殴り合いがしたい。
魔理沙が唐突にこんなストレンジワードを言い出したのは、既に陽も傾きかけた穏やかな午後だった。
そんな脳を中継せずに発せられているとしか思えない珍発言の数々はまあ慣れているから良しとして、それでもやはり七色の人形遣い兼・幻想郷でも数少ないツッコミ系キャラを自負するアリスとしては、今の発言に対して一定の理性あるリアクションを返さざるを得ない。
「殴り合いならほら、宴会する鬼の事件のときにやったじゃない」
「ああ萃夢想だな」
「…そんなぶっちゃけて言わないで」
一見無法地帯に見えるこの幻想郷にも、”大人のお約束”なる不文律が存在するのだ。
「確かに弾幕は楽しい。萃夢想…いや宴会事件のときには確かに物理攻撃も行使した。だがしかし、日常に変化という名のスパイスを求めるのは文化人のサガってもんだと思わないかアリス」
どうやら魔理沙のイメージする文化人というのは、日常のスパイスに暴力行為を振舞う種族のことを指すようだ。
「つまり?」
「弾幕使用禁止。スペカもダメ。完璧に拳と拳のガチ勝負だ」
なんだか私たちのアイデンティティーを根本から覆しかねない発言をしてやがりませんか。
しかし、事もあろうに殴り合いと来た。
弾幕戦ならいざ知らず、こと物理的攻防戦においてこのアリスには一日の長がある。一般的に魔法使いは身体を動かさない、DEFやVITが紙、すぐ貧血になるなどのマイナスイメージがあるが、それは一部の人の穿った意見。アリス・マーガトロイドは闘う魔法使いなのだ。亡霊剣士や中国拳法家には遠く及ばずとも、目の前の貧弱で貧乳で腰のラインが羨ましいぐらい細い(この間確かめた)ような普通の魔法使いに、彼女の健脚が敗れるはずがない。
ふふふ魔理沙さん、そんな貧弱貧弱ゥなボディでこの私に勝とうなんぞ、煮詰めた砂糖ぐらい甘いでございまするよ。
ところがこの魔理沙という少女、やおらエプロンドレスのポケットから八卦炉を取り出したかと思うと、それを指でぐわっと鷲掴み。
「衝撃のっ、マスタースパァァァァクっ!!」
「なんですとー!?」
ツッコミも防御も間に合わない。
神速で放たれた魔理沙の拳、もとい八卦炉のカドは、寸分違わず人形遣いの額をカチ割った。
◆
「すまんアリス。やりすぎた」
「もういい」
額に絆創膏を貼って膨れっ面。というか、いくらオリジナルより小さいとはいえ、金属の塊である八卦炉で思い切り殴られて絆創膏で済む自分の頭蓋骨がすごい。
「私の頭蓋がルナチタニウム並で良かったわね」
「あぁ全くだ。普通ならべっこり凹んでたところだぜ」
べっこり凹ますつもりだったんかい。洒落になってねーよコイツは。
「いや、アレだ。アリスの蹴りは強烈だからな、やっぱ先手必勝かな、と。襲われる前に襲っちまえ、という結論に達したわけだ」
「言い訳になってない。つーか凶器を使うな、凶器を」
「いや、悪い。じゃあせめて次の一撃はアリスが先制ということで」
まだやるのか。
こっちはあわや頭蓋骨陥没の大惨事寸前だってのに。本気で陥没したらどうする気よ、脳が圧縮されちゃうじゃない、脳が。圧縮率50%よ、ZIPでくれZIPで。そこらの内容量薄い連中と違って私の脳は灰色かつ濃厚なんだから。
…ん? 魔理沙さっき何て言った?
私がせんせい?
せんせいってアレですか、ワーハクタクさんでお馴染みの、あの先生ですか。教師ですか。すると魔理沙は私の生徒。放課後は私の個人授業よ、体操服かスクール水着か選びなさい。ちなみに水着なら確実に旧スクを選ぶこと、間違っても新スクはダメ、絶対。あの水抜き機構があるのとないのでは雲泥の差、天と地、月と永遠亭、新作と旧作。パーツが分割されていることによりあの紺色の布地からまろび出る健康的な太腿がより一層際立つのであり、
…はいはい、分かってるわ。先生夢見すぎね。夢から覚めなサーイ。
先制…先制攻撃のことね。
しかしそれはそれで面白い。先制ってことはさしずめ私が攻めで魔理沙が受けってところね。
「うふふふふ了解了解おっけーね! 私が攻め、もとい先制ね!」
「おう。でも痛いの嫌だから一撃入ったらゲームセットな」
じゃあ私さっきの時点で負けてるじゃん。ふざけんなこの小動物系、愛でるぞコラ。
でもとりあえず、さっきの借りを返す感じで構える私。さっきは思わぬ凶器攻撃で遅れは取ったが、萃夢想では蹴りでキャラが立ったとまで言われたこのアリス。そのキレイな顔を吹っ飛ばしてやる! あ、でも本気で吹っ飛ばすわけじゃないのが私の優しさ。本気は出さない人形遣い、アリス・マーガトロイドです。どうぞよろしく。
「イクわよ魔理沙ぁ!」
ざりっ、と地面をこすり、私のブーツが加速する。
速度×パワー=破壊力。それにトリッキーさを加え、軌道を読まれないように蹴り穿つのが私のスタイル。けれど、今回はそんな戦法ナシ。正面から堂々と、亜音速の蹴りを放つ!
…ふと、魔理沙の手に先ほどの八卦炉が握られているのが見えた。
ただし今度はさっきのように殴りつけることはない。凶器攻撃はダメという私の警告も素直に聞いてくれたのだろう。
けれど、その代わり。
私の蹴りの軌道上に、その八卦炉をビシッとかざしていた。
「撃滅のダブルスパーク」
一度放ったキックはそうそう簡単には止められない。その結果私はスネ、つまるところ弁慶の泣き所で八卦炉を思いっきり蹴りつけるという事態を招いた。
…金属とカルシウムのぶつかり合う音は、こんなにも鈍く破滅的なサウンドを奏でることをはじめて知ることとなる。
「ぶるぁぁぁぁーーーー!?」
あまりの衝撃に謎の生命体になる私。
いや、痛いよ!? これすごく痛いよ!? 七色の人形遣いが脳内で一瞬だけ白黒になったよ!
「くっ、は、ははははははは! だ、大丈夫かアリス?」
「い、一瞬天竺が見えた…」
なんか向こうで幽々子と妖夢が手を振ってたよ。アンタらそんなとこにも出張するのか。
畜生、思いっきり笑ってるし。いいわよいいわよ、こうなったらこっちも手加減はしない。正攻法で来ないなら、こっちもそれなりの手段で行かせてもらう。
「えい」
「ひゃうっ!?」
まだ痛みで悶えているフリをしながら、手刀に構えた右手を魔理沙の脇腹に突き立てる。ここは大抵の人類が抱える弱点の一つだ。ダメージは期待できないが怯ませる効果は大きい。
さすがにこの体勢から攻撃されるとは思っていなかったらしく、予想通りの可愛い悲鳴を上げ、体勢を崩す魔理沙。そこへ、
「転べっ!」
地面に這いつくばった姿勢のまま腕を軸にし、カポエラの要領でローキックを放つ。人間の敏感な場所トップ10に入るであろう箇所を襲った刺激に、完全に虚を突かれた形だ。足を引っ掛けられた魔理沙は更にバランスを崩してお尻から転倒した。
しかしこれだけでは終われない。
そのまま反動をつけて起き上がり、魔理沙の上に覆いかぶさる。いわゆるマウントポジションというやつだ。こんな風に組み敷かれてしまったら、格闘術でも習っている奴でない限り状況を覆すのは難しい。
「いてて…や、やるなお前…」
「…ふふふふ、アンタの弱点はだいたい把握してるのよ、魔理沙ぁ」
「え」
両手をわきわきと妖しく蠢かす私の姿に何かを感じたのか、やや引きつった表情でこちらを見上げてくる。でもそんな怯える子犬の顔をしてももう遅い。私のスイッチは入ってしまったのだ。
「ジ・エンド♪」
「ちょ、おまっ! わ、腋は反則だっ!」
「問答無用じゃぁぁぁぁぁ!!」
私の両手が魔理沙の腋に食らい付く。腐っても人形遣い、そして手先の器用さなら幻想郷一を自負している私だ。くすぐりの破壊力は自信がある。
触ってみて改めて感じるが、やはり魔理沙の身体は細い。そのままぐにぐにと軽くくすぐってやると、その細い身体が面白いように飛び跳ねた。
「ひっ、あ、あははっはははは!! や、やめろ、そこはやめてぇぇ!」
「やめない。ユーアーギルティー!」
聞き方によっては無闇にエロスな台詞を吐く少女を無視し、そこはかとなく間違ったような文法の英語を使いながらくすぐりを続行する。ためらいもなく凶器攻撃やってた奴に情けも容赦も必要ナッシン。…あ、いけないこれ楽しくなってきた。
脇腹だけを軽く触っていた攻めから、腋の下・背中・そして腹部周辺へとその魔手を伸ばす。右側をくすぐり身をよじったら左側を。左側をくすぐったら右側を。そんなフェイントじみた攻めを織り交ぜながら、私の指は確実に魔理沙を侵食していった。
「かっ、勘弁…ぶっ、はははははははは!!」
しかし、私の優勢もそう長いものではなかった。
「…お、お返しだ、ぜっ…!」
「なっ!?」
魔理沙の精神力を舐めていた。
彼女の指が、私の脇腹をガッチリとホールドする。
「抹殺のファイナルスパァァァァァァク!!」
「もうスパークってレベルじゃねぇぇぇ!!」
油断しきっていた私の両脇に、魔理沙の指が襲い掛かる。虚を突かれたせいで、魔理沙はマウントポジションからするりと抜け出す。それでいつの間にか魔理沙が上になってるし。
「こ、こら魔理さっ、ひぅぅ」
「けけけ、魔族でいらっしゃるアリスでもココは弱いんだろ~? ほれほれ~」
「んっくぅっ! そ、そのセリフ卑猥すぎっ」
完全にオヤジ化した魔理沙の意のままににくすぐられる。ここまで体格の違う奴に好き勝手されるなんて…人間、くすぐったさには無力なのですね。私人間じゃないけど。
それから3分ばかり経過しただろうか。
いい加減魔理沙もくすぐるのに疲れた様子で、ただ私の両脇に手を置いているだけだ。肝心の私はというと既にグロッキー。そりゃそうだ、あれだけくすぐられていれば誰だってそうなる。
すると。
突然、窓からパシャリという無機質な音。その方角を向いてみると、いつものお騒がせパパラッチこと射命丸文、楽しいこと大好きなスキマ妖怪・八雲紫という極悪な2人組みが。
ハタと気付いて自分たちの姿を見てみると。
絶妙にはだけた衣装、不規則に乱れる吐息、鬼灯もかくやというほど真っ赤に染まった顔。そして私は仰向けに倒れ、魔理沙は馬乗りになって私の身体に手を伸ばしているという構図。
「…えーとだな」
「ちちちち違う、違うのよこれは?」
もはや弁解も空々しいまでに言い訳不能な状況を前にしてなお必死に取り繕おうとする私たちに、ブン屋とスキマ妖怪は「分かってる、分かってるわよ」と言わんばかりに優しい笑顔で、
『どう見てもマリアリです。本当にありがとうございました』
それだけを言い残し、一瞬にしてスキマの彼方へと消え去っていった。
◆
それから何が変わったかって、別に何も変わりやしない。
弾幕バトルが殴り合いに変化したわけでも、八卦炉が打撃武器になったわけでも、魔理沙との距離が一気に縮まったわけでもない。個人的に最後のはそうあって欲しいが、現実はそう簡単に覆らないということだ。
変な噂を起こされる前にあのカラスを追って、とっ捕まえて、それで終わり。直前までやっていたキャットファイトのおかげで、だいぶ息は上がっていたけれど。
「しかしブン屋のネガ吹っ飛ばすの間に合ってよかったぜ」
「ホントに。彼女泣いてたけどね」
「でなけりゃこっちが泣くハメになる」
「まあね」
「…あのスキマ妖怪はどうする?」
「それが問題なのよねぇ…」
結局何と変わらぬまま、変わらぬ会話を繰り返しているだけ。日常に加えるべきスパイスは、どうやら相当にキツイものでないとダメらしい。
でも、それでもいいかも知れない。
私にただひとつ、言えることは。
「…よしアリス。弾幕ごっこするぞ」
「…懲りないわね貴女も」
「それは負けっぱなしのやつに言う台詞だぜ。少なくともさっきの戦いは引き分けだ」
「そうね。じゃあ望みどおり、今から負けっぱなしにしてあげましょうか」
「へっ、誰が望んだよ。…あぁ、お前か?」
あぁ。
「…相変わらず口の減らない」
「相変わらずスカしやがって」
「貴女のそういうところ、気に入らないわ」
「お前のそういうところ、ムカつくぜ」
そんな罵詈雑言を、私たちは限りなくクリアな笑顔で言い合った。
気付けば、外は早い夕暮れ。
そう。
弾幕だろうと殴り合いだろうと、お茶会だろうと。
彼女と過ごす時間は、どうしようもなく楽しいと、そう思ってしまうのだ。
…あ、馬乗りになったときドサクサで脱がせば良かったなあ…
魔理沙が唐突にこんなストレンジワードを言い出したのは、既に陽も傾きかけた穏やかな午後だった。
そんな脳を中継せずに発せられているとしか思えない珍発言の数々はまあ慣れているから良しとして、それでもやはり七色の人形遣い兼・幻想郷でも数少ないツッコミ系キャラを自負するアリスとしては、今の発言に対して一定の理性あるリアクションを返さざるを得ない。
「殴り合いならほら、宴会する鬼の事件のときにやったじゃない」
「ああ萃夢想だな」
「…そんなぶっちゃけて言わないで」
一見無法地帯に見えるこの幻想郷にも、”大人のお約束”なる不文律が存在するのだ。
「確かに弾幕は楽しい。萃夢想…いや宴会事件のときには確かに物理攻撃も行使した。だがしかし、日常に変化という名のスパイスを求めるのは文化人のサガってもんだと思わないかアリス」
どうやら魔理沙のイメージする文化人というのは、日常のスパイスに暴力行為を振舞う種族のことを指すようだ。
「つまり?」
「弾幕使用禁止。スペカもダメ。完璧に拳と拳のガチ勝負だ」
なんだか私たちのアイデンティティーを根本から覆しかねない発言をしてやがりませんか。
しかし、事もあろうに殴り合いと来た。
弾幕戦ならいざ知らず、こと物理的攻防戦においてこのアリスには一日の長がある。一般的に魔法使いは身体を動かさない、DEFやVITが紙、すぐ貧血になるなどのマイナスイメージがあるが、それは一部の人の穿った意見。アリス・マーガトロイドは闘う魔法使いなのだ。亡霊剣士や中国拳法家には遠く及ばずとも、目の前の貧弱で貧乳で腰のラインが羨ましいぐらい細い(この間確かめた)ような普通の魔法使いに、彼女の健脚が敗れるはずがない。
ふふふ魔理沙さん、そんな貧弱貧弱ゥなボディでこの私に勝とうなんぞ、煮詰めた砂糖ぐらい甘いでございまするよ。
ところがこの魔理沙という少女、やおらエプロンドレスのポケットから八卦炉を取り出したかと思うと、それを指でぐわっと鷲掴み。
「衝撃のっ、マスタースパァァァァクっ!!」
「なんですとー!?」
ツッコミも防御も間に合わない。
神速で放たれた魔理沙の拳、もとい八卦炉のカドは、寸分違わず人形遣いの額をカチ割った。
◆
「すまんアリス。やりすぎた」
「もういい」
額に絆創膏を貼って膨れっ面。というか、いくらオリジナルより小さいとはいえ、金属の塊である八卦炉で思い切り殴られて絆創膏で済む自分の頭蓋骨がすごい。
「私の頭蓋がルナチタニウム並で良かったわね」
「あぁ全くだ。普通ならべっこり凹んでたところだぜ」
べっこり凹ますつもりだったんかい。洒落になってねーよコイツは。
「いや、アレだ。アリスの蹴りは強烈だからな、やっぱ先手必勝かな、と。襲われる前に襲っちまえ、という結論に達したわけだ」
「言い訳になってない。つーか凶器を使うな、凶器を」
「いや、悪い。じゃあせめて次の一撃はアリスが先制ということで」
まだやるのか。
こっちはあわや頭蓋骨陥没の大惨事寸前だってのに。本気で陥没したらどうする気よ、脳が圧縮されちゃうじゃない、脳が。圧縮率50%よ、ZIPでくれZIPで。そこらの内容量薄い連中と違って私の脳は灰色かつ濃厚なんだから。
…ん? 魔理沙さっき何て言った?
私がせんせい?
せんせいってアレですか、ワーハクタクさんでお馴染みの、あの先生ですか。教師ですか。すると魔理沙は私の生徒。放課後は私の個人授業よ、体操服かスクール水着か選びなさい。ちなみに水着なら確実に旧スクを選ぶこと、間違っても新スクはダメ、絶対。あの水抜き機構があるのとないのでは雲泥の差、天と地、月と永遠亭、新作と旧作。パーツが分割されていることによりあの紺色の布地からまろび出る健康的な太腿がより一層際立つのであり、
…はいはい、分かってるわ。先生夢見すぎね。夢から覚めなサーイ。
先制…先制攻撃のことね。
しかしそれはそれで面白い。先制ってことはさしずめ私が攻めで魔理沙が受けってところね。
「うふふふふ了解了解おっけーね! 私が攻め、もとい先制ね!」
「おう。でも痛いの嫌だから一撃入ったらゲームセットな」
じゃあ私さっきの時点で負けてるじゃん。ふざけんなこの小動物系、愛でるぞコラ。
でもとりあえず、さっきの借りを返す感じで構える私。さっきは思わぬ凶器攻撃で遅れは取ったが、萃夢想では蹴りでキャラが立ったとまで言われたこのアリス。そのキレイな顔を吹っ飛ばしてやる! あ、でも本気で吹っ飛ばすわけじゃないのが私の優しさ。本気は出さない人形遣い、アリス・マーガトロイドです。どうぞよろしく。
「イクわよ魔理沙ぁ!」
ざりっ、と地面をこすり、私のブーツが加速する。
速度×パワー=破壊力。それにトリッキーさを加え、軌道を読まれないように蹴り穿つのが私のスタイル。けれど、今回はそんな戦法ナシ。正面から堂々と、亜音速の蹴りを放つ!
…ふと、魔理沙の手に先ほどの八卦炉が握られているのが見えた。
ただし今度はさっきのように殴りつけることはない。凶器攻撃はダメという私の警告も素直に聞いてくれたのだろう。
けれど、その代わり。
私の蹴りの軌道上に、その八卦炉をビシッとかざしていた。
「撃滅のダブルスパーク」
一度放ったキックはそうそう簡単には止められない。その結果私はスネ、つまるところ弁慶の泣き所で八卦炉を思いっきり蹴りつけるという事態を招いた。
…金属とカルシウムのぶつかり合う音は、こんなにも鈍く破滅的なサウンドを奏でることをはじめて知ることとなる。
「ぶるぁぁぁぁーーーー!?」
あまりの衝撃に謎の生命体になる私。
いや、痛いよ!? これすごく痛いよ!? 七色の人形遣いが脳内で一瞬だけ白黒になったよ!
「くっ、は、ははははははは! だ、大丈夫かアリス?」
「い、一瞬天竺が見えた…」
なんか向こうで幽々子と妖夢が手を振ってたよ。アンタらそんなとこにも出張するのか。
畜生、思いっきり笑ってるし。いいわよいいわよ、こうなったらこっちも手加減はしない。正攻法で来ないなら、こっちもそれなりの手段で行かせてもらう。
「えい」
「ひゃうっ!?」
まだ痛みで悶えているフリをしながら、手刀に構えた右手を魔理沙の脇腹に突き立てる。ここは大抵の人類が抱える弱点の一つだ。ダメージは期待できないが怯ませる効果は大きい。
さすがにこの体勢から攻撃されるとは思っていなかったらしく、予想通りの可愛い悲鳴を上げ、体勢を崩す魔理沙。そこへ、
「転べっ!」
地面に這いつくばった姿勢のまま腕を軸にし、カポエラの要領でローキックを放つ。人間の敏感な場所トップ10に入るであろう箇所を襲った刺激に、完全に虚を突かれた形だ。足を引っ掛けられた魔理沙は更にバランスを崩してお尻から転倒した。
しかしこれだけでは終われない。
そのまま反動をつけて起き上がり、魔理沙の上に覆いかぶさる。いわゆるマウントポジションというやつだ。こんな風に組み敷かれてしまったら、格闘術でも習っている奴でない限り状況を覆すのは難しい。
「いてて…や、やるなお前…」
「…ふふふふ、アンタの弱点はだいたい把握してるのよ、魔理沙ぁ」
「え」
両手をわきわきと妖しく蠢かす私の姿に何かを感じたのか、やや引きつった表情でこちらを見上げてくる。でもそんな怯える子犬の顔をしてももう遅い。私のスイッチは入ってしまったのだ。
「ジ・エンド♪」
「ちょ、おまっ! わ、腋は反則だっ!」
「問答無用じゃぁぁぁぁぁ!!」
私の両手が魔理沙の腋に食らい付く。腐っても人形遣い、そして手先の器用さなら幻想郷一を自負している私だ。くすぐりの破壊力は自信がある。
触ってみて改めて感じるが、やはり魔理沙の身体は細い。そのままぐにぐにと軽くくすぐってやると、その細い身体が面白いように飛び跳ねた。
「ひっ、あ、あははっはははは!! や、やめろ、そこはやめてぇぇ!」
「やめない。ユーアーギルティー!」
聞き方によっては無闇にエロスな台詞を吐く少女を無視し、そこはかとなく間違ったような文法の英語を使いながらくすぐりを続行する。ためらいもなく凶器攻撃やってた奴に情けも容赦も必要ナッシン。…あ、いけないこれ楽しくなってきた。
脇腹だけを軽く触っていた攻めから、腋の下・背中・そして腹部周辺へとその魔手を伸ばす。右側をくすぐり身をよじったら左側を。左側をくすぐったら右側を。そんなフェイントじみた攻めを織り交ぜながら、私の指は確実に魔理沙を侵食していった。
「かっ、勘弁…ぶっ、はははははははは!!」
しかし、私の優勢もそう長いものではなかった。
「…お、お返しだ、ぜっ…!」
「なっ!?」
魔理沙の精神力を舐めていた。
彼女の指が、私の脇腹をガッチリとホールドする。
「抹殺のファイナルスパァァァァァァク!!」
「もうスパークってレベルじゃねぇぇぇ!!」
油断しきっていた私の両脇に、魔理沙の指が襲い掛かる。虚を突かれたせいで、魔理沙はマウントポジションからするりと抜け出す。それでいつの間にか魔理沙が上になってるし。
「こ、こら魔理さっ、ひぅぅ」
「けけけ、魔族でいらっしゃるアリスでもココは弱いんだろ~? ほれほれ~」
「んっくぅっ! そ、そのセリフ卑猥すぎっ」
完全にオヤジ化した魔理沙の意のままににくすぐられる。ここまで体格の違う奴に好き勝手されるなんて…人間、くすぐったさには無力なのですね。私人間じゃないけど。
それから3分ばかり経過しただろうか。
いい加減魔理沙もくすぐるのに疲れた様子で、ただ私の両脇に手を置いているだけだ。肝心の私はというと既にグロッキー。そりゃそうだ、あれだけくすぐられていれば誰だってそうなる。
すると。
突然、窓からパシャリという無機質な音。その方角を向いてみると、いつものお騒がせパパラッチこと射命丸文、楽しいこと大好きなスキマ妖怪・八雲紫という極悪な2人組みが。
ハタと気付いて自分たちの姿を見てみると。
絶妙にはだけた衣装、不規則に乱れる吐息、鬼灯もかくやというほど真っ赤に染まった顔。そして私は仰向けに倒れ、魔理沙は馬乗りになって私の身体に手を伸ばしているという構図。
「…えーとだな」
「ちちちち違う、違うのよこれは?」
もはや弁解も空々しいまでに言い訳不能な状況を前にしてなお必死に取り繕おうとする私たちに、ブン屋とスキマ妖怪は「分かってる、分かってるわよ」と言わんばかりに優しい笑顔で、
『どう見てもマリアリです。本当にありがとうございました』
それだけを言い残し、一瞬にしてスキマの彼方へと消え去っていった。
◆
それから何が変わったかって、別に何も変わりやしない。
弾幕バトルが殴り合いに変化したわけでも、八卦炉が打撃武器になったわけでも、魔理沙との距離が一気に縮まったわけでもない。個人的に最後のはそうあって欲しいが、現実はそう簡単に覆らないということだ。
変な噂を起こされる前にあのカラスを追って、とっ捕まえて、それで終わり。直前までやっていたキャットファイトのおかげで、だいぶ息は上がっていたけれど。
「しかしブン屋のネガ吹っ飛ばすの間に合ってよかったぜ」
「ホントに。彼女泣いてたけどね」
「でなけりゃこっちが泣くハメになる」
「まあね」
「…あのスキマ妖怪はどうする?」
「それが問題なのよねぇ…」
結局何と変わらぬまま、変わらぬ会話を繰り返しているだけ。日常に加えるべきスパイスは、どうやら相当にキツイものでないとダメらしい。
でも、それでもいいかも知れない。
私にただひとつ、言えることは。
「…よしアリス。弾幕ごっこするぞ」
「…懲りないわね貴女も」
「それは負けっぱなしのやつに言う台詞だぜ。少なくともさっきの戦いは引き分けだ」
「そうね。じゃあ望みどおり、今から負けっぱなしにしてあげましょうか」
「へっ、誰が望んだよ。…あぁ、お前か?」
あぁ。
「…相変わらず口の減らない」
「相変わらずスカしやがって」
「貴女のそういうところ、気に入らないわ」
「お前のそういうところ、ムカつくぜ」
そんな罵詈雑言を、私たちは限りなくクリアな笑顔で言い合った。
気付けば、外は早い夕暮れ。
そう。
弾幕だろうと殴り合いだろうと、お茶会だろうと。
彼女と過ごす時間は、どうしようもなく楽しいと、そう思ってしまうのだ。
…あ、馬乗りになったときドサクサで脱がせば良かったなあ…
> ゆかりんは二人の痴態を見て興奮して霊夢の腋を襲いに
採用。
しかもエロいときよる。
> ゆかりんは二人の痴態を見て興奮して霊夢の腋を襲いに
超採用。
あと人間サイズの上海が両腕を射出するのを幻視したww
>ゆかりんは二人の痴態を見て興奮して霊夢の腋を襲いに
むしろそうならない方がおかしいと思ったww
> ゆかりんは二人の痴態を見て興奮して霊夢の腋を襲いに
其れでもうおっけーね
八卦炉の使い方笑ったw
ありがとうみんな。あいあむはっぴー。
あとエロくないよ
アリスの力の抜け具合というか、金属で頭割り&カウンター後の態度に魔理沙への愛がにじみでていますね!!
他の人だったらこれ問答無用で本気の弾幕戦に移行ですよ!
先手後手攻め守り流転する殴り愛とくすぐり愛にもうもうもう
マリ!アリ!マリ!!アリ!!!
面白かったです
そして魔理沙の反撃でさらに脱がされるというわけか
んなもんブン屋とスキマ妖怪に目撃されたらそれこそ…
やんでれいむ「私は怒ったぞーーーーー!!!アリスーーーーー!!!!!」