「コーヒー豆がない!」
紅魔館のメイド長、十六夜咲夜が倉庫の中で叫んだ。
パチュリー・ノーレッジからコーヒーを所望され、キッチンの戸棚を見ると、あるはずのコーヒー豆が無かった。
誰かが勝手に飲んだのかと推測し、やれやれと倉庫まで取りに来たら、コーヒー豆がパンパンに詰まっているはずの袋がしんなりしていた。
まさかと思い中を見ると、案の定空だった。
そして冒頭のセリフである。
「あんなに大量のコーヒー豆が一気に無くなるなんて…」
咲夜が思案しながら紅魔館内の大図書館に戻り、パチュリーに報告をする。
「申し訳ありません。コーヒー豆が無くなってしまったんです。買ってまいりますので少々お時間をいただきます」
「無くなった?」
咲夜に声を掛けられても本から目を放さなかったパチュリーが、不思議な顔で咲夜を見た。
咲夜が食料や嗜好品を切らすなんて事があるなんて、とパチュリーは思ったのだろう。
「はい。昨日まではあったんですけど。先ほど倉庫を確認しに行ったんですが、備蓄分まで全て無くなっていました」
「全部……」
不可解な出来事に、咲夜とパチュリーは2人で首をかしげる。
「ひょっとして…」
咲夜がピンと人差し指を立てパチュリーの顔を見る。
「昨日今日で魔理沙は来ませんでしたか?」
黒い魔法使い、霧雨魔理沙の顔を思い出し、咲夜はあいつが持って行ってたのではないかと推測した。
「変な魔法もどきの材料に魔理沙が持って行ったのではないでしょうか?」
「いえ。魔理沙は昨日も今日も来てないわ…」
少し残念そうな表情を浮かべながら否定する。
「そうですよねぇ…」
もしかしたら自分に気付かれずに侵入したのでは、とも思ったのだが、魔理沙が来て分からないわけがない。
なんせ入るときは門の前で暴れ、図書館内で暴れ、帰るときも騒々しく帰るのだ。
館内にいて気付くなと言われても無理である。
「そうですか…。魔理沙なら意味も無く持っていってもおかしくは無いんですけどね…」
「まあいいわ。さっさと買ってきてちょうだい。私はコーヒーが飲みたいの」
『紅魔館コーヒー豆失踪事件』に飽きたのか、単にコーヒーを早く飲みたいのか、これ以上考えないという意思表示でパチュリーは本に視線を落とした。
「かしこまりました」
「すいません。コーヒー豆…無いんです…」
店主が涙声で頭を地面に擦り付けるように下げる。
いきつけの雑貨屋でコーヒー豆をくださいと頼んだら、店主が泣きそうな顔で地べたに正座した。
紅魔館のメイド長に不始末をしたら殺されるとでも思っているのだろうか。
「無い? 売り切れかしら?」
「いえいえいえいえ!」
店主が顔をガバッと上げ、懇願するように話し出す。
「それがですね、今朝起きたらコーヒー豆が無くなっていたんですよ! 昨日までは確かにあったんですが…。しかも、コーヒー豆以外にも豆類全般がなくなってるんですよ」
嘘じゃないです、と全身で訴えながら店主は必死にまくし立てた。
「豆類全般?」
「はい。大豆はもちろんえんどう豆に落花生、納豆なんかも無くなってましたね。なんでそんなものばっかり無くなってしまったのか…」
「………昨日の夜に物取りにあったって事は無いかしら?」
「うーん…特に物音はしなかったんですが。お金もちゃんとありますし……」
もしかしたら豆好きの泥棒なんですかねぇ? なんていう店主の声はもはや咲夜の耳には入らず、考え事をしながら店先を後にした。
店主は咲夜がいなくなったことも気付かず、せっかく今日は節分なのに…といつまでも独り言を言っていた。
人間の里から出る前に、数件の雑貨屋や町の人たちの声を聞くと、どこも豆類がいっさいがっさい無くなっているようだった。
「おかしいわ…これは誰かの仕業に間違いない……」
ぶつぶつと呟きながら歩き、ふと顔を上げると目の前に魔法の森が広がっていた。
あまりに考え事に夢中になっていて、適当に歩いていたようだ。
「……とりあえず魔理沙の家に行ってみようかしら」
こんな変な事をする奴は魔理沙しかしない、と咲夜は決め付ける。
ほどなくして、視界が開けると一軒の家が見える。玄関の脇には『霧雨魔法店』の看板が倒れていた。
看板が倒れてていいのかしら、と思ったが、そもそも魔法の森を抜けてまで魔理沙にモノを頼みに来る人間なんていないか、と考え看板はそのままにしてドアをノックする。
「魔理沙? いる?」
「いないぜ」
すぐに家の中から声が聞こえ、咲夜はドアを開ける。
「いないと言ったはずだけどな?」
家の中は散らかり放題で、唯一居場所としてのイスがあり、魔理沙はそのイスに座ってにんまりと笑っていた。
咲夜は魔理沙の言葉には反応せず、家の中を見てうんざりしながら本題を切り出す。
「単刀直入に聞くわ。あなた、紅魔館からコーヒー豆を持っていかなかった?」
「あー? コーヒーなら家にもあるからな、そんな物を持ってくる必要は無いぜ?」
魔理沙の返答に咲夜はがっかりする。
犯人が特定できればとっちめて終わり、なのに、最有力候補が早くも違うとなると、いったい誰が幻想郷中のコーヒー豆を持っていったのだろう、と咲夜はまた思案にふける。
「コーヒーが欲しいのか? だったら少し分けてやるぜ?」
魔理沙が珍しい事を言ったので咲夜は驚く。
「珍しいわね? やっぱり何か隠しているんじゃないの?」
「隠してないぜ」
きっぱり否定して、ゴミの海を足でかき分けてキッチンに向かう。
しばらくゴソゴソとしていたが、あれ~? という声が聞こえてきた。
「……もしかして、昨日まではあったけど今は無いって言うんじゃないでしょうね?」
「昨日まで、とは言わないが、この間まではたっぷりあったんだけどなぁ…」
不思議な顔をする魔理沙に、咲夜はこれまでの経緯を話す。
紅魔館の備蓄豆まで無くなっていた事、人間の里中の豆類も無くなっている事、そしてあなたが怪しいと思ってここに来た事。
「私を犯人扱いとは酷いぜ。……しかし、これは事件だな!」
咲夜の話を聞くと、ウキウキ表情で箒を掴んで外に飛び出る。
「私が解決してやる!」
そう宣言すると、魔理沙は飛んでいった。
消えていく魔理沙を眺め、ふと懐中時計を見て、咲夜は慌てて紅魔館に飛び立った。
すでに夕食の準備を始める時間を過ぎていた。
紅魔館に戻ると、咲夜は急いで図書館に向かう。
「すみませんパチュリー様。どこにもコーヒー豆がありませんでした」
パチュリーは先程と同じ場所で同じ本を読んでいた。
「そう」
咲夜の報告を顔も上げずに聞く。
「申し訳ありません」
腰が折れそうなほど頭を下げる。
「いいわ。無いものはしょうがないもの。ご苦労様」
優しく咲夜の肩を叩く。
顔を上げた咲夜は少し苦い表情を浮かべながら、夕食の準備がありますので、と図書館を後にした。
「…幻想郷中の豆類が無くなる…ねぇ…」
パチュリーは少し考えると、小悪魔を呼び本を持ってくるように指示した。
ついでに、今日が何月何日かも尋ねた。
「おはようございます、お嬢様」
太陽がすっかり姿を消し、月が空を支配する時間。
紅魔館の主人、レミリア・スカーレットが目を覚ます時間だ。
「おはよう…」
少し眠そうだがしっかり挨拶をして、ベッドから離れ着替えをする。
それを手伝いながら、咲夜は昼間の出来事を話す。
毎日、昼間の出来事はレミリアに報告し、面白そうな事があればレミリアはそれを夜に楽しむ。
今日のコーヒー豆の件も、きっとお嬢様なら面白がるに違いない、と話したが、レミリアは少しだけ考えると、すぐにつまらなそうな顔をした。
「お気に召しませんでしたか?」
咲夜は主人の顔を覗き込む。
「咲夜は時間と関係なく過ごしているから、こんな単純な事に気付かないのね」
レミリアの言っている事が理解できなく、咲夜は首をかしげる。
「今日は何の日か分かる?」
「今日ですか? えーっと…」
考え込む咲夜にレミリアは小さくため息を吐いて、とりあえず朝食を食べたいと言いつける。
「あ、そうですね。かしこまりました。すぐに準備いたします」
咲夜は思考を中断し、急いでキッチンへ向かった。
「どこか抜けているな、あいつは」
レミリアは呆れながらも微笑んだ。
食後、咲夜がキッチンで洗い物をしている時、レミリアは図書館でパチュリーと紅茶を飲みながら話しをしていた。
「今日はおとなしく家にいたほうがいいんじゃない?」
パチュリーが親友に助言をする。
「いや。どうやら今日は外に出てもいいみたい」
「咲夜から聞いたの? 昼間の話」
レミリアはこくりとうなずき、紅茶を一口飲む。
「今年は霊夢や魔理沙にイジメられなくてよさそうね」
パチュリーも紅茶を飲む。
「でも神社には近寄らないほうがいいんじゃない?」
「大丈夫でしょ。あいつも今日だけは必死だろうから」
レミリアは『あいつ』を強調して妖しく微笑む。
「それに、コーヒー豆だけは回収しておかないとね」
「そうね」
それにはパチュリーも大いに賛同した。
2人の紅茶が無くなる頃咲夜が給仕に来て、それを断り外出すると伝える。
「どちらにお出かけになりますか?」
防寒着をレミリアに装着させながら聞く。
「神社」
レミリアは短く答えた。
本来神社とは神の社として存在し、魔のモノを払うためのものだが、幻想郷にある博麗神社には、鬼が住んでいた。
「ちょっと! こんなに豆ばっかり集めてどうするのよ!」
博麗神社の巫女、博麗霊夢が境内に山となった豆類を見て怒鳴る。
「今日だけだよ。今日が過ぎればどこかに散らすから」
霊夢に怒鳴られ、身を縮こまらせながらもなだめようと努力しているのは、豆を集めた張本人、鬼の伊吹萃香だった。
「散らすったって元の場所に戻るわけじゃないんでしょ!? ゴミを散らかすようなものじゃないの!」
「豆だから腐って肥料になるって。なんだったら霊夢が食べてもいいんだよ?」
「こんなにいらん!」
やいやいと大声を張り上げているところに、咲夜を従えたレミリアが降りてきた。
2人のやり取りを気にもせず、こんばんはと声を掛ける。
「もう一匹鬼が来た!」
レミリアの挨拶に霊夢は悪態で返す。
「萃香が犯人だったのね…。でもなんでまた?」
豆類の山を見上げながら、しかし咲夜は萃香の意図が読めないようだった。
「あー? なんでって今日が節分だからでしょ。萃香が一方的に豆を投げられるのは不公平だって、幻想郷中の豆を集めたのよ」
霊夢がイライラしながら説明する。
「なるほど。まさに豆類全部を集めたのね」
呆れながら豆の山を見ると、節分用の炒った大豆だけではなく、落花生やコーヒー豆も一緒くたになっていた。
「だって、昔は鬼が人をさらう、人は鬼を退治する、の関係があったのに、今は鬼だけが一方的に豆をまかれるだけなんて…」
萃香は涙目になりながら訴える。
レミリアもこっそり同情してたりする。
「幻想郷では今でも鬼が怖いものだっていう認識なんだから、豆まきして魔を払ってもいいでしょう?」
「いやだ! だいたい、私は人間の里なんて行かないんだから。怖がる人間になんて会わないんだから」
「じゃあなんで豆なんて集めたのよ?」
「豆まきして私をいじめたいのは霊夢と魔理沙でしょ? だから、豆をなくそうと思ったんだよ」
いじけ顔で萃香が言う。
レミリアは大きくうなずいている。
「……ばれちゃあしょうがないわね」
霊夢がキラリと目を光らせて、御幣をどこからか取り出す。
「魔理沙! 出てきなさい!」
霊夢が叫ぶとどこからともなく魔理沙が飛んできて、霊夢の横に降り立つ。
「まるで悪魔召喚ね…」
咲夜が霊夢に呆れる。
「年間行事はきっちりやるに限るわよ」
うふふふふ、と怪しい笑い声を放つ霊夢。
「豆まきだぜ~」
魔理沙も同様に目を光らせる。
「に、2対1とは卑怯だ!」
萃香がタジタジと後退をするが、霊夢と魔理沙は遠慮はしない。
「里に豆を買いに行く手間が省けたわね。むしろ豆を大量に用意してくれてありがとう、といったところかしら」
「ビシバシ投げるぜ~」
そんな3人のやり取りをよそに、レミリアは咲夜に命じてコーヒー豆を大量に持たせていた。
「いいんですか?」
「いいのよ。大体ここにいたら私まで豆をまかれてしまうわ」
「そうですね」
寒空の中紅魔館に向けて飛び立つレミリアと咲夜。
萃香の泣き声が、澄んだ夜空にいつまでも響き渡っていた。
おわり
紅魔館のメイド長、十六夜咲夜が倉庫の中で叫んだ。
パチュリー・ノーレッジからコーヒーを所望され、キッチンの戸棚を見ると、あるはずのコーヒー豆が無かった。
誰かが勝手に飲んだのかと推測し、やれやれと倉庫まで取りに来たら、コーヒー豆がパンパンに詰まっているはずの袋がしんなりしていた。
まさかと思い中を見ると、案の定空だった。
そして冒頭のセリフである。
「あんなに大量のコーヒー豆が一気に無くなるなんて…」
咲夜が思案しながら紅魔館内の大図書館に戻り、パチュリーに報告をする。
「申し訳ありません。コーヒー豆が無くなってしまったんです。買ってまいりますので少々お時間をいただきます」
「無くなった?」
咲夜に声を掛けられても本から目を放さなかったパチュリーが、不思議な顔で咲夜を見た。
咲夜が食料や嗜好品を切らすなんて事があるなんて、とパチュリーは思ったのだろう。
「はい。昨日まではあったんですけど。先ほど倉庫を確認しに行ったんですが、備蓄分まで全て無くなっていました」
「全部……」
不可解な出来事に、咲夜とパチュリーは2人で首をかしげる。
「ひょっとして…」
咲夜がピンと人差し指を立てパチュリーの顔を見る。
「昨日今日で魔理沙は来ませんでしたか?」
黒い魔法使い、霧雨魔理沙の顔を思い出し、咲夜はあいつが持って行ってたのではないかと推測した。
「変な魔法もどきの材料に魔理沙が持って行ったのではないでしょうか?」
「いえ。魔理沙は昨日も今日も来てないわ…」
少し残念そうな表情を浮かべながら否定する。
「そうですよねぇ…」
もしかしたら自分に気付かれずに侵入したのでは、とも思ったのだが、魔理沙が来て分からないわけがない。
なんせ入るときは門の前で暴れ、図書館内で暴れ、帰るときも騒々しく帰るのだ。
館内にいて気付くなと言われても無理である。
「そうですか…。魔理沙なら意味も無く持っていってもおかしくは無いんですけどね…」
「まあいいわ。さっさと買ってきてちょうだい。私はコーヒーが飲みたいの」
『紅魔館コーヒー豆失踪事件』に飽きたのか、単にコーヒーを早く飲みたいのか、これ以上考えないという意思表示でパチュリーは本に視線を落とした。
「かしこまりました」
「すいません。コーヒー豆…無いんです…」
店主が涙声で頭を地面に擦り付けるように下げる。
いきつけの雑貨屋でコーヒー豆をくださいと頼んだら、店主が泣きそうな顔で地べたに正座した。
紅魔館のメイド長に不始末をしたら殺されるとでも思っているのだろうか。
「無い? 売り切れかしら?」
「いえいえいえいえ!」
店主が顔をガバッと上げ、懇願するように話し出す。
「それがですね、今朝起きたらコーヒー豆が無くなっていたんですよ! 昨日までは確かにあったんですが…。しかも、コーヒー豆以外にも豆類全般がなくなってるんですよ」
嘘じゃないです、と全身で訴えながら店主は必死にまくし立てた。
「豆類全般?」
「はい。大豆はもちろんえんどう豆に落花生、納豆なんかも無くなってましたね。なんでそんなものばっかり無くなってしまったのか…」
「………昨日の夜に物取りにあったって事は無いかしら?」
「うーん…特に物音はしなかったんですが。お金もちゃんとありますし……」
もしかしたら豆好きの泥棒なんですかねぇ? なんていう店主の声はもはや咲夜の耳には入らず、考え事をしながら店先を後にした。
店主は咲夜がいなくなったことも気付かず、せっかく今日は節分なのに…といつまでも独り言を言っていた。
人間の里から出る前に、数件の雑貨屋や町の人たちの声を聞くと、どこも豆類がいっさいがっさい無くなっているようだった。
「おかしいわ…これは誰かの仕業に間違いない……」
ぶつぶつと呟きながら歩き、ふと顔を上げると目の前に魔法の森が広がっていた。
あまりに考え事に夢中になっていて、適当に歩いていたようだ。
「……とりあえず魔理沙の家に行ってみようかしら」
こんな変な事をする奴は魔理沙しかしない、と咲夜は決め付ける。
ほどなくして、視界が開けると一軒の家が見える。玄関の脇には『霧雨魔法店』の看板が倒れていた。
看板が倒れてていいのかしら、と思ったが、そもそも魔法の森を抜けてまで魔理沙にモノを頼みに来る人間なんていないか、と考え看板はそのままにしてドアをノックする。
「魔理沙? いる?」
「いないぜ」
すぐに家の中から声が聞こえ、咲夜はドアを開ける。
「いないと言ったはずだけどな?」
家の中は散らかり放題で、唯一居場所としてのイスがあり、魔理沙はそのイスに座ってにんまりと笑っていた。
咲夜は魔理沙の言葉には反応せず、家の中を見てうんざりしながら本題を切り出す。
「単刀直入に聞くわ。あなた、紅魔館からコーヒー豆を持っていかなかった?」
「あー? コーヒーなら家にもあるからな、そんな物を持ってくる必要は無いぜ?」
魔理沙の返答に咲夜はがっかりする。
犯人が特定できればとっちめて終わり、なのに、最有力候補が早くも違うとなると、いったい誰が幻想郷中のコーヒー豆を持っていったのだろう、と咲夜はまた思案にふける。
「コーヒーが欲しいのか? だったら少し分けてやるぜ?」
魔理沙が珍しい事を言ったので咲夜は驚く。
「珍しいわね? やっぱり何か隠しているんじゃないの?」
「隠してないぜ」
きっぱり否定して、ゴミの海を足でかき分けてキッチンに向かう。
しばらくゴソゴソとしていたが、あれ~? という声が聞こえてきた。
「……もしかして、昨日まではあったけど今は無いって言うんじゃないでしょうね?」
「昨日まで、とは言わないが、この間まではたっぷりあったんだけどなぁ…」
不思議な顔をする魔理沙に、咲夜はこれまでの経緯を話す。
紅魔館の備蓄豆まで無くなっていた事、人間の里中の豆類も無くなっている事、そしてあなたが怪しいと思ってここに来た事。
「私を犯人扱いとは酷いぜ。……しかし、これは事件だな!」
咲夜の話を聞くと、ウキウキ表情で箒を掴んで外に飛び出る。
「私が解決してやる!」
そう宣言すると、魔理沙は飛んでいった。
消えていく魔理沙を眺め、ふと懐中時計を見て、咲夜は慌てて紅魔館に飛び立った。
すでに夕食の準備を始める時間を過ぎていた。
紅魔館に戻ると、咲夜は急いで図書館に向かう。
「すみませんパチュリー様。どこにもコーヒー豆がありませんでした」
パチュリーは先程と同じ場所で同じ本を読んでいた。
「そう」
咲夜の報告を顔も上げずに聞く。
「申し訳ありません」
腰が折れそうなほど頭を下げる。
「いいわ。無いものはしょうがないもの。ご苦労様」
優しく咲夜の肩を叩く。
顔を上げた咲夜は少し苦い表情を浮かべながら、夕食の準備がありますので、と図書館を後にした。
「…幻想郷中の豆類が無くなる…ねぇ…」
パチュリーは少し考えると、小悪魔を呼び本を持ってくるように指示した。
ついでに、今日が何月何日かも尋ねた。
「おはようございます、お嬢様」
太陽がすっかり姿を消し、月が空を支配する時間。
紅魔館の主人、レミリア・スカーレットが目を覚ます時間だ。
「おはよう…」
少し眠そうだがしっかり挨拶をして、ベッドから離れ着替えをする。
それを手伝いながら、咲夜は昼間の出来事を話す。
毎日、昼間の出来事はレミリアに報告し、面白そうな事があればレミリアはそれを夜に楽しむ。
今日のコーヒー豆の件も、きっとお嬢様なら面白がるに違いない、と話したが、レミリアは少しだけ考えると、すぐにつまらなそうな顔をした。
「お気に召しませんでしたか?」
咲夜は主人の顔を覗き込む。
「咲夜は時間と関係なく過ごしているから、こんな単純な事に気付かないのね」
レミリアの言っている事が理解できなく、咲夜は首をかしげる。
「今日は何の日か分かる?」
「今日ですか? えーっと…」
考え込む咲夜にレミリアは小さくため息を吐いて、とりあえず朝食を食べたいと言いつける。
「あ、そうですね。かしこまりました。すぐに準備いたします」
咲夜は思考を中断し、急いでキッチンへ向かった。
「どこか抜けているな、あいつは」
レミリアは呆れながらも微笑んだ。
食後、咲夜がキッチンで洗い物をしている時、レミリアは図書館でパチュリーと紅茶を飲みながら話しをしていた。
「今日はおとなしく家にいたほうがいいんじゃない?」
パチュリーが親友に助言をする。
「いや。どうやら今日は外に出てもいいみたい」
「咲夜から聞いたの? 昼間の話」
レミリアはこくりとうなずき、紅茶を一口飲む。
「今年は霊夢や魔理沙にイジメられなくてよさそうね」
パチュリーも紅茶を飲む。
「でも神社には近寄らないほうがいいんじゃない?」
「大丈夫でしょ。あいつも今日だけは必死だろうから」
レミリアは『あいつ』を強調して妖しく微笑む。
「それに、コーヒー豆だけは回収しておかないとね」
「そうね」
それにはパチュリーも大いに賛同した。
2人の紅茶が無くなる頃咲夜が給仕に来て、それを断り外出すると伝える。
「どちらにお出かけになりますか?」
防寒着をレミリアに装着させながら聞く。
「神社」
レミリアは短く答えた。
本来神社とは神の社として存在し、魔のモノを払うためのものだが、幻想郷にある博麗神社には、鬼が住んでいた。
「ちょっと! こんなに豆ばっかり集めてどうするのよ!」
博麗神社の巫女、博麗霊夢が境内に山となった豆類を見て怒鳴る。
「今日だけだよ。今日が過ぎればどこかに散らすから」
霊夢に怒鳴られ、身を縮こまらせながらもなだめようと努力しているのは、豆を集めた張本人、鬼の伊吹萃香だった。
「散らすったって元の場所に戻るわけじゃないんでしょ!? ゴミを散らかすようなものじゃないの!」
「豆だから腐って肥料になるって。なんだったら霊夢が食べてもいいんだよ?」
「こんなにいらん!」
やいやいと大声を張り上げているところに、咲夜を従えたレミリアが降りてきた。
2人のやり取りを気にもせず、こんばんはと声を掛ける。
「もう一匹鬼が来た!」
レミリアの挨拶に霊夢は悪態で返す。
「萃香が犯人だったのね…。でもなんでまた?」
豆類の山を見上げながら、しかし咲夜は萃香の意図が読めないようだった。
「あー? なんでって今日が節分だからでしょ。萃香が一方的に豆を投げられるのは不公平だって、幻想郷中の豆を集めたのよ」
霊夢がイライラしながら説明する。
「なるほど。まさに豆類全部を集めたのね」
呆れながら豆の山を見ると、節分用の炒った大豆だけではなく、落花生やコーヒー豆も一緒くたになっていた。
「だって、昔は鬼が人をさらう、人は鬼を退治する、の関係があったのに、今は鬼だけが一方的に豆をまかれるだけなんて…」
萃香は涙目になりながら訴える。
レミリアもこっそり同情してたりする。
「幻想郷では今でも鬼が怖いものだっていう認識なんだから、豆まきして魔を払ってもいいでしょう?」
「いやだ! だいたい、私は人間の里なんて行かないんだから。怖がる人間になんて会わないんだから」
「じゃあなんで豆なんて集めたのよ?」
「豆まきして私をいじめたいのは霊夢と魔理沙でしょ? だから、豆をなくそうと思ったんだよ」
いじけ顔で萃香が言う。
レミリアは大きくうなずいている。
「……ばれちゃあしょうがないわね」
霊夢がキラリと目を光らせて、御幣をどこからか取り出す。
「魔理沙! 出てきなさい!」
霊夢が叫ぶとどこからともなく魔理沙が飛んできて、霊夢の横に降り立つ。
「まるで悪魔召喚ね…」
咲夜が霊夢に呆れる。
「年間行事はきっちりやるに限るわよ」
うふふふふ、と怪しい笑い声を放つ霊夢。
「豆まきだぜ~」
魔理沙も同様に目を光らせる。
「に、2対1とは卑怯だ!」
萃香がタジタジと後退をするが、霊夢と魔理沙は遠慮はしない。
「里に豆を買いに行く手間が省けたわね。むしろ豆を大量に用意してくれてありがとう、といったところかしら」
「ビシバシ投げるぜ~」
そんな3人のやり取りをよそに、レミリアは咲夜に命じてコーヒー豆を大量に持たせていた。
「いいんですか?」
「いいのよ。大体ここにいたら私まで豆をまかれてしまうわ」
「そうですね」
寒空の中紅魔館に向けて飛び立つレミリアと咲夜。
萃香の泣き声が、澄んだ夜空にいつまでも響き渡っていた。
おわり
それにしてもお嬢様ちゃっかりしてますね。
珈琲飲むかは知りませんが……まあパチェの為ということでw
感じてないようななんだかかんだかうーん。
まぁ、そういうレミリアさまだということで。
短くて読みやすかったです。