Coolier - 新生・東方創想話

『セラギネラ』 第一話 その3

2006/11/22 09:19:17
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「こんばんはパチュリー様、こんな所から失礼いたします」天窓を司書の小
悪魔に開けてもらい、紅美鈴はベッドの上のパチュリー・ノーレッジにそう声
をかけた。彼女の喘息の発作は今は小康状態らしく、多少呼吸の仕方が
不自然なのを除けば普段と変わりなかった。

「お夕食をお持ちしました。咲夜さんが食べやすいようにと手を加えてくれた
ので、僅かなりとも口にして貰えれば幸いです」美鈴が言うとおり、蒸した
ジャガイモは噛まずに飲み込めるように潰してあったし人参のスープも固形
物は取り除いてあった。血入りソーセージは無理だろうがそれは小悪魔が
食べればいい。リンゴ酒は寝る前にお湯で割って飲めば温かく眠れるだろう
と思って持ってきたものである。
「・・・気が利くわね。今は食欲がないから後で頂くわ」こんな時でも本が手放
せないのか、パチュリーの手元から一冊の本が覗いていた。よくよく見れば
ベッドには他にも何冊かの本が見え隠れしていた。
 図書館にいくつかある小部屋の一つを自分の寝所にしているこの七曜の
魔女は、普段は館の外に、否、この図書館の外に出ない。かび臭い埃に
まみれた本棚の密林こそ己が居場所と思っているのだ。しぜん食事もここ
まで持ってこさせる具合だし、その他の生活道具や魔導書を著す為の書斎
道具、魔術儀式に必要な魔方陣作成の道具まで持ち込んでいた。彼女が
部屋の外に出てくるのはこの館の主であるレミリア・スカーレットに用がある
時くらいであろう。それで喘息の具合が良くなるか良くならないかは、まあ
美鈴の与り知らぬところである。ともあれレミリアが起きて来るにはまだもう
少し時刻が早い。寝坊助の上に昼更かしするからである。

「今日も魔理沙は来るかしら・・・」パチュリーが憂鬱そうな口調で言う。
 霧雨魔理沙もまた紅魔館にとっての招かれざる客の一人である。というか
むしろ一番頻繁にやって来る(美鈴にとっての)難敵だった。人間の魔法使い
である魔理沙は魔法の箒にのってたびたび来襲し、図書館に侵入しては
「借りる」と称して蔵書を何冊も持っていってしまうのである。美鈴は彼女を
相手に何度となく敗北を繰り返しては館への侵入を許してしまっている。そう
でなくても門番として特に優秀とは言えないのに、この無法な侵入者のせい
でその評価はますます下がる一方である。
 が、
「ははは、まあ万事この美鈴にお任せ下さい。今日という今日こそは久しぶり
に一矢報いてやりますよ。朝はあの博麗の巫女に勝ちました。今日はきっと
私に運気が向いてきてるんですよ」明るい口調で彼女は言った。大体において
懲りる事を知らないという点ではルーミアやチルノや魔理沙と変わる所がない
のである。
「・・・気を操る程度の能力で運気も操りなさいよ・・・」呆れたようにパチュリー
はため息をついた。
 喘息の発作が出ると呪文の詠唱が途切れるので戦いにならないし、かと
言って当の侵入者に妙に心配されたり不安がらせたりするのも業腹である。
 今日のような日は何としても門前払いをくわせて欲しいのだが、目の前で
呑気に月琴の調律なぞしている門番の妖力たるや自分以下である。ため息
も出ようというものだった。

「それでは私も急いで食事して配置に着かなければいけないのでこれで失礼
します」頼まれもしないのに一曲披露して魔女に微妙な表情をさせた後で再び
天窓から外に出ようとしたその時、門番は館に迫る外からの気を察した。
「なに、思ったより早いお出ましね」つい今しがたまで月琴を爪弾いていた事は
棚に上げて、彼女は天窓から顔だけ出して外を窺った。遥か彼方にか細い
光条が見える。到着まであまり間はなさそうだった。
「すみませんが楽器をここに置いていきます。後で取りに戻りますね」肩から
提げた月琴をサイドボードの上に置いて、美鈴は全身を窓の外に晒した。心地
よい風が吹き付けて彼女の赤い長髪とスカートの裾をなびかせる。
「食事はいいの?これ食べていく?」
「ご安心ください。速攻で追い払って厨房で悠々といただきますから」とん、と
屋根を蹴り僅かに群青が残る空へと翔け上がる。


 紅魔館の主レミリア・スカーレットとその妹フランドール・スカーレットが目
を覚ますと、ややあって寝室の扉がノックされた。
「入りなさい」
「失礼いたします」メイド長の十六夜咲夜が静かに入室してきた。手には着替
えを持ち、後に控えるメイド達にはタオルやらお湯の入った水瓶やらたらいやら
を持たせている。
「魔理沙が来てるわね」メイドが開けた窓の方を見ながらレミリアが言った。彼
女の言葉にフランドールがにこっと嬉しそうな顔になった。
「はい。いま美鈴が出ました」咲夜はベッドの上に着替えを置くと、ベッド脇の
サイドテーブルにたらいを置いてお湯を張り、その中にタオルを浸してから取り
出して絞った。
 流れる水を渡れない吸血鬼の弱点と関係があるのかどうかわからないが、
レミリアは風呂で入浴するのが大嫌いである。シャワーでも浴びてくれれば
まだよい方で、大抵はこうして身体を拭いてもらうくらいである。夏場などは香
水が欠かせない。
「ふむ。まあ着替えの時間くらいは稼いでほしいな」咲夜に腕や背中を拭かせ
ながら再び窓の外を見た。既に星が瞬き、紅い紅い邪悪な月が空に浮かんで
いた。


「性懲りも無くやって来たなこの熊猫娘!今日の私は一味違うわ!!」魔理沙
をびしっ、と指さして美鈴は大声で言った。
「あー?霊夢を倒して調子にのってるだろお前。お前が一味違うなら私は二味
も三味も違う」いちいち張り合わないと気が済まないようだった。
「ふん、お前を倒すくらい一味違えば十分よ。夕食の時間が惜しい、さっさと
倒されなさい!!」
「なんだまだ食べてなかったのか。可哀想に、今夜は夕食抜きだな」


BGM:恋色マジック
Border of duel appears
Curtain Fire Play
Start


 魔法の箒の爆発的な加速力により、静止状態から一気に超高速の弾丸と
なった魔理沙が突っ込んでくる。手元に八卦炉を構えている事からも、彼女が
速戦即決を狙っていることは間違いなかった。美鈴としても望むところである。
「そんなに何度も何度も同じ手にやられるか!」既に何度も何度も同じ手に
やられていい加減慣れている門番は、紙一重で魔法使いの突進をかわすと
その背中目がけて気弾を撃ち込んだ。
「言った筈だ。二味も三味も違うと」箒を横滑りさせて旋回すると、魔理沙は
弾幕を避ける素振りも見せずに八卦炉をかざした。

Border of Life is born
魔砲「ファイナルスパーク」
Set Last Spell Card
Attack

 極太の魔法レーザーが八卦炉から迸り出る。美鈴は辛うじて圏外に逃れたもの
の、次の瞬間魔理沙が両手で八卦炉の向きを無理やり彼女の方へ捻じ曲げた。
あっさりとレーザーの照射を浴びて、美鈴は墜落した。
「見たか。三段論法的に言えばこれで私は霊夢よりも三味か四味くらい違う」
「そんな無茶苦茶なーーっ!」


Border disappears


 レミリアが鏡を覗き込んで帽子の角度を直した直後、紅魔館の周りが一瞬昼間
のように明るくなった。
「うん。ぎりぎりセーフといったところか」顔色一つ変えずにそう言うと、彼女は
次にフランドールの服のリボンを直してやった。えへへ、と妹が笑う。
「ご命令をお願いいたします、お嬢様」一方の咲夜はため息をついた。パチュリー
のためにも何としてもあの白黒を止めねばならない。
 レミリアはみたび窓の外を見た。今夜の月は本当に紅くて、彼女は何だかわく
わくしてきた。
「こんなに月の紅い夜だもの。ちょっとくらい暑い夜にしてあげないと可哀想ね」
「遊ぶの?」レミリアの言葉にフランドールが嬉しそうに反応した。
「咲夜は美鈴を拾ってきなさい。・・・そうね、魔理沙が少し汚れるから風呂を沸か
しておくように言っておいて」
「かしこまりました」主君とその妹にお辞儀をして、メイド長とその他の者達は退室
した。廊下に出てから彼女は屋敷の手空きのメイド達に、
「レミリアお嬢様が出陣される。道に灯りをつけなさい」と命じた。
『戦ったり』の方でしたが『負けたり』する方でもありました。
最後は主役の座をお嬢様に取られてますし、いや残念無念。

次回か次々回くらいで第一話が終わる予定で居ります。もう少し
お付き合いくださいませ。
マムドルチァ
[email protected]
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コメント



0.760簡易評価
15.100名前が無い程度の能力削除
そそわには色んな美鈴が居るから好き。
17.無評価マムドルチァ削除
私も同感です。私には書けないような美鈴の話を読めるというのは、とてもありがたい
素晴らしい事だと思っています。勇ましい美鈴やいかにもなやられ役の美鈴も、私は
好きですので。
18.無評価kagely削除
大体において懲りる事を~ の行で性格を纏めている処がお気に入りです
シンプルな事かも知れませんが、凄くいい着眼点ではないかと