*注意書き
少しばかりダーク系なので、そういうのに抵抗がある人は遠慮した方がいいかもしれません。
それを踏まえた上でどうぞ。
不老不死。
それは決して老いる事なく、決して死なない事。
「生」に縛られ、「死」から見離される事。
ゴールを取り除かれて、ただただ、ただただ道の上を進み続ける事を強いられる事。
「成仏を忘れた亡霊は新たな生を生まない。死ねない人間は色鮮やかな冥界を知らない。生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く。死に死に死に死んで死の終わりに冥し。」
竹林の中、藤原妹紅は呟いた。
冥界の姫とその従者が肝試しとかいってやって来た時自分が吐いた台詞。
ああそうだ。新たな生も死んだ後の世界も知らない。知ることができない。
永遠にこの肉の檻に閉じ込められたまま「一生」という括りすら忘れた時を過ごしていくのみだ。
永遠の時、という言葉を聞いたことがある。だが「永遠」という土台の上では一億年だろうが一兆年だろうがそんなもの砂粒にすらならない。
ならば永遠とはどんな「時」なのか。完全に孤立した定義を持つ「時」、というべきなのか──
妹紅はそこで考える事をやめて、体を起こし、歩き出した。一人でいると余計なことばかり考えてしまう。
竹林を出た時ふわり、と風が吹いた。
「ん・・?」
目の前には秋色の幻想郷。いつも見ている景色のはず。
なのに、妹紅はその景色に、自分の体に吹き付ける風に、そして頭の中に違和感を感じた。
なんだろう。何かが違う。
妹紅は辺りを見回した。別に木が倒されてるわけでもない。新たに大きな建物が建てられているわけでもない。畑の配置だって変わっていない。
でも何かが違うような、そんな感じがした。
一歩歩く。二歩。三歩。
足に伝わる感触に違和感がある。落ち葉を踏みしめる音に違和感がある。何もかもが普段と違って見えた。
その時、友人の慧音のことを思い出した。慧音なら何か知っているかもしれない。そう思い、妹紅は村に向かった。
「慧音~、いるー?・・・けーねー?」
妹紅は慧音の家の扉を開け、名前を呼んだが、返事が無い。こういうとき慧音は本の虫になってたりするから、結局勝手にあがりこむしかないのだ。
「慧音ー、いないのかな・・。」
家中を探したが、気配すらしない。出かけているのだろう。
本来ならここに居座って慧音の帰りを待つのだが、なんだかじっとしていられなくて、妹紅は外に出た。
「けいね?」
「うん、そう。青と白の長い髪の、お弁当みたいな帽子のっけてるお姉さん。」
一人で歩いていた小さな女の子に声をかけた。妹紅の見たことのない子だったが、彼女は村人全員と会っているわけではないので気にしなかった。
「うーん・・そんな人いたかな~・・?」
おかしい。慧音は村人全員から慕われているはず。だから知らないという事は────
ぞくん。
何か恐ろしく冷たいモノが体を走った。
何かはわからなかった。だが、コレを頭まで到達させてはいけないと感じた。
ダメだ、ダメだ、止まれ。止まれ、止まれ──!
「おねーちゃん?だいじょうぶ?顔色悪いよ?」
「ぇっ、あっ、大丈夫、大丈夫。ありがとうね。」
少女の声で何とか我に返り、あわてて笑顔を作って女の子頭を撫で、早々にその場を離れた。
今のはなんだったのか、ひどく恐ろしいモノだった。何だか胸騒ぎがしてならない。
妹紅は足早に村から離れた。不思議と、村から出る途中他の村人には誰一人として会わなかった。
とりあえず思いつく所から適当にあたっていくことにして、妹紅は魔法の森へと足を運んだ。ここには人間の魔法使いの霧雨魔理沙と人形遣いのアリス・マーガトロイドがいる。
慧音の行方を二人が知っているとはあまり思わなかったが、尋ねないよりはマシだった。
最初にアリスの家を訪ねる事にした。魔理沙がこの時間に家でじっとしているとは思わないし、もしアリスの家に二人とも居たらそちらのほうが手間が省ける。
アリスの家のドアをノックすると、中からは金の長髪の女性が出てきた。
妹紅は一瞬その女性が誰だかわからなかったが、服装や人形を従えているところを見る限りはアリス本人のようだった。最後に会った時は肩に届くか届かない程度のショートカットだったはずなのだが。
だけれど今はそんな疑問よりも早く慧音を見つけたかった。
「あ、確か・・妹紅さん、でしたっけ?珍しいわね、何の用?」
「えっと、慧音どこにいるか知らない?」
「慧音・・ああ、あなたの近くによくいる半妖ね。私は知らないわ。」
「そう・・。ありがとう。なら、魔理沙の家も行ってみるか・・。」
「いないわ。」
「ああ、そっか。じゃあ、どこに行ったかわかれば・・。」
「そういうことじゃないの。」
え?と妹紅は呆気に取られた顔をした。
「魔理沙がいるわけないでしょう?あなたが最後に私と会ってから───」
その先は聞こえなかった。いや、体が聞く事を拒んだ、という方が正しかった。
ぞくん。
さっきの感覚が再び体を襲った。さっきよりも早く、冷たいモノが昇ってくる。
──いけない、早く止めないと、どうにかなってしまう。何か、大変な事になってしまう。
その時視界の端に何かがうつった。白い──石。いや、あれは、十字架──墓標だ。
何故こんなところに墓が?何で?・・誰の?見えない。そこだけが見えない。体が見る事さえも拒んでいる。
アリスが心配そうな顔で何かを言っている。聞こえない。聞きたくない。喋らないで欲しい。
喋るな。喋るな。黙れ、黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ────!!
視界が真っ白になる。そして次の瞬間には先ほどとは全く違う光景が妹紅の眼前に広がっていた。
燃え上がる森。崩れた家。どちらを向いても火、火、火。何が起こったのかわからない。頭が上手く回らない。
がらり、と音が聞こえた。見ると、人形がガレキの山の上で飛び回っている。
そのガレキの山の下の方を見ると、細い腕が見えた。
急いで向かい、ガレキを取り除いてやる。中にいたのはやはりアリスだった。意識もあり、無事のようで安心した。
手を差し伸べたが、アリスはその手を払いのけて後ずさっていき、とうとう泣き出してしまった。
何に怯えているのか。アリスの視界を辿ると、そこには、自分。自分のその背中には、火の鳥。
ああ、そうか、私がやったのか。
その結論には別に驚かなかった。何も感じなかった。
アリスは泣きじゃくったままそこを動かない。なら自分に出来る事はもうない。慧音を探そう。
そうだ。あそこに行こう。あそこに行けば慧音がどこにいるかきっとわかる。最初からあそこに行けばよかったんだ。
妹紅は、竹林の方へと戻った。
「あら、大きな大きな小鳥さん、お久しぶり。何の用かしら?」
妹紅が永遠亭の縁側を見下ろすと、蓬莱山輝夜がくすくすと笑っていた。
「・・聞きたい事があるから来ただけ。」
「なら、それをしまいなさいよ。永遠亭が燃えるじゃないのよ。どこかの森みたいに、ね。」
「質問に答えろ、それだけいい」
「あらあら怖い。それで、何かしら?」
「・・慧音は、どこ。」
しばらくの間、輝夜は呆けた顔をしたが、すぐに笑い出した。
「あはっ、そういうこと!そういうことになってるのね!あははははは!」
「・・質問に答えて?」
ぴたり。
一瞬で輝夜の笑い声が止み、すぐに口を歪ませた。
「気づきかけてるんでしょ?だからここに来た。式は解けたけど解が書けない。だからここに来た。そうでしょう?」
「・・・。」
「見るもの聞くもの何かが違う。そう感じたんでしょう?今、この屋敷を見ていても違和感を感じるでしょう?」
また、背筋に嫌なものが走った。
あれだけいたイナバはどこに行ったのか。いつも輝夜の側にいた鈴仙とかいうイナバは、それに着いて回ってたてゐというイナバは。どこに。
そして何故、違和感を感じていたことが、わかるのか。
「いくら記憶の時間を巻き戻しても、世界の時間は巻き戻らないのよ、妹紅。」
「何が・・何なのよ!」
「解が自分で出せない?そう、なら仕方ないわね。教えてあげる。あなたの大好きな大好きな上白沢慧音は──」
また、世界から音が消えた。でも今度ははっきりとわかった。輝夜の口の動きが、はっきり見えた。
し ん だ
そう動いていた。間違えようがなかった。
全部、全部繋がった。
ある時から気づいていた。慧音の力がどんどんと衰えていっていることに。
手足が細り、歩く事にも苦労していくようになっていって。
死っている人間は皆死に、村の人間達がほぼ全員が入れ替わっても、慧音は一緒にいた。
だから忘れていた。「老い」というものを。永い間当たり前に一緒にいたし、そして妹紅にとってははるか昔に忘れ去った事だったから。
いつも通りに過ごしていた秋の夜、慧音と一緒に池の近くを散歩している途中、慧音は足を滑らせて池に落ちてしまった。
そして、それが原因で、本当にあっけなく、本当に突然に、慧音は息を引き取ってしまった。
別れの言葉も何も無かった。ただ、池から引き上げて、意識をはっきりと取り戻す前に、そのまま、だった。
老いとは、不死ではないということは、こんなにもあっけないことなのか。あっけなさすぎて、妹紅は涙すら出なかった。ただただ、絶望だけが体を支配していた。
慧音の遺体を村へと運ぶと、そこには鍬や鎌を持った村人達が集まっていた。
こんな時間に畑仕事をするわけもない、と不思議に思いながら村の中へと入ろうとすると、突然襲い掛かってきた。
「蓬莱人め、白沢様に何てことを!」
「池に突き落として殺すとは、ついに本性を現したか!」
前から妹紅のことをよく思ってなくて二人の跡をつけていた村人が、慧音が池に落ちたのを見て、妹紅が慧音を池に突き落とした、と言い回ったようだった。
体に鍬が、鎌が食い込んだ。何度も何度も。何度も何度も。
体中から血が出る。殴られる。痛い、痛い。でも、死なない。死ねない。
腕が落ちるのと一緒に、慧音の遺体が地面に落ちた。体が濡れている。それだけで死んでいる。なのに自分は喉を切られても腕を落とされても、死なない。
ああ、一緒にいたのに、ずっと一緒にいたのに。こんなにも違ったんだ。永遠の生とは本当に残酷なものだ。
絶望しかなかった。妹紅は笑い出した。それに怯えて逃げ出した村人達に背を向けて、妹紅は慧音の遺体を再び抱き上げて竹林へと帰った。
そして、慧音をいつも二人で一緒にいた竹林のひらけた場所に埋めた。
またあの時に戻りたい。慧音や知っている人間達と楽しくしていたあのときに。
そして、妹紅は記憶の時間を巻き戻したのだった。
火の鳥が消え、妹紅の体は地面に落ちた。
残される。すべて自分を残して去っていく。
すべてのモノが行くべき道に進んでいくのを、ただ見る事しか出来ない。一本の道以外もう何も残っていないから。
それが、永遠。それが、不老不死。それが、蓬莱。
「───老いず死なずの蓬莱薬、欲しや怖やの禁忌の薬───」
びくり、と妹紅の体が震えた。
「──一度手を出しゃ大人になれぬ──」
輝夜が近づいてくる。手に扇子を持って舞の真似をしながら、歌いながら。
「───二度手を出しゃ病苦も忘れる──」
不老不死とは無限に広がる可能性などではない。不老不死とは無限に広い「檻」だ。
生に縛られ、決して抜けられはしない。終わりというものは存在しない。
「──三度手を出しゃ・・。」
ばちん。
扇子が閉じる音。
見上げると、満月を背負った月の姫。夜風より冷たい氷の笑顔。
「──・・永遠の苦輪に閉じ込められる。」
「ぅっ、、ぁ・・あぁぁぁぁアアアァッァああああああああああっ!」
体から火の鳥を出し、腕を振り上げ、輝夜の肩を思い切り殴りつける。ごきり、と鈍い音がして輝夜の肩がズレる。
瞬間、輝夜が笑い声をあげる。
「あはははっ!そう、そうよ、かかってきなさいよ!壊れない玩具なんて、探したってないんだから───!!」
殺し合う。今日も、明日も。ずっとずっとずっと。
永遠に。
To Be Continued Forever...
少しばかりダーク系なので、そういうのに抵抗がある人は遠慮した方がいいかもしれません。
それを踏まえた上でどうぞ。
不老不死。
それは決して老いる事なく、決して死なない事。
「生」に縛られ、「死」から見離される事。
ゴールを取り除かれて、ただただ、ただただ道の上を進み続ける事を強いられる事。
「成仏を忘れた亡霊は新たな生を生まない。死ねない人間は色鮮やかな冥界を知らない。生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く。死に死に死に死んで死の終わりに冥し。」
竹林の中、藤原妹紅は呟いた。
冥界の姫とその従者が肝試しとかいってやって来た時自分が吐いた台詞。
ああそうだ。新たな生も死んだ後の世界も知らない。知ることができない。
永遠にこの肉の檻に閉じ込められたまま「一生」という括りすら忘れた時を過ごしていくのみだ。
永遠の時、という言葉を聞いたことがある。だが「永遠」という土台の上では一億年だろうが一兆年だろうがそんなもの砂粒にすらならない。
ならば永遠とはどんな「時」なのか。完全に孤立した定義を持つ「時」、というべきなのか──
妹紅はそこで考える事をやめて、体を起こし、歩き出した。一人でいると余計なことばかり考えてしまう。
竹林を出た時ふわり、と風が吹いた。
「ん・・?」
目の前には秋色の幻想郷。いつも見ている景色のはず。
なのに、妹紅はその景色に、自分の体に吹き付ける風に、そして頭の中に違和感を感じた。
なんだろう。何かが違う。
妹紅は辺りを見回した。別に木が倒されてるわけでもない。新たに大きな建物が建てられているわけでもない。畑の配置だって変わっていない。
でも何かが違うような、そんな感じがした。
一歩歩く。二歩。三歩。
足に伝わる感触に違和感がある。落ち葉を踏みしめる音に違和感がある。何もかもが普段と違って見えた。
その時、友人の慧音のことを思い出した。慧音なら何か知っているかもしれない。そう思い、妹紅は村に向かった。
「慧音~、いるー?・・・けーねー?」
妹紅は慧音の家の扉を開け、名前を呼んだが、返事が無い。こういうとき慧音は本の虫になってたりするから、結局勝手にあがりこむしかないのだ。
「慧音ー、いないのかな・・。」
家中を探したが、気配すらしない。出かけているのだろう。
本来ならここに居座って慧音の帰りを待つのだが、なんだかじっとしていられなくて、妹紅は外に出た。
「けいね?」
「うん、そう。青と白の長い髪の、お弁当みたいな帽子のっけてるお姉さん。」
一人で歩いていた小さな女の子に声をかけた。妹紅の見たことのない子だったが、彼女は村人全員と会っているわけではないので気にしなかった。
「うーん・・そんな人いたかな~・・?」
おかしい。慧音は村人全員から慕われているはず。だから知らないという事は────
ぞくん。
何か恐ろしく冷たいモノが体を走った。
何かはわからなかった。だが、コレを頭まで到達させてはいけないと感じた。
ダメだ、ダメだ、止まれ。止まれ、止まれ──!
「おねーちゃん?だいじょうぶ?顔色悪いよ?」
「ぇっ、あっ、大丈夫、大丈夫。ありがとうね。」
少女の声で何とか我に返り、あわてて笑顔を作って女の子頭を撫で、早々にその場を離れた。
今のはなんだったのか、ひどく恐ろしいモノだった。何だか胸騒ぎがしてならない。
妹紅は足早に村から離れた。不思議と、村から出る途中他の村人には誰一人として会わなかった。
とりあえず思いつく所から適当にあたっていくことにして、妹紅は魔法の森へと足を運んだ。ここには人間の魔法使いの霧雨魔理沙と人形遣いのアリス・マーガトロイドがいる。
慧音の行方を二人が知っているとはあまり思わなかったが、尋ねないよりはマシだった。
最初にアリスの家を訪ねる事にした。魔理沙がこの時間に家でじっとしているとは思わないし、もしアリスの家に二人とも居たらそちらのほうが手間が省ける。
アリスの家のドアをノックすると、中からは金の長髪の女性が出てきた。
妹紅は一瞬その女性が誰だかわからなかったが、服装や人形を従えているところを見る限りはアリス本人のようだった。最後に会った時は肩に届くか届かない程度のショートカットだったはずなのだが。
だけれど今はそんな疑問よりも早く慧音を見つけたかった。
「あ、確か・・妹紅さん、でしたっけ?珍しいわね、何の用?」
「えっと、慧音どこにいるか知らない?」
「慧音・・ああ、あなたの近くによくいる半妖ね。私は知らないわ。」
「そう・・。ありがとう。なら、魔理沙の家も行ってみるか・・。」
「いないわ。」
「ああ、そっか。じゃあ、どこに行ったかわかれば・・。」
「そういうことじゃないの。」
え?と妹紅は呆気に取られた顔をした。
「魔理沙がいるわけないでしょう?あなたが最後に私と会ってから───」
その先は聞こえなかった。いや、体が聞く事を拒んだ、という方が正しかった。
ぞくん。
さっきの感覚が再び体を襲った。さっきよりも早く、冷たいモノが昇ってくる。
──いけない、早く止めないと、どうにかなってしまう。何か、大変な事になってしまう。
その時視界の端に何かがうつった。白い──石。いや、あれは、十字架──墓標だ。
何故こんなところに墓が?何で?・・誰の?見えない。そこだけが見えない。体が見る事さえも拒んでいる。
アリスが心配そうな顔で何かを言っている。聞こえない。聞きたくない。喋らないで欲しい。
喋るな。喋るな。黙れ、黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ────!!
視界が真っ白になる。そして次の瞬間には先ほどとは全く違う光景が妹紅の眼前に広がっていた。
燃え上がる森。崩れた家。どちらを向いても火、火、火。何が起こったのかわからない。頭が上手く回らない。
がらり、と音が聞こえた。見ると、人形がガレキの山の上で飛び回っている。
そのガレキの山の下の方を見ると、細い腕が見えた。
急いで向かい、ガレキを取り除いてやる。中にいたのはやはりアリスだった。意識もあり、無事のようで安心した。
手を差し伸べたが、アリスはその手を払いのけて後ずさっていき、とうとう泣き出してしまった。
何に怯えているのか。アリスの視界を辿ると、そこには、自分。自分のその背中には、火の鳥。
ああ、そうか、私がやったのか。
その結論には別に驚かなかった。何も感じなかった。
アリスは泣きじゃくったままそこを動かない。なら自分に出来る事はもうない。慧音を探そう。
そうだ。あそこに行こう。あそこに行けば慧音がどこにいるかきっとわかる。最初からあそこに行けばよかったんだ。
妹紅は、竹林の方へと戻った。
「あら、大きな大きな小鳥さん、お久しぶり。何の用かしら?」
妹紅が永遠亭の縁側を見下ろすと、蓬莱山輝夜がくすくすと笑っていた。
「・・聞きたい事があるから来ただけ。」
「なら、それをしまいなさいよ。永遠亭が燃えるじゃないのよ。どこかの森みたいに、ね。」
「質問に答えろ、それだけいい」
「あらあら怖い。それで、何かしら?」
「・・慧音は、どこ。」
しばらくの間、輝夜は呆けた顔をしたが、すぐに笑い出した。
「あはっ、そういうこと!そういうことになってるのね!あははははは!」
「・・質問に答えて?」
ぴたり。
一瞬で輝夜の笑い声が止み、すぐに口を歪ませた。
「気づきかけてるんでしょ?だからここに来た。式は解けたけど解が書けない。だからここに来た。そうでしょう?」
「・・・。」
「見るもの聞くもの何かが違う。そう感じたんでしょう?今、この屋敷を見ていても違和感を感じるでしょう?」
また、背筋に嫌なものが走った。
あれだけいたイナバはどこに行ったのか。いつも輝夜の側にいた鈴仙とかいうイナバは、それに着いて回ってたてゐというイナバは。どこに。
そして何故、違和感を感じていたことが、わかるのか。
「いくら記憶の時間を巻き戻しても、世界の時間は巻き戻らないのよ、妹紅。」
「何が・・何なのよ!」
「解が自分で出せない?そう、なら仕方ないわね。教えてあげる。あなたの大好きな大好きな上白沢慧音は──」
また、世界から音が消えた。でも今度ははっきりとわかった。輝夜の口の動きが、はっきり見えた。
し ん だ
そう動いていた。間違えようがなかった。
全部、全部繋がった。
ある時から気づいていた。慧音の力がどんどんと衰えていっていることに。
手足が細り、歩く事にも苦労していくようになっていって。
死っている人間は皆死に、村の人間達がほぼ全員が入れ替わっても、慧音は一緒にいた。
だから忘れていた。「老い」というものを。永い間当たり前に一緒にいたし、そして妹紅にとってははるか昔に忘れ去った事だったから。
いつも通りに過ごしていた秋の夜、慧音と一緒に池の近くを散歩している途中、慧音は足を滑らせて池に落ちてしまった。
そして、それが原因で、本当にあっけなく、本当に突然に、慧音は息を引き取ってしまった。
別れの言葉も何も無かった。ただ、池から引き上げて、意識をはっきりと取り戻す前に、そのまま、だった。
老いとは、不死ではないということは、こんなにもあっけないことなのか。あっけなさすぎて、妹紅は涙すら出なかった。ただただ、絶望だけが体を支配していた。
慧音の遺体を村へと運ぶと、そこには鍬や鎌を持った村人達が集まっていた。
こんな時間に畑仕事をするわけもない、と不思議に思いながら村の中へと入ろうとすると、突然襲い掛かってきた。
「蓬莱人め、白沢様に何てことを!」
「池に突き落として殺すとは、ついに本性を現したか!」
前から妹紅のことをよく思ってなくて二人の跡をつけていた村人が、慧音が池に落ちたのを見て、妹紅が慧音を池に突き落とした、と言い回ったようだった。
体に鍬が、鎌が食い込んだ。何度も何度も。何度も何度も。
体中から血が出る。殴られる。痛い、痛い。でも、死なない。死ねない。
腕が落ちるのと一緒に、慧音の遺体が地面に落ちた。体が濡れている。それだけで死んでいる。なのに自分は喉を切られても腕を落とされても、死なない。
ああ、一緒にいたのに、ずっと一緒にいたのに。こんなにも違ったんだ。永遠の生とは本当に残酷なものだ。
絶望しかなかった。妹紅は笑い出した。それに怯えて逃げ出した村人達に背を向けて、妹紅は慧音の遺体を再び抱き上げて竹林へと帰った。
そして、慧音をいつも二人で一緒にいた竹林のひらけた場所に埋めた。
またあの時に戻りたい。慧音や知っている人間達と楽しくしていたあのときに。
そして、妹紅は記憶の時間を巻き戻したのだった。
火の鳥が消え、妹紅の体は地面に落ちた。
残される。すべて自分を残して去っていく。
すべてのモノが行くべき道に進んでいくのを、ただ見る事しか出来ない。一本の道以外もう何も残っていないから。
それが、永遠。それが、不老不死。それが、蓬莱。
「───老いず死なずの蓬莱薬、欲しや怖やの禁忌の薬───」
びくり、と妹紅の体が震えた。
「──一度手を出しゃ大人になれぬ──」
輝夜が近づいてくる。手に扇子を持って舞の真似をしながら、歌いながら。
「───二度手を出しゃ病苦も忘れる──」
不老不死とは無限に広がる可能性などではない。不老不死とは無限に広い「檻」だ。
生に縛られ、決して抜けられはしない。終わりというものは存在しない。
「──三度手を出しゃ・・。」
ばちん。
扇子が閉じる音。
見上げると、満月を背負った月の姫。夜風より冷たい氷の笑顔。
「──・・永遠の苦輪に閉じ込められる。」
「ぅっ、、ぁ・・あぁぁぁぁアアアァッァああああああああああっ!」
体から火の鳥を出し、腕を振り上げ、輝夜の肩を思い切り殴りつける。ごきり、と鈍い音がして輝夜の肩がズレる。
瞬間、輝夜が笑い声をあげる。
「あはははっ!そう、そうよ、かかってきなさいよ!壊れない玩具なんて、探したってないんだから───!!」
殺し合う。今日も、明日も。ずっとずっとずっと。
永遠に。
To Be Continued Forever...
永遠に生きる以上、全ての生き物が老いて死んでいくのを黙って見ていることしか出来ないわけですね。
逃げるには記憶から消すか、狂気に走るかしかない。本当に恐ろしいです。