「うつろはて しはし信太の 森をみよ
かへりもそすろ 葛のうら風」
-知らず、歌を口ずさんでいた。
「…藍様?」
背中を撫ぜられるままに動いていた黒猫の長い尻尾が、訝しむ様に小さく傾げる。
「お唄?」
「-ああ。
これは我等妖狐が人と育んだ一つの物語を、後世の人が唄ったものだね」
「どんなお話なの?」
好奇に溢れた真っ直ぐな視線を向けられて、ついはぐらかすように小さく微笑んだ。
「…どこにでもあるような話だよ。
我が眷属が人と恋に落ち、我が神宇迦之御魂神への臣従を忘れてまでいっしょになるんだ。
結局は己の業を隠し通せず別れる事になるんだが、別れ際愛し子の事がどうしても諦められずに
我が子の寝顔を見つめ滔々と己の宿業を嘆き唄う。…そんな話さ。」
黒猫の、己が名に恥じぬ朗らかな顔に、たちまち真逆の影が差す。
「かなしいお話…」
素直な心。年輪を経ていない、純粋で真っ直ぐな心の動き。
「…そうかもしれないね」
だがそれでは足りないのだ。
再度の曖昧な微笑み。
黒猫も私のうかない顔に気づいたのか、怪訝な表情を浮かべると顔を上げた。
「違うの?」
「…それは私も哀しい筋立てだとは思うよ」
もう一度、今度はもう少し感情を込めて笑う。
…それは無論喜びとは別の感情。
「-だけどね、橙。
私はこの話がなによりも憎かった」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「…憎い?」
「そう。…憎い」
私の声に何かを感じたのか、膝の上の背がびくりと縮まった。
黒猫が、おびえるような上目遣いで私を見つめる。
「…それは、どうして?」
震える声。
とりなすように、背をなぜる手を再び動かした。
「さあ、それは…」
黒猫から視線を切る。
この子には解るまい。
扇子を以って槍と成す。枯山水を以って瑞成す自然と成す。
それは槍を緑を、見立ての先を己が身で味わっていてこそ、はじめて意味を成すものだ。
だからこそ、
「…どうしてだろうね」
この子はそれでいい。
信太妻の見立てなぞ、この子は解らなくていいのだ。
三たび微笑む。
…今度は自然に笑えた。
§
【信太妻の心】
§
その日、顕界が春を取り戻した。
四季の暦を蔑ろに咲き誇った冬がついに過ぎた。
幻想郷中の桜という桜が刹那猛烈に咲き乱れ、瞬く間に霞と散って行く。
…そんな幻想的な光景の一部始終を、黒猫の体温を腕に感じながら、ずっと眺めていた。
「つまり西行寺は、またもや西に向かった」
軽く頭をなぜながら、黒猫が寝付いた事を確認する。
それ自体は、とても正しい事だと言える。
西行とは補陀洛へ至る海の道の事である。
かつて土佐で、熊野で、西への海を渡った幾千の聖(ひじり)達がいた。
西へ。
ただひとつ帆を張り、櫂もなく、僅かな水と食料を抱え、篭る室(むろ)には外から全て釘を打ちつける。
「…その無意なぞ、とうに知悉していただろうに」
漏れた言葉は、聖と西行寺、いずれへの言葉か。
いずれにせよ、船は出続けた。
幾人がかの地へ至ったろう。
そして、幾千が志半ばに海の藻屑と消えただろうか。
いつしか西は色濃く死の影を宿し、
…西行は死の概念そのものとなった。
我々は妖である。
妖は概念としての存在である以上、言霊には逆えない。
つまり西行寺は、己が西行寺である為に、必ず死ななければならない。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
頬に触れる感触に、顔を上げる。
散り行く桜の白抜けた花びらが、まるで雪と見紛うばかりに、頬を髪をなぜながら降っていた。
積もりはしない。
暦はすでに春をも過ぎているのだ。
春の桜は、春の死とともに消えて失せる。
…そんな所まで、春の雪に似ていた。
「…あるべき姿。」
桜は散る。
補陀洛へはたどり着かない。
春の雪は積もる端から溶けて消える。
そして西行寺は、幾度でも、死な、ねば、なら、ない-
「…っ!」
-何故、かの者達が、己が死を賭してまで、そんなものと対決せねばならんのだ!
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
知らず手を握りつぶしていた。
死を想う歌聖。
その末裔にして、祖の慕霊の桜を封じた娘。
文字通り己の全てをかけて、何かに殉じた者達。
声にならない声を張り上げる。
虚空に手を突き出した。
雪片をこの手で摑んだ。溶けた。
摑んだ。
溶けた。
憤りをぶつける様に、ただ消え失せるものを摑み続けた。
やがて降りしきる雪をすら世界は奪っていく。
何もなかったかのように。
全てはあるべき姿へと…
静かに立ち上がった。
「くそくらえだ」
くそくらえ。
哂(わら)って繰り返す。
巫女らの行いは正しいのだろう。
巫女とは穢れ、即ち自然の摂理、システムの体現に他ならない。
己の名に背き摂理と対決したものがいた。
だからそれを正した。
それだけの事。何がおかしいわけでもない。
…ただ、そのシステムから、人の心と言うものがすっぽり欠落していただけ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「…なら、知らしめてやらないと、な」
己が相対したものが、叩き潰したものが、一体どういうものだったのか。
何を想い、何を戦い、そして自分を倒しめるものに何を託したか。
成すべくを成すと言う意味、
…その業を。
これは単なる私怨だ。
それも謂れの無い、まったく益体の無い子供の喧嘩に過ぎない。
だが知った事か。
竜神は我と我が主を許さないかもしれない。
我が立ったところで、巫女に勝つ事もない。
それは、例え我が主であっても。
そんな事、構うものか。
「目を覚ましゃいの童子丸 なんぼ頑是がなきとても 母が言うなら良くぞ聞け そちを生みなすこの母が
人間かいと思うかえ 真は信太に住処成す 再び花咲く蘭菊の 千年近き狐ぞえ…」
信太妻、それは我ら眷属の永遠の汚点にして勲章。
我らはまつろわぬ山の狗にして陰。
姿を知らしめてはならないし、知らしめた以上、世に広まる前に子を取って食わねばならない。
だからこそ、己の矜持を捨て、子に名を与え姿を知らしめた我が同胞は、限りなく愚かで、誇らしい。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
システムは例外を許さない。その後、かの妖狐は霞と消えただろう。
だが、それがどうしたと言うのだ。
心に殉じ得ない苦痛に比べれば、そんなもの-
「…あるいは、お前達もそうだったのやもしれないな」
そっと手をかざす。微かに、微かに、世に逆らう力を加えていく。
「…西行寺」
手に顕れるのは、顕界にあるはずのない、季節はずれで、墨色に染まった、雪。
小さく哂う。
「…あまり我らを甘く見ない事だ」
死を賭して心に殉じたる我が同胞は、名を葛の葉と言う。
生んだ愛し子の名は、安部の童子。
子は、後に晴明と名を変える事になる。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「…らん…さま…?」
力が過ぎたか、黒猫がむずがった。
起こさないように、そっと髪をなぜる。
いつかこの子にも、判る時が来てしまうのだろうか。
信太妻、この話の根源にある一つの絶対律。
怪異は、人と共存できない。
それはいつか人の世が広まる事で、全ての不思議が打ち滅ぶ事を知らしめた、逃れようのない終着点。
そのとき私は、その正しさを、しかしそれを打ち破ろうとする今この時の我等の想いと言うものを、
どうやったらこの子に伝えられるのだろうか。
柔らかい漆黒の髪を、そっとなぜ続ける。
「…だが、いつかは」
いつかは、伝えてあげたい。
伝えて、同じ地平を歩きたい。
葛の葉のように。
我と我が主のように。
我が主が死を賭して生んだ、人と妖が共に歩むこの幻想郷のように。
だって、お前は私の…
微笑みながら、手のひらから出ずる刹那の雪景色を楽しんだ。
-さあ、行こう。
我ら陰陽の礎、後に土御門を名ざすだけのその業を、存分にその目に焼き付けるがいい。
§
「藍殿、あなたが冥府を訪れると言う話は聞いておりませんでした。」
「…そうだったかな?」
「ええ。
紫様の使いとの事ですが、今日は一体何用です。
幽々子様がお願いしていた冥府の境の修繕も、まだできていない様に見受けられますが」
「残念ながら紫様はまだ就寝中だ。もう暫く修繕はできないよ。
…それに今日来たのは別件でね」
「別件、ですか?」
「…宣言しよう。
橙。
善鬼、護鬼の式を与える。存分に暴れるがいい」
「-藍殿!? …おのれ、一体何を考えている!」
「っははははは!
さあさ、どうした?自慢の剣技を見せてみろ!」
「ばかな事を!
紫様の使いともあろう方に、そのような無礼が-」
「できないか?
ならば疾(と)く失せるがいい!失せて呼び出せ、-博霊を!」
「…くっ!」
「ははははは!そうだ行け!尻尾を巻いて逃げ出してしまえ!
-さあ、遠からんものは音に聞け、近からん者は目にも見よ!
我こそはかの方の式、また式にして神代より出づる九尾の狐なり!
我が約定は方位、易占。何よりも凶兆をこそ知らしめるが我が本質と知るが良い!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
既に桜は散り失せた。世は全て事もなし。
-だが人よ、心せよ。
桜が散るに風は必定。
今宵は、きっと風が吹く。
強く、激しく吹き荒ぶ。
【了】
かへりもそすろ 葛のうら風」
-知らず、歌を口ずさんでいた。
「…藍様?」
背中を撫ぜられるままに動いていた黒猫の長い尻尾が、訝しむ様に小さく傾げる。
「お唄?」
「-ああ。
これは我等妖狐が人と育んだ一つの物語を、後世の人が唄ったものだね」
「どんなお話なの?」
好奇に溢れた真っ直ぐな視線を向けられて、ついはぐらかすように小さく微笑んだ。
「…どこにでもあるような話だよ。
我が眷属が人と恋に落ち、我が神宇迦之御魂神への臣従を忘れてまでいっしょになるんだ。
結局は己の業を隠し通せず別れる事になるんだが、別れ際愛し子の事がどうしても諦められずに
我が子の寝顔を見つめ滔々と己の宿業を嘆き唄う。…そんな話さ。」
黒猫の、己が名に恥じぬ朗らかな顔に、たちまち真逆の影が差す。
「かなしいお話…」
素直な心。年輪を経ていない、純粋で真っ直ぐな心の動き。
「…そうかもしれないね」
だがそれでは足りないのだ。
再度の曖昧な微笑み。
黒猫も私のうかない顔に気づいたのか、怪訝な表情を浮かべると顔を上げた。
「違うの?」
「…それは私も哀しい筋立てだとは思うよ」
もう一度、今度はもう少し感情を込めて笑う。
…それは無論喜びとは別の感情。
「-だけどね、橙。
私はこの話がなによりも憎かった」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「…憎い?」
「そう。…憎い」
私の声に何かを感じたのか、膝の上の背がびくりと縮まった。
黒猫が、おびえるような上目遣いで私を見つめる。
「…それは、どうして?」
震える声。
とりなすように、背をなぜる手を再び動かした。
「さあ、それは…」
黒猫から視線を切る。
この子には解るまい。
扇子を以って槍と成す。枯山水を以って瑞成す自然と成す。
それは槍を緑を、見立ての先を己が身で味わっていてこそ、はじめて意味を成すものだ。
だからこそ、
「…どうしてだろうね」
この子はそれでいい。
信太妻の見立てなぞ、この子は解らなくていいのだ。
三たび微笑む。
…今度は自然に笑えた。
§
【信太妻の心】
§
その日、顕界が春を取り戻した。
四季の暦を蔑ろに咲き誇った冬がついに過ぎた。
幻想郷中の桜という桜が刹那猛烈に咲き乱れ、瞬く間に霞と散って行く。
…そんな幻想的な光景の一部始終を、黒猫の体温を腕に感じながら、ずっと眺めていた。
「つまり西行寺は、またもや西に向かった」
軽く頭をなぜながら、黒猫が寝付いた事を確認する。
それ自体は、とても正しい事だと言える。
西行とは補陀洛へ至る海の道の事である。
かつて土佐で、熊野で、西への海を渡った幾千の聖(ひじり)達がいた。
西へ。
ただひとつ帆を張り、櫂もなく、僅かな水と食料を抱え、篭る室(むろ)には外から全て釘を打ちつける。
「…その無意なぞ、とうに知悉していただろうに」
漏れた言葉は、聖と西行寺、いずれへの言葉か。
いずれにせよ、船は出続けた。
幾人がかの地へ至ったろう。
そして、幾千が志半ばに海の藻屑と消えただろうか。
いつしか西は色濃く死の影を宿し、
…西行は死の概念そのものとなった。
我々は妖である。
妖は概念としての存在である以上、言霊には逆えない。
つまり西行寺は、己が西行寺である為に、必ず死ななければならない。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
頬に触れる感触に、顔を上げる。
散り行く桜の白抜けた花びらが、まるで雪と見紛うばかりに、頬を髪をなぜながら降っていた。
積もりはしない。
暦はすでに春をも過ぎているのだ。
春の桜は、春の死とともに消えて失せる。
…そんな所まで、春の雪に似ていた。
「…あるべき姿。」
桜は散る。
補陀洛へはたどり着かない。
春の雪は積もる端から溶けて消える。
そして西行寺は、幾度でも、死な、ねば、なら、ない-
「…っ!」
-何故、かの者達が、己が死を賭してまで、そんなものと対決せねばならんのだ!
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
知らず手を握りつぶしていた。
死を想う歌聖。
その末裔にして、祖の慕霊の桜を封じた娘。
文字通り己の全てをかけて、何かに殉じた者達。
声にならない声を張り上げる。
虚空に手を突き出した。
雪片をこの手で摑んだ。溶けた。
摑んだ。
溶けた。
憤りをぶつける様に、ただ消え失せるものを摑み続けた。
やがて降りしきる雪をすら世界は奪っていく。
何もなかったかのように。
全てはあるべき姿へと…
静かに立ち上がった。
「くそくらえだ」
くそくらえ。
哂(わら)って繰り返す。
巫女らの行いは正しいのだろう。
巫女とは穢れ、即ち自然の摂理、システムの体現に他ならない。
己の名に背き摂理と対決したものがいた。
だからそれを正した。
それだけの事。何がおかしいわけでもない。
…ただ、そのシステムから、人の心と言うものがすっぽり欠落していただけ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「…なら、知らしめてやらないと、な」
己が相対したものが、叩き潰したものが、一体どういうものだったのか。
何を想い、何を戦い、そして自分を倒しめるものに何を託したか。
成すべくを成すと言う意味、
…その業を。
これは単なる私怨だ。
それも謂れの無い、まったく益体の無い子供の喧嘩に過ぎない。
だが知った事か。
竜神は我と我が主を許さないかもしれない。
我が立ったところで、巫女に勝つ事もない。
それは、例え我が主であっても。
そんな事、構うものか。
「目を覚ましゃいの童子丸 なんぼ頑是がなきとても 母が言うなら良くぞ聞け そちを生みなすこの母が
人間かいと思うかえ 真は信太に住処成す 再び花咲く蘭菊の 千年近き狐ぞえ…」
信太妻、それは我ら眷属の永遠の汚点にして勲章。
我らはまつろわぬ山の狗にして陰。
姿を知らしめてはならないし、知らしめた以上、世に広まる前に子を取って食わねばならない。
だからこそ、己の矜持を捨て、子に名を与え姿を知らしめた我が同胞は、限りなく愚かで、誇らしい。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
システムは例外を許さない。その後、かの妖狐は霞と消えただろう。
だが、それがどうしたと言うのだ。
心に殉じ得ない苦痛に比べれば、そんなもの-
「…あるいは、お前達もそうだったのやもしれないな」
そっと手をかざす。微かに、微かに、世に逆らう力を加えていく。
「…西行寺」
手に顕れるのは、顕界にあるはずのない、季節はずれで、墨色に染まった、雪。
小さく哂う。
「…あまり我らを甘く見ない事だ」
死を賭して心に殉じたる我が同胞は、名を葛の葉と言う。
生んだ愛し子の名は、安部の童子。
子は、後に晴明と名を変える事になる。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「…らん…さま…?」
力が過ぎたか、黒猫がむずがった。
起こさないように、そっと髪をなぜる。
いつかこの子にも、判る時が来てしまうのだろうか。
信太妻、この話の根源にある一つの絶対律。
怪異は、人と共存できない。
それはいつか人の世が広まる事で、全ての不思議が打ち滅ぶ事を知らしめた、逃れようのない終着点。
そのとき私は、その正しさを、しかしそれを打ち破ろうとする今この時の我等の想いと言うものを、
どうやったらこの子に伝えられるのだろうか。
柔らかい漆黒の髪を、そっとなぜ続ける。
「…だが、いつかは」
いつかは、伝えてあげたい。
伝えて、同じ地平を歩きたい。
葛の葉のように。
我と我が主のように。
我が主が死を賭して生んだ、人と妖が共に歩むこの幻想郷のように。
だって、お前は私の…
微笑みながら、手のひらから出ずる刹那の雪景色を楽しんだ。
-さあ、行こう。
我ら陰陽の礎、後に土御門を名ざすだけのその業を、存分にその目に焼き付けるがいい。
§
「藍殿、あなたが冥府を訪れると言う話は聞いておりませんでした。」
「…そうだったかな?」
「ええ。
紫様の使いとの事ですが、今日は一体何用です。
幽々子様がお願いしていた冥府の境の修繕も、まだできていない様に見受けられますが」
「残念ながら紫様はまだ就寝中だ。もう暫く修繕はできないよ。
…それに今日来たのは別件でね」
「別件、ですか?」
「…宣言しよう。
橙。
善鬼、護鬼の式を与える。存分に暴れるがいい」
「-藍殿!? …おのれ、一体何を考えている!」
「っははははは!
さあさ、どうした?自慢の剣技を見せてみろ!」
「ばかな事を!
紫様の使いともあろう方に、そのような無礼が-」
「できないか?
ならば疾(と)く失せるがいい!失せて呼び出せ、-博霊を!」
「…くっ!」
「ははははは!そうだ行け!尻尾を巻いて逃げ出してしまえ!
-さあ、遠からんものは音に聞け、近からん者は目にも見よ!
我こそはかの方の式、また式にして神代より出づる九尾の狐なり!
我が約定は方位、易占。何よりも凶兆をこそ知らしめるが我が本質と知るが良い!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
既に桜は散り失せた。世は全て事もなし。
-だが人よ、心せよ。
桜が散るに風は必定。
今宵は、きっと風が吹く。
強く、激しく吹き荒ぶ。
【了】
藍の方が>
ういむしゅー。萩原の頭の中ではにはこの後ファンタズム>ぶんかちょー紫項と繋がるのです。シリアス台無し。
>下線
これマイナス(-)使ってるから気になってしまっているのでは?罫線二つ(──)なら多少使いすぎても気にならないような…