Coolier - 新生・東方創想話

壱鬼夜行

2006/12/01 08:56:54
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 森を往く道端に、夜闇が道端に転がっていた。
 これは珍しいと思い、指でつついてみると「ひゃん」と可愛らしい悲鳴をあげた。夜闇の中に誰かがいたらしい。小さく集まった闇の中は見通しがつかない。中に何かがいるかなど、外から見ても分かるはずもなかった。
 もう一度突くと、同じように「ひゃん」と鳴いた。ただの反射反応かもしれない。風が吹いて葉が揺れ、ざわざわと話し言葉に聞こえるように。
 突くだけでは分からないので、夜闇の中にいるであろう何者かをつねってみた。
「いひゃひゃひゃひゃ」
 痛い、ということなのだろう。妖怪『ひゃん』かとも思ったが、違うらしい。夜闇の中には、少なくとも言語を介すモノがいるということだ。
 人か妖かは分からぬが。
 もっとも、夜闇が集まるような人ならば、真っ当な人間ではないだろう。
 目を凝らしても姿は見えない。球形の夜闇そのものが意志を持っているのか、中に人型の誰かがいるのか、いまいち判然としない。
 仕方なしに、闇の中のモノをつかんだまま木陰まで運んでみた。鬱蒼とした森の枝葉が陽光を遮ってくれる。
 ただでさえ薄暗かった道から外れれば、そこはもう夜と大差ない。見通しこそは聞くものの、歩くには不安な暗さが森にはあった。少なくとも、喜び勇んで突き進みたいとは誰も思わないだろう。
 反比例するように、闇の固まりは薄れていった。周りの光量によって暗さが変わるのかもしれない。
 陽の光を嫌うのだろう。
 とすれば、これは妖怪か、と得心した。人が陽を嫌うことはない。陽を嫌うのは、暗闇の中で生きる物の怪だけだ。
 とはいえ倒れているものに人も妖怪も関係はない。暗闇の中にいたのは金の髪をした少女で、凶暴そうには見えなかった。
 愛嬌のある顔だ、とすら思った。
 木に背を預けてぐったりしているので、どうしたのかね、と訊ねてみた。
「おなかがすいた」
 と、暗闇の妖怪は率直に答えた。分かりやすいのは良いことだ。腹が減って倒れる。道理が通っている。因果と仮定がまっすぐに繋がっている。それ以外のことを考える必要がない。きっと、単純で素直な妖怪なのだろう。
 妖怪なので死ぬほど辛くても、死ぬことはないだろう。
「あなたは食べていいモノ?」
 瞳の中にきらきらと星を浮かべながら、妖怪はそんなことを尋ねてきた。口の端から涎が垂れている。頷いても断っても、最後の力を振り絞って襲い掛かってくるだろう。
 食べられては叶わないとばかりに逃げ出した。妖怪の物惜しそうな視線を背中に感じたが、努めて無視した。




        †   †   †




 数日後、同じ道を通ってみた。念のために、夜中ではなく昼の明るい時間にだ。太陽が真上に昇っていれば、狭い森の道でもそれなりには明るい。
 足元の土砂道はでこぼことしていて歩きにくい。 が、急勾配でないだけましというものなのだろう。山道よりは、と考えれば、足はいささか快く進んだ。何よりも、昼間ならば足元がよく見える。急がない限りは、こけることも迷うこともないだろう。
 森へ向かったのは、単に興味があったからである。あの妖怪が、もはや飢え死にはしてまいな、と疑問に思ったからだ。腰に握り飯をつってきたのは、もしものときのためである。もしも、まだあの妖怪が飢えているとすれば、今度は逃げようが構わず襲い掛かってくるに違いない。
 そのための握り飯だった。
 正確な場所など覚えていなかったので、適当に辺りを注視しながら進んだ。森の景色はどこまでも淡々と続いていて、前と後ろの区別もつかなかった。このままだと、何事もなく反対側まで出てしまうな、と思った。
 思ったときに、それがあった。
 残骸――としか見えなかった。
 より分かりやすく言うのならば、食い散らかし、なのであろう。手が一本、足が一本、消化しきれなかったのか骨は多くあった。頭蓋に残った髪の長さから女性だとは分かったが、どんな顔をしていたのかは、喰い残し後からは分からなかった。
 脚を止めて、辺りを見回してみた。
 妖怪の姿はないが、場所に見覚えはあった。つい先日のことなのでよく憶えている。
 妖怪が倒れていたところだ。
 そして、妖怪を木陰に運んだ、すぐ傍だ。
 今、そこに妖怪はいない。代わりに、人の部分が残っている。
 何があったのか、想像するに易かった。
 ――――。
 そのまま立ち去るのも不憫なので、穴を掘って埋めてやることにした。便利な道具など何一つ持っていないので、手と足で掘らなければならないが、仕方があるまい。このまま野ざらしにしておけば、獣たちに食べられてしまう。それならまだいいが、虫がわいたまま放置されてしまうのは、あまりにも非道というものだ。
 時間をかけて穴をほって、遺体を穴に埋めてやった。土を被せてやると、掘り返したそこだけ色が変わっていて、少しだけ可笑しかった。
 持ってきたお握りは、無駄にはならなかった。
 振り返らずにその場を立ち去った。お握りは、掘った穴の上に置いてきた。
 せめてものの供物である。




        †   †   †




 また数日後、同じ道を通った。緩く埋めた穴は、獣によって掘り返されることを思い出したからだ。もし掘り返されているようならば、固く埋めなおしてやろうと思ったのである。
 今度は線香を持ってきた。お握りが一つでは、あまりにも悲しいものがある。
 前々回とも前回とも違い、今度は目的地までの距離が明確だった。さすがに三回目ともなれば覚えている。
 記憶どおりの道を、記憶どおりの時間をかけて歩く。
 夕暮れ時ともなると森の中は薄暗い。道を踏み外さなければ困らないが、一歩森に足を踏み入れれば、間違いなく迷い果てることだろう
 道を外れないよう細心の注意を払って歩いたが、何かを探しながら歩くよりは楽だった。
 さして苦労もせずに、墓を作った場所まで辿り着いた。
 墓は、掘り返されていなかった。
 墓の傍に、夜闇が転がっていた。
「……うー」
 夜闇の奥に見える妖怪は、苦しそうに転がっていた。闇を出す力が弱まっているのか、うっすらと妖怪の姿が見えた。地べたに横たわり、小声で呻き続いている。よほど苦しいのか、足音に気づいても顔を上げようとしなかった。
 脚を止めて、大丈夫かと声をかけてみる。
「食あたりしたー」
 泣きそうな声で、そう返ってきた。
 食あたり。
 悪いものを喰った、ということなのだろう。その悪いものが何なのかは、彼女の隣にある、少しだけ色の変わった地面が証明しているような気がした。
 天罰かもしれないな、と言うと、「そーなのかー」と頷いて、妖怪はよろよろと立ち上がった。何も倒れていたのではなく、日が落ちるまで休憩していたのだろう。
 今にも倒れそうな妖怪の隣には、一人の少女がいた。
 髪の長い、両脚のない少女だった。少女の下半身はうっすらと消えていて、妖怪のお腹の辺りに繋がっているのだ。少女が右手を妖怪の腹につっこむたびに、妖怪は苦しそうに呻いた。
 存在感が薄く、反対側の景色がわずかに透けてみえた。
 成程。幻想郷の人はたくましいのだなと納得してしまった。妖怪の腹痛は、きっと少女の手によるものなのだろう。
 妖怪が力なく飛び始める。妖怪についていく少女は、こちらを振り返り、嬉しそうに笑って手を振った。
 妖怪と少女は日の暮れ始めた空に去っていく。
 お握りは美味しかったのだろうかと、ふと、そんなことを考えてしまった。
 

 
 


(了)




 弾幕は放てなくとも、幻想郷の人はこれくらいやりそうな。目隠し鬼の話でした。
 


BGM....夜が降りてくるかもしれない。
人比良
http://allenemy.fc2web.com/
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コメント



0.2460簡易評価
9.80nanashi削除
たくましいなw
14.70眼帯兎削除
とりあえず誤字らしきもの?
・狭い森の道でもそれなりんひあ明るい。
・手と足で彫らなければあんらないが

読んだ後にニヤリと口を歪めて笑いました。
幻想郷とはなんと素晴らしいところなのでしょう。
18.無評価人比良削除
>眼帯兎氏
誤字修正しました。
ご指摘感謝です。
30.80名前が無い程度の能力削除
とりあえず誤字かと
・昇華しきれなかったのか骨は多くあった。→消化

野良巫女以外も逞しく生きて居ますね。
幽霊で食いしん坊なキャラが最強か。
34.80名前が無い程度の能力削除
自分もこんなイメージです

やられたらやり返すというか
喰われたら祟り返すというか

それでいてあんまり後腐れが無さそうなそんな幻想
35.80てきさすまっく削除
陰惨になりがちな話を上手くまとめたなぁと。
るみゃかわいいよ。
人比良氏最近実験作多いですね。
44.100nanashi削除
少女もたくましいが己が喰われるかもしれないというのに妖怪を気遣ったり、
この御人もなかなかにたくましいなw
46.無評価人比良削除
>とりあえず誤字かと
修正しました。ご指摘ありがとうございます