師走も半ばを過ぎ、やれ大掃除だ何だと騒がしい時期になってきた。
眼前をゆらりゆらりと舞い落ちる雪は、空から堕落して行く人魂のようにも見え、そんなイメージを抱く自らの思考回路を少しばかり恨めしく思う。
恨んでばかりいても仕方が無いのでプラス思考をしようとも考えるが、考えるだけで他にいい比喩も見つからないのだからどうしようもなく、博麗 霊夢は溜め息を吐く。
出来る事なら炬燵に肩までを突っ込んだまま、眼前で人魂のようにゆらめく水の結晶を眺めていたかったが、腹が減ってはそうも言ってはいられない。
しかし、よっこらせ、と言う声は決して立ち上がるためのものではなく、寝転んだ状態から起き上がるためのものでしかなかった。
手を伸ばした先にあるのはみかんで、触れただけで取りはせず、ひとつでは空腹を満たすには些か足りないと嘆く。
だからと言ってそういくつもいくつも食べられたものではないから、空腹を満たすにはやはり炬燵から這い出て台所に向かうしかないのであった。
「……寒いなあ」
換気のために開けておいた戸を閉めてから、である。
この雪は多分、積もる。そんな予感がした。
―― サンタクロスが空を行く ――
博麗 霊夢が炬燵から這い出て台所を目指したのは、腹が減ったからであり、当然霧雨 魔理沙を出迎えるためなどではない。
けれど眼前に居るのはどう考えても霧雨 魔理沙であり、霧雨 魔理沙以外の何者でもなく、あえて別の言い方をするならば白黒或いは黒白魔法使いであった。
その上それが玄関先などではなく廊下、しかも厠から出てきたところで出くわすというのだからまた暢気なものである。
厠にまで入り込んでいた侵入者に気付かなかった事に反省した後で、霊夢は静かに、正面から魔理沙の髪を右手で梳く。
後ろ髪に触れ、少しずつ前へ、前へ。
「んっ」と魔理沙が恥ずかしそうに、加えてくすぐったいとばかりに小さく息を漏らす。
そして霊夢は、前髪に触れた後で、
「勝手に入ってるんじゃないわよ出て行けこの怪盗セイント・テールがああぁぁああ!!!!」
「きぃやああぁぁぁあ!!!!」
魔理沙の顔面をむんずと鷲掴みにして持ち上げた。
ぎりぎりと思いっ切り締めて行く。
万力のように、ぎりぎりと、強く強く。
「なー、んー、でー、いつも勝手にぃ!!」
「痛い痛い痛い霊夢凄く霊夢痛いから!! あがががが頭割れる割れる割れる割ぁーれーるぅー!!!!」
足をじたばたと躍動させ、逃れようとするが、虚しく空気を切るばかりで霊夢には届かない。
続けてうぎぎぎ、と唸りつつ霊夢の細い手首を掴むが魔理沙の手もまた小さく、その力の差は自らを痛みから解放するにはいくらか足りなかった。
時間にして僅か数秒で魔理沙は抵抗する気力をなくし、同時に霊夢もその顔面から手を離す。
「ふっ、また詰まらぬ物を握り潰してしまったわね……」
霊夢の手は「両手使うのがめんどくせぇ」という理由だけで夏場に蚊を叩かず握り潰す事で退治してきたある種のゴッドハンドである。
割とやるけどアレ難しい。
「霊夢が……霊夢が苛めたぁ」
廊下にペタンと座り頭を抱えて半泣きしながら、謝罪の言葉を求めるかのように上目遣いで魔理沙が言った。
しかし悲しいかな、何も言わずに入ってきた魔理沙は侵入者であり、それに対して謝罪するような理由など霊夢は持ち合わせてはいない。
ただ無言のまま下目で魔理沙を睨み付けるだけである。
「え、えっとだな。用事があって、来たんだ」
「……まぁ、用事がなきゃ来ないでしょうけど。何の用?」
それに恐怖し、何の脈絡もなく訪ねて来た理由を話し始める。
霊夢もそれに普通に返すあたり、別に頭締め付けるまでする必要なかったんじゃないかなあ、とかあるが甘やかすのはあまりよろしくないのでこれでいいのだろう。
いいのだ。
用事と言ってもどうせ一緒に飯食おうぜとか、炬燵で昼寝でもしようぜとか、その程度の事を言ってくるんだろう、と霊夢は思う。
これが紅魔館はヴワル魔法図書館であれば借りていくと称して本を奪っていくのだろうが、博麗神社の場合だと魔理沙の用事なんて往々にして大したものでない事が多い。
霊夢も霊夢でそう言った、友人とのどうでも良さげな昼下がりのひと時を楽しんでいるのだから、もしそうであれば拒否する理由など無いのである。
「霊夢、サンタクロスって知ってるか?」
「……なにそれ?」
しかしながら魔理沙の口から発せられたのはわけの分からない言葉で、霊夢からすれば首を捻る以外の選択肢があろうはずもなかった。
サンタクロースの事を言おうとしているのだろうが、霊夢がそれを知る由も無い。
風がガタガタと喧しく戸を揺らし、2人の間には妙な沈黙が流れる。
「よし、説明するぜ。幻想郷の外にはな、12月25日に……『クリスマス』という催しがある」
「……あぁ、何となく聞いた事はあるわね」
昨年、その頃にパーティーをやるだとかで紅魔館に出向いた覚えがあった。
霊夢にとってはタダ飯にありつけるだけのイベントでしかなかったが、レミリアたちは割と楽しそうにしていたようにも思う。
咲夜が何やら紅白な服に白い付け髭をしていて笑うべきか紅白を取られた事を嘆くべきか小1時間悩んだりもした。
赤鼻とか角とかつけられていた美鈴には遠慮なく笑わせてもらった。
なるほど、彼女らは外や西洋のあれやらこれやらにも精通しているからそう言ったものを開いたのだろう、と1年経った今ようやっと霊夢は理解する。
「そういえば、今年も紅魔館で何かあるんだっけ? 確か招待状が……」
「ああ、それなら私の所にも来たぜ。けど、それでは面白みが無い。だから私たちは別の事をやろう」
「……別の事?」
「紅魔館ではなかったようだが、『クリスマス』にはパーティーの他に紅白の服を来た人間……サンタクロスと言ってな。その人が『メリーコロシアム!』とか言いながら人様の家に不法侵入してギリシャのコロッセウムさながらの乱闘を起こしつつ子供を寝床から引きずり出して無理矢理プレゼントを渡し、それと引き換えに『ここか? ここにあんのんか?』と食料や魔導書をかっぱらって行く愉快なイベントがあるんだ」
あまりにも愉快過ぎた。
そんな愉快過ぎるイベントは外には無い、と断言は出来ず或いは世界のどこかで似たような事象は起こっているのかもしれないが、それは強盗以外の何でもないのである。
ただ、魔理沙にとっては本分とも生き甲斐とも呼べなくは無い気もするので、らしいと言えばらしいと言えたのだが、若くして道を踏み外している感は否めない。
「ええー、なにそれ超楽しそうー!」
両手を合わせ、目を輝かせながらぶりっ子気味に霊夢。
本来ならここで止めるべきなのだろうが、『食料』という単語ひとつで、理性が本能に逆らえなくなったのだろう。
何であれクリスマスにやる事としては大いに解釈が間違っているのだが、神社に住む霊夢やら和食派の魔理沙やらにそれを分かれと言うのも無理と言えば無理な話なのかも知れない。
クリスマスに風変わりで祭りっぽい愉快かつ楽しそうなイベントがあるからやってみようぜ、うん同意、とただそれだけの話である。
「そう、楽しそうだろう? あと襲撃方法にはルールがあるから、霊夢には当日までにこれをきっちり覚えて欲しいんだ」
「えー……、めんどうくさいわねー」
「ばっかお前楽しい事にはそれなりに代償が必要なんだよ。遠出したら疲れたりするだろ、楽しい代わりに」
「それもそうね」
魔理沙がよいしょ、と立ち上がり、居間に向かおうとする。
立ち上がった際に先ほど締め付けられた頭が痛んだのか、「あいたた」と頭を抑えた。
それを見て、「ごめんね」と謝る霊夢。「気にするなよ、私が悪かった」と返す魔理沙。
和やかな空気が流れるが、今現在の2人の腹の中はピンクの歌姫並にはどす黒い事を忘れてはならない。
「じゃあ私はお昼ご飯用意してくるけど……」
「私は食べてきたからいらないぜ。美味しそうなのがあったら摘むけど」
「はいはい、おかずを多めにすればいいんでしょ」
呆れ気味に、しかし微笑みながら霊夢は台所へ向かう。
魔理沙は、居間へ。
数十分後。
霊夢が居間に戻ってくる。
料理を載せたお盆を置くと、魔理沙の正面に座った。
冷えてしまった足が炬燵の中で暖まっていくのを感じながら、口を開く。
「さ、魔理沙。早いところ襲撃方法のルールを教えて」
「まぁ、そう急かすなよ霊夢。……ん、この肉じゃが美味しいな。肉ないけど」
「そう? ありがとう。この肉じゃがは昨晩の余りものなんだけどね。肉ないけど」
「いいよ、美味しいから。肉ないけど」
やっぱり和やかだった。だがしかし、今から話されるのは押し入り強盗についての事である。
肉ないけど。
「さて、ルールだが、その前に。霊夢は、野球って球技を知っているか? ベースボールでも可だぜ」
「ん、野球ってのは聞いたことがあるわ。太くて硬い長い棒で丸いたまを叩くのよね。プレイ後は心地良い疲労感があってとっても気持ち良いとか」
「言い回しがそこはかとなくエロいが概ね間違ってないからスルーするな。……実はクリスマスにプレゼントと引き換えに食料等をかっぱらって行くサンタクロスと言う人物は、幻想郷の外にある野球のプロチームで投手として活躍していたんだ」
もう何がなんだかだった。サンタクロス……つまりサンタクロース、彼がプロ野球選手だった?
はてこいつはなにをいっているのか、はたまたなにをいわせているのかぼくは。
魔理沙が確認したところ霊夢も野球の大まかなルールは知っているようだったので、話を続ける。
ずず、と霊夢は味噌汁を啜る。なけなしの豆腐やらわかめは昨日の夜のうちに食い尽くしたので飲む事しか出来ない。
悲しかった。やっぱりひけない、クリスマスの時にサンタクロスとやらになって合法的に食料かっぱらうしかない、と思う。
「そして彼の投げた球は、『魔球』と呼ばれていたんだ。それは燃え上がりつつも醗酵し異臭を撒き散らし、さらには『ひとりでできるもん!』と奇声を発しながら打者を襲うらしい」
「あきゅう?」
見た事は忘れないどこぞの記憶少女ではない。
魔理沙は万年筆と紙と取り出し、丸っこくて女の子らしい字で『魔球』と書いた。ご丁寧に読み仮名も。
「良く分からないが、『魔』がつくことから魔法の類だろうと私は考えている」
「魔法……それに投げるのが……『たま』って事は……」
霊夢の呟きに笑いかけると、魔理沙はまた紙に字を書き始める。
霊夢はそれをよそに、今度は白米を口に放ってから味噌汁を啜った。
「そう、正しくは『球』ではなく『弾』と書く。たったひとつでも相手を負かす事が出来る一撃必殺の弾幕の事なんだ、魔球とは。私の研究の結果、その解釈にだけは絶対に間違いは無い」
完膚なきまでに解釈が間違っていた。
そもそもたったひとつで弾幕と言うのもおかしい。
だがこの話を聞いているとしたらせいぜいが恒常的ストーカー鬼幼女か幻想郷の田代と名高いスキマ妖怪なので、突っ込まれる事もないだろう。
多少迷惑被る可能性があっても、面白そうなら放置するのが彼女らの生き様なのだから。
「恐ろしいわね……本物のサンタクロス」
「ああ、もしも奴が幻想郷にいたら今頃どうなっていたか、考えるだけでもゾッとするぜ」
そんな人は元から存在せず幻想になって流れてくる事もないので、ゾッとするだけで済む。
じゃが相変わらず美味しい。ご飯に合う。
「だが、そんな彼は解雇され、やがて無一文となってしまうんだ」
「そんな凄い人が解雇されるなんて……世知辛いのね、幻想郷の外は」
「ああ、本当に。しかしクリスマスの日に子供に夢を与え、そして自らも生き残る手段を彼は思いついた!」
「そ、それが」
「そう、その手段こそがやがて『サンタクロス』としてクリスマスに人様の家を襲撃し、不法侵入する際のルールとなるんだぜ!」
じゃが美味い。
「紅白の服を纏い、『ぼーる』を使った一球入魂の恐怖の弾幕で、窓を破砕し、速やかに侵入」
「寝床から引きずり出した幼い子供に夢のあるプレゼントを渡し、夢とプレゼントと引き換えに食料や金目の物をかっぱらっていくのね」
「さっき説明した時には金目の物とは言わなかったけどもういいかな! 面倒くさいし!」
「そうね! 面倒くさいから金目の物も頂いていくわ!」
「うん、実に面倒くさいぜ!」
本格的に強盗以外の何者でもなかった。
そもそも寝床から子供を引きずり出すような輩が夢のあるプレゼントを渡すとも思えない。
サンタクロースから一文字抜くだけでこんなにも愉快な解釈が出来るようになるのだから、幻想郷とはまこと幸せな場所である。
白米激ウマ。
「そしてそれ以外はサンタクロスとして認められる事は無いんだ! だから文句も言われるし許してもらえないし捕まる!」
「でもサンタクロス食料盗ろうが何盗ろうがクリスマスの楽しいパーティーの後の余興で、由緒正しき伝統行事だから文句も言われないし許してもらえるし捕まらないのね!」
「そう、そう言う事だ霊夢! な、楽しそうだろ、サンタクロスになるのは!」
「ええ、凄く楽しそうだわ魔理沙! 最高ねサンタクロス! 外の伝統行事について独力でここまで調べ上げた魔理沙を私は尊敬する! 魔理沙偉い!」
味噌汁なくなった。 じゃがウマー。 白米なくなった。
「よせやい、照れるじゃないか。……決行日は25日、零時からだ! それまでにしっかり計画を立てるぞ、霊夢!」
「もちろんよ! 失敗は許されないわ! 子供たちには夢を、私には食料と金銀財宝を!」
微妙に食料の後がグレードアップしているが、この際もうどうでもいいっぽいのでスルーさせて頂く。
順調に減っていた霊夢の昼食もついに全てなくなり、先ほどまで喧しかった風の音も今はもう止んでいた。
計画を立て始める2人の集中力を削ぐ物は無い。
運命の25日へ向けて、時計の針は動き出した。
*
深夜の博麗神社の境内。
そこに吹きすさぶ風はなく、降る雪はただ深々と空から舞い降り、積もって行くばかり。
数日前、霊夢の予想通り雪は積もり、その後溶ける事無く今日に至る。
しかし雪が降ったのはあの日以来だった。
……ホワイトクリスマス。
「ついに来たのね、貧困から脱する日が。日々質素になって行く食事、年が変わる頃には必要な栄養分を摂取する事は出来なくなると思っていたけれど……」
「その不安も今日で終わりだぜ、霊夢。私も、暇な年末年始を魔導書読んで過ごす事が出来そうだ」
この時点で夢もクソもなく、己のためにやっているだけなのは明白なのだが、もうそろそろ2人にとってそれはどうでも良い事になりつつあった。
手にした白い袋には、皆に配るものが入っており、しかしその量は決して多くなく中身もしょぼかったり、多少価値があっても使い古した物ばかりだ。
計画が成功した際の損得についてはもはや言うまでも無い。
「ところで魔理沙、侵入の際に必要となる『ぼーる』はどうするの?」
「あぁ、それなら心配ないぜ。ほれ、これを見ろ」
そう言い、魔理沙が霊夢に見せたのは段ボール箱。
……それだけで、外のもの、つまり香霖堂から入手した事だと言うのがわかる。
その中には、100程度だろうか、白に赤い縫い目の、極普通の硬球。
外でもまだ盛んらしい競技だと言うのに、よくこんなに大量に手に入れられたな、と霊夢は思う。
「かなりの稀少品だそうだが、文句も言わずに譲ってくれたぜ」
そんな霊夢の心境を表情から察したのか、魔理沙が説明をした。
「あら、珍しい事もあるものね」
「何でも『若い女の子たちは健康のために白い肌を晒して運動するのもいいと思うよ。そのためなら僕は協力を惜しまない。ほら、ここにブルマな体操服とか動きやすそうなミニスカートがあるよ魔理沙霊夢にもよろしくフフフ』だそうだ」
「…………」
「…………」
「魔理沙。私ね、3日後の鴉天狗の新聞に『香霖堂が爆発した』って書かれる事を知っているの」
「ん? 私が知っているのは『爆発炎上して香霖が大量の羽虫に襲われる』と言う事だぜ」
「3日後ね」
「3日後だな」
「香霖堂が爆発して」
「羽虫がわんさか」
「「あはははははは」」
爽やかな笑い声が博麗神社の境内に生まれる。
ひとしきり笑った後で、魔理沙が段ボール箱を開き、ボールを取り出した。
「ほら、ひとつ持てよ。飛んでるだろこいつ。翼もあるんだぜ」
幻想になるだけあって、使い古されたものなのだろう。
少し砂埃で汚れてはいるものの、極々普通の外見(翼以外)の硬球が浮いていた。
それも恐らくボール自身の意思で。
野球ボールは幻想になると空が飛べるようになるらしい。
「うん、何かもうよくわからないけど、必要な物が手に入ったのならそれでいいわ」
「じゃあ出発だ」
「ええ、行きましょう魔理沙」
狙いは人里ではなく、紅魔館、永遠亭、白玉楼と言った財政力があり、かつ評判を落としそうに無い所だ。
いつもとは違い腋も隠れている、いかにもな紅白の服に身を包んだ巫女と、いつもと同じデザインの、しかし紅白色の衣装で身を包んだ魔法使いが。
悪魔がごときサンタクロースもといサンタクロスが、その右腕で家の外壁や窓を破壊し自らの欲望を満たすために、今宵、幻想郷の空を行く。
「「私たちに、神のご加護がありますように!」」
あるわけねえ。
*
包み隠さず言うと、本物の悪魔の棲む館である紅魔館では既に事件が起きていた。
紅魔館大ホール。紅魔館をあげての大きな行事の際に使用される部屋である。
「パチェー、楽しいわー、クリスマス楽しぃーあはは」
「私もー、楽しいよお姉さまー」
「うふふ、レミィとフランは可愛いわね。プレゼントは楽しみ?」
「うん、今年もサンタさん来てくれるかしら」
「来てくれるわ! だって私とお姉さまは凄くいい子にしてたもの!」
割とガチでサンタさんの存在を信じている御歳500歳と御歳495歳。
頭脳は子供で身体も子供の吸血鬼らを微笑ましく見つめるパチュリーの目線は普段の2割増(ヴワル書庫データ集比)で変態風味だ。
まぁ、存在を信じつつも、流石に紅魔館にやってくるサンタさんは咲夜たちの変装した姿である事は知っているのだが、ここは楽しんだ者勝ちである。
パーティーを盛り上げようと言う咲夜の心遣いである事もレミリアとフランドールはわかっていたし、何よりノってやらないと咲夜がただの痛いコスプレイヤーになってしまう。
だから普段はそれなりに大人びた威厳のあるガキである2人も、この日ばかりは心の底から子供になるのだ。
と、突如会場の主たる照明が落とされ、テーブルと壁のキャンドルの光だけになった。
「レディースエェンド……ペドリフィア!! 皆さん、夜も深くクリスマスパーティーも落ち着き始めていますが、ここでビッグイベントです!!」
レミリアやフランドールの視線をも集める舞台。
そこに立つのは平でありながらも声量を買われ、司会を任されたメイドだった。
「なんとサンタさんが来てくれました!!!!」
わー、わー、と盛り上がる。ノリが良すぎる。
紅魔館よりは紅魔幼稚園だか紅魔保育所とでも呼んだ方が良さそうな勢いではあるが、普段はこんなのではないので控えさせて頂く。
ともあれ、
「ごにゅうじょーう!!!!!!!!!」
である。
ギギギ、と大きな扉が開く。
シャンシャンシャン、と紅魔館ブラスバンドメイド部隊による演奏が行われる中、サンタさんとなった咲夜がゆっくりと入場してくる。
『メリー「ごほっ!! ごはっ!! ぐふ、がががっ!!! うううううぅぅぅぼ!!!!」クリスマス?』
皆が勢い良くメリークリスマスと言おうとした次の瞬間、一気に会場が冷めた。
入ってきた紅白服に付け髭のサンタ咲夜は思いっきり気分が悪そうだった。
今にも吐きそうと言うか何と言うか、
「……咲夜、腰どうしたの?」
そんな状態である。
レミリアの質問に、ふが、ふが、と答え、ポケットから取り出した入れ歯を嵌めた。
「レミィ、フラン。今年は咲夜をより本物のサンタに近づけるため、努力してみたわ」
「なに、何をしたのぱちゅりー?」
無邪気に聞いてくるフランドールに含み笑いを返し、ゆっくりと説明を始める。
「サンタはおじいさんよ、老人なの。そういうわけで咲夜には自身の能力と私の魔法により、一時的に老婆になって貰ったわー」
性別は流石に変えなかったらしい。
それでもギリギリ踝くらいまでは聖少女領域に足を浸けていたのに老婆にされるなど、咲夜からしてみれば例え一時的であろうが最大級の不幸だ。
何とか保たれていた「私はどこぞの薬師と違ってちゃんと少女だもん☆」的な矜持も、宇宙は遥か彼方のロリコン系第四惑星へ向かって光速をも凌駕するスピードで消えて行ってしまう。
ちなみに永琳さんは年増とかそんなんじゃなくて『大人のお姉さん』です。お忘れなきよう。
「凄い、ここまでやってくれるなんて! パチェ、あなたは最高の友人よ! 咲夜、あなたは最高の従者よ!」
「お、お褒め頂き光栄でず、ぐほっ!!」
吹いた。
目をキラキラと輝かせるレミリアの姿と身体にかかる負荷で、鼻と口から血を吹いた。
「えー、若干予定外と言うか想定外と言うかメイド長って老けても美人なんだいいなあ、とかありますが、続いてトナカイさんの入場です!!!!」
この状況で事を運ぶ司会。
平メイドで終わらないだろう、と将来を期待させる器である。
トナカイがサンタと一緒に入場してこない時点でもう色々と間違っているのだがそれはスルー。
いつの間にか閉じていた扉が再び開き、入ってきたのは。
トナカイだった。
美鈴ではない、否、美鈴だ。しかし、トナカイだった。
正確には『龍』と書いた帽子を頭につけているトナカイだった。
ソリを引っ張って入ってくる、文句なくクリスマス仕様のトナカイ。
「咲夜には老人になって貰ったから、美鈴には本物のトナカイになって貰ったわー」
「すごーい! 美鈴、あなたも最高の従者よ!」
「美鈴、背中乗っていい? 乗っていいよね!」
フランドールがぴょん、と背中に飛び乗る。
だが美鈴は涙を流し4本の足を動かし、ブンブンと尻尾を振り、必死にこの姿は嫌だとアピールする。
しかしフランドールが飛び乗った後とあって、喜んでいるようにしか見えなかった。
悲しきは四足歩行か。ちょっと待ってフランちゃん、角は、角は引っ張らないであげて。
咲夜は「うぅ」と呻き口を押さえる。老婆にさせられた自分以上に不憫。
美鈴以上の不幸体質を持った者など居るのだろうか、と思う。
「そして小悪魔は本物のソリよー」
居た。
というかもう生物ですらなかった。
嫌だと言う感情をアピールする事すら許されない、というか出来ない。
四隅から飛び出す二対の羽が、際どく小悪魔である事を主張していたのが不幸中の幸いと言えよう。
まさか小悪魔が美鈴以上の不幸体質だったなんて、と会場にいる誰もが合掌する。
ここまで来ると楽しんでいるのはレミリアとフランドールとパチュリーだけだったが、3人に「それはあんまりです」と訴える事が出来る者などこの場に居るはずもなかった。
というかなんだ、ソリくらい普通に用意すればよかったのではないか。
「え、えぇと、それでわ! サンタさんがやって来たところでプレゼントといきましょう! まぁ貰えるのはお嬢様方だけで私たちぜんぜん関係ないんですけどねハハハ!! ハハハ!!!!」
ヤケクソである。
この状況、雰囲気を必死に変えようとする、司会の平メイドの必死の努力だ。
そして少なくとも見た目的には少女なのにプレゼントを貰えない悲しさ。
それはまるで咆哮のようですらあった。
「わーい、サンタさんプレゼントちょうだいー! 今年は霧、出さなかったよ!」
「ちょうだい! わたしたちいいこにしてたよ! 壊したものの数とか去年の0.95倍だもん!」
それにしてもこの吸血鬼姉妹、ノリノリである。
いくら咲夜をただのコスプレイヤーにしないためとは言えノリノリすぎる。
「そうですねー、良い子にはプレゼントをあげましょうー」
咲夜はその様子に萌えながら、美鈴が引っ張ってきた小悪魔もといトナカイが引っ張ってきたソリに乗せていた袋から中身を取り出そうとし、
その瞬間、大ホールの壁は爆発し炎に包まれ崩壊した。
「メリーくりごはん! サンタクロス様がやって来たわ! さぁ、乱闘パーティーよ!!」
「お前ら大人しくしろ! 私たちの夢のあるプレゼントを受け取れ! そして引き換えに魔導書とかその他もろもろ寄越すんだ!」
現れたのは、言うまでもなく霊夢と魔理沙だった。
パンパン、と右手のボールを弾ませながら、実に楽しそうに笑っている。
他のボールが霊夢と魔理沙の意思には関係なく、例によって翼を生やし、スライドしたりカーブしたり急降下しつつメイドを襲っているが特に問題はない。
スライダーとかカーブとかフォークとかその辺の変化球の類である。ボールが勝手に変化しようが問題ない。問題ない。
「全く! レミリアの部屋に行ったらレミリアいないし、なんか騒がしいから来てみれば起きてるし! 許されないわ!」
「そうだそうだ! 折角私たちがクリスマスのルールに則って寝床から引きずり出してプレゼントをあげようとしたのに、酷いぜ!」
そんな事を言っても吸血鬼は夜行性なのだから仕方が無い。
通常であってサンタさんは寝ている時に来るものだが、夜行性なのに寝ていろと言うのも酷な話だ。
だが、突っ込んだところで聞き入れそうな様子は無いし、ただ呆れる事しか出来ず、
「……聖夜に強盗とは、とんでもない巫女と魔法使いね」
ジト目で魔理沙と霊夢を見上げながら、レミリアは嘆息する。
パチパチと燃える穴の開いた壁に背を向ける2人は、どこからどう見ても悪役でしかなかった。
照明が落ちているために、炎の光も悪役ぶりを見事に演出している。
「人聞きの悪い事を言わないで頂戴。クリスマスはサンタクロスさんが合法的に人様の家に侵入して、プレゼントを渡しさえすれば食料とかかっぱらって行っても良い日なのよ!」
「お前たちは西洋かぶれしているくせにクリスマスのなんたるかがわかっていないようだな!」
「いやわかってないのどう考えてもあんたらだし……」
疲れる、と言わんばかりにパチュリー。
2人の来訪をただ素直に喜んでいるフランドールをよそに、レミリアとパチュリーは既に臨戦態勢と言っていい。
咲夜? 美鈴? 小悪魔? 戦いたくても戦えねえよ。
「霊夢、魔理沙。招待状は?」
レミリアが睨むと言うほどではなく、しかし鋭い視線を2人に向けながら、静かに問う。
「そう言えばそんなの貰ってたわね。けどね、1日食うだけじゃ意味が無いの」
「はっはっは、サンタクロスについての研究中に部屋が爆発してなぁ、燃えてしまった」
「つまり、持っていないと」
ならば、招かれざる客でしかない。
レミリアは、ああ招待状を持ってきてたら霊夢と以下略とかごにょごにょとかそういうつもりだったのに何たる事態、とかそういう感情を抑え、羽を広げる。
例え愛する霊夢であっても、妹が懐く魔理沙であっても、壁を突き破ってきて強盗に至り、その上招待状も無いというのなら排除する以外に選択肢はない。
これは紅魔館当主としての判断であり、ある程度威厳を保つために必要な事だ。
500歳にもなってガチでサンタさんを信じていたりするあたりで威厳なんてよくて欠片程度でしかないのだが。
レミリアの中ではサンタさんとは優しくてちょっとふくよかで大きくて冬にだけ来てくれる実在する人物なのだ。
…………レティ?
それはさておき、兎に角本物のサンタさんが自分のもとに来てくれないのはただ単にレミリアが吸血鬼だからと、そう言う事になっているのである。
実在するものを実在すると言ったところで威厳には何の関係もない。
周りから見ると実は威厳が無いのに本人はそう思っていないあたり悲しいものだが。
「お姉さまー、招待状なくてもいいじゃない、折角来てくれたんだし!」
「ダメよ、フラン。招待状がない、つまり霊夢たちは十中八九警備にあたったメイドを撃墜したんでしょう。その目的が強盗で、なにより……」
「なにより? なによレミリア」
御札を指に挟み、こちらも臨戦態勢の霊夢。
「あなたたちは本物のサンタさんをぶじゅ……侮辱した!」
舌噛んだ。
お嬢様可愛い!! とか叫びつつ振り向いたメイドがことごとく硬球野球ボールに撃墜された。
推定では三桁に及ぶと見られるが総数は不明。ただ、その中にパチュリーが含まれていた事を記させて頂く。
使えない魔女だ。
ちなみに、それらは全てボール個々の意思によるものであって、霊夢と魔理沙に悪意は無い。
ねぇつってんだろ。
「……しょうがない。早速切り札を切る時が来たようね、魔理沙」
「そうみたいだ、霊夢。サンタクロスの起源・真実を伝えるよりも、遥かに早く黙らせる切り札をな」
「ふん……切り札? 悪いけど、今夜は負けないわよ」
「お、お嬢様っ」
「咲夜。……あなた今日は老体だし、なんかパチェが気絶しちゃったからしばらく戻せないし、下がっていなさい」
ぐっ、とレミリアが足に力を込める。
例え相手がレミリアが常日頃から求愛する霊夢であっても、サンタさんを侮辱するのは許されざる罪なのだ。
弾幕戦になる前に、肉弾戦に持ち込む。そうすればレミリアに圧倒的に有利になるからだ。
人間対吸血鬼、その身体能力の差は今更言うまでもないだろう。
上を見る。すぅ、と。霊夢、魔理沙共に大きく息を吸い込んでいた。
レミリアはそれを気には留めず、空中で笑う標的に向かって飛び上がる。
そして、
「「サンタさんなんているわけないだろー!? ばぁかばぁか、おこさまー!!」」
2人の息の合った叫びに動揺し、どんがらがっしゃーん、と典型的かつ間抜けな音を立てながらレミリアは墜落した。
テーブルをひとつ破壊し、料理が撒き散らされる。
火がついたままのキャンドルが舞い、床に落ちて燃え上がり、他のテーブルのクロスをも燃やして行く。
がばぁ、とテーブルを吹っ飛ばして起き上がり、レミリアが叫び返した。
「い、い、いるもん! サンタさんは本当にいるんだもん! あんたたちこそ何言ってんの!? 子供に人気があるサンタさんに嫉妬した大人の嘘なんか信じちゃって!!? ばぁかばぁーか!!!!」
それにしてもこの吸血鬼、必死である。
吸血鬼の癖にサンタの存在を信じている時点で色々とアレなのに、ここまで来ると末期もいいところだ。
吸血鬼であってもレミリアは結局はお子様、という事か。
「あー? いい年こいてサンタさんなんか信じてんじゃないわよ。あんなの親とか近所のおじさんおばさんに決まってるジャナーイ」
「そうだぜ。それによく考えてみろ、レミリア」
「な、なによ?」
「焼き夜雀を食い散らかしながら白い綿やブラックホッシーをつけたドリル状の木を振り回しつつ魔球なる弾幕で家の一部を破壊し、『ゲッツフォーウ!!』とか叫びを上げて幼女の寝顔を愛でる変態野郎が実在して嬉しいか?」
「しかも道行くカップルを見つけるなり紅白の服からピンク色の熊の着ぐるみに着替えて後ろから蹴りをかました挙句回転投げするような人よ? しかもイカ人間と戦うし、サンタクロスは」
「えええぇぇえぇちょっと待ってあんたたち何の話してるのおおおぉぉぉぉぉおおぉぉお!!!!????」
「何って、今までの会話からわかるでしょ、普通? もちろんアレよね、魔理沙」
「あぁ、アレだぜ、霊夢」
顔を見合わせ、飄々とした顔で、またも2人同時に。
「「サンタさんことサンタクロス」」
子供に夢を与えるどころか、子供が苦労して組み立てたレゴブロックのお城を母親が気付かず掃除機で一撃粉砕するくらいの勢いでレミリアの夢を粉々に砕いて行く。
サンタクロス像も数日前から随分と変わっているが、これは2人が好奇心ゆえにさらに研究を重ねた結果なので特に問題はない。
「絶対に違うわぁあああぁぁぁぁあ!!!! サンタさんはね、ふくよかで大らかで優しい冬の風物詩なのよ!!」
「そんな面白味のない人がいるわけないじゃない。ほらレミリア、やっぱりサンタさんはいないわ」
「そうだーいないいないー」
棒読み気味。しかも暴論だった。
悲しいかな、レミリアの必死の叫びも2人の心に届きそうにはなかった。
22世紀から20世紀に向かうタヌキ風味ネコ型ロボットが遠すぎて迷ってスクラップになってしまってもおかしくないくらい、遠い心の距離。
そこに声と想いを届けるには、一体どうしたらよいのだろうか。
「フ、フラン! あなたもボーッと突っ立てないであいつらに何か言ってやりなさい!!」
ひとりよりふたり。
必要以上には抵抗せず、レミリアは素直に妹へと助けを求めた。
いきなり振られたフランドールはと言うと、視線を逸らし、気まずそうに両の人差し指を合わせる。
そして、決意したかのように喋り出す。
「え、あ、わかったお姉さま……あの、霊夢、魔理沙。サンタさんはいるよ! 永遠の世界とかそこらへんにいるよ!」
「そうよ……フラン。サンタさんはいる、この世の常識だわ。そして私の言ったサンタさん像こそ真実」
微笑みあう、見た目幼く頭脳幼く、歳だけ重ねている姉妹。横には、それを血を吐きつつ見守るサンタな咲夜。
レミリアからは、もうサンタさんがいないだなんて言葉には動揺しないという、確たる意思が滲み出ているようにも見える。
「くっ……私の研究ではサンタさんを信じている子供はこれで取り乱し再起不能になるはずだったのに……!」
「でも、さっき言ったような変態野郎が存在して嬉しいなんて、あの姉妹は相当のマゾなようね」
「全くだ……!!」
魔理沙が悔しがり、その横で冷静に状況を分析する霊夢。
実在云々は兎も角、正しいのはスカーレット姉妹のサンタ像なのは確かである。
間違っているのは霊夢と魔理沙のサンタ像なので姉妹がマゾだとはならないのだが、自分たちの方が正しいと思っているのでどうしようもなかった。
「さぁ、メイドたちよ! サンタさんを称えなさい!」
『サンタさんはいる! サンタさんはいる! サンタさん最高! サンタさんダンディ!』
レミリアの声に、命令に応え、大ホールに響くメイドたちの声。
燃え上がる炎を引き裂く、盛大なまでのシュプレヒコール。
それはレミリアに力を与え、正しいのは自分だと確信させる。
そう、
――サンタさんは……実在する!
メイドたちの声はサンタさんを信じているからではなくレミリアに色んな意味で忠誠を誓っているからこそなのだが、レミリアは気付かない。
こっちもこっちで割とダメっぽかった。
「行くわよ! サンタさんを侮辱、あまつさえその名を利用し強奪を図ろうとする霊夢と魔理沙に罰を!」
レミリアの意を決した叫びを合図に、メイドたちが吼えるようにして中心部上空、霊夢と魔理沙へ向かって攻撃を開始する。
その数、実に50。無数のレーザーや弾による攻撃はもはや弾幕と呼ぶのも生ぬるい。
照明が落ちているにも関わらず、否、だからこそか。まともに目を開いていられないような光が紅魔館大ホールを埋め尽くした。
全ての攻撃が同時に達し、爆風を巻き起こし炎を煽り、あらゆる物を吹き飛ばす。その攻撃を放ったメイドたちもいくらか含め、だ。
その爆風に対し成すすべのない美鈴が出入り口から逃げようとするが、今はトナカイで四足歩行なので扉を開けることが出来ず、叩き付けられた。
小悪魔はソリなので割と普通に滑った後で、壊れたテーブルをジャンプ台代わりに空中に飛翔したりしていた。目指すはオリンピック。
咲夜はちゃっかり物陰に隠れていた。
「これなら流石にあの2人も無傷では済まないでしょうね……下がりなさい。あとは私とフランで片を付ける」
「お姉さま、サンタさんはいるんだよね? 私たちが正しいんだよね?」
「当たり前よ、フラン。勝って、それを証明しましょう。勝った者が正義、負けてはならない戦いよ、これは」
煙が散り、影が見えたところで照準を合わせる。
――霊夢、あなたとアレとかソレとかしたかったけど、サンタさんを侮辱した事は許されざる罪なのよ。
レミリアはそう思い、奥歯を噛み締め、グングニルをその右手に形成する。
レーヴァテインを用意したフランドールを横目で確認し、レミリアは振り被った。
その瞬間である。
数百の針、本気ではないのだろう、威力はさほどではなく、数も吸血鬼であるレミリアとフランドールなら避けるのにさほど苦はない。
仕留めるためではなく、レミリアとフランドールの攻撃を止めるための攻撃。
「そんな……あれだけの攻撃を受けて、まだこんな余裕が……!」
「ハッ! そんなのでこの私をやろうっての!?」
煙が完全に晴れ、霊夢の姿をはっきりと視認出来ると同時に、レミリアは恐怖を抱く。
霊夢が、結界で自身と魔理沙を防御する事は予想済みだった。だが、あの物量なら突き破れるとも。
しかし……無傷。結界こそ崩せたものの、否、それすら霊夢が解いただけで崩せていないのかも知れない。
霊夢の目は鋭くレミリアの目を射抜き、今までにない必死さが窺い知れた。そんなに食料欲しいか。
「舐めんなよ、コラ!!」
嗚呼、ア○ル・ニーダ……それは一種の死亡フラグだ――レミリアはそんな事を思い、そして、吹っ飛ばされた。
何とかまともに着地して事なきをえたものの、これで攻撃が終わるはずなどなかった。
「まずはアンタたち……雑魚からよ! 魔理沙!」
「あいよ! 合わせるぜ!」
懐から符を取り出し、宣言。
「囲いて敵を穿て! 恋符――ノンディレクショナルレーザー!」
「力を以って力へ迫れ! 霊符――夢想封印!」
先に魔理沙が宣言し、少し遅れて霊夢も宣言。
順番通り、まずノンディレクショナルレーザーが展開される。逃げにくい全方位攻撃。
そして、完全に逃げ場を無くす意図だろう。その隙間には、霊夢の夢想封印が展開されて行く。
光の直線が回転し、その間を縫って行く色取り取りの球形がメイドたちに襲い掛かる。
「くぅ……!」
「わわわっ!」
レミリア、フランドール共に回避する余裕はある。
それは2人を狙った物ではないからだ。
安全圏に脱し、レミリアが顔を上げたその視線の先。
「きゃあああ!!」
「よし、避け……ひわああぁぁ!!!」
そこには、悲鳴をあげるメイドたちの姿。……メイドたちは全滅に近い。
ノンディレクショナルレーザーを避ければ夢想封印にぶつかり、夢想封印を避ければノンディレクショナルレーザーに堕とされる。
実力であれ運であれ両方を避けた者も、半ば存在を忘れられていた飛ぶボールをもろに顔面や腹部に喰らい沈んで行く。
当たり前だが、硬球はまともに当たるとかなり痛い。
それに加えて勝手に動き回り、『おなごの身体だぜフゥハハー!』と機械的な音声を出しつつランディ・ジョンソンもびっくりのスピードで襲い掛かってくるボールをこの状況でどう避けろと言うのか。
「あっはっはっはぁ! ごめんね、強くてさぁ!」
「ノリノリだなー、れいむー……」
霊夢の笑い声が木霊する。共犯者の魔理沙も微妙に呆れるほどに、悪役染みた笑い。
レミリアは地に足を付けたまま、天井近くで笑い続ける霊夢に視線を向けた。
先ほど吹っ飛ばされたため全くダメージがないわけではないが、目に見えるほど大きなダメージもない。
まだ行ける、と思う。サンタさんもきっと応援してるんだから、とも。
前者は戦いに暮れる吸血鬼のようで、後者はただのお子様。
「さ、これで終わりね、レミリア。大人しく私たちの夢のあるプレゼントを受け取って、代わりに食料とか頂戴?」
「ほら、レミリア、フラン。これ、やるぜ。香霖からの貰い物だけどな」
レミリアはまだ臨戦態勢のままだと言うのに、霊夢と魔理沙はもう勝った気だった。
ほい、と魔理沙が白い袋から取り出した物をレミリアに向かって放り投げる。
紅い炎をバックに浮かび上がる、何となく長方形っぽくて、けれど少し歪な影。
それは……、
「髭剃りとか超いらねえええぇぇえぇえ!!!!!」
レミリアは視認するなりそう叫ぶと、目線と同じ高さまで落ちてきたところで回し蹴り。
それがたまたま足元に転がっていた復活直前のパチュリーの後頭部に直撃したが、使えない魔女にはこれくらいのお仕置きが必要だと開き直った。
本当に夢のあるプレゼントだったら許してもいいかな、とか思った自らが馬鹿らしかった。本気で飛び掛ろうと足に力を込める。
「ま、待ってお姉さま!」
「フラン! 気持ちだけ受け取ろうとかそういう」
甘い事は言っちゃダメ、と言おうとして、フランドールの表情の真剣さに固まった。
ごくり、と唾を飲んでからレミリアは次の言葉を待つ。
「髭剃り凄く便利だよ! すね毛処理とかはじめムダ毛処理に使えるし!」
「なに言い出すのよフラァァアアァーン!!!!」
「……………………………………って以前、パチュリーが言ってたんだけど本当かな!!??」
「お前かあああぁぁぁああぁ!!!! ドライブシュートォ!!!!!」
「ごふぅっ!」
また復活直前まで来ていたパチュリーを、今度は全力で蹴り飛ばした。
復活してもどうせ使い物にならないしどうでもいいか、とついでにグングニルを放り投げておく。
何がどうであれ妹の教育によろしくなさそうな魔女である。
「じゃ、レミリア。あなたは私たちの夢のあるプレゼントを受け取った事だし、さっさと食料庫の場所とか教えて?」
「ちょっと霊夢! 魔理沙! あれのどこが夢のあるプレゼントなのよ!?」
「よく見ろよなー。『夢』って字が書いてあるだろー」
「ブシャアアアアァァァアアァァ!!!!!!」
魔理沙の言葉に色々とキれたらしいレミリアが問答無用で襲い掛かった。
全速力、瞬間的なスピードであれば鴉天狗とも張り合えるほどのものを生み出す身体能力。
空間操作によってかなり高い天井。それでも、2秒もあればレミリアがの位置にいる霊夢と魔理沙に迫るには十分。
しかし霊夢とて博麗の巫女。魔理沙とて普通ではあれど魔法使い。
魔理沙は回避出来るだけの距離を取り、……霊夢は動かなかった。
唇に手を添え、ウインクをし、
「レミリア、メリーバトロワ♪」
チュ、と、そんな音が広い空間に響く。
所謂、投げキッスと呼ばれるやつだった。
何がどうあって皆さんに殺し合いをして貰うような台詞なのかがよくわからないが兎に角投げキッスだった。
「ブシャアアアアァァァアアァァ!!!!!!」
先ほどと同じ音だが、これは声帯から発せられたものではなく鼻血を噴出した音である。
霊夢の目と鼻の先の距離で、レミリアが停止した。
ポタポタと垂れ続ける鼻血を手で抑えつつ、レミリアは霊夢の目を見る。
「そうよ……最初からこうしてれば手間がなかったのよ……」
霊夢がレミリアの頭を優しく掴み、ひまわりのような笑顔で問いかける。
この時、既にレミリアの思考からはサンタさんがどうだとかそんな事は消えていた。
「ねぇ、人間用のものを置いた食料庫、どこ? 私……あなたにその場所を教えて貰わないと……」
「れ、霊夢」
こつ、とおでこにおでこを合わせて来た霊夢に動揺する一方で、ようやっと私の愛が通じたのかと感動するレミリア。
そして、愛には答えねばと。どう考えても勘違いなのだが愛は盲目なのだ。何も見えなくなるのだ。
「あ、あっちよ! あっちにいっぱいあるわ! 持って行く事は私が許可する! 霊夢、メリークリスm」
「よっしゃああああぁぁぁあ!! あなたはもう用無しぃいぃいいぃ!!!!」
「きゃあああぁぁぁああぁ!!!! この愛は偽りだったのねぇー!!??」
優しく掴んでいたはずの手でそのまま思い切りぶん投げられて、悲痛な叫びを轟かせながらレミリアが堕ちて行く。
そして下から迫ってくる硬球を後頭部に喰らい、戦闘不能。落下スピードまで上乗せされた、容赦のない一撃だった。
「行くわよ魔理沙! さっさとプレゼントと引き換えに食料貰ってさっさと撤収!」
「よし、乗れ、霊夢!」
「方向しか聞けなかったから適当にぶっ壊すわよ!」
「了解!」
魔理沙の箒に霊夢が乗り、割と物騒な事を言いながらレミリアが指差した方向を向いた。
その下には、十数人だけの戦闘も可能なメイドたちがおろおろとする姿がある。
物陰に隠れていた咲夜が、思案する。
隣には、落ちてきたレミリアを何故か楽しそうに棒切れでつつくフランドール。
現在、美鈴はトナカイで小悪魔はソリで咲夜自身は老体。
パチュリーが魔法を解かなければいけないのだが、気絶しているのでこれはどうにもならない。
しかし、咲夜はメイド長だ。
主に狼藉を働いた者を見過ごすわけにはいかない。
そして、僅かに残ったメイドたちの士気も上げねばならない。
意を決し、咲夜は声を絞り出す。
「みんな! 今からこの紅魔館の当主は妹さ」
「どけぇぇえええぇぇ!!!!!」
「ひゃあああぁぁぁぁあぁん!!」
が、至極普通に吹っ飛ばされた。
炎しか灯りのなかった空間を、一筋の強烈な光が駆け抜けて行く。
*
それより20分ほど後の永遠亭。
その一室で、輝夜と永琳は炬燵で暖まりながら茶をしばいていた。
ここではクリスマスなど関係なく、大部屋で何となく兎たちが騒いでいる程度である。
「全く、イナバたちは『くりすます』が何かわかっていないのに宴会だなんて」
「まぁ、年末ですし忘年会も兼ねているんでしょう」
「雪うさぎなんて作ったりもしてねえ」
「7年前に悲しい出来事でもあったんでしょう」
よくわからない事を言う永琳に首を捻りつつも、輝夜は笑った。
ズズ、と淑やかに茶を啜る音がするだけの、静かな畳部屋。
外に目をやれば、そこには深々と雪が降るばかりで何の面白味もない風景。
けれど風情はあるな、と輝夜は思う。
「ところで、姫は『くりすます』がどんなものかご存知なのですか?」
ぽけー、としていた輝夜に気を使ったのか、永琳が話しかけた。
空になっていた輝夜の湯飲みに、茶を入れる。
「あら、挑発的な物言いね、永琳」
「そんな事はありませんよ。単に気になっただけです」
「ま、いいけどね。……知っているわよ。何たって、私は姫だもの」
「そうですか」
「あれよね、『くりすます』って言えば……」
ふぅ、と一息吐いてから。
「『家康・キシリトール』と言う名のお爺さんが、お婆さんが山へ男狩りに行ったために暇を持て余してしまって何となく川へ趣味のバス釣りに行ったところ鮫が現れて、『私は人間だが植物だ。現に今も光合成している。ウホッ、君も光合成やらないか?』と誘ったのだけどその鮫が実は肉食ではなくベジタリアンだったために食い殺されてしまい、不倫していて万々歳だったのだけど世間体を気にしたお婆さんが盛大に祭り上げた事から始まったのよね」
「いったいなんのはなしをしているのですかひめ」
「あれ、違った?」
「違います。『くりすます』とは『イエス・キリスト』という聖者の誕生を祝う日です」
「なんだ、私が言ったのと大差ないじゃない」
「うどん粉と蓬莱の薬くらいの差があるように思いましたが」
「ほら、大差ないじゃない」
「…………」
輝夜の言った話はどう考えても桃太郎が基盤で、けれど全然桃太郎ではない。さらにクリスマスなんてものはミジンコほども関係ない。
一体どんな思考回路をしているのだろうか、と永琳は思い悩む。完璧だと思い込んでいた蓬莱の薬が実は失敗で、副作用でも発生したのだろうか、とも。
しかし、そう言えば姫は月に居た頃からこんなんだったなぁ、と思い出した。
その頃は、確か地球が鉄筋で出来ていると思っていたのだったか。今では木造だと思っているらしいがどうでもいい話である。
「ん」
「……姫」
カタン、と急須が小さく揺れた。
耳を澄ませば、遠くからこちらに近づいてくる音が聞こえる。
輝夜は目を部屋の出入り口にやってから、寒いのになあ、と愚痴りながら立ち上がった。
それに続いて、永琳も。
「どこの誰だか知らないけれど、鮫に食われた哀れなお爺さんの死を悼む日に騒ぎを起こすなんて」
輝夜が蓬莱の玉の枝を手に持って出入り口の方へ体を向けるなり、そんな事を言う。
永琳はそれを聞いて溜め息をひとつ。
「だから姫、聖者の誕生を祝う日です」
「永琳、聖者と鮫に食われたお爺さんとに、どれほどの差があると言うの?」
「徹底管理のもと保存されている高級織物と箪笥にしまっている間に虫に喰われた冬物の衣服くらいの差はあるかと」
「ほら、大差ないじゃない」
輝夜には後日穴だらけの服を着て妹紅との殺し合いに出かけて貰う事に決め、永琳も出入り口の方へ身体を向ける。
音……あらゆるものが破壊される音が喧しく感じるほどに近くなって来た。
静止しようとする声も聞こえるが、床や天井、壁が壊れていく音に比べれば儚いほどに小さい。
「かああぁぁぁぁああぐうぅぅぅうやああぁぁぁ!!!!!」
「…………??」
自らを呼ぶ声が聞こえ、輝夜は疑問符を浮かべた。
てっきり妹紅だと思っていたのだが、これは妹紅の声ではない。
では、誰か。疑問が晴れるより先に、その人物が部屋に辿り着く。
「死ねぇぇぇえぇ!!!!」
弾幕が襖を吹き飛ばし、そのまま飛んでくる。
襖によって隠れてしまい正確な位置は掴めなかったが、それでも輝夜と永琳は難なく避けた。
そこに居たのは……、
「へたれイナバ!?」
へたれ耳のイナバ、つまりは鈴仙。
実は性格的な面から来ているのだがあまりにも可哀相だと言う事で耳の事だとしてあげているのだった。
だが今、その鈴仙がへたれを返上せんとばかりの勢いで輝夜に迫って来ている。
「……っ!! 何事よ!!」
「だまれええぇぇええぇぇ!!」
「きゃっ!」
容赦なく撃ち出される弾幕に、輝夜はただ避け続けるだけ。
反撃する理由はあるし、それをするくらいの余裕もあったが、まずは鈴仙が反逆ともとれる行為に至ったわけを聞きたかったのだ。
「え、永琳! 取り押さえなさい!」
命令。距離はそう遠くなく声は聞こえたのだろうが、しかし永琳は直立不動。
鈴仙が攻撃を止めたが、戦闘を止めたわけではない。
間合いを計っている、と言ったところだろう。これでは下手に動けない。
永琳が動いてくれると非常に助かるのだが何故か動かず、輝夜は軽く狼狽しながら問いかけた。
「永琳?」
「あー……、なんか私狙われてないっぽいので自分でどうにかして下さい姫」
「あれ!? なんか怒ってるえーりん!?」
「そんな事ないですよ? 別に姫のお召し物の管理に気を使っていたせいで私のお気に入りの服の管理がぞんざいになってしまい虫に喰われたのに、そのふたつに大差が無いと言われて怒っているなんて事はありませんとも」
「やっぱり怒ってるー!」
がびーん、という効果音でも聞こえてきそうな勢いで輝夜が突っ込む。
が、やはり永琳は動かない。
永琳に助けてもらう事は諦め、輝夜は鈴仙を睨み、問いかける。
「イナバ! 何のつもりなの、説明しなさい! 返答次第では死も覚悟してもらうわ!」
「貴様が……」
「私が、何よ?」
「貴様が軌道重力トランスポーターから球形キャベツを撃ち出して地球を攻撃したせいで戦争が起こった事を忘れたかぁー!!」
「ちょ、ま、なんの話よそれえええぇぇぇええぇ!!!??? 言ってる事がわからないわイナバ!! 忘れたも何も身に覚えがっ!」
「問答無用!! そして今日からは私が永遠亭の当主となる!! 下克上じゃああぁぁぁぁあ!!!!」
「なんか微妙に話が噛み合ってないし! 何でこんな事になってるのよ、もう!!」
疑問を吐き捨てながら鈴仙の攻撃を回避。
鈴仙に攻撃を止める気配はなく、輝夜は反撃する事を決めて弾幕を……、
「それは!」
「私たちが説明するぜ!」
展開しようとしたところで、聞き覚えのある声が耳に届いた。
直後、眼前を強烈な光が通過。見覚えがあるスペル……マスタースパークだ。
強大な魔力の奔流が炬燵をはじめあらゆる調度品を破壊しながら部屋の中心部を突き破り、鈴仙に到達。
確実に直撃、そして恐らくは悲鳴を上げた事だろう。
しかし悲鳴を上げていたところでそれを掻き消すほどの騒音が空間を支配していては、はっきりと確認する事は不可能だった。
「はぁ」
輝夜は溜め息の後で声のした方を見て、声の主を確認する。
マスタースパークの時点で魔理沙は確定。そして、もうひとりは霊夢。
「はぁ」
今度は先ほどより深い溜め息を吐きながら目を閉じ、前髪を掻き揚げる。
目を開き、半眼で魔理沙と霊夢へまた視線を向けた。
2人ははち切れんばかりに膨らんだ……というか、はち切れていない方がおかしいくらいに膨らんだ白い袋を担いでいた。
こつこつ、と輝夜は2歩近づき、声をかける。
「それで? これはどういう事なのかしら?」
「んー、実はねー」
「私たちは今、『クリスマス』の伝統に則って『サンタクロス』となり夢のあるプレゼントを配って回っているんだ。そして引き換えに食料やマジックアイテムを貰っている」
その大きな袋は今現在の戦果なわけね、と輝夜は内心で納得するが、あえて略奪っぽい内容に関しては無視して問う。
「……それは、イナバがああなったのとどう関係があるのかしら」
「あいつに渡したプレゼントが多分問題だったと思うんだけどね?」
「永琳の部屋にあった『強気な性格になる薬』と書かれた薬をあいつにプレゼントしたんだ」
不法侵入、窃盗、挙句にそれをプレゼントフォーうどんげ。
夢にしたってもう、愛と勇気だけが友達のパンが「愛と勇気の他にも友達が欲しいよ」とか言いながら持って行っちゃったんじゃないかな、ってくらいの勢いで皆無だ。
これでまだ夢のあるプレゼントだなどとのたまうのだから図太い奴らである。
「あれって強気どころの話じゃなかった気がするんだけど……」
なにか、月の兎は強気になったらいきなり下克上するのだろうか。
そう思い、輝夜は頭を抱えた。頭痛がする。
半壊した部屋を見ると、余計に頭が痛くなったので目を逸らした。
「あー、姫、それについては私から」
そんな輝夜に、今まで傍観していた永琳が声をかけた。
今まで主の事を助けようともせず放っておいたくせに、何事もなかったかのような顔で。
色々言いたい事はあったが、輝夜はそれを抑えて大人しく話を聞く事にした。
「実は『強気な性格にする薬』というのは略称でして、正式名称は『月の姫に取って代わって永遠亭の当主になるために下克上をしたくなる薬』なんですよ、アレ」
「全然略になってないって言うか何なのよ永琳そのやたらにピンポイントすぎる薬はああぁぁぁあぁ!!!!」
そして出てくる衝撃の告白。
天才とはいつの時代も何をするかわからないものである。
「へぇー、ステキな薬ね。それ」
「あぁ、凄い。さすがは八意 永琳、天才と呼ばれるだけはあるぜ」
「あ、でも魔理沙。それなら鈴仙を吹っ飛ばしたのは失敗だったんじゃない?」
「うん? なんでだ?」
「だって、放っておいたらもっと面白い事になってたかも知れないじゃない!」
「あー、確かにそうだな……」
そして巫女と魔法使いも何を言い出すのかわからない。
よくよく見れば霊夢だけではなく魔理沙もお目出度い紅白の服を着ていて、輝夜は何となくげんなりしてしまう。
もしこの場にハリセンがあったなら間違いなく突っ込んでいただろうな、と。
輝夜にそんなどうでもいい自信が沸いて来る。
「ああ、それなら。吹っ飛ばしたのは大正解よ、2人とも。もっと面白い事になるわ」
「そうなの?」
「どう言う事だ? マスタースパークは多分直撃したし、美鈴でもない限りそう簡単には……」
復活出来ないぜ、魔理沙がそう言おうとして永琳を見ると、意味ありげな笑みを浮かべていた。
「あの薬には回復力増強の効果もあってね、加えて……」
ゾッ、と。輝夜は恐怖を覚えた。
身体が震える。背筋に悪寒が走る。身体が冷える。
自らの肩を抱いて、身体の震えを抑えようとするが止まらない。
身体が冷えるのも抱いても温かくならないのも、冬の廊下の気温が低いからではない。
「死の淵から回復すると戦闘力が大幅に上がるのよ。まー、私より強くなられても困るし一時的なものだけど」
「きゃー、面白い事になりそうー!」
「凄い凄い! でもこれだけは言っておく! 弾幕ごっこでドーピングは禁止だぜ!」
霊夢と魔理沙が手を繋いで年頃の女の子らしい騒ぎ方をして見せる。
きゃいきゃい言いながら軽く踊る姿は可愛いっちゃ可愛いがそうしている理由はあまり年頃の女の子らしくない。
そしてそんな中、喜べないのが輝夜である。
「うぉおぉぉい!? 何なのよそれって言うか自分勝手だし月の姫相手に下克上したくなるって言う前提がある以上狙われるの私だけじゃないえーりん!!」
「安心して下さい、姫。あの薬の効果はほんの半日くらいです」
「あと半日って事はまだ11時間半くらいあるじゃないの!! どうなるの私!?」
「大丈夫ですよー、死にませんしー」
「そのぶりっ子っぽい言い方が凄くムカつくわえいりぃーん!!」
びしぃ、と永琳を指差して輝夜が突っ込む。
だが当たり前ながら永琳はそれには動じず、
「敵でもないような人間を指差すような教育を施した覚えはありませんよ、姫?」
この始末である。
笑顔の後ろに黒いオーラが見えるあたりもうなんとも。
「あ、ちなみに」
「な、なによ」
「そろそろウドンゲが復活する事かと思います」
「へ?」
「だらっしゃあぁぁあ!!!!」
鈴仙の、気合を入れるような雄叫びが響く。
その後で喧しい音がして、箪笥が飛んで来て輝夜に直撃。
きりもみ状に舞い上がってから落下した。
「ああまったくいたいいたい! 今更だけど何であんな薬を作ったの!」
「何でって…………姫が以前、毎日が退屈で堪らないから刺激が欲しい、と仰っていたからですが」
「下克上とか刺激的過ぎるわよー!!」
刺激が欲しいと言っただけであんな薬を作るなんて、本当に天才は何をするかわからない。
そして、輝夜は喋りながらもすぐさま立ち上がって飛び上がり、逃げ回る。
逃げ回らねばやられる。
いや、やられたところでどうせ復活するのだが、動きを封じられて馬乗りでもされれば、泣くまでどころか泣いても殴るのを止めないであろう事は想像に難くない。
蓬莱人だって痛い事は嫌なのだ。今の鈴仙相手だと、いっそ一思いに殺っちゃってくれた方が楽なくらいには。多分。
「私は、絶対に、永遠党の党首にぃぃいぃい!!!!」
鈴仙が吼える。
もはや永遠亭がどこかに飛んで行ってしまっており、それはどこの新政党だと問いたくなるが、狙いが輝夜である事に代わりは無い。
弾幕を射出射出射出魔力装填、弾幕を射出射出射出魔力装填。
ただひたすらその繰り返しが、輝夜を襲う。
「ふぅん……」
逃げ回りながらも顎に手を当て、輝夜は考える。
確かに、戦闘力は上がっているし、永琳の薬の効果と言うだけあって説得で諦めそうな物でもない。
だがしかし、
「でも……強くなろうが、所詮あなたは『へたれ』イナバよ!」
「うるさいうるさいうるさい!!」
「その意思は砕けぬ鉢がごとく! 難題――仏の御石の鉢-砕けぬ意思-!」
レーザーが奔り、弾幕がその隙間を埋めるように展開されて行く。
眼球を焼き切るほどではないかとも錯覚させる眩い光と、それによって壊された天井や壁の破片が鈴仙の動きを鈍らせる。
そして、輝夜は。
「うらっしゃあああぁぁぁっぁああぁ!!!!!!」
鉢を掴んだ右腕を振り回しながら、嬉々として自分もその弾幕の中に飛び込んだ。
そのまま動きの鈍った鈴仙に向かって突っ込んで行く。
「ヒャッホウ!!!!」
もはや輝夜の方も色々と壊れかけているが、突っ込んでいてばかりでは身が持たないのだ。
輝夜が鈴仙の頭に、思いっきり鉢での一撃を叩き込む。
だが。
「な、なんてこと……!?」
鈴仙は、倒れない。
むしろ笑っている。
目を逸らし下を見れば、そこにあったのは「鈴仙がんばれー!」と声援を送る霊夢や、「フレー! フレー! れ・い・せん!」と応援団みたいな事をしている魔理沙の姿。
輝夜としてはもう絶望するしかなかった。
視線を戻すと、下の2人に答えるかのように鈴仙が右腕を引いた。
その手にあるのは……。
「ざ、座薬!? イナバ、待ちなさい!」
「ご安心を、輝夜様。この座薬は口から飲めるタイプなので」
勝ち誇ったかのような敬語だった。
木屑がパラパラと落ちて行く様子と気合が入ってきた霊夢と魔理沙の鈴仙への声援が、何故かやたらに恐怖を煽り、輝夜を追い詰めて行く。
「く、口から飲める座薬ってもうそれ座薬じゃないじゃない!」
「口から飲んでお尻から出てきて、薬が勝手にまたお尻から入っていくのですよ。新開発です」
「なにその意味の無い薬……!!」
「このお注射は怖くないから力を抜いてねお嬢ちゃーん!!」
「注射じゃないし注射であっても十分に怖いわよー!!」
口に向かって来る鈴仙の右腕を、輝夜は紙一重で躱す。
そして、鈴仙から距離を取ると、すぐさま永琳の名を呼んだ。
「永琳! 永琳!」
「はい、なんでしょう姫」
「あの娘を止めなさい! 命令よ! わかったわね!?」
「えー……」
「えー、とか言わないでよ!! それともなにえーりん! あなた反抗期なの!?」
逃げながらも喋る喋る。
引き篭もってばかりいる割に、体力はあるらしい。
火事場の馬鹿力と言うやつなのかも知れないが。
余所見をしていた輝夜が壁に追突するのを見てから、永琳はゆっくりと飛び上がり、鈴仙に近づいて行く。
それを見た霊夢と魔理沙は「止めるなー!」とか「続けろー!」などと野次を飛ばし始めた。
「ウドンゲ!」
「は、はい! なんでしょう師匠!」
薬を飲んでも師を敬う気持ちは忘れていなかった。
なかなか都合の良い薬を作りやがるものである。
ともあれ、永琳はさらに鈴仙へと近づき、頬に手を当てた。
少しばかり、鈴仙の身体が震える。何かに脅えるかのように。
そして、表情を厳しくした永琳が、強い口調で鈴仙に言う。
「ウドンゲ、頑張ってね!」
「はい! わかりました、師匠のために必ず永遠亭の当主になって見せます!」
「って、何で自分の影を追って生徒会長に立候補する後輩を応援する時のような眼差しをしているのえいりーん!!!!」
「「よくやった永琳!!」」
「よくやったとか言うなこの能天気外野2人組がぁ!!」
輝夜がそう突っ込むと、霊夢と魔理沙は「がいやー、がいやー」などと言いながらもう使っていないボールでお手玉を始めた。
もうわけがわからない。
「そ、そうだ!! 霊夢、魔理沙!! あなたたちプレゼントと引き換えに食料とかマジックアイテムとか貰いに来た、みたいに言ってたわよね!!」
「そうだけど……それがどうかしたの?」
「助けてくれたら蔵にある貴重品とかいっぱいあげるわ!! 食料も!」
「あー、プレゼントは鈴仙に渡したから、勝手に持って行くわよ!!」
「ありがとう輝夜! 感謝するぜ!」
「って、持って行くのに助けてくれないの!?」
「だって、この状況だと助けるより勝手に持って行った方が手っ取り早そうだしね」
「霊夢の言うとおりだぜ」
霊夢と魔理沙も飛び上がり、輝夜と鈴仙、永琳が居る方に背を向けた。
2人の背中はだんだんと遠くなって行くばかり。
これ以上は好き勝手させてはダメだ、と輝夜は思う。
永遠亭を守らねば。物理的にも、世間体的にも。
そうやって手を差し出し、背中を追い……、
ヒュン、と。
そんな輝夜の横を、1本の矢が通り過ぎた。
細いそれは、驚異的な速さで空気を震わせながら突き進み、霊夢と魔理沙の間を抜けて行った。
殺意は感じられない。ただ淡々と、一瞬の躊躇すら見せずに永琳が放った。それだけ。
「え、えーりん……」
輝夜は、感動する。
何だかんだで、永遠亭の事をしっかり考えていてくれたのだと。
何だかんだで、輝夜の意思を読み取ってくれたのだと。
しかし、
「ありがとね、霊夢、魔理沙」
清々しいまでの笑顔で放たれた、永琳から紅白の悪魔2匹へのその言葉で、感動は打ち砕かれた。
どうやら矢は、気付かせるために放ったらしい。
はて、何を以ってしてありがとうなのか。
侵入、窃盗、挙句それをプレゼントしてそれを使った(飲んだ)鈴仙が破壊行動に及び、なおかつ夢のあるプレゼントを渡したなどとほざく2人に、何故感謝しているのか。
「そんな、お礼なんて」
「感謝されるような事はしてないぜ?」
嬉しそうに笑い、少し照れながら、霊夢と魔理沙はそう返した。
実際普通なら感謝されるような事はしていないのだが、その自覚は無いようだった。
「……好きなだけ持って行きなさい。私が許可するわ」
「ちょ、永琳! 何言ってるのよあなた! 私のことわりもなしに……!」
「ふふ、姫」
「な、なによ」
「…………新永遠亭の影の支配者に向けて、そのような口を聞くのですか?」
「え、あれ、なにこれもしかして全部永琳が黒幕とか計画通りとかそんな感じだったりするの!?」
「余計なプライドなど持たず、大人しく姫として飾られていればこの先も永遠の命を満喫出来たものを」
「ちょ! 私どうなるのよ永琳! 何、もしかして蓬莱を無効化しちゃう薬とかそういう……」
「いえ、何となく浮かんだ台詞を言ってみただけです。……ですが。ウドンゲ」
「はい、師匠」
今まで黙って状況を見ていた鈴仙が、永琳の呼びかけに反応し、返事をする。
永琳が鈴仙の肩に手を置き、その真っ赤な瞳を見た。
「あなたは永遠亭を牛耳り、私はそれを操る……最高だとは思わない?」
「は、はい。さすがししょうですー。さいこうですー。私では足元にも及びませんー!」
「ねぇ、輝夜ちゃん今気付いたんだけどね、イナバの永琳に対する忠誠心むしろ上がってない?」
「そりゃあ、永遠亭の当主になりたくなったからって私のエロ可愛いウドンゲが私に逆らうようになっちゃ意味がないじゃないですかー」
「シットファック! このサドアマ最後の最後に本性表しやがった!」
微妙にアメリカンな言葉を吐きつつ、しかし今の感情を完璧に表す輝夜。
夢も愛も勇気も希望も何もかも奪い取られた。
ほんの数十分前、笑いながら永琳と炬燵に入っていたあの時間はなんだったのか。
出来る事ならこの世界を焼き払ってやりたい、と輝夜は思う。地球は木造だからよく燃えそうだ、とも。
救いようがなかった。
「あー、なんかよくわからないけど」
「私たちは蔵にあるものやら何やら、好きなだけ持って行って構わないんだな?」
いつの間にか蚊帳の外になっていた霊夢と魔理沙が、確認するかのように口を開く。
わくわくてかてか、とばかりの様子で笑いながら。
「ええ、構わないわ。色々とイレギュラーだったんだけど、あなたたちのおかげで色々と楽しい聖夜になったし」
「そう? なんか輝夜は微妙に楽しそうじゃなくなってきたけど」
「確かに、ちょっと前まで凄く楽しそうだったのに、今はあんまり楽しそうじゃないぜ」
輝夜はどう考えても最初から最後まで楽しそうではなかったのだが、どこをどう見たら楽しそうに見えたのか。
「霊夢、魔理沙。メリークリスマス。プレゼント配り、頑張ってね」
プレゼント配りではなく適当に理由をつけた強奪でしかない事は明白だったのだが、永琳は知らぬ振りをし、激励の言葉を送った。
「メリーコキントウ、永琳」
と、霊夢。
「メリークリントン、永琳」
と、魔理沙。
一体全体コロシアムに何があったのか、首席になったり元大統領になったり、とんでもないクリスマスである。
2人の背中が離れて行く。永琳は手を振ってそれを見送り、鈴仙もそれに倣った。
数分後、2人の姿が完全に確認出来なくなってから、
「さて」
呟き、鈴仙が振り返る。
そこに居るのは、ガタガタブルブルと震えながら青ざめている輝夜。
もう何が何なのか、一夜限りのサプライズパーティーにしては刺激的過ぎた。
刺激が欲しい、と何気なくいつものノリで言った我侭がこんな事態を招こうとは、予想しなかった。
いや、霊夢と魔理沙があんな風にやって来たりさえしなければ、こんな事態にはならなかったのかも知れない。
それなら、予想しろと言うほうが酷だろう。
今はただただ、自らの先見性と運のなさとを嘆く事しか出来そうになかった。
「さぁ、覚悟してもらおうかかぐやぁぁあぁぁああ!!!!」
「いやぁー!? イナバ怖いイナバ怖いイナバ怖いわこいわ怖いこわい!!!!」
「大丈夫! この座薬に毒性はない! むしろぐやたんウイルスも一撃粉砕!!」
「ぐやたんウイルス!? なにそれ新種!?」
「姫の事じゃないですか?」
「それって私にとっては毒性タップリじゃないのよおぉおぉおぉぉおおおぉ!!!!」
永琳の答えに悲観するなり、……迫り来るのが兎なのでこの表現もどうかと思うが、脱兎の如く輝夜はその場から離れて行く。
鈴仙はそれを追い、永琳は加担こそしないものの頑張ってね、と今の鈴仙には劇薬ともなる言葉を送った。
そして、輝夜と元気100倍になった鈴仙の姿が消えて行くのを見守ってから、永琳はひとり静かに呟くのであった。
「……盗られて困るものは全部守ってあるとは言っても、ちょっと悪ノリしすぎたかしら」
ここまでやっておいて本気ではなかったらしい。
*
場所は変わって、冥界は白玉楼。
夏場ならそろそろ空が明るくなってきている時間帯だが、この季節はまだ真っ暗である。
しかしそんな時間に、この屋敷の主従は起きていた。
「うーん、紫から貰ったケーキ美味しいわー」
幽々子が嬉しそうな声を出し頬に手を当てているのを見ながら、妖夢もケーキをほお張る。
何の変哲も無いショートケーキだが、幻想郷でお目にかかれる場所はそう多くは無い。
せいぜいが紅魔館だとか、アリス宅だとか、そんなもんなのである。
だから、紫から貰ったクリスマスケーキは貴重と言えた。
「外のかなり有名なお店のものだそうですよ。本当にお金払ったのか甚だ疑問ですが」
「もうどっちでもいいじゃないの。私たちは悪くないんだしー。妖夢は気にしすぎー」
ちなみに、ケーキは八等分で幽々子が6、妖夢が2である。
幽々子にしては控えめと言えたが、何だかんだで女の子らしく甘いものが好きな妖夢の事を考えてやっているのだ。
「そう言えば妖夢、クリスマスってなんだっけ?」
色々ぶち壊しだった。
わかった上で楽しんでいたのではなく、ただ単に紫に貰ったケーキを食べていただけのようだ。
しかし、毎年紫が教えてくれているではないか、と妖夢は思う。
仕方ないなぁ、と思いつつも妖夢は幽々子にクリスマスについて説明する。
「いいですか、幽々子さま」
「うん」
「クリスマスとは、男女関係なく『ばにーがーる』の格好をして『らいとせいばー』なる物を振り回し『暗い夜道はピカピカのお前の真っ赤な血飛沫が役に立つのさ♪』と歌い人を斬り倒しながら、『げんどうきつきじてんしゃ』なる物で『じどうしゃ』の隙間を颯爽と走り抜け、『イエスタバスコ! イエスタバスコ!』と叫ぶ子供たちを喜ばせるイベントです」
が、滅茶苦茶だった。
さらに、「仲間に出会った際の挨拶は『メラメラクロスバス!』です」と付け加える。
何をするイベントか説明したはずなのに、何をするイベントなのかサッパリわからなくなる、とんでもない内容。
一応擁護しておくとこれは紫に教えられたものをほぼそのまま説明しただけであり、むしろしっかり記憶していた妖夢は偉いのだ。
「そう言えばそうだったわねー、幻想郷や冥界には『げんどうきつきじてんしゃ』と『じどうしゃ』がないから出来ないんだっけ。残念だわー」
「ですが、こうやって静かにケーキを食べるのも良いと思います」
「……そうね」
そう言ってから、幽々子は立ち上がる。
襖の方を見据え、扇子を開いた。
「妖夢」
「はい、どうやら来たようですね……霊夢と魔理沙が」
「ケーキの残りはお預け、ね」
霊夢と魔理沙が紅魔館、永遠亭で色々奪ったりしたらしい、と言う情報は放っていた霊たちから得ていた。
……だからこんな早くに起き、ケーキを食べつつ待っていたのである。
寝ている間に来られてはどうしようもない。
縁側から、庭へと飛び出す。
一番冷える時間帯。冷たい空気は服の上からでも容赦なく肌を突き刺すが、幽々子も妖夢も表情を変えはしなかった。
2つの点が空にあり、それが近づいてくる。
「あら、お出迎え? 初めてのケースね。そんなにサンタクロスが見たかったの?」
「本当は『ぼーる』を使った弾幕で窓や外壁を破壊しなきゃいけないんだが……。ははは、大人気だな、私たち」
「そんなわけないでしょう。あなたたちが略奪を働いたと言う情報を得たから、退治に来たのよ。悪者退治」
「そこの2人。大人しく帰れ。さもなくば、この二刀で容赦なく斬り捨てる」
空でにこやかに笑う霊夢と魔理沙、対するは地で表情を厳しくする幽々子と妖夢。
朝陽が昇って来て、4人を照らし出す。
はち切れていない方がおかしいどころかあらゆる物理法則を無視したとしか思えない袋を、霊夢と魔理沙は地面に置いた。
そして、陽が半分ほどまで昇ったところで、妖夢が動く。
「勢っ!」
楼観剣を抜き、魔理沙の方に飛び掛る。
魔理沙はそれを難なく避けたが、まだ終わっていない。
そのまま、霊夢向かって刀を振り抜く。
「っ!?」
完全に不意打ちになった。
狙いは魔理沙だけだと思い込み、幽々子の動きを警戒していたようだ。
だが、当たってはいない。掠っただけだ。
ひらひらと、衣服が風に揺れる。
右の腋のあたりに穴が開いていた。
「……普段開けているから、丁度良かっただろう?」
当てられなかった事は分かっている。それは己の力量不足だとも。
けれど妖夢は、挑発する。一歩も退く気は無い、退かせるつもりも無いという意思を表すために。
「……魔理沙、面倒くさいから、一気にケリをつけましょう」
「霊夢、お前まさか!」
「そうよ、アレを使う。もうそろそろ朝だし眠いし疲れたし何よりさっきも言ったけど面倒くさいわ」
「ああそうかい、そういう理由か……お前らしいな」
しゅる、と霊夢のサンタ服の袖から紐が伸びた。
真剣な顔をした魔理沙が、それを手に取る。
「ほら、これ。プレゼントだ」
そう言って、妖夢に向かって丸いっこい物を投げた。
ハンドクリーム。使いかけではあったが割と量も残っている、最後に来て意外とまともなものだった。
「これで条件は揃った。私たちは、お前たちから食料やその他色んなものを貰って行く」
「……ふざけているのかしら? そんな事、私と妖夢が許すと思って?」
「幽々子さま」
「わかっているわ。手加減はしない。最初から全力で行くわよ」
「出来れば、大人しく渡してくれ。……これから、霊夢は究極の力を解放する。私も、手荒な真似はしたくないんだ」
今まで散々どこぞのハルヒさんもびっくりなくらいに手荒な真似をして来たくせに、よくもいけしゃあしゃあと言えたものである。
幽々子と妖夢が、魔理沙を睨んだ。
ダメか、と魔理沙は内心で悲しく思い、溜め息を吐いた。
「来なさい。どんな力か知らないけれど、そう簡単にやられる私たちではないわ」
「押し入り強盗に屈しては、庭師の名折れ。負けるつもりなど毛頭ない」
「魔理沙、お願い」
「…………」
紐が、引かれた。
すると、どういう仕掛けなのかはよくわからないが、霊夢のサンタ服の腋の辺りが完全に開いた。
思わず動きを止めてしまうほどの霊力が霊夢を纏い、もとより強力なその力がさらに強くなる。
幽々子は脅えた。妖夢は慄いた。
これほどの力があったのかと。だが、2人は退かない。
負けるつもりは、まだなかった。
「霊夢は、両の腋の辺りを一定時間以上隠し、その後開放する事で一時的にとんでもない力を得るんだー!」
魔理沙がご丁寧に説明する。暗に逃げろ、と言っているのだ。
しかし、それでも幽々子と妖夢は動かなかった。真面目な空気にヘンテコな設定を投下されようとも、動じなかった。
「いくわよ……」
霊夢が、硬球を握り締める。
そして、
「おんみょうだまをくらえー」
とんでもない量の光と共に放たれるそれを目の当たりにして、幽々子は思った。
「あー」
これは流石に勝てない。
白玉楼、最短敗北。10分ともたなかった。
*
朝陽が完全に昇ってもなお、魔法の森は暗い。
昼間でも薄暗いのだから、朝方に真っ暗なのは当然とも言える。
しかし、木々よりも高い所に出れば、それは全く関係ない。
今、霊夢と魔理沙は魔法の森上空を飛んでいた。
夜に飛んでいれば上空でも迷う事もあるが、朝になれば上空ならそう言った事も無い。
「大収穫だったなー、霊夢」
「ええ、ホント。みんなは、プレゼント喜んでくれたかしら?」
「当たり前だ。喜ばないわけがないだろ?」
どう考えても喜んでいた奴などよくて永琳くらいなのだが、それを理解する様子は無いし、理解する気もないのだろう。
自分たちが送ったプレゼントと引き換えに得たものに満足した2人の笑顔は、朝陽の光で天使のように輝いていた。
「さ、魔理沙。最後の仕上げをしましょう。事前の計画通りに」
「ん? 事前の計画では山分けして終わりじゃないか。仕上げって言うほどの大げさな事は……」
「あ、ごめんね。実は私が独自に立てた計画があって、もう1人襲う事になっていたのよ」
もうひとり。おそう。
魔理沙は思考し、思い当たる。
「アリスか! 魔法の森だもんな、よし、霊夢! 早速……」
「ふふふ」
魔理沙が霊夢に背中を向けた途端、ガシッ、と右肩を掴まれた。
嫌な予感がする。悪寒がする。震えが止まらない。世界は、どうしてこんなにも非情なのか。
「ああああ……そう言えばアリスの家はこっちじゃなかったな、さ、霊夢」
「アリスなんて比較にならないくらい、たくさんの食料と売ればお金になるものを持っている人、居たわよね、魔理沙?」
「あ、あー。誰だったかな。紅魔館、永遠亭、白玉楼と来て……あ、人里だ人里! でも霊夢さすがにそれは拙いぜ!」
「ふふ、ふふふふふふふ」
「あは、あはははははは」
魔理沙は、取り落としそうになった『持っていられる方がおかしいくらいに膨らんだ袋』をしっかりと握り直す。
「魔理沙……あなた、いーっぱい持ってるわね」
どこで何を間違えたのか。
考える必要など無い。最初からだ。魔理沙が霊夢にサンタクロスなるものの話をして、誘った時点で全て間違っていたのだ。
己の浅はかさを呪う。何故、2人でやれば、霊夢とやれば楽に出来るなどと思ったのか。
「大丈夫よ、魔導書の数冊くらいは残してあげるから」
「れ、霊夢。落ち着こうぜ。冷静になるんだ、お前は今とんでもない過ちをおかそうと」
している、と言おうとして言えなかった。
レミリアどころではない、それすら遥かに凌ぐ力を持つ悪魔でさえ震え上がらせるだろう、と自信を持って言える、それほどの邪悪な笑顔。
どす黒いオーラは、ここが魔法の森の上空だから出ているわけではない。
先ほどの腋開放の際のものですら上回るであろう霊力を感じる。
「あ、あ……れ、れいむ……あの、わたし」
泣き出しそうになる。いや、目尻にはもう涙が浮かんでいた。
「れ、れいむ、あの、あ、あ、あ」
「ふふ。魔理沙……メリー
悪い子はいねーがー!!!!」
「それ絶対に違うー!!!!」
きっと霊夢は正月過ぎから地獄となるでしょう……
制作お疲れ様!
輝夜がオイディプス戦争の発端だったのかwww
ひとまず、ポセイダルな台詞を吐くえーりんに惚れましたw
それにしてもこの大作に一体どれだけのネタが詰め込まれているのやら。
輝夜がこんなセリフを大真面目に言ってるだなんて
想像しただけでふいた
笑い死にでもさせる気ですかw
個人的な理由がアレですいません。
ものすごく楽しませていただきました。
そして何より破滅的に高いテンションを、よくここまで維持し続けた。
その姿勢に賞賛を送りたい――。
ただ……ちょっとネタを仕込むのが先行しすぎて、ストーリの語りの方が片手落ちになってる気がするかもです。
全体的にややテンポが悪かった印象がありました。
ネタそのものは一貫してぶっ飛んでて清々しかったですが。
※誤字
一定時間異常隠し→一定時間以上隠し
とりあえずいろいろと笑ったけれども私的には『メラメラクロスバス!』が一番意味不明で笑わせてもらいました。