Coolier - 新生・東方創想話

私が式神になった理由 上

2007/01/25 07:55:47
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午前 零時 三十二分

捜索届願書

受理

提出者は泣きながら、ただ謝っていた。
誰に言うわけでもなく、淡々と呟き続けて

消失確認時刻
午後十時五分。○×県北部 梨ヶ原の立ち入り禁止区域にて


喪失人物姓名
マエリベリー・ハーン


今世紀初の公式認定された神隠しの被害者
現場検証から得た真実はとても信じられない怪奇な現象だった。

曰く。
途絶えた足跡から先は一切の気配もない。
まるで、そこから先に見えない崖があったようだ。と

捜査は難航
打ち切りも余儀なくされた。

いつの時代も

どの世界でも

残された人は悔やむ事しかできない。




私にはソレが我慢できない――――せめて、あの子とは白黒つけさせて


だから、『彼女』は境界を飛び越えたのだ。









幽霊の為の、幽霊による、幽霊の店通り
縁日のように並ぶ店と蠢く亡霊に、普通の人間。
相容れないはずの者達が談話する光景はまさしく、この世界ならではだ。

脱力。
力を抜いた肩が思いのほか、重く感じる。
どうやら、無駄な労力でしかないみたいで、私が馬鹿みたい。

活気溢れるこの場所がいかに平和か見れば分かる。
一応、念のために”安全と危険”の境を見分けて、進んでいく



表通りの亡霊金魚取り、と八百屋の間を抜けた先にある、裏通りにうっすらと陰りを持った茶店があった。
丁度、過去文芸映像の時代劇に出てきそうな趣のある団子屋だ。

表とは反比例するように静かな空間がとても私好みで、つい立ち寄ってしまう。
三色団子と書かれた旗が風に揺らいでいる。
旗の傍にある真っ赤な長いすに老人が一人、緑茶を啜っていた。
老人の姿に、疑問を抱くが都会っ娘の私には一時しか交差しない人に興味は持てない。


店の中に入り、店員に「団子を三つ、下さいな」と、声を掛けた。


「へい。少々お待ち、表の長いすにでも腰掛けて待ってくだせぇ」

どうして店の中じゃないのか不思議に思ったけど、今日はポカポカした日和だから、それも良いかと思った。
老人に会釈を交えて、隣に腰掛ける。

「……」

微妙。
どことなく気まずい雰囲気が辺りを包む。
別に気にしなければ良いのに、逆に気になって仕方がない。
結果。チラチラ見てしまう私。
だけど、かける言葉が出ないから、更に気まずくなる悪循環。


「今日は」


一念発起。
とうとう声を掛けたが続く言葉を考えてなかった。
眉を顰めて老人が私を見つめる。
嗚呼、どうしましょう!?
ツボに嵌まるように混乱の極みに達してしまう。
何か、ナに亜kっ???

「へい、すいません。団子お待ち」

助け舟と割って入った店員に
私の呂律はさらに絡まっていった。


「え?あ、あありがとうございますですっわね」

……やっちゃった。

しかしながら、店員は立派なもので何事もなかったかのように店内に戻っていった。
良い人だと思った。
いや、思いたかったのだろう。
だから厨房から聞こえる笑い声は気のせいだ。


「ふふ。相も変わらず。久しいながらも面白いものですな、とりあえず落ち着いてお茶でも如何ですかな」


微笑する老人に湯飲みを渡されて、今度こそしっかりと礼を言う。
ふぅー。と、一息つく私。どっと疲れた気がする
感謝したのも束の間
ようやく落ち着いた私に老人は最近の趣味である温泉廻りについて語りだした。
校長先生レベルのどうでもいい、…ありがたいお話だった。


「方角は東。場所は山の麓近くの滝を下った川原の近くじゃ」


「え?」


聞き逃したわけではない。
老人の告げた言葉の意味が理解できないだけ。

そこで熾烈な戦いが行われていると、深紅色の長いすを共にする隣人は囁いた。
私と老人の間に挟まれた団子の串が三本。紅白の陶磁皿にからりと転がる。
現実では到底味わえない新鮮さに、心の中で手を合わせご馳走様。
合成食物で育った私にはとても豪華な食べ物で、ここが夢じゃないのならば持ち帰りたいぐらいだ。
きっと、蓮子も気に入ってくれるでしょう



眩しい日差しに眼を細めながら、空を見やる。
此処が夢でも現実と大して、ううん。こんなに綺麗な青空に長閑な雲の流れは久しぶりだ。
あの雲は入道雲って名前だったわねぇ。確かに大きい

そう、自然を満喫していると

――――――――ォオッ
雲が閃光で、薙ぎ払われた。


眩い光に遅れて、轟く音が鳴り止まない。
まるで落雷の乱発、鬼が暴れてるようだ。


「そうじゃな。今は、あの向日葵畑に九尾の狐が向かった頃合いからして既に中盤かも知れない」

私は首を傾げて、分からないとジェスチャーで告げる。
勿論、愛想笑いも忘れずに付けて。


だけど柔和な雰囲気の老人は

「なんと気持ち悪い眼を持つ少女だのぅ」

意外と毒舌だった。
ばっさり今朝、カフェテラスで会った友達と同じ言葉で斬り捨てられた。
いつもなら、貴女の方が気持ち悪い眼と言い返せるけど、老人の眼は普通過ぎて欠点はない。
ただ、強いて上げるならばさっきからフヨフヨと浮いている幽霊と腰に差した一本の刀が怖いぐらいだ。



なるたけ、ショックを顔に出さないように老人に質問を投げかける。

「ふうん?九尾の狐も気に成りますが、まずは『あの向日葵畑』について御教授、お願いしても?」


ふむ、と一つ唸り、髭も生えてない顎を擦る。
「簡単に言えばとある妖怪の住処になる。その妖怪、まぁ花の化身だか、人からの成り代わりかは存じないが、戦闘。特に殺し合いにかけては肩を並べるものが居ないほどに強い」
そして居るのじゃよ、最強に挑戦する愚か者は。

「今回の愚か者は九尾の狐という事ですわね。あまりコチラの世界には詳しくないですが、九尾の狐とは大妖のアレですか?」


「ほう……通りで見ぬ服装。しかして、世界にコチラもアチラも在らず。繋がっているのじゃ、特に『過去』の幻想郷に主が居た未来とはな」

「今日は珍客に恵まれているのう」呟く、老人の鋭利な視線が私の予測を確実なものとして、保証した。

というかこの人は本当に何だろう?
人間にしてはなんだか、薄いんだけど濃いというか、まず受ける印象からして矛盾した存在。
浮かぶ幽霊も付かず離れずで日光浴を楽しんでいる。
それに、私の世界とこの世界の時系列を見破るなんて絶対普通の老人じゃないな。

老人老人とさっきから、迷惑な気がして、まだ名前を聞いていないので尋ねると

「はっはっはっは」

にっこりと笑って答えない。
代わりにと何処からとも無く、串に刺さった三色団子を手渡される。

「ほれ、一つ。仕える身として、主君の体調も管理せねばいけん。あの子は少し食い気が有りすぎて適わん」

主君と告げるが、浮かべる表情は孫を見守るように柔らかい。
人が良い、とは正しくこの老人だろう。
こんな人を従える娘とはどんな大物か、いずれ見てみたいと思った。
しかし、それとは話が別。
名前は是非聞きたい。けど言葉は出ない。
決して団子に買収されたわけじゃない。……食いますけどね


自棄気味に団子を一つ二つ口に咥えると、不意に何かが途絶えた。
曖昧な感覚。有るべき者がふと消えたような、まるで狸に化かされた感じなのかもしれない。
立ち上がり、爆音が鳴り止んだ山中を見る。

まさか

予感が脳を駆け抜けて、地に落ちた。
呼応するかの如く。
一つ二つの莫大な破壊音が耳朶する。
どうやら気のせいですんだらしい。
異なる多種の破壊音が紡ぐ旋律には元気に殺しあってる妖怪達の光景が眼に浮かぶ。

再び、腰を下ろして最後の団子を口に入れた。
ご馳走様と、隣人に告げるも私の呟きは空しく木霊した。

「……そっか」

忽然と消えた老人に、また会える事を祈って立ち上がる。

けれど、多分会えるでしょう。
何故なら、あの老人は過去に”未来の私”と会っていた。

そんな夢を見たのだ。
更に、その夢と類似する光景を眼球を媒介に視ていた夜も有った。
体温が冷たい亡霊の少女と白い短髪の剣術少女。



『談笑を交える二人を前に”私”は、悔し泣きしそうで、本当に悔しくて、だから白い傘を突きつけて……。』



私にとって夢は
全ての世界へ通じる”かもしれない”入り口。
可能性は、荒唐無稽な話だけど等しく散りばめられている。

例えば、私が人間を辞めた夢

或いは、蓮子が月を見て、兎のように紅い眼をした世界

もしくは、過去に行った未来の私のお話

…なんてね。
そんな非常識が起こる可能性は零に等しいのだ。
起こらない以上はただの戯言。蓮子には到底言えない暴論である。
嘆息。
私は肩を竦めた。

そして、東へと歩みを進めるのだ。

脳裏を掠めた少女の見てるだけで愉快な一喜一憂する表情に笑みをこぼしながら

この世界では名前がない少女は嬉しそうに、だけど以前会った火の鳥に逢わないよう誰にでもなく頼みつつ。
こうして一人の少女は淡々と彷徨う。
そこが夢の中だと信じて。

そこは彼女の終着点。
最早、戻る事は叶わないとは知る由も無かった。














カッ、と脳を貫くような閃光に眼を薄く閉じてしまう
斜め右上方から大型の向日葵。弾着まで後、瞬き一つと半。
左下、私の足元から突き刺そうと芽を出し、瞬時に育つ野花。難なく背筋を弓なりに反って避ける。
左足に霊力移出、左、十メートルの大岩まで縮退。
踵に硬い感触、目的通りの場所に着地。

今さっき居た場所が向日葵によって爆ぜた。川原に敷かれた小粒の石を更に細かく砕いて、尚に地面へ大きな穴。

避けるのは簡単。
しかし、接近して攻撃に手を回せるほど楽でもなし。
さて、どうするか――――?

思考を巡らせる。
手段を五つ程、見出し、攻撃した時の未来を視る。
多種の方法から、より合理的な攻撃・パターンを選択。小さな花の弾を軽く一歩、横に避けて、実行。

「『堕ちろ』」

言霊で遥か上方、空の彼方に浮いている雲に命じた。
空を浮かび、嬉々として弾幕を張るアイツが不思議そうに首を傾げて私を見る。

分からないのなら仕方ない。
私はお前程、意地は悪くないし、性格は優しい。

だから、私は人差し指で上空を指した。

「上がどうかしたの?…、これは――――面白い。これよ、まさしく貴女は素晴らしい嗚呼、愉快愉快」

「けらけら笑うな。お前の容姿とギャップ有りすぎて気色悪い。だから死ね」

幾千の手槍みたいな”雨”がアイツを中心とした周囲に降り注ぐ。
カカカカカカッ――――。
硬質な音が鳴り響く。迫ってきていた弾幕を鋭利な先端で突き刺し、地面に縫い付けて全ての弾を制圧。
しかし、すっきりとした風景に一つの差異。悠々と宙に浮かぶその姿
アイツは、自分の特徴とも言える白いパラソルを開いて、”雨”を凌いだのだ。

「あはははは♪凄い。藍はそんなことも出来るの?もっと、もっともっと見せて、楽しく、優雅に、お洒落にいきましょう」

拍手喝采。
パラソルの芯を肩と首で挟んで、空いた両手で拍手をした。
楽しいと満面の笑みを浮かべて。

やっぱり、コイツは馬鹿なのか?

そんな、余裕など有りもしないのにな。


「ああ、とびっきりに洒落ていくとしよう、――――っか!」

脚に力を込めて、地を蹴り潰す。
アイツの目前まで一気に跳躍。吐息が鼻に届く距離だ。
大きく見開いた瞳孔の色彩までが見て取れる。
それでも、口元に浮かぶ笑みは消えない、余裕の笑みというヤツだ。
腹が立つ、消してやる。
その命諸共、まとめてな

「『仙狐思念』」

弾幕の塊が四方上下に迫り、破裂。
破砕した弾幕がぶちぶちと服を裂いて、肉を削り、骨に突き刺さっていく。

本来は威嚇、移動を制限するスペルだが接近で使えば最高に凶悪。避ける術は無い。
一寸一分の見切りで避けても他の弾幕全てが当たる。
でも、それでも、それですら、殺せない。
証拠に反撃しようと傘を槍のように繰り出してくるが、貫かれた姿を幻視させ避ける
と、同時に素早く回り込み、右手首を強く掴む。

そして――――小気味の良い音で苦痛を奏でる。

パキッ、ぽゴキィ、ごり、ギォリリイィ

骨が砕け、肉は圧迫され、皮膚が耐え切れず破裂。
砕けた骨は内部から肉を抉り、また骨と骨がせめぎ合い更に端から折れていく旋律
ソレに色を付けるため、もっともっともっともっっと!!ぶち潰す!!
思いに比例して強くなる万力
骨が圧壊。肉と神経と皮は裂断、赤い霧霞を噴きながら重力に従い落下する手首の慣れが果て

「っぅぅ、嗚呼ぁアああ!?」

鈍い響きで構成される音楽に歌が混じる。
愉悦で頬が裂けるぐらい、私の笑みは深まっていく。
まったく、ざまぁみろ、だ。
急速に青ざめていく顔を前に、私の背筋がピシッと張り、心地よい電流が巡り行く。
追い討ち、否。快楽は虐待心から、当然のようにもう一つスペルを唱える。

「『アルティメット・ブディスト』」

                                        
突如、現れた卍の一文字を腹から突き出し、苦しそうに顔を歪める。


「や、待っ…!」


まさか、コイツからそんな言葉を聞けるとは思えなかった。
思わず私とした事が噴いてしまった。
なんとも悲壮な顔のせいか、全身が憐憫と嘲笑だけに専念して腹が捩れる。
しかし、スペルに殺意の意志はあれど意思は無い。
無情に大きな卍が唸り始め、そして廻る。

横に激しく、そこに居る存在を無視して廻り巻き込む、腸を削るように更に更に加速を増して斬り刻む。
まるでキャベツの千切りだ。
ぶちぶち、と
絹を裂くような音を鳴らし、筋肉繊維を引き千切られ嗚咽を上げる。
ぶち、りぃ。
千切れた下半身が落ちていった。
落ちていく肉片に眼を向けず、ただベチャリと肉が潰れ、血が弾けた音を聞く。

がっ、ぁ、あああっ、ぎぃ、痛、や、ひぃあぁ……。

白目を剥き、悶絶しながらも伸ばす手は私を目指す。
ゆっくりと、確実に上半身を刻み、やがて豊満な胸部の下半分までズタズタに細かい欠片にして、ようやくスペルが終わる。
しかし、卍は消えない。
残った上半身が落ちないように支えているために、あえて出してある。
ぶら下がった残骸とも言える死体の肢体の一部、風に揺れる垂れた右腕がなんとも無様、この上はないぐらいにだ。

「あはははははは。馬鹿だな?この私に刹那の猶予さえ与えてはいけないというのに、お前という奴は!ははははははははっは!『ひ、痛、ご、ぁあ』なんて惨めで無様な言葉を聞かされる身になってみな!?私を笑い殺すつもりか?そうなのか!?あはははははははは」

侮蔑、嘲笑、数多の罵詈雑言。
コイツは口から零れている血がわずかに残った体さえ汚していた。
眼は虚ろ、だらしなく開いた口腔からは、とろりと唾液を混ぜて吐血している。
会った時から気に入らないコイツの死に顔をしっかりと網膜に焼付け、そしてまた笑う。

当分は笑いに事欠かないだろう。
そう、思っていた。


くすくすくす♪

風に乗って、可笑しそうな上品な笑いが耳に届いた。

「まさか」

振り返り、

「ばぁ♪『デュアルスパーク』」

眼前に突きつけられた『二つの』傘の先端が光り、巨大なレーザーを放射した。
重複する光線に呑まれ、服と体が表面から蒸発していく。
息さえ出来ない熱量の中、無我夢中に結界を張る。
冷静な思考ができないせいか、過剰な霊力を使って、光を受け流す。


しまった、弧円の形より、二角の面にした方が効率が良い

膨大な霊光の中、冷静を取り戻すために眼を閉じて、やり過ごす。

しかし、なんで生きて?
一瞬だけとはいえ視たが、アレの体は完全に本物だった。
そして、私が殺したのも本物。両方、オリジナル?
なら、分身?
それはない。自分と等しく同じ存在を忠実に再現できるなど妄想に過ぎない。
もし、妄想が具象出来たとしてもいつ入れ替わった?
戦闘を開始してからの三時間を回想、一瞬で読み解く。
やっぱりだ。
分身を作る動作、入れ替わる瞬間、違和感は一つも無い。

自問自答の嵐に、つい光が途絶えた事に気づかなかった。
首筋に外因からの接触、冷たい温感と撫でられる程度の圧迫感。
それと、鋭い痛みが一つ。

「っ、!」

慌てて、身を震い、すんなりと首筋に掛かる圧力は離れた。
距離を取って振り返ると予想通り、いや予想を超えて彼女は傘をさして微笑んでいる。
無傷だ。
血の一滴も染みが無い服装に、少ししか減っていない霊力、なによりもソレを本物と表すは、その表情だ。
子供が親に褒められたような、恥ずかしそうでいて、嬉しそうな笑顔。
能天気といえばそれだけかもしれない。
しかし、理解しがたい存在――――風見 幽香は確かに此処に居る。
生存し、予想を遥かに超えて、そこに在った。
常識外れは、その強さだけで十分なのに、さらに謎が深まって理解し難い。
人間さえも遥かに凌駕する演算能力を始めとする高度な知能を持つ、私にとって『理解』が出来ない。
それは、とても怖い。
怖いから、体が震える。心も恐れで寒がり、幽香という存在を否定したがる。
だが、体が動かない。だから、存在を消せない。
否定するためには、耐え難い衝動が必要

ならば、衝動を作り出せ――――私

理解が出来ない。
つまり、思い通りにいかないこと。
それは酷く苛立つ。そう、苛立つのだ。何もかもが、その笑顔と笑顔笑顔、嗚呼グチャグチャにしたい
怖い以上に腹の底が焼けるような熱を持ってムカムカと不快な感覚に汚染されてくる。

「ゆう、か」

喉から出たのは掠れた声。
背筋が変に寒い。だけど、体は異様に熱い。

「幽、香。幽香ぁ、幽香っ!!」


頭が変になっている。脳が蕩けて捻じ曲がってる気がした。
このままだとヤバイ。

衝動を強く求めすぎ――――、
理性が危険信号を全身に送りつける。
しかし、体は無視。
右腕が上がり、その先には肉を噛み締めた音を鳴らす拳

が、疾走った。


「っあああああああああああああ!」


理性が脳みそを全速で回し、警鐘を乱発している。

「あはは。どうしたの?そんなに私に御執心かしら。困ったわ。貴女みたいな妖怪は好みだけど、残念。間に合ってますわ」

拳は、幽香の鼻先一寸で動きを止めていた。
今はもう止まっている拳の風圧で、ふわりと浮かんでいた植物を連想させる緑色の髪が降下してくる。

「はっ、はっ、っ……ふざけろ。誰がお前なんかと」

「ええ、そうね。私がなんで貴女如きと、ね。私は最強、最強とは、最も強いって言葉。それだけの子供じみた単純な単語だけど、――――惹かれるでしょう?」


クスクスと見透かしたような言葉に戸惑ってしまう。
私は、確かにそうなのかもしれない。だからこそ、『認める』か『潰す』の二択で後者を選んだのだ。


「貴女みたいな存在は沢山居たのかもしれないわ。ごめんなさい、よく憶えていませんわ。でも、私はここでまだ存在が許されている。ここに在りたいから、ここに居るの。それは自由。花は咲く場所を選ばないの、無邪気に花を摘む行為を虐殺と呼ばず何と言えば適切なのかしら。嗚呼、皆、人間も妖怪も貴女も雑魚どこも、勘違いしてるわ。花が、復讐しないなんて思い違いもいい加減――――甚だしい」


空気が変わるとよく言うが、これは違う。
幽香は空気を支配した。空気とは”場”であり、雰囲気でもある。
今、この場にいる生きとし生きる全ての命は握られていると、思わせる程の霊力を発していた。

それほど、風見 幽香は凶悪無比で前代未聞な程に規格外だ。
実際に許有する霊力の差で単純に戦闘の優劣を決めるわけではないが、そこいらの妖怪では脱兎しかねないほど強大。
勝敗を決める一要因としては、かなり重要なステータスなだけに戦意喪失するのも仕方ない。
その時点で、幽香への挑戦権は消滅。
自然、有る程度の強い妖怪だけが勝負を挑む。

つまり、藍と同じような妖怪相手に今まで無敗。

故に最強。
奢るにあらず。
最強という自負には歴然とした経験があり、能力も有る。

敵うわけが無い。
そう思う。
心がくじける

「さぁさぁ、どうしたの?そんな子犬みたいに震えちゃって。藍がやっても可愛くはないから、とても目障り。死にたいならそのままで居なさい。生きたいなら、足掻きなさい」


脚は動かない。向けられる傘は砲台と等しい。
つまり、状況は最悪に危険。
分かってる、そんなことは分かっている
幽香の言葉で言うなら、私は死にたいらしい。
だって動けないもの、それも仕方ないな。

「そう」

小さく呟く、幽香の吐息に似た言葉は寂しそうだった。
笑みはない。深い眼差しで見つめてくる。
それで、良いの?そうコイツの眼が告げている。

何かおかしい。
コイツの態度は、私を殺すことに躊躇いを?


「ごめん、藍。嘘を二つ、ついてしまった」

弛緩して力が入らない体に緩い風が当たる。
びっしょり汗に濡れた体にはとても寒い。
だから、一層、全身が震えるのは仕方ない。

「本当にごめんなさい」

何を勘違いしたのか、より深く頭を下げて謝罪。

「本当は貴女みたいに殺意と実力がある妖怪は初めてなの。今までの妖怪は弱すぎて、藍は凄いわ。私は私の本気を知らないけど、底は見えた。凄い恐怖。ようやく、殺し合える友達ができたと思ったのに、ごめんなさい」

腑に落ちない。
何故、謝るのか、その理由に気付けない。
はっきり言って不気味で仕方ない。

「……もう一つは?」

「あの時、埋め込んでしまったの。種を一つ」

そこで言葉を区切り、面をあげて私は驚く。
幽香は涙を零していた。

「ごめんなさい。ええ、さっき生きたいなら足掻きなさいと言ったでしょ」

綺麗な三日月の笑みを浮かべて。
嫌な予感が電気のように、こめかみを貫く。

「痛っ、え?」

同時に、首筋の骨へ蛇みたいなものが巻きついた。

「ごめんなさい藍を殺してしまって、私はなんていけない子!嗚呼、久しぶりの娯楽をまた壊してしまったわ!!あははははははは」


マズイ、死ぃ――――『ごぎゃり』
一気に闇が広がった。
意識が侵食されていく

ぼきごき、と砕ける音がとても五月蝿かった。












倒れた少女を足元に置いて、パラソルを開いた彼女が私を見つける。


森を抜けると、非生産的な暴虐の傷跡と不自然な荒地が視界一杯に広がった。
なんて勿体無い。
未だ成長途中で天井知らずに伸びる木樹が軒並み、嵐に呑まれたように圧し折れて仲良く倒れていた。
大抵が人工養成な現実に比べたら、此処はきっと楽園に違いない。
来る途中、遭遇した妖精の慌てめいた表情が浮かぶ。
妖精には死がない。
だけど意思と感情はある。
無理やりに追いやられて嬉しいと感じ、涙を流すのか?
そんな訳が無い

当然、悲しいから泣いていたのだ。

最強だから孤高な存在。
孤高だから弱者には気も掛けない

責めるつもりは無い。
それでも釈然としない気持ちは有るのだ。


「なに?私、睨まれるような事したかしら」

つまらなそうに蔑視する顔。
緑の髪にチェックのスカートと上着に白いシャツ、そして白く丸みを帯びたパラソル。
人間の形をした何かが呟いた。

「……嫌な眼。貴女、それでも人間?」

本日、三回目の劣等感をダイレクトに刺激する口撃。
ほとほと、運が悪い日らしい。
いい加減にムカついてくる。
更に険しい眼つきになっていくのが自分でも分かった。
それでも、
この妖怪に勝負を挑むほど愚かではないつもりである。

「そうそう。私、人間だから少し待って。用が有るのはそっちですので」

「…藍に?ふーん。別に良いけど、死体に話しかけても言葉は返ってこないわよ」

パラソルを差した少女の、すぐ傍に横たわる狐尾が九本の少女へ駆け寄っていく。
川原だった面影の石が凹凸に転がっていて、足元が危うい。躓きそうだけど、転んだら痛いから気をつけて進む
そして、私はなんとか無事にたどり着き、少女の脈を計る。

「まだ生きてるわ」

「けど、もうすぐ死ぬでしょ。直ぐに治せないのだから、結局は死ぬ事に変わりない。下手な事しないで頂戴。それ以上苦しめたら殺すわよ」

自分でやった癖になんて言い草だ。
縄で絞めたような跡が残る少女の首に手を当てる。

「頚椎損傷、頭部への視神経が千切れて…。ああ、思ったより大丈夫そうね」

他人曰く、気持ち悪い眼で安全と危険の境界を見切る。
首を一周、撫でて異常を探る。変な紐状の何かが折れた骨を締め付けていた。
異物を取り出すために、意図的に鋭くした爪で皮膚を切開。
脈を打つ血線や静脈をかわして、巻きついていた異物を取りだす。
なんでこんなモノが?
真っ赤に染まっていて分かりづらいが、確かにその触感は木の細い蔓だ。

「あとはこの札を貼ってと、……これで一応は大丈夫かな」

切開した傷を隠すように札を貼る。
自己治癒を高める術の符。
私は弱い妖怪なら撃退できる程度の魔術は知っている。
だから分かる。
この狐の少女もやはりかなり高次元な妖力を持っている。
だが、今は地脈に流れて行くだけ。
漏れる妖力を集め、全身に流す。
これだけの妖力。後は放っておいても、一晩寝れば治るだろう。


不意に眩しい日差しが弱まった。
見上げると白いドームの天井があった。
顔は白く遮られていて見えない。ただ、傘の柄を持った手が差し出されたていた。

「それで終わり?隣でゆっくり見させてもらうわ」

一方的に言って、私の隣に膝を曲げて狐の少女、傷口を見る。
その横顔には邪気はない。寧ろ、不思議な事に安堵している節が伺えた。
ご丁寧に下目蓋に涙を溜めて。
これが昔でいう『つんでれ』というモノかしら?
娯楽が電子的遊戯な物から立体的仮想空間に舞台を移した今では死語と認定されつつある言葉を、つい当てはめてしまう。


「治癒ねぇ。私には必要ないから憶えないけど」

「そうかしら。意外と憶えていて損はないと思いますわ。ほら、現にこんな時とか困っていたじゃないですか」

「……困った顔してた?」

「かなり」

そう。と、花の妖怪は呟く。
呟き、俯いた顔は自嘲していて、とても寂しそうだった。
そして、その表情には見覚えがあり、私にとって譲れない琴線に触れたのだ。

「それだけ、大事に思っていたという証拠よ。じゃなきゃ、困るわけ無いでしょ?」

――――っ、
慌てた花の妖怪が口を開くより、先に言葉を吐き出す

「確かに、殺しあっていましたね。だけど、それしか近寄る手段を知らないのなら仕方ないです。きっと、この人も分かってくれますよ。貴女の事を、きっとです」

前を向く。
これ以上、見つめるのには度胸が要るのだ。私は、そこまで踏み込める程に責任を感じたくは無い。
それに興味本位で関わっていい存在でもなさそう。
トラブルメ-カーは蓮子だけで十分に足りていますよ

「ねぇ、貴女は変な人間。妖怪に余計な世話をして、下手したら死んでしまうのに。嗚呼、それに比べて私はなんて刹那的な、人間みたいに愚かなのかしら」

零れた涙が私の視界の端を掠めた。
どうやら、思いっきり土足でも良いらしく、関わってしまう事になったかも。

「何かが足りないの。普段、陽気に過ごしてても不意に夢から覚めたような感じで、「嗚呼、私は何だろう」って思う。本当は別の世界で眠っている
私の夢かもしれないって、自分の存在を疑ってしまうわ」

彼女の言葉は最強と呼ばれる、いや――――それは今、関係ない。少女の洩らした苦悩は致命的だ。

この『世界』に在って、自分を異常と自覚し、悩む妖怪。
妖怪でありながら、なんでそんなに綱渡りするような危うい思考なのか?
妖怪とは、人間と比べ物にもならない性能がある。
力、然り。寿命、然りと。
その長寿故に、人のような悲観的な生き方は好まない。というか、思いもしないはず。
まるで、人間。そう、彼女は人間のようだ。この破滅的な思想は確かに人間特有の匂いを漂わせている。
原子爆弾を思わせるぐらいに危険な存在。
だって、人間は精神が異常になり、狂い果てても――――弱い。
だけど、……。




「それは、きっと人間だった頃の記憶から来るものかもしれない」


え?
くすくす、と楽しげな声。
スイッチを押したように、何かが変わった。

「貴女の考えていることは面白いわね。でも、当たっているわ。そうよ、妖怪はもっと穏やかで本能的な生き物。それも強大になればなるほど、特に私みたいな最強には世界なんて関係ないわ。此処に居たいから居る。花と同じよ、咲きたいから咲くの。そうやって、強靭な精神で凶悪な魔力を行使できる仕組みってわけね」


親しみがある存在が実はカミサマでしたレベルに彼女の存在が一変。高次元なものに感じた。
でも、それは妖怪としての位だ。
ニンゲン
私達から見たら、とても神々しくて薄っぺらい、儚い。
だって、神様は儚いとかじゃなく、既に無いものとされている
何故なら、アイツは一人で足りているから。
宗教的に信じるかは別にして、神様は人間になんて目もくれないのに、どうして人間が神様を知ろうとするのだろう。

人間が一人では満ちるどころか、補っていく相手がいないとただ滅んでいく。
なら、妖怪は程度の差はあれ、足りているのだろう。
特に、この少女程、満ち足りているのなら他者の存在は意味など殆んど無いに違いない。
それは、究極的に普通であろうとする人間が如くに孤独なこと。
昔の私みたく。

「最強とは孤高と等しい、って事ね」

「そう。妖怪とさえ言葉を交わすことの無い私。いつしか、挑戦してくる妖怪を弄んで虐めるのだけが生き甲斐になったのよ。そんな時、この子に会ったの」

すー、すー。と寝息を立てる狐少女。隣人は尖った鼻先を軽く指で弾いた。それでも目蓋は微動すらしない。
熟睡の領域に落ちているのだろう。
その寝顔は、本来凛々しい顔つきと分かるけど、今は無防備であどけない表情だ。
綺麗と表現すべきか、可愛いと言うべきか、少し悩むぐらい。

「この幻想郷で数えれるぐらいしか居ない妖怪の一人。……さって、今度はどの方角に進みましょう」

勢いをつけて立ち上がり、忙しなく辺りを見回し始める。その顔には花のような健康的な笑みが一つ。
さっきから思っていたのだけど、この人は秋空みたいにクルクル表情が変わる。
どこか、向こうに置いてきた親友と重なってしまう。
苦笑
どうやら、今のところ私にとっての大事な思い人はハードボイルド気取りの親友らしい。
無論、愛情的な意味ではない。

やがて、行く方角を決めたのだろう。

「あっちで梅雨を過ぎても生き残った紫陽花の群集が有るわっ!うふふ、紅い紫陽花は死体の色~♪」

……ツッコミ待ち的セリフかしら?
犯人はお前だ、宜しく。突き刺すように示した指は私が来た道を示した。


「赤は、真っ赤な薔薇は情熱の血飛沫♪
けどけどけど~、紫陽花の怨念はピーマンみたいに苦くて~、苦しいの~」


軽やかなステップでもしそうなぐらいに陽気な少女は更に奇奇怪怪な言葉を歌い、去っていく。
どうやら、ボケじゃなくて天然だったのか。
改めて暢気な、だけど底が知れない妖怪だ。

だけど



木々の陰りでゆっくりと薄くなっていく背格好は、やっぱり淋しそうだった。
長い文で読むのに苦労したならすいません。
以前、コメントで文章の指摘をしてくれた方、遅れながらも有り難うございました。

幽香良い、最高。とか思って、その暴虐ぶりを書くぞー……のつもりが、八雲関係の話になってしまうのは何故だろうと頭を悩ませてしまいます
自己満百二十パーセントですが、面白く感じてもらえるなら僥倖です
設楽秋
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