私ことフランドール・スカーレットは、今日も今日とて幽閉されていた。
地下室に住んでからは長い。私のお姉様が私の力を危険視するあまり、実の妹をここにぶち込んだそうなのだけど、それはそれで仕方がないかなあ、と最近は思ってしまう。
閉じ込められたばかりの時は、ずいぶんと閉口したものだし、八つ当たりをすることもあれば、泣き出してしまうこともあった。
脱出の機会を虎視眈々と狙っていた私が、地下室から出た際は、暴れに暴れた。が、お姉様を調伏した巫女に出会い、やっつけてやろうと思ったのが運のつき。こてんぱんに破壊してやると目論んだは良いものの、結局こてんぱんにされたのは私の方だった。
だけど、楽しかった。彼女と鬼気迫る弾幕合戦をした際、私の心は歓喜に震えた。多分、彼女とやり合っている最中、私の表情は恍惚としていたんだと思う。私の打ち出す弾を、まるで未来視でもしているかのような体さばきでかわす彼女の姿は、私にこの上ない快感と悦楽をもたらした。
私は吸血鬼、相手は巫女と言えども単なる人間。けれど、軍配が上がったのは彼女の方。勝敗が決した瞬間、私はぼろ布と化した服に身を包み、ふらつく体で彼女を上目遣いに見て、「また、遊んでくれる?」と喋っていた。
思えば、その時の私は、捨てられた子猫のような表情をしていたのだと思う。捨てられた子猫、というのがどういうのかは分からないけれど、単にそういった言葉があるからだけなのかもしれないけれど、不安だったのは確かだ。果たしてこちらの願いに答えてくれるのかどうか、とてもとても不安だった。
彼女は――柔らかく、それでいてどこか呆れたような表情で、首を縦に振ってくれた。
その時の、少し困ったような彼女の笑みを、私は生涯忘れることはないだろう。
*
昼も夜もない地下室の中、退屈をもてあましていた私のもとに来たのは、件の人間である霊夢だった。
四角い、小さな部屋の中、彼女は特に文句も言わずに鉄扉を開けて、私のもとへと歩いてくる。ベッドで寝転がる私の顔を見るなり、少なからずものぐさの気がある彼女は、小さく溜息を吐いて私の尻を蹴り飛ばした。
「いたぁい、何するの、霊夢」
「黙りなさい、この礼儀もなっちゃいない吸血鬼。出迎えの言葉くらいあっても良いでしょうが」
言葉だけ聞けば、ずいぶんと狭量な人間のそれに聞こえるかもしれないけれど。でも、霊夢は私を案じて言ってくれる、それぐらいは分かる。だって彼女は、私の居場所である地下室に、ちょくちょく遊びに来てくれるのだから。
思わず笑みがこぼれてしまいそうなのを押し留めて、私はベッドから立ち上がる。世辞にも大きいとは言えない空間の中、生活に必要最低限なものしか揃っていない殺風景な部屋の中。私と霊夢はそこで、向かい合いのかたちとなるように、床に腰を下ろした。
相も変わらず、霊夢は綺麗な黒髪を流し、ところどころが空いた改造巫女服をまとっている。わきと肩を丸出しにして、寒くないの? と過去に聞いたことがあったが、その際は地獄の閻魔もはだしで逃げそうな表情で睨まれた。
そんなことを思い返しながらも、私は霊夢の方をちらりと一瞥する。
「今日は、何をしたいの?」
すると霊夢は私の顔をまっすぐ見て、そう言ってくる。やや白めの肌に、つかみようのないけれどもどこか整った目鼻立ち。彼女の顔を見て、心拍数を上げる私がここにいる。けれども、それを気取られないように私はゆっくりと口を開く。
「弾幕ごっこ、今日はいいや。なんかゆっくり、霊夢とお話したい」
私がそう言うと、彼女は小さな顔をほころばせる。どうして、弾幕ごっこをしないと彼女が微笑むのか、私は分からない。もしかすると嫌々私に付き合っているのかもしれないけれど、それを質問したら頭を殴られた。なんでも、嫌いなことはとっとと言うから、嫌々付き合うなんてありえない、らしい。
私は霊夢と戦うのが好きだ。どこをどう撃ったら、彼女をぎゃふんと言わせられるか。炎の剣を放った際に慌てる、彼女の姿が好きだ。だけど、彼女は弾幕ごっこを終えた際、ちょっと悲しそうな表情をして私の頭を撫でてくれる。
それが、とてもにがかった。
分からないけれど、胸が苦しかった。私は霊夢が好きだから、彼女が嫌な顔をするとどうにもこうにも落ち着かない。悲しい顔をしたまま撫でてくれる霊夢の手、それはとてもにがかった。どんな食べ物よりも、炭化した料理よりも苦かった、苦しかった。
「あんまり面白い話、ないわよ」
「いいの。なんか聞きたいの。外に、出られないから」
私がそう言うと、彼女は少しだけ悲しそうな表情を形づくり、ぽつぽつと喋りだす。霊夢が私のところに遊びに来てくれる際、たまにおしゃべりだけで時間を潰すことがある。私は、そんな時間が昔は好きじゃなかったけれど、最近では、それもいいかな、と思い始めてきた。それがどうしてかは分からないけれども。
霊夢はかび臭い地下室の中でも、眉ひとつひそめずに話を始める。大抵が、親しい人に悪戯された話だったり、変な妖怪がいたから調伏せずに逃がしたりといった、そういう内容。あまり弾幕の話はしないし、戦いの話もしない。本当に、なんのことはない日常の話を、彼女は好んでする。
それでも、私は決して退屈しなかった。むしろ、彼女の話は楽しみですらあった。四季折々のさまや、自然の威光、そういったものをどことなく感じることが出来たからだ。
「春になるとね、一日が暖かくなるだけじゃないの。干した布団にも良い匂いが染み付くし、若草の匂いや風の匂いが詰め込まれていて、胸がすっとするのよ」
それを語る際、彼女の表情は、どこかはかなく見えた。
「夏? そうね・・・・・・やっぱり暑いわ。でも、うだるような熱気のなか、くらくらした頭のままに一気に水を浴びるのは最高ね。汗も、だるさも、みんな吹っ飛んでいくもの」
それを語る際、彼女は苦笑していたけれども、どこか楽しそうでもあった。
「秋、ね。食べ物が美味しいだけじゃなくて、少し物寂しいかな。風が乾き始めているせいなのか知らないけれど、どこか心が寂しくなるのよ。こう、胸の奥が切なくなったりもする。落ち葉を見た時とかは、特にそうね。ああ、散ってしまうのね、って」
それを語る際、彼女は懐かしそうに目を細めていた。
「冬か。寒いわね、とかく寒いわ。あちらこちらに氷精がぶんぶん飛んで、手に負えないわ。こっちもこたつに入り込んで、いつも震えているの。でも、そういった時間が嫌じゃないのよ。白い雪を見ると、ね。体は寒いけれど、胸の奥は何故か温かくなるわ」
それを語る際、彼女はくすくすと笑っていた。
彼女の話は、私を退屈させなかった。面白い話、なのかどうかは分からない。でも、私をどうにか外の雰囲気に触れさせようとする、彼女の必死な気持ちが伝わってきて、嬉しかった。胸の奥が、しめつけられた。
同時に、私は外に出たいと思った。地下室なんかにい続けるのは、もう我慢の限界だった。しかし、私は破壊の力を有する。それが制御出来ない以上は、外に出ることはかなわないのだろう。それを教えてくれたのは、他でもない霊夢だった。
しばしの間、ふたりで話す。私はあまり言葉を知らないから、頭を回して必死に喋る。霊夢は嫌がりもせず、ゆっくりと、微笑しながら私の話を聞いてくれた。
だけど、切なかった。私は霊夢と一緒に、四季を楽しみたかった。願わくは、一緒に桜を散る瞬間を、雪の降るその瞬間を、共に見たかった。
私がそう言いたかったことを彼女は察したのだろうか。彼女がそろそろ自宅である神社へと戻らねばならなくなった際、彼女は最後に私を小さく抱きしめてくれた。私よりも大きいけれど、それでも薄っぺらい胸が、何故かその時だけは温かく感じられた。どこか、甘い、ミルクのような匂い。私は恥ずかしさのあまり、頬を熱くせざるを得なかったが、それでも彼女は私のことを抱きしめ続けた。
「いつか、一緒に花見でも行きましょうね」
抱きしめながら彼女がそう言ってくれた瞬間、私は泣き出してしまった。温かかった、という理由もあるにはあるが、苦かった、というのが主な理由である。
霊夢の言葉はとてもつらかった。言葉はとても優しいのに、苦くて、辛かった。私がこの部屋から出られるのは、いつかも分からないのに。私がこの部屋を出る前に、私か霊夢が死んでいるのかもしれないのに。
一緒に見たい、一緒に行きたい! 私はそう叫びたい気持ちでいっぱいだった。でも、それは言えない。言ったら彼女は苦い顔をするから。こちらの胸をしめつける、あのとても苦い顔をするから。それは私にとって、苦痛ですらあった。
だから私は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃに汚れた顔を上げ、精一杯とりつくろって言うのだ。彼女に笑みを見せて、言うのだ。
「うん、いつか行こうね。絶対に」
そう言うと、霊夢は笑いながら、私の手を自分の胸に導き出した。彼女のそこは、とても薄っぺらかったけれども、温かかった。肌の奥に、暖炉でもあるのかと思えるくらい。とくんとくんと心臓のリズムが、私の手を通して伝わってくる。
それは、胎動だった。温かな胎動だった。
彼女は私と遊んでくれる人間で、とても温かな胸をもった人間だった。
「じゃあね、フラン。また来るわ」
私の手を優しく払い、彼女が出て行った後、私は自分の胸を触ってみる。
残酷なくらい、冷たかった。
*
時を経るにつれて、霊夢と私が会う回数は減っていった。
私の年齢が520を超える頃、私は違和感に気付く。
彼女は老いていたのだ。肌には張りがなくなり、少しばかり腹も出て、目も落ちくぼんだような気がする。
ある日、私は老いた姿の霊夢を見た際、「こんなの霊夢じゃない!」と叫びそうになってしまった。それほどまでに、彼女の姿は変わっていってしまったから。少女らしいみずみずしさは影をひそめ、もう霊夢は中年の女性になっていたから。
でも、霊夢は老いても変わらなかった。ゆっくり笑って、ゆっくり話して、ゆっくり私の手をその胸に導いてくれる。
霊夢の胸はどこまでも温かでいて、私はその感触を確かめるたびに、いつも思うのだ。ああ、これが霊夢の温かさなんだなあ、と。私はそうして、温かみというものを覚える。どこか気持ちが氷解していくのを、感じる。
私の胸はいつも冷たいままだったけれども。
*
「霊夢が、死んだわ」
ある日、お姉様が珍しく私の部屋を訪ねてきて、最初に漏らした言葉がそれだった。
はじめ、私はそれが理解出来なかったが、しばしの時を置けば、その事実を噛みしめなくてはならなくなった。
昔の私ならば、暴れただろう。この部屋も、家具も、お姉様も、徹底的に『破壊』したのだろう。でも、今の私はそうしなかった。力がようやく完全に制御出来たから、というのもあるのだけれど、それなりに分別がついたから、なのだろうか。
お姉様の知らせを聞いた際には、ああ、やっぱりなあ、と思った。吸血鬼と人間では寿命が違いすぎるのだ。私やお姉様のような吸血鬼は、童女の姿を保つ代わりに生きながらえているのだ。だから、もとより人間と吸血鬼は相容れない存在である。それははじめから分かっていたことだ。
でも、涙は止まらなかった。皆に愛されている彼女が逝くのが運命とするのならば、そんな運命は破壊したかった。でも、それは敵わないこと。運命を操るお姉様ですらも無理な、霊夢の死という事実。その重さはいかばかりか、語るべくもないのだから。
涙だけを流す私の姿を見て、お姉様は瞠目した。それはそうだろう、私が暴れると思っていたらしく、すでにお姉様は戦闘体勢に入っていたのだから。
「死んじゃったんだね、れいむが、しんじゃったんだね」
「フラン・・・・・・、これは」
「分かってる! 仕方のないことだって、分かってる。お姉様だって泣きたいんでしょう? さっきから、肩が震えているじゃない。翼だって、さっきから動いているじゃない」
私とお姉様は、やがて、声をそろえて泣いた。号泣でもなければ、大声を上げて絶叫するでもなかった。ただ、しとどに涙を流し、静かに泣き続けるだけ。
分かっていたことだ。私と会ってくれる霊夢の姿は、歳を経るごとに老いていたのだから。肌の張りもみずみずしさも日を追うごとになくなり、腰も曲がり、目もますます落ちくぼんでいった。腹も出て、髪も白くなっていた。
霊夢にも、私たち吸血鬼のような永遠があったのならば。それを何度考えたことだろう、彼女を何度自分の眷属にしようと考えたことだろう。
でも、彼女は人間なのだ。老いて、死ぬのが当然なのだ。
私の年齢は、もう560を超えていた。
「お姉様」
私は泣きじゃくりながら、目の前にいるお姉様の顔を見る。いつもは凛とした顔をしている、肌が白くて髪の青い吸血鬼。そんなお姉様は、今だけは、ただの泣き虫な子供にしか見えなかった。白い服も、赤い瞳も、全部が愛らしかった。
「お葬式は、いつ?」
「明後日・・・・・・よ」
私の質問に、お姉様は泣きながら答える。普段なら、絶対に日付を私には言わなかったであろう。それでもお姉様は、私に日付を言った。咎めるでもなく、私をきっちりと見据えて、言ったのだ。そんなお姉様を見て、私は涙をぬぐい、唇を引き結び、言葉を紡ぐ。
「私も、出たい。外の世界じゃない、霊夢の葬式に出たい」
*
葬式自体は、しめやかに行われた。彼女の自宅でもある神社で、色々な妖怪や人間が集まって、簡単な儀礼をして終了した。
霊夢と一番親しかった人間である魔理沙は、老婆の姿のままに、棺おけをじっと見ていた。彼女の悲しみは、私には分からないだろう。他にも、私の知らない人間や妖怪やらが、霊夢の入った棺おけを見つめていた。
私とお姉様は境内で、日傘を差しながらたたずんでいた。お姉様は傘をさしながら涙ぐんでいたけれども、私は泣かなかった。
もう、涙が枯れたからなのだろうか。それとも私が薄情だから、なのだろうか。
私は神社に残った。ひとり、またひとりと皆が解散していくなかで、私はいつまでも境内にたたずんでいた。
お姉様が帰っても、私は返らなかった。
早朝に開始された葬式が終わり、しばしの時を経て、夜になる。それでも私は境内にたたずみ続けた。
「帰らないのかしら?」
背後から声が聞こえ、振り向いてみれば、見事な金髪を流す女性の姿がそこにあった。八雲 紫。スキマを操る大妖怪らしく、過去に一度だけちらりと見たことがあり、霊夢からは話は聞いていた。いつものらりくらりと人の言葉をかわす、ぐうたら妖怪。けれど、その外見は妖艶きわまりない女性。
私は苦笑して、紫の顔を見た。整った美貌は、なるほど妖怪的といえるようなものだったけれども、胡散臭さだけはぬぐい去れない。
「ちょっと、ね。思うところが色々とあるから」
傘をたたみながら言う私を見て、何がおかしいのか、紫は苦笑した。
「ずいぶんと落ち着いたものね、スカーレット姉妹の下といえば、破壊が具象化したような存在と聞いたのだけれど」
「昔は、ね。でもどうしてだろう・・・・・・。分からないけれど、壊したくないの」
私は胸に手をやる。霊夢が遊びに来た際、彼女は私の手をいつも導いていた。霊夢の小さな胸に、私の手はよく乗せられていた。とても温かくて、とても柔らかでいて。
「・・・・・・あれ?」
ふと、気付く。私の胸には、懐かしい感触があった。温かな、胎動。霊夢に似た動き、霊夢に似た温かみ、霊夢に似たその感触。
「・・・・・・ああ、そうか」
理解すると同時に、枯れたと思った涙があふれ出ていた。
霊夢は、彼女の一部は、私の胸の中に吸い込まれていったのだろう。今までにない温かみが、私の胸にある。それはあまりにもはかなくて、今にも消えてしまいそうな弱々しい光だったけれども。それでも、私は彼女からもらったのだ。
人間は、進んでいく。だから、霊夢の死もきっと、通過点なのだろう。意味のあることなのだろう。私たち吸血鬼のように、童女の姿のままに足踏みするのとは違う。前へ前へと歩んでいく。だから、霊夢の死は必然なのだろう。
私が破壊の力をなくすには、進むしかなかった。時を止めた吸血鬼でも、前に歩むしかなかった。私は成長せねばならなかった。
そうして、成長の証左として、この胸の温かみがここに在る。霊夢の心臓の音にも似た、霊夢の血流の温かさにも似た、あの胎動が私の胸にある。
夜空を見る。黒い空間の中に、ぽつぽつと輝く星の数々が、そこにある。綺麗、などという言葉だけでは語りつくせない美が、そこにある。
ずっと待ち望んだ、外の風景。誰がお目付け役にいるでもなし、私自身の意思で見ることが出来る、この光景。
でも、霊夢がそばにいない。一緒に外の風景を見ようと誓った彼女は、もう生きてはいない。それはとても悲しいことだけれど、必然でもある。だって、彼女は人間。歩んでいくしかないのだから。寿命も、妖怪や吸血鬼とは違うのだから。
でも、それだけで割り切れない私もここにいる。私は涙を流し、境内でうずくまり、澎湃と泣き続けた。
「寂しい・・・・・・よ。悲しいよ・・・・・・。霊夢の、馬鹿・・・・・・」
そんな私を、紫はただ見続けていた。哀れむでもなく、嘲笑うでもなく、ただ無表情のままに。
泣きながら、私は思った。ああ、やっぱり私は霊夢が好きだったのだ、と。友愛とか恋愛とか関係なしに、私は霊夢が好きだった。私はお姉様も好きだし、お姉様をとりまく環境下にいる皆が好きだった。
好きな人が死ぬのは悲しい。好きな人がいなくなるのは悲しい。仕方ない、で割り切ることが出来ない。
好きな人が死に、残酷な温かみをもつ胸の感触がいつまでも残る。それは、とてもとても悲しいことだけれど、とてもとても意味のある時間。
私はそれをしっかりと噛みしめ、紫に見守られながらも、泣き続けた。
一陣の風が、神社を取り巻く木々を揺らめかし、自然の匂いが私の鼻腔に届く。風と、木と、わずかばかりの土の匂い。願わくは、彼女と一緒にこれを感じたかったけれど。
もう、かなわないのだ。
*
季節は春。桜色の花びらがそこここの地に舞い散る中、私は博麗神社へと足を運んでいた。
霊夢の葬式騒ぎから一年ほどが経過しただろうか、もう表面上では皆、普通に生活をしているようだった。勿論、未だに心の傷が癒えぬ者はいるだろう。ただ単に、ほとぼりが冷めただけだ。
そんな時期であるのにもかかわらず、私は紫に呼ばれた。地下室ではない、普通の部屋の中でくつろいでいた私の目の前にいきなり降り立ち、見せたいものがあるから来いと言われたのである。
正直、いきなり呼び出されて、呆れの気持ちがなくもないのだが、暇つぶしとばかりに寄ってみることとした。日光を避けるための傘を差し、桜舞い散る境内のなか、ひとり私はたたずむ。
桜色の花びらが床を染め上げるたびに、私の胸はきしむ。霊夢と交わした約束は、いつしか遠い記憶の出来事となってしまい、私の心を打つ。胸に残る温かみと、柔らかな胎動が、その悲しみを彩る。
思わず涙ぐんでしまいそうになり、私は髪を振り乱しつつも、頭を揺らして気を取り直す。桜の木が神社を囲むその光景、桜色の粒が境内を染めるその光景、語彙力のない私では、綺麗と言うほかなかった。
私は自分の胸に手をやる。あれから、少しばかりではあるが、私の体は成長した。それが何故かは分からない。ただ、ちょっとばかり膨らんだその胸が、霊夢と大体同じ大きさと気付いた際は、さすがに視界がぼやけそうになったものである。
赤を基準とした服に身を包む私の姿は、空の向こうにいるであろう彼女にはどう映るであろうか? 頼りなさげ、と思われて、はっぱのひとつでもかけるのだろうか。それとも、何もなかったかのような態度を取るのだろうか。
そんな考えをしていた私の肩に、桜の花びらが付着する。手で払おうとして首を横に向けた、その瞬間だった。
「・・・・・・霊夢?」
黒い髪、赤いリボン、紅白を基準とした彩りの巫女服。その姿は、まさに霊夢そのもの。ただ、年齢が違う。彼女は、今の私よりもやや下であろう、まがうことなき童女の姿だった。
私の言葉に、その童女は小首をかしげるだけ。私が訝り、たじろぎ、彼女と一定の距離を置き続けていると、いきなり飛び出る金の髪。紫が、いつの間にか私の横に立っていた。
「次代、博麗の巫女よ。まだ一人前じゃないけれどね」
一体どこにこんな隠し玉があったというのだ、と問い詰めても、紫は知らんふりをしたままだった。
その態度に少しばかりむっときて、意地でも聞いてやろうかどうしようか、と私が悩んだ際、スカートが何者かによって引っぱられる。
犯人は件の童女だった。いつの間にやら私と紫のそばに来て、興味深い、といった様子で私の服を引っぱっている。
「おねえちゃん、だあれ?」
鈴を鳴らすようなその童女の声に、私の頭は揺さぶられた。横目で紫をちらりと一瞥すれば、彼女はいつの間にやら消えており、境内には私と童女しかいないかたちとなる。
私は心の中で呆れの表情を作りながらも、眼前の童女に向けて満面の笑みをつくり、言う。
「私はフランドール。フランドール・スカーレットよ。よろしくね」
私が彼女に手を伸ばせば、彼女はおずおずと私の手を握り、やがて太陽の如く輝かしい笑みをつくり、しっかりとひとつの橋を形づくる。私の手と、彼女の小さな手とで出来た橋。それはとても温かく、とても柔らかだった。
同時、感じる。この童女の手にこもる温かさは、霊夢の胸と一緒だ。私の胸の温かさとも、通うところがある。
私と彼女は顔を見合わせ、小さく笑う。その瞬間、突風が巻き起こり、大量の花びらが宙を舞う。自然の、桜吹雪だ。そのひとひらに込められた美しさは、圧巻というほかなかった。春の匂いが辺りを包み、花びらを乗せた風は優雅に踊る。
ふと、右手に小さな感触を覚えて首を動かしてみれば、件の童女が私を見上げていた。
どこか不安そうな、捨てられた子猫のような表情で。
どこか寂しそうな、捨てられた子猫のような表情で。
「おねえちゃん、一緒に遊ぼう?」
小さく放たれたその言葉に、私は一瞬だけ息を呑み、それから笑うことで返してやる。
「そうね、いっしょに、遊ぼうか」
――桜を見ながら、遊ぼう。
霊夢と関わって変わっていくフランドール、だけど老いていく霊夢。
それに対するフランドールの心情描写が見事でした。
ところで■2007-01-12 23:10:04の人。何か不満があるなら問題点を指摘すべきです。そうすれば作者は次なる成長ができる。それが出来ないならば批判をすべきではない。
とんでもない、文章は美しいと思いましたよ。霊夢と妹様の組み合わせもなかなか新鮮でしたし、読後感も悪くありませんでした。
次回作にも期待しております。
普通に面白かったですよ。
とても良いお話でした。その場の状況が頭の中に映し出されるようです
後、そんなに自分を卑下しなくてもよろしいかと。世の中にはこんな言葉があります
『やったもん勝ち』
謙虚な姿勢はいいですが、あまり卑下するものではないと思います。
他人の意見に耳をを傾けない傲慢なのは論外ですが、作品を発表する以上、やはりそれなりの自信はあってしかるべきとおもいますし。
そういった点も含めてこの点数で。
内容はいいと思いますよ。フランの心情の一つの見方でしょう。
上手く表現されてますし、問題は無いと思います。
どんな良い作品でも批評というものはあります。恐れずにこれからもSSを作り続けてください。
>私はロリコンです。だから妹様を主人公にしました。性根まで腐ってやがるぜ。
それは俺に喧嘩を売っているのか?
俺も妹様は大好きだぜ!
だからってロリコンって……。
いや、ロリコンじゃ……。
……orz
フランというととかく魔理沙あたりと絡むことが多い昨今の東方界隈事情からするとちょっと違和感があるかもしれませんけど、でもよく考えると紅で魔理沙が紹介すると言った花嫁も霊夢だったなぁとか思いながら読んでました。
不思議とすっきりまとまっていて、いいところに落ち着いたお話でした。
案の定紫との会話の所でぶわっときてしまった。
終わりも綺麗でよし!良いお話でした。
彼女は霊夢を通じて心が成長したんでしょうね、きっと
思慮深い妹様も良いかなって思えてきた
あと、自分の作品を卑下するのは良くないと思いますよ。いい作品ですし。
フランの成長が綺麗に描写された面白い作品でしたし。
読んだ方々に対して失礼ではないでしょうか。
内容云々を気にするよりも、まず、作り手として自分の作品をゴミクズ呼ばわりするような態度を改めるべきだと思います。
作品自体は良いものでした。
今後の投稿を楽しみにしています。
なんだけどやっぱり自分の作品を卑下するのはどうかなぁ、と。
いいお話です。
SSが80点。-30は点コメント分ということで…。
文章自体は良い物だと思いますしね。
次回作品もがんばってください。
妹様と次代博麗の巫女が、幸福な日々を過ごせますように。
霊夢との約束は果せなかったけど
次の世代で果せた約束・・・・
フランは成長して往くでしょう・・・・・・・
少しずつ・・・少しずつと・・・・・
そんな事を言われたら感動した俺が馬鹿にしか思えないじゃないか。
自分で書いたSSに自信が無いなら投稿しないでくれ。素直に称賛できなくて困る。
しかし、この作品は素晴らしいです。自信を持っていきましょう。