Coolier - 新生・東方創想話

白銀の春と修羅

2006/12/28 02:44:21
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 注:バトル物。春度が低かったりするのでその辺よろしく。


















 灰色の空に、花弁が舞っていた。冥界、白玉楼へと続く長い長い石段。
 その上で対峙する二人の者がいた。
 張り詰めた空気が辺りには満ちている。と、弾かれるように二つの人影が同時に動いた。
「はぁあっ!」
「ふっ!」
 ガキィィン、と金属同士がぶつかる激しい音。虚空に火花が散った。
 一瞬の交錯の後、再び距離を取る二つの影。
「…やるな、そんな細い刃物で」
 そう口を開いたのは、己が半身である魂魄を従え、大小の二刀を繰るこの冥界、
 白玉楼の二百由旬の庭を駆ける庭師、魂魄妖夢。
「…貴女こそ、その体でよくそんな刀が使えたものね」
 応じるように答えるのはナイフを手にした幻想郷は紅魔館のメイド長、十六夜咲夜。
 何故彼女達は戦っているのか、話は少し遡る。


「…誰かが復活するというのよ。面白いとは思わない?」
 この冥界、白玉楼の主である西行寺幽々子によれば桜の立ち並ぶこの白玉楼の庭において
 なお異様を誇る大木、西行妖。
その根元には何者かが眠っており、封印を解くことでその者が蘇るのだという。
「…そこで春が必要なのよ。妖夢、西行寺幽々子の名において命ずる、
 封印を解くために春という春を集めてきなさい」
 そして幻想郷中の春という春がこの冥界、白玉楼のさらに奥。
 西行妖へと魂魄妖夢の手によって集められた。
 だがここで問題が起きた。もともと狭い幻想郷。
 西行妖も花が開き、あと一歩というところで春が尽きてしまったのだ。
 地上はすでに春が尽き開けることなき冬が訪れている。このうえどこから集めてくればいいのか――

 冥界への侵入者があると言われたのはそんな矢先だった。
 もともと気付かれる心配はあった。春を奪うという行為は、地上からすれば異常以外のなにものでもない。
 だがあろうことにその侵入者は僅かな春を持ち、結界を越えてきたのだという。
「…ここで春を奪い返されるわけにはいかないわ…妖夢、庭師として、護衛として、なんとしても春を奪い、
侵入者を追い払いなさい」
 そして地上より異変の謎を解くために来た咲夜と白玉楼の庭師にして幽々子の護衛でもある妖夢は、
 それぞれの思惑を胸に秘め、こうして刃を交えることとなった。


「はっ!」
 掛け声と共に妖夢が刀を振るう。その軌跡からは鎌鼬のような斬撃が放たれる。
 それを回避する咲夜。
 咲夜には僅かながら焦りが生まれつつあった。魂魄妖夢は予想以上の強敵であった。
 その体には不釣合いな得物を見たときから予感めいたものは感じていたものの、これほどとは――
(…認識を、改めなきゃ…)
 事実、先程の打ち合いで投擲用のものとはいえ、咲夜の手にした二本のナイフは
 根元から刃を折られてしまった。
 だがその僅かな焦りを一瞬で心の奥へと追いやり、再び氷の如き冷静さを取り戻す。
「…行くわよ」
 そう言いながら先程までのものとは違う、大振りなナイフを二本取り出し両手に構える。
「…来い」
 妖夢もまたそれを受けんと二刀を構えた。先程のように対峙する二人。風が吹いていた。
 先に動いたのは咲夜だった。低い体勢から駆け、一気に間合いを詰めそのナイフを振るう。
 ガキン
 そのナイフを鍔元で受け止める妖夢。そのまま、鍔競り合いの状態になる。
 互いに睨み合うその間で刃がギリギリと鳴っていた。
 妖夢にもまた焦りが生まれていた。
(…まさか、ただの人間がここまでやるとはな…)
 数合にも渡る打ち合いの末、ようやく理解できた。この人間は――何かが違う。
 未だ図りきれてはいないものの、普通の人間にはない何かをもって挑んでくる。
(…だが、負けられない…!)
 その焦りを遥かに上回る闘志でもって押さえつけ、剣を振るう。
「くっ…」
 ナイフを握る手から伝わってくる妖夢の力、あの体からどうすればこれほどの
 ――油断できる相手ではない、
 そう咲夜は確信した。事実、単純な膂力だけなら妖夢の方が勝っているのかもしれなかった。

 これほどまでに戦いが均衡している理由、それは二人の戦い方にあった。
 咲夜はナイフの投擲により遠距離から、また近距離ではその軽快さと機動性をもって戦うスタイル。
 それに対するに妖夢は大小二振りの刀により近距離では剛に柔に立ち回り、
 距離が開けば剣技による飛ぶ斬撃などで攻める戦い。
 だがその有利不利は違っていた。
 咲夜の戦法はその素早さや意外性は高いが得物の特性上殺傷力は決して高くはない。
 ましてや妖夢ほどの使い手が相手となれば、単純な投げナイフなどは通用しない。
 対するに妖夢、その刀は確かに近距離での攻撃力は群を抜く。
 だがその刃が及ばない遠距離においては本来の力が発揮できない。
 妖夢も投器術を心得てはいるものの錬度は咲夜には及ばない。
 またその長さと重量ゆえにどうしても小回りが効きにくい。
 故にこの戦い、自らの得意とする間合いでの一瞬が勝負を分ける。牽制と睨み合いが続いていた。

 ギャリ、と鈍い音が立ち再び二人は間合いを空けた。
 それぞれの脳裏には次の攻め手が駆け巡っていた。
(ただの投げナイフは効かない…かといってここで無駄に消耗する訳にはいかないわね…)
 咲夜は一時「見」に回ることを選んだ。
 対するに妖夢。
(…近距離では互角…ならば…)
 妖夢の手に握られているのはスペルカードだった。
「次は…こちらから行くぞ!」
 今度は妖夢が先に動いた。
「獄界剣、『二百由旬の一閃』!」
 妖夢が叫び、スペルカードが発動される。
「…っ!」
 周囲の空気が一瞬にして変貌する。身構える咲夜。
「食らえ!」
 霊気を凝縮した大きな弾が多数放たれ、咲夜へと迫る。だがその弾道は意外なほどに単純だった。
(牽制…いや、何のつもり…?)
 難なくそれを回避する咲夜。だが次の瞬間目に映ったのは、そんな咲夜を意に解することなく
 構えを取る妖夢の姿。
 そして次の瞬間、それは起こった。
「はぁっ!」
 妖夢の刀が空をも切り裂かんとばかりの勢いで振るわれる。そしてその軌道上にあった
 霊気の塊が斬られ、弾け、無数の子弾となって咲夜へと襲い掛かった。
(…何ですって!?)
 それは先程とは比べ物にならないほどの速度と広がりをもって迫り来る。
「…くっ!」
 第一陣をすんでのところで避ける咲夜。
(っ、これは…!)
 咲夜が焦る理由。それはその弾幕の不規則性だった。大弾の段階では容易に予測がつくものの、
 斬撃によって分かたれた弾はおそらく本人でも予測不可能なほどの散らばりを見せる。
 さらには分かれた弾の一つ一つの速さと大きさすら異なるのだ。
 二撃、三撃と放ち続ける妖夢。咲夜の方はというとその不規則さに押され、かすり傷程度の
 小さなものではあるがダメージを負いつつあった。
(近づけば一刀両断、離れればジリ貧か…なら!)
 押し切られる前に勝負に出る咲夜。狙うは、一瞬。
 弾の向こうに、次なる一撃を放たんと構える妖夢を捉える。
(…ここ!)
 狙ったのは妖夢の斬撃の、その動作の起こりだった。
「幻符」
 一瞬、瞬きほども無い間だが時が止められ、その間に咲夜の周りに展開された数多のナイフが
 妖夢に向かい、収束する。
「殺人ドール!」
 不意を突かれたのは妖夢だった。
「…何!?」
 刀を抜き放ったと思った瞬間、眼前に迫るナイフの群れ。
(…まずい…!)
 数割はすでに放たれていた妖夢の弾幕と相殺されたが、それでもなお相当な数のナイフが迫る。
 咄嗟に、刀を抜いた体重を留めずに回転するような動きから左手で白楼剣を抜き、
 ナイフを弾き飛ばす。
 だが全ては避け切れず、体を掠めたナイフが切り傷を作り、数本のナイフが突き刺さる。
「…ぐぁっ!」
 走る痛み、スペルカードの制御が失われる。霊気が弾け視界が光で埋め尽くされる。
 視界が戻る。無数に穴の穿たれた地面にナイフが陣列を作り、その中心に立ち尽くす妖夢。
 それを見つめる咲夜。
 周囲は打って変わって静かだった。
(…っ、痛い…だが…)
 手足には細かい傷が刻まれ血が滲み、背中には数本のナイフを受けた妖夢。痛みは途切れることなく
 脳髄へと流れ込んでくる。
(意に介している暇など…無い!)
 体はまだ動く。ならば、剣を振るうのみ。
「…この程度か、人間…?」
 肩のあたりに刺さったナイフを引き抜き、地面に捨てながら妖夢が言った。
 咲夜を見据える妖夢。その目から闘志は失われていない。
「…驚いたわ」
 咲夜もまた意外だった。
(あれを、避けるなんてね…)
 一瞬の間を突いた必殺のはずの一撃。だが予想に反して仕留めることはできなかった。
(…苦しくなりそうね…)
 戦いは確実に激化への一途を辿っていた。


 白玉楼の二百由旬の庭の最奥、数多くの桜が咲き誇るこの庭のなかにおいてなお一際
 異彩を放つ大木、西行妖。
 その傍らに幽々子は佇んでいた。
「…この気配…」
 幽々子もまた侵入者の気配を感じていた。そして、妖夢がそれに立ち向かっていることも。
 膨れ上がる期待と不安はもはや抑え切れなかった。
「妖夢…」
 西行妖の幹を撫でた。その感触はどこか安心感を与えてくれるような気がする。
「…もうすぐよ…」
 そう呟いていた。
 今はただ待つことしかできない。だがそれが今の自分の役目なのだ。
 風が、吹いていた。


 冥界、白玉楼へと続く石段に甲高い金属音が響き渡る。咲夜と妖夢の戦いはすでに
 数時間に及ぼうとしていた。
「はぁっ!」
 妖夢が踏み込みから、右手の楼観剣を咲夜に向けて袈裟に振り下ろす。
 咲夜は左手のナイフでそれを受ける。だが、間髪を入れずに妖夢の左手に握られた
 白楼剣が横薙ぎに胴を狙う。
 ガキッ
 鈍い音が立つ。二撃目をかろうじて止める咲夜。服が裂けていた。あとわずか反応が遅ければ
 刀が咲夜の体を捉えていたに違いない。
 しかし咲夜は守りだけでは終わらない。両腕を広げるように払い、妖夢の刀を弾く。
 すかさず体勢の崩れた妖夢に斜に斬りかかる。
 だが妖夢もただでは終わらない。崩れきる前に踏みとどまり、身を後ろに引いて咲夜の斬撃を交わす。
 攻撃が空振り、今度は咲夜の体勢が崩れる。だがそこで咲夜はあえて身を捨て、前へと飛び込む。
「せっ!」
 地面に手をつき、反発で空中を一回転、妖夢に浴びせるような踵落しを放つ。
「ぐっ!」
 両腕を交差させてそれを受け止める妖夢。反動を利用して後方へ宙返り、元の体勢へと戻る咲夜。
 息もつかせぬ技の応酬が続いていた。それは危うくも美しい舞踏。
「はぁ…はぁ…」
「…っ、ふぅ…」
 既に両者の体力は限界に近づいていた。
 始めの方こそ妖夢が優勢かと思えたが、いまや状況は互角。
 いや、咲夜が押し始めているのかもしれなかった。
 咲夜は妖夢の繰り出すスペルカードを悉く最小の被害で打ち破り、
 さらには妖夢の弱点すら見つけ始めていた。
 妖夢の不利な点、それは刀という武器の特性にあった。
 刀はその特性上、攻撃の軌道が弧を描く。
 故に、十分な間合いが無ければ最大の攻撃力は引き出せない。
 それを見抜いた咲夜は徹底して間合いを詰めて攻めていた。
 そしてそれは同時に咲夜の得物がもっとも力を発揮できる間合いを得ることにも繋がる。
(…くそ、やりづらい…)
 だが妖夢もただの使い手ではない。そんな状況においても咲夜の攻めを的確に防ぎ、時には攻め、
 ほぼ互角の戦いを展開していた。
 体術と剣術の応酬。戦いは完全な消耗戦へと入った。

「やっ!」
 咲夜が攻める。前へ前へと距離を詰めながらナイフを振るう。左右から高速の連撃が妖夢を襲う。
「くっ…!」
 刀で咲夜の攻撃を受ける妖夢。ガキンガキンと金属音が絶え間なく鳴り響く。
 じわじわと後退させられていく妖夢。
「せいっ!」
 咲夜の連撃を受け妖夢が固まる。
 その一瞬を逃さず、身を返して妖夢のみぞおちを狙い蹴りを繰り出す。
 ガツッ
 鈍い音がして、咲夜の放った蹴りは刀の柄で止められていた。
 だが衝撃までは殺しきれず、妖夢が大きく後退する。
 地面に手を突き、滑るようにして体勢を立て直す妖夢。
「くっ…!」
 完全に戦闘のペースを咲夜に握られた妖夢。大分攻めあぐねていた。
 休む間も無く咲夜が襲い掛かる。
 咲夜の攻撃を止めながらも、頭では状況を打開する手を考え続ける。
 だが、焦りと疲労で思考がうまくまとまらない。
(っ…いったい、どうすれば…!)
 その時。
「妖夢!!!」
 脳裏に師、魂魄妖忌の声が響いたような気がした。
(お師匠、様…?)
 その感覚に冷静さを取り戻す妖夢。
(…そうか…!)
 
 攻め続ける咲夜。未だその優勢は変わらない。だが咲夜は、妖夢の微かな変化を捉えていた。
 そしてついに妖夢が動いた。
 それは意外とも取れる行動だった。
 妖夢は繰っていた二刀のうちの一刀を捨てたのだ。
 そして残る一刀を両手で握り、咲夜の攻撃を受ける。
(…何のつもり…!?)
 わずかに咲夜の速度が落ちる。その一瞬を妖夢は逃さなかった。
「やぁあっ!」
 攻撃を繰り出そうとしている咲夜に対し、妖夢はあえて前へと踏み込み刀を押し出してきた。
 二刀を繰るだけの力を一刀に集中すればどうなるか、答えは明白だった。
「くぅっ!」
 ナイフを握る手ごと押し返され、崩れる体勢を立て直しながら咲夜が距離を取った。
(っ、なんて力なの…!)
 妖夢へと視線を戻す咲夜。妖夢は捨てた刀を拾い再び二刀を携え立っていた。
 その雰囲気は先程までとは大きく違う。
(…来るわね…)
 咲夜は感じ取っていた。妖夢の、決死の一撃が来ることを。

 妖夢が導き出した答え。
(一撃に…)
 妖夢は刀を鞘へと納める。その行動に咲夜は驚いていた。
「…これは」
 腰を落とし、足を開く。左手は鯉口にかかり、右手は柄に添えられる。
(…全てを!)
 それは、居合の構えだった。
(…考えたわね)
 居合は、自らの間合いに入ってきたものを一閃で切り伏せる技。
 故に対峙したものには敵の間合いに入らずに攻撃することが求められる。
 故に、戦いは再び膠着するかのように思えた。だがそれは違った。
 他のものにはない、妖夢だけが持つものがあった。
「魂魄妖夢、参る…!」
 瞬間、妖夢が奔った。地を踏み砕かんばかりに蹴り、獣の如く疾駆する。
「…!!」
 その速さ、咲夜には妖夢が瞬間移動したかのように感じられたことだろう。
 一瞬にして埋まる間合い。そして妖夢の神速の一撃が放たれる。
 ガキィィイイン!!
 今までよりも一際大きな音がし、火花が散った。
 高速の突進からの横薙ぎ。それを咲夜はかろうじて止めていた。
 あまりの衝撃に後ろへと倒れ込む。
 受身を取り素早く立ち上がる。
 その間にも妖夢は反対側へと駆け抜け、再び構えを取っていた。
(っ、なんて速さなの…!)
 両手がびりびりと痺れていた。
 妖夢にあって他にはないもの、それは尋常ならざる脚力。
 二百由旬の庭を駆ける脚力が、一瞬のうちに間合いを詰め攻撃を放つことを可能にしていた。
 さらにはその速度自体が威力を増す助けにもなる。
「…今のを止めるとはな…」
 咲夜にとっては半ば偶然のようなものではあった。
 あのような攻撃、連続で確実に止められる自信はない。
「次は決める…!」
 妖夢の体に力が篭る。来る、咲夜は感じていた。
(…止められない…ならば!)
 そして再び、妖夢が駆けた。
 一瞬にして自らの間合いに迫り、斬撃を放つ。だがその刀の軌跡に咲夜はいなかった。
(まさか…上!?)
 妖夢の頭上には飛び上がった咲夜の姿があった。
 咲夜は妖夢の放つ二撃目を、受けるのではなく避けていた。
 直線的な攻撃ゆえ、タイミングさえ計れれば逃げ道は上にあった。
 結果、攻撃は空振りのまま妖夢は駆け抜ける。その後を追い、咲夜は隙を突くつもりでいた。
 だが、妖夢が取った行動は意外なものだった。
(な…!?)
 勢いを殺さずに片足を軸にして反転。そのまま地を蹴り、未だ空中の咲夜へと、跳んだ。
(ぐっ…!)
 足の筋が悲鳴を上げる。だが構わずに妖夢は咲夜へと向け体重を乗せた刀を振り降ろす。
 ガァン!
 その攻撃は咲夜に止められる。だが空中で無理な体勢で受けたため、衝撃により咲夜は地面へと落とされた。
 激しく地面へと叩きつけられた咲夜。周囲には土ぼこりが舞っていた。
「…ゲホッ…!」
 受身を取れず、まともに衝撃を受けたため呼吸が止まりかける。
 口の中には錆の味が満ちる。背中全体が痛んだ。
 霞む視界の向こうに着地する妖夢の姿があった。気力を振り絞り、よろよろと立ち上がる咲夜。
(…っ、効い…た…わ…)
 受けることも避けることも封じられた咲夜。ナイフもすでに大分刃こぼれしてしまっていた。

 完全に攻めへと転じた妖夢。だが限度を超えた動きを強いたために体は悲鳴を上げ始めていた。
(っ、あと…どのくらい持つ…?)
 その目はあの一撃を受けてなお立ち上がる咲夜を捉えていた。
「…今のも、止めるとはな…」
「…っ、お褒めにあずかり…光栄ですわ…」
 お互い限界が近かった。いや、もうすでに越えているのかもしれない。
 次の一撃が最後になる、二人はそう感じていた。
 妖夢が構えを取る。おそらく今までを越える速さで来るのだろう。
 様々な考えが咲夜の頭の中を駆け巡る。
「…?」
 呆気に取られたのは妖夢だった。咲夜のとった構えはあまりにも意外なものだった。
 ナイフを握った腕はだらりと下がり、体は自然体。はたから見れば諦めとも思えるものだった。
「…諦めたか、人間…?」
 咲夜は答えない。だが、こちらを見据える目は気力を失っていなかった。
 まるで、極限に集中しているような雰囲気が感じられた。
「だが…」
 妖夢が力を込める。周りの気がすべて妖夢の体に集中していくような感覚だった。
「…手加減はしない!」
 訪れる静寂。二人の視線が交錯する。それは僅か数秒の睨み合いだったが、
 二人には何分、何時間、いや何日にも感じられただろう。そして。
 
 妖夢の体が弾けた。今までを遥かに越える瞬発力で駆け出さんとする。
(…今っ!)
 瞬間、咲夜もまた動いた。
「時符、」
 咲夜の狙いは、まさにこの瞬間にあった。
「パーフェクトスクウェア!」
 スペルカードが発動し、咲夜以外のすべての時が止まる。
 咲夜が駆ける。時を止められるのは僅かな間。少しでも遅れれば、負ける。
 そして再び時が動き出す。
「っ!?」
 妖夢は一歩も動いていなかった。
(…何だって…!?)
 妖夢自身はすでに抜いたつもりだったのだろう。
 だが、刀は咲夜の手によって止められていた。
 柄頭をナイフの柄で押さえられているのだ。勢いは完全に失われていた。
 今度は妖夢が咲夜が瞬間移動したように感じただろう。
 咲夜の狙い、それは妖夢が駆け出すまさにその瞬間だった。
 そこを狙い時間停止、そのわずかな間に距離を詰め妖夢の刀を押さえていた。
 受けられず、避けられない――ならば出させない。単純な答えだった。
「…終わりよ」
 そして咲夜が身を翻し、一閃。
 踊るような動きで下から上へと斜めに振るわれたナイフが妖夢の体を裂いた。
 カラン
 手から力なく抜かれた刀が落ち、妖夢がゆっくりと崩れるように倒れた。
 飛び散った血が石畳の上に紅い花を咲かせていた。
「…はぁ、はぁ…」
(…やった)
 倒れた妖夢を見つめ、今度こそ咲夜は勝利を確信した。
「そこで、大人しくしてなさい…」 
 地に伏した妖夢は微動だにしなかった。
「っ!」
 緊張の糸が緩み、忘れていた痛みが戻ってくる。
(…まだ…よ)
 咲夜は自分を諌めた。まだ、この奥に待つものがあるのだ。
 呼吸を整え、宙へと飛び上がる。
 一度妖夢の方へ振り返ると、再び石段を奥に向かって進んでいった。

(斬られた、のか…)
 石畳に散った自分の血を眺めながら妖夢はそう思っていた。
 自分の鼓動がやけに大きく感じられた。
 血とともに力が流れ出ていくような感覚。
 斬られる瞬間僅かに身を反らしダメージを軽減していた。
 が、決して無視できる深さの傷ではなかった。
 下手に動かなければ大事には至らないだろう。
 だが、妖夢は手足を動かそうと懸命に力を振り絞る。
「っ、…くっ!」
 ずきりと傷が痛んだ。
 脳裏に巡るのは、幽々子さまから命を受けたあの日のこと、
 春を集めるために幻想郷を駆け抜けた日々。
 そして、幽々子さまの、お顔。
「く…ぅっ!」
 腕が動いた。それを支えに上体を起こす。
 刀を拾いさらにそれを支えにして足を、体全体を起こし、妖夢は立ち上がった。
 その足はふらふらとおぼつかず、視界は霞み歪む。
 もはや気力だけが頼りである。だがその目には再び闘志が宿っていた。
「…あっち、か…」
 咲夜が飛んでいったであろう方向を見据える。そして残る力を足に込め、駆けた。

 咲夜は白玉楼の庭を進んでいた。
 途中いくらかの霊と出くわしたが、難なく撃ち落としていた。
(…感じる、この奥ね…)
 その瞬間、突如背後から斬撃が飛んできた。
「!」
 ナイフでそれを弾く。と、横を何かが駆け抜けていったような気がした。
 前を向く咲夜。
「…呆れた。死人に口なし、じゃなかったの?」
 そこにいたのは満身創痍の妖夢。
「…私の半分は死んでいない」
「…へぇ」
 咲夜は妖夢のまるで手負いの獣のような目に良からぬものを感じていた。
(何か、来るわね…)
「…ここを通すわけには…いかないんだ!」
 叫ぶ妖夢の手にはスペルカード。それはまさに、妖夢の切り札だった。
「――六道剣」
「…くっ」
「一念無量劫!!」
 その名が告げられる。流れる空気、時間に至るまでが妖夢の支配下に
 あるような感覚が辺りを包み込む。
「はぁぁあっ!」
 妖夢の二刀が抜き放たれる。虚空に八筋の剣閃が走り、八芒星を描く。
 その軌跡から、無数の霊気の弾が雪崩れた。
 それは恐るべき速度と広がりで咲夜を包みこむ。上下左右、前後にも逃げ道は無い。
 だがそれだけには終わらなかった。
「はぁっ!」
 弾が消えぬ間に更に妖夢が斬撃を重ねる。結果、方向、速度が全く違う弾幕が完成する。
「くぅ…ぅっ!」
 避ける咲夜。僅かな隙間を見つけては潜り、潜ってはまた道を探す。
 だが、絶え間なく放たれ続け数を増すばかりの弾に追い詰められつつあった。
 紙一重で避けた弾が肌を傷つける。
(…何てこと…!)
 もはや余裕はなかった。先程までの技に比べ動作時間が遥かに短く、
 そして速いために狙うべき隙を見つけられない。
 と、その瞬間。避け損ねた弾が咲夜の足を直撃した。
「うぁっ!」
 その反動に体勢が大きく崩れ、動きが止まる。結果、続く連弾をその身に受ける咲夜。
(…!!)
「っ、あ、あぁぁっ!」
 全身に走る衝撃と痛み。吹き飛び、地面へと落下していく咲夜。
 それを妖夢は逃がさない。
「これで…終わりだっ!」
 迸る剣閃。今までの倍にも及ぶであろう弾が波のように咲夜へと流れる。
 地へと逆さまに落ちて行く咲夜。視界には到底避けることは不可能な弾の群れ。
 迫る地面、薄れゆく意識。咲夜は死を覚悟した。
 だが。そのとき、咲夜の中で、何かが目覚めた。

 最後の剣撃を放ったとき、妖夢の目は落ちていく咲夜を捉えていた。
(やっ、た…!)
 だが今まさに地面にぶつかろうかという瞬間。
 咲夜が急激に反転、再び宙へと舞い戻った。
「幻、」
「何!?」
 驚く妖夢。急ぎ、追撃の弾を放つ。
「葬」
 あの崩れた姿勢からでは避けられない、そう思った。
 だがその弾は、残っていた弾とともに掻き消えた。
「え?」
 一瞬、何が起こったのかわからなかった。
 だが次の瞬間、肩に走った鋭い痛みが意識を現実へと引き戻した。
 前へと視線を戻す。
「夜霧の幻影殺人鬼」
 刹那、白銀の暴風が吹き荒れた。
「くぅ、う、うぅっ…!」
 咲夜が放った、妖夢の弾幕を遥かに凌ぐ数のナイフが殺到する。
 抵抗せんと弾を放つ妖夢。
 だがそれも空しく掻き消され、飛び抜けていくナイフの刃が妖夢を苛む。
「ううっ、あ、あぁぁぁぁああああああっ!」 
 肩に、腕に、足に、ナイフが突き立ってゆく。
 制御が解けたスペルカードの霊気が弾け、視界を白く染める。
 地へと落ちていく妖夢。
 妖夢はその時、白く染まる視界の向こうに、嗤う殺人鬼の姿を確かに、見た。

 咲夜は、何が起こったのか自分でも分からなかった。
 ただ眩暈のような感覚が残る。目の前に妖夢の姿は無かった。
「…一体、何が…」
 答えるものはなく、辺りは静かだった。
 僅かに抜け落ちた記憶。咲夜は釈然としなかった。
 背筋には寒気すら走る。だが、最後の障害は消え去った。
 更に奥へと向かい歩を進めてゆく。

「ぅ、う…」
 咲夜の遥か下の地面に倒れる妖夢。
 体には数本のナイフが刺さり、切り傷は数え切れないほどだった。
 手に力を込める。だが、今度は動いてくれなかった。
「ゆゆ…こ…さま…」
 だんだんと薄れていく意識。
 と、傍の地面に突き立った楼観剣の刃が光を反射しきらりと光った。
 それに向かい手を伸ばす妖夢。
 だがその手は届くことなく地面に落ち、妖夢の意識はそこで途切れた。


「…妖夢?」
 その感覚に幽々子は振り向く。だがその目に映ったのは、侵入者の姿だった。
「…やっと、辿り着いたわ…」
 口を開く咲夜。
「…あなたがここに来た、ということは…」
 目を伏せる幽々子。
「…あの子は、そう…」
 何事かを続ける咲夜。だがその声は幽々子の耳には届いていなかった。
(妖夢、貴女はよくやったわ…)
 咲夜の方を向き、手にした扇を開く。咲夜もまた応じるようにナイフを構える。
(…しばらく、休んでいなさい…)
 そして二人が同時に叫ぶ。
「必ず地上で花見を行うわ、姫の亡骸!」
「必ず封印を解いてみせる、悪魔の犬!」
 春を巡る最後の戦いの火蓋が今切って落とされた。

たまにはネチョ以外も書けと言われたので書いてみました。
以前作ったものを元に再構成。

東方っぽく無い気もしないでもありませんが、そこはこの二人は弾幕よりガチが似合うという謎主張でFA。

※改行等修正しました。
七ツ夜
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コメント



0.260簡易評価
2.無評価名前が無い程度の能力削除
評価以前に、一行が長すぎて読みづらいから、
もうちょっと改行入れてほしいなーと
8.30名前が無い程度の能力削除
新鮮味がないですね。
あとタメとヤマとオチ。

戦いの前と後にもっとエピソードが無いと盛り上がれません。
いや妖々夢をトレースしてくださいなどと言ってるわけではないですよ。
もっと作者殿のオリジナル部分を見せてください。そんな感じです。
13.50名前が無い程度の能力削除
二人目の名無しさんと同じく、やはり前後のストーリーがないと『物語』としては色々と不足している気がします。一場面としては非常にいい出来だと思うのですが…いかんせん『妖々夢の一場面』の描写…のように思えてしまうのです。
やはり作者様のオリジナル部分が読みたいなぁ…とか、妖々夢の一部ではなく…
トレースも悪くはないかと思いますが、それだけだとSSとしてはどうかな…と思います。

ただ、戦闘の描写をここまで緻密に書き込めるのは凄いと思います。
もしこれが、しっかりとした長編の物語の中で書かれていたのなら、素晴らしいと思うのですが…これのみだと、どうしても『物語の一部分』としてしか読めないのです。

おっと、偉そうに長文失礼しました。今後に期待させていただきますね。
14.30名前が無い程度の能力削除
なんだろ、話っていうか…?
一場面だけを切り取ってここにのっけた感がするなぁ
描写は悪くないんだけど物足りないんだよな
15.20名前が無い程度の能力削除
バトル物としては説明が多く、勢いが削がれています。
もう少し読者の想像力を意識してはどうでしょうか?
18.無評価七ツ夜削除
まとめレスで申し訳orz


評価を踏まえて、この話をさらに再構成してみようと思います。