今日もヴアル図書館は平和だった。
騒動の大本である霧雨魔理沙がアリス=マーガトロイドの執拗なストーキングにより、
体調を崩して今巫女と温泉旅行中だからだ。無論その日からアリスの消息も不明になった。
パチュリーは本棚を軽く整理すると、小悪魔に声をかけた後図書館を出た。
「う~寒い。私も温泉に行きたいけど…。へーちょ…。むぅ。」
ここ最近寒くてしょうがない。運動でもすれば温まるのだろうが、
生憎彼女の身体は運動に全くといっていいほど適していない。
パチュリーには魔理沙のように引き締まったスポーティーな身体も
アリスのように身体能力を超越する程の妄想力は存在しない。
言い方が悪いが引き篭もり独特の白い肌と、運動不足でやせ細った手足の、
虚弱少女だ。まぁ世の中にはそういった少女の持つ
被虐的な姿に興奮する男女も存在するとこの前図書館に入荷した
「倒錯した萌えと私の人生(十六夜咲夜著)」に書いてあった。
さてと、たまには日光にでも当たるか。そう思ったパチュリーは裏庭に出ようとしたが、
その途中、廊下でぴたりと足を止めた。
裏庭には二羽ニワトリが居るはずだ。ずいぶん前に咲夜が、
「お嬢様と玉子プレ…いえ、お嬢様に新鮮な玉子を食べて頂くために
ニワトリを二羽程庭で飼育を始めたのです。」
と言っていた。
彼女のレミリアに向けられた倒錯した変態的な愛のオーラから考えるに、
ニワトリ観察をダシにレミリアを庭に連れて行って、
=少女想像中=
「わっ!わっ!咲夜ニワトリって可愛いわね!」
そう言ってニコニコ笑って庭を駆け回るニワトリを追いかけるレミリア。
その光景を心の中では激しく興奮しながらも、その素振りすら見せず、
微笑を浮かべて眺める咲夜。
「お嬢様、そのニワトリ達がお嬢様に毎朝新鮮な玉子を提供してくれるはずです。」
その言葉を聞いて、レミリアはにっこり笑ってニワトリを抱きしめて、
ニワトリのふっくらとした羽毛に覆われた身体に頬ずりをした。
「ありがとうニワトリさん!」
その光景をまず心に刻み、文の家から強奪してきた小型の撮影器具で盗撮しながら咲夜はこう思った。
ニワトリと代わりてぇ…
=少女想像終了=
ということをやっている可能性がある。止めておこう。真昼間でも危険、むしろ昼間は夜よりも危険だ。
昼間はレミリアは日傘が無ければ外に出られない。その日傘を咲夜が持ってしまえば
レミリアは咲夜にくっついて歩かざるを得ない。
咲夜がそんな美味しい状況をむざむざ放棄するわけが無い。
「まぁ…たまには館の外でも散歩しましょ。魔理沙とデートする時の予行練習だと思えば。」
そう自分に言い聞かせながらパチュリーは正門の方向へ廊下を進んでいった。
パチュリーはとりあえず湖の周りを散策する事にした。この季節は空も綺麗で水の美しさが映える。
彼女は白い息を吐きながら湖に魔力の篭った小石を投げたり、地面に生えた綺麗な花を押し花用に回収したりしていた。
すると風に乗って何か異質な音がした。例えるなら、まるで子供が無く声。
「なにかしら?」
パチュリーはロイアルフレアを注入した小石を振りかぶった体勢で音の発生源に顔を向けた。
また音がした。
パチュリーが変な体勢でその音を聞いていると、上から笑い声。パチュリーが視線を移すと
おなかを抱えてこちら指差して笑っているチルノがいた。
パチュリーはしばらく考えると、小石をチルノにゆっくり投げつけた後、音の発生源の方向へ向った。
背後で、
「こんな小石で最強の私が撃墜されるはずぁあああきゃぁあああああああああああ!」
という絹を裂くような少女の悲鳴が聞こえたが、パチュリーには一切関係の無いことだった。
音の発生源にたどり着いたパチュリーは、音の発生源を見てちょっと頬が緩んだ。
黒い子猫。捨てられたのか親とはぐれたのか、小さな子猫が鳴いていたのだ。
「あらあら…。黒い子猫だなんて不吉ね。」
そう言いつつもパチュリーは子猫の前に座り込み、子猫の様子を見た。
しばらく放置されていたのか、猫は寒さに震え、身体も痩せ細っていた。
子猫の瞳がパチュリーの視線を捉える、つぶらなウルウルした金色の瞳。
魅了「キャットアイ」
パチュリーの頭にそんな名前が浮かび、
彼女はそのスペルに敗北した。
とりあえず自分の薄い胸に子猫を押し込み、エセ巨乳になったパチュリーは、
こっそりヴアル図書館の一角にタオルケットを敷き、子猫を寝かせた。
さて問題は食料だ。パチュリーは立ち上がると食堂へ向った。
廊下をてくてく歩くと、レミリアと咲夜が歩いて来た。
「あら、レミリア。御機嫌よう。」
「パチュリーも珍しく元気そうね。何か良いことあった?」
「別に。」
パチュリーは咲夜にも挨拶をすると、何事も無くすれ違った。
すれ違う時レミリアがニワトリ臭かった。
今度咲夜に秘蔵のレミリアの白スクール水着の写真を見せてみよう。
そうすれば図書館の本がもっともっと増えるだろう。
パチュリーはレミリアのセクシー写真の現像方法を考えながら食堂に向っていった。
目の前には巨大な冷蔵庫。パチュリーはミルクをゲットするべくその扉を開けた。
シュバッ!
パチュリーの帽子が冷蔵庫から飛び出した鈍器に跳ね飛ばされた。
危なかった。丁度美鈴の顔面にクリティカルヒットするくらいの高さだ。
パチュリーはミルクを持って来た瓶に詰めた。
「他には…そう食べ物ね…。」
猫の食べられそうなもの…魚か…。
そう思いついたパチュリーは魚が保存されている引き出しを開いた。
シュバッ!
紙一重だった。丁度しゃがんだ美鈴の顔面にクリーンヒットする高さに鈍器が飛び出してきた。
しかしパチュリーは髪の毛にかすっただけだ。
魚介類の保存されているスペースから冷凍マグロの切り身をゲットしたパチュリーは
ついに栄養のありそうなものを獲得するべくお菓子の貯蔵されている戸棚に向った。
とりあえず戸棚を開ける前にちょっとしゃがんだパチュリーは一気に戸棚を開けた。
ズドン!
これは強力だ。パチュリーの頭上を槍のような大きさの矢が突っ切っていった。
丁度美鈴位の身長の者の心臓を貫く高さだ。
「金平糖に…チョコレート…あ、これはおいしいから私が個人的に…。」
そう言って金平糖とチョコレート、そしてクッキーを拝借したパチュリーは、
とりあえず獲得したものを胸に詰めた。
「あふっ」
冷凍マグロが素肌に当たってちょっと悶えたパチュリーだったが、なんとか全て詰め終わり、
ヴアル図書館への帰路についた。ちなみに途中でメイド達にヒソヒソ何か言われていたが、
パチュリーは気にしなかった。
その後もパチュリーは食堂に忍び込んでは、ミルクと魚介類とチョコレートを拝借し、
子猫に与え続けた。猫は順調に回復し、パチュリーもこの子猫を飼おうと考えていた。
その日は朝から暖かい日だった。ここ最近の日課になっていた、子猫へおやつのチョコレートを与えるために
パチュリーは子猫の元に向った。子猫はそっぽを向いて眠ったままパチュリーが近づいても反応しない。
普段ならパチュリーの足音を聞いただけで嬉しそうに鳴き、擦り寄ってくるのに。
パチュリーは不審に思いながらも、さらにチョコレートを数欠片置き、子猫の前に差し出した。
反応無し。
パチュリーはここで恐る恐る子猫に触れてみた。ひんやりとした無機質な感触がそこにあった。
「なんで?昨日まで元気だったじゃない?」
パチュリーは首をかしげた。今度は子猫の身体を抱き上げる。糸の切れたマリオネットのように力を失い、
生きている兆候を全く見せない子猫。パチュリーは子猫に話しかける。
「あんなに元気だったじゃない…。おかしいわね…。おかしわね…。どうしてなの?教えて。
寒かったの?腐った食べ物でも食べたの?」
子猫を布団に寝かせたパチュリーは微笑みながら子猫に語りかける。
「名前だって、決めてたのに。今日、レミリアに貴方の事を言おうと思ったのに。」
パチュリーはずっと子猫に話しかけ続けた。
「魔理沙ぁ!やっと見つけた!」
「ひぃいいいいいいいい!」
霧雨魔理沙は全泣きで恐怖に震えながら飛んでいた。後ろにはケタケタ笑いながら包丁片手に追いかけてくるアリス。
「まってよ~~~~~!」
「く…くるなぁあああああああああああ!」
魔理沙はヴアル図書館に逃げ込んだ。アリスに気付かれる前に隠れなければ。
魔理沙は大急ぎで図書館の隅にやって来た。
「ふぅ…ここまで来れば…。お?」
魔理沙の視線の先には部屋の隅にしゃがみ込んでブツブツ言っているパチュリー。
魔理沙はとりあえずパチュリーに近づいた。
「なにやってんだパチュリー?」
後ろから誰かに声をかけられた。振り向いたパチュリーの視線の先には、苦笑いしている魔理沙。
「魔理沙。どうしたの?」
魔理沙はバツが悪そうに頭を掻くと頭を下げた。
「いやはや、アリスに追いかけられてな、少しだけ隠れさせて欲しい…って。猫か?」
魔理沙は子猫に気付くと、その頭を撫でた。しばらく撫でると慌てて手を引っ込めた。
「ああ…その…すまん。」
居心地が悪そうにそう言った魔理沙にパチュリーは首を横に振った。
「いいの、私も…驚いて…。」
悲しみを押し殺して微笑むパチュリー。魔理沙はその笑顔を直視できなかった。
痛々しすぎたのだ。そしてその逸らした視線が、小皿に盛られたチョコレートを捉えた。
「おい、パチュリー。そのチョコレートはお前のおやつか?」
パチュリーは首を横に振る。
「この子のおやつよ。この子チョコレートが好きでね…一杯一杯食べてくれたの…。」
それを聞いて、魔理沙は悔しそうに歯軋りをした。
「パチュリー。」
魔理沙は突然パチュリーを後ろから抱きしめた。そしてゆっくりと言葉を選ぶようにパチュリーに言った。
「チョコレート中毒って知ってるか?チョコレートに含まれるテオブロミンって物質が…猫や犬には致命的らしいぜ…。
しかも…お前の話だと…すごく食べたんだろ?多分…原因は…。」
パチュリーは最初魔理沙が何と言ったか理解できなかった。そして数秒後。叫んだ。
「うわぁあああああああああああああああああああああああ!」
全身を、手足を力の限り動かした、魔理沙はそれを抱きしめて必死に抑える。
「うわああああああ放して!放して!」
パチュリーが普段からは考えられないような力で魔理沙を振りほどき、自分の頭を戸棚に力の限り叩きつけた。
鈍い音と共に、彼女の額から血が流れ出す。
「パチュリー!止めろ!」
魔理沙が必死にパチュリーを抑える。パチュリーは獣の様に暴れ、天を仰いで声の限り叫んだ。
「うあああああああ!なんで!なんでよ!ゲブォゲボエホゲボゲボボバッ!」
発作だ。パチュリーの呼吸器官が悲鳴を上げ始めた。しかしパチュリーは発作を起こしながらも叫び続けた。
数分後、発作に倒れて激しく咳をするパチュリーと、全身に引っかき傷と噛み傷だらけで、
沈痛な表情でパチュリーを看病する魔理沙の姿があった。
「庭ですか?庭には二羽ニワトリが居ますから気をつけてくださいね?」
咲夜のその言葉も耳に入らなかった。パチュリーは布に包んだ子猫の亡骸を胸に抱いて、
裏庭にやって来た。
「魔理沙。」
先にやって来て穴を掘っていた魔理沙が頷く。パチュリーは子猫の亡骸をその穴に埋め、小さな墓を作った。
「ねぇ魔理沙。」
「ん?」
「この子は私に拾われなかったら、もっと幸せになっていたのかもしれないのよね。」
パチュリーの血を吐くような声。魔理沙はしばらく黙っていたが、笑って首を横に振った。
「違うと思うぜ?コイツは会うべきしてお前と出会った。コイツはお前と出会えて幸せだった。それだけ。」
「でも…私が…殺し…」
そう言い掛けたパチュリーの言葉を遮るように魔理沙はパチュリーの肩に手を置いた。
「大事なのは生死じゃないぜ。どれだけ他人に愛されていたかだ。
コイツは人生…おっと猫だから猫生かな?その猫生の大半をお前に愛されて暮らしたんだ。
本当に幸せ者だと思うぜ?」
「そう…。」
パチュリーは何時もの落ち着いた声に戻ると立ち上がった。
「そう考えるわ。」
パチュリーは図書館に戻った。魔理沙はいたわるようにその背中にそっと手をそえ、
パチュリーと歩調を合わせて歩き出した。しばらく歩いた後、パチュリーは突然立ち止まり、
魔理沙に抱きついた。そして彼女の胸に顔を埋め、涙を流して嗚咽を漏らした。
静かに、本当に静かにパチュリーは泣いた。
そんな彼女を魔理沙は優しく抱きしめ、何時までも何時までも頭を撫で続けた。
その状況を上空で眺めていたアリスは、両腰に手を当てると、溜息を吐いた。
「ま、今日はしょうがない…か。今日くらいパチュリーに譲ってあげても…。」
アリスはくるりと後ろを振り向くと帰路に着いた。
その途中、湖のど真ん中でプカプカうつ伏せで浮かんでいたチルノを発見して、
とりあえず回収して、意識が無いことを確認するとレティの居るかまくらに投げ込んでおいた。
ヴアル図書館は今日も静かだった。そしてテーブルを囲む三人の少女。
「ほらパチュリーおみやげ。」
そう言ってアリスが差し出したのは、ネコ型のクッキー。
「べ…別にアンタのためじゃないんだけど…魔理沙がどうしてもネコさんクッキー食べたいって言うから…。」
「私はそんなこと言って無いぜ?」
そう言ってニヤニヤ笑う魔理沙。パチュリーもクスクス笑った。
パチュリーはそのクッキーを一つ食べた。シナモン味の香りと高級な砂糖の甘さが、
パチュリーの心を溶かした。
とっても上品で甘いクッキー。幸せを感じる味だ。
パチュリーは心の中で祈った。
あの子が天国でこんなおいしいお菓子を飽きる程食べられるように。
幸せは他人が判断するものではなく自分が判断するもの。
チョコレート中毒で死んだ猫は果たして幸せだったのでしょうか?
それは誰にも分かりません。
ただ、森で朽ち果てるはずだった子猫は、数日間だけですが
魔女の一生懸命な愛と優しさをその身に注がれていました。
最後の時、子猫はなんて思ったのでしょうか。
それは子猫にしか分からないのです。
終わり
騒動の大本である霧雨魔理沙がアリス=マーガトロイドの執拗なストーキングにより、
体調を崩して今巫女と温泉旅行中だからだ。無論その日からアリスの消息も不明になった。
パチュリーは本棚を軽く整理すると、小悪魔に声をかけた後図書館を出た。
「う~寒い。私も温泉に行きたいけど…。へーちょ…。むぅ。」
ここ最近寒くてしょうがない。運動でもすれば温まるのだろうが、
生憎彼女の身体は運動に全くといっていいほど適していない。
パチュリーには魔理沙のように引き締まったスポーティーな身体も
アリスのように身体能力を超越する程の妄想力は存在しない。
言い方が悪いが引き篭もり独特の白い肌と、運動不足でやせ細った手足の、
虚弱少女だ。まぁ世の中にはそういった少女の持つ
被虐的な姿に興奮する男女も存在するとこの前図書館に入荷した
「倒錯した萌えと私の人生(十六夜咲夜著)」に書いてあった。
さてと、たまには日光にでも当たるか。そう思ったパチュリーは裏庭に出ようとしたが、
その途中、廊下でぴたりと足を止めた。
裏庭には二羽ニワトリが居るはずだ。ずいぶん前に咲夜が、
「お嬢様と玉子プレ…いえ、お嬢様に新鮮な玉子を食べて頂くために
ニワトリを二羽程庭で飼育を始めたのです。」
と言っていた。
彼女のレミリアに向けられた倒錯した変態的な愛のオーラから考えるに、
ニワトリ観察をダシにレミリアを庭に連れて行って、
=少女想像中=
「わっ!わっ!咲夜ニワトリって可愛いわね!」
そう言ってニコニコ笑って庭を駆け回るニワトリを追いかけるレミリア。
その光景を心の中では激しく興奮しながらも、その素振りすら見せず、
微笑を浮かべて眺める咲夜。
「お嬢様、そのニワトリ達がお嬢様に毎朝新鮮な玉子を提供してくれるはずです。」
その言葉を聞いて、レミリアはにっこり笑ってニワトリを抱きしめて、
ニワトリのふっくらとした羽毛に覆われた身体に頬ずりをした。
「ありがとうニワトリさん!」
その光景をまず心に刻み、文の家から強奪してきた小型の撮影器具で盗撮しながら咲夜はこう思った。
ニワトリと代わりてぇ…
=少女想像終了=
ということをやっている可能性がある。止めておこう。真昼間でも危険、むしろ昼間は夜よりも危険だ。
昼間はレミリアは日傘が無ければ外に出られない。その日傘を咲夜が持ってしまえば
レミリアは咲夜にくっついて歩かざるを得ない。
咲夜がそんな美味しい状況をむざむざ放棄するわけが無い。
「まぁ…たまには館の外でも散歩しましょ。魔理沙とデートする時の予行練習だと思えば。」
そう自分に言い聞かせながらパチュリーは正門の方向へ廊下を進んでいった。
パチュリーはとりあえず湖の周りを散策する事にした。この季節は空も綺麗で水の美しさが映える。
彼女は白い息を吐きながら湖に魔力の篭った小石を投げたり、地面に生えた綺麗な花を押し花用に回収したりしていた。
すると風に乗って何か異質な音がした。例えるなら、まるで子供が無く声。
「なにかしら?」
パチュリーはロイアルフレアを注入した小石を振りかぶった体勢で音の発生源に顔を向けた。
また音がした。
パチュリーが変な体勢でその音を聞いていると、上から笑い声。パチュリーが視線を移すと
おなかを抱えてこちら指差して笑っているチルノがいた。
パチュリーはしばらく考えると、小石をチルノにゆっくり投げつけた後、音の発生源の方向へ向った。
背後で、
「こんな小石で最強の私が撃墜されるはずぁあああきゃぁあああああああああああ!」
という絹を裂くような少女の悲鳴が聞こえたが、パチュリーには一切関係の無いことだった。
音の発生源にたどり着いたパチュリーは、音の発生源を見てちょっと頬が緩んだ。
黒い子猫。捨てられたのか親とはぐれたのか、小さな子猫が鳴いていたのだ。
「あらあら…。黒い子猫だなんて不吉ね。」
そう言いつつもパチュリーは子猫の前に座り込み、子猫の様子を見た。
しばらく放置されていたのか、猫は寒さに震え、身体も痩せ細っていた。
子猫の瞳がパチュリーの視線を捉える、つぶらなウルウルした金色の瞳。
魅了「キャットアイ」
パチュリーの頭にそんな名前が浮かび、
彼女はそのスペルに敗北した。
とりあえず自分の薄い胸に子猫を押し込み、エセ巨乳になったパチュリーは、
こっそりヴアル図書館の一角にタオルケットを敷き、子猫を寝かせた。
さて問題は食料だ。パチュリーは立ち上がると食堂へ向った。
廊下をてくてく歩くと、レミリアと咲夜が歩いて来た。
「あら、レミリア。御機嫌よう。」
「パチュリーも珍しく元気そうね。何か良いことあった?」
「別に。」
パチュリーは咲夜にも挨拶をすると、何事も無くすれ違った。
すれ違う時レミリアがニワトリ臭かった。
今度咲夜に秘蔵のレミリアの白スクール水着の写真を見せてみよう。
そうすれば図書館の本がもっともっと増えるだろう。
パチュリーはレミリアのセクシー写真の現像方法を考えながら食堂に向っていった。
目の前には巨大な冷蔵庫。パチュリーはミルクをゲットするべくその扉を開けた。
シュバッ!
パチュリーの帽子が冷蔵庫から飛び出した鈍器に跳ね飛ばされた。
危なかった。丁度美鈴の顔面にクリティカルヒットするくらいの高さだ。
パチュリーはミルクを持って来た瓶に詰めた。
「他には…そう食べ物ね…。」
猫の食べられそうなもの…魚か…。
そう思いついたパチュリーは魚が保存されている引き出しを開いた。
シュバッ!
紙一重だった。丁度しゃがんだ美鈴の顔面にクリーンヒットする高さに鈍器が飛び出してきた。
しかしパチュリーは髪の毛にかすっただけだ。
魚介類の保存されているスペースから冷凍マグロの切り身をゲットしたパチュリーは
ついに栄養のありそうなものを獲得するべくお菓子の貯蔵されている戸棚に向った。
とりあえず戸棚を開ける前にちょっとしゃがんだパチュリーは一気に戸棚を開けた。
ズドン!
これは強力だ。パチュリーの頭上を槍のような大きさの矢が突っ切っていった。
丁度美鈴位の身長の者の心臓を貫く高さだ。
「金平糖に…チョコレート…あ、これはおいしいから私が個人的に…。」
そう言って金平糖とチョコレート、そしてクッキーを拝借したパチュリーは、
とりあえず獲得したものを胸に詰めた。
「あふっ」
冷凍マグロが素肌に当たってちょっと悶えたパチュリーだったが、なんとか全て詰め終わり、
ヴアル図書館への帰路についた。ちなみに途中でメイド達にヒソヒソ何か言われていたが、
パチュリーは気にしなかった。
その後もパチュリーは食堂に忍び込んでは、ミルクと魚介類とチョコレートを拝借し、
子猫に与え続けた。猫は順調に回復し、パチュリーもこの子猫を飼おうと考えていた。
その日は朝から暖かい日だった。ここ最近の日課になっていた、子猫へおやつのチョコレートを与えるために
パチュリーは子猫の元に向った。子猫はそっぽを向いて眠ったままパチュリーが近づいても反応しない。
普段ならパチュリーの足音を聞いただけで嬉しそうに鳴き、擦り寄ってくるのに。
パチュリーは不審に思いながらも、さらにチョコレートを数欠片置き、子猫の前に差し出した。
反応無し。
パチュリーはここで恐る恐る子猫に触れてみた。ひんやりとした無機質な感触がそこにあった。
「なんで?昨日まで元気だったじゃない?」
パチュリーは首をかしげた。今度は子猫の身体を抱き上げる。糸の切れたマリオネットのように力を失い、
生きている兆候を全く見せない子猫。パチュリーは子猫に話しかける。
「あんなに元気だったじゃない…。おかしいわね…。おかしわね…。どうしてなの?教えて。
寒かったの?腐った食べ物でも食べたの?」
子猫を布団に寝かせたパチュリーは微笑みながら子猫に語りかける。
「名前だって、決めてたのに。今日、レミリアに貴方の事を言おうと思ったのに。」
パチュリーはずっと子猫に話しかけ続けた。
「魔理沙ぁ!やっと見つけた!」
「ひぃいいいいいいいい!」
霧雨魔理沙は全泣きで恐怖に震えながら飛んでいた。後ろにはケタケタ笑いながら包丁片手に追いかけてくるアリス。
「まってよ~~~~~!」
「く…くるなぁあああああああああああ!」
魔理沙はヴアル図書館に逃げ込んだ。アリスに気付かれる前に隠れなければ。
魔理沙は大急ぎで図書館の隅にやって来た。
「ふぅ…ここまで来れば…。お?」
魔理沙の視線の先には部屋の隅にしゃがみ込んでブツブツ言っているパチュリー。
魔理沙はとりあえずパチュリーに近づいた。
「なにやってんだパチュリー?」
後ろから誰かに声をかけられた。振り向いたパチュリーの視線の先には、苦笑いしている魔理沙。
「魔理沙。どうしたの?」
魔理沙はバツが悪そうに頭を掻くと頭を下げた。
「いやはや、アリスに追いかけられてな、少しだけ隠れさせて欲しい…って。猫か?」
魔理沙は子猫に気付くと、その頭を撫でた。しばらく撫でると慌てて手を引っ込めた。
「ああ…その…すまん。」
居心地が悪そうにそう言った魔理沙にパチュリーは首を横に振った。
「いいの、私も…驚いて…。」
悲しみを押し殺して微笑むパチュリー。魔理沙はその笑顔を直視できなかった。
痛々しすぎたのだ。そしてその逸らした視線が、小皿に盛られたチョコレートを捉えた。
「おい、パチュリー。そのチョコレートはお前のおやつか?」
パチュリーは首を横に振る。
「この子のおやつよ。この子チョコレートが好きでね…一杯一杯食べてくれたの…。」
それを聞いて、魔理沙は悔しそうに歯軋りをした。
「パチュリー。」
魔理沙は突然パチュリーを後ろから抱きしめた。そしてゆっくりと言葉を選ぶようにパチュリーに言った。
「チョコレート中毒って知ってるか?チョコレートに含まれるテオブロミンって物質が…猫や犬には致命的らしいぜ…。
しかも…お前の話だと…すごく食べたんだろ?多分…原因は…。」
パチュリーは最初魔理沙が何と言ったか理解できなかった。そして数秒後。叫んだ。
「うわぁあああああああああああああああああああああああ!」
全身を、手足を力の限り動かした、魔理沙はそれを抱きしめて必死に抑える。
「うわああああああ放して!放して!」
パチュリーが普段からは考えられないような力で魔理沙を振りほどき、自分の頭を戸棚に力の限り叩きつけた。
鈍い音と共に、彼女の額から血が流れ出す。
「パチュリー!止めろ!」
魔理沙が必死にパチュリーを抑える。パチュリーは獣の様に暴れ、天を仰いで声の限り叫んだ。
「うあああああああ!なんで!なんでよ!ゲブォゲボエホゲボゲボボバッ!」
発作だ。パチュリーの呼吸器官が悲鳴を上げ始めた。しかしパチュリーは発作を起こしながらも叫び続けた。
数分後、発作に倒れて激しく咳をするパチュリーと、全身に引っかき傷と噛み傷だらけで、
沈痛な表情でパチュリーを看病する魔理沙の姿があった。
「庭ですか?庭には二羽ニワトリが居ますから気をつけてくださいね?」
咲夜のその言葉も耳に入らなかった。パチュリーは布に包んだ子猫の亡骸を胸に抱いて、
裏庭にやって来た。
「魔理沙。」
先にやって来て穴を掘っていた魔理沙が頷く。パチュリーは子猫の亡骸をその穴に埋め、小さな墓を作った。
「ねぇ魔理沙。」
「ん?」
「この子は私に拾われなかったら、もっと幸せになっていたのかもしれないのよね。」
パチュリーの血を吐くような声。魔理沙はしばらく黙っていたが、笑って首を横に振った。
「違うと思うぜ?コイツは会うべきしてお前と出会った。コイツはお前と出会えて幸せだった。それだけ。」
「でも…私が…殺し…」
そう言い掛けたパチュリーの言葉を遮るように魔理沙はパチュリーの肩に手を置いた。
「大事なのは生死じゃないぜ。どれだけ他人に愛されていたかだ。
コイツは人生…おっと猫だから猫生かな?その猫生の大半をお前に愛されて暮らしたんだ。
本当に幸せ者だと思うぜ?」
「そう…。」
パチュリーは何時もの落ち着いた声に戻ると立ち上がった。
「そう考えるわ。」
パチュリーは図書館に戻った。魔理沙はいたわるようにその背中にそっと手をそえ、
パチュリーと歩調を合わせて歩き出した。しばらく歩いた後、パチュリーは突然立ち止まり、
魔理沙に抱きついた。そして彼女の胸に顔を埋め、涙を流して嗚咽を漏らした。
静かに、本当に静かにパチュリーは泣いた。
そんな彼女を魔理沙は優しく抱きしめ、何時までも何時までも頭を撫で続けた。
その状況を上空で眺めていたアリスは、両腰に手を当てると、溜息を吐いた。
「ま、今日はしょうがない…か。今日くらいパチュリーに譲ってあげても…。」
アリスはくるりと後ろを振り向くと帰路に着いた。
その途中、湖のど真ん中でプカプカうつ伏せで浮かんでいたチルノを発見して、
とりあえず回収して、意識が無いことを確認するとレティの居るかまくらに投げ込んでおいた。
ヴアル図書館は今日も静かだった。そしてテーブルを囲む三人の少女。
「ほらパチュリーおみやげ。」
そう言ってアリスが差し出したのは、ネコ型のクッキー。
「べ…別にアンタのためじゃないんだけど…魔理沙がどうしてもネコさんクッキー食べたいって言うから…。」
「私はそんなこと言って無いぜ?」
そう言ってニヤニヤ笑う魔理沙。パチュリーもクスクス笑った。
パチュリーはそのクッキーを一つ食べた。シナモン味の香りと高級な砂糖の甘さが、
パチュリーの心を溶かした。
とっても上品で甘いクッキー。幸せを感じる味だ。
パチュリーは心の中で祈った。
あの子が天国でこんなおいしいお菓子を飽きる程食べられるように。
幸せは他人が判断するものではなく自分が判断するもの。
チョコレート中毒で死んだ猫は果たして幸せだったのでしょうか?
それは誰にも分かりません。
ただ、森で朽ち果てるはずだった子猫は、数日間だけですが
魔女の一生懸命な愛と優しさをその身に注がれていました。
最後の時、子猫はなんて思ったのでしょうか。
それは子猫にしか分からないのです。
終わり
チョコとタマネギにはきをつけませう
その前に、人間用ミルク自体、あまり子猫によいものではないような。
咲夜さん何著してんの咲夜さん!
>妄想力は
前の行との繋がりからして「妄想力も」かと