第一章 小町再就職
博麗神社。
ここの巫女である博麗霊夢と霧雨魔理沙がちゃぶ台を挟んで向かい合って座っている。巫女のほうはあくまでにこにことしていて…それを警戒するように魔理沙は少し硬い表情を顔に浮かべている。
「さ、どうぞ」
霊夢が楚々とした動作で湯飲みを魔理沙に差し出す。
「…」
魔理沙は口をへの字に曲げながらも一応茶碗を受け取る。一体霊夢の狙いが何なのか…未だに測りかねているのだ。
いつどこから何が起きてもいい様に、霊夢から目を離すことなく…お茶に口を付ける。
「ぶっ!」
それは予想外のところから襲ってきた。あまりの衝撃に魔理沙は茶を吹き出してしまう。
「あぁあぁ、何吹き出してるのよ」
霊夢はまるで最初から予想できていたかのように素早く濡れたちゃぶ台を拭く。
「な…何だコリャ!薬膳茶か!?青臭いっつーか…灰汁の味しかしないぞ!腐ってるんじゃないのか、その茶っ葉!」
「腐ってないわよ」
今度は水を魔理沙に差し出しながら霊夢は澄まして言う。
「だってそれ、そこの草で淹れたお茶だもの」
霊夢の指差す先にあるのは庭の雑草…としか思えない草。
「いやいや、そのまま雑草」
「何そんなもん客に出してんだ!この仕打ちは一体なんだ?」
水で口を洗いながら喚く魔理沙を霊夢は意に介さず平然と言う。
「最初に言ったでしょ?今日はお茶会だって。色んなお茶を魔理沙に飲ませてあげようと思ったのよ」
「その初っ端がこれか!お前は当然飲んだことあったんだろうな」
「ないわよ」
「人で実験するな!」
霊夢のまるで悪びれぬ態度に、魔理沙は怒りを通り越して呆れる。
「まぁまぁ、安心して。次からはわりと自信作だから」
言いながら霊夢は次なるお茶を出してくる。
「…次のは何だ…?」
「さっきの草を蒸してから二三日天日干しにしたお茶」
「…お前は飲んだんだろうな…」
「飲んでないわ」
「誰がそんなもん飲むか!普通の茶をだせ普通の!」
「普通のお茶は駄目」
「何でだよ!」
「最近深刻な茶ッ葉不足でよそ様に出してる余裕が無いからよ。買い足そうにもこれがまたお金が色々要り様だし…」
その言葉で、魔理沙は全ての合点がいった。
「…つまりお前は手近で茶の葉の代わりなるものを探そうと考えたわけだな…で、味見役として私を呼んだ…」
「ん~?」
人差し指を顎に当て、クリッと首をかしげる霊夢。
「その反応、露骨に図星じゃないか!自分で飲んでろ!こんな妖しい液体!」
立ち上がる魔理沙を霊夢は慌てて止める
「あぁ、ちょっと待ってよ。ほらほら、とりあえずこのお茶でも飲んで落ち着いて…」
「…あぁ……って、誰が飲むか!」
ぱりーん(注・魔理沙が茶碗をたたきつけた音)
「もう!魔理沙はっ!どうして人の親切をそう簡単に無下にできるの!?」
「どこが親切だ!明らかに悪意だろ!お為ごかすな!」
むむむ…と二人が睨み合っていると、外から誰かの声が割って入ってきた。
「た~のも~…」
「ん?誰かしら」
霊夢が顔を上げる。
「外から聞こえたな…う~い、今行くぜ」
魔理沙はまるで自分のうちであるかのように外にでた。霊夢もそれに続く。
はたしてそこに居たのはでっかい鎌を担いだ少女…死神、小野塚小町だった。
「いや~、ど~もど~も…」
露骨に何かありそうな笑顔の小町。
「何だ、死神がこんなところに何か用か?ははぁ、例によってサボってるな?」
勝手に納得して呆れる魔理沙を小町は心外そうに睨む。
「誰がサボってるもんか。ちゃんと用事があってのことだよ」
「用事?うちに来たってことは私に用って事?」
「そう」と小町は頷く。
「おかしいわね、死神のお世話になる様な事なんて何もしてないと思うけど…」
冗談なのか本気なのか解らないことを言う霊夢。…一方の小町の目に真剣な光が灯る。
「それが、実は彼岸で大変な事件が起こったんだ」
「え?」
「事件?どんなだ?」
事件と言う言葉に魔理沙も食いつく。
「未曾有の危機なんだ…霊夢に力を貸して欲しい…」
「おいおい!事件の概要が先だぜ!気をもたせるなよ!」
魔理沙はじれったそうに小町に話を促す。本当に事件だの問題だのという厄介なものが好きな性格らしい。
「…解った…先に何が起こったのかを話すよ…」
そう言ってから、小町は滔々と事件の概要を語り始めた…
事の起こりは数日前に遡る…
場所は彼岸。
「こらあ!小町ぃ!」
あの世全体を震わさんばかりの怒声が鳴り響いた
「きゃん!すみませんすみません…!」
素早く、無駄の無い動きで小町はその怒鳴った相手に向かって土下座をし、平謝りを繰り返した。…その熟練された動きは、見る者にある種の感動すら与える…彼女が如何にこの動きをひたすら繰り返してきたのかが想像出来る程だ。
さて、当然小町の目の前におわすは小町直属の上司、四季映姫・ヤマザナドゥその方である。
映姫様は頭を地面に擦り付けんとばかりに土下座をする小町に一つため息をこぼし、おっしゃった。
「謝るだけなら犬畜生にだって出来ます。肝心なのは怒られた事を反省し、繰り返さないことなのですよ小町…」
「ごもっとも!いや~、さすがっ!私もそう思いますっ!はいっ!」
手もみをしつつそんなことを言う小町。…人間、あぁは為りたくない…
「…小町…私はあなたのそういう調子の良さのことを言っているのです…何故このやりとりを毎度繰り返すのか…」
ふぅ、と小さくため息を吐く映姫様。
「いや~、四季様のご高説がもう一度聞きたくってついつい…なんつって」
じろり、と刺すような目で睨まれてさすがに軽口が過ぎたかと焦る小町。
「小町…そんなに仕事をしたくないなら…もう来なくても良いのですよ…?」
突き放すような冷たい目。
「…え!?…そ…そんな…っ!」
「どうなのですか、小町」
お解りだろう。映姫様は小町を軽く脅して反省させようと思ったわけだ。…普通ならばここで続くのは当然「すみません、真面目にやります」等の反省の言葉なのだが…
「ありがとうございます!」
「…え?」
小町の予想外の言葉に映姫様は一瞬何が起こったのか理解できなかった。
「いや~、今日の四季様は超優しいですねっ!何か良い事でもあったんですか?…まぁ何にしろ、私はこれでっ!」
そう言うと小町はスキップするような足取りで去っていった。
「…で、三日ほど経って仕事に戻ってみると、クビになってた…」
「アホかお前」
魔理沙が冷たく突っ込む。未曾有の事件とか、さんざん期待させといてそんなオチかよという不満オーラが全身から出ている。
「普通気付くでしょ…もう来なくていいって言うことはクビにするって言う脅しってことぐらい…」
霊夢の視線も冷たい。
「いや~、あの時は単純に四季様があたいに休暇をくれようとしているものだとばかり思っちゃって…」
「救いようが無いぜ…」
「ちゃんと上司に謝って現職復帰させてもらいなさい」
「無理無理」
小町は手をぱたぱたと振る。
「あたいだって謝ろうと思ったけど…あたいが謝りに行ったら何て言ったと思う?」
『あら、これは小野塚さん。お久しぶりですね。新しい生活は充実していますか?それはしているでしょうね、嫌な上司からも解放されて自由気ままに悠々自適ですものね。私もあやかりたい限りですが、大切な仕事が山積みの立場ですから仕方が無いですわ。まぁ小野塚さんには一切合切、蟻の涙ほどにも関係の無い話でしたね。それでは、私も小野塚さんのこれからの活躍を期待していますわ。ではさようなら』
「だって」
「…それはヒドイな…許しを請う隙は無いぜ…」
「小野塚さんじゃねぇ…」
ふぅ、と小町がため息を吐く。
「全く、とんだトンデモ上司だよ、四季様は…」
「いやいや、上司よりお前の方が基本的に悪いのは否定しようも無い事実だぜ」
「そうね。それに、あんた私に協力を求めてきたらしいけど…そんな問題じゃ私の出る幕なんてないじゃない」
魔理沙も頷く。
「全く霊夢の言うとおりだぜ。霊夢は基本的に破壊が専門だからな。出る幕は無いぜ。まぁお前らの関係をそれ以上破壊しろというならあるけど」
「それはあんたね。さ、居間に戻ってお茶会の続き続き…」
霊夢がくるりと後ろを向く。
「お前が飲むならな」
魔理沙も小町に背を向ける。
「待って!」
小町が二人を呼び止めた。
「…何?これ以上まだ何かあるの?」
「あたいは最初からあんたらに四季様との間を取り持ってもらおうとは思ってないよ」
霊夢が不審そうに眉根を寄せる。
「じゃあ何を協力してもらいに来たのよ…」
「あたいをここで働かせてもらうために来たんだ!」
「お断りね」
一瞬の間もなく断る霊夢。にべもない。
「な…なんでー!あたいなりに意外なこと言ったのに…えぇ!?そんな即決!?」
「だって、あんたが居たって何の役にもたたなさそうだし。それに、そもそもあんたを雇う理由が不明だわ」
「だからっ!今から理由を話すってば!」
小町は地団太を踏む。
「四季様はあたいがあんまりにもサボってるからクビにしたわけだ」
「だからそれを拾って雇う馬鹿はいない」
「黙って聞いてよ!そこであたいは考えたんだ…あたいがこっちで心を入れ替えて真面目に働いてるのを四季様が知ったらきっと見直してもう一度雇ってくれるって…」
「なんだか迂遠な作戦だなぁ…直接頼めよ」
魔理沙には完全に他人事。
「それが出来ないからこその作戦なんだってば!…ま、つまりはそういうことなんだ」
「んー」と霊夢は唸る。
「そりゃ、あんたの考えは解るし、まぁそういうことなら同情の念が無いわけでもないんだけど…なんでうちなのよ。紅魔館とか、白玉楼とかあるじゃない」
「ここが一番楽そうだったから」
「帰れ」
「えー?どうして!?」
「全然根本的な楽をしようっていう気概が反省されてないじゃない!そんなんじゃサボるのは目に見えてるわ」
まったくもってごもっともな意見に小町は言葉に詰まる。
「解ったら許してもらえるまで上司に謝りなさい」
「…うぅ…」
小町はがっくりと肩を落とした。
「でも…まぁ、死者から巻き上げたあぶく銭もわりとあるし…時間を掛けてどうするか考えるか…」
「!?」
ずっしりと、重量を感じさせる袋が小町の懐から取り出される。
「あー…えぇと…その…あれよ、小町…」
ごほごほと咳払いをしつつ、霊夢が神社から去ろうとする小町を呼び止める。
「…お前…ぎゃっ!」
何か言おうとする魔理沙に一発食らわせて黙らせ…霊夢は続けた。
「その…ね?改めて考えると…まぁ妖怪を更生?…させるのも巫女の仕事の一つだったりするかもしれないわね~…なんて思ったりするわけよ、私は」
「えっ…ということは…ここで働かせてくれるの?」
「まぁ、そういうのも、いいかな~…と…」
霊夢の視線は小町の顔ではなくあくまでその手元の袋にある。
「恩に着るよ霊夢!案外いいところあるんだ!」
小町は嬉しそうに霊夢の手を取った。
「ほほほ…まぁね…ほほほ…」
霊夢の粋な計らいにより、小町の再就職先は決まったのだった。
第二章 閻魔の胸中
博麗神社の居間。
魔理沙はちゃぶ台に片肘をつきながら言った。
「それにしても、今のあいつは一体何になるんだ?」
「あいつって?」
にこにこしながらお茶を淹れて魔理沙に差し出す霊夢は浮かれていて話をろくに聞いていないらしい。
「…お前…このお茶…」
魔理沙は茶碗に注がれた液体を見つめる。良い香りが魔理沙の鼻腔を擽る。
「安心して、普通のお茶だから。むしろ高級なお茶だから!なんたってお客様だもの。お客様には高級なお茶よね!」
「…まぁいいか…」
魔理沙は黙ってお茶を飲む。…たしかに美味い。…やれやれ、先日得体の知れない液体を飲ませようとした奴と同一人物とは思えない。
「…で?誰が何になるって?」
霊夢は話を戻す。
…お茶の出所を尋ねようかとも思ったが、わざわざ友人の暗部を見るような真似はよそうと魔理沙は素直に質問に答える。
「お前のとこの死神だよ」
「話が見えないわねぇ」
「あいつ、もう死神じゃないだろ?ほとんどプーだ。いつまで肩書き死神を名乗ってるんだ?」
「そういうものじゃないんじゃない?死神はプーになったって死神でしょ?種族なんだから。それとも種族がプーになるのかしら?」
種族がプー…それはあまりにも悲惨だなと魔理沙は他人事ながら思う。
「…で、その問題のプーは今どこに居るんだ?」
「え?」と霊夢が眉を上げる。
「あんた今日は境内通って来なかったの?」
「来たよ」
「それなら見たでしょ?今は境内の掃除を…」
言いながら霊夢はハッとする。
「「まさか…」」
二人は同時に言った。
はたして境内には一本の箒が転がっているだけで誰の姿も無かった。
「あいつ~!いくらなんでもこんなに早速やってくれるなんて…っ!」
「救いようが無いぜ…」
魔理沙はやれやれと帽子で目元を隠した。霊夢はぷりぷりしながら箒を拾って掃除の続きを始めた。
いい加減、掃除も終わりに近づいた頃にようやく馬鹿明るい声がした。
「あれ~?何やってんの?二人で…」
「あんたね…」
ゆらり、と霊夢が小町に振り返る。
「掃除してって言ったでしょ!?何を早速サボってくれてるのよ~!」
霊夢に詰め寄られて小町は誤魔化すように笑う。
「い…いや~ほら、そんな掃除するほど散らかってないし~…もっと汚くなってからでも遅くないかな~と思って…」
「汚くなってからじゃ遅いのよ!汚くならないように掃除するんだから!」
「は…はは…なるほどなるほど~…」
霊夢はため息と共に額に手をやった。
「…閻魔があんたをクビにした気持ちがいきなり理解できたわ…あんた、性根が腐ってるもの…」
「く…腐ってる!?いくらなんでもそれは言い過ぎだろ!断固講義だ!閻魔を呼べ!」
「…熱くなるところがおかしいでしょ…もういいわ…庭の掃除は終わったからご飯の用意でもして…」
「えぇ~料理~?」
小町は不満げに唇を尖らせる。
「あたいには合わないんだよね~、そういう仕事。もっとこう、あたいの能力を十二分に発揮出来る仕事をくんないかなぁ?」
霊夢はジト目で小町を見つつも、一応聞いた。
「…例えば…?」
「…例えば河が渡りたくて船の漕ぎ手が必要だとか~…」
「黙って料理しなさい!」
「きゃん!」
尻を叩かれるようにしながら小町は台所へと向かわされた。
「…こりゃ駄目だぜ…」
魔理沙は呆れながらそう呟いた。
次の日、魔理沙の箒は何とは無く彼岸の方向を向いていた。
別に四季映姫に会おうだとか、小町の現状を報告してやろうだとかいう気持ちは一切無く…ただ、最近小町を見ているものだから行きたくなっただけである。
そう、魔理沙は自分に言い聞かせるように思った。
「そろそろ三途の河だな…」
そう言えば小町が抜けた穴はどうなっているのだろうか?
不意に疑問が湧いた。
まさか放りっぱなしの訳が無いから…代わりの死神が入っているのだろうか?だとしたら、小町にとっては非常に仕事に戻り難い状況になっていると言える。
高度を下げて魔理沙は河原に下りた。
確かここらに船着場があったはずなのだが…
「お、あったあった。あのぼろっちぃ船だな」
魔理沙は船の方へと近寄った。…ら、船の中でかすかに動く人影が見えた。誰かが船頭をしているのだ。恐らくは、新たに派遣された死神か…
あちゃ~と思いながら魔理沙は船に近寄った。…が、そこに居たのは魔理沙の予想外の人物だった。
「お前、四季映姫じゃないか!」
魔理沙の声で船に乗っていた人物は顔を上げた。
「…そういうあなたは霧雨魔理沙…また気軽にこんなところまで出てきたのですか。そういう軽率な行動は慎むようにと以前私は忠告を…」
さっそく説教モードに入る映姫を遮って魔理沙は言った。
「閻魔のお前がなんで船頭なんかしてんだ?」
「ぐ…そ…それは」
…と、饒舌な彼女にしては珍しく言い淀む。
「閻魔クビになったのか?」
「な…なるわけが無いでしょう!失礼なっ!ちょっとした事情で少しの間私が船頭の仕事もしているだけの話です!もちろん閻魔の仕事もしています!」
ちょっとした事情…そう言えば映姫は小町が神社に居ることを知らないのだ。…つまり魔理沙がそのちょっとした事情とやらを知っていることも知らないことになる…。
「お前の部下はクビになったんじゃないか?」
「!?」
映姫はぎょっと目を剥く。
「…どうして知っているのですか?」
「本人から聞いたぜ」
「本人から?こま…いえ、小野塚さんに会ったと言うことですか?」
わざわざ言い直さんでもと魔理沙は思うが口には出さない。
「あぁ会った…と言うか、今あいつは神社で働いてるぜ」
「な…っ!」と一瞬究極に驚いた顔を見せたが、慌てて興味なさそうな表情に戻す映姫。しかし、頬が痙攣している…。
「…そ…そうですか…神社……私の元から離れたと思ったら喜び勇んで早速再就職というわけですね…ふ~ん…それはそれは結構なことで……」
心にもないことを言っているのはばればれだ。…もう、何というか魔理沙はいたたまれない気持ちになる。
「…まぁ、到底神社でも真面目にやってるようには見えないが…一応あいつなりに思うところはあるらしいぜ」
「へ…へ~…そうですか…」
全然興味ないね。という態度を見せたいのだろうが、出来ておりませぬ映姫様。
「神社で真面目にやってれば、お前に見直されると思ったらしい。行動こそ追いついてないけど、まぁ考え方だけはご立派だぜ」
魔理沙は軽く笑ってみせる。
「私に…見直されるため?」
映姫はきょとんとした表情を見せたが、それもまた一瞬で消す。
「い…今更そんなことをしてどうなるというのやら…本当にあの娘は、いくら私が叱っても全ての行動が遅いんだから…」
「…呆れたぜ…」
「今何か言いましたか!?」
魔理沙の呟きに映姫が鋭く突っ込む。
「別に。どうせお前らの問題だしな」
言いながら箒に跨る魔理沙。それを見て映姫はちょっと慌てたように言った。
「え…もう帰るのですか?」
「来るなって言ってみたり帰るの引き止めてみたり…一貫性が無いぜ。…それとも、何か聞き忘れたことでもあるのか?」
魔理沙のにやりとした笑いに、映姫は少し紅くなる。
「別にただあんまりあっさり帰るものだから確認をしてみただけです!早く帰りなさい!私は忙しいのです!」
「そうさせてもらうぜ…」
飛び立とうとした魔理沙が、ふと、何かを思いついたように映姫に振り返った。
「そうだ、私からも忠告しといてやるぜ。小町をクビにしたんなら、さっさと新しい後釜の死神を雇った方がいい。今みたいに、一人で二役もこなすみたいな無理を続けたら身体壊すぜ」
「わ…私の勝手です!中々新人というのも見つからないものなのです!」
「ふぅん…」と魔理沙はまたにやにや笑う。
「てっきり、新人を入れたくない理由でもあるのかと思ったぜ…一度新しいのを入れたら、戻すときに大変とか考えてな…誰かさんのために…」
「なっ!」
図星をさされてぎくりとする映姫。
「黙ってさっさと帰りなさい!」
「うわあっ!」
突然映姫が卒塔婆の弾幕を撃ってきたものだから、魔理沙はぎりぎりでそれをかわしつつほうほうの体で三途の河を後にした。
「え…四季様があたいを待ってるって…!?」
「あぁ、口には出してないけど明らかにそうだったな」
神社に立ち寄った魔理沙は境内でだらだらと掃除をしていた小町に三途の河原でのことを伝えてやった。
「…四季様…」
じ~ん、という音が聞こえてきそうなほどに感じ入る小町。
「それにしたって、あんたこの件にえらく御執心ねぇ。わざわざ三途の河原にまで行って様子を見てきてあげるなんてらしくないわ」
縁側で腰掛けながら言う霊夢。
「ついでだついで。何となく向こうへ行きたい気分になっただけだぜ。…っつーか、お前が何かしてやれよ…」
「働かせてあげてるじゃない」
「…まぁいいけど…」と呟き、魔理沙は小町の方を向く。
「でもいくら待ってるって言ったって絶対に今行っても現職復帰させてはくれない雰囲気だぜ。閻魔の方も相当に意地張ってる感じだったからな」
「うぅん、額を地面に埋める覚悟で土下座するしか…」
「なんで話をそっちへ持っていくんだ…今土下座なんてしたって確実に逆効果だぜ。お前が何も変わってないという、まさに証明だからな」
「…じゃあどうすんの?」
「真面目にやれ。ここで徹底的に真面目にやって閻魔に反省を認めてもらう…それしかないぜ、実際」
「真面目に…か…」
小町はぎゅっと拳をつくり、見つめる。
「…死んでしまうかもしれないけど…四季様にもう一度認めてもらうためなら…!」
「いや死なないだろ、別に…」
自分を信じて待ってくれている映姫のためにも、小町は真面目の誓いを立てるのだった。
第三章 突然さようなら、それから…
「おかしいわ…」
博麗霊夢は右手を口元に当てながら呟いた。
どう考えたっておかしい…何か人知れず異変でも起こっているのだろうか…?
「ふぅ~、境内の掃除終わった~…」
「あぁ、ご苦労様」
汗を拭いながら戻ってきた小町を霊夢は労う。
小町は実際よく働くようになった。
最初のうちこそあのありさまだったが…ここ数週間では見違えるほどに真面目に働くようになっていた。
それもこれも、全ては元上司の映姫に自分の反省を認めてもらうため…そう考えるとなかなかいじらしいじゃないかと霊夢は思う。理屈抜きに、小町が元の鞘へ戻れれば良いなと応援している。
「あとは炊事っと…」
息つく暇も無く小町はそそくさと台所へと向かった。本当に良く働く…
「それはともかく…」
霊夢は思考を戻した。
目の前にあるのは全くの空の賽銭箱…ここ数週間、一銭たりとも入っていたことが無い。
そりゃもともとそんなに盛況な賽銭箱ではなかったが…いくらなんでも数週間もかけて空…ということは無かった。固定客とも言うべき殊勝な参拝者が里全体の一パーセントぐらいながらも居た。
それがここ最近ではそのなけなしの参拝客すらも来ない…
「なんでかな~…」
霊夢が頭を捻っていると、上空から声が降ってきた。
「何事かお悩みですか?」
降りて来たのは鴉天狗の射命丸文だった。
「ウチの賽銭箱に閑古鳥が鳴いてるのよ…あんたの仲間じゃない。どうにかしなさいよ」
苛立ちにかまけて無茶をいう霊夢。
「その賽銭箱はそもそも閑古鳥の巣では?…っと、冗談はともかく、どうして参拝客が来なくなったのか…本当にわからないんですか?」
文は呆れたような口調で言う。
「え?あんた解るの?」
「解るも何も…死神が居るからに決まってますよ」
「…え?」
「神社に死神ってある意味妖怪が居るより最悪の組み合わせじゃないですか…死神が居るような神社、誰も恐がって参拝しませんよ…てっきり私はわざとやっているのかと思ってましたが…」
「……」
な、る、ほ、ど、ね~…
小町は「ふぅふぅ」と必死に息を吹き、かまどに火を起こしていた。
「こ~まち」
「?」
小町が振り返ると、そこにはやたら笑顔の霊夢の姿があった。
「…?何か用?」
「う~ん、用事ってほどでも無いんだけどね~…」
「うん」
「あなた、クビね」
「え?」
………?
「…あ…れ…?」
小町は気付けば神社からほっぽり出されていた。
「なん…で?」
呆然とする小町。それはそうだ。最初こそあれだったが、今日まで小町なりに真面目に神社の仕事に勤めたつもりだった。…それなのに…
突然の解雇処分…
「は…あはは…」
あれ?何故か笑いが…
「はは…は…ふっぐ…」
それから、無性に泣けてきた。
結局自分はこんなものなのか。努力したところで、この程度ということだ。
再就職するもあっさりと解雇…このザマで何が四季様に認めてもらうだ…
「ほんと…笑えるわ…」
乾いた笑いが小町の肩を不自然に揺らす。
「またサボりですか?」
突然、誰かの声がした。…いや、誰の声かなど考えるまでも無く解る。小町が一番聞き親しんだ声だ…
「…四季様…」
けれど小町は声のするほうには顔を向けない。合わせる顔がない。
「四季様こそ、こんな時間にこんな場所でどうしたんですか?ははぁ…さぼ…さぼりって訳ですね…」
上ずる声を隠しつつ何とかそんな皮肉混じりの軽口を叩く。
「…私がさぼり…たまにはいけませんか?」
「…え?」
予想外の言葉に思わず振り返ってしまう小町。
目が合う。
しまった、と思ってももう遅い。涙やら鼻水やら…くちゃくちゃになった顔を見られてしまった。
慌てて乱暴に顔を拭う。…そして笑う。
「あは…あはは…いや~、また神社でもクビになっちゃいましたよ~…おっかし~な~…あたいなりに…ま…真面目に…やったつもりだったんだけど…な~…」
「…」
映姫は何も言わない。
「や…やっぱあれですかねぇ?あたいの真面目ってやつは…一般の…普通以下ってことで…あはは…サボり根性が染み付いてるからですかねぇ?…あは…」
「…」
映姫はやはり何も言わない。
「し…四季…様も…早く…新しい…部下探した方が良いですよ…いつまでも一人で全部やるなんて無茶してたら…身体を壊す…って…あたいなんかに言われたくないか…」
また笑う。
笑うしかない。もうこれ以上四季様を待たせるのは申し訳がない。自分のせいでこれ以上四季様に負担を掛けたくはない。
四季様は待っていてくれたのに…自分が真面目になることを信じて、新しい部下も雇わず、待っていてくれたのに…
「これからどうするつもりですか…?」
静かに、映姫が言った。
これから…
「そ…そうですね~…多少のお金はあるし~…って、あれは神社に置いてきちゃったか…じゃあ働かないと駄目ですよね…えぇと、紅魔館か…白玉楼でも行って…」
嘘だ。そんなつもりは全然ない。本当はしたいことなんて一つしかないに決まっている。
「再就職ですか?」
「そうそう!そうですとも!…紅魔館とか案外すぐに就職出来るって言うし…」
映姫は軽く、目を伏せる。
「…閻魔である私に嘘を吐くという事は、舌を抜かれても構わないということですね、小町…」
「…え?」
嘘と言われたことへの驚きより何より…
「四季様…あたいのこと…小町って…」
ふぅ、と大きくため息を吐き、少し照れたような怒ったような、そんな複雑な笑顔を見せる映姫。
「どこに行ったって結果は同じですよ。あなたを下で働かせられるのは私ぐらいのものでしょう…」
「し…四季…様ぁ…」
ふぇ…と、固めていた顔が一気に崩れる。
「…でもあたい…全然真面目になれなくて…」
「…私のことを考えて…真剣になってくれたじゃないですか…胸を張りなさい、小町…あなたはこの数週間、誰よりも真面目でした…」
「う…うぅう…」
認めてくれた…誰よりも認めて欲しかった人に、認めてもらえた…
「四季様ぁあ~っ!」
小町は映姫の胸に顔を埋めて泣いた。
やれやれと、母親のような顔をした映姫は、それから声を厳しく変えて言う。
「小町、泣いている暇なんてありませんよ!あなたが居なかった分、仕事はたまっているのです!今からすぐに戻って仕事です!」
その声に、小町はがばっと起き上がり、軍人のように敬礼をした。
「はいっ!」
彼岸へ向かう二つの人影を箒の上で見ながら、魔理沙はやれやれと首を振った。
「あんたね?閻魔をわざわざ呼びに行ったのは…」
声に振り返ると、そこには霊夢の姿があった。
「ん?…さぁな…」
魔理沙はすっとぼけたように首を傾げる。
「賽銭箱が空なのを私に言ったのも思えばあんただったわね。賽銭箱が空なのを知れば、私が小町をクビにするっていうのも解ってたのね…」
「お前は単純だからな」
「ようするに、うちをクビになった小町と閻魔が会ったのは、全部あんたが仕向けた…っていうより、その場を設けてあげたってことね」
魔理沙はふぁっとあくびをした。
「本当、今回のあんたは驚くぐらいの働きぶりね。さすがに認めざるを得ないわ…あんたは私の次ぐらいに活躍した…」
「そういうボケにつっこませるなよ。カッコよくしまらないだろ」
魔理沙は不満げに唇を窄める。
「あはは、何にしても良かったじゃない」
「どうでもな」
「よく言うわ。あれだけ動いて…本当、何か思うところがあったんじゃない?」
「…あいつは真面目にやってただろ?」
「まぁ、それなりにはね」
「だからだよ」
「へぇ」
「真面目に努力した奴には、結果がついてくるようにしてやるもんだぜ」
霊夢は薄っすらと笑う。
「へぇ~、それは、誰の話?」
「…小町だよ」
決して、黒い魔法使いの話ではない。
「でもあんた、小町が努力しだす前からなんか協力的じゃなかった?」
「だからあれはたまたまだってば…」
「ふぅん…まぁ、いいわ」
霊夢は魔理沙の前に回ってくるりと振り返った。
「努力は報われる…そうね。じゃあ今日はあんたの頑張りのご褒美に美味しいものでも奢ってあげるわ」
そして懐からまだまだ重量を感じさせる袋を取り出す。
「おいおい…お前、あの世から請求書回ってきても知らないぜ」
「あら、くれるものならいただくわ。病気以外ならね」
「やれやれ…」
そうして、二人は小町たちとは逆の、人里の方へ向かって飛んだ。
終章 エピローグよりもオチ寄り
小町は久しぶりの船着場へとやってきた。
「あぁ、懐かしい…!前まではあんなに嫌だったこの場所にこんなにも愛着を覚えていたなんて…離れてみて初めて解ることってあるんだなぁ」
しみじみと頷く小町。
「む、我が愛船も健在か~…さすがに四季様がしばらく使ってただけのことはあるね!手入れが行き届いてる!」
小町はひゅらん、と軽快に鎌を回した。
「さぁってとっ!まずは手始めに~…」
小町は気合を入れる。
自分は神社で真面目にすることを学んだ。
それはあの四季様すらも認めてくれるところだ。
あたいはいつだってもう真面目になれる!
真面目にさえなればどんな仕事だってちょちょいのちょい!
…つまり、その気になればいつでも終わらせられるわけだ。
…ということは、別になにも今から急いで仕事をする必要はないわけで…
それに今日現職復帰したばかりだし…そんなに急いでもそれはむしろ逆効果ではなかろうか…?
つまり最初にやるべきは…
「寝るか!」
「やっぱり、小町はクビにするべきですね…」
《終われない》
博麗神社。
ここの巫女である博麗霊夢と霧雨魔理沙がちゃぶ台を挟んで向かい合って座っている。巫女のほうはあくまでにこにことしていて…それを警戒するように魔理沙は少し硬い表情を顔に浮かべている。
「さ、どうぞ」
霊夢が楚々とした動作で湯飲みを魔理沙に差し出す。
「…」
魔理沙は口をへの字に曲げながらも一応茶碗を受け取る。一体霊夢の狙いが何なのか…未だに測りかねているのだ。
いつどこから何が起きてもいい様に、霊夢から目を離すことなく…お茶に口を付ける。
「ぶっ!」
それは予想外のところから襲ってきた。あまりの衝撃に魔理沙は茶を吹き出してしまう。
「あぁあぁ、何吹き出してるのよ」
霊夢はまるで最初から予想できていたかのように素早く濡れたちゃぶ台を拭く。
「な…何だコリャ!薬膳茶か!?青臭いっつーか…灰汁の味しかしないぞ!腐ってるんじゃないのか、その茶っ葉!」
「腐ってないわよ」
今度は水を魔理沙に差し出しながら霊夢は澄まして言う。
「だってそれ、そこの草で淹れたお茶だもの」
霊夢の指差す先にあるのは庭の雑草…としか思えない草。
「いやいや、そのまま雑草」
「何そんなもん客に出してんだ!この仕打ちは一体なんだ?」
水で口を洗いながら喚く魔理沙を霊夢は意に介さず平然と言う。
「最初に言ったでしょ?今日はお茶会だって。色んなお茶を魔理沙に飲ませてあげようと思ったのよ」
「その初っ端がこれか!お前は当然飲んだことあったんだろうな」
「ないわよ」
「人で実験するな!」
霊夢のまるで悪びれぬ態度に、魔理沙は怒りを通り越して呆れる。
「まぁまぁ、安心して。次からはわりと自信作だから」
言いながら霊夢は次なるお茶を出してくる。
「…次のは何だ…?」
「さっきの草を蒸してから二三日天日干しにしたお茶」
「…お前は飲んだんだろうな…」
「飲んでないわ」
「誰がそんなもん飲むか!普通の茶をだせ普通の!」
「普通のお茶は駄目」
「何でだよ!」
「最近深刻な茶ッ葉不足でよそ様に出してる余裕が無いからよ。買い足そうにもこれがまたお金が色々要り様だし…」
その言葉で、魔理沙は全ての合点がいった。
「…つまりお前は手近で茶の葉の代わりなるものを探そうと考えたわけだな…で、味見役として私を呼んだ…」
「ん~?」
人差し指を顎に当て、クリッと首をかしげる霊夢。
「その反応、露骨に図星じゃないか!自分で飲んでろ!こんな妖しい液体!」
立ち上がる魔理沙を霊夢は慌てて止める
「あぁ、ちょっと待ってよ。ほらほら、とりあえずこのお茶でも飲んで落ち着いて…」
「…あぁ……って、誰が飲むか!」
ぱりーん(注・魔理沙が茶碗をたたきつけた音)
「もう!魔理沙はっ!どうして人の親切をそう簡単に無下にできるの!?」
「どこが親切だ!明らかに悪意だろ!お為ごかすな!」
むむむ…と二人が睨み合っていると、外から誰かの声が割って入ってきた。
「た~のも~…」
「ん?誰かしら」
霊夢が顔を上げる。
「外から聞こえたな…う~い、今行くぜ」
魔理沙はまるで自分のうちであるかのように外にでた。霊夢もそれに続く。
はたしてそこに居たのはでっかい鎌を担いだ少女…死神、小野塚小町だった。
「いや~、ど~もど~も…」
露骨に何かありそうな笑顔の小町。
「何だ、死神がこんなところに何か用か?ははぁ、例によってサボってるな?」
勝手に納得して呆れる魔理沙を小町は心外そうに睨む。
「誰がサボってるもんか。ちゃんと用事があってのことだよ」
「用事?うちに来たってことは私に用って事?」
「そう」と小町は頷く。
「おかしいわね、死神のお世話になる様な事なんて何もしてないと思うけど…」
冗談なのか本気なのか解らないことを言う霊夢。…一方の小町の目に真剣な光が灯る。
「それが、実は彼岸で大変な事件が起こったんだ」
「え?」
「事件?どんなだ?」
事件と言う言葉に魔理沙も食いつく。
「未曾有の危機なんだ…霊夢に力を貸して欲しい…」
「おいおい!事件の概要が先だぜ!気をもたせるなよ!」
魔理沙はじれったそうに小町に話を促す。本当に事件だの問題だのという厄介なものが好きな性格らしい。
「…解った…先に何が起こったのかを話すよ…」
そう言ってから、小町は滔々と事件の概要を語り始めた…
事の起こりは数日前に遡る…
場所は彼岸。
「こらあ!小町ぃ!」
あの世全体を震わさんばかりの怒声が鳴り響いた
「きゃん!すみませんすみません…!」
素早く、無駄の無い動きで小町はその怒鳴った相手に向かって土下座をし、平謝りを繰り返した。…その熟練された動きは、見る者にある種の感動すら与える…彼女が如何にこの動きをひたすら繰り返してきたのかが想像出来る程だ。
さて、当然小町の目の前におわすは小町直属の上司、四季映姫・ヤマザナドゥその方である。
映姫様は頭を地面に擦り付けんとばかりに土下座をする小町に一つため息をこぼし、おっしゃった。
「謝るだけなら犬畜生にだって出来ます。肝心なのは怒られた事を反省し、繰り返さないことなのですよ小町…」
「ごもっとも!いや~、さすがっ!私もそう思いますっ!はいっ!」
手もみをしつつそんなことを言う小町。…人間、あぁは為りたくない…
「…小町…私はあなたのそういう調子の良さのことを言っているのです…何故このやりとりを毎度繰り返すのか…」
ふぅ、と小さくため息を吐く映姫様。
「いや~、四季様のご高説がもう一度聞きたくってついつい…なんつって」
じろり、と刺すような目で睨まれてさすがに軽口が過ぎたかと焦る小町。
「小町…そんなに仕事をしたくないなら…もう来なくても良いのですよ…?」
突き放すような冷たい目。
「…え!?…そ…そんな…っ!」
「どうなのですか、小町」
お解りだろう。映姫様は小町を軽く脅して反省させようと思ったわけだ。…普通ならばここで続くのは当然「すみません、真面目にやります」等の反省の言葉なのだが…
「ありがとうございます!」
「…え?」
小町の予想外の言葉に映姫様は一瞬何が起こったのか理解できなかった。
「いや~、今日の四季様は超優しいですねっ!何か良い事でもあったんですか?…まぁ何にしろ、私はこれでっ!」
そう言うと小町はスキップするような足取りで去っていった。
「…で、三日ほど経って仕事に戻ってみると、クビになってた…」
「アホかお前」
魔理沙が冷たく突っ込む。未曾有の事件とか、さんざん期待させといてそんなオチかよという不満オーラが全身から出ている。
「普通気付くでしょ…もう来なくていいって言うことはクビにするって言う脅しってことぐらい…」
霊夢の視線も冷たい。
「いや~、あの時は単純に四季様があたいに休暇をくれようとしているものだとばかり思っちゃって…」
「救いようが無いぜ…」
「ちゃんと上司に謝って現職復帰させてもらいなさい」
「無理無理」
小町は手をぱたぱたと振る。
「あたいだって謝ろうと思ったけど…あたいが謝りに行ったら何て言ったと思う?」
『あら、これは小野塚さん。お久しぶりですね。新しい生活は充実していますか?それはしているでしょうね、嫌な上司からも解放されて自由気ままに悠々自適ですものね。私もあやかりたい限りですが、大切な仕事が山積みの立場ですから仕方が無いですわ。まぁ小野塚さんには一切合切、蟻の涙ほどにも関係の無い話でしたね。それでは、私も小野塚さんのこれからの活躍を期待していますわ。ではさようなら』
「だって」
「…それはヒドイな…許しを請う隙は無いぜ…」
「小野塚さんじゃねぇ…」
ふぅ、と小町がため息を吐く。
「全く、とんだトンデモ上司だよ、四季様は…」
「いやいや、上司よりお前の方が基本的に悪いのは否定しようも無い事実だぜ」
「そうね。それに、あんた私に協力を求めてきたらしいけど…そんな問題じゃ私の出る幕なんてないじゃない」
魔理沙も頷く。
「全く霊夢の言うとおりだぜ。霊夢は基本的に破壊が専門だからな。出る幕は無いぜ。まぁお前らの関係をそれ以上破壊しろというならあるけど」
「それはあんたね。さ、居間に戻ってお茶会の続き続き…」
霊夢がくるりと後ろを向く。
「お前が飲むならな」
魔理沙も小町に背を向ける。
「待って!」
小町が二人を呼び止めた。
「…何?これ以上まだ何かあるの?」
「あたいは最初からあんたらに四季様との間を取り持ってもらおうとは思ってないよ」
霊夢が不審そうに眉根を寄せる。
「じゃあ何を協力してもらいに来たのよ…」
「あたいをここで働かせてもらうために来たんだ!」
「お断りね」
一瞬の間もなく断る霊夢。にべもない。
「な…なんでー!あたいなりに意外なこと言ったのに…えぇ!?そんな即決!?」
「だって、あんたが居たって何の役にもたたなさそうだし。それに、そもそもあんたを雇う理由が不明だわ」
「だからっ!今から理由を話すってば!」
小町は地団太を踏む。
「四季様はあたいがあんまりにもサボってるからクビにしたわけだ」
「だからそれを拾って雇う馬鹿はいない」
「黙って聞いてよ!そこであたいは考えたんだ…あたいがこっちで心を入れ替えて真面目に働いてるのを四季様が知ったらきっと見直してもう一度雇ってくれるって…」
「なんだか迂遠な作戦だなぁ…直接頼めよ」
魔理沙には完全に他人事。
「それが出来ないからこその作戦なんだってば!…ま、つまりはそういうことなんだ」
「んー」と霊夢は唸る。
「そりゃ、あんたの考えは解るし、まぁそういうことなら同情の念が無いわけでもないんだけど…なんでうちなのよ。紅魔館とか、白玉楼とかあるじゃない」
「ここが一番楽そうだったから」
「帰れ」
「えー?どうして!?」
「全然根本的な楽をしようっていう気概が反省されてないじゃない!そんなんじゃサボるのは目に見えてるわ」
まったくもってごもっともな意見に小町は言葉に詰まる。
「解ったら許してもらえるまで上司に謝りなさい」
「…うぅ…」
小町はがっくりと肩を落とした。
「でも…まぁ、死者から巻き上げたあぶく銭もわりとあるし…時間を掛けてどうするか考えるか…」
「!?」
ずっしりと、重量を感じさせる袋が小町の懐から取り出される。
「あー…えぇと…その…あれよ、小町…」
ごほごほと咳払いをしつつ、霊夢が神社から去ろうとする小町を呼び止める。
「…お前…ぎゃっ!」
何か言おうとする魔理沙に一発食らわせて黙らせ…霊夢は続けた。
「その…ね?改めて考えると…まぁ妖怪を更生?…させるのも巫女の仕事の一つだったりするかもしれないわね~…なんて思ったりするわけよ、私は」
「えっ…ということは…ここで働かせてくれるの?」
「まぁ、そういうのも、いいかな~…と…」
霊夢の視線は小町の顔ではなくあくまでその手元の袋にある。
「恩に着るよ霊夢!案外いいところあるんだ!」
小町は嬉しそうに霊夢の手を取った。
「ほほほ…まぁね…ほほほ…」
霊夢の粋な計らいにより、小町の再就職先は決まったのだった。
第二章 閻魔の胸中
博麗神社の居間。
魔理沙はちゃぶ台に片肘をつきながら言った。
「それにしても、今のあいつは一体何になるんだ?」
「あいつって?」
にこにこしながらお茶を淹れて魔理沙に差し出す霊夢は浮かれていて話をろくに聞いていないらしい。
「…お前…このお茶…」
魔理沙は茶碗に注がれた液体を見つめる。良い香りが魔理沙の鼻腔を擽る。
「安心して、普通のお茶だから。むしろ高級なお茶だから!なんたってお客様だもの。お客様には高級なお茶よね!」
「…まぁいいか…」
魔理沙は黙ってお茶を飲む。…たしかに美味い。…やれやれ、先日得体の知れない液体を飲ませようとした奴と同一人物とは思えない。
「…で?誰が何になるって?」
霊夢は話を戻す。
…お茶の出所を尋ねようかとも思ったが、わざわざ友人の暗部を見るような真似はよそうと魔理沙は素直に質問に答える。
「お前のとこの死神だよ」
「話が見えないわねぇ」
「あいつ、もう死神じゃないだろ?ほとんどプーだ。いつまで肩書き死神を名乗ってるんだ?」
「そういうものじゃないんじゃない?死神はプーになったって死神でしょ?種族なんだから。それとも種族がプーになるのかしら?」
種族がプー…それはあまりにも悲惨だなと魔理沙は他人事ながら思う。
「…で、その問題のプーは今どこに居るんだ?」
「え?」と霊夢が眉を上げる。
「あんた今日は境内通って来なかったの?」
「来たよ」
「それなら見たでしょ?今は境内の掃除を…」
言いながら霊夢はハッとする。
「「まさか…」」
二人は同時に言った。
はたして境内には一本の箒が転がっているだけで誰の姿も無かった。
「あいつ~!いくらなんでもこんなに早速やってくれるなんて…っ!」
「救いようが無いぜ…」
魔理沙はやれやれと帽子で目元を隠した。霊夢はぷりぷりしながら箒を拾って掃除の続きを始めた。
いい加減、掃除も終わりに近づいた頃にようやく馬鹿明るい声がした。
「あれ~?何やってんの?二人で…」
「あんたね…」
ゆらり、と霊夢が小町に振り返る。
「掃除してって言ったでしょ!?何を早速サボってくれてるのよ~!」
霊夢に詰め寄られて小町は誤魔化すように笑う。
「い…いや~ほら、そんな掃除するほど散らかってないし~…もっと汚くなってからでも遅くないかな~と思って…」
「汚くなってからじゃ遅いのよ!汚くならないように掃除するんだから!」
「は…はは…なるほどなるほど~…」
霊夢はため息と共に額に手をやった。
「…閻魔があんたをクビにした気持ちがいきなり理解できたわ…あんた、性根が腐ってるもの…」
「く…腐ってる!?いくらなんでもそれは言い過ぎだろ!断固講義だ!閻魔を呼べ!」
「…熱くなるところがおかしいでしょ…もういいわ…庭の掃除は終わったからご飯の用意でもして…」
「えぇ~料理~?」
小町は不満げに唇を尖らせる。
「あたいには合わないんだよね~、そういう仕事。もっとこう、あたいの能力を十二分に発揮出来る仕事をくんないかなぁ?」
霊夢はジト目で小町を見つつも、一応聞いた。
「…例えば…?」
「…例えば河が渡りたくて船の漕ぎ手が必要だとか~…」
「黙って料理しなさい!」
「きゃん!」
尻を叩かれるようにしながら小町は台所へと向かわされた。
「…こりゃ駄目だぜ…」
魔理沙は呆れながらそう呟いた。
次の日、魔理沙の箒は何とは無く彼岸の方向を向いていた。
別に四季映姫に会おうだとか、小町の現状を報告してやろうだとかいう気持ちは一切無く…ただ、最近小町を見ているものだから行きたくなっただけである。
そう、魔理沙は自分に言い聞かせるように思った。
「そろそろ三途の河だな…」
そう言えば小町が抜けた穴はどうなっているのだろうか?
不意に疑問が湧いた。
まさか放りっぱなしの訳が無いから…代わりの死神が入っているのだろうか?だとしたら、小町にとっては非常に仕事に戻り難い状況になっていると言える。
高度を下げて魔理沙は河原に下りた。
確かここらに船着場があったはずなのだが…
「お、あったあった。あのぼろっちぃ船だな」
魔理沙は船の方へと近寄った。…ら、船の中でかすかに動く人影が見えた。誰かが船頭をしているのだ。恐らくは、新たに派遣された死神か…
あちゃ~と思いながら魔理沙は船に近寄った。…が、そこに居たのは魔理沙の予想外の人物だった。
「お前、四季映姫じゃないか!」
魔理沙の声で船に乗っていた人物は顔を上げた。
「…そういうあなたは霧雨魔理沙…また気軽にこんなところまで出てきたのですか。そういう軽率な行動は慎むようにと以前私は忠告を…」
さっそく説教モードに入る映姫を遮って魔理沙は言った。
「閻魔のお前がなんで船頭なんかしてんだ?」
「ぐ…そ…それは」
…と、饒舌な彼女にしては珍しく言い淀む。
「閻魔クビになったのか?」
「な…なるわけが無いでしょう!失礼なっ!ちょっとした事情で少しの間私が船頭の仕事もしているだけの話です!もちろん閻魔の仕事もしています!」
ちょっとした事情…そう言えば映姫は小町が神社に居ることを知らないのだ。…つまり魔理沙がそのちょっとした事情とやらを知っていることも知らないことになる…。
「お前の部下はクビになったんじゃないか?」
「!?」
映姫はぎょっと目を剥く。
「…どうして知っているのですか?」
「本人から聞いたぜ」
「本人から?こま…いえ、小野塚さんに会ったと言うことですか?」
わざわざ言い直さんでもと魔理沙は思うが口には出さない。
「あぁ会った…と言うか、今あいつは神社で働いてるぜ」
「な…っ!」と一瞬究極に驚いた顔を見せたが、慌てて興味なさそうな表情に戻す映姫。しかし、頬が痙攣している…。
「…そ…そうですか…神社……私の元から離れたと思ったら喜び勇んで早速再就職というわけですね…ふ~ん…それはそれは結構なことで……」
心にもないことを言っているのはばればれだ。…もう、何というか魔理沙はいたたまれない気持ちになる。
「…まぁ、到底神社でも真面目にやってるようには見えないが…一応あいつなりに思うところはあるらしいぜ」
「へ…へ~…そうですか…」
全然興味ないね。という態度を見せたいのだろうが、出来ておりませぬ映姫様。
「神社で真面目にやってれば、お前に見直されると思ったらしい。行動こそ追いついてないけど、まぁ考え方だけはご立派だぜ」
魔理沙は軽く笑ってみせる。
「私に…見直されるため?」
映姫はきょとんとした表情を見せたが、それもまた一瞬で消す。
「い…今更そんなことをしてどうなるというのやら…本当にあの娘は、いくら私が叱っても全ての行動が遅いんだから…」
「…呆れたぜ…」
「今何か言いましたか!?」
魔理沙の呟きに映姫が鋭く突っ込む。
「別に。どうせお前らの問題だしな」
言いながら箒に跨る魔理沙。それを見て映姫はちょっと慌てたように言った。
「え…もう帰るのですか?」
「来るなって言ってみたり帰るの引き止めてみたり…一貫性が無いぜ。…それとも、何か聞き忘れたことでもあるのか?」
魔理沙のにやりとした笑いに、映姫は少し紅くなる。
「別にただあんまりあっさり帰るものだから確認をしてみただけです!早く帰りなさい!私は忙しいのです!」
「そうさせてもらうぜ…」
飛び立とうとした魔理沙が、ふと、何かを思いついたように映姫に振り返った。
「そうだ、私からも忠告しといてやるぜ。小町をクビにしたんなら、さっさと新しい後釜の死神を雇った方がいい。今みたいに、一人で二役もこなすみたいな無理を続けたら身体壊すぜ」
「わ…私の勝手です!中々新人というのも見つからないものなのです!」
「ふぅん…」と魔理沙はまたにやにや笑う。
「てっきり、新人を入れたくない理由でもあるのかと思ったぜ…一度新しいのを入れたら、戻すときに大変とか考えてな…誰かさんのために…」
「なっ!」
図星をさされてぎくりとする映姫。
「黙ってさっさと帰りなさい!」
「うわあっ!」
突然映姫が卒塔婆の弾幕を撃ってきたものだから、魔理沙はぎりぎりでそれをかわしつつほうほうの体で三途の河を後にした。
「え…四季様があたいを待ってるって…!?」
「あぁ、口には出してないけど明らかにそうだったな」
神社に立ち寄った魔理沙は境内でだらだらと掃除をしていた小町に三途の河原でのことを伝えてやった。
「…四季様…」
じ~ん、という音が聞こえてきそうなほどに感じ入る小町。
「それにしたって、あんたこの件にえらく御執心ねぇ。わざわざ三途の河原にまで行って様子を見てきてあげるなんてらしくないわ」
縁側で腰掛けながら言う霊夢。
「ついでだついで。何となく向こうへ行きたい気分になっただけだぜ。…っつーか、お前が何かしてやれよ…」
「働かせてあげてるじゃない」
「…まぁいいけど…」と呟き、魔理沙は小町の方を向く。
「でもいくら待ってるって言ったって絶対に今行っても現職復帰させてはくれない雰囲気だぜ。閻魔の方も相当に意地張ってる感じだったからな」
「うぅん、額を地面に埋める覚悟で土下座するしか…」
「なんで話をそっちへ持っていくんだ…今土下座なんてしたって確実に逆効果だぜ。お前が何も変わってないという、まさに証明だからな」
「…じゃあどうすんの?」
「真面目にやれ。ここで徹底的に真面目にやって閻魔に反省を認めてもらう…それしかないぜ、実際」
「真面目に…か…」
小町はぎゅっと拳をつくり、見つめる。
「…死んでしまうかもしれないけど…四季様にもう一度認めてもらうためなら…!」
「いや死なないだろ、別に…」
自分を信じて待ってくれている映姫のためにも、小町は真面目の誓いを立てるのだった。
第三章 突然さようなら、それから…
「おかしいわ…」
博麗霊夢は右手を口元に当てながら呟いた。
どう考えたっておかしい…何か人知れず異変でも起こっているのだろうか…?
「ふぅ~、境内の掃除終わった~…」
「あぁ、ご苦労様」
汗を拭いながら戻ってきた小町を霊夢は労う。
小町は実際よく働くようになった。
最初のうちこそあのありさまだったが…ここ数週間では見違えるほどに真面目に働くようになっていた。
それもこれも、全ては元上司の映姫に自分の反省を認めてもらうため…そう考えるとなかなかいじらしいじゃないかと霊夢は思う。理屈抜きに、小町が元の鞘へ戻れれば良いなと応援している。
「あとは炊事っと…」
息つく暇も無く小町はそそくさと台所へと向かった。本当に良く働く…
「それはともかく…」
霊夢は思考を戻した。
目の前にあるのは全くの空の賽銭箱…ここ数週間、一銭たりとも入っていたことが無い。
そりゃもともとそんなに盛況な賽銭箱ではなかったが…いくらなんでも数週間もかけて空…ということは無かった。固定客とも言うべき殊勝な参拝者が里全体の一パーセントぐらいながらも居た。
それがここ最近ではそのなけなしの参拝客すらも来ない…
「なんでかな~…」
霊夢が頭を捻っていると、上空から声が降ってきた。
「何事かお悩みですか?」
降りて来たのは鴉天狗の射命丸文だった。
「ウチの賽銭箱に閑古鳥が鳴いてるのよ…あんたの仲間じゃない。どうにかしなさいよ」
苛立ちにかまけて無茶をいう霊夢。
「その賽銭箱はそもそも閑古鳥の巣では?…っと、冗談はともかく、どうして参拝客が来なくなったのか…本当にわからないんですか?」
文は呆れたような口調で言う。
「え?あんた解るの?」
「解るも何も…死神が居るからに決まってますよ」
「…え?」
「神社に死神ってある意味妖怪が居るより最悪の組み合わせじゃないですか…死神が居るような神社、誰も恐がって参拝しませんよ…てっきり私はわざとやっているのかと思ってましたが…」
「……」
な、る、ほ、ど、ね~…
小町は「ふぅふぅ」と必死に息を吹き、かまどに火を起こしていた。
「こ~まち」
「?」
小町が振り返ると、そこにはやたら笑顔の霊夢の姿があった。
「…?何か用?」
「う~ん、用事ってほどでも無いんだけどね~…」
「うん」
「あなた、クビね」
「え?」
………?
「…あ…れ…?」
小町は気付けば神社からほっぽり出されていた。
「なん…で?」
呆然とする小町。それはそうだ。最初こそあれだったが、今日まで小町なりに真面目に神社の仕事に勤めたつもりだった。…それなのに…
突然の解雇処分…
「は…あはは…」
あれ?何故か笑いが…
「はは…は…ふっぐ…」
それから、無性に泣けてきた。
結局自分はこんなものなのか。努力したところで、この程度ということだ。
再就職するもあっさりと解雇…このザマで何が四季様に認めてもらうだ…
「ほんと…笑えるわ…」
乾いた笑いが小町の肩を不自然に揺らす。
「またサボりですか?」
突然、誰かの声がした。…いや、誰の声かなど考えるまでも無く解る。小町が一番聞き親しんだ声だ…
「…四季様…」
けれど小町は声のするほうには顔を向けない。合わせる顔がない。
「四季様こそ、こんな時間にこんな場所でどうしたんですか?ははぁ…さぼ…さぼりって訳ですね…」
上ずる声を隠しつつ何とかそんな皮肉混じりの軽口を叩く。
「…私がさぼり…たまにはいけませんか?」
「…え?」
予想外の言葉に思わず振り返ってしまう小町。
目が合う。
しまった、と思ってももう遅い。涙やら鼻水やら…くちゃくちゃになった顔を見られてしまった。
慌てて乱暴に顔を拭う。…そして笑う。
「あは…あはは…いや~、また神社でもクビになっちゃいましたよ~…おっかし~な~…あたいなりに…ま…真面目に…やったつもりだったんだけど…な~…」
「…」
映姫は何も言わない。
「や…やっぱあれですかねぇ?あたいの真面目ってやつは…一般の…普通以下ってことで…あはは…サボり根性が染み付いてるからですかねぇ?…あは…」
「…」
映姫はやはり何も言わない。
「し…四季…様も…早く…新しい…部下探した方が良いですよ…いつまでも一人で全部やるなんて無茶してたら…身体を壊す…って…あたいなんかに言われたくないか…」
また笑う。
笑うしかない。もうこれ以上四季様を待たせるのは申し訳がない。自分のせいでこれ以上四季様に負担を掛けたくはない。
四季様は待っていてくれたのに…自分が真面目になることを信じて、新しい部下も雇わず、待っていてくれたのに…
「これからどうするつもりですか…?」
静かに、映姫が言った。
これから…
「そ…そうですね~…多少のお金はあるし~…って、あれは神社に置いてきちゃったか…じゃあ働かないと駄目ですよね…えぇと、紅魔館か…白玉楼でも行って…」
嘘だ。そんなつもりは全然ない。本当はしたいことなんて一つしかないに決まっている。
「再就職ですか?」
「そうそう!そうですとも!…紅魔館とか案外すぐに就職出来るって言うし…」
映姫は軽く、目を伏せる。
「…閻魔である私に嘘を吐くという事は、舌を抜かれても構わないということですね、小町…」
「…え?」
嘘と言われたことへの驚きより何より…
「四季様…あたいのこと…小町って…」
ふぅ、と大きくため息を吐き、少し照れたような怒ったような、そんな複雑な笑顔を見せる映姫。
「どこに行ったって結果は同じですよ。あなたを下で働かせられるのは私ぐらいのものでしょう…」
「し…四季…様ぁ…」
ふぇ…と、固めていた顔が一気に崩れる。
「…でもあたい…全然真面目になれなくて…」
「…私のことを考えて…真剣になってくれたじゃないですか…胸を張りなさい、小町…あなたはこの数週間、誰よりも真面目でした…」
「う…うぅう…」
認めてくれた…誰よりも認めて欲しかった人に、認めてもらえた…
「四季様ぁあ~っ!」
小町は映姫の胸に顔を埋めて泣いた。
やれやれと、母親のような顔をした映姫は、それから声を厳しく変えて言う。
「小町、泣いている暇なんてありませんよ!あなたが居なかった分、仕事はたまっているのです!今からすぐに戻って仕事です!」
その声に、小町はがばっと起き上がり、軍人のように敬礼をした。
「はいっ!」
彼岸へ向かう二つの人影を箒の上で見ながら、魔理沙はやれやれと首を振った。
「あんたね?閻魔をわざわざ呼びに行ったのは…」
声に振り返ると、そこには霊夢の姿があった。
「ん?…さぁな…」
魔理沙はすっとぼけたように首を傾げる。
「賽銭箱が空なのを私に言ったのも思えばあんただったわね。賽銭箱が空なのを知れば、私が小町をクビにするっていうのも解ってたのね…」
「お前は単純だからな」
「ようするに、うちをクビになった小町と閻魔が会ったのは、全部あんたが仕向けた…っていうより、その場を設けてあげたってことね」
魔理沙はふぁっとあくびをした。
「本当、今回のあんたは驚くぐらいの働きぶりね。さすがに認めざるを得ないわ…あんたは私の次ぐらいに活躍した…」
「そういうボケにつっこませるなよ。カッコよくしまらないだろ」
魔理沙は不満げに唇を窄める。
「あはは、何にしても良かったじゃない」
「どうでもな」
「よく言うわ。あれだけ動いて…本当、何か思うところがあったんじゃない?」
「…あいつは真面目にやってただろ?」
「まぁ、それなりにはね」
「だからだよ」
「へぇ」
「真面目に努力した奴には、結果がついてくるようにしてやるもんだぜ」
霊夢は薄っすらと笑う。
「へぇ~、それは、誰の話?」
「…小町だよ」
決して、黒い魔法使いの話ではない。
「でもあんた、小町が努力しだす前からなんか協力的じゃなかった?」
「だからあれはたまたまだってば…」
「ふぅん…まぁ、いいわ」
霊夢は魔理沙の前に回ってくるりと振り返った。
「努力は報われる…そうね。じゃあ今日はあんたの頑張りのご褒美に美味しいものでも奢ってあげるわ」
そして懐からまだまだ重量を感じさせる袋を取り出す。
「おいおい…お前、あの世から請求書回ってきても知らないぜ」
「あら、くれるものならいただくわ。病気以外ならね」
「やれやれ…」
そうして、二人は小町たちとは逆の、人里の方へ向かって飛んだ。
終章 エピローグよりもオチ寄り
小町は久しぶりの船着場へとやってきた。
「あぁ、懐かしい…!前まではあんなに嫌だったこの場所にこんなにも愛着を覚えていたなんて…離れてみて初めて解ることってあるんだなぁ」
しみじみと頷く小町。
「む、我が愛船も健在か~…さすがに四季様がしばらく使ってただけのことはあるね!手入れが行き届いてる!」
小町はひゅらん、と軽快に鎌を回した。
「さぁってとっ!まずは手始めに~…」
小町は気合を入れる。
自分は神社で真面目にすることを学んだ。
それはあの四季様すらも認めてくれるところだ。
あたいはいつだってもう真面目になれる!
真面目にさえなればどんな仕事だってちょちょいのちょい!
…つまり、その気になればいつでも終わらせられるわけだ。
…ということは、別になにも今から急いで仕事をする必要はないわけで…
それに今日現職復帰したばかりだし…そんなに急いでもそれはむしろ逆効果ではなかろうか…?
つまり最初にやるべきは…
「寝るか!」
「やっぱり、小町はクビにするべきですね…」
《終われない》
他の職場には無い主従関係とも言える四季様と小町。
それだけに王道とも言える内容でも楽しめるのでしょうね。
…船頭してる四季様のイメージは『お椀を船代わりにしている一寸法師』かな…。