「先生、人生に於いて最も気まずい瞬間とは如何なる時でしょう」
「決まっている。年初めの挨拶状を出すのが遅れに遅れて、始業式当日の教室で直に葉書を手渡す羽目になった時だ」
(アリストテしスが弟子の質問に答えて)
「今にも落ちてきそうな空、ね」
黒幕が。
厚い雲の合間からさす光が神々しさをすら感じさせる頭上と、そして、歩を進める度にさくさくと気持ちの良い感触を楽しませてくれる足元と。それらを交互に見遣りながら霊夢は、まるで死人でも出たかの様な、そんな重たい表情で小さく口を動かした。
いや、まるで、ではなく、実際に何処かで凍え死んだ者の一人や二人位は出ていたのではないか。そうまで思える程に、昨晩の幻想郷は寒かった。大晦日くらいは夜を徹して神社を開け、参拝客を迎える用意でもしておいてやるか。そんな事を考えていた巫女だったのだが、眠気は兎も角あまりの冷え込み具合にこりゃ命に関わりかねぬ、と、結局は賽銭箱だけを普段より一尺ほど前に出しただけで、自身は暖かな布団の誘惑にあっさりと屈していた。
外の世界では地球温暖化というものが大流行り、死ぬほど寒い正月、というものが少しづつ幻想となっているそうなので、その反動なのだろうか。寝惚けまなこを擦りながら、そんな事に思いを馳せる霊夢。
「なんか、夏でも馬鹿元気なあのバカが、更に元気莫迦になっていそうな感じね」
キラキラに光る氷の塊やら白い弾やら、そんな傍迷惑な物を吐き散らしながら黒幕と遊んでいる妖精の姿が容易に想像できて、凛としてしまう朝。
それでもこの巫女にとって、普段は兎も角、今日この日ばかりは、元気になるのは簡単だった。
いつもより少しだけ前のめり、拝殿の軒からはみ出してしまっているせいで白く雪の積もっている賽銭箱。その大きな木の箱を見ていると、心の真ん中がぽかぽかになるのだから。
餡子よりも甘く、そして日本酒よりもメロメロ。そんな自分でも不思議な感覚に小さな胸を躍らせながら、巫女は本能および煩悩と共に賽銭箱へと歩き出す。
そうして。
暫くの後。
「ちょっと邪魔するわよー」
「こら、妹紅。先ずは『明けましておめでとう御座います』、だろう。と言う訳で博麗霊夢、新年明けまして――」
「こんな似非巫女相手に、慧音って本当、真面目ねぇ」
朝も早くから鳥居を潜り抜けて来た二人の少女が、巫女の背中に声を掛けた。
「あら、いらっしゃい」
巫女が振り向いて言う。その顔に、まるで太陽の花が咲いたかの様な明るい笑顔を浮かべて。そして。
「いくら出す?」
――二言目からこれか。慧音の口から白い息が漏れた。妹紅の言う通り、こんな巫女にまともな挨拶をするなんていうのは詮無い事だったのかも知れない。頼み事があって来た二人だったのだが、早速に先行きが怪しくなってきた。
「いらっしゃい」、そして、「いくらだす?」。「い」から始まるイカ○巫女。お正月からもう全開である。
♪ ワンダー☆ウインター☆ガンターン!! ♪
「一応は巫女なのだし、新年の挨拶として二言目に『いくらだす?』と言うのは流石に――」
気を取り直して、常識人の半獣が声を掛けた、その言葉を。
「やっかましいわーッッ!!」
無重力が過ぎて常識からすらも乖離してしまっている巫女が遮った。
「これはあれ? あんたの仕業? あんたが歴史を弄くって『博麗の巫女、霊夢は、賽銭を零個持っている』とかにしたわけ!?」
「いやちょっとなんだ、何だいきなり!? 日本語が少しおかしいぞっ?!」
「なに? あんたはあれか? この神社には零がお似合いだとか、そういう事が言いたいわけか!?
て言うかもうむしろいっそ、私にゼロと名乗れとか、そういう事か!? 変な仮面被って変なマント羽織って、んでもって『私はゼロ』とか名乗れと!? その上『私は』と『ゼロ』の間に『かっこさいせんがかっことじ』みたいなものを入れろとッ!?
『私は』(ドジで)『強い』(つもり)とかそーいうノリかッッ!? 『走る』(滑る)『見事に』(ころぶ)とかそーした勢いッッ!?」
「いや待て話が全く見えない! って言うか仮面って何? マントって何!? ちょっとは落ち着け! 心に愛を持てっ!」
「これが落ち着いていられるもんですか!
いーわ。あんたがその気ならこっちだってこの気よ! 賽銭が沢山集まっていそうな何処ぞの神宮だとかお大師だとか襲ってやるわよ! けれど私はテロリストではないわ、正義の味方よ! 皆好きでしょう、正義の味方!?」
「テロリストどころかただの強盗だそれは! それをどうしたら正義の味方になんてなるんだ!? 少しはまともな会話をしてくれ!」
「そんでもってついでに全力で橙(オレンジ)を虐めてやるー! 空っぽだった賽銭箱に光がさしたって何の意味も無いのよーッ!?」
「いい加減で落ち着け――ッ!!」
慧音の魂が上げた叫び声と共に、正月にはお似合いだが場所柄としては不似合いな、そんな感じの鈍く響く音が鳴った。
こんなものを百八発も喰らったなら、そりゃ煩悩も無くなるわ。命と一緒に。
そんな事を考えながら白に飲み込まれていく霊夢の意識。仰向けに倒れゆきながら見上げた大空はいつの間にか、蒼く澄み切っていた。
◆
「……あんた、やっぱり牛だったのね」
知識がたっぷりと詰まっているから重そうだし、二重の意味で頭が固そうだしと、そんな慧音の必殺頭突きによるダメージから回復した霊夢が、頭をさすりながら小声で不平を口にした。
妹紅は、満月だったらこんなものじゃ済まなかった、と、笑って言う。
若しそうした事態になったら、今度は先に足を撃って動きを封じてやる。そう毒を吐く霊夢だったが、そうなったらそうなったで紅魔館の門番が三ボスのよしみか何かで助けにきそうかも、と、そんな気もしてきた。
「それにしても、まあ」
取り敢えずは落ち着きを取り戻した巫女の前で、呆れ顔で溜め息をつく白沢。
「賽銭が入っていなかったなんて、そんな今更な事であそこまで取り乱す事もないだろうに」
そんな言葉に、大晦日にまで零では流石に切ないと、巫女は異を唱える。
「まぁ、ある程度は自業自得、だろう」
月曜、火曜、水、木、金、土曜、日曜と、毎日を休日同然、まともな仕事もせずに過ごす巫女。その上、妖怪達が目白押しの神社では、そも普通の人間は近寄れない。
「普段からそんな状態で、それでは年末年始になったからって急に賽銭が増える道理が無い」
右の人差し指をくるくる回しながら、まるで教師が生徒を諭す様な口振りで慧音は話を続ける。
「……あんた達、この寒いのにわざわざうちまで説教をしに来たの?」
反感の籠もった、けれども少々ばつの悪そうな、そんな目で睨みながらの霊夢の言葉。それを聞いて慧音は、自分達が神社へとやって来た理由を思い出した。
「ああそうそう。実はお前に頼みがあってな」
「何よ」
「妹紅をこの神社で雇ってほしい」
◆
「ぃよぉーし、これで百五十一殺百四十九死! 今年は私の勝ち越しで決定ね」
竹林の奥深くで大きな火事が起き、少女二人が重傷を負った。事情を知らぬ者が傍から見ればそうとしか思えない、そんな光景の中で妹紅は力強く手を叩いていた。
「ま、当然よねぇ。引き籠りでニートだなんて、そんな駄目人間の見本みたいな奴に、私が負ける訳ないものねぇ」
体中のあちらこちらに火傷だの打ち身だのを作りながらも、これが勝者の特権とばかりに敗者に言葉で鞭を打つ。
地面にうつ伏せになりながら何も言わずにそれを聞いていた敗者、輝夜は、やがてむくりと起き上がり、そうして口を閉ざしたまま妹紅に背を向けて歩き出した。
「あれ、もうお帰り? あんたも閉ざした窓を開いて自分を変える努力でもしてみたら? そうしたら来年はもうちょっとましな勝負になるかもよ」
腰に両の手を当てて楽しそうに高笑いをする妹紅に、しかし輝夜は。
「いや私、別に引き籠りでもニートでもないし」
背を見せたままそう応えた。
「貴方と勝負をする為にこうして表に出て来ている。その時点で既に、引き籠りではないでしょう?」
それもそうか、と、得心する妹紅。
「いやでも、ニートの方は間違いないでしょ? あんた、仕事をしていないしする気もないし」
「この間、月都万象展を開いたけど?」
「や、でも、それはその、一時的な催し物と言うか……」
勝者の勢いは何処へやら、少しづつ言葉を濁していく、そんな妹紅の方へは振り向かず、輝夜は続けた。
「普段からだって色々とやっているわよ? 永遠亭やその周辺の土地、財産、住んでいるイナバや人の管理。判り易く言えば、永遠亭を取り仕切っている」
「おいおい。実際にそれをやっているのはあの薬師でしょう?」
「そうね。でも、永琳にその仕事を任せているそもそもの主体は私よ」
それって結局、自分は働いていないのでは。そう反論する妹紅に輝夜は、ふっ、と、小馬鹿にした様な鼻笑いで応えた。
「あのねぇ妹紅。人の上に立つ者の仕事なんていうものはそういうものでしょう? それこそ貴方が子供だった昔から。
忘れたの? 私は『永遠のお姫様』、よ?」
人にはそれぞれの立場があり、その立場によって負うべき役目というものもまた違ってくる。
「『仕事』即ち『労働』だ、なんて、若しかして貴方、そんな風に考えているのかしら?
一応は昔、貴族の娘だったと言うのに、随分と無産階級的なものの捉え方をする様になったものねぇ」
そこまで言って輝夜は、くるりと回って妹紅の方へ向き直った。顔には穏やかな微笑み。数多の貴公子たちを、御門をも虜にしたその笑顔。月人特有の、真意の読めない薄気味の悪い笑顔。
「それよりもねぇ、妹紅。貴方の方こそニートなんじゃないの?」
「な、何をいきなり」
「だって貴方、何も仕事をしていないじゃない」
幻想郷に住む人間の内、里に住む普通の人間達は、花屋にしろ豆腐屋にしろ、大工にしろ物書きにしろ、各々が生業と言えるものを持っている。
そして普通ではない人間――半人間も含め――を鑑みると。
博麗霊夢は、サボってばかりだが一応は巫女。霧雨魔理沙は、客は殆ど来ないが一応は魔法店の経営。森近霖之助は、まともに商売をする気は見えないが一応は古道具屋の店主。八意永琳は、優しさの裏に何か隠しているんじゃあないかと疑われてはいるが一応は薬師、魂魄妖夢は、実質はお嬢様のいい玩具になっているだけの気もするが一応は庭師兼剣術指南役。
上白沢慧音は里で寺子屋を開いているし、十六夜咲夜はメイド長としての仕事を完璧にこなしている。
「で、妹紅、貴方の仕事は?」
改めてそう問われると、さて自分の「仕事」とは一体何なのか。一瞬答に詰まりながらも、すぐにああそうだ、と、妹紅は口を開いた。
「竹林に来る人間の護衛と案内、やってるわよ」
「それって仕事? 単なる人助けじゃなくて?」
「え? あ、いや、そりゃまぁ、人間を助けてるんだから当然人助けだけど」
「ならそれは仕事では無いわね。無職の人間だって、道端で困っている人を見かけたならば普通に手助けを申し出るわ。けれどそれを、仕事とは言わないでしょ」
「いや、でも、お礼に食べ物や服なんかも貰ったり……」
「階段前で重い荷物を持ち途方に暮れているお婆さん。彼女の荷を運んでやったなら、お礼にとお煎餅をくれた。
さてこれを、果たして『仕事』と呼べるのかしら?」
「そ、れは……あー……」
それ見なさい、と、口元を袖で隠しながら輝夜は、ころころと鈴を鳴らす様な、可愛らしいとも奇妙とも思える声で笑った。
「妹紅、貴方の方こそ自身の生活を見直した方が良いのじゃないかしら?
自分を、世界さえも変えてしまえそうな、瞬間はいつもすぐ側に在るらしいから」
そこまで言うと、踵を返して再び背中を妹紅の目前に晒し、そうして今度は判り易いまでに甲高くて気に障る笑い声を上げながら、輝夜はその場から消えて行った。
後に残されたのは、何も言わずに俯き、ただその両の拳を強く握り締めている蓬莱の人の形だけであった。
◆
「それでうちに、と。にしてもまぁ、何と言うか」
明らかに騙されていると言うか、話をはぐらかされていると言うか。少し可哀想な人を見る様な視線を、霊夢は妹紅に向けた。
仕事という言葉にも幾つかの意味はあるが、ニートだとか労働だとかいう言葉と共に語られる場合に於いては大抵、それは生活の糧を得る為の手段、という事になる。その場合大事になるのは、行為の対価として生活の糧を得られるのか否か、という事のみなのである。
階段前の老婆を手助けする話にしたって、例えば白玉楼大階段の様な場所の前で人が訪れるのを待って、そこで階段を昇る者の荷を持ってやってその対価として食料なり何なりを手に入れる、それによって生活が成り立ちさえするのであれば、店の看板を掲げずとも金銭のやり取りがなくとも、それは立派に仕事なのだ。
そう言った意味では、妹紅は間違い無く仕事をしている、と言える。人を雇えば仕事をしているだとか人に雇われれば仕事をしているだとか、仕事とはそういうものではない。
更に言ってしまえば、お嬢様やお姫様といったわざわざ働かなくても生活できるだけの蓄えがある者や、何日何月何年飲まず食わずであっても生きていける、と言うか死なない者は、仕事をしなくとも別に構わなかったりもする。後者の場合、肉体的にも精神的にも死にそうな位にしんどかったりはするのだが。
「その辺りの事は、まぁ、私も言ったのだが……」
白沢は言葉を濁す。
慧音や霊夢に言われずとも、妹紅自身、そんな事はよく理解していた。ただ、彼女が悔しかったのは、せっかく戦いに勝利して良い気分になっていたと言うのに、輝夜の言葉に何も返せなかった、そのお蔭でまるで自分が負けたかの様な気持ちにさせられた。そういう事なのである。
「だからここは一つ、判り易い『労働』の形ってのをあいつに見せ付けてやろう、と、そう思ってね」
何が「ここは一つ」なのかさっぱりだが、兎も角妹紅は胸を張ってちょいとハッスルしている。
「ま、別に良いけど」
お正月はやっぱり、忙しくなるから人手が欲しいし。そう言って巫女は、二人の頼みをあっさりと承諾した。
そんな霊夢の肩の上に。
「……いいんだぞ? そんな、自分を偽る様な事を言わなくても」
何故か少し涙目になっている白沢の手が置かれた。口を開いて一瞬何かを言いそうになった霊夢だったが、人気の無い境内を見回して後、視線を逸らしながら溜め息一つ、そうしてゆっくりと口を閉じた。
◆
「で、一体何をすれば良い?」
いつものハンドポケットの体勢のまま妹紅が問う。服装は、巫女服の替えを出してくるのが面倒だし、そもそも普段の格好からしてまぁ紅白に見えなくもない様な気がしないでもない格好だし、て言うか替えを出すのが面倒だし、との雇い主の判断によっていつものままである。
「とりあえず掃除、は……」
まぁ、別に良いか。白い息を吐く霊夢。雪はあらゆる穢れを覆い隠し、眩しい白で地上を染め上げる。今の境内には塵の一つも見当たらない。有り体に言えば臭い物に何とやら。
「参拝客が来る迄はその辺で待機しててちょうだい」
そう言ってあくびを一つ、寝所に戻ろうとする雇い主の背中に、従業員が待ったをかけた。
「そんな態度だからここにはまともな客が来ないのよ。客が来るのをただじっと待つのではなく、こちらから呼び込みに行く。それが客商売の鉄則でしょうに」
いつから神社は接客業になったのか。そんな巫女の言葉も聞かず境内を飛び出す炎の鳥。
「まぁ、まともな人間の客を連れて来てくれるんなら、それはそれで良いのだけど」
そんな巫女の淡い期待をよそに、四半刻も経たぬ内に神社へと舞い戻ってきた不死鳥が連れていたのは。
「ひぇぇ」
今にも泣き出しそうな顔をしている蟲だった。
「あら珍しい。こんな冬場に蛍だなんて。どうやって見つけたのよ」
「その辺の草むらに行って『出てこないとここら一帯に火をつけるぞー』なんて大声で叫んだらさ、すぐに飛んで出てきたわよ」
「あの辺りには冬眠中の仲間が沢山いるのよ!? 無茶苦茶するんじゃないわよ!」
巫女と妹紅の会話に割って入る蛍の胸倉を。
「と言う訳で、出すもん出してもらいましょうか」
突如、炎に包まれた手が掴んだ。
「あっ、熱ッ! ってかちょ、出すもん出せっていきなり何を!?」
「賽銭じゃあ賽銭! いくらガキん子とは言え今は正月、ぜにこの一枚や二枚、持っとろうが。それを残らず出せぇ言うとんじゃ!!」
「ちょ!? なんかいきなり喋り方変わってるしっ!? 明らかに別々の複数の地方言葉とか混ざってるしッ!?」
「やっかましいわいね! 燃されたいんか? 冬の寒さを和らげる為の尊い犠牲になりたいんかコラァ!!?」
「すすすすスンマンセン! 自分蟲なんでお金とか全然持ってません! 本当ッス!!」
「ぜぜの一個も持たんちゅうがかこんガキゃぁ。ほんならしゃーないわ、物で払ってもらおか!?」
「いいいやあのその、そんな大した物は持ってないと言うか――」
「あれも無いこれも無いで世の中通るかいなこんダラがぁ!! 無いなら無いで作るなりどっかから持って来るなり誠意見せんかい!!」
「ええええいやでも!?」
「眷属だきゃあ大量におるのと違うんか? そいつら総動員してやりゃあアッと言う間やんけ!!」
「皆今は冬眠中で――」
「……冬眠?」
「あ、ハイ。皆蟲だし、今、冬だし……」
「おーそうかそうか。そんなに眠んのが好きか。
だったら今この場で好っきなだけ眠らせたるわ! それこそもう永遠にでもなぁ!!」
「わわわわ判りました! 今すぐにでも幻想郷中から色んなモノを集めて持って来させますからぁ!!」
◆
こんな様子を里の人間に見られでもしたら、一体どんな噂が立つだろう。真冬だと言うのに大量の蟲どもに覆われた境内で、巫女は頭を抱えて唸った。空は羽虫の群れのせいで日の光も見えず、足元も、百足だ竈馬だその他もろもろが大量に蠢いて文字通り足の踏み場も無い。そうして境内の真ん中には、彼等が持ち寄って来たガラクタによって作られた高い山。
「あ、あの、これで……」
蟲達が集まってくる間、蟲質として神社に留め置かれていた蛍が、涙目で炎に包まれた人間へと伺いを立てる。
「うんうん。こんなもので良いでしょ。悪いわねぇ、無理言っちゃって」
「それじゃ――」
「ええ、もう帰っていいわよ。今年一年が貴方にとって良い年になる様、祈ってるわ」
来年もまたいらっしゃい。笑顔で手を振る妹紅に背を向け、泣きながら鳥居を潜り抜けていく蛍。彼女の後ろを、気味の悪い音を立てながら大量の蟲達が追いかけて行った。
「さてと霊夢。どう、私の働きっぷりは?」
嬉しそうな声で巫女へと振り向く妹紅。そんな彼女に巫女も、満面の笑顔を返して言った。
「あんたクビ」
「あぁ! モコウの首がすっ飛んだ!」
一連の騒ぎの間何も言えずに固まっていた白沢が、素っ頓狂な声を出す。
「何を驚く事があるのよそこの知識人! て言うか途中でツッコミも入れずに何今の今までボーっとしてたの!?」
「あ、いや、スマン。ちょっとこう、話の流れについていけなくて……」
真面目な人間は突発的な事態に対処できないから困る。が、そんな事は別にどうでも良いと、霊夢は露骨に反感の色を顔に出している従業員へと向き直った。
「何してんのよあんたは!」
「それはこっちの科白よ! 何で私がクビにされなきゃいけないの!?」
「当っ然でしょうが! あんた神社の仕事を何だと思ってんの!?」
「いっつも霊夢がやってる事を真似ただけでしょうがっ!」
「人聞きの悪いこと言わないで! 私の事を物盗りの類と勘違いしてない!?」
「ちょくちょく妖怪を襲ってるじゃない! 物を巻き上げたりもしてるじゃない!」
「あれは妖怪退治よ! あんたがやったのはただの恐喝!
しかも何!? 何で集まってきたのがこんな、食べかけのお菓子だとか、葉っぱだとか、その辺で犬が落す様なアレとか、そんなのばっかなのよ!」
「知るか! 蟲からすればそういうのが大切な物なんだって事でしょう!
それとも何、あんた、若しこれで集まったのがお金だったら、何も文句が無かったとでも言いたいわけッ!?」
「はい、ありませんッッ!!!!」
胸を張って心の声を放つ巫女に、あんたにだけは説教されたくないと食ってかかる妹紅。
そんな二人を見ながら、さてどうしたものか、と、慧音は困った顔で腕を組む。境内に高く積まれた山を見れば、なるほど確かにこれは、蟲達が自分の食料となりそうな物を寄せ集めて来たといった風情であった。そうではない物もいくらか在るには在るのだが、それも汚れたしゃもじだとか、陶器か何かの破片だとか、紙切れだとか人形の目玉だとか、そんなガラクタとしか形容のしようがない物ばかり。
「……おや?」
そんなゴミ山の中に、奇妙な絵の描かれた小さな紙箱を見つけた慧音。夜空を背景に力強く立つ、白を基調にしたヒトガタの様な物が描かれており、その上には、酷く汚れていて読み取り難いものの、何かの文字が書かれているのが確認できた。
「? ガン……モビル……――」
「ヤマザナドゥー映姫ぃ、ヤマザナドゥー映姫ぃ♪
She came to us from a hell♪」
神社の境内に鳴り響く突然の大音声。
喧嘩の事も妙な箱の事も、全て忘れて三人が鳥居の方を見遣る。其処に居たのは。
「貴方達は誰かを、愛していますか? それは生きているという事なのです。
貴方達は勇気を、持っていますか? どんな事にも負けない心を」
どうにも意味不明だが、とりあえず偉そうな事をのたまっている小柄な少女と。
「地獄の~~底から~~、来た~~少女が~~♪
愛ぃと~~勇気を~、教え~て~く~れ~ぇる♪」
逆手に持った大鎌の柄に口を当て、拳を握りながら熱唱している大柄な少女の二人組みであった。
「……何しに来たのよあんた達。それに、その爽やかなんだか不吉なんだか判別し難い歌は何?」
またおかしなのが来た。はっきりとそう顔に書きながら霊夢が問うた。
「喧嘩の仲裁、それと若者の就労支援、といったところでしょうか。
ああそれに、誰々の首がすっ飛んだ!なんて事を言われたならば、閻魔である私が来ない訳にはいかないでしょう?」
「いや、その理屈、さっぱり意味不明だし」
「首がすっ飛ぶと言えば断頭台。断頭台と言えば地獄」
「初めて聞いたわよ、そんな話」
「拷問道具として地獄に断頭台が在るのですよ。一度喰らえばトラウマになる、と、割と好評です」
「……誰にとって好評なんだか」
物騒な話に顔をしかめる巫女をよそに、ああそう言えば、と、四季は手を打つ。
「ついでに今そこで、イジメを受けた子供に対するアフターケアも行ったところです」
二人が神社に入る直前、泣きながら飛び出してきた蛍の子。四季は彼女を呼び止め、そして優しく言ったのだった。
「何を泣いているのです、涙をお拭きなさい。貴方は弱くはないはずです。
誰も同じです。辛い事を、皆持っているのです、心の中に」
「地獄の~~底から~~、来た~~少女も~~♪
知ぃって~~いたんだ~、涙~の~味ぃを♪」
「ふふ。何だか私、あの子の事を他人の様に思えずに、それで声をかけてしまって――」
「そりゃそうですよね。共通点多いですし。緑でチびきゃん!」
部下の顔面に、手にした悔悟の棒を笑顔で叩き込む上司。職場での上下関係はこれ位はっきりさせた方が良いのかな、と、反抗的な元従業員をちらりと見遣ってから、霊夢は再び質問をする。
「んで、そのおかしな歌の方は? 死刑と明日風呂がなんちゃらとかってどういう意味よ?」
「ああこれは、どうにも良いイメージを持たれない地獄に対して親近感を持ってもらえる様、是非曲直庁で作ったテーマソングです。各閻魔ごとに違った歌が用意されているのですよ。
因みに英語の部分は、そうですね、意訳するなら、『地獄の国から僕等の為に、来たぞ、我等のヤマザナドゥ』といったところでしょうか」
手にした笏をピュピュンと唸らせながら、自慢気に説明する罪人裁きの専門家に対し、あーそりゃよござんしたねぇと、まるで気の無い返事を返す霊夢。地獄の恐怖というものは、生前に罪を犯す事を防ぐ為の抑止力なのであろうに、それが親近感なんかを持って何をどうする心算なのか。
「あら、あまりお気に召していないようねぇ」
「四季様、やっぱりもう一つのやつの方が良かったんじゃないですか?」
「ああ、あれ?」
「亡者う~ごめく地ぃ獄の底に、ぼ~くらの願いがと~どく時ぃ♪
白山連峰は~るかに越えて、小ぉ町ととも~にやってくる~♪」
「そっちの方はちょっと、ねぇ」
「私の名前も入ってますし」
「でもねぇ。白山連峰って部分、白山比咩で菊理媛神だから地獄に縁が有るって事で歌詞に入ったのでしょうけど……。
『菊理』で『地獄の底に』『願いがとどく』で『やってくる』だと、私とは別の地獄の少女が連想されそうだわ」
神社の真ん中で、周りの人間には理解できない話を延々と続ける閻魔と死神。そんな二人に巫女は、用が有って来たのならそれをさっさと済ませろ、と言う。
「ああ、そうですね。
ええと。喧嘩の方は、どうやら見事に止まったみたいですし、それではもう一つの――」
言って四桁の時を生きる若者に声をかけようとする四季であったが、当の若者はと言うと、ハンドポケットにガニ股歩きで、巫女への不満を口にしつつさっさと神社を後にしようとしていた。
「待ちなさい、藤原妹紅。仕事の方はどうしたのです」
閻魔の質問に足を止め、顎で元雇い主を指しクビにされたと一言、再び歩き出す妹紅。
「お待ちなさい。せっかく就職した先をちょっと嫌な事があったからと直ぐに辞めるなんて、そんな生き方をしていたらうちの穀潰しみたいな人生を送る羽目になって後々悔やむ事になりますよ?」
「え? ちょっと四季様、今何気にすごい酷いこと言いませんでした? 私は口数も少なくもっとも真面目な死神ですよ?」
「……この間も仕事をサボって妖精達と話をしていたくせに? 貴方っていつもそう。やらなきゃいけない事を明日やれば良い、明日やれば良い、って、後回しにしてサボってばかり。
ねぇ小町、あしたって、いつのあしたよ?」
そう言われて「あしたっていまさッ!」と咄嗟に応えられるのならばそれはとても格好の良い事なのだが、そんな事が出来るほど真面目、或いは要領が良いのならば、そもそもサボタージュの泰斗呼ばわりなどされはしない。返答に窮して曖昧な笑顔を見せる死神に、上司の説教は続く。
「貴方もたまには一生懸命になってみない? キャパ以上がんばる時って、喜びも大きいものよ。
いつもいつも大事な事は後回しって、それじゃ意味がないでしょ」
「いやだから、私はいつでもしっかりちゃんとやってますって。
バリバリですよ二十四時間、ホントのところ精一杯!」
仕事を辞めようとしている若者への助言は何処に行ったか、部下への説教ばかりを延々と繰り返す閻魔に、のろけなら他所でやれ、と、妹紅は鳥居をくぐろうとする。
「駄目な奴は何をやっても駄目、ねぇ」
空から降ってくる少女の声。妹紅の足がぴたりと止まった。
「天空に満ちる月、蓬莱山輝夜!」
「大地に薫る薬の匂い、八意永琳!」
「ちょっと、お二人がそれを言ったら私は何て名乗れば良いんです!?
ってか師匠の名乗りがかなり強引です! そんな何だか世紀末的退廃ムードの漂う大地は嫌です! 小さい子供とか絶対怖がりますって!」
月など欠片も見えない蒼く眩しい空から下りて来たのは、月のお姫様とその従者、そしてその弟子、併せて二人と一羽。
「安心なさいイナバ。貴方は獣だからあれよ、ほら、所謂マスコットキャラみたいな扱いだから」
「そうよウドンゲ。だから語尾には『~ウド』とか付ける様になさい?」
「え、ちょっと、何ですかそれ!? ウドって大きな木か鈴の木か知りませんがいずれにせよ可愛い系の語尾じゃないですよ絶対!」
「『ないですよ絶ウド対!?』でしょう、イナバ」
「ええ何でそんな中途半端で言いにくい所!?」
「文句ばかり言わず姫の言う通りになさい。ああそれとウドンゲ、さっき言っていた大地に薫るあれだけれど、大丈夫。ここだけの話、薬は薬でもあのお人形の子が吐く様なアレに近いものだから。実際は」
「いや大丈夫な事なんて何一つ無いですよ!? 正義の味方みたいな登場科白を引っさげながら何とんでもないもの撒こうとしてるんですかてほウワチャあアーっ!??」
意味不明の叫び声で途切れる鈴仙の言葉。文字通りケツに火がついた状態で転げ回る彼女の後ろで。
「……新年早々燃え尽きに来たのか?」
紅蓮の不死鳥が殺意をまるで隠しもせずにその翼を大きく広げていた。
「『燃え尽きに来たのかいセェィニョルィータァ?』でしょう、モコルンバ?」
突き刺す様な敵意を小粋なラテン系ジョークで優雅にかわしながら、たおやかな笑みを輝夜は返す。
「挑発の心算だったんなら当てが外れたわねぇ。お前みたいな宇宙人の言う事なんてさっぱり理解できなくてね。別に何の感情も湧きゃしないわよ。とりあえず千回は死なす」
「ふふふ。良い感じね。良い感じに怒ってくれているみたいね。嬉しいわ」
「別に怒っちゃないわよ。だから万回は燃やす」
「日本語が何だかおかしくなってるわよ。順接って言葉の意味、知ってる?」
「五月蝿い黙れ若しくはそのまま死ね!」
「いいわね、いいわね。良い感じに出来上がってきたみたいね。
それじゃあこのあたりで、今年の一発目、白黒つけるとしましょう?」
新年の初め、めでたい正月の真昼間から神社で殺し合いを始めようとする二人を前に、勘弁してちょうだいと疲れた息を一つ、それから巫女は、喧嘩の仲裁がどうとか言っていた閻魔の方へちらりと視線を移してみた。
「良いでしょう! その勝負、この四季映姫・ヤマザナドゥが仕切らせてもらいます!」
閻魔は何故だかやる気満々だった。
「ほら、あの人、好きだからさ。白黒はっきり付けるの」
困った様に笑いながら、死神が巫女の肩を優しく叩いた。
◆
何か面白い催し物があるらしい。そんな噂を聞きつけてやって来た者達によって神社は溢れ返っていた。
正月に相応しい賑わいを見せる境内で巫女はしかし、疲れた顔で息を吐いていた。
集まってきた面々のほぼ全てが妖怪だの妖精だの妖獣だのといった妖しい奴等ばかり。新年早々日も高い内から百鬼夜行の様相を見せる神社。なるほど確かに、こんなんでは普通の人間は来れないか、と、自虐的な笑みを霊夢は浮かべた。
そんな巫女を見て、喧嘩を華と言い切る死神も、さてこれはどうも、話がややこしくなってきているだけなのではなかろうか、と、少々心配になってくる。
「あのぅ、四季様。何かこう、もっと普通に、あの二人の、双方の言い分を聞いて、その上で折り合いのつく所を探すとか、そういう風な方法を採った方が良かったんじゃないですかねぇ? こんな、二人を煽る様な真似をしなくとも……」
「何を言ってるの小町。昔から言うでしょう、ファイトの意味は憎しみじゃない、って」
「……昔からなんですか、それ?」
「太陽が落ちるまで拳を握り殴り合った二人は、傷だらけのままで『似た者同士』と笑える仲になる、そういうものなのよ」
普通の人間の寿命を遙かに超える年月を殺り合ってきた二人にそんな、と、死神は反論を試みるがそれは無視。四季はルールの説明を開始した。
「藤原妹紅、蓬莱山輝夜。貴方達二人にはこれから、三つの難題に当たってもらいます。その各々で勝敗を決め、勝った方には得点が入り、三問が終わった時点で合計得点の高い方が最終的な勝利者となります。
そして勝者は、敗者の持ち物から何か一つ好きな物を選び、敗者はそれを、大人しく勝者に渡す。良いかしら?」
閻魔の目の前で、更には大勢の観衆の前でいつも通りの殺し合いをさせる訳にはいかない。と言うかそれでは芸が無い。
四季が採ったのは、ゲーム形式で勝敗を決めるという方策。命の代わりに物を賭けさせる事で、二人のやる気も削がない様にとの気配り付きだ。
「最近は随分と新しい宝物が手に入ったから。
何が良い、妹紅? 知恵の果実とかプロメテウスの石あたりなんかがお薦めだけど?」
どうせ手には入らないのだから、選ぶだけは好きになさい。そう笑う輝夜に、いや、と首を振って妹紅は答える。
「蓬莱の玉の枝。それ以外には興味ないわよ」
それを聞いて輝夜は、一瞬驚いた様に目を見開き、けれどすぐにいつもの真意の読みにくい笑顔に戻って、そして愉し気に言った。
「そんな物、その辺の職人でも雇って作らせれば良いのに」
妹紅は黙して応えない。
「さて、私の方だけど……」
視線を逸らして黙ったままの妹紅をよそに、貧乏人がろくな物も持ってはいないだろうし、と、勝手な事を言いながら顎に人差し指を当ててうんうんと唸る。そんな彼女の目の端に、境内の隅に退かされたゴミ山の、その中の一つの箱が入った。白い人形の絵が描かれた、何の物とも判別できぬ奇妙な紙の箱。
「!ちょっと、これって――」
俄に輝夜が色めき立つ。
「妹紅、これ、何処で手に入れたの?」
「知らない。蟲に集めさせたやつだから。幻想郷の何処か、ね」
「これって外の世界の品よ」
「ふーん。だったら、無縁塚の辺りからででも拾って来たのかしらね。
で、これって何。珍しい物なの?」
「何とかスーツの、えーと……、ウインダムだったかストライダムだったか……。
兎に角、珍しい物には間違いないわ!」
「ふーん」
こんな物がねぇ、と、人形の絵とその上の文字をまじまじと見詰め、それから、へぇ、と小さく息を一つ吐いた。
「にしてもよく知ってるわね。そんな、外の世界の話」
「月人の科学は宇宙一イイイイ!! 知らぬ事なんてないわ!」
そう言って胸を張る輝夜に、このかぐや姫症候群が、と返す妹紅。
どうにも会話が噛み合っていない様な気もする二人ではあったが、兎も角、輝夜の望みはこの外の世界から来た品に決まった。
「て言うかそれって――」
神社の為に集められた物ではなかったのか。言いかけた霊夢だったが、詮無い事だろうと口をつぐんだ。それに何より、箱に描かれている人形がどうにも不細工に思えて欲しいとも思えなかった。
「互いに賭ける品も決まったところで、それでは勝負開始といきましょう。第一関門担当の紅魔館、準備は良いですか?」
「ねぇ咲夜。貴方、眼鏡をかけてみたら?」
「眼鏡、ですか。メイドに眼鏡だと、どうにも他の色々なメイドと被ってしまう気がするのですが……」
四季の声など何処吹く風、雪の神社には不似合いな小さなテーブルと椅子、そして日傘を一つ用意して、優雅にティータイムとしゃれ込んでいるお嬢様とそのメイド。
「メイドだから、と言うか……貴方ってほら、時間を止めるしパーフェクトとか言ってるじゃない。
そうした者は眼鏡をかけるのが外の世界の流行りだそうよ? って本に書いてあったってパチェが言ってた」
「……ああなるほど。パーフェクトって『完全』ですからね。
時間停止に『完全』だと、確かに眼鏡ですか。でも私、中国人ではないんですけどねぇ」
「? 中国人? アレって中国人なの? 正体は怪物なのに?」
「? えぇと、お嬢様? お嬢様が仰ってるのってアレですよね? 時間停止で『完全』で」
「『完全』と言うかパーフェクトだけど。まぁ、どっちも同じなのかしら」
「それでもって長髪の男でボスククラスの敵役で」
「そうそう」
「やっぱり中国人じゃないですか。それに怪物ではありませんわ」
「ええー? 違うわよー」
実年齢は五百でありながら肉体的にも精神的にも現役の女児である者と、精神的にも肉体的にも実年齢的にも二十歳程度の者と。同じキーワードからでも連想されるものは違うらしい。
二人の間に少し気まずい空気が漂い始める。そんな中、ハイハイと言う声も元気良く、無遠慮に割り込んでくる門番。
「私わかりましたよ、お嬢様が言ってるアレ。
アレですよね。時間停止で眼鏡で長髪の男でボスクラスの敵役で」
「そうそう」
「でもって日曜朝で正体が怪物で人間態のまま派手な格闘戦!」
「そうそうっ! よく勉強してるじゃないの」
「えっへへ。私だって偶には図書館で本くらい読みますからね。そこで外の本で面白そうな話を見て、それで覚えてたんですよぉ」
「偉いわ美鈴。それに比べて咲夜は……」
申し訳ありませんと頭を垂れる咲夜。
(公衆の面前でお嬢様に恥をかかせる訳にはいかないからここは黙っておくけれど……帰ってからを楽しみにしてなさい……)
そんなメイドの思惑も露知らず。照れた表情で頭を掻きながら門番は思った。
(でも、パーフェクトは違う人よねぇ)
どうやら、アクション好きの考えているものも違っているらしい。
「ちょっとちょっと。訳の判らない話題で談笑するのは別に構わないんだけど」
「私達が当たるべき難題とやらを提示してはくれないのかしら?」
身内の会話に割って入ってきた蓬莱人と月人を前に、さてどうしたものかと、顎に手を当てるレミリア。
面白そうな話があるらしいからと神社にやって来て、そこで閻魔に頼み事をされて適当に二つ返事をして。難題なんてものは何一つ考えていない。
「ああ。うん。それじゃえーと。今私達が話していたアレが何だか答えといて」
とりあえず考え付いた課題は、知るかそんなもの、という妹紅の言葉一つであっさり却下。
「それじゃ、今日は二人に殺し合いをしてもらいまーす(はぁと)」
一々考えるのも面倒だからと出してみた二つ目の案も、それではいつもと変わりないという閻魔の指摘により没。せっかく可愛らしく言ってみたのに損をした、と、ふくれっ面になるお嬢様。
「やれやれ。ここは私の出番かしら」
そう言って出てきたのは知識人。
ムダ知識が豊富だとかもう要らないだとか、そんな失礼な事を言わせない為にもここは一つ、自身の価値を再認識させておくべきか。
――等と俗っぽい事はまるで考えず、ただ気が向いたからという理由のみで動き出した動かない大図書館。
「一度しか言わないし、少し長くなるからよく聞いて。
お伊勢参りの為に一人東海道を上っていた太助という人物が居た。彼が由比に差し掛かった時、一人の旅の商人と出会ったの。
その商人の実家である店には、馬が三頭、兎が八羽、刀が九十四本――」
ようやく始まった第一問、ほんの僅かの聞き漏らしもあってはなるまいと、静かに耳を澄ます二人。
「――超小型プランク爆弾が八百八十二発、無重力弾、所謂ペンシル爆弾が二千二百三十二発、ライトンR30爆弾が三千四百一発、恒星間弾道弾R1号が九万八千七百四十五発」
「いやちょっと待てちょっと待て!」
突如耳に入ってきた物騒な兵器の数々。思わずツッコミを入れる妹紅。だが本日喘息の調子が良い魔女は止まらない。
「グドンとツインテールが四百二十三体ずつキングザウルス二世が一体パーフェクトゼクターが百二十三個ファイズブラスターが五百五十五個怒りのライドル十本改造ベロクロン二世改造サボテンダー改造ハムスターがそれぞれ九十二の三乗ずつ」
「いやだからちょっと待てって!」
「さて太助が出会った人の数は全部合わせて幾つ?」
「や、それ以前にその商人の実家って何の店よ!? 何その地球の一つや二つは軽く侵略できそうな品揃え!?」
「実家? 海老まわしをやってるわ」
「何それ千年生きてて初めて聞いたわよその職業!?」
「猿まわしと同じよ。違いは海老を使うという点だけ。
こう、赤子にそうするよう海老を抱いて『よ~しよしよし』とか言いながら撫で撫でしたりペロペロ舐めたりと過剰とも思えるけれどその実愛情に満ち満ちたスキンシップをするの」
「まわしてないじゃない! まわしてないじゃない!」
「そして最後には『あたしィィィの海老ちゃあァァァん!』と絶叫しつつ頭からバキバリグチャグギバリと」
「食べるの!? 結局美味しくいただくの!? ってかさっき言ってた品揃えの中にそもそも海老が居ないじゃない! 海老っぽいのは居た様な気もするけど! 芸に使えそうなのってハムスターくらいじゃない! でも改造ハムスターって何!?」
「ビルをも真っ二つにする回転ノコギリを喰らっても、逆にノコギリの方が破壊される程に強化されているわ」
「それ既にハムスターでも何でもないじゃない!?」
「かたちは、まえより少しかっこ悪い。目はまえより見えなくなった。まえのハムスターは、あやつられていないため、目が生き生きとしていた」
「お前ハムスターに何をしたぁーっ!?」
「やれやれ、いちいち五月蝿い人ね。あんまり文句ばかり言っているようだと、貴方、失格にするわよ?」
「ぬっ……」
動物愛護精神皆無な魔女の横暴に口を閉じる妹紅。そんな彼女を差し置いて、輝夜がずいと一歩、前に出て言った。
「二百四十四万二千九百六十四、ね、魔法使いさん?」
その答に、へぇ、と、感嘆の声を魔女は上げた。それ見て満足げに微笑み、そうして黙ったままの対戦者へと向き直る。
「答が判らないからって、難癖をつけて出題者に食ってかかる。愚鈍としか言い様が無いわねぇ、妹紅。海老でも食べて反省したら?」
そんな挑発の言葉に、けれども妹紅は、鼻笑い一つで応えた。
「愚鈍なのはお前の方だよ、輝夜。もういっその事、竹林なんかじゃなくて地底にでも引き籠っていたら?」
「……どういう意味かしら」
魔女の謎かけ。それは、太助が「出会った」「人」の数を問うたものである。魔女が列挙した意味不明のあれこれは、全て商人の実家に在るものであり、太助自身が出会ったものではない。それ以前に、そもそも人ではない。ならば、話は極めて簡単である。
「答は旅の商人ただ一人。愚かな輝夜、『全部合わせて』という言葉に見事に嵌まったわね」
「……あっ――!」
勝利を確信した妹紅が、己の過ちに気付いて歯噛みする輝夜を見下ろす。三本勝負のこのゲーム、先手を取れた事の意味は非常に大きい。
「残念ながら二人とも外れ。答は八十二人、よ」
「んなっ!?」
予想もしなかった魔女の言葉。一体どういう事だ、内訳を説明しろと妹紅は詰め寄る。
「先ずは両親、妹、それに妹の旦那さんとその息子、それから――」
「ちょっと待て、それって……」
魔女の問いは「太助が出会った人」の数。何処で出会ったかいつ出会ったか、その範囲の指定はされていなかった。
「ってそんな問題、判る訳ないだろ!」
「――親友のデイヴィット・K・フランク、そのライバルである御影山文子、彼女を密かに付け狙う謎の怪人X-ⅠとX-Ⅱ、彼等の主である滅びの国の支配者サンバルカーン様(二代目)、そして――」
「いや良いから! 太助さんの人間関係はもう別に良いから!」
「――まぁ、その他諸々を合わせて全部で八十二人。それが、太助がその短い生涯に出会った人々の数なのであった」
「え!? 太助さん死んじゃったの!?」
「四回目の誕生日を目前にした冬の或る日、流行り病にかかってそのまま眠る様に……」
「いやちょっと待て、何でそんな幼子が東海道を一人旅なんかしてたんだ!? ってか、妹に旦那さんが居るんでしょう!?」
「ああ、大丈夫。妹は実は、父親が再婚した女の連れ子だから」
「全然大丈夫じゃないわよ! 連れ子とか何だとかそういうの関係無いから! 四歳の男の子の妹に旦那って、旦那どれだけ年下趣味よ!? その上息子ってぶっちゃけありえないしッ!!」
「ああ実は、妹の旦那さんていうのもバツイチで、息子と言うのは前の奥さんとの間に出来た――」
「太助さん家庭環境複雑過ぎっ!?」
「まぁそんなこんなで、貴方達二人とも外れ、どちらも零点、ね」
「巫山戯るな! 問題文からまるで答の推理できない問題なんて、どう考えたって無効でしょうが!」
「本当に五月蝿い人ねぇ。
ほら、相方はもう第二関門に向かってるわよ。早くしないと貴方、次のまで失格で零点になるんじゃない?」
「誰が誰の相方よ! って輝夜、お前、抜け駆けするなぁーっ!」
一点を先行できる筈だった妹紅とは違い、自身の負けを実質帳消しに出来た輝夜は、一人でさっさと次の関門へと向かっていた。魔女に対する不満もそこそこに、ライバルの背中を追って走り出す蓬莱人。
そんな彼女を見て魔女は、いい歳をして元気で羨ましいわ、と、疲れた息と共に呟いた。
◆
「難しい問題を考えるのも面倒だからね。あんた達に何か芸でもやってもらって、より私を楽しませた方の勝ち。どう、判り易いでしょう?」
個人の主観が決める勝負の、一体どこが判り易いというのか。そうは思う妹紅であったが、ここで負けては後が辛いと、先手を取って第二関門の主である呑んべぇ鬼の前に立った。
「それじゃあまぁ、僭越ながらこの藤原妹紅、ちょいと小噺の一つでも……」
「よっ! 待ってましたぁ!」
大喜びで手を叩く酔っ払い。新年の初め、親戚の集まりの席なんかに、必ず一人はこういうおっさんが居る、そんな雰囲気である。
「越後の国の小さな村に、吾郎という若者が居りました。この吾郎、握り飯の一つ二つでも持ってその辺りをふらふら歩くのが趣味と言う変わった男でありまして、その日も近くの山の中を一人、特に何の目的が有るという訳でもなくただただうろついておりました。やがてお天道様もいっぱいの高さまで昇り、さて昼飯にでもしようかと目に付いた切り株に腰を下ろし持って来た弁当を広げます。すると突然、『そこの小僧、儂にも一つ、喰わせてはくれまいか』、声が聞こえてまいりまして。何事かと立ち上がった吾郎。するとその目の前の繁みの中から、四つん這いでありながら大人の身の丈すらも超える程のそれは大きな狼が現れました。更に驚いた事に、その狼が開いた口の中から『儂にも喰わせてはくれまいか』という声。何だこの化け物は、もしか喰わせろというのは自分の事をではないのか。そんな吾郎の考えを見抜いたのか、ふぁふぁふぁ、と妙な笑い声を立てながら狼は言いました。それによると、その狼は山で悪い妖怪を倒しては喰らっているのであり、今も強大な妖との争いをしていたのだがその相手に逃げられ、それで力を使い果たすは腹は減るわで困っていたとの事。そう言われて改めて見ますればこの狼、確かに邪な感じは致しませぬ。見事な毛並みは神々しさをも感じさせる程の白さであり、体も白けりゃ尾――――」
「脳しょうブチまけな」
話も半ば、花火が炸裂したかの様な大きな音が冬の冷たい空気の中で響き渡った。
「モコウの顔がふっ飛んだ!」
もはやただの観客へとなっていた白沢が素っ頓狂な声をあげた。
「おいこら! いきなり人の話の腰を折って! 不老不死でなければ死んでたわよ!?」
顔面から煙を噴き上げつつ鬼の様な形相で迫る蓬莱人。だが、鬼そのものである伊吹萃香もそれに負けぬ勢いで、巫山戯るな、と声を荒げた。
「『体も白けりゃ』なんてそんな話、今時、ううん、今も昔も、老若男女関係無く誰一人として面白いだなんて思わないわよ! ってか前振りが無駄に長過ぎて聞いててイライラしてくるわっ!」
「真実味を持たせる為に細かい設定は必須でしょーが! つーか人の話は最後まで聞け!」
「聞く価値無いわよ! オチがもう見え見えじゃない!」
「甘いわね。実はこの話、『尾は黒い』というオチが……」
「余計に面白くないわよ! ってか何でそこ迄きて尾が黒いのよ! 大熊猫か? 吾郎が山で出会ったのは実は大熊猫とかそーいうオチか!?」
「いや、そこで大熊猫がいきなり出てきても何も面白くないと思う」
「『尾は黒い』の方がよっぽど面白くないわ! そう、文字通り!!」
「や、ほら、当然誰しもが考える流れを敢えて外すというのがこの話の面白い点と言うか……」
「滑ったネタの解説を自分でするなッ! ただでさえ寒いのに余計に寒くなる!」
「ちょっと何よその言い方。喧嘩でも売ってるのかしら!?」
一月も一日から喧嘩の新春特売りでもおっ始めそうな、そんな険悪な二人の間に。
「来年の目標。永遠亭、蓬莱山輝夜」
月姫様の、おっとりと間延びのした声が入り込んできた。
「私は来年、主人公として新作に出ることを目標にして頑張ります」
元々狂っているところはあったが、とうとうここまで。可哀想な人を見る様な、慈しみと寂しさに溢れた目を向ける妹紅。
そんな視線など気にもせずに、来年は人気投票で一位になるとか、家のイナバ達にもっと楽をさせてやるとか、そんな実現する筈もない妄言の類を、それも新年が始まったばかりの今並べていく、そんな輝夜の前で。
「エフッエフッエフッエフッ」
鬼が。
「あーはっはっはっ!」
笑った。
「ブヒャげふぶふおわはぁッ!」
口から鼻から酒の飛沫を噴出しつつ雪の上を鬼が転げ回る。
「あんた最高! いや本当おもしろい!」
こうして、第二関門の勝者が決定した。
「来年の話をすれば――ね?」
得意気に笑う輝夜を見ながら妹紅はしかし。
「花の異変じゃ自分以外の館の者が全員出ていながら見事ハブられたお姫さんが、よりにもよってそんな大それたっ!
ありえない! 絶ッッ対ありえない! 大きさ一寸の白長須鯨が源氏物語をそらで桐壺から夢浮橋まで語った挙句『あれは何? あれは敵! あれは何だ!?』と叫んで爆発四散その中から出てきた木の人形が『自分、武器用ですから』と悲しそうに言って太陽への出発!をする可能性の万倍はありえないってば――――っ!!!!」
これって絶対、別の部分で笑われているなぁ、と、負けたというのに何故だか余り悔しいという気持ちが湧いてこないのだった。
「止まらなっ! わらっ、やばっ、た、たすけてえーりぃんひゃばはは!!」
酒の他にも、涙だ汗だ鼻汁だ涎だと、凡そ顔から出す事の出来る液体の全てを振り撒きながらのた打ち回る鬼が医者に助けを求める。
医者は、仕方無いわねぇ、と少し困った笑顔で言い、そして弟子に薬瓶を一本、持たせて鬼へと向かわせた。
「えひゃひふっ、ふ、あっ、ありがとっ……」
満面の笑顔で瓶を受け取りぐいと一気飲み。すぐに笑いは止まった。そして。
「……息も止まってる――ッ!?」
笑い顔のままで青く固まった鬼の顔を見て兎が叫んだ。一体何をと師匠に問えば、鰯の頭を手にしてにこりと答えた。
「これをすり潰して、豆乳と混ぜたのよ」
鰯の頭も何とやら、と、優しい笑顔を崩さぬ師に兎は、目を合わせぬ様にして、体には良さそうですよね、とだけ応えた。
◆
藤原妹紅、零点。蓬莱山輝夜、一点。
「最終関門、例え私は負けたとしても、それでも同点。貴方の方は……ねぇ?」
目を細めて口元を袖で隠して、愉しそうに声をかける。ゲーム開始の前から勝負は既に始まっている。精神的圧力をかけて優位な立場を確保しようとする月の姫。
「さて最終関門ですが、ここは特別スペシャルボーナスポイントとなっており、勝者には一気に六十六兆二千億点が入ります」
「て、ちょっと!?」
まだまだ逆転のチャンスはありますよ、と、声高らかに謳う閻魔に対し、思わずツッコミを入れる。
勿論閻魔には、そんな声に耳を傾けよう等という心算は微塵も無い。
「――まぁ、この手の話では定番中の定番な展開だけど……」
実際にやられてみると、これほど腹立たしいものも滅多には無い。そう、苦虫を噛み潰した様な顔を見せる輝夜の横で、小さく手を握り、よっしゃと呟く蓬莱人。
「さて、この最終関門では、貴方達二人に殴り合いをしてもらいます」
突然物騒な事を言い始めたのは、この難題の担当であるマヨヒガと白玉楼、その内の前者の主である境界の妖怪。
「何のかんのと面倒事やらせておいて、結局はそれか」
ま、判り易くて良いけど。そんな事を言う人間に紫は、話は最後までしっかり聞きなさいと諭す。
「ただの殺し合いじゃあなくて、ちゃんとしたルールがあるの」
そう言って指を鳴らす。瞬間、鳥居の真下と社殿の目の前、ちょうど参道の両端に一つずつ、計二つのスキマ穴が開いた。
「この穴は冥界に通じているわ。参道の上で殴り合って、殴り合って、一方が冥府に叩き落された時点で試合終了よ。
この戦闘に於いては、妖術や武器の類は一切使用禁止。空を飛ぶのも不可。己が肉体のみで相手と闘う事。良いわね?」
随分と制限が多い、と、そう輝夜は不満を口にするが、紫曰く、こうした方法が外の世界に於ける都会的なチャンピオンの決定法との事。
「私は気に入ったわよ。判り易いし、それにこのルールなら、卑怯な手を使える余地も無いだろうからね」
「……やれやれ。これだから下賎な地上人は。野蛮な事この上ないわ」
言いながらも、境内の真ん中、それぞれの背後に積尸気の穴を控え、面と面を合わせて二人は睨み合う。
「それじゃま、適当に始めちゃってー」
まるで気の無い合図の声が上がったのとほぼ同時、両の拳を固く握り締めた少女二人が駆け出した。
「星符!」
遙か上空から人の声が聞こえた気がした。二人は同時に立ち止まり、そうして空を見上げる。
青く澄み切った空に光がさした。あまりの眩しさに目を細める。
「ドラゴンメテオッ!!」
瞬間、天から轟音と共に一本の極太光線が降り注ぎ、地からは無数の星が吹き上げた。
「やれやれ、この手の騒ぎにあんたが駆けつけて来ない訳が無いとは思っていたけど……一体何をやってるのよ?」
溜め息混じりに、空へと向かって巫女が声を投げた。
「閻魔とスキマ妖怪に頼まれてな。仕事の手伝いだぜ。これも善行ってやつだな」
高空に浮かぶ箒の上で、にぃっと白い歯を見せて魔法使いが応えた。
「何が善行よ。どうせ物に釣られたんでしょう」
「失礼な。貰ったのはノート一冊だけだ。つましいもんだろう?」
「……誰に貰ったの」
「サボタージュの泰斗から。丁度良かったぜ。新年になって、日記帳を新しくしようとしていたところだったからな。
ところで霊夢の苗字は博麗だから良いとして、霊夢の霊の字は簡単な方で良かったか?」
後で力ずくででもノートは回収しておこう。幻想郷の平和を守る為そう決意をして、それから視線を地上に戻すと、砲撃は間一髪避けたものの闖入者により勝負を邪魔された二人に、言い忘れたけど、と、紫が補足説明をしているところだった。
「あれも、ゲームの一部だから」
燃え易い性質の蓬莱人は巫山戯るなと食って掛かるが、紫は、この手のゲームでは上から障害物が降ってくると言うのが大昔からの決まりだ、と、嘘とも真とも区別のつかない言葉でかわす。
「て言うか、星符の攻撃判定って下から吹き上げる星の方にあるのだから、『上から障害物』ではない気がするんだけど?」
「因みに参道から外れたら即刻で失格だから。避ける際には気を付けてねぇ」
お姫様の疑問には答えずにさっさと話を切り上げる紫。
「言っとくがな、今のはわざと外してやったんだぜ?」
『これ言ったら負けそうな科白ランキング』の十位以内には確実に入りそうな、そんな科白を言って後、魔法使いは詠唱を開始した。
まるで歌を謳う様。透明な声で紡がれる異国の言葉が空に響く。それと同時に、天からか細い光の柱が一本、降りてきた。
♪魔ぁ理沙を~自機にぃするこぉと~~
それっはっ大事ぃ件~、プレッイ~まで変っわる~♪
「っておい! あいつ何か自分のこと魔理沙とか言いだしてるわよ!? プレイ方法どころかキャラクターが変わってるわよっ!?」
取り乱す妹紅を見ながら、そう言えば昔はあんなだった気がすると、巫女はあまり動揺しない。ただ後々、回収したノートに名前を書く際、理だったか梨だったか、それだけが少し判らなくなりそうではあった。
♪一度にぃたくさ~~んの敵~~、焼っき払うっみたぁいに~~♪
歌が終わる時、それが即ち魔砲が発動される時。「わざと」と言う言葉が本当なら、二発目を避け切れるかどうかは判らない。
それならば速攻で勝負を終わらせると、妹紅が拳を構える。
「ちょっと待ちなさい!」
輝夜が制止の声を上げた。今は一時休戦、二人の力を合わせて魔法使いの一撃を防ごう、と。
「二人してこう、手を握って一緒に防壁でも張れば、あの魔砲にも耐え切れる筈よ」
天空からの光に呼応して大地から吹き上げるのは、百を軽く超える星の嵐。単体で完全に防ぎ切るのは、鬼である萃香ですら不可能。
でも二人なら。そう訴える輝夜から、けれども妹紅は目を逸らして言う。お前の事は信じられない、と。
「こっちを見て、妹紅。私の目を見て!」
いつになく必死な声に、躊躇いながらもゆっくりと視線を動かす。
♪強いっ弾の雨に負~けない~、火力~だけじゃ~~なぁ~いから~~♪
「……あれ?」
こいつ、さっき迄ペンダントなんかつけてただろうか。視界に入った赤い光に、妹紅の思考がほんの僅か、停止した。
「赤石は、太陽光増幅機だった……」
輝夜の声が耳に入ったのとほぼ同時、妹紅の視界が光に包まれ、次の瞬間。
「……ぁ?」
喉に、真っ黒な穴が空いていた。
♪敵の元へ真っ直ぐぅ伸びてゆぅ~きたい~~♪
「おい審判! 今のは輝夜の反則では!?」
「あの赤石はアクセサリー或いはパワーアップアイテムの類であって武器とは言えないし、今のも太陽の光を増幅させてぶつけただけで特別な術は使ってないし……まぁ、ギリギリセーフかしら?」
白沢の抗議に、紫は是という答えを出す。それを受けて白黒つけるのが大好きな是非曲直庁職員に助けを求めるが、この試合は紫に一任しているから、と、審判決定は覆されない。慧音の矛先は、輝夜本人へと向けられる。
ひきょうもの! 白沢は泣いた。正々堂々戦えと叫ぶ。だが、月の姫はそれに嘲笑いで応えた。
「フン! くだらないわねえ~~~~正々堂々の決闘なんてねえ~~~~~~っ。
このカグヤの目的はあくまでも『勝利』! あくまでも『何とかダム』を手に入れること!!
モコウのような正直馬鹿になるつもりもなければロマンチストでもない……どんな手をつかおうが……、………最終的に……。
勝てばよかろうなのだァァァァッ!!」
自身の勝利を確実なものとして昂ぶっている為か、少々おかしな日本語で輝夜が吼えた。
不死の力を手に入れたとは言え妹紅も基本は人間、喉をやられ呼吸が出来なくなれば、最早まともに動く事すら出来ない。
「姫、お早く!」
薬師が叫ぶ。魔法使いから伸びている誘導レーザーは一本。動けなくなった妹紅を囮にすれば、輝夜は容易に星符から逃れられる。
「言われなくてもスタコラサッサよ~~」
にやけた面で妹紅に背を向ける輝夜。
この戦いは既に、輝夜と妹紅の私闘ではない。大勢の見物客を萃めている見世物でもあるのだ。こうした騙まし討ちも、ゲームに意外性を持たせ、面白くする為に必要な事。この方がお客も喜ぶ。
輝夜に、罪悪感は微塵も無かった。
♪恋はきぃっと~魔ぁ砲のエッネルギィー、太ぉく、熱い~感情のひぃかりを♪
「!?」
輝夜の動きが止まった。彼女の細い右手を、妹紅の左手がしっかりと掴んでいた。振り払おうともがくが、喉を潰された人間とは思えない程の強い力で掴まれた腕はどうしても離れない。
驚愕に凍る輝夜の前で、妹紅の口がゆっくりと動いた。既に声は出ない。だが、唇の動きを読む事は出来た。
『二人して手を握って……て、あんた、言ってたでしょ?』
♪咲かせるたぁめ~輝くパッワーを~、魅~魔~様がぁ与えてくれたん~でぇ~す~~♪
「はなしなさい……妹紅ォォ……。
離すのよ、考えなおしなさい妹紅。あなたにも永遠をあげようじゃないの! その傷もなおす……慧音と永遠を生きられるわよ……妹紅!」
間も無く詠唱が終わる。自身の行為が、大金持ち相手に「金は幾らでも!」と命乞いをするのと同様に愚かだとも気付かず、半ば錯乱した頭で、けれど輝夜は必死に呼びかける。だが。
「こ…こいつ。
……死んでいる……!」
♪あぁ~、ゴ~リ~ラ~~♪
「って最後に何でゴリラ~~ッ!?……――」
輝夜の最期の叫びも、スパイラルなスプラッシュのスターに呑み込まれて消えていった。
「カグヤが死んだ! モコウも死んだ!」
白沢がまたもや素っ頓狂な声を上げた。
「この場合、勝敗はどうなるのですか?」
「あの二人なら、愛の奇跡とかそういうものが無くても自力で復活しますからねぇ。ああ因みに、リザレクションは術ではなくて体質という事で可ですわ」
そもそもの仕掛け人である閻魔の質問に対するスキマ妖怪の答は、試合続行。
「師匠、この戦い、どうなるのでしょう……?」
主を心配しているのか、或いは、主が負けた場合に確実にとばっちりを喰う自身の身を心配してか、不安げに訊ねる弟子に永琳は答える。
「耐久力という点で見れば、藤原妹紅の方がはっきりと劣っているわ」
何せ、スペルカード一枚を破られただけで爆発四散する位なのだから。
師の答に嬉しそうな顔を見せる鈴仙。だが、それとは対照的に永琳は、顎に片手を当て、困った表情で呟いた。
「そこが、問題なのよねぇ」
確かに妹紅の耐久力は低い。すぐに死んで、すぐにリザレクションをする。だがそれは言い換えれば、リザレクション慣れしている、という事。復活に要する時間が短い、という事でもあるのだ。
「それじゃあ……」
喜びも束の間、龍星が巻き起こした雪煙を、影のさした顔で見詰める兎。彼女の、師の、白沢の、そして多くの観衆が視線が一点に集まる。やがて、少しずつ晴れていく視界。
そこに映ったのは、一人大地に立つ長い髪の少女。全身をぼろぼろにしながらも、なんとかその両の足で自分を支えている。
「! やった!!」
兎が跳ねた。
立っていたのは、黒い髪の少女。
「……姫?」
異変に気付いたのは永琳だった。輝夜は直立したまま、私がゲームを面白くしてやったのに、などと虚ろな表情で呟いている。
そしてもう一人、少なくとも粉微塵の状態からは回復している筈の妹紅が、影も形も見えない。
「空を見ろ!」
誰かが叫んだ。皆が一斉に空を見上げる。
「星を見ろ!!」
別の誰かが叫んだ。吹き上がった星の最後一つ、それが空の中へと溶ける様に消えていくその後ろに、何かが見えた。何者かが宙を回転している姿が。
「宇宙を見ろ!!!」
また別の誰かが叫んだ。
けれども極一部を除いて流石に宇宙は見えないので、とりあえず皆は天空に向かって目を凝らした。
そして彼女等は見た。
「凱っ! 風っ!! 快っ!!! 晴っ!!!!」
彼方から迫り来る赤い火を。
「フゥジヤマッッヴォォォルケイノォォ――――ッッ!!」
全身を炎に包まれた人間が、いつものハンドポケットの少女が、猛烈なスピードで地上へと降って来る。輝夜に向けて飛んで来る。
「姫っ!!」
永琳が叫んだ。鈴仙は思わず目を閉じた。
妹紅の両足が、輝夜の顔面にめり込んでいた。
「WRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!」
攻撃はまだ終わっていない。地に落ちる事も無くハンドポケットの体勢のまま、両の足を疾風の如き超高速で交互に叩き込む。
「ああ、あの技は! あれをこの国で目にしようとはっ!!」
「なにィ!」
「知っているの、美鈴!!」
突然大声を上げた門番。メイドやお嬢様もつられて叫ぶ。
「はい! あれこそは清の英雄、黄飛鴻が必殺技、あまりの神速に蹴り脚の影が地に映らぬと言われたその名も無影脚!!
伝説とまで云われたこの技の使い手が、まさかこんな所に居るだなんて……恐るべきは藤原妹紅ッ!!」
いつかは弾幕抜きで手合わせしてみたい。武術家としての血が騒ぐのか、力強く手を打ち鳴らした美鈴の口から小さな笑い声が漏れた。
「……ったく、空気読みなさいよね」
「今の流れで真面目な解説をされてもねぇ――」
メイドとお嬢様はご不満だった。
「……タイミングを逃した」
民明書房と書かれた分厚い本を手に、舌を鳴らす魔女。門番の未来はどうにも明るくない。
「無駄ァアアアアア!」
「ヤッダーバァアァァァァアアアアア!」
紅魔館の複雑な上下関係をよそに止めの一撃を叩き込む妹紅。哀れ、輝夜の体はきりもみ回転をしながら冥府へと落ちていった。
「愚かな輝夜。冥界への穴を前にした戦闘では、悪辣な手を使った奴が負けるって、そう昔から決まっているというのに……」
戦いに勝利したというのに、どこか寂しげに妹紅は言った。
「勝者、蓬莱山輝夜!」
「ってオイちょっと待てぇ!?」
紫が宣言したのは、冥界へと落とされた筈の少女の名。
「あっ。あれか? 若しかして反則がどうとか?
だったら違うわよ。高空まで上ったのは吹き上がる星を利用したんであって空を飛んだ訳ではないし、炎に関しても、ほらあれよ、一握りの灰から身体が復活する際の演出と言うかお約束みたいなもんで術とは違うし、フジヤマもスペルを使ったのではなくて自分の身体能力のみで――」
妹紅の弁解に、そんな事を言っているのではない、と、紫は首を横にする。ならば何故か。妹紅は迫った。
「私、一方が冥府に叩き落された時点で勝負終了、としか言ってない筈だけど」
それってまさか。妹紅の顔が真っ青になる。
「相手を冥府に叩き落した方が勝ち、とは一言も言ってないわよ?」
真っ青から、次第に真赤へと移り変わっていく蓬莱人の顔。
「今の試合を単なる闘争と思っていたの? これはね、貴方達の心を試したものだったのよ。
自身の勝利にのみ目が眩んで情け容赦なく相手を彼岸送りにする。そんな自己中心的な者を勝者と認める訳にはいかないわ」
一見、至極真っ当にも思える紫の判定。楽園の最高裁判長も、見事な大岡裁き、流石は妖怪の賢者と唸る。
「おいおいちょっと!? 反則ギリギリの手段で騙まし討ちかましてくれた奴が自己中心的では無いと――」
「あっはっはっはっ! 愚かなり藤原妹紅!」
いつの間にやら復活したのか、お姫様の高笑いが妹紅の言葉を遮った。
「私は初めから全てを知っていたわ! それで、わざと負けたのよ!」
「嘘つけ! 畑にすてられカビがはえてハエもたからないカボチャみたいにくさりきった手段を使ってまで勝ちを取りにきてたじゃないっ!!」
「わめくがいいわ! ほざくがいいわ! ののしるがいいわ……。ゲームに負けたあなたにできる事はそれぐらいだからねえ……。
それとも、お友達の白沢に泣きついてみる? 歴史を変えて無かった事にしてくれ、って」
「誰がするか!」
「あなたの次のセリフは『うわ~ん慧音ぇ! 歴史を弄って“MAC健在! 円盤は別に生物というわけでもなかった!”に変えてよぉう~~』という!」
「言わないわよ! つーか何その訳の判らないお願い事!?」
「モコ~はそこまで来て~いるぅ、モコ~は怒りに燃~え~て~る♪
赤~い炎をまと~ってぇ、やが~てあらわれる~♪」
「黙れこの月星人! 略して星人!!」
叫びと共に、妹紅の背中に不死の翼が燃えて、周囲には嵐たちまち起こる。
きゃー、と楽しそうに笑いながら輝夜は、従者達の元へと逃げ帰ってきた。
「イナバ、頑張って~!」
「え! 私? 私ですか!?」
姫や師匠と出かけるという時点で、厄介事に巻き込まれる覚悟はしていた。だが、まさかここまで本気で命が危うい事態になるとは。助けを求めて鈴仙は永琳を見る。
「大丈夫よウゴンゲ。
貴方は実は“M”uch “E”xtreme “T”echnology of “E”irin Yagokoro “OR”igin(八意永琳起源の超絶技術)通称メテオールによって産み出されたマケット怪獣だから」
「何いきなり勝手な設定を捏造してるんですか!! って言うか今すごくナチュラルに名前を間違えられた~~ッ!?」
「ああ、ほら。『ウゴンゲ』の方が何か、怪獣っぽい名前かなぁ、と」
「誰が怪獣ですか誰が!?」
「貴方って、地上人の間では妖獣扱いされてる訳だし。妖獣も怪獣もあやしい獣という点で大した違いはないでしょ?」
「あやしい言わないで下さい! ってか例え本当に怪獣だとしても、あの人間には勝てませんて! 姫と互角に殺り合う化け物ですよ!!」
「安心なさいウゴンゲ。誰も貴方に勝利なんて期待していないから。貴方はコミカルな仕草で笑いを誘いつつ、とりあえずの時間稼ぎをしてくれた後は消えて無くなってくれて良いから。それで観客も大満足」
「何か凄い酷いこと言われた!?」
「と言う訳で行きなさい、満月超獣ルナティックス!!」
「名前がまた変わってる上に既に怪獣ですらない~~ッ!?」
普段は優しすぎて逆に怖がられるくらい善人なくせに、姫の事となるとネジの十本や二十本は軽く吹き飛ぶ、そんな師匠に助けを求めた事を後悔する鈴仙。てゐは今回は留守番、と言うか例え居たとしても話をややこしくされるだけなのは間違い無い訳だしと、いつも通りの事だがあっと言う間に八方塞に陥る月の兎。このままでは怒り狂った蓬莱人に、火山へと投げ込まれて爆死する羽目にもなりかねない。
「先ずはお前が相手?」
其処をどかないと皮を引ん剥いて焼き鳥にして喰ってやる。物騒な事を言う人間を前にして、どけるものならすぐにでもどきたいけれど、と、赤い目を更に真赤に腫らして叫ぶ兎。
「落ち着け、妹紅!」
蓬莱人を止めたのは、友人である白沢であった。
「その兎は、今の勝負とは無関係だろう!」
「止めないで慧音。誰であろうと、輝夜がよこす敵は、この手で叩き伏せる!」
「それが、モコの使命!? それがモコウの願い!?」
怒りに燃える妹紅に、慧音の言葉は届かない。
片手を振り上げる蓬莱人。それと同時に、境内の至る所で突然嵐が巻き起こり、突然炎が吹き上がり、見物に来ていた妖精や下位の妖怪達が泣き叫びながら逃げ惑う地獄絵図。楽しかった筈の何かが終わりを告げる時。
熱風吹き荒れるその中で、しかし慧音は諦めなかった。今は、誰かが立たねばならぬ時。誰かが行かねばならぬ時。
「あんな巫山戯た勝負、納得がいかないのは判る。だがここは抑えろ!
賭けの品にしたって、どうせあぶくで得た、それもゴミみたいな物じゃないか! 輝夜に渡してしまっても構わないだろう!」
「あいつが珍しい珍しいって言うから、何だか私も欲しくなった! 渡したくなくなった!!」
「いい加減、子供みたいな事を言うのは止めろ、妹紅! 周りが見えないのか!?」
その言葉に、はっと目を見開く妹紅。今泣いている力無き者達。彼女達は、ただただ面白そうな事があるらしいからと、それだけの理由で神社へとやって来た者達。まさか、こんな事態になるとは思っていなかっただろう。
楽しそうに笑っていた、彼女達の平和な笑顔を思い出す。彼女達にもある筈の、そして今まさに失われようとしている未来を思う。
「今この平和を壊しちゃいけない! 皆の未来を壊しちゃいけない!」
慧音の魂の叫びを前に、炎の嵐が弱まっていく。
「牛の瞳が輝いて~~♪」
「誰が牛だ誰が!? ネクストか? ネクストヒストリーの事かあああ!!??」
やっと嵐が止んだと思ったら、能天気な姫君の歌い声が今度は暗雲立ち込め雷鳴が轟く事態を引き起こした。
「ちょ、落ちついてよ慧音!」
鼻息も荒く、一千万パワーで輝夜へと突進しようとする白沢を、何とか抑える妹紅。
「えぇい離せ妹紅! あんな事を言われて引き下がるなんて、そんな軟弱な真似が出来るかァ――ッ!」
「大人になって! 退くのも勇気よ、慧音!?
誰もが勇気を忘れちゃいけない! 優しい心も忘れちゃいけない!」
◆
阿呆、阿呆と繰り返しながら、オレンジの空を鴉が横切った。
その遙か下、大の字になって倒れている二人の人間、妹紅と慧音。
正気に戻った時にはあちらこちらを滅茶苦茶にしていた慧音は、真っ青になって自ら境内の掃除を申し出た。妹紅も、自分にも責任はある、と、友人の手伝いをしていた。
他の観衆はと言うと、何もせずにさっさと帰ってしまっていた。幽々子のみは「神社に残ろう」と言ったのだが、その理由が、自分にも何か面白い事をさせて、と、そういう事であったため、霊夢によって追い払われていた。
「ご苦労様」
お茶の入った湯呑みを三つ、盆に載せて巫女が二人の元に歩いてきた。熱いから気を付けて、と、差し出された湯呑みを、礼を言って受け取る妹紅と慧音。
「にしてもまぁ、ご愁傷様ねぇ」
二人の傍に腰を下ろし、巫女が言った。件の不可思議な箱は、結局勝者である輝夜の手に渡ってしまっていた。
「何だか珍しい物ではあったみたいだけど、まぁ、もとはと言えばあんたの物って訳でも無いんだし。あんまり落ち込まないで」
黙々とお茶をすする妹紅に慰めの言葉をかける。湯呑み一杯を空にしてから、妹紅は巫女に向かって大丈夫、落ち込んではない、と返した。
「あれ、贋作だしね」
「「……はぃ?」」
慧音と霊夢が、揃って奇妙な声を出した。そんな二人を見て、悪戯っぽい笑みを浮かべる妹紅。
「輝夜の奴、あれの事をフリーダムだか弓ヶ谷ダムだとか、兎に角、何とかダムって言ってたけどさ」
勝負の前、珍しい珍しいと騒いでいた輝夜の前、件の箱を見ていた時に妹紅は気付いた。書かれている文字が「ダム」ではなく「ガル」であった事を。「スーツ」ではなく「フォース」であった事を。
「随分と汚れていて、文字の判別がしづらかったからねぇ。あの阿呆、気付かずに持って帰っちゃった」
今頃家でどんな顔をしているか。そう言って楽しそうに笑う妹紅。
「それじゃあ、勝負の後、あれだけ荒れてたのは……?」
呆気に取られた顔の慧音が訊ねてきた。
「ゲームに負けたこと自体は悔しかったから、ある程度は本気も入ってたけど……。
とは言え、まぁ、実質的な戦闘には勝ってた訳だし、そうねぇ、本気二割、芝居八割ってところかしら?
輝夜の奴、性格が捻じ曲がってる上に一緒に永琳も居たから、あんまり簡単素直に渡してもそれはそれで怪しまれただろうし、って事で」
若し本気十割だったら、木っ端な妖怪妖精なんか一瞬で蒸発していた。
そんな事をさらりと言い放つ友人を前に、慧音は頭を抱え、やれやれまったく、と、大きな溜め息を吐いた。
そんな二人を見て霊夢は、暗くなっていく空を見上げて一人、呟いたのだった。
「て言うかこの話、題名からして私が主役じゃなかったの?」
おあとがよろしいような、よろしくないような。
「決まっている。年初めの挨拶状を出すのが遅れに遅れて、始業式当日の教室で直に葉書を手渡す羽目になった時だ」
(アリストテしスが弟子の質問に答えて)
「今にも落ちてきそうな空、ね」
黒幕が。
厚い雲の合間からさす光が神々しさをすら感じさせる頭上と、そして、歩を進める度にさくさくと気持ちの良い感触を楽しませてくれる足元と。それらを交互に見遣りながら霊夢は、まるで死人でも出たかの様な、そんな重たい表情で小さく口を動かした。
いや、まるで、ではなく、実際に何処かで凍え死んだ者の一人や二人位は出ていたのではないか。そうまで思える程に、昨晩の幻想郷は寒かった。大晦日くらいは夜を徹して神社を開け、参拝客を迎える用意でもしておいてやるか。そんな事を考えていた巫女だったのだが、眠気は兎も角あまりの冷え込み具合にこりゃ命に関わりかねぬ、と、結局は賽銭箱だけを普段より一尺ほど前に出しただけで、自身は暖かな布団の誘惑にあっさりと屈していた。
外の世界では地球温暖化というものが大流行り、死ぬほど寒い正月、というものが少しづつ幻想となっているそうなので、その反動なのだろうか。寝惚けまなこを擦りながら、そんな事に思いを馳せる霊夢。
「なんか、夏でも馬鹿元気なあのバカが、更に元気莫迦になっていそうな感じね」
キラキラに光る氷の塊やら白い弾やら、そんな傍迷惑な物を吐き散らしながら黒幕と遊んでいる妖精の姿が容易に想像できて、凛としてしまう朝。
それでもこの巫女にとって、普段は兎も角、今日この日ばかりは、元気になるのは簡単だった。
いつもより少しだけ前のめり、拝殿の軒からはみ出してしまっているせいで白く雪の積もっている賽銭箱。その大きな木の箱を見ていると、心の真ん中がぽかぽかになるのだから。
餡子よりも甘く、そして日本酒よりもメロメロ。そんな自分でも不思議な感覚に小さな胸を躍らせながら、巫女は本能および煩悩と共に賽銭箱へと歩き出す。
そうして。
暫くの後。
「ちょっと邪魔するわよー」
「こら、妹紅。先ずは『明けましておめでとう御座います』、だろう。と言う訳で博麗霊夢、新年明けまして――」
「こんな似非巫女相手に、慧音って本当、真面目ねぇ」
朝も早くから鳥居を潜り抜けて来た二人の少女が、巫女の背中に声を掛けた。
「あら、いらっしゃい」
巫女が振り向いて言う。その顔に、まるで太陽の花が咲いたかの様な明るい笑顔を浮かべて。そして。
「いくら出す?」
――二言目からこれか。慧音の口から白い息が漏れた。妹紅の言う通り、こんな巫女にまともな挨拶をするなんていうのは詮無い事だったのかも知れない。頼み事があって来た二人だったのだが、早速に先行きが怪しくなってきた。
「いらっしゃい」、そして、「いくらだす?」。「い」から始まるイカ○巫女。お正月からもう全開である。
♪ ワンダー☆ウインター☆ガンターン!! ♪
「一応は巫女なのだし、新年の挨拶として二言目に『いくらだす?』と言うのは流石に――」
気を取り直して、常識人の半獣が声を掛けた、その言葉を。
「やっかましいわーッッ!!」
無重力が過ぎて常識からすらも乖離してしまっている巫女が遮った。
「これはあれ? あんたの仕業? あんたが歴史を弄くって『博麗の巫女、霊夢は、賽銭を零個持っている』とかにしたわけ!?」
「いやちょっとなんだ、何だいきなり!? 日本語が少しおかしいぞっ?!」
「なに? あんたはあれか? この神社には零がお似合いだとか、そういう事が言いたいわけか!?
て言うかもうむしろいっそ、私にゼロと名乗れとか、そういう事か!? 変な仮面被って変なマント羽織って、んでもって『私はゼロ』とか名乗れと!? その上『私は』と『ゼロ』の間に『かっこさいせんがかっことじ』みたいなものを入れろとッ!?
『私は』(ドジで)『強い』(つもり)とかそーいうノリかッッ!? 『走る』(滑る)『見事に』(ころぶ)とかそーした勢いッッ!?」
「いや待て話が全く見えない! って言うか仮面って何? マントって何!? ちょっとは落ち着け! 心に愛を持てっ!」
「これが落ち着いていられるもんですか!
いーわ。あんたがその気ならこっちだってこの気よ! 賽銭が沢山集まっていそうな何処ぞの神宮だとかお大師だとか襲ってやるわよ! けれど私はテロリストではないわ、正義の味方よ! 皆好きでしょう、正義の味方!?」
「テロリストどころかただの強盗だそれは! それをどうしたら正義の味方になんてなるんだ!? 少しはまともな会話をしてくれ!」
「そんでもってついでに全力で橙(オレンジ)を虐めてやるー! 空っぽだった賽銭箱に光がさしたって何の意味も無いのよーッ!?」
「いい加減で落ち着け――ッ!!」
慧音の魂が上げた叫び声と共に、正月にはお似合いだが場所柄としては不似合いな、そんな感じの鈍く響く音が鳴った。
こんなものを百八発も喰らったなら、そりゃ煩悩も無くなるわ。命と一緒に。
そんな事を考えながら白に飲み込まれていく霊夢の意識。仰向けに倒れゆきながら見上げた大空はいつの間にか、蒼く澄み切っていた。
◆
「……あんた、やっぱり牛だったのね」
知識がたっぷりと詰まっているから重そうだし、二重の意味で頭が固そうだしと、そんな慧音の必殺頭突きによるダメージから回復した霊夢が、頭をさすりながら小声で不平を口にした。
妹紅は、満月だったらこんなものじゃ済まなかった、と、笑って言う。
若しそうした事態になったら、今度は先に足を撃って動きを封じてやる。そう毒を吐く霊夢だったが、そうなったらそうなったで紅魔館の門番が三ボスのよしみか何かで助けにきそうかも、と、そんな気もしてきた。
「それにしても、まあ」
取り敢えずは落ち着きを取り戻した巫女の前で、呆れ顔で溜め息をつく白沢。
「賽銭が入っていなかったなんて、そんな今更な事であそこまで取り乱す事もないだろうに」
そんな言葉に、大晦日にまで零では流石に切ないと、巫女は異を唱える。
「まぁ、ある程度は自業自得、だろう」
月曜、火曜、水、木、金、土曜、日曜と、毎日を休日同然、まともな仕事もせずに過ごす巫女。その上、妖怪達が目白押しの神社では、そも普通の人間は近寄れない。
「普段からそんな状態で、それでは年末年始になったからって急に賽銭が増える道理が無い」
右の人差し指をくるくる回しながら、まるで教師が生徒を諭す様な口振りで慧音は話を続ける。
「……あんた達、この寒いのにわざわざうちまで説教をしに来たの?」
反感の籠もった、けれども少々ばつの悪そうな、そんな目で睨みながらの霊夢の言葉。それを聞いて慧音は、自分達が神社へとやって来た理由を思い出した。
「ああそうそう。実はお前に頼みがあってな」
「何よ」
「妹紅をこの神社で雇ってほしい」
◆
「ぃよぉーし、これで百五十一殺百四十九死! 今年は私の勝ち越しで決定ね」
竹林の奥深くで大きな火事が起き、少女二人が重傷を負った。事情を知らぬ者が傍から見ればそうとしか思えない、そんな光景の中で妹紅は力強く手を叩いていた。
「ま、当然よねぇ。引き籠りでニートだなんて、そんな駄目人間の見本みたいな奴に、私が負ける訳ないものねぇ」
体中のあちらこちらに火傷だの打ち身だのを作りながらも、これが勝者の特権とばかりに敗者に言葉で鞭を打つ。
地面にうつ伏せになりながら何も言わずにそれを聞いていた敗者、輝夜は、やがてむくりと起き上がり、そうして口を閉ざしたまま妹紅に背を向けて歩き出した。
「あれ、もうお帰り? あんたも閉ざした窓を開いて自分を変える努力でもしてみたら? そうしたら来年はもうちょっとましな勝負になるかもよ」
腰に両の手を当てて楽しそうに高笑いをする妹紅に、しかし輝夜は。
「いや私、別に引き籠りでもニートでもないし」
背を見せたままそう応えた。
「貴方と勝負をする為にこうして表に出て来ている。その時点で既に、引き籠りではないでしょう?」
それもそうか、と、得心する妹紅。
「いやでも、ニートの方は間違いないでしょ? あんた、仕事をしていないしする気もないし」
「この間、月都万象展を開いたけど?」
「や、でも、それはその、一時的な催し物と言うか……」
勝者の勢いは何処へやら、少しづつ言葉を濁していく、そんな妹紅の方へは振り向かず、輝夜は続けた。
「普段からだって色々とやっているわよ? 永遠亭やその周辺の土地、財産、住んでいるイナバや人の管理。判り易く言えば、永遠亭を取り仕切っている」
「おいおい。実際にそれをやっているのはあの薬師でしょう?」
「そうね。でも、永琳にその仕事を任せているそもそもの主体は私よ」
それって結局、自分は働いていないのでは。そう反論する妹紅に輝夜は、ふっ、と、小馬鹿にした様な鼻笑いで応えた。
「あのねぇ妹紅。人の上に立つ者の仕事なんていうものはそういうものでしょう? それこそ貴方が子供だった昔から。
忘れたの? 私は『永遠のお姫様』、よ?」
人にはそれぞれの立場があり、その立場によって負うべき役目というものもまた違ってくる。
「『仕事』即ち『労働』だ、なんて、若しかして貴方、そんな風に考えているのかしら?
一応は昔、貴族の娘だったと言うのに、随分と無産階級的なものの捉え方をする様になったものねぇ」
そこまで言って輝夜は、くるりと回って妹紅の方へ向き直った。顔には穏やかな微笑み。数多の貴公子たちを、御門をも虜にしたその笑顔。月人特有の、真意の読めない薄気味の悪い笑顔。
「それよりもねぇ、妹紅。貴方の方こそニートなんじゃないの?」
「な、何をいきなり」
「だって貴方、何も仕事をしていないじゃない」
幻想郷に住む人間の内、里に住む普通の人間達は、花屋にしろ豆腐屋にしろ、大工にしろ物書きにしろ、各々が生業と言えるものを持っている。
そして普通ではない人間――半人間も含め――を鑑みると。
博麗霊夢は、サボってばかりだが一応は巫女。霧雨魔理沙は、客は殆ど来ないが一応は魔法店の経営。森近霖之助は、まともに商売をする気は見えないが一応は古道具屋の店主。八意永琳は、優しさの裏に何か隠しているんじゃあないかと疑われてはいるが一応は薬師、魂魄妖夢は、実質はお嬢様のいい玩具になっているだけの気もするが一応は庭師兼剣術指南役。
上白沢慧音は里で寺子屋を開いているし、十六夜咲夜はメイド長としての仕事を完璧にこなしている。
「で、妹紅、貴方の仕事は?」
改めてそう問われると、さて自分の「仕事」とは一体何なのか。一瞬答に詰まりながらも、すぐにああそうだ、と、妹紅は口を開いた。
「竹林に来る人間の護衛と案内、やってるわよ」
「それって仕事? 単なる人助けじゃなくて?」
「え? あ、いや、そりゃまぁ、人間を助けてるんだから当然人助けだけど」
「ならそれは仕事では無いわね。無職の人間だって、道端で困っている人を見かけたならば普通に手助けを申し出るわ。けれどそれを、仕事とは言わないでしょ」
「いや、でも、お礼に食べ物や服なんかも貰ったり……」
「階段前で重い荷物を持ち途方に暮れているお婆さん。彼女の荷を運んでやったなら、お礼にとお煎餅をくれた。
さてこれを、果たして『仕事』と呼べるのかしら?」
「そ、れは……あー……」
それ見なさい、と、口元を袖で隠しながら輝夜は、ころころと鈴を鳴らす様な、可愛らしいとも奇妙とも思える声で笑った。
「妹紅、貴方の方こそ自身の生活を見直した方が良いのじゃないかしら?
自分を、世界さえも変えてしまえそうな、瞬間はいつもすぐ側に在るらしいから」
そこまで言うと、踵を返して再び背中を妹紅の目前に晒し、そうして今度は判り易いまでに甲高くて気に障る笑い声を上げながら、輝夜はその場から消えて行った。
後に残されたのは、何も言わずに俯き、ただその両の拳を強く握り締めている蓬莱の人の形だけであった。
◆
「それでうちに、と。にしてもまぁ、何と言うか」
明らかに騙されていると言うか、話をはぐらかされていると言うか。少し可哀想な人を見る様な視線を、霊夢は妹紅に向けた。
仕事という言葉にも幾つかの意味はあるが、ニートだとか労働だとかいう言葉と共に語られる場合に於いては大抵、それは生活の糧を得る為の手段、という事になる。その場合大事になるのは、行為の対価として生活の糧を得られるのか否か、という事のみなのである。
階段前の老婆を手助けする話にしたって、例えば白玉楼大階段の様な場所の前で人が訪れるのを待って、そこで階段を昇る者の荷を持ってやってその対価として食料なり何なりを手に入れる、それによって生活が成り立ちさえするのであれば、店の看板を掲げずとも金銭のやり取りがなくとも、それは立派に仕事なのだ。
そう言った意味では、妹紅は間違い無く仕事をしている、と言える。人を雇えば仕事をしているだとか人に雇われれば仕事をしているだとか、仕事とはそういうものではない。
更に言ってしまえば、お嬢様やお姫様といったわざわざ働かなくても生活できるだけの蓄えがある者や、何日何月何年飲まず食わずであっても生きていける、と言うか死なない者は、仕事をしなくとも別に構わなかったりもする。後者の場合、肉体的にも精神的にも死にそうな位にしんどかったりはするのだが。
「その辺りの事は、まぁ、私も言ったのだが……」
白沢は言葉を濁す。
慧音や霊夢に言われずとも、妹紅自身、そんな事はよく理解していた。ただ、彼女が悔しかったのは、せっかく戦いに勝利して良い気分になっていたと言うのに、輝夜の言葉に何も返せなかった、そのお蔭でまるで自分が負けたかの様な気持ちにさせられた。そういう事なのである。
「だからここは一つ、判り易い『労働』の形ってのをあいつに見せ付けてやろう、と、そう思ってね」
何が「ここは一つ」なのかさっぱりだが、兎も角妹紅は胸を張ってちょいとハッスルしている。
「ま、別に良いけど」
お正月はやっぱり、忙しくなるから人手が欲しいし。そう言って巫女は、二人の頼みをあっさりと承諾した。
そんな霊夢の肩の上に。
「……いいんだぞ? そんな、自分を偽る様な事を言わなくても」
何故か少し涙目になっている白沢の手が置かれた。口を開いて一瞬何かを言いそうになった霊夢だったが、人気の無い境内を見回して後、視線を逸らしながら溜め息一つ、そうしてゆっくりと口を閉じた。
◆
「で、一体何をすれば良い?」
いつものハンドポケットの体勢のまま妹紅が問う。服装は、巫女服の替えを出してくるのが面倒だし、そもそも普段の格好からしてまぁ紅白に見えなくもない様な気がしないでもない格好だし、て言うか替えを出すのが面倒だし、との雇い主の判断によっていつものままである。
「とりあえず掃除、は……」
まぁ、別に良いか。白い息を吐く霊夢。雪はあらゆる穢れを覆い隠し、眩しい白で地上を染め上げる。今の境内には塵の一つも見当たらない。有り体に言えば臭い物に何とやら。
「参拝客が来る迄はその辺で待機しててちょうだい」
そう言ってあくびを一つ、寝所に戻ろうとする雇い主の背中に、従業員が待ったをかけた。
「そんな態度だからここにはまともな客が来ないのよ。客が来るのをただじっと待つのではなく、こちらから呼び込みに行く。それが客商売の鉄則でしょうに」
いつから神社は接客業になったのか。そんな巫女の言葉も聞かず境内を飛び出す炎の鳥。
「まぁ、まともな人間の客を連れて来てくれるんなら、それはそれで良いのだけど」
そんな巫女の淡い期待をよそに、四半刻も経たぬ内に神社へと舞い戻ってきた不死鳥が連れていたのは。
「ひぇぇ」
今にも泣き出しそうな顔をしている蟲だった。
「あら珍しい。こんな冬場に蛍だなんて。どうやって見つけたのよ」
「その辺の草むらに行って『出てこないとここら一帯に火をつけるぞー』なんて大声で叫んだらさ、すぐに飛んで出てきたわよ」
「あの辺りには冬眠中の仲間が沢山いるのよ!? 無茶苦茶するんじゃないわよ!」
巫女と妹紅の会話に割って入る蛍の胸倉を。
「と言う訳で、出すもん出してもらいましょうか」
突如、炎に包まれた手が掴んだ。
「あっ、熱ッ! ってかちょ、出すもん出せっていきなり何を!?」
「賽銭じゃあ賽銭! いくらガキん子とは言え今は正月、ぜにこの一枚や二枚、持っとろうが。それを残らず出せぇ言うとんじゃ!!」
「ちょ!? なんかいきなり喋り方変わってるしっ!? 明らかに別々の複数の地方言葉とか混ざってるしッ!?」
「やっかましいわいね! 燃されたいんか? 冬の寒さを和らげる為の尊い犠牲になりたいんかコラァ!!?」
「すすすすスンマンセン! 自分蟲なんでお金とか全然持ってません! 本当ッス!!」
「ぜぜの一個も持たんちゅうがかこんガキゃぁ。ほんならしゃーないわ、物で払ってもらおか!?」
「いいいやあのその、そんな大した物は持ってないと言うか――」
「あれも無いこれも無いで世の中通るかいなこんダラがぁ!! 無いなら無いで作るなりどっかから持って来るなり誠意見せんかい!!」
「ええええいやでも!?」
「眷属だきゃあ大量におるのと違うんか? そいつら総動員してやりゃあアッと言う間やんけ!!」
「皆今は冬眠中で――」
「……冬眠?」
「あ、ハイ。皆蟲だし、今、冬だし……」
「おーそうかそうか。そんなに眠んのが好きか。
だったら今この場で好っきなだけ眠らせたるわ! それこそもう永遠にでもなぁ!!」
「わわわわ判りました! 今すぐにでも幻想郷中から色んなモノを集めて持って来させますからぁ!!」
◆
こんな様子を里の人間に見られでもしたら、一体どんな噂が立つだろう。真冬だと言うのに大量の蟲どもに覆われた境内で、巫女は頭を抱えて唸った。空は羽虫の群れのせいで日の光も見えず、足元も、百足だ竈馬だその他もろもろが大量に蠢いて文字通り足の踏み場も無い。そうして境内の真ん中には、彼等が持ち寄って来たガラクタによって作られた高い山。
「あ、あの、これで……」
蟲達が集まってくる間、蟲質として神社に留め置かれていた蛍が、涙目で炎に包まれた人間へと伺いを立てる。
「うんうん。こんなもので良いでしょ。悪いわねぇ、無理言っちゃって」
「それじゃ――」
「ええ、もう帰っていいわよ。今年一年が貴方にとって良い年になる様、祈ってるわ」
来年もまたいらっしゃい。笑顔で手を振る妹紅に背を向け、泣きながら鳥居を潜り抜けていく蛍。彼女の後ろを、気味の悪い音を立てながら大量の蟲達が追いかけて行った。
「さてと霊夢。どう、私の働きっぷりは?」
嬉しそうな声で巫女へと振り向く妹紅。そんな彼女に巫女も、満面の笑顔を返して言った。
「あんたクビ」
「あぁ! モコウの首がすっ飛んだ!」
一連の騒ぎの間何も言えずに固まっていた白沢が、素っ頓狂な声を出す。
「何を驚く事があるのよそこの知識人! て言うか途中でツッコミも入れずに何今の今までボーっとしてたの!?」
「あ、いや、スマン。ちょっとこう、話の流れについていけなくて……」
真面目な人間は突発的な事態に対処できないから困る。が、そんな事は別にどうでも良いと、霊夢は露骨に反感の色を顔に出している従業員へと向き直った。
「何してんのよあんたは!」
「それはこっちの科白よ! 何で私がクビにされなきゃいけないの!?」
「当っ然でしょうが! あんた神社の仕事を何だと思ってんの!?」
「いっつも霊夢がやってる事を真似ただけでしょうがっ!」
「人聞きの悪いこと言わないで! 私の事を物盗りの類と勘違いしてない!?」
「ちょくちょく妖怪を襲ってるじゃない! 物を巻き上げたりもしてるじゃない!」
「あれは妖怪退治よ! あんたがやったのはただの恐喝!
しかも何!? 何で集まってきたのがこんな、食べかけのお菓子だとか、葉っぱだとか、その辺で犬が落す様なアレとか、そんなのばっかなのよ!」
「知るか! 蟲からすればそういうのが大切な物なんだって事でしょう!
それとも何、あんた、若しこれで集まったのがお金だったら、何も文句が無かったとでも言いたいわけッ!?」
「はい、ありませんッッ!!!!」
胸を張って心の声を放つ巫女に、あんたにだけは説教されたくないと食ってかかる妹紅。
そんな二人を見ながら、さてどうしたものか、と、慧音は困った顔で腕を組む。境内に高く積まれた山を見れば、なるほど確かにこれは、蟲達が自分の食料となりそうな物を寄せ集めて来たといった風情であった。そうではない物もいくらか在るには在るのだが、それも汚れたしゃもじだとか、陶器か何かの破片だとか、紙切れだとか人形の目玉だとか、そんなガラクタとしか形容のしようがない物ばかり。
「……おや?」
そんなゴミ山の中に、奇妙な絵の描かれた小さな紙箱を見つけた慧音。夜空を背景に力強く立つ、白を基調にしたヒトガタの様な物が描かれており、その上には、酷く汚れていて読み取り難いものの、何かの文字が書かれているのが確認できた。
「? ガン……モビル……――」
「ヤマザナドゥー映姫ぃ、ヤマザナドゥー映姫ぃ♪
She came to us from a hell♪」
神社の境内に鳴り響く突然の大音声。
喧嘩の事も妙な箱の事も、全て忘れて三人が鳥居の方を見遣る。其処に居たのは。
「貴方達は誰かを、愛していますか? それは生きているという事なのです。
貴方達は勇気を、持っていますか? どんな事にも負けない心を」
どうにも意味不明だが、とりあえず偉そうな事をのたまっている小柄な少女と。
「地獄の~~底から~~、来た~~少女が~~♪
愛ぃと~~勇気を~、教え~て~く~れ~ぇる♪」
逆手に持った大鎌の柄に口を当て、拳を握りながら熱唱している大柄な少女の二人組みであった。
「……何しに来たのよあんた達。それに、その爽やかなんだか不吉なんだか判別し難い歌は何?」
またおかしなのが来た。はっきりとそう顔に書きながら霊夢が問うた。
「喧嘩の仲裁、それと若者の就労支援、といったところでしょうか。
ああそれに、誰々の首がすっ飛んだ!なんて事を言われたならば、閻魔である私が来ない訳にはいかないでしょう?」
「いや、その理屈、さっぱり意味不明だし」
「首がすっ飛ぶと言えば断頭台。断頭台と言えば地獄」
「初めて聞いたわよ、そんな話」
「拷問道具として地獄に断頭台が在るのですよ。一度喰らえばトラウマになる、と、割と好評です」
「……誰にとって好評なんだか」
物騒な話に顔をしかめる巫女をよそに、ああそう言えば、と、四季は手を打つ。
「ついでに今そこで、イジメを受けた子供に対するアフターケアも行ったところです」
二人が神社に入る直前、泣きながら飛び出してきた蛍の子。四季は彼女を呼び止め、そして優しく言ったのだった。
「何を泣いているのです、涙をお拭きなさい。貴方は弱くはないはずです。
誰も同じです。辛い事を、皆持っているのです、心の中に」
「地獄の~~底から~~、来た~~少女も~~♪
知ぃって~~いたんだ~、涙~の~味ぃを♪」
「ふふ。何だか私、あの子の事を他人の様に思えずに、それで声をかけてしまって――」
「そりゃそうですよね。共通点多いですし。緑でチびきゃん!」
部下の顔面に、手にした悔悟の棒を笑顔で叩き込む上司。職場での上下関係はこれ位はっきりさせた方が良いのかな、と、反抗的な元従業員をちらりと見遣ってから、霊夢は再び質問をする。
「んで、そのおかしな歌の方は? 死刑と明日風呂がなんちゃらとかってどういう意味よ?」
「ああこれは、どうにも良いイメージを持たれない地獄に対して親近感を持ってもらえる様、是非曲直庁で作ったテーマソングです。各閻魔ごとに違った歌が用意されているのですよ。
因みに英語の部分は、そうですね、意訳するなら、『地獄の国から僕等の為に、来たぞ、我等のヤマザナドゥ』といったところでしょうか」
手にした笏をピュピュンと唸らせながら、自慢気に説明する罪人裁きの専門家に対し、あーそりゃよござんしたねぇと、まるで気の無い返事を返す霊夢。地獄の恐怖というものは、生前に罪を犯す事を防ぐ為の抑止力なのであろうに、それが親近感なんかを持って何をどうする心算なのか。
「あら、あまりお気に召していないようねぇ」
「四季様、やっぱりもう一つのやつの方が良かったんじゃないですか?」
「ああ、あれ?」
「亡者う~ごめく地ぃ獄の底に、ぼ~くらの願いがと~どく時ぃ♪
白山連峰は~るかに越えて、小ぉ町ととも~にやってくる~♪」
「そっちの方はちょっと、ねぇ」
「私の名前も入ってますし」
「でもねぇ。白山連峰って部分、白山比咩で菊理媛神だから地獄に縁が有るって事で歌詞に入ったのでしょうけど……。
『菊理』で『地獄の底に』『願いがとどく』で『やってくる』だと、私とは別の地獄の少女が連想されそうだわ」
神社の真ん中で、周りの人間には理解できない話を延々と続ける閻魔と死神。そんな二人に巫女は、用が有って来たのならそれをさっさと済ませろ、と言う。
「ああ、そうですね。
ええと。喧嘩の方は、どうやら見事に止まったみたいですし、それではもう一つの――」
言って四桁の時を生きる若者に声をかけようとする四季であったが、当の若者はと言うと、ハンドポケットにガニ股歩きで、巫女への不満を口にしつつさっさと神社を後にしようとしていた。
「待ちなさい、藤原妹紅。仕事の方はどうしたのです」
閻魔の質問に足を止め、顎で元雇い主を指しクビにされたと一言、再び歩き出す妹紅。
「お待ちなさい。せっかく就職した先をちょっと嫌な事があったからと直ぐに辞めるなんて、そんな生き方をしていたらうちの穀潰しみたいな人生を送る羽目になって後々悔やむ事になりますよ?」
「え? ちょっと四季様、今何気にすごい酷いこと言いませんでした? 私は口数も少なくもっとも真面目な死神ですよ?」
「……この間も仕事をサボって妖精達と話をしていたくせに? 貴方っていつもそう。やらなきゃいけない事を明日やれば良い、明日やれば良い、って、後回しにしてサボってばかり。
ねぇ小町、あしたって、いつのあしたよ?」
そう言われて「あしたっていまさッ!」と咄嗟に応えられるのならばそれはとても格好の良い事なのだが、そんな事が出来るほど真面目、或いは要領が良いのならば、そもそもサボタージュの泰斗呼ばわりなどされはしない。返答に窮して曖昧な笑顔を見せる死神に、上司の説教は続く。
「貴方もたまには一生懸命になってみない? キャパ以上がんばる時って、喜びも大きいものよ。
いつもいつも大事な事は後回しって、それじゃ意味がないでしょ」
「いやだから、私はいつでもしっかりちゃんとやってますって。
バリバリですよ二十四時間、ホントのところ精一杯!」
仕事を辞めようとしている若者への助言は何処に行ったか、部下への説教ばかりを延々と繰り返す閻魔に、のろけなら他所でやれ、と、妹紅は鳥居をくぐろうとする。
「駄目な奴は何をやっても駄目、ねぇ」
空から降ってくる少女の声。妹紅の足がぴたりと止まった。
「天空に満ちる月、蓬莱山輝夜!」
「大地に薫る薬の匂い、八意永琳!」
「ちょっと、お二人がそれを言ったら私は何て名乗れば良いんです!?
ってか師匠の名乗りがかなり強引です! そんな何だか世紀末的退廃ムードの漂う大地は嫌です! 小さい子供とか絶対怖がりますって!」
月など欠片も見えない蒼く眩しい空から下りて来たのは、月のお姫様とその従者、そしてその弟子、併せて二人と一羽。
「安心なさいイナバ。貴方は獣だからあれよ、ほら、所謂マスコットキャラみたいな扱いだから」
「そうよウドンゲ。だから語尾には『~ウド』とか付ける様になさい?」
「え、ちょっと、何ですかそれ!? ウドって大きな木か鈴の木か知りませんがいずれにせよ可愛い系の語尾じゃないですよ絶対!」
「『ないですよ絶ウド対!?』でしょう、イナバ」
「ええ何でそんな中途半端で言いにくい所!?」
「文句ばかり言わず姫の言う通りになさい。ああそれとウドンゲ、さっき言っていた大地に薫るあれだけれど、大丈夫。ここだけの話、薬は薬でもあのお人形の子が吐く様なアレに近いものだから。実際は」
「いや大丈夫な事なんて何一つ無いですよ!? 正義の味方みたいな登場科白を引っさげながら何とんでもないもの撒こうとしてるんですかてほウワチャあアーっ!??」
意味不明の叫び声で途切れる鈴仙の言葉。文字通りケツに火がついた状態で転げ回る彼女の後ろで。
「……新年早々燃え尽きに来たのか?」
紅蓮の不死鳥が殺意をまるで隠しもせずにその翼を大きく広げていた。
「『燃え尽きに来たのかいセェィニョルィータァ?』でしょう、モコルンバ?」
突き刺す様な敵意を小粋なラテン系ジョークで優雅にかわしながら、たおやかな笑みを輝夜は返す。
「挑発の心算だったんなら当てが外れたわねぇ。お前みたいな宇宙人の言う事なんてさっぱり理解できなくてね。別に何の感情も湧きゃしないわよ。とりあえず千回は死なす」
「ふふふ。良い感じね。良い感じに怒ってくれているみたいね。嬉しいわ」
「別に怒っちゃないわよ。だから万回は燃やす」
「日本語が何だかおかしくなってるわよ。順接って言葉の意味、知ってる?」
「五月蝿い黙れ若しくはそのまま死ね!」
「いいわね、いいわね。良い感じに出来上がってきたみたいね。
それじゃあこのあたりで、今年の一発目、白黒つけるとしましょう?」
新年の初め、めでたい正月の真昼間から神社で殺し合いを始めようとする二人を前に、勘弁してちょうだいと疲れた息を一つ、それから巫女は、喧嘩の仲裁がどうとか言っていた閻魔の方へちらりと視線を移してみた。
「良いでしょう! その勝負、この四季映姫・ヤマザナドゥが仕切らせてもらいます!」
閻魔は何故だかやる気満々だった。
「ほら、あの人、好きだからさ。白黒はっきり付けるの」
困った様に笑いながら、死神が巫女の肩を優しく叩いた。
◆
何か面白い催し物があるらしい。そんな噂を聞きつけてやって来た者達によって神社は溢れ返っていた。
正月に相応しい賑わいを見せる境内で巫女はしかし、疲れた顔で息を吐いていた。
集まってきた面々のほぼ全てが妖怪だの妖精だの妖獣だのといった妖しい奴等ばかり。新年早々日も高い内から百鬼夜行の様相を見せる神社。なるほど確かに、こんなんでは普通の人間は来れないか、と、自虐的な笑みを霊夢は浮かべた。
そんな巫女を見て、喧嘩を華と言い切る死神も、さてこれはどうも、話がややこしくなってきているだけなのではなかろうか、と、少々心配になってくる。
「あのぅ、四季様。何かこう、もっと普通に、あの二人の、双方の言い分を聞いて、その上で折り合いのつく所を探すとか、そういう風な方法を採った方が良かったんじゃないですかねぇ? こんな、二人を煽る様な真似をしなくとも……」
「何を言ってるの小町。昔から言うでしょう、ファイトの意味は憎しみじゃない、って」
「……昔からなんですか、それ?」
「太陽が落ちるまで拳を握り殴り合った二人は、傷だらけのままで『似た者同士』と笑える仲になる、そういうものなのよ」
普通の人間の寿命を遙かに超える年月を殺り合ってきた二人にそんな、と、死神は反論を試みるがそれは無視。四季はルールの説明を開始した。
「藤原妹紅、蓬莱山輝夜。貴方達二人にはこれから、三つの難題に当たってもらいます。その各々で勝敗を決め、勝った方には得点が入り、三問が終わった時点で合計得点の高い方が最終的な勝利者となります。
そして勝者は、敗者の持ち物から何か一つ好きな物を選び、敗者はそれを、大人しく勝者に渡す。良いかしら?」
閻魔の目の前で、更には大勢の観衆の前でいつも通りの殺し合いをさせる訳にはいかない。と言うかそれでは芸が無い。
四季が採ったのは、ゲーム形式で勝敗を決めるという方策。命の代わりに物を賭けさせる事で、二人のやる気も削がない様にとの気配り付きだ。
「最近は随分と新しい宝物が手に入ったから。
何が良い、妹紅? 知恵の果実とかプロメテウスの石あたりなんかがお薦めだけど?」
どうせ手には入らないのだから、選ぶだけは好きになさい。そう笑う輝夜に、いや、と首を振って妹紅は答える。
「蓬莱の玉の枝。それ以外には興味ないわよ」
それを聞いて輝夜は、一瞬驚いた様に目を見開き、けれどすぐにいつもの真意の読みにくい笑顔に戻って、そして愉し気に言った。
「そんな物、その辺の職人でも雇って作らせれば良いのに」
妹紅は黙して応えない。
「さて、私の方だけど……」
視線を逸らして黙ったままの妹紅をよそに、貧乏人がろくな物も持ってはいないだろうし、と、勝手な事を言いながら顎に人差し指を当ててうんうんと唸る。そんな彼女の目の端に、境内の隅に退かされたゴミ山の、その中の一つの箱が入った。白い人形の絵が描かれた、何の物とも判別できぬ奇妙な紙の箱。
「!ちょっと、これって――」
俄に輝夜が色めき立つ。
「妹紅、これ、何処で手に入れたの?」
「知らない。蟲に集めさせたやつだから。幻想郷の何処か、ね」
「これって外の世界の品よ」
「ふーん。だったら、無縁塚の辺りからででも拾って来たのかしらね。
で、これって何。珍しい物なの?」
「何とかスーツの、えーと……、ウインダムだったかストライダムだったか……。
兎に角、珍しい物には間違いないわ!」
「ふーん」
こんな物がねぇ、と、人形の絵とその上の文字をまじまじと見詰め、それから、へぇ、と小さく息を一つ吐いた。
「にしてもよく知ってるわね。そんな、外の世界の話」
「月人の科学は宇宙一イイイイ!! 知らぬ事なんてないわ!」
そう言って胸を張る輝夜に、このかぐや姫症候群が、と返す妹紅。
どうにも会話が噛み合っていない様な気もする二人ではあったが、兎も角、輝夜の望みはこの外の世界から来た品に決まった。
「て言うかそれって――」
神社の為に集められた物ではなかったのか。言いかけた霊夢だったが、詮無い事だろうと口をつぐんだ。それに何より、箱に描かれている人形がどうにも不細工に思えて欲しいとも思えなかった。
「互いに賭ける品も決まったところで、それでは勝負開始といきましょう。第一関門担当の紅魔館、準備は良いですか?」
「ねぇ咲夜。貴方、眼鏡をかけてみたら?」
「眼鏡、ですか。メイドに眼鏡だと、どうにも他の色々なメイドと被ってしまう気がするのですが……」
四季の声など何処吹く風、雪の神社には不似合いな小さなテーブルと椅子、そして日傘を一つ用意して、優雅にティータイムとしゃれ込んでいるお嬢様とそのメイド。
「メイドだから、と言うか……貴方ってほら、時間を止めるしパーフェクトとか言ってるじゃない。
そうした者は眼鏡をかけるのが外の世界の流行りだそうよ? って本に書いてあったってパチェが言ってた」
「……ああなるほど。パーフェクトって『完全』ですからね。
時間停止に『完全』だと、確かに眼鏡ですか。でも私、中国人ではないんですけどねぇ」
「? 中国人? アレって中国人なの? 正体は怪物なのに?」
「? えぇと、お嬢様? お嬢様が仰ってるのってアレですよね? 時間停止で『完全』で」
「『完全』と言うかパーフェクトだけど。まぁ、どっちも同じなのかしら」
「それでもって長髪の男でボスククラスの敵役で」
「そうそう」
「やっぱり中国人じゃないですか。それに怪物ではありませんわ」
「ええー? 違うわよー」
実年齢は五百でありながら肉体的にも精神的にも現役の女児である者と、精神的にも肉体的にも実年齢的にも二十歳程度の者と。同じキーワードからでも連想されるものは違うらしい。
二人の間に少し気まずい空気が漂い始める。そんな中、ハイハイと言う声も元気良く、無遠慮に割り込んでくる門番。
「私わかりましたよ、お嬢様が言ってるアレ。
アレですよね。時間停止で眼鏡で長髪の男でボスクラスの敵役で」
「そうそう」
「でもって日曜朝で正体が怪物で人間態のまま派手な格闘戦!」
「そうそうっ! よく勉強してるじゃないの」
「えっへへ。私だって偶には図書館で本くらい読みますからね。そこで外の本で面白そうな話を見て、それで覚えてたんですよぉ」
「偉いわ美鈴。それに比べて咲夜は……」
申し訳ありませんと頭を垂れる咲夜。
(公衆の面前でお嬢様に恥をかかせる訳にはいかないからここは黙っておくけれど……帰ってからを楽しみにしてなさい……)
そんなメイドの思惑も露知らず。照れた表情で頭を掻きながら門番は思った。
(でも、パーフェクトは違う人よねぇ)
どうやら、アクション好きの考えているものも違っているらしい。
「ちょっとちょっと。訳の判らない話題で談笑するのは別に構わないんだけど」
「私達が当たるべき難題とやらを提示してはくれないのかしら?」
身内の会話に割って入ってきた蓬莱人と月人を前に、さてどうしたものかと、顎に手を当てるレミリア。
面白そうな話があるらしいからと神社にやって来て、そこで閻魔に頼み事をされて適当に二つ返事をして。難題なんてものは何一つ考えていない。
「ああ。うん。それじゃえーと。今私達が話していたアレが何だか答えといて」
とりあえず考え付いた課題は、知るかそんなもの、という妹紅の言葉一つであっさり却下。
「それじゃ、今日は二人に殺し合いをしてもらいまーす(はぁと)」
一々考えるのも面倒だからと出してみた二つ目の案も、それではいつもと変わりないという閻魔の指摘により没。せっかく可愛らしく言ってみたのに損をした、と、ふくれっ面になるお嬢様。
「やれやれ。ここは私の出番かしら」
そう言って出てきたのは知識人。
ムダ知識が豊富だとかもう要らないだとか、そんな失礼な事を言わせない為にもここは一つ、自身の価値を再認識させておくべきか。
――等と俗っぽい事はまるで考えず、ただ気が向いたからという理由のみで動き出した動かない大図書館。
「一度しか言わないし、少し長くなるからよく聞いて。
お伊勢参りの為に一人東海道を上っていた太助という人物が居た。彼が由比に差し掛かった時、一人の旅の商人と出会ったの。
その商人の実家である店には、馬が三頭、兎が八羽、刀が九十四本――」
ようやく始まった第一問、ほんの僅かの聞き漏らしもあってはなるまいと、静かに耳を澄ます二人。
「――超小型プランク爆弾が八百八十二発、無重力弾、所謂ペンシル爆弾が二千二百三十二発、ライトンR30爆弾が三千四百一発、恒星間弾道弾R1号が九万八千七百四十五発」
「いやちょっと待てちょっと待て!」
突如耳に入ってきた物騒な兵器の数々。思わずツッコミを入れる妹紅。だが本日喘息の調子が良い魔女は止まらない。
「グドンとツインテールが四百二十三体ずつキングザウルス二世が一体パーフェクトゼクターが百二十三個ファイズブラスターが五百五十五個怒りのライドル十本改造ベロクロン二世改造サボテンダー改造ハムスターがそれぞれ九十二の三乗ずつ」
「いやだからちょっと待てって!」
「さて太助が出会った人の数は全部合わせて幾つ?」
「や、それ以前にその商人の実家って何の店よ!? 何その地球の一つや二つは軽く侵略できそうな品揃え!?」
「実家? 海老まわしをやってるわ」
「何それ千年生きてて初めて聞いたわよその職業!?」
「猿まわしと同じよ。違いは海老を使うという点だけ。
こう、赤子にそうするよう海老を抱いて『よ~しよしよし』とか言いながら撫で撫でしたりペロペロ舐めたりと過剰とも思えるけれどその実愛情に満ち満ちたスキンシップをするの」
「まわしてないじゃない! まわしてないじゃない!」
「そして最後には『あたしィィィの海老ちゃあァァァん!』と絶叫しつつ頭からバキバリグチャグギバリと」
「食べるの!? 結局美味しくいただくの!? ってかさっき言ってた品揃えの中にそもそも海老が居ないじゃない! 海老っぽいのは居た様な気もするけど! 芸に使えそうなのってハムスターくらいじゃない! でも改造ハムスターって何!?」
「ビルをも真っ二つにする回転ノコギリを喰らっても、逆にノコギリの方が破壊される程に強化されているわ」
「それ既にハムスターでも何でもないじゃない!?」
「かたちは、まえより少しかっこ悪い。目はまえより見えなくなった。まえのハムスターは、あやつられていないため、目が生き生きとしていた」
「お前ハムスターに何をしたぁーっ!?」
「やれやれ、いちいち五月蝿い人ね。あんまり文句ばかり言っているようだと、貴方、失格にするわよ?」
「ぬっ……」
動物愛護精神皆無な魔女の横暴に口を閉じる妹紅。そんな彼女を差し置いて、輝夜がずいと一歩、前に出て言った。
「二百四十四万二千九百六十四、ね、魔法使いさん?」
その答に、へぇ、と、感嘆の声を魔女は上げた。それ見て満足げに微笑み、そうして黙ったままの対戦者へと向き直る。
「答が判らないからって、難癖をつけて出題者に食ってかかる。愚鈍としか言い様が無いわねぇ、妹紅。海老でも食べて反省したら?」
そんな挑発の言葉に、けれども妹紅は、鼻笑い一つで応えた。
「愚鈍なのはお前の方だよ、輝夜。もういっその事、竹林なんかじゃなくて地底にでも引き籠っていたら?」
「……どういう意味かしら」
魔女の謎かけ。それは、太助が「出会った」「人」の数を問うたものである。魔女が列挙した意味不明のあれこれは、全て商人の実家に在るものであり、太助自身が出会ったものではない。それ以前に、そもそも人ではない。ならば、話は極めて簡単である。
「答は旅の商人ただ一人。愚かな輝夜、『全部合わせて』という言葉に見事に嵌まったわね」
「……あっ――!」
勝利を確信した妹紅が、己の過ちに気付いて歯噛みする輝夜を見下ろす。三本勝負のこのゲーム、先手を取れた事の意味は非常に大きい。
「残念ながら二人とも外れ。答は八十二人、よ」
「んなっ!?」
予想もしなかった魔女の言葉。一体どういう事だ、内訳を説明しろと妹紅は詰め寄る。
「先ずは両親、妹、それに妹の旦那さんとその息子、それから――」
「ちょっと待て、それって……」
魔女の問いは「太助が出会った人」の数。何処で出会ったかいつ出会ったか、その範囲の指定はされていなかった。
「ってそんな問題、判る訳ないだろ!」
「――親友のデイヴィット・K・フランク、そのライバルである御影山文子、彼女を密かに付け狙う謎の怪人X-ⅠとX-Ⅱ、彼等の主である滅びの国の支配者サンバルカーン様(二代目)、そして――」
「いや良いから! 太助さんの人間関係はもう別に良いから!」
「――まぁ、その他諸々を合わせて全部で八十二人。それが、太助がその短い生涯に出会った人々の数なのであった」
「え!? 太助さん死んじゃったの!?」
「四回目の誕生日を目前にした冬の或る日、流行り病にかかってそのまま眠る様に……」
「いやちょっと待て、何でそんな幼子が東海道を一人旅なんかしてたんだ!? ってか、妹に旦那さんが居るんでしょう!?」
「ああ、大丈夫。妹は実は、父親が再婚した女の連れ子だから」
「全然大丈夫じゃないわよ! 連れ子とか何だとかそういうの関係無いから! 四歳の男の子の妹に旦那って、旦那どれだけ年下趣味よ!? その上息子ってぶっちゃけありえないしッ!!」
「ああ実は、妹の旦那さんていうのもバツイチで、息子と言うのは前の奥さんとの間に出来た――」
「太助さん家庭環境複雑過ぎっ!?」
「まぁそんなこんなで、貴方達二人とも外れ、どちらも零点、ね」
「巫山戯るな! 問題文からまるで答の推理できない問題なんて、どう考えたって無効でしょうが!」
「本当に五月蝿い人ねぇ。
ほら、相方はもう第二関門に向かってるわよ。早くしないと貴方、次のまで失格で零点になるんじゃない?」
「誰が誰の相方よ! って輝夜、お前、抜け駆けするなぁーっ!」
一点を先行できる筈だった妹紅とは違い、自身の負けを実質帳消しに出来た輝夜は、一人でさっさと次の関門へと向かっていた。魔女に対する不満もそこそこに、ライバルの背中を追って走り出す蓬莱人。
そんな彼女を見て魔女は、いい歳をして元気で羨ましいわ、と、疲れた息と共に呟いた。
◆
「難しい問題を考えるのも面倒だからね。あんた達に何か芸でもやってもらって、より私を楽しませた方の勝ち。どう、判り易いでしょう?」
個人の主観が決める勝負の、一体どこが判り易いというのか。そうは思う妹紅であったが、ここで負けては後が辛いと、先手を取って第二関門の主である呑んべぇ鬼の前に立った。
「それじゃあまぁ、僭越ながらこの藤原妹紅、ちょいと小噺の一つでも……」
「よっ! 待ってましたぁ!」
大喜びで手を叩く酔っ払い。新年の初め、親戚の集まりの席なんかに、必ず一人はこういうおっさんが居る、そんな雰囲気である。
「越後の国の小さな村に、吾郎という若者が居りました。この吾郎、握り飯の一つ二つでも持ってその辺りをふらふら歩くのが趣味と言う変わった男でありまして、その日も近くの山の中を一人、特に何の目的が有るという訳でもなくただただうろついておりました。やがてお天道様もいっぱいの高さまで昇り、さて昼飯にでもしようかと目に付いた切り株に腰を下ろし持って来た弁当を広げます。すると突然、『そこの小僧、儂にも一つ、喰わせてはくれまいか』、声が聞こえてまいりまして。何事かと立ち上がった吾郎。するとその目の前の繁みの中から、四つん這いでありながら大人の身の丈すらも超える程のそれは大きな狼が現れました。更に驚いた事に、その狼が開いた口の中から『儂にも喰わせてはくれまいか』という声。何だこの化け物は、もしか喰わせろというのは自分の事をではないのか。そんな吾郎の考えを見抜いたのか、ふぁふぁふぁ、と妙な笑い声を立てながら狼は言いました。それによると、その狼は山で悪い妖怪を倒しては喰らっているのであり、今も強大な妖との争いをしていたのだがその相手に逃げられ、それで力を使い果たすは腹は減るわで困っていたとの事。そう言われて改めて見ますればこの狼、確かに邪な感じは致しませぬ。見事な毛並みは神々しさをも感じさせる程の白さであり、体も白けりゃ尾――――」
「脳しょうブチまけな」
話も半ば、花火が炸裂したかの様な大きな音が冬の冷たい空気の中で響き渡った。
「モコウの顔がふっ飛んだ!」
もはやただの観客へとなっていた白沢が素っ頓狂な声をあげた。
「おいこら! いきなり人の話の腰を折って! 不老不死でなければ死んでたわよ!?」
顔面から煙を噴き上げつつ鬼の様な形相で迫る蓬莱人。だが、鬼そのものである伊吹萃香もそれに負けぬ勢いで、巫山戯るな、と声を荒げた。
「『体も白けりゃ』なんてそんな話、今時、ううん、今も昔も、老若男女関係無く誰一人として面白いだなんて思わないわよ! ってか前振りが無駄に長過ぎて聞いててイライラしてくるわっ!」
「真実味を持たせる為に細かい設定は必須でしょーが! つーか人の話は最後まで聞け!」
「聞く価値無いわよ! オチがもう見え見えじゃない!」
「甘いわね。実はこの話、『尾は黒い』というオチが……」
「余計に面白くないわよ! ってか何でそこ迄きて尾が黒いのよ! 大熊猫か? 吾郎が山で出会ったのは実は大熊猫とかそーいうオチか!?」
「いや、そこで大熊猫がいきなり出てきても何も面白くないと思う」
「『尾は黒い』の方がよっぽど面白くないわ! そう、文字通り!!」
「や、ほら、当然誰しもが考える流れを敢えて外すというのがこの話の面白い点と言うか……」
「滑ったネタの解説を自分でするなッ! ただでさえ寒いのに余計に寒くなる!」
「ちょっと何よその言い方。喧嘩でも売ってるのかしら!?」
一月も一日から喧嘩の新春特売りでもおっ始めそうな、そんな険悪な二人の間に。
「来年の目標。永遠亭、蓬莱山輝夜」
月姫様の、おっとりと間延びのした声が入り込んできた。
「私は来年、主人公として新作に出ることを目標にして頑張ります」
元々狂っているところはあったが、とうとうここまで。可哀想な人を見る様な、慈しみと寂しさに溢れた目を向ける妹紅。
そんな視線など気にもせずに、来年は人気投票で一位になるとか、家のイナバ達にもっと楽をさせてやるとか、そんな実現する筈もない妄言の類を、それも新年が始まったばかりの今並べていく、そんな輝夜の前で。
「エフッエフッエフッエフッ」
鬼が。
「あーはっはっはっ!」
笑った。
「ブヒャげふぶふおわはぁッ!」
口から鼻から酒の飛沫を噴出しつつ雪の上を鬼が転げ回る。
「あんた最高! いや本当おもしろい!」
こうして、第二関門の勝者が決定した。
「来年の話をすれば――ね?」
得意気に笑う輝夜を見ながら妹紅はしかし。
「花の異変じゃ自分以外の館の者が全員出ていながら見事ハブられたお姫さんが、よりにもよってそんな大それたっ!
ありえない! 絶ッッ対ありえない! 大きさ一寸の白長須鯨が源氏物語をそらで桐壺から夢浮橋まで語った挙句『あれは何? あれは敵! あれは何だ!?』と叫んで爆発四散その中から出てきた木の人形が『自分、武器用ですから』と悲しそうに言って太陽への出発!をする可能性の万倍はありえないってば――――っ!!!!」
これって絶対、別の部分で笑われているなぁ、と、負けたというのに何故だか余り悔しいという気持ちが湧いてこないのだった。
「止まらなっ! わらっ、やばっ、た、たすけてえーりぃんひゃばはは!!」
酒の他にも、涙だ汗だ鼻汁だ涎だと、凡そ顔から出す事の出来る液体の全てを振り撒きながらのた打ち回る鬼が医者に助けを求める。
医者は、仕方無いわねぇ、と少し困った笑顔で言い、そして弟子に薬瓶を一本、持たせて鬼へと向かわせた。
「えひゃひふっ、ふ、あっ、ありがとっ……」
満面の笑顔で瓶を受け取りぐいと一気飲み。すぐに笑いは止まった。そして。
「……息も止まってる――ッ!?」
笑い顔のままで青く固まった鬼の顔を見て兎が叫んだ。一体何をと師匠に問えば、鰯の頭を手にしてにこりと答えた。
「これをすり潰して、豆乳と混ぜたのよ」
鰯の頭も何とやら、と、優しい笑顔を崩さぬ師に兎は、目を合わせぬ様にして、体には良さそうですよね、とだけ応えた。
◆
藤原妹紅、零点。蓬莱山輝夜、一点。
「最終関門、例え私は負けたとしても、それでも同点。貴方の方は……ねぇ?」
目を細めて口元を袖で隠して、愉しそうに声をかける。ゲーム開始の前から勝負は既に始まっている。精神的圧力をかけて優位な立場を確保しようとする月の姫。
「さて最終関門ですが、ここは特別スペシャルボーナスポイントとなっており、勝者には一気に六十六兆二千億点が入ります」
「て、ちょっと!?」
まだまだ逆転のチャンスはありますよ、と、声高らかに謳う閻魔に対し、思わずツッコミを入れる。
勿論閻魔には、そんな声に耳を傾けよう等という心算は微塵も無い。
「――まぁ、この手の話では定番中の定番な展開だけど……」
実際にやられてみると、これほど腹立たしいものも滅多には無い。そう、苦虫を噛み潰した様な顔を見せる輝夜の横で、小さく手を握り、よっしゃと呟く蓬莱人。
「さて、この最終関門では、貴方達二人に殴り合いをしてもらいます」
突然物騒な事を言い始めたのは、この難題の担当であるマヨヒガと白玉楼、その内の前者の主である境界の妖怪。
「何のかんのと面倒事やらせておいて、結局はそれか」
ま、判り易くて良いけど。そんな事を言う人間に紫は、話は最後までしっかり聞きなさいと諭す。
「ただの殺し合いじゃあなくて、ちゃんとしたルールがあるの」
そう言って指を鳴らす。瞬間、鳥居の真下と社殿の目の前、ちょうど参道の両端に一つずつ、計二つのスキマ穴が開いた。
「この穴は冥界に通じているわ。参道の上で殴り合って、殴り合って、一方が冥府に叩き落された時点で試合終了よ。
この戦闘に於いては、妖術や武器の類は一切使用禁止。空を飛ぶのも不可。己が肉体のみで相手と闘う事。良いわね?」
随分と制限が多い、と、そう輝夜は不満を口にするが、紫曰く、こうした方法が外の世界に於ける都会的なチャンピオンの決定法との事。
「私は気に入ったわよ。判り易いし、それにこのルールなら、卑怯な手を使える余地も無いだろうからね」
「……やれやれ。これだから下賎な地上人は。野蛮な事この上ないわ」
言いながらも、境内の真ん中、それぞれの背後に積尸気の穴を控え、面と面を合わせて二人は睨み合う。
「それじゃま、適当に始めちゃってー」
まるで気の無い合図の声が上がったのとほぼ同時、両の拳を固く握り締めた少女二人が駆け出した。
「星符!」
遙か上空から人の声が聞こえた気がした。二人は同時に立ち止まり、そうして空を見上げる。
青く澄み切った空に光がさした。あまりの眩しさに目を細める。
「ドラゴンメテオッ!!」
瞬間、天から轟音と共に一本の極太光線が降り注ぎ、地からは無数の星が吹き上げた。
「やれやれ、この手の騒ぎにあんたが駆けつけて来ない訳が無いとは思っていたけど……一体何をやってるのよ?」
溜め息混じりに、空へと向かって巫女が声を投げた。
「閻魔とスキマ妖怪に頼まれてな。仕事の手伝いだぜ。これも善行ってやつだな」
高空に浮かぶ箒の上で、にぃっと白い歯を見せて魔法使いが応えた。
「何が善行よ。どうせ物に釣られたんでしょう」
「失礼な。貰ったのはノート一冊だけだ。つましいもんだろう?」
「……誰に貰ったの」
「サボタージュの泰斗から。丁度良かったぜ。新年になって、日記帳を新しくしようとしていたところだったからな。
ところで霊夢の苗字は博麗だから良いとして、霊夢の霊の字は簡単な方で良かったか?」
後で力ずくででもノートは回収しておこう。幻想郷の平和を守る為そう決意をして、それから視線を地上に戻すと、砲撃は間一髪避けたものの闖入者により勝負を邪魔された二人に、言い忘れたけど、と、紫が補足説明をしているところだった。
「あれも、ゲームの一部だから」
燃え易い性質の蓬莱人は巫山戯るなと食って掛かるが、紫は、この手のゲームでは上から障害物が降ってくると言うのが大昔からの決まりだ、と、嘘とも真とも区別のつかない言葉でかわす。
「て言うか、星符の攻撃判定って下から吹き上げる星の方にあるのだから、『上から障害物』ではない気がするんだけど?」
「因みに参道から外れたら即刻で失格だから。避ける際には気を付けてねぇ」
お姫様の疑問には答えずにさっさと話を切り上げる紫。
「言っとくがな、今のはわざと外してやったんだぜ?」
『これ言ったら負けそうな科白ランキング』の十位以内には確実に入りそうな、そんな科白を言って後、魔法使いは詠唱を開始した。
まるで歌を謳う様。透明な声で紡がれる異国の言葉が空に響く。それと同時に、天からか細い光の柱が一本、降りてきた。
♪魔ぁ理沙を~自機にぃするこぉと~~
それっはっ大事ぃ件~、プレッイ~まで変っわる~♪
「っておい! あいつ何か自分のこと魔理沙とか言いだしてるわよ!? プレイ方法どころかキャラクターが変わってるわよっ!?」
取り乱す妹紅を見ながら、そう言えば昔はあんなだった気がすると、巫女はあまり動揺しない。ただ後々、回収したノートに名前を書く際、理だったか梨だったか、それだけが少し判らなくなりそうではあった。
♪一度にぃたくさ~~んの敵~~、焼っき払うっみたぁいに~~♪
歌が終わる時、それが即ち魔砲が発動される時。「わざと」と言う言葉が本当なら、二発目を避け切れるかどうかは判らない。
それならば速攻で勝負を終わらせると、妹紅が拳を構える。
「ちょっと待ちなさい!」
輝夜が制止の声を上げた。今は一時休戦、二人の力を合わせて魔法使いの一撃を防ごう、と。
「二人してこう、手を握って一緒に防壁でも張れば、あの魔砲にも耐え切れる筈よ」
天空からの光に呼応して大地から吹き上げるのは、百を軽く超える星の嵐。単体で完全に防ぎ切るのは、鬼である萃香ですら不可能。
でも二人なら。そう訴える輝夜から、けれども妹紅は目を逸らして言う。お前の事は信じられない、と。
「こっちを見て、妹紅。私の目を見て!」
いつになく必死な声に、躊躇いながらもゆっくりと視線を動かす。
♪強いっ弾の雨に負~けない~、火力~だけじゃ~~なぁ~いから~~♪
「……あれ?」
こいつ、さっき迄ペンダントなんかつけてただろうか。視界に入った赤い光に、妹紅の思考がほんの僅か、停止した。
「赤石は、太陽光増幅機だった……」
輝夜の声が耳に入ったのとほぼ同時、妹紅の視界が光に包まれ、次の瞬間。
「……ぁ?」
喉に、真っ黒な穴が空いていた。
♪敵の元へ真っ直ぐぅ伸びてゆぅ~きたい~~♪
「おい審判! 今のは輝夜の反則では!?」
「あの赤石はアクセサリー或いはパワーアップアイテムの類であって武器とは言えないし、今のも太陽の光を増幅させてぶつけただけで特別な術は使ってないし……まぁ、ギリギリセーフかしら?」
白沢の抗議に、紫は是という答えを出す。それを受けて白黒つけるのが大好きな是非曲直庁職員に助けを求めるが、この試合は紫に一任しているから、と、審判決定は覆されない。慧音の矛先は、輝夜本人へと向けられる。
ひきょうもの! 白沢は泣いた。正々堂々戦えと叫ぶ。だが、月の姫はそれに嘲笑いで応えた。
「フン! くだらないわねえ~~~~正々堂々の決闘なんてねえ~~~~~~っ。
このカグヤの目的はあくまでも『勝利』! あくまでも『何とかダム』を手に入れること!!
モコウのような正直馬鹿になるつもりもなければロマンチストでもない……どんな手をつかおうが……、………最終的に……。
勝てばよかろうなのだァァァァッ!!」
自身の勝利を確実なものとして昂ぶっている為か、少々おかしな日本語で輝夜が吼えた。
不死の力を手に入れたとは言え妹紅も基本は人間、喉をやられ呼吸が出来なくなれば、最早まともに動く事すら出来ない。
「姫、お早く!」
薬師が叫ぶ。魔法使いから伸びている誘導レーザーは一本。動けなくなった妹紅を囮にすれば、輝夜は容易に星符から逃れられる。
「言われなくてもスタコラサッサよ~~」
にやけた面で妹紅に背を向ける輝夜。
この戦いは既に、輝夜と妹紅の私闘ではない。大勢の見物客を萃めている見世物でもあるのだ。こうした騙まし討ちも、ゲームに意外性を持たせ、面白くする為に必要な事。この方がお客も喜ぶ。
輝夜に、罪悪感は微塵も無かった。
♪恋はきぃっと~魔ぁ砲のエッネルギィー、太ぉく、熱い~感情のひぃかりを♪
「!?」
輝夜の動きが止まった。彼女の細い右手を、妹紅の左手がしっかりと掴んでいた。振り払おうともがくが、喉を潰された人間とは思えない程の強い力で掴まれた腕はどうしても離れない。
驚愕に凍る輝夜の前で、妹紅の口がゆっくりと動いた。既に声は出ない。だが、唇の動きを読む事は出来た。
『二人して手を握って……て、あんた、言ってたでしょ?』
♪咲かせるたぁめ~輝くパッワーを~、魅~魔~様がぁ与えてくれたん~でぇ~す~~♪
「はなしなさい……妹紅ォォ……。
離すのよ、考えなおしなさい妹紅。あなたにも永遠をあげようじゃないの! その傷もなおす……慧音と永遠を生きられるわよ……妹紅!」
間も無く詠唱が終わる。自身の行為が、大金持ち相手に「金は幾らでも!」と命乞いをするのと同様に愚かだとも気付かず、半ば錯乱した頭で、けれど輝夜は必死に呼びかける。だが。
「こ…こいつ。
……死んでいる……!」
♪あぁ~、ゴ~リ~ラ~~♪
「って最後に何でゴリラ~~ッ!?……――」
輝夜の最期の叫びも、スパイラルなスプラッシュのスターに呑み込まれて消えていった。
「カグヤが死んだ! モコウも死んだ!」
白沢がまたもや素っ頓狂な声を上げた。
「この場合、勝敗はどうなるのですか?」
「あの二人なら、愛の奇跡とかそういうものが無くても自力で復活しますからねぇ。ああ因みに、リザレクションは術ではなくて体質という事で可ですわ」
そもそもの仕掛け人である閻魔の質問に対するスキマ妖怪の答は、試合続行。
「師匠、この戦い、どうなるのでしょう……?」
主を心配しているのか、或いは、主が負けた場合に確実にとばっちりを喰う自身の身を心配してか、不安げに訊ねる弟子に永琳は答える。
「耐久力という点で見れば、藤原妹紅の方がはっきりと劣っているわ」
何せ、スペルカード一枚を破られただけで爆発四散する位なのだから。
師の答に嬉しそうな顔を見せる鈴仙。だが、それとは対照的に永琳は、顎に片手を当て、困った表情で呟いた。
「そこが、問題なのよねぇ」
確かに妹紅の耐久力は低い。すぐに死んで、すぐにリザレクションをする。だがそれは言い換えれば、リザレクション慣れしている、という事。復活に要する時間が短い、という事でもあるのだ。
「それじゃあ……」
喜びも束の間、龍星が巻き起こした雪煙を、影のさした顔で見詰める兎。彼女の、師の、白沢の、そして多くの観衆が視線が一点に集まる。やがて、少しずつ晴れていく視界。
そこに映ったのは、一人大地に立つ長い髪の少女。全身をぼろぼろにしながらも、なんとかその両の足で自分を支えている。
「! やった!!」
兎が跳ねた。
立っていたのは、黒い髪の少女。
「……姫?」
異変に気付いたのは永琳だった。輝夜は直立したまま、私がゲームを面白くしてやったのに、などと虚ろな表情で呟いている。
そしてもう一人、少なくとも粉微塵の状態からは回復している筈の妹紅が、影も形も見えない。
「空を見ろ!」
誰かが叫んだ。皆が一斉に空を見上げる。
「星を見ろ!!」
別の誰かが叫んだ。吹き上がった星の最後一つ、それが空の中へと溶ける様に消えていくその後ろに、何かが見えた。何者かが宙を回転している姿が。
「宇宙を見ろ!!!」
また別の誰かが叫んだ。
けれども極一部を除いて流石に宇宙は見えないので、とりあえず皆は天空に向かって目を凝らした。
そして彼女等は見た。
「凱っ! 風っ!! 快っ!!! 晴っ!!!!」
彼方から迫り来る赤い火を。
「フゥジヤマッッヴォォォルケイノォォ――――ッッ!!」
全身を炎に包まれた人間が、いつものハンドポケットの少女が、猛烈なスピードで地上へと降って来る。輝夜に向けて飛んで来る。
「姫っ!!」
永琳が叫んだ。鈴仙は思わず目を閉じた。
妹紅の両足が、輝夜の顔面にめり込んでいた。
「WRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!」
攻撃はまだ終わっていない。地に落ちる事も無くハンドポケットの体勢のまま、両の足を疾風の如き超高速で交互に叩き込む。
「ああ、あの技は! あれをこの国で目にしようとはっ!!」
「なにィ!」
「知っているの、美鈴!!」
突然大声を上げた門番。メイドやお嬢様もつられて叫ぶ。
「はい! あれこそは清の英雄、黄飛鴻が必殺技、あまりの神速に蹴り脚の影が地に映らぬと言われたその名も無影脚!!
伝説とまで云われたこの技の使い手が、まさかこんな所に居るだなんて……恐るべきは藤原妹紅ッ!!」
いつかは弾幕抜きで手合わせしてみたい。武術家としての血が騒ぐのか、力強く手を打ち鳴らした美鈴の口から小さな笑い声が漏れた。
「……ったく、空気読みなさいよね」
「今の流れで真面目な解説をされてもねぇ――」
メイドとお嬢様はご不満だった。
「……タイミングを逃した」
民明書房と書かれた分厚い本を手に、舌を鳴らす魔女。門番の未来はどうにも明るくない。
「無駄ァアアアアア!」
「ヤッダーバァアァァァァアアアアア!」
紅魔館の複雑な上下関係をよそに止めの一撃を叩き込む妹紅。哀れ、輝夜の体はきりもみ回転をしながら冥府へと落ちていった。
「愚かな輝夜。冥界への穴を前にした戦闘では、悪辣な手を使った奴が負けるって、そう昔から決まっているというのに……」
戦いに勝利したというのに、どこか寂しげに妹紅は言った。
「勝者、蓬莱山輝夜!」
「ってオイちょっと待てぇ!?」
紫が宣言したのは、冥界へと落とされた筈の少女の名。
「あっ。あれか? 若しかして反則がどうとか?
だったら違うわよ。高空まで上ったのは吹き上がる星を利用したんであって空を飛んだ訳ではないし、炎に関しても、ほらあれよ、一握りの灰から身体が復活する際の演出と言うかお約束みたいなもんで術とは違うし、フジヤマもスペルを使ったのではなくて自分の身体能力のみで――」
妹紅の弁解に、そんな事を言っているのではない、と、紫は首を横にする。ならば何故か。妹紅は迫った。
「私、一方が冥府に叩き落された時点で勝負終了、としか言ってない筈だけど」
それってまさか。妹紅の顔が真っ青になる。
「相手を冥府に叩き落した方が勝ち、とは一言も言ってないわよ?」
真っ青から、次第に真赤へと移り変わっていく蓬莱人の顔。
「今の試合を単なる闘争と思っていたの? これはね、貴方達の心を試したものだったのよ。
自身の勝利にのみ目が眩んで情け容赦なく相手を彼岸送りにする。そんな自己中心的な者を勝者と認める訳にはいかないわ」
一見、至極真っ当にも思える紫の判定。楽園の最高裁判長も、見事な大岡裁き、流石は妖怪の賢者と唸る。
「おいおいちょっと!? 反則ギリギリの手段で騙まし討ちかましてくれた奴が自己中心的では無いと――」
「あっはっはっはっ! 愚かなり藤原妹紅!」
いつの間にやら復活したのか、お姫様の高笑いが妹紅の言葉を遮った。
「私は初めから全てを知っていたわ! それで、わざと負けたのよ!」
「嘘つけ! 畑にすてられカビがはえてハエもたからないカボチャみたいにくさりきった手段を使ってまで勝ちを取りにきてたじゃないっ!!」
「わめくがいいわ! ほざくがいいわ! ののしるがいいわ……。ゲームに負けたあなたにできる事はそれぐらいだからねえ……。
それとも、お友達の白沢に泣きついてみる? 歴史を変えて無かった事にしてくれ、って」
「誰がするか!」
「あなたの次のセリフは『うわ~ん慧音ぇ! 歴史を弄って“MAC健在! 円盤は別に生物というわけでもなかった!”に変えてよぉう~~』という!」
「言わないわよ! つーか何その訳の判らないお願い事!?」
「モコ~はそこまで来て~いるぅ、モコ~は怒りに燃~え~て~る♪
赤~い炎をまと~ってぇ、やが~てあらわれる~♪」
「黙れこの月星人! 略して星人!!」
叫びと共に、妹紅の背中に不死の翼が燃えて、周囲には嵐たちまち起こる。
きゃー、と楽しそうに笑いながら輝夜は、従者達の元へと逃げ帰ってきた。
「イナバ、頑張って~!」
「え! 私? 私ですか!?」
姫や師匠と出かけるという時点で、厄介事に巻き込まれる覚悟はしていた。だが、まさかここまで本気で命が危うい事態になるとは。助けを求めて鈴仙は永琳を見る。
「大丈夫よウゴンゲ。
貴方は実は“M”uch “E”xtreme “T”echnology of “E”irin Yagokoro “OR”igin(八意永琳起源の超絶技術)通称メテオールによって産み出されたマケット怪獣だから」
「何いきなり勝手な設定を捏造してるんですか!! って言うか今すごくナチュラルに名前を間違えられた~~ッ!?」
「ああ、ほら。『ウゴンゲ』の方が何か、怪獣っぽい名前かなぁ、と」
「誰が怪獣ですか誰が!?」
「貴方って、地上人の間では妖獣扱いされてる訳だし。妖獣も怪獣もあやしい獣という点で大した違いはないでしょ?」
「あやしい言わないで下さい! ってか例え本当に怪獣だとしても、あの人間には勝てませんて! 姫と互角に殺り合う化け物ですよ!!」
「安心なさいウゴンゲ。誰も貴方に勝利なんて期待していないから。貴方はコミカルな仕草で笑いを誘いつつ、とりあえずの時間稼ぎをしてくれた後は消えて無くなってくれて良いから。それで観客も大満足」
「何か凄い酷いこと言われた!?」
「と言う訳で行きなさい、満月超獣ルナティックス!!」
「名前がまた変わってる上に既に怪獣ですらない~~ッ!?」
普段は優しすぎて逆に怖がられるくらい善人なくせに、姫の事となるとネジの十本や二十本は軽く吹き飛ぶ、そんな師匠に助けを求めた事を後悔する鈴仙。てゐは今回は留守番、と言うか例え居たとしても話をややこしくされるだけなのは間違い無い訳だしと、いつも通りの事だがあっと言う間に八方塞に陥る月の兎。このままでは怒り狂った蓬莱人に、火山へと投げ込まれて爆死する羽目にもなりかねない。
「先ずはお前が相手?」
其処をどかないと皮を引ん剥いて焼き鳥にして喰ってやる。物騒な事を言う人間を前にして、どけるものならすぐにでもどきたいけれど、と、赤い目を更に真赤に腫らして叫ぶ兎。
「落ち着け、妹紅!」
蓬莱人を止めたのは、友人である白沢であった。
「その兎は、今の勝負とは無関係だろう!」
「止めないで慧音。誰であろうと、輝夜がよこす敵は、この手で叩き伏せる!」
「それが、モコの使命!? それがモコウの願い!?」
怒りに燃える妹紅に、慧音の言葉は届かない。
片手を振り上げる蓬莱人。それと同時に、境内の至る所で突然嵐が巻き起こり、突然炎が吹き上がり、見物に来ていた妖精や下位の妖怪達が泣き叫びながら逃げ惑う地獄絵図。楽しかった筈の何かが終わりを告げる時。
熱風吹き荒れるその中で、しかし慧音は諦めなかった。今は、誰かが立たねばならぬ時。誰かが行かねばならぬ時。
「あんな巫山戯た勝負、納得がいかないのは判る。だがここは抑えろ!
賭けの品にしたって、どうせあぶくで得た、それもゴミみたいな物じゃないか! 輝夜に渡してしまっても構わないだろう!」
「あいつが珍しい珍しいって言うから、何だか私も欲しくなった! 渡したくなくなった!!」
「いい加減、子供みたいな事を言うのは止めろ、妹紅! 周りが見えないのか!?」
その言葉に、はっと目を見開く妹紅。今泣いている力無き者達。彼女達は、ただただ面白そうな事があるらしいからと、それだけの理由で神社へとやって来た者達。まさか、こんな事態になるとは思っていなかっただろう。
楽しそうに笑っていた、彼女達の平和な笑顔を思い出す。彼女達にもある筈の、そして今まさに失われようとしている未来を思う。
「今この平和を壊しちゃいけない! 皆の未来を壊しちゃいけない!」
慧音の魂の叫びを前に、炎の嵐が弱まっていく。
「牛の瞳が輝いて~~♪」
「誰が牛だ誰が!? ネクストか? ネクストヒストリーの事かあああ!!??」
やっと嵐が止んだと思ったら、能天気な姫君の歌い声が今度は暗雲立ち込め雷鳴が轟く事態を引き起こした。
「ちょ、落ちついてよ慧音!」
鼻息も荒く、一千万パワーで輝夜へと突進しようとする白沢を、何とか抑える妹紅。
「えぇい離せ妹紅! あんな事を言われて引き下がるなんて、そんな軟弱な真似が出来るかァ――ッ!」
「大人になって! 退くのも勇気よ、慧音!?
誰もが勇気を忘れちゃいけない! 優しい心も忘れちゃいけない!」
◆
阿呆、阿呆と繰り返しながら、オレンジの空を鴉が横切った。
その遙か下、大の字になって倒れている二人の人間、妹紅と慧音。
正気に戻った時にはあちらこちらを滅茶苦茶にしていた慧音は、真っ青になって自ら境内の掃除を申し出た。妹紅も、自分にも責任はある、と、友人の手伝いをしていた。
他の観衆はと言うと、何もせずにさっさと帰ってしまっていた。幽々子のみは「神社に残ろう」と言ったのだが、その理由が、自分にも何か面白い事をさせて、と、そういう事であったため、霊夢によって追い払われていた。
「ご苦労様」
お茶の入った湯呑みを三つ、盆に載せて巫女が二人の元に歩いてきた。熱いから気を付けて、と、差し出された湯呑みを、礼を言って受け取る妹紅と慧音。
「にしてもまぁ、ご愁傷様ねぇ」
二人の傍に腰を下ろし、巫女が言った。件の不可思議な箱は、結局勝者である輝夜の手に渡ってしまっていた。
「何だか珍しい物ではあったみたいだけど、まぁ、もとはと言えばあんたの物って訳でも無いんだし。あんまり落ち込まないで」
黙々とお茶をすする妹紅に慰めの言葉をかける。湯呑み一杯を空にしてから、妹紅は巫女に向かって大丈夫、落ち込んではない、と返した。
「あれ、贋作だしね」
「「……はぃ?」」
慧音と霊夢が、揃って奇妙な声を出した。そんな二人を見て、悪戯っぽい笑みを浮かべる妹紅。
「輝夜の奴、あれの事をフリーダムだか弓ヶ谷ダムだとか、兎に角、何とかダムって言ってたけどさ」
勝負の前、珍しい珍しいと騒いでいた輝夜の前、件の箱を見ていた時に妹紅は気付いた。書かれている文字が「ダム」ではなく「ガル」であった事を。「スーツ」ではなく「フォース」であった事を。
「随分と汚れていて、文字の判別がしづらかったからねぇ。あの阿呆、気付かずに持って帰っちゃった」
今頃家でどんな顔をしているか。そう言って楽しそうに笑う妹紅。
「それじゃあ、勝負の後、あれだけ荒れてたのは……?」
呆気に取られた顔の慧音が訊ねてきた。
「ゲームに負けたこと自体は悔しかったから、ある程度は本気も入ってたけど……。
とは言え、まぁ、実質的な戦闘には勝ってた訳だし、そうねぇ、本気二割、芝居八割ってところかしら?
輝夜の奴、性格が捻じ曲がってる上に一緒に永琳も居たから、あんまり簡単素直に渡してもそれはそれで怪しまれただろうし、って事で」
若し本気十割だったら、木っ端な妖怪妖精なんか一瞬で蒸発していた。
そんな事をさらりと言い放つ友人を前に、慧音は頭を抱え、やれやれまったく、と、大きな溜め息を吐いた。
そんな二人を見て霊夢は、暗くなっていく空を見上げて一人、呟いたのだった。
「て言うかこの話、題名からして私が主役じゃなかったの?」
おあとがよろしいような、よろしくないような。
書いている話の小ネタとかぶっているものがけっこうあるッ それにぼくが
作品を完成させて投稿してもこの作品ほど笑えないような気がするエンマー
ゴッ!だがわたしは謝らない。久しぶりに大根大蛇の神髄をみて満足してい
るからだ。しかし咲夜さんが連想した方の人は誰だったんだろう?ヤマザナ
ドゥ映姫のテーマはマジはまってて吹きまくりますた。何より久々に妹紅と
輝夜のおバカなやりとりが見られて嬉しかったです。ガンガル(笑)
歌詞ネタってすんげぇ好きです。
ウルトラなネタがところどころで笑いまくってたのに
>「カグヤが死んだ! モコウも死んだ!」
のネタの辺りからすさまじい笑いのラッシュがw
爆笑しちまったぜコノヤロウwww
リグルの眷属は一体どこでガンガルのプラモなんて見つけてきたのかだけが気になります。
ガンガルときましたか。・・・・・・
あいかわらずツボ突きまくりで、お腹がベムスターになるかと思いました。
80今月登場でタイムリーですね。ジョジョネタもしっかり混ぜ込んであって
ご馳走様でした。