「それじゃ今朝も美鈴のところへ?」
「そのようですわね。朝食をとる美鈴にちょっかいを出しているところをメイド達が目撃していますわ」
冬の朝。稜線から太陽が完全に姿を見せた頃。モーニングコールにやってきた咲夜と二人で食堂へ向かい廊下を歩く。寝起きの気だるい時間帯、ゆらゆらと移ろう会話のネタは、ちらと窓から見えた紅髪を機にフランについてとなっていた。
「とても楽しげだったとのことですわ」
「そう……」
最近、美鈴のところにフランがちょこちょこ通っているらしい。特に早朝、美鈴の朝食の時間に合わせて出没するフランは、銀シャリをかきこむ美鈴に可愛らしく右フックを入れたり、朝稽古のシメにと瞑想している美鈴にあどけなく右フックを叩き込んだり、渋る美鈴を相手にした弾幕ごっこで無為無策の右フックを炸裂させたりと、中々有意義な時間を過ごしているようだ。
尤もそれはフランが美鈴を気に入ったというよりも寧ろ、目下のところ単独での外出禁止であるフランの行動範囲の最果てにいるのが門番たる美鈴である、ということであり、美鈴はフランにとって精一杯のお出かけの終点にいる頑丈な玩具の位置づけなのだろう。
「やっぱり正門がギリギリよね」
お外は危険が一杯だ。喧嘩上等の腋の下や、聖母の笑顔で体温計を鼻にねじ込む藪医者が闊歩する魔境に、可愛い妹を放り出すわけにはいかないのだ。
「本当は地下の御自室が一番なんですけどね」
深度300メートルの薄暗い地下室は、その実パチェと私で作り上げた揺籃だ。あそこならば不安定なフランの魔力がその身を食い破ることはない。
「そうね……。けれども一度地上の眩しさを知ってしまったフランに、地下の窮屈な安寧は耐えられないでしょうね」
知らなければそれで良かった。毎夜訪れる姉とその従者による小さな夜会が世界の全てならば、彼女は自らの幸せを疑わなかった。
「仕方ありませんわね。けど悪いことではありません。確かに危険もありますが、月明かりの下で見るフランドール様の笑顔は地下でのそれよりも弾んでおられますわ」
そう。地下室を出てからのフランは見違えた。危険を冒してでもその爛漫を見続けたいと思わせるほどに。
「とりあえず言いつけどおり無闇に外に出ようとはしないし、昔に比べて情緒も魔力も安定しているから暫くはこの状態を続けられそうね」
館の外へのお出かけはお姉さまとの相合傘でと決まっている。咲夜の差す日傘の下、もう一回り小さな相合傘を差した吸血姉妹のお散歩は、ご近所でも評判の仲睦まじさである。
「ええ。箱庭とはいえ館にはバラエティ豊かな変態が揃っています。フランドール様がお一人で外に出た時、きっとこの時期の経験が役立ちますわ」
「……ソウネ」
当主として同意してよいものか逡巡する単語も飛び出したが、咲夜の言は間違っていない。私と二人でお出かけしたり、咲夜とケーキを焼いてみたり、パチェと淫靡なイタズラを考案したりする今の生活は、フランにとってかけがえのない財産となるだろう。
「ま、いいわ。暫くは……そうね、八十年くらいは様子を見ましょう」
それくらいは甘えさせてもいいだろう。
「過保護ですわ」
「過保護は咲夜よ。昨日もフランにせがまれるままに新しいウキワを買い与えて。どうするのよアレ、今は冬じゃないの」
昨晩はフランが抱き枕にしていたが。
「お嬢様の分も買ったじゃないですか。お風呂に浮かべて楽しんでらしたでしょう」
「あ、あれは流水を嫌う吸血鬼の性よ」
ペンギンのプリントがキュートなフランとおそろいのウキワである。昨日は二人で湯船に浮かべたウキワに乗って、咲夜に押してもらって楽しんだ。お尻だけ湯に浸かった状態だと長時間遊んでも逆上せないのが良い。機を見てまたやろう。
「ウキワといえば、今日は仏滅だったかしら?」
とはいえあまりメイド達に聞かれたい話題でもないので強引に話を逸らしにかかる。まあそんな可能性のある場所で咲夜が口を滑らせる筈もないのだが。
「大安です」
「そう……」
深い考えもなく聞いただけなので、続けるネタも特にはない。咲夜も良く分かっているので別段空気が凍る事もなく、二人でぽてぽてと食堂へと向かう。
窓から見える景色はすっかり色づき、雲ひとつない空とさざなみに揺れる湖に挟まれた紅は、一層その美しさを際立たせていた。
「今朝は少し冷えるわね。咲夜、何か……早いわね」
「それはもう」
いつの間にか羽織っていた紅いガウンに首を埋めて廊下を曲がる。
「今何時かしら」
「八時四十八分ですわ」
ぴったりと斜め後ろをキープしていた咲夜が一歩前に出、楚々と食堂のドアを開けた。途端広がる朝食の彩り。香辛料と薄い血の香りが胸を満たす。流石は咲夜。今朝も完璧な朝食が愉しめそうだ。暖炉にも火が入っているし、言う事なしだ。
「それじゃガウンを……もう、本当に早いわね。それじゃ……あら?」
またも気付けばガウンは咲夜の腕の中。それも次の瞬間には消えているのだから大したものである。
タネの無い奇術に苦笑してふと料理を眺めると、カップに乗ったボイルドエッグの頭がちょん、と欠けていた。小さな歯型で窪んだ頂点。とろりと丸みを伝う半熟の黄色がどこか可愛らしいつまみ食いだった。
「これは……咲夜?」
「ふふ。まさか」
「ええ、でもこれくらいの茶目も、咲夜なら許してあげるわよ?」
ちょっと誘ってみるも咲夜は涼しげな笑みを崩さない。館に来た頃の彼女ならば、顔を真っ赤にしてオロオロしていたというのに。
ま、いい。綺麗なお姉さんが時折スッ転ぶからカワイイのだ。
「それは光栄です」
愉しげに咲夜は指を鳴らす。視線を戻すと卵は完全な楕円を保っていた。
「別に変えなくてもいいのに」
「そう思いましたので、ここに」
咲夜の手には小さなクワガタムシの顎の様に天辺の欠けたエッグがあった。
「綺麗なギザギザ。小さな口ね」
「砂糖菓子みたいですね」
あーん、と卵を食べさせてくれる。薄い塩味が舌で躍る。隠し味のヘモグロビンが心憎い。
「……ぁむ、ん……む、で、何処にいるの、フラン?」
直射しない程度に朝日を取り込んだ食堂に目を細めて辺りを見回す。こちらの食堂は私の専用だ。さほど広くは無いが、暖炉にテーブルと死角は多い。
「フラン?」
「お嬢様、あちらを」
差し出された手の平の延長線を見る。そこには嵌め込み式の液晶を食い入る様に見つめる、つまみ食いの主がいた。
「フラン、何をしているの? テレビ?」
「……」
「フラン?」
反応無し。姉の声など聞こえていないのか、フランは憑かれた様にテレビに齧り付いている。
「――はっ!? まさか荼吉尼天に憑依されて!?」
大人しく紫んちの化け狐に憑りついていればいいものを、人様の妹に手を出すとは良い度胸だ。
「それとも藍の差し金かしら? 舐めてくれるわね。今すぐ小町の泥舟に乗せてやるわ」
広げた翼が空気を裂く。が、
「お待ち下さいお嬢様。憑依されている訳ではありません。そもそも藍は子猫にご執心です」
「そ、そうだったわね。それじゃ……?」
「フランドール様はプログラムに夢中になっているだけかと」
「……ああ、テレビに釘付けなのね。けれど『曙VS胡錦濤』は年末に延期ではなかったかしら」
「お嬢様。フランドール様の成長は日進月歩。異種格闘技戦ばかりが興味の対象ではありません。この時間、よく子供向け番組をご覧になっておりますよ」
言われてみれば確かに液晶を見つめるフランは真剣かつ満足げであり、刺激的なテンコーに憑りつかれているというよりも、目の前の映像に集中、没頭しているように見える。
そして咲夜の言うようにプログラムは子供向け番組だ。いい年こいたオッサン達が全身タイツに身を包み、トんだりハねたり大はしゃぎしている。何だっけコレ。戦隊モノ?
「お姉さま……」
此方に気付いたのか、フランが私のドレスの裾をぎゅっと握っていた。だがその目はテレビに縫い付けられたまま。よっぽど好きなのだろう。まあフランの興味が多方向に向けられるのは願ってもない事。邪魔する理由はない。存分に堪能して貰おう。
「お姉さま……これ、やりたい……」
「ん?」
だがフランは呟きを続ける。ドレスの裾を握り締めテレビを見つめたままではあるが。
「タイツを着たいの?」
あまり着せたい衣装ではないのだが。
「んーん……これ……やりたいの」
熱に浮かされた様に恍惚と液晶を指差すフラン。
「お嬢様。フランドール様は番組の内容を模した遊戯をしたいのでは?」
「ああ……ごっこ遊びね」
指し示されたテレビでは、五人のヒーロー達が科学の粋を集めた近代兵器で顔色の悪い悪役を膾斬りにしていた。
悪党の戯言など聞く耳持たぬと、縋りついて赦しを請う悪者のコメカミで煙草の火を揉み消す正義の味方達。鉄火一閃。一仕事終えた勇者達が会心の笑みで返り血を拭う。この世の無慈悲を見せ付けたヒーロー達のもとに、どうやら悪役に捕まっていたらしい血色の良い女子高生が走り寄っていった。リーダー格の赤いタイツが少女の肩を抱き、口当たりの良い悪即斬を謳い上げると画面は暗転。囚われていた少女とタイツの中身らしき青年が、悩みなど無いと言わんばかりの勢いでピザを頬張りエンディングテーマが流れ出した。
「……」
コンセプトの理解に苦しむがこれはあくまで子供向け番組。冒頭から見れば、おそらくは絵に書いたような勧善懲悪なのだろう。囚われのお姫様を救う為、力を合わせ巨悪に立ち向かう由緒正しき英雄譚。誰もが一度は憧れるストーリーだ。子供の為の早朝文学として相応しい事この上ない。
「昨日の敵は今日の友、友愛戦隊ミンチメイカー、ね……」
昨日→今日の過程で挽肉にしておいて友愛を謳うところが潔い。もしかしたら食肉に友情を問う哲学的な物語なのかもしれない。
「成る程、深いのね。子供向け、なんておいそれと侮れないわ」
「でしょ? ね、お姉さま。これやりたいの」
作詞家の幼年期が心配になるような荒んだエンディングテーマが終わり、集中の切れたフランは大きく息をついてこちらに向き直った。
「ヒーローごっこがしたいの、フラン?」
「うん……だ、だめ?」
きらきらと輝く瞳が一瞬翳る。上目遣いに胸が軋んだ。
「――っ、駄目なものですか。いいわフラン。存分にやりなさい」
五世紀もかけて漸く地上に出られるようになったのだ。どんな小さな喜びだって我慢する事は無い。
「わーい! ね、お姉さまもやろっ。咲夜も!」
ぴょこぴょこと跳ねるフラン。その度に揺れる虹色の羽がフランの気持ちを象徴しているようで、見ている此方まで嬉しくなる。
「ええ、構わないわ。けれどタイツは却下よ」
「ご一緒しますわ。面子が足りなければ館中から徴集致しましょう」
「うんっ」
待ちきれない、とばかりフランは食堂を飛び出していく。
「あらあら」
「それじゃ咲夜、行きましょう」
「朝食は宜しいのですか?」
「一食くらい構わないわ。エッグで十分。……後で咲夜に直接貰うから」
ちら、と咲夜の瞳を覗き込む。
「――ええ、そうして下さいね」
「ふふ」
後ろ手に組んで歩き出す。
それでは、と指を鳴らしてテーブルの上を片付けた、嬉しげな咲夜を連れてフランを追った。
◇
咲夜謹製のプレイルーム。時計台の一室に在る、フランの破壊が飛び火しないよう誂えた内向きの空間である。そこに集められた私、咲夜、パチェ、美鈴、小悪魔の五人。
「咲夜、妹様にごっこ遊びに付き合えと連れてこられたのだけど、ごっこ遊びって妹様の大好きなアレのことかしら?」
「ええ、パチュリー様。お察しの通り、日曜朝のアレですわ」
「えっ? 私はカレーをご馳走していただけると聞いて来たんですけども」
「美鈴はイエローなのね……」
五人はフランの準備を待つ。
フランは此方にお尻を向けて、ゴソゴソと玩具箱を漁っている。四つん這いになって玩具箱に顔を突っ込むフランは、アレでもないコレでもないとポイポイ玩具を投げ散らかす。紅魔を背負う、未来の淑女に有るまじきはしたなさではあるが、見えそうで見えない膝上20センチが気になって嗜めるどころではなかった。
「あ、これこれ。これで全部ー」
ばくん、とフランが古めかしい玩具箱の蓋を閉める。途端ふわりと舞い上がるイェリコの壁。
「妹よ――」
「その穢れなき――」
「縞々の――」
「ロマネス……ヒニャァ!」
四コマ目の外人達の如く喝采する私、咲夜、美鈴と、満を持して勝ち鬨を上げたところを小悪魔に頬をつねられるパチェ。
「あったよお姉さまっ……て、パチェと小悪魔、どうしたの?」
「気にしないでいいわフラン。それで準備は良いのかしら」
「うんっ」
小首を傾げるも素直に頷くフラン。ああ、なんて無垢な子なのかしら。
「それじゃまずはー……はい、咲夜はこれね?」
黒い薄型トランクを差し出すフラン。
「これは……メスですか」
「うん。咲夜はブルーなの。ブルーはメスでワルモノを解体するのよ」
「なるほど。理に適った得物です。ブルーは賢いのですね」
「そうなの。ブルーは密室トリックで悪党どもをハメ殺すのが得意なの。真相は闇の中なのよ」
「気が合いそうです」
何故ヒーローがそんな後ろ暗い真似を。いや、正義とは人々の幸福をひっそりと見守るものだ。これ見よがしに善行をアピールするようでは、子供達の英雄として一流とは言えまい。
「天晴れな正義ね」
鳩時計に毒針を仕込んでほくそ笑む、ブルーの確かなジャスティスに目頭が熱くなる。
「えっと、全部で六ダースね」
はい、と咲夜に大量のメスを手渡すフラン。
「はい、確かに。タネの無いトリックをお見せしますわ」
にっこり微笑む咲夜。彼女もブルーの正義に気付いたようだ。十年来の愛器の如くメスを扱う様が頼もしい。この分ならば咲夜のプレイはフランを満足させてくれるだろう。
「んー、ブラックは誰がいいかな……あ、小悪魔やって?」
「どうしてそういうことをなさるのですパチュリー様。あれほど……え? あ、ああ、畏まりました。ブラックですね妹様」
正座させられたパチェを前に、本格的なお説教に入ろうとしていた小悪魔が我に返る。
「酷い目にあったわ」
「お疲れ様ね、パチェ」
足の痺れから解放され、やれやれと頬を擦るパチェに反省の色は見られないが、止むを得まい。三つ子の魂百までである。
ん、そろそろ百超えてなかったか、パチェ?
「ブラックの武器はブラックジャック。はい、小悪魔」
「は、はい。ありがとうございます……」
ズッシリと重量のある皮袋を、恐る恐る受け取る小悪魔。凹凸から察するに中身は大型のコインだろうか。
「躊躇わずに振り抜いてね、小悪魔。皮袋が破れちゃったらストッキングにでも詰め直して」
「わ、分かりました」
皮袋は職人の鞣しが入った本格派だ。あんなものが破れるほどの勢いで叩きつけられたら、骨どころか穏やかな老後まで粉々になってしまうだろう。
まあ仕方あるまい。悪に奔る者達は、己が人生を捨てる覚悟で他者の人生を踏み躙る。消し飛ぶ老後も相応の因果というものだ。
正義とは断罪である。ブラックの鞣革はそれを正確に体現しているのだろう。
「ブラックは自らの手を汚す事も躊躇わない執行者なのね。小悪魔、その大役しっかりと果たしなさい。袋の中身はコインではなく、苦渋の果てに切り捨てられた未来の残滓と知りなさい」
「は、はあ……」
突然の重責に小悪魔は困惑を隠せない。
「全うなさい。……大丈夫。貴方も紅魔なのだから」
だが無様は許されない。フランが楽しみにしているのだ。
聞けば聞くほど物騒なヒーロー達だが、三度の食事より曙のKOシーンを好むフランが、それ以上の情熱を持って食い入るように見つめていた番組である。間違っても三文芝居でフランの幻想を砕いてしまう、などという事があってはならない。
「は、はい。頑張りますっ」
こちらの意図が伝わったのか、小悪魔の目つきが変わる。フォンフォンと風を切る黒い皮袋が彼女の決意を空気に乗せる。
「その意気よ。手首の返しを極めなさい」
「はいっ」
これで小悪魔の演技も大丈夫だろう。また一歩近付いたフランの笑顔に胸を撫で下ろす。
「わあ、小悪魔上手」
フランは満足げに顔をほころばせると、次のキャストの選別にかかる。
「それじゃ、んー……パチェはムラサキかな」
僅かに頬に赤みが残るパチェに渡されたのは、ラベルの無い小瓶と掃除機のようなホースの付いた箱だった。
「これは?」
「催涙ガス」
「えええ!?」
ずさーっと距離をとる美鈴。が、当のパチェは泰然としたまま。流石である。
「こっちの噴射機にセットしてね、ここのボタンを押すの」
「そう」
「ち、ちょっと妹様、ガスはマズいんじゃないですか?」
美鈴が煩い。が、その言は間違っていない。
「フラン。パープル……じゃなくてムラサキ? ムラサキは催涙ガスを噴霧するの?」
「うん。こう、しゅわーって」
フランは両手を広げて解説してくれる。
「そう……けれどそれは危険なのではなくて?」
「危なくなんてないわ。ムラサキのガスは目が痛くなるだけなの。これで怯んだ敵を皆で囲むのが必勝パターンなんだから」
「……クロロアセトフェノンね。確かに毒性は低いわ」
ガラス越しに一瞥しただけで見抜くパチェ。大したものである。
「でしょ。はいパチェ。後はフラッシュグレネードとスタンガンね」
「容赦無いのね」
「正義はいつだって問答無用なのよ」
一理ある。外法に立ち向かう者達に躊躇いなど邪魔なだけである。仁義無き力と同様に、力無き仁義もまた無価値。圧倒的な火力で、有無を言わさず悪を駆逐する事が最善であるのは間違いない。
「けどフラン。催涙ガスは駄目ね」
「えー」
だが外法に外法をもって立ち向かうようでは器が知れる。
太平の為手段を選ばない事が悪いとは言わない。寧ろ形振り構わぬ正義に喝采も送ろう。しかしそれは正義の味方がやれば良い。誇り高き紅魔の一族がとる手段ではないのだ。相対した者が罠や小細工を弄するならば、罠ごと消し飛ばすが紅魔の覇道。胸の悪くなる下衆であろうと、正面からエレガントにブン殴れば良いのである。
「万全を期するムラサキには頭が下がるけれど、もう少しスマートにいきましょう」
「……これはダメなの?」
「いつか貴方も分かるわ、フラン。……パチェ、適当な薬に変えておいて頂戴」
「分かったわ。こんなこともあろうかと、良いものがあるのよ」
パチェはいそいそとヤバげな汁を箱に装填する。
「ほらフラン。パチェが用意してくれたこっちなら良いわ」
「ん、うん……」
十割の確率で媚薬であろうが、催涙ガスよりは健全である。……そのはずである。
「元気を出してフラン。ムラサキがダメな訳じゃないわ。その美的センスが私の肌に合わなかっただけ。私の顔を立てて頂戴?」
ごっこ遊びといえど紅魔の誇りは忘れて欲しくない。フランにも分かる日がきっと来る筈。なんとなくしょんぼりしてしまった彼女の手を取った。
「うん……。お姉さま、ムラサキは嫌いじゃない?」
「ええ。嫌いじゃないわ。貫くものが誇りではなく正義であるのならば、あらゆる手段をとるべきよ。彼はヒーローの鑑と言えるわね」
「あ……うん! そうなの。ムラサキは無差別テロはしないって、唯一神に誓いを立てているの」
「そう。偉いのね」
そんな誓いが必要な時点でどうかしているが口には出さない。今は紅魔の在り方から外れなければそれで良いのだ。フランの顔が曇る事は此方の本意ではない。
「さあフラン、続けて頂戴。そうね、私は何色かしら?」
「お姉さまは決まってるわ。レッドなの」
フランの顔に笑顔が戻る。良かった。そうでなくては皆で集まった意味が無い。
「あらレッドはリーダーじゃないの? フランがやらなくて良いのかしら?」
「紅色はお姉さまにこそ相応しいわ。私は司令官を」
「そう……けれど司令官では退屈ではなくて? フランがやりたいものをやって良いのよ?」
「退屈なんて事ないわ。レッド達が五人がかりでワルモノ一人をフクロにしている時、司令官はたった一人で百人の敵を撲殺しているの」
大将自ら打って出るとは見上げた心意気である。上に立つものはそうでなくてはならない。惜しむらくは、それでは部下達のチンピラっぷりが際立ってしまうのだが、そこは仕方があるまい。この世は百の凡夫と一の傑物で構成されているのだ。凡人にも活躍の場は与えられて然るべきである。
「凄いのね。それじゃレッドの武器を貸して頂戴。刃物かしら? それともバールのようなもの?」
「ううん。レッドと司令官に武器は無いの。二人は素手で悪党どもを挽肉にするのよ」
成る程。ステゴロとは潔い。さっきからガスだのスタンガンだの小道具に頼る印象のヒーロー達だったが、流石にシメるところはシメてくる。唸るコブシは万人共通のエスペラントだ。モニター越しのクレイズの共有には欠かせない要素である。
「見直したわ。それでこそリーダーよ」
「でしょ? けど人が見てないところではカラシニコフを使うの」
「そ、そう……」
……まあ美学は人それぞれだ。効率の良い殲滅を求めるも良かろう。
「ごめんねお姉さま。欲しかったんだけど、鉄砲は売ってないって香霖堂のメガネが言うの」
「構わないわ。拳一つで十分よ。飛び道具ならスペルがあるし」
「うん。そうよね」
フランはちょん、と可愛らしく腰を落としてこちらに笑いかけ、最後に残った美鈴のところに駆けて行く。
「どうぞ、お嬢様」
「ありがとう、咲夜」
差し出されたハンカチで鼻血を拭き取った。気の利く子だ。
「お待たせ美鈴」
「もー、待ちくたびれましたよ妹様」
そうは言うが美鈴は笑みを崩さない。カレーが待ち遠しかったのだろう。
「ふふー。はい、どうぞ」
にっこり笑い、ぱちん、とフランは手を叩く。瞬間、鼻を突くインド臭。堆く聳え立つカレーの山が、美鈴の周囲360度を埋め尽くしていた。
「厨房一同の自信作ですわ」
そう言って無い胸を反らす咲夜の額にはうっすらと汗が滲んでいた。
「まったく……咲夜はフランに甘いのだから」
ちろりと咲夜のうなじを舐める。まだ青い桃の味がした。
見上げるほどのカレーの塔だ。百や二百ではきかないだろう。これだけの量を一人で時計塔に運び込むとは。
演出に凝らなければメイド達に運ばせる事も可能だった筈だ。
「お嬢様程ではありませんよ」
カレーに歓声を上げる美鈴を満足げに見つめ、咲夜はゆっくり目を閉じた。すると今度はライスの山が美鈴を囲む。
「ナンが正道かとも考えましたが……イエローと言えばカレーライスですものね」
同時に汗も引いていた。
「ちっ……」
うなじから立つミントの香りが腹立たしいが、まあ良い。汗など所詮はアペリティフ。後でじっくりメインディッシュを頂くとしよう。
「ダメよ美鈴。まだ食べちゃ」
スプーンを握り締める美鈴をフランはぺちんと嗜めた。
「えー……冷めちゃいますよぅ」
「咲夜が時間を調節してくれるわよ。……でも準備は出来たし、もうすぐよ」
「あら、イエローはカレーだけ? 武器は無いの?」
「うん、お姉さま。イエローの武器はデッカイ首狩りスプーンだったんだけど、第六話でブディストダイヤモンドを叩いたら折れちゃったの」
ブディストダイヤモンドって輝夜のアレだろうか。
「それは災難だったわね。……敵は仏教徒なの?」
「そうよ。アルティメットブディストを頂点とした読経と解脱のプロフェッショナル達が、禅寺に棲む妖蝶を従えて浜松町から京浜東北線に乗ってやってくるの」
「そ、そう……」
もう何がなんだか分からないが、とりあえず頭の中で藍、紫、輝夜が仮想敵国として設定された。
「そういえば敵役はどうするの、フラン? 集めた五人を揃って味方にしてしまっては、話が進まないのではなくて?」
「あ、うー……」
どうやら忘れていたらしい。フランは困った顔で固まってしまった。
「配置換えが必要かしらね。美鈴に敵役をやって貰う?」
「えっ!? そ、そんなっ」
カレーを前に、今か今かとスプーンを構えていた美鈴が悲痛な声を上げる。
「うーん……そうしようかな……」
「い、妹様ァ!」
美鈴がフランに縋りつく。が、
「その必要は無いわ」
「パチェ?」
窓際でぼんやりしていたパチェがそれを遮った。
「御覧なさい」
くいくいと外を指すパチェ。
「あら素敵」
何が素敵って都合の良さが堪らなく素敵。促され大窓を見ると、大粒の涙を湛えてかりかりと窓を引掻く鈴仙の姿が。哀愁に萎びたヨレヨレのウサ耳がゆらりゆらりと揺れていた。
「……」
前言撤回。あんまり素敵じゃねえ。
「……何がしたいのかしらこのウサギは」
「中に入れて欲しいんでしょう。この咲夜の空間は音も通さない。おそらく大分前からそこで自己主張していたんじゃないかしら」
そうかもしれない。ぱくぱくと必至に動く鈴仙の口元が耐え忍んだ哀切を訴えかけてくる。
「……入れておあげなさい、咲夜」
「それでは」
「うぅっ……ど、どうして無視するんですかぁ……ぐすっ……開けてくださいよぅ……ぅ? あ、あれ?」
その瞬間鈴仙は室内に移動していた。咲夜は泣きじゃくる鈴仙に声をかけ招き入れる手間よりも、時間を止めてぞんざいに引っ張り込む手軽を選んだらしい。そしてそれは正解だったと言えるだろう。環境が変われば涙は止まる。勝手に落ち着いた鈴仙が相手ならば無駄に疲れることもない。
「わ、私どうしてここに……?」
「こちらが聞きたいわ。〝竹林の座薬王〟がどうして湖の此方側でメソメソしているのかしら」
ちなみにパチェは〝湖畔の媚薬王〟である。
コロンビアの麻薬王のような二つ名に気を良くした二人は、『〝究極の媚薬〟対〝至高の座薬〟』と、かつては薬学の頂点を競い合ったこともあるとかないとか。だがパチェのクスリは用途が、鈴仙のクスリは用法が致命的に偏っている事は誤魔化しようのない事実であり、汎用性の点において遅れをとった二人が薬学の象徴を永琳に譲った苦渋も致し方ない事と言えよう。
とはいえパチェも鈴仙も、各々の限定分野においてはキングを名乗る第一人者だ。常人には想像すら許さぬ、媚薬と座薬の極限世界に踏み込んだ勇敢なパイオニアに表する敬意を、我々は決して忘れてはならないのである。そしてこのアタマの悪い企画を掲載した文々。新聞の発行部数が急落下した当然も、自業自得の戒めとして記憶に留めておくべきであろう。
「め、メソメソなんてしてませんよっ」
脳裏で展開される物騒な回想を察する事もなく、ごしごしと目の端を拭う鈴仙。いつもより赤い目が落ち着きを取り戻していく。
「まあいいけど。で、ホントに何の用?」
「はい。実は私、薬草の訪問販売に参ったのです。見てくださいこのアロエの色とツヤ。これは師匠が自信を持ってオススメする極上の一品です」
おいしいですよ、とアロエの生葉を差し出してくる鈴仙。へにょりと垂れ下がるアロエと耳が、鈴仙の一礼に追従した。
「……アロエね。欲しい、咲夜?」
「余り購買意欲を掻き立てる一品ではありませんね」
そらそうだ。薬屋の仕事は薬の調合だ。それを放棄して剥き出しのアロエを売り歩いていたのでは最早薬屋とは呼べないだろう。ただのアロエの訪問販売員だ。仕事しろ永琳。
「いらないわ」
言い捨てる。
「えっ!? そ、そんな……『紅魔館の羽付き娘は無意味な物ほど衝動買いするからアロエで十分だ』って師匠は言っていたのに……。じ、じゃあ長ネギは如何ですか?」
「いるもんですか」
大変に失礼な発言である。あながち間違ってもいないところが恐ろしい。
「そんなあ……」
アロエを捌けなければ想像を絶するお仕置きが待っているのだろう。元々萎びていた鈴仙の耳が目に見えて生気を失っていく。
「けど、そうね……」
聖母のようにニヤリと笑う。意図は瞬く間に伝播し、清らかなスマイルが紅魔館の面々に広がっていく。
「事と次第によっては全て買い取ってあげてもいいわ」
「えっ? ほ、ほんとですか?」
「嘘などつかないわ。アルフォンソマンゴーとナタデココだっけ?」
「アロエと長ネギです。あ、あと吸血ホウレン草もあります」
「それはいらないわ」
「キュウ……」
嘗てフランが十年かけてユンケルだけでじっくり育てたヒヤシンスが、遂に人を襲うに至った二十年前の夏の午後を思い出す。食物連鎖における下克上など紅魔館ではさして珍しいものではない。一介のホウレン草が血を吸う程度で特別扱いしてもらおうなど、烏滸がましいにも程がある。
「血くらい私だって吸えるわよ」
「お嬢様、なにもホウレン草と張り合わなくとも」
それもそうだ。
「まあ貴方の働き次第ではホウレン草も考えてもいいわ」
「わ、ありがとうございます。……その、働きとは?」
「今まさに妹の遊び相手を探しているのよ」
「なるほど。では、私が鬼ごっこの相手でも勤めればいいのですか?」
「……それが勤まれば大したものだわ」
フランの鬼ごっこはクラシカルな本格派だ。捕まったが最後、深度300メートルの籠目の檻が生涯最後の閨となる。それが嫌なら涅槃が見えるまで走るしかない。過去を刻みながら追いかけてくる馬鹿でかい四枚刃の戦慄は、四重の嗤笑となって追われる者の心を削ぎ落とす。逃げる者に許された術は、フランがおやつを食べに咲夜の元へ去る奇跡を祈る事と、フランに偏った遊び方を吹き込んだパチェの老後を呪う事のみである。このウサギのヨレヨレのハートは、果たしてその理不尽に耐えられるであろうか。
「……ま、そもそも貴方じゃダメなのよ。貴方には妹の遊び相手を呼んできて欲しいの。紫に藍、輝夜と……そうね、後は仏教徒っぽいのを何人か連れてきて頂戴」
「ぶ、仏教徒ですか……んー……妖夢とか仏教系ですかね?」
「妖夢といえば……餓鬼十王か。フラン、番組に二重の苦輪や十王の誰かは出てこないの?」
「出てくるわ、お姉さま。『第十三話 二重の乳輪』で、武器を失って引篭りがちだったイエローと、そんなイエローに社会参加の素晴らしさを伝えようと浜松町からやって来た五道転輪王(阿弥陀如来)が、互いのプライドを懸けて万世橋の上で激突したの」
よりにもよってそんな橋の上で激突しなくても。というか激突する必要があるのかそれは。いい人じゃないか、五道転輪王。
「そ、そう。それじゃ妖夢にも来てもらう?」
「うんっ! あのねお姉さま、イエローと五道転輪王の戦いは全編を通して屈指の名勝負なの。二人の意地のぶつかり合いは、かのビッグブリッヂの死闘に肖って万世橋の死闘と呼ばれているのよ。二人は友情が芽生えるまで殴り合って、物語のラストは感動のネチョシーンで視聴率49%だったの」
「そ、それで二重の乳輪なの……」
軽い眩暈に襲われる。最悪のネーミングセンスだった。
が、内容はともあれフランは嬉しそうだ。初めて体験する、自分の興味を共有できる喜びに打ち震えているのだろう。姉としてはもう少し健全な話題で震えて欲しいのだが贅沢は言えまい。地上(ここ)でフランが笑っている。ただそれだけの凡庸が、500年願った奇跡の実現なのだから。
「ま、まあいいわ。聞いていたわね鈴仙。あのハラキリザムライも連れてきて頂戴。ゴネるようならハラペコバタフライも一緒で構わないわ」
「は、はあ……。あんまり大人しく言う事聞いてくれそうな人達じゃなさそうだけど……。ちなみに連れてこられなかった場合は……」
「アロエの山を抱えて師の元へお帰りなさい」
「うぅぅ……」
尻を押さえて震えだす鈴仙。どんな仕置きが待っているのか。ガタガタ震えるくせにほんのり上気した肌が、調教の二文字を容易く想起させる。
「後は……映姫あたりでしょうか」
形の良い顎に手を当て咲夜が言う。
「そうねえ……阿弥陀如来がいるのだし、地蔵菩薩くらい出てきそうだけど、どうなの、フラン?」
「閻魔様? うーん……。最初のうちは色々とちっちゃい閻魔様と、あちこちがでっかい死神のコンビがいたんだけど、だんだん死神がズル休みをするようになって、『第⑨話 涙味のプリン』で閻魔様は遂に泣き出しちゃったの。それ以来二人は出てこなくなっちゃったわ」
何処かで見たような切ない話だ。
管理職には管理職の苦悩がある。そんなエッセンスを子供番組に盛り込んだ脚本家の鬱屈に喝采を。大体ズル休みする悪役ってのはどうなんだろう。平和でいいような気もするのだが。
「微妙なところね。ま、連れてこられたら、で構わない程度かしら」
「でも折角だし、閻魔様にも来てもらって幸せになって欲しいわ、お姉さま」
「そう。優しいのねフラン」
執務中引っ張り出された挙句、メスだのブラックジャックだので追い回される役回りが、果たして幸せの第一歩だろうかという疑問も浮かぶが二秒で沈める。今日はフランと遊んでやると決めたのだ。フランが幸せを願うのならば、例え結末が涙味であろうと、叶えてやるのが姉の務めだろう。
「じゃ、そういうことで。映姫と小町もお願いするわ」
「うぅ……また呼び辛そうな面子を……」
確かに勤務中の裁判官をヒーローごっこに連れ出す苦労は相当なものだろう。しかも下手に根に持たれると死後の悲惨が約束される。ただでさえ目をつけられているフシのある鈴仙だ。慎重なネゴが必要とされるであろう。手動式タイタニックの上で、熱心に日光浴に取り組んでいる小町を先に手中に収める事が、勝利への近道となるだ
ろう。
「とりあえずそのくらいかしらね。紫に藍、輝夜、妖夢、映姫と小町。輝夜には永琳が付いてくるでしょうし、妖夢には幽々子が随伴してくる可能性が高い。藍の腰には橙が引っ付いているかもしれないし、これだけいれば敵方にも不足しないかしら」
「うん、十分だわ。お姉さま」
「そう。それじゃ鈴仙、早速悪党どもを呼んできて頂戴」
「あ、悪党ですか……。まあ悪役の似合う人ばかりですけども……」
ぽろりと本音がまろび出た。
「咲夜、録音したわね」
「勿論です」
隠密用小型ボイスレコーダーがキラリと光る。香霖堂はこの手の後ろ暗いアイテムの品揃えだけはピカイチである。
「さ、鈴仙。今の発言を師に暴露されたくなければ死ぬ気で集めてきなさい」
「ひぅ……」
永琳の仕置きに怯える鈴仙は力なくドアに向かう。
「分かってないわね。可及的速やかな行動だけが、貴方の尻の平穏を約束してくれる事を理解しなさい」
「は、はいぃ……!」
弾かれたようにUターンし、時計台の大窓から飛び出していく鈴仙。
あれだけ怯えていながらも、彼女は師匠、師匠と永琳を慕う。師弟愛でも同性愛でも何でもいいが、鈴仙にとって、尻を差し出すだけの魅力が永琳にはあるのだろう。他所様の事情など知りたくもないが、永遠亭の家庭力学は複雑そうで、見ていて飽きないものがあった。
「さて、それじゃ面子が揃うまでに基礎を固めておくとしましょう」
刃物や鈍器で武装し、噴霧器とカレーに囲まれた館の面々に向き直る。
「まずは咲夜、台本の入手を。第何話の物が良いかはフランと相談なさい。それが済み次第、パチェは小道具の調達を、美鈴は大道具の作成に入りなさい。小悪魔は悪党どもを適当にもてなす為に軽食のセッティングをして頂戴」
「かしこまりました」
言うが早いか姿を消す咲夜。あれでフランとの打ち合わせも済んでいるのだろうか。済んでいるのだろう。フランの笑顔が何よりの証拠だ。
「咲夜が戻る前に、とりあえず登場人物の名前だけ教えて頂戴。レッドだのブルーだのは本名ではないのでしょう?」
「うんとね、皆毎回違う偽名を使うの。一話目のレッドは『リンガリング一郎』だったけど、二話目では『サテライト花子』を名乗っていたのよ」
何故ヒーロー達が偽名を。心と行いにやましい所でもあるのだろうか。しかもエライ適当な偽名だ。性別まで変わってるじゃないか。そんなんで欺かれる奴がいるのか。
「……フラン、名前は私たちのままでいきましょうか」
「うん、いいわよお姉さま。『大切なのは名前や肩書きじゃない』って、レッドはいつも口から泡を飛ばして熱弁を振るっているもの」
大変に良い言葉である。リンガリング一郎の口から飛び出せば含蓄も一入だろう。
「そう……。それじゃいつもどおりフランや咲夜と呼ぶわ……」
いくらフランの為のごっこ遊びとはいえ、けったいな名で呼び合うひと時は心にかなりの傷を負わせる事だろう。これまでの話を聞く限り、この番組の脚本家のネーミングセンスは絶望的だ。雅趣薫る紅魔の館にサテライト花子はお呼びでない。その場のノリで『セラギネラ美鈴』などと命名されても困るし、ここは予防線を張っておくべきだろう。
「……お待たせしました」
「早いわね咲夜」
「それはもう」
入手した台本を手に、音もなく侍る咲夜。流石は我がメイド、ヴァンピリッシュナイトワイフ(東の国の眠らない妻)である。
「それでお嬢様、大変申し上げ辛いのですが……」
「分かってるわ。名前はいつもどおりということになったから、咲夜は何も心配しなくていいの」
「そうでしたか……。問題はそればかりではないのですが、とりあえず目下の悪夢は回避されたということですね」
まだあるのか、悪夢。
「……ちなみにその台本、レッドの名前は何だったの?」
「……知らない方がよろしいかと」
「そう……」
まじかる咲夜ちゃんスターにそう言わせるとは、やはり相当にアレなのだろう。ならば無理に聞くことはない。今日はフランと遊んでやるのだ。可能な限り健やかな気持ちで望みたいではないか。
「ま、いいわ。それじゃ咲夜、台本を皆に配って頂戴」
「かしこまりました」
「さあ皆、台本を頭に叩き込みなさい。フランには必要ないのでしょうけど、完璧なプレイに完璧な予習が要求されるのは世の常よ。まして今日の私達は常世を守る挽肉屋。友愛を掲げたバランスの良い屠殺を学びなさい」
「そんなに長くないから、皆ちゃんと覚えてね」
マーダーライセンスの参考書のような扱いにもフランは笑顔を崩さない。オーディナリーバイオレンスな内容が予想された。
「パチェと美鈴は併せて小道具大道具の支度に入って頂戴」
「分かりました」
「待ちなさい美鈴。カレーは置いていきなさい」
「にゅう……」
「大丈夫、冷めないから」
「全く、花より団子ね」
しょんぼりカレーを返却する美鈴を尻目にドアを開けるパチェ。
「パチェも待ちなさい。搾乳器は要らないでしょ」
「ニュウン……」
団子優先でなくとも良いが、ギラギラに花満開でも困る。
「今日は厳しいわね、レミィ」
「当然よ。これはフランの為なのよ。中途半端な搾乳プレイでフランをがっかりさせる訳にはいかないわ」
フランと遊ぶ。それがどんなに他愛のないことであっても、495年の悲願だ。フランの顔を曇らせることだけはしたくなかった。
「パチェと美鈴の準備が済む頃には悪党どももやって来るでしょう。小悪魔、紅茶と……そうね、コーヒーも用意しておいて頂戴。豆の選別と挽き方に注意するのよ。見飽きた顔とはいえ、相手は態々悪役を演じる為に遠路遥々来てくれたお客様。7番ミルで丁寧に挽いた極上のモカに一滴だけブランデーを垂らすの。水にも気を使いなさい。モップの絞り汁なんてどうかしら」
「分かりました。ブランデーだけよこせとゴネる方もいそうですけども」
「ニコラシカでも作っておあげなさい。レモンの代わりにアロエを置いてね」
茎ごと胃にブチ込んでも全く問題ない輩もいるが。
「各自いいわね? それじゃフラン、ブディスト達が来るまでお茶にしましょう」
「わーい」
「咲夜、四階テラスにニルギリで。台本も一緒にね。フランと読むわ」
「かしこまりました」
冬の胡乱な太陽は中天に差し掛かったところ。もう小一時間もすれば面子は揃うだろう。それまでには準備もシナリオインプットも完了している筈。彼女らの到着後すぐにでもプレイは始められるであろう。
なに、輝夜や紫たちに台本読みの時間はさして要るまい。奴らはシナリオのネジが緩めば緩むほど滑らかに廻るクエン酸回路で生きている。豊かに吐き出されたATPは、自堕落で鈍(なま)った四肢に心地よい活を入れ、また余計な事ばかり献策する桃色の右脳と相まって、奴らは八面六臂のプレイを見せ付けてくれる筈だ。
「さ、フラン、行きましょう。どんな話か聞かせて頂戴」
「うんっ」
フランの笑顔を守る。半壊したシナリオも受け止める。両方やらなくてはならないのが姉の辛いところであり、喜びでもあった。
◇
「こんな遠くまで呼び出して、ごっこ遊びに付き合えとは貴方も相当強引な幼女ね」
ナイトキャップを被ったまま、睡眠用のスキマから引き摺り出されてきた紫が呆れ声を出した。
「全くね。紅い有閑貴族と違って私たちは忙しい日々を過ごしているのよ。今日も朝から食事もとらずに冥界の管理業務に忙殺されていたのだから」
「幽々子様、ほっぺにクリームがついたままですよ」
「えっ!? チョコ!? カスタード!?」
どっちもです、と言い放つ妖夢に慌てて頬を擦る幽々子。
全く、勢いで適当な事を言うからこうなるのだ。
「お、おやつは食事に入らないのよ?」
「はいはい、そうね。小悪魔にスイーツを用意させたから、後でたっぷりお食べなさい」
「わ、私、お菓子に釣られる女じゃないわよ……?」
言いながら既に目が泳ぎだす幽々子。こんな管理人で冥界は大丈夫なのか。
「まあ良いではないですか。長くとも数時間のままごと遊びです。不平を洩らす程の事ではないでしょう」
そう場を宥めたのはこの場で最も多忙な筈の映姫であった。
「あら、思ったより話が分かるじゃない。貴方が一番時間に煩いかと思っていたわ」
一分一秒を無駄にしない映姫の仕事振りは最早幻想郷の常識である。
「時の浪費を嫌うのは限りある生命の正しき機能です。そこが欠落した歪な生き方を認める裁判官はあの世に一人もおりません。私とてこの誘いが単なる暇潰しであるのならば、執務を放り出してやって来たりはしません。私は運命の壊れた姉妹が数百年の時を経、手を取り合って正義を貫くと聞いたが故に午後は休廷としたのです。……長い時に錆付いた運命程厄介なものはありません。永久氷壁の如きその桎梏を見事破壊してみせると言うのならば、幻想郷の死後を預かるこのヤマザナドゥが無下に出来る筈がない。勿論手を貸して欲しいとの申し出を受ける事も吝かではありません」
熱く握られた右手が、輪をかけて熱い映姫の心臓に押し当てられた。
「あー……そう。助かるわ」
鈴仙の奴、一体どんな感動巨編で引っ張り出してきたのか。見ろこの映姫の目。これから焼き付けられる筈のネオロマンスを腹から言祝ぐ気で満々じゃないか。
フランの為である事は相違ないが、そこまでの期待を抱かれても困る。これより演じるは凶器使用自由の小児用ファイトクラブである。過大な期待は精神衛生に余りよろしくないと思われるがどうか。
まあ健康管理も仕事のうちだ。最高裁判長ともなると、そのあたりも並じゃないということなのだろう。ならば遠慮は無用。存分にフランを喜ばせて貰おうではないか。
「それで一体どんなドラマを演じればいいのかしら。イナバの話によれば、善悪二軸をダイヤモンドで彩った宗教性の高いトラジックストーリーらしいじゃない」
物は言いようである。あんまり言い繕えていない気もするが、輝夜の上機嫌を見る限り、鈴仙の口八丁も捨てたものではないようだ。
「そうなんですか、姫? 私は異国の貴族に細長い植物を買い取らせて豊かな生活を手に入れる、ドラッグ売りの少女の下克上(サクセスストーリー)だと聞いていましたが」
それは鈴仙の個人的な願望である。
「し、師匠どうしてそれを……!」
「ふふ、今夜が楽しみねウドンゲ」
「ひぅ……」
見事面子を集めてきたにもかかわらず平穏の遠のく鈴仙。まあ約束どおりアロエと長ネギは買い取ってやったし、後は師弟で好きにやるといいだろう。如何に有閑貴族といえど、余所のウサギの尻の世話まで出来るほど暇でも酔狂でもないのである。
「台本は用意してあるわ。貴方達には……そうね、三十分で頭に叩き込んでもらおうかしら」
「おいおい……現世にまで呼び出しておいて過酷な頭脳労働かい? わたしゃ旨い紅茶で寛げると聞いて来たんだがね」
鈴仙の耳みたいな大鎌をやれやれと弄び小町がぼやく。
「無駄な時間を嫌うのは生命の基底機能だ、とは貴方の上司の言よ」
「わたしゃ死神さ。ノーライフワタシモリ」
「あら奇遇ね。私もよ。ノーライフキング」
小町と二人、対照的な胸を張る。
「私たちもよね。ノーライフ求婚バスターズだもの」
「ブライダルクラッシャーは姫だけですよ。私は真っ当な蓬莱人です」
「それなら私だってノーライフよ。ね、妖夢」
「誰よりも旺盛にカロリー摂取に奔りますけどね」
命知らずの割合の高い面子である。純粋な人間でありながら時間を創出する咲夜も含めて、これほど常識を説き辛い集団も珍しいだろう。
「まあいいわ。なんだか良く分からないけれども、これはあそこで咲夜のスカートを掴んでいる貴方の妹君のご希望なのでしょう。こんな姉の割りに裏のなさそうな娘だし、偶の気紛れと付き合ってあげるわ。藍もいいでしょ?」
「……まあごっこ遊びなら橙も参加できそうですし、いいんじゃないですか」
「そういえばその橙は何処に行ったのかしら」
「あっちで小悪魔と遊んでますよ。……全く、橙はマタタビに弱くていけない」
見れば小悪魔の放ったマタタビを空中キャッチする橙がテラスの端でくるくると回っていた。
「ふむ……そうね。いたいけな先天性ロリータの願いを叶えることも、先達の役目かもしれないわね」
長い黒髪を人差し指で弄びながら輝夜が言った。
「悪いわね。後天性アンデッドのなけなしの博愛を振るわせて」
「……こっちの幼女は態度が大きいわね。妹の方が大人なんじゃない?」
「なんですって?」
態度とは身分と実力に比例するものだ。最高消費者たる夜の王が尊大で何が悪い。月の姫だか球根バスターだか知らないが、王の振る舞いに口を出せるのは、ただその身を案じる忠臣のみである。
「いいじゃないですか姫。どんな態度でも幼女は幼女。その仕草の全てを愛でるが風流人の心意気ですよ」
柔らかく輝夜の手を包む永琳。その斜め向こうの風雅は新月時の咲夜に通じるものがあった。
「……そう言われるとそうね。角度を変えれば趣き深いかもしれないわ」
流石は千年単位の暇人である。ワケの分からん誘導に嬉々として乗ってくる。
王を愛でようなど不遜もいいところではあるが、フランの為に踊るのならば今日のところはよしとしよう。
「それじゃ早速台本の読み込みに入ってもらおうかしら。小町も問題ないわね?」
「ティータイムは労働の後か……やれやれ、仕方ない。子供の頼みじゃ断れないか」
「紅茶の味は保障するわ。さあ、幽々子……は聞くまでもなかったわね」
味は保障する、との言葉が出た瞬間、幽々子は食い入るように台本に目を走らせていた。こちらとしては都合がいいのだが、二十四時間コレの世話をする妖夢の苦労は如何程か。まあ所詮人事、好きに生きろとしか言えないが。
「その台本の全てはフランの為。貴方達も役割と重責を噛み締めたら咲夜に声をかけて頂戴。ウチの連中の準備は出来ているわ。すぐに始めるわよ」
咲夜から皆に台本が配られる。それを尻目に、初めて経験する大人数に戸惑うフランに声をかけた。
「さ、フラン。揃ったわよ。存分に楽しみなさい」
「う、うん……。ねえお姉さま……あの人たちみんな遊んでくれるの?」
「ええそうよ。皆貴方の為に集まったのよ」
紅茶やロマンスに惹かれて来た女もいるが、まあ問題ないだろう。大は小を兼ねる。フラン>紅茶=ロマンスが確たるものである以上、誤差の範疇である。
「わあ……。悪役ばっかりなのに来てくれたんだ……」
「そうよ。大丈夫、彼女らは演じるまでもない生粋のヒールよ。貴方は好きなだけ正義を貫いていいの」
加えて殺しても死なない面子が揃っている。エキサイトしたフランが魔杖に着火しても死者は出ないはずである。ネコとかウサギとか危ないところもあるが、それぞれ保護者もいるし大事には至らないだろう。何よりこの場には薬学の三巨頭が揃っている。たとえ間違いがあったとしても、彼女らがいれば恐れる事は何もない。腕が捥げようと肺腑を失おうと、その道を極めた変態どもが腕によりをかけた致命的なドラッグで、必ずや死地より救い出してくれるであろう。誰のクスリを服用したかによって、尻やら貞操やら人生やらを代償に差し出す事にはなるが、ワケの分からんシナリオによって命を失うよりは余程マシな展開だろう。
「……みんなお姉さまが集めてくれたのよね?」
「気にする事はないわ。毎日が日曜日な奴らばかりだもの。その無為な人生の一欠片がフランの役に立つなんて、彼女らには身に余る光栄よ」
考えてみればここには閻魔も死神も冥府の桜守もいる。万々一のアフターケアも万全という事だ。ハラキリの介錯には妖夢がいるし、オシャレな棺桶ならば地下に唸るほど転がっている。どれほど物騒な結末になっても事後の処理は完璧である。
「ちょっと、聞こえてるわよレミリア」
ジト目が背中に刺さるが気にしない。奴らは全力で無駄な事ばかりする益体なしだが、炸裂する姉妹愛に水を差すほど無粋ではない。なんだかんだとブツブツ言いながらもきちんと台本の暗記に励む彼女達は、その腹黒さに反してそう悪い人間ではないのである。
「それじゃフラン、咲夜は忙しいからちょっと美鈴と遊んで待っていて頂戴。皆の準備が整ったら誰かを呼びに遣るわ」
「うんっ!」
虹色に弾ける星の欠片を雁行形にブッ放し、それを追い抜くように美鈴の元へ飛んでいくフラン。
何らの確認もなく『美鈴と遊ぶ=コイン一個の弾幕ごっこ』が成立する、フランの無垢なニューロンはどこまでも愛らしい。
「さてと、時間はいくらもないし、パチェの部屋に急ぎましょうか」
面子が揃うと同時に自室に引篭った彼女だが、いくつか確認しておきたい事があった。
「益体なしどもの世話は咲夜と小悪魔に任せておけば大丈夫でしょう」
「だから聞こえてるわよ」
突っ込みは愛である。してみると存外こいつらは愛に溢れた生き物らしい。
「歪な愛もあったものね」
「あのね」
思いがけぬ愛情を一身に受けて、試験前夜の受験生のように台本を頭に叩き込む客人たちを後に、誰よりも機敏に自室のベッドにダイブしたパチェを目指して廊下に通じるドアを抜けた。
◇
結論から言えば大成功であった。
このプレイの目的はフランが楽しむことであり、その意味において今回のイベントは申し分のない効果を発揮した。加えてその歪んだシナリオは客人どもの真っ当とは言い難い心の琴線に触れまくり、奴らはその後のティーブレイクと合わせて至福を堪能し帰っていった。
当初、鈴仙の過剰なメルヘンによって駆り出されてきた映姫の落胆も懸念されたが、彼女は『たいへん良い姉妹愛でした』と目の端を擦りつつ、ぼそりと余計な突っ込みを入れた小町をきゃんきゃん言わせながら帰庁した。シナリオを見る目がないのか、シナリオなどに誤魔化されぬ良い目をしているのか。ともあれそのマイペースな慧眼は確かに的を違える事はなく、流石に幻想郷担当に配属されるだけの資質を持っていた。
「けれどもやるわねパチェ。まさか録画していたなんて」
「当然でしょう。喜びは分かち合い、その記憶は後に残すものよ」
きらきらと光る賢者の石を抱いて胸を張るパチェ。パチェによれば、あの石一つで撮影から編集、再生までこなせるらしい。しかも石は視覚映像を取り込んでいる訳ではなく、瞬間ごとの空間を構成する魔力情報を解析、保存している為、通常ではあり得ない編集も可能だとか。例を挙げると衣服の分解、再構成やアングルの設定等等。後ほど菓子折りを持ってパチェの部屋を訪れる必要があった。
「ねー咲夜。はやくー」
「はいはいフランドール様。もうちょっと待ってくださいね」
現在フランは椅子にかけた私の膝にちょこんと座り、先のプレイの再生を今か今かと待ちわびている。なんでも再生には密閉された中規模の空間が最適だとかで、さっきまでパチェの指示の下、館の地下劇場の舞台空間を調整している咲夜の尻を早く早くとぺしぺし叩いていたフランは、パーティー前夜の子供そのものであった。
「ほら美鈴、こっちはもうすぐ終わるからアリーナの掃除をしてきて頂戴」
咲夜の声に、モップ片手に赤絨毯の階段を上がっていく美鈴。
「分かりました。けど先週パチュリー様が映画鑑賞をしていたじゃないですか。あんまり汚れてないですよ」
魔術のみならず芸術にも深い造詣を持っているパチェは、魔導書を紐解く傍ら、その人生を通して蓄えてきた智を映した脚本を書くこともあるという。おそらく魔術や錬金術、精霊学など多彩な神秘が盛り込まれたアカデミックな映像なのだろうと、ちらりと一度パチェの下書きを覗き見たことがある。
――桃源郷だった。
――咲夜が下着をつけずに接客させられていた。風が吹くたびスカートを抑える咲夜の薄紅色に染まった頬と潤んだ瞳の克明な描写が、精緻且つ大胆に記述されていた。
私は原稿を破り下着を換え、パチェと小一時間ほど取っ組み合いをした後ガッチリ手と手を握り合った。セロハンテープで補修されたサーモンピンクの原稿用紙は、二人の友情の証となった。
ちなみに私とパチェが手を取り合って鬼のように長い呪文を唱えなければ解呪出来ない、十八層式の封印結界に大切に安置されたその原稿は、なぜか三日で咲夜に見つかり、二人は冷たい床の上に正座で二時間叱られた。しかしながらその時没収とはならなかった彼の原稿は未だ結界内部に健在であり、その存在の滅却を選ばなかった咲夜の隠れた被虐性を看破した私とパチェは、そう遠くない未来においてこのシナリオが現実のものとなることを確信し、完全映像化を目指して美鈴に三日で作らせた裏庭の桃園で誓いを立てた――のだが、翌日原稿は焼き捨てられ、桃園は果樹園になっていた。咲夜は一週間口をきいてくれず、その間おやつは抜きだった。
胸に飛び込み泣きじゃくる最終手段をアッサリ用いた私は八日目にして咲夜の愛を取り戻す事が出来たが、会心のシナリオを灰にされ心ささくれ立ったパチェの口から謝罪が飛び出したのは、それから一月も経ったある冷え込みのきつい冬の朝のことであり、その奇跡は暖かな紅茶を夢見てベッドで丸くなってメソメソしていたパチェを見かねた咲夜からの歩み寄りのお陰であった。ヘソを曲げたパチェは大変に扱いづらい。が、その染みるほど澄んだ空気の中での和解劇は見る者の胸を打つほどの暖かさを備え、事実、その場に居合わせた小悪魔は押し寄せる感情の波を抑えきれず、瞳から熱い雫をはたはたと流し続けたという。美談、ここに爆誕である。
死ぬほど話が逸れたが、何が言いたいかというとパチェの脚本はたいそう心に響くものであり、そんなパチェは月に一度は感性を研磨する為、ここ地下劇場で映画を鑑賞しているのだ。
「あれから一週間も経っているじゃない。埃はパチュリー様の天敵だし、僅かにでも埃のあるところにお嬢様とフランドール様を座らせる訳にはいかないわ」
咲夜の完璧な気配りに従う美鈴によって劇場のアリーナは塵一つないクリーンな空間となっていく。この清潔感、吸血鬼のねぐらとしてはどうかと思うがキレイにこした事はない。常時ボディシャンプーの匂いのするフランを埃まみれにしたくないという思いは、私と咲夜の共通するところである。
「準備はいい、咲夜? そろそろ始めるわよ」
「大丈夫ですパチュリー様。最終工程も今終わります」
咲夜は、彼女にだけ見える空間の歪に突き入れたナイフを半回転させる。空間の調整とやらはそれで完成らしい。それを確認し、見た目は普段と何も変わらない舞台に無造作に賢者の石を投げ込むパチェ。一瞬の紫電にびくりと震えた膝の上のフランを優しく抱きかかえ、美鈴がピカピカに磨き上げたアリーナのソファに移動する。
「結構手荒に扱うのね、その石」
「物質界の石じゃないわ。自分の魔力で編んだ石だもの。傷付いたところでいつでも修復可能よ」
ぱきん、と氷の割れるような音を立て舞台に実像が立ち現れる。なるほど、確かに視覚情報の再現とは違うようだ。完全な立体の周りには当時の空気すら蘇り、一分のズレもなく我らを模す虚像たちは、血肉どころかおそらく自我すら備えているのだろう。
「物騒な石ね」
これはきっと呪詛の類だ。石により再現された人物はこの瞬間において世界に二重に存在している。根源を共有すれば片方の消滅が即ち他方の破滅となる。抵抗するどころか危機に気付きもしない、過去をなぞるだけの生き人形は、そのまま当人の人形(ヒトガタ)に等しいのだ。
「レミィの想像ほどのものじゃないわ。万能の石は所詮それを指向した魔力の塊だし、あれだけ綺麗に再現できているのは咲夜のおかげよ。物騒な域までもっていくにはさらに貴方の能力の助けが要るでしょうね。今可能な過去の改変は、現在に何らの影響を与えない上っ面の書き換えだけよ」
ふむ。つまりあそこで楚々と微笑んでいる咲夜のメイド服をシースルーに出来るわけだ。貞女の盾たるスカートの裾を膝上三十センチまで切り上げて、ガーターベルトのカラーセレクトを楽しめるわけだ。
「それ以上何を望む事があって?」
真顔で聞く。
「あろう筈がないわね」
真摯な頷きが返ってくる。パチェとの友情は日々深まっていくばかりだ。
……あの石コピーとか出来ないのかなあ。
パチェと一緒の桃色峠もいいがやはり一人で満たしたい煩悩もある。舞台に転がる悩ましい石は、デーモンキングの幼い夢をガッチリ鷲掴みだった。
「ねーぇーぱーちぇーまーぁーだー?」
「はいはい。今始まるわ」
パチェの言葉と共にぐりぐり早回しされる舞台の虚像たち。不自然な速度で動く自分の姿は見ていて気持ちのいいものではなかったが、フランはその光景が楽しいようだ。無邪気に笑い手を叩いている。
「この辺ですわね」
咲夜が言うと舞台はぱたりと通常速度に戻った。早送りや巻き戻し、一時停止などの権限は咲夜にもあるのだろうか。
「ジャストね。始まるわよ妹様」
「わーい」
昼の感動の再来を待ちわびたフランが諸手をあげる。ぶんぶん振られる彼女の手と羽。膝に乗せているこちらとしては視界が制限され舞台が見づらくなるのだが、無垢な妹の仕草とシルク越しにふとももに擦れる小さな尻の感触の二つが母性を刺激するので気にならない。
「良かったわねフラン」
「うんっ」
ああ、なんたるピュアっぷり。姉の醍醐味を両脚で実感する私はそれでもなんとか気を遣らず、ふとももの上の春を噛み締めながら舞台の奇行の鑑賞に入った。
咲夜の調達してきた台本はファンの間では珠玉と名高いグランドフィナーレらしい。『友愛戦隊ミンチメイカー最終話、〝甦る絆、死す魂(シスコン)の宴〟』。比較的私好みのタイトルだった。
物語は空中分解したヒーロー達がそれぞれ仲間の大切さに気付き、再び手を取り合うところから始まる。
ダウトに負けた罰ゲームでブラジルのコーヒー園に就職手続きを済ませていたイエロー(紅美鈴)、ロデオボーイの連続使用により股関節脱臼の憂き目にあい自宅療養を強いられていたムラサキ(パチュリー・ノーレッジ)など、正義ゆえの重責や苦悩とは一切関係のない極めて個人的な理由で解散寸前だった正義の味方たちは、視聴率如何によっては続編もあり得るという司令官(フランドール・スカーレット)の力強い台詞に目を覚まし、悪の組織殲滅をお題目に再び心を一つにした。ムラサキの股関節脱臼が仮病であった事も発覚したが、ムラサキの仮病はいつもの事だったので特にお咎めはなかった。
萃まる夢、心、そして再雇用。競輪場で保護されたレッド(レミリア・スカーレット)を核に、平和を夢見る五人のヒーロー達が司令官の下に帰ってきた。揃い踏みの役者に大気すら震える。しかし立ちふさがる大きな問題。気力と殺傷能力だけは過剰にある挽肉屋どもだが、残念な事に時間が足りない。時既に最終話。今まで徹マンしたりカーリングの大会に出たりと遠回りばかりしてきたヒーロー達は、敵の主要メンバーを一人たりとも倒していなかったのだ。
首領アルティメットブディストたる藍をはじめ、膝の上の黒猫橙、医療監察局長永琳、広報担当主管輝夜、人事局長紫、企画室長幽々子、監査事務局長映姫、死神小町に五道転輪王妖夢と、延々半年にわたり存在し続けてきた強敵を残り十五分弱で全て片付けなくてはならなかった。しかもそういう時に限って相手は冬季休業中で悪さをしない。説得力のある言いがかりと短期殲滅を可能とする策が求められていた。
妙案を出したのはブルー(十六夜咲夜)だった。
『暗殺しましょう』
ガラスのように繊細な心を自称する割に大雑把なブルーはかったるそうにそういった。本気だったかどうか、それは誰にも分からない。『暗殺しましょう』はブルーの口癖だからだ。
他に案もなく、とりあえず五人で決を取った。満場一致で採択された。派手を好む司令官が不満げに口を尖らせたが時間がないこともあり黙殺された。
策は暗殺。本部潜入の後首領の藍を見つけ出しこれを撃破する。言いがかりの方は後で皆で考える事にして準備に取り掛かった。繰り返すが、時間がないのだ。
ブラック(小悪魔)のネット検索により敵の本部は分かっていた。そこへの最短ルートもである。奴らの侵攻経路を逆に利用してやろう――。ヒーロー達は各自支度を済ませ赤羽駅に集合し、京浜東北線に乗って悪の本拠地へ向かった。無論潜入の為の偽装も忘れない。
久々のお出かけにはしゃぐ司令官を優しく窘めるレッド。広がるアットホームな空気は、袈裟と木魚で武装したエセ和尚達を遠巻きにチラ見していた乗客の警戒心を、柔らかく解きほぐしたに違いなかった。
旅路は順調だった。金髪どころか銀髪や紅髪混じりのときめき大僧正達は、途中、車掌に東十条駅での下車を命じられたり、席を譲ってやった老婆がくれたマシュマロを誰が食べるかで流血沙汰になったり、プリンタのトナーを補充する為秋葉原駅で降りたイエローが合流にモタついたりと、小さなハプニングに見舞われたが大事の前の小事である。全ては些事に過ぎなかった。
そして辿り着くファイナルステージ。親切なおまわりさん(鈴仙・優曇華院・イナバ)に案内されてやってきた悪の本拠地を前に、六人は互いの正義を再確認し、各人首領を目指して六手に分かれ走りだした。少年漫画をなぞるように、六人の行く手に一人ずつ現れる敵幹部達。デスクワークの残務整理の為に、奴らは休日出勤してきていたのだ(作品内で語られる事はないが、奴らの残務がなければヒーロー達は全くの無駄足である。これはアポなしで行動する事の危険性を暗に示しているのだろうか)。対峙するレッドと映姫+小町、ブルーの前に立ち塞がる永琳、ブラックに襲い掛かる紫、ラウンジで一息ついていたところを幽々子と妖夢に見つかるムラサキ、因縁のイエローVS輝夜、そして最上階にてぶつかり合う我らが司令官と橙のブラッシングをしていたアルティメットブディスト藍。
吐露される感情、弾ける木魚、激突する意地と意地。それら全てを時間の都合で省略し、ついに明かされる衝撃の真実。
なんと、司令官とレッドは姉妹だったのだ。
外見的特長から一話目で看破される伏線だった。この作品が人を選ぶと言われる所以はこの辺にあるのかもしれない。
しかしそんな冷めた視聴者置いてけぼりで衝撃は続く。なんと藍と橙と紫も姉妹だったのだ。そして輝夜と永琳も。更に映姫と小町も、幽々子と妖夢も。あまつさえブラックとムラサキとブルーとイエローも。その上唐突に出てきたDNA鑑定で全員の血縁関係が証明されたのだ。
――中根千枝やルース・ベネディクトを始めとし、日本人の身内に対する親密さは多くの社会学者の指摘するところである。ウチは仲間。ソトは敵。外部への優しさは親切程度にとどめられ、内部への好意、親和性は極めて高い。そんな日本人の特質を、あるいはそう得々と語る社会学者達を、この脚本家は風刺したのだろうか――
『お姉さま』
その一言で全ての争いは収まり、皆で鍋をつついて大団円となった。破壊された建物や過去に犠牲となった無辜の人々について語られる事は一切なく、予想通り鍋奉行であった映姫の采配により美味しい夕餉にありついた面々は、明日の幸福を確信しホワイトアウトしていった。
イエローは中国人、司令官とレッドはルーマニア人だった。
BGMなど若干の編集を加えられた舞台は幕を下ろし、昼の頭痛が再来した。スポンサーの苦悩が手に取るように理解できる最終話だった。
「相変わらず身も蓋もないストーリーですね」
疲労を残した声で美鈴が言った。そのとおりである。
「ええ。姉妹愛は乱造すればいいというものではないわ。荒涼たる世界にたった一つ残された青く小さな水蜜桃。それが姉妹の絆であり魂なのよ。……けれどもまあ、思ったほどバイオレンスな中身でなくて安心したわ。フランには落ち着いた趣味も持って欲しいもの」
フランによるキャラクター紹介の時点では六人でアフガニスタン侵攻でも始めそうな勢いであったが、無意味な遠回りと輪をかけて意味のない奇行の果てに収まったのは、敵味方なく鍋をつつくという都合のいい小世界だった。
「それより驚いたのは敵の名前よ。何アレ、全員あいつらの名前じゃないの」
ブディストダイヤモンドだの禅寺に棲む妖蝶だのと、妙に聞き覚えのある悪役だとは思っていたが、まさかフルネームまで一致するとは思わなかった。まあ、名は体を表すと言うし、捩れた根性は悪と融和しやすいのだろう。
「悪役らしい名前ということなのでしょう」
「そうね。草臥れた肩書きに良くマッチしていたわ」
そんなのと身内という設定も非常に遺憾ではあるが。というかあからさまにコーカソイドが混入しているにもかかわらず、DNA鑑定の一言で唐突に大家族を形成するあたりは流石に子供の知性を過小評価しているだろう。時間がないのは正義の味方ではなく製作者側であるという裏事情が明らかで、いっそ清清しくはあるのだが。
「製作者側にも苦労はあるのよ、レミィ」
「それはそうでしょうけどね。あと心は読まないように」
大体電車内での奇行を克明に追った挙句に、クライマックスの戦闘シーンを省略するというのはどうなのか。子供向け特撮番組の最終決戦がトナーの補充以下の扱いでいいのだろうか。
尤もそんなデカダンぶりがフランを喜ばせているのだろう。姉のコメカミが痛むたびに、膝の上のフランは楽しげに喝采を上げていたのだ。
「製作者もアレですが、編集サイドも何とかならないんですか、パチュリー様?」
「何よ小悪魔。私のベストエディットに不満があるのかしら」
ちょこんと椅子にかけ舞台を鑑賞していた小悪魔が、パチェに静かに物申す。
「ないとは言い切れません。どうして事あるごとに下からのアングルに切り替わるんですか。スカートの方もたくさんいらっしゃるんですから、もう少し健全な角度からお願いしたいところです」
目の保養でストーリーをカバーしようという安易な気遣いは、小悪魔の胸には届かない。
「あと美鈴さんがカレーを食べるシーンに限って〝ヴォヤージュ1970〟が鳴り響くのはワザとですか?」
「もちろんよ」
パチェの自信たっぷりの頷きにより、落ち着きのない食事風景が肯定される。あんな生き急ぐようなカレーの摂取は、PTAやインド共和国からの苦情が殺到すると思われるのだがパチェの瞳に迷いはない。それはそうだろう。保護者や他国に遠慮するようなヤワな神経で、魔女などやっていられる筈がない。特にパチェは己が社会的信用と引き換えに如何わしい魔法の習熟に励んできた生え抜きだ。パチェの唯我独尊を止められるのは桃色の夢と、小悪魔がツっ込みに用いる六法全書のみである。
「いいじゃないの小悪魔。パチェにも時間はなかったのだし、フランも喜んでいたのだし」
何より言っても聞かないのだし。
「まあお嬢様がいいと仰るなら……ところでその妹様は……」
「フランならここで……フラン?」
いつの間にか静かになっていた膝の上のフランをぐっと抱き寄せ、頬を寄せるように横顔を覗き込む。
「あら……疲れたのかしらね」
うつむき加減だったフランはこっくりと舟を漕いでいた。
「無理もありませんわ。初対面の奇人ばかりでしたもの。人見知りするフランドール様は緊張しっぱなしだったのでしょう」
確かに今日の客人どもは、懐にハルマゲドンを常備している人格破綻者揃いである。あの勇敢な有害動物達の集う、いつ鼻にアロエをねじ込まれてもおかしくない一触即発のフロントラインにおいて、まだ幼いフランが極度の緊張に心を磨り減らせていない訳がなかった。
「それにしたってこんなところで寝てしまうなんて、レディにあるまじき醜態よ」
「けど起こしてしまっては可哀想ですわ」
フランの羽を撫でつけ柔らかく畳む咲夜。くすぐったいのか、軽く身を捩ったフランはくるりとこちらを向いて、ぺったり私の胸に顔をうずめてしまった。
「あ、もう……。やっぱり咲夜はフランに甘すぎるわ」
「それでもやっぱりお嬢様ほどではありませんわ」
楽しげに一礼してフランにブランケットをかける咲夜。このメイドはこんな風に私とフランをくっつけたがる癖に、後で自分も甘えさせないと拗ねるのだ。時間を止めて誰にも見られないようにした上で、お姫様抱っこを要求してくる咲夜は大変に愛らしいのだが、時が動き出した瞬間そんな事実を瀟洒に握り潰す如才のなさには舌を巻く。まあそのギャップが愛しいのだが。
「それでは折角ですので、このままフランドール様のベッドまでエスコートしていただけますか、お嬢様?」
「言われずともそうするわよ」
尤もあえて口に出して強調することが目的なのだろうが。
「良かったですわね、フランドール様。……お嬢様も、今日はもうお休みください」
咲夜の言葉と共に、胸の中でニュウニュウ唸っているフランが一際強く抱きついてきた。そういえばこんなに長くフランを抱きしめるなんて久しぶりだ。彼方に霞む記憶と比べ全く成長のないつるぺたボディをぎゅっと抱き返し席を立つ。無論王道プリンセスホールドである。
「お二人だと様になりますねえ」
地上へと続くドアを開けながら美鈴が言った。
当然であろう。夜の王とその妹の四枚羽だ。世界中の宗教画家がモデルに求めて跪く。
「ねえレミィ、妹様は満足して眠りについたのかしらね」
言うまでもない事を聞く奴が多すぎる。そんな事フランの寝顔を見れば一目瞭然ではないか。まったくどうしてウチの住人達は態々心に焼き付けさせようとするのか。
「ふふ……さて、私も疲れたわ。小悪魔、私も抱っこして頂戴」
「なっ、ご、ご自分で歩けるでしょうっ」
「なによ、照れてるの」
「て、照れてなんていませんっ」
真っ赤になって介護六法を振りかぶる小悪魔。ツンツン言い訳しながらも、鈍い音と共に崩れ落ちたパチェを甲斐甲斐しく抱き起こす小悪魔のマッチポンプな介護精神には頭が下がる。全2770ページ、総重量1900グラムを誇る血糊の付いた介護六法は、彼女の献身と乙女心の写本である。
「それではお嬢様、フランドール様も、お休みなさいませ」
ドアを抜け、月夜から降りてきた蝙蝠の一匹にカンテラを咥えさせた咲夜に見送られる。私の分身たる蝙蝠に灯りを持たせるとは、イコール主に押し付けるということなのだが、今日くらいは全部自分でやれということか。
「やれやれ、分かっているわよ」
フランを地下に縛り付けたあの日々は終わったのだ。償いも労いも必要のない五世紀の溝は、ただ傍にいてやることでゆっくりと埋めてやる他にない。誰よりも理解している私に、だからこそ皆は強調する。その幸せを忘れるなと。その幸せを強く味わえと。
「貴方に直接言わないところが可愛いのよね」
腕の中のフランは軽かった。つられて軽くなりそうな足取りをぐっと抑えて、意味などない遠回りをしながら寝室へと歩いていく。月光に照らされたフランの寝顔は穏やかで、そのささやかな幸福は廊下に積まれたアロエを踏んでスッ転ぶまで、確かにこの胸に存在していた。
季節は冬。時は夜。湖から吹く冷たい風が、火照る頬を撫でていった。
相変わらずはじけたおもしろさにワクワクさせられました。
これからも楽しませてください。
何このパーフェクトスクエア。
乾いた笑いがw
想像して吹いたw
桃園の誓いで噴いた
相変わらずすごいわぁ。
何が言いたいかと言うと、吹いた
氏の書くパッチュさんを想像するとこのクソ寒い中だと言うのに頭が春になりそうです。
だがそれがいい
ヒニャアとかニュウンとかパチェの奇声がツボったw
だ が そ れ が い い
ギャグなのに感服しました。
つまり…その…最高だw
腹痛ぇ・・・(笑
>アルティメットブディスト
ちょwwwwwww
本当は…本当はいい話のはずなんですけど。
ごめんヴォヤージュで腹筋蛾Serach And Destoryしたwwwwww
つかなんでムラサキだけ日本語なんだよwww
個人的には球根バスターズが気に入りましたw
誰もが避けているが敢えて言おう。
パチェなに監督やっt(礼二・トリリトン
リアルにパスタ吹いたわ……
頼む。
このスバラシイw紅魔館を!
なんて素敵な紅魔館。
ラストは上手く締める。すげぇ。
なんだかんだいって、みんないいやつw
さりげに咲夜さんが可愛く、永琳がペドですなw
もとい、小悪魔だけはまとだとおもっていたのに・・・・・・しかし、そんな介護精神溢れる彼女が大好きだ!
スカーレット姉妹の愛にもほろりと感動、もう最高です。
顔の筋肉使い過ぎて、まだ少し違和感が残ってます。
笑わせてくれる話をありがとうございました。
伏線、ではないでしょうか
素で色々終わってる連中なのに憎めない
そして一文一文右フックで襲いかかってくるような文才に嫉妬。書かれて5年経ったにも関わらず色褪せるどころかむしろ一層輝いているような
文句なしの100点。
>外見的特長から一話目で看破される複線だった。
伏線、ではないでしょうか
ご指摘ありがとうございました。修正いたしました。
誤字を五年も放置していたとは、お恥ずかしい限りです。
これを理由に右フックを頂戴できないかと、フランちゃんに打診してまいります。
今ならブディスト軍団が公式でいるから、やりたい放題だろうが