Coolier - 新生・東方創想話

『セラギネラ』 第一話 その5(これにて終わり)

2006/11/24 08:23:37
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 紅魔館の談話室に置かれたテーブルに、よりどりみどりのお菓子や軽食が
盛られた皿がいくつも並べられていく。ポットからは湯気の立つ紅茶が予め
温められた白磁のティーカップに注がれ、銀の燭台に灯された蝋燭がそれら
を温かい光で照らしていた。
 レミリア・スカーレットは血入りパンを丁寧にちぎって、妹のフランドール・ス
カーレットの口許に運んでやった。彼女の隣では十六夜咲夜がナイフでソー
セージ(血入りのものとそうでないものの二種類が用意してある)を慣れた手
つきで薄くスライスしていく。
「そういやパチュリーは呼ばなくていいのか?こんな美味しいもの食べられな
いのは可哀想じゃないか」霧雨魔理沙の言葉にレミリアは、パチェはいま魔導
書の執筆が佳境に差し掛かっているのよ、と嘘を教えた。
「いま図書館になど邪魔しに入ってみなさい、あっという間に鍋で煮られて
霊薬の材料にされてしまうよ」
「おお怖い。それじゃあ今夜は図書館に行かなくてむしろ正解だったかもな」
クッキーの粉をエプロンにこぼすほど口に頬張ってむしゃむしゃと食べる魔理
沙を見て、フランドールが真似をしようとして咲夜に止められた。


 一方その頃、浴場では紅美鈴が一人で浴槽を占領して寛いでいた。
 今夜はこれ以上不意の来客はないだろうとレミリアが判断したため、彼女
は夜勤の任を解かれて入浴も許可されたのである。その代わりに明日は
(既に日付が変わっているので今日だが)朝から庭の花畑で館に飾る花を
選んで収穫し、館まで運ぶ作業をする事になった。館中の花瓶に生ける花の
量はかなりのもので、しかもルーミアとチルノが赤い薔薇の花畑を荒らして
しまったために他の花で適当な組み合わせを考えねばならなかった。
「マリーゴールドは黄色とオレンジが丁度いい頃合かな・・・ローズマリーも
もう少ししたら摘めるかな。咲夜さんが肉料理とか石鹸の材料に使いたが
るしねえ・・・早咲きのコスモスはまだちょっと先かなあ」ぶつぶつと独り言
を言いながら明日の作業の計画を立てた後、美鈴は今日の戦いについて
も思いをいたした。
 自分が霊夢を倒し、魔理沙が自分を倒し、レミリアお嬢様が魔理沙を倒し、
そのレミリアお嬢様は先程まで咲夜の腕の中でバスタオルに包まって濡れ
コウモリになっていた。
「・・・ということは咲夜さんが一番強いことになるわけか」美鈴はそう言うと
その想像のあまりの嫌さかげんに、今度こっそりポットの紅茶を高麗人参
茶にでもすり替えてやろうかしら、などと考えた。

 浴室の掃除と後片付けを終えて浴場を出ると、談話室の前で台車を押
して出てきた咲夜と鉢合わせした。美鈴はまだ夕食にありついていなかっ
たのを思い出した。
「咲夜さん、何か食べるもの残ってませんか?」先程まで彼女に対する嫌
がらせの計画をあれこれ空想していた事なぞ綺麗さっぱり忘れて、美鈴
はそうねだった。
「あら丁度いい所に来たわね。ほら、これでも持っていきなさいな」手拭き
布に包んだ残り物の血入りパンとクッキーを咲夜から手渡され、美鈴は
たいそう嬉しそうな表情になった。
「あ、そうだ。パチュリー様の所から月琴を取ってこなくちゃ。それじゃあ
咲夜さん、失礼します」
「明日も夜勤だからって、朝の仕事のこと忘れないでね。寝坊は厳禁よ」
今から後片付けがあるメイド長と別れ、門番は館内を図書館のある棟に
向けて歩き出した。

 図書館の入り口に着くと、司書の小悪魔がパチュリー様は既にお休みに
なられました、と教えてくれた。
「喘息の発作は治まったの?」
「どうでしょう、あれから大きな発作は起きていませんが。私が朝まで側に
ついて居ますのでまあ何かあったら咲夜さんを呼びますよ」こういう時は
門番は何の役にも立たないので(パチュリー曰く「門番は無能に与える名前
だけの役職」だそうだが)、美鈴は小悪魔から月琴を受け取るとそそくさと
退散した。

 紅魔館の屋根の上で血入りパンをむしゃむしゃと平らげると、再度月琴
を調律して演奏を始めた。とつとつと爪弾くうちにまたぞろ子供向けの適当
な話のネタが湧いてきた。どうやら明日も聞かせる事ができそうだった。
 屋根の上から眺める夜の庭は、鳥や虫の鳴き声以外には聞こえる音も
なくしんと静まり返っている。レミリアお嬢様の言うとおり今夜はもう客も来
ないのかな、と思い、美鈴は演奏を止めると月琴を下ろして屋根の上に
寝転んでうーんと伸びをした。
「寝るか」さっと飛び起きて月琴を掴むと飛び上がり、横着をして窓から自分
の部屋の中に入り、月琴のベルトを壁掛けに引っ掛けるとすぐにベッドに
向かい毛布の中にもぐり込んで目を閉じた。


 翌朝、美鈴が花畑の中に設けた小道まで台車を引っ張り込んで花を収穫
していると、博麗霊夢がやって来て彼女の隣に降り立った。
「今朝もおつゆが下ろせなかったわ!さあ何としても通してもらうわよ!!」
「どうぞどうぞご勝手に。私いま門番の勤務時間じゃないから」赤いチューリッ
プの畑に園芸ばさみを入れながら、庭師は巫女に向けてしっしと手を振った。
「あら物分りが良いわね。じゃ遠慮なく」霊夢はさっさと飛び上がると館へと
一目散に飛んでいった。

 台車に乗せた花籠が色とりどりの花で一杯になったところで収穫をきりあげ
て作業小屋まで戻ったところ、小屋の中から子供の笑い声が聞こえてきた。
またしてもいやーな予感に襲われて小屋の中を覗き込む美鈴の目に、ルーミ
アとチルノと、おまけに呼んだ覚えのないミスティア・ローレライの姿が飛び込
んできた。
「今日は誰が一番パンの上にジャムを沢山のせられるかで勝負よ!!」
「わーおいしそー」
「あんたにしちゃ中々いい思い付きね。その勝負のったわ~」
「お~ま~え~ら~わぁあ~~ッ!!人があのどケチメイド長の目を盗んで
食料庫から持ち出した贅沢品をおおおーーーーッ!」


 その頃紅魔館の中では咲夜と霊夢が弾幕勝負をしていたが、咲夜は符に
手を伸ばした瞬間に、くしゅん、とくしゃみをし、途端に頭に陰陽玉がごんっと
当たって墜落した。
「鍋敷き~、鍋敷きはどこなの~~!?」
「痛たた・・・。美鈴はまたあっさり負けたのね!昼飯抜いてやるから!!」
 二人とも今頃霊夢の鍋敷きがレミリアの部屋のクローゼットにしまい込まれて、
衣類やぬいぐるみをおかずくさい匂いにしているなどとは思いもよらなかった。


 館に花を届けに行くと、結局鍋敷きが見つからずに泣いて帰る霊夢とすれ
違った。メイド長は何故だかおっそろしく不機嫌で、花を受け取る時もぷんぷん
した表情のまま一言の礼も言わずに行ってしまった。
「こりゃあ今日は昼食にはありつけそうもないな」美鈴はそう独り言を言うと服
の懐から昨日の残りのクッキーの包みを取り出し、大事そうに口に運びながら、
昨日が『荒地を数十年かけて花咲く野に変えた、折れた魔剣の話』だったから
今日は『世界を滅ぼすのが好きな神様が鳥達の歌声に心打たれて改心する話』
にするか、などと考えつつ自分が戻るまで正座しているように言いつけた三人
の待つ作業小屋へと大またな足取りで歩いていった。


 咲夜さんが霊夢に負けたのでぐるっと一回りして誰が一番強いか分からなくなりましたとさ。

 長々とお付き合い頂きありがとうございました。これにて第一話終了で御座います。
なお蛇足の蛇足ながら、本作品執筆中の主なBGMは

・童祭~Innocent Treasures
・ヒロシゲ36号~Neo Super-Express

の二曲でした。
 これから第二話の構想を練りますので、どうぞ期待しないで気長にお待ち頂ければ
幸いです。
マムドルチァ
[email protected]
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コメント



0.960簡易評価
4.無評価名前が無い程度の能力削除
麗夢
6.無評価マムドルチァ削除
>麗夢
おっと面目ない。ただいま修正いたしました。
ご指摘に感謝します。
11.90ハリマヤド削除
おつかれさまでした~。
結構すらすらと読めておもしろかったです。
15.90名前が無い程度の能力削除
実際、鍋敷きがないとかなり困ると思う。流石吸血鬼、血も涙もない!!
16.無評価おやつ削除
完結お疲れ様でした。
色々と伝えたい感動とかあるんですが私事なので割愛。
読ませていただいてありがとうございました。
17.80名前ガの兎削除
おかず臭いレミリア様( ´Д`)
18.無評価マムドルチァ削除
>結構すらすらと読めておもしろかったです。
どうもお読み頂きありがとうございます。もうちょっと改行やスペースを入れ
たほうが良さそうな感じです。次の話の時は手を入れようかと思います。

>実際、鍋敷きがないとかなり困ると思う。
霧より春より月より鍋敷きのほうが霊夢にとっては深刻です。たぶん。

>読ませていただいてありがとうございました。
こちらこそ長々とお付き合いありがとうございました。私信なぞありましたら
メールでも頂ければ幸いです。

>おかず臭いレミリア様( ´Д`)
この後メイド長が泣きながらファブリーズします。お嬢様は悪魔だけあって
身内にも容赦なく邪悪ですねえ。
19.80名前が無い程度の能力削除
ほのぼのした紅魔館の一日を堪能させていただきました。
スペルカード発動時にゲーム的メッセージをいれるという演出が素晴らしいです。
21.無評価マムドルチァ削除
>ほのぼのした紅魔館の一日を堪能させていただきました。
驚愕の事実、この作品はほのぼのだったのか・・・
スペカの演出は何となくやってみたかったのです。やりすぎて
しつこく感じる気もしますが多分次回もやると思います。
22.無評価FELE削除
 FELEが、突然直立不動の体勢になった。しゃちほこばった敬礼をする。
 顔が、赤かった。
「えー、あー、俺、あなたみたいになりたいです。
 …その、変な意味じゃなくて。カッコイイと思ってます。…じゃ。それだけです。」

冗談はともかくとして。ファンです!
どこぞで文章を拝読してからファンです!
極々何事もなかった紅魔館で何事かが起こったお話を読ませていただけることを期待しております。
24.無評価マムドルチァ削除
>どこぞで文章を拝読してからファンです!
うわ何たる世間の狭さよ。一人くらいはいるかもしれないとは思いましたが。
あれから特に上達もしていませんが、文章を書く事への情熱も冷めてません。
この先もこういった飄々とした話を書いていこうと思いますのでどうぞ宜しく
お付き合い下さいますようお願いいたします。
32.無評価kagely削除
綺麗にぐるっと一周した感じで、とてもいい終わり方だと想いました
全体を通して、どのキャラも東方らしさを大事にして描かれているという事や
原作ではあまり描かれていない東方の日常の想像や、そこへ新しく持ってきた言葉への知識など
色々と(自分勝手に)感動しながら読ませて戴きました
有難う御座います
35.100名前が無い程度の能力削除
なる程。こりゃ確かに面白い。