――私にとって、彼女という存在はどんなものなのだろう。
幻想郷における日常の日々の中。
ふとそんなことを考えることがある。
それはほんの少し考えれば導き出せるような簡単さでもって私を惑わし、解答をあやふやにさせてしまう。
泡のように浮かんでは消えていく言葉。思いついた次の瞬間にはもう忘れてしまっている曖昧さ。
私にとって、彼女の存在とは――
そこはあたかも静寂を餌とし成長しているかのようだった。
刻々と流れる時間と静寂。そこに時々本を捲る音だけが響く。
――かつて、ここはそんな場所だった。
ヴワル図書館と呼ばれる無限図書館。知的好奇心を糧とする魔法使いの羨望の場所。ただ一人其処に居着くことを認められた魔法使いは、けれどと苦笑する。
最近のヴワル図書館は、以前とはほんの少しだけ違っていた。
今の図書館には静寂だけではなく、ほんのわずかな喧騒が存在していた。
それは普通の魔法使いの放つ弾幕であったり、普通の魔法使いが放つ奇声だったり、普通の魔法使いが放つ腹の音だったりするが、実はそれだけが原因というわけではなかったりする。
…もっとも、その原因のきっかけというものはやはり、あの普通の魔法使いだったりするわけだけども。
「パチュリー様?」
さて、今日もまた、そんな騒がしい一日になるのだろうか。
ふわふわと宙に浮かびながら、そんなことを考える。
以前ならばそう考えただけでも鬱になったものだが、最近は鬱になるどころかほんの少しだけ楽しみでもあった。
「パチュリー様っ」
その変化はきっと、自身の変化の証だろう。
自我を持ち、魔法使いとして存在し、変わらない者として「完成」していたはずの昔の自分がこれを知ったら、あざ笑うだろうか?
「パチェ様ったら!」
「……今、噛んだわね?」
可愛らしい声、可愛らしい発音で私を呼ぶ方へと顔を向けると、そこにはにこりと笑う小悪魔が立っていた。
「いえ、噛んでませんよ?」
両手を前で揃え、落ち着いた様子のその姿からは確かに噛んだような素振りは見られない。
が…
「いいえ、噛んだわ」
可愛らしい外見は小悪魔が悪魔たる所以。
それと同様に、身振り素振りに騙されてはいけない。
「というか、なんであんなタイミングで呼びかけに気づくんですかっ」
ふっ、けれど所詮は小悪魔。簡単にぼろがでる。
「認めたわね、噛んだこと」
「い、いえ?認めてませんよ?」
まぁ、あくまでも笑顔のポーカーフェイスが崩れないのは誉めてあげるべきかしら。
「安心しなさい」
「ようやくわかってくれましたか」
「気づいてたわよ、最初の呼びかけから」
「……っさて。ようやくわかってもらえたところで、本題に入りましょう」
突っ込みたいところを我慢して流そうとしたのはいいけれど、まだまだね。
「本題の前に、喉が渇いたわ。今すぐお茶をいれてきて」
「それでしたら、今すぐご用意いたしますね」
そう言ってどこからともなくティーセットを用意する小悪魔。
「……ちょっと待って、小悪魔。今、どこから出したの?」
「えっと…ぽ、ポケットとか?」
「あきらかにサイズとか合ってないわよね?」
じと目で小悪魔を見つけると、小悪魔はう~んと困ったような声をあげ、人差し指を口に当てて考える素振りを見せる。
そして極上の笑みでもって、
「スカートって、便利ですよねっ♪」
とだけ言った。
…ぐ、これは突っ込み待ちかしら。それとも天然?というかなんなのよその笑顔。反則級に可愛いじゃない。これは抱きしめてくださいの合図かしら。いやいや、これは小悪魔よ。その身振り素振りに騙されてはいけないわ。むしろスカートって…スカート?スカート、収納、生足……!?
「ぐっ…これはなかなか深い。あなたも成長したわね、小悪魔…!」
「……?どうしたんですか、パチュリー様。どこか具合でも?」
小悪魔がふわりと浮かび、私に近づいてくる。風に揺られて小悪魔のスカートがなびき、その生足が…
「……ふぅ。なんでもないわ。それよりも、今日の茶葉はなにかしら」
大きく深呼吸をして、なんとか自我を取り戻す。
「はい、今日はカモミールですよ」
「カモミール…そう、カモミールね。よかったわ。ちょうど今はカモミールな気分だったのよ」
カモミールには鎮静効果があったはず。気休めでも、ないよりはあったほうがマシか。
「わぁ、パチュリー様もですか?私もですね、今日はなんとなくカモミールな気分だったんです。お揃いですねっ!」
……お揃いでもなんでもいいけれど、今はなんだかその可愛らしい笑顔が憎たらしいわ。
「いひゃいです、ぱちぇりーさま」
小悪魔の頬をつねっていた手を離してやると、「パチュリー様、横暴ですよ~」などと言いながらも笑いながら健気に紅茶の用意を始める小悪魔。
……うん。何があってもめげないのは誉めてあげるべき長所よね、きっと。
「……えへへ、パチェ様、気持ちいいです」
なでなで。
「今、噛んだわね?」
「だから噛んでませんってばっ」
そんなこんなのやり取りをしつつ、小悪魔は手際よくお茶の用意をする。
ティーカップを二人分並べて、手にした水筒をふりふりと振り始める小悪魔。
何をしているのだろうかと見ていると、「あぁ、これはですね…」とにこりと説明を始めた。
「ティーセットはいつでも準備万端ですけど、お湯だけは準備できませんからね。だから水筒の中に水を入れておいて、必要なときにお湯に変換するんです」
魔力を熱量に変換してお湯にする…か。相変わらず器用な魔力ね。
そう言うと、「ただ器用貧乏なだけですよ」と苦笑する小悪魔。
そろそろかなと蓋を開け、ティーポットとティーカップの中にお湯を入れていく。
慣れた手つき。繊細な指先。小悪魔らしい、優しいいれ方。
この子は本当に悪魔なのかしら。そう考えさせられてしまうくらい、穏やかな雰囲気。
カップのお湯を水筒の中に捨て、ポットの中身をカップへとそそぐ。
カモミールのいい香りがあたりを包み、気分を落ち着けてくれる。
手にとって匂いを嗅ぎ、口にする。
とたん口に広がるカモミールの味に、またいれ方がうまくなったなと感心する。
「まぁ、メイド長には劣るけれども…」
これはこれでなかなか。
「咲夜さんは紅いものをいれさせたらピカ一ですからね」
もちろん、他のものも凄いですが。と付け足すのは忘れない。
ふむ、流石は完全で瀟洒なメイド長。管轄外のはずの小悪魔にまできちんと躾がなってるわね。
「それで、なんの用だったの?」
一口、二口とすすり、ようやく一息ついたところで本題を聞き出す。
「あぁ、実は妹様が…」
そこで、一旦口を閉ざす小悪魔。
妹様?これはまた随分と穏やかじゃない言葉が出てきたわね。
カップを口にしながら、自分の顔がわずかにしかめ面になるのを自覚する。
もしかして暴走…かしら。
霧雨魔理沙の登場で「きっかけ」を掴んで以来、きわめて安定していたのだけど…
「また暴走を始めたの?」
聞きながら、自らのコンディションを確認していく。
喘息の調子は…良好。
貧血はどうだ?動悸、息切れ、眩暈…その他前兆となるような症状は?
否。全て正常。オールグリーン。
では体力は十分か?魔力に乱れは?四肢は思い通りに動くか?お腹の音は鳴らないだろうか?
…もし小悪魔からの報告が暴走なのだとすれば、安定期に突入してからの初めての暴走。魔法使いとしての血が騒ぐのがわかる。今回は体の調子もいいし、いい研究結果が出そうね…。
「いえ、ヴワル図書館に遊びにいらしました」
「……は?」
今、小悪魔は何と言ったのだろうか。
妹様が、ここに、遊びに、来た?
さぁ、と魔法使いとしての血が冷めていくのがわかる。
同時に、血の気も引いていく。
「小悪魔…本の被害状況は?」
小悪魔が本題を出してくるまでに随分と時間があったせいで、失くなった本の数は既にその倍はいっているだろうけれど…長引かせたのは自分のせいでもあるため、小悪魔に対するお仕置きについてはひとまず置いておこう。今は最善の策でもって妹様に対処すべきだ。
「ふふ、パチュリー様ったら、早とちりしてませんか?」
妹様の興味を本から逸らす消極的な方法をいくつかシミュレートしていると、横から小悪魔のおかしそうな声が割って入ってきた。
「妹様は本を壊しに来たんじゃなくて、純粋に遊びにいらしただけですよ。今は偶然遊びにきていたルーミアちゃんと一緒に遊んでます」
――ヴワル図書館で、妹様とルーミアが遊んでいる。
最悪の事態でないことに安堵しながら、最近の図書館ではよく見かける光景について考察する。
無限図書館で、破壊を司る吸血鬼と、宵闇の妖怪が、戯れている。
破壊と相対するは、無限と闇。すなわち概念としての存在…か。
改めて考えれば、それはとてもよく考えられたシナリオ。
何故かといえば妹様の能力は強大すぎてまだまだ未知数なものであるが、それでも一つだけ確かなことがあるからだ。
それは妹様自身が「知らない」ものは壊せない、というものだ。
例えば妹様の目の前に人形があったとする。
妹様は目の前の人形を破壊することはできるが、「人形」という人々に植え付けられた概念までは破壊できない。
その理由は非常に明快で簡単なもの。
つまり早い話、妹様がそれを「認識」できていないからだ。人々の中に当然あるだろうという認識が抜けているのだ。だから知らない。壊せない。
それが理解できないほどに、妹様の精神はまだ幼いのだ。
…もっとも。知っていたとしても無限と闇を破壊するということは言葉ほど簡単ではないけれど。
何故ならば、無限を破壊するということはその中にある全てを把握するということだから。
何故ならば、闇を破壊するということは…妖怪という存在の大前提を破壊するということだから。
そも妖怪とは闇から生まれ、闇に住むものたちのことだ。
人々が闇を恐れ、闇の向こうに私たちを見出したのが妖怪の始まり。
ではその闇を破壊してしまえば、どうなるのか。
答えは簡単。人々は闇を恐れなくなり、その存在を忘れていき、妖怪は消滅する。
闇とは妖怪の集合体。私や、妹様や、レミィ…全ての妖怪そのもの。
妹様が妖怪である限り、闇は妹様を凌駕しつづける。すなわち、破壊できない。…はずである。
そう考えると、いくら宵闇とはいえ闇の直属であり宵闇そのものであるルーミアは、実はかなり高位の存在なのだ。――それこそ、吸血鬼をも凌ぐほどに。
とはいえ、現在のルーミアは施された封印によってその力のほとんどを失っているのだが…それでも闇そのものだという本質は残っているため、よほどのことがない限り、ルーミアに死は訪れえない。
「スケールの大きな話ですよねぇ…」
「まったくね」
これだけの規模をもってしなければ妹様を満足に遊ばせてあげられないという現状に、情けなくてため息が零れる。
唯一の救いは、ルーミアが妹様の遊び相手を苦にしていない、どころかむしろ喜んで遊んでしてくれているということくらいか。
これがあの白黒魔法使いだったならば、三度に一度はサボるだろうし、本の流出も半端じゃないほど増えるのだろうなと考えてしまい、苦笑する。
「まぁ、妹様とルーミアちゃんがここで遊ぶのはいつものことですけど…どうします?」
「もちろん、見に行くわよ」
資料の少ない闇の妖怪と、まだまだ未知数の力を持つ妹様。どちらも妖怪として破格の存在であり、その両者の戯れは、所詮戯れであったとしても十分に研究の対象として相応しい。
「……本当、妬けちゃうくらい過保護ですよね」
「何か言ったかしら、小悪魔」
「いえ、別に何も言ってませんよ?」
「……何度も言ってるけれど。これはあくまで研究の一環であって、別に他意はないんだからね?」
「はいはい。あと、本を壊されないように監視してるんですよね」
「そうよ。わかってるのなら、いいのだけど…」
なんだか釈然としない。
「それじゃあ、そろそろ行きましょう。二人とも、パチュリー様が来るのを大人しく待ってますから」
「仕方ないわね」
カップに残っていたカモミールティーを一気に飲み干してから小悪魔に手渡し、ゆっくりと進み始める。
「……無理しちゃってからに」
小悪魔がぼそりと呟いた一言は、聞かなかったことにしてあげた。
「あ、パチュリーだっ!」
読みかけの絵本から顔を上げ、やっほ~と手を振るルーミア。
「もぅ、遅いよ~」
ぷくぅっとふくれるルーミアの頬。百面相する幼い表情に微笑ましさを覚える。
「おはよう、ルーミア。今日は早いのね」
「……もうこんばんはの時間だよ、パチュリー?」
「あら?」
そういえばティータイムの時間ですよと言われて、小悪魔特製のアップルパイを食べた記憶が…?
「もしかしてパチュリー、ぼ「それ以上言ったらアグニシャイン上級よ」は~い」
最後の返事はきっと反射的なものなのだろう。遅まきながら「そ~なのか~」と頷くルーミアを見てそんなことを考える。
「…………」
こちらをじっと見つめるルーミア。その大きくてくりくりとした瞳がきらきらと輝いている。
「もしかしてパチュリー、ぼ「それ以上言ったらロイヤルフレアよ」わは~」
何が楽しいのか、満面の笑みを浮かべているルーミア。しかし視線は私を捕らえて離さない。
これは…第三、第四の攻撃がくると見て間違いないわね。そう判断し、私も長期戦の構えをとっていると…
「あれ、パチュリー様とルーミアちゃん。妹様はどうなさったんですか?」
背後から小悪魔の声が聞こえてきた。
「フランちゃんならあそこにいるよ~」
ルーミアの指差す方向を見ると、そこには確かに妹様の姿。床に散らばった本はどうやら一心不乱に読み耽った跡のようだ。
まったく…いつものことながら、妹様のこの集中力には驚かされるわね。大方、私たちが来たことにも気付いていないのだろう。
「ルーミア。妹様を呼んできなさい」
「は~い」
さっきまで牽制しあっていたとは思えないほど切り替えよく妹様の元へと駆けていくルーミア。
「本当、可愛らしいですよね。ルーミアちゃんは」
もちろん、妹様もとても可愛らしいですけど。と付け加える。
「まったくね」
妹様の隣にしゃがみこみ、妹様の肩を揺するルーミア。そんな平和で穏やかな光景を見つめながら、思わず同意してしまう。
「ところでパチュリー様。もしかして本当にぼ「ちょっぷ」いたいっ!?」
問答無用ですかぁ?と涙目で訴えてくる小悪魔。
まったく。油断も隙もあったもんじゃないんだから。
「うぅ・・・最近パチュリー様の愛が足りませんっ!昔はあんなに可愛がってくれたのに…やっぱりルーミアちゃんと妹様ですかっ?新しいものに目移りですかっ!?小悪魔はもう要らない子なんですねっ!?うわぁ~ん!?もういいです、小悪魔は今日一日、暇を取らせていただきますっ!パチュリー様なんて誰からもお世話されないで干からびちゃえばいいんだっ!!」
「ちょっ、小悪魔!?」
突然駆け出した小悪魔を慌てて制止させようとして…その駆けていく方向を思い出して苦笑する。
なんだ、結局は…
「ルーミアちゃん、妹様っ!私も混ぜてください~!」
小悪魔も一緒に遊びたかっただけなのか。
小悪魔の声に怒気や悲壮感の類がまったく見受けられないのに気付いて、ほっと胸を撫で下ろす自分がいる。
小悪魔はあれね。やっぱり後で再教育が必要ね。他はともかく、ああいった心臓に悪いことだけはやめさせなきゃ…。
「消極的に小悪魔を反省させる方法は…」
考え事をするとき、手元にある本を開いてしまうのは既に習慣と化してしまっているため、無意識のうちに本を開きながら思考する。
本の内容と思考の並列処理。
本の内容を微妙にトレースしながらいくつかの状況をシミュレートする。
三日間の放置プレイもしくは無視なんてどうだろうか。
いや、むしろ発想を逆転させて三日間付きっきりの構いっきりなんでどうかしら。
「………………良い」
これでいこう。
コンセプトは「ちょっぴりエッチでハートフル」。
ふふふ…今から楽しみね。
「あら、パチェ。また面白そうなことを考えてる?」
…今日は本当に来客御礼ね。
覗きこむように顔を近づけてくるレミィに、どことなく愛嬌を感じるのはやっぱり…
「そういうレミィこそ、何か面白いことを企んでるんじゃないの?」
「失礼ねっ。つまらないことなんて企むわけないでしょう?」
「それこそ時間の無駄ね…失言だったわ」
「とはいえ今日は保護者として来てみただけだけどね」
保護者、ねぇ…。
ちらりとレミィの背後を見ると、こちらの視線に気が付いた咲夜が優雅にお辞儀をする。
妹様の保護者がレミィだとすると、レミィの保護者は咲夜ね。…なんだか力関係と立場が逆転しているわね。力と包容力は反比例するものなのかしら?今度検証してみよう。
「お嬢様、パチュリー様。紅茶のご用意が出来ましたわ」
いつの間にか私とレミィの前に置かれたティーカップ。
小悪魔のいれるハーブティーとはまた違う、赤い紅い液体。
「相変わらず、いつ見ても興味深い能力よね」
じと目で咲夜を見ると、くすりと楽しげに微笑まれる。
「今回は種も仕掛けもない手品は使っておりませんわ、パチュリー様」
「あら、珍しいわね」
「えぇ。今回は少しばかり趣向を変えまして…種と仕掛けのある手品を、スカートの中に仕込んできました」
スカートの中?そうか、小悪魔のあれは咲夜仕込みだったのか。にしても、小悪魔はフレアスカートだからまだわかるとして、あんな短いスカートの中に仕掛けが…
「覗いてみますか?」
スカートをじっと見つめている私に、咲夜が問い、
「何?パチェが覗くならまずはその前に主人である私に見せなさい、咲夜」
私が反応する前にレミィが反応する。
「いけませんよ、お嬢様。この中はお嬢様にはまだ刺激が強すぎますわ」
「…咲夜のいけず」
まだ刺激が強すぎるって…何を仕込んだのよ、咲夜……。ていうかレミィはそこで引っ込まないでもっとツッコミなさいよ、気になるでしょ。
「それで、パチュリー様は覗かれますか?」
ってこっちに振らないでよ咲夜。レミィがものすごい勢いでこっちを睨んでるじゃない。さては確信犯ね?もしかしてこの間の悪戯の仕返しかしら。あ、レミィの瞳がだんだんと潤んできて…可愛いわね。じゃなくて、不味いわね。はやく何か言わないと…。
「す、スカートの中も興味あるけど、また今度ね。今はそれよりも、あっちを見てあげないと」
ついっと視線を上げ、奇妙な組み合わせの三人組を見る。
どうやら三人は暗闇鬼ごっこをするらしい。
暗闇鬼ごっことは読んで字のごとく、ルーミアが座標固定で作り出した円状の闇の中で、弾幕あり、格闘ありで繰り広げる問答無用の鬼ごっこのことである。
「本当に、いつも思うのだけれど……よくあの中にいて、小悪魔は平気よね」
ルーミアはともかく、妹様の相手をするのは厳しいだろうに。
「あら、何度も言っているけれど…あれは小悪魔だからこそ平気なのよ」
「それはあの子自身からも何度も聞いたわ」
小悪魔が言うに、それは優先順位の違いなのだという。
神の幻想としての人間。
人間の幻想としての妖怪。
神に仕えるものとしての天使。それに対抗するものとしての悪魔。
妖怪を静めるための精霊。それを支えるための妖精。
悪魔と妖怪は、人間を間に超えられない壁が存在するのだという。人間を介さない限り、交錯しない二つの存在。悪魔と妖怪は、存在する次元が違うのだ。故に、壊せない。
……と、小悪魔は自信満々に言っていたのだけれど。
「なんだか腑に落ちないのよね」
「そりゃそうでしょ。だってそれは、所詮あいつがその場凌ぎで考えた詭弁だもの」
「……詭弁?でも、理屈は合っているわ。でなければ小悪魔はとっくに妹様に消されているわけだし」
「あのね…フランは『ありとあらゆるモノを壊す程度の能力』の持ち主よ?パチェは魔法使いだから私より詳しいはずだけど、言霊は力を持つの。そしてフランの能力に嘘偽りはないわ。…だって私には常に見えているんだもの。枝分かれした最果ての運命――無限に近い運命の中、僅か数本の運命のみが辿り着ける最凶最悪の結末。彼女が無限を壊す運命。闇を壊す運命。神を壊す運命…。次元が違うなんていうのは、それらと比べれば気休め程度の慰めに過ぎないわ」
レミィの想像を絶する言葉に、頭の中が混乱する。
それでは、何故小悪魔は平気であの中に入っていける?何故生きていられる?…いや、そもそもレミィ自身も言っていたではないか。小悪魔だから平気だ、と。それは何故――
「ふふ…ねぇ、パチェ?小悪魔の能力って、なんだったかしら?」
狼狽する私の様子を面白げに見つめながらレミィがたずねてくる。
「小悪魔の能力?能力もなにも、そもそも名前がない程度の能力しか…」
「――そう、『名前がない程度の能力』よ」
「―― っ!?」
「そもそも、おかしいと思わなかったの?小悪魔を召喚しようとした時は、数十年に一度しか訪れない最高の夜を舞台に万全の体調で挑んだのでしょう?それでパチェ程の…仮にも私を認めさせた程の実力の持ち主が召喚できたものが、名前がない程落ちぶれた小悪魔?そんなわけないでしょう。あなたが呼んだもの正体はね、」
上空のほうから爆音が聞こえる。激しい振動と共にルーミアが落ちてきて、レミィの声を遮る。
だけど。
確かに。
レミィの唇は、こう動いていた。
「名前がない程度の能力。それ自身よ。」
――召喚の時、確かに『彼女』は自ら名乗ることはなかった。
『彼女』はただそこに存在し、穏やかな表情で私に問い掛けた。
「ご主人様。新しいご主人様。私の姿は、何に見えますか?」
私は、答えた。
「ただの小悪魔ね」
『彼女』は、こう返した。
「正解です」
――こうして『彼女』は、小悪魔になった。
つまりは、そういうことか…?
「たしかに彼女はあなたに定義付けられて小悪魔になった。けれど…その本質。その能力が消えたわけじゃない」
「世界は須く名前によって定義付けられる。それは運命はもちろんのこと、死後における裁判もまた例外ではない」
「この世には『名前がない』という言葉の概念はあっても、『名前がない』存在なんて存在しない。何者も、何物も。例え塵にすら及ばない存在であっても、その真名は存在する。それこそが世の理」
「故にそんな能力を持っているものは概念上の存在でしかなく、故に彼女は存在しない」
「――つまりは、壊せない」
「以上、証明終了」
次々と流れてくる言葉。湧き上がる、知識という名の泉。その水面上に落ちた葉はただ揺れて、泉の底を俯瞰する。
「つまり彼女は便宜上、『小悪魔』という姿をとっているに過ぎない…と。そういうことね?」
私が尋ねれば、
「何事にも例外はあるものよね」
レミィはただ肩を竦めて答えた。
――早い話、小悪魔は全であり個なのだろう。
だからこそ広義の意味での小悪魔になることも出来れば、一匹を指す意味での小悪魔になることもできる…いや、そもそも小悪魔に拘らずとも、彼女は何にでも生れるのだ。それはあたかも白い紙にインクを落とすかのように。彼女は無限の白い紙で自らを彩る。
「もっとも、あれはよほどあなたのことが好きみたいね。今のあれは『名前がない程度の能力』を持つ確固たる小悪魔…という、世にも稀有な存在として生きている」
「でもそれは厄介なことに、客観的に見れば本質たる名前ではない。故に運命は見えず、裁かれることはない」
「小悪魔はあくまでもいない存在であるため、壊されない」
「よくもまぁ面倒くさいものを呼んだわね?」
じろりと睨みつけられるが、その視線に殺気は篭められておらず、あくまでも楽しげだった。
――あくまでも楽しげに、その視線はパチュリー・ノーレッジを値踏みするかのように、私を捉える。
レミィの意見。力ある吸血鬼の言葉。運命を操る悪魔の真実。
そこに、レミィの友人たるパチュリー・ノーレッジではない、魔法使いとしてのパチュリー・ノーレッジは首を傾げる。
さて、これは少し意地の悪い質問だろうか?
レミィの友人たるパチュリー・ノーレッジはくすりと笑いながら、けれどその質問をぶつける。
「確かにその説なら小悪魔が妹様を怖がらない理由にはなるわ。…でもね、レミィ?小悪魔の運命が見えないのならば、『絶対に壊されない』なんて保証はどこにもないんじゃない?」
そう。仮にその説が正しいとするならば、小悪魔自身がそれを知っている可能性は十分にあるが、運命を見れないレミィがそれを知っているはずがないのだ。
「……パチェったら、相変わらず意地悪ね」
わかってて言ってるでしょ?と若干拗ね気味のレミィ。
弱点――そう、これはレミィにとってある種の弱点になりうるのだ。
じっと見つめ続けると、見た目通り負けず嫌いなレミィはう~っと唸って抵抗していたが、やがて根負けして、ため息をつきながら白状した。
「そうよ。これはあくまでもフランの運命の中に小悪魔を壊すという糸がないことによる、状況証拠的なものに過ぎないわ。それにしたって存在しないのだから運命に乗らないだけで、本当は壊しているのかもしれないけれど…」
「……ふぅ~ん?」
珍しく語尾が弱いレミィを、今度は私が値踏みするように眼で嬲る。
「で、でもね?少なくとも、今のフランは『存在しない』ものを壊すという意図を持っていないわ。だから…」
可愛らしく慌てて言い訳をしようとするレミィ。
そんなレミィに、ふっと笑みを向けて、
「……勝った」
「…………何ぽそりと呟いてるのよ、パチェ。私は別に、パチェに負けたつもりはないわよ?そんなものを勝ちと判定するなんて横暴よ、パチェ」
レミィがぶすっと拗ねた。
「う~。笑うなんてひどいわよ、パチェ」
「ふふ、ごめんなさい。でも、あなたが負け、と一瞬でも思ってしまったのなら、それは私の勝ちよ。それが魔法使いとの戦い。レミィもそろそろ慣れたほうがいいわよ?」
そう。それが魔法使いの戦い。
魔法使いにとって、最も大切なもの。それは――
「時には客観的な事実よりも、主観的な事実のほうがより真実に近いこともあるのよ」
それが魔法使いならば殊更に…ね。
「…もしかしてパチェったら、もう知ってた?」
「あら。知ってたって、何のことかしら」
「……あははっ!これは本当に完敗みたいね。一応忠告してあげようって思ってたのに、どうやら余計なお世話だったみたいね!」
「そんなことないわよ。私だって一時は迷っていたもの」
まずは小悪魔は一体何者なのかという疑問。
次に小悪魔を小悪魔たらしめている理由。その謎。
それらはいくら調べ、考えたところで結論に至ることはなかったけれど…
結局のところ、私にとって小悪魔は小悪魔でしかないのだ。それが私にとっての真実。――小悪魔にとっての真実。
「もう少し早ければ、確実に私が負けていたでしょうけど…残念だったわね、レミィ?」
「むぅ~…今度こそ絶対に先回りできたと思ったのに……」
本当に悔しそうな表情をするレミィを満ち足りた気持ちで見つめてから、上空へと視線を移す。
「まぁ、そうなると暗闇の中っていうのは、小悪魔にとって最も都合のいい舞台ってことよね」
暗闇の中ということは、何も見えないということ。
そこは主観的な事実は何も見えず、何も存在しない。そこにはあくまでも客観的な事実のみが残る。
小悪魔の場合は――『名前がない程度の能力』という事実だけが、残る。
そこに個としての性質はなく、その能力は本領を発揮し始める。
名前がない――実体がない――つまりそれは『闇』そのもの。
下手すると今の封印されたルーミアよりも、その闇をうまく使いこなせているかもしれない。
…いや。既にルーミアが落とされ、未だ小悪魔が残っているという事実が、真実だ。
「ふふ…それじゃあ、レミィ。どっちが勝つか賭けをしない?」
暗闇鬼ごっこが白熱しているのだろう。制御し切れなかった弾幕が零れてくる中、レミィに賭けを申し込む。
「もちろん、私はフランに賭けるわよ」
受けるか受けないかを通り過ぎていきなり賭けるあたり、レミィの性格がよく現れている。
「それじゃあ、私は素直にあの子に賭けるわ」
「何を賭ける?」
「妖怪らしく、時間なんてどうかしら」
「それはとても楽しそうね。それじゃあ、期間は三日間」
「その間の時間は全て勝者に委ねる…で、いいわね?」
それから次々に提示されていくルール。
順々に、公平に、自らに有利な条件を乗せていく。
レミィは瞬時の判断に優れているから、こういうゲームのやり取りは非常に楽しい。
小悪魔の慌てた、けれど一生懸命考えながらな駆け引きも楽しいけれど、こっちもこっちで捨てがたい。
基本的な条件の後、いくつかの条件を上乗せしてあとは観戦する。
「お嬢様とパチュリー様のゲームは、なんというか…少々過激ですわね。私、柄にもなく照れてしまいましたわ」
「照れるって…あれで?やっぱり咲夜の基準ってどこかずれてるわよね」
「まぁ。そんなに誉めても何も出ませんよ、パチュリー様?」
「…完全なる欠けた月とは、よく言ったものね」
もしくは十六夜の、欠けた月の一滴。零れ落ちた一粒の銀の砂。
「そうだ、今度銀の砂時計でも作ってみようかしら。…そうしたら、その時は協力をお願いするわね、咲夜?」
もしかしたら時間干渉の能力を持つかもしれないし、もしなかったとしても綺麗そうだし、観賞用くらいにはなるだろう。
「はぁ…相変わらず帰結する場所がよくわかりませんが、そろそろみたいですよ?」
咲夜がそう言うのと同時に、上空で激しい火花が散る。
「これはフランの魔力っ!この勝負、決まったわね」
「…そうね」
予想よりも若干早かったけれど、ここまでくれば結果はもう見えている。
すなわち――
「私の勝ちね」
小悪魔の勝利という結果が。
「あ~ぅあぅぁ~」
暗闇の中で決まった結果は、やがて目に見える結果となって現れる。
ふらふらと、ジグザクに。ゆっくりと降下してくる足。それは紛れもなく、妹様のものだった。
大方、先ほどの弾幕による自爆といったところだろう。小悪魔が妹様はよく、暗闇の中で自分も身動きできないような弾幕を張ると言っていたし。
「さて、と。咲夜。今日の分の書類はまだ残ってたかしら?」
「今日の分と言わず、ここ一週間分ほど溜まっておりますよ、お嬢様。あとは判子を捺すだけのものがほとんどなのですから、今日中に処理をお願いしますね」
「まったく。肩が凝るったらしょうがな「レミィ?」ひっ…」
早足でここから去ろうとするレミィを呼び止める。ふふ、悲鳴なんて上げちゃって…可愛いわね。
「やりましたっ、一位ですっ!」
ぶいっとピースを掲げた小悪魔が――心底嬉しそうに、暗闇の中から飛び出してくる。
そしてこちらの姿を確認して、手をぶんぶんと振り回しながら報告してくる。
「パチェ様、やりましたよ~!勝ちました~っ!」
声を張り上げたせいか、また噛んでるし。
でも、まぁ…いいか。
「図書館では静かにしなさいと、いつも言ってるでしょう?小悪魔」
「あっ…えへへ、は~い」
小悪魔のあまり反省していない声に、本当に形だけの注意だな、と苦笑してしまう。
しかし教育はスパルタだけが全てじゃないし、それはつまりスパルタにする必要はないってことで、結論としてスパルタにはしない。
うん、完璧。
「完璧ついでにレミィ?約束を破って逃げようだなんて、いい度胸してるじゃない?」
咲夜の後ろの隠れつつこちらを伺っているレミィに思わず吹き出しそうになりながら咲夜の方を見ると、こちらの顔にも苦笑が浮かんでいる。
「ほら、お嬢様?パチュリー様が困ってますわよ」
「うっ…だってほら、咲夜?咲夜はあんな条件でパチェに私を差し出してもいいっていうの?」
「お嬢様なら大丈夫だって、信じてますわ」
「なんだか嫌な信頼のされ方だけどその笑顔を見ていると受けなきゃいけないような強迫観念が…しゅ、主人を脅すメイドなんてメイド失格よっ!?」
「お嬢様、がんばれっ♪」
「メイドの期待に応えてこそ主人よねっ!」
咲夜の後ろからいそいそと出てきてよし、と胸の前で拳を握るレミィ。
「…うん。なんというか…」
ふと上を見上げれば、妹様とルーミアにリベンジを挑まれて泣きそうな顔でこちらに助けを求めている小悪魔。視線を前へと戻してみれば、私の友人が微笑ましい主従漫才を繰り広げている。
――今の図書館には静寂だけではなく、ほんのわずかな喧騒が存在している。
それは決して不快ではなくて、むしろとても心地良い。
私の周りの、とてもとても素敵な人たち。
そんな人たちに包まれた、とても素敵なヴワル図書館。
やっぱり、私は――
「ここが、大好きなのね」
私にも、静寂以外に愛するものがあるのだという、確かな証拠。
「あ」
「――あ」
私の方を見て、一瞬呆けるレミィと咲夜。
「レミィ、咲夜。どうしたの?」
「いや、なんというか…ねぇ?」
レミィが咲夜と顔を見合わせ、同意を求める。
その意味を量りかねて首を傾げていると、紅魔の主従は互いに頷きあいながら、こう言った。
「パチェがあんな風に笑うなんて、初めて見たもの」
「ふふ…とっても可愛らしかったものですから、ちょっとだけ驚いてしまいました」
「……あ、あなたたちには敵わないわよ」
その二人の表情がなんだか照れくさくて、誤魔化すように上を見上げる。
「ほ、ほら。第二回戦が始まるわよ。さっきの負けを取り返したいのなら、早く始めなさい」
「なら私はフランに」
「では、私はダークホースなルーミアに」
「…あら、咲夜。あなたも参加するの?」
「もちろんですわ。お嬢様の危機を救うのがメイドの本分ですもの。…それに、誰も賭けてくれないとなると、あの子が可哀想ですからね」
そんなメイドの本分は初めて聞いたけれど、まぁいいか。咲夜だし。
「それにしてもルーミアとは、随分思い切った手を打ってきたわね」
「ふふ…実は先ほど、時を止めてあるものを渡してまいりましたので…もしかしたら、ですわよ?」
種と仕掛け…奇術師としての本分を以って自らの要素を戦いの中に取り入れた、か。流石は咲夜ね。
ふむ…一回戦を早期退場していたルーミアと、ちょっと疲れている小悪魔。これはちょっとレートを下げるか…いや。
「面白いじゃない。覚悟なさいよ、咲夜?」
ここはやはり、全力で行くべきだろう。
「ふふ…望むところです」
「というか二人とも、フランがいること…むしろ私がいることを忘れてない?」
「あらレミィ。いたの?」
「ご安心くださいませ、お嬢様。この咲夜、必ず勝ってみせますわ」
「うわぁぁんっ!?フラン、死ぬ気で勝ちにいきなさいっ!」
自棄になったレミィが叫び、
「ルーミア。それをうまく使いなさい」
咲夜が良く通る声でアドバイスを送り、
そして私も――
「小悪魔。図書館は私たちの領域よ。頑張りなさい」
――最近の、ちょっとだけ騒がしい図書館。
そんな図書館が好きな私が、大好きな私。
それが今の『パチュリー・ノーレッジ』という名前の、魔法使い。
だから、文句なんて言わせないわよ?
今日一日のノルマにしていた読破数をようやくクリアして私室に戻ってきた私は、目の前に広がった光景についつい苦笑してしまう。
「まったく…今日はもう私の世話はしないんじゃなかったのかしら」
そこには、椅子に座ったまま眠ってしまったらしい『彼女』の姿があったから。
テーブルの上には二人分のワイングラスが置いてあり、どうやら私を待っている最中に寝入ってしまったらしい。
「まぁ、体力無尽蔵のルーミアと、破壊欲無尽蔵の妹様を相手にしたのだから無理もない…か」
むしろその中で着ている服を死守できたことをこそ、誉めるべきか。
「さて、と…どうしようかしらね」
鼻の先をつんと突付いてやると、むず痒そうに顔を歪める『彼女』。
そんな『彼女』を眺めながら、ゆっくりと思考する。
「結局、咲夜にはレミィとの時間を一日分奪われちゃったわけだし…」
しかも大事な中間地点、二日目を取られてしまったのは手痛いミスだ。
「やっぱり十六夜とはいえ瀟洒よね、咲夜は」
結局最後まで勝者でい続けるなんて、ね。
まぁ、でもレミィが負け越したという結果に変わりはないし、これはこれで有りよね。
というわけで、もうちょっとだけ顔を弄らせてもらうだけで良しとしよう。
それで起きちゃったら、一緒にワインを飲んでもいいわけだし。
そんなことを考えながら、『彼女』の可愛らしい頬を摘んでやる。
「…ん?あら、もしかしてこの子…」
片方のワイングラスの底に、ほんの少しだけ残る紅い雫を見て、苦笑する。
「我慢できなくなって、飲んじゃったのね?」
たいして強くもないくせに、本当に馬鹿よね。
「それで先に酔いつぶれるなんて…まったく、らしいというか」
まだ使われていないワイングラスにワインを注ぎ、一気に呷る。
若いワインの香りが鼻腔を擽り、紅い液体が喉を潤す。
その味は、まるで今の私たちの関係のよう。
まだまだ始まったばかりで、これからも穏やかに熟成していく未来の暗示。
「浮きなさい」
どうせ今日はもう起きないだろう『彼女』を私のベッドの上まで運んでやる。
「ゆっくりと、沈みなさい」
彼女の隣に横たわり、私と『彼女』の上に毛布を乗せる。
ぎゅっと抱きしめてやると、『彼女』の鼓動が私の胸に返ってくる。
「おやすみなさい――小悪魔」
私は『小悪魔』に向かってそう呟き、静かに明かりを消す。
真っ暗な闇の中。私が感じ続けるのはただ、『小悪魔』のぬくもりだった。
――私にとって、彼女という存在はどんなものなのだろう。
幻想郷における日常の日々の中。
ふとそんなことを考えることがある。
それはほんの少し考えれば導き出せるような簡単さでもって私を惑わし、解答をあやふやにさせてしまう。
泡のように浮かんでは消えていく言葉。思いついた次の瞬間にはもう忘れてしまっている曖昧さ。
眠りに落ちるその瞬間。
私はその瞬間に、再び思い出す。
私にとって、彼女の存在とは――
『妹的存在』
なの…だろう――。
さてスカートの中について詳しk(ry