※【Anywhere but here】と【Childhood's end】と【C&A:この雪はどこをえらぼうにも】を読破している必要があります。
【真っ紅なアンテルカレール(追憶技工)】
朝は白く
昼は黄金
夜は黒い
黄昏の色、覚えてますか
秋の黄昏、覚えてますか
夜より不安を覚えた逢魔が時を
彼は誰に似たあの色を、思い出してくれましたか
ねえそうしたら
約束通り、ちゃんと笑ってくれたでしょうか
それだけが、きっといつまでも気がかりなのです
【あきふかき となりはなにを するひとぞ】
――――――――母さん、ぼくのあの帽子どうしたでせうね?
[Alice]
昨晩あたりから霜が降りるようになった。そろそろ薪を拾わなければ。
外を眺めながら、アリスはくもった窓に指を置いて、何とはなしに文字を綴った。長くも短くもないその綴りを、けれどアリスは書き終える前に指の動きを止めて、誤魔化すように消してしまった。
頭を切り換える。頬に人差し指をあてがい、まずは今日の朝食について。
「…そうね、夜はシチューにするにしても、朝にも温かいものはいるわね」
アリスの呟きに応えてか、上海は己の主人の袖を引いて、それから両腕でポットを指し示した。他の人形達も、それぞれ葉の入った缶を掲げてみせる。人形達のそれが、アリスの無意識化に存在する選択肢から来るものだとしても、気遣われたようで悪い気はしなかった。やわらかに頷いてみせる。
「それはいいわ。今日は何にしようかしら。少し手間がかかるけれど、チャイにしましょうか」
人形達は飲食できない。だからアリスは飲みたいものを飲めばいいし、食べたいものをたべればいい。けれどアリスはこういった意味のない問答をよく好んで口にしていた。そう扱えばそう変化するのは、何も生命だけの特権ではない。こういった儀式めいた繰り返しが、いつか自律を生まないとも限らないではないか。
というのは半分建前で、アリスは単純にこの行為を楽しんでいた。【外】の人間なら極端な少女性がどうとか議論を重ねるだろう光景だが、彼女にとってこれがもっとも正常だ。アリス・マーガトロイドは、人形遣いなのだから。
窓の外では葉が一枚、また一枚と散ってゆく。
早朝、吐く息のほんのり白い季節がやって来た。
「――…――θאוּרִיאֵל…ζ」
焔が上がる。
小枝が燃えたのを確認してから、クッキングストーブの焚き口に薪を放り込むと、アリスはドアをゆっくりと閉めた。長時間の料理なら何度か火を掻き混ぜる必要があるが、今はお茶を飲む程度だからこれで充分だろう。それにしてもここ最近の冷え込みからみるに、近々には一日中つけていたくなる気候になる。人形達を引き連れて、雪が降る前に暖房用の薪を調達しに出なければならない。魔法でどうにか出来ないわけでもないが、楽できるところは楽した方が賢いのだ。
ケトルがシュゥッと湯気を吐いたのを合図に、鍋つかみで取っ手を握った。本当は気合いさえ入れれば素手でも持てる程度なのだが、せっかくあるからと使っている。意味のない行為だと思うが、無駄がない妖生など長いだけでつまらない。
「チャイにしたかったけど、ミルクがないのよ」
近くに浮かんでいる上海に、何とはなしに言葉をかけてみた。大げさにも気の毒そうな頷きが返る。じゃあ薪の他にそれも調達しに行かなきゃと、蓬莱はメモに取ってボードに貼り付けた。
朝食にトウモロコシをペースト状にしたものを口に運びながら、アリスはこれから先はジャガイモなどが主食になるわねと思った。いっそ全て一緒くたに野菜スープにしてしまって、それを三食取るようにすれば、メニューを考える手間も省ける。飽きないようにお菓子の方を凝れば、それで二月は過ごせるだろう。時折に缶詰でも開ければなお好い。ああそうだ。魚も悪くないから、後で二三匹獲ってこよう。
冬はタンパク質の類を始め、栄養が偏る季節だ。何か塩漬けにしようかと算段を練りながら、最後の一掬いで白いお皿を綺麗にする。ごちそうさまでしたと声に出すと、上海と蓬莱もそれを真似るような仕草をした。木の椅子から最小限の動きで立って、アリスはお皿を流しに運ぶ。ポットに紅茶が一杯分残っているから、カップはそのままにしておいた。軽い水洗いで綺麗になったお皿の水を切り、渇かし台にかけると戸棚に向かう。
作り置きのクッキーを手に椅子へ戻るのと、その気配がしたのはほとんど同時だった。
「……火は消えてないし、まぁいいか」
「なんの話だ?」
「別に」
普通の魔法使い、霧雨魔理沙。何やら重たそうな物を持ってのご登場だった。
【参考:手紙の書き方と文例集p72~『借金返済の催促の場合』】
[Patchouli&Marisa&Alice]
レミリア・スカーレットの寝室兼個室は、局地的だったとはいえ、紅白黒来襲時を凌ぐ破壊行動によってほぼ全壊した。その部屋は勿論周りの壁や柱にも被害は及び、その為修復は、実に三日三晩の時を有した。
その間、紅魔館当主はヴワル図書館の一室を借りなければならなかったのだが、その時の様子をもし言葉で表現しようと思うなら、次の彼女が従者へ向けた命令に集約されることだろう。
「さぁ早く咲夜。パチェは私が抑えているから掃除を。とにかく今すぐ掃除をしなさい!他の仕事なんて後でいいから、この埃を片付けなさい!ついでにここらの本も陰干ししてやればいいんだわ!あと、退屈なんだから遊んでよパチェ!」
睡眠と血とビタミンAと他も絶対足りてない図書館の主と、ここ最近いろいろ溜まっていたらしい紅魔館の主との間に喧嘩が起きた。
結局、この騒動がもっとも部屋の修復を遅らせたのだが、その指摘は誰もが遠慮して口には出さなかった。それよりも喋るより手を動かせと、館中を走って飛んだ。この時ばかりはどれ程スピードを出してもかまわなかった。小悪魔は大はしゃぎだったが、玉突き事故が発生したのをきっかけに大人しくなった。
館中が慌ただしく、メイド長はその役職に恥じない働きをみせた。病み上がりということだった門番長には、遠慮無く力仕事などがまわされた。その為か、当時なんとなく漂っていたメイド長への不満は最初からなかったかのように鳴りをひそめ、門番長にまつわる不穏な噂も影をひそめ、代わりに地下の酒蔵の復活が“本当に”なったことにより、館に活気が戻った。
ちなみにその中で小悪魔はお喋りばかりして、仕事をあまり手伝わず、それどころか喧嘩の際主人を置いて真っ先に図書館を逃げ出したのだが、何故かお咎めは無かったという。
「それで、事の発端であるアリスは?」
「人形と蜜月中だ」
面白くなさそうに告げたあと、今聞いたばかりのパチュリーの言葉に、魔理沙は驚いたように振り返った。
「アリスのこと、名前で呼ぶことにしたのか?」
「………蜜月って?」
「あー、うんまあ、別にいいけどな。人形に施した封印を片っ端から解いて、一体一体話しかけてまわってるぜ。頬ずりと抱擁と口づけがもれなくついてくる」
「見てたの?」
「いや、想像だ」
けれど、アリスを家に送ったあの夜に、彼女が真っ先に向かったのは人形部屋だった。そうして大事そうに寝かせてあった二体の人形を抱きしめた彼女の背中は、ほんの数分だけ魔理沙に声をかけることを許さなかったから。
「それであれから顔を見せなかったんですね。人形のメンテにかかりっきりだったと。あ、お茶入りましたよ」
「それもあるが、やっぱり気まずいんじゃないか」
「そうですねぇ。アリスさんにしてみれば、パチュリー様が連れ戻しちゃうなんて、完璧予想外でしょうし。おまけに自分はその時の記憶がないのに、パチュリー様にはあるんですもん。どんな顔をすればいいのかわからないんじゃないでしょうか」
「帰ってすぐ話をつければよかったものを、魔力の枯渇で昏睡状態だったからな。で、目が覚めてすぐ人形の様子見にはいっちまったわけだ。今さらって感じだよな」
「でも、アリスさんの性格から言って、無かったことには出来なさそうですよね」
一人と一匹は言いたい放題言っている。魔女は紅茶を一口含んだ。
「まぁそれなら魔理沙」
「なんだ?」
「この手紙を彼女に」
「え、まさかこいぶって本を投げるな」
軽いジョークジョークと、両手で落ち着けの仕草をする。
「大丈夫。これは本型の置物だから」
「当たったら痛いぜ」
「当たらなければそうでもない」
そうじゃなくて、と。蝋で封をされた手紙を握らせ、つまらなそうにパチュリーは言った。
「これで、彼女も来ないわけには行かなくなるわ」
そうして、それは全くもって事実だった。
『拝啓
灯火親しむ候、朝夕の寒さもまた一段と冷え込んでまいりました。あなた様にはお変わ
りなくお過ごしのことと存じます。
唐突に書状を差し上げます失礼をお許し下さい。もうお忘れになっていらっしゃるかも
しれませんが、先日そちらにお貸しした本の方に、気になる点がいくつかありましたの
で、まずはご一報をと筆を執りました次第です。
外見はこれといった変化は特に見あたらないのですが、どうしたことか魔術書特有の魔
力を関知出来ませんでした。こういった本が、あと数百冊ほどあります。いずれもあな
た様がご一読なされているものばかりです。
ご多用中の所失礼とは存じますが、どうぞ一度私どもの方に、御足労願い申し上げます。
そちらにもいろいろと事情がおありでしょう。お話によってはご相談に乗れるかとも存
じますので、ご連絡をいただければ、と思っております。
先ずは用件のみにて。寒さ厳しき折、いっそうのご自愛のほどお祈り申し上げます。
敬具 』
といった和式に則った文が、全文ローマ字で書いてあった。
「これは嫌がらせ?それとも静かな怒りを表しているの?」
魔理沙から受け取った手紙を声に出して読み終わったアリスは、その真意に悩んだ。
「しかも薔薇の香り付き便箋に蝋封じなのに、どうして縦書き?」
文面が一枚で済んでも、便箋を二枚付けるところまで和式だ。全く持って意図が不明である。何か特別な読み方をすると、果たし状になったりするのだろうか。
「ひょっとして音に聞く炙り出し?」
「たぶん、そうやってアリスに疑問を持たせるのが目的なんじゃないか?」
「どうしてよ」
「行ってみる気になったろ?」
「惜しいわね。行ってみて“あげて”もいい気よ」
どっちだってパチュリーはかまわないだろうと、思ったけど魔理沙は黙っておいた。
「まあね。どうせ試してみようと思っていたレシピがあるし」
言外に、受けるとアリスは言った。
「ほお。それは是非私も御相伴にあずかりたりものだ」
「いいけど霊夢にも持っていくから、魔理沙の分はあんまり無いわよ?」
「霊夢?なんで?」
流れを無視するように出た言葉に魔理沙は首を傾げたが、アリスは軽く笑っただけだった。
「まぁ、秋だしね」
はぐらかされた気分の魔理沙に、アリスはせっかくだから手伝いなさいとエプロンを放った。
「うまく出来たら、それを持って帰っていいわよ」
「その時は、出来たてがいいから、ここで食べる」
そんな二人の周りを、人形達はふわふわと浮きながら、主の指示を待っていた。
【孵化を忘れた魂は】
[代筆者:Alice]
魔理沙がついて来なかったのは、正直かなり有り難かった。
昼だというのに洞窟は寒かった。アリスが手にしていた空卵をその窪みに押し込むと、扉は生き物のように身震いした。レミリア・スカーレットがその向こうへと消えていったあの夜のように、周囲に力が満ちてゆくのがわかる。けれど、あの時とは違い、これはアリスの力ではない。これは二百冊にのぼる魔導書から、少しずつ巻き取った力の集大成だ。本当なら、この卵が孵るために使われるはずだった魔力。
でも、それは叶わなかった。
誰が悪いわけでもなく、だから誰も恨んだりはしないけれど。
「それでも、あなたは無念でしょうね」
きっとあなたは、【あの子】の傍に居たかったでしょうに。
たとえ、その愛情を傾けた対象が、何も覚えていなかったとしても。
もう別の存在として、違う誰かを敬い、違う誰かを慕ったとしても。
それでもきっと、傍で見届けたかっただろうと、アリスは思うのだ。例えばアリスがこの先、自律した人形を創りだしたとしたら、それらの行動と行く末を、気にしないわけにはいかないように。
でもだからといって、アリスが彼女のことで気に病む必要はない。むしろアリスは被害者であり、犠牲者である。もう少しで百年間、文字通り生け贄にされるところだったのだ。そんなことをしようとした存在に憐憫を寄せるのは、おかしなことだ。あれが、もうその為だけにしか存在出来ない、魂とも呼べないものに成り果てたモノだからといって。
それでも、左の肩に、まだあの感触が残っている。
消えてしまった贄の証。
刻まれた鍵にして、願いの体現図が、肌を灼くように這ったあの感覚が。
すべて感傷だと、誰かが笑ったとしても。それを否定するのは、とてもさみしいことではないかと信じたから。そうでなければ、“私たち”の距離までも、否定の存在になってしまう気がするから。
だからアリスはあの夜のように左手を碧玉に触れさせた。
今度は紛い物のスペアキーなどいらない。
正真正銘、アリス・マーガトロイドが執筆者だ。
《宣言》
介入する。血を抜かれるのに似た虚無感。大切な何かがどんどん零れてゆく。
《潜入》
ふらつきそうな足と、意識を手放してしまいそうな感覚を、歯を食いしばって耐えながら、こんなところ、誰にも見せられないなと思う。
《同調》
やがて見つけたノイズなようなそれに、アリスは自分の中に展開していた魔法式を、刺し入れるようにして割り込ませた。
《発動》
「反転、開始――――――――」
組まれた陣を書き換える。
その権限をあの箱庭で手に入れた。願いと供に鍵は受け渡されたのだ。
こうしていると、いろいろな思いが駆けめぐっていく。全てはアリスのものではない。これはただ他人の記憶を追体験しているに過ぎない。そう、嘘っぱちの疑似体験だ。
もういなくなってしまった者と、もう変わってしまった者との記録。
それを、アリスは我がごとのように追憶する。
幻に、胸が軋んだ。
こんなことを、幾度となく繰り返した夏が過ぎ、アリス・マーガトロイド自身の記憶にまで刻まれた秋が、もうすぐ終わる。
春夏秋冬、季節はめぐる。雪が溶ければ花が。花が散れば日差しが強まり、蝉の声が遠ざかると共に枯葉が風に舞うようになる。そうして木々が淋しくなると、雪が降りてくる。
けれど、昨日が今日でないの同様に、今日が明日でない限り、全ての季節は永遠に過ぎ去るのだ。永遠に、そこに生きる、命でさえも。
今のこれは偽りだけれど。
アリスは確信した。
いつか、とても似た思いを、今度は自分のものとして、心痛める日が、必ずやってくる。
「…だったら、今ぐらい、苦しまなくても、いいじゃない」
まったく。
「損な、役割…」
まばゆい光りが一度だけアリスの視界を埋め尽くして、一人の魔術師の夢が、あっけなく終わりを告げた。
【それは退化なのか進化なのか】
[LittleDevil&Patchouli&Alice&Remilia&Sakuya&Marisa]
それは、小悪魔が自分の主の写本のミスが、格段に増えていることに気づいたことから始まった。
「パチュリー様、ひょっとして視力落ちました?」
「…そんなことないわ」
「これ、何本に見えます?」
「あなたの指は…日によって増えたり減ったりするの?」
「素直にわからないと言ってください」
ちなみにその気になれば増やせますよ、と。驚愕の事実を付け加えられた。別に知らなくてもいい真実だった。想像の中で一本二本と増やしてみて、百本近くになったあたりで、さすがに気持ち悪くなって止めた。
というかこれはもう指じゃないわ。何のためにそんな機能が。もうこの子を純粋な眼で見れないと思いながらも、パチュリーは心持ち本から顔をあげて、おそるおそる問うた。
「小悪魔」
「はい」
「……そんなに、指を増やしてどうするつもりなの?」
「へぅ?何言ってるんですかパチュリー様。どうするもなにも、小悪魔なんだから肉体変化くらい、出来るに決まってるじゃないですか」
あー。
「そう言えばそうね」
やだもう私ったら何を想像しているのかしらふふ、と。実際に声に出したら小悪魔の血の気が引いてしまうこと請け合いのツッコミを自分にいれながら、パチュリーは周りが見てるぶんには大変不機嫌そうに視線を本に戻した。ただのノリである。あれがパチュリーの心中口調だったりはしない。
「レミィもよく爪を伸ばしたりしてるものね」
「ああ、そうですそうです。それの応用ですよ」
「やって見せなくていいから」
「そんなに睨まなくてもしませんよ」
人間でも、どこかの民は指が六本あるらしいけど、まぁそれはそれ、これはこれ。
「一桁は奇数が聖数。完全と調和は五に集約されるべきよ……一では人に余り、二つでは心許ない。三つで安定を得るけれど、次の四で抗争が起きる…均衡よりは調律を。…あれは目に見えるものしか勘定にいれないから。その次が、五行思想………命は私たちには計れないから、五体満足に生死を合わせて七つくらいが丁度いいわ」
「その場合、羽や尻尾はどこにあたるんですか?」
「…さあ、お茶にしましょうか」
「いや、ですから視力の話は」
困った方だなぁと小悪魔が溜め息を吐いたのと、その声が降りてきたのは、ほとんど同時だった。
「眼を悪くしたの?」
高すぎもせず、低すぎもせず、硬すぎもせず、軟らかすぎもしない。そして、冷たくも温かくもない声がした。
音源を探って、心持ち視線を上方に向けて振り返ると、そこには当然のようにアリス・マーガトロイドがいた。椅子に腰掛けるような自然さで、本棚の上に座った彼女の横には、人形が二体浮いている。記憶違いでなければ、人形は名を上海と蓬莱と言って、アリスが手足の延長のように操る人形の中でも、特に優秀な子たちだ。
パチュリーは例によって、あまりに日常化したので、いっそ律儀とも言えるほど例によって挨拶を省略したアリスの登場にも動じず、本棚に座るという行為も特に咎める気はないのか、手中の本から視線も上げずに会話を始めた。
「……あなたの方から声をかけてくるとは珍しいわね」
たしかに、それはとても珍しいことだった。アリスはパチュリーの指摘に面白そうに笑った。
「とっくに気づいていたでしょう?」
ずっとここに居たことは、が抜けていると小悪魔は思った。先ほどまで、アリスは奥の方で作業をしていたはずだった。己の身を、削るようにして。
「そうかしら」
「目が合ったじゃない」
「私は視力が悪いらしいわ」
「どんなに眼が悪くても、視線が合ったことはわかるから不思議よね」
パチュリーがはぐらかすと、アリスは言葉を重ねて軽く食いつく。これが彼女たちなりのコミュニケーションらしいが、同じトーンでいつ弾幕を始めしてもおかしくないのが幻想郷の住人の為に、小悪魔は話の流れに過敏にならざるを得ない。
「あーもうお帰りですか?アリスさん」
彼女とパチュリーが会話をするのは、いつも別れ際だけだ。
「それを決めるのは、私ではないでしょう?」
ちらりと、一度小悪魔に向けた視線をパチュリーに戻す。向けられたパチュリーは相変わらず本から顔をあげない。とはいえ、これでも前よりはずっと人の眼を見るようになったのだが。
「疲れたなら、帰っていいわ」
いやいやパチュリー様ここはもっと違う言い方があるでしょう、と小悪魔は思ったが、そもそも本題はその主の視力についてである。ここで追求の手を緩めたら、話が無かったことにされてしまう。
「眼の健康には遠くの緑がいいのよ。この際だからあなた、少し散策を覚えないさい」
「その提案には、少々飛躍を覚えるのだけれど」
「飛ばないわ。散策って歩くことよ?」
そこで小悪魔はようやっと気づいたのだが、今日の人形遣いは機嫌がやたらいいらしかった。いつもの作業後のように、血の気が失せた様子もない。そのことに、ふと違和感を覚えた。アリスは空を蹴るように浮かび上がったあと、ふわりと着陸した。
「足、出して」
「……え?」
その発言に、さしものパチュリーも本から顔をあげた。当然、眼があった。ぎくりとする。
「だから足。あなたのその靴ってゆうか室内履きで歩ける道は、外には存在しないわ。どうせろくな靴を持っていないんでしょう?特別に柔らかいけど丈夫なの作ってあげるわ」
そう言って、彼女が取り出したのはなんとメジャーだった。いつも持ち歩いているのだろうか。たぶんそうなんだろうなーと小悪魔は思った。あと、ソーイングセットとか。
つまり、驚くべき事にアリスは本気でパチュリー・ノーレッジを、このヴワル図書館から引っ張り出すつもりなのだ。知識と日陰の少女。動かない大図書館とまで言われたパチュリー・ノーレッジを。
何のために?
真っ先にパチュリーがそう思うのは無理もない。
なぜ突然、こんなにも強引に?
これが魔理沙なら、ああいつものことだ。全く迷惑なというよりこっちの迷惑を考えない遊びが始まった程度で済むのだが、相手はアリスである。企みというほど悪質ではないと思うが、何か別の真意があるはずだ。
が。
「気晴らし。ついでにいつか散歩を無意味と言ったこと、私は忘れていないわ」
もっと別な言い方をしたと思ったのだが、それは記憶違いだろうか。ついでに言うなら、そのあと続いた彼女の言葉の方が、充分すぎるほど失礼だった気がする。あ、思い出したら少し苛立ってきた。
「そんなの行かな―――――」
「それはいいわね。是非とも行ってきなさいよ、パチェ」
第四の声と、加えて第五と第六の気配もした。
今日は千客万来だ。
「では。日取りが決まりましたらお知らせください。携帯できる昼食を用意させますので」
と。今日も完全で瀟洒な従者が言って、
「私もご同行してやるぜ。パチュリーが行き倒れたら夢見が悪いからな」
と。今日も白くて黒い普通の魔法使いが、恩着せがましく続け、
「わぁ楽しそうですねパチュリー様。ご心配なく、ちゃんと留守は預かりますので」
長いものには巻かれろと、従者の司書の小悪魔まで投げやりに賛同し、
「もちろん、提案者の責任は果たすわ」
言外に私が引率しましょうと、七色の人形遣いが話を締めくくった。
まるで仕組まれたかのような展開だが、パチュリーは何となく感じ取った。気をつけてみれば、事態の決定権が誰にあったのかは明白だ。パチュリーは己の親友であり、紅魔館の当主である、永遠に紅い幼き月を見た。
レミィ、先日の掃除の件、まだ根に持ってるのね、と。
【それぞれの悩み編】
[Sakuya]
筋立ても接続詞も、なにもかも全部無視をして、とにかく一心に謝ればよかったのだろうか。
でも、彼女の口からは責める言葉も、許しの言葉も一切無かったから。
勝手にあの行動の善悪を、自分一人で決めていいものなのか、十六夜咲夜は迷ってしまうのだ。
さすがにくさっても妖怪で、翌朝には美鈴の首から、手形がすっかり消えていた。あっけないほど、きれいさっぱりに。消える過程すら見届けずに眠りについてしまったから、あれは夢だったのかもしれないとまで、思ってしまいそうだ。実際、一時でも痕がついていたかも、定かではないのだが。
そんなことを悩む暇もなく、館中がひっくり返したような大騒ぎが起きて、未だにきちんと美鈴とは話をしていない。彼女の部屋に行くことも考えたのだが、遅ればせながらかすかに聞いた美鈴の不穏な噂が妙に引っ掛かっていた。加えて、ここ最近の主の行動や、アリス・マーガトロイドが原因だという、その主の部屋の崩壊。パチュリー・ノーレッジが行ったという風変わりな実験。ついでにいえば、個人的に話を聞きたいと思っているのだが、見事に用事がと言って避けてくれる小悪魔と門番副隊長の挙動。よくよく考えてみれば、魔理沙の態度も何か含んだものを感じるし、フランの様子がとくに変わらないことが、逆におかしいことに咲夜は気づいたのだった。
メイド達に話を振っても、なぜか一様に同じようなことしか、つまりまったく有益でもなんでもない答えしか返ってこない。ふつう噂はもっと無責任に跋扈し、捏造が繰り返されるはずが、今回に限って統一がとれている。そこも妙と言えば妙だ。もっと噂を集めたかったのだが、なにぶんいつもはそれら回避する態度をとっているため、なかなか腹を割った話は出来ないし、おまけに今は地下の酒蔵がどうとかで、不穏な噂は消失しかけていた。
そういえば、その酒蔵の話も咲夜はこの段階にきて初めて知らされた。
なにかがおかしい。
そういったことにも関係して、十六夜咲夜は決まり切った仕事を、とりあえず完璧に済ませながら、日々を過ごしていたのである。
[LittleDevil]
小悪魔は悩んでいた。
ひょっとして自分の主は、あのことを忘れているのだろうか。いやいやまさか。結構大切なことだし、そんないつものように、あの本はどこに置いたかしらみたいに忘れられることではないはずだ。ないはずだけれど、ひょっとしたらうっかり思い出すことを失念しているかもしれないってそれを忘れていると言うのだ。
どうしよう。なぜ何も言ってこないのだろう。もしかして、これは自分から言い出すべきことなのだかろうか。でも、もしも。あくまでもしもだが、もしかしてではあるが、主人がそれを覚えていて、かつ選んだ答えが自分にとって望ましくないものだとしたら、どうしようか。自分の態度は、何気に結構無礼な気もしなくもないし(いちおう悪魔だし)、悪戯もするし(小悪魔だから)、最近アリス・マーガトロイド絡みで茶化した発言も多いけど(見ていて微笑ましすぎなのだ)、でも、これは自分でどうしようも出来ない習性なのだし……けれど、しかし。
いやいや、それならそうと言うはずだ。だからきっと大丈夫なのだから、さりげなく訊いてしまえばいいのだ。そう、今度お茶を出すときにでも、さりげなく、なんでもないように、世間話の延長線として。
ああでも。もし、もしその万一が、主の答えだとしたら、その時は。
「…パチュリー様」
その時は。
数十年かかってなお未だ未完成の蔵書録、閲覧記帳のまとめ。それを持って出てやろうと、堅く心に決めた。
[Meirin]
他の二人ほど切羽詰まってはいなかったが、いちおう美鈴も悩んでいた。
というのも、どこからが夢の記憶で、どこからが現実に起きたことなのか、実はあまり区別がついていなかったのだ。よくわからないうちに全ては始まっていて、不意打ちにそれが身を襲ったと思ったら、たった一晩で終わりを告げられてしまった。詳しい話を聞きたかったのだが、誰に何を訊けばいいのかすら判然としない。
わかっているのは十六夜咲夜が泣いてしまったこと。その一端を大変不本意ながら自分が請け負っていること。主の部屋が崩壊したこと。その友人が一時行方不明だったということ。それにはどうやらアリス・マーガトロイドが関係しているらしいこと。部下の忠告に首を振り、せっかくの気遣いを無下にしてしまったということ。そうして、どうやら自分はここ数日仕事を休みがちだったらしいことと、何故か酒を造らなければならないということ。これで全部だ。
正直、別に実害はほとんどないのだが、どう考えても釈然としない。これだけのことが同時に起きていたのに、何故こんなにも滞りなく日常に戻っているのか。事実だけを追えば、むしろトップに問題が生じているにも関わらず、混乱が綺麗すぎる。と言えばよくわからないが、つまり大騒ぎはしているのだが、その騒ぎ方がいたって健全なのだ。血が騒ぐようなものや、慌ただしさは充分感じている。不平不満だってある。なのに、どうして誰も、誰一人、不安がっていないのか。ルールに則ったような騒ぎ方しかしないのか。おかしいのだ、あまりにも。こんな暢気な気分で構えてていていいのだろうか。
確かに、紅白黒襲撃時ほどの被害は起きていない。しかし、わけがわからない気持ち悪さでは、明らかに今回の方が上だ。にも関わらず、この空気は、この流れは、まるで――――――――
「……………ま、いいか」
それよりも、一番の問題は咲夜さんだ、と紅魔館門番隊長紅美鈴は頭を切り換えた。
「どうして、避けられているんだろう……」
これだけは、切実な悩みだった。
【真っ紅な回顧録Ⅰ】
「こんばんは」
窓を閉めたはずのカーテンが、揺れていた。
冷たいのにどこか無邪気で、それでいて澄ました気配を持つ、幼いようで優雅な声。
「こんな夜に、どうして貴女は本を読んでいるの」
身動ぎを忘れてその影を凝視していた少女は、返事と呼ぶには無視できないタイムラグを生んでから、ようやっとその問いに答えた。
――――――――だって、他にすることなんてないもの。それに、私は本が好きなの
私が知らない色んなことが、たくさん書いてあるもの。
「ふうん」
月を背負うように羽を震わせて、影は笑った。
「じゃあ、その本には書いてないことで、その本より面白いことを私が知っていたら。知っていて、貴女に話したなら―――――」
貴女は、その本より私を好きになるのが道理ね
ごくごく当たり前というふうに、夜に浮かんだ影はそう少女に告げて笑った。
作って上げるわ なのでは?
やはりいいですね、この雰囲気。続きを楽しみに待たせてもらいます。
あなたの文章が作り出す空気が好きなのです…
そういえば誤字を3つくらい見つけたような。ちょっと読み
返して後ほど報告させていただきます。
儀式めいた繰り返し「か」→が?
小悪魔はお喋りばか→ばかり
今度は自分のものして→自分のものとして
それでは続編を楽しみにしています。
・・・えーと、Endの方で最後に泣きついた者です。見苦しくて
すいませんでした。本当に嬉しいです。
今作は、レミリアが主役なのかな。こちらの続きももちろんワク
テカして待ってます。
新作もとても先が気になります。期待して続きを待っています。
今作も先が気になって夜も眠れネェぜ
今回確かに視点が多いですね。群像劇、と言うやつでしょうか。書くのは大変と思われますが、読む分には問題なし、個人的にはむしろ大好物です。
それぞれの思惑がどこでどう絡むのか、続きが楽しみです。小悪魔とか個人エピソード(?)は初っぽいし。
それから、End~の完全版、是非読みたいです。
そして、私も完全版を読みたいです。是非お願いします。
そして完全版を是非頂戴したく。
このシリーズの繊細でやさしい雰囲気と広がった物語が収束していく様が好きです。
続きを楽しみに待っています。
完全版も是非希望します。
私には文才がありませんので、ただ一言、とても面白かったです。
「End~」の完全版があるということですので、ぜひ読ませて頂きたく存じます。
よろしくお願いします。
毎度毎度話に引き込まれる凄さに脱帽。
おくって くれ たの む
過去話、どのように書かれるのかとても楽しみです。
完全版を宜しくお願いします。
完全版もぜひ読みたいです。お願いします。
完全版は読み損ねたのでぜひ。
完全版をお願いします
もし、まだ間に合うようなら完全版お願いします。
完全版、まだ間に合いますか?ぜひお願いします!
ひっそりと蚊帳の外を見守ってます。
完全版希望です。お願いします。
完全版希望します。よろしくお願いします。
原作だと
怪綺談:金
妖々夢:青
永夜抄:茶
萃夢想:茶、青(ドット絵)
二次だと自分のアリスフォルダ(ぉ)の中は茶と青半々な感じです。茶=金って解釈もアリだと思います。
というわけで続編楽しみにしてます!
完成版を是非よろしくお願いします~
完全版、ぜひともお願いします。
続きを楽しみにしています。
完全版はまだ大丈夫でしょうか?
お手数ですがよろしくお願いします。
完全版のほう、期待しています
Childhood's end から アンテルカレール(3) まで拝読させていただきました。睡眠不足すら気にならない二日間だったと思います。
文章の質、量、また執筆速度など脱帽です。
是非これからもすばらしい作品をしたためて下さい。
続編を楽しみにしております。
僭越ながら Ending No.31:Sabbath の完全版、よろしくお願いできますか?
今回は小悪魔なのかそれともパチュリー、初めてのお外。なのか。
レミリア、すねる。なのか。別の意味でネストが深いですよー。
あの2人の過去がどのうように紡がれるのか期待しています。
申し訳ありませんが、可能でしたら完全版をお願いいたします。
M&A&Pの三人娘大好きな自分としても色々と新鮮な感動を味わい、
色々と目からウロコ状態です。
三人娘の新たな魅力に気付かせてくれて本当に感謝であります。
所で、大幅に出遅れていてもう無理かもしれませんが、
Ending No.31:Sabbath の完全版、良ければ自分も頂きたく思います。
良ければどうかお願いいたしますです。
それでも楽しく読めているのは喜ぶべきかどうか。
地道に変化する紅魔館住人や魔法使い達が心地いいです。
真っ紅こそは明かされる前に気付くことが出来ますように。
Ending No.31の完全版お願いします。
独特な雰囲気を持つ文章やストーリーが好きで、Childhood's end からずっと読ませていただいています。
出遅れてしまって申し訳ないのですが、Ending No.31:Sabbath の完全版、よろしくお願いできないでしょうか?
切なくも温かい、幸せを感じられるお話だと思います。
貴方様の作品を読む時は、いつも甘い紅茶がお供です。
もう無理かもしれませんが、いつでも構わないので
Ending No.31:Sabbath の完全版を宜しくお願いします。
他の方の作品には無い、一人称の切り替えのテンポのよさが
私的なお気に入りです。
今作も楽しみに読ませていただきますね。
完成版も是非お願いします。
契約更新とか?続きを読むのが楽しみだ
完全版は読みたいけど、メール×な状態なので、やはり想像力を燃やすとします
本当に今更感たっぷりですが、完全版のほう配布可能でしたら是非ともお願いしますorz
本当に氏はいい作品を書かれる……。
私も本当に今更なのですが、もしよろしければ完全版の方を送って下さると嬉しいです。