「またメイドを爆破してしまったそうじゃないの」
ノックもなしに分厚い鉄扉を押し開けて入ってきたと思ったら、開口一番これだ。いくら姉妹とは言え、お姉様はもう少しエチケットというものを学ぶべきだと思う。普段から何やかやと口やかましい割に、本当に自分にだけは甘い人だ。人じゃないけど。
「だってあのメイド達、うるさいばっかりでちっとも役に立たないんだもの」
私だって賑やかなのは嫌いじゃないけれど、それにしたってここは私の部屋で、しかも主人筋なんだから、もう少しおとなしくして欲しいものだった。喋ってばっかりで掃除するでもなく、かといって私の相手をするでもなく、質より量にも限度というものがあるだろう。咲夜までとは言わないけれど、まともに仕事のできるメイドはいないのかしら。
「そうだとしても、吹き飛ばす必要は無いでしょう? 全治三日の重症だって言うじゃない」
お姉様はわざとらしくため息をつく。大体私は、メイドが欲しいなんて言った覚えはないんだ。向こうが勝手にやってきて勝手に騒ぐから、こっちも勝手に吹き飛ばした。私は悪くない。
「いい? 主君というのは、絶対的な権力を持っているけど、それは下のものに対して好き放題やっていいということではないのよ。フランもスカーレットの娘なのだから、少しはわきまえなさい」
でた。お姉様の無意味な貴族主義。
カッコつけたいなら別に止めないけど、私を巻き込まないで欲しいと思う。伝統だとかシキタリだとか、面倒なばっかりで一体なんの役に立つのだろう。領地も領民もありゃしないし、霊夢とか魔理沙とか、私が会ったことのある人はみんな貴族なんて鼻で笑い飛ばすようなのばっかりだし。
そうだ、つまりこれは、カッコつけて必要も無いメイドを大量に雇うお姉様の姿勢がそもそもの原因なのだ。したがって私は悪くない。
「不満そうね」
お姉様の視線が少し冷たくなったが、私は悪くないのでそっぽを向く。
「フラン、私は、何もあなたのことが嫌いで言っているのではないのよ。うちのメイドとでも満足に話せないようでは、どうやって館の外に住む人たちと付き合っていくというの」
お姉様は勝手だ。
私が、好きでこんな狭苦しい石室にいるとでも思っているんだろうか。
そりゃ、最近は、館の中ぐらいなら好きに出歩けるようになったけど、たまにお客さんが来る時はいつも、部屋の外に出るなって言われる。
この部屋が嫌いっていうわけじゃないし、別にお客さんに会いたいってわけでもない。でも、その度に、私は外に出すのが恥ずかしい子なのかって思う。そうして一人で毛布をかぶっていると、この部屋が、まるで冷たい牢獄のような気がしてくるのだ。
というか、実際、そうなんだろう。
一方、お姉様は、ここ数年、随分外出が増えた。
詳しいことは知らないけど、何年か前にお姉様があちこちに迷惑をかけた結果霊夢にボコボコにされ――常々思うのだけど、私なんかよりお姉様の方がよっぽどお転婆なんじゃないの?――まあ、そのおかげで私もちょっと知り合いが増えたんだけど、とにかく、お姉様は霊夢が気に入ったみたいで(マゾなのかしら)、後は芋蔓式に交友関係が広がっていって。
なんだか納得がいかない。
ならあちこち行きたいのかって聞かれたらそういうわけでも無いし、友達がたくさん欲しいのかって聞かれたらそういうわけでも無いし……上手く言えないけど、とにかく、納得がいかない。
「いいもん。私はずっとここにいるんだから、コミュニケーション不全でも全然問題ないし」
「フラン」
お姉さまの声が、たしなめるような色を帯びた。
「聞き分けなさい。フランだって外に出たいでしょう? そのためには、もっとレディとしての振る舞いを見につけないと」
段々いらいらしてきた。お姉様はさっきから何がしたいんだろう。なんだかんだ言っても、どうせ私を本当の意味で自由にさせる気なんか無いくせに、妙なことを言わないで欲しい。
そんなことを考えていると、自分でもびっくりするくらいとげとげしい口調が出た。びっくりしたけれど、今の気分にはとてもぴったりな気がして、ちょうどいいと思ったので、それでいらいらを包んでお姉様に投げつける。
「出たくない。直すことなんて無い。そんなつまんない話しかしないんなら、帰ってよ」
「帰らないわ。ここが私の家だもの」
「じゃあ出てってよ。さっきから勝手なことばかり。私が何をしたってお姉様には関係ないわ」
そう、お姉様が何をしたって、私には関係ないように。
「……フラン、いい加減になさい。勝手なことばかり言っているのはフランのほうよ」
突然、お姉様の雰囲気が変わった。
ほら、そうやってすぐに怒る。
忍耐が足りないのはお姉様のほうなんだ。
「じゃあどうするの? 貫く? 燃やす? それとも引き裂く?」
お姉様も、咲夜も、パチュリーも、霊夢も魔理沙も、メイド達も、みいんな私のことなんか分かってない。
なのにみいんな、私に好き勝手なことばっかり言うんだ。
お姉様……あいつは、ずっとドアの前に立っている。ベッドの上の私に、近づこうともしない。
私に触れようとしない。
「……そうして欲しいなら、いくらでもそうしてあげるわ」
あいつはそうやって、いっつも自分が最強だと自惚れている。
馬鹿な奴だ。
私は掌に視線を落とした。いつものように、そこには無数の「目」がうずまいている。もちろん、あいつのも、だ。
それを握りつぶすだけで、誰も彼も簡単にこの世から消してしまえる。
「やってみればいいじゃない。もっともお姉様じゃ、私に触れることもできないでしょうけど?」
私はおかしくて、せせら笑った。
あいつだって、紅魔館そのものだって、みんな私が生かしてあげてるに過ぎないのに。
「フラン、聞き分けの無い子は――」
私の能力は分かっているだろうに、あいつは尊大な態度を崩そうとしない。
どうせできっこないと思っているに違いない。
私を軽く見るのも大概にして欲しい。
「――嫌いよ」
「――っ!」
反射的に、手を握り締める。
ただそれだけで、あいつは、レミリア・スカーレットは、音も無く、完全に、完膚なきまでに、蝙蝠一匹すら残さず、この世から、消えた。
そしてもう誰もいない。
当たり前の話だけど、とても静かになった。
「う……あ?」
なのにどうしてだろう、全然嬉しくない。
消えてしまった。
私が消してしまった。
もう戻らない。
身体に震えが走る。
こんな簡単に消えちゃうなんて。
あんまりにも滑稽じゃない。
「あ……あは、はは」
「何を笑っているの? フラン」
「ひっ!?」
声がして、前を見ると、確かにいなかったはずなのに、確かにいる。
消えたはずなのに。
間違いなく壊れたはずなのに。
あいつは何事も無かったかのように、扉の前に立っている。
「な、なん……で」
「おかしなことを言うのね。私がここにいたら、何かおかしいのかしら」
そう言って、あいつは、一歩、足を踏み出した。
「嫌っ!」
反射的に手を握る。同じように、あいつは、間違いなく、粉々に、木っ端微塵に、ミクロの世界の分子結合に至るまで、壊された。
なのに。
「『嫌』だなんて。傷ついたわ。酷いじゃないの、フラン」
瞬きの後に、あいつは立っていて、また一歩歩みを進める。
掌を見れば、潰したはずの「目」が渦を巻き。
幻じゃない。私の力は、そんなもので騙せるほど幼稚じゃない。
じゃあ、私が消して、でも私の前に立つ、こいつは一体誰?
「嫌だぁっ!」
消える。
戻る。
消える。
戻る。
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!」
消える消える消える消える消える消える消える消える消える消える消える消える消える消える消える消える消える消える消える消える。
戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る戻る。
「なんで、なんで、なんでよぉっ!」
怖い。怖い。怖い。
私が消したのに。
消えたことに、震えたのに。
消えなかったら、もっと怖い。
一歩一歩、あいつが近づいてくる。
歯の根が合わず、壊れたカスタネットのように音を鳴らす。
怖いのに、涙で前がよく見えないのに、それでもあいつから目が離せない。
目を閉じたら、その瞬間に復活しそうで、私は目を閉じられない。
でも、どんなに目を開いていても、ほんの少し気を緩めたり、ほんの少し視線をそらした瞬間に、あいつはまた立っている。近づいてくる。
私はベッドの上で後ずさる。
でも駄目だ、すぐ壁に背が付いてしまった。
逃げようか、でも何処へ? 私はあいつより早く走れない。
助けてもらおうか、でも誰に? この館の人間は皆あいつの味方だ。
私は何処にも行けない!
「もう、フランったら……涙で顔がぐしゃぐしゃじゃない」
何度も何度も何度も壊しているのに、あいつはそんなことを言う。
「どうするの、ねえ、どうするの!?」
たまらずに私が叫ぶと、あいつはぞっとするような薄笑いを浮かべた。
「何をするのって、フラン、あなたが言ったんでしょう? して欲しいことを」
何をするのか。わたしは何を言ったのか。
決まっている。やれるものならやってみろと言ったんだ。
とうとうあいつが、手の届くところまでやってきてしまった。
殺される。私は殺される。
紅い魔槍で串刺しにされる?
紅い魔気で消し炭にされる?
紅い魔手で八裂きにされる?
どんな手段であれ、私はきっと殺される。
あいつの伸ばした手が、私の頬に触れた。
私はついに目を閉じた。
◆
すこぶる重たい鉄扉がきちんと閉まったのを確認すると、私は扉に背を預け、そのまま糸の切れた人形のようにずるずると座り込んだ。
「あぁぁ……疲れたー……」
大きく息を吐く。紅魔館主としては、あってはならない姿勢だが、そんなことはどうでもよくなるくらい、私は疲れていた。
「ちょっと咲夜、どうせいるんでしょ?」
虚空に向かって呼びかけると、その刹那に傍らへと咲夜が出現する。
「はい。しかしお嬢様、その呼び方ですと、まるで私が四六時中お嬢様の私生活を監視しているようではありませんか」
「実際いたじゃないのよ」
「ええ、まあ、お早うからお休みまでお嬢様の暮らしを見守る十六夜咲夜ですので」
「なにそれ……そんなことより、疲労困憊の主を見て、何か言うべきことがあるんじゃないの?」
ふうむ、と咲夜は思案顔で小首をかしげる。そして少しの後ぽんと手を打つと、
「ご飯にいたしますか、それともお風呂にいたしますか」
などとほざいた。
「……じゃあ咲夜で」
「かしこまりました」
「脱ぐなよ」
「えー」
なにその芸風。
最近の咲夜は、ネタなのか天然なのか、何かにつけてこういうことをやり出すから困る。春以来こんな感じだ。閻魔に何を言われたのか知らないが、絶対間違った方向に解釈していると思う。ちょっと前の超ド級シリアスな雰囲気はどこに行った。
「運べって言ってるのよ。もう歩きたくもなければ飛びたくもないから」
「さようですか。では、前と後ろ、どちらがよろしいでしょうか?」
「は? 前?」
突き飛ばすか引きずるか?
「いえ、抱っことおんぶ、どちらにいたしましょうかということですが。直截言うとお嬢様が傷つかれるのではないかと」
余計なお世話である。
「……いや、好きなほうにしたら」
「かしこまりました」
そう言うと咲夜は私の体をひょいと担ぎ上げ、抱っこかと思いきや器用に背中へ回し、おんぶかと思いきや更に上に行って、別な言い方をすると、頚動脈をフトモモで締める形へ持っていった。
「うわー高ーい、って肩車かよ!」
「冗談です」
「あぁぁぁ……もうやだよぅ……」
「お嬢様、駄ミリアになってますよ。元気を出してください。はいカーリッスマッ、カーリッスマッ」
誰のせいだ。そして駄ミリアってなんだよ。あとなんだそのかけ声は。
僅かなセンテンスの中で色々疑問が湧いたが、相手をすると話がちっとも進まないので、一々突っ込むのはやめようと思う。というか主にツッコミをさせるとはいい度胸である。
……なんとなく大図書館の一人と一匹が想起されたが、主としてああはなりたくないと思っていた私は、すぐに忘れることにした。
とりあえず形としてはおんぶで落ち着いた。かつかつと、ヒールが小気味良い音を立てて石畳を打つ。
「時にお嬢様、あれはどういった仕組みだったのでしょう」
「あれって何」
「妹様の破壊から逃れる術はございません。この咲夜とて、かの能力を受ければ、ひとたまりもなく現世からおさらばでしょう。一体どういった種があったのか、と」
なんだ、そんなことか、と思う。
普段誰よりも私と接しているのだから、それくらいは分かって欲しかったが、咲夜はどうも変に鈍いところがあるので、仕方ないかもしれない。
「咲夜。私の『力』とは何か、言ってみなさい」
「愛らしさです」
「……」
「間違えました。運命を操る力です」
「うん、まあ、いいけどね」
やる気が著しく減退した。なんだろう、私が格好よく決めようとするたびにこのメイドは邪魔をしているような気がする。実はこいつはどこかから送り込まれてきた工作員なのではないだろうか。
「あの、ほら、アレよ。フランが『目』を握りつぶしてから実際爆裂する間に、破壊される運命を破壊されない運命に書き換えただけ」
「だけ、と仰いますがねぇ……」
確かに、間といっても、それこそ刹那にも満たない、時間とも言えないような時間だ。一歩間違えれば、そのまま帰ってこれない可能性もあった。だが、失敗しない自信もあった。フランのことは、私が一番よく知っている。
「死生も運命のうちよ。フランの力は無敵かもしれないけど、私には勝てないわ」
「なるほど、ウミウシ界最強の防御力を持つと名高いアカエラミノウミウシも、同族のウミフクロウに割とあっさり食べられてしまうようなものですね」
「……あの、咲夜、あなたひょっとしてって言うか、絶対わざとやってるでしょ?」
「は、あ……? 仰る意味がよく分かりませんが」
背中から首を伸ばしてみる限り、咲夜の横顔には全く邪気の類が見当たらなかったので、本当にただの天然ボケなのかもしれない。もっとも、ポーカーフェイスは咲夜の得意技なので、小指の先程も信用できないのが悲しいところだが。
部下に対する疑念が入道雲のようにわきあがってくる中、それでも歩みは止まらない。
長い廊下だと思う。
「そうそう、もう一つお聞きしてよろしいですか?」
「あーはいはい、もう何でも答えるよ。何を聞きたい? 身長? 体重?」
「なんで急にやさぐれるんですか……そうではなくて、ですね」
大体お嬢様の体重なんてもう知ってるし、と小声で呟くのが聞こえた。
いつ量った。あの時か。あの時より今のほうがちょっと軽いんだぞ。今量れよ。そして認識を修正しろ。
「――どうして、抱きしめられたのです?」
これだ。鈍いにも程というものがあるだろうに。全然瀟洒じゃない。
「教えてくださいよ、お嬢様。咲夜が真面目に聞いているのですから」
私が黙っていると、よほど聞きたいのか、拗ねたような声色でせっついてくる。
私としては、じゃあ今までのは全部真面目じゃなかったんだろうかということが気になっていたが、あまりじらすのも悪かろう。
我ながら心が広いことだ。
「聞いていたんだから気付きなさい。フランはちゃんと言ったわよ。私はそのとおりにしてあげただけ」
「串刺しですか?」
「そうじゃなくてね……私に触れて、って、言ったでしょ」
得心したように、咲夜はうなずいた。
「なるほど」
まだ、石の廊下は終わらない。いくらなんでも、こんなに長かったっけ?
黙っているのも気まずくて、聞かれてもいないのに私は喋りだす。
「私達には、親はないわ」
「はい」
一定の間隔で刻まれるヒールの音が、まるで時計の振り子のように思えた。
咲夜の背中がなんだか妙に温かくて、だから変なことを口走ってしまうのかもしれない。
「私はスカーレット家の当主として、それにふさわしい生き方を心がけてきた。でも、その一方で、家族のつながりは、少しないがしろにしてきたかもしれないわね……雑なつくりの妖怪や妖精どもと違って、フランには、まだ、父の厳しさや母の優しさっていうものが必要だわ」
「あの、まだと仰いますが、妹様、見た目にも年齢的にも、お嬢様とそう変わりは……いえ、なんでもございません」
後ろを向けていても視線の強さは通じるのか、喜ばしいことに咲夜は黙った。
「精神的な話をしているのよ。分かってると思うけど、フランは感情の触れ幅がとても大きいわ。『そう』だったから『こう』なったのか、それとも『こう』したから『そう』なったのか……今となってはどっちだったのかも思い出せないけれど」
好きじゃないなら、嫌い。
いらないなら、壊す。
あの子の中には1と0しかない。現実の世界には、その間に無限の小数があるというのに。
あの子は外には出せない。外にあるのは1と0だけじゃない。
あの子に外は見せられない。今のあの子には、外はあまりにも多様性に満ちている。
でもそれも、あの子にはただの私の意地悪にしか思えないだろう。
「今になってから家族らしいことをしようと思ったけれど。怖がらせただけかもしれない。運命を変えるのも楽じゃないわ」
私はなぜ、こんな弱音を吐いているんだろうか。まるで自分らしくない。新月か? と思ったが、今日は満月だった。
おんぶでよかったかもしれないと思った。こんな顔は従者には見せられない。
「そうでしょうかね」
咲夜が、ポツリと口にした。
「なにが」
「だってお嬢様」
表情は見えないが、薄く笑ったような気配を読み取る。
「フランドール様、あんなに嬉しそうに眠っておられたではありませんか」
泣き疲れたフランは、私の腕の中で眠ってしまった。確かに、その寝顔は、随分と嬉しそうなものだったように思う。欺瞞かも知れないし、単にベッドが心地よかっただけかも知れないが、それが救いと言えばそうなのかもしれなかった。
かつ、かつ、かつ。振り子は揺れ続ける。
いまだ薄暗い廊下に出口は見えない。
きっと、この話が終わるまで出口は見えないのだろう。
大体運ぶだけなら、時を止めれば一瞬で済むのだし、あえてそうしないということは、咲夜が何らかの意思を働かせているほかには考えられない。
本当に主のことを思いやらないメイドだと思う。疲れてるんだっての。
「きっと、ただ寂しいのですよ、お嬢様がどこかに行ってしまいそうで」
ときどきお二人だけの時間を作って、ご歓談されたり、たまに抱きしめて差し上げたり、きっとそれだけで――
言葉には出なかったが、確かに咲夜はそう言った。そう私に伝わったのだから、間違いない。
「なんだか、今日の咲夜は、母親みたいなことを言うな」
「そうですよ。あと十年もすれば、お嬢様くらいの娘がいてもおかしくない母親です。三十年もすればお婆ちゃん。五十年もすれば死にます。お嬢様にはしっかりしていただかないと」
「よく言う」
咲夜はことあるごとに、自分は人間だからすぐ死ぬだの、自分は永遠に死に続ける人間ですだの言うが、怪しいものだ。五十年どころか、百年くらい経っても、平気な顔でメイド服を来てそうである。おおよそその辺の妖怪より、よほど妖怪じみていることだし。
「あ、お嬢様、今とても失礼なことを考えておられますね?」
「そうね」
否定する理由もないので、肯定する。
「……ただ、ね」
「はい」
「似たようなことをやったのは、今回が初めてじゃないわ。その度に、何か変わるかもしれないと思ったけれど、しばらくすると、あの子は忘れてしまう。今回も……しばらくは、良くなるかもしれないけど、きっといつかは元に戻るわ。そういう運命が見える」
私は頬を咲夜の首に押し当てた。皮膚を通じて、血液の脈動が伝わってくる。
咲夜は血と肉を持った人間だ。だから成長し、変化し、老いる(かどうかは疑問の余地があるけど)。
私は永遠に紅い故に変化しない。外見も、きっとこれ以上成長することはないだろう。内面もそうだろう。
そしてフランもそうだろう。
勢いよく流れる血液は、普段ならそれなりに食欲をそそるものだけれど、今日はどうにもそういう気分になれない。
「……駄目だわ。今日は、どうも妙なことばかり言ってしまう」
「たまには良いではありませんか。糸だって引っ張り続ければ切れます。たまにはこうして、部下に愚痴を言う日があっても」
「駄目よ。上の者が下の者を引っ張り上げるより、下の者が上の者を受け止めるほうが難しい。重圧で潰れてしまう」
不敬なことに、咲夜は声を上げて笑った。
「潰れるほどお嬢様は重くありませんよ……それに私なら良いのです。たまったストレスは美鈴にでもぶつけますわ」
「じゃあ門番はどうするの、たまったストレス」
「さぁ。どうにかするんじゃないですか?」
恐るべきパワハラの連鎖。
社会構造の歪みは常に弱者へとその刃を振り下ろすのか。
しかし、あの門番がストレスで胃を痛める光景というのも想像がつかなかった。
ならいいのか。
考えているうちになんだか面倒くさくなってきた。
咲夜が満足するまでこれに付き合わないといけないのだとしたら、私は一体いつになったら休めるのだろう。
「……おや? お嬢様?」
返事がないことをいぶかしんだのか、咲夜が問いかけてくるが、これ幸いと寝入った不利をする。話し相手がいなければ終わるはずだ。
「お休みですか」
よいしょ、とずり落ちかけていた私の位置を直して、そのまましばし歩き続ける。
やがて、囁くように、咲夜は口を開いた。
「変わらないものなんてありませんよ、お嬢様」
「……」
「ここに来て、私は変わったと思います。お気付きでないかもしれませんが、レミリア様もここ数年で変わられましたよ。ですから――」
きっと、フランドール様も。
最後は本当に、集中していなければ聞こえなかったほどの、小さな声。
私は寝た振りを続ける。でも、最初からばれていたような気がする。
一方、ばれていないような気もする。どっちにしても、咲夜はきっと、口にしただろう。
咲夜は、そういうメイドなのだ。
本当に変わるんだろうか。なんにせよ、今日はもう、難しいことは考えたくなかった。
明日は、朝一番で、フランと一緒に、療養中のメイド達に謝りに行く。そう約束したのだ。
寝坊して遅れてしまっては、姉の威厳もへったくれもない。だからもう、早く休みたい。疲れてるのよ。復活するのだって楽じゃないのよ。
かつ、かつ、かつ。目蓋を下ろした暗闇の中、律儀に時を刻んでいた振り子の音が途切れ、代わってドアノブをひねるような音が耳に入る。
何か新しいことが始まったように、私には思えて――
――そうして私は、本当に寝入ってしまった。
騙された!いい意味で!
ウミウシとかさっきゅんとかウミウシとか。
というかやはり紅魔館はいいな
だみりあ、か~りすま、か~りす~~~~ま?
なんというか、流れるような話の運び方が素晴らしいです。
ちりばめられたギャグも、姉妹の心情も見事ですね。
そして咲夜がボケキャラに。
別の話の小悪魔も良いキャラでした。
っていうかそのセンス少し分けてください。
咲夜のボケっぷりがいい味出してる
せっかく鍛えた盾を弾かれてモンスターに当たった時は
人生の悟りを開いた気分になりました
「はいカーリッスマッ、カーリッスマッ」
吹いた
とてもいいお話でした。
な、何ィーッ!?
10代なら20以下+10+30だとしてもまだ還暦前の筈jy(ry
…アイテム倉庫に預けたはずなのに、村から出ないと状態がセーブされないらしいふざけた仕様のせいで、何の咎も無く全部の装備を失うよりましかと時に、人生はワンツーパンチにマウントポジションだと私は悟りました。はい。
この姉妹は元々シリアスな関係なのだろうけど、幻想郷の能天気な空気で変わっていくんでしょうね。
久々に『姉』としてのレミリアを見られた感じで、多謝(礼
>>前と後ろ、どちらがよろしいでしょうか?
……一瞬あらぬ妄想を掻き立てられたのは私だけですかスイマセンOTZ
まるでコントを見ているようで
笑えました。ナイスなボケとツッコミです。
「はいカーリッスマッ、カーリッスマッ」
姉妹愛っていいですね。
シリアスとギャグの混じり方が素晴らしく読後感がすっきりです。GJ!
カーリッスマッ、カーリッスマッ!