Coolier - 新生・東方創想話

東方幽幻闘 ~ Stage2 vs八雲藍

2007/01/30 06:31:14
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つい先程の死なない人間、藤原妹紅との激闘後。
また新たな遊び相手を求めて飛び去った妖怪少女、風見 幽香。
とは言っても、彼女のお眼鏡に適う相手はなかなか見つからず先刻からずっと宛も無く飛び続けている羽目になっていた。

「はぁ、やっぱりそう簡単に強い奴なんて見つからないわよねぇ」

ため息を吐く幽香。苦々しげに一人呟く。

「…こんな事だったら、さっきの人間に他に強い奴知らないか、聞いておくべきだったわね。失敗だわ。」

この幻想郷は広い。
広いからこそ、まだまだ幽香の知らない強者が居るはず。
しかし、やはりそんな相手は宛も無く飛んでいれば見つかると言う訳でもないのだ。
先程から見かけるのは春の到来で浮かれる妖精の群ればかり。
強い妖怪ともなると、何処か一箇所に居城を作りそこに留まる物。その辺を飛ぶ妖怪など、幽香にとっては大体が戦うに相当しない奴ばかりなのだ。
もっとも、そんな幽香も今の所は花畑を見つけてはそこで眠る生活を繰り返しており根無し草の様な物なのだが…。

「と、なるとやっぱり…それらしい場所を探し当てるしかないのかしらね」

そう幽香が呟きながら飛んでいると、視界の隅に何か奇妙な物が映った。
気になった幽香が足を止め、そちらを向くと空間に奇妙な小さい裂け目が出来ていた。
何処か別の空間へと繋がっている様子。何者かが空間を開けて通っていったのだろうか?

「…面白そうな匂いがするわ」

空間の裂け目を見て、にやりと笑う幽香。
空間を開ける、なんて真似は相当高等な妖怪にしか出来ないはず。
この先に進めばそいつと会えるはず。
会えないにしても、このまま宛も無く飛んでいるよりはマシ。
そう考えた幽香は閉じかかっている空間を自分が通れるぐらいの大きさへよいしょとこじ開けると、裂け目の中へと進んでいった。
元々彼女はフラワーマスターなんて物になる前は幻夢の住人、このくらいは朝飯前である。

=====

次元のトンネルを抜けた先には、何処かの山奥の様な場所が広がっていた。
自然に囲まれた景色の中に、家屋がぽつん、ぽつんと建っている。

「ふーむ、ここにさっきの次元に裂け目を作った張本人が住んでたりするのかしら」

とりあえず地表に降り立ち、一番手近な家屋内部の探索を始めようとする幽香。
家の敷居を踏もうとした瞬間、妙な風切り音が聴こえた。

「―――!」

危険を感じその場から後ろに飛び去る幽香。先程まで居た場所には楔弾が大量に放たれていた。

弾が飛んできた方角からすると、どうやら敵は空に居るらしい。見上げる幽香。
ぎらぎらと眩しく輝く太陽。それを遮るかの様な黒いシルエット。
そのシルエットは、ぐるぐると回転しながら空を見上げる幽香に突っ込んできた。
咄嗟に傘を広げ、何者かの追撃を防ぐ。回転しながら爪と蹴りによる攻撃を高速で仕掛けてくる敵。ギャリリリ、と摩擦音。
自らの攻撃が防がれた事を理解した何者かは回転を止めると傘を蹴り、幽香から距離を取る様に着地した。
(…いきなりだなんて、無粋ね。一体何者かしら)

「…今の攻撃、よく凌いだわね!」

奇襲を仕掛けてきた張本人は、居直るとこちらに声を掛けてきた。
見た感じは猫。多分中身も猫である。

「ここは一度迷い込んだらもう二度と出れはしないマヨヒガ!」
「で、そんなマヨヒガでいきなり攻撃を仕掛けてくる貴方は何者かしら。猫?」

猫呼ばわりされたのが頭に来るのか、むっとした表情を取る相手。

「にゃっ!私は橙、ただの猫ではない!然るお方の式神だ!侵入者を捕らえるのが私の役目!大人しく捕まった方が身の為よ!」

そう言うと鋭い爪を光らせこちらに向ける橙。
それを聞いた幽香はつまらなそうにはぁ、と溜息を吐く。

「式神風情はお呼びでない。今はもうちょっと面白い相手と戦いたい気分なの。いきなり攻撃をしてきた事は不問にしておいてあげるわ」

それじゃあね、と橙を無視して横切ろうとする幽香。

「待て待て待てぇーっ!人の話ちゃんと聞いてたっ?侵入者を捕まえるのが私の仕事だってば!黙って通す訳には行かないのよ!」

慌てて幽香の進行方向を遮る橙。

「なぁに?そんなに遊んで欲しいの?仕方がないわねぇ…」

幽香の掌に、突如狗尾草(ようするに、猫じゃらし)が現れた。
自身の能力を使い生み出したのだろう。それを橙に向けふりふりと振る幽香。

「ほーら、こういうの好きでしょ?猫なんだし」
そう言いながらにんまりと悪戯っぽく笑う幽香。
が、当のからかわれた本人は大激怒。ふるふると肩を震わせながら顔を真赤にして幽香を睨みつけている。

「ふ、ふざけんなー!!人のことをバカにしてぇー…、もう許さない!!」

札を取り出し、スペルカード名を叫ぶ様に宣言する。

「本気で行くよ!鬼神『飛翔毘沙門天』!」

橙の雰囲気が、明らかに先程とは変わる。
しゃきり、と爪を伸ばすと幽香に向かい音も無く駆け出す。そしてすれ違う直前で急激に加速し…。
ききぃん、と金属と鋭利な刃がぶつかる音がした。橙がすれ違い様に爪で幽香を薙ぎ、幽香が傘でそれを防いだのだ。

(へぇ、さっきまでは取るにも足らない相手だと思ってたけど…その気になれば意外とやる様ね)

幽香は攻撃を受けた時の手応えから、敵の力量が大幅に増しているのに気付き心の中で感嘆の声を上げる。
恐らく、先程のスペルカードは自分の身体能力を強化する類の物だろう。
攻撃を防いだ幽香をきっ、と睨み付けると橙は地を蹴り空中に上がると幽香を霍乱する為に高速で動き出す。

「まったく、洒落の通じない奴ね。」

アレぐらいの挑発でそんなに怒るなんて、と幽香はクスリと笑う。

「ま、いいわ。貴方を倒せば貴方のご主人様とやらも出てくるだろうし、そんなに遊んで欲しいのなら相手をしてあげる」

そんなに気は進まないが、まあ暇潰し程度にはなるだろう。
メインディッシュの前の前菜を頂く様な物ね。そんな事を考えながら、幽香も戦闘態勢を取った。

=====

一方その頃。マヨヒガの何処か、奥深くにて。

「…へぇ、迷い込んできた訳じゃなく次元の境目をこじ開けて入ってきた侵入者が今、このマヨヒガに居る訳ね」
「はい、只今橙を向かわせておりますが…」

畳の敷かれた和室に布団が一枚。真昼間だというのに布団に横たわりながら従者らしき人物の話を聞く金髪の女性。
「ふぅん、自らここにやってくるとは奇特なお客さんね。まあいいわ、私は眠いからもう寝るけど…」

眠たげに目を擦りながら欠伸をしてこう続ける。

「一応、貴方も戦う準備をしておきなさい。藍」
「はっ、了解しました。では、おやすみなさいませ、紫様」

主人に軽い会釈をすると、藍と呼ばれた狐耳の従者は風の様に姿を消した。
和室に静寂が訪れる。

(…侵入者、ねぇ…まあ、藍に任せておけば大抵の事は安心だけど…)

布団を顔まで被りながら思案を続ける紫。

(何故だか嫌な予感がするわ…私らしくないわね、こんな事を考えるなんて)

頭に浮かんだ懸念。

(まぁ、いいわ。とりあえず眠いから寝て、起きてからどうなってるかを楽しみにしておきましょう)

そう考えた紫は目を閉じ、安らかな眠りへと落ちていった。

=====

そんなやり取りが行われていた頃も、橙と幽香の戦闘は続いていた。

「…はははっ!どう!?このスピード!手も足も出ないでしょ!」

幽香の周りを攻撃を加えながら高速で飛び回りつつ、勝ち誇る橙。
俊敏に動きながら攻撃を加えてくる橙に対し、幽香は先程から何度も反撃を繰り返しているが命中させる事が出来ていない。

「ふむ。スピードだけは合格点ね。なかなかの素早さだわ。でも…」

楔弾を散らしながら直接幽香に対し爪や蹴りで攻撃を仕掛けてくる橙。

「他に色々足りてないわね。貴方、やっぱり私の相手をするにはまだ早過ぎるわよ」

嵐の様に連続で繰り出される爪での攻撃を全て捌き、受け止め傘で橙を弾き飛ばしながら幽香はそう言った。

「ふん!強がっちゃって…」

弾き飛ばされ、くるくると回りながら体勢を整え着地する橙。

「そういう貴方だって速さが足りてないんじゃないの?そんなんじゃいつまでたっても私に攻撃を当てる事なんて出来ないわよ!」

そう言われると、幽香は微かに微笑んだ。

「あら、まだ気付いてないの?貴方、もう詰んでるわよ」

幽香が指をピッと鳴らす。

「…へ?」

次の瞬間。橙の身体から突然蔓が伸び橙の全身をぐるぐると縛り、拘束する。
全身の自由を奪われた橙は途端にバランスを崩し転倒した。

「にゃ、にゃによこれは~~~!?」

もがきながら驚きの叫び声をあげる橙。

「もう、御馬鹿さんね。まさか本当にこの私が闇雲に当たらない攻撃を繰り返していただけだと思っていたの?」

倒れてもがく橙の目の前に座り込みながら、にこやかに喋る幽香。

「貴方が私の目くらましの攻撃を避けている気になっていた時に、こっそり飛ばして仕掛けておいたのよ。植物の種を」
「植物…?そ、そんな物ぐらいで…!!」

そう言いながら何とかこの拘束を解こうと、じたばた奮闘する橙。しかし一向に解ける気配はない。

「無駄無駄。植物って言っても私の力で改良した代物だからね。貴方じゃ抜け出すのは無理よ。
そんじょそこらの妖怪とは一味違った素早さだったけど…ま、やっぱり私の敵じゃなかったわね。
これでも餞別にくれてやるから、もうちょっと精進なさい」

狗尾草(猫じゃらし)をまた生み出し、倒れこんで動けない橙の前に置くと幽香は悠々と立ち去っていった。
一人、ぽつんと縛られたまま取り残される橙。

「ち、ちくしょ~~~~!!」

散々弄ばれ、その挙句放置された哀れな化猫の叫び声がマヨヒガに木霊した…。

=====

邪魔者を排除した幽香は、中断していた家屋の探索を始めていた。

「ふうむ、あの猫は確か自分の事を式神、って言ってたわね」
(ならばこの近くに主人が居るのが道理。
それにあの猫は侵入者を捕らえるのが自分の役目、とも言っていたし)

そんな事を考えながら家屋の中を歩き回る幽香。
しかし、この家屋からはどうも何の気配もしてこない。無人なのだろうか。
これ以上この家屋を探索しても仕方が無さそうなので、幽香は諦めて外へと出た。

周りを見渡しても同じ様な人の気配のしない無人と思われる家屋が立ち並ぶばかり。

「何だか変な場所ね。ここは一体何なのかしら」
(ここら辺には面白い物が無さそうだし、もう少し進んでみるとしましょう)

=====

そう思い立った幽香が飛び立ち、しばらく進んでいると…一際大きな屋敷が見えた。
その屋敷の門の前に、ぽつんと何者かのシルエットが見える。

「ふん、ようやくお宝発見って所かしら?」

屋敷を見つけた幽香が嬉しそうに笑い、空から降り立つ。
そして、門の前のシルエットの主の正体を見極める幽香。

腕を服の袖に通したポーズで、門の前に仁王立ちするシルエットの主。
鮮やかな金髪を風に靡かせ、髪色と同じ金色の9つの巨大な狐尾が同じく風に揺れている。
恐らく妖怪としてのカテゴリー的には先程の化猫と同じ妖獣。
だが、黙っていてもその身から溢れる威厳と妖力から察するに先程の奴とは格が違う。
幽香は上空から見たシルエットの主を今間近で見、感じ取った。
…こいつとはなかなか楽しい戦いが出来そうだ、と。
自然に幽香から笑みが零れる。もしこの場に他の脆弱な者が存在し、今の幽香の笑顔を見たらそれだけで危険を感じ回れ右をするだろう。
それだけ恐ろしく、凶気を感じさせる笑みだった。

シルエットの主―――八雲 藍は、そんな凶的な笑顔の主をきっと睨み付けると、ゆっくりと口を開きこの場の静寂を破った。

「…ようこそ、マヨヒガへ。こんな奥地まで進んでくるとは酔狂なお客さんだな。用件は何だ?」

それを聞いた幽香が、笑顔のままこう答えた。

「ん~…そうねえ、用件ねぇ…強いて言うなら、貴方と喧嘩しに来た、ってのはどうかしら?」
「何だと?ふざけていないでちゃんと答えろ」
「ふざけてないわ。真面目も真面目、大真面目よ?正確に言うなら強い奴を探しに来て、貴方を見つけて目的達成って所かな?強いんでしょう、貴方」

幽香がくるくると傘を回しながら言葉を続ける。

「隠したって分かるわよ。その強大な妖気!貴方がこの辺一体を治めてる妖怪でしょう?
次元の裂け目の奥深くの隠れ里…そんな辺鄙な所には必ず強い妖怪が居ると思ったけど、大当たりだったみたいね。
さあ、私と戦ってもらおうかしら。嫌だって言っても問答無用で行くわよ!」

くるくる回していた傘を宙へ放り投げ、落ちて来る所を掴み傘の先を藍に向ける。
今にも飛び掛らんとするばかりの幽香。うずうずとたまらなそうに藍の返答を待つ。
…が、しかし。藍の返答は幽香の予想した返答とは大幅に違った物だった。
溜息を吐きながら、藍は喋り出す。

「わざわざ自分からこんな所まで来ておいて、用件はたったそれだけ…。本当に酔狂な奴。
てっきり、我が主の命を狙った刺客か何かかと思ったわ…。あの人もやたらとあちらこちらで恨みを買っていそうだからなぁ…。」

我が…主?幽香の耳はその言葉にぴくり、と反応する。それに気付かずに藍は話を進める。

「盛り上がってもらった所、悪いが私は忙しくてね。そんな遊び半分で戦ってる暇なんてないのよ。
さ、分かったら帰った…」

幽香を追い返そうとする藍。その言葉を幽香が遮る。

「…貴方、今我が主って言ったわね?どういう事?貴方…あの化猫の主でしょう?それなのに…貴方に主が居るって…」

化猫、と聞いて今度は藍がぴくりと反応する。

「そうか、橙の奴…やっぱりやられたのか。大体侵入者がここまで来てる時点で予測は付いていたが…」
「あんな猫の事はどうでもいい!貴方の主って奴について答えなさい!」

幽香が声を荒げ、怒鳴る。いつも余裕たっぷりの幽香にしては、本当に珍しい事だった。
しかしそれも仕方が無い事。何しろ、目の前のこいつが大ボスかと思ったらそいつが自分より上の存在が居る、と話始めたのだから。
話を遮られまくり、ムッとする藍。

「どうでもいいとは何だ、どうでもいいとは。あいつは私の式神、橙。
だがそれを扱う私、八雲藍も然るお方の式神である。…つまり、あいつは式の式って事で、私も式。
私のご主人は今…」

そこまで答えて藍がはっと口を覆う。質問の答えを聞いた幽香が、先程の凶な笑みを更に凶にして笑っていたからだ。

「ふ…ふふっ!あは、あはははははは!!」

顔に手を当て、全身を震わせながら盛大に笑う幽香。

「愉快…愉快だわ!!こんなに楽しい事を聞いたのは、久しぶり!!
前菜を平らげ、ついにメインディッシュにあり付こうとしたら実はそれも前菜で更においしい料理が待ってます、と!
そんな事を聞いたからには…更に黙って帰る、なんて出来なくなっちゃったわねぇ?」

目尻の涙を指で拭いながら、幽香は藍に向かい語りかける。
顔にしまった…と書いてある様な苦々しげな表情を浮かべる藍。
言わなくてもいい事を言って、遊び半分の害の無い相手を本気で屋敷に進入しようとする賊に変えてしまったのだから。

「さあ、そうと決まったら…さっさと目の前の前菜を頂いてメインディッシュを探しに行くとしましょうか…!!」

再度、幽香が傘を藍に向け構える。
やれやれ、と藍も仕方が無さ気に構える。

「うっかり主の事を漏らしてしまったのは私のミス…仕方が無い、その責任はきっちりと取るとするか。ついでに橙の仇も」

それを聞いた幽香が藍に向かい駆け出す。戦いの火蓋が切って落とされた。藍も迎撃の為に幽香に向かい駆け出す。
互いの距離が縮まり、ぶつかり合う。きぃん、と金属音。
幽香が構えた傘に加速した勢いを乗せ、藍に傘で殴りかかり、藍は爪と腕でその傘での一撃を受けたのだ。
一撃が防がれた事を理解した幽香が即座に次の行動に移る。
ふっ、と短く息を吐き傘を持った手に力を込め、傘を受け止めている藍を横に弾き飛ばす。
そして弾かれ転がっていく藍に照準を付け、傘の先端から妖力の結晶弾を乱射する。
転がりながら体勢を整える藍は、地に手を付きばっと起き上がると幽香の追撃の弾幕を避ける為に宙へと飛ぶ。
宙に浮かんだ藍を、逃がすかとばかりに幽香が結晶弾を乱射したまま傘を空の藍に向ける。
尚も自分に向かい放たれる弾幕を避けつつ、藍は懐に手を入れると札を取り出した。
そして何やら呪文の様な物をぶつぶつと唱えると手に取った札が光り出す。

「―――はっ!」

光り出した札を宙にばら撒く。
藍が一声をあげるとばら撒かれた札がどんどんと増え出し、まるで意思を持っているかの様に弾幕を紡ぎ出す。
規則正しく動く札の群れは、尚も結晶弾を撃ち続ける幽香に向かい突っ込んでいく。
それを見た幽香は、やはり弾幕を撃ちながら地を蹴り横に飛び、次々に突っ込んでくる札の攻撃を避けていく。
お互い、回避行動を取りながらの撃ち合い。先に被弾し、相手の射撃を次々に受けてしまうのはどちらか?

…どうやら、弾幕の撃ち合いの分は藍にあるらしい。
器用に幽香の弾幕の目を縫う様に避けながら、的確に幽香の動きを封じる札の陣を作りつつあった。
幽香が段々と回避の動きを封ずる陣に引っかかり、逃げ場を失っていく。
やがて追い詰められ、いよいよ被弾するかと思われたその時。
幽香は突如弾を撃つのを止め移動も止め、傘を広げしゃがみ込み防御の姿勢を取った。
動きの止まった幽香に降り注ぐ札の雨。
しかし広げた傘で自らの身に弾幕が命中するを防いでいる為、ダメージらしいダメージはない。
それを見た藍はちっ、と短く舌打ちをした後幽香のあの防御を崩す為にまだ増殖を続ける札と共に突っ込んでいく。
その一方、幽香の傘を使った戦い方に藍は何かしらのデジャブを覚えていた。

(…あの、傘を用いた戦い方…我が主、紫様にちょっとだけ似ている…。)

降り注ぐ札を防いでいる中、幽香も少し思案をしながら妖力を自らの手の内に溜め始めた。
実際に交戦し始めた事で分かった、敵の力量の事について。

(私の一撃を受け止めるパワー、そしてあの猫も速かったがスピードはそれを遥かに上回っている!
更に弾幕の腕も上等…相手を追い詰めるテクニックにも長けている。
素晴らしい!こいつは全てにおいてハイレベルな、素晴らしい好敵手だわ!)

初めて姿を見た時から強い相手とは理解できていたが、やはり姿を見て力量を測るのと、実際に戦ってから力量を測るのでは違う。
相手が予想を上回る強敵だった事を…幽香は喜んでいた。
戦いの中の昂揚感に身を任せ、興奮の最中にある幽香。
だが、幽香をこんなにも昂ぶらせるものは現在の敵、藍の強さより…それを式神として従えるまだ見ぬ敵だった。

(こんな強い妖獣を従える主人とやらは…一体何者なのかしら?)

まだ見ぬ敵の主を想像しただけで幽香の胸は高鳴り、甘い吐息が自然に口から出てくる。
どういう経緯で藍がそいつの式神になり、忠誠を誓ったのかは知らないが…
式神だ、と言うならそれを扱うそいつはきっとこれ以上の強さのはず。

(ふふ、俄然楽しみになってきたわ。じゃ、とりあえず…)

幽香を仕留める為に宙から滑空してくる藍の飛空音が聞こえる。

(…この前菜を、さっさと頂くとしましょうか!!)

幽香は思案を終わらせると、先程溜めた妖力を自らの手から二つの向日葵の形にし解き放ち、
攻撃を防いでいる傘と自身の体の隙間から藍に見えぬ様にカーブを描き放つ。
そして防御に用いている広げた傘を畳む。
それと同時に自分に向かい降り注ぐ札の雨を回避する為に強く地を蹴り、横に飛ぶ。
幽香の逃げ場を無くしていた札も防御に入った幽香を打ち崩す為に攻撃に転じていたので、幽香の回避行動を妨げる物は無くなっていたのだ。

(む!)

防御を解き、動き始めた幽香を見て藍と札が幽香の動いた先へと飛ぶ方向を修正する。
ちゃきっ、と爪を構え幽香に一撃を加える為に更に加速する。

(もらった!!)

藍の爪が幽香を裂く為に到達する前、逃げる幽香を追っていった札が幽香に到達する前に。
ひゅるるる、と何かが旋回する音がした。
先程放たれた、二つの向日葵の形をした幽香の妖力の結晶が藍の背中に突き刺さる。

「…!!」

予期せぬ痛みに藍の集中が途切れ札が効力を失い地に落ち、藍の爪による攻撃の手も止まり、藍は幽香の目前で隙を曝け出す。
それを見た幽香はにこりと微笑むと、畳んだ傘を大きく振り被り―――藍に強烈な一撃を加えた。
ごしゃ、と強烈な打撃音。それと同時に盛大に吹き飛ばされる藍。
受身を取る余裕も無く、地面に激突する。

「…がはっ!!」

打撃による痛みがやって来た。
予想外の痛みにより、大きな隙が出来た所にあの強烈な一撃。
藍は確実に大きなダメージを受けていた。
だがそれでもこんな所で寝ている訳にはいかない。

(早く起き上がらないとあいつの追撃が―――。)

そう思っている矢先に、上空からエネルギーが収束する音が聞こえてきた。

(この音は、以前聞き覚えのある音…っ!まさか!?)

危機感を覚えた藍は起き上がりつつ懐に手を入れ、一枚のスペルカードを取り出す。
そして起き上がった藍が見たのは、傘をこちらに向け微笑む幽香。
傘の先端に集中する凄まじいエネルギーの渦だった。

「…ッ!『プリンセス天狐 -Illusion-』!!」

それを見た藍は急いでスペルカード名を唱え、スペルカードを発動させる。
次の瞬間。藍が居た場所に光の魔砲「マスタースパーク」が盛大に照射されていた。
その凄まじいまでの破壊力は大地を震わせ、照射した地を完全に破壊し尽くす。
光の魔砲の照射が収まり、視界が明ける頃にはそこにあった物が跡形も無くなっていた。そして、照射の中心に居たはずの藍の姿も無い。
上空からその光景を見下ろす幽香。

(変ね、アレほどの力の持ち主ならこれだけでは消滅しないはず…)

てっきり、プスプスと焼け焦げダウンしている藍の姿が現れると予想していた幽香はこの事実を不思議に思っていた。
―――まだ戦いは終わっていない。
そう予感した幽香は何らかの危機感を覚え、バッと後ろを振り向く。
すると、何処から放たれたのかクナイ状の弾が目前まで迫っていた。

「…ちっ!!」

短く舌打ちしながら回避運動を取る幽香。
身体ギリギリの所をクナイ弾が通っていく。
クナイ弾が飛んできた方向を見据える幽香。
その視線の先には―――やはり藍が居た。

「…外したか」

藍が忌々しげに呟く。
幽香の放った技…マスタースパークには、一撃必殺の破壊力がある代わりに放った後の隙が大きいと言う欠点がある。
そこを突いたはずが、幽香の鋭い勘により避けられてしまったのだ。
起死回生の一撃のつもりだったのだが、こうして避けられてしまっては仕方が無い。

「驚いたわ。まさかあの体勢から私の魔砲…ああ、マスタースパークって呼ばれてるんだっけ。誰かさんの所為で」

幽香が暢気に喋る。

「マスタースパーク…あの黒い魔法使いの技だとばかり思っていたがな」

まさかこの相手が使うとは思わなかった藍。
お陰で奥の手のテレポートを使う羽目になってしまった。

「あら、元は私の技よ。それをあの子が改良を加えて使ってるみたいだけど…」
(なるほど、道理で)

納得した。
元は私の技、と言うだけあって幽香のマスタースパークの破壊力は依然自分が目にした黒い魔法使い、魔理沙の物以上の物だった。
避けれていなかったら今頃、自分は見事黒焦げになっていたに違いない、と藍は少し身震いを覚えた。

「…だが、どんな強力な攻撃だろうと当たらなければ意味が無い!」

藍は再び戦闘態勢を取ると叫ぶ。

「そうね。確かにそうだけど、テレポートで回避されるとは思っていなかったもの。だけど…次は当てるわ」

幽香も再び傘を構える。

(…このままやりあっていては、マスタースパークを撃たれなくても自分は負けてしまう)

強気に叫んではみたが、そう。
先程の大打撃のダメージが藍にはある。また弾幕勝負に持ち込んでも今度は押されてしまうだろう。

(仕方が無い…とっておきの奥の手を使わせてもらう!)

そう決心した藍は懐から一枚のスペルカードを取り出す。

「む」

幽香がそれを見て用心する。

「行くぞ!『飛翔役小角』!!」

スペルカード名を叫んだ藍の様子が変わった。

(これは…もしや)

幽香はついさっき、橙と戦った時に似た光景を見たのを思い出した。
藍が動き出す。こちらに向かって物凄い速度で突っ込んで来た。
急な出来事とあまりの速さに幽香の反応が遅れる。咄嗟に傘を開き防御しようとするが…
がきぃん、と言う音と共に傘でのガードが開かされてしまった。
藍が爪で幽香の傘を薙いだのだ。そしてそのままガードが開いた幽香の身体に蹴りを放つ。

「…ぐっ!!」

蹴り飛ばされ、後退する幽香。
幽香に蹴りを入れた藍は、そのまま勢いに乗り高速で幽香の周りを駆け巡り出した。

(間違いない…このスペルカードは、橙の飛翔毘沙門天と同じ、自己強化の系統!)

自分を撹乱しようと動き回る藍の動きを目で追いながら、幽香は分析する。

(怪我をしているはずなのに先程よりパワーとスピードが増している…これは厄介ね)

橙の時は力量に大きな差があった為、能力を強化されようと余裕を持って相手に出来た。
しかし、自分と近い力を持つ藍の場合、能力を強化されると非常に厄介である。
先程まで対応できた攻撃に、対応が出来なくなるのだ。
そんな分析をしている間に、藍が次々と攻撃を仕掛けて来た。
今度はガードし損じない様、しっかりと傘を握り締め次々と怒涛の勢いで繰り出される藍の攻撃を流し、防ぎ、避ける。
きぃん、きぃんと何度も何度も傘と爪がぶつかり合う音がする。
やがて徐々に金属音の鳴り響くペースが上がっていく。

(くっ!どんどん速くなってきている!)

必死にガードを続ける幽香。

(このままではまずい!何とか距離を取らなければ…!)

そう思った幽香は攻撃を受けつつ後退して行く。
そして藍の攻撃が一番軽くなった時…

(…今っ!!)

藍の攻撃を何とか弾き飛ばし、その隙に一気に距離を取ろうと地上へと滑空する。
しかし、スペルカードにより強化されている藍のスピードは尋常ではなかった。
下がる幽香を一気に追いかける藍。このままでは距離を取り切れない。

(ならば!)

幽香は咄嗟に植物の種を作り出し、地面に仕掛ける。
藍がそこに突っ込んできた。発動する幽香のトラップ。
橙を拘束した物と同じ蔓がしゅるしゅると伸び、藍を絡め取る。

(こいつ相手ではこの程度の物じゃ少しの間しか拘束はできないだろうけど…)

幽香の予想通り、あっという間に蔓の拘束を振り払う藍。

「これだけの時間があれば…十分よ!!」

幽香が叫ぶ。藍がそちらを向く。
傘を広げ、妖力のチャージを大体完了させ今にもマスタースパークを撃とうとしている幽香の姿があった。
それを見た藍は…

(よし!これで…私の勝ちだ!!)

勝機を得たのを確信していた。藍は幽香にマスタースパークを撃たせようと今まで動いていたのだ。
藍のこの強化は何時までも続く物ではない。
幽香にずっと防御を徹底されていたら、何時か解けてしまいそのまま押し負けていただろう。
しかし、幽香は痺れを切らし攻勢に転じマスタースパークを撃とうとしている。
通常ならこのまま撃たれれば直撃してしまい、敗北が確定してしまうであろう。

(だが…私には、コレがある!!)

藍が先程も使用したスペルカードを取り出す。『プリンセス天狐 -Illusion-』。
これを用い、マスタースパークを避ければその後の隙を強化されている今の状態なら確実に突ける!

(さあ…撃って来い!)

完全にチャージが終わった様だ。幽香の傘の先からまた光の魔砲が迸る!!

(―――今だっ!!!)
「『プリンセス天狐 -Illusion-』!!」

ひゅんっ、と藍がテレポートする。
幽香のマスタースパークが放たれている最中の地点を離脱し、そこから少し離れたマスタースパークの及ばない地点へ。

「避けたぞ!これで、私の勝―――」

そう声高らかに宣言し掛けた時、藍は信じられない物を見た。
マスタースパークを放つ幽香の隣に、もう一人の幽香。
そのもう一人の幽香が、こちらにマスタースパークのチャージを完了させた傘を向けているのだ。

「そん、な…バカな!!もう一度テレポートを…」

しようとするが、間に合わない。少しだけあのスペルカードには、使用前の溜めがあった。

「…言ったでしょう?次は当てる、って」

分身しているもう一人の幽香がにこやかに微笑んで、そう言った。

「貴方は確かに、なかなかの強敵だったわ」

幽香がそう言葉を続けた次の瞬間、二人目の幽香の傘からマスタースパークが放たれた。


D o u b l e S p a r k ! !


分身した幽香の放った光の奔流が藍を包み込み―――。

「う、あぁああああぁあぁあぁーっ!!」

悲鳴をあげながら、何処かへと吹き飛ばされる藍…。

「よしっ!私の完勝ね!」

それを見て幽香がガッツポーズを取り、ばったりと寝そべる。

(楽しい相手だったわね…今の子)

満足そうに微笑み、目を閉じる幽香。

=====

…そして、数刻が経過した。

「さ…ってと」

寝そべっていた幽香が身を起こす。
藍との激闘の後の疲れを癒す為に少しだけ横になっていたのであった。
…この後に続く、更なる激闘の為に。

「そろそろ、メインディッシュを頂きに参るとしますか~」

そう言うと幽香はふわり、と宙に浮くと先程の大きな屋敷へと向かって飛び去った。
藍の主、八雲紫と戦う為に。

「…ぐ…」

幽香が飛び去った後、陰から誰かが這い出てくる。…ボロボロになった藍であった。
近くの木に手をかけ、何とか起き上がるが今にも倒れそうな姿だ。

「……あんなのを紫様の、元へ……」

ぐぐっ、と足に必死に力を込め。

「行かせる訳には…いか、ない!!」

そう叫ぶと藍が残された僅かな力で飛び去った。

ふわり、ふわりとゆっくりと飛ぶ幽香。

(…に、してもあの子。なかなか強かったわねえ)

先程までの藍との激闘に少しだけ思いを馳せる。

(式神でアレなんだから…その主、どれだけ強いのかしらね。楽しみだわ!)

そう思いつつ、少しだけ飛ぶ速度を速める幽香。

しばらくの空の散歩を楽しんだ後、幽香は目的の場所へと辿り着いた。

「さぁて…行くとしますか!メインディッシュ!」

気合を入れ、屋敷の前に降り立つ。
と、何かが視界に入った。…先程打ち負かしたはずの藍であった。
ぜいぜいと息をしながら、屋敷の壁に寄りかかりこちらを見ている。

「やめておけ…紫様は、今は睡眠中だ…」

喋るのも辛そうな様子で藍が話し掛けてくる。

「睡眠中?知らないわよそんなの。私は今戦いたいの!」

楽しい気分に水を差され、微妙に膨れながら幽香が返答する。

「…睡眠に入った、紫様は…ちょっとやそっとの事では起きない…」
「なら、超絶的な力で叩き起こすだけよ。起きないって言ったって、マスタースパークを浴びせてやれば流石に起きるでしょう?」

それを聞いた藍の表情が変わる。

「そう言うと…思った。そんな奴を主人に会わせる訳には…いかない!」

喋り終わると、藍は懐から札を取り出し、屋敷に向かい放り投げた。
すると…空間が歪み始め、屋敷が丸ごと急に姿を消してしまった。

「ちょ…ちょっと!貴方、何したの!?」

幽香が焦り、藍に駆け寄り問い詰める。

「…私のテレポートのスペルカードの応用で、屋敷を別の空間へと…飛ばした。これでお前は紫様に会う事は…出来ない」

この空間転移の術は、主人が得意とする物。
藍もそれを習い、習得したのだ。最も、主人の様に自由自在に使いこなすと言う訳にはいかないのだが。
それを聞いた幽香の表情が一変する。

「な…んですってぇ…!!」

ぎりぎりと歯を噛み締め、藍を睨み付ける。脆弱な生物なら、睨まれただけで恐ろしさのあまり死に至りそうな程の眼光だ。

「よくも…よくも余計な真似を!私のメインディッシュ…ご馳走をどっかにやっちゃうだなんて!!許せない!許せないわ!!」

相当頭に来ている様子で、地団駄を踏みまくる幽香。
そして、一通り地団駄を踏み終えると冷徹な目で藍をきっ、と睨み付ける。

「…これは、おしおきが必要ね。貴方、主人の代わりにもう一回私のストレス発散に付き合ってもらうわよ…」

そう言うと傘を握り締める幽香。

「な、何を…」

藍が抗議の声をあげようとする。が、幽香がそれを許さなかった。
びしぃーっ、と殴打の音が辺りに響き渡る。

「い、いったぁーい!!」

藍が傘でぶたれたのだ。

「ええいっ、教育的指導ぉーっ!!」

びし、びしと手を休めることなく傘で藍のことをぶつ幽香。

「なんで私があんたに教育されなきゃいけないのよぉーっ!」

藍が泣き声をあげる、が異論は許さない、と言った感じで更に体罰を加える幽香。

「あんたが私の楽しみを奪うと言うとてもイケナイ事をしたからよ!本当なら死刑に値するけど…さっき私を楽しませた分だけ軽くして、傘打ちの刑で勘弁してあげるわ!
さ、まだまだ行くわよ~…?」

幽香の目がきらり、と光った気がした。

「い…いやぁ…もういやぁーっ!!」

先程散々戦って、自分がボロボロにした後だと言うのに容赦のないこの仕打ち。幽香は本当に怒らせると怖い妖怪である。
そんな幽香の怒りを買った藍の、哀れな悲鳴がマヨヒガに木霊した…。

=====

そして、更に時が過ぎた。

「ったく…もう、まだ頭に来てるわ!」

あの後も散々藍をびしりびしりと傘で叩いた幽香は、まだぷりぷりしながら空を飛んでいた。
屋敷が飛ばされてしまい、戦う相手の居なくなった幽香はもうそろそろ日が暮れるし、自分の寝床の花畑へと戻る所であった。

「それにしても…あーっ、んもう!!」

幽香は飛びながらもまだ怒っている。
逃がした獲物の大きさを未だに悔やんでいるのだ。
アレだけの妖獣を式として従える妖怪。そんな大物には滅多に出会えそうにないのに。
藍の施した空間転移は相当高度な物で、今の幽香ではとても追いかけられそうな物ではなかったのだ。
散々ぶっ叩いても藍は決して元に戻そうとしないし。
兎にも角にも、いくら悔やんでも悔やみ足りない。
藍との戦いを、かなり楽しんだはずなのに心に霞みがかかったかのようにすっきりとしない気分の幽香であった。

=====

その頃。マヨヒガにて。

「はぁ…やっと抜け出せた。あいつめぇっ!」

幽香に蔓で縛られ、そのまま放っておかれた橙であった。
今頃蔓の束縛を抜け出し、自分の主人の身を案じ自分の主人の主人が眠る屋敷があるはずの場所へと飛んでいた。

「藍様…大丈夫かなあ、ひどい目にあわされたりしてないかなあ…」

自分の主、藍はそんじょそこらの妖怪に簡単に負ける相手ではない。
しかし、あの妖怪―――幽香は何だかそこらへんの妖怪とは格が違った。
万が一のこともある。そう思った橙は更に飛ぶ速度を速めた。
そして、屋敷がある辺りの場所へと辿り着くと…。

「ら、藍様ぁ!!」

ぽつん、と襤褸切れの様に一人広大な荒野に取り残されるかの様に転がっている藍が居た。

「藍様!大丈夫ですか、藍様!…うわっ」

藍を見つけた橙が地上に降り立ち、藍の身体を抱え起こす。
が、余りの事に思わず声が出てしまう程の有様であった。

「ち…橙、か」

抱え起こされた藍が目を覚ます。

「藍様…あいつに負けちゃって、それでこんな目にあわせられちゃったんですね…」

橙が悲しそうに呟く。

「ああ、確かに私は負けてしまった…が、紫様だけは守り通す事が出来たぞ…」

そう言いながら屋敷のあった場所を指差す。

「そうですか…それは良かった…でも、何をどうされたらそんな事に…」
「そ、それは…あ、あいつ…屋敷を飛ばされた事に怒って…」

藍は、今までの事を沈痛な趣で話した。

「まるであいつ、紫様が私を叱る時の様に傘でばしばしって…」

あの時の事を思い出し、しくしくと泣く藍。
紫も藍が何か粗相をすると、ああして傘で叩いて「教育」などと言うのだ。
幽香のやった事はそれにあまりにもそっくりで、思わず怒った時の主人を思い出してしまう程怖かった。

(…それにしても)

藍があの時の事を思い出しながら思案する。

(あの妖怪、やはり何処となく紫様に似ていた様な気がする。
傘を使う所、あの傍若無人な振る舞い…そして何より、あの笑顔。
紫様にそっくりの、上品に見えてそれで居て且他人を圧倒する笑顔…)

幽香の笑顔を思い出し、ぶるるっと身震いする藍。

「…あ、そういえば」

橙が何かを思い出したかの様だ。

「?、どうした橙」

藍が訝しげに橙に尋ねる。

「藍様、負けちゃったってことは紫様の式の力、使わなかったんですね?」
「…う!」

藍がびくり、とした。
藍は紫の組み立てた式の通りに動く事で紫並の力を発揮する事が出来る。
しかし藍は紫の式の力を使う事をあまり好んでいなかった。
私は紫様の力の恩恵なしでも戦える、という自らが式とは言えど大妖怪であるというプライドがあったからだ。
先程の幽香との戦いでは自分の力だけで勝てると踏み、使わずに挑み…そして負けてしまった。
前も一度、ある人間と戦った時に紫の式の力を使わずに負け、それでこっぴどく紫に叱られた事がある。
…そう、傘でばしばしと叩かれながら。

「多分紫様、また怒りますよ…」

橙が言う。言われなくても分かっている。
あのお方は厳しいお方。前にこの件で叱られた時「次に戦うときは絶対に私の言う事を聞いて戦う事」と言っていた。
今回は命令違反をした様な物だから、決して許してくれそうもない。
紫様が起きたら、まず今回の侵入者についての件の報告をしなければなるまい。
その時、きっとお怒りになって…。

「い、いやぁー!傘はもう、いやぁぁぁぁー!!」

藍のトラウマっ気たっぷりの叫び声が、マヨヒガに響き渡った…。
どうも、CielArcです。
前作の幽香vsもこたんから1年ぐらいが経過しちゃいました。
まあ、stage1とかstage2って書いてあるけど実質1話完結物っぽい感じなので、許してください。
さて、幽香のお相手の二人目は最強の妖獣こと、藍様です。
やたら酷い目にあってますが、ごめんなさい。ノリで書いてしまいました。

次も書く予定(と、言うかstage6+αを書くつもり)ですので、もしよろしければこれからもよろしくお願いします。
では。
CielArc
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