妖怪排斥結社と、それに対抗する人妖連合の影響圏の、ちょうど中間に位置する山の中、九郎義明と配下の男たちが、食料のつまった荷車を運んでいる。
「ルーミアの出没地域はここ辺りだな」
「九郎さん、どうしてここに宵闇の妖怪が出没するとわかったんですか?」
「君らとは別の情報筋だ、なあに、別に君らを信頼していないというわけじゃないさ」
食料を満載した荷車を見て、護衛たちが小声でささやきあう。
(こんだけ食料があるんなら、俺の女房子供に恵んでくれればいいのに、ああ、米が食いてえ)
(ばか、九郎さんに聞かれたらどやされっぞ)
(それよか、うちらがなんで妖怪と……)
(偉い人の考えることはわからん)
一行はある場所で止まった。しばらく待つ。やがて暗闇の塊がひとつ、月明かりをさえぎりながらこちらに向けてゆらゆらと飛んでくる。月光に照らされた風景に黒い丸が現れ、それが動いているような感じ。
九郎はその黒い丸に向かって声を張り上げた。
「おおい、こっちに美味しい物があるぞ、こっちへ来い」
「そーなのかー」
黒い丸が明らかに男たちのほうへと進路を変えた。
「来るぞ、荷車から離れろ」
黒い塊が食料を荷車ごと包み込む。包み紙を破る音、箱をこじ開ける音、そして、咀嚼音がする。
衛兵たちは生唾を飲み込んで見守る。
「あ~、美味しかった」
すっかり満足した所を見計らい、九朗が話し掛けた。
「ルーミアさん、我々の頼みごとを聞いてくれれば、もっとたくさんの美味しいものをあげるよ」
(もっとやるのかよ!)
「ホント?」 身にまとう暗闇を消し、姿を現したルーミアの目がらんらんと輝く。
「ええ、あの山の向こうに村があるのを知ってるかい」
九郎は山の向こうの、ぼんやりと光っている場所を指差した。連合の拠点亜羽論谷(あばろんだに)である。
「うん、知ってるよ。とってもにぎやかな所でしょ」
「そこの人たちがおじさん達をいじめてくるんだよ、だから、かれらにお仕置きをしてやって欲しいんだ」
(九郎さん腹黒!)
(自作自演かよ)
「わかった、じゃあ悪い人たちをやっつけてくるね」
ルーミアが再び暗闇の塊に身を包み、光のある方角へ向かって飛んでいった。
「いいか、この事は他言無用だ。引き上げる」
(共存を信じていた妖怪に襲われる、連合の権威は落ちる。妖怪から身を守る術を持たぬ者達は、
力を持つ者にすがらざるを得ない、すなわち我が結社にだ)
妖怪と男達は去り、山は静寂さを取り戻す。
* * *
月明かりが幻想郷を照らす。リトルはその日仕事もなかったので、いつも買い物に行く人里から遠く離れたこの村に買出しに来ていた。夜でも開いている店があって便利だというだけではなく。それ以上に、翼を隠さずともさほど奇異の目で見られないこの人里が気に入ってたのだ。
「えーっと、鶏肉に野菜に白味噌黒味噌、これでいいかな」
最近の人里には夜間も店を開き、妖怪相手の商売もする店もある。
酒場をのぞくと、1日の労働を終えた村人や、夜を活動時間とする妖怪たちが、ともに酒を酌み交わし、笑い声が響いている。まだ村は眠っていなかった。
「お嬢さん、おまけしとくよ」
「ありがとうございます」
鍋料理のための買い物を終え、そのまま飛んで帰ろうと空を見上げてみる、満月光線がリトルの目を刺激して、気分が高揚してくるような感じ。
「うわあ、綺麗、でもこんな月夜は妖怪も活発なのよね、でも、ここは大丈夫みたい」
かなり昔、妖怪が人を頻繁に襲っていたころ、人間が夜に出歩くのは自殺行為に等しかったという。リトルはこの世界に召還されてからずっと図書館で働いていたのでよくわからなかったが、紅魔館の人間への態度も以前はかなり冷淡だったそうだ。リトルは悪魔の一族なので、公然と言うのはまずいかもしれないが、
それでも良い時代になったものだとしみじみ思う。
「あれ?」
ふと満月の光りが弱まるように見えた、目をこすってもう一度見る、月に両手を広げた人型のシルエットが映る。やがてその影はぐんぐん大きくなる、影の顔に見覚えがあると気付くころ、多くの魔力の塊が満月に対抗するかのように夜空を彩り、弾幕となって村の大通りに降り注いだ。
「襲撃だ」
「お嬢さん、危ないからこっちに入って!」
八百屋の店主がリトルの袖を引っ張り、店の中に引き入れた。弾幕が大粒の雹のように屋根瓦を砕く。
ひさしを貫いた魔力が売り物のかぼちゃを潰し、オレンジ色の中身を飛び散らせた。
弾幕がひとしきり止んだあと、少女の声が高らかに夜空に響き渡る。
「あはははは、おごり高ぶった人間達よ、今宵はこの私が天罰を与えてやったわ。これに懲りたら……、えーっと何だっけ、とにかく、弱い物いじめはしないことね」
「どっちが弱い物いじめしてんだよ」 店主が愚痴る。
「ちょっと、懲らしめてきます。これ持ってて下さい」 リトルは買い物かごを店主に預けると、スペルカードを右手に持ち、夜空に駆け上がる。
―ランカー弾幕使い、ルーミアを確認―
あの子はルーミアじゃないか、妖怪は人を襲うといっても、最近では夜道を歩く酔狂な人間にいたずらする程度になっている。人間の食文化やスペルカードルールといった娯楽を知ってから、妖怪はあまり人間を襲わなくなっているのに、なぜ、とリトルが考えているうちに、ルーミアと同高度に達した。
「こらー、そこの妖怪、直ちに退散しろ。」
「あら、そう、しなかったら?」
冷ややかな目でルーミアは聞き返す。久しぶりに見る、人を食うときのような妖怪の目。
リトルの背中にひやりとした物が走る。
「て、抵抗するならば、容赦なく攻撃します」 リトルの声は緊張でうわずっていた。
「ふ~ん、じゃあ相手してあげる」
ルーミアの目の色が変わる。空に瞬く星屑が弾幕となってリトルに降り注ぐ。
リトルは浮遊の術に翼の起こす風を加えて避ける。いつもは魔理沙から図書館を守るため、こちらから撒き散らす側のリトルだが、アリーナでの経験もあり、避ける技術も練習していたのだった。霊夢や魔理沙ほどではないが、体力を温存するため、最小限の動きでかわすことに専念する。
「あら、けっこういい動きじゃない。闇符『ディマーケーション』」
「こっちも行きます、小悪魔『千発マシンガン』」
小さな魔力弾を多数、ただ一直線に、愚直にルーミアに向けて打ち出す。美しさという点からは難点が多いが、シンプルかつ力強い弾幕。ルーミアがまとう薄闇の結界を削いでいく。
「さあ、もう悪いことは止めてください」 撃ちながらリトルは問い掛ける。
「なぁにそれ、ひょっとしてギャグで言ってるのかしらぁ~。あんただって、本来『こっち側』の存在のはずなんだけど」
「そう、私も悪魔、でも、生き方に唯一の基準があるわけじゃない」
「まあいいわ、一定確率で落ちこぼれが出るのは仕方ないしね」
「あなたは何でこんな事をしてるんですか」
「だって、ここの人間を懲らしめれば、たくさんの美味しい食べ物がもらえるの」
「そんな理由で!!」
「だっていいじゃない、ときおりこうして、人間と妖怪との緊張を維持しないといけないのよ」
ルーミアの右手にハンドボール大の黒い球体が浮かび、その中から一本の剣が出現する。
その剣を左手で掴み、弾幕を弾いた。
「これはダークスレイヤー。ムーンライトソードと対をなす、魔道具職人唐澤の最高傑作のひとつ」
ダークスレイヤーをかざし、剣から弾幕が渦巻状に発生し、彼女自身を包む。
「ウフフ、さあ、人間のついでにあなたもお仕置してあげる」 歪に笑う。
リトルもムーンライトソードを構え、応戦しようとした。
「そこの小悪魔、横へ飛べ!」
不意に背後から聞こえた声、反射的に攻撃の気配を感じて左に高速で移動した。
「違法『改造スラッグガン』」
間を置かずに、ばら撒かれた重い弾幕がルーミアに殺到する。避けきれない。
「痛ぁい、ちょっと、せっかく2人で弾幕ごっこしてるのに」
ルーミアが声の主に向けて怒鳴る。服のあちこちが破れ、セットされた金髪が掻き乱れている。
「やるならよそでやれ」
そこには、緑色の筒を肩に担いだ上白沢慧音がいた。弾幕はこの筒から放たれたらしい。人里を襲う妖怪を強制的に排除するために作られた、実用性一点張りのスペルカードだった。その無骨な外観と美しさを完全に無視した弾幕から、慧音自身もあまり使いたくはなかったのが……。
「あ~あ、スカートが汚れちゃった。じゃあ今回はあんたの勝ちでいいや、もうここは襲わないであげる」
言うが早いが、ルーミアは夜の闇と同化して見えなくなる。満月の明度がもとに戻る。
「ありがとう、君のおかげで被害が軽くて済んだ」
「そんな、私は悪魔ですよ、ただ暴れてみたかっただけかも知れませんよ」
照れ隠しにヒールっぽい笑みを浮かべてみる。
「いや、悪魔にもいろんな者がいてもいいはずだ」 力強く慧音は言った。
リトルは後を慧音に任せ、買い物かごを持って帰る。
ルーミアの言葉を思い出す、悪魔は人間を不幸にしたり、誘惑して破滅させるもの、と定義するならば、故郷の魔界では自分はイレギュラーなのだろうか。でも、とリトルは懸命に反論を紡ぎだす。あの里の人たちの笑顔、上白沢慧音の言葉、イレギュラーでも良い、落ちこぼれでもいい、私は私らしく生きていきたい。
それが絶対的に正しいという確証があるわけではなかったが、それでも人間の想像通りの悪魔になるのはいやだ。
「さあ、早く帰らなきゃ。みんな待ってる」
剣で自分の額をぴしゃりと叩き、リトルはまだ明るい夜の街を去る。
その後、襲われた人里では、妖怪への警戒感を募らせる声もないではなかったが、襲撃に対処したのもまた妖怪の一種らしい事が分かると、かえって妖怪は大切なパートナーであるとの認識が深まり、九郎義明の思惑は完全にはずれた。この後、彼らは工作活動より、正攻法での妖怪、連合への威嚇を志向するようになったと歴史には記されている。
* * *
リトルは少し悩んでいた、自分の目指す生き方と、自身に眠る悪魔としての破壊衝動。この矛盾をどう捉えたらよいのだろうか。
「ああ、先輩の悪魔はこんな事で悩んだりしないんだろうなあ」 紅茶を片手に窓際に肘をつき、誰にというでもなく口を開く。空は晴れとも曇りともつかない鈍い色をしている。
「どうしたの、リトル?」
パチュリーが聞く、まだ起きたばかりで、実質普段着と化したネグリジェではなく、同じ色調のパジャマを着ている。
「ああ、パチュリー様。私って、やっぱイメージどおりの悪魔にならなきゃいけないのでしょうか」
「まあ、私としては、貴女は充分役に立ってるから文句はないけれど」
「でも、攻撃衝動は私にもあります」
「……人間ってね、非常に愚かに見える部分も多々あるんだけど、それでも彼らは、暴力的な本能をそれでも抑えよう、あるいは、害にならない方向へ発散させようと努力してきたの。無論、どうしていつの時代も同じような事繰り返すのかと呆れることも多いんだけど。それに私達だって、人と妖怪との適度な緊張感を維持して、力が衰えないように、それでいて破滅的な争いを避けるため、スペルカードルールを作ったし、暴力的な本能はむしろ、抑えるより制御しようと考えたほうが良いと思うわ」
といって、パチュリーは1枚の手紙をリトルに読ませた。
依頼名 自動人形テスト
依頼主 里の人形工房
成功報酬 3000紅夢
われわれが妖怪退治用に開発した自動人形「けいおす」のテストに参加して欲しい。
ただ戦ってくれるだけで構わない、ただし報酬は勝った場合のみにさせてもらう。手抜きをされては意味がないのでな。君ら弾幕使いには少々物足りないかも知れないが、それで金が手に入るのだ、楽な仕事だと思わないか。もし受ける気があるなら、○月×日にざあむ砂丘で待つ。
多少横柄な感じの依頼文が届いていた。
「これで、存分にもやもやを発散させてきなさい」
「わかりました、がんばってきます」
身支度をして出発する。途中までパチュリーが同行した、自分にも仕事があるという。
「じゃあ、後は別行動で。結社の連中、このままだと妖怪と暮らす人間にも危害を及ぼしかねない事をしているらしいわ。以前貴女が似たような事を言っていたけど、仕事はあってもきな臭い世なんて嫌よね」
パチュリーはそう言って別の方向に去っていった。リトルが呼び出されたざあむ砂丘が見えてくる。
* * *
砂丘にぽつぽつと黒い点が見える、あれが今回の依頼主だろう。彼らを驚かせないように、少しはなれた場所に着地し、歩いてその場所へ行く。軽い挨拶をかわした後、早速戦闘テストに臨んでくれと言われた。
「今回戦ってもらう相手は、完全な自動人形です、一切の遠慮はいりません、全力で戦ってください」
荒野にリトルを呼び出した人形工房の者達は、木炭で動くトラックに載せられた、全長3メートルほどの人形に命令を出した。人形がひとりでに起き上がる。その異様な姿に、リトルの口から声が漏れた。
「ああ、なんて……」
禍々しい姿だろう。何も着けていない白い裸体、だらりと垂れ下がる長い腕、人間型なのに逆間接に見える膝。頭部がなく、体のあちこちに眼球を思わせるガラス球がはめ込まれている。
愛されるために作られた人形ではない事は明白だった。人間が既存のイメージに捕らわれず、悪魔をデザインし直したらこのようになるのだろうか。悪魔以上に悪魔的なフォルム。もし自分がこのような姿で地上に顕現したかと思うと吐き気がする。早く終わらせたい。
「それでは始めます」
トラックの荷台から人形が飛び降り、リング状の光弾を放つ、リトルはそれを剣で受け止め、いきなり剣に吸収したその魔力をブレード光波として解き放った、人形はたちまち胴体が真っ二つになり、趣味の悪いオブジェと化して動かなくなった。
あぜん
―そ、そんな、我々の自信作が……―
―妖怪からの技術供与で作ったのに―
―だから、小型軽量のアリス製がいいと言ったんだ―
人形工房の一団がざわめいた、リーダー格の者が気を取り直して言った。
「……さ、さすがですね、続けてで悪いのですが、もう一体テストをしてください、では始めます」
砂の中から、もう一体の自動人形が勢い良く飛び出してきた。しかしリトルにとってその動きはとても単調だった。自分の弾幕を何度かかわされたが、人形自らが放った高熱のレーザーと、リトルから受けた被弾の熱で熱暴走を起こし、地面に突っ伏して、やはり、動かなくなった。
ぼーぜん
「ま、まだまだ、改良の余地はあるようです、ご苦労様でした、テストを終了します……とほほほ」
がっくりとうなだれる製作者たち、開発の道のりはまだまだ遠そうだった。
「まさに悪魔だ」 誰かが言った。
「あー快感」 そんな彼らの落胆など知る由もないリトルだった。
* * *
香霖堂に戻る途中で、ありえない光景をリトルは見た。
森の中を、何かが砂煙を上げて走っているなと思ったら、主のパチュリーだった。
足で走っていたのだ、あの虚弱体質が。
リトルが驚いていると、こっちに気付き、手を振った。
「いっちに、いっちに、あらリトル、もう仕事終わったの?」
「パチュリー様ぁ、どうしてそんな速さで?」
「ああ、報酬でもらったこのブーツを履いたら急に早く走れるようになったの」
パチュリーは、それはそれはさわやかに汗をかきながら走っていた。
―体調改善に加え、とうとう身体能力も向上しやがったな
でも、もとの病弱パチュリー様のほうがかわいかったかも―
などと不謹慎な事を考えながら併走する。香霖堂が見える、霖之助も爆走パチュリーに驚くばかり。
「ほう、そのブーツ、韋駄天の靴『LN-SSVT』じゃないか」
「そ、結社の連中が作った大砲を壊したら、人妖連合がくれたの、お金の代わりにね」
「リトル君の履いている靴は、『LN-502』だね」
「ええ、魔界を出るときに、お母さんがプレゼントしてくれたんですよ」
「そんな装飾が綺麗なだけの靴は止めなさいって、何度も言ってるのに、この子ったら聞かないの」
「え~、みんな使えない靴だっていいますけど、私は愛着があるんですよ」
郵便受けを見ると、叢雲玲治からの礼状と、ブンヴンズネスト管理人AYAこと射命丸文からの手紙が入っていた。
○ パチュリーさん、速やかに事態を解決して頂いてありがとうございます。
リトルさんもご活躍のようでなによりです。これで彼らも考え方を改めてくれれば良いのですが、
結社の横暴はますます強まるばかりです、我々は彼らに屈することなく戦わなければならないのです。
もしまた何かありましたら、そのときはよろしくお願いします。
○ 結社はどうも、妖怪の技術を導入して戦力の増強を図っているようです、しかしどこから妖怪の技術を導入しているのかは不明です。一説によると、妖怪の支援者がいるという話もありますが。かりにそれが真相だったとして、その妖怪はなぜ妖怪排斥を唱える者達を支援しているのかは分かりません。これは私の推測ですが、なんらかの理由で結社を利用する妖怪がいるのかも知れません。
「懲りない連中ね、まあ彼らが全幻想郷を席巻するなんてありえないけれど」
「お互い、相手の考えを認め合って共存できないのでしょうか」
「ううむ、結社の者は妖怪を全部追い出すと言っているし、最強硬派との和解は難しいかもな」
3人は一抹の不安を覚えたが。やがて気を取り直すように霖之助は道具の修理を始め、パチュリーは本を読むために2階に上がっていった。茶の間にリトルだけが残された。
しんと静まり返る部屋。先ほどまでの昂揚感が嘘のように消える。
なんだか恐ろしい領域にに首を突っ込んでしまった様な気がした。
紅魔館が遠い楽園だったように感じる。自分は楽園を追放された罪人なのだろうか。そんな空想が浮かんだ。
「リトル、紅茶をいれて欲しいわ」
そんなリトルの思考をさえぎるかのように、優しい主の声が届く。
「はい、ただいま」
リトルは一心不乱に紅茶の準備をする。
まるで、そうすれば楽園行きのチケットが手に入るとでもいうように。
* * *
結社の拠点がある愛作(あいざっく)村、そのリーダー義明の屋敷。彼は支援者である隙間妖怪、八雲紫に最近の情勢を説明した。義明は叱責される事を覚悟していたが、彼女の言葉は予想に反して穏やかなものだった。
「気にしなくても良いわ、私、あなたの事が結構好きよ、だから、これからも助けてあげる」
「いったい何故、あなたは妖怪なのに我々を援助するのだ? 何が目的だ?」
「いいえ、だから、いつも言ってるでしょ。あまり妖怪と人間がべたべたしているものだから、あなた達のような存在がいま、必要とされているのよ、あなたは私の救世主」
「我々が、あなたの同胞をも手にかけたとしてもか?」
「たとえば、怪我をした後、体の傷ついた細胞が免疫細胞に破壊される。その細胞にとっては酷な話だけど、体全体にとっては必要悪なのよ、そういう事、人間も妖怪も、時にはそうしてバランスを保たなければいけないのよ」
「あなたは、人間と妖怪、どちらの味方なのだ?」
「私は、幻想郷の味方よ」
それから紫は忽然と姿を消す。いつもこうだ、いつのまにか目の前に現れ、目をそらした隙に消える。その神出鬼没ぶりと飄々とした態度に、自分はこの者に遊ばれているだけではないかと思わされる時がある。
「まあいい、せいぜいこちらも利用させてもらうさ」
両親は妖怪に殺された。自分のような思いをする人間を二度と出さないために、妖怪に一切干渉されない人間の世を作る。義明は自分にそう言い聞かせた。
* * *
「でも、そのために多くの人々を悲しませる、人間の業ね」
「何を言ってるんですか紫様」
「ううん、藍には関係のないことだわ」
「何かお悩みでも?」
「ぜんぜん、ただね、大きすぎる、修正が必要だって考えていたの」
紫の真意は、彼女の式神である藍にさえもつかめなかった。