永遠に続くかとも思える竹林。その闇を、星の光が眩しく照らす。
しかし、寝起きで飛び出してきた魔理沙には少々分が悪過ぎた。
「とんだ無駄な時間を過ごしてしまった」
「幽霊に無駄な時間なんて無いの。全ては筋書き通り」
「くそ。一体、何だと言うんだ?」
「一瞬も全て。全ても一瞬。あなたと遊んでいる時間も必然よ」
今まで黒白の魔法使いを追っ払うのに気を取られていた妖夢は、前を見ることも忘れていた。
「あれ?竹林の奥に大きな屋敷が見えます」
「妖夢。判らない方がおかしいって言ってたでしょ?」
筋書き…。必然…。この方は、一体何を見ているのだろう。
にこやかなその表情からは何も読み取れない。
『雲を掴むよう』というのはこういうことなのだろうか。
思考が巡る中、二人は屋敷に入っていった。
いくら進んでも、何処かに辿り着く気配を見せない廊下。
だが、廊下の長さ以上に気になっていることがあった。
(…警備が薄過ぎる…。ひょっとして誰もいないのか?)
廊下を飛び始めてしばらく経つが、未だに誰一人として見掛けないのである。
(人が住んでいないにしては、廊下も綺麗だし…。…何かの罠なのか?)
やや不安になりながらも、ちらりと横目で幽々子様の顔を覗き見る。
「♪~」
にこにこと満面の笑みを浮かべていた。とても楽しそうな表情で。
こちらの不安は何処吹く風。亡霊の姫はまるで掴めそうに無い。
視線を前に戻し、速度を上げようと思ったその時だった。
「遅かったわね」
廊下の奥から声が掛かった。
闇の中から姿を現したのは、黒いブレザーに赤ネクタイの兎。
「全ての扉は封印したわ。もう、姫は連れ出せな…って」
こちらを眺めた兎が表情を変える。
「なんだ、幽霊か。焦らせないでよ、もう。用が無いなら帰ってよ。今取り込み中なの」
「そうはいかない。この月の異変は、お前がやったのだろう?」
楼観剣を抜き、両手で構えて兎を睨む。
「そうなら斬る。違うのなら斬って先に進む」
「…ふふふ。月の事ばっかに気を取られて……」
再び表情が変わる兎。今度は妖しい笑みに。
「既に私の罠に嵌っている事に気が付いていないのかしら?」
(くっ…。やはり罠か…ってあれ?)
視界が歪む。床が踊り、柱がうねる。
(油断した…)
自分の迂闊さに一瞬動揺するが、すぐに立て直す。
「…っ!こんな者など、幽々子様の手を煩わせるまでも無い!」
「ふふっ。いつまでも正気で居られると思うなよ!」
喉元目掛けて跳びかかり、楼観剣で斬りつける。
赤目の兎はひょいと後ろに跳び、一閃を躱わすと同時に弾をばら撒く。
「断迷剣!」
とっさに白楼剣を抜き、向かい来る弾を斬る。
「はあっ!」
そのまま剣先を勢いよく振り下ろし、衝撃波を飛ばす。
軽い跳躍で避けられる。
白楼剣を鞘に収め、再び楼観剣を構え直す。
剣を振り下ろし、楔弾を兎に向かって放つ。
「よっと」
だがその軌道は全て読まれ、僅かな動作で躱わされる。
(測られてる…)
全然攻撃してこない上に、放ってきた攻撃も大したことは無い。
妖夢は遊ばれているのだ。
軽く舌打ちをし、赤目の兎を睨みつける。
「つまらない真似はやめろ!来るなら来い、この野兎!」
妖夢は叫ばずにはいられなかった。
自分でもわかる程に揺らされている。
だが、視界が悪い上に、相手の挑発的な態度。
いくら落ち着かせようとしても焦りは取れない。
余裕の無さを読み取ってか、赤目の兎は口元を歪める。
「野兎とは失礼ね。鈴仙よ」
このとき、妖夢は気付いていなかった。
鈴仙の赤い瞳は狂気の瞳だということに。
狂い始めているのは、視界だけではないことに。
その瞳は、徐々に妖夢の心を揺さ振り、動揺させ、狂わせる。
妖夢は完全に罠に嵌っていた。
嬉々とした表情で、鈴仙はさらに追い詰める。
妖夢を映す赤い瞳は、狙った獲物を逃さない。
「貴女の名前をまだ聞いてないのよねぇ」
名前を訊ねるその声には、挑発の色がありありと見えていた。
「貴様に名乗る名など無い!!」
再び妖夢が跳びかかる。
あらあらと笑い、飛び跳ねてこれを躱わす鈴仙。
「礼儀知らずなのね。躾が必要なのかしら」
そう言って取り出したのは、一枚のスペルカード。
「それじゃあお望み通り…」
狂わせてあげる。
スペルカードが輝き出す。
「波符 『赤眼催眠』」
放たれた弾幕は、綺麗な円を描いていた。
(スペルにしては単純な弾幕だな)
そう思い、向かい来る弾を避けようとした時だった。
「えっ!?」
鈴仙の赤い瞳が光り、目の前の弾がブレる。
弾は二つに分かれ、その軌道は大きく変化した。
予想外の変化に、妖夢は戸惑いを隠せない。
立ち竦む妖夢の身体を、赤い弾が貫いた。
(……………えっ?)
痛みはない。妖夢は更に混乱する。
瞬きをした次の瞬間、幾つもの弾が脚をかすり、袖を裂いた。
「………っ!」
軽い痛みが身体を走る。傷は大したこと無いのだが…。
(何が起きているんだ…)
物理的なダメージよりも、精神的なダメージの方が強かった。
乱れた思考回路を、更に狂わせる赤い瞳。
第二波を放つ鈴仙。赤い弾幕が再び迫り来る。
(考えろ…。どうすればいい…。どうすれば…)
追い込まれた妖夢が見たものは……楼観剣。
「…そうか!斬れば判る」
左手にスペルカードを握り、鈴仙に向かって駆け出した。
波状をなす弾幕に、躊躇うことなく飛び込んでいく。
赤い瞳が妖しく光り、弾が再び霞み始めた。
だが、妖夢の足は止まらない。それどころか、更に速度を上げる。
異変に気付いた鈴仙は、更に波長を狂わせた。
(間合いに……………入った!)
妖夢のスペルカードが光を放つ。
「人符 『現世斬』!!」
妖夢の身体が風となり、楼観剣と共に空を斬る。
そう、斬ったのは『空』だった。斬ったはずなのに、その手応えはなかった。
振り向いて見れば、鈴仙に大きなダメージは見られない。
「あーあ、これお気に入りだったのに…」
拗ねた声でスカートを弄っている。斬ったのはスカートの裾だけだったようだ。
(何故!?確かに斬ったはず……)
動揺の色は濃さを増し、呆然と鈴仙を眺める妖夢。
鈴仙は、スカートに入った僅かな切れ目から妖夢に視線を移した。
二人の視線が交差する。
「これ、どうしてくれようかしら」
鈴仙の周囲の空気が変わった。
構え直すその姿に、先程の勢いはもう無かった。だが、妖夢は諦めずに立ち向かう。
その表情を眺めながら、鈴仙はまたスペルカードを取り出す。
「躾けるには、少し痛めつけないといけないのかしら」
目を細める鈴仙。スペルカードが光り出す。
「散符 『真実の月』」
再び広がる円状の弾幕に、妖夢は警戒し身構えた。
(今度は一体何が…)
鈴仙の瞳が赤く光った時、全ての弾が姿を消した。
「!?」
左右を見回すが、やはり弾は何処にも無かった。
(……何の真似だ?)
弾が消えたため視界が広がる。
妖夢は鈴仙に向かって駆け出した。
斬れば判る。そう思ったからだ。
だが、それがいけなかった。
「!!」
突如目の前に現れる弾幕。勢いもあって、そのまま弾幕に身体を晒す。
「うあああああーーーーーっ!!!」
首、脚、腕、頬…。身体のありとあらゆる場所に痛みが走る。
妖夢はその場に倒れ込んだ。
「な……何の…真似だ………」
顔だけ上げて鈴仙を睨み、声を絞り出す。
全身が鋭く痛むのだが、傷自体はそこまで大きくなかった。
それもそのはず。弾は全て、妖夢の身体を直撃せずに掠めたからだ。
だが、掠り傷とは言え決して浅いものではない。
服は既にボロボロになり、身体のあちこちからはうっすらと血が滲み出している。
「決まってるじゃない」
倒れ付す妖夢に答えるのは、笑い混じりの楽しそうな声。
「私は貴女を躾けているのよ。殺すような真似はしないわ」
凶器な狂気。即ち歓喜。
兎の顔は歓喜で満ちていた。
楼観剣を支えにして、ゆっくりと身体を起こす妖夢。
立ち上がったその姿を見て、鈴仙の唇が妖しく歪む。
「躾けはしっかりしておかないと。ね?てゐちゃん?」
言い終わるや否や、左右の襖が勢いよく開く。
兎が大勢現れて、あっという間に妖夢の前に立ち塞がる。その数ざっと数十匹。
まともに動くことさえも許さない今の身体では、相手をしきれる自信が無い。
妖夢の顔が絶望の色に染まった。
崩れ落ちそうになった身体を、残った気力だけで何とか支える。
「…こ…、この程度の数…、楼観剣で………ゆ、幽々子様?」
背後から伸びる白い手が、ふわりと私の右肩に掛かる。
その瞳は鋭い輝きを持ち、今までの微笑みとは全く違う表情だった。
「妖夢」
きっと、もう下がれと言うのだろう。
…嗚呼、私では貴女のお力になれないのですか。
私は、足手纏いにしかならないのですか。
「くっ……」
自分の未熟さに、ぎりっと奥歯を噛み締める。
「…………申し訳、ありません。幽々子様…」
それだけしか言えず、そのまま俯く妖夢。
抜き身の楼観剣の剣先が、力なく床を向く。
無言で妖夢の前に出る幽々子。ぱさりと扇子を開き、口元を覆う。
「よくやってくれたわ、妖夢」
妖夢は何も言わない。いや、言うことなどできない。
自分は赤い瞳を前に何も出来なかったのだ。
悔しさの余り、楼観剣を握る手に力が籠る。
俯いて黙ったままの妖夢を背に、幽々子はゆっくりと歩みを進める。
鈴仙達の警戒が強くなる。
この幽霊、一体どれ程の力を持っているのだろうか。
扇子に隠された表情を読もうと赤い瞳で睨み付ける。
睨み合いはしばらく続き、空気が張り詰め悲鳴を上げる。
その緊迫した空気を先に破ったのは幽々子だった。
「さてと」
ぱちんと扇子を閉じた。
「手を出さないで。私のご飯」
「「え?」」
妖夢や鈴仙だけでなく、その場にいた誰もが理解できずに固まった。
その一瞬は、見境が無い亡霊にとっては十分だった。
妖夢が顔を上げた時には、兎の数が半数程に減っていた。
この日、永遠亭に「絶滅の危機」という文字が刻まれた。
しかし、寝起きで飛び出してきた魔理沙には少々分が悪過ぎた。
「とんだ無駄な時間を過ごしてしまった」
「幽霊に無駄な時間なんて無いの。全ては筋書き通り」
「くそ。一体、何だと言うんだ?」
「一瞬も全て。全ても一瞬。あなたと遊んでいる時間も必然よ」
今まで黒白の魔法使いを追っ払うのに気を取られていた妖夢は、前を見ることも忘れていた。
「あれ?竹林の奥に大きな屋敷が見えます」
「妖夢。判らない方がおかしいって言ってたでしょ?」
筋書き…。必然…。この方は、一体何を見ているのだろう。
にこやかなその表情からは何も読み取れない。
『雲を掴むよう』というのはこういうことなのだろうか。
思考が巡る中、二人は屋敷に入っていった。
いくら進んでも、何処かに辿り着く気配を見せない廊下。
だが、廊下の長さ以上に気になっていることがあった。
(…警備が薄過ぎる…。ひょっとして誰もいないのか?)
廊下を飛び始めてしばらく経つが、未だに誰一人として見掛けないのである。
(人が住んでいないにしては、廊下も綺麗だし…。…何かの罠なのか?)
やや不安になりながらも、ちらりと横目で幽々子様の顔を覗き見る。
「♪~」
にこにこと満面の笑みを浮かべていた。とても楽しそうな表情で。
こちらの不安は何処吹く風。亡霊の姫はまるで掴めそうに無い。
視線を前に戻し、速度を上げようと思ったその時だった。
「遅かったわね」
廊下の奥から声が掛かった。
闇の中から姿を現したのは、黒いブレザーに赤ネクタイの兎。
「全ての扉は封印したわ。もう、姫は連れ出せな…って」
こちらを眺めた兎が表情を変える。
「なんだ、幽霊か。焦らせないでよ、もう。用が無いなら帰ってよ。今取り込み中なの」
「そうはいかない。この月の異変は、お前がやったのだろう?」
楼観剣を抜き、両手で構えて兎を睨む。
「そうなら斬る。違うのなら斬って先に進む」
「…ふふふ。月の事ばっかに気を取られて……」
再び表情が変わる兎。今度は妖しい笑みに。
「既に私の罠に嵌っている事に気が付いていないのかしら?」
(くっ…。やはり罠か…ってあれ?)
視界が歪む。床が踊り、柱がうねる。
(油断した…)
自分の迂闊さに一瞬動揺するが、すぐに立て直す。
「…っ!こんな者など、幽々子様の手を煩わせるまでも無い!」
「ふふっ。いつまでも正気で居られると思うなよ!」
喉元目掛けて跳びかかり、楼観剣で斬りつける。
赤目の兎はひょいと後ろに跳び、一閃を躱わすと同時に弾をばら撒く。
「断迷剣!」
とっさに白楼剣を抜き、向かい来る弾を斬る。
「はあっ!」
そのまま剣先を勢いよく振り下ろし、衝撃波を飛ばす。
軽い跳躍で避けられる。
白楼剣を鞘に収め、再び楼観剣を構え直す。
剣を振り下ろし、楔弾を兎に向かって放つ。
「よっと」
だがその軌道は全て読まれ、僅かな動作で躱わされる。
(測られてる…)
全然攻撃してこない上に、放ってきた攻撃も大したことは無い。
妖夢は遊ばれているのだ。
軽く舌打ちをし、赤目の兎を睨みつける。
「つまらない真似はやめろ!来るなら来い、この野兎!」
妖夢は叫ばずにはいられなかった。
自分でもわかる程に揺らされている。
だが、視界が悪い上に、相手の挑発的な態度。
いくら落ち着かせようとしても焦りは取れない。
余裕の無さを読み取ってか、赤目の兎は口元を歪める。
「野兎とは失礼ね。鈴仙よ」
このとき、妖夢は気付いていなかった。
鈴仙の赤い瞳は狂気の瞳だということに。
狂い始めているのは、視界だけではないことに。
その瞳は、徐々に妖夢の心を揺さ振り、動揺させ、狂わせる。
妖夢は完全に罠に嵌っていた。
嬉々とした表情で、鈴仙はさらに追い詰める。
妖夢を映す赤い瞳は、狙った獲物を逃さない。
「貴女の名前をまだ聞いてないのよねぇ」
名前を訊ねるその声には、挑発の色がありありと見えていた。
「貴様に名乗る名など無い!!」
再び妖夢が跳びかかる。
あらあらと笑い、飛び跳ねてこれを躱わす鈴仙。
「礼儀知らずなのね。躾が必要なのかしら」
そう言って取り出したのは、一枚のスペルカード。
「それじゃあお望み通り…」
狂わせてあげる。
スペルカードが輝き出す。
「波符 『赤眼催眠』」
放たれた弾幕は、綺麗な円を描いていた。
(スペルにしては単純な弾幕だな)
そう思い、向かい来る弾を避けようとした時だった。
「えっ!?」
鈴仙の赤い瞳が光り、目の前の弾がブレる。
弾は二つに分かれ、その軌道は大きく変化した。
予想外の変化に、妖夢は戸惑いを隠せない。
立ち竦む妖夢の身体を、赤い弾が貫いた。
(……………えっ?)
痛みはない。妖夢は更に混乱する。
瞬きをした次の瞬間、幾つもの弾が脚をかすり、袖を裂いた。
「………っ!」
軽い痛みが身体を走る。傷は大したこと無いのだが…。
(何が起きているんだ…)
物理的なダメージよりも、精神的なダメージの方が強かった。
乱れた思考回路を、更に狂わせる赤い瞳。
第二波を放つ鈴仙。赤い弾幕が再び迫り来る。
(考えろ…。どうすればいい…。どうすれば…)
追い込まれた妖夢が見たものは……楼観剣。
「…そうか!斬れば判る」
左手にスペルカードを握り、鈴仙に向かって駆け出した。
波状をなす弾幕に、躊躇うことなく飛び込んでいく。
赤い瞳が妖しく光り、弾が再び霞み始めた。
だが、妖夢の足は止まらない。それどころか、更に速度を上げる。
異変に気付いた鈴仙は、更に波長を狂わせた。
(間合いに……………入った!)
妖夢のスペルカードが光を放つ。
「人符 『現世斬』!!」
妖夢の身体が風となり、楼観剣と共に空を斬る。
そう、斬ったのは『空』だった。斬ったはずなのに、その手応えはなかった。
振り向いて見れば、鈴仙に大きなダメージは見られない。
「あーあ、これお気に入りだったのに…」
拗ねた声でスカートを弄っている。斬ったのはスカートの裾だけだったようだ。
(何故!?確かに斬ったはず……)
動揺の色は濃さを増し、呆然と鈴仙を眺める妖夢。
鈴仙は、スカートに入った僅かな切れ目から妖夢に視線を移した。
二人の視線が交差する。
「これ、どうしてくれようかしら」
鈴仙の周囲の空気が変わった。
構え直すその姿に、先程の勢いはもう無かった。だが、妖夢は諦めずに立ち向かう。
その表情を眺めながら、鈴仙はまたスペルカードを取り出す。
「躾けるには、少し痛めつけないといけないのかしら」
目を細める鈴仙。スペルカードが光り出す。
「散符 『真実の月』」
再び広がる円状の弾幕に、妖夢は警戒し身構えた。
(今度は一体何が…)
鈴仙の瞳が赤く光った時、全ての弾が姿を消した。
「!?」
左右を見回すが、やはり弾は何処にも無かった。
(……何の真似だ?)
弾が消えたため視界が広がる。
妖夢は鈴仙に向かって駆け出した。
斬れば判る。そう思ったからだ。
だが、それがいけなかった。
「!!」
突如目の前に現れる弾幕。勢いもあって、そのまま弾幕に身体を晒す。
「うあああああーーーーーっ!!!」
首、脚、腕、頬…。身体のありとあらゆる場所に痛みが走る。
妖夢はその場に倒れ込んだ。
「な……何の…真似だ………」
顔だけ上げて鈴仙を睨み、声を絞り出す。
全身が鋭く痛むのだが、傷自体はそこまで大きくなかった。
それもそのはず。弾は全て、妖夢の身体を直撃せずに掠めたからだ。
だが、掠り傷とは言え決して浅いものではない。
服は既にボロボロになり、身体のあちこちからはうっすらと血が滲み出している。
「決まってるじゃない」
倒れ付す妖夢に答えるのは、笑い混じりの楽しそうな声。
「私は貴女を躾けているのよ。殺すような真似はしないわ」
凶器な狂気。即ち歓喜。
兎の顔は歓喜で満ちていた。
楼観剣を支えにして、ゆっくりと身体を起こす妖夢。
立ち上がったその姿を見て、鈴仙の唇が妖しく歪む。
「躾けはしっかりしておかないと。ね?てゐちゃん?」
言い終わるや否や、左右の襖が勢いよく開く。
兎が大勢現れて、あっという間に妖夢の前に立ち塞がる。その数ざっと数十匹。
まともに動くことさえも許さない今の身体では、相手をしきれる自信が無い。
妖夢の顔が絶望の色に染まった。
崩れ落ちそうになった身体を、残った気力だけで何とか支える。
「…こ…、この程度の数…、楼観剣で………ゆ、幽々子様?」
背後から伸びる白い手が、ふわりと私の右肩に掛かる。
その瞳は鋭い輝きを持ち、今までの微笑みとは全く違う表情だった。
「妖夢」
きっと、もう下がれと言うのだろう。
…嗚呼、私では貴女のお力になれないのですか。
私は、足手纏いにしかならないのですか。
「くっ……」
自分の未熟さに、ぎりっと奥歯を噛み締める。
「…………申し訳、ありません。幽々子様…」
それだけしか言えず、そのまま俯く妖夢。
抜き身の楼観剣の剣先が、力なく床を向く。
無言で妖夢の前に出る幽々子。ぱさりと扇子を開き、口元を覆う。
「よくやってくれたわ、妖夢」
妖夢は何も言わない。いや、言うことなどできない。
自分は赤い瞳を前に何も出来なかったのだ。
悔しさの余り、楼観剣を握る手に力が籠る。
俯いて黙ったままの妖夢を背に、幽々子はゆっくりと歩みを進める。
鈴仙達の警戒が強くなる。
この幽霊、一体どれ程の力を持っているのだろうか。
扇子に隠された表情を読もうと赤い瞳で睨み付ける。
睨み合いはしばらく続き、空気が張り詰め悲鳴を上げる。
その緊迫した空気を先に破ったのは幽々子だった。
「さてと」
ぱちんと扇子を閉じた。
「手を出さないで。私のご飯」
「「え?」」
妖夢や鈴仙だけでなく、その場にいた誰もが理解できずに固まった。
その一瞬は、見境が無い亡霊にとっては十分だった。
妖夢が顔を上げた時には、兎の数が半数程に減っていた。
この日、永遠亭に「絶滅の危機」という文字が刻まれた。
やっぱりいつもの鈴仙だぁ
最後のつぶやきとか、今回も要所のセリフがいい味出てます。
誤)少し痛みつけないと→正)少し痛めつけないと
>平坦に感じられました。
同じ様な展開を繰り返したのは意図的です。
罠に嵌った妖夢は、もがけど所詮罠の中。
一枚目は被弾しながらも何とか切り抜けるけど、二枚目は見事に落とされる。
若干音が高くなって繰り返されるフレーズ。『魔王』みたいな感じで。
ひっくり返しとかがあった方が盛り上がったのかな…。
バトルの描写って難しい…。自分もまだまだ未熟なようで。
ご指摘、次の参考にさせてもらいます。
あと、修正させて頂きました。
前作も読んで頂いたようで、どうも有難う御座います。
HAIKUスレに投稿しようとして作っていたネタがうまく句に纏められず、
それを何とか使おうとして話を作ったかどうかは秘密です。
以下、載せる予定だったコメントです。
この話はシンデレラケージを聴きながら作りました。
その為、話の内容は狂気の瞳(一部除く)ですが、
本文のBGMは狂気の瞳ではなくシンデレラケージです。
もちろん本文最後の段落は、『うしろのしょうめん、だぁれ?』
幽霊は怖いですね。いろんな意味で。