十六夜咲夜は暇だった。
いまだかつてこんなに時間をもてあましたことがあっただろうか。お嬢様の元を…つまり紅魔館から離れてみると、こうもぽっかりと時間に穴が開くものかと思う。
(それもそうよね…)
生活の八割…いや、ややもすると九割以上をメイドとしての立場で過ごしていたのだ。メイドとしての自分を休んだのなら、その九割がまるまる暇な時間となる。
「退屈なんてものじゃないわ…」
咲夜はため息を吐いた。
「忙しいなんてものじゃないぜ!」
霧雨魔理沙は多忙だった。
いまだかつてこんなに時間に追われたことがあっただろうか。スペルカード戦だってもう少し時間にゆとりがあったように思う。
「つまり!毎日が戦争だ!」
魔理沙は絶叫した。
「煩いわね…それに意味が解らないわ…」
近くで本を読んでいたパチュリー・ノーレッジが眉間にしわを寄せる。
「こんな生活、正気じゃ無理だ!」
魔理沙はもう一度叫んだ。
ことの起こりは数日前に遡る。
その日も魔理沙は意気揚々と紅魔館に乗り込んだ。
図書館から適当に本を掻っ攫おうと思っていたのだが…途中、まずい具合に咲夜とレミリアにばったりと出くわしてしまった。…まぁ、レミリアの館なのだから当然と言えば当然だが。
「…おかしい…私の経路設計ではお前たちと出くわすことはないはずだったのに…」
「出鱈目言ってるわ…今までも何回も会ってるでしょ」
「パチェが嘆いてたわよ。あんたが来たら胃が軋むって…」
「ふぅん、永琳に胃薬の調合でも頼めば?それじゃ…」
二人の隣を通り過ぎようとする魔理沙の肩を、咲夜ががっちりと掴む。
「…こうして見た以上は見過ごせないわ…私はあなたほど暇じゃないの。さっさと帰ってくれる?いや、むしろ帰れ」
「何?私が暇だって?それは心外だぜ。強制こそされていないがしたいことが山積みなんだ。だから暇なんて無い」
咲夜の額にかすかに青筋が浮かぶ…ように見えたのはきっと錯覚だ。
「それを、暇というのよ!」
咲夜は少し息を吐き、続ける。
「ま!あなたに私のように多忙に生きるなんて絶対に無理でしょうけどね。色々と足りていないものがあるから…あなたには!」
魔理沙もさすがに今の口調にはカチンとくる。
「なんだと!?お前こそ仕事取ったら何にも残らないような奴じゃないか!私のような自由な生活は…ハッ!お前には無理だぜ!」
「な…なんですって!?」
「なんだよ!」
二人のやりとりをにやにやと眺めていたレミリアが口を挟む。
「それじゃあこうしましょう」
「?」
「これから二人の生活を入れ替える。…で、先にギブアップした方が負け」
「お…お嬢様!?」
咲夜は慌てる。
「あら、咲夜は勝つ自信が無い?」
「そ…そういうわけじゃないですが…いくらなんでも話が飛躍していると言うか…」
魔理沙が笑う。
「咲夜には無理さ!こいつは仕事をとったらアイデンティティーの崩壊が…」
「う…うるさいわよ!」
咲夜は半ばやけくそに叫ぶ。
「えぇ、えぇ良いわよ!私は受けて立つわ!」
「な…なにぃ!?」
魔理沙は思わず声を出してしまう。…内心、咲夜の方が絶対にこんな勝負は受けないと高を括っていたのだ。
「あら、なにぃですって?私が受けたら何か都合が悪い?ふぅん…そうよねぇ、魔理沙には受けられないわよねぇ…だって!色々足りていないんですもの!」
「くぅ…!」
魔理沙は唇を噛む。…ここで断っては…魔理沙が一方的に逃げたことになる!しかも、咲夜にはまるで傷がつくこともなく…それは…魔理沙の完全な敗北を意味する。
負けて…
「たまるかぁ!私も受けてやる!」
何をやってんだこの二人は…
という流れで二人は生活を入れ替えることと相成った。
(あ~、丁度最近退屈してたし…まさに渡りに船。しばらくは暇つぶし出来そうね)
レミリアは再度、悪魔の笑みを浮かべた。
とりあえず勝負事である以上、勝敗の取り決めが必要である。
咲夜と魔理沙の間で以下のようなルールが設けられた。
まず、咲夜の敗北条件。
基本的に魔理沙の家で生活するが、外出等の行動は自由。しかし、仕事のことやレミリアのことが気になり…紅魔館に戻ったらその時点で負け。尚、霧雨邸の掃除も基本的に禁止とする。自分が出したもの等の片付けは許可されるが…もともとあるものを片付けた場合も負けとする。
次に魔理沙の敗北条件。
紅魔館の咲夜の部屋で生活し、基本的に外出は禁止。レミリアの許可を得ての外出は認められる。因みに、紅魔館の敷地内ならば、館の外に出てもそれは外出ではないものとみなす。更に、魔理沙には新人メイド並の仕事が与えられ…それをこなせなかった場合にも負けとする。
最終的な敗者は、勝者に何でも所有物を一つ、差し出さなければならない。
(あ…改めてみると…)
(きついルールだぜ…)
ルールを記した紙を見る二人の顔がどんどん曇る。
「さ、こんなものでどうかしら?二人とも…」
レミリアが微笑む。
互いを伺った二人の顔が合う。…と、
「は…ははは!いや、咲夜にはきついんじゃないか~!?降参するなら今のうちだぜ!」
「魔理沙には新人メイドの仕事はきつすぎるんじゃないかしら?その言葉、そっくりお返しするわ!」
強がってしまう。典型的な自滅タイプである。
「あら、二人とも頼もしい限りねぇ」
そんな二人を見てレミリアが笑う。…悪魔的に。
咲夜パート1
咲夜の魔理沙生活が始まった。
開始当初こそ、まぁ特別休暇みたいなものよと自分に言い聞かせていたが…二日と経たないうちに早くもこの生活に苦痛を憶えだした。
なんにしろ室内が汚い!掃除がしたい!これを整頓出来たらそれだけどどれだけ心が落ち着くだろうか。しかし…そこを巧みに突いたレミリアのルールによるけん制!自分のことを理解してくれていると嬉しく思う反面、解っているなら逆にそこは許して欲しかったという思いもある。
「こ…このままじゃ不味いわ!レミリア様に思いを馳せていたらホームシックなになってしまいかねない!」
咲夜は狭い机に突っ伏していた体を起こした。
そうだ!前向きに考えればいい!
「この有り余る時間でしか出来ないことを考えるのよ!有意義な…何か…!」
ふと、目をやると魔理沙のボロ着が乱雑に放られていた。
「こ…これだわ!」
やおら、裁縫道具を取り出すと咲夜はそのボロ着をちくちく縫い始めた。
「ふふふ…こうやって何かに打ち込んでいれば私が先に参ることなんて…」
言いながら咲夜は、はたと手を止めた。
「…どうして私が魔理沙の喜ぶことをしなくちゃならないのよ…」
考えれば腹が立ってくる。
「そうだ!どうせならお嬢様に合うように~…」
ちくちくちく…
「駄目だ~!」
咲夜はボロ着を放り出す。
「こんなのを完成させてしまったらお嬢様に着せに行きたくなるに決まってるわ!あ…危ない!完全に墓穴じゃない!」
はぁはぁと肩で息を吐く。
「不味いわ…想像以上に私は追い詰められている…」
咲夜は力なくへたり込んだ。
「ど…どうすれば良いの…?この魔窟にいる限り…私に勝機は無いのかしら…」
咲夜は思う。
今頃魔理沙はどうしているだろうか…案外上手くやっていたりするのだろうか?
「ふふ…まさか…」
そんなはずが無い。まだメイドとしての生活リズムも理解できていないはずだ。きっともう音を上げる寸前に違いない。
そう考えると、少し楽になった。
「ん?生活リズム…?」
そこで思い至る。
「そうよ!魔理沙の生活リズムを知れば良いんだわ!私は今魔理沙として生活しているんだから魔理沙の生活の仕方を知ればやっていけるはず!そうと決まれば…何か…魔理沙が毎日何をしてたか解るようなものは無いかしら…」
がさがさとゴミ山を掻き分けるうちに、咲夜は『日記―絶対読むなー』と書かれた本状のものを見つけた。
「日記!これで魔理沙の生活サイクルがある程度掴めるわ!」
ぽんぽんとほこりを払う。
「それにしても日記をつけるなんて…案外マメなところもあったのね…どれどれ」
表紙を捲る。
『○月×日(晴れ)
今日から日記をつけることにする。ハクタクのところで歴史書に触れた影響かもしれない。こうしてその日の出来事を文字として残しておけば後世に何かしら伝えることもあるかもしれないと思うわけだ。
今日は霊夢のところで宴会があった。しかし不味いことに宴会に持って行こうと思っていた酒を全て飲み干してしまっていた。幹事である私が手ぶらのわけにもいかないので手近にあったいつ作ったかも忘れてしまったような薬を瓶に詰めて持って行った。案外誤魔化せるもので、へべれけに酔った妖夢にじゃんじゃん注いで瓶を空にすることで事なきを得た。その日妖夢はやたら情緒不安定だったが、まぁたぶん酒に呑まれたのだろう。
アリスがいつの間にか人形にナイフが刺さっていたと騒いで、咲夜に突っかかっていた。実は私が犯人だったということは黙っておこうと思う。咲夜のナイフの投げ心地をためしてみようと思っただけなのだが手元が狂ったらしい。アリスの人形に突き刺さった。幸いアリスはその時霊夢と一気飲みの勝負をしていたので気付かなかったようだ。
今日は強かに呑んだので少し頭が痛い。明日に響かないことを願う。
○月△日(晴れ)
美味かった
○月□日
』
それ以降の記述は無い。
咲夜は壁に日記帳を叩きつけた。
「何よこの日記帳!…と言うか一日だけの記録!立派なのは出だしだけじゃない!大体二日目の美味かったって何を食べたのよ!三日坊主にすら劣るなんて…何が絶対見るなよ…犯罪記録だからって言いたいの?」
ひとしきり突っ込み、咲夜は今度こそ項垂れる。
「あぁ…私はこのまま廃人になってしまうのかしら…」
そう言えば…
「そうよ!私外出自由なんじゃない!いつもの癖で室内で時間を潰すことばかり考えていたわ…!」
力強く立ち上がる。
「あぁ、無限に広がる広い大地!そうよ、私はまだ死んでない!」
そう叫ぶと咲夜は魔窟を飛び出した。
魔理沙パート1
魔理沙の咲夜生活が始まった。
…と言ってもいきなり魔理沙をメイド長にするわけにはいくらなんでもいかない。紅魔館の人々にも生活があるのだ。そこでいささか咲夜より忙しさは下がってしまうが、魔理沙は新人メイドから始めているのだった。
最初に魔理沙に与えられた仕事は階段の手すりの掃除だった。
「手すりの掃除って…何なんだ?その微妙な役職…」
魔理沙はブラシと布巾とバケツと洗剤クリームを手に唇をへの字に曲げた。
「正確には、『紅魔館』の『1階』の『階段』の『手すり』だぞ?どれだけ『の』が入るんだ!そんなにここの仕事は小分けされてるのか?もしかして台所では『レミリア』の『フォーク』の『先端』を洗う係りなんてのが居るのか?」
「口より先に手を動かしたらいかが?新入りメイドの霧雨魔理沙」
階段上よりレミリアが現れた。傍には咲夜の代わりであろうメイドが控えている。
その完全に見下した口調にカチンと来る。
「あぁ!こんなみみっちい仕事やってられるか!」
びゅん、とたわしをレミリアに投げつけた。レミリアはそれを、首をひょいと傾けるだけでかわし、愉快そうに言う。
「あら、それは敗北宣言と取って良いの?咲夜も喜ぶわ~…たった一日で勝負がつくなんてねぇ…」
「う…」
それを言われると、辛い。…つまり、負けたくない。
「あぁ、こうなったらやってやるさ!おりゃ~!」
魔理沙はやけくそ気味にブラシをかける。
「ちょっと、そんなに力を入れたら痛むじゃない。ちゃんとしなさいよ、新入り」
「……」
ムカついたので更に力を入れてやったら手すりがへし折れた。
二日目。
すでに魔理沙の目はうつろだった。
庭の雑草取りを命じられているのだが…その手の動きはひたすら重い。
「あぁ…鳥が飛んでいく…鳥は自由だが…今の私は従属の身…なんてこった…」
「悲劇のヒロイン気取り?」
後ろからの声ではっと振り返る。
レミリアがにやにやと魔理沙の働き具合を見ていたのだ。
「こらぁ!見世物じゃないぜ!」
魔理沙は引き抜いた雑草をレミリアに投げつけるが、レミリアは笑いながらさっさと館内へと下がっていった。
「ち…畜生…なんでこんなことに…」
魔理沙はぶちぶちとひたすら雑草を千切りまわって、いつの間にやら正門前まで来ていたらしい。
「あ、魔理沙」
声に応じて顔を上げると門の向こうに門番、紅美鈴の姿があった。
「…美鈴じゃないか…」
「うぇ、や…やつれてるわね…まだ二日のくせに…やっぱりあなたには向かないんじゃない?大人しく降参した方が身のためよ?」
降参…その言葉が消えかけていた魔理沙の炎を滾らせる。
「誰が降参なんかするか!絶対咲夜の方が先に音を上げる!私には解るんだ!」
「どうかなぁ…」
美鈴は苦笑いする。
「考えても見ろ!今咲夜の奴が何を考えて何をしてると思うんだ!?」
「え?咲夜さんが?うぅん…休日を謳歌してるんじゃない?」
「はっ!あいつがそんな器用なはずがないぜ!ここのことが頭を離れないはずだ!」
「あー…それはあるかも…」
「つまり、寧ろ有利なのは私!」
「…それはないかも。たぶん互角よ」
魔理沙は普段はあり得ない労働特有後の疲労感に襲われていた。
廊下をふらふらと歩き、壁に手をついてしまう。
「か…体がだるい…草取りなんてついぞしたことなかったし…」
「あら、草取りは終わった?新入りさん」
「…いい加減にしろ…レミ…!」
…リアかと思えば後ろに居たのはパチュリーだった。
「なんだ…パチュリーか…お前も一応図書館から出るんだな…」
魔理沙は毒づきながら顔をそむける。…そうでもしなければやってられない。
「紅茶がまだきてないのよね…」
「は?」
「お茶の時間、もうすぎてるわよ、新人さん」
「……っ!」
自分で入れて飲め!という言葉を飲み込む。今の自分の立場のなんと弱いことかと泣きたくなる。
「…あぁ…煎れてやるぜ…茶っ葉一年分全部ぶち込んだ濃い奴をな…それを呑んだら向こう一年紅茶なんか呑みたくなくなる…」
魔理沙の試練は続く…
咲夜パート2
咲夜とレミリアは草原で追いかけっこをしていた
「咲夜~、こっちよ~」
「お嬢様~、待ってください~」
ゆったりと流れる時間…
「ふふ、掴まえてごらんなさい」
レミリアが足を早める。
「あぁ、お嬢様早いですわ」
咲夜のそれを追って早める。…が、レミリアとの差はどんどん開いていく。
「ちょ…お…お嬢様!?はやっ!早すぎます!」
「ほほほほ……」
「お嬢様~~…」
レミリアはそのまま見えなくなった…
そこで咲夜は目を覚ました。
「はぁ…はぁ…なんて夢…」
あれから数日が経過した。
咲夜は魔理沙のベッドで数度目の朝を迎えたわけだ。
…数日前…外に飛び出したは良かったが、特に目的地も持たなかったものだからふらふら飛んでいるうちにいつの間にか紅魔館の湖のほとりに辿り着いていたのだ。
帰巣本能という生物の性を嘆きながら、魔理沙邸宅に帰ってそのまま不貞寝した。それ以来、あまりにも危険なため外出はしていない。
「何をやってるのかしら私…」
寝起きも最悪だ。
「…もしかして私の方が負けそう…?」
あんな夢…完全にホームシックだ。
頭を振り、咲夜は行動を開始した。
乱雑な台所で適当に朝食を作る。軽くパン食が良かったが、生憎米しか見つからずわざわざ米を炊いた。
歯磨きをしながら改めて室内を見渡す。
「…人間の住む場所じゃないわ…本当、あいつどうやってここで生きていたのかしら」
少し自分の体を綺麗にすると、それだけでもう時間をもてあますことになる。
適当に魔理沙の蔵書などを掴んでみたが、それもすぐに飽きた。
このままではまずい…肉体的にも、精神的にも崩壊してしまいそうだ。…やはり、外出する以外に活路は無いだろう。
「そうよ、今回はちゃんと先に目的地を設ければいいのよ」
あの日は何も考えずに飛んでいたものだから紅魔館に着いてしまったのだ。最初から目的地を考えておけば、そんな心配は無い。
「うぅん、どこへ行こうかしら…冥界とか、のんびり出来るかもしれないわね…」
考える。
「冥界と言えば、レミリア様と行った花見…綺麗だったわ…」
あぁ、レミリア様…
「って!ダメよ!またホームシックになってしまうじゃない!もっと別の…レミリア様との思い出が無い…」
…しかしそんな場所を考えるほど、レミリアとの思い出が頭をよぎり、心細さに拍車をかける。
「あぁ!こうなったら、あそこしかないわ!」
博霊神社。
咲夜が鳥居をくぐった時、霊夢は何やら境内の真ん中で深呼吸をしていた。
「霊夢」
咲夜は声をかける。
「あら咲夜…なに?人の朝食の最中に…」
ぴたりと深呼吸を止め、霊夢がこちらに顔を向けた。
うつろな瞳が咲夜を映す。
「ちょ…朝食!?」
「そうよ…朝は朝霧と朝露…昼は自生する草に味噌を塗って…夜は夜露…知ってる?花のつぼみの中に溜まる朝露の美味しいこと…まさに至高の料理…」
「れ…霊夢!?ちょっと、しっかりしなさいよ!」
ふふふ…とどこか壊れた様に笑う霊夢の肩を咲夜が揺する。
「ちくしょーーー!」
それまで笑っていた霊夢が突如吠えた!
「わぁ!な…何!?」
「あんのねずみ達…絶対に食ってやる…!食ってやる…!」
「…あぁ…ねずみに食料をやられたの…それにしたってそのセリフ…まるで妖怪ね」
…まぁ、確かにそれも大変なことだが…完全に向こうの人になってしまったのかと思っていただけに安心した。
「で?こんな時間に何か用?」
いきなり普通に咲夜に話しかける。しかしその声はまだ怒りに満ちていた。暇つぶしに来たなどと言った瞬間に夢想封印されそうだ。
「…えぇと…あれよ…」
ふと、閃く。
「そうだわ。食べるのに困ってるなら私が面倒見ましょうか?」
「へ?」
霊夢は首をかしげた。
食材はねずみの食いくさしの中でもまだ使えそうなものを選別した。
久々の他人のための料理はとても楽しく…これぞ私の居るべき場所だと実感できた。自分は根っからのメイドなのだと再認識できた。
霊夢の食いっぷりはそれは見事なものだった。今の霊夢ならば、あの幽霊の対抗馬となれるかもしれないとか思うが、あれの持久力には敵うまい。…それに対抗させる意味が不明だ…。
「ごちそうさま」
綺麗に出された食事を平らげた霊夢は手を合わせた。
「おそまつさま。そうとうきてたのね…」
「そうなのよ…魔理沙がどういうわけかここ数日現れないから次の宴会の開催も出来ないし…本当、仙人になるところだったわ」
「…」
こういう時普段は宴会で食いつないでいたのか…と思うが口には出さない。
「それで?今日はわざわざ一人で何の用?まさか朝食を作りに来てくれたわけじゃないでしょ?」
うっ…と言葉に詰まる。…が、いっそのこと正直に言ってしまった方がすっきりするようにも思う。愚痴れる相手がいればきっと数段楽になる…ので、咲夜は正直に霊夢に魔理沙との勝負のこと、ここ数日あまりに時間を持て余して困っていることを話した。
霊夢はふぅん、と言いって一口、食後のお茶を呑んだ。
「なるほどね。つまり魔理沙が紅魔館から自主的に出ていけば良いわけね」
「え?うぅん、まぁそういうことかしら…」
別にそんな相談に来たわけではないのだが、霊夢は魔理沙がメイドをしているという点に食いついた。
「うん、解ったわ!一飯の礼、返してあげる!」
「え?」
「レミリアにパーティーを開かせて魔理沙をいびってきてやるわ!あいつがそんな仕打ちに耐えられるわけないもの!あんたの勝ちよ!」
「ちょ…ちょっと待って!私は別にそんなこと…!」
霊夢はお茶を一気に飲むと、やおら立ち上がり咲夜の制止も聞かずに神社を飛び出した。
一人残される咲夜。
「…だ…だから暇つぶしに来たんだってば…」
そんなわけで、咲夜の退屈孤独地獄は続いた。
魔理沙パート2
数日が経った。
魔理沙はゆらゆらと、まるで生命力を感じさせない足取りだった。
せこい。あまりにメイドの労働がせこい。
適当にサボりながら出来るならまだしも…真面目にしなければ、その時点で魔理沙のルール違反による負けとなってしまう。
完全に、レミリアの先読みが利いている。
「まーりさー」
後ろからフランドール・スカーレットが飛びついてきた。
「…」
が、魔理沙は振り払うでもなくその衝撃にゆらゆら揺れる。
「…魔理沙?」
フランが魔理沙の顔を伺うが、魔理沙は反応しない。
「魔理沙?まりさーー!」
さんざん呼ばれて、ようやく魔理沙は反応した。
「あぁ…魔理沙って私の名前か…」
「ちょ…魔理沙大丈夫…?」
その言葉に、さすがのフランもひく。
「そうだ…そう言えばここに来た初日にこんなことがあったな…」
『今日からここで働く霧雨魔理沙です!』
『魔理沙?あなたにはすぎた名前ね…』
レミリアは魔理沙の名前の書いた紙から『理』の『里』と『沙』の文字を引き抜く。
『今からあなたの名前は魔王よ!解ったわね』
『は、はい!』
「そうだ、私はレミリアに名前を盗られてたんだー!」
「誰が名前なんて盗るのよ。それに魔王の方が明らかに過ぎてるでしょが」
ぺしん、と後ろからレミリアのツッコミが入る。
「うぅん…いつか読んだ本と現実がごっちゃになっていたようだぜ…」
「寝ぼけすぎよ。ほらほら、そんな調子じゃ今日の仕事はこなせないわよ」
「あぁもう、うるさいぜ…今から今日の持ち場に行くんだよ!」
魔理沙は怒りながら廊下をずんずん進んでいった。
その後姿を見ながらレミリアは呟く。
「ふぅん…割といじめてるつもりだけど…案外もつわね…」
ぎゅっぎゅっと、客間の窓を新聞紙(文々。新聞)で拭く。
「くそ!どうなってるんだ!この窓の数…!拭いても拭いてもキリが無い…」
「吸血鬼の館なんだから…まだ少ないぐらいよ」
後ろのテーブルで紅茶を飲んでいるのはパチュリー。
「お前も見てるぐらいなら手伝え!」
「嫌よ。疲れるじゃない」
「あぁあぁ!いいご身分だな、全く!」
「それより…魔理沙聞いてる?」
「ん?何を?」
「今夜、パーティーがあるのよ」
ぱっと、魔理沙の顔が明るくなる。
「なに!?神社の宴会か!?」
「違うわ、ここでやるの。軽いパーティー」
「何だ…でもまぁ久々に盛り上がってやるかー」
「嬉しそうなところ悪いけど、新人メイドは不参加。もてなしをするのよ」
「な…!?何だって!?」
夜になり…紅魔館の庭でパーティーが始まった。
すでに、嗅ぎつけたてき妖怪や館のメイドたちでパーティーは盛大な盛り上がりを見せていた。
その輪の中に、仏頂面で酒を配ったり料理を運んだりしている魔理沙の姿がある。
「くそ!くそ!私も飲みたい…っ!」
しかし、新人メイドの飲食は禁止されている。テーブルの影で呑んでやろうかと思ったが、その度にレミリアの視線を感じるのだ。
「完全に監視しやがって…くそ~!だいたいなんで新人がもてなすんだよ!新人歓迎パーティーまだしてないじゃないか!そんな不条理認められるか…!」
ぶつぶつと呟いていると、不意に後ろから声を掛けられた。
「そこの新人メイド」
「…何だよ」
振り返るとそこには…
「げ!?れ…霊夢!?」
「あら、誰かと思えば魔理沙じゃない。何?紅魔館に就職したの?」
「うるさいな!わけ有だよ!」
「ふぅん」
霊夢はにやにや笑う。
「ま、どんなわけかは全然、全く、少しも知らないけど~、今日はここのメイドなわけでしょ?」
魔理沙はその言葉には答えず…
「…何だよ、用事なら早く言えよ…」
用件だけを尋ねた。…魔理沙なりに譲れないものがあるらしい。
「そう?じゃあ遠慮なく言うけど~…」
霊夢は自分の足元を指差す。
「ん?」
それに沿って視線を下げてみると、足元にスプーンが一つ、落ちている。
「拾って」
「あぁ!?何だって?」
魔理沙の怒声にも霊夢は涼しげな顔でもう一度言う。
「拾って…と言ったの。この、スプーンを」
「それぐらい自分で拾え!お前の方が近いだろ!」
霊夢はにやりと笑う。
「あら!そう!…そういう態度を取るのね…じゃああんたんとこのメイドは客の落としたスプーンも拾わないのかってレミリアに文句を言いに行こうかしら…」
「ぐっ!!?」
それは、不味い…。そんなことを言われては…魔理沙の敗北になってしまう。ここまで粘っておきながら、今更負けるわけにはいかない。
「……ほらよ…」
魔理沙は歯をぎりぎりさせながら霊夢にスプーンを拾って渡した。
「ありがと」
…と、スプーンを受け取った霊夢は…
「あら」
いかにもわざとらしく、再びスプーンを落とした。
「手が滑ったわ。…もう一度、拾って」
「お…お前…わざとだろ今の…」
「言いがかりね。良いからはやく拾ってよ」
魔理沙はもう一度スプーンを拾い、手渡した。
「今度落としたら北極星までぶっ飛ばすからな!」
「落とさないわよ」
そう言いながら霊夢はスプーンを眺める。
「汚くなったから綺麗のと取り替えてきて」
「……っ!」
その時ぶちん、と、魔理沙の中で決定的なものが切れた。
エンディング
長い時が過ぎた。
紅魔館。
階段の手すりにブラシを掛けている新人メイドの姿があった。
ごしごしと擦るが、その手つきはおぼつかない。
「あぁあぁ!そんなに力を入れるな!」
階段の上から注意の声がする。
「メ…メイド長…っ!」
「貸してみろ。手すりの掃除はだな、力でするんじゃないんだよ。こうやって丁寧に…細かい細工のところは先端を使って…こう…解ったか?」
「は…はい…すいません」
メイド長と呼ばれた人物は「ははは」と軽く笑う。
「すぐに憶えるって。私だって最初のころは全然だった…」
「え?メイド長が!?」
「あぁ…この手すり、ここだけ色が違うだろ?」
「はい…あとから継ぎ足したみたいですね」
「これは私が初日に力を入れすぎてへし折ったんだぜ」
「えぇ?折ったんですか?」
「折った折った。今思えば目茶苦茶な話だけどな…」
「ふふ…」
その話に、新人メイドは笑う。
「お、笑ったな?」
「あぁ、すいません!つい…」
「ははは、笑うぐらいで良いんだ。肩張って仕事したって、いい結果なんて出やしないんだからな」
「…はい…」
その瞬間、遠くからフランドールの声が響いた。
「…うわ~~ん」
「あぁあぁ、あのじゃじゃ馬…どうせまた何かこぼしたな?仕方ない…続きは頼んだぜ」
「あ…あの!」
立ち去ろうとするのを新人メイドが引き止める。
「ん?どうかしたか?」
「…いえ…わ…私、いつかきっとメイド長のようになりたいです!」
「それだけは、やめとけ」
霧雨魔理沙は、そう言って笑った。
どこか、広場。
妖精たちの集まりが集まっている。
氷の妖精チルノがその集団の前に立ち、宣言するように言う。
「え~、本日は…え~と…」
「チルノちゃん、『天候にも恵まれ』だよ…」
すかさず横からフォローを入れる妖精。
「わ…解ってるわよ!天候にも恵まれ…え~と…」
「チルノちゃん、『無事に運動会を開催できることになりました』だよ…」
すかさず横からフォローを入れる妖精。
「わ…解ってるわよ!無事…えぇと…」
妖精は呆れる。
(さっき教えたのに…だからチルノちゃんには開会宣言は無理だって言ったんだよ…)
「あぁもう!あんたの考えたセリフは憶え難いのよ!とにかく、今から運動会を始めるから楽しんでいくぞー!」
チルノの勢いにまかせた宣言に、妖精たちが「おー!」とノリよく答える。
今日はどういう流れか、妖精たちによる運動会が開催されることになったらしい。
「ふぅん…面白そうね…」
妖精たちの盛り上がりを空から見ながら、にやりと笑う人物が一人いる。
「私にも、参加させてもらいないかしら?」
十六夜咲夜は、楽しそうに、その輪に加わった。
そう、わざわざ説明するまでもない…二人は入れ替わった環境の中で、それぞれの生き方を見つけていったのだ。魔理沙はメイドとしての…咲夜はボヘミアンとしての…
「ちょっと…このオチどうすんのよレミリア…」
「原因は霊夢にあるわ…魔理沙と咲夜の二人ともにおいて」
「なんでよ」
「霊夢が咲夜を一人にしたから咲夜は一人を克服するためにあらゆることを一人で楽しめる感受性に開眼したし、魔理沙は霊夢に執拗にいびられたものだからどこか吹っ切れてメイドとして開眼した…」
「いやいや、そもそもの原因はあんただし…」
「まさかこんな風になるとは思わないでしょ?」
「…本当…どうすんの…?」
「さぁ…?もう一回入れ替える?」
人間短い人生、どんなところに転機があるのか解ったものではない。
これは、運命に翻弄された二人の少女の物語である。
いや、本当。
《ダメオチ》
いまだかつてこんなに時間をもてあましたことがあっただろうか。お嬢様の元を…つまり紅魔館から離れてみると、こうもぽっかりと時間に穴が開くものかと思う。
(それもそうよね…)
生活の八割…いや、ややもすると九割以上をメイドとしての立場で過ごしていたのだ。メイドとしての自分を休んだのなら、その九割がまるまる暇な時間となる。
「退屈なんてものじゃないわ…」
咲夜はため息を吐いた。
「忙しいなんてものじゃないぜ!」
霧雨魔理沙は多忙だった。
いまだかつてこんなに時間に追われたことがあっただろうか。スペルカード戦だってもう少し時間にゆとりがあったように思う。
「つまり!毎日が戦争だ!」
魔理沙は絶叫した。
「煩いわね…それに意味が解らないわ…」
近くで本を読んでいたパチュリー・ノーレッジが眉間にしわを寄せる。
「こんな生活、正気じゃ無理だ!」
魔理沙はもう一度叫んだ。
ことの起こりは数日前に遡る。
その日も魔理沙は意気揚々と紅魔館に乗り込んだ。
図書館から適当に本を掻っ攫おうと思っていたのだが…途中、まずい具合に咲夜とレミリアにばったりと出くわしてしまった。…まぁ、レミリアの館なのだから当然と言えば当然だが。
「…おかしい…私の経路設計ではお前たちと出くわすことはないはずだったのに…」
「出鱈目言ってるわ…今までも何回も会ってるでしょ」
「パチェが嘆いてたわよ。あんたが来たら胃が軋むって…」
「ふぅん、永琳に胃薬の調合でも頼めば?それじゃ…」
二人の隣を通り過ぎようとする魔理沙の肩を、咲夜ががっちりと掴む。
「…こうして見た以上は見過ごせないわ…私はあなたほど暇じゃないの。さっさと帰ってくれる?いや、むしろ帰れ」
「何?私が暇だって?それは心外だぜ。強制こそされていないがしたいことが山積みなんだ。だから暇なんて無い」
咲夜の額にかすかに青筋が浮かぶ…ように見えたのはきっと錯覚だ。
「それを、暇というのよ!」
咲夜は少し息を吐き、続ける。
「ま!あなたに私のように多忙に生きるなんて絶対に無理でしょうけどね。色々と足りていないものがあるから…あなたには!」
魔理沙もさすがに今の口調にはカチンとくる。
「なんだと!?お前こそ仕事取ったら何にも残らないような奴じゃないか!私のような自由な生活は…ハッ!お前には無理だぜ!」
「な…なんですって!?」
「なんだよ!」
二人のやりとりをにやにやと眺めていたレミリアが口を挟む。
「それじゃあこうしましょう」
「?」
「これから二人の生活を入れ替える。…で、先にギブアップした方が負け」
「お…お嬢様!?」
咲夜は慌てる。
「あら、咲夜は勝つ自信が無い?」
「そ…そういうわけじゃないですが…いくらなんでも話が飛躍していると言うか…」
魔理沙が笑う。
「咲夜には無理さ!こいつは仕事をとったらアイデンティティーの崩壊が…」
「う…うるさいわよ!」
咲夜は半ばやけくそに叫ぶ。
「えぇ、えぇ良いわよ!私は受けて立つわ!」
「な…なにぃ!?」
魔理沙は思わず声を出してしまう。…内心、咲夜の方が絶対にこんな勝負は受けないと高を括っていたのだ。
「あら、なにぃですって?私が受けたら何か都合が悪い?ふぅん…そうよねぇ、魔理沙には受けられないわよねぇ…だって!色々足りていないんですもの!」
「くぅ…!」
魔理沙は唇を噛む。…ここで断っては…魔理沙が一方的に逃げたことになる!しかも、咲夜にはまるで傷がつくこともなく…それは…魔理沙の完全な敗北を意味する。
負けて…
「たまるかぁ!私も受けてやる!」
何をやってんだこの二人は…
という流れで二人は生活を入れ替えることと相成った。
(あ~、丁度最近退屈してたし…まさに渡りに船。しばらくは暇つぶし出来そうね)
レミリアは再度、悪魔の笑みを浮かべた。
とりあえず勝負事である以上、勝敗の取り決めが必要である。
咲夜と魔理沙の間で以下のようなルールが設けられた。
まず、咲夜の敗北条件。
基本的に魔理沙の家で生活するが、外出等の行動は自由。しかし、仕事のことやレミリアのことが気になり…紅魔館に戻ったらその時点で負け。尚、霧雨邸の掃除も基本的に禁止とする。自分が出したもの等の片付けは許可されるが…もともとあるものを片付けた場合も負けとする。
次に魔理沙の敗北条件。
紅魔館の咲夜の部屋で生活し、基本的に外出は禁止。レミリアの許可を得ての外出は認められる。因みに、紅魔館の敷地内ならば、館の外に出てもそれは外出ではないものとみなす。更に、魔理沙には新人メイド並の仕事が与えられ…それをこなせなかった場合にも負けとする。
最終的な敗者は、勝者に何でも所有物を一つ、差し出さなければならない。
(あ…改めてみると…)
(きついルールだぜ…)
ルールを記した紙を見る二人の顔がどんどん曇る。
「さ、こんなものでどうかしら?二人とも…」
レミリアが微笑む。
互いを伺った二人の顔が合う。…と、
「は…ははは!いや、咲夜にはきついんじゃないか~!?降参するなら今のうちだぜ!」
「魔理沙には新人メイドの仕事はきつすぎるんじゃないかしら?その言葉、そっくりお返しするわ!」
強がってしまう。典型的な自滅タイプである。
「あら、二人とも頼もしい限りねぇ」
そんな二人を見てレミリアが笑う。…悪魔的に。
咲夜パート1
咲夜の魔理沙生活が始まった。
開始当初こそ、まぁ特別休暇みたいなものよと自分に言い聞かせていたが…二日と経たないうちに早くもこの生活に苦痛を憶えだした。
なんにしろ室内が汚い!掃除がしたい!これを整頓出来たらそれだけどどれだけ心が落ち着くだろうか。しかし…そこを巧みに突いたレミリアのルールによるけん制!自分のことを理解してくれていると嬉しく思う反面、解っているなら逆にそこは許して欲しかったという思いもある。
「こ…このままじゃ不味いわ!レミリア様に思いを馳せていたらホームシックなになってしまいかねない!」
咲夜は狭い机に突っ伏していた体を起こした。
そうだ!前向きに考えればいい!
「この有り余る時間でしか出来ないことを考えるのよ!有意義な…何か…!」
ふと、目をやると魔理沙のボロ着が乱雑に放られていた。
「こ…これだわ!」
やおら、裁縫道具を取り出すと咲夜はそのボロ着をちくちく縫い始めた。
「ふふふ…こうやって何かに打ち込んでいれば私が先に参ることなんて…」
言いながら咲夜は、はたと手を止めた。
「…どうして私が魔理沙の喜ぶことをしなくちゃならないのよ…」
考えれば腹が立ってくる。
「そうだ!どうせならお嬢様に合うように~…」
ちくちくちく…
「駄目だ~!」
咲夜はボロ着を放り出す。
「こんなのを完成させてしまったらお嬢様に着せに行きたくなるに決まってるわ!あ…危ない!完全に墓穴じゃない!」
はぁはぁと肩で息を吐く。
「不味いわ…想像以上に私は追い詰められている…」
咲夜は力なくへたり込んだ。
「ど…どうすれば良いの…?この魔窟にいる限り…私に勝機は無いのかしら…」
咲夜は思う。
今頃魔理沙はどうしているだろうか…案外上手くやっていたりするのだろうか?
「ふふ…まさか…」
そんなはずが無い。まだメイドとしての生活リズムも理解できていないはずだ。きっともう音を上げる寸前に違いない。
そう考えると、少し楽になった。
「ん?生活リズム…?」
そこで思い至る。
「そうよ!魔理沙の生活リズムを知れば良いんだわ!私は今魔理沙として生活しているんだから魔理沙の生活の仕方を知ればやっていけるはず!そうと決まれば…何か…魔理沙が毎日何をしてたか解るようなものは無いかしら…」
がさがさとゴミ山を掻き分けるうちに、咲夜は『日記―絶対読むなー』と書かれた本状のものを見つけた。
「日記!これで魔理沙の生活サイクルがある程度掴めるわ!」
ぽんぽんとほこりを払う。
「それにしても日記をつけるなんて…案外マメなところもあったのね…どれどれ」
表紙を捲る。
『○月×日(晴れ)
今日から日記をつけることにする。ハクタクのところで歴史書に触れた影響かもしれない。こうしてその日の出来事を文字として残しておけば後世に何かしら伝えることもあるかもしれないと思うわけだ。
今日は霊夢のところで宴会があった。しかし不味いことに宴会に持って行こうと思っていた酒を全て飲み干してしまっていた。幹事である私が手ぶらのわけにもいかないので手近にあったいつ作ったかも忘れてしまったような薬を瓶に詰めて持って行った。案外誤魔化せるもので、へべれけに酔った妖夢にじゃんじゃん注いで瓶を空にすることで事なきを得た。その日妖夢はやたら情緒不安定だったが、まぁたぶん酒に呑まれたのだろう。
アリスがいつの間にか人形にナイフが刺さっていたと騒いで、咲夜に突っかかっていた。実は私が犯人だったということは黙っておこうと思う。咲夜のナイフの投げ心地をためしてみようと思っただけなのだが手元が狂ったらしい。アリスの人形に突き刺さった。幸いアリスはその時霊夢と一気飲みの勝負をしていたので気付かなかったようだ。
今日は強かに呑んだので少し頭が痛い。明日に響かないことを願う。
○月△日(晴れ)
美味かった
○月□日
』
それ以降の記述は無い。
咲夜は壁に日記帳を叩きつけた。
「何よこの日記帳!…と言うか一日だけの記録!立派なのは出だしだけじゃない!大体二日目の美味かったって何を食べたのよ!三日坊主にすら劣るなんて…何が絶対見るなよ…犯罪記録だからって言いたいの?」
ひとしきり突っ込み、咲夜は今度こそ項垂れる。
「あぁ…私はこのまま廃人になってしまうのかしら…」
そう言えば…
「そうよ!私外出自由なんじゃない!いつもの癖で室内で時間を潰すことばかり考えていたわ…!」
力強く立ち上がる。
「あぁ、無限に広がる広い大地!そうよ、私はまだ死んでない!」
そう叫ぶと咲夜は魔窟を飛び出した。
魔理沙パート1
魔理沙の咲夜生活が始まった。
…と言ってもいきなり魔理沙をメイド長にするわけにはいくらなんでもいかない。紅魔館の人々にも生活があるのだ。そこでいささか咲夜より忙しさは下がってしまうが、魔理沙は新人メイドから始めているのだった。
最初に魔理沙に与えられた仕事は階段の手すりの掃除だった。
「手すりの掃除って…何なんだ?その微妙な役職…」
魔理沙はブラシと布巾とバケツと洗剤クリームを手に唇をへの字に曲げた。
「正確には、『紅魔館』の『1階』の『階段』の『手すり』だぞ?どれだけ『の』が入るんだ!そんなにここの仕事は小分けされてるのか?もしかして台所では『レミリア』の『フォーク』の『先端』を洗う係りなんてのが居るのか?」
「口より先に手を動かしたらいかが?新入りメイドの霧雨魔理沙」
階段上よりレミリアが現れた。傍には咲夜の代わりであろうメイドが控えている。
その完全に見下した口調にカチンと来る。
「あぁ!こんなみみっちい仕事やってられるか!」
びゅん、とたわしをレミリアに投げつけた。レミリアはそれを、首をひょいと傾けるだけでかわし、愉快そうに言う。
「あら、それは敗北宣言と取って良いの?咲夜も喜ぶわ~…たった一日で勝負がつくなんてねぇ…」
「う…」
それを言われると、辛い。…つまり、負けたくない。
「あぁ、こうなったらやってやるさ!おりゃ~!」
魔理沙はやけくそ気味にブラシをかける。
「ちょっと、そんなに力を入れたら痛むじゃない。ちゃんとしなさいよ、新入り」
「……」
ムカついたので更に力を入れてやったら手すりがへし折れた。
二日目。
すでに魔理沙の目はうつろだった。
庭の雑草取りを命じられているのだが…その手の動きはひたすら重い。
「あぁ…鳥が飛んでいく…鳥は自由だが…今の私は従属の身…なんてこった…」
「悲劇のヒロイン気取り?」
後ろからの声ではっと振り返る。
レミリアがにやにやと魔理沙の働き具合を見ていたのだ。
「こらぁ!見世物じゃないぜ!」
魔理沙は引き抜いた雑草をレミリアに投げつけるが、レミリアは笑いながらさっさと館内へと下がっていった。
「ち…畜生…なんでこんなことに…」
魔理沙はぶちぶちとひたすら雑草を千切りまわって、いつの間にやら正門前まで来ていたらしい。
「あ、魔理沙」
声に応じて顔を上げると門の向こうに門番、紅美鈴の姿があった。
「…美鈴じゃないか…」
「うぇ、や…やつれてるわね…まだ二日のくせに…やっぱりあなたには向かないんじゃない?大人しく降参した方が身のためよ?」
降参…その言葉が消えかけていた魔理沙の炎を滾らせる。
「誰が降参なんかするか!絶対咲夜の方が先に音を上げる!私には解るんだ!」
「どうかなぁ…」
美鈴は苦笑いする。
「考えても見ろ!今咲夜の奴が何を考えて何をしてると思うんだ!?」
「え?咲夜さんが?うぅん…休日を謳歌してるんじゃない?」
「はっ!あいつがそんな器用なはずがないぜ!ここのことが頭を離れないはずだ!」
「あー…それはあるかも…」
「つまり、寧ろ有利なのは私!」
「…それはないかも。たぶん互角よ」
魔理沙は普段はあり得ない労働特有後の疲労感に襲われていた。
廊下をふらふらと歩き、壁に手をついてしまう。
「か…体がだるい…草取りなんてついぞしたことなかったし…」
「あら、草取りは終わった?新入りさん」
「…いい加減にしろ…レミ…!」
…リアかと思えば後ろに居たのはパチュリーだった。
「なんだ…パチュリーか…お前も一応図書館から出るんだな…」
魔理沙は毒づきながら顔をそむける。…そうでもしなければやってられない。
「紅茶がまだきてないのよね…」
「は?」
「お茶の時間、もうすぎてるわよ、新人さん」
「……っ!」
自分で入れて飲め!という言葉を飲み込む。今の自分の立場のなんと弱いことかと泣きたくなる。
「…あぁ…煎れてやるぜ…茶っ葉一年分全部ぶち込んだ濃い奴をな…それを呑んだら向こう一年紅茶なんか呑みたくなくなる…」
魔理沙の試練は続く…
咲夜パート2
咲夜とレミリアは草原で追いかけっこをしていた
「咲夜~、こっちよ~」
「お嬢様~、待ってください~」
ゆったりと流れる時間…
「ふふ、掴まえてごらんなさい」
レミリアが足を早める。
「あぁ、お嬢様早いですわ」
咲夜のそれを追って早める。…が、レミリアとの差はどんどん開いていく。
「ちょ…お…お嬢様!?はやっ!早すぎます!」
「ほほほほ……」
「お嬢様~~…」
レミリアはそのまま見えなくなった…
そこで咲夜は目を覚ました。
「はぁ…はぁ…なんて夢…」
あれから数日が経過した。
咲夜は魔理沙のベッドで数度目の朝を迎えたわけだ。
…数日前…外に飛び出したは良かったが、特に目的地も持たなかったものだからふらふら飛んでいるうちにいつの間にか紅魔館の湖のほとりに辿り着いていたのだ。
帰巣本能という生物の性を嘆きながら、魔理沙邸宅に帰ってそのまま不貞寝した。それ以来、あまりにも危険なため外出はしていない。
「何をやってるのかしら私…」
寝起きも最悪だ。
「…もしかして私の方が負けそう…?」
あんな夢…完全にホームシックだ。
頭を振り、咲夜は行動を開始した。
乱雑な台所で適当に朝食を作る。軽くパン食が良かったが、生憎米しか見つからずわざわざ米を炊いた。
歯磨きをしながら改めて室内を見渡す。
「…人間の住む場所じゃないわ…本当、あいつどうやってここで生きていたのかしら」
少し自分の体を綺麗にすると、それだけでもう時間をもてあますことになる。
適当に魔理沙の蔵書などを掴んでみたが、それもすぐに飽きた。
このままではまずい…肉体的にも、精神的にも崩壊してしまいそうだ。…やはり、外出する以外に活路は無いだろう。
「そうよ、今回はちゃんと先に目的地を設ければいいのよ」
あの日は何も考えずに飛んでいたものだから紅魔館に着いてしまったのだ。最初から目的地を考えておけば、そんな心配は無い。
「うぅん、どこへ行こうかしら…冥界とか、のんびり出来るかもしれないわね…」
考える。
「冥界と言えば、レミリア様と行った花見…綺麗だったわ…」
あぁ、レミリア様…
「って!ダメよ!またホームシックになってしまうじゃない!もっと別の…レミリア様との思い出が無い…」
…しかしそんな場所を考えるほど、レミリアとの思い出が頭をよぎり、心細さに拍車をかける。
「あぁ!こうなったら、あそこしかないわ!」
博霊神社。
咲夜が鳥居をくぐった時、霊夢は何やら境内の真ん中で深呼吸をしていた。
「霊夢」
咲夜は声をかける。
「あら咲夜…なに?人の朝食の最中に…」
ぴたりと深呼吸を止め、霊夢がこちらに顔を向けた。
うつろな瞳が咲夜を映す。
「ちょ…朝食!?」
「そうよ…朝は朝霧と朝露…昼は自生する草に味噌を塗って…夜は夜露…知ってる?花のつぼみの中に溜まる朝露の美味しいこと…まさに至高の料理…」
「れ…霊夢!?ちょっと、しっかりしなさいよ!」
ふふふ…とどこか壊れた様に笑う霊夢の肩を咲夜が揺する。
「ちくしょーーー!」
それまで笑っていた霊夢が突如吠えた!
「わぁ!な…何!?」
「あんのねずみ達…絶対に食ってやる…!食ってやる…!」
「…あぁ…ねずみに食料をやられたの…それにしたってそのセリフ…まるで妖怪ね」
…まぁ、確かにそれも大変なことだが…完全に向こうの人になってしまったのかと思っていただけに安心した。
「で?こんな時間に何か用?」
いきなり普通に咲夜に話しかける。しかしその声はまだ怒りに満ちていた。暇つぶしに来たなどと言った瞬間に夢想封印されそうだ。
「…えぇと…あれよ…」
ふと、閃く。
「そうだわ。食べるのに困ってるなら私が面倒見ましょうか?」
「へ?」
霊夢は首をかしげた。
食材はねずみの食いくさしの中でもまだ使えそうなものを選別した。
久々の他人のための料理はとても楽しく…これぞ私の居るべき場所だと実感できた。自分は根っからのメイドなのだと再認識できた。
霊夢の食いっぷりはそれは見事なものだった。今の霊夢ならば、あの幽霊の対抗馬となれるかもしれないとか思うが、あれの持久力には敵うまい。…それに対抗させる意味が不明だ…。
「ごちそうさま」
綺麗に出された食事を平らげた霊夢は手を合わせた。
「おそまつさま。そうとうきてたのね…」
「そうなのよ…魔理沙がどういうわけかここ数日現れないから次の宴会の開催も出来ないし…本当、仙人になるところだったわ」
「…」
こういう時普段は宴会で食いつないでいたのか…と思うが口には出さない。
「それで?今日はわざわざ一人で何の用?まさか朝食を作りに来てくれたわけじゃないでしょ?」
うっ…と言葉に詰まる。…が、いっそのこと正直に言ってしまった方がすっきりするようにも思う。愚痴れる相手がいればきっと数段楽になる…ので、咲夜は正直に霊夢に魔理沙との勝負のこと、ここ数日あまりに時間を持て余して困っていることを話した。
霊夢はふぅん、と言いって一口、食後のお茶を呑んだ。
「なるほどね。つまり魔理沙が紅魔館から自主的に出ていけば良いわけね」
「え?うぅん、まぁそういうことかしら…」
別にそんな相談に来たわけではないのだが、霊夢は魔理沙がメイドをしているという点に食いついた。
「うん、解ったわ!一飯の礼、返してあげる!」
「え?」
「レミリアにパーティーを開かせて魔理沙をいびってきてやるわ!あいつがそんな仕打ちに耐えられるわけないもの!あんたの勝ちよ!」
「ちょ…ちょっと待って!私は別にそんなこと…!」
霊夢はお茶を一気に飲むと、やおら立ち上がり咲夜の制止も聞かずに神社を飛び出した。
一人残される咲夜。
「…だ…だから暇つぶしに来たんだってば…」
そんなわけで、咲夜の退屈孤独地獄は続いた。
魔理沙パート2
数日が経った。
魔理沙はゆらゆらと、まるで生命力を感じさせない足取りだった。
せこい。あまりにメイドの労働がせこい。
適当にサボりながら出来るならまだしも…真面目にしなければ、その時点で魔理沙のルール違反による負けとなってしまう。
完全に、レミリアの先読みが利いている。
「まーりさー」
後ろからフランドール・スカーレットが飛びついてきた。
「…」
が、魔理沙は振り払うでもなくその衝撃にゆらゆら揺れる。
「…魔理沙?」
フランが魔理沙の顔を伺うが、魔理沙は反応しない。
「魔理沙?まりさーー!」
さんざん呼ばれて、ようやく魔理沙は反応した。
「あぁ…魔理沙って私の名前か…」
「ちょ…魔理沙大丈夫…?」
その言葉に、さすがのフランもひく。
「そうだ…そう言えばここに来た初日にこんなことがあったな…」
『今日からここで働く霧雨魔理沙です!』
『魔理沙?あなたにはすぎた名前ね…』
レミリアは魔理沙の名前の書いた紙から『理』の『里』と『沙』の文字を引き抜く。
『今からあなたの名前は魔王よ!解ったわね』
『は、はい!』
「そうだ、私はレミリアに名前を盗られてたんだー!」
「誰が名前なんて盗るのよ。それに魔王の方が明らかに過ぎてるでしょが」
ぺしん、と後ろからレミリアのツッコミが入る。
「うぅん…いつか読んだ本と現実がごっちゃになっていたようだぜ…」
「寝ぼけすぎよ。ほらほら、そんな調子じゃ今日の仕事はこなせないわよ」
「あぁもう、うるさいぜ…今から今日の持ち場に行くんだよ!」
魔理沙は怒りながら廊下をずんずん進んでいった。
その後姿を見ながらレミリアは呟く。
「ふぅん…割といじめてるつもりだけど…案外もつわね…」
ぎゅっぎゅっと、客間の窓を新聞紙(文々。新聞)で拭く。
「くそ!どうなってるんだ!この窓の数…!拭いても拭いてもキリが無い…」
「吸血鬼の館なんだから…まだ少ないぐらいよ」
後ろのテーブルで紅茶を飲んでいるのはパチュリー。
「お前も見てるぐらいなら手伝え!」
「嫌よ。疲れるじゃない」
「あぁあぁ!いいご身分だな、全く!」
「それより…魔理沙聞いてる?」
「ん?何を?」
「今夜、パーティーがあるのよ」
ぱっと、魔理沙の顔が明るくなる。
「なに!?神社の宴会か!?」
「違うわ、ここでやるの。軽いパーティー」
「何だ…でもまぁ久々に盛り上がってやるかー」
「嬉しそうなところ悪いけど、新人メイドは不参加。もてなしをするのよ」
「な…!?何だって!?」
夜になり…紅魔館の庭でパーティーが始まった。
すでに、嗅ぎつけたてき妖怪や館のメイドたちでパーティーは盛大な盛り上がりを見せていた。
その輪の中に、仏頂面で酒を配ったり料理を運んだりしている魔理沙の姿がある。
「くそ!くそ!私も飲みたい…っ!」
しかし、新人メイドの飲食は禁止されている。テーブルの影で呑んでやろうかと思ったが、その度にレミリアの視線を感じるのだ。
「完全に監視しやがって…くそ~!だいたいなんで新人がもてなすんだよ!新人歓迎パーティーまだしてないじゃないか!そんな不条理認められるか…!」
ぶつぶつと呟いていると、不意に後ろから声を掛けられた。
「そこの新人メイド」
「…何だよ」
振り返るとそこには…
「げ!?れ…霊夢!?」
「あら、誰かと思えば魔理沙じゃない。何?紅魔館に就職したの?」
「うるさいな!わけ有だよ!」
「ふぅん」
霊夢はにやにや笑う。
「ま、どんなわけかは全然、全く、少しも知らないけど~、今日はここのメイドなわけでしょ?」
魔理沙はその言葉には答えず…
「…何だよ、用事なら早く言えよ…」
用件だけを尋ねた。…魔理沙なりに譲れないものがあるらしい。
「そう?じゃあ遠慮なく言うけど~…」
霊夢は自分の足元を指差す。
「ん?」
それに沿って視線を下げてみると、足元にスプーンが一つ、落ちている。
「拾って」
「あぁ!?何だって?」
魔理沙の怒声にも霊夢は涼しげな顔でもう一度言う。
「拾って…と言ったの。この、スプーンを」
「それぐらい自分で拾え!お前の方が近いだろ!」
霊夢はにやりと笑う。
「あら!そう!…そういう態度を取るのね…じゃああんたんとこのメイドは客の落としたスプーンも拾わないのかってレミリアに文句を言いに行こうかしら…」
「ぐっ!!?」
それは、不味い…。そんなことを言われては…魔理沙の敗北になってしまう。ここまで粘っておきながら、今更負けるわけにはいかない。
「……ほらよ…」
魔理沙は歯をぎりぎりさせながら霊夢にスプーンを拾って渡した。
「ありがと」
…と、スプーンを受け取った霊夢は…
「あら」
いかにもわざとらしく、再びスプーンを落とした。
「手が滑ったわ。…もう一度、拾って」
「お…お前…わざとだろ今の…」
「言いがかりね。良いからはやく拾ってよ」
魔理沙はもう一度スプーンを拾い、手渡した。
「今度落としたら北極星までぶっ飛ばすからな!」
「落とさないわよ」
そう言いながら霊夢はスプーンを眺める。
「汚くなったから綺麗のと取り替えてきて」
「……っ!」
その時ぶちん、と、魔理沙の中で決定的なものが切れた。
エンディング
長い時が過ぎた。
紅魔館。
階段の手すりにブラシを掛けている新人メイドの姿があった。
ごしごしと擦るが、その手つきはおぼつかない。
「あぁあぁ!そんなに力を入れるな!」
階段の上から注意の声がする。
「メ…メイド長…っ!」
「貸してみろ。手すりの掃除はだな、力でするんじゃないんだよ。こうやって丁寧に…細かい細工のところは先端を使って…こう…解ったか?」
「は…はい…すいません」
メイド長と呼ばれた人物は「ははは」と軽く笑う。
「すぐに憶えるって。私だって最初のころは全然だった…」
「え?メイド長が!?」
「あぁ…この手すり、ここだけ色が違うだろ?」
「はい…あとから継ぎ足したみたいですね」
「これは私が初日に力を入れすぎてへし折ったんだぜ」
「えぇ?折ったんですか?」
「折った折った。今思えば目茶苦茶な話だけどな…」
「ふふ…」
その話に、新人メイドは笑う。
「お、笑ったな?」
「あぁ、すいません!つい…」
「ははは、笑うぐらいで良いんだ。肩張って仕事したって、いい結果なんて出やしないんだからな」
「…はい…」
その瞬間、遠くからフランドールの声が響いた。
「…うわ~~ん」
「あぁあぁ、あのじゃじゃ馬…どうせまた何かこぼしたな?仕方ない…続きは頼んだぜ」
「あ…あの!」
立ち去ろうとするのを新人メイドが引き止める。
「ん?どうかしたか?」
「…いえ…わ…私、いつかきっとメイド長のようになりたいです!」
「それだけは、やめとけ」
霧雨魔理沙は、そう言って笑った。
どこか、広場。
妖精たちの集まりが集まっている。
氷の妖精チルノがその集団の前に立ち、宣言するように言う。
「え~、本日は…え~と…」
「チルノちゃん、『天候にも恵まれ』だよ…」
すかさず横からフォローを入れる妖精。
「わ…解ってるわよ!天候にも恵まれ…え~と…」
「チルノちゃん、『無事に運動会を開催できることになりました』だよ…」
すかさず横からフォローを入れる妖精。
「わ…解ってるわよ!無事…えぇと…」
妖精は呆れる。
(さっき教えたのに…だからチルノちゃんには開会宣言は無理だって言ったんだよ…)
「あぁもう!あんたの考えたセリフは憶え難いのよ!とにかく、今から運動会を始めるから楽しんでいくぞー!」
チルノの勢いにまかせた宣言に、妖精たちが「おー!」とノリよく答える。
今日はどういう流れか、妖精たちによる運動会が開催されることになったらしい。
「ふぅん…面白そうね…」
妖精たちの盛り上がりを空から見ながら、にやりと笑う人物が一人いる。
「私にも、参加させてもらいないかしら?」
十六夜咲夜は、楽しそうに、その輪に加わった。
そう、わざわざ説明するまでもない…二人は入れ替わった環境の中で、それぞれの生き方を見つけていったのだ。魔理沙はメイドとしての…咲夜はボヘミアンとしての…
「ちょっと…このオチどうすんのよレミリア…」
「原因は霊夢にあるわ…魔理沙と咲夜の二人ともにおいて」
「なんでよ」
「霊夢が咲夜を一人にしたから咲夜は一人を克服するためにあらゆることを一人で楽しめる感受性に開眼したし、魔理沙は霊夢に執拗にいびられたものだからどこか吹っ切れてメイドとして開眼した…」
「いやいや、そもそもの原因はあんただし…」
「まさかこんな風になるとは思わないでしょ?」
「…本当…どうすんの…?」
「さぁ…?もう一回入れ替える?」
人間短い人生、どんなところに転機があるのか解ったものではない。
これは、運命に翻弄された二人の少女の物語である。
いや、本当。
《ダメオチ》
…それはそれで!( `・ω・´)b
>十分で終わるアニメを意識した
なるほど、それでテンポがよかったのか…。
イイゾ、もっとやれ。
この後、殺人ドールで永遠亭や白玉楼に突撃する咲夜さんを幻視したw
それと労働特有後→労働後特有じゃないですかね?
霊夢マジ外道
咲夜と言えばメイド、メイドといえば咲夜。メイドと咲夜が不可分である昨今、気ままに遊ぶ咲夜が見られたのは貴重ですね。
そして、仕事熱心なメイド長魔理沙というのはもっと貴重。
…吹きましたw
ここであのネタを引っ張ってくるとは思わなかったので…確かに魔王のほうが過ぎた名前だw
テンポよく描かれていて、非常に面白かったです。
すっごく楽しかった。
それぞれの何かが目覚めたように。
一体誰が損したか・・・・・・・
ソレとも特をしたか・・・・・・
こんな終わらせ方も面白いですね!
>アリスが魔理沙邸に来るシーン
ちょっと見たかったなぁ…(笑