※連載という都合上、この話は『東方求聞史記』の内容に則っておりません。あたたかい目と広い心でご了承ください。
記憶の筺をひっくり返せ。隅をつついて思い出せ。
【トコシエの花】
千日紅が枯れていく。
好きな花なのに、残念だ。
[Meirin]
ふと思い立って、図書館に行ってみることにした。千日紅が枯れそうなので、元気にする方法を調べようと思ったのだ。正直な話、もうこれ以上長持ちさせる方法があるとは思えないけれど。それでも、もう少しだけあの花を見ていたいという気持ちが足を運ばせる。休憩時だから急ぐことなく、音にはせずに、唇だけで歌を刻んで。時折ハミングを混ぜながら。軽やかな足運びで。
やがて図書館の扉の前に辿り着いた。どうせ聞き逃すだろうけれど一応ノックをする。意外にも応答があった。扉を開く。小悪魔がすぐそこにいた。
「これはこれは。珍しいですねぇ、美鈴さん。どうかしましたか?」
こんにちは、ちょっとね。
そんなようなことを言いながら、美鈴は曖昧に笑う。普段本をあまり読まないことを指摘されたようで言葉が濁った。花の世話についての書物はあるかと訊くと、小悪魔は難しそうな表情の後、
「確かあちらの方に…」
と指差しながら羽根を動かした。
「普通の実用書って、ここはかえって揃えが悪いんですよねぇ。魔導書や魔術書の類は、それこそ把握しきれないほどあるのですが」
緩やかに飛行する背を、揺れる羽根と尾を目で捕らえながら追う。小悪魔に対し、美鈴は歩いて移動する。けれど、足音は無い。癖なのだ。食事の後でぼうっとしている所為だろうか。気がつくと唇が、自然と先ほどの旋律をなぞり始めていた。やはり同様に無音で。けれど、今回ハミングは控えた。
静かだった。
小悪魔の声だけが聞こえる。二匹は本棚の群れを進んで行く。どちらもゆうにこの十倍の速度は出せたが、それはこの場に相応しくないのでそうしない。ここは喘息持ちの魔女の根城。見えざる手に、音を摘まれた空間。許されるのはささやかな笑い声と、密やかな談笑。つまるところの、少女の囁きと微笑。あるいは、椅子が小さく軋む音。あるいは、頁を捲る音。あるいは、日に七度淹れられるお茶の、カップとソーサーの接触音。あるいは――――――
埃っぽい空気の中に、古い紙の匂いがした。
空気を揺らすことすら躊躇うように、午後の微睡みのままの速度と音量。そう言えば目の前のこの小悪魔は、もう食事を済ませたのだろうか。主の方は済ませただろう。魔女こそが彼女の優先順位の最上位。次ぎに本、それから下はきっとそんなに大差はないのだろうけど。ただ、本は急ぐ必要がないからこのように誰にでも案内を務める。それでは、食事は一体何番目なのか。眠い頭は、「さぁ?」とだけ答えて沈黙した。意識は曖昧模糊としている。全てが夢心地だ。
「それにしても千日紅ですか。今の時季まで残っているだけで、充分驚きですよ」
そうでなくても今年は秋が早いですから。小悪魔は純粋に感心したように言った。言外に美鈴の世話の腕を誉めたのだが、その言葉に美鈴は苦笑した。それはつまり、これ以上は無理だということの裏返しだ。わかっている。きっともう、あの花に出来る事なんて何もない。
「ひとたび咲けば、千日枯れない。この国の人は、時に思い切った名付けをしますね。百日紅もそうでしたか?それとも名付けたのは、遠つ国でしったけ?」
どちらにせよ、謳われるのは花の生命力の強さ。咲けば千日、色褪せない紅。あるいは白、薄桃、紫の花。
「まぁ本当は、枯れても色褪せないことからついた名ですが、いやはやはや…と、ここですね」
動きが止まった。
「あまり期待しないでくださいね。植物の育成は、むしろ言い伝えのほうが理に適っている物ですから。その地の土や水とかも関係しますし」
あとは気候とか。小悪魔は、それじゃあ私は作業に戻りますと、また来た通路を戻ってゆく。美鈴だけがそこに残った。さてどうしたものかなと首を捻りながら、助言通り期待せずに一冊に手をかける。ここで読みはしない。まだ今日の仕事は終わっていないから、何冊か借りていこうと思っただけだ。無論、許可を貰って借りてゆく。
一応簡単に内容を確かめようと、本を開いて頁を捲った。図鑑の形式をとって巻末に綴られたアルファベットから、目当ての項目を探す。
千日紅の学名は、【Globe amaranth】だ。
Globeとは球体の意で、これは花の形を述べている。あるいは宝玉というニュアンスをも含ませ、花を讃えているのだろう。そしてAmaranthは色褪せない花という意味だ。
色褪せない花 ――――――――【Amaranth】
通称Amarantine(アマランタイン)と呼ばれる花の元名で、その花とは伝説上のものだ。その名を千日紅は借りている。より正しくその意を汲んで彼の伝説の花を称すなら、それは――――――――
「不死の、花」
勿論、そんな花が、有るわけ無い。
美鈴はその本を閉じて、隣の本に手を伸ばした。
【あの頃、肌には金の文字が躍っていた】
なにもかもが間違っている。
回転する世界。
軋みをあげる身体。
命を焼く苦しみ。
意識を飲み込む痛み。
怨嗟の心さえ追いつかない落下。
羽根を貫いた光球。
あれは炎?それとも雷?
腸を抉るような一撃。
否、貫いていく一撃。
傷の範囲など問題ではない。
忌むべきは、失われる魔力。
血のように零れる。
けれど。
怨嗟の心さえ追いつかない落下。
それでも。
堕ちてゆく影より先に、膝をついたのは彼女の方だった。
真理の天秤が揺れる。
【考察№… あるいはメモ書き】
光りの本質が時であり、その力が空間を歪めることを考えれば、十六夜咲夜の性質は、むしろ―――――――
レミリア・スカーレットの能力については、次の可能性を述べられる。
前提として、運命というものが存在しているか、あるいはそう称しても問題ない構造により、この世界が成り立っていると言うこと。あるいはこのようなことも考えられる。いずれにせよ、運命というのものが現象としてなる以上、それらは時間軸及び空間にて処理される。故に、その二点への対策をとれば、運命からの干渉は回避可能である。
人から妖怪へ転じ及び、妖怪から人への転じの可能性。
前者は人から外れることによって成される傾向にある。対し、後者は今のところ例を見ない。しかし、伝承に度々現れる話故に、可能性は皆無ではないと思われる。あるいは限りなく人に近い状態に変化しただけなのか。なお、人の定義については、人と人の間から生まれれば人である、という程度に留めておく。
追記:興味深い意見を聞く。人と妖怪の境界というものが存在すると言うよりは、やはり人という枠組みから外れるという表現の方がより的確であるとのこと。両者はアイスコーヒーと冷めた珈琲ぐらい違うと考えるべき。
アリス・マーガトロイドの人形は、本当に彼女の意志によってのみ稼働しているのか疑問である。彼女の意識が無いときも、視線を感じるのは気のせいだろうか。むしろ、彼女がいないときの方が存在感が増している気がしてならない。大変不気味である。今度そのことを彼女に言及してみよう。
追記:否定されたが、一瞬視線が泳いだ気がする。非常に怪しいので、引き続き調査の対象とする。
【本の内容は、恐らく素通りだと思われます】
もう遅いのだ。とっくに、お互いがお互いとも、それぞれの日常にそれぞれを組み込んでしまった今となっては。絡めてしまった手は、今さら離すわけにはいかない。たとえ、いつか時が連れてくる終わりに、心痛める日が来ようと。手離すくらいなら腕を切り落とした方がましだと、思う日が訪れたとしても。
[Flandre]
フランドールは本を捲りながら考える。昼間、小悪魔が語った話について。
ここ最近の小悪魔の話を総括すれば、論点はたった一つ。名前の持つ力についてだ。先日の『TomTitoToto』に加え、今日の話は名前を付けることによって拘束力が生まれる話だった。
「ナヅケナオシ、か」
興味深い話ではあったが、不思議に思ったのは小悪魔の意図だった。つまり、何故そんな話をわざわざフランにしたのか。ただの世間話にしては、引っ張りすぎる。気になった。
「そう言えば、咲夜の名前は本当の名前じゃないんだっけ」
名付けたのは他ならぬ姉だったろうか。
「お姉様か……なんだか、遊んで欲しくなっちゃったなぁ」
もう帰っているだろうか。それとも、もう出てしまったと考えるべきだろうか。どちらにせよ、フランはこの部屋から出られない。遊びに来るか来ないかはあちらの意志のみによって決められる。
「退屈だなぁ」
本に当たったらパチュリーが怒るだろう。それは別にかまわないが、小悪魔は泣いてしまうかもしれない。それもかまわないけれど、バツとしてさらに遊んでくれなくなってしまうかもしれない。それは嫌だ。
「次に館を自由に動けるのっていつだっけ?咲夜の予定次第なのかなぁ」
「あーあ」
本を閉じる。眼も閉じる。
「美鈴でも、この際だからいいのになぁ」
独り言に応える声は、当たり前のようになかった。
【米を訪ねて三千里】
Ich weiss nicht was soll es bedeuten
[Sakuya&Meirin]
行ってらっしゃい、と。いつもは自分が言う言葉を部下に言われた。今日は良い天気だ。
「お嬢様がへばりそうな天気ですねぇ」
「そうね。洗濯物がよく乾きそう」
真っ青な空の下を、悪魔の従者達は行く。乱反射を繰り返す湖が眩しい。
がらごろ、がらごろ、ごとごとがたん。
美鈴の牽く台車の車輪が、石や固い土に弾かれて揺れる。小刻みに揺れる取っ手が落ち着きのない。何も乗っていないから余計に刎ねやすいのだろうかと考えた。乗っていたら乗っていたらで重たいから、どっちがいいと言うわけでもないけれど。ただ、空っぽの台車を牽くのは、何だか間の抜けた様子だなぁと思う。思うが、不満を唱えるほどではないので黙って牽く。咲夜はその隣を、心持ちゆっくりとした歩調で歩いていた。それを横目で視界に収めて、まぁ咲夜さんが牽くのに比べれば、笑いを誘うことはないと美鈴は考えた。十六夜咲夜と空の台車。ほら、すごく似合わない。
「えーと、三つ廻るんですよね」
「そうよ最初は最寄りの…」
会話をしながら美鈴は考えた。でも台車を使うなら、もっと他にも適任者がいたのに、と。ならば自分はやはり嵌められたのだ。美鈴は隣を歩く有能な従者を見た。自分が気づいているのだ。彼女が気づかないはずがない。それでもこうして共に歩いていると言うことは、期待して良いのだろうか。避けるのを止めたというのなら、安心していいのだろうか。またあの時のように、「無かった事」にはされないということだろうか。
前を見る。
そうだ。本当は知っていた。いつも取り戻したいと願うほど、霞んでしまう記憶があった。それに触れそうになる近しい体験をすると、既視感が起きる度に、邪魔してくる意志が自分の中には巣くっていた。十六夜咲夜と過ごす日々は、その頻度が半端ではなかった。けれどことごとくそれは邪魔をした。だからじきに諦めるようになった。それならそれでいいと思っていた。
あの夜までは。
「美鈴、聞いてる?」
「聞いてますよ。大人しくしています。絶対に余計なことはしません」
「人間に対しては、あなただから心配していないけれどね。そうじゃなくて、誘われても子どもと遊んだりしないでよ?」
「心得ました」
「そう言って、よく妖精達と遊んでるのはどこの誰?」
「あーと、あれはですね。撃退の進化系と言いますか。戦略的懐柔とかそんな感じのものでありまして。……弾幕無しの遊撃?」
ふにゃっとした笑い。僅かに下がった眉と目尻。空気を和やかに掻き混ぜる。仕方なさそうに言及を止める咲夜。助かったと安堵の息を吐く美鈴。全てが日常的で、それでいてどこか懐かしい。でもそれは、相手の方もそう感じていることなのだろうか。こんな事に胸が騒ぐのは、自分だけではないだろうか。
がらごろ、がらごろ、ごとごとがたん。
車体が揺れる音がする。やがて枯れ葉の積もる道に差し掛かると、その音が少しだけ弱まった。代わりに足音が聞こえ出す。土を叩く音ではなく、枯れ葉を散らす音だ。少し苦笑する。さすがにこれでは足音は消せない。いや、やろうと思えば出来なくもないが、この状態では難しい。それに、本当に音を立てたくなければ飛べばいいのだ。
「ねえ咲夜さん」
「何よ」
「非常に言いづらいのですが、お昼はどうするんですか」
「我慢しなさい、と言いたいところだけれど。空腹で音がなったら、紅魔館の者として恥ずかしいでしょうから、ね」
「よかった。それだけずっと心配だったんですよ」
場を取りなすように、美鈴は笑う。本当の意味で空腹を長く耐えられるのは、もちろん妖怪である美鈴の方だ。そんなことは当然のように知っている咲夜は何も言わない。
誰の奸計なのかは知らないけれど。
「さて、そろそろ一つめの里ですねぇ」
「遊ばないでよ」
「わかってますって」
まぁ息抜き程度に考えよう。
がらごろ、がらごろ、ごとごとがたん。
空っぽの台車が揺れる。揺れる。揺れる。
【本日、修復はお休みです】
[Patchouli&Alice&LittleDevil]
その日、パチュリー・ノーレッジはアリス・マーガトロイドを一目見るなり帰れと言った。二人のすぐ傍にいた小悪魔は、主の発言に動揺してお茶を机に零したが、幸い誰も彼女に注目していなかった。素早く証拠隠滅を計る。たぶん無駄だけど。
「いきなり随分ね。図書館の魔女」
「あなたがあまりにも考え無しだからよ人形師。その状態で何をどうするつもりなの?」
「そう。やっぱりわかるのね」
「わからない方がどうかしてるわ」
馬鹿にしないでとでもいうように、パチュリーは当然でしょうと答える。あの時はわからなかったくせに。彼女の中ではそのことは無かったことになっているのだろうか。アリスとしてもあまり話題にあげたい記憶ではないから、返事がわりに肩を竦めた。
「あ、ひょっとして魔力が…」
「そうよ。仮にも小悪魔のあなたがそれじゃあ困るわね」
「うう。面目有りません。って、ならパチュリー様。なおさらアリスさんを帰しちゃ駄目ですよ。途中で力尽きたらどうするんですか」
「私がどうにかする問題なの、それ」
「どうにかするとかではなくてですねぇ…」
そんな意外そうに言われると、自分が変なこといった気になってしまう。
「心配しなくても、帰るぐらいはどうってことないわよ」
「してないわ」
「私は小悪魔に言ったの」
「ああ、そう」
アリスの言葉に嘘は無いようで、こうしてみる限りいつもと変わらなく移る。けれどと、小悪魔は注意深く彼女を見た。そうして、ああなるほどと納得した。本当なら一目でわかるはずの魔力の減少にすぐに気づけなかったのは、マジックアイテム化としている彼女の人形の所為なのだ。小悪魔は苦笑した。それでも本来なら、すぐに気づけるはずなのですけど、と。主がそれを言及しないのは、なんだかんだ言いつつアリス・マーガトロイドに注意を向けているからだろう。気づかないところで余裕のない方だから。とはいえ本からほとんど顔を上げず、ちらりと一度見ただけで気づくところはさすがである。ちょっと前の腑抜けっぷりが嘘のようだった。
これはひょっとすると、気づくのも時間の問題かもしれない。いや、アリスの魔力にのみ敏感になっていただけなのだろうか。
「小悪魔」
「あ、…はい」
はっとなり、すぐにその表情も消す。気づけばアリスはいない。帰ったのか、あるいは部屋のどこかに行ったのか。おそらく前者に思われた。何故なら、パチュリー・ノーレッジがいつもの状態に戻ったから。燻るような倦怠を纏った、知識の魔女は、本に視線を落としている。そう、いつも通り。だから大丈夫だ。まだ影には気づかれていない。
「いかがなさいましたか、パチュリー様」
だから小悪魔も、いつもように慇懃に親しみを込めて笑った。
「零した紅茶の代わり、淹れてきて」
「あ…」
こっちはきっちりかっちりばれていた。
「た、只今至急に迅速に」
「お願いね。埃をたてたら燃やすけど」
毎日は、つつがなく過ぎていく。
【真っ紅な回顧録Ⅵ】
小さな影は、その光景に眼を細めた。上空から一気に下降する。目指すはあの少女の元へ。爆ぜる炎の熱。焦げ臭い匂い。立ちあがる煙が不快だった。自分にとっての好き嫌いの問題でははない。あの少女には、この煙がどれほどの責め苦となっているのか、それを思うと心休まる気がしない。少女の安否。それだけがただ気がかりだった。
いつもの窓の部屋に少女はいなかった。五感を研ぎ澄まして彼女の気配を探る。けれど掴めない。当たり前だ。ここはただの部屋ではないのだから。その為に、彼女あんなにも暇をもてあましていたのだから。
「でも、ということはきっと無事ね。誰かの手によって、部屋を移動させられているってことだもの」
少しだけ緊張がほぐれた。手遅れにはなっていない。それだけで随分と落ち着いた。
「けれど」
その連れ出した相手によっては、そうそう気を抜いてもいられない。影はその部屋の扉を吹き飛ばすと、廊下へと進んでいった。
「まったく。期待しているんだから、答えて欲しいものね」
あの予感が間違いだとは思わない。ならば、少女が無事でないはずがない。見つけられないはずがない。
「そうよ」
そんなことがあってはならない。まだ名前を聞いていないのだから。
【BGN】
「ご両親は?」
「…父親なら、とある夫妻の警告に出かけたわ」
それだけを、短く言った。
なにもかもが、繰り返す。
続きを心待ちにしています。
楽しみにしてますよ~
あれはあっきゅんの視点での話でしょうし…
全体の真実ではないような気がします
と勝手に思ってるんですが実際どうなんでしょう?
それはさておき待ってました!続きをわくわくしながらまってます!
でも今はこの話の続きが読めてただただ幸せ・・・!次も楽しみにしてます。
そこが貴方の幻想郷だから。
それでは続きを楽しみに。