Coolier - 新生・東方創想話

春休暇中

2007/01/17 00:43:11
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ここ幻想郷の長かった冬もようやく終わりを迎えた。
次第に日差しが暖かくなり、降り積もった雪も融け始め、地面からは新芽が顔を覗かせている。
後は春が来るのを待つのみであった。それは動物、植物、妖怪、人間問わず幻想郷に住む全てのものが待ち望む活動の季節。
これは春を待つものの中で、特に春を待ち焦がれてしょうがない妖精のとある休日のお話である。





*  *  *





「もうすぐ春が来るね」
「だね~」


自宅の窓辺から外の様子を眺める妖精が二人。
雪で一面覆われた白銀の世界を見つめながら、立春のときを静々と待つ妖精が二人。
それは瓜二つの春の妖精、リリー・ホワイトとリリー・ブラックであった。
そしてここは、彼女たち二人の住処リリーハウス。
幻想郷の何処かにあると言われ、マヨヒガよりも辿り着くことが難しいと専らの噂である。
本人曰く――
アパ○ンショップに行ったらこの物件を紹介された、
条件も良いし、サービスでマスコットの貯金箱も貰えたので満足している、とのこと。


「っつても、まだまだ寒いけど」
「だね~」
「…あんた、寒いのが苦手なのは分かるけど少しはコタツから出なさいよ」
「だね~」
「人の話聞いてる?」
「だね~」
「……」


コタツに入り、だらしなく寝そべっているリリー・ホワイト。
そんな彼女のだらけっぷりに呆れ、雪景色に視線を戻すリリー・ブラック。
外でドサァッと、積もった雪が落ちる音が聞こえる。
暫し静寂が訪れる。
変わらぬ景色を眺めるのに飽きたリリー・ブラックは再度リリー・ホワイトに話しかける。


「今年は例年に比べて雪が多いから、私たちの出番はまだまだ先になりそうね」
「だね~」
「……」


再び静寂が訪れる。
ストーブの上に置いてあるやかんが、シュウシュウと蒸気を吐き出す。


「ねぇ、シロちゃん…」
「だね~」
「ねぇ…」
「だねぇ~」
「…ッ! いい加減だらだらすんのは止めなさいっ! 冬に入ってからずうっとこんな調子じゃない!
 これじゃあ、どこぞのニート姫と大差ないわよ!? そろそろ私たちの季節なんだから、シャキッとしなさい!! シャキッと!!」


いくら話しかけても生返事しか返さないリリー・ホワイトに業を煮やしたのか、
彼女の傍まで歩み寄り、檄を飛ばすリリー・ブラック。
これに対しリリー・ホワイトは気だるそうな視線をリリー・ブラックに投げ掛けると――
コタツの中に潜り込んでしまった。


「あっ!? コラッ、てめぇ! 逃げんなっ!!」


こうして、リリー・ホワイト&ブラックの激しい攻防戦は数十分にも及んだ。

――数十分後。
リリー・ブラックのしつこさに遂に諦めたのか、リリー・ホワイトがコタツの中から這い出てきた。


「もう! クロちゃん、しつこ過ぎっ! ストーカーの才能あるわよ、絶対に!」
「ハァ…ハァ…、あんたが……なかなか…出てこないからでしょうが…。
 それにしても…、何であんた…そんなにケロッとしてるの…」


数十分に及んだ激しい攻防戦で疲れきり、肩でゼェゼェと息をしているリリー・ブラックに対し、
リリー・ホワイトは何事も無かったかのようにピンピンしている。
流石は何度撃墜されても春を伝えることを諦めないタフガールである。


「乙女のひ・み・つ! …で、私をコタツから出そうとして、一体何が目的なの? ハッ! まさか!? 
 冬の間、この密閉空間で可愛い乙女と過ごす内に溜まりに溜まったやり場の無い性欲が春を迎えるとともに疼きだし、
 とうとうリリー・ホワイトという名の処女地をいざ開拓せしめんと強行手段に…」
「人の話聞けよっ!!」
「私たちは人じゃなくて妖精だよ? ほんとクロちゃんは冗談が上手いんだからぁ」
「あぁ、もう! そういうとこばっか聞き逃さないんだよな、あんたって奴は!! もっと前のことだよ! 攻防戦前っ!!」
「う~ん…、『それにしても…、何であんた…そんなにケロッとしてるの…』かなぁ?
 あっ、今気付いたんだけど『ケロッと』と『キャロット』って似てるよねぇ」
「関係ねえ!!」
「で、何の話だったの?」
「それはだな! え~っと…、そのぉ…」


「…何だっけ?」
「……」




自宅の窓辺から外の様子を眺める妖精が二人。
雪で一面覆われた白銀の世界を見つめながら、立春のときを黙々と待つ妖精が二人。
外からチュンチュンとすずめたちの囀りが聞こえる。
そして部屋の中からは怒鳴り声が聞こえる。


「あんたには気合が足らないのよ!」


バンッとコタツのテーブルを勢い良く叩くリリー・ブラック。
今までだらけていたリリー・ホワイトをコタツの向かい側に座らせ、説教の真っ最中である。
先程リリー・ホワイトに話の腰を折られた分、怒りは相当のものだった。
一方のリリー・ホワイトはというと、聞くとか聞かない以前にそっぽを向いている。
早く終わらないかなオーラだだ漏れである。


「ちょっと! こっち向いてちゃんと聞きなさいよ!!」
「大丈夫大丈夫、ちゃんと聞いてるから続きをどうぞ~」
「見え見えの嘘つくなっ! じゃあ、私がさっき言ってたことはを答えてみなさい!」
「え~と…、『スモールライトよりもガリバートンネルのほうが好きだ』だっけ?」
「全く違うし、そんなどうでもいい個人的なこと言わないから!? あんたには気合が足らないって言ったのよ! 気合が!!」
「私だって気合ぐらいあるよ~」


そう言って力こぶを作る仕草をするリリー・ホワイト。
だが、彼女の羽はぐったりと垂れ下がり、目もどことなく澱んでいる。
完全にやる気が無い。


「ねぇ、どうしたの!? もうすぐ春が来るってのに、何でそんなにもやる気がないの?
 もしかして、棚に入ってた賞味期限切れのお餅食べちゃってお腹が痛いとか? あれ程食べるなって忠告しておいたのに!」
「私はどこぞの大食いオバQみたいなことは間違ってもしないよ」
「じゃあ、どうして!? いつもは『もうすぐ春ですよ~!』ってはしゃいでたじゃない!?」
「春か…、もうすぐ春なのか~…」


窓の外へと視線を移すリリー・ホワイト。
その目にはどこか思い詰めたような、どことなく哀愁漂う雰囲気があった。
いつも元気一杯で、むしろ喧しいぐらいだった彼女が何故か落ち込んでいる。
この異常事態に、本気で彼女のことが心配になってくるリリー・ブラック。


「何か他人に言えない悩みでもあるの?」
「う~ん…、そうなるのかなぁ」
「じゃあ、私が相談に乗ってあげる。言っちゃえば少しはスッキリするかもしれないでしょ?」
「でも…」
「親友のことが信じられないっていうの?」
「…わかったよ、白状する」
「それでよろしい、で悩み事ってのは?」
「……実はね」
「ふんふん」
「……私、花粉症なの」
「……ヘッ?」
「花粉症」
「……か、花粉症って鼻水・鼻づまりとか目が痒くなるあれだよね?」
「そう、その花粉症」


「……」
「……」




自宅の窓辺から外の様子を眺める妖精が二人。
雪で一面覆われた白銀の世界を見つめながら、立春のときを
まだかまだかと待つ妖精が一人と、実はあまり乗り気でない妖精が一人。
外では新雪が日の光に照らされ、キラキラと美しく輝いている。
そして、部屋の中では沈黙が続いていた。


「…あんた春の妖精だったわよね?」
「うん」
「その春の妖精が…、花粉症?」
「もう苦しくて苦しくて」
「あっ! それで、春が来るってのにテンション低かったわけだ! ふ~ん、なるほどね~……って納得しねえよ!!」
「クロちゃんは花粉症の苦しさを知らないんだよ~」
「春の代名詞として知られるあんたが花粉症だなんて…、ウケ狙いとしか考えられないわよ!」
「ほんとにほんとだって! 苦しくて仕事どころじゃないんだからねっ!
 あ~…、春のこと考えたら急にやる気なくなってきちゃった…。クロちゃん、私の代わりやってくれないかな?」
「…ッ!? 何を…」


リリー・ホワイトの唐突な発言に驚きを隠せないリリー・ブラック。
春の妖精としての自分の人気と名声を知った上での発言か…。
私たち出番の少ない者にとって、あなたたちのような人気者がどれ程までに羨ましいか…。
それを代わりにやってくれ? 花粉症が苦しいから?
たかだかそんな理由で…。ふざけるんじゃない。我侭にも程がある。
リリー・ブラックに沸々と怒りが込み上げてくる。


「我侭もいい加減にしなさいっ!!
 自分がどれくらい人気があるのか知らないの!? 出番の少ない私たちの気も知らないで!!」
「少しの間でいいからさぁ、リリー・ホワイト(仮)ってことでお願いだよ~」
「あんたには春の妖精としてのプライドってものがないの!? しかも、(仮)って!? なんか嫌だなぁ、オイ!」
「じゃあ、(^o^)にする?」
「(^o^)!? なんだよ、この(^o^)って!? 漢字使えよ、漢字をっ! リリー・ホワイト(^o^)なんて逆に笑えねえって!!
 …ってか、なんでこんなことを急に言い出したの? 今までそんなこと一度もなかったでしょう!?」
「う~ん…、それは去年の春過ぎのことだったかなぁ…」


突然、回想モードに入り出すリリー・ホワイト。
怒鳴り過ぎて疲れていたリリー・ブラックには調度良い小休憩の機会だったので、
とやかく言わず彼女の気が済むまで話しをさせてやることにした。


「前に花が大量に咲き乱れる異変があったでしょ?
 そのとき色んな種類の花粉が飛び回って、それを吸った結果、
 私の免疫が過剰に反応して花粉症が発症しちゃったと思うんだよね~。
 それでさ、目が痒くて痒くて、涙も止まらなくて、とうとう堪らなくなって湖に顔洗いに行ったんだけど、
 途中チルノちゃんに会ってさ、『なに泣きながら笑ってんのさ! アハハハハ! バッカみたい!!』って笑われたの。
 いや~、そのときはスマイルを絶やさない自分の陽気なキャラを恨んだよ~。
 まさか、こんなところで裏目に出るとはね~。
 しょうがねえっつーの! これが私だっつーの! みたいな?
 それよりなにより、⑨のチルノちゃんにバカ呼ばわりされたことのほうがショックだったな~。
 自分のスマイルキャラ忘れて本気で落ち込んじゃった。
 それ以来、花粉症と変なトラウマができちゃって…」


余談だが、このときの素で凹んだリリー・ホワイトの顔を見たチルノは、
「あれはリリー・ホワイトじゃねえっす、絶対偽者っす」と動揺を隠し切れない様子だったとか。


「へぇ…、そんなことがあったんだ」
「全く…、花の異変で鼻に異変が起きちゃって私自身もたじたじだよ~」
「でも今年はいつも通りの春なんだから、そんなに悩む程酷くはならないんじゃない?」
「(スルーっすか…)そうかなぁ~」
「そうよ! 春の妖精はシロちゃんだけの特権なのよ!? 花粉症なんてなんぼのもんでしょ!?」
「…そうか~、…そうだよね、…そうだね! 私は春の妖精なんだよね! 花粉症になんて負けてられないわ!!
 私が春を伝えなければ誰が伝えるのよ!! 花粉症ばっちこ~い、よ!!」
「いよっ! 流石は春の妖精!! シロちゃんはそうでなくっちゃね!」
「それに根暗で口下手なクロちゃんには、陽気な春の妖精は務まらないからね~」
「ひどッ!!?」




自宅の窓辺から外の様子を眺める妖精が二人。
外では雪兎が二羽、雪の上で楽しそうに戯れている。
雪で一面覆われた白銀の世界を見つめながら、相棒のきっつい一言に
マジ凹みしている妖精が一人と、ひたすら溜息を漏らす妖精が一人。
そして、部屋の中では断続的に溜息が聞こえる。


「はぁ~~~っ…」
「……」


溜息をついているのは、先程悩みを解決したばかりのリリー・ホワイトであった。
悩みを聞いて欲しいオーラ全開でわざとらしい溜息をつき続けている……が、
リリー・ブラックは聞く耳持たずといった構えである。
先程の件もあり、迂闊に彼女に絡むとまたとんでもなく自分が疲れる目に遭うので
リリー・ブラックは外の風景に意識を集中し、なるだけ関わらないよう努めている。
しかし、未だにリリー・ホワイトの溜息は已むことはなく、わざとらしさが増すばかりである。


「ふぃ~~~っ…」
「……」
「ほぉ~~~っ…」
「……」
「とぅ~~~す…」
「ちょっ!? 耳元で気持ち悪い! 近い! 顔近いから!
 分かったわよ! 分かったから! 悩み聞いてあげるから落ち着いて!!」


リリー・ホワイトの執拗で悪質な絡みを無視することが出来ず、とうとう耐えられなくなったリリー・ブラック。
これ以上リリー・ホワイトを放って置くと何を仕出かすのか不安になってきたので、
聞きたくもないが仕方なく彼女の悩みを聞いてやることにした。
もう後にも引くことは出来ない。この際、とことん付き合ってやろうじゃないか。


「本当は聞きたくないけど…、他に悩み事でもあんの?」
「…えっ? よく私が悩んでるって分かったねクロちゃん」
「へへっ…、まぁね…」


春の妖精だからなのか。頭の中まで春爛漫だからなのか。
リリー・ホワイトの行動、言動はどれも常軌を逸している。
そんな彼女をリリー・ブラック一人で相手をするには手に余る。
手に余り過ぎて、誰彼構わず無理矢理にでも譲って回りたいぐらいだ。

お願い…、誰かこの子を止めて…。
リリー・ブラックは心の中で笑いながら盛大に泣いた。
誰にも聞こえるはずの無い心の叫びを胸の内に秘めながら。

このままじゃあ、私の精神が持たないかも…。
私の代を担う新メンバーでも募集しようかな…。
リリー・モスグリーンってのはどうだろう…。
結構ネーミングセンスあるかも…、やっぱりあたいって最強?
ウフ……ウフフフフ……。

ちょっとした鬱から現実逃避へとぶらり旅をしている彼女を知ってか知らずか、
トリップ気味の親友を気にすることなくリリー・ホワイトは淡々と自分の悩みを打ち明ける。
リリー・ブラックに休息のときはない。


「私ってさ…、どんなイメージがある?」
「…えーと、明るくて、バカで、春で、いつもにやけてるのが逆に怖くて、迷惑で…」
「そうだよね~、明るくて、可愛くて、いつもスマイルが眩しくて…」
「(聞いちゃいねえ…)」
「でもね! いつもいつも笑ってると、何故か皆にバカにされちゃうの! どう思う、クロちゃん!?」
「…だって本当にバカっぽいじゃない」
「ムッ! 失敬な奴め! 私だって好きで笑いっぱなしってわけじゃないんだよ!?
 これは春らしく陽気で、元気一杯な春の妖精のイメージを崩さないための努力なのです!!
 私だって、哀愁漂う大人の魅力を持ってるんだからね!
 それに私って意外や意外、結構博士タイプなんだよ~。能ある鷹は爪を隠すってね~」
「………」
「母数θを知るために、あらかじめこのθの値についてある仮説を設け、それに基づいて
 その母集団から抽出した標本を調査することによって、この正否を検討する方法を、
 統計的仮説……」
「だぁぁぁっ!! 分かった! あんたが博学なのは分かったから!」
「どんだもんだい! 少しは見直してくれた?」


エッヘンと何気にふくよかな胸を張るリリー・ホワイト。
持たざる者の気持ちも知らないで…。
こんちくしょう……忌々しい…。
それよりも、見た感じ春丸出しの彼女にこんな隠された能力があったことが未だに信じられないリリー・ブラックだった。

博学で、スタイルも申し分なく、顔も良くて、人気も高い。
何だこいつ…、パーフェクトじゃねえか…。
リリー・ブラックの頭の中に鈍器やら果物ナイフやら、やけに物騒な単語が次々と浮かんでは消えていく。

私はシロちゃんにそっくりだけど……私自身はどうなの?。
頭はそこまでよくないけれど、幻想郷内では数少ない常識人に入るのかな?
スタイルは?
自分の胸に手を当ててみるリリー・ブラック。
……ない。……ぺったんこだ。ハハッ、もう絶望的?
でも今のご時世、あるよりないほうを支持する声が高まってきてるって、文さんの新聞に載っていたような…。
顔はシロちゃんに負けず劣らずって感じだから良しとして…。
人気は?
花の異変のときに、「何だ、あの黒い奴は!?」って結構人気出たなぁ…。
それにツンデレだっけ? なんかよく分からないけど、そのツンデレとかいう奴のお陰で有名にもなれたし。
……でも、それっきり出番ないし。
総合的に考えて、シロちゃんの足元にも及ばない訳で―――


「ビィッチ!!」
「クロちゃん!?」


色々と思考した末、突き付けられた現実の厳しさについつい汚い言葉を口走ってしまうリリー・ブラック。
そんなうら若き乙女らしからぬ発言に、流石のリリー・ホワイトも驚いてしまう。


「どうして!? 私たちはこんなにもそっくりなのに…、どうして神はここまで過酷な運命を背負わそうとするの!?
 私なにか悪いとした!? ねぇ!? 教えてよ!!」
「お、落ち着いてクロちゃん!」
「これが落ち着いてられるかっての! あんたはまだいいよね、春になれば出番が来るし!
 それに比べて私なんか…、出番が来るまで三途の川の辺で小町さんと花札を楽しむ毎日!
 誰も来ないっつーの! 閻魔様に喧嘩ふっかけるような愚か者なんてそうそういねえっつーの!!
 この間なんて、映姫様にサボるな、仕事しろって小町さんと一緒にこっ酷く叱られたからね!
 もう踏んだり蹴ったりっすよ、私の人生!!」


ついに自暴自棄になって暴走を始めるリリー・ブラック。
そんな錯乱状態に陥っているリリー・ブラックを、彼女特有の穏やかな口調で諭すリリー・ホワイト。


「でもクロちゃん、よーく考えてみて? 毛玉とか名無し妖怪とかよりは断然マシでしょ?
 名前もあるし、クロちゃんのファンだっているんだから。
 クロちゃんにはクロちゃんだけの良さがあるんだよ? もっと自分を大切にしなきゃ駄目だよ~」
「そうだけど…」
「それに昔の人は、こういうことわざを残してるんだよ」
「?」


「…蛙の子は蛙って」
「ちっくしょーーー!!!!!!」
 

リリー・ホワイトは別に悪気があってこんなことを言ってるわけではない。
むしろ自暴自棄になっている親友を思っての慰めのつもりなんだろうが……、
痛い。彼女の優しさが……痛い。
天然キャラのせいなのか…、形振り構わない彼女の言動が心に重く突き刺さる。
分かっている…、頭の中では理解しているはずなのに…。

散々リリー・ホワイトに弄られた結果、もうリリー・ブラックの心はぼろぼろだった。
毎回毎回、リリー・ホワイトの毒舌グングニルを喰らっていた彼女の心はマイハートブレイク気味であった。
あのまま静かにグダグダさせておけば、こんなに自分が疲れることはなかったろうに…。
今になってリリー・ホワイトを無理やり会話に引き込んだことが間違いだと気付く。
しかし、スイッチの入ってしまったリリー・ホワイトは止まらない。


「ことわざの意味分かっての!? 慰めになってねえから!!」
「じゃあ、クロちゃんが毛玉から妖精にクラスチェンジしたのが原因なんじゃないかな~?
 能力的についていけてないんだよ、きっと」
「どんだけスキャンダラスな事実だよ!? そんな下手なこと言って皆が信じちゃったらどうするのよ!!
 ってか、毛玉!? 私たちずっと一緒だったでしょ!? 一体あんたは私の何を見ていたの!!?」
「冗談だって、冗談♪ クロちゃんってすぐムキになるからおもしろ~い」


怒りに肩を震わせ、顔を真っ赤にして怒っている彼女を、まるで子どものようにキャッキャッと笑うリリー・ホワイト。
そんなふざけっ放しの彼女に、とうとうリリー・ブラックは―――


「もう! どうしてあんたはいつもいつも! いつもいつも…!!
 私を小バカにした態度ばっかり…ヒック、 あんたなんかっ! あんたなんか…もうき、きらい…だ、
 ……く、うぅ…、うわぁぁぁぁぁぁんっ!!! ぐれてやるぅぅ!!!!」
「クロちゃんッ!? 待って! 待ってよクロちゃん!! 私が悪かったから! お願い、戻ってきてぇぇ!!」


バタンッと勢い良く扉を開け放ち、雪がまだ残る外へと駆け出して行ってしまった。
いわゆる家出、というやつだ。

早くクロちゃんに謝らなきゃ…!
必死に彼女を追いかけようとするリリー・ホワイト。
今になって気付いた…。
彼女をここまで傷付けてしまったことを。
悔やんでも悔やみ切れない。
とてつもない罪悪感に苛まされるリリー・ホワイトだった――が、それより何より…。


「それより何より……ドア開けっぱは寒いから! せめてちゃんと閉めてってぇぇぇ!!
 あぁ! 冷気が! 冷気がぁっ!! 温もりが失われていくぅぅぅ!!!」


外にはまだ雪が残っているが、日も出ていて出歩けない寒さではない。
しかし、リリー・ホワイトは春の妖精である。
普段冬の間は暖房のガンガン効いた部屋でぬくぬくするのが日課だ。
なので寒さには滅法弱く、少しの冷気でも致命傷なのである。

今、開け放たれている扉からはびゅうびゅうと冷気が吹き込んでいる。
これ以上、冷気にこの暖房の効いた聖域を侵食させまいと寒さから身を守るため
芋虫のように這いながら必死で扉に向かうリリー・ホワイト。
扉の前まで来て、早く閉めようとドアノブに手をかけたその時――


「うおぉぉぉぉっ!!! さんみぃぃぃっ!!!」


物凄い勢いで先程出て行ったばかりのリリー・ブラックが部屋に舞い戻ってきた。
ガタガタブルブル震えている様子を見ると、彼女もリリー・ホワイト同様に寒さには弱いらしい。


「さ、ささささっきはごごごめんんん! あやああやまるからあああ部屋の中に入れてえええ!」
「わわかわかったから、ははははやく! 早く扉を閉めてっ!!」





* * *





自宅の窓辺から外の様子を眺める妖精が二人。
外は既に日が暮れ始ていた。夕陽が白い雪を黄金色に染め、白銀の世界から金色の世界へと景色を変えていた。
夕陽で照らされた金色の世界を見つめながら、ストーブの前で肩を並べて暖を取っている妖精が二人。


「暖かいね」
「だね~」
「なんだかんだ言って暖かいのが一番だね」
「だね~」

「……」
「……」


暖かさに包まれながらの安らぎの一時。
騒ぎ疲れたのか、二人とも口数が少ない。
揺れ動くストーブの火を見詰めながらそれぞれ物思いに耽る二人。


「…さっきはごめんね、シロちゃん」
「えっ…?」
「シロちゃんのこと……きらいとか言っちゃって…」


リリー・ホワイトはさほど気にしていない様子だったが、
リリー・ブラック本人からしてみれば親友を裏切ったに等しい行動だった。
申し訳なさそうにうなだれるリリー・ブラック。
そんな彼女を優しく抱き寄せるリリー・ホワイト。
ふわりと暖かさがリリー・ブラックを包み込む。


「ちょっ! シロちゃん!?」
「謝るのは私のほうだよ…、いつもいつも自分勝手なことばっか言って…、クロちゃんをからかって…」
「……」
「ごめんね…、ごめんね…」
「シロちゃん…」


顔を上げるとリリー・ホワイトはポロポロと涙を流していた。
いつも笑顔を絶やさない彼女が……顔をくしゃくしゃにして泣いている。
彼女は彼女なりに罪悪感を感じてくれているようだった。

ただちょっと羽目を外しやすいだけで、とても優しい子。
案外、寂しがり屋で泣き虫なところも。
それはいつも傍にいる私が一番知っている。
こんなとき、いつもの調子で励ましてやればいいことも。


「フ、フンッ! 全く、ホントにいい迷惑よ!」
「…ごめんね」
「…いいのよ、あんたに悪気はないってことはちゃんと分かってんだから」
「でも…」
「だから謝らなくていいって言ってるでしょ! 私もあんたも謝った。これでおあいこなの! わかった!?」
「わ、わかった…」
「ほら、涙と鼻水拭いて。可愛い顔が台無しじゃない」


手頃な布がなかったので、自分の服の袖で彼女の顔を拭いてやる。
まだ肩を震わせてはいるが、どうやら落ち着いたようだ。


「落ち着いた?」
「うん、ありがと…」
「手間の掛かる親友なんだから」
「ほんとにごめんね…」
「ほらぁ、いつまでも暗い顔してないでスマイルスマイル♪」
「……うんっ!」


リリー・ブラックの暖かい笑顔に励まされ、次第に笑顔を取り戻すリリー・ホワイト。
こうして彼女たちにいつもの笑顔が戻るのであった。
彼女たちは笑顔を湛えながら暖かい時間を共有する。

そう、これが私たち。
励まし、励まされ。
泣いて、笑って、怒って。
ときには喧嘩をして、仲直りをして。
どちらが欠けてもいけない。
とても大切な存在。掛け替えの無い存在。
二人で一人。
これが私たち、春の妖精。


「ん? 何か言った、クロちゃん?」
「…何でもない」
「親友でしょう~? 教えてよ~」
「ちょっと! 苦しい、苦しいってば!」
「それそれ~、早く白状しないと私の包容力で窒息しちゃうぞ~?」


先程までとは考えられない立ち直りの早さで、すでにいつもの調子に戻っているリリー・ホワイト。
そんな彼女に再び抱きつかれ、何気にふくよかな胸に息が詰まりそうになる。
けど、不思議と苦しさはない。

春の日差しのように暖かい…。
春の花畑のようにいい匂い…。


「…ねぇ、シロちゃん」
「なぁに?」
「…もう少しこのままでもいいかな?」
「クスッ……いいよ」
「えへへ~」


いつも私が苦労してんだ。
たまには甘えてみるのもいいかな。
だから、今日はたっぷり甘えてやろう。
それぐらいならいいよね?

幻想郷はまだ冬一色。
しかし、その冬もいつか終わりを迎え、いずれ春が訪れる。
それまで春を待ちわびる二人の妖精の、春のように暖かい優しさ満ちた暮らしは続くだろう。
いや…、春が過ぎようと冬が来ようと、彼女たちの充実した生活は終わることはない。


「…クロちゃん」
「何~?」
「甘えてくれるのはいいんだけど…」
「いいんだけど?」


「やかんが沸騰し過ぎてのっぴきならねえ状況になってるよ」


「………ッ! うわーっ!! ヤバイヤバイ!! 煙が! 蒸気じゃなくて黒い煙がっ!!
 どうして早く言ってくんないの、あんたはぁぁぁぁ!!!」
「だって~、クロちゃんが珍しく甘えてるから邪魔するのも悪いかなって思って…。
 別に私が悪いわけじゃないよ~! プンプン!!」
「そ、そんな可愛らしく怒りを露わにされてもなぁ……じゃなくて!!
 は、早く春を! 違う違う!! 水っ! 早く水の用意をっ!!!」
「よい子のみんな~。冬場は乾燥していて火事が起き易いから、火元にはよく注意してね~」
「ちょっとあんたっ! 一人で変な方向に喋ってないでこっちを手伝どわっちぃぃぃぃぃ!!!!!!」


……多分、終わらない。

もうすぐ春って言ってもまだまだなんですが、こんな作品を作ってみました。
リリー・ブラック主観です。
リリー・ホワイトが腹黒過ぎたかも…。

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魚民
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コメント



0.1960簡易評価
2.90A・D・R削除
うっわまさしく春の妖精ww笑いが止まらなかったのです。
4.70nanashi削除
>気だるそうな視線をリリー・ブラックを投げ掛け→に投げ掛け
最後のツンデレ、安心しました。
5.無評価魚民削除
nanashiさん、ご指摘ありがとうごさいます!
早速、直しておきますね。
後、評価していただいて感謝です!
10.90SETH削除
>「うおぉぉぉぉっ!!! さんみぃぃぃっ!!!」
で爆笑しました
ナイスリリーw
20.100名前が無い程度の能力削除
これはたまらんwww
リリー萌
22.70名前が無い程度の能力削除
微笑ましくて可愛らしい、春の妖精お二方。
ご馳走さまでございました。
32.80しず削除
かーわーいーいー。
蕩ける程甘くて、ほんのりビターで。
ご馳走様でした。
35.80はむすた削除
顔文字で爆笑したw
良いリリーコンビですね。
36.90名前が無い程度の能力削除
どんだけ引っかき回しても最終的に「自宅の窓辺から外の様子を眺める妖精が二人。」に戻ってくるのがなんか癖になりそうでいい感じです。

>喧嘩ふっかような
脱字と思われます。
41.90削除
ええい、暦が間違っているのか?!いつの間にかここは春になっている!
42.80名前ガの兎削除
どうしようもねぇwww
43.無評価魚民削除
>脱字と思われます。

OH…、ホントだ…、すいません。
ご指摘感謝します!
誤字、脱字を見つけたら遠慮なくお願いしますm(_ _)m

喧嘩ふっかような→喧嘩ふっかけるような、に直しました。