朝、目が覚めると天井がぐるぐると回転していた。
夜中に出たらしき鼻水が喉の奥に絡みついているようだ。
頭痛がする、鼻が冷たくなっているのに額はやたらに熱い。ああ、頬も。
大きく息を吸うと、胸元でつっかえて咳になってはね返ってくる。胸が痛い。喉も痛い。
「うあー……」
霊夢は風邪をひいてしまったようだ。
「ケフンケフン……ふー……」
流しでうがいをして、とりあえず喉元はいくらかすっきりしたが、やはり息を大きく吸うことはできない。
流しまでたどり着くのも容易ではなかった、長時間立っていると胸がムカムカして吐きそうになる。
「ぁー……」
健康的な生活を送っていたのに何故?
霊夢はそんな疑問を抱きつつ、体がだるくて何もできそうにないので布団に寝転がった。
(そういえば……)
数日前の夜中、何やら赤い服を着た誰かが翌日にはく靴下をゴソゴソといじっていた。
起きてから見たら靴下に茶筒が突っ込んであった、それも半分以上使った後のやつだった。
その何者かがやたらに鼻水を啜ったり咳き込んでたりしていた気がする。
こちらの世界で言うサンタクロースである。
それにしても茶筒とは随分と色気の無いプレゼントだし、風邪ウイルスまでプレゼント。
「はばばばばばば……」
全力で布団に包まっているのに寒い。首元の隙間までも完全に密閉したのだが……。
(誰か来てくれないかしら……)
普段から拒みもしないし露骨に嫌な顔もしないが、ここまで切実に誰かの来訪を願うことも無い。
食事を作る体力すら無いのだが、食事を取らなければ回復もしないだろう。
しょっちゅう来る魔理沙辺りが頼りか……しかしあのへそまがりが素直に看病してくれるだろうか。
「霊夢ーっ!」
そんなことを考えていたら魔理沙が来た。
しかしいつもより来るのが早い気がする、これは朝食をたかりに来た日のタイミングだ。
流石にこんな状態の霊夢を見てまで「飯作ってくれよ飯!」とは言わないだろうが。
(た、助かった……)
ほっとしながら声のした方を見ると、いつも以上に騒々しい魔理沙の足音が近付いてくる。
何やらものすごく焦っているように感じるのは風邪による錯覚だろうか?
「霊夢ぅーっ! 寒いっ! ゲホゴホゴホヘッ!! た、助けてっ!!」
「なっ!? ゴホゴホガハッ!?」
パジャマのまま到来した魔理沙は、真っ赤な顔で鼻水を垂らしながら霊夢の布団へ滑り込んだ。
「はばばばばばばばば……ゴホゴホッ」
「何してんのよバカッ!」
「か、風邪ひいたんだよ霊夢!! 看病してくれ!!」
「それはこっちの台詞よっ!! バハッ!!」
「うわっ、何するんだ! 唾がかかったじゃないか!! ゲェホッ!!」
「わっ!? 汚い!!」
ギリギリと掛け布団を引っ張り合いながら二人はにらみ合う。
しかし二人とも耳まで真っ赤な上に鼻水を垂らしており、腕にも力が入らない。
「お尻が出ちゃって寒いのよ! ふ、布団をもう少しこっちに!!」
「バカ言うな、これ以上妥協はできないぜ! 頭隠して尻隠さずだ! そのぐらいいいだろ!」
「ま、待ちなさい魔理沙!」
「なんだよ!? 布団はこれ以上譲れないぜ!? っていうか看病してくれ!」
「私も風邪ひいてロクに動けないのよ!!」
「なにっ!? ゴホハッ!」
「ゲフッ!」
魔理沙が霊夢の顔をマジマジと眺めた後、その赤さに気付いて霊夢の額に手を当てた。
「確かに……」
「これでわかったでしょう……あんたの手ひんやりしてて気持ち良いわ、しばらくそのままで」
「やだよ! 手が寒いんだよ! この極寒神社!!」
「あんた、なんだか便利な炉持ってたじゃないの! 寒いと不平を言うよりも自力でなんとかしなさい!」
床暖房まで敷いてある、暖かい自分の家からわざわざ飛び出してきておいて「極寒神社」とはよく言う。
だが、やはり魔理沙も家に居た方が暖かかっただろうと後悔していた。
「とりあえず、だ……」
多少窮屈だが、布団の恩恵を全身に受けるには互いが近寄るしかなかった。
流石に抱き合ったりはしたくなかったのだが、密着度で言うと抱き合うのとほぼ変わりない。
二人がそれぐらいくっついて、なんとか全身を覆い隠すことができた。
枕元ではミニ八卦炉に小さな火が灯っているが、この程度で暖かくなるはずもない。
「霊夢、大声を出すのはやめよう、喉が痛い」
「そうね……今無駄な体力を消耗するわけにはいかないわ」
魔理沙が当たり前のように奪い取って使っていた枕を、霊夢はそっと引き寄せた。
「……返せよ、枕」
「何言ってるのよ、元々私のだし、この布団だってそうよ。布団に入れてやってるだけありがたく思いなさい」
「じゃあ、この枕元のとても暖かい炉は誰のだと思ってるんだよ」
「……全然暖かくないじゃない……」
「最大出力にしたらこんな所一瞬で木っ端微塵になるんだぜ? 今、博麗神社の運命は私が握っていることを忘れるな」
そりゃそうも言えなくはないだろうけど、こんな狭い空間で最大出力にしたら魔理沙も黒こげになるだろう。
はったりをかますにももう少し頭を使ってほしい、と霊夢は思った。
しかし目が結構怖かったので、枕を半分ぐらい魔理沙の方に寄せてやった。
「別にあんたのために寄せてやったんじゃないんだからね、私はいつもこうやって寝るのよ」
「ふん……まぁお前も病人だし、このぐらいで手打ちにしてやる」
「……チッ!」
「舌打ちはやめとけよ、舌が割れて二枚舌になるぜ」
二枚舌はお前だろう、と思いつつも、あまり刺激してまた口論になるのも面倒なので霊夢は黙っていた。
「霊夢、寝るな。寝たら死ぬぞ」
「寝なきゃ死ぬわよ……」
魔理沙がニヤニヤしている。
熱にやられて頭がおかしくなってきたのではなかろうかと霊夢は心配になった。
「いいか、ここ博麗神社は冬の雪山並に寒い、つまり寝たら死ぬ」
「そうならないためにいろいろな妥協を重ねて、こうやって布団を分かち合ってるんじゃないの」
「こんなものは気休めにしかならん、現に私は死ぬほど寒い。布団よりもお前の人肌の方が余程温かい」
「……えっ? 気持ち悪いこと言わないでよ」
魔理沙が熱っぽい瞳で霊夢を見つめた。霊夢は思わずごくりと喉を鳴らして唾を飲み込む。
だが確かに布団よりも人肌の方が温かいと思うのは霊夢も同じだった。魔理沙は温かい。
(まさか、裸になって抱き合おうとか言い出すんじゃ……?)
魔理沙は相変わらず熱い眼差しを霊夢に向けている。
「だから……」
「だから……?」
ふと、その小さな口が開かれたとき、霊夢は再び大きな音を立てて唾を飲み込んだ。
「寝るな、寝たら死ぬ」
「……寝なきゃ死ぬって言ってるだろ! 思わせぶりなのよ!!」
「痛いっ!?」
霊夢の渾身の蹴りを食らって、魔理沙は布団から蹴り出された。
そして酷く慌てて、バタバタと四つん這いのまま布団へと潜り込む。
「さ、寒いじゃないか!! 何するんだよ!!」
「あんたの発言はいちいち無意味なのよ!!」
「意味だあ? 何言ってるんだよもう! ……ああ、やっぱり霊夢はあったかいなあ」
「ああそう! ならいっそ裸になって温め合いましょうか!?」
「うわ、気持ちわるっ……お前ってばそういう趣味あったのか?」
「無いわよバカ!」
魔理沙は再び布団から蹴り出された。
「ピー……ピー……」
しばらくして魔理沙が寝た。
風邪をひいて鼻が詰まっているせいか、寝息が妙な音になっている。
(このバカ……人には寝るなって言っておいて!!)
霊夢はと言えば、あれ以来妙な気分になってしまって寝付けなかった。
本当にその気があるわけではないのだが、そういう話になると「もしかして自分って……」
という恐怖感に囚われ、なかなか気分が落ち着かない。
それにこういうときというのは、片割れが先に寝ると妙に緊張して寝られない。
先に寝られた悔しさやら、自分はすんなり寝られるのか、という不安やらでやけに頭が冴えてしまう。
それらいくつかの理由が重なって霊夢は寝付けなくなってしまった。
「ピー……んんーっ……」
「ひっ!?」
寝返りを打った魔理沙の体が半分ほど霊夢の体に乗り上げた。
密着度が更に上がり霊夢は気が気でない。魔理沙の顔が耳元に来て直に寝息がかかる。
「プィー……プィー……」
体勢が変わったせいか魔理沙の寝息の音が若干変化したが、それどころではない。
こそばゆいわ、恥ずかしいわ、余計変な気分になるわ。霊夢は更に不安になってしまう。
この状況を見ていると、先に寝た魔理沙はまさしく勝者と呼べるだろう。
(待てよ……)
霊夢は眉間にしわを寄せた。相変わらず魔理沙の寝息が耳元に吹きかけられている。
(……なんで私がこんなに我慢しなきゃいけないの?)
それもそうだ、そもそも先に「寝るな」と言っていた魔理沙が先に寝ているのも不愉快な話である。
看病してくれるどころか、感染することすら考えずにいきなり霊夢の所へ転がり込み、好き勝手絶頂もいいところだ。
(鼻をつまんでやろうかしら?)
いや、手ぬるい。霊夢は口をへの字に曲げてさらに考え込んだ。
「プィー……んむーっ……」
半身ほど乗り上げていただけの魔理沙が、再び寝返りを打って今度は完全に霊夢に覆いかぶさる形になった。
霊夢がちょいと首をひねれば唇同士の接触も簡単だが、もはや霊夢の心の中に煩悩は一切存在しない。
「だってやっぱりそんな趣味無いもの」そんな霊夢の目は怒りに満ちて、目の前の裏切り者を睨みつけている。
「ピスー……ピスー……」
(頬をつねる? いや、魔理沙の罪はその程度では償えないわ)
何をするか、霊夢の心の中で選択肢は絞られた。
一撃で目の覚める強烈なやつを見舞ってやろう、ミシミシと小さな音を立てながら霊夢の頭が枕に埋もれていく。
「せいっ!!」
「ピスッ……!? 痛ぁっ!?」
まずは枕を潰して、加速のための距離をギリギリまで稼いだ頭突きで魔理沙を起こす。
魔理沙は霊夢の上に乗ったまま額を押さえて呻いている。
「ハッ!!」
「うがっ!?」
続いて霊夢は巴投げで魔理沙を放り投げた。
綺麗に宙返りした魔理沙の着地地点には八卦炉があり、それが思い切り腰にめり込んだ。
「ぎゃああぁっ!?」
幸い火が弱かったので引火することはなかったが、固形物が体にめり込むと当然ながらかなり痛い。
魔理沙は布団から出された寒さよりも痛みが先行し、両手で腰を押さえて冷たい床の上でもんどりうった。
「みぎゃーっ!」
「ふぅ……」
ドタンバタンと音を立てている魔理沙を尻目に、一緒に放り投げてしまった掛け布団を引き寄せ、霊夢はそれに包まった。
「う、うぅ……腰が痛い……」
「寝そうだったから起こしてやったのよ、感謝しなさい」
「ならもっと優しく起こしてくれよ……ズズッ」
「汚いわね……真横で鼻水啜らないでよ、ズヒッ」
「お互い様じゃないか……ちり紙は?」
「あそこ」
手を出すと寒いので、霊夢は顎でちり紙の位置を魔理沙に伝えた。
確かに、何やらいろいろと小物が飾ってある小さな棚の上にちり紙が置いてあった。
布団からそこまでは二メートルほど離れている。
「取ってこい霊夢」
「あんたが行きなさい、さっきの巴投げで消耗して死にそうなのよ」
「私だって腰が痛くて大変なんだ」
二人ともにらみ合う、布団からは出たくない。
それにしても本当に魔理沙は横柄だ、霊夢は不愉快に思いつつ、さらに鋭い視線を送りながら口を開く。
「寝た罰よ……ふぇ、ふぇ……へぇーっくしょい!!」
話している途中に突然くしゃみをした霊夢の鼻から、魔理沙の顔面にかけて、キラキラと鼻水の架け橋がかかった。
「ギャーッ!! はっ、鼻水が顔にっ!!」
「あ、ああ……っ! ごめん魔理沙!!」
「うわーっ! ネバネバするーっ!!」
流石に申し訳ないと思ったのか、霊夢は這いつくばりながらも、ちり紙を取りに行った。
「ほら魔理沙! ちり紙よ!」
「う、うぅ……鼻水を顔にかけるなんてあんまりじゃないか……」
魔理沙は箱ごと受け取ったちり紙で顔を拭きつつ、涙目で霊夢を睨んだ。
「さっきから何だっていうんだよ霊夢、私に恨みでもあるのか? 酷いことばかりして……」
「いや、大体あんたの自業自得だと思うんだけど……まぁくしゃみについては謝るわよ」
「くそうっ! ブブーッ!」
腹立たしげに魔理沙が強く鼻をかむ。
しかし霊夢は見てしまった、そのちり紙が鮮血に染まっていくのを。
「ま、魔理沙っ! 鼻血出てるわよ!?」
「なにっ! し、しまった、ほんとだ! 粘膜が弱っていたのかー!」
「枕に鼻血つけないでよ!」
「あ、あぁ……ふぇ……ふぇ……」
「やめて魔理沙! それだけは……」
「はっくちゅん!」
「ひぃぃぃぃっ!?」
超至近距離で発射された散弾銃のように、魔理沙の鼻血が霊夢の顔面を蹂躙した。
弾幕の出力には定評のある魔理沙だが、鼻血の出力も相当なものだった。
「め、目がっ……目に入っ……ッ!!」
「うわーっ! れ、霊夢ーっ! ごめんよぉー! ……くしゅんっ!!」
「うぅっ!?」
「あ、いかん……鼻血の出すぎで貧血かも……」
「そ、そんなベタな……!?」
霊夢が真っ赤になった目で見てみると、確かに周囲に撒き散らされた鼻血の量は生半可ではない。
自分の上半身も真っ赤にされているのを見ると「レミリアが吸血するとこんな感じなのかしら?」と、ふと思った。
当然布団も真っ赤だし、床やら壁やらにも鼻血が飛び散っている。
「ほら……ちり紙を詰めておきなさい。あと、仰向けになると喉に血が溜まって良くないらしいわ」
「すまん……」
二度のくしゃみで大量に失血した魔理沙を横向けに寝かせ、霊夢は表情を曇らせた。
良くない状況だ……二人ともこれでは、良くなるものも良くならない。
窓の外を見るといつの間にか吹雪いていた。
こんな中誰かに助けを求めに行くことは可能なのだろうか?
「ゼェ、ゼェ……」
気管の調子が悪化しているようで、霊夢はまともな呼吸すらできないようになっていた。
横では鼻にちり紙を詰め込んだままの魔理沙が寝ているが、その表情はとても苦しそうだ。
「れ、霊夢……」
「どうしたの……?」
「寒い……」
「そうは言っても、これ以上どうしようもないわ……」
仕方なく霊夢は魔理沙に身を寄せてみた。
「……これでどうよ?」
「寒い……」
「どうしろって言うのよもう……」
鼻血のせいかどうかはわからないが、魔理沙の病状は霊夢よりも悪いようだ。
「寒いー霊夢ー……」
「私だってさっきから胸が苦しいのよ……」
それでも魔理沙よりは良いだろう、という確信は確かにある。
魔理沙は腕一本動かすことさえ辛そうだ。
「寒いー寒いー……」
「……」
霊夢はそっと血まみれの寝巻きに手を掛けた。
ただならぬ気配を感じた魔理沙がうっすらと目を開き、霊夢へと視線を向ける。
「魔理沙、脱ぎなさい」
「あ、あれをやるのか……」
「もうそれしかないでしょ……ゴホゴホッ……私だってろくに動けないのよ」
「や、やめてくれ霊夢……まだあれをやるには早い……」
「女同士で恥ずかしいも何もないでしょう、恥ずかしいと思うから恥ずかしいのよ」
霊夢自身も頭がぼーっとしてまともな思考が働かなくなってきているらしい。
魔理沙は心底怯えた様子で、そんなルナティック霊夢を見つめている。
「む、無抵抗な病人相手に好き勝手やろうとしてるだろ……」
「私だって病人よ、もう死にそう。ゲッホゲッホ」
「セキがわざとらしいぜ霊夢……! やっ、やめろ! 人のパジャマに手をかけるなぁっ!!」
既に寝巻きの上を脱ぎ終えた霊夢がサラシ一枚で魔理沙のパジャマを脱がしにかかった。
組み敷かれた魔理沙は必死に抵抗するのだが、体に力が入らない。
「恥ずかしいのなんて最初だけよ、暑さ寒さも彼岸まで。って彼岸に行っちゃダメだけど」
「や、やめろ霊夢! ガマンする! もう寒いって言わないからぁ! やめてっ!」
「生き残るためよ!!」
「いやぁぁぁぁっ!」
火事場の馬鹿力、今度は魔理沙が全身全霊で霊夢に巴投げをかけた。
綺麗に宙返りした霊夢、そしてやはり腰に八卦炉がめり込んだ。
そんな様子を確認した魔理沙は掛け布団を回収して強固に包まり、防衛態勢をとる。
「うぎっ!?」
「変態! 来るなっ!」
「ぎぎぎ……私はあんたの為を思って……!」
「そんな歪んだ愛情いらないぜ! はぁはぁ……ゴホゴホッ」
「さささ、寒いぃ……魔理沙、私も布団に入れてよ!」
「変態に貸す布団なんかない! 前から腋むき出しで歩き回っているから妙だと思ったが、
やはりお前は変態だったんだな!? そうだ、風邪ひいたのだって腋を出していたからだ! そうだろう!?」
「違うわよ!」
「くそっ! くそっ! やっぱり家にいるべきだったんだ! もしくはアリスの所か紅魔館辺りにいくべきだったんだ!」
「……ごたくはいいから布団に入れろって言ってんのよぉぉぉ!! ゲホッ!!」
「ひ、ひぃっ!?」
霊夢は半裸なので当然寒い。
ミノムシのように掛け布団に包まっている魔理沙を引っ掴み、乱暴にそれをはがそうとする。
全力で抵抗する魔理沙を布団ごと持ち上げては床に叩きつけたり、ギロチンドロップを仕掛けたりしている。
「随分元気じゃないか霊夢!? 痛い!! やめろ!!」
「生きるために必死なのよ! さぁ中に入れなさい!」
「ぐぅっ! も、もう変なことしないって誓うか!?」
「わ、わかったわよ……誓うから入れなさいよ」
「本当だな……? よしわかった、入れ」
魔理沙はへろへろと力無く布団を開き霊夢を招き入れる。
霊夢は風邪をひいてるとは思えないほど機敏な動作で布団の中へ入り、湯船にでも浸かったときのような溜息を吐いた。
「はぁ~……やっぱり暖かいわね、あんた」
霊夢は布団から蹴り出された。
もう大分夜も更けた。
外からはゴーゴーと、更に強まった吹雪の音が聞こえてくる。これでは助けを求めに行くなんて無理だろう。
「そういえば魔理沙……」
「なんだよ?」
二人とも確実に衰弱していってるがまだ話す元気はあるらしい。
「あんたのとこにも来た? 赤いの……」
「赤いの? 何のことだ?」
「いや、数日前うちに来たのよ……夜中に赤い服着たやつがね、靴下に茶筒突っ込んでいったんだけど」
「あ!」
「そいつが風邪ひいてたみたいで、それがうつったんだと思うんだけど……やっぱり心当たりがあるのね?」
「おう、赤いのかどうかは知らないけど、タンスの中から勝手に靴下出されて、本入れられてたな」
「本……?」
「寝てて気付かなかったが手口からして多分同じやつだろう。靴下裂けちゃってたよ、バカだよな」
「そ、そりゃ本なんか入れられたら裂けるわよね……」
「紫辺りじゃないのか? こんなわけのわからんことをするのは」
「でも紫が風邪なんかひくかしらねぇ……それに今冬眠中だろうし」
「確かに想像しづらいな……」
想像しづらいな、とは言ったものの、紫が寝込んで藍に世話をされている場面を思うとなんとなく笑えるものがあった。
「うちの茶筒はなんか使いかけの半端なやつだったわよ……風邪うつしにきただけなんじゃないかって思っちゃうわ」
「使いかけかよ……」
「あんたのもらった本は?」
「あー、あれな……なんだっけな……『十六夜流掃除術~咲夜棒でラクラク綺麗!~』とかいう本だったか」
「なにそれ、咲夜の自筆?」
「いや、著者は『八雲紫』ってなってたが」
「何してんのよあいつ……で、内容は?」
「最初の項目でいきなり『まず時間を止めます』って書いてたから投げたな」
「咲夜棒って何なのかしら……」
「そんなの知ったこっちゃないぜ、読みたかったら今度持ってきてやるよ。貸さないけど」
「別にいらないわよそんなの……」
しかし霊夢は考える、まずはプレゼントがやたらにピンポイントであること。
霊夢によこした半端な茶筒にしろ、魔理沙によこした胡散臭い本にしろ、それぞれの嗜好や性格を知ってのものだ。
「知り合いの犯行じゃないかしら……」
「ん?」
「風邪菌を持ってきた赤いやつよ」
「ああ……その節はあるな。本の内容もまるで『掃除しろ』って言っているようだぜ」
「何がしたかったのかしら……」
「……戒め、かもしれないな」
「……戒め?」
二人は考えてみる。
中途半端に減った茶筒は、霊夢に対して「お茶ばかり飲んでいないで仕事をしろ」というメッセージ。
魔理沙に対しては、蒐集物で散らかった部屋を片付けること、そして人様の物を盗るな、というメッセージ。
「……閻魔だな」
「……閻魔ね」
「随分と陰湿だぜ、前みたく直接言えば良いものを……」
「あいつ自身も善行を積むべきよね」
「まったくだ」
ふつふつと怒りが湧き上がってきた二人の中では、四季映姫への畏怖など即座に握りつぶされた。
「赤いのも、服じゃなくて部下の死神の髪の色かもしれないわね」
「そうだ、絶対そうだ。くそ、あいつら……ッ!!」
映姫や小町が風邪なんかひくだろうか、という疑問も残るのだが、もうそんなことはどうでもよかった。
風邪が治ったらすぐにでも懲らしめに行ってやる、と思うのみだった。
「寝るぞ、霊夢」
「そうね」
「だが寒い、あれをやるぞ」
「ええ」
「少しでも早く治す必要がある」
「もちろん」
ついに魔理沙も怒りによって羞恥心をかなぐり捨てた。
抱き合うその様は、恐ろしく強い四季映姫に立ち向かう前に友情を確かめ合っているようにも見え、美しかった。
「魔理沙! 生きて帰るわよ!」
「おう! 終わったら新年会だ!」
二人が行動を開始したのは丁度大晦日の夜だった。
あれだけの酷い風邪が数日で回復したのは博麗の力なのか、はたまた若さによるものか。
先に回復したのは霊夢で、魔理沙は霊夢の手厚い看護によって回復に至ったのだ。
今二人は中有の道へと来ている。
二人は甘酒を片手に、白い息を吐きながら辺りをキョロキョロと眺めていた。
「大晦日だってのに随分と死人が多いんだな」
「どうかしらね……生きてる人も来るみたいだし、どれが死人なんだかよくわからないわ」
「案外私達も死人だと思われてたりするのかもな」
「かもね」
目付き険しく二人が探しているのは、もちろん小町と映姫だった。
生きたままでは三途の川まで行くので手一杯、彼岸まで行ってしまったらそれすなわち死である。
そんな中で例の二人が居そうな所と言うことで、地獄の罪人達による出店で賑わうこの中有の道が第一候補に上がった。
生真面目な映姫はともかく、あのサボり死神ならこの大晦日の夜を賑やかに過ごすだろうと踏んだのだ。
「居ないわね……甘酒も飲んじゃったし……あ、おじさん、ぜんざい二つ頂戴」
「あいよ。はい、ぜんざい二人前」
「ありがとう」
「……え? あ、あのお代は……」
「お金なんか持ち歩かないわよ……別に良いじゃないの二人分ぐらい。魔理沙、行こ」
「おう、うまいなぜんざい」
「正月はおもちよね」
「ド、ドロボーッ!!」
「あーもううっさいわね。んじゃこれあげるわ、博麗神社のお守り」
「これ安産祈願だろ……俺、男……」
「頑張れば多分産めるぜ、だから頑張れ」
「せめて商売繁盛くれよ!!」
元より人の物を持っていくことに何の疑問も持たない魔理沙と、金銭の価値をわかっていない霊夢。
二人は罪の意識など一切無く強引に食い逃げした。もっとも、本人達は食い逃げだと思っていないだろうが。
「居ないとか居るとかじゃなくて、広すぎだなここ」
「人もやたらに多いしね……でもあの死神体格良いし、頭の色も目立つからすぐ見つかるわよ」
「そこ! 止まりなさい!」
「ん?」
「何かしら……?」
年末のお祭りムードを凍りつかせる厳しい怒号に二人が振り返ると、人ごみが裂けるように開いていき、
そこから大量の死神を率いた四季映姫が二人を指差しながら、鬼のような形相で迫ってきた。
「死後の司法の最高府たる彼岸! そこで裁きを行う閻魔のお膝元で無銭飲食を働くとは、言語道断!」
ピッピッとホイッスルを吹きながら寄ってくる映姫、後ろにいる死神達はいかつい大鎌を手にしてその背後を固める。
「仕事か……年末までご苦労なことだぜ、それにしても相変わらず芝居染みた台詞だな」
「なんかいつもと仕事が違うんじゃないの?」
「年末はこの中有の道で泥酔し、騒ぎを起こす者が多いのよ。それを取り締まるのが我々です!」
「なんだ、左遷か? 地獄のことはよく知らないが、これって閻魔がやるような仕事じゃないだろ」
魔理沙が『左遷』という言葉を口にした瞬間、ホイッスルが「フィ……」と情けない音を立て、映姫の動きが止まった。
「魔理沙もそう思った? 明らかに下っ端にやらせとけばいいような仕事よねこれ……。
リーダーは必要なのかもしれないけど……だからってなんで裁判長がこんな所で肉体労働の外勤してるのかしら」
「小町が……」
「あ、そういえばお前の直属の死神居ないな、ついにクビにしたか?」
「小町が……」
「あー?」
「小町が……私の所に死者の魂を運んでこないから仕事が無いのです……」
「……で、小町は?」
「わかりません……どこかで年末を満喫してるでしょう……」
「うわぁ……」
「痛っ……威厳形無しだな……」
「ピピーッ!!」
魔理沙の発言に過剰に反応した映姫がホイッスルを思いっきり吹くと、
突然後ろに構えていた数人の死神が飛び出して魔理沙を捕らえた。
「な、なんだよ!?」
「名誉毀損です! 霧雨魔理沙、有罪!!」
「痛いっ!? 何すんだ!?」
魔理沙はあっという間に死神達に組み敷かれ、四つん這いの姿勢にされる。
そして悔悟の棒を握り締めた映姫がその後ろに立ち、大きく振りかぶって魔理沙の尻にフルスイングした。
「痛ぁぁぁぁっ!!」
「先ほどの無銭飲食! 霧雨魔理沙、有罪!!」
「ま、待て! あれは霊夢が……っ! 霊夢を……っ!! あ゛ーーーーッ!!」
「そして普段から常習の窃盗! 霧雨魔理沙、有罪!!」
「れ、連続は勘弁してくれえっ! 痛ぁっ!!」
「魔理沙っ……ダメだわ……こいつら危険すぎる!! あ、ちょ……やめてっ!!」
あまりに力強い映姫のスイングに恐れをなした霊夢は、魔理沙を見捨てて逃げようとしたが、遅かった。
既に死神が霊夢を囲んでおり、抵抗虚しくあっさり捕捉されると、魔理沙の横に四つん這いで並べられた。
「貴女達は罪を重ねすぎている……!! 新年を心身共に美しく迎えるため、裁きを受けていくのです!」
「自分に都合の良い事ばっかり言わないでよ! こんなのただの腹いせじゃないの! 失職閻魔!!」
「ピピーッ!! 名誉毀損です! 博麗霊夢、有罪!! 小町が……小町が働きさえすればすぐ復帰できるのよ!!」
映姫のフルスイングが大晦日の澄んだ空気と霊夢の尻を震撼させる。
「いったぁぁぁぁぁっ!!」
「霧雨魔理沙と同様に無銭飲食! 博麗霊夢、有罪!!」
「ぐぅぅっ!!」
周りにいた者達も、いつ自分が難癖をつけられて叩かれるのかと緊張し、賑わっていた中有の道は静まり返った。
ただ映姫の怒号と尻を叩く音、そして魔理沙と霊夢の悲鳴が響き渡る。
「良い? 『お尻ペンペン』という言葉ぐらいは聞いたことがあるわね?
親が子を躾けるときに、顔やその他の部位ではなく臀部を叩くのは愛ゆえなのです。
愛する我が子の顔を叩いて傷になっては困る、しかし愛の鞭を振るわねばならぬときもある」
「正当化しやがって……!!」
「本来地獄で受ける罰はこんな生易しいものではないのです。そう、これは慈悲に満ちた愛の鞭。
貴女達が死後地獄での罰を受けなくても済むよう、私が直々に貴女達の尻と悔悟の棒で罪を打ち砕くの」
「……サドッ!!」
「ピピーッ!! 名誉毀損です! 霧雨魔理沙、有罪!!」
「えー……おい閻魔、ジャッジが厳しすぎるぜ!! ……あ゛ぁっ!!」
「お尻ペンペンでそんな硬い棒使わないわよ!! 手でやりなさいよ!!」
「ダメです! 実は尻って結構硬いの、貴女達ほどの大罪人を素手で裁いていたら私の手が負傷します」
「な、なんて自己中心的なの!? ……しかも大罪人って」
「ピピーッ!! 名誉毀損です!」
「なっ!? 何言っても名誉毀損じゃない! いゃぁーっ!!」
霊夢は「硬い棒」と言ったが、この悔悟の棒は尻叩き専用に多少柔らかく作ってあるものだった。
しかしそんな配慮も、映姫のスイングが強烈過ぎるためにあまり意味の無いものになっている。
すぐに『ピピーッ!! 名誉毀損です!』になるので、途中から二人は何も口答えしなくなった。
そして悔悟の棒がスイングに耐え切れなくなって折れた時、映姫によるスパンキングは終了した。
霊夢、叩かれた回数、四十五回。
魔理沙、叩かれた回数、六十三回。
奇しくも、合計すると除夜の鐘の回数と同じであった。
「う、うぅ、ぐすっ……」
「お尻がジンジンするよぅ……ぐすっ」
二人は足を引きずり、肩を組んで帰路に着いている。
そんな二人の尻からは煙が立ち昇っていた。
「強すぎるわよあの閻魔……グスッ」
「数の暴力だぜ……うぅっ」
二人がかりで懲らしめるつもりが、あっさりと返り討ちに遭った。
一時的に降格させられているとはいえ、映姫の実力が衰えたわけではない。
確証は無いのだが、花の異変で映姫が彼岸から出てきたときに、
紫や幽々子が自宅に引きこもって震えていたという噂を聞いたことがある。
案外昔に、
「ピピーッ!! 不法侵入です! 八雲紫、有罪!!」
「ピピーッ!! 不退去です! 西行寺幽々子、有罪!!」
などと言われて同様に引っぱたかれた記憶があるのかもしれない。
幽々子は退去したくてもできないのだが、あの閻魔の厳しいジャッジの前で言い逃れが可能だろうか。
「霊夢……何考えてるんだ?」
「いや……大したことじゃないわよ、あ……」
「ん? ……お?」
別段いつもと変わらない日の出、だが「初日の出」という意識が根付いていると、
普段より美しく、荘厳に見えるから不思議だ。
「初日の出だなー……」
「あれ……お尻痛くない……?」
「あー? ……あれ、ほんとだ」
あれほど引っぱたかれてさっきまで痛かったというのに、気付けば痛みは消えていた。
初日の出の美しさによるところもあるだろうが、心も妙に軽く、清々しい。
「あの閻魔……いや、閻魔様……」
「最初からこのつもりで私達を罰していたっていうのか……」
その事実に気付いたとき、二人は人間の考えが及ばない存在について認めざるを得ないことを悟った。
膝から崩れ落ち、ただ美しい初日の出を眺めながら映姫の愛に涙した。
「もうちょっと巫女らしくなるために、腋の露出を増やすわ……」
「いつも魔法図書館から一回に十冊以上借りてたが、今度からは十冊以内にするぜ……」
全然反省していなかった。
場所は変わって八雲邸。
「コン、コン……」
藍が小さな土鍋にお粥を作り、それを居間のこたつへと運んでいた。
尻尾を体に巻きつけて暖を取りながらふらふらと力の無い歩を進める。
「……紫様……」
こたつの上にお粥を乗せ、ちょこんと腰掛けた。
「私は務めを果たしました……」
気だるそうな表情の中には、どこか満足感があった。
藍が振り返ると、壁にはサンタ服がかけられている。
「紫様に言われた通り、幻想郷の英雄たる彼女らにピッタリな贈り物をしてまいりましたよ。
霊夢には大好きな緑茶を、魔理沙には紫様が執筆なされたありがたい本を贈ってきました。
もっとも、彼女達が外界の行事を知っているか疑問ではありますが……ジュル……うん、美味い」
きっと喜んだだろうなぁ、と藍は真っ赤な顔に幸せそうな笑みを浮かべ、お粥を啜った。
だがお茶が欲しいと思った藍は、ふらふらとこたつから出て寒そうに身震いをしながら台所へ向かう。
「おや……? 飲みかけの玄米茶はどこへ行ったのかしら……あれ? 霊夢にあげるはずだった緑茶がある……」
なんとも報われない。
そしてやはり橙は居ない、またどこか行った。
おせち料理はたくさん作ったのだが、今年も藍一人で全部食べることになるだろう。
【おまけ】
中有の道では、霊夢と魔理沙が開放された後、元旦サービスと称してやはり映姫の裁きが行われていた。
流石に二人ほどたくさん叩かれた者はそういなかったので、年末年始の大仕事を終えた映姫はその場でオフとなった。
そしておでん屋台の椅子に腰掛けて額に輝く汗をぬぐっていた。
「閻魔様、皆騒ぎたいってときにご苦労様だねぇ」
「これが仕事ですから……ふぅ、明日は筋肉痛かしら」
「んじゃ何にする? 日本酒もあるぜ、喉が渇いたでしょ?」
「ん……」
映姫は懐からがま口を開けて中を覗き、しゅんと縮こまった。
小町が働かない、仕事が無い、お給料もお察しであった。
がま口の中に紙幣は一枚も見当たらず、小銭も軽いものばかり。
「お水を……」
「……はいよ」
がま口を覗き込んだ店主は気の毒そうに表情を歪めると、透明な液体の入ったコップを映姫の前に差し出した。
「冷やかしに来たみたいで申し訳ない、これをいただいたらすぐ帰ります……ん? これは……」
「どうせもうじき店じまいさ、こいつも食ってってくれよ」
出されたコップに口を付けた瞬間、口内に広がったアルコールが鼻から抜けるのがわかった。
さらには映姫の前に、いくつかのおでんの種の乗った皿が差し出された。
生きている者がほとんど家に帰ったからか、中有の道はがらんと静まり返っている。
映姫に叩かれた者はその場で帰っただろうし、叩かれるのを恐れて逃げた者もいただろう。
もうじき店じまい、というのは嘘ではなかろうが……。
「これでは貴方の店の売り上げに間違いが生じますよ、これを罪と言われたらどうします」
「仕事を忘れないんだな閻魔様」
「しかも罪人が閻魔に情けをかけるとはおこがましい……身の程を知りなさい」
「情けじゃなくて感謝してるだけさ。俺だって住み慣れた地獄とももうじきお別れ、転生だ。
まぁ、あんたみたいな真面目な閻魔様に裁いてもらえるなら、もうちょっと罪を重ねるのも悪くないかもな」
「なっ……!?」
「オフのときぐらい仕事忘れて食ってくれよ、な」
「……ならばツケにしておいてください」
「わかったわかった、食ってくれ食ってくれ」
「いただきます」
「あんたの死神、今年は真面目に働くといいな、ははは」
「大きなお世話です……ほふほふ」
何とも言えない映姫だった。
元は罪人として裁かれに地獄に来た者が、ある程度罪を償ってからこうして出店、屋台を開く。
その中にこんな者がいるとは、中有の道に配属されたことも無駄な経験ではなかったのかもしれない。
「しかし……」
「ん?」
こうやって罪人の更生に成功している事実は大きな励みである。仕事のやり甲斐があるというものだ。
そして今年も頑張ろうと新年早々やる気の出た映姫だが、一つ問題がある。
「小町にもお仕置きが必要ね」
「まぁちょっと大目に見てやんなよ、年末年始ぐらいさ」
「年末年始以外も不真面目だもの」
「……そいつぁ問題だ。まぁまぁ、もう一杯どうぞ」
「いただきます。何度も言うけどツケですから、いいわね?」
「細かいなー」
「貴方のような模範囚をいつまでも地獄に留まらせることは我々の罪」
「そりゃありがたい、ハッハッハ」
雑務をやらされていた情けない様子はどこへやら。
映姫は酒気によって少し頬を赤らめながらも、凛として言い放つ。
そんな自分にも厳しい映姫を見て、店主は優しく、そして豪快に笑った。
「さ、貴方も付き合いなさい、ツケですけど」
「はいよ、んじゃいただくぜ」
「貴方の来世がいいものになりますように」
「閻魔様の仕事がうまくいきますように」
「あけましておめでとう、乾杯」
人もまばらな中有の道に、カチンとひとつ、澄んだ音が響いた。
その後のらりくらりと帰ってきた小町は、一人で百発以上尻を叩かれたそうだ。
夜中に出たらしき鼻水が喉の奥に絡みついているようだ。
頭痛がする、鼻が冷たくなっているのに額はやたらに熱い。ああ、頬も。
大きく息を吸うと、胸元でつっかえて咳になってはね返ってくる。胸が痛い。喉も痛い。
「うあー……」
霊夢は風邪をひいてしまったようだ。
「ケフンケフン……ふー……」
流しでうがいをして、とりあえず喉元はいくらかすっきりしたが、やはり息を大きく吸うことはできない。
流しまでたどり着くのも容易ではなかった、長時間立っていると胸がムカムカして吐きそうになる。
「ぁー……」
健康的な生活を送っていたのに何故?
霊夢はそんな疑問を抱きつつ、体がだるくて何もできそうにないので布団に寝転がった。
(そういえば……)
数日前の夜中、何やら赤い服を着た誰かが翌日にはく靴下をゴソゴソといじっていた。
起きてから見たら靴下に茶筒が突っ込んであった、それも半分以上使った後のやつだった。
その何者かがやたらに鼻水を啜ったり咳き込んでたりしていた気がする。
こちらの世界で言うサンタクロースである。
それにしても茶筒とは随分と色気の無いプレゼントだし、風邪ウイルスまでプレゼント。
「はばばばばばば……」
全力で布団に包まっているのに寒い。首元の隙間までも完全に密閉したのだが……。
(誰か来てくれないかしら……)
普段から拒みもしないし露骨に嫌な顔もしないが、ここまで切実に誰かの来訪を願うことも無い。
食事を作る体力すら無いのだが、食事を取らなければ回復もしないだろう。
しょっちゅう来る魔理沙辺りが頼りか……しかしあのへそまがりが素直に看病してくれるだろうか。
「霊夢ーっ!」
そんなことを考えていたら魔理沙が来た。
しかしいつもより来るのが早い気がする、これは朝食をたかりに来た日のタイミングだ。
流石にこんな状態の霊夢を見てまで「飯作ってくれよ飯!」とは言わないだろうが。
(た、助かった……)
ほっとしながら声のした方を見ると、いつも以上に騒々しい魔理沙の足音が近付いてくる。
何やらものすごく焦っているように感じるのは風邪による錯覚だろうか?
「霊夢ぅーっ! 寒いっ! ゲホゴホゴホヘッ!! た、助けてっ!!」
「なっ!? ゴホゴホガハッ!?」
パジャマのまま到来した魔理沙は、真っ赤な顔で鼻水を垂らしながら霊夢の布団へ滑り込んだ。
「はばばばばばばばば……ゴホゴホッ」
「何してんのよバカッ!」
「か、風邪ひいたんだよ霊夢!! 看病してくれ!!」
「それはこっちの台詞よっ!! バハッ!!」
「うわっ、何するんだ! 唾がかかったじゃないか!! ゲェホッ!!」
「わっ!? 汚い!!」
ギリギリと掛け布団を引っ張り合いながら二人はにらみ合う。
しかし二人とも耳まで真っ赤な上に鼻水を垂らしており、腕にも力が入らない。
「お尻が出ちゃって寒いのよ! ふ、布団をもう少しこっちに!!」
「バカ言うな、これ以上妥協はできないぜ! 頭隠して尻隠さずだ! そのぐらいいいだろ!」
「ま、待ちなさい魔理沙!」
「なんだよ!? 布団はこれ以上譲れないぜ!? っていうか看病してくれ!」
「私も風邪ひいてロクに動けないのよ!!」
「なにっ!? ゴホハッ!」
「ゲフッ!」
魔理沙が霊夢の顔をマジマジと眺めた後、その赤さに気付いて霊夢の額に手を当てた。
「確かに……」
「これでわかったでしょう……あんたの手ひんやりしてて気持ち良いわ、しばらくそのままで」
「やだよ! 手が寒いんだよ! この極寒神社!!」
「あんた、なんだか便利な炉持ってたじゃないの! 寒いと不平を言うよりも自力でなんとかしなさい!」
床暖房まで敷いてある、暖かい自分の家からわざわざ飛び出してきておいて「極寒神社」とはよく言う。
だが、やはり魔理沙も家に居た方が暖かかっただろうと後悔していた。
「とりあえず、だ……」
多少窮屈だが、布団の恩恵を全身に受けるには互いが近寄るしかなかった。
流石に抱き合ったりはしたくなかったのだが、密着度で言うと抱き合うのとほぼ変わりない。
二人がそれぐらいくっついて、なんとか全身を覆い隠すことができた。
枕元ではミニ八卦炉に小さな火が灯っているが、この程度で暖かくなるはずもない。
「霊夢、大声を出すのはやめよう、喉が痛い」
「そうね……今無駄な体力を消耗するわけにはいかないわ」
魔理沙が当たり前のように奪い取って使っていた枕を、霊夢はそっと引き寄せた。
「……返せよ、枕」
「何言ってるのよ、元々私のだし、この布団だってそうよ。布団に入れてやってるだけありがたく思いなさい」
「じゃあ、この枕元のとても暖かい炉は誰のだと思ってるんだよ」
「……全然暖かくないじゃない……」
「最大出力にしたらこんな所一瞬で木っ端微塵になるんだぜ? 今、博麗神社の運命は私が握っていることを忘れるな」
そりゃそうも言えなくはないだろうけど、こんな狭い空間で最大出力にしたら魔理沙も黒こげになるだろう。
はったりをかますにももう少し頭を使ってほしい、と霊夢は思った。
しかし目が結構怖かったので、枕を半分ぐらい魔理沙の方に寄せてやった。
「別にあんたのために寄せてやったんじゃないんだからね、私はいつもこうやって寝るのよ」
「ふん……まぁお前も病人だし、このぐらいで手打ちにしてやる」
「……チッ!」
「舌打ちはやめとけよ、舌が割れて二枚舌になるぜ」
二枚舌はお前だろう、と思いつつも、あまり刺激してまた口論になるのも面倒なので霊夢は黙っていた。
「霊夢、寝るな。寝たら死ぬぞ」
「寝なきゃ死ぬわよ……」
魔理沙がニヤニヤしている。
熱にやられて頭がおかしくなってきたのではなかろうかと霊夢は心配になった。
「いいか、ここ博麗神社は冬の雪山並に寒い、つまり寝たら死ぬ」
「そうならないためにいろいろな妥協を重ねて、こうやって布団を分かち合ってるんじゃないの」
「こんなものは気休めにしかならん、現に私は死ぬほど寒い。布団よりもお前の人肌の方が余程温かい」
「……えっ? 気持ち悪いこと言わないでよ」
魔理沙が熱っぽい瞳で霊夢を見つめた。霊夢は思わずごくりと喉を鳴らして唾を飲み込む。
だが確かに布団よりも人肌の方が温かいと思うのは霊夢も同じだった。魔理沙は温かい。
(まさか、裸になって抱き合おうとか言い出すんじゃ……?)
魔理沙は相変わらず熱い眼差しを霊夢に向けている。
「だから……」
「だから……?」
ふと、その小さな口が開かれたとき、霊夢は再び大きな音を立てて唾を飲み込んだ。
「寝るな、寝たら死ぬ」
「……寝なきゃ死ぬって言ってるだろ! 思わせぶりなのよ!!」
「痛いっ!?」
霊夢の渾身の蹴りを食らって、魔理沙は布団から蹴り出された。
そして酷く慌てて、バタバタと四つん這いのまま布団へと潜り込む。
「さ、寒いじゃないか!! 何するんだよ!!」
「あんたの発言はいちいち無意味なのよ!!」
「意味だあ? 何言ってるんだよもう! ……ああ、やっぱり霊夢はあったかいなあ」
「ああそう! ならいっそ裸になって温め合いましょうか!?」
「うわ、気持ちわるっ……お前ってばそういう趣味あったのか?」
「無いわよバカ!」
魔理沙は再び布団から蹴り出された。
「ピー……ピー……」
しばらくして魔理沙が寝た。
風邪をひいて鼻が詰まっているせいか、寝息が妙な音になっている。
(このバカ……人には寝るなって言っておいて!!)
霊夢はと言えば、あれ以来妙な気分になってしまって寝付けなかった。
本当にその気があるわけではないのだが、そういう話になると「もしかして自分って……」
という恐怖感に囚われ、なかなか気分が落ち着かない。
それにこういうときというのは、片割れが先に寝ると妙に緊張して寝られない。
先に寝られた悔しさやら、自分はすんなり寝られるのか、という不安やらでやけに頭が冴えてしまう。
それらいくつかの理由が重なって霊夢は寝付けなくなってしまった。
「ピー……んんーっ……」
「ひっ!?」
寝返りを打った魔理沙の体が半分ほど霊夢の体に乗り上げた。
密着度が更に上がり霊夢は気が気でない。魔理沙の顔が耳元に来て直に寝息がかかる。
「プィー……プィー……」
体勢が変わったせいか魔理沙の寝息の音が若干変化したが、それどころではない。
こそばゆいわ、恥ずかしいわ、余計変な気分になるわ。霊夢は更に不安になってしまう。
この状況を見ていると、先に寝た魔理沙はまさしく勝者と呼べるだろう。
(待てよ……)
霊夢は眉間にしわを寄せた。相変わらず魔理沙の寝息が耳元に吹きかけられている。
(……なんで私がこんなに我慢しなきゃいけないの?)
それもそうだ、そもそも先に「寝るな」と言っていた魔理沙が先に寝ているのも不愉快な話である。
看病してくれるどころか、感染することすら考えずにいきなり霊夢の所へ転がり込み、好き勝手絶頂もいいところだ。
(鼻をつまんでやろうかしら?)
いや、手ぬるい。霊夢は口をへの字に曲げてさらに考え込んだ。
「プィー……んむーっ……」
半身ほど乗り上げていただけの魔理沙が、再び寝返りを打って今度は完全に霊夢に覆いかぶさる形になった。
霊夢がちょいと首をひねれば唇同士の接触も簡単だが、もはや霊夢の心の中に煩悩は一切存在しない。
「だってやっぱりそんな趣味無いもの」そんな霊夢の目は怒りに満ちて、目の前の裏切り者を睨みつけている。
「ピスー……ピスー……」
(頬をつねる? いや、魔理沙の罪はその程度では償えないわ)
何をするか、霊夢の心の中で選択肢は絞られた。
一撃で目の覚める強烈なやつを見舞ってやろう、ミシミシと小さな音を立てながら霊夢の頭が枕に埋もれていく。
「せいっ!!」
「ピスッ……!? 痛ぁっ!?」
まずは枕を潰して、加速のための距離をギリギリまで稼いだ頭突きで魔理沙を起こす。
魔理沙は霊夢の上に乗ったまま額を押さえて呻いている。
「ハッ!!」
「うがっ!?」
続いて霊夢は巴投げで魔理沙を放り投げた。
綺麗に宙返りした魔理沙の着地地点には八卦炉があり、それが思い切り腰にめり込んだ。
「ぎゃああぁっ!?」
幸い火が弱かったので引火することはなかったが、固形物が体にめり込むと当然ながらかなり痛い。
魔理沙は布団から出された寒さよりも痛みが先行し、両手で腰を押さえて冷たい床の上でもんどりうった。
「みぎゃーっ!」
「ふぅ……」
ドタンバタンと音を立てている魔理沙を尻目に、一緒に放り投げてしまった掛け布団を引き寄せ、霊夢はそれに包まった。
「う、うぅ……腰が痛い……」
「寝そうだったから起こしてやったのよ、感謝しなさい」
「ならもっと優しく起こしてくれよ……ズズッ」
「汚いわね……真横で鼻水啜らないでよ、ズヒッ」
「お互い様じゃないか……ちり紙は?」
「あそこ」
手を出すと寒いので、霊夢は顎でちり紙の位置を魔理沙に伝えた。
確かに、何やらいろいろと小物が飾ってある小さな棚の上にちり紙が置いてあった。
布団からそこまでは二メートルほど離れている。
「取ってこい霊夢」
「あんたが行きなさい、さっきの巴投げで消耗して死にそうなのよ」
「私だって腰が痛くて大変なんだ」
二人ともにらみ合う、布団からは出たくない。
それにしても本当に魔理沙は横柄だ、霊夢は不愉快に思いつつ、さらに鋭い視線を送りながら口を開く。
「寝た罰よ……ふぇ、ふぇ……へぇーっくしょい!!」
話している途中に突然くしゃみをした霊夢の鼻から、魔理沙の顔面にかけて、キラキラと鼻水の架け橋がかかった。
「ギャーッ!! はっ、鼻水が顔にっ!!」
「あ、ああ……っ! ごめん魔理沙!!」
「うわーっ! ネバネバするーっ!!」
流石に申し訳ないと思ったのか、霊夢は這いつくばりながらも、ちり紙を取りに行った。
「ほら魔理沙! ちり紙よ!」
「う、うぅ……鼻水を顔にかけるなんてあんまりじゃないか……」
魔理沙は箱ごと受け取ったちり紙で顔を拭きつつ、涙目で霊夢を睨んだ。
「さっきから何だっていうんだよ霊夢、私に恨みでもあるのか? 酷いことばかりして……」
「いや、大体あんたの自業自得だと思うんだけど……まぁくしゃみについては謝るわよ」
「くそうっ! ブブーッ!」
腹立たしげに魔理沙が強く鼻をかむ。
しかし霊夢は見てしまった、そのちり紙が鮮血に染まっていくのを。
「ま、魔理沙っ! 鼻血出てるわよ!?」
「なにっ! し、しまった、ほんとだ! 粘膜が弱っていたのかー!」
「枕に鼻血つけないでよ!」
「あ、あぁ……ふぇ……ふぇ……」
「やめて魔理沙! それだけは……」
「はっくちゅん!」
「ひぃぃぃぃっ!?」
超至近距離で発射された散弾銃のように、魔理沙の鼻血が霊夢の顔面を蹂躙した。
弾幕の出力には定評のある魔理沙だが、鼻血の出力も相当なものだった。
「め、目がっ……目に入っ……ッ!!」
「うわーっ! れ、霊夢ーっ! ごめんよぉー! ……くしゅんっ!!」
「うぅっ!?」
「あ、いかん……鼻血の出すぎで貧血かも……」
「そ、そんなベタな……!?」
霊夢が真っ赤になった目で見てみると、確かに周囲に撒き散らされた鼻血の量は生半可ではない。
自分の上半身も真っ赤にされているのを見ると「レミリアが吸血するとこんな感じなのかしら?」と、ふと思った。
当然布団も真っ赤だし、床やら壁やらにも鼻血が飛び散っている。
「ほら……ちり紙を詰めておきなさい。あと、仰向けになると喉に血が溜まって良くないらしいわ」
「すまん……」
二度のくしゃみで大量に失血した魔理沙を横向けに寝かせ、霊夢は表情を曇らせた。
良くない状況だ……二人ともこれでは、良くなるものも良くならない。
窓の外を見るといつの間にか吹雪いていた。
こんな中誰かに助けを求めに行くことは可能なのだろうか?
「ゼェ、ゼェ……」
気管の調子が悪化しているようで、霊夢はまともな呼吸すらできないようになっていた。
横では鼻にちり紙を詰め込んだままの魔理沙が寝ているが、その表情はとても苦しそうだ。
「れ、霊夢……」
「どうしたの……?」
「寒い……」
「そうは言っても、これ以上どうしようもないわ……」
仕方なく霊夢は魔理沙に身を寄せてみた。
「……これでどうよ?」
「寒い……」
「どうしろって言うのよもう……」
鼻血のせいかどうかはわからないが、魔理沙の病状は霊夢よりも悪いようだ。
「寒いー霊夢ー……」
「私だってさっきから胸が苦しいのよ……」
それでも魔理沙よりは良いだろう、という確信は確かにある。
魔理沙は腕一本動かすことさえ辛そうだ。
「寒いー寒いー……」
「……」
霊夢はそっと血まみれの寝巻きに手を掛けた。
ただならぬ気配を感じた魔理沙がうっすらと目を開き、霊夢へと視線を向ける。
「魔理沙、脱ぎなさい」
「あ、あれをやるのか……」
「もうそれしかないでしょ……ゴホゴホッ……私だってろくに動けないのよ」
「や、やめてくれ霊夢……まだあれをやるには早い……」
「女同士で恥ずかしいも何もないでしょう、恥ずかしいと思うから恥ずかしいのよ」
霊夢自身も頭がぼーっとしてまともな思考が働かなくなってきているらしい。
魔理沙は心底怯えた様子で、そんなルナティック霊夢を見つめている。
「む、無抵抗な病人相手に好き勝手やろうとしてるだろ……」
「私だって病人よ、もう死にそう。ゲッホゲッホ」
「セキがわざとらしいぜ霊夢……! やっ、やめろ! 人のパジャマに手をかけるなぁっ!!」
既に寝巻きの上を脱ぎ終えた霊夢がサラシ一枚で魔理沙のパジャマを脱がしにかかった。
組み敷かれた魔理沙は必死に抵抗するのだが、体に力が入らない。
「恥ずかしいのなんて最初だけよ、暑さ寒さも彼岸まで。って彼岸に行っちゃダメだけど」
「や、やめろ霊夢! ガマンする! もう寒いって言わないからぁ! やめてっ!」
「生き残るためよ!!」
「いやぁぁぁぁっ!」
火事場の馬鹿力、今度は魔理沙が全身全霊で霊夢に巴投げをかけた。
綺麗に宙返りした霊夢、そしてやはり腰に八卦炉がめり込んだ。
そんな様子を確認した魔理沙は掛け布団を回収して強固に包まり、防衛態勢をとる。
「うぎっ!?」
「変態! 来るなっ!」
「ぎぎぎ……私はあんたの為を思って……!」
「そんな歪んだ愛情いらないぜ! はぁはぁ……ゴホゴホッ」
「さささ、寒いぃ……魔理沙、私も布団に入れてよ!」
「変態に貸す布団なんかない! 前から腋むき出しで歩き回っているから妙だと思ったが、
やはりお前は変態だったんだな!? そうだ、風邪ひいたのだって腋を出していたからだ! そうだろう!?」
「違うわよ!」
「くそっ! くそっ! やっぱり家にいるべきだったんだ! もしくはアリスの所か紅魔館辺りにいくべきだったんだ!」
「……ごたくはいいから布団に入れろって言ってんのよぉぉぉ!! ゲホッ!!」
「ひ、ひぃっ!?」
霊夢は半裸なので当然寒い。
ミノムシのように掛け布団に包まっている魔理沙を引っ掴み、乱暴にそれをはがそうとする。
全力で抵抗する魔理沙を布団ごと持ち上げては床に叩きつけたり、ギロチンドロップを仕掛けたりしている。
「随分元気じゃないか霊夢!? 痛い!! やめろ!!」
「生きるために必死なのよ! さぁ中に入れなさい!」
「ぐぅっ! も、もう変なことしないって誓うか!?」
「わ、わかったわよ……誓うから入れなさいよ」
「本当だな……? よしわかった、入れ」
魔理沙はへろへろと力無く布団を開き霊夢を招き入れる。
霊夢は風邪をひいてるとは思えないほど機敏な動作で布団の中へ入り、湯船にでも浸かったときのような溜息を吐いた。
「はぁ~……やっぱり暖かいわね、あんた」
霊夢は布団から蹴り出された。
もう大分夜も更けた。
外からはゴーゴーと、更に強まった吹雪の音が聞こえてくる。これでは助けを求めに行くなんて無理だろう。
「そういえば魔理沙……」
「なんだよ?」
二人とも確実に衰弱していってるがまだ話す元気はあるらしい。
「あんたのとこにも来た? 赤いの……」
「赤いの? 何のことだ?」
「いや、数日前うちに来たのよ……夜中に赤い服着たやつがね、靴下に茶筒突っ込んでいったんだけど」
「あ!」
「そいつが風邪ひいてたみたいで、それがうつったんだと思うんだけど……やっぱり心当たりがあるのね?」
「おう、赤いのかどうかは知らないけど、タンスの中から勝手に靴下出されて、本入れられてたな」
「本……?」
「寝てて気付かなかったが手口からして多分同じやつだろう。靴下裂けちゃってたよ、バカだよな」
「そ、そりゃ本なんか入れられたら裂けるわよね……」
「紫辺りじゃないのか? こんなわけのわからんことをするのは」
「でも紫が風邪なんかひくかしらねぇ……それに今冬眠中だろうし」
「確かに想像しづらいな……」
想像しづらいな、とは言ったものの、紫が寝込んで藍に世話をされている場面を思うとなんとなく笑えるものがあった。
「うちの茶筒はなんか使いかけの半端なやつだったわよ……風邪うつしにきただけなんじゃないかって思っちゃうわ」
「使いかけかよ……」
「あんたのもらった本は?」
「あー、あれな……なんだっけな……『十六夜流掃除術~咲夜棒でラクラク綺麗!~』とかいう本だったか」
「なにそれ、咲夜の自筆?」
「いや、著者は『八雲紫』ってなってたが」
「何してんのよあいつ……で、内容は?」
「最初の項目でいきなり『まず時間を止めます』って書いてたから投げたな」
「咲夜棒って何なのかしら……」
「そんなの知ったこっちゃないぜ、読みたかったら今度持ってきてやるよ。貸さないけど」
「別にいらないわよそんなの……」
しかし霊夢は考える、まずはプレゼントがやたらにピンポイントであること。
霊夢によこした半端な茶筒にしろ、魔理沙によこした胡散臭い本にしろ、それぞれの嗜好や性格を知ってのものだ。
「知り合いの犯行じゃないかしら……」
「ん?」
「風邪菌を持ってきた赤いやつよ」
「ああ……その節はあるな。本の内容もまるで『掃除しろ』って言っているようだぜ」
「何がしたかったのかしら……」
「……戒め、かもしれないな」
「……戒め?」
二人は考えてみる。
中途半端に減った茶筒は、霊夢に対して「お茶ばかり飲んでいないで仕事をしろ」というメッセージ。
魔理沙に対しては、蒐集物で散らかった部屋を片付けること、そして人様の物を盗るな、というメッセージ。
「……閻魔だな」
「……閻魔ね」
「随分と陰湿だぜ、前みたく直接言えば良いものを……」
「あいつ自身も善行を積むべきよね」
「まったくだ」
ふつふつと怒りが湧き上がってきた二人の中では、四季映姫への畏怖など即座に握りつぶされた。
「赤いのも、服じゃなくて部下の死神の髪の色かもしれないわね」
「そうだ、絶対そうだ。くそ、あいつら……ッ!!」
映姫や小町が風邪なんかひくだろうか、という疑問も残るのだが、もうそんなことはどうでもよかった。
風邪が治ったらすぐにでも懲らしめに行ってやる、と思うのみだった。
「寝るぞ、霊夢」
「そうね」
「だが寒い、あれをやるぞ」
「ええ」
「少しでも早く治す必要がある」
「もちろん」
ついに魔理沙も怒りによって羞恥心をかなぐり捨てた。
抱き合うその様は、恐ろしく強い四季映姫に立ち向かう前に友情を確かめ合っているようにも見え、美しかった。
「魔理沙! 生きて帰るわよ!」
「おう! 終わったら新年会だ!」
二人が行動を開始したのは丁度大晦日の夜だった。
あれだけの酷い風邪が数日で回復したのは博麗の力なのか、はたまた若さによるものか。
先に回復したのは霊夢で、魔理沙は霊夢の手厚い看護によって回復に至ったのだ。
今二人は中有の道へと来ている。
二人は甘酒を片手に、白い息を吐きながら辺りをキョロキョロと眺めていた。
「大晦日だってのに随分と死人が多いんだな」
「どうかしらね……生きてる人も来るみたいだし、どれが死人なんだかよくわからないわ」
「案外私達も死人だと思われてたりするのかもな」
「かもね」
目付き険しく二人が探しているのは、もちろん小町と映姫だった。
生きたままでは三途の川まで行くので手一杯、彼岸まで行ってしまったらそれすなわち死である。
そんな中で例の二人が居そうな所と言うことで、地獄の罪人達による出店で賑わうこの中有の道が第一候補に上がった。
生真面目な映姫はともかく、あのサボり死神ならこの大晦日の夜を賑やかに過ごすだろうと踏んだのだ。
「居ないわね……甘酒も飲んじゃったし……あ、おじさん、ぜんざい二つ頂戴」
「あいよ。はい、ぜんざい二人前」
「ありがとう」
「……え? あ、あのお代は……」
「お金なんか持ち歩かないわよ……別に良いじゃないの二人分ぐらい。魔理沙、行こ」
「おう、うまいなぜんざい」
「正月はおもちよね」
「ド、ドロボーッ!!」
「あーもううっさいわね。んじゃこれあげるわ、博麗神社のお守り」
「これ安産祈願だろ……俺、男……」
「頑張れば多分産めるぜ、だから頑張れ」
「せめて商売繁盛くれよ!!」
元より人の物を持っていくことに何の疑問も持たない魔理沙と、金銭の価値をわかっていない霊夢。
二人は罪の意識など一切無く強引に食い逃げした。もっとも、本人達は食い逃げだと思っていないだろうが。
「居ないとか居るとかじゃなくて、広すぎだなここ」
「人もやたらに多いしね……でもあの死神体格良いし、頭の色も目立つからすぐ見つかるわよ」
「そこ! 止まりなさい!」
「ん?」
「何かしら……?」
年末のお祭りムードを凍りつかせる厳しい怒号に二人が振り返ると、人ごみが裂けるように開いていき、
そこから大量の死神を率いた四季映姫が二人を指差しながら、鬼のような形相で迫ってきた。
「死後の司法の最高府たる彼岸! そこで裁きを行う閻魔のお膝元で無銭飲食を働くとは、言語道断!」
ピッピッとホイッスルを吹きながら寄ってくる映姫、後ろにいる死神達はいかつい大鎌を手にしてその背後を固める。
「仕事か……年末までご苦労なことだぜ、それにしても相変わらず芝居染みた台詞だな」
「なんかいつもと仕事が違うんじゃないの?」
「年末はこの中有の道で泥酔し、騒ぎを起こす者が多いのよ。それを取り締まるのが我々です!」
「なんだ、左遷か? 地獄のことはよく知らないが、これって閻魔がやるような仕事じゃないだろ」
魔理沙が『左遷』という言葉を口にした瞬間、ホイッスルが「フィ……」と情けない音を立て、映姫の動きが止まった。
「魔理沙もそう思った? 明らかに下っ端にやらせとけばいいような仕事よねこれ……。
リーダーは必要なのかもしれないけど……だからってなんで裁判長がこんな所で肉体労働の外勤してるのかしら」
「小町が……」
「あ、そういえばお前の直属の死神居ないな、ついにクビにしたか?」
「小町が……」
「あー?」
「小町が……私の所に死者の魂を運んでこないから仕事が無いのです……」
「……で、小町は?」
「わかりません……どこかで年末を満喫してるでしょう……」
「うわぁ……」
「痛っ……威厳形無しだな……」
「ピピーッ!!」
魔理沙の発言に過剰に反応した映姫がホイッスルを思いっきり吹くと、
突然後ろに構えていた数人の死神が飛び出して魔理沙を捕らえた。
「な、なんだよ!?」
「名誉毀損です! 霧雨魔理沙、有罪!!」
「痛いっ!? 何すんだ!?」
魔理沙はあっという間に死神達に組み敷かれ、四つん這いの姿勢にされる。
そして悔悟の棒を握り締めた映姫がその後ろに立ち、大きく振りかぶって魔理沙の尻にフルスイングした。
「痛ぁぁぁぁっ!!」
「先ほどの無銭飲食! 霧雨魔理沙、有罪!!」
「ま、待て! あれは霊夢が……っ! 霊夢を……っ!! あ゛ーーーーッ!!」
「そして普段から常習の窃盗! 霧雨魔理沙、有罪!!」
「れ、連続は勘弁してくれえっ! 痛ぁっ!!」
「魔理沙っ……ダメだわ……こいつら危険すぎる!! あ、ちょ……やめてっ!!」
あまりに力強い映姫のスイングに恐れをなした霊夢は、魔理沙を見捨てて逃げようとしたが、遅かった。
既に死神が霊夢を囲んでおり、抵抗虚しくあっさり捕捉されると、魔理沙の横に四つん這いで並べられた。
「貴女達は罪を重ねすぎている……!! 新年を心身共に美しく迎えるため、裁きを受けていくのです!」
「自分に都合の良い事ばっかり言わないでよ! こんなのただの腹いせじゃないの! 失職閻魔!!」
「ピピーッ!! 名誉毀損です! 博麗霊夢、有罪!! 小町が……小町が働きさえすればすぐ復帰できるのよ!!」
映姫のフルスイングが大晦日の澄んだ空気と霊夢の尻を震撼させる。
「いったぁぁぁぁぁっ!!」
「霧雨魔理沙と同様に無銭飲食! 博麗霊夢、有罪!!」
「ぐぅぅっ!!」
周りにいた者達も、いつ自分が難癖をつけられて叩かれるのかと緊張し、賑わっていた中有の道は静まり返った。
ただ映姫の怒号と尻を叩く音、そして魔理沙と霊夢の悲鳴が響き渡る。
「良い? 『お尻ペンペン』という言葉ぐらいは聞いたことがあるわね?
親が子を躾けるときに、顔やその他の部位ではなく臀部を叩くのは愛ゆえなのです。
愛する我が子の顔を叩いて傷になっては困る、しかし愛の鞭を振るわねばならぬときもある」
「正当化しやがって……!!」
「本来地獄で受ける罰はこんな生易しいものではないのです。そう、これは慈悲に満ちた愛の鞭。
貴女達が死後地獄での罰を受けなくても済むよう、私が直々に貴女達の尻と悔悟の棒で罪を打ち砕くの」
「……サドッ!!」
「ピピーッ!! 名誉毀損です! 霧雨魔理沙、有罪!!」
「えー……おい閻魔、ジャッジが厳しすぎるぜ!! ……あ゛ぁっ!!」
「お尻ペンペンでそんな硬い棒使わないわよ!! 手でやりなさいよ!!」
「ダメです! 実は尻って結構硬いの、貴女達ほどの大罪人を素手で裁いていたら私の手が負傷します」
「な、なんて自己中心的なの!? ……しかも大罪人って」
「ピピーッ!! 名誉毀損です!」
「なっ!? 何言っても名誉毀損じゃない! いゃぁーっ!!」
霊夢は「硬い棒」と言ったが、この悔悟の棒は尻叩き専用に多少柔らかく作ってあるものだった。
しかしそんな配慮も、映姫のスイングが強烈過ぎるためにあまり意味の無いものになっている。
すぐに『ピピーッ!! 名誉毀損です!』になるので、途中から二人は何も口答えしなくなった。
そして悔悟の棒がスイングに耐え切れなくなって折れた時、映姫によるスパンキングは終了した。
霊夢、叩かれた回数、四十五回。
魔理沙、叩かれた回数、六十三回。
奇しくも、合計すると除夜の鐘の回数と同じであった。
「う、うぅ、ぐすっ……」
「お尻がジンジンするよぅ……ぐすっ」
二人は足を引きずり、肩を組んで帰路に着いている。
そんな二人の尻からは煙が立ち昇っていた。
「強すぎるわよあの閻魔……グスッ」
「数の暴力だぜ……うぅっ」
二人がかりで懲らしめるつもりが、あっさりと返り討ちに遭った。
一時的に降格させられているとはいえ、映姫の実力が衰えたわけではない。
確証は無いのだが、花の異変で映姫が彼岸から出てきたときに、
紫や幽々子が自宅に引きこもって震えていたという噂を聞いたことがある。
案外昔に、
「ピピーッ!! 不法侵入です! 八雲紫、有罪!!」
「ピピーッ!! 不退去です! 西行寺幽々子、有罪!!」
などと言われて同様に引っぱたかれた記憶があるのかもしれない。
幽々子は退去したくてもできないのだが、あの閻魔の厳しいジャッジの前で言い逃れが可能だろうか。
「霊夢……何考えてるんだ?」
「いや……大したことじゃないわよ、あ……」
「ん? ……お?」
別段いつもと変わらない日の出、だが「初日の出」という意識が根付いていると、
普段より美しく、荘厳に見えるから不思議だ。
「初日の出だなー……」
「あれ……お尻痛くない……?」
「あー? ……あれ、ほんとだ」
あれほど引っぱたかれてさっきまで痛かったというのに、気付けば痛みは消えていた。
初日の出の美しさによるところもあるだろうが、心も妙に軽く、清々しい。
「あの閻魔……いや、閻魔様……」
「最初からこのつもりで私達を罰していたっていうのか……」
その事実に気付いたとき、二人は人間の考えが及ばない存在について認めざるを得ないことを悟った。
膝から崩れ落ち、ただ美しい初日の出を眺めながら映姫の愛に涙した。
「もうちょっと巫女らしくなるために、腋の露出を増やすわ……」
「いつも魔法図書館から一回に十冊以上借りてたが、今度からは十冊以内にするぜ……」
全然反省していなかった。
場所は変わって八雲邸。
「コン、コン……」
藍が小さな土鍋にお粥を作り、それを居間のこたつへと運んでいた。
尻尾を体に巻きつけて暖を取りながらふらふらと力の無い歩を進める。
「……紫様……」
こたつの上にお粥を乗せ、ちょこんと腰掛けた。
「私は務めを果たしました……」
気だるそうな表情の中には、どこか満足感があった。
藍が振り返ると、壁にはサンタ服がかけられている。
「紫様に言われた通り、幻想郷の英雄たる彼女らにピッタリな贈り物をしてまいりましたよ。
霊夢には大好きな緑茶を、魔理沙には紫様が執筆なされたありがたい本を贈ってきました。
もっとも、彼女達が外界の行事を知っているか疑問ではありますが……ジュル……うん、美味い」
きっと喜んだだろうなぁ、と藍は真っ赤な顔に幸せそうな笑みを浮かべ、お粥を啜った。
だがお茶が欲しいと思った藍は、ふらふらとこたつから出て寒そうに身震いをしながら台所へ向かう。
「おや……? 飲みかけの玄米茶はどこへ行ったのかしら……あれ? 霊夢にあげるはずだった緑茶がある……」
なんとも報われない。
そしてやはり橙は居ない、またどこか行った。
おせち料理はたくさん作ったのだが、今年も藍一人で全部食べることになるだろう。
【おまけ】
中有の道では、霊夢と魔理沙が開放された後、元旦サービスと称してやはり映姫の裁きが行われていた。
流石に二人ほどたくさん叩かれた者はそういなかったので、年末年始の大仕事を終えた映姫はその場でオフとなった。
そしておでん屋台の椅子に腰掛けて額に輝く汗をぬぐっていた。
「閻魔様、皆騒ぎたいってときにご苦労様だねぇ」
「これが仕事ですから……ふぅ、明日は筋肉痛かしら」
「んじゃ何にする? 日本酒もあるぜ、喉が渇いたでしょ?」
「ん……」
映姫は懐からがま口を開けて中を覗き、しゅんと縮こまった。
小町が働かない、仕事が無い、お給料もお察しであった。
がま口の中に紙幣は一枚も見当たらず、小銭も軽いものばかり。
「お水を……」
「……はいよ」
がま口を覗き込んだ店主は気の毒そうに表情を歪めると、透明な液体の入ったコップを映姫の前に差し出した。
「冷やかしに来たみたいで申し訳ない、これをいただいたらすぐ帰ります……ん? これは……」
「どうせもうじき店じまいさ、こいつも食ってってくれよ」
出されたコップに口を付けた瞬間、口内に広がったアルコールが鼻から抜けるのがわかった。
さらには映姫の前に、いくつかのおでんの種の乗った皿が差し出された。
生きている者がほとんど家に帰ったからか、中有の道はがらんと静まり返っている。
映姫に叩かれた者はその場で帰っただろうし、叩かれるのを恐れて逃げた者もいただろう。
もうじき店じまい、というのは嘘ではなかろうが……。
「これでは貴方の店の売り上げに間違いが生じますよ、これを罪と言われたらどうします」
「仕事を忘れないんだな閻魔様」
「しかも罪人が閻魔に情けをかけるとはおこがましい……身の程を知りなさい」
「情けじゃなくて感謝してるだけさ。俺だって住み慣れた地獄とももうじきお別れ、転生だ。
まぁ、あんたみたいな真面目な閻魔様に裁いてもらえるなら、もうちょっと罪を重ねるのも悪くないかもな」
「なっ……!?」
「オフのときぐらい仕事忘れて食ってくれよ、な」
「……ならばツケにしておいてください」
「わかったわかった、食ってくれ食ってくれ」
「いただきます」
「あんたの死神、今年は真面目に働くといいな、ははは」
「大きなお世話です……ほふほふ」
何とも言えない映姫だった。
元は罪人として裁かれに地獄に来た者が、ある程度罪を償ってからこうして出店、屋台を開く。
その中にこんな者がいるとは、中有の道に配属されたことも無駄な経験ではなかったのかもしれない。
「しかし……」
「ん?」
こうやって罪人の更生に成功している事実は大きな励みである。仕事のやり甲斐があるというものだ。
そして今年も頑張ろうと新年早々やる気の出た映姫だが、一つ問題がある。
「小町にもお仕置きが必要ね」
「まぁちょっと大目に見てやんなよ、年末年始ぐらいさ」
「年末年始以外も不真面目だもの」
「……そいつぁ問題だ。まぁまぁ、もう一杯どうぞ」
「いただきます。何度も言うけどツケですから、いいわね?」
「細かいなー」
「貴方のような模範囚をいつまでも地獄に留まらせることは我々の罪」
「そりゃありがたい、ハッハッハ」
雑務をやらされていた情けない様子はどこへやら。
映姫は酒気によって少し頬を赤らめながらも、凛として言い放つ。
そんな自分にも厳しい映姫を見て、店主は優しく、そして豪快に笑った。
「さ、貴方も付き合いなさい、ツケですけど」
「はいよ、んじゃいただくぜ」
「貴方の来世がいいものになりますように」
「閻魔様の仕事がうまくいきますように」
「あけましておめでとう、乾杯」
人もまばらな中有の道に、カチンとひとつ、澄んだ音が響いた。
その後のらりくらりと帰ってきた小町は、一人で百発以上尻を叩かれたそうだ。
俺が一緒に食べるよ!
腹殴る不良のいじめを連想してしまってふいた
>六面全部「中国キック」と書いてあるサイコロを投げた小町が、美鈴に尻を蹴られるようなネタも考えましたがボツ。
笑ってはいけない幻想郷!?
この映姫様のボスクラス尻粛清ツアーが見てみたいww
以下、ちょっと戯言。
びっこを引く、はちょっと表現的にまずいかもしれない。
一応規制もされた言葉だし。
失敬、作者の無知ゆえでした。そうだったんですね。
修正しておきました。ご指摘ありがとうございます(礼
貧しさに負けず、部下のサボりにも負けずに頑張れ。
>びっこを引く、はちょっと表現的にまずいかもしれない。
言うなら代案も提案された方が良いと思いますが、これはちょと難しいな。
仲良しさんですねえ、レイマリ。
>「や、やめてくれ霊夢……まだあれをやるには早い……」
なんかすごくドキドキしました。
>規制
個人的にあんなものは無根拠且つ無意味な言葉狩りに過ぎないと思ってるので二つ下の方と同感です。
>出てきたのとき
のが余計かと。
うお、見落としてた!
修正しました、ありがとうございます(礼
>びっこ
そういう規制だったんですね。
まぁその言葉でなければいけない! ってほど重要な所でもありませんので、
元には戻さないでおきます。
逆に言えばそれぞれ別の話としても成り立ちそうです
しかし屋台の店主が妙にいい味出してますねw
何となく某超合金を思い出す人は何人居るだろう・・・
楽しく読ませて頂きました。
笑った笑った。
満足です。
面白かったですw