肌を差す冷たい風にあおられ、満天の星空の下、上白沢慧音は空を飛んでいた。
今は師走も真っ只中、十二月の二十四日。いやそろそろ日が変わるころだから、もう二十五日になっているかもしれない。
首に巻かれた毛糸のマフラーをしっかり締めなおし、慧音は家路を急ぐ。
彼女はつい先ほどまで、里に住む子供たちの家々を回ってクリスマスプレゼントを配ってきたところであった。
幻想郷にはサンタクロースはいない。サンタを信じ続ける子供がいる限り、サンタは幻想にはならない。
それでは幻想郷の子供達が可哀想だ、と慧音はこうやって毎年プレゼントを配り歩いているのだった。
「今年は随分楽だったな。親達がうまい事寝かしつけてくれて助かった」
サンタの存在を信じて夜更かしする子供がいるのははどこでも同じである。親達は当然慧音がサンタの正体だと知っている。だからこそ子供の夢を壊さない為に、あらゆる手段で寝かしつける。
それでもいつかはバレるもので、そういう場合は素直にプレゼントとして手渡してやっている。子供にとってはサンタの存在よりもプレゼントがもらえるか否かのほうが重要らしい。
そうして今年も里の子供達へ無事にプレゼントを配り終え、軽くなった袋をかついで家へと帰るのだった。
少し立て付けの悪くなった戸を開ける。廊下の空気の冷たさに、身を縮めながら居間の戸を開けると、そこには勝手知ったる先客がいた。
「……やぁ妹紅。今日は随分と遅い時間に来るんだな」
「あ、おかえり慧音。私はついさっき来たとこよー。ほら寒いんだからとっとと襖閉めてー」
妹紅のかたわらに積み上げられているミカンの皮。こんもりと山になるほどの量は今来た、と言っている人間が食べられる量ではない。
後ろ手に襖を閉め、妹紅の前に回れば新たなミカンに手を伸ばしているところだった。ミカンに伸びたその指先はすでに黄色く染まっている。
「……」
無言でこたつに入り、湯飲みに茶を注いですする。冷えた体に熱い茶が染み渡る
「どったの慧音? もうプレゼント配りは終わりでしょ? 鍋しよーよ、なべー」
コタツの上にあごを乗せ、だらけきった妹紅を憮然として見返す。が、それも一瞬のこと。やれやれといった仕草と表情で妹紅に告げる。
「残念だったな、妹紅。昨年の教訓を生かして遅く来たようだが……。残念なことにプレゼント配りはまだ終わっていないんだ」
「げげっ! 今年は勘弁してよ慧音~。昨年、随分苦労したじゃない。もうあいつらにプレゼントなんて配りたくない……」
「安心しろ妹紅。昨年の連中には今年は配らなくていい」
「ほへ? どういうこと?」
妹紅のいうあの連中とは人間とも妖怪とも区別がつかない連中のこと。その中に月人や半霊まで含まれていた為に、昨年はプレゼントを配るのにひどく苦心したものだった。
「実はその内数名が現実を知ってな……」
「ああ、サンタなんていないって知っちゃったんだ……」
その数名とは霧雨魔理沙、十六夜咲夜の二名である。
昨年、慧音がプレゼントした毛糸のマフラー。それを着けて魔理沙がヴワル図書館を訪れたのが発端だった。サンタからのプレゼントどうのという魔理沙にパチュリーが真実を告げてしまったのだ。魔理沙はショックを受け、誰がプレゼントしてくれたのだろうという疑問すら思い浮かばず、そのまま数週間、魔法の森の家に引きこもったという。
さらに不幸だったのがその場に咲夜が居たということだ。咲夜もサンタは最初信じていなかった。だが、幻想が現実となっている幻想郷ならばサンタはいるかもしれないとも思っていた。そしてクリスマスに枕元へおかれていたプレゼント。これでサンタがいないと思えというほうが無理だ。そして内心ウキウキしながら図書館へ紅茶を持ってきたのが運の尽き。その日、咲夜は頭痛がするといって欠勤した。
「夢破れてなんとやら、か。可哀想に……」
「でまぁそんなことがあったのでな。霊夢や妖夢、輝夜もその保護者に任せてきたよ」
従者や弟子をちょうどよい玩具と思っている彼女らのことだ。自分よりうまくプレゼントしてくれるに違いない。慧音はそう確信していた。
「あー、じゃあ今年はもう配らなくてもいいんじゃないの? 里の子供にはもう配ってきたんでしょ?」
「ところが、そういうわけにもいかなくなってな……」
慧音は顔をしかめて頭を押さえた。湯のみの中の茶はとっくにぬるくなっていた。
「今度は人間じゃない。妖怪に配らなきゃならなくなってな……」
「――はぁ? 何で妖怪に……。無視しちゃえばいいじゃない」
「ところがそうもいかん理由がある」
霊夢や魔理沙にサンタからプレゼントが届いた。それはとりもなおさず幻想郷中で話題にあがった。なんせ今まではそんなことはなかったのだ。サンタもうとうとう幻想になったか、と妖怪達は噂しあった。
そして、そんな話題をチルノが見逃すはずもなく。
「あたいもサンタからプレゼントほしい!!」
と言い出したのだ。更にはルーミア、リグル、ミスティアまで巻き込むものだがら、その騒々しさは推して知るべし。
それに頭を痛めた大妖精が、わざわざ慧音のところにまで来て頼んだのだった。
「見返りは里や人間へちょっかい出させないようにする、とのことだ」
「なにそれー、慧音が妖怪を信用するとかめっずらしー」
大妖精とは直接の面識は無かったが、湖付近の妖精を統制している彼女の事は慧音も知っていた。
その彼女の言だからこそ信用した。あのチルノ達が対象だからどこまで約束が守られるかは定かではないが。
「先に言った夢破れた人の分負担も減っているしな。まぁたまにはいいか、とな」
「けーねマジお人好し。で、プレゼントは?」
「ああ、そこに用意してある」
後ろ手で示した先には大きくふくれた白色の袋が鎮座していた。
予想以上に膨れているそれを見てげんなりする妹紅。どうせ袋を担ぐのは自分なのだ。
「よし。体も温まったことだし、行くか妹紅」
残っていた湯飲みの茶を一気に飲み干すと、慧音は勢いよく立ち上がる。
「仕方ないわねー。……よいしょっと」
気だるげに名残惜しげに妹紅もコタツから立ち上がる。
「さぁいくぞ。まずはあのノータリン妖精のところからだ!」
霧の湖の周囲にチルノは生息している。だが、その住処を見たものはおらず、どこに住んでいるかは誰も知らない。
「で、どうやって氷精の住処を見つけるの?」
袋を肩に担いだ妹紅が問う。
「ああ、大丈夫だ。助っ人がいる」
そういう慧音の視線の先。夜空の向こうからこちらに飛んでくる人影がひとつ。
緑の紙に透明の長い羽を持ったその妖精は、こちらにくると済まなさそうに頭を下げた。
「すいません、遅れちゃって。なかなか友達が離してくれなくって……」
「いやいや、こちらも今来たところだ。今日はよろしく頼む」
「はい、こちらこそ。えーとそちらの方は?」
妹紅の方を向いて首をかしげる。慧音一人が来るものと思っていたようだ。
「唯の健康マニアの焼鳥屋さ。妹紅って言うの。ま、お手伝いってことでよろしく」
人に正体を聞かれたときの定型を返す。
「焼き鳥というよりはあれだ。赤鼻のトナカイだな。なので今日はコキ使ってやってくれ」
「誰がトナカイよ、誰が!」
軽口を叩き合う二人を見て、大妖精は口に手を当てて微笑んだ。
「じゃチルノちゃんの住処に案内しますね」
大妖精に案内されたチルノの住処。
そこは小さな崖にぽっかりと開いた洞穴だった。
「ふーん。妖精ってこんなところに住んでるんだ」
妹紅に限らず、妖精の生態は謎とされている。そういう意味で妖精の住処を見れたというのは貴重な体験というべきだろう。
「妹紅、チルノへのプレゼントはその正方形のだ。というわけで頼む」
「んー……あったあった。これね」
包装紙に包まれた二十センチほどの箱がチルノへのプレゼントだ。
「中身はなんですか?」
好奇心に駆られた大妖精が聞いてくる。だが慧音は、
「それは秘密だ。明日本人から聞いてくれ」
と言って取り合わなかった。
「んじゃ置いてくるわね」
そういって妹紅は抜き足差し足で洞穴へ向かう。それを動かずに見守っている慧音に大妖精が疑問を述べる。
「あれ、焼鳥屋さんだけでいいんですか? 慧音さんも行ったほうがいいんじゃ……」
「ん、ああ。何かあると大変だからな。私はからだが丈夫ではないしな」
「なるほど。慧音さんもいろいろ大変ですねー」
しれっと嘘をつく慧音とそれを素直に信じる大妖精。妹紅の背中から恨みのオーラが滲み出しているのに二人は気づかない。
その時だった。
洞穴の手前に来た妹紅が何かを踏む。それを疑問に思う間もなく風切り音と共に妹紅は真横へ吹っ飛んだ。
後ろで見ていた慧音と大妖精には妹紅を襲ったものの正体が見えた。それは巨大な氷塊。近くの木にでも仕掛けられていたのであろう。
数メートル吹き飛んでいた妹紅がむくりと起き上がる。蘇生が終わったらしい。とっさにプレゼントを庇ったのはさすがというべきか。
「妹紅、大丈夫か?」
小声で慧音が呼びかける。そのせいかイマイチ心配しているようにはみえない。
「あー、そういやチルノちゃん、サンタを捕まえるんだって息巻いてたなぁ……」
ぼそりとつぶやく大妖精。
「そういうことは先に言って……。お願いだから」
気を取り直して洞穴を除く。罠を警戒していたが、それだけだったらしい。
さして深くない洞穴の奥でチルノはすやすやと眠っていた。半開きの口に、そこから垂れる涎。スカートもめくれあがって臍まで見えている。
「……女の子としてどうかと思うけど、こいつらしいっちゃらしいわね」
枕元にそっとプレゼントを置くと、妹紅は布をかけ直してやった。
知らぬ間にチルノの冷気に当てられていたせいか、外の空気がやけにぬるく感じる。
「おかえり妹紅。チルノはどうだった?」
「んー、まぁ寝ている時は可愛いね」
寝相が悪かったことは伏せておいた。そこまで報告するのは可哀想だと思ったのだ。
「さて次はリグルだな。案内頼むよ大妖精」
「わかりましたー。リグルちゃんはこの森の近くにいるんで、移動は楽ですよー」
大妖精の言うとおり、リグルの寝床はそう遠くは無かった。森の奥、枯れた切り株の下の穴にリグルは居ると言う。
その切り株は慧音達が思っていたより大きく、一抱え二抱えでも足りないくらいであった。
「この下か。ってやっぱり穴を掘らなきゃだめかな?」
落ち葉に埋もれた地面をみて妹紅はげんなりする。誰だってこの寒い中、土を掘り返したりしたくない。
「いえいえ、そんなことする必要はないですよ。ここに……ほら」
大妖精が落ち葉を掻き分けると、木の股の下にぽっかりと黒い穴が空いていた。穴の広さは人間二人分ほど。底は暗くて見えないが相当深いようだ。
「ここがリグルちゃんの寝床ですよー」
えっへんと胸を張る大妖精。
「ふーん、結構深そうだねぇ。慧音、プレゼントはどれ?」
慧音から渡されたのは細い箱。それに随分軽い。
いったい何が入っているのだろう。そもそも蟲のリグルに何が喜ばれるのか妹紅にはまったく想像がつかない。
「じゃ行ってくる」
すちゃっと手をあげる妹紅を二人が送り出す。
「気をつけてな」
「お気をつけて~」
二人の声援を背に穴にもぐってゆく。指先大の火の玉を頼りにゆっくりと降りていく。足を滑らせると、下で寝ているであろうリグルを直撃するので宙に浮いている。
穴の入り口が見えなくなったころ、下のほうに白い物が見えてきた。
「ありゃ布団かな。まったく……冬眠だからってこんなに深いところで寝なくてもいいのに」
そう言って降りていく妹紅。だが、あと一メートルというところで気づいてはいけないことに気づく。
「……ん~?」
リグルの上の布団がなにやらうごめいている気がしたのだ。だから灯り代わりの火の玉を近づけたのがいけなかった。
布団の正体は白い芋虫。それがリグルの体を包み込み蠢いている。
「うげっ……こ、これはぁ……」
よく見れば周囲の壁にもなにやら蟲がびっしりと張り付いている。
妹紅は別に虫が苦手というわけではない。だが、さすがにこれだけ大量にいると背筋に怖気が走るのをとめられない。
慌ててプレゼントを枕元に置くと、一目散に地上を目指す。穴から飛び出て体中をはたく。蟲など一匹もついてはいないのだが、心理的にそうしないとどうしても安心できなかった。
「随分慌ててどうしたんだ、妹紅」
「けぇえねぇぇえ。あんた知ってたでしょ……?」
実は何かとリグルと仲のいい慧音である。蟲と一緒に冬眠することくらい知っていたはずだ。妹紅は恨みがましく慧音を睨み付ける。
「何のことだ? 私はリグルが蟲と一緒に冬眠するなんてまったく知らないぞ」
「知ってんじゃない!!」
「あ、あわわわわ。二人とも落ち着いてください~」
慌てて両者の間に割ってはいる大妖精。慧音と妹紅にとってはいつものやりとりなのだが、それを知らない大妖精にはケンカしているように見えたらしい。
「ああ、いや大丈夫だ。本気でケンカしてるわけじゃないからな」
「む~……」
慧音が取り繕うが、妹紅はふてくされたままだ。
「ほら妹紅もいつまでもむくれているな。帰ったらおまえの好きなすき焼き作ってやるから、な?」
「――仕方ないわねぇ。……いつもの事といえばいつものことだし」
ぽりぽりと気まずそうに頭をかく妹紅。
そんな二人を見て、やっと大妖精も言い合いしているのが彼女らにとって至極当たり前なのだと気づく。そして、そんな二人が少しうらやましく思え、
(チルノちゃんも、もうちょい私を気遣ってくれたらなぁ……)
なんて思ってしまった。
月の光がまばらな夜の森、その中の獣道の脇に紅い提灯を照らした屋台がひとつ。
こんな人気のない森の中でやっている屋台はひとつしかない。ミスティア・ローレライの八目うなぎ屋だ。
屋台の明かりがほのかに見える位置で三人は頭をつつき合わせていた。
「ねぇ慧音。あの夜雀にも配るの? あれは結構直接的な被害があると思うんだけど」
妹紅の言うことももっともである。夜雀は妖怪としては弱いが人間が被害にあうという点ではトップクラスだ。
「仕方ないだろう。それに屋台を始めてからは随分と被害が減っているんだ。この間なんか弥助が普通に飲み食いして、無事に帰ってきたぞ」
「ミスティアちゃんもチルノちゃんと仲がいいんですよ。お願いします~」
人のいい大妖精にまで頭を下げられては妹紅も嫌とはいえない。
「わかったわよー。でもどうやってプレゼント置いてくるのよ。今までと違って起きてるのよ?」
ミスティアの屋台は今日も絶賛営業中。客はいないがミスティア本人は起きている。バレないようにプレゼントを置いてくるのは至難の技だ。
「大丈夫だ、そこらへんもちゃんと考えてある。というわけで、だ」
ぽん、と妹紅に手渡されるのは慧音の財布。意外にずっしりと重い。
「妹紅、今日はうなぎを好きなだけ食っていいぞ」
「え? ちょ慧音マジ?」
「ああ、おかわりもいいぞ。ただし今後もあるから酒は飲んじゃだめだ。きっちり注文して夜雀の気を引いてくれ」
「ああ、なるほど。おっけーおっけー、まーかせて」
うきうきと屋台へ向かう妹紅を見て、慧音は少し不安に駆られた。
「酒を飲んでしまいそうで、すごく不安だ……」
「だ、大丈夫ですよ! ――たぶん」
そんな慧音の心配をよそに妹紅は暖簾をくぐる。
「ちぃーっす。うなぎ二人前ー。あと焼酎……はだめだから烏龍茶ね」
「はーい! うなぎ二つに烏龍茶ねー!」
カウンターから覗き見れば、慣れた手つきでうなぎをさくさくと捌くのが見える。あっという間に二匹のうなぎが開きになり、串に刺さり、焼かれる。
一連の流れるような動作に、妹紅も思わず感嘆の声を漏らす。
「へぇ~やるもんだねぇ」
「ふっふ~ん、今までにいったい何匹のうなぎを殺めてきたと思ってるの? これくらい朝飯前よ!」
「なるほどね。でも肝心の味はどうかな?」
「そいつぁ食べてみてからのお楽しみだね。もう少しで焼きあがるから少し待ってなさい」
互いに不敵な笑みを浮かべて、牽制しあう妹紅とミスティア。
その二人の背後、正確にはミスティアの背後の森の中。屋台まであと五メートルの位置に慧音がいた。
「さて、うまいこと引きつけてくれているようだな」
いまのうちにプレゼントを置いてこなくてはならない。でなければ自分の財布に大打撃だ。
屋台までの障害物、落ち葉、枯れ枝、木などの歴史を食って進みやすくする。ついでに地面もやわらかくしておき、足音も消す。
それでも慎重に一歩一歩進んでいく。屋台からは妹紅とミスティアの楽しそうな会話が聞こえてくるが、慧音の耳にはまったく入らない。
あと二メートルの時点でしゃがみ移動に移行。後ろは向かないものうなぎを焼いたり、飲み物を取ったりするの細かく動くミスティアの頭の動きに注意してゆっくりと屋台へ近づいていく。
そして、ミスティアのほぼ足元。そこの屋台の影にプレゼントを置こうと腕を伸ばした瞬間、
「おっとタレがちょっと足りない、かな? えーとどこやったかな」
慧音の体がビクンと揺れる。今ここで振り向かれてはすべてが水の泡と化す。
背中を冷たい汗が伝う。
(たのむ……! こちらを振り向いてくれるな!)
「あ、やっぱお酒飲むー。大吟醸出して大吟醸!」
「えー大吟醸? いいの? 高いよ?」
「気にしない気にしない。今日はクリスマスなんだからパァーっと行こう!」
妹紅の注文にこちらを向こうとしていたミスティアが再び正面を向く。
(ナイスだ妹紅! だが後でおしおきだ!)
屋台の影にプレゼントの箱を置くと、来たときと同じ慎重さで森の中へ消える慧音。
十数分後、妹紅が上機嫌で屋台から帰ってきた。ほのかに顔が赤くなっている。
「どう、慧音。見事なフォローだったでしょ。あたしも冷や冷やだったんだから~」
あっはっはと笑う妹紅。返された財布はかなり軽くなっていた。
「……ああ、そうだな。あれは見事なフォローだったよ」
すき焼きの肉は豚肉に格下げしようと、心の中で誓う慧音であった。
妖怪の山の麓の森。そこにルーミアはいるという。
月明かりさえあまり届かない森で、三人はルーミアを探し回っていた。
それというのもルーミアは一定の住処を持たずうろうろしているため、大妖精といえども居場所を掴むことができなかったのだ。今晩はこの森に居るというのを聞き出すだけで限界だった。
闇の中に居るルーミアは光の乏しい森の中では探すのが難しい。さりとて声を出して呼ぶわけにもいかず、捜索は難航した。
幸いにもルーミアの出す闇は光を透過しないため、こちらで灯りをともしていても大丈夫なのが救いだった。
「ルーミアちゃんいませんねぇ」
すでに探し始めて二十分は経過している。夜はまだまだ長いがあまり長居したくはない。
「森がかなり広いからな。何かで誘き出せればいいんだが……」
慧音がふと何か思い立ったように妹紅を見つめる。
「なぁ妹紅、腕を」
「絶対に嫌」
即答する妹紅。
舌打ちする慧音。
そんな二人を尻目にルーミアを探していた大妖精が何かを見つける。
「あ! 居ましたよ! ルーミアちゃんです!」
大妖精の指差す先。そこだけ月明かりがぽっかりと丸く黒い闇で切り取られていた。
ふよふよとその場で浮いている闇の球体。耳を近づけるとすやすやと寝息が聞こえてくる。
「この状態でよく寝られるわね……」
「ま、まぁそれがルーミアちゃんには普通なんでしょ」
大妖精のフォローもあまり説得力が無い。
「さてこの状態でどうやってプレゼント置いておこうか」
慧音が取り出したのは平べったい箱、一辺は三十センチくらいだろうか。
「あー、地面に置いておくわけにもいかないしねぇ。どうしようか……」
「体にくくりつけるしかないんでしょうか……。でもこの闇の中じゃ難しいですよね……」
「手の先にくくりつけておけば大丈夫な気もするが、起きてこられたら元も子もない」
三人集まれば文殊の知恵。しかし、今回ばかりはいい案がでない。
「やっぱり体のどこかに縛っておくしかないんじゃないでしょうか……」
「それしかないか。というわけで妹紅頼む」
「慧音。今回はマジで手を汚す気ないでしょ……」
とりあえず周囲の木々から蔦を探してくると、闇の中へ進入する。
闇は松明等の明かりをまったく通さないので妹紅の炎も役に立たない。手探りでいくしかないのだが、下手にルーミアを刺激して起こしてしまったら事なので慎重に探していく。
やがて手の先になにか布の感触。どうやらスカートの一部のようだ。さわさわとゆっくり手を動かして足を探り当てる。
頭の中の想像図だけが頼りだ。ルーミアを起こさないよう刺激しないようにそぉっと足首を見つけ出す。
「……あった。にしてもほっそい足よね。ちょっとうらやましいわ」
プレゼントをくくりつけることも忘れて足首をさする妹紅。
ひとしきりさすって満足したので足に蔦でプレゼントをくくりつける。
するとプレゼントの重みでルーミア自身の高度が下がる。ケーキが錨のようだ。
「……風船か何かか、あんたは」
思わず突っ込んだ。
視界の利かない闇の中、苦労してプレゼントを結び終える。やれやれと思い、闇から出ようと振り向いたその時、
「うーん、人間のにふぉいがする~」
寝ぼけたルーミアが妹紅の指先にガブリと噛み付いた。
「っ~~~~~~~~~~!!!!!」
叫び声をあげなかったのはさすがというべきだろう。だが、体は勝手に動くもの。
「……あっ!」
しまった、と思ったときにはもう遅い。反射的に手刀がルーミアの後頭部へ叩き込まれていた。
「きゅう~~~」
だが、幸運にも当たり所がよかったのか、ルーミアはそのまま気絶してしまった。
視界が利かない闇の中のことだ。妹紅がルーミアは気絶したのだと気づくのにたっぷり六十秒はかかった。
「……運がいい、のよね。これは」
何はともあれ目的は達成できたのだ。これ幸いとばかりに闇から脱出する。
「おかえり妹紅。随分と時間がかかったじゃないか」
「んー、まぁちょっといろいろあってね」
ちなみに指はもう再生済みである。妹紅は文字通りすべてを闇の中に葬った。
「さて、後残るは一人だけだな。気合いれていくぞ!」
「おー!」
「おー・・・」
「で、残っているのは誰だっけ」
「橙だな」
「橙?」
「あー……、妹紅は知らないか。なら、スキマ妖怪の式の式といえばわかるかな」
「うげー、あいつのとこに忍び込むなんて幾ら不死でも無理だって」
昨年の夏に肝試しと言われてひどい目にあったのを妹紅は忘れていない。それでなくても時折巫女やらをまじえてちょっかいかけられている。
「いや、スキマ妖怪の式神の八雲藍には許可は取ってあるんだ。……ただ、スキマ妖怪が邪魔しようとしたら自分には止められない、そう言っていた」
その時の藍の申し訳なさそうな顔は忘れられない。橙の為には主である紫を足止めすべきなのだが、式神という立場でそれはできない。二律背反に迷う表情は実に痛ましかった。
「しかし、だ。八雲紫には霊夢にプレゼントを渡すように頼んでおいたから、たぶん大丈夫だろう」
「ほんとかなぁ」
もうそろそろマヨイガが見える頃だ。
ちなみに大妖精はあの後さすがに眠いからと言って帰っていった。それでも数時間も付き合ってくれたのだから、ありがたい限りだ。
今度なにか土産でも持って行こうと慧音は思った。
「ごめんくださーい」
そーっとではあるが扉を叩く。幾ら許可を得ているとはいえ、こっそり忍び込むのは問題だ。
しばらくして、こちらも同じようにこっそりと扉が開く。
「ああ、よく来てくれた。うまいぐあいに紫様はいないし、橙もぐっすり眠っている。プレゼントを置くなら今のうちだ」
「じゃすまないがお邪魔させてもらうよ」
「どうぞ、遠慮なく」
マヨイガのさして広くない廊下を歩きながら小声で世間話する。藍はよく里に買い物にくるので慧音とはすでに知り合いである。
「ちょうど紫様も出かけていてな。ほんとにいいタイミングだったよ。本来なら茶の一杯でも出したいのだが、さすがにそんな暇はないか」
「さすがにな。いつここの主人が戻ってくるかもわからんしな」
「くっくっく、確かにそうだ」
二人して苦笑する。
その後ろを歩く妹紅は輪に入れなくて少し寂しかった。だがこの八雲一家と知り合いになるというリスクを考えるとこのままでいいかな、とも思うのであった。
「さ、ここが橙の部屋だ」
そぉーっと障子を開くと橙は布団に包まってすやすやと眠っていた。
その寝顔をみて藍が頬を緩める。
今回は何事もないようだ。慧音はそーっと寝室に入ると、橙の枕元にプレゼントを置いて出てきた。
「よし、任務完了だ」
「お疲れ様。ところで聞いておきたいのだが、箱の中身は……」
「みんなそれを聞いてくるな。だが秘密だ。朝にでも本人から聞いてくれ」
しゅんとなる藍。よほど中身が気になるらしい。
玄関で靴を履く二人に藍が茶を一杯差し入れてくれた。
「まぁ一杯くらいなら飲んでいってもバチはあたらないだろう」
「それもそうだな。ありがとう」
「あ、ありがと……」
慣れない相手からの施しに、おそるおそる湯のみを受け取る妹紅。
ずずっと啜れば、熱い茶が冷えた体に染み渡る。
「あ、おいしい」
「そうだろう? マヨイガの茶は一級品の玉露だからな」
にこにこと笑いかけられて戸惑う妹紅。それを見る慧音の笑みは優しい。
だが、いつまでもこうしているわけにもいかない。飲み終えた湯飲みを藍に渡す。
「お邪魔したな。それと――メリークリスマス。ほら妹紅いくぞ」
「ちょ、ちょっとまってよ慧音!」
妹紅は慌てて湯のみを飲み干し、藍に押し付けるようにして返すと慧音の後を追って出て行った。
「やれやれ騒がしいな。だが、一人のクリスマスの夜にはいい暇つぶしだったよ」
「たっだいまー!」
慧音邸へ帰ってくるなり妹紅はコタツに潜り込んだ。慧音はマフラーを畳んで仕舞うと、台所へ行く。
「おーい妹紅。少しは手伝ってくれよ」
「嫌よー。プレゼントでやまほど手伝ったじゃない!」
コタツの中からくぐもった声で返事が返ってくる。完全にコタツムリと化してしまったようだ。
慧音はため息ひとつ付くと、鍋にすき焼きの材料を入れていく。
出かける前に下ごしらえはしておいたのであとは煮込むくらいだ。
「ほら、すき焼きだぞ。だから机の上のみかんの皮を片付けろ」
「すき焼きっ!」
こたつから飛び出てきた妹紅はあっというまにこたつの上を片付けてしまう。それほどすき焼きに飢えていたのだろうか。すき焼きを置くと、慧音もこたつに潜り込む。
「は~、こたつは暖かいな」
「でしょ~」
自分のコタツでもないのに自慢気な妹紅。
だがまぁ突っ込むのも野暮というものだろう。
机の上でぐつぐつ煮えるすき焼き。それを見つめる妹紅の表情は緩みきっている。
「ま、今日はご苦労さまだったな、妹紅」
「いつものことだって。気にしない気にしない」
両者の間に沈黙が流れる。だが決して不快ではない。互いに親友だからこそ、この沈黙が心地よいのだ。
「ねぇ慧音。そろそろ煮えたんじゃない?」
「おっとそうだな。だが、その前に、だ」
蓋を開けて煮え具合を確認した慧音は、即箸をつけようとする妹紅を制止する。
「メリークリスマス、妹紅」
「――メリークリスマス、慧音」
翌朝、大妖精がチルノを起こしにくるとチルノは何かを抱えてうんうん唸っていた。
「おはようチルノちゃん。……何を唸っているの?」
「おはよう大妖精! いやね、サンタからプレゼント貰ったんだけどなんだかわからなくて」
チルノが抱えているのはペンギン。だが、頭から取っ手が生えており、腹部は空洞になっている。
大妖精はそれの正体を知っていた。
「あのね、チルノちゃん。これはこう使うのよ」
大妖精はチルノからペンギンを借りると、そこらに落ちていたチルノの氷を拾う。そしてペンギンの頭部を開けるとそこに氷を詰め込む。
「さ、この取っ手を回してみてチルノちゃん」
「う、うん」
チルノが力を入れて取っ手を回すと、ゴリゴリと音がしてペンギンの空洞となった腹部に白いものが溜まってゆく。
大妖精はそれをすくってチルノに見せる。
「ほら、チルノちゃん。かき氷」
「うわー、すごいすごい! これでいつでもカキ氷食べ放題じゃない!」
何を隠そうカキ氷はチルノの大好物なのだ。
チルノは氷を生み出してはカキ氷機に入れて、カキ氷を量産しては食べている。
「チルノちゃ~ん、あんまり食べ過ぎるとおなか壊すわよ?」
そんな大妖精の忠告もチルノの耳には入っていないようだった。
「うーん、みんなおはよー」
いつものねぐらの穴の中。虫達に囲まれてリグルは目を覚ます。
その枕元には包装された長い箱がひとつ。
「なにこれ……? あ、これがもしかしてサンタからのプレゼント?」
チルノからサンタの話を聞いたときは眉唾だと思っていたのだが、これを見る限りどうやらサンタは実在する。
興奮冷めやらぬまま箱をあけたリグルの目に飛び込んできたのは緑や赤色の細長い棒。
「……何これ?」
棒の一本を取って振り回してみる。なにも起こらない。
「いったい何なんだろう、これ……」
何気なく棒に力を入れると何かが割れたような音がした。
「うわっ! 何? 折れちゃった?」
だが、棒は少し曲がった程度で折れてはいなかった。
「なんだったんだろ……ってこれ光ってる!?」
棒の折れ曲がった中心、そこがほんのりと光っている。慌てて日光を木の葉でさえぎって見ると、暗闇の中で緑に光り輝いている。
「もしかして……」
別の棒も同じように力を入れてみると、折れたところが光り始める。その光はまるで蛍の光のように儚く美しいものだった。
「うわぁ、綺麗だなぁ。これなんて言うんだろ……。でもいいや綺麗だし。今度外に出るときはこれ着けていこう。みんな驚くよー」
リグルが贈られたもの、それは慧音が香霖堂で偶然見つけたサイリュームケミカルライトだった。
山から顔を出した朝日が屋台を照らし出す頃、ミスティアは屋台を閉める。
「今日はよく売れたわねぇ。クリスマスだかなんだか知らないけど、イベントがあると売り上げがあがっていいわぁ」
だが、結局サンタは現れることはなかった。それだけが少し残念だ。
少し残念に思いながら、屋台の片付けをするミスティア。その視線に屋台の隅に置かれた箱が目に入る。
「何これ?――もしかしてプレゼント?」
いったい何時来たのだろう。ずっと起きていたのにまったく気づかなかった。
バリバリと包装紙を破り、箱の中から出てきたのは何か黒い液体の入った瓶が一本。
「??」
蓋を開けて匂いをかいで見る。それでミスティアはピンと来た。
残っていたウナギにその液体をかけて焼き上げ、一口食べて自分の予想が外れていなかった事を確信する。
「こ、これは人里一の鰻料理屋『やつめ』の秘伝のタレじゃない!!」
『やつめ』。それは里で一番の評判を持つ鰻料理屋。夜雀の被害にあったらここの鰻が一番効くと言われている。
金のない妖怪は夜雀屋台、金があるなら『やつめ』に行け、とまで言われるほど妖怪の間で人気である。
そこの秘伝のタレが今ミスティアの手元にある。
「これはチャンスだわ! このタレを解析すれば『やつめ』にさえ負けない味にすることだってできるわ! サンタさんありがとう!」
「う、うーん。あれ? なんで地面で寝ているのかー?」
ルーミアが目覚めるとなぜか地面に横たわっていた。心なしか後頭部が痛い。
「寝てる間に何かあったのかなー?」
だが、寝ている間に木にぶつかったりするのは何時もの事なので、ルーミアは考えるのをやめた。
そして、朝食を取りに行こうとして足にぶら下がっているものに気が付く?
「なーに、これ?」
足に絡まっている蔦を引きちぎり、箱を開けると中からいい匂いが漂ってくる。
箱の中には紅く綺麗に彩られたパイが入っていた。
「おおお、これはおいしそうなのかー」
さっそくパイにかぶりつく。さめていたのだがそのおいしさに問題はない。
「んー、なんだか人間とおなじような味がするー。これは人間のパイなのかー」
ルーミアはあっという間にパイを食べてしまった。
人肉の味はざくろに似ているという。
慧音が作ったルーミア用のパイ。それはざくろをふんだんに使ったパイであった。
「おーい橙。もう朝だぞ」
橙がいつものように起きてこない。不審に思った藍が橙の部屋を覗いたとき、橙は獣の本能を全開にしていた。
「橙……? 何やってるんだ?」
橙は必死に何かを叩いていた。それは叩かれても叩かれても起き上がってくるので、猫である橙はいつまでたってもそれにかかりきりなのだ。
「それは……、起き上がりこぼしか。なるほど、橙には最適のプレゼントかもしれないな」
つまり、橙は朝起きてプレゼントを開封。中身を見て本能を刺激され、ずっと叩いていたということになる。
「最適かもしれないが……。橙、幾らなんでも猫に戻りすぎだ……」
布団の上に座り込み、ぽこぽこ叩いている姿は猫以外の何者でもない。
「橙、起きろ!!」
見るに見かねた藍が目の前で手を叩く。必殺の猫だましだ。
「はっ! あ、藍様おはようございます……」
「ああ、おはよう橙。サンタさんからはいいプレゼント貰ったようだね」
「あ、はい! これがあれば何時間でも暇がつぶせそうです!」
満面笑顔の橙を見て、藍は心の中で慧音達に感謝した。また今度手土産でも持って遊びにいくとしよう。
「さ、橙。朝食ができている。居間へ行こう」
「はい! 藍様」
狐と猫の主従は今日も仲睦まじいのであった。
妹紅がまぶたを刺す眩しさで目を覚ました時はもう昼に近かった。
あれからすき焼きに酒と慧音と二人で大騒ぎした。正直、いったい何時眠ったのか覚えていない。
あたりは慧音と二人でハメをはずして暴れまわった惨状そのままであった。
「あれー、慧音ー?」
あの慧音の事だ、自分より先に起きていれば片付けているはず。それがされていないということは慧音はまだ寝ているということだ。
慧音はすぐにみつかった。コタツの対面ですやすやと眠っている。
「慧音ー、コタツで寝ると風邪ひくよー?」
自分のことは棚にあげて呼びかけてみるが、慧音は起きる気配が無い。
「かなり深酒してたもんねぇ……。よいせっと」
妹紅は押入れから毛布を出すと慧音に被せてやった。
「さて、たまには私が片付けでもするかな。慧音には世話になりっぱなしだし」
鼻歌を歌いながら食器を片付ける妹紅の横。慧音の寝顔は日の光に照らされて微笑んでいた。
幻想郷の子供達は幸せ者ですね、橙がぽこぽこしている姿を幻視してほんわかしました。
・霊夢や妖霧
・慧音さんも言ったほうが
ルーミアかわいいよルーミア。
気になった表現
・自分の従者や弟子を~
・聞き出すだけで精一杯だった
御指摘ありがとうございます。
修正しておきました
どうも良いコンビモコケネですね
12月25日のまだ陽が出てこない夜の時間帯、ベツレヘムのとある牛小屋(馬だったかな?)で一人の赤ちゃんが生まれました。
それが処女であるマリアの胎内から産まれたキリストです。
その誕生日を元に、24日の夜から25日の朝にかけて、眠っている子供達にサンタさんがそっとプレゼントを渡すという行事がクリスマスで、その前夜祭がクリスマスイヴだと言われています(あくまで推定ですが)。
…つまり、何が言いたいのかといいますと、もこけねが行った時間帯は25日の午前0時以降、つまりクリスマスの日にプレゼントを渡していたのです!
>イブには間に合わなかったけどクリスマスはまだ終わってないからセーフ!
セーフつったらセーフなんだい!
…と、仰っていますが、これでおっけーねなんです(笑)!
これが言いたかったんです。長ったらしい感想ですいませんでした
それと、牛肉ですき焼きを作る慧音さんを想像して何か複雑な感ぢがしました(笑)