Coolier - 新生・東方創想話

刹那の躊躇い

2006/12/01 07:39:54
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四季映姫は雑多な書類を一まとめにして雑務の者に渡すと、出入り口の扉の上にかけてある時計に目を遣った。
映姫は、時刻がまもなく五時になろうかというところであることを見て取り、そろそろ仕度をせねばならないことを思い出した。
彼女の部下の死神が、いつもの癖にかまけて仕事を放り出してさえいなければ、後数分でさばきを待つ死者を運んでくる筈である。
映姫は、常に死神が死者をつれてくるより先に裁きの場で待つことを心がけている。
それは生真面目な彼女の性格の表れでもあり、仕事をこなしてくれる部下への一種の信頼でもあった。
故に、部下……名を小野塚小町というのであるが……が仕事をぞんざいにし、遊び呆けていることを聞きつけると、映姫は烈火のごとく怒るのであるが。

映姫は手早く仕度を終えると、再び時計を見た。
それは四時五十九分五十七秒を指している。
一分足らずで仕度を終えれた自分に満足した映姫は、彼女を待つ仕事に思いを馳せた。







映姫の仕事は、死神、三途の渡しといったほうがより馴染みがあるだろうか、によって運ばれてきた死者の魂を裁くことにある。
映姫は、その者の生前の所業を己の善悪の基準に照らし合わせ、最終的に魂の行く末がどこになるかを定める。
つまり彼女は、人の言うところの夜摩天なのである。
四季映姫は、幻想郷を管轄する夜摩、即ちヤマザナドゥとしての仕事を数百年に及び全うしてきた。
だが、幸か不幸か、映姫はその生まれ持った生真面目な性格ゆえに、自身の行いについて悩むことがたびたびある。
今がまさにそうであった。

映姫は彼女の行いが果たして正しいのかどうか悩んでいた。
彼女が独善的で、傲慢な気質の持ち主であれば、このようなことについて悩むこともなかったであろう。
そういった人物は、自身が正しいと思い込んでいるからである。
映姫は、無論、普段は自身の行いが善であり、かつ正しいという確信を抱いている。
しかしながら、数百年、或いは数千年にも及ぶ時を生きていれば、その自信に翳りが差すこともある。

例えば、生後まもない子供の魂を裁いたとき。
判断する物がない魂は、極楽にも地獄にもいけず、ただ賽の河原でとどまることになる。
例えば、人生半ばにして自分の過ちに気付き、余生を他人のために、身を粉にしてささげた強盗の魂を裁いたとき。
どれほど悔やもうとも、人を殺めた罪は免れられず、魂は地獄に行くことになる。
例えば、無知ゆえに善行も悪行も行わず、無為に人生を過ごした者の魂を裁いたとき。
無知ゆえとはいえ、人生を無駄にしたということは罪であり、魂は地獄に行くこととなる。

映姫は、自身の能力に絶対の自信を持って、これらの決断を下した。
地獄行きを宣告した時、彼女の心には一点の曇りもなかった。
だが後になってみればどうだろう。
果たして、あれは黒だったのだろうか。
まるで熱病のごとく、それらの記憶は映姫の意識を苛んだ。
ああ、今もまさにそうである。
映姫の紅蓮の焔に焼かれるかのごとき苦痛を味わっていた。
彼女にとって、白黒が曖昧な物事は、不安そのものに他ならなかった。

言うまでもないことではあるが、映姫は世の多くの……いや、殆どの出来事が白でも黒でもない、灰色であることを知っていた。
自分が行っていることが、灰色の色合いを分析し、白か黒か決めているだけだということも、周知の上であった。
自身の判断基準は本当に正しいのだろうか。
映姫は、もしかしたら、自分が黒と思っていたものは実は白ではなかったのかという不安に苛まれていたのである。

映姫は悩む。
今悩んだところで答えが出ることが無いと知りつつも悩む。
彼女の良心は、彼女に悩むことを強要する。
なぜそこまでして悩む必要があるのか、そう問われても彼女に答えることはできない。
それは恐らくは、彼女が彼女であるから故なのだから。




秒針が一目盛り動く。
随分と長い時間に映姫には感じられたが、実際にはまだ一秒しか経っていない。
映姫は思索を、悩みを、苦しみを続ける。




時間が切迫しつつある今になって、映姫は躊躇いを覚えていた。
果たして自分に彼、或いは彼女、を裁く資格はあるのだろうか。
いかに夜摩天とはいえ、善悪といった相対的なものを絶対的なものにしてしまうのは傲慢ではないのか。
他の誰でもない、自分への問いかけを彼女は繰り返す。
過去にもそうしてきたように。




秒針がもう一目盛り動く、しかし映姫は気付く様子を見せない。
映姫の思考が鈍化してきているのか、現実が速度を上げてきているのか。




映姫の意識は螺旋回廊に迷い込んでいた。
答えが出る様子は一向にない。
このまま映姫の思考は埋もれてしまうかのように思えた。

だが、ここに来て映姫は忘れていた部下の言葉を思い出したのである。



「彼岸花は赤い……ですよね。
でも、それって本当にみんなの目に同じ赤として映っているんでしょうかね」



小町がそれを映姫に向けて言ったとき、映姫の思考は今のような堂々巡りを繰り返していて、小町の言葉は映姫の耳に届かなかった。
否、届いてはいたのであるが、彼女はその意味を理解していなかった。

そうだ、元々正解など無かったのだ。
映姫は、当たり前のことに気付かなかった自分を恥じた。
だがそれも刹那のことで、今までうつむかせていた顔を、力強く上げた。

まだ完全に答えは出ていない。
映姫が自身の「正しさ」をつかむまでは、まだ過去の記憶、過去の裁きが映姫を悩ますだろう。
だが、それは今ほどではないに違いない。




時計が五時を指した。
低い鐘の音が映姫の事務室にも響き渡る。
現実に引き戻された映姫は、時間がもうあまり無いことを思い出した。
足取りをいつもより幾許か速め、彼女は裁きの間へと向かう。


***



厳粛な顔で、映姫は目の前の魂に告げる。
そのひとみは曇りなく、躊躇いも悩みも無い。


「さあ、今から裁きをはじめます」
はじめまして、御依(みより)です。

私なりに映姫さまを表現してみました。
台詞も絡みも無く少々寂しいとは思います。
少しでも映姫さまの内面の葛藤が感じられれば、幸いです。

至らぬ点は多々あるとは思いますが、感想をお待ちしております。
表現が拙い面は、見逃していただけると幸いです。

それでは、またここでお会いできることを願って。
御依
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コメント



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7.70床間たろひ削除
真面目な映姫を書いてくれた……ただそれだけで無条件に100点入れそうな自分を自制しつつ。
一分で事務仕事を終える映姫の余りといえば余りな有能さと、一秒で為される高速思考に違和感を覚えたり。こういう事はもっとゆっくり悩んでも好い気がします。
そういう演出的な違和感はあったけど、それでもこの話に出会えた事が嬉しかったりw 
13.40反魂削除
事の善悪は、得てして人それぞれの目に異なって映るもの。
裁く者はそれでも、白か黒に分けることを求められる。
自分がやっていること、自分が決めたこと、自分が心に抱く想い、昨日裁いた罪の真偽……
それらが正しいのか間違っているのか、自分にだって分からない。
分からないまま迷いを重ねて、でもどこかで迷いを断ち切って、私たちは生きてゆくんですかね。
17.80削除
何が正しい、何が間違っている。
そんな些細なことについてを考えるのは人間だけ。
とはいえ、それを考えなければ裁判というものは成り立たないのも事実。

裁きについて考えさせられる良作だと思います。

ところどころの表現にまだ甘い点も見受けられますが、それでも余りある好印象。
個人的に小町の使い方が上手いと思います。

次回作も楽しみに待ってますね。
18.無評価御依削除
>赫様
ありがとうございます。
表現の甘い点は経験や努力を重ねて直していきたい所存です。
読んでくださり、ありがとうございました。

>反魂様
絶対的な善、絶対的な悪、そのどちらも存在しない以上、ある程度は自分の裁量に任せるほかはないのだと思います。
自分の判断をいかに信じる事ができるか、それが大事なんでしょうね。


>床間たろひ様
コメントありがとうございます。
そうですね、もう少し腰を落ち着けた話にしてもよかったかもしれません……。
精進したいと思います。