※激しく下ネタ注意
深夜遅く、その日僕はいつもより遅くまで品物を整理していた。
無縁塚での仕入れが久しぶりに大漁だったのだ。
「ふむふむ…これはいいものだな」
品物がいつもよりかなり多かっただけあって、僕は疲れていた。
そのせいだろう。店の入り口に閉店の札をかけ忘れていたのは。
外で誰かの足音が聞こえ、店のドアが開いた。
「こんばんは!」
にこやかな顔で入ってきたのは新聞屋の天狗だった。
買い物に来たにしては随分遅すぎる。
「いらっしゃい。何をお求めで?」
「今日は買い物に来たわけじゃないんですよ」
そう言うと、彼女は鞄の中から分厚い紙の束を取り出した。
初めそれが新聞だと思ったが、よく見ると何も書かれていない。
「実はですねー。輪転機が壊れちゃって新聞ができてないんですよ」
「ほう」
「明日までに完成させないといけないんだけど、どうも一人じゃ無理そうなんですよね。
実は壊れたのが2日前で、昨日も徹夜してたから、マジ眠気は迸る烈火の如く、気分は最高にハイって奴です」
「そうか、大変だね。もう閉店だ。話は明日聞かせてもらう事にするよ」
何だか話が危険な方向に向いてきたので、客も鍵も放っといたままさっさと奥へ逃げる。
今日は疲れているんだ。厄介ごとに巻き込まれたくは無い。
しかし全く反応が無い。ちらりと背後を見やる。
彼女は、店内の壁にぺたぺたとテンポ良く、無数の写真を貼り付けていた。
その写真には全て同一人物が映っていた。
ふんどし一丁で走り回る男、妖忌とCallingしあっている男、今まさに座薬を受け止めようとしている漢―――!
「僕じゃないかーーーーー!!」
彼女の手からまだ貼っていない写真を奪いとる。
「返して!返してください!それを持っていかれると今月のお小遣いが!」
「売るつもりかッ!?」
絶叫する。
「それだけじゃありません!今月中には霖×忌の合同同人誌・りん☆き~大胸筋…でしか伝わらないオモイ~
出版予定!それでも文々社の勢いは止まらない!来月には写真集『香霖くんとふんどしくんと』出版予定!」
「僕ばっかりじゃないか!わかったよ、手伝えばいいんだろう!写真は返せよ!」
「理解が早くて助かります」
彼女は鞄から紙の束やら写真やらを大漁に店の机に並べた。
「それじゃ、私が記事を書いていくので、香霖さんは見本どおりに写真を貼り付けて、
きれいに重ねて折りたたんでいってください」
こうして深夜の新聞作りが始まった。
****
作業が経過して数時間。
ただひたすら写真を貼り、折りたたむ。
目の疲れが限界だ。頭も少しぼんやりしている。
寝てしまおうか…でも写真がなあ…
目の前を見た。
少女爆睡中。
「寝るなーーーーーーーー!!!」
幸せそうによだれを垂らして机に突っ伏していた。
見ると、横に書き終わった新聞の束が重ねてある。
ある程度まで先に進んだから、追いついたら起こせという意味だろう。
こっちを手伝えよ。早く終わらせるつもりが無いのか?
起こそうとして近づくと、何かむにゃむにゃと寝言を言っているのが聞こえた。
傍に立ち耳を近づける。
「〆切〆切〆切〆切〆切〆切〆切〆切」
新聞記者も大変なんだな…
僕は彼女が起きないようにそっと布団をかけて、しばらく寝かせてあげることにした。
しばらく一人での作業が続いた。
眠気で鈍った頭で作業を続けていると、ドアを叩く音がした。
「おーい香霖!開けてくれー!」
魔理沙か。どうやら閉店の札は掛けていても意味が無いようだ。
これ以上招かれざる客が来ないように鍵をかけておいて助かった。
ドアを開けずに返事をする。
「こんな時間に何の用だい?生憎とうちは夜中は開いてないんだよ」
「何言ってんだ?私は24時間活動中だぜ。せっかく起きてるなら都合がいいや、
ちょっと用事があるから入れてくれよ」
「来るのならまた明日来るか、僕の用事が終わるまで待っててくれ。それじゃ」
「冷たいぜ香霖…」
会話を無理やり打ち切る。
そもそも新聞で手一杯だし、壁じゅうにしっかりと自分の裸体が貼付された店内に
魔理沙を入れるわけにはいかなかった。
ドアの外の気配は消えない。魔理沙は、どうやら待つ方を選択したようだった。
「あれ、誰か来たんですか…?」
文が目を覚ました。
少し寝ぼけているようで、目じりがとろんと垂れている。
「いい夢は見れたかい?」
「ええ…すごかったです…」
さっきの寝言といい、相当嫌な夢を見たらしい。顔が真っ青に血色を失っていた。
ようやく起きたか。この新聞作りは一人では間違いなく終わらない。
早めに起きてくれて助かった。
「それじゃあ続けようか」
「はい」
「香霖…そこに誰かいるのか?」
「ああ、文さんが来てるよ。」
「いや、あの、さっきからいい夢とかすごかったとか…こんな真夜中に二人で何をしてるんだ?」
「大した事じゃないよ」
かなり進んだし、もう少ししたら終わるだろう。
いつまでも魔理沙を寒い店外に待たせるのは可哀そうだ。
話すのは後にして、作業を進めることにした。
しかしまだ紙の厚さは結構ある。一体あとどれくらいあるんだ?
僕は軽く指をなめて、紙の束をぺらぺらとめくり数えてみた。
「あ…ダメですそんな…なめたりなんかしちゃ…汚い…」
「汚くなんかないよ」
紙をめくるときに指をなめるくらい、誰だってするだろう。
そんなに潔癖症なら、人に手伝わせるな。
文の不満そうな目を無視して、枚数を数える。これまでやってきた量を考えれば、もう少しで
終わる事ができそうだった。
「おい、香霖!開けろ!何だか不健全だぜ!?」
不健全?魔理沙は何か病気でもしているのだろうか?
風邪だとしたら寒い中で待たせるのは良くないな。
「魔理沙。やっぱり君は帰ったほうがいい」
「何言ってんだよ香霖!」
やはり待つつもりか。ちょっと突き放した言い方をしないと帰ってくれそうに無い。
「うるさいなあ。僕は彼女と(新聞作りを)やってる最中なんだから、
君につきあってる暇は無いんだよ。また明日にしてくれ」
「ん…もう…駄目…」
文を見ると、眠気がぶり返してきたらしく、コックリコックリと舟をこいでいるところだった。
あ、まずい。その位置だと額がインク壷にぶつかる。
ぶつかった。
「ひゃあん!」
インク壷が倒れ、インクが派手にこぼれた。
真っ黒なインクが机の上に広がり、床に滴っていく。
新聞は無事だったが、僕の机に黒い染みが残るのは避けられそうになかった。
人に無理やり手伝わせといてどれだけ迷惑をかければ気が済むんだ。
「あーあ…びしょ濡れだ」
「ごめんなさい!」
「謝らなくていいよ。さっさと床を拭くんだ。」
「OMORASHIだと!ついていけないぜ!」
外の魔理沙はついにわけのわからない事を言い出した。
どうやら症状が悪化して、幻覚を見ているようだ。
もしかするとただの風邪ではないのかもしれない。早く家に帰さないと。
ますます魔理沙を中に入れるわけにはいかなくなった。
「駄目だ魔理沙。もう今日は帰れ。」
「やだよ!何やってるか知らないし知りたくも無いけど、不潔だぜ!やめろよ!」
「彼女とは合意の上でやってるんだ。君にとやかく言われる筋合いは無いな」
文は机を拭いた後黒くなった雑巾を洗いに行った。
だが床に滴り落ちたインクに気がついていないようだ。
「おっと、これをきれいにするのを忘れてるよ。」
ごく小さい汚れだから気づかなかったか。
文はえっそれぐらいいいじゃんとばかりの目つきで言った。
「ここも…するんですか?」
「君のせいで汚れたんだ。当然だろう?」
文は面倒くさそうにさっき置いてきた雑巾を再度持ってきた。
床をごしごしとこする。
「そうそう…よーくこすって、きれいにするんだ」
「あのさ香霖」
ドアの外で魔理沙の震えた声がした。
まだいたのか。
「私さ、まだ子供だから…そういうマニアックなプレイとかよくわからない。」
何だ、新聞作ってるの知ってるんじゃないか。
確かに新聞を手作業で作るなんて、マゾヒスト的行為の極致とも言える。
数百紙に及ぶ新聞をわざわざ手書きなんて正気の沙汰じゃない。一日ぐらい休めばいいのに。
それを考えると、目の前の天狗がどれほど新聞を大切に思っているか感じられた。
「でも嫌なんだ。香霖が私じゃない誰かとそんなことしてるのはなんか嫌なんだ!
だから…香霖、そういうのがしたいなら…」
新聞作りの何が気に食わないんだ?
魔理沙の発言からは、相変わらず真意が掴めなかった。
「だから…正直に言うぜ。香霖…私が…香霖としてもいい。嫌でも我慢する。
マニアックでもいい。香霖…私を選んでくれよ…」
その言葉を聞いて、衝撃が走った。
僕はとんでもない勘違いをしていた。魔理沙は幻覚なんか見ちゃいない。
魔理沙は新聞作りをしてみたいのだ。
さっきからの意味不明な言動もこれで納得がいく。
素直になれない魔理沙のことだ、自分もやってみたいなんて言うのが気恥ずかしかったんだろう。
ここまで言われないと気づかないなんて、本当に自分の鈍感さに嫌気が刺した。
だが魔理沙は本当に何もわかっちゃいない。
これは小学生がやる学級新聞のように、お遊びで楽しむものではない。
もうすぐ日も昇るというのに、機械でやれば一瞬ですむ作業を何時間も人の手でやり続ける。
これは拷問だ。新聞作りという名を冠した拷問。それが新聞作りの正体だ。
魔理沙が新聞作りに何かを期待しているならば、こう答えてやりたい。
新聞作りには何もない。本当に何も無いのだ。あるのは苦しみだけ。
だが純粋な魔理沙の期待を裏切る事はできない…だからこそ突き放す必要があった。
「駄目だ。僕には文がいる」
「そう…か」
「君も仲間に入りたいのかい?駄目だよ。別に僕は君にしてくれなんて頼んでないだろう。」
魔理沙はそれきり黙り込んでしまった。
さてと。ようやく畳むのも終わった。後は全部重ねて文の鞄に詰めるだけだ。
「それじゃあ入れるよ」
「はい…入れてください…」
新聞をまとめて二人で鞄に詰め込む。持ってくるときにはきれいに重なっていた紙も、
新聞になってみると折れ目で体積が増え、先ほどのようにきれいに収まってはくれなかった。
「キツいな…。最後まで入りきらないよ。そっちはどうだい?」
「んっ、キツいけど、何とかいけそうです。」
鞄にどんどんと新聞を詰め込んでいく。
文が中の新聞を倒れないように抑え、僕が詰める。
そうしないときれいに詰め込めず、全部入りきらないからだ。
静かな室内には、新聞を詰め込んで重くなった鞄のせいで机がギシギシと歪む音と、
いい加減疲れてきた二人の吐息しか聞こえなかった。
だがある程度入れたところで、文がまた眠たそうな顔をしていることに気づいた。
「もう疲れてきたんじゃないか?」
「はい…」
「後は僕にまかせなよ…楽にして」
その言葉を言うやいなや、文はそのまま椅子に座って突っ伏して寝た。
眠たげにううん…と唸っている。
鞄のほうは、新聞がもう抑える必要もないくらいに詰め込まれていた。
少し追加し鞄がいっぱいになったが、まだ新聞が残っていて入りそうに無い。もう完全にいっぱいだ。
ああもう。これが収まらなかったら、また取り出して畳みなおしになるんじゃないだろうな。
僕の眠気は最早極限に達し、他の事は何も考えられなくなっていた。
そんな時、入りきらなかった新聞の記事が目についた。
『奈河2増水―洪水の危険』
三途の川は、別称で奈河とも呼ばれる。2というのは、2丁目のことだ。
三途の川2丁目で洪水が起こっただと?そんなもの、周りに住んでるのは船頭だけじゃないか。
被害が出るはずも無い。
全ての新聞からこの記事の紙を抜けば、きっちり全ての束が鞄に収まってくれるはずだ。
わざわざ書いたのに残念だが、この記事は鞄から出させてもらおう。
「奈河2(なかに)出してもいいかな?」
「ダ…ダメですよ!」
文が飛び起きる。
どうやら自信のある記事のようだ。だが迫り来る眠気の前では、彼女の哀願など、何の意味も持たない。
僕は嫌がる彼女を無理やり押しのけて、激しく鞄の中をまさぐった。
「ダメだ…もう我慢できない!出すよ!奈河2(なかに)出す!」
「やめてえ!奈河2(なかに)は…奈河2(なかに)は出さないでええ!」
僕は長時間の作業によって高まったストレスを解消すべく、狂ったように彼女の新聞から奈河2を取出し続けた。
初めは圧力のせいで奈河2を取り出すのは難しかったが、だんだんと鞄が空いてくると、
鞄は僕の指をすんなり受け入れ、自分から奈河2を吐き出すように感じるほどだった。
全ての新聞から奈河2を取り出し、入りきらなかった新聞を鞄に強引にねじこむ。
隙間が空いてガバガバになった鞄は、最早新聞を10紙でも20紙でも、際限なく咥えこんだ。
その鞄のあまりの態度の変わりようには、僕は戦慄を覚えずにはいられなかった。
やっと全部収まった。けっこう疲れたな。
「はあ…(ようやく終わって)良かったよ…」
「ひどい…ひどいです…」
へなへなと崩れ落ちる文。
彼女には悪いが、これでようやく眠れる。
そういえば魔理沙の声が聞こえないな。もう新聞作りも終わったし、外でくらいは会ってやるか。
中が見えないように少しだけドアを開け、体を滑らせ外に出る。
「魔理沙?いないのか?」
先刻まであれだけうるさく外から呼びかけていた魔理沙はもういなかった。
帰ってしまったのか。悪い事したな。
****
魔理沙が霧雨の実家に帰ったと風の噂で聞いた。
最初それを聞いたときは寂しいというより何だか不思議な気持ちだった。
一人暮らしの生活に飽きたのか?急に親を安心させたくなったのか?
結局魔理沙の考えは僕にはわからなかった。
ただ僕に何の相談も無く行ってしまったのが、悲しくないといえば嘘になる。
夜の森を窓越しに眺めながら、僕は自分の胸の内に突然ぽっかりと空いてしまった穴を、
どうすればいいか途方にくれていた。
「こーんばーんわー」
にこやかな表情を浮かべて、天狗の少女が店内に入ってきた。
「実はまた輪転機が壊れちゃって。今度は多分すぐ直ると思いますけど、今日は間に合いそうに無いので
新聞作り手伝ってください」
「悪いけど、今はそんなことをする気分じゃないんだ…」
しかし彼女は黙って室内に写真を貼り出した。
「まだあったんかーい!!」
「お願いです!私は自分のスペルカードに『霖符・真夏のこーふんどC』なんてものが入るなんて、
許せないんです!」
「ばら撒くつもりかー!!!」
両手を合わせて必死に頼み込んでくる文。
おいおい。それはお願いではなくて脅迫と言うんだよ。
この前ので人をこきつかう味をしめてしまったらしい。従うしかないだろう。
「やればいいんだろ…やれば」
「それじゃーお茶でも持ってきてもらいましょうかね。ウェッヘッヘ」
脚をどっかりと机の上に乗せ、椅子に体重を預ける文。
何て尊大な態度だ。腹黒ガラスめ。
心の中で悪態をつきながら、茶を淹れる。
持っている茶葉の中で、最も苦くてまずい茶を淹れてやったので、少しだけスッとした。
作業が始まり、この間のように新聞に写真を貼り付けながら考えた。
そういえば、最後に魔理沙に会ったのもこうやって新聞を作っていたときだったっけ…
「なーに暗い顔してるんですか!もっと明るくいきましょう!」
「あいたっ」
暗い考えに陥りそうになった時、文が無神経に背中をばんばんと叩いてきた。痛いな。
だが作業をしている間、文がつまらない冗談や脅迫をしゃべりかけてきたせいか
僕は余計な事を考えなくてすんだ。
彼女は眠そうだった前回とは違って、やたら元気だった。
ひょっとすると彼女は僕が魔理沙と仲が良かった事を知って、励ましに来てくれたのだろうか。
いや、この腹黒い脅迫天狗がそんな殊勝なことをするはずが無い。
危なかった。思わず敵に感謝するところだ。
考えてみると、魔理沙のことは僕が気にやむことではないのかもしれない。
魔理沙は僕に何も言わずに出て行った。
寂しい事だが、その事実をポジティブにとらえれば、魔理沙は僕に頼らずとも、
大切な物事を一人で決められるほどに成長したということだ。
僕は魔理沙の保護者だった者として喜ぶべきなのだろう。
そう思うと、少しだけ気が軽くなったような気がした。
(元気でやれよ魔理沙)
魔理沙はこれからも魔法を極めるために努力し続けるだろう。
もうその姿を見守ることはできないが、自分を乗り越えていった少女、いやもう少女とは呼べない。
一人前の女へと成長した魔理沙の事を考えると、寂しいような誇らしいような、複雑な感情にとらわれた。
たとえ成長したといっても、やはり心配なのは変わらないのだ。
魔理沙はいつだって真っ直ぐだ。それは僕のような存在にとっては眩しいほどの魅力ではあるが、
ときにはその真っ直ぐさが仇となることもある。
魔理沙が汚い現実と向き合う時、純粋であるがゆえに傷ついてしまうのは、僕にとっては耐え難いことだった。
僕は祈った。魔理沙の未来に。
魔理沙がいつまでも純粋にあるように。魔理沙の未来に悲しい事が起こらないように。
そんなことを考えているうちに外が明るくなった。
疲れた目を休ませるため窓辺から外を見ると、日はすでに昇っており、
小鳥がさえずって朝の到来を告げていた。
魔理沙の成長を、幻想郷が祝ってくれているようだった。
「霖之助さん、いるかしらー?」
「ああ、霊夢か。悪いね、今取り込み中なんだ。明日また来てくれないか」
「香霖さん、これすっごく濃くって苦いです…」
「君から求めてきたんじゃないか。ちゃんと最後まで飲むんだ」
深夜遅く、その日僕はいつもより遅くまで品物を整理していた。
無縁塚での仕入れが久しぶりに大漁だったのだ。
「ふむふむ…これはいいものだな」
品物がいつもよりかなり多かっただけあって、僕は疲れていた。
そのせいだろう。店の入り口に閉店の札をかけ忘れていたのは。
外で誰かの足音が聞こえ、店のドアが開いた。
「こんばんは!」
にこやかな顔で入ってきたのは新聞屋の天狗だった。
買い物に来たにしては随分遅すぎる。
「いらっしゃい。何をお求めで?」
「今日は買い物に来たわけじゃないんですよ」
そう言うと、彼女は鞄の中から分厚い紙の束を取り出した。
初めそれが新聞だと思ったが、よく見ると何も書かれていない。
「実はですねー。輪転機が壊れちゃって新聞ができてないんですよ」
「ほう」
「明日までに完成させないといけないんだけど、どうも一人じゃ無理そうなんですよね。
実は壊れたのが2日前で、昨日も徹夜してたから、マジ眠気は迸る烈火の如く、気分は最高にハイって奴です」
「そうか、大変だね。もう閉店だ。話は明日聞かせてもらう事にするよ」
何だか話が危険な方向に向いてきたので、客も鍵も放っといたままさっさと奥へ逃げる。
今日は疲れているんだ。厄介ごとに巻き込まれたくは無い。
しかし全く反応が無い。ちらりと背後を見やる。
彼女は、店内の壁にぺたぺたとテンポ良く、無数の写真を貼り付けていた。
その写真には全て同一人物が映っていた。
ふんどし一丁で走り回る男、妖忌とCallingしあっている男、今まさに座薬を受け止めようとしている漢―――!
「僕じゃないかーーーーー!!」
彼女の手からまだ貼っていない写真を奪いとる。
「返して!返してください!それを持っていかれると今月のお小遣いが!」
「売るつもりかッ!?」
絶叫する。
「それだけじゃありません!今月中には霖×忌の合同同人誌・りん☆き~大胸筋…でしか伝わらないオモイ~
出版予定!それでも文々社の勢いは止まらない!来月には写真集『香霖くんとふんどしくんと』出版予定!」
「僕ばっかりじゃないか!わかったよ、手伝えばいいんだろう!写真は返せよ!」
「理解が早くて助かります」
彼女は鞄から紙の束やら写真やらを大漁に店の机に並べた。
「それじゃ、私が記事を書いていくので、香霖さんは見本どおりに写真を貼り付けて、
きれいに重ねて折りたたんでいってください」
こうして深夜の新聞作りが始まった。
****
作業が経過して数時間。
ただひたすら写真を貼り、折りたたむ。
目の疲れが限界だ。頭も少しぼんやりしている。
寝てしまおうか…でも写真がなあ…
目の前を見た。
少女爆睡中。
「寝るなーーーーーーーー!!!」
幸せそうによだれを垂らして机に突っ伏していた。
見ると、横に書き終わった新聞の束が重ねてある。
ある程度まで先に進んだから、追いついたら起こせという意味だろう。
こっちを手伝えよ。早く終わらせるつもりが無いのか?
起こそうとして近づくと、何かむにゃむにゃと寝言を言っているのが聞こえた。
傍に立ち耳を近づける。
「〆切〆切〆切〆切〆切〆切〆切〆切」
新聞記者も大変なんだな…
僕は彼女が起きないようにそっと布団をかけて、しばらく寝かせてあげることにした。
しばらく一人での作業が続いた。
眠気で鈍った頭で作業を続けていると、ドアを叩く音がした。
「おーい香霖!開けてくれー!」
魔理沙か。どうやら閉店の札は掛けていても意味が無いようだ。
これ以上招かれざる客が来ないように鍵をかけておいて助かった。
ドアを開けずに返事をする。
「こんな時間に何の用だい?生憎とうちは夜中は開いてないんだよ」
「何言ってんだ?私は24時間活動中だぜ。せっかく起きてるなら都合がいいや、
ちょっと用事があるから入れてくれよ」
「来るのならまた明日来るか、僕の用事が終わるまで待っててくれ。それじゃ」
「冷たいぜ香霖…」
会話を無理やり打ち切る。
そもそも新聞で手一杯だし、壁じゅうにしっかりと自分の裸体が貼付された店内に
魔理沙を入れるわけにはいかなかった。
ドアの外の気配は消えない。魔理沙は、どうやら待つ方を選択したようだった。
「あれ、誰か来たんですか…?」
文が目を覚ました。
少し寝ぼけているようで、目じりがとろんと垂れている。
「いい夢は見れたかい?」
「ええ…すごかったです…」
さっきの寝言といい、相当嫌な夢を見たらしい。顔が真っ青に血色を失っていた。
ようやく起きたか。この新聞作りは一人では間違いなく終わらない。
早めに起きてくれて助かった。
「それじゃあ続けようか」
「はい」
「香霖…そこに誰かいるのか?」
「ああ、文さんが来てるよ。」
「いや、あの、さっきからいい夢とかすごかったとか…こんな真夜中に二人で何をしてるんだ?」
「大した事じゃないよ」
かなり進んだし、もう少ししたら終わるだろう。
いつまでも魔理沙を寒い店外に待たせるのは可哀そうだ。
話すのは後にして、作業を進めることにした。
しかしまだ紙の厚さは結構ある。一体あとどれくらいあるんだ?
僕は軽く指をなめて、紙の束をぺらぺらとめくり数えてみた。
「あ…ダメですそんな…なめたりなんかしちゃ…汚い…」
「汚くなんかないよ」
紙をめくるときに指をなめるくらい、誰だってするだろう。
そんなに潔癖症なら、人に手伝わせるな。
文の不満そうな目を無視して、枚数を数える。これまでやってきた量を考えれば、もう少しで
終わる事ができそうだった。
「おい、香霖!開けろ!何だか不健全だぜ!?」
不健全?魔理沙は何か病気でもしているのだろうか?
風邪だとしたら寒い中で待たせるのは良くないな。
「魔理沙。やっぱり君は帰ったほうがいい」
「何言ってんだよ香霖!」
やはり待つつもりか。ちょっと突き放した言い方をしないと帰ってくれそうに無い。
「うるさいなあ。僕は彼女と(新聞作りを)やってる最中なんだから、
君につきあってる暇は無いんだよ。また明日にしてくれ」
「ん…もう…駄目…」
文を見ると、眠気がぶり返してきたらしく、コックリコックリと舟をこいでいるところだった。
あ、まずい。その位置だと額がインク壷にぶつかる。
ぶつかった。
「ひゃあん!」
インク壷が倒れ、インクが派手にこぼれた。
真っ黒なインクが机の上に広がり、床に滴っていく。
新聞は無事だったが、僕の机に黒い染みが残るのは避けられそうになかった。
人に無理やり手伝わせといてどれだけ迷惑をかければ気が済むんだ。
「あーあ…びしょ濡れだ」
「ごめんなさい!」
「謝らなくていいよ。さっさと床を拭くんだ。」
「OMORASHIだと!ついていけないぜ!」
外の魔理沙はついにわけのわからない事を言い出した。
どうやら症状が悪化して、幻覚を見ているようだ。
もしかするとただの風邪ではないのかもしれない。早く家に帰さないと。
ますます魔理沙を中に入れるわけにはいかなくなった。
「駄目だ魔理沙。もう今日は帰れ。」
「やだよ!何やってるか知らないし知りたくも無いけど、不潔だぜ!やめろよ!」
「彼女とは合意の上でやってるんだ。君にとやかく言われる筋合いは無いな」
文は机を拭いた後黒くなった雑巾を洗いに行った。
だが床に滴り落ちたインクに気がついていないようだ。
「おっと、これをきれいにするのを忘れてるよ。」
ごく小さい汚れだから気づかなかったか。
文はえっそれぐらいいいじゃんとばかりの目つきで言った。
「ここも…するんですか?」
「君のせいで汚れたんだ。当然だろう?」
文は面倒くさそうにさっき置いてきた雑巾を再度持ってきた。
床をごしごしとこする。
「そうそう…よーくこすって、きれいにするんだ」
「あのさ香霖」
ドアの外で魔理沙の震えた声がした。
まだいたのか。
「私さ、まだ子供だから…そういうマニアックなプレイとかよくわからない。」
何だ、新聞作ってるの知ってるんじゃないか。
確かに新聞を手作業で作るなんて、マゾヒスト的行為の極致とも言える。
数百紙に及ぶ新聞をわざわざ手書きなんて正気の沙汰じゃない。一日ぐらい休めばいいのに。
それを考えると、目の前の天狗がどれほど新聞を大切に思っているか感じられた。
「でも嫌なんだ。香霖が私じゃない誰かとそんなことしてるのはなんか嫌なんだ!
だから…香霖、そういうのがしたいなら…」
新聞作りの何が気に食わないんだ?
魔理沙の発言からは、相変わらず真意が掴めなかった。
「だから…正直に言うぜ。香霖…私が…香霖としてもいい。嫌でも我慢する。
マニアックでもいい。香霖…私を選んでくれよ…」
その言葉を聞いて、衝撃が走った。
僕はとんでもない勘違いをしていた。魔理沙は幻覚なんか見ちゃいない。
魔理沙は新聞作りをしてみたいのだ。
さっきからの意味不明な言動もこれで納得がいく。
素直になれない魔理沙のことだ、自分もやってみたいなんて言うのが気恥ずかしかったんだろう。
ここまで言われないと気づかないなんて、本当に自分の鈍感さに嫌気が刺した。
だが魔理沙は本当に何もわかっちゃいない。
これは小学生がやる学級新聞のように、お遊びで楽しむものではない。
もうすぐ日も昇るというのに、機械でやれば一瞬ですむ作業を何時間も人の手でやり続ける。
これは拷問だ。新聞作りという名を冠した拷問。それが新聞作りの正体だ。
魔理沙が新聞作りに何かを期待しているならば、こう答えてやりたい。
新聞作りには何もない。本当に何も無いのだ。あるのは苦しみだけ。
だが純粋な魔理沙の期待を裏切る事はできない…だからこそ突き放す必要があった。
「駄目だ。僕には文がいる」
「そう…か」
「君も仲間に入りたいのかい?駄目だよ。別に僕は君にしてくれなんて頼んでないだろう。」
魔理沙はそれきり黙り込んでしまった。
さてと。ようやく畳むのも終わった。後は全部重ねて文の鞄に詰めるだけだ。
「それじゃあ入れるよ」
「はい…入れてください…」
新聞をまとめて二人で鞄に詰め込む。持ってくるときにはきれいに重なっていた紙も、
新聞になってみると折れ目で体積が増え、先ほどのようにきれいに収まってはくれなかった。
「キツいな…。最後まで入りきらないよ。そっちはどうだい?」
「んっ、キツいけど、何とかいけそうです。」
鞄にどんどんと新聞を詰め込んでいく。
文が中の新聞を倒れないように抑え、僕が詰める。
そうしないときれいに詰め込めず、全部入りきらないからだ。
静かな室内には、新聞を詰め込んで重くなった鞄のせいで机がギシギシと歪む音と、
いい加減疲れてきた二人の吐息しか聞こえなかった。
だがある程度入れたところで、文がまた眠たそうな顔をしていることに気づいた。
「もう疲れてきたんじゃないか?」
「はい…」
「後は僕にまかせなよ…楽にして」
その言葉を言うやいなや、文はそのまま椅子に座って突っ伏して寝た。
眠たげにううん…と唸っている。
鞄のほうは、新聞がもう抑える必要もないくらいに詰め込まれていた。
少し追加し鞄がいっぱいになったが、まだ新聞が残っていて入りそうに無い。もう完全にいっぱいだ。
ああもう。これが収まらなかったら、また取り出して畳みなおしになるんじゃないだろうな。
僕の眠気は最早極限に達し、他の事は何も考えられなくなっていた。
そんな時、入りきらなかった新聞の記事が目についた。
『奈河2増水―洪水の危険』
三途の川は、別称で奈河とも呼ばれる。2というのは、2丁目のことだ。
三途の川2丁目で洪水が起こっただと?そんなもの、周りに住んでるのは船頭だけじゃないか。
被害が出るはずも無い。
全ての新聞からこの記事の紙を抜けば、きっちり全ての束が鞄に収まってくれるはずだ。
わざわざ書いたのに残念だが、この記事は鞄から出させてもらおう。
「奈河2(なかに)出してもいいかな?」
「ダ…ダメですよ!」
文が飛び起きる。
どうやら自信のある記事のようだ。だが迫り来る眠気の前では、彼女の哀願など、何の意味も持たない。
僕は嫌がる彼女を無理やり押しのけて、激しく鞄の中をまさぐった。
「ダメだ…もう我慢できない!出すよ!奈河2(なかに)出す!」
「やめてえ!奈河2(なかに)は…奈河2(なかに)は出さないでええ!」
僕は長時間の作業によって高まったストレスを解消すべく、狂ったように彼女の新聞から奈河2を取出し続けた。
初めは圧力のせいで奈河2を取り出すのは難しかったが、だんだんと鞄が空いてくると、
鞄は僕の指をすんなり受け入れ、自分から奈河2を吐き出すように感じるほどだった。
全ての新聞から奈河2を取り出し、入りきらなかった新聞を鞄に強引にねじこむ。
隙間が空いてガバガバになった鞄は、最早新聞を10紙でも20紙でも、際限なく咥えこんだ。
その鞄のあまりの態度の変わりようには、僕は戦慄を覚えずにはいられなかった。
やっと全部収まった。けっこう疲れたな。
「はあ…(ようやく終わって)良かったよ…」
「ひどい…ひどいです…」
へなへなと崩れ落ちる文。
彼女には悪いが、これでようやく眠れる。
そういえば魔理沙の声が聞こえないな。もう新聞作りも終わったし、外でくらいは会ってやるか。
中が見えないように少しだけドアを開け、体を滑らせ外に出る。
「魔理沙?いないのか?」
先刻まであれだけうるさく外から呼びかけていた魔理沙はもういなかった。
帰ってしまったのか。悪い事したな。
****
魔理沙が霧雨の実家に帰ったと風の噂で聞いた。
最初それを聞いたときは寂しいというより何だか不思議な気持ちだった。
一人暮らしの生活に飽きたのか?急に親を安心させたくなったのか?
結局魔理沙の考えは僕にはわからなかった。
ただ僕に何の相談も無く行ってしまったのが、悲しくないといえば嘘になる。
夜の森を窓越しに眺めながら、僕は自分の胸の内に突然ぽっかりと空いてしまった穴を、
どうすればいいか途方にくれていた。
「こーんばーんわー」
にこやかな表情を浮かべて、天狗の少女が店内に入ってきた。
「実はまた輪転機が壊れちゃって。今度は多分すぐ直ると思いますけど、今日は間に合いそうに無いので
新聞作り手伝ってください」
「悪いけど、今はそんなことをする気分じゃないんだ…」
しかし彼女は黙って室内に写真を貼り出した。
「まだあったんかーい!!」
「お願いです!私は自分のスペルカードに『霖符・真夏のこーふんどC』なんてものが入るなんて、
許せないんです!」
「ばら撒くつもりかー!!!」
両手を合わせて必死に頼み込んでくる文。
おいおい。それはお願いではなくて脅迫と言うんだよ。
この前ので人をこきつかう味をしめてしまったらしい。従うしかないだろう。
「やればいいんだろ…やれば」
「それじゃーお茶でも持ってきてもらいましょうかね。ウェッヘッヘ」
脚をどっかりと机の上に乗せ、椅子に体重を預ける文。
何て尊大な態度だ。腹黒ガラスめ。
心の中で悪態をつきながら、茶を淹れる。
持っている茶葉の中で、最も苦くてまずい茶を淹れてやったので、少しだけスッとした。
作業が始まり、この間のように新聞に写真を貼り付けながら考えた。
そういえば、最後に魔理沙に会ったのもこうやって新聞を作っていたときだったっけ…
「なーに暗い顔してるんですか!もっと明るくいきましょう!」
「あいたっ」
暗い考えに陥りそうになった時、文が無神経に背中をばんばんと叩いてきた。痛いな。
だが作業をしている間、文がつまらない冗談や脅迫をしゃべりかけてきたせいか
僕は余計な事を考えなくてすんだ。
彼女は眠そうだった前回とは違って、やたら元気だった。
ひょっとすると彼女は僕が魔理沙と仲が良かった事を知って、励ましに来てくれたのだろうか。
いや、この腹黒い脅迫天狗がそんな殊勝なことをするはずが無い。
危なかった。思わず敵に感謝するところだ。
考えてみると、魔理沙のことは僕が気にやむことではないのかもしれない。
魔理沙は僕に何も言わずに出て行った。
寂しい事だが、その事実をポジティブにとらえれば、魔理沙は僕に頼らずとも、
大切な物事を一人で決められるほどに成長したということだ。
僕は魔理沙の保護者だった者として喜ぶべきなのだろう。
そう思うと、少しだけ気が軽くなったような気がした。
(元気でやれよ魔理沙)
魔理沙はこれからも魔法を極めるために努力し続けるだろう。
もうその姿を見守ることはできないが、自分を乗り越えていった少女、いやもう少女とは呼べない。
一人前の女へと成長した魔理沙の事を考えると、寂しいような誇らしいような、複雑な感情にとらわれた。
たとえ成長したといっても、やはり心配なのは変わらないのだ。
魔理沙はいつだって真っ直ぐだ。それは僕のような存在にとっては眩しいほどの魅力ではあるが、
ときにはその真っ直ぐさが仇となることもある。
魔理沙が汚い現実と向き合う時、純粋であるがゆえに傷ついてしまうのは、僕にとっては耐え難いことだった。
僕は祈った。魔理沙の未来に。
魔理沙がいつまでも純粋にあるように。魔理沙の未来に悲しい事が起こらないように。
そんなことを考えているうちに外が明るくなった。
疲れた目を休ませるため窓辺から外を見ると、日はすでに昇っており、
小鳥がさえずって朝の到来を告げていた。
魔理沙の成長を、幻想郷が祝ってくれているようだった。
「霖之助さん、いるかしらー?」
「ああ、霊夢か。悪いね、今取り込み中なんだ。明日また来てくれないか」
「香霖さん、これすっごく濃くって苦いです…」
「君から求めてきたんじゃないか。ちゃんと最後まで飲むんだ」
勘違いするような事をしてもなんともないぜ!
ところで、
>彼女は眠そうだった前回とは違って、やたら元気だった。
この文なにげに香霖に惚れてますか?だとしたらそれもまた萌え
今だッ!!
>あえて乙女な魔理沙に萌えては…ダメですか?
同士よ!!
え~、そういう少女が褌姿の写真を脅迫材料に?
あと霊夢の場合だと素直に「何やってんのよ!」で殴りこんできそう(www
だがマリサを泣かすとは な に ご と だ !
それにしても誤解が解ける後日談すらないとは。。。あまりに不憫
というわけで、高得点と低得点(?)をつけたい心がせめぎあってフリーレス
でもなんで魔理沙いつも恵まれないん?(´・ω・`)
GJ