寒い。……ああ、とても寒いわね。
私の心だけではない。この世界総てを吹雪によって真っ白にさせ、雪崩で白に埋め尽くす。
いっそ、私もあの雪になりたい。白と化して、存在自体を幻想の物にさせたい。
そう考えていた時期があった。けれども私は出来なかった。
何故なら、この世には余りにも大切なモノがあるのだから……。
私が彼女と出会ったのは、もう何年も前になる。
人間風情が、この魔界人に圧倒的な力を見せ付けたのを記憶している。
…あの時は本当に悔しかった。自分が莫迦で、無知で、情けなかった。
だから私は「ママ」に頼んでグリモワールを持ち込んだ。
そして、再び彼女と戦った。………結果はまた負けちゃったけれど。
それから私はこの世界に住み着いた。
事実上の巣立ち。あの頃はひたすら例の少女に勝つため、見聞を広げるという意味合いが強かった。
誰も住んでいないと思われる森にひっそりと住居を構え、修行に打ち込んだ。
魔法の勉強に着いては独学であるが、私の場合は少しばかりか違う。
「ママ」によって産み出された存在である私は、身体の外見こそは人間と同じだが、中身が違う。
一応種族としては「魔法遣い」となっているが、…まあ、魔界人と一緒でも差し支えないだろう。
事実、あの小さな鬼の娘は、私の事を魔族と示唆していた。
魔族、………いや、違うわね。
それを理由にしてはいけない。私が孤独だったのは、私が余りにも浅はかだったからだ。
だけど私には友達が出来た。…それはもう、掛け替えの無い友達。
私を私と見てくれて、私の性格を素直に受け入れてくれた友達。
口はちょっと悪かったけど、言う事は常に正しかった。
好奇心旺盛で、やんちゃで、無鉄砲。
思えば、どうして私はこんな存在を好きになってしまったのだろう。
単純に惚れたと言えば、それで片付くかもしれない。
いや、それで片付けてはいけない。私にとって、彼女はそれくらいの存在だったのだ。
その友達とは、再会という形で出会った。
初めて言われた言葉は「随分、変わっちまったな、お前」だったような……。
まあいい。とにかくそんな言葉を言われたような気がする。
私が、彼女を霧雨魔理沙と気付いたのは、それから数秒後の事だったけれども。
今となっちゃ、笑い事よね。
まるで運命のような出会い。あれだ、シンデレラ・シンドロームっていうやつ。
女の子は、いつか白馬の王子様がやってくるって幻想するけれど、私も似たような幻想を抱いていた。
それがまさか彼女だったなんて、笑えるわね、本当。
と、ここまで記憶を回顧して、私は窓から外を見た。
ガタガタと嫌な音を放つ。風は窓硝子を揺らし、心地良い音楽を演奏していた。
雪の荒れようは前より少しばかりか強くなっていた。
今日は外に出ない方が良いかもしれないが、そうはいかない。
………何故なら、………ふふ、思い出しちゃったわね。
そう、今日は世界でもっとも嫌な日なのだ。
その日にかぎって、どうしてこう天気が酷いのだ。
全く、私は呪われているのではないかと思いたい。
願うのならば、14代目にお祓いしてもらおうかしら。
賽銭じゃなくて、血を強要されそうだけれども。
…えっと、過去を述懐するのは良い事なのか悪い事なのか。
いつでも過去の幻想に縛られるのは良くないというけれど、じゃあ何? どうすればいいの?
もう、……………彼女はこの世にいないのだ。
だからこそ、過去として振り返るしか方法が無い。
…いけない、感情的になってしまった。…私らしくも無い。
私は両手を口元にかざし、息を吐いた。暖かい。
そう、この暖かさみたいに、ずっと彼女のぬくもりを得られたら、私はどんなに幸せだったか。
………覚悟は、していた。人と妖の命が、どれほどの雲泥の差があると知っていてもだ。
別れは突然やってくる。勿論知っている。私と彼女は、似たようで違うのだ。それも理解していた。
唐突に、否応無しにやってくる別れがどんなに怖いか! 恐ろしいか! 儚いか!
……そんな怯えと向き合いたくなかった。…彼女の傍に居続ける事が……………怖すぎた。
……前に読んだ本に、こんな文章があった。
『娘もまた母になり、娘を産むのならば、楽園を失った原罪を永遠に繰り返す』
この文が何を意味しているか、私は真摯になって考えた事がある。
「ママ」も元々は娘であり、私という娘を産んだ。
…そして、娘が母となり、娘を産むというのは繰り返される。
私もまた母になり、娘を産んだから……。
どうしてだろう。…何であんたは死ぬという恐怖が無かったの?
ねぇ、教えてよ、魔理沙。何故恐れなかったの? 私にはそれがわからない。
…ああ、あんたの姿がここにいる。あの椅子に座って、私に笑顔を振り撒いてくれる、白黒の少女がそこにいる。
……いや、違うわ。彼女はもう、この世に存在していない。
私は幻影を見ていた。まばたきをした瞬間に、誰もいなくなってしまった。
いるのは彼女と私の性格を本当に半分にした娘だけ。
大量に本を積み上げて、毛布に身体をくるめて、行儀悪い姿勢で素人には何も理解出来ない本を読んでいる。
全く、誰に似たんだか。………全部アイツだ、うん。
はぁ、全く寒いわね。寒すぎる。
降り止んで欲しいものだけれども、人間も妖怪も(ここは魔法遣いという種族としての妖怪の意味かな)、
誰一人として自然界を操る事なんて出来ない。天候を左右する能力者がいれば別だけどね。
………そろそろ行くか。
私は椅子から立ち上がった。窓から外を見る。……行くしか無いわね。
その目付きは、何処か遠くを見るようであった。
「亜理沙」
私は娘の名前を呟いた。
全く、何て名前のセンスが無いんだか、私達。
……逆に言えば、恥ずかしい。…しかし、それくらいしか思いつかなかったのだ。赦してくれ、我が娘。
「…行くの?」
「…………そうよ」
私は無表情でそう言った。
亜理沙は読んでいた本に栞を挟み込み、本を閉じた。
生前のアイツが読んでいた本。遺品と言っちゃ遺品だけど、大多数が一週間魔女から分捕った物なのよね。
……かといって、返す心算は毛頭無いんだけれど。悪いわね、パチュリー。私も貴女の本は活用しているのよ。
私と亜理沙は家を出た。きちんと施錠をする。何気に鍵かけているのが上海だし………。
まあ、幻想郷の大泥棒は、今は亡きアイツくらいか。そう思うと、ちょっと苦笑い。
思い出せば、逆に咲夜がアイツの家に盗みに入った事があったわね。八卦炉を狙うなんて、大した度胸だわ。
「………ママ?」
「ん?」
不意に亜理沙が呟いた。
過去にアイツが来ていた白黒の服。
それにコートを羽織ってマフラーをしている所を除けば、本当に面影あるわね。
「………いつも思うのだけど、怖くない?」
「……………」
私は右手に握り締めていた花束を、一層ぎゅっと掴んだ。
感情が込み上げてきて、思わず握力が強くなってしまった。
「……その程度の怖さに恐れていちゃ、お母さんなんてやっていけないわよ」
私は微笑んで亜理沙に返した。
そう、…その程度。………人の死の怖さは、私にとってはその程度なのだ。
何度も言うが、覚悟はしていた。いずれやってくる死の恐怖。
それは自分でない。彼女の死だ。
人と妖。そこには大きな隔たりがある。
…できれば、私はそれすらも超えていける最高の相棒同士として生きていきたかった。
けれど、それは無理な注文だったわね。
生前のアイツがずっと言っていたわね。蓬莱の薬は飲まないって。
輝夜にその事を唆された時、思わず魔符でもぶっ放してやろうと思ったけど。
ならば、……霧雨魔理沙は人間として生きた、というわけね。
天晴れね……本当。生涯を魔法使いとして生きた。…本当、偉いわ。
「……ああ、寒いわね」
私はそんな事を言いながら、冥い服装に身を包んだ自分の足を進めていた。
「全く、……あの子はどうしてこんな所を、最期の地として選んだのかしらね」
魔理沙が永遠の眠りに就いている場所には、先客がいた。
「……あら、いたのね」
私はわざと不敵な笑みを浮かべて彼女に挨拶をした。
特徴的な帽子に、両サイドに垂らした紫色の髪をリボンで束ねている。
その身体とは裏腹に、結構胸の発育がよろしい彼女は、傘も差さずに立っていた。
雪はそれなりに降っているというのに。
「毎度毎度、私が現れる度にそんな台詞言っている気がしてならないわ、私は」
私は真っ直ぐ彼女、パチュリー・ノーレッジを見ていた。
先を越されたという意味で恨んでいるわけではない。
ただ、本を奪われている身なのに、これだけは欠かさずやっているという事で感心していた。
「生きている者として、普通の疑問よ」
パチュリーは私を一瞥してからそう言った。
ああそうですか。どうせ私はインドア派ですよー。
私は亜理沙を促し、彼女の眠る場所に花を寄せた。
そして、祈る。
「いっそ自然界の存在になって、魔理沙を見続けていたい。…そう思っていた事は私にもあったわ」
「……何を言い出すんだか」
とは言っても、私もそんなことを思っていた事があった。
誰にもそう思う事は出てくるのであろうか。
「…あの子には感謝しているわよ、正直ね」
あの子、か。……確かに、100年以上を生きるパチュリーにとって、魔理沙は子供扱いなのだろう。
「魔理沙が来るまで、私はずっとひとりだった……」
「ええ、私も同じ」
墓碑銘を見ながら、私はパチュリーに言った。
「けれどあの子は貴女を選んだわ。悔しいと言ったらありゃしない」
「まあね。だけど、恨んではないのよね、パチュリーは」
「ふっ……、あの子の心が貴女に傾いていたのは、昔から知ってたわよ」
本当に悔しい様子でパチュリーは言った。
それにしても、どうしてアイツは私を選んだのか、今でも疑問に思っている。
生前のアイツは………特にそれをほのめかす発言はしていなかった。
香霖堂の主人があのスキマ妖怪と結婚した時、そりゃもう大変だった。
もうボロボロに泣いて、泣いて泣いて泣きまくって。
……あれ、待てよ。あの時私に泣きついていたのは……………まあ、それだけが理由じゃないと思いたいけれど。
「万人から好かれる者がいなければ、嫌われる者もいない」
「…誰の台詞?」
「忘れたけど、前に読んだ本に書いてたわ。魔理沙は誰からも好かれ、嫌われなかったけどね」
「それは言えてるわね」
私は目を瞑って笑った。
その人気者は、私を選んだということか。
…そして産まれた娘が亜理沙。本当不思議ねぇ………。
「……………魔理沙は、見ているのかしらね…」
不意にパチュリーが言った。
彼女は極めて遠く、そして限り無く近い世界へ顔を向けていた。
幾人もの霊魂が住まう、冥界。閻魔様の判決は、どうなったのか、それは私もパチュリーも知らない。
人は死ぬと河を渡る……って、この辺の説明はどうでもいいわね。
「見てるわよ、絶対」
私は強い口調で言った。
「…ならいいんだけど、…くっ、ゴホ……ゴホッ…!」
「パチュリー!?」
私は思わず彼女の傍に駆け寄った。
亜理沙が恐怖の目付きで見ている。…そうよね、あんたもこの魔女に何度も世話になっているから。
「し…師匠!」
亜理沙が言った。
我が娘がヴワルに良く足を運ぶのは知っていたが、ここまで発展していたのか。
…って、まずは彼女を…。
「大丈夫よ、アリス、亜理沙。……そろそろ私もまずいかもね」
「何言ってるのよ!」
私は叫んでいた。
「………覚悟は既にできているでしょう、アリス」
「……だけど、だけど………!」
やっぱりパチュリーは冷静だった。
大切な人を喪っている私にとって、他人の死の恐怖は克服されたかに見えた。
だが違う。本当は怖い。誰が死んでも怖い。性根が寂しがり屋な私はいつもそうだ。
「……ふぅー。…落ち着いたわ。…ん、大丈夫よ、アリス」
「…パチュリー」
パチュリーは天を見上げていた。
冷たい雪が彼女の頬に当たり、すぐに溶けて無くなってしまう。
「まだまだ私はこんなに暖かいわ。だから、……………涙を拭きなさい」
「……………!」
やっぱり、…私はどうかしているのかもしれない。
それだけがわかった。
他人を失うのは慣れていた。
喪失の哀しみも、悔しさも、とっくに慣れてしまっている。
だからこそ、私は恐怖する。いずれやってくる死ではない。他人の死が、ひたすら怖いのだ。
もし、この子が私より先に逝ってしまったらどうしよう。
仮にも人の……人間の血を受け継いでいるからだ。
そして思った事がもうひとつ。
……半人半霊のあの子、寿命が長いだけで、いずれはあの子にも死がやってくる。
そうしたら、幽々子はどうするのかしらね。……幽々子が殺すのかしら。
…ああ、本当に嫌な世の中。
……そして、……………私はこの窮屈な世の中で、今も生き続ける。
私の心だけではない。この世界総てを吹雪によって真っ白にさせ、雪崩で白に埋め尽くす。
いっそ、私もあの雪になりたい。白と化して、存在自体を幻想の物にさせたい。
そう考えていた時期があった。けれども私は出来なかった。
何故なら、この世には余りにも大切なモノがあるのだから……。
私が彼女と出会ったのは、もう何年も前になる。
人間風情が、この魔界人に圧倒的な力を見せ付けたのを記憶している。
…あの時は本当に悔しかった。自分が莫迦で、無知で、情けなかった。
だから私は「ママ」に頼んでグリモワールを持ち込んだ。
そして、再び彼女と戦った。………結果はまた負けちゃったけれど。
それから私はこの世界に住み着いた。
事実上の巣立ち。あの頃はひたすら例の少女に勝つため、見聞を広げるという意味合いが強かった。
誰も住んでいないと思われる森にひっそりと住居を構え、修行に打ち込んだ。
魔法の勉強に着いては独学であるが、私の場合は少しばかりか違う。
「ママ」によって産み出された存在である私は、身体の外見こそは人間と同じだが、中身が違う。
一応種族としては「魔法遣い」となっているが、…まあ、魔界人と一緒でも差し支えないだろう。
事実、あの小さな鬼の娘は、私の事を魔族と示唆していた。
魔族、………いや、違うわね。
それを理由にしてはいけない。私が孤独だったのは、私が余りにも浅はかだったからだ。
だけど私には友達が出来た。…それはもう、掛け替えの無い友達。
私を私と見てくれて、私の性格を素直に受け入れてくれた友達。
口はちょっと悪かったけど、言う事は常に正しかった。
好奇心旺盛で、やんちゃで、無鉄砲。
思えば、どうして私はこんな存在を好きになってしまったのだろう。
単純に惚れたと言えば、それで片付くかもしれない。
いや、それで片付けてはいけない。私にとって、彼女はそれくらいの存在だったのだ。
その友達とは、再会という形で出会った。
初めて言われた言葉は「随分、変わっちまったな、お前」だったような……。
まあいい。とにかくそんな言葉を言われたような気がする。
私が、彼女を霧雨魔理沙と気付いたのは、それから数秒後の事だったけれども。
今となっちゃ、笑い事よね。
まるで運命のような出会い。あれだ、シンデレラ・シンドロームっていうやつ。
女の子は、いつか白馬の王子様がやってくるって幻想するけれど、私も似たような幻想を抱いていた。
それがまさか彼女だったなんて、笑えるわね、本当。
と、ここまで記憶を回顧して、私は窓から外を見た。
ガタガタと嫌な音を放つ。風は窓硝子を揺らし、心地良い音楽を演奏していた。
雪の荒れようは前より少しばかりか強くなっていた。
今日は外に出ない方が良いかもしれないが、そうはいかない。
………何故なら、………ふふ、思い出しちゃったわね。
そう、今日は世界でもっとも嫌な日なのだ。
その日にかぎって、どうしてこう天気が酷いのだ。
全く、私は呪われているのではないかと思いたい。
願うのならば、14代目にお祓いしてもらおうかしら。
賽銭じゃなくて、血を強要されそうだけれども。
…えっと、過去を述懐するのは良い事なのか悪い事なのか。
いつでも過去の幻想に縛られるのは良くないというけれど、じゃあ何? どうすればいいの?
もう、……………彼女はこの世にいないのだ。
だからこそ、過去として振り返るしか方法が無い。
…いけない、感情的になってしまった。…私らしくも無い。
私は両手を口元にかざし、息を吐いた。暖かい。
そう、この暖かさみたいに、ずっと彼女のぬくもりを得られたら、私はどんなに幸せだったか。
………覚悟は、していた。人と妖の命が、どれほどの雲泥の差があると知っていてもだ。
別れは突然やってくる。勿論知っている。私と彼女は、似たようで違うのだ。それも理解していた。
唐突に、否応無しにやってくる別れがどんなに怖いか! 恐ろしいか! 儚いか!
……そんな怯えと向き合いたくなかった。…彼女の傍に居続ける事が……………怖すぎた。
……前に読んだ本に、こんな文章があった。
『娘もまた母になり、娘を産むのならば、楽園を失った原罪を永遠に繰り返す』
この文が何を意味しているか、私は真摯になって考えた事がある。
「ママ」も元々は娘であり、私という娘を産んだ。
…そして、娘が母となり、娘を産むというのは繰り返される。
私もまた母になり、娘を産んだから……。
どうしてだろう。…何であんたは死ぬという恐怖が無かったの?
ねぇ、教えてよ、魔理沙。何故恐れなかったの? 私にはそれがわからない。
…ああ、あんたの姿がここにいる。あの椅子に座って、私に笑顔を振り撒いてくれる、白黒の少女がそこにいる。
……いや、違うわ。彼女はもう、この世に存在していない。
私は幻影を見ていた。まばたきをした瞬間に、誰もいなくなってしまった。
いるのは彼女と私の性格を本当に半分にした娘だけ。
大量に本を積み上げて、毛布に身体をくるめて、行儀悪い姿勢で素人には何も理解出来ない本を読んでいる。
全く、誰に似たんだか。………全部アイツだ、うん。
はぁ、全く寒いわね。寒すぎる。
降り止んで欲しいものだけれども、人間も妖怪も(ここは魔法遣いという種族としての妖怪の意味かな)、
誰一人として自然界を操る事なんて出来ない。天候を左右する能力者がいれば別だけどね。
………そろそろ行くか。
私は椅子から立ち上がった。窓から外を見る。……行くしか無いわね。
その目付きは、何処か遠くを見るようであった。
「亜理沙」
私は娘の名前を呟いた。
全く、何て名前のセンスが無いんだか、私達。
……逆に言えば、恥ずかしい。…しかし、それくらいしか思いつかなかったのだ。赦してくれ、我が娘。
「…行くの?」
「…………そうよ」
私は無表情でそう言った。
亜理沙は読んでいた本に栞を挟み込み、本を閉じた。
生前のアイツが読んでいた本。遺品と言っちゃ遺品だけど、大多数が一週間魔女から分捕った物なのよね。
……かといって、返す心算は毛頭無いんだけれど。悪いわね、パチュリー。私も貴女の本は活用しているのよ。
私と亜理沙は家を出た。きちんと施錠をする。何気に鍵かけているのが上海だし………。
まあ、幻想郷の大泥棒は、今は亡きアイツくらいか。そう思うと、ちょっと苦笑い。
思い出せば、逆に咲夜がアイツの家に盗みに入った事があったわね。八卦炉を狙うなんて、大した度胸だわ。
「………ママ?」
「ん?」
不意に亜理沙が呟いた。
過去にアイツが来ていた白黒の服。
それにコートを羽織ってマフラーをしている所を除けば、本当に面影あるわね。
「………いつも思うのだけど、怖くない?」
「……………」
私は右手に握り締めていた花束を、一層ぎゅっと掴んだ。
感情が込み上げてきて、思わず握力が強くなってしまった。
「……その程度の怖さに恐れていちゃ、お母さんなんてやっていけないわよ」
私は微笑んで亜理沙に返した。
そう、…その程度。………人の死の怖さは、私にとってはその程度なのだ。
何度も言うが、覚悟はしていた。いずれやってくる死の恐怖。
それは自分でない。彼女の死だ。
人と妖。そこには大きな隔たりがある。
…できれば、私はそれすらも超えていける最高の相棒同士として生きていきたかった。
けれど、それは無理な注文だったわね。
生前のアイツがずっと言っていたわね。蓬莱の薬は飲まないって。
輝夜にその事を唆された時、思わず魔符でもぶっ放してやろうと思ったけど。
ならば、……霧雨魔理沙は人間として生きた、というわけね。
天晴れね……本当。生涯を魔法使いとして生きた。…本当、偉いわ。
「……ああ、寒いわね」
私はそんな事を言いながら、冥い服装に身を包んだ自分の足を進めていた。
「全く、……あの子はどうしてこんな所を、最期の地として選んだのかしらね」
魔理沙が永遠の眠りに就いている場所には、先客がいた。
「……あら、いたのね」
私はわざと不敵な笑みを浮かべて彼女に挨拶をした。
特徴的な帽子に、両サイドに垂らした紫色の髪をリボンで束ねている。
その身体とは裏腹に、結構胸の発育がよろしい彼女は、傘も差さずに立っていた。
雪はそれなりに降っているというのに。
「毎度毎度、私が現れる度にそんな台詞言っている気がしてならないわ、私は」
私は真っ直ぐ彼女、パチュリー・ノーレッジを見ていた。
先を越されたという意味で恨んでいるわけではない。
ただ、本を奪われている身なのに、これだけは欠かさずやっているという事で感心していた。
「生きている者として、普通の疑問よ」
パチュリーは私を一瞥してからそう言った。
ああそうですか。どうせ私はインドア派ですよー。
私は亜理沙を促し、彼女の眠る場所に花を寄せた。
そして、祈る。
「いっそ自然界の存在になって、魔理沙を見続けていたい。…そう思っていた事は私にもあったわ」
「……何を言い出すんだか」
とは言っても、私もそんなことを思っていた事があった。
誰にもそう思う事は出てくるのであろうか。
「…あの子には感謝しているわよ、正直ね」
あの子、か。……確かに、100年以上を生きるパチュリーにとって、魔理沙は子供扱いなのだろう。
「魔理沙が来るまで、私はずっとひとりだった……」
「ええ、私も同じ」
墓碑銘を見ながら、私はパチュリーに言った。
「けれどあの子は貴女を選んだわ。悔しいと言ったらありゃしない」
「まあね。だけど、恨んではないのよね、パチュリーは」
「ふっ……、あの子の心が貴女に傾いていたのは、昔から知ってたわよ」
本当に悔しい様子でパチュリーは言った。
それにしても、どうしてアイツは私を選んだのか、今でも疑問に思っている。
生前のアイツは………特にそれをほのめかす発言はしていなかった。
香霖堂の主人があのスキマ妖怪と結婚した時、そりゃもう大変だった。
もうボロボロに泣いて、泣いて泣いて泣きまくって。
……あれ、待てよ。あの時私に泣きついていたのは……………まあ、それだけが理由じゃないと思いたいけれど。
「万人から好かれる者がいなければ、嫌われる者もいない」
「…誰の台詞?」
「忘れたけど、前に読んだ本に書いてたわ。魔理沙は誰からも好かれ、嫌われなかったけどね」
「それは言えてるわね」
私は目を瞑って笑った。
その人気者は、私を選んだということか。
…そして産まれた娘が亜理沙。本当不思議ねぇ………。
「……………魔理沙は、見ているのかしらね…」
不意にパチュリーが言った。
彼女は極めて遠く、そして限り無く近い世界へ顔を向けていた。
幾人もの霊魂が住まう、冥界。閻魔様の判決は、どうなったのか、それは私もパチュリーも知らない。
人は死ぬと河を渡る……って、この辺の説明はどうでもいいわね。
「見てるわよ、絶対」
私は強い口調で言った。
「…ならいいんだけど、…くっ、ゴホ……ゴホッ…!」
「パチュリー!?」
私は思わず彼女の傍に駆け寄った。
亜理沙が恐怖の目付きで見ている。…そうよね、あんたもこの魔女に何度も世話になっているから。
「し…師匠!」
亜理沙が言った。
我が娘がヴワルに良く足を運ぶのは知っていたが、ここまで発展していたのか。
…って、まずは彼女を…。
「大丈夫よ、アリス、亜理沙。……そろそろ私もまずいかもね」
「何言ってるのよ!」
私は叫んでいた。
「………覚悟は既にできているでしょう、アリス」
「……だけど、だけど………!」
やっぱりパチュリーは冷静だった。
大切な人を喪っている私にとって、他人の死の恐怖は克服されたかに見えた。
だが違う。本当は怖い。誰が死んでも怖い。性根が寂しがり屋な私はいつもそうだ。
「……ふぅー。…落ち着いたわ。…ん、大丈夫よ、アリス」
「…パチュリー」
パチュリーは天を見上げていた。
冷たい雪が彼女の頬に当たり、すぐに溶けて無くなってしまう。
「まだまだ私はこんなに暖かいわ。だから、……………涙を拭きなさい」
「……………!」
やっぱり、…私はどうかしているのかもしれない。
それだけがわかった。
他人を失うのは慣れていた。
喪失の哀しみも、悔しさも、とっくに慣れてしまっている。
だからこそ、私は恐怖する。いずれやってくる死ではない。他人の死が、ひたすら怖いのだ。
もし、この子が私より先に逝ってしまったらどうしよう。
仮にも人の……人間の血を受け継いでいるからだ。
そして思った事がもうひとつ。
……半人半霊のあの子、寿命が長いだけで、いずれはあの子にも死がやってくる。
そうしたら、幽々子はどうするのかしらね。……幽々子が殺すのかしら。
…ああ、本当に嫌な世の中。
……そして、……………私はこの窮屈な世の中で、今も生き続ける。
心にじんわりとくるお話ですが、特に、私は以下の一文が一番好きでした。
>天晴れね……本当。生涯を魔法使いとして生きた。…本当、偉いわ。
理解とか尊敬とか、そして一抹の寂しさまで全てがここに詰め込まれている気がするのは私の深読みのしすぎでしょうか?
私もやってみたい・・・。というか出典が東方だったら現代文の小説部分満点いけます!!
理解が出来ないのは寿命が短いから、否死ぬときには気が付いてるのかもしれない。
若い内には理解出来ないものが有る、若い内にしか理解できないものも有る。
人生はつくづく楽しいものだ、其れは勉強の後の遊びが必ず楽しいように。
別れの後に出会いが有った時の様に、必ずしも幸せばかりが続く訳ではないが。
幸せは何時かやって来る、だけど苦労を知らない者には絶対に訪れることは無い。
何もかも表裏一体なのである・・・例外も多少は有るかもしれんが。
霊夢は13代目ではないですよ
霊夢が何代目かは今のところ不明です
後のコメントも言い訳にしか見えませんし。
文章もあやふや、設定もあやふや。というかどうやったら女同士で子供できるんだろう。
魔法か、魔法なのか。便利だなぁ、魔法。
一人称で進めるにしても、あまりにも描写不足。
内面だけ書いていればいいなんて事はなく、どんな場所なのか、何があるのか、どういった状況なのか。
文字だけで世界を魅せるのがSSなのですから、その辺りは怠ってほしくないのですけども。
とりあえず、
>ガタガタと嫌な音を放つ。風は窓硝子を揺らし、心地良い音楽を演奏していた。
どっちやねん、と。
懐かしいですね。
背景描写も物語の流れもバックボーンも見えてきません。
なにより脈絡なく子供を出されたりキャラを殺されたりしても感情移入できません。
文章についても物語を彩るというより書いている自分に酔っている色彩が強すぎて鼻につきます。一人称なのか三人称なのかも曖昧で、せっかくの内面描写も読み辛さやわざとらしさの方が先立っているように感じました。
カップリングについても、私は対して気にしないのですが、これに関しては脈絡もくっつく流れもなく、いきなり放り出されるのは違和感が強すぎます。
死を扱うのであれば、もっと重く心に響くような料理をして欲しかったです。
これは本当に勿体無さ過ぎる。安っぽい感動しかない。
やや厳しい感想になりましたが、敢えて。
>この世界総てを吹雪によって真っ白にさせ、雪崩で白に埋め尽くす。
というのから始まり正直言って入り込みすぎているように感じます。
前フリがいまいちなため内容自体何を伝えたいのか明確に伝わってこないですね。
設定が曖昧でモノを語られてもそれが例え魅力的なものだとしても説得力がありません。ということでこの評価です。
一度自分の作品を見直してみてはいかがでしょうか。