Coolier - 新生・東方創想話

大妖精奮闘記(その2)~困窮の博麗神社編~

2007/01/13 12:03:43
最終更新
サイズ
20.51KB
ページ数
1
閲覧数
1089
評価数
12/84
POINT
4380
Rate
10.36
※第1話は作品集35にあります。












 『賽銭…ごはん…おかず』
 とても短いこの手紙…これを読んだ方は何を思い浮かべるでしょうか?
 たぶん、大体の方は何も思い浮かべることが出来ないと思います…いえ、もしかすると、文字の雰囲気から禍々しい気配を察するかもしれませんが、それを除けば。
 ちなみに、私がこれを読んだ時に感じた第一印象は…

「あ…私…死んじゃった(既に確定)」

 でした。

 そう、このお手紙の差出人は楽園の困窮巫女こと博麗霊夢さんです。
 博麗神社に住み、幻想郷の異変を解決する泰然としたお巫女さん…だったのも今は昔、最近では、博麗神社に棲む幻想郷最恐の捕食者との噂が絶えません。
 例えば、永遠亭の兎さん達には、博麗神社の周囲十里への立ち入りが禁止するとのお達しがなされたそうですし、ある森では、巫女の接近を伝言鳩により森中に伝える早期警戒網が敷かれ、その訓練に余念がないといいます。
 ただ、唯一の救いはそれが噂であって、事実かどうかはわからないということなのですが…
 でも、巫女に襲われて生きて帰った者はいないという噂もあるので、確認のしようがない気もします…うう。
 さて、そんな楽園の困窮巫女さんから届けられた死への招待状…その恐怖のお手紙はなかったことにしたいなんて思ったのですが、チルノちゃんからのお願い、そして大ガマさんへの責任等々を考えると、そんなことは出来ませんでした。
 こんな時には、自分の変な意味での責任感の強さが恨めしいです。



 さて、チルノちゃんや、他のお友達と遊んだ霧の湖。その名とは裏腹に、くっきりと晴れ渡った湖上を私は進みます。
 今までなら、大ちゃん大ちゃんと近寄ってきてくれるお友達は、なぜか遠巻きに私を眺めているだけです。とても悲しいです…
 やはり、お手紙を読んだ後の記憶の空白の間に何かがあったんでしょうか?
 手がなんか赤かったですし…何したんでしょう私?どなたかご存じでしたら教えて下さい。
「はぁ」
 ため息を一つ湖上に落とし、私は進みます。
 寂しいです…でも、五つの(無理)難題を解決したら、みんなもきっと私の側へと戻ってきてくれる…そう信じて、私は進みます。

 相も変わらず青い空、もう一度みんなとこの空を飛び回れますように…

 青い青いその空へ私は祈ります。

 そう、なんだかんだ言って、第一の依頼は果たしたのです。
 ほら…フランドールさんだってそんなに悪い子じゃなかったですし…帰りがけにおみやげまで頂いてしまいました♪やはり噂とはあんまりあてにならないものなのです。命の危険は確かにありましたが…あれ?
 こほん、さて、気を取り直して手を見れば、紅魔館を出るときにもらったお土産があります。何でも、紅魔館自慢のケーキだそうですが…これは帰ったらみんなと食べようと思います。
 チルノちゃんや大ガマさんと仲良く食べられたらいいなぁ…でもその前に私が食べられないようにしなきゃ。
 …うう、自分を励まそうと色々考えるのですが、どうしても思考がネガティブ方向へと行ってしまうようです。
 だめだめ、私はちゃんと依頼を受けて行くわけですから、ちゃんと笑顔でご挨拶しないと…私ばかりか、大ガマさんのご迷惑にもなりますし…
 私は、自分で頬をふにゅふにゅとして緊張をときほぐします。
 ほら…やっぱり笑顔でご挨拶すれば、どんな方ともコミュニケーションがとれると思うのですよ。
 霊夢さんにもそんな感じでご挨拶できれば…きっと…笑顔は通じると思うんですよ。ほら、フランドールさんにも笑顔でご挨拶したら、笑顔と弾幕が返ってきましたし…あれ?
 …こほん、何はともあれ、緊張はときほぐしておくのが一番です。
 私は、とってもこわばっている自分の頬をふにゅふにゅとやってやわらかくしておきます。

 気がつけば、まもなく湖岸へとたどり着くあたりまで進んでいました。時が過ぎ去るのは早いです…もうちょっと遅くてもいいのに…
 さて、つい出てきた本音は置いておいて、私は森の上空に入り、博麗神社に針路をとります。
 ああ、無事に湖に帰れるでしょうか…
 振り向いた先の景色はとても懐かしくて…思い出が蘇ってきて…私は戻りたい誘惑にかられます。
 でも、依頼を果たさずに帰るわけにはいかないのです。私は、背後の見慣れた景色に心で手を振り、未練を振り払うように、速度を上げて博麗神社へと向かいました…







 順調に…嫌なくらい順調に飛行を続けた私は、とうとう視界内に鳥居を視認しました。
 常時不安定な思考を繰り返している私の頭は、ますます混乱しています。
 五体満足に帰れるのでしょうか…というより、下手したら死体すらなくなりそうな気がします。
 そんなことがあったら…チルノちゃん、大ガマさん、私の家に髪を一房置いてきたので、せめてそれでお葬式でもして下さい…危ないので探しに来なくてもいいですから…うう。
 でも、せめて食べられるんなら楽にしてほしいです。生きたままお鍋でぐつぐつとか、お魚のように活け作りにされたりなんかしたら…
 思わずぞわっとしてしまいました。自分で嘘だと言い切れないのが怖いです、本当に怖いです…
 ふと、眼下の森が目に入ります。
 所々に岩があったりします。

 …上空からあの岩に突進すれば、楽になるかもしれません。

 思わずそんなことを考えてしまいました。
 依頼先に向かう途中の事故…ええ、事故です。飛行中に針路を誤り、全速で大岩に突進…それなら大ガマさんの名も傷つきませんし…
「だめだめ」
 私はそう言って首を振ります、真面目に考えてしまいました。
 いけません、ちゃんと依頼は果たさないと…ええ、例えこの身が食べられようとも!

 …うう。



 さて、そんなことを考えている間にも、鳥居はぐんぐんと迫ってきます。自分から近づいているはずなのに、向こうから迫ってきている気がするのは気のせいでしょうか?気のせいですね、私はもう色々といっぱいいっぱいです。
 果たしてあの鳥居から生きて出ることが出来るのか…不安です、心配です、自信がありません。あの鳥居が大きな口に見えてきました、赤いですし。
 でも、もうここまで来たら引き返すわけにはいかないのです。もし私が食べられたとしても、それで依頼は達成なのです。
 だから…せめてあまり痛くしないで欲しいです、熱いのも嫌です。食べるならせめて一撃で…あ、でも、願わくば生きて帰りたいです…
 鳥居まであとわずかの距離まで迫った時、私はゆっくりと降下しました。
 地に足がつき、私は、もう後戻りが出来ないことを感じました。

「あ…あの…大ガマ相談所の者ですが…博麗霊夢さん?」
 鳥居の前に立ち、私は言いました。しかし反応はありません。
 す~っと風が通りすぎて…向こうに見える静かなばかりの境内に、ますます寂しさを増やしていきます。
 心なしか、急に雲が出てきて日がかげってきたように思います。不気味すぎです。
 ちなみに、何故境内に入らないのかは察して下さい。
 ほら、あるでしょう、危険からはちょっとでも離れたいと思うときが…例えそれが無駄なことだとわかっていても。
「…あれ?」
 しかし、荒廃した…としか言いようがない神社からは何の返答もありません。お留守なんでしょうか?
「博麗霊夢さん?」
 私はもう一度言いました。しかし、その言葉は静まりかえった境内に吸い込まれ、帰ってくることはありませんでした。
 …お留守ならそれでいいのです、少しだけですが私の寿命は延びるのです。
 ですが、もし霊夢さんが栄養失調で倒れて動けなかったりしていたら…?もしかしたら、空のお椀を持ったまま、台所で生と死の境を彷徨っているのかもしれません。
 うん、助けないとダメです。助けた瞬間に、逆に私が助けを乞わなければならないような気がしてならないのですが、私は行かなければなりません。
 先程私が放った言葉は、私自身の未来を暗示していたのでしょうか?そんな気がしてならないのですが、でもやっぱり行かなければなりません。
 私の辞書には、どんなものであれ約束を違える、困っている他人を見捨てるという言葉はないのです。
「征こう」
 私は精一杯の勇気を込めて自分に言い聞かせます。
 口に出した勇敢な言葉が、自分の耳に伝わった時には、なぜか「逝こう」に変わっていたのは気にしないようにしておきます。
 気のせいです、まぐれです、気まぐれです…なんか変になった気がするのですが、何はともあれ先に進まなきゃ…
 霊夢さん、ちゃんと食材は持ってきました。お賽銭も持ってきました。栄養失調の心配はもうないですから、だから…

 私を食材と間違えないで下さいね?





「れ…霊夢さ~ん?ご無事ですか?無事なら返事をして下さい、大ガマ相談所の大妖精ですよ~」
 私は、意を決して境内に入り、おずおずと霊夢さんを呼ぶのですがお返事はありません。
 ちなみに、入るときに、鳥居に『大妖精ここに死す』と書いておいておこうかと思ったのですが、本当になりそうで怖かったのでやめました。
「霊夢さ~ん?」
 しかし、やはりお返事は返ってきません。お腹がすいて、言葉まで食べちゃったのでしょうか?
 …洒落のつもりが洒落にならなそうなので怖いので、これ以上想像するのはやめようと思います。
「霊夢さ~ん」
 う…う~ん、やはり返事はありません。怖いですが、やはり建物の中に入るしかないのでしょうか?
 私は、建物に入る前に、ひとまず依頼にあったお賽銭を入れておきます。四十五円…始終ご縁がありますように…と。
 
からん

軽やかな音を立てて、お賽銭は賽銭箱の中へと落ちていきました。続いて、私は鈴を鳴らします。

がらがら…がらがら…

 最近使われていなかったのか、随分と汚れている鈴は、埃を落としながら音を立てます。ついでに鈴まで落ちてきそうなのがなんか怖いです、仕方がないのでゆっくりと揺らすことにしました。
 私は祈りましす、またチルノちゃんや大ガマさんとお話できますように…と。
 ささやかな願い…でも、その願いのなんと難しいことか…

「よし」
 一瞬の沈黙の後、覚悟を決めた私は本殿横にある建物へと足を踏み出しました。ちなみに、何の覚悟かは察して下さい、白玉楼の桜はきれいでしょうか…いえなんでもありません。
 あの扉の先にあるのは一体何なのか…板『戸』一枚先は地獄、そんな言葉が思い浮かびましたが、首を振って打ち消しておきました。
 扉を開けたらそこにはひからびた巫女の死体が…なんてことがあっても不思議ではないですし、逆に私が死体のない殺妖…どっちかっていうと食妖?…被害者になる事だって十分考えられます。
 …考えたくないですが。
 
とんとん

 私は意を決して扉を叩きます。しかし、返事はありません。
「あ…あの、霊夢さん?ごめんください、大ガマ相談所の大妖精ですが、ご依頼のごはんとおか…」
 あれ?
 私がそこまで言いかけた時、何故かさっきまで閉まっていた扉が開いていていました。おかしいです、目の錯覚でしょ…
「きゃっ!?」
 次の瞬間、私は、圧倒的な力にねじ伏せられました。
「あ…う?」
 何が何だかわかりません、気配も何も感じませんでした。ただ一つ確かなのは、相手が私に害意を抱いているということでしょうか?
「う…あう…」
 私は必死に身体を動かそうとしますが、それすらもできません。信じられない位の強い力…一体誰が…?
「チルノだってなかなかやるじゃない、まさか本当にごはんを届けてくれるとは思わなかったわ。自走式のごはんなんてなかなかじゃない♪」
 その時、とても陽気な声が頭上から聞こえてきました。
「霊…夢…さん?」
 苦しい呼吸の中で私は言いましたが、その『声』に変化はありません。それどころか、私の頬をつついてこう言ったのです。
「妖精って食べられるのかしら?でもなかなか大きい肉ね、ふにふにしてやわらかいし…上物ね」
「ちょ…霊夢さん!?」
 あの…色々と突っ込みたい所はあるのですが、ひとまず、私はごはんじゃありませんよ!?
 明らかに私食べ物としてしか見られていない気がするんですが…
 ああ、さっき笑顔をつくろうと頬をやわらかくしていたのがまずかったのかもしれません。笑顔を見せる間もなく食べられそうです。もしかして私って努力の方向を間違えたのでしょうか?
 いえ、それ以前の問題が多々ありそうですが…
「鍋もいいし焼くのもいいわね、蒸し焼きも…でも…」
「あ…待って…待って下さい!」
 あ、でもそんなことを考えている場合じゃありません。
 私は必死に叫びますが、その言葉は霊夢さんには届かないようです。一瞬の沈黙の後、霊夢さんはこう言いました。
「ひとまず、腹ごしらえに何口か食べておこうかしら?」
「わーん!!」
 妖精を生のまま丸かじりっていうのは人間としてどうかと思うんです霊夢さん!いえ、妖精の私が人間のあなたに、人間のなんたるかを説くのは非常におかしい気がするんですが、でもそれってやっぱり違うと思うんです!
 ほら人間としての尊厳とか、そういった所の部分で…
「あ…痛っ!?」
 ですが、次の瞬間、羽根に大きな力がかかるとともに、その一枚がいともたやすくもぎとられました。
 痛いです、とっても痛いです…
「…うん、少し固いけどまぁ美味しいわ」
「嘘ー!?」
 私って美味しいんでしょうか?背中の痛みも忘れて、そんなことを考えてしまいました。
 私を押さえつけたまま、霊夢さんはもぐもぐと『私』を食べます。これが博麗の巫女の妖怪退治の手法なのでしょうか…?
 確かに、私たちはばらばらにされても復活しますけれど、それにだって限度があります。特に、食べられたりしたらもう…
「さてと…」
 私が、そこまで考えた時、霊夢さんが羽根を食べ終えたらしく、腕に力を込めます。
「あ…うっ!?」
 苦しくて…苦しくて…私は、もはやこれまでと覚悟を決めました。そういえば、さっき神社に『始終ご縁』を入れたのは、もしやこういう意味だったのでしょうか?せめて『十分ご縁が』にとどめておくべきであったと私は後悔しました。
 私は、この地で生きたまま食料にされてしまうのでしょう…人間には、妖怪に食べられない為の注意書きを示した書物があるそうですが、妖怪や妖精にも、人間に食べられない為の書物が欲しいと思うのです。
 ああ…チルノちゃん…は無理だと思うので大ガマさん、どうか私のような哀れな犠牲者をこれ以上出さないために、その書物を作って下さい。
 そして…その一項目には、そのきっかけとなった事件の事を一言書き添えて頂けましたら大妖精は満足です。満足して巫女のお腹の中に逝きます、さようなら…



……



……



「あれ?」
 ですが、私が目をつぶり、妖生の終わりを覚悟したのに、なぜか予期された痛みはきません。
 それどころか、身体にかかっていた重さや力がなくなっていて…あれ?

「…もぐ…うぐ…美味しい、美味しい…ぐすっ!」
 不思議に思ってふと隣を見ると、私が紅魔館でもらったケーキを美味しそうに食べる霊夢さんの姿がありました…あれ?
「…甘い…甘い食べ物なんて何日…いえ何週間ぶりかしら…最近は食べられる草すらなくなってきたのに…」
「霊夢さん…」
 大粒の涙を流しながらケーキをほおばる霊夢さんに、何故か私も涙がこぼれてきました。
 羽根を一枚食べられた事なんてもう気にしません、羽根を一枚食べられたら、もう一枚を差し出せばよいのです。
「霊夢さん、大ガマ相談所の者です。ご要望の…ごはんとおかずを…」
 しばらくして、私はそう言って霊夢さんの肩に手を置きました。
 大きなケーキは既にその姿を消し去り、幸せそうに座り込む霊夢さんの姿がそこにありました。
「大…妖精?」
 そう言って私を見上げる霊夢さんの姿に、もはや敵意は感じられません。というか、名前を呼んでくれているあたり、ちゃんと食材ではなく会話の相手として認識して下さっているようです。
「はい、お台所をお借りしてもよろしいでしょうか?すぐにご飯を作りますので」
 私は笑顔でそう言いました。笑顔の練習…それがやっと本来の役に立ったようです。
「え…ご…はん?」
 呆然とした表情で私を見る霊夢さんに、私は重ねて言いました。
「はい、大ガマ相談所にお手紙を下さったでしょう?賽銭はもう入れましたので、次はご飯です」
「あ…」
「はい?」
 口を開けて黙り込む霊夢さん…それでも何かを言いたそうな彼女に、私は優しく問い返します。
「うわーんっ!!ひっく…ひっく…」
「霊夢さん…」
 そんな私に、霊夢さんはみるまに目に涙をためて泣き出しました。
「…ぐすっありがとう…ありがとう…」
 大粒の涙を流しながらありがとうと言い続ける霊夢さんの姿は、さっきまでの悪鬼のごときその姿とは全く違うものでした。
 そこにいるのはただただ感謝と喜びを表すか弱い乙女の姿…私は、今まであんな噂を一部とはいえ信じていた自分を呪いました。
 生への最低限の栄養が供給された時、それが霊夢さんの心にも栄養として供給されたのでしょう。
 そして、その結果、彼女は人としての尊厳を取り戻したのだと思います。
 衣食足りて礼節をしるとの言葉がありますが、霊夢さんには、礼節どころか人としての最低限の尊厳を保つための食料すら供給されていなかったのでしょう。
 憎むべきは貧困であって、私に襲いかかった霊夢さんではなかったのです。いえ、あの霊夢さんは霊夢さんであって霊夢さんではない、貧困という疾病に取り憑かれた、哀れな食妖生物だったのでしょう。
「ありがとう…ありがとう…」
「いえ、立てますか霊夢さん?」
 ありがとうと繰り返す霊夢さんに、私は言います。
 そして、ただこくりと頷き、立ち上がる彼女を見て私は言葉を続けました。
「それじゃあお台所をお借りしますね」





「おひひゅいい!ふぉにょふぉひふあっ!!!」
「あの…そんなに急がなくてもご飯は逃げませんので、どうかゆっくり食べて下さい」
 私は、目の前で『猛食』している霊夢さんに声をかけますが、怖くて近づけません。
 大泣きになりながら次々とご飯をかっこむ霊夢さんの様子は、残念ながら、乙女というよりもはや獲物に襲いかかる肉食獣のようです。
 しかも、それだけの速度で食べていながら米粒一つ汁一滴すらこぼさないのは、もはや神業と言ってもよいのではないでしょうか。しかも、お皿を見ると『舐めたように』綺麗です。
 でも、私の目には舐めている様子など見えません、きっとこのお皿がそういう仕様なんでしょう、そう言って下さい。
 ちなみに、もはや蜘蛛の巣だらけの竈に対し、光り輝いていたお釜は非常に気になりました。普通は気にならないはずなのに気になりました。
 …でも、あれもきっとたわしで綺麗に磨かれたのでしょう、たわしはどこにもありませんでしたが、きっとそうに違いありません。
 だって、そうじゃないとやはり霊夢さんの尊厳についての疑惑が持たれてしまいますから。
「おひゃわりっ!」
「はいはい、ちょっと待っていて下さいね」
 勢いよくおひつを差し出した霊夢さんに、私は微笑みかえしてお茶碗を差し出します。
 霊夢さんが食べている内に次を入れておかないと間に合わないのです…
 全ての食材を調理しておいてよかったです、あとは作り置きしておいたり、下ごしらえをしていて…そうじゃないと、妖食生物困窮巫女が復活してしまうかもしれなかったのです…
「ありがひゅふっ!」
 さて、私からおひつを受け取ると、お礼も言いかけで食べはじめる霊夢さん。よくこれだけの速度で食べてのどに詰まらないものだと思うのですが…
「ほひひい!!」
 喜色満面で美味しい(多分)と連呼しながらご飯を食べている霊夢さんを見ていると、とても嬉しくてついつい次を入れてしまうのです。
 雛の口にえさを入れてあげる親鳥の気持ちが少しわかったような気がします…





「ううっありがとう大妖精、これであと十日間は何も食べなくても生きていけるわ」
 食事を終えた後、霊夢さんは私の手を握りながらそう言いました。力強いその手が、私にその感謝の念の深さを何よりも雄弁に語ってくれていました。
「そ…そんな返答しにくい事を言われましても…でもどういたしまして」
 私は、苦笑いしながらそんな霊夢さんに答えます。
 食卓は、壮絶な戦いの果てに平穏を取り戻していました。
 そこには『綺麗な』お皿が散乱し、その戦いの激しさを物語っていました。そう、私が持ち込んだ十日分の食材は、十日どころか十分もたたない内にその全ての戦力を喪失し、霊夢さんに文字通り『飲み込まれた』のです。
 これは…もうある意味奇跡だと思います。霊夢さんのお腹がほとんど膨らんでいないあたりも…
「せめて食後のお茶でも出すわ、まだ使用回数二桁の新茶があるのよ。特別な時にしか出さないのだけど…あなたにだったら出してあげるわ」
「いえいえ、おかまいなく」
 さて、心からの好意を見せてくれる霊夢さんに、私は少しだけひきつった笑顔で答えます。
 新茶の意味が違うとか、それは多分お茶っ葉とは別なものになっているとか、言いたいことは色々とあるのですが、ひとまず、今度来るときにはお茶っ葉も持ってこようと思いました。
「私はそろそろ次に行かなければならないのですよ、今度また来ますから…」
 私はそう言って立ち上がります。
「そう…わかったわ、本当にありがとう大妖精。気をつけてね、何故か羽根が一枚ないみたいだし…」
「あ…あはは…」
 心底心配そうに言う霊夢さんに、私は乾いた笑いで答えました。やはり『あの時』私は食料としてしか見られていなかったのでしょう、紅魔館でもらったケーキがなかったら私は今頃…
 今更になって恐怖心が戻ってきました。でも…
「大丈夫?」
 私の顔色を見て、そう言ってくれる霊夢さんを心配させるわけにはいきません。私は、背中の痛みも、そして先程の恐怖も忘れて、精一杯の笑顔でこう答えました。
「はい、もちろん♪」
 罪を憎んで人を憎まず、飢餓を憎んで捕食を憎まずです。
 あの時の霊夢さんは霊夢さんではなかった、困窮巫女だったんです、そうです、それでいいじゃないですか。
 だから、今目の前にいるひとは…
「あら、背中に傷があるわね。薬なら無駄にたくさんあるからとってきてあげるわ」
「ありがとうございます」
 心優しい楽園の素敵な巫女…博麗霊夢さんなのです。



 霊夢さんが部屋からいなくなった時、私はふと外を見ました。
 来たときには不気味さしか感じられなかった境内も、今では心なしか優しく感じられます。
 青い空から明るい光が降りそそぎ、荒廃しきった境内を明るくしてくれています。
 霊夢さんが霊夢さんになってくれたのですから、きっとこれからは境内はだんだんと片づき、人妖の心のよりどころになっていくことでしょう。
 私も、今度は依頼抜きでこようと思います。もちろんご飯を持って…



「大妖精、ほらあっち向いて服脱いで、私が塗ってあげるから」
 私が外を見ていたら、いつの間にか戻ってきていた霊夢さんが言いました。
 その声からは、善意以外の何も感じ取ることができません。
「はい、お願いします」
 私はそう言って霊夢さんに背を向け、服をはだけました。
 無防備な姿をさらすのは相手への信頼の表れです、ここに来る前なら…私の背後にいるのが『霊夢さん』ではなかったら、できなかった行動なのです。
「ちょっとしみるわよ、その代わりよく効くから…」
「は…うっ!?」
 霊夢さんが優しく言った直後、私は激痛を感じて飛び上がりかけました。
 …確かにすっごくしみます。
「ああ、もうちょっと我慢してね」
「はううっ!!!」
 あまりの痛さに、私は思わずうつぶせになってしまいました。
 でも、これは霊夢さんのご好意ですし、しばらく放っておけばまた生えてくるとかそんなことは言えません。
「もう、まぁいいわ、そのまま寝てなさい。あともうちょっとだから…」
「は…い~」
 もう言葉がほとんど出せません。最初にここに来たときも、似たような思いをした気はしないでもないのですが、でも、それとは明らかに何かが違いました。
 そう、痛みがとても優しいんです。
 今日この建物の手前で霊…もとい困窮巫女に襲いかかられた時に味わった恐怖や、痛み、そんなものとは全く異質なものなのです。
 今の私は『霊夢さん』を知らない人から見れば、今まさに困窮巫女に喰い殺されんとする哀れな妖精にしか見えないのでしょう。
 でも、私にはわかるのです。今の霊夢さんは、そんな事をするはずがない、とても優しいのだと…そう思って、私は無防備な背中を霊夢さんにさらし続けました。
「あとは消毒薬もどっかに…あ、これね」
 薬箱から何かを取り出した霊夢さんは、そう言って小瓶の蓋を開けると、傷にその中身を塗って下さいました。
「は…う~」
 今度は特にしみるわけでもなく、むしろじわじわとした痛みがありますが、でも何か気持ちいいくらいです。
 私は気の抜けた声を出しながら、ゆっくりと意識を手放していきます。
 朝から色々とあって…疲れていて…
「まぁこんだけ塗っておけば大丈夫で…あら」
 


 安心できる所で眠りたかったのです… 





『つづく』 
 ごめんなさい、続編遅れてごめんなさい、霊夢のキャラを原型を留めないほどに大破させてしまってごめんなさい。いきなりこんな文ではじめてごめんなさい。
 いえ、私もいきなりこんなのから入るのもどうかと思うのですが、言わなければならない事なので…本当にごめんなさい。

 さて、それはさておき(いえ、さておいちゃだめなのですがorz)ここまで読んで下さってありがとうございました。だいぶ遅れてしまいましたが大妖精奮闘記の第二話です。
 果たして楽しみにして下さっている奇特な方々がどれほどいるのかは怖いのですが、でも、書き始めた以上は、それこそあらぬ事故で某渡船を利用する羽目にでもならない限り、ちゃんと最後まで完結させますのでどうかどうか長い目で見守って頂ければな…と
 そして、そう言っておきつつまた間隔があきそうで怖いですが、どうにも私は『これをやりたいっ』という気持ちがおきないと、なかなか書き進めることができない人なので次はいつになるか…ううっ。

 さて、ですが一応次回予告を載せておこうかと。

 二度の戦闘で甚大な被害を受け、もはや飛行不能となっていた大妖精であるが、しかし、博麗神社で応急措置を受け、その復旧につとめていた。
 しかし、この幻想郷ではどこにでも安心できる場所などはない。信頼しうる人が守る、この博麗神社とてその例外とはならなかったのだ。
 ゆっくりと身体を休める大妖精へと、災厄は急速に迫っていた…

 次回、永遠亭編(微妙に不純物あり)乞うご期待。



 それでは今回はこのへんで、ご意見ご感想等ありましたら是非お願いしますww
アッザム・de・ロイヤル
[email protected]
http://www.rak2.jp/town/user/oogama23/
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.3310簡易評価
22.70名前が無い程度の能力削除
いや、面白かった
34.90名前が無い程度の能力削除
ずっとずっと待ってました。期待を裏切らない出来映えだったと思います。
前回から大妖精は可哀想な役回りだと思ってましたが、今回実は霊夢がそれに輪を掛けて可哀想だったような気がします。あと、記憶が抜け落ちてたとき何があったのか物凄く気になりますw
40.100名前が無い程度の能力削除
霊夢が大変な事に!
最初の方の霊夢と最後の方の霊夢 違う人だよこれ!w
41.100SETH削除
なんで霊夢こんなことに・・・・・・・
大妖精の慈愛も大きい!すばらしい!w
45.80思想の狼削除
大姉さん優しさにホロリと来ました…
…そして人は極限まで追い詰められると、恐い生き物になりかねないという事を身にもって知らされました(ガクガクブルブル)
47.100削除
大ちゃんの慈愛に感服。なんて良い子なんでしょう
次回も楽しみにしてますw
しかし霊夢…(´Д⊂グスン
49.80ぐい井戸・御簾田削除
大ちゃんの羽が食べたいでつ
50.100スカーレットな迷彩削除
大妖精にはやさしさが満ち溢れている
53.100名前が無い程度の能力削除
大ちゃんの博愛精神に惚れそうです
61.70変身D削除
ここまで無償の愛を注げる大ちゃんは凄すぎます……嫁に欲しi
あと、霊夢のぶっ壊れ度はまだ許容内なのでOKです(何
66.無評価アッザム・de・ロイヤル削除
ご感想ありがとうございましたww
次はもうちょっと早く出せるように頑張りますorz

>名前が無い程度の能力様
おおっ、そう言っていただけますと♪

>二人目の名前が無い程度の能力様
あわわっ本当に申し訳ないですorzこんなに遅れてしまって…次はもうちょっと早く出せるよう努力しますです。
尚、何があったかは記録には残されておりません~♪(こらorz)

>三人目の名前が無い程度の能力様
ええ、最初の方は霊夢であって霊夢ではない、別な生き物だったのですよww

>SETH様
貧困とは恐ろしいものですね、大妖精の慈愛がなければ幻想郷は今頃…

>思想の狼様
何が彼女をそこまで追いつめたのか…いえまるわかりなんですがorz
大姉さん…なんかイメージにぴったりですねww

>都様
私は声を大にして叫びたいのです。大妖精は良い子であると!

>ぐい井戸・御簾田様
いきなり何をっ!?
…ええ、でもきっと頼めば食べさせてくれそうな気がしますww

>スカーレットな迷彩様
心からの同意をww

>四人目の名前が無い程度の能力様
どんどん惚れちゃって下さい♪

>変身D様
許容範囲ですかww
大ちゃんは譲りませんよ~(何)
69.80はむすた削除
ご飯を食べる時の霊夢の可愛さは異常w
大妖精がんばれー。
70.無評価アッザム・de・ロイヤル削除
>はむすた様
ご感想ありがとうございましたww
>ご飯を食べる時の霊夢の可愛さは異常
『可愛いご飯』を食べる事がないことを祈っていますorz
72.100削除
妖精は、「天国にいるには罪があり過ぎ、かといって地獄に行くほどの罪もない」ために地上に落とされた天使だという話があります。

しかし、大ちゃんに限ってそんなことはあり得ないと、私は声を大にして言いたい!神様だって、この大いなる使命感と友愛には涙するでしょう!
73.無評価アッザム・de・ロイヤル削除
>翼様
なるほど…面白いお話、ありがとうございました。一つ賢くなりましたよ~
そして、ご感想ありがとうございます。大ちゃんは、きっと他の方の罪を望んで引き受けたような気がしますww