「もう挨拶が長すぎです……」
是非曲直庁の執務室の一つ。
ドアには[四季映姫・ヤマザナドゥ]とプレートが嵌めこんである。
映姫はその中で、浄瑠璃の鏡を使って帽子を整えていた。
自分の顔以外にも、過去の自分とかが見えているのだが自分のことなので気にしない。
今はつまみ食いをして叱られている映姫が映っていた。
「わざわざ十王全員が挨拶しなくてもいいじゃないですか……」
全員が映姫と同様に説教が長いわけではないが、それでも十回聞くとなるとさすがに辛い。
五回を過ぎた辺りから、最初の閻魔が言った内容に靄がかかっている。
閻魔には年末正月関係なしに裁判があるが、何故か以前からこの日に朝礼がある。
いつもは閻魔と部下の死神の申し送り程度。
「小町とは久しく申し送りもしてませんけどね……」
新年早々愚痴が愚痴が多い、とまた愚痴を漏らす映姫である。
帽子の位置を決めて、悔悟の棒を携えた。
「今日は何人裁けるんでしょうか」
全ては小町の仕事次第。
外担当の閻魔よりも元々来る人間は少なかったが、それでも最近は仕事が少なすぎる。
同僚は少なくていいじゃーん、と頭と撫でてくる。
が、映姫からすると楽をしているようで居心地が悪い。
今日の説教は何にしようか、と考えながら悔悟の棒を携えて裁判所へ向かった。
「映姫様遅いなぁ」
一方小町は三途の河のこっち側(死神視点)で、舟に霊を乗せていた。
めでたく今年最初の霊である。
いや、めでたいのか?
「すまんね、待たせちゃって」
霊は首を振るように霊体を動かした。
霊からすれば、裁きを受けるのが怖いのだろう。
小町に渡された渡し賃は四十文。
六道に支払う分を差し引いても三十四文。
相当慕われる人だったのだろう。
「棟梁、もうちょっと話して待ってようか」
生前はこの霊、大工だったらしい。
それも棟梁。
小町は自分が使っている舟も見てもらった。
海が無い幻想郷というのもあるだろうが、専門外だった。
もうしばらく使っていることを教えるとそれにしてはしっかりしている、と驚かれた。
まぁ、人間の舟と同じ耐用年数じゃ死神の仕事には使えない。
でも見た目は古いというか、骨董品の域に入りそうなものである。
その後、生前の話とか、酒の趣味とか、河に飛び込んでみるか?
といった話をしていたところで、映姫が来た。
「すいません!遅れました!」
映姫は息を切らして駆けてくる。
表情からすると、全力疾走。
「小町!すぐ申し送りを……」
「映姫様、落ち着いてください。それにもう霊は来てます」
「へ?」
「棟梁ー。閻魔様がおいでになったよー」
舟から先の霊が下りてくる。
「映姫様、これがあの霊の渡し賃です」
「はい……あえ?」
「話した印象だと悪いやつじゃありません。じゃ、あたいは次の霊を連れてきます」
「あ、はい。わかりました。」
小町は舟に乗りこんで、さっさと彼岸から離れていった。
後には呆然とした映姫と、裁きを待つ霊が一体。
「小町が……仕事を……っ」
その後も小町は霊を乗せて往復し、五回目のあっち側。
霊を送っていく度に、映姫は鳩が豆弾幕を食らったような顔をした。
砂利の川原には、渡し待ちの霊は居なかった。
「さすがに正月だと霊も少ないなぁ」
中有の道の出店で死ぬか生きるか悩んでるのかもしれない。
正月だから、お祭りのような状態なのだ。
もしくは、本日の死者が尽きたか。
どっちにしろ、暇な時間ができたわけだ。
「どーするかなぁ」
鎌の柄で肩を何度か叩き、小町は悩む。
時間的には間もなく昼飯時。
小町は、どこで昼食を摂ってもいいことになっている。
内勤と違ってあっちとこっちを行き来するからだ。
昼食時に河の上、ということもざら。
鮫の背びれを見ながらの昼食も風流だとか殺伐だとか。
「んー……」
小町は考えを数巡させると、舟から降りた。
砂利が擦れる音がする。
「……来ませんね」
人気ならぬ、霊気がない彼岸。
映姫は一人で椅子に腰掛けていた。
折り畳み。
「またサボってるんでしょうか……」
最後の霊を裁いてから半刻、小町はまだ戻ってこない。
六文ギリギリの渡し賃だとしても、遠目に見えてもいいくらいの時間だ。
悔悟の棒で手のひらをぺしぺし叩きながら、部下の現在を想像する映姫。
彼女の想像では、日当たりのいいところで昼寝か、中有の道でぶらぶらしている小町が浮かんでいる。
普段そこでサボっているからだ。
「午前中の小町は、凄く真面目に働いていたんですが……」
良い物でも食べたんでしょうか、と首をかしげる。
まだ真面目だった時の小町以上に働いているのだから、無理も無い。
午前中に四体の霊を連れてくるなど、ここ数年間は無かったことなのだから。
「たまには説教じゃなくて、褒めてあげるのもいいかもしれません」
自身が気付いているのかは分からないが、ともかく映姫は楽しそうに微笑んでいる。
「そういえばもう昼時ですね。一度、庁に戻りますか」
映姫が椅子をしまおうとしたそのとき、三途の河の水平線近く。
小町が鎌を振りながら、舟を漕いでくるのが見えた。
距離を操りながら来ているのか、どんどん姿が大きくなる。
「……また霊ですか?今日は本当によく来ますね」
久々の正規の仕事が肩に来ているらしく、映姫は肩を揉む。
その疲れの理由の大半は、今日に限っては自分の説教の長さに因るものである。
いつもは小町を叱る疲労。
程なくして、小町が小さな袋を二、三携えてやってきた。
満面の笑顔で。
「映姫様!お待たせしました!」
「……なんですか?その袋は」
「食べればわかりますよー」
袋の中には魚型のおやきが沢山。
たい焼きではなく、小魚のおやきである。
中身は餡子から、抹茶、肉の幽霊、そのままの魚など。
小町の食べればわかる、とはこのことである。
当然当たりもある。
「もぐ……これは…………白玉餡子!」
「これ……こっ……こおおおおおお!」
映姫、普通。
小町、山葵。
悶える小町、眺める映姫。
のどかな昼下がりだった。
午後もつつがなく渡して裁いて。
「お疲れ様でした」
「お疲れっした」
「今日はまたずいぶん働いてましたね」
「はぁ、まぁ」
午前に霊体四、午後にはなんと霊体六を渡した。
最近の営業成績としては飛びぬけている。
それでも、他の閻魔の部下の死神にはとどかない。
「小町」
「なんですか?」
「今日はなんであんなに仕事をしたんですか?」
いつもはサボってばかりなのに、という続きは映姫の喉に封じた。
ここで頭を叩いても意味がない。
「いやぁ同僚に聞いたら、外だと今日は『仕事始め』っていうらしくて」
「ああ、そうらしいですね」
幻想郷でも、里近辺ではそう決められている。
住み込みで働いているメイド、庭師、薬師には休みというものがまず無い。
他の人間以外と一部の人間には仕事すらないのだが。
巫女は仕事しているのだろうか?
「まぁ、心機一転といいますか。少しくらいは真面目にしてみようかなーと……」
「……成る程」
「いつまで続くかはわかりませんけどね」
「その台詞は自分で言うものではありません」
棒で一回叩く。
身長差のせいで、後頭部に当たった。
「きゃん!」
「私からすれば、いつもこのくらい働いてくれると嬉しいのですけど」
「だってほら、いつも気持ちが張ってると疲れるじゃないですか」
「それが仕事というものではないのですか?」
「あぅ」
話をしながら、軽くぺしぺしと小町の頭を小突く映姫。
「しかし、心を入れ替えたということは明日からも霊を渡してくれるということですね?」
「は、はい!」
「じゃあ明日から、暇つぶしに梱包材をプチプチ潰したりとか、意味の無い花占いをしなくてもいいわけですね」
「………」
「あー楽しみですねー」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「何故泣いているのですか?小町」
「いえ……何でも」
これからは、もうちょっと真面目に仕事をしよう。
小町は、スキップしながら前を行く上司の背中を見て沈んだ夕日に誓った。
罪悪感に押し潰されかねない。
後日談。
中有の道の祭りムードは正月を過ぎても収まらなかった。
それによって、顕界に多数の霊が引き返して小町の仕事が減った。
小町の仕事が減ると、映姫の仕事も減るわけで。
映姫は彼岸で今日も暇つぶしの手段を模索しているのだった。
是非曲直庁の執務室の一つ。
ドアには[四季映姫・ヤマザナドゥ]とプレートが嵌めこんである。
映姫はその中で、浄瑠璃の鏡を使って帽子を整えていた。
自分の顔以外にも、過去の自分とかが見えているのだが自分のことなので気にしない。
今はつまみ食いをして叱られている映姫が映っていた。
「わざわざ十王全員が挨拶しなくてもいいじゃないですか……」
全員が映姫と同様に説教が長いわけではないが、それでも十回聞くとなるとさすがに辛い。
五回を過ぎた辺りから、最初の閻魔が言った内容に靄がかかっている。
閻魔には年末正月関係なしに裁判があるが、何故か以前からこの日に朝礼がある。
いつもは閻魔と部下の死神の申し送り程度。
「小町とは久しく申し送りもしてませんけどね……」
新年早々愚痴が愚痴が多い、とまた愚痴を漏らす映姫である。
帽子の位置を決めて、悔悟の棒を携えた。
「今日は何人裁けるんでしょうか」
全ては小町の仕事次第。
外担当の閻魔よりも元々来る人間は少なかったが、それでも最近は仕事が少なすぎる。
同僚は少なくていいじゃーん、と頭と撫でてくる。
が、映姫からすると楽をしているようで居心地が悪い。
今日の説教は何にしようか、と考えながら悔悟の棒を携えて裁判所へ向かった。
「映姫様遅いなぁ」
一方小町は三途の河のこっち側(死神視点)で、舟に霊を乗せていた。
めでたく今年最初の霊である。
いや、めでたいのか?
「すまんね、待たせちゃって」
霊は首を振るように霊体を動かした。
霊からすれば、裁きを受けるのが怖いのだろう。
小町に渡された渡し賃は四十文。
六道に支払う分を差し引いても三十四文。
相当慕われる人だったのだろう。
「棟梁、もうちょっと話して待ってようか」
生前はこの霊、大工だったらしい。
それも棟梁。
小町は自分が使っている舟も見てもらった。
海が無い幻想郷というのもあるだろうが、専門外だった。
もうしばらく使っていることを教えるとそれにしてはしっかりしている、と驚かれた。
まぁ、人間の舟と同じ耐用年数じゃ死神の仕事には使えない。
でも見た目は古いというか、骨董品の域に入りそうなものである。
その後、生前の話とか、酒の趣味とか、河に飛び込んでみるか?
といった話をしていたところで、映姫が来た。
「すいません!遅れました!」
映姫は息を切らして駆けてくる。
表情からすると、全力疾走。
「小町!すぐ申し送りを……」
「映姫様、落ち着いてください。それにもう霊は来てます」
「へ?」
「棟梁ー。閻魔様がおいでになったよー」
舟から先の霊が下りてくる。
「映姫様、これがあの霊の渡し賃です」
「はい……あえ?」
「話した印象だと悪いやつじゃありません。じゃ、あたいは次の霊を連れてきます」
「あ、はい。わかりました。」
小町は舟に乗りこんで、さっさと彼岸から離れていった。
後には呆然とした映姫と、裁きを待つ霊が一体。
「小町が……仕事を……っ」
その後も小町は霊を乗せて往復し、五回目のあっち側。
霊を送っていく度に、映姫は鳩が豆弾幕を食らったような顔をした。
砂利の川原には、渡し待ちの霊は居なかった。
「さすがに正月だと霊も少ないなぁ」
中有の道の出店で死ぬか生きるか悩んでるのかもしれない。
正月だから、お祭りのような状態なのだ。
もしくは、本日の死者が尽きたか。
どっちにしろ、暇な時間ができたわけだ。
「どーするかなぁ」
鎌の柄で肩を何度か叩き、小町は悩む。
時間的には間もなく昼飯時。
小町は、どこで昼食を摂ってもいいことになっている。
内勤と違ってあっちとこっちを行き来するからだ。
昼食時に河の上、ということもざら。
鮫の背びれを見ながらの昼食も風流だとか殺伐だとか。
「んー……」
小町は考えを数巡させると、舟から降りた。
砂利が擦れる音がする。
「……来ませんね」
人気ならぬ、霊気がない彼岸。
映姫は一人で椅子に腰掛けていた。
折り畳み。
「またサボってるんでしょうか……」
最後の霊を裁いてから半刻、小町はまだ戻ってこない。
六文ギリギリの渡し賃だとしても、遠目に見えてもいいくらいの時間だ。
悔悟の棒で手のひらをぺしぺし叩きながら、部下の現在を想像する映姫。
彼女の想像では、日当たりのいいところで昼寝か、中有の道でぶらぶらしている小町が浮かんでいる。
普段そこでサボっているからだ。
「午前中の小町は、凄く真面目に働いていたんですが……」
良い物でも食べたんでしょうか、と首をかしげる。
まだ真面目だった時の小町以上に働いているのだから、無理も無い。
午前中に四体の霊を連れてくるなど、ここ数年間は無かったことなのだから。
「たまには説教じゃなくて、褒めてあげるのもいいかもしれません」
自身が気付いているのかは分からないが、ともかく映姫は楽しそうに微笑んでいる。
「そういえばもう昼時ですね。一度、庁に戻りますか」
映姫が椅子をしまおうとしたそのとき、三途の河の水平線近く。
小町が鎌を振りながら、舟を漕いでくるのが見えた。
距離を操りながら来ているのか、どんどん姿が大きくなる。
「……また霊ですか?今日は本当によく来ますね」
久々の正規の仕事が肩に来ているらしく、映姫は肩を揉む。
その疲れの理由の大半は、今日に限っては自分の説教の長さに因るものである。
いつもは小町を叱る疲労。
程なくして、小町が小さな袋を二、三携えてやってきた。
満面の笑顔で。
「映姫様!お待たせしました!」
「……なんですか?その袋は」
「食べればわかりますよー」
袋の中には魚型のおやきが沢山。
たい焼きではなく、小魚のおやきである。
中身は餡子から、抹茶、肉の幽霊、そのままの魚など。
小町の食べればわかる、とはこのことである。
当然当たりもある。
「もぐ……これは…………白玉餡子!」
「これ……こっ……こおおおおおお!」
映姫、普通。
小町、山葵。
悶える小町、眺める映姫。
のどかな昼下がりだった。
午後もつつがなく渡して裁いて。
「お疲れ様でした」
「お疲れっした」
「今日はまたずいぶん働いてましたね」
「はぁ、まぁ」
午前に霊体四、午後にはなんと霊体六を渡した。
最近の営業成績としては飛びぬけている。
それでも、他の閻魔の部下の死神にはとどかない。
「小町」
「なんですか?」
「今日はなんであんなに仕事をしたんですか?」
いつもはサボってばかりなのに、という続きは映姫の喉に封じた。
ここで頭を叩いても意味がない。
「いやぁ同僚に聞いたら、外だと今日は『仕事始め』っていうらしくて」
「ああ、そうらしいですね」
幻想郷でも、里近辺ではそう決められている。
住み込みで働いているメイド、庭師、薬師には休みというものがまず無い。
他の人間以外と一部の人間には仕事すらないのだが。
巫女は仕事しているのだろうか?
「まぁ、心機一転といいますか。少しくらいは真面目にしてみようかなーと……」
「……成る程」
「いつまで続くかはわかりませんけどね」
「その台詞は自分で言うものではありません」
棒で一回叩く。
身長差のせいで、後頭部に当たった。
「きゃん!」
「私からすれば、いつもこのくらい働いてくれると嬉しいのですけど」
「だってほら、いつも気持ちが張ってると疲れるじゃないですか」
「それが仕事というものではないのですか?」
「あぅ」
話をしながら、軽くぺしぺしと小町の頭を小突く映姫。
「しかし、心を入れ替えたということは明日からも霊を渡してくれるということですね?」
「は、はい!」
「じゃあ明日から、暇つぶしに梱包材をプチプチ潰したりとか、意味の無い花占いをしなくてもいいわけですね」
「………」
「あー楽しみですねー」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「何故泣いているのですか?小町」
「いえ……何でも」
これからは、もうちょっと真面目に仕事をしよう。
小町は、スキップしながら前を行く上司の背中を見て沈んだ夕日に誓った。
罪悪感に押し潰されかねない。
後日談。
中有の道の祭りムードは正月を過ぎても収まらなかった。
それによって、顕界に多数の霊が引き返して小町の仕事が減った。
小町の仕事が減ると、映姫の仕事も減るわけで。
映姫は彼岸で今日も暇つぶしの手段を模索しているのだった。
一方的に怒らない映姫は見てて安心です
>>ななしさん1
ヤマさんは頭ごなしに怒るほうが少ないと思うんだ。
多分いい上司。
>>ななしさん2
60年に一回の残業。
最近の外担当閻魔はすげー忙しそうだけどね。
>>yamさん
結局は元の鞘です。
貴方の三人称は、好きです。
物語と文章、どちらも平坦とあらわすこともできますが、同様に安心を感じることができます。心地好く読めるのです。
バランスよくまとまっていて、読後感のよいお話でした。