Coolier - 新生・東方創想話

吸血鬼とメイド長と13歳少女メイド

2007/01/07 04:40:46
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「咲夜、メイドが欲しいわ」
「いるじゃないですか、見るのも飽きるほど」
「違うのよ。欲しいのはもっと活きが良いの。具体的には13歳くらいの。あえて言うなら13歳少女メイド」
「変なスイッチでも入られましたか?」
 
 その一日はそんな会話から始まった。
 勘違いがないように言えば、別に会話を始めたこの紅魔館の主であるレミリア・スカーレットが頭を打ったとかそういうことではない。
 そもそも頭を打った程度でおかしくなってしまうほど柔でもない。
 至って真面目な会話なのである。少なくとも本人的には。

「良いわね、13歳少女メイド。色々とそそられるわ」
「何をされるつもりなのかはあえてお聞きしませんが――」
「もちろん、性的な意味よ」
「……一応確認を。13歳であることは何か重要なのですか?」
「分かってないわね。13歳であることこそが尤も重要視されるのよ。真黒ですごくきれいなブルネットの子だと尚良いわ―――って、何をしてるの咲夜?」
 
 手を額に当てて熱を測っているらしい咲夜にレミリアは怪訝そうに尋ねる。
 
「いえ、お熱でもおありなのかと思いまして」
「…貴女、少しずつ行動に毒が入るようになってない?」
「気のせいですわ」
 
 何事もなかったようにさらりと返す。
 この程度のことで動揺しているようではこの紅魔館でメイド長などが勤まるはずもない。
 レミリアの我侭など紅魔館では日常茶飯事だぜ。
 
「では、先ほどの件について言わせていただければ、残念ながら現在紅魔館に該当するようにメイドはいません。見た目13歳の吸血鬼なら心当たりがありますが」
「それはこの際どうでも良いわ」
 
 本当にどうでもいいことなのだろうか。
 最近紅茶に入れるミルクの量が上がっているのでは無関係ということだろうか。
 
「…何か言いたそうね?」
「いいえ、気のせいですわ」
「……まぁ、いいわ。ついでに言うと、あなたも13歳ではないしね」
 
 当たり前だ、と咲夜は心の中で返答しておく。
 若く見られて悪いということはないが、さすがに13歳と間違えられるのは嫌だ。
 
「結論から言いますと、諦めてください」
「甘い。A型の血くらい甘いわ」
 
 びしっと咲夜を指差すレミリア。
 A型の血は甘いらしい。
 
「いい、咲夜?良い人材というのは待っているだけでは駄目。時にはこちらから探し出すこともしないと」
「…目的が13歳少女メイドでなければ説得力を感じるのですが」
「それは些細なことよ。重要なのは今私がどうしたいか」
 
 聞く耳持たずといった感じではしゃいでるレミリアを眺めながら咲夜はなんとなく思った。
 もしかして単に外に出る理由が欲しいだけなのだろうか、と。
 
「そもそも今は夜ですが」
「それこそ本当に些細な問題ね。他の奴の睡眠時間なんて知ったことじゃない」
「…そうですね」
 
 他聞に漏れず吸血鬼が最も元気な時間帯は月が良く出ている夜なのである。
 とりあえず今の咲夜に出来ることは巻き込まれる相手に対してほんの少しの同情をすることと、お出かけ用のバスケットを準備をすることだけであった。
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
「おはよう、霊夢」
「おやすみ、レミリア」
 
 ぴしゃりと閉まる戸。その戸を強引に開ける。
 弾幕勝負ならいざ知らず、単純な力比べでは適うはずもない。
 開けてみれば誰がどう見ても不機嫌そうな顔の霊夢がいる。
 
「今はおはようの時間よ。挨拶をされたら返すのは礼儀でしょう?」
「…そりゃあんた等にとってはそうでしょうよ。でも、今は普通の人間なら寝てる時間なのよ」
「難儀なものね。昼でも夜でも外に出でも命には関わらないくせに。まぁ、そんなことはどうでもいいのよ。おはよう、霊夢」
「…おはよう」
 
 結局折れるのは大抵の場合霊夢の方である。
 いつの世も我侭な人間の意見のほうが通りやすいものなのだ。ああ、無常。
 
「で、何の用?どこぞの鬼と違ってまさか宿無しなんてないだろうし」
「13歳少女メイドについて何か知らない?」
「……は?」
 
 その時、確かに時は止まった。
 念のために言っておけば時を操るメイド長がその力を使ったわけではない。
 言葉とは時に簡単に人を止められるものなのである。
 
「…あー、もう一回言って」
「まだ耳が悪くなるような歳じゃないでしょ。13歳少女メイドについて何か知らないかって聞いたのよ」
「知、る、か!!」
 
 盛大な音を立てて戸が閉まる。そして開けられる。
 そりゃあ無理矢理起こされて、しかも用件がわけの分からないことだったら怒りたくもなるだろう。
 また、戸が閉められる。そしてまた開けられる。ループである。
 何度かそれを繰り返す内に折れたのはやはり今度も霊夢の方だった。
 
「…私にどうしろと」
「もともと大して期待もしてないわ。霊夢はそういうのとは無縁だもの」
「…じゃあなんでうちに来るのよ」
「なんとなく」
 
 返答に一秒もかかってない。かつてない程の虚脱感に襲われて霊夢はがくりとなる。
 どうせいっちゅうねん、と声高にして叫びたくなった。
 
「……さっきから一体何なんだ。騒がしいぜ。夜寝れるってレベルじゃないぞ」
「夜はもっと静かにして欲しいわ」
 
 と、奥から姿を現したのは寝巻き姿の魔理沙とこちらは普段通りの服を来たアリス。
 
「誰かと思ったら紅魔館の吸血鬼じゃない」
「そういう貴女は魔法の森の人形師さん。白黒はとにかく貴女がここにいるなんて珍しい」
「…魔理沙に強引に誘われたのよ」
 
 強引にと言いつつも結局断らないのはアリスらしいといえばアリスらしい。
 案外、魔理沙もそれが分かっているから誘っているのかもしれない。
 
「それよりこんな時間に何の用か知らないけど早めに済ませてくれない?作業がちょうど仕上げで集中したいとこなの」
「…13歳少女メイドを探してるらしいわよ」
「……はい?」
 
 再び時が止まる。言葉というのは以下略。
 
「……正気?」
「概ね正気よ。今夜は月が綺麗だからそれに狂わされてる可能性がなくもないけど」
「気になったんだが、13歳少女というのはまぁ何か血の味とか色々変わるかもしれないから良いとしてだ。メイドであるということは重要なのか?」
「愚問ね」
 
 魔理沙の疑問にレミリアはこれ以上ないくらいのはっきりした自信に満ちた声で返してくる。
 
「13年ものの味というのは至福のものよ。あの独特の芳醇さ。あれは歳を食いすぎても食わなさすぎても表現できない味。加えてメイドという究極の味付け!あなた達は知らないだろうけど、血というのはその本人の性質にも大きく関わっているのよ。優雅さと従順さ。メイドに勝る味付けは存在しないわ!」
 
 なんか一城の主の少女がメイドの血、ついでに言えば13歳について熱く語ってる。
 恐怖とは別の意味で裸足で逃げ出したくなる光景だ。
 もしかして紅魔館にいる住人のほとんどがメイドなのそう言う理由なのか、と疑問に思ったが誰も口には出さない。
 知らないことの方がが幸せということもあるのだ。
 
「というわけで、13歳少女メイドを探してるんだけど、誰か心当たりない?」
『ない。帰れ』
 
 三人の声が綺麗にハモる。
 普段はほとんど意見の合わない三人ではあったが、この時ばかりはこの暴風にさっさとお帰り頂きたいという意見に関して一致したのであった。
 
「ないの?候補でも良いんだけど。私が直々に育てるから」
「そんなのに心当たりがあるなら私が欲しいくらいよ。あんた達が宴会して散らかした後の片付けは誰がしてると思ってるのよ」
「萃香だろ」
「萃香でしょ」
「萃香よねぇ」
「あれはゴミを萃めてるだけ!萃められたゴミを処理してるのは私!というか、あんた達が素直に片付ければそんなことしなくすむのよ!」
 
 よほど腹に据えかねていたのか、ぜえぜぇと息を切らせながら霊夢は叫んでいる。
 
「私が人を集める」
「私達がそれを盛り上げる」
「で、それを霊夢が片付ける。完璧な役割分担じゃない」
「…一応何処がよ、って突っ込んでおくわね」
 
 が、当の本人達はこの通り何処吹く風である。
 分かってはいた。分かってはいたが、幻想郷には常識が常識として通用する奴はいないのかと思う。
 ちなみに当の霊夢も常識が通用しないうちの一人であるのはご愛嬌だ。
 
「いっそ人間の里にでも直接集めに行こうかしら」
「コラ、私の前でそういうことは言わない」
 
 まるで軽い提案のように言うレミリアに霊夢は突っ込みをいれる。
 考えるだけなら好きなだけすればいいが、実際行動に移されれば霊夢は止める立場なのだ。
 ただでさえ最近は面倒な事件が多いのだから、余計な手間は増やされたくない。
 
「あら、ないものはある所から取るのが常識でしょう?」
「やるならやるで私の目の届かないとこでやって」
 
 人間側の味方であるはずの者の発言とは思えない。
 まぁ、こういう人物だからこそ神社に妖怪がたむろしていても何も言わないとも言える。
 
「そういうことならこっそりと人攫いでもしようかしら」
「ところがどっこい。霊夢の目の届かない所は私が目を光らせてる」
「まだ妖怪ハンターの真似事まだやってたのね」
 
 ない胸を誇らしげに張っている魔理沙にアリスは感心したように言う。
 初めて聞いた時はどうせすぐに飽きるだろうと思っていたが、思いのほか長続きしているらしい。
 
「ああ、やってるぜ。主に暇な時だけだけどな」
「…里の人間は暇な時にしか守ってもらえないわけね」
 
 アリスの関心はすぐにため息に変わってしまう。
 力のある人間がこんなことじゃ、人間を守る妖怪でもいなければバランスが取れないだろう。
 
「まったく、あれも駄目。これも駄目って、相変わらず我侭ね人間って。私に使ってもらえるのよ?光栄なことじゃないの」
「別に人間じゃなくたっていいでしょ。他を当たりなさいよ」
 
 我侭で定評のある吸血鬼だけには言われたくないわ、と思いつつそう霊夢は返す。
 話を聞く限りでは13歳で少女なら別に妖怪だろうが何だろうが良さそうではないか。
 
「…それもそうね」
 
 思ったよりもあっさりと納得したように頷くレミリアは畳んでいた羽をピンと伸ばす。
 
「じゃ、失礼したわね。咲夜、行くわよ」
「―――あ、はい」
 
 レミリアは返事を聞く前に霊夢達に軽く手を振って挨拶をしてから飛び去っている。
 咲夜はそれを慌てて緒いけて、空を飛んでいった。
 まさに嵐のように現れて嵐のように去るという感じである。
 
「…なぁ、あいつさぁ」
「ええ、分かってるわ」
 
 二人を何ともなしに見送っていたがやがて魔理沙がポツリと呟く。
 それにアリスが心底同意するように頷く。
 長らく生きてきた彼女でもあそこまで見事なものは見たことがない。
 
「…咲夜の奴、立ちながら寝てたわね」
 
 しかも、見事に違和感なくいつものようにレミリアの傍に立っていたのだから、なかなかよく分からないメイドである。
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
「というわけで、13歳少女メイドを求めてやって来たわ」
 
 場所は冥界。時は未明。
 突然白玉憐に現れた吸血鬼とその従者はそんなことを声高に叫んだ。
 
「め、めいど?」
 
 来客かと思って寝巻き姿のまま出てきた妖夢は言葉を反芻するしかできない。
 それはそうだろう。いきなり13歳少女メイドを探しに来たなんて言われて普通に返せる人なんてそうはいまい。
 むしろそんな人と知り合いになるのは御免こうむりたい。
 
「ええ、冥土でも明度でもないわ。メイド!優雅で従順なメイドよ!…というわけだけど、分かった?」
「とりあえずめいどとやらを探しに来たことまでは…。で、何故此処に?」
 
 最もな疑問だ。
 メイド候補を探すならある意味霊夢の所以上に望みが薄いといえる。
 だが、勿論狙いがあっての行動である。
 
「咲夜、どう?」
「はい。お嬢様もご存知の通り用心棒役としてももってこいです。さらに純粋という昨今なかなかないステータス。実年齢は置いといても、見た目の基準もクリアしてます。従順度がやや足りませんがそれは教育次第でどうにでもなる問題かと」
「…ふむ。贅沢を言えばあと一押し欲しいところだけど、ここは妥協するのも大切よね」
「お嬢様には特に必要ですわね」
 
 まったく羨ましくないが阿吽の呼吸で妖夢を置いてけぼりにして会話を進める二人。
 実際妖夢にはぽかん、とすることしかできない。
 
「要はよ」
 
 妖夢の方にビシッと指を突きつける。
 
「魂魄妖夢、貴女をスカウトに来たわ」
「すかう……えぇぇぇ、スカウトっ!?」
 
 実に純な反応だ。咲夜や紅魔館のメイド陣ではこういう反応は見られない。
 これは逸材ではないか。ここの主人は実にいい持ち物を持っている。
 こう、どうにかしてしまいそうな衝動に駆られてしまう。もちろん性的に意味で。
 
「あら、もしかして争奪戦とかリアルタイムで見れるのかしら?」
 
 レミリアが脳内で口に出せないようなことを色々していると、何もない場所から声だけが聞こえる。
 幻想郷広しと言えどそんな芸当が出来る奴は数える程度。
 加えてここにいる奴ともなれば一人しか浮かばない。
 
「なんだ、貴女もいたの」
「なんだとはご挨拶ねぇ」
 
 何もない空間を割るようにして姿を現すのは幻想郷一胡散臭いことで定評のある紫である。
 実際には彼女が自ら大きな事件を起こしたことはないのだが、その怪しさから黒幕っぽいと言われ続けている次第である。
 
「出てくるならてっきりここの主人だと思ったんだけど」
「ああ、幽々子なら――」
「なにぃ?呼んだぁ?」
「ゆ、幽々子様っ!?」
 
 妖夢が驚くのも無理がない。
 その幽々子の声は紫が先ほど出てきたスキマの中から聞こえてくるのだから。
 
「な、なんでそんな所に!?」
「そんな所とは失礼ねぇ。これでなかなか居心地良いのよ?幽々子がどうしても入りたいって言うから」
「許可しないでください!幽々子様も早く出てきてください!」
「はーい」
 
 間延びした返事とともにスキマから手がにゅっと出てくる。
 なかなかシュールな光景である。
 慣れてないからなのか、紫と違って出てくるのにも時間がかかるようだ。
 
「…あら、あなた達がここまで足を伸ばすなんて珍しいわね」
 
 全身が出て来てから暫くしたところでようやくレミリアと咲夜に気づいた幽々子が気の抜けた挨拶をしてくる。
 
「貴女の庭師を頂きに来たの」
「駄目よ。妖夢は私の」
 
 この間数秒にも満たない。理由とか色々聞く前にとりあえず断る。
 上に立つ人間は結論ありきでないと勤まらないものなのだろうか。
 …そうなのかもしれない。
 
「もちろん無料とは言わないわよ。そちらの言い値で構わないわ」
「駄目駄目。妖夢に目をつけるのは分かるけど、この娘にいなくなられたら色々困るもの。庭のこととか」
「幽々子の一番の心配はご飯の心配よね」
「…ふむ。そういうことならこっちからも人材でどう?コックと庭師。もちろんどっちも一流。和洋折衷なんでもござれよ」
「……うーん、妖夢の料理も良いけどたまには洋風のものが食べてみたいのも事実なのよねぇ」
 
(…あれ、私物扱いされてる?)
 
 そう妖夢が自分の置かれている状況に気が付いた時、彼女の目から一滴の涙が流れていた。
 自分の与り知る所で堂々と自分の売り買いが話されているので虚しさも二倍増である。
 今までの白玉憐の思い出が走馬灯のように思い出される。
 春を集めろとか無茶なこと言われて一人で幻想郷中の春を集めさせられたり、一人で誤って外に出た幽霊達を回収させられたり、etc……
 
(ああ、ろくな目に合わされてないや)
 
 感動のあまりこの場から走り去りたいくらいだ。
 そんな妖夢の肩にぽん、と手が置かれる。咲夜である。
 同じ無茶な命令ばかりする上司を持つ者同士通じるものがあるのか、お互い同情するような目線を向けた後、
 
「大丈夫。最初は辛いけど、私が優しくしてあげるわ。慣れてしまえばそう問題でもないわよ」
「止めてくれないのっ!?」
 
 全く通じてなかった。
 以心伝心という言葉はあるが、立場が似たような者という程度で知り合いくらいの二人がそんな真似ができるはずもない。
 
「いや、止める理由がないから」
「まぁ、普通はそうよね…」
 
 がくりと地に突っ伏してしまう妖夢からは哀愁が漂っている。
 こうはなりたくないものだな、と咲夜は思う。明日は我が身である。
 
「これ以上やると妖夢が可哀想だし。私が折衷案を出してあげる」
「さり気なく話を悪化させた本人がよく言うわ」
「分かっててノる辺りあなたも性格悪いわね」
「貴女ほどじゃないわよ」

 うふふふ、と怖い雰囲気で笑い合っている。
 正直知り合いでなければ速攻で逃げ出したい。
 
「まぁ、聞くだけは聞いてあげる。話がスマートに済むに越したことはないもの」
「妖夢の代わりにうちの橙はどう?ちょっと好奇心が強すぎるけど、あれでなかなか気立てはいいわよ」
 
 そのどの辺りが折衷案なのか、とレミリアは返そうとしたが思い止まる。
 別に言うほど妖夢に拘っているわけでもない。要は目的さえ達成出来ればいいのだ。
 紫は橙の直接の主人ではないが、橙の主人の主人ではある。実質的な主人でもあるということである。
 その紫が良いと言ってるのだから話がすぐつくのではないだろうか。
 
「咲夜、どう?」
「…言うほど面識があるわけではないですから何とも言えませんが、教育次第かと」
 
 咲夜の言葉に考えるような仕草をとるレミリア。
 話を聞いた時点で結論はもう出ているのだからはっきり言ってしまえばいいではないかと思うが、レミリアに言わせればこれも交渉のうちらしい。
 わざと焦らすことで少しでも自分の有利な方へと交渉を進めるのだとか何とか。
 
「一つ聞くけど、貴女の使い魔の使い魔を提供することで貴女に発生するメリットは?」
「さぁねぇ。私がメリットと感じていてもあなたがそれをメリットと感じるかどうかとは別問題でしょう?今それをはっきりさせる必要性はないんじゃないかしら」
 
 誰がどう見ても誤魔化す気満々である。
 何を聞いたところでこんな調子でのらりくらりと躱してしまうであろうことは明白だ。
 
「ふぅん。…まぁ、いいわ。貴女の思惑がどんなものだろうと知ったことではないし、乗ってあげる」
「なら善は急げね。早速連れて―――」
『ゆーかーりーさーまー!!』
 
 地獄から響く呪詛のような声が響いてくる。
 
「貴女をご指名のようだけど?」
「どこかで聞いたような気のする声ねぇ」
 
 刹那、紫が出てきたスキマを強引にねじあけるようにして何者かが這い出してくる。
 卵から雛が孵るようにゆっくりと、ゆっくりと這い出してくる。
 その光景に驚きよりも激励の気持ちの方が勝り出して来た頃、ようやく声の主の全身が明らかになった。
 それは話題の橙の主である藍だった。
 
「誰かと思えば藍じゃない。逆算とはいえスキマを通れるようにはなってたのね。主としては嬉しい限りだわ」
「ふふふ…橙を差し出すとか聞き捨てなら無い言葉が式神イヤーに届いたのでつい限界をいろいろと超えてしまいましたよ……」
 
 説明しよう!
 式神イヤーとは式が主の波長と同化することで主が耳にしたことをその場にいるかのように聞くことが出来る能力なのである!(民明書房より抜粋)
 ただし、これは主側に主導権はあるので式神側の任意で聞くのはほぼ無理だ。
 つまり、紫はわざと会話の内容を藍に聞かせたのである!
 
「いや、私としても橙にいなくなられると困ることは困るわよ?」
「だったら…!」
「でも、サイレントマジョリティを考慮するとそういう結論に辿り着かざる終えないの」
「声なき多数者の意見なんて知ったこっちゃありませんよっ!なんでそこまで考慮しなくちゃいけないんですかっ!」
 
 藍は本気で怒っているようだが、対する紫はどこ吹く風で聞き流している。
 それにしてもこの紫、ノリノリである。
 
「…あの、それで話はどういうことになるので?」
 
 完全に置いてけぼりになりそうなのでレミリアの代わりに咲夜が尋ねる。
 催促するようなことを主人に言わせるものではない。
 
「私としてはどちらでも構わないんだけど」
「ゆ、か、り、さ、ま!!」
「――とまぁ、うちの式が五月蝿いからまたの機会ということで」
「そう。ならしかたないわね。予定通りここの庭師を……あら?」
 
 向き直してきょとんとなるレミリア。
 それもその筈。さきほどまでいた筈の幽々子と妖夢の姿がないのだ。
 
「…咲夜、あの二人は?」
「お嬢様がお話の間に落ち込んだ妖夢を引きずって行かれましたよ」
「……何故私に言わなかったの?」
「言う必要性を感じませんでしたので」
 
 責めるような視線にもしれっと返す咲夜。
 変に融通が利かないところはどんにかならないものか、と内心レミリアは思う。
 まぁ、どうせ分かっていて言わなかったのだろうが。
 
 玄関は硬く閉ざされている。
 その様子から考えれば交渉は決裂と考えた方が早いだろう。
 無理に入るという手もあるが、それは優雅さに欠ける。
 
「いい案があるけど、聞く?」
 
 沈黙を守っていた紫が笑いをかみ殺すかのように尋ねてくる。
 最初からそのつもりだったのか、思いついたからやっただけなのかは知らないが、今のこの状況を楽しんでいるのは確かだ。
 手の平でに遊ばれているようで多少不快ではあるが、それそれ。
 
「一応聞くわ」
「欲しいのは真黒ですごくきれいなブルネットの子なんでしょう?」
 
 そこまでは言ってないのに何故そんなことを知ってるかは聞かない。
 彼女は幻想郷全てを網羅しているスキマ妖怪で、いつどこで聞き耳を立ててるかなんてどんな奴にも分かりはしないのだ。
 でも、だからこそ彼女が幻想郷で知らないことはほんの一部しかないのだ。
 
「あるじゃないの。黒髪の子が一杯そうな所が」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
「はい、お茶。熱いのが苦手だったら冷ますわよ?」
「…いえ、お構いなく」
 
 何故こんな所でお茶を飲んでいるのだろう、と咲夜はなんとなく疑問に思う。
 状況の説明としては極めて単純なものだ。
 
 紫に言われた通り永遠亭にやってきた。
    ↓
 あっさり通された。
    ↓
 何故か咲夜はここの裏の支配者である永琳に連れてこられて、しかも賓客扱いをされている。
 まとめればこんなところである。
 
「…美味しい」
「そう言ってくれると嬉しいわ」
 
 お茶を飲んだ時つい漏れてしまった言葉に、永琳は心底嬉しそうに微笑む。
 その仕草は同姓である咲夜から見ても魅力的なものだ。
 だからこそ同時に疑問に思う。何故ここまで自分に対して無防備に近くなれるのかということが。
 
 咲夜と永琳が会ったことがあるのは数えるほどしかない。
 あの満月の事件の時と、その後も薬の注文で少し会ったことがある程度だ。
 それでも、彼女は自分の事を古い友人と話しているかのように扱ってくる。
 一度だけそのことを尋ねたことがある。
 その時の回答は、
 
「一目惚れ、というわけでもないけど一目見た時からあなたのことは気に入ってるのよ。これでも人を見る目はあるつもりだけど?」
 
 というもの。
 その時の表情からは嘘の類は全く感じなかった。
 そう、嘘は言っていないのだ。ただし、真実を全て言っているわけではないと感じる。
 知ったところでどうなるわけでもないとは思うが、何故かそれが気になるのも事実だ。
 とは言っても、目下はそれは達成できそうにない。この相手は何枚も上手なのだ。
 
「ああ、ウドンゲ。戸棚の奥に茶菓子があるから取って来て頂戴」
「あ、はいっ!」

 傍に控えていた鈴仙が慌てて返事をして早歩きで去っていく。
 私にもあんな初々しい時期があったなぁ、となんとなしに眺めてみる。

(…あれ?そんな時期があったかしら?)
 
 思い返してみても気づいたらこんな立場にいた気がする。
 何でメイド長なんてやっているのだろうか。
 
「どうかした?やっぱりお茶が熱かったかしら?」
「あ、ちょっと考え事してただけだから」
「そう。良かった」
 
 心底安心したような表情を見せる。
 素でやってるのか狙ってやってるのかいまいち分からない人だ。
 
「ところで、お嬢様に変な事してないでしょうね?」
 
 玄関を通されてすぐにここに連れて来られたのでレミリアがその後何処に連れて行かれたのかは知らない。
 どうにかされるほど柔な主人ではないが、もしもの時はそれ相応の行動はとらないといけない。
 
 そんな咲夜に永琳は「心配性ね」と微笑む。
 
「あなたのお姫様は今頃うちの姫の所よ。きっと退屈してるでしょうけどね」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 月が良く見える縁側でカチ、カチと無機質な音が響いている。
 時に何かを考えるように音は止まり、そしてまた音が続く。
 
「…むぅ」
 
 その光景をじっと見ていたレミリアからあからさまに不満の声が出る。
 これでも我慢した方である。
 何が退屈かといえば、碁だかなんだか知らないがルールがさっぱり分からないゲームほど見ていてつまらないものはない。
 
「……ん?ああ、退屈だったかい?」
 
 そのレミリアの様子に気づいたのは石を置いていた片方の主である妹紅だ。
 
「見ていて意味が分からないもの。面白くなれというほうが無理ね」
「はは、そりゃ退屈にもなるわ。輝夜、一旦休憩にするかい?」
「私は良いわよ」
 
 対極に座っているこの永遠亭の主である輝夜が同意の意を示したことで、妹紅は打とうとしていた碁の手を止める。
 
「あなたの方が負けてるんだから、今のうちに手を考えておくことね」
「何言ってるのさ。こっから逆転すんのよ」
「期待してるわ」
 
 小気味良く笑う妹紅に、それに比べて上品に笑う輝夜。随分対極的な二人と言える。
 そんな二人をじぃっとレミリアは見つめる。
 
「ん?私達の顔に何か付いてる?」
「いえ、貴女達のことだから出会いがしらに殺し合い、なんてことしてると思ってたけど案外仲が良いのね」
 
 噂によれば出会う度に殺し合い、その後には草木一本生えない焼け野原が広がっていると言う話だったのだが。
 
「そんなの不毛。出会う度に殺し合いなんていちいちしてたらきりがないよ」
「まぁ、年の数回くらいは後腐れがない程度に殺し合いはしているけれどね」
 
 してるのかよ、とこの場で突っ込んでくれるものは残念ながらいない。
 言っている本人達にとってはそれは至極当然のことなのだろう。
 レミリアからすればそーなのかー、程度のことだ。
 
「よく言うわ。そんな気分じゃない時だってあるのに問答無用で刺客なんて送ってくるくせに」
「あら、私は結構楽しみにしてるのよ?なのにいつまで経っても来てくれないからつい、ね」
「…私はあんたのついが一番恐いわ」
 
 輝夜はにっこりと邪気のない微笑を妹紅に対して向けるが、とうの彼女はげんなりした表情だ。
 こういう表情をした輝夜が一番手に負えないのだと長年の経験で知っているのだ。
 そんな二人のやり取りを見つめながらレミリアはクスクスと笑いを漏らす。
 パチュリーとはまた違った関係だが、これはこれで面白そうだ。
 
「あんたもやってみる?痛いことは痛いけど、癖になると結構面白いわよ」
「遠慮しておくわ。興味はそそられるけど、殺し合いなんて品がないもの」
「あら、それは残念」
 
 月明かりが照らす中、相当ぶっそうな会話を繰り広げている少女が三人。
 一応言っておけば、本人達的には至って真面目な会話である。
 
「で、輝夜に何か用があってきたんでしょ?それは良いの?」
「そういえばそんな気もするわね。何の用だったかしら?」
「…私が知るわけないでしょ」
 
 たった今思い出したといった様子のレミリアを妹紅呆れた目で見る。
 人のことは言えないが、マイペース過ぎやしないか。
 輝夜といい姫はマイペースじゃないと勤まらないものなのだろうか。
 
「13歳少女メイドを探しに来たんでしょう?」
「ああ、そうだった。って、良く知っていたわね?」
「ええ、すきま妖怪さんがわざわざ教えに来てくれたわ」
 
 気を利かせたつもりなのか、それとも別の思惑でもあるのか。
 まぁ、紫が何のつもりかなんて知ったことではないが。
 邪魔が入ろうが入るまいがやりたいようにやるのがスカーレット流の流儀だ。
 
「わざわざメイドなんてものを探しにこんな辺鄙なところまで来たわけ?」
「なんてものとは失礼ね。メイド次第で私の生活は大きく変わるの。ただでさえ役に立たないメイドの方が多いんだから。自分が着る衣服くらい自分で見て決めるのは当たり前でしょう?」
「とは言われても、自分の身の回りは自分でやってるからねぇ、私は」
 
 そもそも現在は贅沢とは無縁の自給自足の生活をしている妹紅である。
 感覚的にメイドがいる生活というものが理解できない。
 遠い昔はそんな生活だった気もするが、1000年以上も昔のことを思い出せといわれても無茶な話だ。
 
「あなたはそんなだから半獣なんかに変に気を使われるのよ。あなたも元はお姫様なんだから威厳を保つ努力くらいはしてみなさいな」
 
 クスクスと笑いながら言う輝夜に妹紅は「うっさい」と悪態混じりに言い返す。
 
「それで、結論だけ先に言わせてもらえばここにあなたが求めてるような子はいないわよ。皆やんちゃで気まぐれだから従順さなんて求めるだけ無駄ね」
「そう。そういうことなら―――」
「まぁ、ゆっくりして行きなさいな。話すのはいつもイナバ達や妹紅や永琳くらいだからたまには他の人ともお話がしてみたいのよ」
 
 レミリアは輝夜の表情を伺うが、少なくとも表面上からはなにも読み取れない。
 とはいえどの道咲夜の姿も見えないことだし、何のつもりかは知らないが少しくらい付き合ってみてもいいだろう。
 そう判断した彼女は上げていた腰を下ろす。
 輝夜は輝夜で相変わらずにこにこ微笑んでいる。得体の知れない奴ほどよく笑うとはよく言ったものだ
 
「…良いわ。付き合ってあげる」
「ふふ、ありがとう」
 
 にっこりと微笑んでいる輝夜をちらりと見ながら妹紅は軽くため息をつく。
 あれは何かを企んでいる時の目だ。
 まぁ、分かったところでどうできるわけでもないのだけれど。
 どうせ口出ししたところで意見を変えるような奴じゃないのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「美味しい…」
 
 持ってこられた和菓子を口に含んで最初に出た言葉はそれだった。
 他に感想を出せというのが無理だろう。
 甘すぎず、甘くなさ過ぎない絶妙なバランスを保っている。
 これなら出された数だけ食べれる自信がある。
 
「そう言ってくれると作った甲斐があるわ」
「……これ自作?」
「ええ、時間だけは無駄に余っているから。時間さえかければそう難しいものでもないわよ」
 
 そうは言うが、これだけのものが一朝一夕で身につくとは思えない。
 悔しいがこの味では自分には出せないものだろう。
 
「良かったらレシピ教えてあげましょうか?」
「良いの?」
 
 真剣な表情をしてお菓子を食べている咲夜にクスリと微笑みながら永琳は言う。
 咲夜としてはこの上なくありがたい申し出だが、その代価となりえるものを今は持ってない。
 
「良いのよ、そんなこと気にしなくても。料理で食べてるわけでもないんだし、秘匿するほどのものでもないわ」
「そういうことなら遠慮なく教えてもらうわ」
 
 そろそろ洋菓子だけのレパートリーにも限界は感じていたので、本当に助かる。
 尤もレミリアの元に出せる程のものになるのは暫くはかかるだろうけど。
 ただレシピ通りに作ればいいというものではないのである。
 実際に作ったりして、その味を自分の物としなければ何の意味もない。
 
「ねぇ、今の職場は色々と大変なんじゃないの?」
 
 黙々と菓子を食べている咲夜をひとしきり堪能した後で永琳はそう問う。
 怪訝そうな表情になる咲夜を無視してそのまま言葉を続ける。
 
「これで薬師の端くれだから見れば分かるわ。あなた、疲労が結構たまってるでしょう?」
「…まぁ、忙しくなくはないわね」
 
 メイド長という立場である以上、仕事は探せばいくらでもある。
 自分の手でしないと気が済まないという性分もあって必要以上に仕事を増やしてしまうということもよくある。
 そしておまけにだ。
 
「吸血鬼のお姫様の我侭に付き合わせられてるんでしょ?」
 
 立場上は否定するところなのだろうが、否定するポイントもない以上嘘をつく必要は感じない。
 吸血鬼だからなのか、それともレミリアという個人が我侭なのかは知らないが、兎に角彼女は我侭で人を振り回す。
 紅い霧の時が最たるもの一つといえる。そして、大抵の場合尻拭い等の仕事も咲夜に回ってくるのである。
 
「うちの姫様も多分に漏れず我侭な方でしょうけど、あなたのとこのお姫様は相当なものって話ね」
「…回りくどいわね、あなたらしくもない。何が言いたいの?」
 
 少しの苛立ちを込めて咲夜は問うが、当の永琳の方は涼しい顔をして受け流して茶を啜りながら言葉を続ける。
 
「そうね。あなた相手に妙な言い回しをする必要もないし、率直に言いましょうか。――うちで働く気はない?」
「……はい?」
 
 咲夜は思わず聞き返してしまう。
 これはあれだろうか、俗に言うヘッドハンティングというやつだろうか。
 
「この屋敷も家事の類はやる者がいないわけではないんだけど、いかんせん効率がお世辞にも良いとは言えなくてね。家事全般をこなしてくれる人がほしいのよ」
 
 言われてみればこの部屋は来客用であろうからさすがに言うほど汚れは目立ってないが、それでも埃が多少は目立つ。
 任せられれば遥かに綺麗にする程度の自信なら咲夜にはある。
 ――が、
 
「ちょ、ちょっと待って。何で私なのよ?」
 
 彼女にしては珍しく動揺したした口調で言う。
 単純に家事が出来る程度なら何も自分でなくても、他に探せば良いだけのことだ。
 
「周りを信用の出来ない人にあちこち弄ってほしくないのよ。曰く付きの物が色々あるから」
「答えになってないわよ、それは。そこまで信用される謂れはないわよ」
 
 永琳は妙に高評価しているが、一度は敵同士だったのだ。
 単純に見れば信用される材料の方が少ない。
 
「あら、あなたにしては気の利かないことを言うのね」
 
 クスクスと笑う永琳。
 まるで全てが見透かされているようなそんななんともいえないもどかしい感覚。
 そんな心境すらお見通しと言わんばかりにたっぷりと間を置いて彼女は言葉を続ける。
 
「信用できるかを決めるのはあなたではなくて私。違うかしら?」
 
 その笑みに有無を言わせない迫力のようなものを感じて二の句が告げれなくなる。
 妖怪蛙に睨まれたのよう氷の妖精のようなな心境にさせられてしまう。
 
「それに、待遇以上にあなたにとっては救いの手だと思うのだけど?」
「…どういう、こと?」
「あらあら、今日のあなたは本当に気が回らないのね」
 
 永琳はクスクス、と嗤う。
 何だか思考が定まらない。ぐらぐらと世界が揺れているような感覚に襲われる。
 
「十六夜咲夜、言うまでもなくあなたは人間。そしてあなたの仕えるレミリア・スカーレットは吸血鬼。人間と妖怪、本来交わるべきででない者達がこうして交わっている。絶対の仕組みに逆らっている。断言してもいいわ。そのままではあなたに待っているのは滅びだけよ」
「…あなただって人間ではないでしょう」
「そうね。確かに私は地上の人間ではないわ」
 
 なんとか言葉を絞る咲夜だったが、当の永琳は特に気にした様子もなくむしろ待っていましたと言わんばかりの表情だ。
 
「けれど、私は地上の妖怪でもない。なら地上の摂理に従う理由もないんじゃないかしら?」
 
 屁理屈にしか聞こえないが、道理といえば道理だ。
 地上の摂理は地上の者だけが適用されるものだ。月の民である永琳がそれに縛られる必要はない。
 
「まぁ、本当はそんなルールなんてどうでも良いのよ。私があなたのことを欲しいの、言ってしまえばそれだけ」
 
 永琳はゆっくりと咲夜に近付いてくる。もう少しで身体が触れ合いそうなほどの距離。
 だが、そこまでされても何故か咲夜には抗おうという気が起きない。
 
「吸血鬼の姫様はあなたのことなんてこれっぽっちも考えてないわ。何の恩が有るのか知らないけど、このままではあなたに待ってるのは破滅だけ。あなたをそんな目に合わせるのは忍びないからこうして救いの手を差し伸べてあげてるの」
 
 ゆっくりと、そしてたっぷりと間を置いてから永琳は言った。
 
「十六夜咲夜、私の元に来なさい。決して悪いようにはしないわ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「それで、何を話したいの?」
「そんなに気張って話す内容でもないわよ。そう、人間と妖怪についてとかどうかしら?」
「人間と妖怪?」
「ええ。人間と妖怪の関係って本当に面白いわ。妖怪は人間を喰らい、人間は妖怪を退治する。奇妙なくらいそのバランスが保たれている」
 
 妖怪は強いけど、どんな強い妖怪でも最終的には人間に勝つことは出来ない。
 人間はどんな妖怪よりも弱いけど、それでも最終的には決して負けることはない。
 
「とは言っても何事にも例外はあるものでね。私はそういうのを見るのが何よりの楽しみなんだけど。そう、例えば――」
 
 輝夜はちらりとあからさまにレミリアに視線を向けてから言葉を続ける。
 
「妖怪に仕えてる人間とかね」
「…何が言いたいのかしら?」
「あら、他意はないのよ。気に障ったなら謝るわ」
 
 空気が嫌な方向に変わったのを感じながら妹紅は「嘘つけ」と心の中で突っ込んでおく。
 輝夜はその言葉が傷口を抉ると分かっていればわざとそちらの方を選択するタイプだ。
 
「話を続けるわね。妖怪と人間との根本的な違いは強さとかそんな単純なものではなくて、生きることが出来る時間だと思うのよ。この差は大きいの。本人達が思っている以上にね」
 
 人間の寿命は短い。短いからこそその日その日を慌しく生きている。
 そして妖怪の寿命は言うまでもなく人間の何倍もある。長いからこそ皆自分勝手に生きている。
 妖怪が人間がどうしてそんなに生き急いでいるのか分からないように、人間もまた妖怪の自分勝手さが理解できない。
 なるほど、500年の年月をもたかがと言い切る輝夜らしい意見だろうと思う。
 それは相互理解でどうにかなる話ではなく本質的な違いであり、どうにか出来るものではないとと言いたいのだろう。
 だが、
 
「回りくどいわね。私は何が言いたいのか聞いてるのよ」
 
 もはやレミリアは機嫌が悪いのを隠そうともしない。
 その一方的な上から目線は彼女がこの世で日光に並ぶくらいに嫌いなものだ。
 その気配を察してか、先ほどまで辺りにいた兎達も残らず退散している。
 そんな彼女の様子にも輝夜は一切動じた様子もなく相変わらず笑顔のままだ。
 
「13歳少女メイドなんて本当はどうでもいいんでしょう?」
 
 ぴくりとレミリアが反応したのを輝夜は見逃さない。
 期待通りの反応である。
 
「これは私の推測でしかないけど、あなたがそんなことを言い出したのは外に出るための口実でしょう?私達にとってはほんの些細な時間の間に、人間の彼女はこの世からいなくなってしまうものね?」
「……」
 
 彼女の沈黙を輝夜は肯定と取る。
 ああ、実に健気ではないか。限られた短い時間を無駄しないようにしているのだ。
 そうでもしなければ咲夜との別れはあっという間に訪れるのだから。
 
「私はそういうのは嫌いじゃないけど、結局それも長く生きる者にとってのエゴでしかないのよね」
 
 結局、妖怪と人間との違いは生きる年数がほとんどなのだ。
 そしてその問題こそがどうしようもない差だということを輝夜はよく知っていた。
 
「何が言いたいのかとさっき聞いたわよね?その質問に答えてあげましょう。レミリア・スカーレット
人間と必要以上に関わりあいになるのは止めておきなさい。これは先輩からの忠告よ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「お断りね」
 
 永琳の言葉に急速に先ほどまでぼんやりしていた頭の中がはっきりしていくのを咲夜は感じた。
 ほう、と永琳が感嘆の様子を示す。
 
「どうしてかしら?悪い条件ではないと思うけど」
「そうね。あなたの言葉に嘘偽りはないんでしょう。それくらいは分かるわ」
「だったら――」
「でも、あなたは一つだけ勘違いしてるわ」
 
 言い切る咲夜に永琳は先を促すように言葉を止める。
 
「あなたさっき私がお嬢様の我侭に付き合わされてるって言ったわね?」
「ええ、言ったけれど?」
「それが根本的に違うの。私はやりたいからお嬢様の傍いるだけ」
「…それは義理とかそういった類のものではないということかしら?」
「ええ」
 
 咲夜ははっきりと頷いた。
 恩がないといえば嘘になるが、それもわざわざこちらから嫌な苦労を背負い込むほどのものではない。
 はっきり言ってしまえばそんなもの最初からどうでもいいのだ。
 なのにどうして彼女がメイド長などという立場にあるかといえば、「やりたかった」から。それ以外に理由などない。
 
「……破滅、とまでは行かないかもしれないけど、あまりお勧めというわけにはいかないわよ?これは人生の大先輩からの忠告」
「一応お礼は言っておくわ」

 咲夜はそれだけを言い残すと、綺麗な仕草で立ち上がる。
 視線は奥の別の部屋の方に向ける。
 この気配を間違えようはずがない。
 我侭で我侭で、どうしようもないくらい我侭なお嬢様の気配だ。
 
「でもね、私はそんなことどうでもいいのよ。結果があなたの言うとおりだったものだとしてもね」

 自分の人生なんだ。自分の好きにして何が悪いのか。
 実のところ、咲夜もまた主人と同様に結構な我侭だったりするのである。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「お断りね」
 
 きっぱりとレミリアは言った。
 取り付く島もないといった様子に困ったわねぇ、と言った感じで輝夜は首を傾げる。
 
「大体さっきから随分好き勝手に言ってくれるわね。人間と関わるのを止めろ?それを決めるのは私であってあなたでははないわ」
「そうね。だけど、本人の視点だけでは分からないこともあるでしょ?」
「知ったことか。私はやりたいようにやる、それだけよ。それを他人にどうこう言われる筋合いはないわ」
「自分勝手ね」
「自分勝手よ。それの何が悪いの?」
 
 輝夜の言葉に自信たっぷりに答えるレミリア。
 見ている方が惚れ惚れしそうなほどにきっぱり具合だ。
 
「前々から思ってたけど、私あなたのこと嫌いだわ」
「あら、それはどうも」
 
 面と向かって嫌いというのも凄いが、それをさらりとスルーしてるのも凄いなぁ、とすっかり蚊帳の外状態の妹紅はぼんやりと考える。
 考えている間にも二人の会話は進んでいたりするわけだが。
 
「あなたがどう思おうが生きてる限り流れには逆らえない。それが運命よ」
 
 その台詞にレミリア嘲笑を浴びせる。
 
「忘れたの?私は吸血鬼よ。運命程度のものが断ち切れない程度で夜の王を名乗れるわけないでしょう―――咲夜!」
「はい」

 立ち上がると同時に咲夜の名を呼ぶ。
 同時にどこからかもなく咲夜が姿を現す。
 ほんの僅かだが輝夜に驚きの表情が見える。
 
「咲夜、今日はもう帰るわ。また会いましょう、月の姫」
 
 その様子に満足げにレミリアは微笑むと、踵を返して空を駆けていく。
 咲夜もまた輝夜に一礼をするとレミリアを追いかけて空を駆ける。
 
 嵐みたいな連中だったねぇ、とその後ろ姿を眺めながら妹紅は出された茶を啜る。
 二杯目がほしいところだが出してくれそうな奴等はとっくに逃げ出している。まぁ、賢明な判断だろう。
 暫くしてその場に姿を現したのは咲夜を出迎えていた筈の永琳と鈴仙。
 
「その様子だと、勧誘は失敗したみたいね?」
「私としては結構本気だっんですけど、あそこまで言われては無茶は出来ませんよ」
「ふふ、永琳は彼女に甘いものねぇ。面識でもあるのかしら?」
「姫様、それは聞かない約束ですよ」
「あら、そうだったかしら?」
 
 悪びれた様子もなく輝夜はふふ、と笑う。永琳も悪ふざけと承知の上なのか特に咎める様子もない。
 その二人の様子を見てなんとなく既視感を覚える。
 
 ああ、あれだ。悪代官と悪徳商人が秘密の会合で「お主も悪よのう」とか高笑いをしてる感じだ。
 
「…あんた達また変なことでも企んでたわけ?」
「あら、企むなんて人聞きの悪い。ちょっとしたお遊びよ。永遠の退屈を紛らわす程度の、ね」
「…師匠、あの人の飲むお茶に例の言うことを何でも聞かせる薬入れてましたよね?」
「あら、ほんのちょっとよ。強い意志を持ってれば何でもない程度のね。副作用なんて出ても困るから」
 
 聞き捨てならない鈴仙の言葉に聞き捨てならない永琳の返答。
 
「…月の民のお遊びにはわざわざ薬を仕込んでたりするわけか?」
「お遊びだってたまにしかないんだから、楽しまないと」
 
 悪びれた様子もなく輝夜はクスクスと笑う。
 
「それにしてもウドンゲもあの場でよく言わなかったわね」
「いえ、しゃべったらただじゃおかないと目が語ってましたので」
「ふふ、ウドンゲも大分私の言いたいことが理解できてきたみたいね。鍛えた甲斐があるというものだわ」
 
 輝夜と同じようにクスクスと笑う永琳。
 ああ、こいつらは心底似た者同士だ、と妹紅は強く思う。
 
「まぁまぁの見世物だったわねぇ」
「うひゃおわっ!?」
 
 突然誰もいないはずの後ろからの声に鈴仙が驚きの声を上げる。
 何もない空間から出てくるのは言うまでもなく紫である。
 
「言った通りなかなか面白い展開だったでしょう?」
「退屈しのぎ程度にはなったわね」
「私としては満足のいく結果ではなかったんですけど、まぁ彼女の新しい一面が見れたということで」
 
 ふふふ、と怪しい笑いをしてる者達が三人。
 どう見ても黒幕だとかそうじゃないとか関係なく黒幕にしか見えません、本当にありがとうございました。
 
「主も従者も同じくらいに我侭じゃ、小賢しい理屈じゃどうしようもないですわ」
「あら、良い主従関係を持続するコツはある程度お互いに我侭であるということよ?」
「そうなの永琳?」
「私も初耳ですわ。今度試してみましょうか」
「…いえ、お二人とも存分に我侭ですよ、アハハハハ」

 乾いた笑い声の鈴仙。
 毎日この二人に振り回されているのだろう。同情を禁じえない。
 
「…まぁ、よく分かんないけどさ。つまりあんた等がなんか企んでたわけ?」
「人聞きが悪いわねぇ。私はこの二人に面白そうなことがあるって教えただけよ」
「私はそれに乗っただけよ。退屈だったから」
「私はあわよくば、と狙ってたんですけど…。まぁ、機会はまだいくらでもありますから」
「…さいで」
 
 余計煙に巻かれた気がしたが、深く突っ込むのは諦める。
 いくら考えたところでどうせこの腹黒三人集が底を見せるわけはないのだから、そのうち妹紅は考えるのを諦めたのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
「今日は本当に無駄足だったわ。目的のものも手に入らないし」
 
 レミリアは咲夜の淹れた紅茶を飲みながらぶつぶつと文句を言っている。
 どうもまだ諦めきれてないらしい。
 
「…そんなに13歳少女メイドが欲しいのですか?」
「まぁ、言うほどは欲しくないけど、この私がわざわざ出向いたというのに手に入らなかったのが気に入らないのよ」
 
 ここまで来ると半分意地のようなものなのだろう。
 この状態で何を言っても無駄なので下手に口出しはしない。
 どうせ寝て起きればそのこと自体忘れてしまっているに違いない。
 
 ただし、大人しく寝てくれればの話ではあるが。
 
「ああ、良い事思いついたわ」

 よほど良い考えが浮かんだのか、目を輝かせている。
 彼女が言う良い事はその九割方が周りにとって悪いことなのだ。
 
「…一応聞きますけど、何ですか?」
「あなたが13歳くらいになれば良いのよ。多少のことにはこの際目を瞑るわ」
「…さらに一応言っておきますが、私の力では過去には戻れません。従って要望には応えられないかと」
「パチェに頼めばいいじゃない。きっとあるでしょう、そういうの」
 
 さも当然のように言うレミリア。
 それこそ勘弁して欲しい。どんな副作用があるか分かったものではない。
 
「ね、咲夜。良いでしょう?」
 
 わざとらしく小首を傾げて懇願してくる。
 暫くの間。咲夜は何かを考えるように時が止まっている。
 やがて口を開いてはっきりとこう言った。
 
「絶対に嫌です」
 
 メイド長にだって拒否権はあるのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「お、久しぶりに始まったのねー」
 
 振動する紅魔館。その様子を尻目に門番の紅美鈴はむしろ安心したような表情を見せている。
 
「な、何ですか一体?」
 
 駆け寄ってきたのは最近この辺りの掃除役として配属されたメイド。
 何度も振動している紅魔館をあたふたとしながら見つめている。
 
「そう言えばあなた新人だったっけ。心配はないわ。メイド長とお嬢様が遊んでるだけだから」
「お、お遊びですか?」
 
 何か紅魔館ごと崩れかねない雰囲気すらあるのだが。
 随分過激なお遊びもあったものだ。
 
「心配ないって。咲夜さんがそんなヘマをするわけないんだから」
 
 言いながら美鈴は紅魔館の方を見やる。
 先ほどから何度も振動しているがやはり調度品の類が壊れているような音はしない。
 人間達が普通に出入りするようになって最近はご無沙汰だったが、やはりこうでないと何か落ち着かない。
 
「今日も平和で何より」
 
 美鈴の様子を見ていたら本当に心配をする必要はないという気になってくる。
 もしかすると、これが普通の光景なのかもしれない。
 
 
 
 
 なんといってもここは吸血鬼の住む館、紅魔館。
 人間と妖怪の従者がいるくらいなのだから、多少のことがあっても気にするだけ無駄なのかもしれない。
 
 
 
 
 
 
タイトルに深い意味はありません

13歳少女メイドばんざーい!!!
ゆな
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コメント



0.3980簡易評価
2.70名前が無い程度の能力削除
か、改行おねがいします…一行が、ながいです…
内容はいいだけにもったいない…!
4.無評価ゆな削除
ぐあっ、左詰になってませんでしたorz
修正しました。ありがとうございます
5.80名前が無い程度の能力削除
レミリア様、13歳少女メイドが欲しいのなら、新聞に「メイド募集 ・住み込みで働ける健康な若い女性 ・委細相談:幻想郷 霧の湖そば 紅魔館」と広告を出すべきです!無論、年齢制限は無しで。

いい話だったのですが、改行の点で-10点ってとこで。
6.無評価名前が無い程度の能力削除
とすいません、投稿している最中に修正されたようで、申し訳ない OTL
12.70跳ね狐削除
瀟洒な従者と我儘吸血鬼らしい作品でした。
幻想郷の連中は、言いたいことをなかなか言わないので、出てくる連中も違和感無くていい感じでした。
程よい後読感にこの点数を進呈します。
22.80名前が無い程度の能力削除
まさか最後にシリアスになるとは思いませんでした。でもこれはこれで。
>言いつつもも
>どんにか
>言葉それ
>仕事探せば
>周り
>久しぶり始まった
>とよかく
>お替り
26.80名前が無い程度の能力削除
これはいいね
27.無評価ゆな削除
誤字修正しましたorz
ありがとうございます
37.80削除
なんというか、その…似た者夫婦、と言うべきかw
52.90名前が無い程度の能力削除
結局新人は手に入れたわけかw
何時の間にww

最後に、どうでもいいツッコミをば

>「お、久しぶり始まったのねー」

びみょんな違和感を感じる件について。
58.100名前が無い程度の能力削除
ばんざーい!
73.80コマ削除
実にテンポ良く話が進むので、とても読み易いですね~。
結構長い部類に入ると思うんですが、あっという間に読み終わってしまいました。
76.80名前が無い程度の能力削除
それにしてもこの作者ノリノリである。
82.無評価名前が無い程度の能力削除
>「…咲夜の奴、立ちながら寝てたわね」
うはーww
95.80名前が無い程度の能力削除
これはいい主と従者。