須臾の力を使って避けてやるわ」と息巻いていたので撃ったら、当たって泣いたほどだ。
レミリアの運動神経がいかに高かろうと、それこそ咲夜のように完全に時間を止めでもしなければ回避は不可能だろう。
「さて……」
それにしても地下が随分と広い。
永琳は大雑把に頭の中で面積を計算してみたが、どうしても計算に狂いが生じる。
この辺が咲夜の能力に由来する部分なのだろう。
どういう計算式で面積が求められるか考えつつ、永琳は地下を突き進んでいく。
だがそのとき、微かに何かが煌いたように見えた。
「そこまでよ」
永琳は突如目の前に現れた銀のナイフを、人差し指と中指の間に挟んで受け止める。
遠くには、薄暗い地下室でわずかな光を受けてチラチラと輝く咲夜の銀色の髪。
そしてその中央に自ら光を放つ赤い目が輝いていた。それは咲夜の本気の証拠。
「まぁ怖い、貴女本当は妖怪じゃないの? ふふふ」
永琳はクスクスと笑いながら咲夜の足元にナイフを投げ返した。
「妖怪よりも怖い人間よ。その身で思い知らせてあげる」
咲夜がパチンと指を鳴らすと、後方に潜んでいたメイド達も咲夜同様、目を輝かせ始めた。
こうなれば数で押し潰すしかない、メイド達は思ったより生き残っていた。
というよりは、豆が当たったぐらいでは流石に死んだりしないので、手負いのメイド達は復讐を遂げるべく目を輝かせているのだ。
「お嬢様の元へは行かせない」
懐中時計を取り出し、永琳に向けて突き出す。
時刻は午後十一時を回った、もう残り一時間も無い。
咲夜が負ければ永琳達は存分にレミリアシューティングを楽しめる。
咲夜が負けなければ永琳達はここでゲームオーバーだ。
「面白い……生命遊戯、楽しませてあげる」
「絶対にここで食い止めて、きっつい罰ゲームをお見舞いしてやるわよ」
永琳が豆ランチャーを構え、咲夜は両手に数本のナイフを構える。
散々射撃され、ぼつぼつとアザだらけになったメイド達とイナバガンナーズもにらみ合う。
「絶対にお嬢様を守り抜くのよ!!」
「イナバガンナーズ構え!! 目にもの見せてやるわ!!」
メイド達、そしてイナバガンナーズの咆哮が地下に響き渡る。
ここからレミリア達の居た地下室までは一本道、ここさえ防ぎ切れれば……。
最後の戦いは苛烈を極めた。
メイド達は、傷の少ない者を後ろに下げて、既に傷を負ってまともな戦闘のできない者で肩を組む。
そして肉の壁となって豆ランチャーの攻撃も弾幕も全て受け止めた。
誰かがふらつけばその両脇の者が支える。メイド達は目を血走らせ、根性だけでイナバガンナーズの攻撃を受け止め続けた。
「立ち止まるなぁー!!」
「ウサギの追い込み漁よー!!」
「あ、貴女達にそんな根性があったなんて……」
永琳の豆ランチャーをナイフで受け流しながら、咲夜はメイド達の根性に驚いた。
「よそ見している暇なんてあるの?」
「危ない! メイド長!!」
「……っ!?」
永琳と咲夜の間に割り込んで身代わりになるメイドも居た。
倒れこんだメイドを抱き上げる咲夜、それを見て怒り狂った他のメイド数人が永琳に襲い掛かる。
「豆がなんぼのもんじゃー!!」
「押し潰せー!!」
「ちっ……まるでゾンビみたいに……鬱陶しいわね」
バカだバカだと言ってはいたが、素直で笑顔のあるメイドばかりだった……。
咲夜は豆ランチャーが当たった箇所を優しく撫でながら、悲しげに下っ端のメイドを見つめている。
「バカね……あんな豆の一発や二発で私は倒れないわよ……」
「え、えへへ……良いんです、メイド長の盾になれて嬉しかった……」
「……私達が守るべきはお嬢様よ。でも、気持ちは受け取っておくわ」
「クンクン……め、メイド長良い匂いがする……」
「……」
――不純な動機で盾にならないでください。あとやっぱりバカ。
咲夜は無言でそのメイドを放り投げ、再び永琳に向き直った。
永琳は闇の中で相変わらずの不気味な薄ら笑いを浮かべている。
「こんな雑魚では面白くないのよ、真打ちが出てこないとね」
「……すっかりゲーム感覚なわけね」
「あはははは、貴女も楽しむゆとりを持った方が良いわ。せっかくのお祭りですもの」
「お嬢様の威厳を守るっていう使命がある以上は、そんな悠長なこと言ってられないのよ」
先ほど殴りかかってきたメイドの一人を片腕で持ち上げ、壁に叩きつける永琳。
イナバガンナーズも数で迫るメイドの猛攻を受けて半数近くが倒れている。
「部下の教育はもう少しちゃんとしなさいな。それともメイドってこういうものなのかしら?」
「まさか」
会話途中でも咲夜は構わずナイフを投げつけた。
しかし闇の中でも光るナイフは永琳の指であっさりと受け止められてしまう。
「そろそろスペルカード戦でもしましょうか。遊んでいる時間は無いみたい」
あと三十分ほどでタイムアップだった。
しかし永琳はそれほど慌ててもおらず、豆ランチャーを肩にかけて懐からスペルカードを取り出した。
それに呼応するように咲夜も素早くスペルカードを取り出す。
「私はここまで豆ランチャー以外の攻撃はほとんど行っていない。
それに対して貴女は時間を止めたり空間をいじったりと随分無理しているみたいじゃないの」
「関係無いわ、ここまで来たらあとは根性の問題」
「意外と感情的なのねぇ、まぁいいわ、どいてもらう」
「どかないわ」
ついに雌雄を決するときが来た。
しかし永琳の言う通り、咲夜が体力的に不利だった。
万全でも勝てるかどうかわからないのに、この状況ではやはり時間稼ぎしかできないだろう。
両者一枚ずつスペルカードを手に取り、前に突き出してスペルカード宣言を行う。
本気の頂上対決が始まった。
「く、くぅ……はぁ、はぁ……」
およそ二十分ほど粘った咲夜だったが、やはりコンディションで引けを取り、じわじわと永琳に追い詰められる。
メイドやウサギはスペルカード戦に巻き込まれ全滅。咲夜はレミリア達が潜んでいた部屋の前で最後の抵抗をしていた。
だが……。
「スペルカード性能はほぼ互角、やるじゃない……でもね」
「……ッ!? ぐぅっ!!」
展開された二人の分厚い弾幕の中をかいくぐった一粒の豆が、炎の矢となって咲夜の胸に命中した。
永琳がハイパー豆ランチャーを取り出したと思ったときには既に遅く……。
咲夜は発射されてから時間を止めようとしたものの、それでも間に合わなかった。
そして大きく吹き飛ばされ、部屋のドアに強かに叩きつけられ……その勢いでドアが開いてしまった。
「チェックメイトね……」
「ゲホ! ゲホッ!!」
部屋の中は暗くされていたが、レミリアとフランドールらしき人影がかすかに蠢いた。
時間は残り十分も無い……永琳はうずくまる咲夜をよそに、ハイパー豆ランチャーをレミリアに向かって発射した。
「ぎゃっ!!」
「命中……私の勝ちね、メイドさん」
「ゲホッ……フ、フフフフフフ……」
「何笑っているの? 気でも触れ……」
勝利を確信して咲夜を見下ろす永琳、しかし咲夜は上ずった声で笑っている。
そしてさらに、部屋の中から聞こえてきた叫び声を耳にしたとき、永琳の表情が曇った。
「いったぁぁぁぁ!! な、なんだよこれぇ!! うわぁぁぁぁん!!」
「……?」
不審に思った永琳はフランドールにもハイパー豆ランチャーを発射してみた。
「キャァァァァッ!! うぐぐぐぐ、せ、背骨が歪む……」
おかしい。それほど聞き慣れているわけではないが、あの声がレミリアのものでなかったことはわかる。
フランドールなど見たこともないが、今の声もそこまで幼い印象は受けない。
よく見てみれば、服装こそレミリアやフランドールと同じだが少し体が大きいような……。
「魔理沙と……アリス?」
「ふ、ふふ……あははははは! かかったわね!!」
「な……私を謀ったと言うの!?」
永琳の頭の中が真っ白になる。
実は永琳も自白剤を持参してそれを数名のメイドに飲ませていた。
どのメイドも「お嬢様は地下室」としか言わなかったというのに。
先ほど襲い掛かってきたメイド達だってどう見ても本気だった。
「敵を騙すには、まず味方から……基本じゃないの」
ハイパー豆ランチャーのダメージが残ったままの咲夜は、ふらふらと永琳に歩み寄って懐中時計を突き出す。
十一時五十九分。
永琳が目を凝らすと、室内にはもう一人誰かがいる。
「あら、もう一人……!? あ、ああ……冥界嬢ね、どうでもいいわ」
全然関係ない人だった。
そしてやはり幽々子はバタフライのポーズで放置。
「さて、ここにお嬢様は居ないわ。まんまと騙されてくれたわね」
「……ならばどこに?」
「……時計が教えてくれるわ」
ほんのわずかな雲の切れ目から月明かりが差し込み、時計台を照らす。
短針も長針も同時に天を指した。二本の針が重なり合って一つの時間を示す。
そして誇らしげに鳴り響き、零時を知らせる。
「零時……時計……? まさか……」
「そう、お嬢様と妹様、パチュリー様も時計台内部にいるわ」
永遠亭襲撃前の緊急集会前に咲夜が講じた最後の手段がこれだった。
レミリア達を時計台に移す、そしてそれは自分以外の誰にも気付かれないようにする。
鈴仙の能力も永琳の薬学もわかりきっている。
ギリギリに攻めてくる場合、広い敷地面積を誇る紅魔館全域を探し回るわけにいかないのは自明の理だ。
どうにかしてメイドなり、はたまた美鈴なりから情報を引き出しにかかるだろう。
それこそが永琳のとった電撃戦における重要箇所であり、同時に穴でもあった。
しかし危険な作戦でもある。腑に落ちないことも多い。
「バカな……決して目立たない場所ではないわ!!」
「ええ、そうね」
「私が疑ってかかったり、早めに襲撃して全域の探索をしたらどうするつもりだったの!?」
「別にどうもしないわ、そのときはそのとき。別の対策を練るだけ」
痛みの取れてきた咲夜は姿勢良く胸を張って淡々と語る。
戦いが終わり、真っ赤になっていた咲夜の目の色も落ち着いていた。
「貴女はそんな無茶する性格だったかしら……」
「もちろんお嬢様にも掛け合ったわよ……」
咲夜が髪をかきあげる。
薄暗闇の中で、埃まみれになった銀髪が鈍く光った。
「でも、咲夜を信じるわ、って」
「……クッ! 滅茶苦茶だわ、何がパーフェクトメイドよ!!」
くずおれ、落胆する永琳を見下ろして咲夜が鼻で笑う。
「博才もパーフェクトだったのかしら、ふふっ」
泥にまみれ埃にまみれ、メイド服もぼろぼろ。
しかしそこには任務を全うしたメイド長、十六夜咲夜の姿があった。
「……負けたわ」
「さて、ペナルティはもう考えてあるわ、覚悟してね」
「くー……」
トンズラしたい永琳だったが、そうしたら怒り狂った霊夢が永遠亭に来るだろう。
たとえ撃退できようとも、霊夢は何度でも勝つまで襲い掛かってくる、迷惑極まりない。
こうなれば敗北を認め、罰を受けるしかなかった。
「咲夜ーっ!!」
地下室から出ると、既に時計台から出てきていたレミリアが地下への入り口に駆けつけていた。
永琳と他の捕虜を伴ってフラフラと歩いてくる咲夜に向かって、赤い廊下を元気良く走ってくる。
「お嬢様……」
「やったわね咲夜! やるじゃない、それでこそ私のメイドよ!!」
「申し訳ございません、長い間窮屈な思いをさせてしまいました」
レミリアに飛びつかれて転びそうになるのを耐え、咲夜はレミリアに微笑み返す。
その後ろには、輝夜の首根っこを掴み、ずるずると引きずって歩いてくる妹紅の姿があった。
輝夜はぐったりしながら何やら呪詛を吐いている。
妹紅が与えられたメイド服もぼろきれのようになっていたが、その顔には眩しい笑顔が広がっていた。
「やったじゃない、咲夜」
「妹紅……ありがとう、貴女が居なければ……」
「おっと、湿っぽいのはいいよ……久しぶりに『負けられない戦い』ができた感じがして、嬉しいし」
妹紅はニカッと笑うと、直後にきつい視線を永琳に向けて「ほらよ」と一言、輝夜を永琳の前に転がす。
仰向けに転がされた輝夜の目はどす黒く澱み、永琳を恨めしそうに睨んでいる。
「永琳、役立たず……永琳、使えない……永琳、いとわろし……」
「こ、古語が混ざっていますよ姫!? も、申し訳ございませんっ!!」
「あんたらも仲良くやりなよ、あいつらみたいにさ」
それを呆れたように眺める妹紅。
後ろには咲夜に抱きついてきゃあきゃあ騒ぐレミリアの姿があった。
さらに、美鈴を担いだ妖夢がふらつきながら廊下を歩いてくる。
美鈴はほとんど裸に近いような状態だった、意識も失っている。
妖夢も同様にぼろぼろで、虚ろな表情で咲夜の前まで歩くと、そのままドッと倒れこんだ。
「幽々子様……申し訳ありません」
「あ、貴女も来ていたのね妖夢……美鈴は三人も止めていたっていうの!?」
「恐ろしい気迫だった……獅子奮迅、とはまさにあれのことだろう……。
見習うべきところがたくさんあったわ、敬意を表してここまで連れてきたの……」
ぎりぎりと歯を食いしばり、手をついて立ち上がる妖夢の前に幽々子が駆け出してくる。
神妙な顔で妖夢を見下ろす幽々子の動きは、長時間のバタフライによってまるでロボットのようだった。
「妖夢……」
「幽々子様……」
「よくも見捨てて逃げたわね! おかっ! おかげで肩が痛いわ!!」
「ち、ちが……!?」
「そんな服着て、そんな耳をつけて! 身も心も永遠亭に売り渡したのね!? あ! 尻尾もついてる!」
そんな二人の様子を見て、ずっと輝夜に睨まれて怯えていた永琳が突如口を開く。
「そうよ!! その子はうちのウサギ! みょん、よ!! 庭掃除は自分でやるのね冥界嬢!!」
「なっ!?」
「よ、妖夢のバカッ!!」
火に油を注いで永琳がニヤリと笑う。死なばもろとも、全員道連れにする所存だった。
そして妖夢に背を向けて乙女走りで廊下を走っていく幽々子。
しかしドサクサに紛れてトンズラしようとしたのは即座にばれ、側にいたメイドのタックルで倒された。
「うぐーっ!?」
「やれやれ何してるんだか……美鈴、美鈴!」
咲夜にぺちぺちと頬を叩かれると、美鈴がゆっくりと目を開く。
相当なダメージを受けて思うように動けないらしく、一つ一つの動作に体を震わせていた。
「さ、咲夜さ……」
「よくやったわ美鈴、根性あるじゃない」
「……すいません、十一時五十五分ぐらいまでしか……」
「何言ってるの、しっかり役割は果たしてくれたわ」
咲夜は胸の前に握り拳を突き出し、ぐっと親指を立てた。
美鈴はそれを見てうっすら笑うと、再び気を失った。
「みょん、ウドンゲとてゐは?」
「やられました、門の前でのびてます」
咲夜はぼろぼろの、それでも美鈴の服よりはましなエプロンを美鈴の体にかけてやった。
レミリアはその様子を脇で眺めている。
「こいつもやればできるんじゃないの。なんでいっつも魔理沙にやられるのかしら」
「ま、まぁ普段魔理沙は本目当てで侵入しますからね……お嬢様を守るのとは勝手が違うのでは?」
「……私は安く見られているということね」
いつの間にか側にいたパチュリーが、疲れて眠る美鈴の頭を手に持っていた本の角でどついた。
美鈴の顔は痛みで歪んだがすぐに元に戻った。相当疲れているらしい。
「やあやあ、勝ったみたいだねー」
「ん……あれ? そういやどこ行ってたのさあんた?」
妹紅の視線の先には酒を呷る萃香が立っていた。
服の胸元に一つ穴が開いているぐらいでそれ以外は至って普通そうだ。
「貴女もありがとう、結局巻き込まれてしまったみたいで申し訳ないわ」
「いいよー、一発や二発、平気平気!」
「貴女がやられてしまってからはずっと不安だったわ」
「ごめんねー、気絶しちゃっててさー」
カラカラと笑う萃香、いくら豆が苦手とはいえその体力も並ではないということか。
豆がどうこうというよりハイパー豆ランチャーの性能がおかしすぎたのだろう。
「とにかく、これで決着ね……はぁ、後片付けが大変そうだわ」
どこもかしこもグチャグチャだった。
とりわけ酷いのは門の周辺と中庭だろう。
門は敷地の外なのでまだ良い、ただでさえジェットモグラ幽々子によって穴だらけにされていた中庭は、
その後輝夜の弾幕でクレーターだらけになり、妹紅がきっちりと焼き払ってしまった。
そのまま畑に改造できそうな勢いである。
(忙しくなりそうね……)
レミリアの部屋がそれほど乱れていないのがせめてもの救いか。
咲夜は辺りを眺め、うっすらと微笑を浮かべた。
数日後、紅魔館はまだ一部散らかっている所があるものの、居住区その他利用頻度の高い区画は修復された。
メイド達は誰も彼も包帯を巻いている、片づけをしたのはほとんど咲夜だ。
萃香の能力も片付けに大いに役立ってくれた、妹紅は片づけが苦手なようだがそれでも頑張ってくれた。
「ふー、紅茶の味もわかってくるとおいしいもんだね。最初は花食べてるみたいで苦手だったけど」
「それを言ったら日本茶だって草食べてるようなものじゃないの、ふふ」
「ま、まぁそうだけどさ……」
応接間で咲夜と妹紅がティータイムをしている。
悠長に休んでる場合じゃないような気もするのだが、今日は特別な日。
レミリアが功績を認めてくれて「疲れてるだろうし、メインな場所だけ急いで片付ければ良いわ」
と言ってくれたのもあるが、本日は負け組のペナルティー執行の日なのだ。
初期に捕まった魔理沙やアリス閣下は長い間嫌がらせされていたが、あれはペナルティーではない。
単なるお嬢様達の暇潰しである、敗者は従うしかないのだ。
連中がもうすぐ来るということで、二人はゆとりを持って待ち構えていた。
「で、あいつらに何するの?」
「それはまだ秘密よ、でもきっついお仕置きだから期待してて良いわ」
「へー」
思わず妹紅がにやける。輝夜も自分も、もう殺されるのには慣れている。
咲夜は頭が良い、きっと別の方向性の辛いお仕置きを考えてくれただろう。
少しして宴会ホールに負け組がちらほらと現れ始めた。
咲夜、妹紅、萃香がそれを見張り、側ではレミリアとパチュリーがニヤニヤと笑っている。
「な、なぁ罰ゲームってなんだよ……?」
「そんなの私も知らないわよ……あーあ、興味本位であんなバカなイベントに付き合うんじゃなかったわ……」
落ち着きなくキョロキョロしている魔理沙の横でアリスが溜息をつく。
長いテーブルの前に座らされた負け組の前には大きな皿が置かれていた。
「妖夢……もういい加減帰ってきてくれないかしら……」
「……」
「みょ、みょん……」
「嫌です」
あの夜ドサクサに紛れて逃げようとしたことと、その際に投げかけた言葉が妖夢の心を傷付けたらしい。
ウサギの格好のまま本当に永遠亭に居座っているそうだ、しっかり仕事をするので永遠亭の住民には好評である。
「ふふふ……私達は不老不死、どんな罰にも耐え切ってみせるわ」
「お黙り永琳」
「……申し訳ございません」
こちらも喧嘩中らしい、敗北者とは惨めなものだ。
「永琳様があんな水着着せるから、寒さに負けたのよ」
「言いすぎよてゐ。攻め切れなかったのは私達の力不足じゃない」
誰も彼も永琳に責任をなすりつけていた。
信頼が憎しみに変わるというのは恐ろしいことだ。
必死に永琳の肩を持つ鈴仙も、最近周囲からの視線が冷たいのを感じている。
みょんの株が上がってきていることもあり、このまま滞在されたら兎角同盟のトップが入れ替わりそうだった。
妖夢本当はウサギじゃないのに。
「さーお待たせしました!」
何かメモのようなものを手にした萃香が歩み出てくる。
罰ゲームを受ける一同は静まり返り、萃香の動向に目を見張った。
「節分って言えば、歳の数だけ豆を食べる日だよね!」
魔理沙以外の全員がそれを聞いて青ざめ、ガタガタと震えだす。
永琳や輝夜は震えすぎて椅子から転げ落ちていた。
そんな様子を見て、咲夜がニヤリとほくそ笑む。
「そう来たか咲夜! く~っ! やるなあ!」
後ろでは妹紅が愉快そうに手を打つ。そして振り返った咲夜と視線が合い、笑顔を交わした。
萃香が皿を指差すとどこかからか豆が萃まってくる。
魔理沙は十粒程度、こんなものでいいのか? と首を傾げている。
「なんだ、咲夜にしては随分ヌルいじゃないか、ポリポリ」
「別に良いわよ、あんたには全然てこずってないし」
「……」
罰は軽いが言うことはキツかった。
アリスの豆は魔理沙に比べると随分多い、青ざめるアリスと魔理沙の目が合う。
「アリス、いや……アリスさん、そんなに……」
「や、やめてよさん付けなんて!! 気持ち悪い!!」
萃香はメモを片手にどんどん豆を萃めていく、メモにはそれぞれの年齢が書いてあるのだろう。
妖夢と幽々子の前にも恐ろしい数の豆が差し出された。
「妖夢さん……そんなに……」
「やめろ!! 私は半人半霊だからよ!!」
「魔理沙、私にもさん付けしなさいよ」
「あー? 幽々子が年増なんてわかりきってたことだろ」
「失礼ね! 心は若いままよ!!」
魔理沙の基準がよくわからないが、どうやら嫌がらせ側の立ち位置にシフトしたらしい。
「てゐってそんなに歳行ってたの……? 健康マニアだとは聞いてたけど……」
「ふぅ……ふぅ……」
今まで作り上げてきたてゐのイメージが崩壊した瞬間だった。
てゐは頭を抱えてぶるぶると震えている。もちのような耳もぷるぷると震えている。
「て、てゐ……さん」
「やめてぇぇぇっ!!」
鈴仙による「さん付け」により狂気の世界に旅立ってしまったてゐは、豆を鷲掴みにしてどんどん口に運び始めた。
少しでも減らして若く見せたいのだろうか。
だが鈴仙とてゐに豆を与えたところで萃香の表情が曇った。
そして萃香は咲夜を振り返って指示を仰ぐ。
「ねえ、この二人だけ年齢が書いてないんだけど……」
「ああ、わかんなかったのよ……自白させましょう」
先ほどから後ろではレミリアと妹紅が腹を抱え、転げ回って笑っている。
パチュリーもかなり笑っている、そのまま喘息の発作を起こしそうな勢いだ。
輝夜と永琳は、今までに見たことのない恐ろしい物でも見るような顔で萃香を見つめている。
「はい、じゃあ永琳から、年齢は?」
「じゅ……」
「じゅ?」
「……十七歳……」
皆が「うわぁ~……」と声を上げる中、一人真顔になった妹紅が全速力で走り、テーブルに飛び乗った。
「よし! 殺す!」
「ひっ!?」
妹紅は輝夜もろともに、椅子に座る永琳にフライングボディプレスを敢行した。
「嘘をついたらこうなるからな! 正直に言え!!」
「ぐぐぐ……」
「んー……それじゃ輝夜は何歳なの?」
「ぐぐ……い、五つ……」
「嘘をつけぇー!!」
「うぐっ!!」
妹紅は倒れたままの輝夜に今度はエルボードロップを見舞った。
その後も二人は本当の年齢を言うことはなく、いつまで経っても埒が明かない。
とっくに豆を食べ終えた魔理沙など、退屈そうにあくびをしている。
どんなに尋問しても「十七歳」「五つ」の一点張り、突っ込みを入れる妹紅の方が肩で息をしている。
そんな中突然宴会ホールのドアが開かれ、全員が注目した。
そこに居たのはフランドール、ニヤニヤしながら立っている。
「フラン……」
「楽しそう、混ぜて」
フランドールはツカツカと歩み寄って来て萃香の横に並び、手にしているメモを覗き込む。
そして少し考え込んだ後、何か閃いたように眩しい笑顔を浮かべた。
「そこの二人は十万三十六歳ってことにしよう!」
「ぶっ!!」
アリスがひっくり返る。これはデーモンアリス閣下の設定だ。フランドールはよっぽどあれが気に入ったらしい。
片や永琳と輝夜は「え? ほんとに!?」という顔で震えている。
かつて永琳は、五百歳のレミリアに対して「貴女の歴史を私の歴史で割ったらゼロ」と言った。
それが年齢のことだとすれば、確かにそのぐらい行っていてもおかしくないような気もするが……。
「かなりたくさん豆は用意したけど……そんなにあるかしら……」
「良いじゃないの咲夜、もうありったけ食わせてしまいなさい。嘘をついた罰も含めて」
「そうですわね」
「はーい、いっくよー」
萃香は咲夜とレミリアの指示に従い、二人の前に大量の豆を萃める。
その量は、かなり大きな皿でも受け止めきれるものではなく、ぼろぼろと地面にこぼれ落ちていった。
「じょ、冗談でしょう……?」
「永琳のバカ!! もっと真実味のある嘘をついていれば!!」
「姫だって五歳なわけないじゃないですか!!」
「むきーっ!! 私に楯突くの!?」
今まで下手に出ていた永琳もついに崩壊、二人は取っ組み合いを始めた。
その間にも豆は次々に萃まっていく、しかし徐々に豆の数も少なくなっていき、ついには萃まらなくなった。
「あ、打ち止め……紅魔館の外からも萃める?」
「それで何個ぐらいなのかしら?」
「六万ぐらいずつかな」
「……ま、そのぐらいでいいか。心の広さを見せて私の威厳を知らしめるのよ」
「流石ですわお嬢様、寛大です」
十分寛大じゃないような気がする。
「うっぷ……」
「げふ……」
「も、もう豆なんて見たくない……」
「吐きそう……」
苦しみもがく敗北者達の前で、レミリアは高級料理を食べながらワインを飲んでいる。
咲夜が頼んでみると、防衛戦で活躍した四名が特上のワインを飲むことを快諾してくれた。
下っ端メイド達はただでさえ役に立たない上に負傷しているので、料理を作ってくるのはほとんど咲夜だったが、
咲夜も休み休みにワインを飲んでは、頬に手を当てて嬉しそうな溜息を漏らしていた。
「くっ……肉なんか食べるな!! 胸焼けがする……!」
妖夢が青い顔をしながら眉をひそめ、鼻をつまんだ。
「お嬢様! 私もこんな良いもの食べて良いんですか? おいしい~」
「まぁたまには良いんじゃないの。あんたが正面を守りきってくれたおかげで咲夜も楽になったと言っていたし」
「いっつも下っ端が作ったやつばっかりだったんです。咲夜さんの料理おいしいなあ」
「ふふふ、愉快だわ……もっと苦しみなさい、負け犬達」
レミリアは心底愉快そうにケラケラと笑い、背伸びして敗北者達を見下している。
「ほら輝夜に八意! 減ってないわよ! さっさと食べろ、それでも蓬莱人か!?」
妹紅も赤い顔をして輝夜と永琳を焚き付ける。
しかし輝夜も永琳も文句を言う余裕などなく、震える手で一粒ずつ豆を口に運ぶだけだった。
「ふぅ……私はもう少しかしら……」
アリスは脂汗をだらだらと流しつつもほとんど食べた。
横にいた魔理沙だが……パチュリーが「罰が軽すぎるわ」と言って、フランドールと共にどこかへ連れて行った。
「妖夢ぅ……助けて……」
「……」
「みょん……助けて……」
「嫌です、自分のだけで手一杯です」
「手助けとかしたら豆増やすからね~、あはははっ!!」
「鬼ぃっ!!」
「うん、鬼だよ」
ワインを樽ごと飲みながら萃香も笑っている。
それを見た負け犬一同は更に胃に不快感を感じるのだった。飲みっぷりが豪快すぎる。
「大豆は体に良い……ボリボリ……畑の肉……ボリボリ」
「う、うぇっぷ……良い食べっぷりね、てゐ……見てて気分悪くなるわ……」
てゐは健康パワーで頑張って豆を減らしている。しかし表情はかなり必死だった。
まだイメージを維持しようとしているのだろうか、横で鈴仙が嫌そうにその様子を眺めている。
どんな健康食品も過ぎれば体に毒だろう、主に体重の増加等。
その後、輝夜と永琳以外は三日以内にノルマを達成して帰った。
しかし二人の豆は桁違いに多かったため、一週間かかっても食べ終わらず、紅魔館に縛り付けられていた。
「これを食べ終わるまで家には帰さないからね!!」
しばらくはそんな咲夜の厳しい声が響き渡ったそうだ。
そして敗北者の間では「お互い年齢は見なかったことにする」という協定が結ばれた。
一人だけ大した被害の無い魔理沙の動きには不安が残るが、不思議としばらく家で大人しくしていた。
パチュリーとフランドールによって与えられた罰が相当に厳しかったらしい。
「あら、お茶ありがとう、それじゃ次は庭掃除してね」
「……妖夢は?」
「うぅっ……」
みょんは永遠亭のウサギの上に、三人目のイナバリーダーとして君臨しているらしい。
主が冬眠中で割と暇している藍が、たまに面倒を見に来てくれるのがせめてもの救いだった。
「もう少し主従関係をしっかりした方が良いんじゃないのか……」
「妖夢が思春期すぎるのよ!!」
「はぁ……まぁ、今日は庭掃除を少しやったら帰るぞ。結界の点検もあるしね」
「い、行かないでぇっ……寂しくて死んでしまう……そう『さび死』してしまうわ!!」
「なんだ、さび死って……ウサギかお前は……それにもう死んでいるじゃないの」
「う、ウサギ……!?」
痛いところを突いてしまったらしい。
幽々子は何故か藍に後ろから抱きつき、尻尾に顔を埋めてすすり泣きし始めた。
「妖夢ー! 妖夢ぅぅっ!!」
「あっ、前からにしてくれ! は、鼻水が尻尾に!」
尻尾をわさわさと動かして幽々子を振り払おうとするも、そのわさわさがかえって幽々子を喜ばせた。
結局はしばらくじゃれついてくる幽々子をなだめることになり、別れ際に。
「ちゃんと謝りに行け、なんならついていってやる」
と、幽々子の頭を撫で撫で、藍は帰路についた。
満月の夜。
ようやく帰ってこれた永琳は永遠亭の縁側でぐったりと横になっていた。
輝夜も帰ってきたが、心に大きな傷を負ったのか、部屋に引きこもって出てこなくなった。
「やっと豆以外のものが食べられるわ……」
イナバガンナーズ以外のウサギ達からは特に何も言われないが、イナバガンナーズによる村八分っぷりは強烈だった。
そもそもがペットであり、従者ではないので嫌われたら結構ひどい事をする。
部屋に置いておいた三角フラスコやら試験管やらにギッシリと大豆が詰まっていたのには心底閉口した。
それらを見るたびに紅魔館での地獄を思い出し、胃から酸っぱいものがこみ上げてきた。
あとたまに豆ランチャーで尻を撃たれる、ちゃんと回収しておくべきだった。
「失礼します」
「あ、来たのね?」
頼んでいた夜食が来たらしい。永琳は身を起こし、食事を持ってきたウサギを振り返った。
そして何やら様子が変なことに気付き、目をこすってそのウサギを見つめなおす。
「あら、随分たくましい耳ね……うちのウサギ達の耳はどれもこれも垂れ下がっているのに……」
しかもよく見るとそのウサギは手に何も持っていない。
薄暗闇の中からツカツカと歩いてくるその姿は、月明かりを浴びて徐々に鮮明になっていく。
なんだか格好も違う……。
「だ、誰!? ウサギじゃないわね!?」
闇の中で赤い目が光る、そして凄まじい踏み込みと加速で永琳に突進してきた。
「……み、耳じゃない!! ……角!? ごほっ!!」
「お前!! 約束を破ったな!!」
そう、満月の夜の慧音先生は気が立っていて恐ろしい。
永琳はスクール水着の歴史を食べてもらう代わりに、いろいろと慧音の頼みを引き受けていたのを忘れていた。
そして、いつまで経っても顔を見せにこない永琳に苛立っていた慧音のボルテージは満月の夜、最高潮に達した。
角で突き上げられた永琳はキリモミ回転しながら庭に落下する。
「げふっ!!」
「挨拶をしないやつと約束を破るやつは大嫌いだ!! 覚悟しろ八意永琳!!」
「ま、待って……大豆しか食べてなくて体調が……うっ!」
慧音は、ふらふらと立ち上がろうとする永琳の頭を両手で鷲掴みにする。
「頭突きは許して……そんなたくましい角で突かれたら、わ、私っ!!」
「もちろんスクール水着の歴史も元に戻してやる!!」
「そんなっ!? 痛いぃぃ!!」
しばらくの間、ゴッツンゴッツンという頭突きの鈍い音と永琳の悲鳴が永遠亭の庭に響き渡った。
異変に気が付いて駆けつけたウサギ達は、永琳を助けもせず、皆側で体育座りをしてそれを眺めていた。
ある程度頭突きをして満足した慧音はウサギ達に襲われることもなく悠々と帰っていった。
しかも慧音は歴史をいろいろと改竄したようで、永琳に変なステータスがいっぱいついたらしい。
満月の夜の慧音先生は恐ろしい。
紅魔館、レミリアの部屋。
破壊された区画の補修も済み、罰ゲームを受けていた者も全員帰り……。
萃香もあの罰ゲームが済んだ後、咲夜やレミリアと硬く握手をしてどこかへと去っていった。
来るのも去るのも唐突だった、そういう流儀なのかもしれない。
そして最後に一人残っていた妹紅はメイド服を脱ぎ、いつもの格好でレミリアの部屋に来ていた。
「冬の間居るって言ってなかったかしら? まだ冬だけど?」
「いや……やっぱりいつまでも世話になるのも悪いし、短い間だったけど良い生活ができたよ」
「残念ですわ、強力な用心棒だったのに」
「咲夜、こいつに食料を分けてやりなさい」
「そうですね、何も報酬らしい報酬も与えられませんでしたし」
「い、いやいいよそこまで……」
咲夜や他のメイドだって無給で働いているのだから、妹紅にだけ報酬というのも妙な気はするが。
それでも妹紅の活躍が大きかったのは言うまでもなく、レミリアにも高く評価されているのだろう。
結局妹紅は断りきれず、大量の食料を背負わされて門の前まで出てきてしまった。
日のある時間だったのでレミリアは出てこなかったが、美鈴と咲夜が妹紅を見送る。
「なんだ、行っちゃうのか……達者でね」
「ええ、ありがと」
美鈴は少し寂しそうな表情をしている。妹紅は「そんな顔をしないでほしい」と思った。
そして咲夜にも軽く会釈をして飛び立とうとしたとき、不意に呼び止められる。
「待ちなさい、妹紅」
「ん? なに?」
「これを持っていきなさい、紅魔館のメイド服よ」
「え、ええ?」
別に貰って困るものでもないし、思い出の品として受け取っておくことにしたが……。
「……またいつでも働きにいらっしゃいな」
「さ、咲夜……」
「もうあんなになるまで食事を抜いてはダメよ?」
「う……うん」
我慢していた涙がこみ上げる。
なんでもないようなきっかけで手を組むことになったのに、ここまで通じ合うとは思わなかった。
とても長く感じた二十四時間、数々の脅威に立ち向かった二十四時間。
これからも老いず死なずに長く生きることになるが、きっとこの思い出を忘れることはないだろう。
「ありがとうっ!!」
精一杯大きな声を張り上げ、頭を深々と下げ、妹紅は全速力で飛び立っていった。
長居しすぎると、逆に帰るのが辛くなりそうだから。
「これでようやくいつも通りの紅魔館ってわけね」
「ええ、そうですわね」
酷い騒動だったが、自分達が勝利したこともあって、終わってしまえば良い思い出である。
ふぅ、とひとつ溜息をついてレミリアが紅茶に口をつけた瞬間……。
「あっつ!!」
「お、お嬢様!?」
一瞬の出来事で何が起こったのかよくわからなかったが、紅茶が熱かったわけではないらしい。
レミリアの頭がプスプスと煙を上げている。そして苦しそうに頭を揉んでいると、そこから大豆がこぼれ落ちた。
「ブフッ!! やっぱり効くのね! お豆!!」
「紫様……もう節分は終わりましたよ」
「あら? 今日じゃなかったの? 寝すぎたみたい……まぁいいわ、二度寝~……ぐぅ」
突如レミリアの頭上に出現したスキマから豆が飛んできた……。
そして聞こえる紫と藍の話し声……ルールも何もない、気まぐれな寝起きスキマの嫌がらせだった。
レミリアは頭を押さえたまま、引っ込んでいく白い手をワナワナと睨みつけている。
「……咲夜ァァァァッ!!」
「……わかっております」
その後、幻想郷に「八雲紫にも豆が効く」という噂が駆け巡った。
紅魔館のメイド達によるガセネタの流布である。
きっと来年の節分は紫がターゲットになるだろう。
永琳も「バスター豆ランチャー」とか作ってくれるに違いない。
~おしまい~
読了感もスッキリして、月並みな言葉ですがとても面白かったです。
>ああ、そっか、豆か……。
咲夜さん、そこは考えちゃあダメだw
そして素晴らしく瀟洒な罰ゲーム! 最高です!
防衛側の一人一人がテラカッコヨス。
欲を言えばパチュリーの活躍が見たかったかも。
最高でした。
GJ!
だがそこがいい
GJ!
ただアリスは求聞史記によるとあんまり年じゃあないみたいですよ(面白かったから問題ないけど)
月人2人も正直に言えば2000ぐらいで済んだだろうに(w
全くダレル事無く最後まで楽しく読めました。
VENIさんの作品は別格だなぁ。
妹紅がカッコイイのなんの。
>ナイスショット! 鈴仙!
某親子を想像してしまい、思わず吹いてしまったw
前編から通して読ませていただきましたが、とても面白かったです。
次回作も期待してますw
なにこのおさかなでペンギンなえーりんお姉ちゃん?
ところで魔理沙は二人に何をされたんだろう?
でもいろんな意味でこんなに人間臭い師匠も珍しいと思いました。
新鮮でよかったです。
あと紫が来たら一発で終了じゃないか?とか思ってたら寝てたのかww
>>「17歳…」
いや、、うん、、、食べる量を減らしたかっただけだよね?w
他の妖怪連中と比べると滅茶苦茶若いんだよ!!11!!!1
フォローになってないけどしょうがない。
紅魔館側みんなカッコイイな!
えーりんは永遠の十七歳だよ!
ゆかりんは実はまだ冬眠中?起きただけで奇跡か…
とにかく面白かったよ!
惑星44個分くらい威力ありそうですね。うろ覚えですが。
しかし幽々子が苦しむ量の豆ってのもすごいですね。
いったい何歳なんでしょうか?
幽々子様かわいそす(´・ω・`)
自分が若ければ若いほど僅かな年の差が
大きな隔たりに感じるものです
あえて触れないことにしましょう。
しかしキモケーネを兎と誤認って、人別帳ネタですかw
が、しかし最高に賞賛されるべきは、是だけの密度・完成度の時事ネタを
きっちりと節分の〆切に間に合わせて書いている所かと思ったりも
萃香もいるし、きっと萃夢想仕様(ダッシュグレイズ)だったのだろう。
そして相変わらずヘタレ満開の師匠と魔理沙がツボでしたw
妹紅もよかった。
最高だったよ!!
いい夢をありがとぉぉ!!
そして、罰ゲームで終始ニヤついてしまいました。
前編後編共に楽しませてもらいました。
死ぬかと。
結構な文章量だと思ったのですが、一気に読み終わってしまいました。
いやはや、面白うございました。
美鈴カッコよすぎ!咲夜さん策士!
そして妹紅&萃香と紅魔館メンバーの友情が熱かった!!
んで、罰ゲーム見ているだけでキッつw
しかもゆゆ様友人の従者にタメ口で色々言われてカワイソス(でも同情はしない)ww
で、最後折角いい所で締めかと思ったら紫さん、何やってんですかぁぁ!?www
確かに……永琳と輝夜には最適な罰ゲームだw
話のテンポがよく、内容も纏まっていて最高でした。
次の作品も期待しています。
今日は現実でも節分だけど、豆を気づいたら300個ほど食べてました。
さみしいね
あと萃香を序盤で消したこと、鈴仙が聞き出した情報を永琳が鵜呑みにしたこと辺りは、少々ご都合主義の臭いが。特に後者、「狂気の瞳で聞き出したから真実に間違いない」という理屈はちょっと苦しく、さすがに首を捻りました。重箱の隅ですが、永琳の「自白剤」という後発のファクターがあっただけに、それをここに据えても良かったのでは。
あと後日談は詰め込みすぎかも。
そんなこんなで前半に比べちょっとテンポが落ちた気がしますが、それでも総じて淀みが少なく、楽しく読めました。また色々五月蠅いことを言いましたが、オチの上手さでかなりリカバリー。
ドタバタ劇のオチをドタバタで終わらせることなく、もう一回り節分に引っかけた巧みさ。これが何より好感で、凡百のコメディと読了感を分けた決定打。唸る他無し。
レベルの高い作品でした。と言いつつ辛い採点で申し訳ないですが……。
大作乙でありました。
VENIさんの書く紅魔館の皆様が凄くカッコ良かったと思います。特に美鈴!!もう少しパチュリーにも見せ場が欲しかったけど・・・
最後になりますが、素晴らしい作品をありがとうございます。
十万歳おめでとうっ♪
輝夜は転生したからもしかしたら永琳より少なくてすんだのかもしれないとか思ったり
GJ
これくらいハチャメチャなのもいいですねw
東方大乱闘って感じ?
ほんと楽しませてもらいましたよ~。
次回も楽しみにしてます!
いやホント。
俺これに何故か凄い懐かしさを感じるんだけど何でだろうね
あー、それと大作乙。面白かったよ。
二人とも億に届いているという話を聞いたことがあります
まあ今では変わってるかもしれませんが
ともかく大変面白かったです、そして輝夜は5歳はないwww
流石に無理があるwww
そして何故か「そのまま畑に改造できそうな勢いである。」の場所が一番ツボった…はて。
>それに大して永遠亭は無傷
「対して」ではないでしょうか。
特に、敵を騙すには~のあたりが、自分的には最高でした。
罰ゲームのとこでは腹抱えて大笑いしましたw
あとはまあ、どうせならパチェも活躍して欲しかったですかねぇ。
とは言っても凄く楽しませてもらいましたよ。
面白かった。
ガスガンなら歯も折れる威力。みなさん気を付けましょう(何)
悪者(?)にはその程度に応じた罰が下ってる辺り、読後の後味が良いですね。
御三家の主従関係が良く描写されていたと思います。ゆっこさん・・・
ところで、魔理紗はどんな罰を受けたんだろう・・・
「たしか妖夢って60歳未満(紫香花より)じゃね?」って思ったんですが、
そこ以外は何の違和感も無く。GJ!
魔理沙wwww
長いのに読むのに苦痛を感じなくて、すごく面白かった。
そしてハリケーンミキサーwww
そして節分らしい地獄の罰ゲーム。一体みんな何歳なんだ?
もしかしてこれが噂の仙豆なのか?
そんで体育座りでお仕置きを眺めているイナバひでぇ。
小学校時代、納豆を食べられなくて怒られていたトラウマを思い出しました。
結局私は出番無かったのね
まっ、めんどくさいからいいけどね。
(霊夢談
こういう事に必死になれる、それでこそ幻想郷。、
語ると長くなるので、端的に。
面白かったです!
まじで面白かったです。
あと妹紅のパゼストの描写がイカしてました。なるほど集団戦闘だとあれほど怖いスペルってないですね。
いやーとても楽しめました!
戦闘ももちろん、あの罰ゲームがよかった。咲夜さんうまいっ
あと、永琳がぶっ壊れててよかった。所詮天才とは紙一重なものよ
楽しめました、ありがとう
妹紅、美鈴が格好良く、ハッピーエンドで素晴らしい。
罰ゲームのアイデアも良かったし、あんた最高や!
いや、面白かったです
何はともあれGJ!!!!
罰ゲームのアイデアが秀逸すぎる。
終始ニマニマしながら見てました。
後大豆投げつけられて痛がるレミリア可愛いよレミリア
永琳は月夜見と年が同じもしくは↑だから
年齢億単位の恐れがww
一応月へ行って都をつくったときの永琳を
同姓同名の全くの赤の他人と考えた場合は別ですが……
まぁそれでも10万オーバーしてそうですねwww
まぁ億単位の豆なんてスキマむさぼっても出そうにないですけどねw
まあ一番悪ノリしていたから仕方ないっすねwwww
単語の配列センスが素敵です。
複線の回収もきっちり行われており、端正な作品でした。
罰ゲームの辺りは笑い死ぬかと思ったwww
そして、流石にえーりんちょっとカワイソス・・・ちょっとだけね