彼女は逃げていた。何も考えず、後ろも振り向かず、
ただ眼前の障害物を避け、その身体を前に進める事だけを考えていた。
だから彼女が自分の位置を知る事に意識を傾けた時、
彼女は自分が何処にいるか理解できなかった。
一面の竹薮。彼女は空を見上げた。
きめ細かい砂が擦れ合うような音を立てる笹の葉の隙間から
うっすらと月光に照らされた雲の混じった空が彼女の目に映る。
彼女は空を悲しげな瞳で見つめると、視線を前に戻した。
私は何処に行けばいいのだろう?もう戻れない。
彼女は前に進んだ。しばらく進むと、目前に淡い光を感じた。
ここで彼女が竹取物語を知っていたのなら、光る竹を連想したかもしれない。
しかし彼女はあいにくソレを知らなかった。ただその光が竹薮という場所に
不釣合いな、異常なオブジェクトであるという事は彼女にも理解はできた。
今の自分の置かれている状況は、停滞という袋小路だ。
異常な光の正体が、私をこの停滞から脱出させてくれるかもしれない。
彼女はそう考え、光の発生源に向った。
空は満月。しかし雲は多く、月は朧な姿を晒していた。
蓬莱山輝夜は雨戸を開け放ち、その朧月を静かに眺めていた。
余りに長い変化の無さが彼女の心の輝きを失わせていた。。
「綺麗ね…永琳。」
そういって微笑む彼女の瞳に光は無い。永琳は空になった椀に白湯を注ぐ。
輝夜は首を不思議そうに傾けると、月を眺めながら白湯で喉を潤した。
「姫。今日は曇り空なれどとても美しい夜です。散歩などなさってはいかがでしょうか?」
永琳の微笑みは痛々しかった。輝夜は首を捻り、永琳を見つめるとにっこり笑う。
「飽きたわ。百年も前にこの竹薮の隅から隅までを私は知ってしまったわ。」
「な…ならば、てゐを供に連れて行ってあげて下さいいませ。
彼女は私達に比べればまだまだ幼のうございます。きっと姫のお話に…」
輝夜は永琳の口をその手で塞いだ。そしてにっこり笑ってその手に少しだけ力を込めた。
「饒舌ね永琳。心配してくれているのかしら?でもこの月夜を楽しむには騒がしいわね。」
輝夜が手を離す。永琳は目を閉じると頭を下げ、輝夜に謝罪した。
「申し訳ありません…。」
輝夜はまた、呆然と月夜を眺め始めた。
光の出所を知った彼女は、立ち止まった。
竹薮の隙間から様子を伺う。家だ。質素だが広く優美な家。
光の発生源は、開け放たれた窓から覗く明かり。
彼女の目は二人の女性を写した。
一人は美しい黒い髪の若い娘。肌は白磁のように白く滑らかで、
知性と優美さを称えたその表情は、彼女を一瞬虜にした。
しかし彼女は、娘を「生きている」と理解できなかった。
ただその場に「居る」だけ。その場に「存在」しているだけ。
彼女はそう思った。
もう一人の娘は白金のように艶やかな銀の髪を持つ、
黒髪の娘より少し年上に見える娘。
知性を宿した凛としたその表情は少し曇っていた。
見るからに普通の村娘ではないだろう。
彼女は考えた。彼女達に道を聞くべきか否か。
数秒後、彼女は竹薮から飛び出した。
心配ない。彼女達は恐らく高貴な娘。
そうそう野蛮な事はしないであろう。
彼女の思惑は半分当たった。
ガサッ
竹薮から何かが飛び出した瞬間、永琳は弓を構えた。
月からの追手は何時来るか分からないのだ。従者として当然の行動だろう。
「あら。可愛い娘さん。」
輝夜はにっこり笑った。娘は怯えるような視線を永琳に向けた。
それを見た輝夜は永琳の前に手をかざした。
「永琳。弓を収めなさい。」
しかし永琳は弓を収めなかった。その表情は感情を宿さず、
その瞳は殺意に満ち溢れていた。
「月の民…。貴様姫を取り戻しに来たか?」
その言葉を聞いて娘は目の前の弓を構えた永琳という娘が何を言ったか理解できなかった。
月の民。そう彼女は月の民だ。しかしなぜ目の前の永琳はそのことを知っている。
彼女の記憶の中に該当する記憶がうっすらあった。
「人間となった蓬莱山輝夜を迎えに行く役目をおいながら、裏切り、輝夜と逃げた女。」
娘は笑った。額を押さえ愉快そうに笑った。
「あっはっは…そうか…そうなのですね八意永琳様!そしてその黒髪の娘こそ蓬莱山輝夜様!」
娘は笑い続けた。笑いながら言葉を続ける。
「あはっはっは、裏切り者!永琳様!貴方も!輝夜様!貴方もだ!
そして私も!私も裏切り者なのですよ!」
永琳が弓を構えたまま冷たい声で聞いた。娘は笑いを堪えるように額を押さえ愉快そうに話す。
「知ってますか?地球の人間どもが月まで来ましてね!戦況が不利になったので、
私逃げてきたんですよ!あはっは、今頃月の民はどうなっていることか?
愉快じゃあないですか!裏切り者が逃げた先には裏切り者がいたんですよ?」
輝夜は立ち上がった。そして一歩前に踏み出す。永琳が慌てて止めるが、
輝夜は首を横に振ると永琳を後ろに下がらせた。
「ねぇ貴方。貴方はとても面白そうね。表面だけは。」
「どういうことですか?」
娘はぴたりと笑うのをやめる。輝夜は娘の頬を両手で支えると、その瞳で彼女の瞳を覗いた。
「あら素敵な紅い瞳。ちょっと狂い気味なのが素敵よ貴方。」
「っ!」
ガスッ!
娘は指先を輝夜の喉に突きつけると鉛の弾丸で輝夜の喉を撃ち抜いた。
輝夜は夜空に鮮血を撒き散らし大きく仰け反る。
「姫!貴様!」
永琳が弓を構え、娘の心臓めがけて矢を放った。
ドスッ!
しかしその矢は輝夜のかざした手に突き刺さり、娘の心臓へは刺さらなかった。
「永琳、やめなさい。ねぇ貴方?」
輝夜は微笑を浮かべて喉を押さえる。娘は輝夜から目をそらした。
「あら、瞳を逸らさないで。お仲間じゃない。裏切り者仲間。」
「違う!違う!私は…本当に裏切ったわけじゃない!」
必死に叫ぶ娘に、輝夜は首を横に振る。
「ダメよ。貴方は逃げた。裏切り者よ?」
「な…ならば…、貴方の首を取って、月に帰る!
そうすれば地球に逃げた言い訳も付くと言うものだ」
輝夜はそれを聞くと上を向き、喉を晒した。
「あら素敵。永遠を殺せるのね貴方。やってみせて?」
「くっ…。」
娘は悔しそうに下を向いた。正面に視線を戻した輝夜は永琳に言った。
「ねぇ永琳?私は今手を上げているわね?」
「はい。」
「この手を下げたら彼女を殺しなさい。でもこの手が最後まで下がらなければ
彼女を貴方の弟子にしなさい。異論は許さないわ。いいわね?」
永琳はおとなしく頷いた。顔は見えない後姿だが、今の輝夜は嬉しそうだ。
数百年ぶりに永琳は輝夜の生命力を感じた。
輝夜は目の前の娘に近づくと、自分より背が高い彼女を見上げて言った。
「さぁ問題よ月の娘さん。貴方は裏切り者で月の民よ?
月に帰る手段は私の首を持って帰ることと貴方は言ったわ。
でも後ろの永琳は月に私を帰したくない…さぁ哀れな月のウサギさん!」
輝夜は両腕を広げた、そして歌うようにこう言った。
「貴方の月の民としての使命感と永琳の思いを両方解決し、
なおかつ私を納得させるように貴方が取るべき行動は何かしら?」
娘はしばらく考えた。こんな茶番に付き合う義務は無い。
私は月の民だ。裏切り者という汚名を返上するチャンスはまだ残っている。
しかし、恐らく断れば永琳の矢が自分の心臓を射抜くだろう。
逃げられない。娘はしばらく考えると笑った。
もう逃げられない。私も裏切り者の仲間入りだ。
私は逃げただけ。その逃げた代償が今目の前に突きつけられた難題だ。
「あっはっは…。」
しかし輝夜は優しい。こんなもの難題でもなんでもないじゃないか。
娘は右手を突き出すと満面の笑みで言った。その言葉に狂気は微塵も含まれて居ない。
「少し痛いですが我慢してください。」
輝夜も笑った。その瞳には光が宿り、その身体からは生命力が溢れている。
「ああ、鉛は止めて。お肌が荒れちゃうから。」
「では銀の弾丸などいかがですか?」
「あら素敵。」
ドガッ!
娘の放った弾丸が輝夜の額を撃ち抜いた。
満月。今日は本当に綺麗な満月だと輝夜は思った。
「姫~。」
ウドンゲが情けない声を上げてやって来た。
「聞いてくださいよ~。てゐがまた…」
そう言ってやってきたウドンゲは小麦粉まみれだった。輝夜はクスクス笑うと、
ウドンゲに隣に座るように言った。
「ねぇウドンゲ。もし、月の追手が来たらどうする?」
ウドンゲは首を捻ると不思議そうな表情で答えた。
「そんなの相手をコテンパンにして追い返しますよ?」
「あら?昔と言っている事が違うのね?」
ウドンゲはしばらく考えて、「あぁ。」と納得すると、苦笑いして言った。
「あの時私はまだ月の民でしたからね。しかしあの難題は簡単でしたね、だって…」
「月の民だったウドンゲは姫を殺し、首を持って帰りたかった。しかし姫は不死身、死ぬわけが無い。
と言う事は、永遠にウドンゲは姫を殺せず、私の願いは満たされ、そして姫は納得した。」
団子の入った皿をもってやって来た永琳がすまし顔でそう言った。
「師匠…私の台詞取らないでくださいよ…。」
「うふふ。でもウドンゲ、さっき貴方は何故月の民を追い返すと言ったの?貴方は月の民でしょう?」
それを聞いてウドンゲは苦笑した。永琳は答えを知っている。あえて聞いたのだ。
ウドンゲは頭をかきながら言った。
「家族は撃てません。それだけで…ふぁ…ふぇっくしょん!」
「ウドンゲ。お風呂に入っていらっしゃい。粉まみれじゃ気持ち悪いでしょう?」
「ふぁ~い。」
ウドンゲは鼻をズズッと吸い上げると、風呂場に向っていった。
輝夜は空を見上げた。空は満月、絶好の月見日和だ。
「良い月ね。こんなに良い月だと妹紅が来そうね。永琳、今日の肴は何かしら?」
「今日は味噌田楽にしてみようかと。妹紅が来たら鍋に火を入れますね。」
「そうね~。妹紅は田楽好きなのかしら?」
「大丈夫ですよ。何でも食べますから。」
永琳はそう言ってクスクス笑った。
楽しい毎日。殺し合い、一緒に杯を重ねる宿敵が居る。色々な表情を毎日見せてくれる家族が居る。
最近は紅白の巫女やら白黒の魔法使い達も遊びに来る。なんて楽しい日々だろうか。
輝夜はニコニコ笑って団子を口に含んだ。
「ん~おいちぃ!」
今日も元気だ団子が美味しい。輝夜の時間は今動き続けている。
ただ眼前の障害物を避け、その身体を前に進める事だけを考えていた。
だから彼女が自分の位置を知る事に意識を傾けた時、
彼女は自分が何処にいるか理解できなかった。
一面の竹薮。彼女は空を見上げた。
きめ細かい砂が擦れ合うような音を立てる笹の葉の隙間から
うっすらと月光に照らされた雲の混じった空が彼女の目に映る。
彼女は空を悲しげな瞳で見つめると、視線を前に戻した。
私は何処に行けばいいのだろう?もう戻れない。
彼女は前に進んだ。しばらく進むと、目前に淡い光を感じた。
ここで彼女が竹取物語を知っていたのなら、光る竹を連想したかもしれない。
しかし彼女はあいにくソレを知らなかった。ただその光が竹薮という場所に
不釣合いな、異常なオブジェクトであるという事は彼女にも理解はできた。
今の自分の置かれている状況は、停滞という袋小路だ。
異常な光の正体が、私をこの停滞から脱出させてくれるかもしれない。
彼女はそう考え、光の発生源に向った。
空は満月。しかし雲は多く、月は朧な姿を晒していた。
蓬莱山輝夜は雨戸を開け放ち、その朧月を静かに眺めていた。
余りに長い変化の無さが彼女の心の輝きを失わせていた。。
「綺麗ね…永琳。」
そういって微笑む彼女の瞳に光は無い。永琳は空になった椀に白湯を注ぐ。
輝夜は首を不思議そうに傾けると、月を眺めながら白湯で喉を潤した。
「姫。今日は曇り空なれどとても美しい夜です。散歩などなさってはいかがでしょうか?」
永琳の微笑みは痛々しかった。輝夜は首を捻り、永琳を見つめるとにっこり笑う。
「飽きたわ。百年も前にこの竹薮の隅から隅までを私は知ってしまったわ。」
「な…ならば、てゐを供に連れて行ってあげて下さいいませ。
彼女は私達に比べればまだまだ幼のうございます。きっと姫のお話に…」
輝夜は永琳の口をその手で塞いだ。そしてにっこり笑ってその手に少しだけ力を込めた。
「饒舌ね永琳。心配してくれているのかしら?でもこの月夜を楽しむには騒がしいわね。」
輝夜が手を離す。永琳は目を閉じると頭を下げ、輝夜に謝罪した。
「申し訳ありません…。」
輝夜はまた、呆然と月夜を眺め始めた。
光の出所を知った彼女は、立ち止まった。
竹薮の隙間から様子を伺う。家だ。質素だが広く優美な家。
光の発生源は、開け放たれた窓から覗く明かり。
彼女の目は二人の女性を写した。
一人は美しい黒い髪の若い娘。肌は白磁のように白く滑らかで、
知性と優美さを称えたその表情は、彼女を一瞬虜にした。
しかし彼女は、娘を「生きている」と理解できなかった。
ただその場に「居る」だけ。その場に「存在」しているだけ。
彼女はそう思った。
もう一人の娘は白金のように艶やかな銀の髪を持つ、
黒髪の娘より少し年上に見える娘。
知性を宿した凛としたその表情は少し曇っていた。
見るからに普通の村娘ではないだろう。
彼女は考えた。彼女達に道を聞くべきか否か。
数秒後、彼女は竹薮から飛び出した。
心配ない。彼女達は恐らく高貴な娘。
そうそう野蛮な事はしないであろう。
彼女の思惑は半分当たった。
ガサッ
竹薮から何かが飛び出した瞬間、永琳は弓を構えた。
月からの追手は何時来るか分からないのだ。従者として当然の行動だろう。
「あら。可愛い娘さん。」
輝夜はにっこり笑った。娘は怯えるような視線を永琳に向けた。
それを見た輝夜は永琳の前に手をかざした。
「永琳。弓を収めなさい。」
しかし永琳は弓を収めなかった。その表情は感情を宿さず、
その瞳は殺意に満ち溢れていた。
「月の民…。貴様姫を取り戻しに来たか?」
その言葉を聞いて娘は目の前の弓を構えた永琳という娘が何を言ったか理解できなかった。
月の民。そう彼女は月の民だ。しかしなぜ目の前の永琳はそのことを知っている。
彼女の記憶の中に該当する記憶がうっすらあった。
「人間となった蓬莱山輝夜を迎えに行く役目をおいながら、裏切り、輝夜と逃げた女。」
娘は笑った。額を押さえ愉快そうに笑った。
「あっはっは…そうか…そうなのですね八意永琳様!そしてその黒髪の娘こそ蓬莱山輝夜様!」
娘は笑い続けた。笑いながら言葉を続ける。
「あはっはっは、裏切り者!永琳様!貴方も!輝夜様!貴方もだ!
そして私も!私も裏切り者なのですよ!」
永琳が弓を構えたまま冷たい声で聞いた。娘は笑いを堪えるように額を押さえ愉快そうに話す。
「知ってますか?地球の人間どもが月まで来ましてね!戦況が不利になったので、
私逃げてきたんですよ!あはっは、今頃月の民はどうなっていることか?
愉快じゃあないですか!裏切り者が逃げた先には裏切り者がいたんですよ?」
輝夜は立ち上がった。そして一歩前に踏み出す。永琳が慌てて止めるが、
輝夜は首を横に振ると永琳を後ろに下がらせた。
「ねぇ貴方。貴方はとても面白そうね。表面だけは。」
「どういうことですか?」
娘はぴたりと笑うのをやめる。輝夜は娘の頬を両手で支えると、その瞳で彼女の瞳を覗いた。
「あら素敵な紅い瞳。ちょっと狂い気味なのが素敵よ貴方。」
「っ!」
ガスッ!
娘は指先を輝夜の喉に突きつけると鉛の弾丸で輝夜の喉を撃ち抜いた。
輝夜は夜空に鮮血を撒き散らし大きく仰け反る。
「姫!貴様!」
永琳が弓を構え、娘の心臓めがけて矢を放った。
ドスッ!
しかしその矢は輝夜のかざした手に突き刺さり、娘の心臓へは刺さらなかった。
「永琳、やめなさい。ねぇ貴方?」
輝夜は微笑を浮かべて喉を押さえる。娘は輝夜から目をそらした。
「あら、瞳を逸らさないで。お仲間じゃない。裏切り者仲間。」
「違う!違う!私は…本当に裏切ったわけじゃない!」
必死に叫ぶ娘に、輝夜は首を横に振る。
「ダメよ。貴方は逃げた。裏切り者よ?」
「な…ならば…、貴方の首を取って、月に帰る!
そうすれば地球に逃げた言い訳も付くと言うものだ」
輝夜はそれを聞くと上を向き、喉を晒した。
「あら素敵。永遠を殺せるのね貴方。やってみせて?」
「くっ…。」
娘は悔しそうに下を向いた。正面に視線を戻した輝夜は永琳に言った。
「ねぇ永琳?私は今手を上げているわね?」
「はい。」
「この手を下げたら彼女を殺しなさい。でもこの手が最後まで下がらなければ
彼女を貴方の弟子にしなさい。異論は許さないわ。いいわね?」
永琳はおとなしく頷いた。顔は見えない後姿だが、今の輝夜は嬉しそうだ。
数百年ぶりに永琳は輝夜の生命力を感じた。
輝夜は目の前の娘に近づくと、自分より背が高い彼女を見上げて言った。
「さぁ問題よ月の娘さん。貴方は裏切り者で月の民よ?
月に帰る手段は私の首を持って帰ることと貴方は言ったわ。
でも後ろの永琳は月に私を帰したくない…さぁ哀れな月のウサギさん!」
輝夜は両腕を広げた、そして歌うようにこう言った。
「貴方の月の民としての使命感と永琳の思いを両方解決し、
なおかつ私を納得させるように貴方が取るべき行動は何かしら?」
娘はしばらく考えた。こんな茶番に付き合う義務は無い。
私は月の民だ。裏切り者という汚名を返上するチャンスはまだ残っている。
しかし、恐らく断れば永琳の矢が自分の心臓を射抜くだろう。
逃げられない。娘はしばらく考えると笑った。
もう逃げられない。私も裏切り者の仲間入りだ。
私は逃げただけ。その逃げた代償が今目の前に突きつけられた難題だ。
「あっはっは…。」
しかし輝夜は優しい。こんなもの難題でもなんでもないじゃないか。
娘は右手を突き出すと満面の笑みで言った。その言葉に狂気は微塵も含まれて居ない。
「少し痛いですが我慢してください。」
輝夜も笑った。その瞳には光が宿り、その身体からは生命力が溢れている。
「ああ、鉛は止めて。お肌が荒れちゃうから。」
「では銀の弾丸などいかがですか?」
「あら素敵。」
ドガッ!
娘の放った弾丸が輝夜の額を撃ち抜いた。
満月。今日は本当に綺麗な満月だと輝夜は思った。
「姫~。」
ウドンゲが情けない声を上げてやって来た。
「聞いてくださいよ~。てゐがまた…」
そう言ってやってきたウドンゲは小麦粉まみれだった。輝夜はクスクス笑うと、
ウドンゲに隣に座るように言った。
「ねぇウドンゲ。もし、月の追手が来たらどうする?」
ウドンゲは首を捻ると不思議そうな表情で答えた。
「そんなの相手をコテンパンにして追い返しますよ?」
「あら?昔と言っている事が違うのね?」
ウドンゲはしばらく考えて、「あぁ。」と納得すると、苦笑いして言った。
「あの時私はまだ月の民でしたからね。しかしあの難題は簡単でしたね、だって…」
「月の民だったウドンゲは姫を殺し、首を持って帰りたかった。しかし姫は不死身、死ぬわけが無い。
と言う事は、永遠にウドンゲは姫を殺せず、私の願いは満たされ、そして姫は納得した。」
団子の入った皿をもってやって来た永琳がすまし顔でそう言った。
「師匠…私の台詞取らないでくださいよ…。」
「うふふ。でもウドンゲ、さっき貴方は何故月の民を追い返すと言ったの?貴方は月の民でしょう?」
それを聞いてウドンゲは苦笑した。永琳は答えを知っている。あえて聞いたのだ。
ウドンゲは頭をかきながら言った。
「家族は撃てません。それだけで…ふぁ…ふぇっくしょん!」
「ウドンゲ。お風呂に入っていらっしゃい。粉まみれじゃ気持ち悪いでしょう?」
「ふぁ~い。」
ウドンゲは鼻をズズッと吸い上げると、風呂場に向っていった。
輝夜は空を見上げた。空は満月、絶好の月見日和だ。
「良い月ね。こんなに良い月だと妹紅が来そうね。永琳、今日の肴は何かしら?」
「今日は味噌田楽にしてみようかと。妹紅が来たら鍋に火を入れますね。」
「そうね~。妹紅は田楽好きなのかしら?」
「大丈夫ですよ。何でも食べますから。」
永琳はそう言ってクスクス笑った。
楽しい毎日。殺し合い、一緒に杯を重ねる宿敵が居る。色々な表情を毎日見せてくれる家族が居る。
最近は紅白の巫女やら白黒の魔法使い達も遊びに来る。なんて楽しい日々だろうか。
輝夜はニコニコ笑って団子を口に含んだ。
「ん~おいちぃ!」
今日も元気だ団子が美味しい。輝夜の時間は今動き続けている。
ただ、ウドンゲが二人と遭遇した直後の会話が急過ぎる気がしました。
話はなかなかよろしかったと思います
ご指摘ありがとうございます。修正いたしました。
初歩的なミスで申し訳ありませんでした。