他人と同列に扱われるのが気に食わないというのは、単なる我侭なのであろうか。
一応、私こと上白沢慧音が人間の肩を持つのは、常に妖怪優位に傾かざるを得ない幻想郷にはバランサーが不可欠であるという考えからであり、私が半分人間であるという事情から陽に起因している訳ではない。まあ本当にまったく切り離して考えられているといえば嘘になるのだろうが、相応の信念を持っていることだけは主張しておく。
しかるにこの私の信念、どうにも、幻想郷のあちこちから聞こえてくる色々な「地位向上の叫び」の中に埋もれがちなきらいがあるのだ。
その叫びとは例えば竹林の兎たちが兎鍋反対を訴えた兎角同盟であり、蟲たちの有用性を広めるための虫の知らせサービスである。変わり種では人形の地位向上運動などというのも聞いたか。
あるいは今、日も暮れやらぬ時分に人里にほど近いこの場所にのこのこと現れ、私が一発打ち込んでやるなりその場に尻餅をついて
「ちょ、ちょっと待ってー」
等のたまっているこの妖怪夜雀も、確か普段は焼き鳥撲滅のため屋台を経営していたはずだ。
「待つのはそっちだ。一歩でも進んだら、人里に害をなす妖怪として退治してやるぞ」
語調が荒いのは鬱憤が溜まっているからではない。はずだ。妖怪ならもとより(一応)人間である妹紅にまで、ついさっき数奇者扱いされてきたから、とかそういう理由ではない。くそ、あいつ自分は死なないからって。
夜雀ミスティア・ローレライは、さきの私の弾から守るように胸に抱えた、大きめの風呂敷包みを背中の方に担ぎ直しながら、ふてくされた顔で立ち上がった。空いた方の手で小袖のお尻のあたりをぱんぱんとはたく。
いや、小袖ではない。デザインこそ柿色の無地で地味なものだが、その袖はほとんど振袖といってもいいほど大きく、彼女の爪を先まですっぽりと覆い隠している。また彼女の背には無駄に禍々しいデザインの翼があったはずだが見当たらない。帯が二重にしてあって、外側の帯が背の辺りに不格好な帯の結び目を作っているが、恐らくあの中に翼を隠しているのだろうと思い当たった。
髪型もいつもと微妙に違っていて、羽毛が生えた耳はぱっと見では髪飾りのようにもみえる。つまるところ、人間に変装しているのだ。ひょっとしたら目的は里の襲撃とかの類とは違うものなのかも知れない、という考えが今初めて脳裏に浮かんだ。
「せっかちすぎよ。私はちょっと食料の調達に来ただけなんだから」
……残念ながら、向こうに弁解する気がないのでは話にならない。私は無言で周囲に6体の使い魔を展開した。夜雀は露骨にびびっている。
「だから、ちょっと待ってって言ってるでしょ。ほら、私を攻撃すると里によくない事が起こるの」
「ほう?」
語調はハッタリそのものだったが、ワーハクタクたる私の頭の中には符合する知識が一応あった。
「私が傷つけられたら喘ぎ声を、殺される時には断末魔の叫び声をあげるわ」
ただの鳴き声でも、自称だが人間なんて全滅するほどの妖怪を呼び集める事ができる夜雀。その夜雀の、より呪術的な意味合いの強い声が『もしも』発せられたら。まあ、それは由々しき事態だろうな。
なるほど、いいだろう。
「分かった、通っていいよ。ただし、念のため私も同行するが良いかな」
「やったっ、何だ話分かるじゃん」
私が同行する限り人狩りなどは出来ない訳だが、彼女は特に不平を漏らすこともなく、踵を返した私の後に従った。
天の日が地の向こうに消えれば、人の灯が道を照らす。風呂敷包みを担いだ夜雀は、村に入ると行き違う村人に度々声をかけられては愛嬌を返したりしていた。
「人気だな」
「可愛い盛りですから」
自分で言うな。それにその言葉は普通親子の仲にしか使わない。
程なくして私達の足はある土倉に行き当たった。目的地らしい。裏口へと歩を進める夜雀の一挙動一投足に、私は念のため最大限の注意を払った。例えば彼女が素早く人間をさらって飛び去ろうとした場合、人一人抱えているとはいえ翼を持った彼女の飛行速度に、私ではついていけない可能性もある。
彼女は扉を叩いた。倉の親父が顔を出した。親父はミスティアの顔を認めるなり満面の笑顔になり、
「ほうほうミッちゃんか、いつもので良いかね?」
と、黒い液体、恐らく醤油の入った一升瓶を持ってきた。ミスティアも勝手知ったるといった様子で、値段を聞く事もなく代金を支払った。
なべてこともなかった。
「えっと、知り合いなのか?」
思わず拍子抜けした声を漏らす私。
「ああ慧音様。この子はどこぞやの酒処の娘のミッちゃんと言いまして、家の手伝いにと、いつもこんな所まで使いにくる、とても感心な子なんでさ」
「ここのお醤油は品がいいって、父ちゃんいつも贔屓にしてるんだよ、けーね様っ♪」
うわ、微妙にキャラが変わった。村娘がえらく板についてるな、妖怪のくせに。なるほど、屋台に使う物のいくつかは、こうやって上手く偽装して買いに来ていたのか。人間から普通に物を買う妖怪。それは本来奇妙な光景であるはずなのに、あまりにも自然に私の目に映った。少なくとも、私が肩肘張って人間のために尽くすよりは、かなり自然な光景に思えた。
妖怪と半妖と人間、人妖率±0%の奇妙な集いは、暫時とりとめのない話を続けた。途中ミスティアは思い出したように持っていた風呂敷包みを開いたが、中身は空の一升瓶であった。三本あったうちの一本を親父に差し出す。それにしても、袖から手を出さず小銭や風呂敷を扱うとは大した器用さだ。
そのあと同様にして酒蔵でも清酒と焼酎を一本ずつ仕入れ、包みの瓶が3本とも中身の入ったものに交換された。だいぶ重量を増した風呂敷を担いで帰路に就く夜雀の足取りは、それでも軽そうだった。
ご機嫌なのは、首尾よく人里に通してやった時からだったか。彼女はその時のことに触れた。
「さっきのさ、私の啖呵」
あの喘ぎ声うんぬんの奴か。
「キマってたと思わない? 私のカリスマが30パーセントUP、みたいな」
最近よく耳にするが、カリスマという単語のこの使い方は正しいのだろうか。カリスマというのは先天的・超自然的な魅力のことを指すのであって、上がったり下がったりはあまりしないと思うのだが。さておき。
「本来の目的を達成した度合いでいえば、あれは0点だな」
でも、通してくれたじゃない、と、そのきょとんとした顔が訴えている。
「いいか、妖怪っていうのは、間違ったことはしないんだ、絶対にな」
アダム=スミスという人物がいる。外の世界の経済学者のはしりである。そのアダム=スミスが唱えた理論に、皆が常に自分に最も得になるように行動すれば、人類全体の利益は最大になる、とある。
だが、この理論は人間の間では成功しなかった。原因は後世の人間がいろいろ説を立てているが、私に言わせればそれは議論の余地もない。人間は寿命が短すぎたのだ。よくない選択肢というのは後に我が身に返ってくるものである。しかし人間の場合、その報いを受ける頃には既に世にいなかったり、そうでなくても生きざまや考え方が全く変わってしまっていたりする。
その点、充分に長い寿命をもった妖怪にはこの理論がぴったりと当てはまる。そのため妖怪の行動というのは決して間違いがない。一見好き勝手なようで、実際は非の打ちどころもなく完璧に好き勝手なのだ。それが故に、幻想郷は平和だ。
「自分の命を失うことは究極の大損だ。時に感情で死を選ぶ人間と違い、妖怪は決してそれを許容しない。自分の命しか交渉のカードがないというのは、自分は何もカードを持ってません、と言っているのと同じ事だろう。丸腰だから通した、それだけだ」
とりあえず結論を口に出した私。
その一方で、私の思考は「好き勝手」のあたりから脇道に逸れていた。そう、私が人間の肩を持つのも、結局は一妖怪としての単なる好き勝手に過ぎない。そして、だからこそ幻想郷のバランスを保つ事ができるのだ。ならば、好き勝手でも我侭でも良いか。他人にそう言われるのはちょっと癪だが。
そんな私の心境は露知らず。ミスティアは鼻を折られて膨れている。
「言っておくが、私は妖怪という意味でも、お前よりは先輩なんだからな」
ん、待てよ、私は半分人間だから妖怪歴も2で割らないと駄目か。そうするとえーと。
……思考を、なかったことにした。
辺りの民家はやがて疎らになった。道は森の中へと続く。少し、足元が見えづらいな。
「いや、でもやっぱり誤解だったよ。てっきり人間を襲いに来たのかとばっかり思った」
「そんな訳ないじゃない」
ミスティアはとっ、とっ、という、相変わらずの軽い足取りで私の二、三歩前に出た。
その時、一陣の風が木々を揺らし、月の光が差し込んだ。こちらを振り向いて夜雀が浮かべた笑みは先までと変わらない無邪気なものであったはずなのに、月光がそれを全く違う妖しげな色に見せた。
「人間をからかうなら、今くらい暗くならないと、ね」
言うや彼女の帯の結び目がはらりと宙に舞い、折り畳まれていた翼がぴんと伸びる。月明かりは揺れて羽根に当たり、それを淡く、白く縁取った。
「っ!」
不覚にもその光景に息を飲んだ私を尻目に、ミスティアは地面を軽く蹴って低空でその風を捕らえ、そのまま木々の隙間を滑らかにすり抜けてゆく。
私は慌てて後を追おうとした。しかし。
見えない。
気が付けば、そこは最初にミスティアと鉢合わせした場所であった。
「おーい、慧音ー」
空から私を呼ぶ声は妹紅だ。声を頼りに、私は森の木々の上に出た。私を認めて満面の笑みで近寄ってきた妹紅は、やはりいつものもんぺ姿だ。人里近くに来るのだったら、せめてもう少し着飾っても良いと思うのだが。
「あ、いたいた。まったく『ちょっと外の空気を吸ってくる!』って言ったっきり帰ってこないもんだからさあ」
おお、そうだった、心配かけてしまったようだな。
「ちょっと、慧音の肺活量に疑問を抱いちゃったよ」
いや待て、その理屈はおかしい。
まあ、そんな事はどうでもいいか。今、私には妹紅に提案しなくてはいけないことがあるのだ。
「妹紅、夕飯は屋台のヤツメウナギにしないか、おごるから」
「悪くないけど、珍しいね。どうしたの?」
まあ、確かに珍しい。外食するくらいならうちで馳走したほうが早いからな。しかし、今日はそうしない理由がある。
「ちょっと、鳥目をもらってしまったんだ。気が付いたら長々と夜雀の声を聞かされていたんだな」
なにそれ傑作、相変わらず慧音のおとぼけ炸裂だね、と、妹紅は声を上げて笑った。樹海を見下ろす位置に出たお陰で、そんな妹紅の顔は月明かりでよく見えるんだが。悔しいから私も力の限り笑った。
結局、夜雀に一杯食わされたことになるのだろうか。いや、あいつがこんなに計算高いはずはないな。気が晴れたような晴れないようなもやもやした感情といい、出会ってから別れるまでずっと一人相撲を取っていたような気がする。どうにも私はああいう頭の弱い手合いには相性が悪いらしい。
こういう時は、一杯やるに限る。
夜雀の鳴き声が聞こえてくる。私と妹紅もいまだ笑い声を上げつづけている。
そんな多くの声を呑み込んで、夜の森はなお暗かった。
一応、私こと上白沢慧音が人間の肩を持つのは、常に妖怪優位に傾かざるを得ない幻想郷にはバランサーが不可欠であるという考えからであり、私が半分人間であるという事情から陽に起因している訳ではない。まあ本当にまったく切り離して考えられているといえば嘘になるのだろうが、相応の信念を持っていることだけは主張しておく。
しかるにこの私の信念、どうにも、幻想郷のあちこちから聞こえてくる色々な「地位向上の叫び」の中に埋もれがちなきらいがあるのだ。
その叫びとは例えば竹林の兎たちが兎鍋反対を訴えた兎角同盟であり、蟲たちの有用性を広めるための虫の知らせサービスである。変わり種では人形の地位向上運動などというのも聞いたか。
あるいは今、日も暮れやらぬ時分に人里にほど近いこの場所にのこのこと現れ、私が一発打ち込んでやるなりその場に尻餅をついて
「ちょ、ちょっと待ってー」
等のたまっているこの妖怪夜雀も、確か普段は焼き鳥撲滅のため屋台を経営していたはずだ。
「待つのはそっちだ。一歩でも進んだら、人里に害をなす妖怪として退治してやるぞ」
語調が荒いのは鬱憤が溜まっているからではない。はずだ。妖怪ならもとより(一応)人間である妹紅にまで、ついさっき数奇者扱いされてきたから、とかそういう理由ではない。くそ、あいつ自分は死なないからって。
夜雀ミスティア・ローレライは、さきの私の弾から守るように胸に抱えた、大きめの風呂敷包みを背中の方に担ぎ直しながら、ふてくされた顔で立ち上がった。空いた方の手で小袖のお尻のあたりをぱんぱんとはたく。
いや、小袖ではない。デザインこそ柿色の無地で地味なものだが、その袖はほとんど振袖といってもいいほど大きく、彼女の爪を先まですっぽりと覆い隠している。また彼女の背には無駄に禍々しいデザインの翼があったはずだが見当たらない。帯が二重にしてあって、外側の帯が背の辺りに不格好な帯の結び目を作っているが、恐らくあの中に翼を隠しているのだろうと思い当たった。
髪型もいつもと微妙に違っていて、羽毛が生えた耳はぱっと見では髪飾りのようにもみえる。つまるところ、人間に変装しているのだ。ひょっとしたら目的は里の襲撃とかの類とは違うものなのかも知れない、という考えが今初めて脳裏に浮かんだ。
「せっかちすぎよ。私はちょっと食料の調達に来ただけなんだから」
……残念ながら、向こうに弁解する気がないのでは話にならない。私は無言で周囲に6体の使い魔を展開した。夜雀は露骨にびびっている。
「だから、ちょっと待ってって言ってるでしょ。ほら、私を攻撃すると里によくない事が起こるの」
「ほう?」
語調はハッタリそのものだったが、ワーハクタクたる私の頭の中には符合する知識が一応あった。
「私が傷つけられたら喘ぎ声を、殺される時には断末魔の叫び声をあげるわ」
ただの鳴き声でも、自称だが人間なんて全滅するほどの妖怪を呼び集める事ができる夜雀。その夜雀の、より呪術的な意味合いの強い声が『もしも』発せられたら。まあ、それは由々しき事態だろうな。
なるほど、いいだろう。
「分かった、通っていいよ。ただし、念のため私も同行するが良いかな」
「やったっ、何だ話分かるじゃん」
私が同行する限り人狩りなどは出来ない訳だが、彼女は特に不平を漏らすこともなく、踵を返した私の後に従った。
天の日が地の向こうに消えれば、人の灯が道を照らす。風呂敷包みを担いだ夜雀は、村に入ると行き違う村人に度々声をかけられては愛嬌を返したりしていた。
「人気だな」
「可愛い盛りですから」
自分で言うな。それにその言葉は普通親子の仲にしか使わない。
程なくして私達の足はある土倉に行き当たった。目的地らしい。裏口へと歩を進める夜雀の一挙動一投足に、私は念のため最大限の注意を払った。例えば彼女が素早く人間をさらって飛び去ろうとした場合、人一人抱えているとはいえ翼を持った彼女の飛行速度に、私ではついていけない可能性もある。
彼女は扉を叩いた。倉の親父が顔を出した。親父はミスティアの顔を認めるなり満面の笑顔になり、
「ほうほうミッちゃんか、いつもので良いかね?」
と、黒い液体、恐らく醤油の入った一升瓶を持ってきた。ミスティアも勝手知ったるといった様子で、値段を聞く事もなく代金を支払った。
なべてこともなかった。
「えっと、知り合いなのか?」
思わず拍子抜けした声を漏らす私。
「ああ慧音様。この子はどこぞやの酒処の娘のミッちゃんと言いまして、家の手伝いにと、いつもこんな所まで使いにくる、とても感心な子なんでさ」
「ここのお醤油は品がいいって、父ちゃんいつも贔屓にしてるんだよ、けーね様っ♪」
うわ、微妙にキャラが変わった。村娘がえらく板についてるな、妖怪のくせに。なるほど、屋台に使う物のいくつかは、こうやって上手く偽装して買いに来ていたのか。人間から普通に物を買う妖怪。それは本来奇妙な光景であるはずなのに、あまりにも自然に私の目に映った。少なくとも、私が肩肘張って人間のために尽くすよりは、かなり自然な光景に思えた。
妖怪と半妖と人間、人妖率±0%の奇妙な集いは、暫時とりとめのない話を続けた。途中ミスティアは思い出したように持っていた風呂敷包みを開いたが、中身は空の一升瓶であった。三本あったうちの一本を親父に差し出す。それにしても、袖から手を出さず小銭や風呂敷を扱うとは大した器用さだ。
そのあと同様にして酒蔵でも清酒と焼酎を一本ずつ仕入れ、包みの瓶が3本とも中身の入ったものに交換された。だいぶ重量を増した風呂敷を担いで帰路に就く夜雀の足取りは、それでも軽そうだった。
ご機嫌なのは、首尾よく人里に通してやった時からだったか。彼女はその時のことに触れた。
「さっきのさ、私の啖呵」
あの喘ぎ声うんぬんの奴か。
「キマってたと思わない? 私のカリスマが30パーセントUP、みたいな」
最近よく耳にするが、カリスマという単語のこの使い方は正しいのだろうか。カリスマというのは先天的・超自然的な魅力のことを指すのであって、上がったり下がったりはあまりしないと思うのだが。さておき。
「本来の目的を達成した度合いでいえば、あれは0点だな」
でも、通してくれたじゃない、と、そのきょとんとした顔が訴えている。
「いいか、妖怪っていうのは、間違ったことはしないんだ、絶対にな」
アダム=スミスという人物がいる。外の世界の経済学者のはしりである。そのアダム=スミスが唱えた理論に、皆が常に自分に最も得になるように行動すれば、人類全体の利益は最大になる、とある。
だが、この理論は人間の間では成功しなかった。原因は後世の人間がいろいろ説を立てているが、私に言わせればそれは議論の余地もない。人間は寿命が短すぎたのだ。よくない選択肢というのは後に我が身に返ってくるものである。しかし人間の場合、その報いを受ける頃には既に世にいなかったり、そうでなくても生きざまや考え方が全く変わってしまっていたりする。
その点、充分に長い寿命をもった妖怪にはこの理論がぴったりと当てはまる。そのため妖怪の行動というのは決して間違いがない。一見好き勝手なようで、実際は非の打ちどころもなく完璧に好き勝手なのだ。それが故に、幻想郷は平和だ。
「自分の命を失うことは究極の大損だ。時に感情で死を選ぶ人間と違い、妖怪は決してそれを許容しない。自分の命しか交渉のカードがないというのは、自分は何もカードを持ってません、と言っているのと同じ事だろう。丸腰だから通した、それだけだ」
とりあえず結論を口に出した私。
その一方で、私の思考は「好き勝手」のあたりから脇道に逸れていた。そう、私が人間の肩を持つのも、結局は一妖怪としての単なる好き勝手に過ぎない。そして、だからこそ幻想郷のバランスを保つ事ができるのだ。ならば、好き勝手でも我侭でも良いか。他人にそう言われるのはちょっと癪だが。
そんな私の心境は露知らず。ミスティアは鼻を折られて膨れている。
「言っておくが、私は妖怪という意味でも、お前よりは先輩なんだからな」
ん、待てよ、私は半分人間だから妖怪歴も2で割らないと駄目か。そうするとえーと。
……思考を、なかったことにした。
辺りの民家はやがて疎らになった。道は森の中へと続く。少し、足元が見えづらいな。
「いや、でもやっぱり誤解だったよ。てっきり人間を襲いに来たのかとばっかり思った」
「そんな訳ないじゃない」
ミスティアはとっ、とっ、という、相変わらずの軽い足取りで私の二、三歩前に出た。
その時、一陣の風が木々を揺らし、月の光が差し込んだ。こちらを振り向いて夜雀が浮かべた笑みは先までと変わらない無邪気なものであったはずなのに、月光がそれを全く違う妖しげな色に見せた。
「人間をからかうなら、今くらい暗くならないと、ね」
言うや彼女の帯の結び目がはらりと宙に舞い、折り畳まれていた翼がぴんと伸びる。月明かりは揺れて羽根に当たり、それを淡く、白く縁取った。
「っ!」
不覚にもその光景に息を飲んだ私を尻目に、ミスティアは地面を軽く蹴って低空でその風を捕らえ、そのまま木々の隙間を滑らかにすり抜けてゆく。
私は慌てて後を追おうとした。しかし。
見えない。
気が付けば、そこは最初にミスティアと鉢合わせした場所であった。
「おーい、慧音ー」
空から私を呼ぶ声は妹紅だ。声を頼りに、私は森の木々の上に出た。私を認めて満面の笑みで近寄ってきた妹紅は、やはりいつものもんぺ姿だ。人里近くに来るのだったら、せめてもう少し着飾っても良いと思うのだが。
「あ、いたいた。まったく『ちょっと外の空気を吸ってくる!』って言ったっきり帰ってこないもんだからさあ」
おお、そうだった、心配かけてしまったようだな。
「ちょっと、慧音の肺活量に疑問を抱いちゃったよ」
いや待て、その理屈はおかしい。
まあ、そんな事はどうでもいいか。今、私には妹紅に提案しなくてはいけないことがあるのだ。
「妹紅、夕飯は屋台のヤツメウナギにしないか、おごるから」
「悪くないけど、珍しいね。どうしたの?」
まあ、確かに珍しい。外食するくらいならうちで馳走したほうが早いからな。しかし、今日はそうしない理由がある。
「ちょっと、鳥目をもらってしまったんだ。気が付いたら長々と夜雀の声を聞かされていたんだな」
なにそれ傑作、相変わらず慧音のおとぼけ炸裂だね、と、妹紅は声を上げて笑った。樹海を見下ろす位置に出たお陰で、そんな妹紅の顔は月明かりでよく見えるんだが。悔しいから私も力の限り笑った。
結局、夜雀に一杯食わされたことになるのだろうか。いや、あいつがこんなに計算高いはずはないな。気が晴れたような晴れないようなもやもやした感情といい、出会ってから別れるまでずっと一人相撲を取っていたような気がする。どうにも私はああいう頭の弱い手合いには相性が悪いらしい。
こういう時は、一杯やるに限る。
夜雀の鳴き声が聞こえてくる。私と妹紅もいまだ笑い声を上げつづけている。
そんな多くの声を呑み込んで、夜の森はなお暗かった。
煮られ役食べられ役じゃなく、主導権を握る物語は何だか新鮮。
煮られ焼く、食べられ焼く。踏んだり蹴ったり。
短編としてすっきりまとまっていて良いお仕事でした。
個人的には「箱の外で辺」の方かとか思いましたが、さて。
某レミリア絵を連想してしまいました。
(・∀・)イイ
いい仕事してますね
妖怪らしさが良く出ていました。