霖之助は一度家に帰ってから、直ぐにその足で会場――まあ何時ものように博麗神社なのだが――に向かう。
開始予定時間である正午よりも二時間ほど早めについたのだが、既にそこにはある程度の人数が集まっていた。
普段の宴会とは違い、テーブルとイスが境内に綺麗にセットされている。洋風なので場所的にそぐわない気がしないでもないが、誰が文句を言う訳でもないので良いのだろう。ちなみにその横では焼き八目鰻の出張屋台が、炭に火を起こし準備を進めていた。
「あら、お早い到着ね霖之助さん」
そう言って声をかけてきたのはこの神社の巫女である博麗霊夢であった。
「ああ、何か準備を手伝おうと思ったんだが……必要なかったかな」
「みたいね」
二人の視線の先ではテキパキと準備を進めるメイド服の女性が居る。人の数倍の速度で仕事をする彼女こそ、完全で瀟洒たる紅魔館のメイド長、十六夜咲夜である。
さすが本職というか何というか、その速度は尋常ではなく、偶に本当に消えたりするので比喩でなく正に目にも止まらぬ速さだ。
「咲夜、これはどこに置けばいいの」
そんな彼女に声が掛けられる。それを辿った先に居たのは料理の皿を手にした紅魔館の主、レミリア・スカーレットだった。
「あらお嬢様、わざわざそんな事をなさらなくとも」
「良いじゃないこれくらい、今日は祝ってあげる立場なのだから」
「しかしそれでは私の仕事が」
主と侍従が言い合っていると、
「珍しくレミィがやる気になってるのに、水を差さなくても良いんじゃない?」
横から第三者の声が掛かる。台所の奥から姿を見せたのは眠そうな眼をした少女、パチュリー・ノーレッジだ。普段はあまり外出する事のない彼女も、今日はわざわざ足を運んで来たらしかった。そしてどうやら彼女も料理の盛られた皿を手にしているようである。
「それに祝い事の準備なんだから、仕事なんて考えるのは無粋よ」
「そうそう、パチェの言う通りよ」
「まあそれは……確かにそうですが」
二人に言われて言葉に詰まる咲夜。
「ほら、話している時間が勿体無いわ」
「……そうですね、判りました。ではそれはその辺りに置いてください」
納得したのか、それとも必要以上に意地を張ることも無いと思ったのかは判らないが、結局は三人で準備をする事になったようである。
「なんだか随分と珍しい光景を見ている気がするな」
それを眺め続けていた霖之助が、そんな事を口にする。
「確かにねえ、あのお嬢様が人のために何かをするなんて、珍しいというよりも前代未聞なんじゃないかしら」
「そこまで言うかい」
「言うわよ……まあ、あいつにあそこまでさせるなんて、やっぱり魔理沙の人柄って事かしらね」
「おや、随分と素直じゃないか」
「こんな日くらいはね」
「そうかい」
皆の行動が嬉しいのか、霖之助は微笑みながら返事を返した。
そうこう話しているうちに他の面子も徐々に集まり始めていた。
元から居た紅魔館の面々のほかに、白玉楼や永遠亭の者たちも集まってきている。何時もの宴会よりもかなり集まりがいいようだ。
そして何やら気の早い者はすでに飲み始めていたりする。ちなみにその筆頭は八雲紫である。
「あんたね、主賓が到着してないってのになにやってるのよ」
そんな彼女に抗議の言葉を投げかける霊夢。
「大丈夫よ、私の中ではどんな時でも私が主賓だから」
「あーはいはい」
その言葉に何を言っても無駄だと悟ったのか、彼女は投げやりに返事をする。
「しかし遅いわね」
「そうだね……主役が居ないと始まらないんだが」
霖之助と二人で首を傾げる霊夢。
「まだ寝てたりとかはしないでしょうね」
「いや、もしかすると体調がまた悪くなったのかもしれない」
流石にそれは心配が過ぎるだろうと思う霊夢だったが、あえて口には出さないでおいた。
「ねえ、それって魔理沙の事なのかしら?」
「そうだが」
「それなら……ほら、あそこに」
開始前ということで遠慮しているつもりなのか、一升瓶ではなく徳利を手にした紫が森のほうを指す。
それを辿って霖之助と霊夢が視線を向けると、何やら出て行きづらそうな表情で木の陰から覗き込む魔理沙の姿があった。
不思議に思った二人がそこへと向かうと、魔理沙はばつの悪そうな顔で出迎えた。
「なにやってるのよ」
「いや……なあ?」
頭を掻きながら曖昧な返事をする。
「何か不満でもあったのかい」
「あー、そういうわけじゃないんだが……何だ、どうも気恥ずかしくてな」
「何が……って自分が祝われるってことが?」
恥ずかしそうに視線を逸らす。
「呆れた。一々気にする事でも無いでしょ。大体あいつらはあんたの誕生日って事をネタに騒ぎたいだけなんだから」
「でもなあ」
最近ではこんな風に祝われる事が無かったため、やはり気後れしてしまうのだろう。
「ったく、なに弱気になってるのよ。らしくないわね」
「まったくだ」
及び腰の彼女を疑問に思ってそう言う霊夢とは対照的に、霖之助は魔理沙の気持ちを理解しつつそう口にする。
「それに君が出て行かないと皆が始められないじゃないか」
「まあ例外も居るけどね」
何時の間にか席に着いてくつろいでいる紫に呆れたような視線を向けた。ちなみにその向かいの席では料理をつまみ食い……というか半分本気食いを始めている幽々子と、それを止めようと必死になっている妖夢が居る。
「ほら、行こう」
迷う魔理沙の手を握り、霖之助は彼女を会場まで連れて行こうとする。
「っておい、離せって」
「おや、しかし行くのが嫌だというなら引っ張って連れて行くしかないじゃないか」
咄嗟に手を弾く魔理沙に、霖之助は愉快そうな顔を向ける。
「あー、お前はほんとに嫌な奴だな」
「それは済まない……で?」
彼のそんな言葉を聞き、何とも言い難い表情で口篭もる魔理沙。
「……はぁ、わかったわかった……ったく」
そしてため息を吐くと何やらぶつぶつと呟きながら、魔理沙は会場へと向けて歩き出した。霖之助と霊夢もゆっくりとその後を追う。
「嬉しそうね」
「わかるかい」
「そんな顔をしてればね」
そう言われ彼は頬に手を当てる。どうも最近、意識せずに顔が緩む事があるようだ。まあ当然それらは全て魔理沙の事でなのだが。
「参ったな」
「ふふ、いいじゃない。二人とも前よりも随分と幸せそうよ」
霊夢のそんな言葉に、彼は空を仰ぎ、
「……まったく、本当に参ったものだね」
笑顔でそう口にするのだった。
主賓が到着したという事で、誕生日祝いという名の大宴会はようやく始まった。
開始前の時点で既に結構な量の食べ物や飲み物が減っていたのだが、新しく次々に運ばれてくるため気にする程の事でもなかったようである。
先ほどまで手伝っていたレミリア達も、今は補充する側では無く魔理沙のそばで消費する方に回っている。ちなみに減った人手はそれぞれの従者達――具体的に言うと庭師や式や兎――が手伝っているので問題は無いようだ。
「しかし壮観だな」
酒をあおりながら呟く魔理沙の視線の先には、テーブルの上にずらりと並んだ酒瓶の群れがあった。これらはすべて魔理沙への誕生日プレゼントである。
「そうね、相手は病み上がりの人間だって事を忘れてるんじゃないのかしら」
何時の間にか近くに来ていた永琳が話し掛ける。
「あー、なんだ、飲むなって言いたいのか?」
「あら、いくらなんでもこの場でそんな酷な事は言わないわ。というかむしろ貴女の場合、飲ませなければ体調を崩しそうだもの」
「随分な事を言う医者も居るもんだ」
「本業は薬師よ?」
「たいして変わらないだろ」
「それもそうね」
二人とも笑いながら会話を続ける。
「まあ、飲みましょうか」
「そうだな」
そう言って新しい瓶の蓋を開ける。
「あら、飲んでばかりもいいけれど、食べないのかしら?」
そこへ声が掛けられる。魔理沙がそちらを向くと、先ほどから常に食べ続けている西行寺幽々子の姿があった。
「遠慮しなくてもいいのよ……はむ」
「お前は少しくらい遠慮しろよ。ってかそもそもお前が言うことじゃないだろ」
もぐもぐと咀嚼しながらどこかズレた事を言う彼女に、魔理沙は呆れの視線を向ける。そしてそこへ新たな皿を手に、妖夢がやって来た。
「お待たせしました、追加の料理ですお嬢様」
「なあ妖夢、お前もそう思うだろ」
「へ?」
唐突に話を振られ妖夢は混乱する。だが先ほどの会話の内容を話すと納得したらしい。
「確かにその通り。お嬢様、もう少し控えてください」
「いいじゃない、今日は無礼講よ」
そんなことを言っている間にも料理は姿を消していく。
「まあ、いいか」
別に本気でどうにかと思っているわけでもないので、魔理沙はさらりと流す事にしたようだ。
「ふう」
くいっと一杯飲み干すと、少し離れた場所から聞こえてくる音楽と歌声を耳に、彼女は軽く一息つこうとする。しかし周囲の面々はそれを許してはくれそうにも無く、次々と集まってきては楽しげに絡んでくる。
「はは、まったく」
宴はまだまだ始まったばかりだった。
騒ぎ始めると時間は直ぐに経ち、既に日も傾き始めそろそろ夕闇が迫る頃となっていたが、誰一人として脱落する者は居なかった。このまま行けば何時ものように夜通しで宴会が続くのだろう。
そして今日の主役である魔理沙の側には、未だに皆が集まって騒いでいた。それを少し離れた場所から眺めなら、霖之助は一人で杯を傾けている。
「やれやれ、何を一人寂しく飲んでるんだ」
「これでも寂しいという事はないんだが」
「こんなに大勢居る中で手酌してるのは、立派に寂しいと思うがな……ほら」
霖之助の横に座った慧音は、空になった彼の杯へと酒を注ぐ。
「っと、有り難う」
「いやいや」
「ではこちらからも」
そう言って彼女の杯にも注ぎ返す。そしてお互いにこくりと一口。
「ふむ、やはり人から酌をして貰うというだけで、違う味に感じられるものだな」
「だろう?」
再び一口含み、飲み下す。
「……ふぅ」
「……はぁ」
周囲が大騒ぎして居るのを眺めながら、二人は静かに酒を飲んでいた。
そうして暫しの間、無言のままに酌をしあっていると、
「よう、随分と珍しい組み合わせじゃないか」
何時の間に輪から抜け出してきたのか、魔理沙が側に来ていた。
「隣、座るぜ」
そう言って霖之助を挟んで慧音とは反対の席に座る魔理沙。
「いいのかい? 主役が抜けて来て」
「あー? そんなの誰も気にしてないだろ。ほら」
言われて見てみると、彼女が抜けたというのに特に気にするでも無く、皆は大騒ぎを続けている。
「なるほど、違いない」
苦笑いを浮かべて応える霖之助。隣の慧音も同じような表情をしている。
「まあそれは良いんだが……お前らアリスを見てないか?」
周囲をきょろきょろと見回しながら二人へ質問を投げかける魔理沙。
「ああ、そういえば今日は見てないな」
「私も見ていないな……来てないんじゃないのか?」
「あー、やっぱりそうか」
何と言うことも無いような口ぶりの彼女だったが、内心で残念がっているのは顔に表れてしまっている。
「何か外せない用事でも出来たんじゃないか? 話した限りではきちんと来る気はあったようだしね」
そんな魔理沙を慰めるかのように言葉を掛ける霖之助。彼の言葉はあながち嘘という訳でもない……と言うよりむしろ事実である。大体にしてわざわざプレゼントの材料を探しに来ておいて、当日現れないというのもおかしな話だろう。
「むー、そうかねえ……お?」
などと話していると、少し離れた森の上に人影が見えた。
「どうやら、噂をすれば影らしいな」
「みたいだね」
慧音と霖之助の言葉に応えるかのように、その人影は直ぐ側に降り立った。
「ようアリス、もう始まってるぜ」
先ほどまでとは違い、にやにやとした笑みを浮かべた魔理沙はそんな事を口にする。
「っさいわね、ちょっと時間が掛かったのよ」
足音高く歩み寄ると、アリスは手に持っていた何かを魔理沙に投げつける。
「おっと」
受け止めた物に目をやる魔理沙。
「あー? 人形か? どういうつも……り……だ」
アリスに視線を戻した魔理沙は言葉を失う。夕闇のせいでよく見えていなかったが、アリスの髪の毛はバッサリと短くなっていたのだ。
「え、おい」
再び彼女は手の中の人形を見る。アリスが何時も作っている人形はかなり精巧な物なのだが、これはそれよりも更に良い出来に見える。そしてなにより、この人形の髪の毛はどこかで見た事のある色合いをしていた。そう、まるで目の前の彼女の髪の毛と同じような。
「いや、え、何?」
未だに動転したままの魔理沙を見つめ、アリスは口を開く。
「ああもう煩いわね、プレゼントよプレゼント。一々そんなに驚かないでくれる?」
「驚くな、ってお前これ」
「だから煩いってば……ほら、あんたが病気になった時、色々と大変だったからよ。私の手を煩わせたりしてほんとに疲れたんだから。次からはあんな事が無いようにするための厄除けの人形ってわけ」
「いや、厄除けって」
「色んな材料を使ってるから高くついたわ……まあ、その分効力は折り紙つきよ。何ならそこの店主にでも聞いてみると良いわ」
慌てふためく魔理沙に対し、捲くし立てるように一気に告げるアリス。急いで来たせいか、はたまた夕日の為か、その頬は赤く染まっていた。まあ真実はそのどちらでも無いのだろうが。
「えと、どういうことだ、香霖?」
「ああ、彼女は昨日の昼辺りに僕の店に人形の材料を探しに来てね……言う通り、確かに材料は随分と高級な物ばかりだったよ」
「……なるほどな」
納得の返事を返す魔理沙。そうして彼女はようやく落ち着いてきたのか、やっと頭が回るようになった。
(いやしかし……どう考えてもこの人形の髪の毛はあいつのだよな……なるほど、高くついたってのは何も値段の事ばかりじゃないって事か)
魔法使いにとって、というよりも様々な異能を操る者にとって、髪の毛というものはとても重要な意味を持っている。
例えば丑の刻参りなどは呪いたい相手の髪の毛が一本でもあれば、素材として成立するのだ。大体にして、そもそも女の髪は魔力を持つと言われているのだし、それだけでも充分に価値のある物なのである。
実際に呪いなどの分野に長けたアリスが、そのことを知らないはずは無い。
だとすればつまりは、
(それだけ私のことを信頼してくれている……って事なのかね。はは、何ともまあ気が重い)
そんな事を考える魔理沙だったが、本音ではやはり嬉しいのだろう。抑えきれない笑みが顔に浮び始めている。
「ちょっと、なに笑ってるのよ」
「あー、いや、何でもないぜ……ありがとうな、アリス。精々大切にさせて貰うぜ」
「なっ……!」
唐突に礼を言われて硬直するアリス。その顔は見る見るうちに更に赤く染まっていく。
「……わ、判ればいいのよっ」
それでも何とか照れ隠しの言葉を捻り出し顔を逸らす。そんな彼女を見ていると、何やら魔理沙自身も恥ずかしくなってきてしまったらしく、どうにも動けなくなってしまう。
「……」
「……」
そんな微妙な空気を破ったのは、横で二人の遣り取りを眺めていた霖之助だった。
「それじゃあ、僕からもプレゼントがあるんだが……」
「お、そうなのか」
助かったとでも言いたそうな声色で応え、霖之助のほうを向く魔理沙。アリスもほっ、と息を吐くと、魔理沙の隣の席へと腰を降ろした。
「まずはこれだ」
霖之助は持ってきていた小さい方の包みを魔理沙の前に置く。
「なんだ、わざわざ包んでこなくても……お」
ぶつくさと嬉しそうに言いながら、彼女は包みを開く。そして中から出てきたのは、
「ロケット、か?」
「ああ……君も年頃の女の子なんだし、そろそろ装飾品なんかを身に着けても良いんじゃないかなと思ってね」
それほど派手な細工の物ではなかったが、そんな中にもどこか人を引寄せる魅力を持っているように見える。
「はん、言ってろ」
パカパカと開いたり閉じたりを繰り返しながら、ぶっきらぼうに言い放つ魔理沙だったがやはりその頬は緩んでいる。
「で、こっちが本命だ……まあ、プレゼントとは少し違うかもしれないけどね」
続いて大きな包みを取り出し魔理沙の前に置く。
「今度は何だ?」
笑みを浮かべながら随分と綺麗な布だな、などと思いつついそいそと包みを解く。
そして、
「………………え」
中から出てきたのは簡素な作りの桐の箱。それ自体は彼女の記憶にも当然存在したが、まさかここで出てくるとは夢にも思わなかったようだ。先ほどのアリスの時よりも更に大きな驚きのため、微笑んだままの表情で固まり、絶句する。
「…………あ、これ……兄様?」
ようやく開いた口から出たのは、混乱したままの素の言葉だった。
「魔理沙」
「……はい」
そんな彼女に対し、霖之助は普段見せる事の無い――まあ最近ではそこそこ頻繁に見せている気もする――慈しむような表情で、
「……誕生日、おめでとう」
心を込めて、祝いの言葉を口にした。
「……あ」
思いもしなかった余りにも唐突なそれに、感極まってしまったのか俯いた魔理沙の瞳から滴が零れ落ちる。
(兄様は……忘れてなかったんだ)
歓喜の涙を流しながら、先ほど固まった表情が再び笑みを形作っていく。
「まったく、魔理沙は泣き虫だな」
片手で彼女の帽子を取り、もう片方の手でぽんぽんと頭を優しく撫でる。
「普段は……そんな事ない……っく」
そう言いながらも、涙は止め処なく溢れてくる。
「というか、貴女も随分器用ね……笑いながら泣くなんて……ふふ」
今まで黙った居たアリスがそっと魔理沙の背中を撫でる。彼女も普段では見られないような優しい顔をしている。
「うる……っさい」
説得力など皆無な台詞を口にしながら、背中を撫でるアリスの手の優しさを感じ、彼女は更に嬉しくなる。
「……っ」
三人の間に柔らかな空気が流れる。
ちなみに魔理沙は気が付いていないのだが、周囲の皆も何かを感じ取ったのか、邪魔をしないように声を落としていた。いくら常識知らずの彼女達とはいえ、こんな雰囲気を邪魔するほど野暮ではないらしい。
とはいえ一部の空気を読めない者が、からかいに行こうとしたりもしたのだが、良識ある面々――主に何時の間にか居なくなっていた慧音――に止められたようである。
そうして暫しの時間が流れ魔理沙がようやく落ち着いた頃になると、何事もなかったかのように再び周りは騒ぎ出した。
「……ふう、なんだかみっともない所を見せたな」
瞳を赤く充血させたまま、口調を元に戻しそんな強がりを言う魔理沙。
「しかしあいつらに気付かれないで良かったぜ」
「はは、そうだね」
離れた場所で騒いでいる面々を眺める魔理沙。知らぬは本人ばかりなり、という訳なのだが、今は黙っておく事にする霖之助とアリスだった。
「よし、それじゃあ開けるとするか」
そう言うと包みを開く魔理沙。中から出てきた桐の箱に手をかける……しかし多少の躊躇いを見せ、一度だけ霖之助に視線を向けた。
「……さあ」
帰ってきた視線と言葉に背中を押されたのか、一気に彼女はそれを開けた。
「……」
「……」
感慨深げに無言で中を見つめる二人。
「……ねえ、いい加減気になってるんだけど、何なのこれ」
この箱が何なのか知らないままだったアリスが、流石に抑えられなくなったのか聞いてくる。
「あ、そういえば言ってなかったか」
興を削がれた、という訳でもないのだろうが、多少気の抜けたようになる魔理沙。
「まあ簡単に言うとだね……今日のこの記念日に開けるために、僕と小さな頃の魔理沙が宝物を埋めたんだよ」
「……なんでまたそんなことを?」
魔理沙の代わりに答える霖之助に、アリスは不思議そうな視線を向ける。
「いいだろ別に、若気の至りって奴だぜ」
「……まあそう言う事にしておきましょうか……で、中のそれは?」
恥ずかしそうに言う魔理沙にアリスは答えると、興味深そうに箱を覗き込む。
「とりあえず出すか」
そう言って中身を取り出し、机の上に置く。
「包みが二つと……手紙が二つ?」
「まあな」
「掘り返すときに向けて手紙を書いたんだよ。これも魔理沙の発案だったね」
「ほんと、昔のあんたって乙女ねえ」
「あーあー聞こえない聞こえない」
両手で耳を塞ぎながらわめく魔理沙。
「あのねえ……ったく、子供じゃあるまいし……まあいいわ、開けましょう」
「それもそうだな」
アリスの言葉に同意し、まずは小さい方の包みに手を伸ばす。その中から出てきたのは手の平と同じ程度の大きさの、小さな瓶が一つだけだった。
「なにそれ」
「瓶だぜ……ほれ」
魔理沙から受け取ったその瓶は特に重い訳でもなく、そして振ってみても何か音がする訳でもなかった。
「……空っぽ?」
「いや、一応入ってるぜ……まあ丁度良いし開けるか」
アリスから返して貰った小瓶の蓋を開けようと、力を込める魔理沙。
「……ふっ……んー!」
「……なにやってんのよ」
「いや、これがなかなか……ふん……っ!」
呆れた声を上げるアリスとは対照的に、微妙に真剣な表情で答える魔理沙。どうやら蓋が随分と硬く閉まっているらしく、魔理沙がいくら踏ん張ってみても開く気配を見せない。
「はは、ほら魔理沙」
「くそう……はいよ」
差し伸べられた霖之助の手にその瓶を置く。それを受け取った彼が軽く捻ると、パカンという軽い音と共に蓋が開いた。
「ったく、こんなどうでもいい事で我が身の非力さを実感するのは何とも情けないぜ」
「まったくね……で、中身は?」
「ああ、これだ」
そう言って彼女は小瓶を机の上に置く。アリスはその様子を訝しげに眺めていたが、次第にその表情が納得したようなものに変化していく。
「なるほど、丁度良い、ね」
小瓶の淵から仄かな光が溢れ出し、それを中心にして辺りが穏やかな光に包まれ始める。日も完全に落ち、暗闇に包まれ始めていた境内にはまさに相応しいものだろう。
「明かりの魔法……にしてもなんでこんな物が?」
「あー、こりゃ私が初めて覚えた魔法だぜ。大したもんじゃなくて初歩の初歩なんだが……理由はまあ、初心忘れるべからずって所だろうなあ」
「昔の君は随分と――」
「あー、だからそういうことは言うなって」
恥ずかしそうな、それで居て懐かしそうな表情で、霖之助の言葉を遮りながら魔理沙はそんな事を言う。
「さて、まあこれはもう置いといて、だ。こっちを開けるぜ」
照れ隠しに頬を掻きつつ、彼女はもう一つの包みに手を伸ばす。先ほどの小瓶より少しばかり大きいそれを手にすると、妙に丁寧な外装を剥ぎ取る。
「……箱、だな」
「そうだね……まあ開けてみてくれ」
言われるがままに長方形の箱を開ける。そしてその中から出てきたのは、
「……眼鏡、よね」
装飾などは一切ない、至って簡素な眼鏡が一つ入っていた。アリスはそれを見て多少気の抜けた声を上げる。しかしそれとは反対に、魔理沙はとても驚いた顔をしている。
「これって……」
無言のままそれを手に取る魔理沙。そして恐る恐ると言った感じでそれを掛け、隣に居る霖之助の表情を伺うように覗き込む。
「気に入ってくれたかい?」
「……っうん……じゃない……ああ、気に入ったぜ」
あれ以来ついつい出そうになってしまう素の自分をなんとか堪えながら感想を言う。そして照れ隠しと眼鏡の調子を見るために、辺りをきょろきょろと見回す。すると、また一人で取り残されているアリスと視線が絡んだ。言い訳をしようとする魔理沙に、彼女は表情を一変させると、
「あら、今度は泣かないのね」
「って、んな訳ないだろっ」
ニヤリと、アリスは皮肉を込めた言葉を投げつける。どうやら彼女は霖之助と居る時の魔理沙の扱いを心得てきたようである。
「あーあ、まったく、すぐに二人の世界を作るんだから」
「おま、あのなあっ……はぁ、まあいい」
反論しようとするもあまり否定が出来ないため、魔理沙は流す事に決めたようだ。
「そうね。それでその眼鏡はどんな曰く付きなのかしら」
アリスも執拗に弄る気はないらしく、本来の疑問を投げかける。
「あー、それはだな……」
もごもごと口篭もる魔理沙。
「……昔ね、魔理沙は僕の眼鏡を欲しがってたんだ。小さい子供によくあるような、自分が持っていない物を欲しがるという気持ちではなく……多分純粋にお揃いのが欲しかったんじゃないかな」
言い辛そうにしている彼女に代わり、霖之助が言葉を継ぐ。
「そうなの?」
「さあな」
アリスの疑問にそっぽを向く魔理沙だったが、その行為そのもので霖之助の言葉を肯定してしまっている。
「へえー」
再びニヤニヤとした目つきになるアリス。魔理沙はもう何を言っても無駄だと悟ったのか、反論しない事にしたらしい。
「続けて良いかい?」
「あ、どうぞどうぞ」
気を取り直して話を再会する霖之助。
「僕としては作ってあげたいのは山々だったんだけど、自作している眼鏡は基本的に魔力を秘めてるからね。これから先の魔理沙の成長を考えると妨げになると思って断ってたんだよ」
「……そんな理由があったのか」
「おや、心外だね。僕が理由もなく拒否してると思ってたのかい」
「いやそういう訳じゃないが……なるほど、そりゃそうだよな」
長年の疑問が氷解したかのように彼女は深く頷く。
「そういった理由で身に付けても問題にならない年頃になったら、と思っていてね。それに合わせてサイズを調整して作ってはあったんだよ。だから記念日に向けて箱を埋めるという魔理沙の提案は渡りに船だったという事さ」
「だから丁度いい大きさって訳か」
くいっくいっと、特に必要もなく眼鏡の位置を直しながら呟く。やはりかなり嬉しいようである。
「ともあれ、ありがたいぜ」
「それはどうも」
そうして改めて礼を言う魔理沙。
「しかし、これもこの前の事がなければ君が手にする事はなかったかもしれないね……なんというか、見事な偶然だ」
感慨深げに呟いている霖之助に、アリスは何か含みのありそうな顔をしてこう言った。
「偶然ねえ……ふふ、それはあれじゃない? 偶然なんかじゃなくて……運命って言うんじゃないかしら」
「なっ」
「ほほう、運命か……なるほど、まさにそうかもしれないね」
驚く魔理沙とは対照的に、非常に納得したのか笑顔で頷く霖之助。からかったつもりのアリスもこれには少々面食らってしまったようだ。
「さて、飲み直すとするか」
「あら、その手紙は?」
何事も無いかのように酒瓶に手を伸ばす魔理沙に、アリスは当然のように疑問をぶつける。
「……これは、あれだ、うん」
ぎこちない態度で裏の署名を確認すると、一つを自分の懐に、もう一つを霖之助へと渡す。
「……なによ、私には見せてくれない訳?」
「あー……すまん、これは勘弁だ。流石に恥ずかしすぎる」
本気で恥ずかしいのかアリスに頭を下げて懇願してくる魔理沙。
「いやちょっと、そこまでの物なら無理にとは言わないわよ」
それを見てアリスは慌てて首を横に振る。魔理沙をからかい慣れてきたアリスも、流石にここで「何、恥ずかしがるような事が書かれているのかしら?」なんて発言をするほど愚かではない。
「僕は構わないんだけどね」
苦笑しながら口を挟む霖之助を、彼女はジロリと睨みつける。
「あのな、私はお前ほど恥知らずじゃないんだよ」
「そうかい?」
「そうだぜ……それじゃまあ、飲むか」
強引に話題を変え、今度こそ魔理沙は酒瓶を手に取った。
結局その日の宴会は当然のように夜通し続いた。
だが何時もよりも騒ぎ過ぎたのか、まず最初にレミリアや輝夜、幽々子たちが眠気に誘われうとうとし始めた。長々と生きていても徹夜は堪えるのだろうか。いや、長生きしているからこそ辛いのか……どちらにしろ生きていない者も含まれている辺り何とも言えないが。ともあれ、それぞれの従者も主達を連れて一緒に帰っていった。
そしてそれに習い、他の面々も順に姿を消していき、
「結局、残されるのは何時も通りに私一人ってわけ……でもないわね」
何時も後片付けを一人でさせられる霊夢が、箒を片手に愚痴を言おうとした所、今日は珍しく手伝う者が居たようである。
「槍でも降るのかしら」
「随分な言いようだな」
「それだけ珍しいって事じゃない。あんた達が手伝うなんてね」
霊夢の言葉を聞き咎めた魔理沙とアリスが文句を言ってくる。
「一応は私の誕生会って名目だったんだしな。別に文句があるなら帰るぜ」
「そういう訳じゃないけどね……アリスは?」
「わ、私はなんとなくよ。偶には良いかなって思っただけだから」
「ふうん」
意味ありげに二人を眺め、次に少し離れた場所にいる相手に視線を向ける。その相手――森近霖之助は、それに気が付いたのか近寄ってきた。
「ん、どうかしたのかい?」
「いいえ何でもないわ。悪いわね、手伝って貰って」
「いや、場所を提供して貰ったんだ。これくらいの事は当然だろう」
「そう?」
再び意味ありげな視線を二人に向ける。
「なんだ」
「なによ」
「ふふ……何でも。さあ、ぱっぱと終わらせましょ」
境内を箒で掃き始める霊夢。それに従い魔理沙たちも片付けを再開する。
ちなみに魔理沙が掛けっぱなしの眼鏡に対しては何も言わないでおいた霊夢だった。
博麗神社から帰ってきた魔理沙は、何をするより真っ先に懐の手紙を取り出した。封を開けるのすらもどかしいのだが、破り捨ててしまう訳にもいかない。
棚から取り出したペーパーナイフ――これも霖之助から貰った――でようやくそれを開く。
「……よし」
そして彼女は気合を入れて、それに目を通し始めた。
魔理沙へ
君がこの手紙を読む頃には、僕は君の側にいないかもしれない。
いや、むしろその可能性のほうが高いだろうと思う。
でもそうなってしまうのは仕方のないことなんだ。
自惚れさせて貰えるのならば、僕は君とかなり親しい存在だと思う。
だから……これもまた自惚れた発言かもしれないけれど、僕が居なくなった原因を知ったとき、それを恨んだり嫌いになったりしないで欲しい。
思うことは様々にあるだろう。
自分から離れておいて何を勝手な事、と言われるかもしれない。
でもこれだけは信じて欲しい。
僕が君の前から居なくなるのは、決して嫌いになったという理由からではないという事を。
出来る事ならば。
今までも。
そしてこれからも。
君の兄で在りつづけたいと心から願う。
ここまで書いたが……これを読んだ時もしも……もしも変わらず僕が君の側に居ることが出来ているのならば、この手紙をネタに思いっきり笑ってやってくれ。
それではここで筆を置こうと思う。
君に幸あれ。
魔理沙の兄より
手紙に目を通しながら嬉しそうになったり悲しそうになったりと百面相をしていた魔理沙は、読み終わった後に一息つくと、
「あー……っもう!」
どうにも自分の感情を制御しきれないのか、ぶんぶんと頭を振るわせる。
「ったく、あの頃からこんな事考えてたのかあいつは……まあ終わった事だし良いとするか。それに面白いネタも出来たし、明日にでも早速……へへ」
大事そうに手紙を引き出しへと仕舞い込むと、今度は他のプレゼントを手に取る。とは言っても彼女が貰った物の殆どは、あの宴会の場で消費し尽くしてしまったのだが。
「あいつら殆ど酒ってのはどういうつもりだ……いや、嬉しかったけどな?」
誰に言い訳するでもないがそんな事を呟きながら、アリスに貰った人形を枕もとの棚の上に置く。
「へへ」
ついついにやけてその髪の毛を撫でてしまう。
「おっと、危ない危ない。人形遊びをするような歳でもないってのに」
撫でていたその手で人形のおでこを軽く弾く魔理沙。
「……とはいえ、やっぱり嬉しいものは仕方がないよな」
もう一度だけ頭を撫でると、他の物の整理を始めた。
霊夢と咲夜からはそれぞれ日本茶用の湯飲みと紅茶用のティーカップ。
「……まあどっちも飲むからいいんだが」
パチュリーからは魔道書が何冊か。
「こりゃ私が見た事ないもんだな」
どうやら秘蔵の物をわざわざ持ち出してくれたらしい。
「……へへ」
最近こんな顔をしてばかりだとは思うものの、にやけるのを抑えられない魔理沙。
その後も暫く時間をかけて、魔理沙はプレゼントの整理に勤しんだ。
一方、同じく帰宅したアリスは早々にベッドへと潜り込んでいた。
(今日は疲れたわ)
目を瞑り眠るまでの少しの間、何とはなしに最近の事へ思考を巡らせる。当然最近の事といっても、その殆どが魔理沙の事なのだが。
(私もかなり意地っ張りだけど……あいつも大概よね……なんて思ってたんだけど、最近じゃあどうもね)
魔理沙と霖之助の遣り取りを見ていると、今まで抱いていた彼女のイメージが悉く覆されていくのだ。
そしてそんな二人の横に居られる自分を鑑みてふと思う。
(なんだか、変ね)
複雑な気持ちになり、目を瞑ったまま眉をひそめるが、
「……ふふ、もういいじゃない、素直になりましょ」
自分に言い聞かせるかのように、そんな言葉がついつい口から零れ出る。
「そう、私は魔理沙と仲良くなれて嬉しいの」
今まで様々な感情を彼女に抱いていたアリスだが、今のこの状況に陥っていること自体は、本音を言うと歓迎すべきものらしかった。
「だからあの店主にも感謝してるし……ほんと、人生って何が起こるか判らないわね」
細かいことを言えば人生ではなく妖生なのだろうがそんな事は気にするものでもないだろう。
(……それに彼自身も嫌いじゃないし……ってこんな事を素直に思えるようになっただけでも……随分な事よね)
他者に対する自分の好意を認められるようになったあたり、成長したという事なのだろうか。
(……まあ……今度からはこっちも……積極的に行ってみようかしら……ね……)
そうこう考えているうちにまどろみ始める。
「……すぅー」
薄っすらと笑みを浮かべたまま、何時の間にやらアリスは眠りについていた。
香霖堂の店内には、椅子に座って真面目な表情をしている霖之助の姿があった。
「……」
いつになく真剣な彼の視線が注がれる先にあるのは一通の手紙。
軽く眼鏡の位置を正すと、霖之助は中身を取り出して読み始めた。
兄様へ
いつもいつも私の相手をしてくれてありがとう。
私のせいでいやな目にあっても、そんなことはぜんぜん顔に出さないで笑っていてくれる。
血のつながった兄妹でもないのにいつもやさしい兄様。
私はそんな兄様にとても感謝しています。
きっとこの手紙を読んでいるときになっても、めいわくをかけているんじゃないかなと思います。
でも今までめいわくをかけた分だけ、そのころにはきちんとした魔法使いになって、いっぱい兄様にお礼をしたいなんて考えています。
だから期待してください。
なんて言っておきながらひとり立ちできていなかったらどうしよう……。
えと、この手紙を読んでいるころ、兄様のそばにいる私はちゃんと一人前になれていますか?
もしかしてなれてなかったら、と思うと不安です。
だけど兄様がそばにいてくれるなら、たぶん大丈夫じゃないかなと思います。
だから、これからもずっと、霧雨魔理沙をよろしくお願いします。
……ここで終わろうと思ったんだけど、やっぱり最後まで書いておこうと思います。
さっき一人前になれてないかもしれないから不安、と書きましたが、それよりももっと不安な事があります。
それはこの手紙を読んでいるとき、兄様の近くに私がいないこと。
今はいっしょにいることが当たり前になっているけど……たぶんそれずっと続くことじゃないと思うから。
私は子供だけど、そうなんじゃないかなってことは、何となくだけどわかります。
でも、やっぱりそんなのはいやです。
はなれるなんて考えたくない。
兄様といっしょにいられることが、本当にうれしいんです。
だから……大きくなった私が、兄様のそばにいられますように。
そんなねがいを込めて、この手紙をうめることにします。
大好きです。
魔理沙より
可愛らしい文字で書かれた手紙には、幼い魔理沙の霖之助への想いが込められていた。そして不覚にも眦が熱くなって来ているのか、彼は読み進める度に瞬きを繰り返している。
「……ふう」
そうして一言一句すべてを大事に大事に読み終えると、霖之助は大きくため息をついた。
「なんとも、本当に僕は愚かだったんだな」
魔理沙からの手紙には、彼女がどれだけ兄を想っているか、一緒に居ることができてどれほど幸せかが綴られており、そして何よりも、その時の彼自身と同じく、これから先も一緒に居たいという願いが痛いほど伝わってきたのである。
「まったく、これですれ違ったままだったとすると……はは、考えたくないな……はぁ」
もう一度ため息をつく霖之助。
「……ん?」
ふとそのとき手紙の端に、小さな文字で一言だけ書かれているのに彼は気がついた。
そこに書かれていたのは、
『大きくなった私を兄様がきれいだと思ってくれているなら、およめさんにしてくれるとうれしいです』
そんな内容だった。
「はは……なんとも光栄だね」
呟く彼の微妙な表情から読み取るに、そう思っているのは事実なのだろう。しかし立場上どうにも複雑な心境にならざるを得ないらしかった。
とりあえずその文字には気付かなかった事にして、もう一度だけ目を通してから奥の戸棚に舞い込む。
「……っと」
戸を閉めた弾みからかふらりと体が傾いた。
「む、疲れているのかな」
魔理沙にあれだけ言っておきながら自分が体調を崩してしまっては、馬鹿と言われても仕方がない。
そんな風になるのは避けたいと、早々に布団へと潜る霖之助だった。
「ばーか」
翌日、アリスを伴って香霖堂へやって来た彼女の第一声はそれだった。
「む、否定できないのが何とも」
声の主である霖之助は、熱っぽい顔で布団に横たわったままそんな言葉を返す。どうやら連日の無理が祟ったらしく、ついに体調を崩してしまったようである。と言っても流石に意識を失うほどではないようだ。流石は人妖……と言う訳ではなく、昏睡するほどまでに無理をする魔理沙が稀なだけなのだが。
「特に肉体派って訳でもない……というかむしろ全く逆の癖に無茶するからだ」
「元凶が何を偉そうに言ってるのよ」
温くなっていた桶の水を取り替えながらアリスが呆れたように言う。
「でも魔理沙の時よりも平気そうで安心したわ……とはいえ、こういうのをなんて言うのかしらね。ミイラ取りがミイラになる?」
「違うだろ。まあ何にしろ馬鹿には違いないが……しかしあれだな、馬鹿は風邪を引かないってのは迷信か」
「そんなの君のときに判ってたことじゃ……んが」
鼻を摘まれ彼らしくない呻き声を上げる。
「あー、そんな事を言うのはこの口か?」
ぐりぐりと鼻を摘んだままの魔理沙。
「そこは口じゃないでしょ」
「似たようなもんだろ。息を吸う場所なんだし」
「どこがよ」
気が済んだのか彼女は手を離す。
「さて、その調子じゃどうせ何も食べてないんだろ……台所借りるぜ」
勝手知ったる香霖堂とばかりに台所へ向かい、てきぱきと準備を始める魔理沙。材料を漁り終えると調理を始めようとする。
「手伝うわよ」
一人霖之助の相手をしているのも何なので、アリスもその隣に立つと包丁を手に取る。
「そうか? それじゃ私は出汁をとるから、その間に葱とか椎茸を適当に刻んでくれ」
「わかったわ」
「あとほら」
手近な場所に置いてあったエプロンをアリスへと手渡す。ちなみに魔理沙は汚れても良いよう常に身につけてあるので問題ない。
そして暫くするとトントンという音や、食欲をそそる匂いが漂い始めた。
「……むう」
霖之助は断る事も出来ず、かといって女の子二人に世話をされて自分は果報者だ、などと思うわけでもなく複雑な気分で待つ事しか出来なかった。
「そういえば今日は眼鏡を掛けてないのね」
「流石に何時も掛けてる訳にもいかないからな。だけどほら、こっちは身に付けてるぜ」
後は煮込むだけになったので、魔理沙はおたまを置くと胸元かごそごそとロケットを取り出す。
「へえ、何か入れてるの?」
手を伸ばして何気ない仕草でそれを開く。その中には霖之助と幼い頃の魔理沙が写った写真が入っていた。見た感じでは何かの記念に撮った物のようである。
「ちょっ、こら!」
「へえ……なるほどね」
いきなり中身を見られるとは思わなかったのか、魔理沙は驚き抗議の声を上げる。
「何か文句でもあるのか」
「いえ、別に。まあ家族の写真を入れるのは普通よね」
「あ、ああ、普通だぜ」
特にからかうような声でもなかったため、魔理沙は多少拍子抜けしてしまった。
「ほら、そろそろ良いんじゃない」
「っと、そうだな」
アリスの言葉に煮立っている鍋の火を消し、熱くなっているそれをエプロンで包もうとする、しかしかなり熱いのかスカートごと掴み直すと慎重に霖之助の元へと向かう。
「ほいっと、出来たぞ」
完成したそれを枕元に置くと蓋を開ける。すると、もあっと湯気が立ち上りぐつぐつと音を立てた雑炊が姿を見せる。
「魔理沙、はいこれ」
「おう」
アリスが持ってきたお椀を受け取ると、おたまでそれに盛り付ける。
「いや、有り難いね」
霖之助は礼を言いながら布団から起き上がると、そのお椀を受け取ろうと手を伸ばす。
しかし魔理沙はそれを手で制すと、
「アリス、スプーンくれ」
愉快そうな笑みを浮かべながら要求する。その顔を見た霖之助は何故か嫌な予感を覚える。
「?」
疑問符を浮かべたままアリスはそれを魔理沙へと手渡す。
そして受け取ったそれで彼女は雑炊を掬うと、
「ふーふー……ほら、あーん」
恥ずかしげも無くそんな事をしてきた。
「んな……っ」
「……はは」
固まるアリス、そしてやはりと言いたげに乾いた笑いを漏らす霖之助。
「どうした香霖……まさか約束を破る気じゃないよな?」
「な、何のことだい」
惚けようとする彼に、しかし予想外の所から伏兵が現れる。
「はぁ……そういえば確かに、自分が病気になった時にはお願いするなんて言ってたわね」
呆れた様子で言うアリス。彼女はあの時、隣の部屋で寝た振りをしながらも一部始終聞いていたのだった。
「ほらほら、証人も居るみたいだぜ」
「むう……」
「諦めたほうが良いんじゃない」
「……まあ、仕方が無い、か…………あーん」
観念した霖之助は、恥ずかしそうに口を開く。目を瞑っているのが彼の最後の抵抗だろうか。
「よし」
そして魔理沙は喜々として口の中へ放り込む。
「どうだ?」
「……うん、美味い」
「そうか、そりゃ良かったぜ……ふーふー……あーん」
感想を聞き嬉しそうにすると、続けて二口目を差し出す。
「……あーん」
割り切ったのか一度目よりは羞恥が薄れたようにも見える。
「なんだかねえ……」
「ん、何だ、アリスもやるか?」
「遠慮しとくわ。あんた達のそれを見てるだけで既に食傷気味よ」
「自分で食べてる訳でもないのにな」
「はいはい……ったく」
先ほどと同じく呆れた声で答える彼女だったが、その頬は薄く染まっている。
(積極的になろうとは思ったけど、さすがにこういうのはねぇ……はあ)
そんな事を思いつつ、こんな雰囲気も嫌いではないなどと感じ始めている自分を否定できないアリスである。
途中で霖之助が、
「しかし魔理沙、スカートをあんな風に使うのはその……あまり良くないぞ」
などと彼にとっては善意なのだが魔理沙にとっては余計な事を口にし、見た見ないだの言いながら冷まさないままの雑炊を口に突っ込まれたりしつつも、なんとか食事を終える。
その後、魔理沙とアリスも昼食を摂り洗い物も済ませると、まったりとした空気が流れ始めた。霖之助の調子も大分良くなってきたのか、布団から起き上がったまま三人でとりとめも無い会話をしている。
暫くの間そんな事をしていると、
「ふあぁ……」
窓から差し込む昼の陽気に誘われたのか、魔理沙は大きな欠伸を一つ。
「ちょいと借りるぜ」
言うが早いか半分布団をかぶったままで座っていた、霖之助の太股に頭を乗せて横になる。
「……あんたねえ」
いい加減に突っ込み役の位置に落ち着いてしまっている状態のアリスが口を開く。
「あのな魔理沙、僕が病人だって事を忘れていないかい?」
「覚えてるぜ」
「だったら離れた方がいいんじゃないかな。君もまた病気になりたくは無いだろう」
「まあな、でももしそうなった場合はアリスが面倒見てくれるから平気だろ……な?」
「……はぁ?」
唐突に振られて困惑するアリス。
「何だ、看病してくれないのか」
「いや……まあ、そうなった場合はするだろうけど」
尻すぼみになりながら言うアリスに、魔理沙は本当に嬉しそうな笑みを向ける。
「なら良いだろ……へへ」
そして言うだけ言うと、魔理沙はそのまま寝息を立て始めてしまった。
「……ほんと、勝手な奴ね」
台詞とは裏腹にその表情はどこか優しい。彼女の今の気持ちは、もしかすると我侭な妹を持った姉のそれに似ているのかもしれない。
「だがそれでこそ魔理沙だろう?」
霖之助は自分の膝枕で眠る魔理沙の髪の毛を手で梳きながら、こちらもアリスと同じような表情で語りかける。
「まあ、ね……ふぁ」
気持ちよさそうな魔理沙の寝顔につられたのか、アリスも可愛らしい欠伸をする。
「君も眠ったらどうだい」
「そうさせて貰おうかしら」
すると彼女は何を思ったのか、彼のもう片方の太股を枕にして横になる。
「んなっ!」
これには流石の霖之助も驚きを隠せず、大きな声を上げてしまう。
「ちょっと、魔理沙が起きるわよ」
「いやそうは言っても」
「いいじゃない、それとも魔理沙には貸せて私には駄目とでも言うつもり?」
「そうは言わないが……仕方ないな……はぁ」
ため息をついて受け入れる霖之助。
「君もここ数日で随分と魔理沙に似てきたんじゃ……っと、もう寝ているのか」
自分の両足を枕にして眠る金髪の少女二人を彼は交互に眺める。
「まったく、これじゃいよいよ慧音に反論できないな……はは、やれやれ」
だがその言葉とは裏腹に彼の表情はとても嬉しそうなものだった。
霖之助は改めて思う。
自分が悩んでいた事は実は大した事ではなかったのだろうと。
「この子の考えは……多分、真理なんだろうな」
人間だろうと妖怪だろうと関係なく、それぞれをその個で判断する。
単純に見えて難しい事だが、今ここでこうして人間と妖怪と人妖が何の気負いも無く、まるで仲のいい兄妹のようにしていられる現状を見ると、多分それは正解なのだろう。
「……願わくば、皆がそう思える日が来るように」
自分には似合わないと内心で思いつつそんな事を呟きながら、彼は眠る二人の少女の頭を優しく撫で続けるのだった。
開始予定時間である正午よりも二時間ほど早めについたのだが、既にそこにはある程度の人数が集まっていた。
普段の宴会とは違い、テーブルとイスが境内に綺麗にセットされている。洋風なので場所的にそぐわない気がしないでもないが、誰が文句を言う訳でもないので良いのだろう。ちなみにその横では焼き八目鰻の出張屋台が、炭に火を起こし準備を進めていた。
「あら、お早い到着ね霖之助さん」
そう言って声をかけてきたのはこの神社の巫女である博麗霊夢であった。
「ああ、何か準備を手伝おうと思ったんだが……必要なかったかな」
「みたいね」
二人の視線の先ではテキパキと準備を進めるメイド服の女性が居る。人の数倍の速度で仕事をする彼女こそ、完全で瀟洒たる紅魔館のメイド長、十六夜咲夜である。
さすが本職というか何というか、その速度は尋常ではなく、偶に本当に消えたりするので比喩でなく正に目にも止まらぬ速さだ。
「咲夜、これはどこに置けばいいの」
そんな彼女に声が掛けられる。それを辿った先に居たのは料理の皿を手にした紅魔館の主、レミリア・スカーレットだった。
「あらお嬢様、わざわざそんな事をなさらなくとも」
「良いじゃないこれくらい、今日は祝ってあげる立場なのだから」
「しかしそれでは私の仕事が」
主と侍従が言い合っていると、
「珍しくレミィがやる気になってるのに、水を差さなくても良いんじゃない?」
横から第三者の声が掛かる。台所の奥から姿を見せたのは眠そうな眼をした少女、パチュリー・ノーレッジだ。普段はあまり外出する事のない彼女も、今日はわざわざ足を運んで来たらしかった。そしてどうやら彼女も料理の盛られた皿を手にしているようである。
「それに祝い事の準備なんだから、仕事なんて考えるのは無粋よ」
「そうそう、パチェの言う通りよ」
「まあそれは……確かにそうですが」
二人に言われて言葉に詰まる咲夜。
「ほら、話している時間が勿体無いわ」
「……そうですね、判りました。ではそれはその辺りに置いてください」
納得したのか、それとも必要以上に意地を張ることも無いと思ったのかは判らないが、結局は三人で準備をする事になったようである。
「なんだか随分と珍しい光景を見ている気がするな」
それを眺め続けていた霖之助が、そんな事を口にする。
「確かにねえ、あのお嬢様が人のために何かをするなんて、珍しいというよりも前代未聞なんじゃないかしら」
「そこまで言うかい」
「言うわよ……まあ、あいつにあそこまでさせるなんて、やっぱり魔理沙の人柄って事かしらね」
「おや、随分と素直じゃないか」
「こんな日くらいはね」
「そうかい」
皆の行動が嬉しいのか、霖之助は微笑みながら返事を返した。
そうこう話しているうちに他の面子も徐々に集まり始めていた。
元から居た紅魔館の面々のほかに、白玉楼や永遠亭の者たちも集まってきている。何時もの宴会よりもかなり集まりがいいようだ。
そして何やら気の早い者はすでに飲み始めていたりする。ちなみにその筆頭は八雲紫である。
「あんたね、主賓が到着してないってのになにやってるのよ」
そんな彼女に抗議の言葉を投げかける霊夢。
「大丈夫よ、私の中ではどんな時でも私が主賓だから」
「あーはいはい」
その言葉に何を言っても無駄だと悟ったのか、彼女は投げやりに返事をする。
「しかし遅いわね」
「そうだね……主役が居ないと始まらないんだが」
霖之助と二人で首を傾げる霊夢。
「まだ寝てたりとかはしないでしょうね」
「いや、もしかすると体調がまた悪くなったのかもしれない」
流石にそれは心配が過ぎるだろうと思う霊夢だったが、あえて口には出さないでおいた。
「ねえ、それって魔理沙の事なのかしら?」
「そうだが」
「それなら……ほら、あそこに」
開始前ということで遠慮しているつもりなのか、一升瓶ではなく徳利を手にした紫が森のほうを指す。
それを辿って霖之助と霊夢が視線を向けると、何やら出て行きづらそうな表情で木の陰から覗き込む魔理沙の姿があった。
不思議に思った二人がそこへと向かうと、魔理沙はばつの悪そうな顔で出迎えた。
「なにやってるのよ」
「いや……なあ?」
頭を掻きながら曖昧な返事をする。
「何か不満でもあったのかい」
「あー、そういうわけじゃないんだが……何だ、どうも気恥ずかしくてな」
「何が……って自分が祝われるってことが?」
恥ずかしそうに視線を逸らす。
「呆れた。一々気にする事でも無いでしょ。大体あいつらはあんたの誕生日って事をネタに騒ぎたいだけなんだから」
「でもなあ」
最近ではこんな風に祝われる事が無かったため、やはり気後れしてしまうのだろう。
「ったく、なに弱気になってるのよ。らしくないわね」
「まったくだ」
及び腰の彼女を疑問に思ってそう言う霊夢とは対照的に、霖之助は魔理沙の気持ちを理解しつつそう口にする。
「それに君が出て行かないと皆が始められないじゃないか」
「まあ例外も居るけどね」
何時の間にか席に着いてくつろいでいる紫に呆れたような視線を向けた。ちなみにその向かいの席では料理をつまみ食い……というか半分本気食いを始めている幽々子と、それを止めようと必死になっている妖夢が居る。
「ほら、行こう」
迷う魔理沙の手を握り、霖之助は彼女を会場まで連れて行こうとする。
「っておい、離せって」
「おや、しかし行くのが嫌だというなら引っ張って連れて行くしかないじゃないか」
咄嗟に手を弾く魔理沙に、霖之助は愉快そうな顔を向ける。
「あー、お前はほんとに嫌な奴だな」
「それは済まない……で?」
彼のそんな言葉を聞き、何とも言い難い表情で口篭もる魔理沙。
「……はぁ、わかったわかった……ったく」
そしてため息を吐くと何やらぶつぶつと呟きながら、魔理沙は会場へと向けて歩き出した。霖之助と霊夢もゆっくりとその後を追う。
「嬉しそうね」
「わかるかい」
「そんな顔をしてればね」
そう言われ彼は頬に手を当てる。どうも最近、意識せずに顔が緩む事があるようだ。まあ当然それらは全て魔理沙の事でなのだが。
「参ったな」
「ふふ、いいじゃない。二人とも前よりも随分と幸せそうよ」
霊夢のそんな言葉に、彼は空を仰ぎ、
「……まったく、本当に参ったものだね」
笑顔でそう口にするのだった。
主賓が到着したという事で、誕生日祝いという名の大宴会はようやく始まった。
開始前の時点で既に結構な量の食べ物や飲み物が減っていたのだが、新しく次々に運ばれてくるため気にする程の事でもなかったようである。
先ほどまで手伝っていたレミリア達も、今は補充する側では無く魔理沙のそばで消費する方に回っている。ちなみに減った人手はそれぞれの従者達――具体的に言うと庭師や式や兎――が手伝っているので問題は無いようだ。
「しかし壮観だな」
酒をあおりながら呟く魔理沙の視線の先には、テーブルの上にずらりと並んだ酒瓶の群れがあった。これらはすべて魔理沙への誕生日プレゼントである。
「そうね、相手は病み上がりの人間だって事を忘れてるんじゃないのかしら」
何時の間にか近くに来ていた永琳が話し掛ける。
「あー、なんだ、飲むなって言いたいのか?」
「あら、いくらなんでもこの場でそんな酷な事は言わないわ。というかむしろ貴女の場合、飲ませなければ体調を崩しそうだもの」
「随分な事を言う医者も居るもんだ」
「本業は薬師よ?」
「たいして変わらないだろ」
「それもそうね」
二人とも笑いながら会話を続ける。
「まあ、飲みましょうか」
「そうだな」
そう言って新しい瓶の蓋を開ける。
「あら、飲んでばかりもいいけれど、食べないのかしら?」
そこへ声が掛けられる。魔理沙がそちらを向くと、先ほどから常に食べ続けている西行寺幽々子の姿があった。
「遠慮しなくてもいいのよ……はむ」
「お前は少しくらい遠慮しろよ。ってかそもそもお前が言うことじゃないだろ」
もぐもぐと咀嚼しながらどこかズレた事を言う彼女に、魔理沙は呆れの視線を向ける。そしてそこへ新たな皿を手に、妖夢がやって来た。
「お待たせしました、追加の料理ですお嬢様」
「なあ妖夢、お前もそう思うだろ」
「へ?」
唐突に話を振られ妖夢は混乱する。だが先ほどの会話の内容を話すと納得したらしい。
「確かにその通り。お嬢様、もう少し控えてください」
「いいじゃない、今日は無礼講よ」
そんなことを言っている間にも料理は姿を消していく。
「まあ、いいか」
別に本気でどうにかと思っているわけでもないので、魔理沙はさらりと流す事にしたようだ。
「ふう」
くいっと一杯飲み干すと、少し離れた場所から聞こえてくる音楽と歌声を耳に、彼女は軽く一息つこうとする。しかし周囲の面々はそれを許してはくれそうにも無く、次々と集まってきては楽しげに絡んでくる。
「はは、まったく」
宴はまだまだ始まったばかりだった。
騒ぎ始めると時間は直ぐに経ち、既に日も傾き始めそろそろ夕闇が迫る頃となっていたが、誰一人として脱落する者は居なかった。このまま行けば何時ものように夜通しで宴会が続くのだろう。
そして今日の主役である魔理沙の側には、未だに皆が集まって騒いでいた。それを少し離れた場所から眺めなら、霖之助は一人で杯を傾けている。
「やれやれ、何を一人寂しく飲んでるんだ」
「これでも寂しいという事はないんだが」
「こんなに大勢居る中で手酌してるのは、立派に寂しいと思うがな……ほら」
霖之助の横に座った慧音は、空になった彼の杯へと酒を注ぐ。
「っと、有り難う」
「いやいや」
「ではこちらからも」
そう言って彼女の杯にも注ぎ返す。そしてお互いにこくりと一口。
「ふむ、やはり人から酌をして貰うというだけで、違う味に感じられるものだな」
「だろう?」
再び一口含み、飲み下す。
「……ふぅ」
「……はぁ」
周囲が大騒ぎして居るのを眺めながら、二人は静かに酒を飲んでいた。
そうして暫しの間、無言のままに酌をしあっていると、
「よう、随分と珍しい組み合わせじゃないか」
何時の間に輪から抜け出してきたのか、魔理沙が側に来ていた。
「隣、座るぜ」
そう言って霖之助を挟んで慧音とは反対の席に座る魔理沙。
「いいのかい? 主役が抜けて来て」
「あー? そんなの誰も気にしてないだろ。ほら」
言われて見てみると、彼女が抜けたというのに特に気にするでも無く、皆は大騒ぎを続けている。
「なるほど、違いない」
苦笑いを浮かべて応える霖之助。隣の慧音も同じような表情をしている。
「まあそれは良いんだが……お前らアリスを見てないか?」
周囲をきょろきょろと見回しながら二人へ質問を投げかける魔理沙。
「ああ、そういえば今日は見てないな」
「私も見ていないな……来てないんじゃないのか?」
「あー、やっぱりそうか」
何と言うことも無いような口ぶりの彼女だったが、内心で残念がっているのは顔に表れてしまっている。
「何か外せない用事でも出来たんじゃないか? 話した限りではきちんと来る気はあったようだしね」
そんな魔理沙を慰めるかのように言葉を掛ける霖之助。彼の言葉はあながち嘘という訳でもない……と言うよりむしろ事実である。大体にしてわざわざプレゼントの材料を探しに来ておいて、当日現れないというのもおかしな話だろう。
「むー、そうかねえ……お?」
などと話していると、少し離れた森の上に人影が見えた。
「どうやら、噂をすれば影らしいな」
「みたいだね」
慧音と霖之助の言葉に応えるかのように、その人影は直ぐ側に降り立った。
「ようアリス、もう始まってるぜ」
先ほどまでとは違い、にやにやとした笑みを浮かべた魔理沙はそんな事を口にする。
「っさいわね、ちょっと時間が掛かったのよ」
足音高く歩み寄ると、アリスは手に持っていた何かを魔理沙に投げつける。
「おっと」
受け止めた物に目をやる魔理沙。
「あー? 人形か? どういうつも……り……だ」
アリスに視線を戻した魔理沙は言葉を失う。夕闇のせいでよく見えていなかったが、アリスの髪の毛はバッサリと短くなっていたのだ。
「え、おい」
再び彼女は手の中の人形を見る。アリスが何時も作っている人形はかなり精巧な物なのだが、これはそれよりも更に良い出来に見える。そしてなにより、この人形の髪の毛はどこかで見た事のある色合いをしていた。そう、まるで目の前の彼女の髪の毛と同じような。
「いや、え、何?」
未だに動転したままの魔理沙を見つめ、アリスは口を開く。
「ああもう煩いわね、プレゼントよプレゼント。一々そんなに驚かないでくれる?」
「驚くな、ってお前これ」
「だから煩いってば……ほら、あんたが病気になった時、色々と大変だったからよ。私の手を煩わせたりしてほんとに疲れたんだから。次からはあんな事が無いようにするための厄除けの人形ってわけ」
「いや、厄除けって」
「色んな材料を使ってるから高くついたわ……まあ、その分効力は折り紙つきよ。何ならそこの店主にでも聞いてみると良いわ」
慌てふためく魔理沙に対し、捲くし立てるように一気に告げるアリス。急いで来たせいか、はたまた夕日の為か、その頬は赤く染まっていた。まあ真実はそのどちらでも無いのだろうが。
「えと、どういうことだ、香霖?」
「ああ、彼女は昨日の昼辺りに僕の店に人形の材料を探しに来てね……言う通り、確かに材料は随分と高級な物ばかりだったよ」
「……なるほどな」
納得の返事を返す魔理沙。そうして彼女はようやく落ち着いてきたのか、やっと頭が回るようになった。
(いやしかし……どう考えてもこの人形の髪の毛はあいつのだよな……なるほど、高くついたってのは何も値段の事ばかりじゃないって事か)
魔法使いにとって、というよりも様々な異能を操る者にとって、髪の毛というものはとても重要な意味を持っている。
例えば丑の刻参りなどは呪いたい相手の髪の毛が一本でもあれば、素材として成立するのだ。大体にして、そもそも女の髪は魔力を持つと言われているのだし、それだけでも充分に価値のある物なのである。
実際に呪いなどの分野に長けたアリスが、そのことを知らないはずは無い。
だとすればつまりは、
(それだけ私のことを信頼してくれている……って事なのかね。はは、何ともまあ気が重い)
そんな事を考える魔理沙だったが、本音ではやはり嬉しいのだろう。抑えきれない笑みが顔に浮び始めている。
「ちょっと、なに笑ってるのよ」
「あー、いや、何でもないぜ……ありがとうな、アリス。精々大切にさせて貰うぜ」
「なっ……!」
唐突に礼を言われて硬直するアリス。その顔は見る見るうちに更に赤く染まっていく。
「……わ、判ればいいのよっ」
それでも何とか照れ隠しの言葉を捻り出し顔を逸らす。そんな彼女を見ていると、何やら魔理沙自身も恥ずかしくなってきてしまったらしく、どうにも動けなくなってしまう。
「……」
「……」
そんな微妙な空気を破ったのは、横で二人の遣り取りを眺めていた霖之助だった。
「それじゃあ、僕からもプレゼントがあるんだが……」
「お、そうなのか」
助かったとでも言いたそうな声色で応え、霖之助のほうを向く魔理沙。アリスもほっ、と息を吐くと、魔理沙の隣の席へと腰を降ろした。
「まずはこれだ」
霖之助は持ってきていた小さい方の包みを魔理沙の前に置く。
「なんだ、わざわざ包んでこなくても……お」
ぶつくさと嬉しそうに言いながら、彼女は包みを開く。そして中から出てきたのは、
「ロケット、か?」
「ああ……君も年頃の女の子なんだし、そろそろ装飾品なんかを身に着けても良いんじゃないかなと思ってね」
それほど派手な細工の物ではなかったが、そんな中にもどこか人を引寄せる魅力を持っているように見える。
「はん、言ってろ」
パカパカと開いたり閉じたりを繰り返しながら、ぶっきらぼうに言い放つ魔理沙だったがやはりその頬は緩んでいる。
「で、こっちが本命だ……まあ、プレゼントとは少し違うかもしれないけどね」
続いて大きな包みを取り出し魔理沙の前に置く。
「今度は何だ?」
笑みを浮かべながら随分と綺麗な布だな、などと思いつついそいそと包みを解く。
そして、
「………………え」
中から出てきたのは簡素な作りの桐の箱。それ自体は彼女の記憶にも当然存在したが、まさかここで出てくるとは夢にも思わなかったようだ。先ほどのアリスの時よりも更に大きな驚きのため、微笑んだままの表情で固まり、絶句する。
「…………あ、これ……兄様?」
ようやく開いた口から出たのは、混乱したままの素の言葉だった。
「魔理沙」
「……はい」
そんな彼女に対し、霖之助は普段見せる事の無い――まあ最近ではそこそこ頻繁に見せている気もする――慈しむような表情で、
「……誕生日、おめでとう」
心を込めて、祝いの言葉を口にした。
「……あ」
思いもしなかった余りにも唐突なそれに、感極まってしまったのか俯いた魔理沙の瞳から滴が零れ落ちる。
(兄様は……忘れてなかったんだ)
歓喜の涙を流しながら、先ほど固まった表情が再び笑みを形作っていく。
「まったく、魔理沙は泣き虫だな」
片手で彼女の帽子を取り、もう片方の手でぽんぽんと頭を優しく撫でる。
「普段は……そんな事ない……っく」
そう言いながらも、涙は止め処なく溢れてくる。
「というか、貴女も随分器用ね……笑いながら泣くなんて……ふふ」
今まで黙った居たアリスがそっと魔理沙の背中を撫でる。彼女も普段では見られないような優しい顔をしている。
「うる……っさい」
説得力など皆無な台詞を口にしながら、背中を撫でるアリスの手の優しさを感じ、彼女は更に嬉しくなる。
「……っ」
三人の間に柔らかな空気が流れる。
ちなみに魔理沙は気が付いていないのだが、周囲の皆も何かを感じ取ったのか、邪魔をしないように声を落としていた。いくら常識知らずの彼女達とはいえ、こんな雰囲気を邪魔するほど野暮ではないらしい。
とはいえ一部の空気を読めない者が、からかいに行こうとしたりもしたのだが、良識ある面々――主に何時の間にか居なくなっていた慧音――に止められたようである。
そうして暫しの時間が流れ魔理沙がようやく落ち着いた頃になると、何事もなかったかのように再び周りは騒ぎ出した。
「……ふう、なんだかみっともない所を見せたな」
瞳を赤く充血させたまま、口調を元に戻しそんな強がりを言う魔理沙。
「しかしあいつらに気付かれないで良かったぜ」
「はは、そうだね」
離れた場所で騒いでいる面々を眺める魔理沙。知らぬは本人ばかりなり、という訳なのだが、今は黙っておく事にする霖之助とアリスだった。
「よし、それじゃあ開けるとするか」
そう言うと包みを開く魔理沙。中から出てきた桐の箱に手をかける……しかし多少の躊躇いを見せ、一度だけ霖之助に視線を向けた。
「……さあ」
帰ってきた視線と言葉に背中を押されたのか、一気に彼女はそれを開けた。
「……」
「……」
感慨深げに無言で中を見つめる二人。
「……ねえ、いい加減気になってるんだけど、何なのこれ」
この箱が何なのか知らないままだったアリスが、流石に抑えられなくなったのか聞いてくる。
「あ、そういえば言ってなかったか」
興を削がれた、という訳でもないのだろうが、多少気の抜けたようになる魔理沙。
「まあ簡単に言うとだね……今日のこの記念日に開けるために、僕と小さな頃の魔理沙が宝物を埋めたんだよ」
「……なんでまたそんなことを?」
魔理沙の代わりに答える霖之助に、アリスは不思議そうな視線を向ける。
「いいだろ別に、若気の至りって奴だぜ」
「……まあそう言う事にしておきましょうか……で、中のそれは?」
恥ずかしそうに言う魔理沙にアリスは答えると、興味深そうに箱を覗き込む。
「とりあえず出すか」
そう言って中身を取り出し、机の上に置く。
「包みが二つと……手紙が二つ?」
「まあな」
「掘り返すときに向けて手紙を書いたんだよ。これも魔理沙の発案だったね」
「ほんと、昔のあんたって乙女ねえ」
「あーあー聞こえない聞こえない」
両手で耳を塞ぎながらわめく魔理沙。
「あのねえ……ったく、子供じゃあるまいし……まあいいわ、開けましょう」
「それもそうだな」
アリスの言葉に同意し、まずは小さい方の包みに手を伸ばす。その中から出てきたのは手の平と同じ程度の大きさの、小さな瓶が一つだけだった。
「なにそれ」
「瓶だぜ……ほれ」
魔理沙から受け取ったその瓶は特に重い訳でもなく、そして振ってみても何か音がする訳でもなかった。
「……空っぽ?」
「いや、一応入ってるぜ……まあ丁度良いし開けるか」
アリスから返して貰った小瓶の蓋を開けようと、力を込める魔理沙。
「……ふっ……んー!」
「……なにやってんのよ」
「いや、これがなかなか……ふん……っ!」
呆れた声を上げるアリスとは対照的に、微妙に真剣な表情で答える魔理沙。どうやら蓋が随分と硬く閉まっているらしく、魔理沙がいくら踏ん張ってみても開く気配を見せない。
「はは、ほら魔理沙」
「くそう……はいよ」
差し伸べられた霖之助の手にその瓶を置く。それを受け取った彼が軽く捻ると、パカンという軽い音と共に蓋が開いた。
「ったく、こんなどうでもいい事で我が身の非力さを実感するのは何とも情けないぜ」
「まったくね……で、中身は?」
「ああ、これだ」
そう言って彼女は小瓶を机の上に置く。アリスはその様子を訝しげに眺めていたが、次第にその表情が納得したようなものに変化していく。
「なるほど、丁度良い、ね」
小瓶の淵から仄かな光が溢れ出し、それを中心にして辺りが穏やかな光に包まれ始める。日も完全に落ち、暗闇に包まれ始めていた境内にはまさに相応しいものだろう。
「明かりの魔法……にしてもなんでこんな物が?」
「あー、こりゃ私が初めて覚えた魔法だぜ。大したもんじゃなくて初歩の初歩なんだが……理由はまあ、初心忘れるべからずって所だろうなあ」
「昔の君は随分と――」
「あー、だからそういうことは言うなって」
恥ずかしそうな、それで居て懐かしそうな表情で、霖之助の言葉を遮りながら魔理沙はそんな事を言う。
「さて、まあこれはもう置いといて、だ。こっちを開けるぜ」
照れ隠しに頬を掻きつつ、彼女はもう一つの包みに手を伸ばす。先ほどの小瓶より少しばかり大きいそれを手にすると、妙に丁寧な外装を剥ぎ取る。
「……箱、だな」
「そうだね……まあ開けてみてくれ」
言われるがままに長方形の箱を開ける。そしてその中から出てきたのは、
「……眼鏡、よね」
装飾などは一切ない、至って簡素な眼鏡が一つ入っていた。アリスはそれを見て多少気の抜けた声を上げる。しかしそれとは反対に、魔理沙はとても驚いた顔をしている。
「これって……」
無言のままそれを手に取る魔理沙。そして恐る恐ると言った感じでそれを掛け、隣に居る霖之助の表情を伺うように覗き込む。
「気に入ってくれたかい?」
「……っうん……じゃない……ああ、気に入ったぜ」
あれ以来ついつい出そうになってしまう素の自分をなんとか堪えながら感想を言う。そして照れ隠しと眼鏡の調子を見るために、辺りをきょろきょろと見回す。すると、また一人で取り残されているアリスと視線が絡んだ。言い訳をしようとする魔理沙に、彼女は表情を一変させると、
「あら、今度は泣かないのね」
「って、んな訳ないだろっ」
ニヤリと、アリスは皮肉を込めた言葉を投げつける。どうやら彼女は霖之助と居る時の魔理沙の扱いを心得てきたようである。
「あーあ、まったく、すぐに二人の世界を作るんだから」
「おま、あのなあっ……はぁ、まあいい」
反論しようとするもあまり否定が出来ないため、魔理沙は流す事に決めたようだ。
「そうね。それでその眼鏡はどんな曰く付きなのかしら」
アリスも執拗に弄る気はないらしく、本来の疑問を投げかける。
「あー、それはだな……」
もごもごと口篭もる魔理沙。
「……昔ね、魔理沙は僕の眼鏡を欲しがってたんだ。小さい子供によくあるような、自分が持っていない物を欲しがるという気持ちではなく……多分純粋にお揃いのが欲しかったんじゃないかな」
言い辛そうにしている彼女に代わり、霖之助が言葉を継ぐ。
「そうなの?」
「さあな」
アリスの疑問にそっぽを向く魔理沙だったが、その行為そのもので霖之助の言葉を肯定してしまっている。
「へえー」
再びニヤニヤとした目つきになるアリス。魔理沙はもう何を言っても無駄だと悟ったのか、反論しない事にしたらしい。
「続けて良いかい?」
「あ、どうぞどうぞ」
気を取り直して話を再会する霖之助。
「僕としては作ってあげたいのは山々だったんだけど、自作している眼鏡は基本的に魔力を秘めてるからね。これから先の魔理沙の成長を考えると妨げになると思って断ってたんだよ」
「……そんな理由があったのか」
「おや、心外だね。僕が理由もなく拒否してると思ってたのかい」
「いやそういう訳じゃないが……なるほど、そりゃそうだよな」
長年の疑問が氷解したかのように彼女は深く頷く。
「そういった理由で身に付けても問題にならない年頃になったら、と思っていてね。それに合わせてサイズを調整して作ってはあったんだよ。だから記念日に向けて箱を埋めるという魔理沙の提案は渡りに船だったという事さ」
「だから丁度いい大きさって訳か」
くいっくいっと、特に必要もなく眼鏡の位置を直しながら呟く。やはりかなり嬉しいようである。
「ともあれ、ありがたいぜ」
「それはどうも」
そうして改めて礼を言う魔理沙。
「しかし、これもこの前の事がなければ君が手にする事はなかったかもしれないね……なんというか、見事な偶然だ」
感慨深げに呟いている霖之助に、アリスは何か含みのありそうな顔をしてこう言った。
「偶然ねえ……ふふ、それはあれじゃない? 偶然なんかじゃなくて……運命って言うんじゃないかしら」
「なっ」
「ほほう、運命か……なるほど、まさにそうかもしれないね」
驚く魔理沙とは対照的に、非常に納得したのか笑顔で頷く霖之助。からかったつもりのアリスもこれには少々面食らってしまったようだ。
「さて、飲み直すとするか」
「あら、その手紙は?」
何事も無いかのように酒瓶に手を伸ばす魔理沙に、アリスは当然のように疑問をぶつける。
「……これは、あれだ、うん」
ぎこちない態度で裏の署名を確認すると、一つを自分の懐に、もう一つを霖之助へと渡す。
「……なによ、私には見せてくれない訳?」
「あー……すまん、これは勘弁だ。流石に恥ずかしすぎる」
本気で恥ずかしいのかアリスに頭を下げて懇願してくる魔理沙。
「いやちょっと、そこまでの物なら無理にとは言わないわよ」
それを見てアリスは慌てて首を横に振る。魔理沙をからかい慣れてきたアリスも、流石にここで「何、恥ずかしがるような事が書かれているのかしら?」なんて発言をするほど愚かではない。
「僕は構わないんだけどね」
苦笑しながら口を挟む霖之助を、彼女はジロリと睨みつける。
「あのな、私はお前ほど恥知らずじゃないんだよ」
「そうかい?」
「そうだぜ……それじゃまあ、飲むか」
強引に話題を変え、今度こそ魔理沙は酒瓶を手に取った。
結局その日の宴会は当然のように夜通し続いた。
だが何時もよりも騒ぎ過ぎたのか、まず最初にレミリアや輝夜、幽々子たちが眠気に誘われうとうとし始めた。長々と生きていても徹夜は堪えるのだろうか。いや、長生きしているからこそ辛いのか……どちらにしろ生きていない者も含まれている辺り何とも言えないが。ともあれ、それぞれの従者も主達を連れて一緒に帰っていった。
そしてそれに習い、他の面々も順に姿を消していき、
「結局、残されるのは何時も通りに私一人ってわけ……でもないわね」
何時も後片付けを一人でさせられる霊夢が、箒を片手に愚痴を言おうとした所、今日は珍しく手伝う者が居たようである。
「槍でも降るのかしら」
「随分な言いようだな」
「それだけ珍しいって事じゃない。あんた達が手伝うなんてね」
霊夢の言葉を聞き咎めた魔理沙とアリスが文句を言ってくる。
「一応は私の誕生会って名目だったんだしな。別に文句があるなら帰るぜ」
「そういう訳じゃないけどね……アリスは?」
「わ、私はなんとなくよ。偶には良いかなって思っただけだから」
「ふうん」
意味ありげに二人を眺め、次に少し離れた場所にいる相手に視線を向ける。その相手――森近霖之助は、それに気が付いたのか近寄ってきた。
「ん、どうかしたのかい?」
「いいえ何でもないわ。悪いわね、手伝って貰って」
「いや、場所を提供して貰ったんだ。これくらいの事は当然だろう」
「そう?」
再び意味ありげな視線を二人に向ける。
「なんだ」
「なによ」
「ふふ……何でも。さあ、ぱっぱと終わらせましょ」
境内を箒で掃き始める霊夢。それに従い魔理沙たちも片付けを再開する。
ちなみに魔理沙が掛けっぱなしの眼鏡に対しては何も言わないでおいた霊夢だった。
博麗神社から帰ってきた魔理沙は、何をするより真っ先に懐の手紙を取り出した。封を開けるのすらもどかしいのだが、破り捨ててしまう訳にもいかない。
棚から取り出したペーパーナイフ――これも霖之助から貰った――でようやくそれを開く。
「……よし」
そして彼女は気合を入れて、それに目を通し始めた。
魔理沙へ
君がこの手紙を読む頃には、僕は君の側にいないかもしれない。
いや、むしろその可能性のほうが高いだろうと思う。
でもそうなってしまうのは仕方のないことなんだ。
自惚れさせて貰えるのならば、僕は君とかなり親しい存在だと思う。
だから……これもまた自惚れた発言かもしれないけれど、僕が居なくなった原因を知ったとき、それを恨んだり嫌いになったりしないで欲しい。
思うことは様々にあるだろう。
自分から離れておいて何を勝手な事、と言われるかもしれない。
でもこれだけは信じて欲しい。
僕が君の前から居なくなるのは、決して嫌いになったという理由からではないという事を。
出来る事ならば。
今までも。
そしてこれからも。
君の兄で在りつづけたいと心から願う。
ここまで書いたが……これを読んだ時もしも……もしも変わらず僕が君の側に居ることが出来ているのならば、この手紙をネタに思いっきり笑ってやってくれ。
それではここで筆を置こうと思う。
君に幸あれ。
魔理沙の兄より
手紙に目を通しながら嬉しそうになったり悲しそうになったりと百面相をしていた魔理沙は、読み終わった後に一息つくと、
「あー……っもう!」
どうにも自分の感情を制御しきれないのか、ぶんぶんと頭を振るわせる。
「ったく、あの頃からこんな事考えてたのかあいつは……まあ終わった事だし良いとするか。それに面白いネタも出来たし、明日にでも早速……へへ」
大事そうに手紙を引き出しへと仕舞い込むと、今度は他のプレゼントを手に取る。とは言っても彼女が貰った物の殆どは、あの宴会の場で消費し尽くしてしまったのだが。
「あいつら殆ど酒ってのはどういうつもりだ……いや、嬉しかったけどな?」
誰に言い訳するでもないがそんな事を呟きながら、アリスに貰った人形を枕もとの棚の上に置く。
「へへ」
ついついにやけてその髪の毛を撫でてしまう。
「おっと、危ない危ない。人形遊びをするような歳でもないってのに」
撫でていたその手で人形のおでこを軽く弾く魔理沙。
「……とはいえ、やっぱり嬉しいものは仕方がないよな」
もう一度だけ頭を撫でると、他の物の整理を始めた。
霊夢と咲夜からはそれぞれ日本茶用の湯飲みと紅茶用のティーカップ。
「……まあどっちも飲むからいいんだが」
パチュリーからは魔道書が何冊か。
「こりゃ私が見た事ないもんだな」
どうやら秘蔵の物をわざわざ持ち出してくれたらしい。
「……へへ」
最近こんな顔をしてばかりだとは思うものの、にやけるのを抑えられない魔理沙。
その後も暫く時間をかけて、魔理沙はプレゼントの整理に勤しんだ。
一方、同じく帰宅したアリスは早々にベッドへと潜り込んでいた。
(今日は疲れたわ)
目を瞑り眠るまでの少しの間、何とはなしに最近の事へ思考を巡らせる。当然最近の事といっても、その殆どが魔理沙の事なのだが。
(私もかなり意地っ張りだけど……あいつも大概よね……なんて思ってたんだけど、最近じゃあどうもね)
魔理沙と霖之助の遣り取りを見ていると、今まで抱いていた彼女のイメージが悉く覆されていくのだ。
そしてそんな二人の横に居られる自分を鑑みてふと思う。
(なんだか、変ね)
複雑な気持ちになり、目を瞑ったまま眉をひそめるが、
「……ふふ、もういいじゃない、素直になりましょ」
自分に言い聞かせるかのように、そんな言葉がついつい口から零れ出る。
「そう、私は魔理沙と仲良くなれて嬉しいの」
今まで様々な感情を彼女に抱いていたアリスだが、今のこの状況に陥っていること自体は、本音を言うと歓迎すべきものらしかった。
「だからあの店主にも感謝してるし……ほんと、人生って何が起こるか判らないわね」
細かいことを言えば人生ではなく妖生なのだろうがそんな事は気にするものでもないだろう。
(……それに彼自身も嫌いじゃないし……ってこんな事を素直に思えるようになっただけでも……随分な事よね)
他者に対する自分の好意を認められるようになったあたり、成長したという事なのだろうか。
(……まあ……今度からはこっちも……積極的に行ってみようかしら……ね……)
そうこう考えているうちにまどろみ始める。
「……すぅー」
薄っすらと笑みを浮かべたまま、何時の間にやらアリスは眠りについていた。
香霖堂の店内には、椅子に座って真面目な表情をしている霖之助の姿があった。
「……」
いつになく真剣な彼の視線が注がれる先にあるのは一通の手紙。
軽く眼鏡の位置を正すと、霖之助は中身を取り出して読み始めた。
兄様へ
いつもいつも私の相手をしてくれてありがとう。
私のせいでいやな目にあっても、そんなことはぜんぜん顔に出さないで笑っていてくれる。
血のつながった兄妹でもないのにいつもやさしい兄様。
私はそんな兄様にとても感謝しています。
きっとこの手紙を読んでいるときになっても、めいわくをかけているんじゃないかなと思います。
でも今までめいわくをかけた分だけ、そのころにはきちんとした魔法使いになって、いっぱい兄様にお礼をしたいなんて考えています。
だから期待してください。
なんて言っておきながらひとり立ちできていなかったらどうしよう……。
えと、この手紙を読んでいるころ、兄様のそばにいる私はちゃんと一人前になれていますか?
もしかしてなれてなかったら、と思うと不安です。
だけど兄様がそばにいてくれるなら、たぶん大丈夫じゃないかなと思います。
だから、これからもずっと、霧雨魔理沙をよろしくお願いします。
……ここで終わろうと思ったんだけど、やっぱり最後まで書いておこうと思います。
さっき一人前になれてないかもしれないから不安、と書きましたが、それよりももっと不安な事があります。
それはこの手紙を読んでいるとき、兄様の近くに私がいないこと。
今はいっしょにいることが当たり前になっているけど……たぶんそれずっと続くことじゃないと思うから。
私は子供だけど、そうなんじゃないかなってことは、何となくだけどわかります。
でも、やっぱりそんなのはいやです。
はなれるなんて考えたくない。
兄様といっしょにいられることが、本当にうれしいんです。
だから……大きくなった私が、兄様のそばにいられますように。
そんなねがいを込めて、この手紙をうめることにします。
大好きです。
魔理沙より
可愛らしい文字で書かれた手紙には、幼い魔理沙の霖之助への想いが込められていた。そして不覚にも眦が熱くなって来ているのか、彼は読み進める度に瞬きを繰り返している。
「……ふう」
そうして一言一句すべてを大事に大事に読み終えると、霖之助は大きくため息をついた。
「なんとも、本当に僕は愚かだったんだな」
魔理沙からの手紙には、彼女がどれだけ兄を想っているか、一緒に居ることができてどれほど幸せかが綴られており、そして何よりも、その時の彼自身と同じく、これから先も一緒に居たいという願いが痛いほど伝わってきたのである。
「まったく、これですれ違ったままだったとすると……はは、考えたくないな……はぁ」
もう一度ため息をつく霖之助。
「……ん?」
ふとそのとき手紙の端に、小さな文字で一言だけ書かれているのに彼は気がついた。
そこに書かれていたのは、
『大きくなった私を兄様がきれいだと思ってくれているなら、およめさんにしてくれるとうれしいです』
そんな内容だった。
「はは……なんとも光栄だね」
呟く彼の微妙な表情から読み取るに、そう思っているのは事実なのだろう。しかし立場上どうにも複雑な心境にならざるを得ないらしかった。
とりあえずその文字には気付かなかった事にして、もう一度だけ目を通してから奥の戸棚に舞い込む。
「……っと」
戸を閉めた弾みからかふらりと体が傾いた。
「む、疲れているのかな」
魔理沙にあれだけ言っておきながら自分が体調を崩してしまっては、馬鹿と言われても仕方がない。
そんな風になるのは避けたいと、早々に布団へと潜る霖之助だった。
「ばーか」
翌日、アリスを伴って香霖堂へやって来た彼女の第一声はそれだった。
「む、否定できないのが何とも」
声の主である霖之助は、熱っぽい顔で布団に横たわったままそんな言葉を返す。どうやら連日の無理が祟ったらしく、ついに体調を崩してしまったようである。と言っても流石に意識を失うほどではないようだ。流石は人妖……と言う訳ではなく、昏睡するほどまでに無理をする魔理沙が稀なだけなのだが。
「特に肉体派って訳でもない……というかむしろ全く逆の癖に無茶するからだ」
「元凶が何を偉そうに言ってるのよ」
温くなっていた桶の水を取り替えながらアリスが呆れたように言う。
「でも魔理沙の時よりも平気そうで安心したわ……とはいえ、こういうのをなんて言うのかしらね。ミイラ取りがミイラになる?」
「違うだろ。まあ何にしろ馬鹿には違いないが……しかしあれだな、馬鹿は風邪を引かないってのは迷信か」
「そんなの君のときに判ってたことじゃ……んが」
鼻を摘まれ彼らしくない呻き声を上げる。
「あー、そんな事を言うのはこの口か?」
ぐりぐりと鼻を摘んだままの魔理沙。
「そこは口じゃないでしょ」
「似たようなもんだろ。息を吸う場所なんだし」
「どこがよ」
気が済んだのか彼女は手を離す。
「さて、その調子じゃどうせ何も食べてないんだろ……台所借りるぜ」
勝手知ったる香霖堂とばかりに台所へ向かい、てきぱきと準備を始める魔理沙。材料を漁り終えると調理を始めようとする。
「手伝うわよ」
一人霖之助の相手をしているのも何なので、アリスもその隣に立つと包丁を手に取る。
「そうか? それじゃ私は出汁をとるから、その間に葱とか椎茸を適当に刻んでくれ」
「わかったわ」
「あとほら」
手近な場所に置いてあったエプロンをアリスへと手渡す。ちなみに魔理沙は汚れても良いよう常に身につけてあるので問題ない。
そして暫くするとトントンという音や、食欲をそそる匂いが漂い始めた。
「……むう」
霖之助は断る事も出来ず、かといって女の子二人に世話をされて自分は果報者だ、などと思うわけでもなく複雑な気分で待つ事しか出来なかった。
「そういえば今日は眼鏡を掛けてないのね」
「流石に何時も掛けてる訳にもいかないからな。だけどほら、こっちは身に付けてるぜ」
後は煮込むだけになったので、魔理沙はおたまを置くと胸元かごそごそとロケットを取り出す。
「へえ、何か入れてるの?」
手を伸ばして何気ない仕草でそれを開く。その中には霖之助と幼い頃の魔理沙が写った写真が入っていた。見た感じでは何かの記念に撮った物のようである。
「ちょっ、こら!」
「へえ……なるほどね」
いきなり中身を見られるとは思わなかったのか、魔理沙は驚き抗議の声を上げる。
「何か文句でもあるのか」
「いえ、別に。まあ家族の写真を入れるのは普通よね」
「あ、ああ、普通だぜ」
特にからかうような声でもなかったため、魔理沙は多少拍子抜けしてしまった。
「ほら、そろそろ良いんじゃない」
「っと、そうだな」
アリスの言葉に煮立っている鍋の火を消し、熱くなっているそれをエプロンで包もうとする、しかしかなり熱いのかスカートごと掴み直すと慎重に霖之助の元へと向かう。
「ほいっと、出来たぞ」
完成したそれを枕元に置くと蓋を開ける。すると、もあっと湯気が立ち上りぐつぐつと音を立てた雑炊が姿を見せる。
「魔理沙、はいこれ」
「おう」
アリスが持ってきたお椀を受け取ると、おたまでそれに盛り付ける。
「いや、有り難いね」
霖之助は礼を言いながら布団から起き上がると、そのお椀を受け取ろうと手を伸ばす。
しかし魔理沙はそれを手で制すと、
「アリス、スプーンくれ」
愉快そうな笑みを浮かべながら要求する。その顔を見た霖之助は何故か嫌な予感を覚える。
「?」
疑問符を浮かべたままアリスはそれを魔理沙へと手渡す。
そして受け取ったそれで彼女は雑炊を掬うと、
「ふーふー……ほら、あーん」
恥ずかしげも無くそんな事をしてきた。
「んな……っ」
「……はは」
固まるアリス、そしてやはりと言いたげに乾いた笑いを漏らす霖之助。
「どうした香霖……まさか約束を破る気じゃないよな?」
「な、何のことだい」
惚けようとする彼に、しかし予想外の所から伏兵が現れる。
「はぁ……そういえば確かに、自分が病気になった時にはお願いするなんて言ってたわね」
呆れた様子で言うアリス。彼女はあの時、隣の部屋で寝た振りをしながらも一部始終聞いていたのだった。
「ほらほら、証人も居るみたいだぜ」
「むう……」
「諦めたほうが良いんじゃない」
「……まあ、仕方が無い、か…………あーん」
観念した霖之助は、恥ずかしそうに口を開く。目を瞑っているのが彼の最後の抵抗だろうか。
「よし」
そして魔理沙は喜々として口の中へ放り込む。
「どうだ?」
「……うん、美味い」
「そうか、そりゃ良かったぜ……ふーふー……あーん」
感想を聞き嬉しそうにすると、続けて二口目を差し出す。
「……あーん」
割り切ったのか一度目よりは羞恥が薄れたようにも見える。
「なんだかねえ……」
「ん、何だ、アリスもやるか?」
「遠慮しとくわ。あんた達のそれを見てるだけで既に食傷気味よ」
「自分で食べてる訳でもないのにな」
「はいはい……ったく」
先ほどと同じく呆れた声で答える彼女だったが、その頬は薄く染まっている。
(積極的になろうとは思ったけど、さすがにこういうのはねぇ……はあ)
そんな事を思いつつ、こんな雰囲気も嫌いではないなどと感じ始めている自分を否定できないアリスである。
途中で霖之助が、
「しかし魔理沙、スカートをあんな風に使うのはその……あまり良くないぞ」
などと彼にとっては善意なのだが魔理沙にとっては余計な事を口にし、見た見ないだの言いながら冷まさないままの雑炊を口に突っ込まれたりしつつも、なんとか食事を終える。
その後、魔理沙とアリスも昼食を摂り洗い物も済ませると、まったりとした空気が流れ始めた。霖之助の調子も大分良くなってきたのか、布団から起き上がったまま三人でとりとめも無い会話をしている。
暫くの間そんな事をしていると、
「ふあぁ……」
窓から差し込む昼の陽気に誘われたのか、魔理沙は大きな欠伸を一つ。
「ちょいと借りるぜ」
言うが早いか半分布団をかぶったままで座っていた、霖之助の太股に頭を乗せて横になる。
「……あんたねえ」
いい加減に突っ込み役の位置に落ち着いてしまっている状態のアリスが口を開く。
「あのな魔理沙、僕が病人だって事を忘れていないかい?」
「覚えてるぜ」
「だったら離れた方がいいんじゃないかな。君もまた病気になりたくは無いだろう」
「まあな、でももしそうなった場合はアリスが面倒見てくれるから平気だろ……な?」
「……はぁ?」
唐突に振られて困惑するアリス。
「何だ、看病してくれないのか」
「いや……まあ、そうなった場合はするだろうけど」
尻すぼみになりながら言うアリスに、魔理沙は本当に嬉しそうな笑みを向ける。
「なら良いだろ……へへ」
そして言うだけ言うと、魔理沙はそのまま寝息を立て始めてしまった。
「……ほんと、勝手な奴ね」
台詞とは裏腹にその表情はどこか優しい。彼女の今の気持ちは、もしかすると我侭な妹を持った姉のそれに似ているのかもしれない。
「だがそれでこそ魔理沙だろう?」
霖之助は自分の膝枕で眠る魔理沙の髪の毛を手で梳きながら、こちらもアリスと同じような表情で語りかける。
「まあ、ね……ふぁ」
気持ちよさそうな魔理沙の寝顔につられたのか、アリスも可愛らしい欠伸をする。
「君も眠ったらどうだい」
「そうさせて貰おうかしら」
すると彼女は何を思ったのか、彼のもう片方の太股を枕にして横になる。
「んなっ!」
これには流石の霖之助も驚きを隠せず、大きな声を上げてしまう。
「ちょっと、魔理沙が起きるわよ」
「いやそうは言っても」
「いいじゃない、それとも魔理沙には貸せて私には駄目とでも言うつもり?」
「そうは言わないが……仕方ないな……はぁ」
ため息をついて受け入れる霖之助。
「君もここ数日で随分と魔理沙に似てきたんじゃ……っと、もう寝ているのか」
自分の両足を枕にして眠る金髪の少女二人を彼は交互に眺める。
「まったく、これじゃいよいよ慧音に反論できないな……はは、やれやれ」
だがその言葉とは裏腹に彼の表情はとても嬉しそうなものだった。
霖之助は改めて思う。
自分が悩んでいた事は実は大した事ではなかったのだろうと。
「この子の考えは……多分、真理なんだろうな」
人間だろうと妖怪だろうと関係なく、それぞれをその個で判断する。
単純に見えて難しい事だが、今ここでこうして人間と妖怪と人妖が何の気負いも無く、まるで仲のいい兄妹のようにしていられる現状を見ると、多分それは正解なのだろう。
「……願わくば、皆がそう思える日が来るように」
自分には似合わないと内心で思いつつそんな事を呟きながら、彼は眠る二人の少女の頭を優しく撫で続けるのだった。
よしちょっと香霖ぶん殴ってくるお(#^ω^)
いや素晴らしいの一言。
だだ甘でもいいよーいいよー
甘ぇ、だがそこがいい(*´ω`)
之は良いアリマリを見守るこーりん兄さんですね。
長々と4話とてもとても美味しゅう御座いました。
次は香×アリ(裁かれました)を…
自分はどうも地の文が回りくどくなるから、このテンポの良さを見習いたい。
神すぎる
おかげで仕事にならないくらいですよ。
…ちょっと霖之助に(ry
非の打ち所がないとはこのことか
俺もその一人・・・良い話を読ませてもらいました。
素敵です
この三人の絡みは読んでいて心が温まりました。
ほのぼのとした、素晴らしい作品でした。