年末は忙しい、師走というぐらい忙しい、それは神社の巫女も例外ではない。
「あー、お茶がおいしいわぁ」
まず早い、何が早いかというと飲むペースが早い、すこぶる早い、
どれぐらい早いかというと一秒間に一度お茶をすするぐらい早い、
その間に、あー、お茶がおいしいわぁと喋ったりする物だからその舌捌き尋常ではない。
「ってお茶ばっかり飲んでられるかよ根治希少!!」
根治希少、病などが完全に治るのは珍しい事である、全く関係は無い、
しかし巫女はある意味重度のお茶中毒なのかも知れない、何せまだ飲んでいる。
「たくっ、次は何のお茶にしようかしら……」
どうやら既に茶葉からお茶成分が出ないほどに飲みつくしたらしい、
むしろ一缶分を飲みつくしたらしい、いやはや重度のお茶好きである。
「緑茶緑茶抹茶緑茶麦茶麦茶烏龍茶紅茶紅茶……」
棚を空けると視界に映るは所狭しと並べられる世界中のお茶、
そして巫女はその中から三つほど手に取ると、思いっきり振りかぶった。
「お茶はもうええっちゅうんじゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「行くわよルナみゃっ!!」
「みゃって何みゅっ!!」
「え? 二人とみょっ!!」
外に向かって全力で放り投げたお茶缶は、おそらく悪戯好きな妖精にでも当たったのだろう、
それにしてもこの巫女、非常に凶暴である、一体何があったというのか。
「はぁ食い物ねえ! みかんもねえ! 山には山菜一切ねえ! パンもねえ! お菓子もねえ!
魔理沙は毎日もーてもて! 宴会は! あるけれど! 冬にはほとんどやってねえ!」
何か歌いはじめた、末期である。
「おらこんな巫女~いやだ~、おらこんな巫女~いやだ~」
ついには自分の存在すら否定し始めた、そろそろ危険である。
「…………」
畳みにうつぶせになり両腕で顔を隠して微動だにしない巫女、
泣いているのだろうか? いや、違う、これは危険の前触れなのだ。
「……略奪に~い~くだ~(はぁと」
「もうすぐ新年か~」
紅魔館の門前に今日も立ち続ける門番一人、沈みゆく夕日を見て彼女は何を思うのか。
「お餅ぐらい食べれるかなぁ……」
食事の事であった。
「あら、職務中に食事の事を考えるなんて不謹慎ね」
「ひゃっ! 咲夜さん!」
ぬるり、と何処からともなく現れたメイド長、
慌てる門番を見て溜息をつくと、少し微笑んで一言。
「お餅、でいいのね?」
「ごめんなさいごめんなさ……え?」
「いつも頑張ってるんだから、そのぐらいのリクエストには答えてあげるわよ」
「ほ、本当ですかっ!?」
「私も食べたかったし、一緒に新年を祝いましょう?」
「はいっ!!」
咲夜からの突然のサプライズにキラキラと目を輝かせる美鈴、
キャッキャとはしゃぐその姿がまるで門番に見えない所にため息がもう一つ。
「それでは! 紅美鈴これより新年早朝まで突貫警備にあたります!!」
「張り切りすぎないようにね、怪我してもあなたなら大丈夫だとは思うけど」
「まっかせてくだ――」
「えっ?」
次の瞬間には美鈴の姿は無かった、代わりに、そこには一匹の猛獣が立っていた。
「ケェヒ~」
「れ、霊夢!?」
「食料をよこすケヒー!!」
そこで咲夜の思考は一気に冷めた、ああ、またいつもの発作か、と。
「無いわ、それよりも美鈴をどこにやったの?」
「横に」
「横?」
霊夢が親指でクイッと指し示した方向には、現在進行形で空をかっ飛んでいく緑の物体。
「あれは……美鈴っ!!」
「さあ、食い物をよこすケヒ~」
「やってくれたわね……美鈴は新年早々私とお餅を食べるのを楽しみにしていたのに!」
「お乳を食べあうの間違いじゃないケヒか?」
「……半分はね」
「まあ美鈴が食べる乳は何処にも無いケヒ、可哀想ケヒねぇ」
その一言で咲夜は切れた、プッツーンと切れた、理由は分からない、
だけど何故か彼女は切れてしまったのだ、もう一度言うが理由は分からない、断じて。
「ブゥルァァァァァァァァァァァ!!」
「陰陽アパカッ」
「あべしっ」
咲夜は飛んだ、ぐるぐると飛んだ、縦に回り横に回り、それでも後ろに飛んだ勢いでダメージを相殺し、
バルコニーで月を見上げていたレミリアの視界をスローモーションで駆け抜けて空の彼方へ飛んでいった。
「今のは……咲夜?」
「ここに」
「ひゃっ!」
今飛んでいったはずの従者が何故か真横にいた、怖かった。
「何か起きたの?」
「霊夢が発作を」
「棺桶を用意しなさい、死んだ振りをするから」
「棺桶には現在おせちが詰まっておりますが……お嬢様もお入りになりますか?」
「何で!?」
棺桶の中からおせち料理を満面の笑みでわけてくれるレミリア、悪くは無い、むしろ良い。
「そ、それよりも早く避難の準備を! 咲……咲夜?」
もうそこに従者の姿は無かった、あったのは一枚の紙切れだけ。
『美鈴を探してきます、ファイト!』
「ファイト、じゃねぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「まったくケヒねー」
「ひっ」
聞こえる、背後から悪魔の声が、食料を求める悪鬼の叫びが。
「それで、食料はどこにあるケヒ?」
「ししし知らないわ……全部咲夜が管理してるから……」
「この広い紅魔館を全部探すのは骨が折れるケヒね~」
「そうよ! だからさっさと他の所に行ったほうがいいわ! うん!」
「そうケヒねぇ……ああ、レミリア」
「……な、何?」
レミリアは恐る恐る振り返る、霊夢の顔色を確認するように、
しかし彼女は逃げるべきだったのだ、それはもう全力を賭してでも。
「蝙蝠の肉って美味しいケヒか?」
「どうみても死亡フラめそっぷ」
「も~い~くつ寝~る~と~寝正月~♪」
白玉楼、冥界にあるそのお屋敷では、ただいま忘年会の真っ最中、
幽霊達が酒を飲んで騒ぐ中、プリズムリバー三姉妹の演奏に乗って夜雀の歌が響く。
「寝正月には粥食って~天井だけ見て過ごしましょ~♪」
「もうすぐ新年ね~」
「幽々子様、お菓子をお持ちしました」
「あら、ありがと」
「は~やく~こいこい~寝正~月~♪」
わいわいと騒ぐ幽霊達を肴に、甘めの日本酒をクッと一口、
口の中をさっと苦味が駆け抜けると、お菓子を一つ手に取りぱくり。
「んー、おいしいわ~」
「まったくね」
「あら、来てたのねゆか……」
紫だと思ったら、霊夢だった。
「霊夢、なぜお前がここにいる」
「食料を探しに来たケヒ」
「ええい! 貴様のような狼藉者にくれてやる食料など!!」
「待ちなさい妖夢」
「幽々子様!?」
突然の来訪者に今にも斬ってかからんとした妖夢を制したのは、意外にも幽々子であった。
「もうすぐ新年を迎えるのよ、物騒な物はしまいなさい」
「は…はぁ」
「さすが幽々子、話が分かるケヒね」
「伊達に冥界の主をやっていないわ~……あら妖夢、お菓子はどこへやったの?」
「え? どこにもやっておりませんが……」
「美味しかったケヒ! けふっ」
お菓子が消えた、結構山盛りに作ってあったお菓子が跡形も無く巫女の中へと。
「妖夢ぅ!! 叩き斬れぇいっ!!」
「ただちにっ!!」
「ケヒッ?」
居合いの達人の一閃、それは誰の目にも映らぬ必殺の一撃、
その剣先は確実に巫女の喉元を捕らえ、断ち切ったはずだった。
「手応えが……おかしい?」
「ケッヒー」
「なぁっ!?」
巫女の口元に光る銀色の物体、それは間違いなく白楼剣の切っ先であった。
「んー、あまり美味しくないケヒねぇ」
「そんな……馬鹿な事が……」
コキン、コキンと租借する音が白玉楼に響き渡る、
あれほど騒がしかった宴会も幽々子の怒声によって静まり返っていた。
「ぺっ!!」
「ああ……剣先が……魂魄家の家宝が……」
霊夢の歯は刃よりも固し、有名な名言であるわけがない。
「さて、そろそろ食料を戴くケヒよ」
「くっ……たとえ命を賭してでも年末年始の食料だけはっ!!」
「安心するケヒ、もはや普通の食料には興味がないケヒよ」
「むっ?」
まるで壊れたカラクリ人形の様に霊夢の首がカタカタと回る、
その狂った目が見つめる先にいたのは、幽霊達でも、騒霊達でもなかった。
「おいしそうな……鳥肉ケヒねぇ」
「ちんっ?!」
最初に霊夢が紅魔館を襲ったのが彼女にとっての最大の不幸であった、
すでに普通の食べ物では満足できなくなった霊夢は、妖怪を食料とみなしたのだ。
「さぁ! さぁさぁさぁ! 優しくするケヒから……」
「いやぁぁぁ!! 食べられたくないぃぃぃ!!」
「お待ちなさい」
「ケヒッ?」
じりじりとミスティアににじみ寄る霊夢を止めたのは、またもや幽々子だった。
「お前にもう用はないケヒ、大人しくしてるケヒ」
「あなたになくても私にはあるわ、彼女は私が招いたお客様、ならば何があろうとも
この白玉楼の中では彼女の安全は私が守る、西行寺家の名にかけても!!」
「ゆ、幽々子さん……」
「どうせ正月に鍋にして食う気ケヒ」
「勿論よっ!!」
「少しでも感動した私が馬鹿でしたぁぁぁぁぁ!!」
「あなたにミスティアは渡さない! バタフライディルージョン!!」
スペル完食!!
「好きなだけ持っていってね」
「賢明な判断ケヒ」
「西行寺家の名前はどうしたちんー!!」
憐れミスチー、お札で口をふさがれ、縄で全身を縛られて、白い袋に投げ込まれる冬の日。
「(ああ、レミリアさん、あなたもなんですね……)」
「(ミスティア、あなたも来てしまったのね……)」
袋の中で二人の絆は、少しだけ強くなったかもしれない。
「ま、待て霊夢!」
「何ケヒ?」
そして霊夢がまた新たな食料を探しに行こうとした時、ふと妖夢が彼女を呼び止めた。
「その背中に背負っている袋はもしかして……」
「……なんでも好きなだけ入る便利な袋ケヒね」
さようなら、聖ニコラウス。
「慧音、今年もいろんな事があったよね」
「そうだな、妹紅が初めて人里に降りてきたり、初めて子供達と遊んだり……」
「ちょ、ちょっと慧音!」
「嬉しかったぞ、本当に……妹紅が人里の者達とも触れ合おうとしてくれたんだからな」
「な、泣く事ないじゃない」
月明かりに照らされる屋根の上で、ほろりと泣いた慧音を妹紅が優しく抱きとめる、
二人の顔が近づき、やがてその瞳と瞳が見つめあい、互いの唇が……。
「牛はいねがああああああああああああ!!」
『ぎゃあああああああああああああ!?』
「牛はいねがいねがいねがああああああああ!!」
『わあああああああああああ!!』
およそ五分ほど命がけの追いかけっこ。
「はぁっ…はぁっ……れ、霊夢! いくら博霊の巫女といえども大事な家畜を渡すわけには……!」
「ちっ、そういえば今日は満月じゃなかったケヒね」
「満月?」
「残念ケヒ、命拾いしたケヒね」
残念そうな顔をしながら急に踵を返した霊夢、残された二人はただただ呆然とするばかり、
そして彼女達が霊夢の謎の言動を理解したのはほんの三分後の事だったらしい。
「……という事が人里で起きてたらしいですよ」
「物騒な真冬のホラーね」
「姫、蜜柑が剥けましたよ」
「鈴仙様、霊夢はここには来ないですよね、ねっ?」
永遠亭大屋敷、その云百畳はあろうかという大広間の一つを小さな炬燵が占拠している、
上座に輝夜、その右に永琳、左に鈴仙、下座にてゐ、しかし何処が上座か分からないので意味がない。
「もぐもぐ……んー、やっぱこたつには蜜柑よねぇ~」
「同感です姫、やはり炬燵にはお煎餅ですよね」
「(相変わらす会話がおかしいウサねぇ)」
無駄に広い、無駄に広いのに他の兎達の姿は一切無く、ただ中央で炬燵に入って温まる四人のみ。
「今年も無事に一年が終わりますね」
「そうねー、でも新年早々イナバにはスッパで働いてもらわないと」
「そうですね、そろそろ風邪薬も補充しないと」
「(未だにこの会話の法則が分からないウサ)」
「あー、永琳、もう一個蜜柑頂戴~」
炬燵に突っ伏しながら永琳の見事な皮筋完全排除蜜柑を待つ輝夜、
しかし何故かこない、返事すらない、ふと永琳がいた方を見ればもぬけの殻。
「あら? 永琳はどこに行ったの?」
「どこにも行ってないはずですが……師匠ー?」
「厠にでも行かれたウサ?」
「いや、師匠がこんな時間に腹筋運動するなんて事は」
「(だからわからんウサっての!!)」
結局三人でもぐもぐと蜜柑を頬張る、輝夜は永琳が皮を剥かないと、
剥かないままかぶりついてしまうので注意が必要だ。
「んしょ、んしょ」
「鈴仙様、私がやりますウサよ?」
「大丈夫任せて、永遠亭の危機なんだもん」
「(頼むから日本語をしゃべってほしいウサ)」
「はい、姫様剥けましたよ~……あれ?」
ふと気づけば輝夜もいなかった。
「姫様ー?」
「あれ? 間違いなくさっきまでそこにいましたウサよ?」
「お、おかしいなー」
鈴仙が炬燵から出て立ち上がり、部屋をぐるりと見渡すが勿論誰もいない、
天井も特に異変はない、ただ二人の姿が消えただけ。
「炬燵の中にでも入ってるんじゃないウサか?」
本来なら炬燵の中は人が二人も篭りきれるほど大きくは無い、が、そこはそれ、
あの二人なら何とかしてしまう事もたやすい、永琳はともかく輝夜でもだ。
「姫様ー、お師匠様ー?」
「ケヒ?」
「……レイセッ――」
「てゐっ!?」
鈴仙が振り返った時、そこにてゐの姿は無かった、こうなれば誰の目にも原因は明らかだ、
付け加えて鈴仙は兎の妖怪、先程の一瞬のやり取りも全て聞こえている。
「出てこい! そこにいるのは分かっている!!」
いつでも弾幕を放てるように妖力を溜め、炬燵に向かって叫ぶ、
相手は永遠の姫も月の頭脳も音一つ立てずに仕留めた猛者、その頬に冷や汗が伝う。
「お前は既にワカメに囲まれたイソギンチャク! 出てこなければ……撃つ!」
途端、炬燵が跳ね上がった、その布団を四方に広げ、まるで獣のように鈴仙に襲い掛かったのだ、
そしてその炬燵の板の裏には、やっぱり巫女が張り付いていた。
「やっぱりお前かぁぁー!!」
「踏み込みの速度なら負けん! 零距離! 取ったケヒ!!」
「しまっ―――」
鈴仙が妖弾を発射せんと突き出した右腕は、かなしくも炬燵の板の下に潜り込む事すら許されなかった、
かくして鈴仙は炬燵に押しつぶされ、その巫女の手の中に落ちる事となる。
「はー、やっぱり普通の兎と月の兎なら貴重なほうがいいケヒねぇ~」
炬燵から、首より上だけを出してぽつりとな。
「もうすぐ新年ねぇ~」
「そうですね」
「もうすぐあなたともお別れね、悲しいわ」
「冬眠するだけではないですか」
「んもう、そこはのらないと駄目じゃない」
年が明けるまであと一刻、主と式が共に月を見上げ語り合う。
「おせちは?」
「重箱十段」
「お餅は?」
「七百七十七個」
「人間は?」
「中東産」
「嫌よ嫌よ! 人間はやっぱり日本産じゃないと!」
「文句を言わないでください! 戦時中は食べる物にも不自由していたのですよ!」
そんな時、マヨヒガの玄関がいきなり爆発炎上した。
「……ほら、藍が中東から持ってきたりするから爆発しちゃったじゃない」
「そんな馬鹿な」
しかしすぐに彼女らは爆発の原因を知る事となる、
捲れ上がる廊下、吹き飛ぶ屋根、へし折れる柱、そしてその爆発の中を歩いてくる巫女。
「ケヒィー」
『発作か!!』
もはや彼女らにとって、霊夢がいついかなる時どんな状態であるかなど一目で理解できる、
故に今この時この状態は最悪であるという事がすぐさまに頭に浮かんだ。
「見つけたケヒよ~」
「落ち着きなさい、ほしいのはおせち? それともお餅?」
「このまま大人しく帰ってくれるのなら分けてやらんでもない」
「そんな物はいらないケヒーッ!!」
『っ!?』
彼女らにとっては想定外である、今までこういうことがあっても適当に食料を分けていれば
たいして被害が出ることも無く穏便に済んでいた、しかし今日はその通りには行かないのだ。
「私が求める物は只一つ……狸肉ケヒ!!」
『……狸肉?』
狸肉、あまり食べ物としてはメジャーではない、しかし今の霊夢は正気ではない為、食べたくなっても
不思議ではない、問題は何故マヨヒガに狸肉を略奪しに来たかということだ。
「霊夢よ、狸肉などここには無いぞ?」
「いいや、あるケヒ」
「ああ、私の隙間で取り寄せて欲しかったのね」
「その必要も無いケヒ、既に目の前にあるケヒ」
「目の前?」
目の前、と言われても狸なぞどこにも無い、紫と藍はただ首を捻るばかりだ。
「まだとぼけるケヒか?」
「とぼける? 何を?」
「八雲紫! お前が狸だケヒー!!」
「何故っ!?」
ビッシィィィとお払い棒で紫を指し示す霊夢、あまりの突拍子な発言に二人は驚きを隠せない。
「た、狸じゃないもん……猫型ロボットだもん……」
「紫様お気を確かに! 霊夢っ! 紫様を狸などと無礼にも程があるぞ!!」
「ふっ、私には明確な根拠があるケヒ!」
「何だと!? 言ってみろ!!」
「だって、化け猫、化け狐ときたら後は化け狸しかないケヒ」
一瞬、場が無音になった。
「そんだけかああああああああああああああああああああ!!!」
「イエスアイケヒ!」
「くふっ……くふふふふふふふふふふふふ」
「ゆ、紫様!?」
ざわりと空気が変わる、周りの空間に魔力が満ち始め、隙間が空を覆い尽くし始めた。
「藍、全力を出しなさい、あの巫女をギッタンギッタンにするわよ」
「はっ、はい!」
「くっくっくっく、かかってくるがいいケヒ!」
「誰が全身丸っこくてぶよぶよとしている狸なんじゃこん腐れ巫女がぁぁぁぁぁ!!」
「(うわぁ、紫様怖い)」
怒りは人を盲目にする、それは妖怪とて例外ではない、蟻一匹這い出る隙間も無い弾幕の嵐、
想像を遥かに超える肉弾攻撃、その全ては巫女の前には無力であり無駄であった、
まるで紫たちの残りの命のカウントダウンのように一本一本引きちぎられていく藍の尻尾、
その九本目の尾が引きちぎられた時、藍の魂の灯火は消え、紫はあえなく巫女の前に屈したのだった。
「さーて、どれを食べるケヒかねぇ~」
囲炉裏に大きな鍋が釣られ、鍋の中にはなみなみと注がれた大量のお湯が煮えたぎる、
その横で何でも好きなだけ入る便利な白い袋の中を覗き込み、食材を物色する霊夢。
「蝙蝠肉、鳥肉、兎肉、狸肉……さすがにこんなには食べきれないケヒねぇ」
レミリア、ミスティア、鈴仙、紫、みな袋の中でうつろな目を浮かべている。
「さーて、まずは……」
「ん、んー!!」
最初に取り出されたのはレミリアであった、
縛られた状態の彼女を触り、眺め、重さを量り、じろじろと吟味していく。
「んー、意外と固そうだし、食べるとこ少なそうだし、これは駄目ケヒねぇ」
「ん! んんっ! ん!」
「味噌が味わえないのもマイナスケヒー」
霊夢の言葉に同意せんと顔を上下に振りまくるレミリア、威厳もへったくれも無い。
「これは除外ケヒね」
「……ぶはっ」
食べないと決めるとレミリアは口に張られていたお札を剥がされ、縄も解かれた、
そのままぽいっと囲炉裏の傍に投げられ、弱っている状態なので受身も取れずに頭から落ちる。
「そこで待っているケヒ、後で一緒に鍋を食べるケヒよ、鍋は皆で食べる物ケヒ」
「え、私も食べるの……?」
続いて袋から取り出されたのはミスティアだった。
「鳥肉は魅力的ケヒねぇ」
「んー! んんー!!」
「でも骨が多くて食べ辛そうケヒ」
「んっ! んっ!」
「うーん、保留ケヒね」
ミスティアをドサリと隣に置き、またごそごそと袋を探る霊夢、お次は兎の番のようだ。
「やっぱり兎肉ケヒね!」
「んんんんんんーーーー!!」
「こら、暴れるなケヒ!!」
「んんんーーーーーーー!!」
「大人しくしないとしめるケヒよ!!」
「んんっ!?」
その一言にビクリッと鈴仙の動きが止まった、とその時、彼女のポケットから零れ落ちた一つの瓶。
「これは何ケヒ?」
「んんー?」
対冥府用ジェノサイド毒薬、三途の川全域分。
「…………どんな毒物に汚染されてるか危なくて食えたもんじゃないケヒ」
「んー!!」
鈴仙の命は一瓶の毒によって救われた、毒でも命を救う事があるということか。
「最後は狸肉ケヒねぇ」
「ん~……」
ずりずりと袋から引っ張り出される紫の姿に大妖怪の面影はどこにも無い。
「大きいし肉付きもいいし脂身もたっぷりケヒ! ミスティアより断然こっちケヒね!!」
「んんっ!?」
こうして今年の生贄は決まったのだった。
「さー、もうそろそろケヒね~」
囲炉裏を取り囲む一人と三匹、その中心では鍋の蓋がコトコトと蒸気で音を奏でている。
「では煮紫を食べるケヒー!」
『お~……』
もうすぐ年越しを迎える中、待ちかねた一人と待ちかねてない三匹の前で、鍋の蓋がついに開かれた。
「いただきますケヒー!!」
「はぁ~、やっぱりお風呂の温度は百度よねぇ~」
「…………」
どうやら煮て料理するのは不可能なようだ、ということで揚げてみた。
「ふぅ~、ごま油は美肌に本当にいいわよねぇ~」
焼いてみた。
「ああっ、このチリチリ感がたまらない!」
叩いてみた。
「あっ! もっと! もっとよ! 三三七拍子のリズムでもっと強く! もっとぉ~!!」
漬けてみた。
「味噌って肌にいいのかしら?」
そのまま春まで待つ事にした、
きっと美味しい漬け紫が出来ている事だろう。
ほのぼの?オチで良かった……
世界共通最後の手段 ○肉に目覚めなくて何より。
吹きました、それはダメだろ霊夢(wwwww
あと、自慢の尻尾を全てもがれた藍様のその後が気になります(遠い目
何を取っても私には効きません」
…ということか。
やるな、紫。
吸血鬼の肉は中まできちんと火を通さずに食べると吸血鬼化する恐れが…
>きっと美味しい漬け紫が出来ている事だろう。
いや、どのみち『食えねぇ奴』じゃないか
それはそうと、来年には八坂の蒲焼きや洩矢の唐揚げでも作るのだろうか