紅魔館の主、レミリアは退屈を持て余していた。変わった知識を披露して楽しませてくれるパチュリーは、小悪魔リトルとともに魔理沙の家に研究に出かけていて不在だった。彼女が居ないとイベントも面白くならない。ただただ自室のベッドに腰掛け、足と翼をばたばたさせながら咲夜に愚痴るレミリアだった。
「ねえ咲夜、何か面白いことないかしら」
「う~ん、そうですね、気分転換に皿洗いの手伝いでもどうですか」
咲夜が冗談めかして言う。
レミリアはよくも主人に対してそんな口が聞けたものだと思ったが、それも面白いかもしれない。
「そうね、たまにはメイド達の手伝いでもしてあげるわ」
我ながらどういう風の吹き回しかとレミリアは考えたが、たまには主自ら、メイド達の労をねぎらってやるのも良いだろう、そう思い、家の手伝いをやることにした。
ところが……。
「お嬢様、皿洗いは私達にお任せください」
「いやよ、私がこのお皿全部きれいにするの」
レミリアは台所で、止めようとするメイド達を無視して一生懸命に皿を洗っている。台所の流し台より背が低いため、踏み台にのって慣れない手つきで洗う様は咲夜の目を和ませた。
「う~ん、手が届かない」
ぱりーん。遠くの皿へ手を伸ばそうとして割ってしまう。
「……」
「お、お嬢様、洗濯物を干してきてください」 一人のメイドがとりつくろった笑顔で言った。
「わかったわ、ごめんなさい」
レミリアは顔では平静を装っているものの、その羽はいつもよりだらーんとたれていた。
妙に哀愁漂う吸血鬼の後姿だった。
廊下を歩いていると、フランドールが向こう側からやってくる、彼女も退屈そう。木の枝に宝石を吊るしたような羽がぱたぱたと揺れている。
「お姉さま、最近なんか退屈。魔理沙もこねえし」
「そうね、パチュリーとリトルもいないし、だから退屈しのぎに姉の手伝いをしなさい」
「ま、魔理沙もいないし、いっか」
図書館の扉は魔法で閉鎖されているが、魔理沙があの程度の封印を破れないはずはない。
きっと誰もいない図書館で本を読むのが寂しいのか、パチュリーがいないのがつまらないのだろう。
館は静かだった。
フランドールを引き連れて庭に出た、恐縮するメイドの手からなかば強引に洗濯物をとると、半分こにしてフランに渡した。
「さあフラン、これを一緒に干すんだって」
「わかったよ」
ぎこちない手つきで、仲良く洗いたてのシーツや服をさお竹に吊るしていく。
「なかなか乾かないね、お姉さま」
「曇っているからね、どぴーかんだったら私達蒸発しているわ」
「ええ、でもお姉さま、べつに太陽の光りぐ……」
レミリアは左手でフランの口をふさぎ、自分の右人差し指を口に当て、吸血鬼にしか聞き取れない小声で何事かをささやいた。
「……ぐらい大丈夫と思ったけれど、やっぱ違うのよね、姉さま」
「そうよ」
メイド達は2人の言動を不思議に思わないわけではなかったが、吸血鬼姉妹の思考は我々には不可知なのだ、と割り切ることにしたようだ。
「ああ、火であぶったら早く乾くかなあ」 フランがスペルカードを出す。
「それは名案ね」 レミリアも指先に魔力の炎を出現させた。
「どっちが早く乾かせるか競争しようよ」
「負けないわよ」
* * *
「咲夜さん、大変です」 紅美鈴がどたどたと咲夜のもとへ。
「どうしたの、はしたないじゃない」
「庭が燃えてます」
「へ?」
* * *
紅魔館の地下室、仲良く反省中の2人。
「今日の咲夜、怖かったね」 長い沈黙の後、フランがつぶやく。
「ええ、言葉の弾幕、という感じね」 とレミリア。
「ところで、いつ出られるんだろ」
「フラン、この主にいくらなんでも、この仕打ちはきついと思わない?」
「魔理沙がこの前、悪いことをすると、それが自分に返ってくる、これをじごうじとくという、って言ってた」
自分のことを省みず、堂々とフランに言葉を教える魔理沙の姿がありありと脳裏に映った。
扉は幾重もの魔法で施錠されている、495年間フランドールの力を押さえるだけのことはある。
「まてよ、フラン、この扉、2人で押せば壊せるんじゃないかしら」
「無理よ、ずっとここにひとりで閉じ込められていたんだから」
「やれる事はなんでもやってみるべきよ」
2人は扉に両手の平をつけた。
「いい、せ―ので押すわよ」 レミリアは気合たっぷり。
「う~ん、うまくいくかなあ」 フランは半信半疑。
「せーの」
ばこ~ん
もはや扉の意味をなさなくなった分厚い板をその足で踏みつけ、レミリアは巨人ゴリアテを倒した
青年ダビデの如き誇らしげな顔を妹に見せる。
「姉さま、すごい」
「ふふふ、咲夜、パチュリー、2人分のパワーを計算に入れなかったことが、あなた達の敗因よ」
「さあ、今夜はどこに行こうかしら、フランドール」
「姉さま、私は魔理沙のところへ行くわ」
「誰も今宵の私達を止められない」
すばやく1階へ上り、手近な窓を飛び越え、自由への道を自らの手で切り開いた真紅の姉妹。
勇躍翼を広げ、目指すは無限の夜空。
* * *
下界を見下ろすと、一軒家の明かりが見える。人里からはだいぶ離れたところにある。
「フラン、あそこで遊びましょ」
「オーケー、姉さま」
家の前に降り立つ、小さな家屋だった。躊躇せず戸口を思い切りあける。
「人間よ、私はレミリア=スカーレット。今宵、お前の血を貰い受けに来た」
「来た~」
見得を切るレミリアの後ろで、出遅れたフランが姉の後ろから顔を出す。
薄色の着物を着た女性が一人、ぽかんとした表情でこちらを見ている。
戦うことも、逃げることも、腰を抜かすこともせずに。
何か続きのセリフを言おうと思ったのだが、派手に驚いてくれるかと思いきや、予想外の反応で、
そのままレミリアも固まってしまう。
「え~と、その、あれだ、愚かなる人間よ……」
「あなた達、ゆき、まい、なの?」
「へ?」
気の抜けた声を出す二人。女性は2人に駆け寄ってレミリアとフランを抱きしめた。
「妖怪になってもお母さんの事、覚えててくれたのね」
「違うんだけど」
困惑したが、何だか懐かしい感じがして、レミリアもフランもしばらくそのまま抱きしめられていた。
* * *
「そう、レミリアさんとフランドールさんね、吸血鬼の方?」
「そうよ」
「そうだよ」
「ごめんなさい、おばさんね、亡くした二人の娘に似てたものだから、
妖怪になって生き返ったんだと思って、嬉しくてつい……」
「私を恐れないの、妖怪は人間をさらうものなのよ」
「あなた達のようなかわいい吸血鬼さんにさらわれるのなら歓迎よ」
「変わった人間ね」とレミリアが呆れる。
「困ったわ、妖怪を恐れない人間を相手にしてもつまらないし、邪魔したわ」
「あの、レミリアさん、フランドールさん、最後に、私のこと、お母さんて呼んでくれない」
「なに馬鹿言ってるのよ」
「そうね、ごめんなさいね」 彼女は寂しそうに目を伏せて笑う。
レミリアはフランの手を引いて、外に出ようとした、フランが名残惜しそうに、子を亡くした母親の顔を見る。
「あの……お母さん」 こらえきれずに口を開く。
「はあい、フランちゃん」 やわらかい笑顔。
「お母さん。フラン、また会いに来るから……」
「さっさと行くわよ!」
「姉さんだって……」
「それから、人間よ、あなたの娘と似たような名前の姉妹が魔界に居た、
多分生まれ変わりかも知れない、安心していいわよ」
「教えてくれてありがとう、レミリアさん」
レミリアは強引にフランの手を引っ張って連れて行く、翼が微妙に震えていた、フランには判った。
* * *
「フラン、食料である人間にあの態度は何なのよ、吸血鬼の誇りを忘れたの?」
「素直じゃないな」 フランがぽつりと。
「黙らないと、デーモンクレイドルかますわよ」
「へいへい」
その後、彼女の家を狙う妖獣の男性を見つけたので、その者と遊ぶことにした。
一応警告をすると、彼は襲い掛かってきて、けっこう楽しめた。
殺すのもなんだと思ったので、軽く頚椎をはずしてあげた。
後始末の後、念波を人間にも人外にも判るように全周波数帯で発し、彼女の家から半径一町あたりを
スカーレット家の領地であり、女性はそこの客人であると宣言する。
すると倒した妖獣はむくりと起き上がり、自分で自分の首を持って頚椎をはめ直し、集めた山菜をあの女性の所へ届けてくれと二人に頼んだ後、やれやれと言って去っていった。
「姉さま、誤認逮捕、いや誤認頚椎はずし」
「遊んであげただけよ、まあ、あの人間はこれからも平穏に暮らせるでしょうね」
「景気づけに、霊夢の所でぱーっと遊ぼうかな」
「じゃあ私は魔理沙の家へ行く」
「そう、なら自由行動にしましょう、私は先にこれを届けてくる。朝までに館へ戻ればいいわ」
まだ夜遊びは始まったばかり。
* * *
「わーい、霊夢の家でお泊り会、おとまりかーい」
真夏の蚊のごとく、博麗神社の社務所で飛び回るレミリア。
青筋を立てている霊夢、やれやれといった表情の咲夜。
「咲夜さん、アレ、持ってって」
「はいはい」
きゃしゃ~ん
時が止まった。
* * *
「魔理沙、遊ぼうよ、魔理沙、キャー」
テンションの上がりまくったフランが超高速で羽を羽ばたかせ、吹き飛ぶ魔道具。
「あーパチュリー、お仕置きしてやってもいいか?」
「お願い、フランなら多少手加減しなくても大丈夫よ」
どご~ん
誤って我が家も吹き飛ばしそうになった。
ここぞとばかりに、魔理沙が借りっぱなしの魔道書を回収するパチュリーだった。
* * *
次の日、紅魔館の庭に仮設の東屋が立てられた。
再捕獲されたレミリアとフランは、服を逃がされ、東屋の下にある釜で、茹でられていた。
ちなみにその服は八雲紫を通じて高額でネット取引された後、咲夜が取り返し、その際、
藍と橙は主の頭にたんこぶが出来ているのを見たという。
東屋の上空には、パチュリーのロイヤルフレアの光球が4つ、太陽光と同じ波長の光を放っている。
パチュリー、咲夜、魔理沙が談笑しながら釜を見守り、美鈴はおろおろし、霊夢は静かにお茶を飲んでいた。
「咲夜さん、よしましょうよ、お嬢様たちがかわいそう」
「いいえ、愛するお嬢様、スカーレット家の当主だからこそ、ちゃんと教えなければ」
「咲夜のいう通りよ、大丈夫、身体能力が人間以上なんだから、これでもまだ甘いくらいよ」
釜はハーブや野菜類と双子の吸血鬼がいい音を出して煮えていた。
「こらー、私達を誰だと思っているの。出しなさい」
「出せー」
「レミィ、フラン、出てもいいわよ、裸で太陽光に耐えるつもりならね」
パチュリーが真綿で首をしめるように言った。
「くそー、ちょっと、湯船に浮かんでいるこの野菜や変なのはなんなのよ」
「吸血鬼の汗入り丹はどうかと思ったので」 とは魔理沙の弁。
「吸血鬼でも熱いわ、とっとと出しなさい」 これはレミリアの叫び。もう体面もへったくれもないようだ。
「ふう、これでレミィたちも反省してくれるといいんだけど」
「そうですね、いくら私が寛大かつ忠実なメイド長とはいえ、あれはさすがにちょっとと思いましたので」
「自分で寛大かつ忠実なんていうの?」
「もうやめましょうよ~、咲夜さん、パチュリー様ぁ」
「ダメよ」 声をそろえて二人が言う。
(姉さま、まだ演技続けるの? 本当は太陽光は別に、致命的弱点じゃないんだし)
(いいえ、本性を現すのは最後の最後までとっておくものよ)
(どうして?)
(だって本当の力を出したらバランスが乱れるし、常に勝つだけのゲームなんてつまらないじゃない)
(わざと負けてあげる、そういうことなのね)
(そう、力を持つ者は、慎重にその力をコントロールする義務があるの、もっとも、人間には難しい事
かも知れないけどね)
「火力アップだぜ」 魔理沙が鍋の下の八卦路に魔力を込める。
「あーれー、もう死んじゃう」
「化けてでてやる~」
「はあ、あんた達、せいぜい遊ばせてもらいなさいね」
霊夢はそう言い放つと帰っていった。
能天気なようで、何もかも判っているのが巫女の巫女たるゆえんである。
2人とも本当は優しいんですね。
再かと。
これはいいスカーレット姉妹ですね。あと、性的ではないが変なこと(自分で寛大かつ忠実とか)を言う咲夜さんが新鮮でした。
あと、仮説の東屋→仮設の東屋ではないかと
でも、吸血姫二人の遊んでる態度が、非常にのん気で「らしい」気がしました。遊ばれてみたいです。
お母さんに幸あれ。
姉妹に幸あれ。
お母さん、幸せになってほしい。