「こんばんは。アリス・マーガトロイドさんはご在宅でしょうか?」
ノックに応じて扉を開けると同時に聞こえたのはそんな普通の一言。
「アリスは私ですが、あなたは?」
「紅魔館のパチュリー・ノーレッジと言えば分かるかしら?」
こちらが問うと同時にそんな普通の自己紹介をしたのは意外な人物。
「えぇ、といっても魔理沙から逸話や、その……愚痴を聞いた程度だけど」
「それで十分。あと、その辺はお互い様」
どちらからともなく口調を合わせる。探り合いから語り合いへの変遷。
「ま、とりあえず中に入って頂戴。外で語る趣味も無ければ、訪問者を追い返す悪趣味も無いわ」
「ならお言葉に甘えて」
そう言ってふわふわと浮きながら、本を数冊大事そうに抱えて私の後ろをついてくる。
「浮くのも疲れるでしょう? 家の中くらいゆっくり歩いたらどうかしら」
「魔理沙に、浮いてないと吊るされた時に死にかねないって言わ……」
「大丈夫。初対面の人を吊るすなんて悪趣味は、私にも蓬莱人形にも無いから」
よっぽどじゃない限りね、と付けたしながら笑ってみせるが特に反応は無かった。
彼女が廊下を鳴らし始めてから数十秒、私たちは応接室に着いた。
「砂糖とミルクはいる?」
「両方3杯ずつお願い」
その量に驚いたが世の中にはそんな嗜好の人もいるのだ。決して風味が云々など言うまい、思っても言うまい。
甘党少女は現在人形の観察中。へーほー言いながらではなく、無言のままスカートを捲ったりしているのでちょっと怖い。
「とても器用ね。まだ数体見ただけだけど、よく出来てるわ」
「ありがとう。出来れば紅茶の腕も誉めてもらいたいところね」
紅茶と一緒に少量の皮肉を運んで席に着く。
「さて、紅茶を飲みながらでいいんだけど訪問の理由を聞かせてくれるかしら? えぇと、パチュリー……でいいわよね?」
「もちろんよ、アリス」
そう言いながら訪問時に抱えていた本を一冊残して机に置き、
「この本と引き換えに、あなたの二つ名を変えて欲しいの」
「……はぁ」
何を言うかと思ったら、随分と変わった要求が出てきたものだ。
「私は『七曜の魔女』、あなたは『七色の人形遣い』。同じ『七』というので困っているの。主に個性の保持に」
「……それがこんな貴重な本と引き換えにするほどの要求?」
机に並べられたのはどれも稀少な、それも私の興味をそそる本ばかり。正直割に合わないと思う。
「な、あなたは自己の呼称が他人と被っていても平気だと言うの……?」
「えぇ、そんな瑣末なことはどうでもいいわ。それより私もずっとあなたに言いたいことがあったのだけれど」
一拍の後、魔理沙からの情報を元に、目の前で訝しげな顔をする少女に言葉を紡ぐ。
「ねぇ、あなたも蒐集家を名乗ってみない?」
「……逆なのね。予想外」
「仲間や競争相手がいる方が楽しいだけなんだけどね。ほら、あなたも自分の図書館を持つほどだから……」
「待って。何故私がこれ以上個性を失うことをしなければいけないの?」
「私がそう思ったから」
「それだけなら……」
「あなたの要求もあなたがそう思ったから、なんだけど?」
「……そうね」
実は言いたかったというのはでっち上げなのだが、決まったのは完璧なカウンターなので問題無い。うん、素敵。
パチュリー・ノーレッジは焦っていた。
魔理沙の語る話では、アリスという少女は自称都会派の人形好きということで、勝手に世間知らずの根暗なイメージを持っていたがどうも違う。会話や動作でこちらの意をしっかり汲み取るし、返す言葉も的を射ている。絶対的には自分が上には立ち得ない相手だ。かといって下に立つべきとも思わないが。
さて、どうしよう。そう思いながらまだ熱い紅茶に口をつける。やはり甘いのが美味しい。
「随分幸せそうな顔するのね」
「そんな顔にさせるのはこの紅茶。ありがとう、美味しいわ」
「どういたしまして」
そういう自分も幸せそうな顔をする、とは口には出さなかったが素直な感想だ。
幸せそうな顔を見ながら先程の会話を反芻する。ずっと言いたかった言葉が「蒐集家を名乗らないか」。なぜなら仲間や競争相手が欲しいから。不思議だ、この狭い幻想郷への流入物など高が知れているのに、自分の取り分を減らす可能性のある球根に水をやろうとは。
「さっきの話だけれど、私の蒐集欲に火をつけて自分の取り分が減るとは思わないの?」
「そうね。欲しいものが他人に取られたら悔しいけれど、それ以上のものを求める原動力になると思うのよね」
「先を越され続けても?」
「う……そ、そうなったらそうなったで……うーん?」
カップを口元に持っていきながら「殺してでも奪い取る?」とか呟いているが、物騒な話は念願の剣だけにして欲しい。
「……ま、そうなったらそうなったで、きっと諦めて自分の好きなことをするわね」
「え?」
「だって、蒐集は趣味の為の手段であって、何も趣味、延いては人生そのものじゃないんだから」
「妖生? いや、魔生?」とか首を捻っているがどうでもいい。蒐集は趣味の糧、彼女にとっては人形関連。私にとっては……読書? いや、読書は確かに趣味だが読書も何かの糧ではないだろうか。
考え始めた私を知ってか知らずか、聡明と思っていた少女はあろうことか、
「あ、そもそも外に出ないと物は集まらないんだから、あなたに火を付けても問題ないじゃない」
その言葉は、蒐集欲ではないものに火を付けた。
アリス・マーガトロイドは焦っていた。
魔理沙の語る話では、パチュリーという少女はおとなしく読書好きということで、勝手に無口で根暗なイメージを持っていたがどうも違う。言いたいことははっきり言うし、先の要求を聞く限り思い切りもいい。何より目の前の彼女からは凄まじい怒気が放たれている。
原因は自分の苦し紛れの一言だとは承知している。だが、追い詰められれば何かを言い返さねば落ち着かない性分なのだから仕方が無い。とりあえず謝ってみよう。話はそれからでも遅くはない。
「言ってくれるわね人形オタク……」
……もう遅かった?
「大体わざわざ足を運んだのに説教されるとは思わなかったわ」
……自分の要求を飲ませるために来たのに『わざわざ』?
「家に帰って読書の続きをするとするわ。邪魔したわね」
そう言って本を持って席を立つ甘党少女。
「待ちなさい。その本……殺してでも奪い取るっ! 行きなさい上海!」
「大して興味が無いとはいえ蔵書は蔵書。簡単に渡す気も死ぬ気も無いわ……!」
「なら難しく渡してもらうだけねっ!」
「お望み通り……『月符「サイレントセレナ」』!!」
いきなり難度が高いが、上海が妨害している以上追撃は無いが、まずは避け続けるのみ。
魔理沙の話だと、七曜の名の通り曜日を順番に出してくるという。最初に月符を出してきたのは、先手を取るためか一撃で仕留める為かは分からないが、どの道次は火符。日符までは月符より下位のものに当たるのだから反撃はそこからで問題無いだろう。部屋が壊れるのは嫌だが、勝てば貴重な本が手に入るのだ。ここでやらない手は無い。
作戦確認。月符が終わったら懐へ飛び込み吊るし上げる……タイミングを見計らい、GO!
「人形が邪魔だけど、続けて……『月符「サイレントセレナ」』!!」
「ちょ、次は火符じゃないのっ!?」
そう叫んで後退った私に向かって彼女は大仰に、
「昔の人は言いました……『月月火水木金金』」
「そんなこと誰が言ったのよ……?」
「歌でそういうのが」
「あぁ、歌なら突飛なのも仕方ない……って、あれ?」
今感じた突っかかりにしばし考えを巡らせる。
「ポーズ掛けても呆けても手は緩めな……」
「それ、七曜じゃなくて五曜じゃない?」
「あれ、そういえ……ゴフッ」
ショックからか喀血しながら倒れる少女。いくらああ宣言したとはいえ、この状況では話が別である。
「上海、掃除用具一式と、バケツに水入れて持って来て。オルレアンは救急箱よろしく!」
人形たちに命令を出し、鮮血に染まる少女を抱き上げ少々木片が乗っているソファーへと運んだ。
「勝ちに行く為に、自身の個性を忘れた報いかしらね……」
「何冷静に分析してるのよ。あなた血を吐いたのよ、血」
「実は、魔理沙からあなたの話を聞く内に興味が沸いて……久しぶりに積極的に動いっ」
話を流したのには茶々を入れず、黙って耳を傾ける。道理で挨拶から緊張が解けたわけだ。なぜなら私も、このソファーの上で咳き込む少女に興味を抱いていたのだから。
「結局あなたを試す形で接触してみたのだけど、どうだった?」
「どうって……」
「あなたの興味を惹けた?」
惹けたも何も、出会う前から惹いていたのに何を言うのだろうか。
「当然よ。もう77kmはひかれたかしらね」
「それ、違う……」
「あはは。ナイスツッコミ」
何がなにやら、よく頭が回らない。オマケに感情も抑えられない。今にも涙が……、
「さて、吐血も収まったし……ちょっとタオル貸して頂戴」
「はい、雑巾しかないけど」
ぺしっ。叩き落とされた。この場合、今にも死にそうな挙動をしていた彼女と私とどちらが悪いのだろうか。
「そんな瑣末なことはどうでも良かったのであった」
「? ……何言ってるの?」
「ん。掃除するから、落ち着いたならちょっと浮いて隣の部屋で休んでて頂戴。埃吸ってまた咳き込んでも知らないわよ」
釈然としない表情と体を浮かべ本を抱きしめる姿は、さっきの怒気が微塵も感じられず可愛らしく思えた。
「そうだ。掃除が終わる頃には日が落ちると思うけど、ディナーは食べていく?」
「えぇ。出来れば宿泊までお願いしたいんだけど。いい?」
「……へ?」
「鳥目なの」
「了解。じゃあ今夜は卵料理かしらね。ビタミンAビタミンA」
「……まかせるわ、アリス」
「まかされるわ、パチュリー」
この掃除が終われば、今夜はきっと素敵な夜になるだろう。
あと恋色マジック吹いたww是非プチで書いてくれwww
アリスの縄のストックは何故切れるん?
在宅でしょうか?
の誤字かも知れないので明記。
>あと恋色マジック吹いたww是非プチで書いてくれwww
先生、握手はまだしもこれの前後を書くにはアルコールとトキメキが足りません!
コメントありがとうございました。
>このアリス好きめ、後でサインを要求するからそのつもりで。
>アリスの縄のストックは何故切れるん?
主にストーリーの進行と語感の為に切れます。
コメントありがとうございました。
青ざめた緑茶よりCACAO100%さんへ
>「こんばんは。アリス・マーガトロイドさんはご在宅しょうか?」
>在宅でしょうか?
>の誤字かも知れないので明記。
脱字していたので修正しました。指摘と心遣いに感謝します。ありがとうございました。
あと、確かに紅茶に砂糖三つとは量が気になります。少々少なめですね、砂糖は五個は入れないと…(甘党)
って、今回吊って無かったじゃマイカ
「対等な感じ」これを意識して書いたので、そこが気に入ってもらえたのが本当に嬉しいです。
コメントありがとうございました。
>月月火水木金金…歌にありましたねぇ(笑)
>あと、確かに紅茶に砂糖三つとは量が気になります。少々少なめですね、砂糖は五個は入れないと…(甘党)
おおぅ、五個とは甘党ですね……。コーヒー党ブラック派閥の私には未知の領域でございます(笑)。
>きっと蓬莱人形は仕事人のごとく吊ってるんだと幻視した
>って、今回吊って無かったじゃマイカ
私のイメージは完全にそれですね。吊る=仕事人は鉄板です。
今回は、吊ったらそこで話がブラックに終わること請け合いの相手なので回避の方向でした。