はっけよーい、のこった!
「男は絆を確かめ合うために相撲とるらしいぜ」
「フーン」
魔理沙の突然の言葉に、霊夢は特に興味なさそうにお茶を啜って相槌を打った。
もう季節も秋、木枯らしが吹いていて落ち葉の掃除も日に日に大変になってくる。霊夢はそんなことを考えていた。
勝手に何やら思いついた魔理沙が、棒切れを拾ってきて地面にがりがりと円を描いている。
いけない、何するつもりかしら、聞いてなかったわ……霊夢は少々嫌な予感がした。魔理沙はウキウキ。
「よーし、こいつが土俵だ。ここはひとつ相撲をとろうじゃないか霊夢」
(うわ、そういう話だったのか……面倒ね)
地面には歪な円が描かれている、どうも土俵のつもりらしい。
既に魔理沙は土俵の中に入って戦闘準備完了。四股を踏んだり両手で頬をぴしゃぴしゃ打ったりしている。
霊夢は無視しようとして、そのままそ知らぬ顔でお茶を啜っていた。
「ああ、なんて薫り高いお茶」
「にぃ~しぃ~、きりさめにしき~」
「あら茶柱、今日はきっと良い事があるのね」
「ひがぁしぃ~、はくれいやま~」
魔理沙は塩の代わりに砂を掴んで霊夢に投げた。
「この緑茶、美味しいけどそろそろお茶っ葉が無くなりそ……ぅわっぷ!?」
「来い霊夢!! 敵前逃亡は大罪だぞ!!」
「お、お茶に砂が!? コラァァァ魔理沙ぁぁぁ!!」
「ようし良いぞ、そうだ闘志を燃やせ霊夢……はっけよーい、のこ……ブッ!?」
組み付いてきた霊夢を真正面から受け止めた魔理沙、しかし霊夢の腕力は予想外に強かった。
あっさりと上手投げで土俵の外に投げ出され、その後馬乗りになった霊夢のゲンコツが飛んでくる。
「痛い!! 霊夢、スポーツマンシップに乗っ取れよ!!」
「知るか!! 私もあんたもスポーツマンじゃないし!!」
「負けた相手に追い討ちをかけるとは汚いじゃないか!! 痛い!! 痛い!!」
「一度相撲勝負に乗ってやっただけでもありがたく思いなさい!! お茶の恨み!!」
「くそ、くそっ!! マウントポジションは酷いぞ!! うぅぅっ!!」
スポーツの秋。
二人の行った相撲は、絆を確かめ合うどころかただの喧嘩に発展してしまった、女同士では無理ということだろうか。
霊夢によるゲンコツは魔理沙がうつ伏せて泣き始めるまで続いた、博麗の巫女は手加減をしなかった。
茶葉の残りも少ないというのに、その高級茶を砂まみれにした魔理沙の罪は霊夢にとっては敵前逃亡よりも重いのだ。
紅魔館ではテニスが流行り、白玉楼では妖夢が剣道を流行らせようとしているが、相手が幽々子しか居ない上に、
幽々子は霊夢並にゆっくりと茶ばかり啜っているので、妖夢はフラストレーションが溜まっているらしい。
永遠亭ではバレーボールが大流行、ウサギ達はその健脚を生かして楽しげに汗を流しているとか。
そして地面に伏してすすり泣く魔理沙は相撲……相撲で霊夢に勝ってやろうと、そう心に決めた。
「くぅっ!! 霊夢め!!」
家に入る前に、洋服についた砂を両手で払いながら魔理沙は地面を蹴った。
あの貧弱そうなナリにあそこまでのパワーを秘めているとは、奴の辞書に敗北の二文字はないのだろうか。
霊夢の執拗な追い討ちにより全身が泥や砂で汚れてしまったので、風呂を沸かすことにした。
「うむー……」
腕や足も少しすりむいている。幸い出血などは少ない。
なんで自分が負けたのかを考えてみる。まぁ霊夢が妙にパワフルなのが最大の理由だとは思うのだが……。
「そうだ、あいつは私よりおっきいぜ」
鏡の前に立った魔理沙は、頭上に手をかざして「このぐらいかな」と思う辺りで何度かひらひらと空を切ってみる。
しかしそれだってそこまで圧倒的に霊夢の方が大きいというわけでもない。
20~30cmも離れていれば仕方ないとも思えるが、せいぜい10cm前後と言ったところだろう。
それが敗北の決定的な要因だと決め付けるのは、いささか都合が良すぎる。
風呂が沸いたので、魔理沙は汚れた服を洗濯籠に投げ入れて、身体を洗うことにした。
「ふー……しかしお茶に砂が入っただけであそこまで怒るかって話だぜ……」
湯船に浸かって一息つく魔理沙。
立ち上る湯気を見ていて、お茶に砂を入れてしまったのが事の発端だったことを思い出した。
そう「お茶」というキーワードを口にしたとき……魔理沙の表情が曇った。
(そうだ……あいつはお茶という護るべきモノがあったんじゃないか? 私がそこに土足で踏み込んだから……)
霊夢のお茶に対する執念は並々ならぬものがある、と魔理沙は思っている。
大切なお茶が理不尽な理由で無駄になるととても怒るのだ。
以前、話してる間にお茶が冷めたので縁側から捨てておかわりを要求したら、グーで殴られた記憶がある。
(最初から背負ってるものが違ったのか……)
多少話が飛躍してる感は無くもないが、まぁお茶に砂を入れられて霊夢が憤怒したのは確かだろう。
怒り狂っていたから秘めたる力を発揮できたのかもしれない、無理はあるがそう考えて考えられないこともない。
(私も大切な何かを背負っていれば……)
魔理沙の脳裏に一つの作戦が浮かんだ。
翌日も魔理沙は博麗神社を訪れた。
霊夢は掃除の手を休めて縁側でぼけっとお茶を啜っている。いつもこうだ、行動パターンの少ない奴。
とはいえ魔理沙もそこまで人のことは言えないのだが。
「あ、おはよう魔理沙」
「おう、おはよう」
霊夢は昨日のことなどまったく気にしていない様子で、魔理沙にそっけない挨拶を寄越した。
魔理沙も至って普通に答えたつもりだが、その心の中には復讐の炎が燃えている。
「ん、それ何よ魔理沙?」
「ああ、これか……これはナメコだよ、今朝採ってきた」
魔理沙の手にしている袋に霊夢は目ざとく気付いた。ぼけっとしている割にこういうときは反応が早い。
その袋に詰まっているのは、ある作戦のために魔理沙が早朝に採ってきたナメコであった。
「あらおすそ分け? 最近変わった味噌汁の具が無かったから嬉しいわ」
「まぁそんなところだ、台所借りるぜ」
「調理までしてくれるんだ? 良いわよ、どうぞー」
(今に見てろよ……こいつが私の切り札(エース)なのさ!!)
まったくわけがわからないが何か魔理沙なりの考えあってのことらしい。
未だかつてナメコを切り札と呼んだ人間がどれだけいるのだろうか、おそらく魔理沙が初めてであろう。
『エース』という言葉も、ことナメコに対して使われると、やけに間の抜けた言葉に変貌する。
相変わらず縁側でぼうっとしている霊夢、背後から魔理沙が歩いてきた。
その手にはお盆、そしてそこに載った一つのお椀は美味しそうな匂いを含んだ湯気を周囲に振りまいている。
魔理沙の接近に気付いた霊夢は目を閉じ、嬉しそうな顔でその匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。
「おう、お待たせ霊夢。ナメコ汁だぜ」
「味噌汁だけを飲むって言うのも妙だけど、お昼もそろそろだし軽めでいいか。せっかくだからいただくわ」
「その前に腹ごなしだ霊夢」
「へ?」
魔理沙の言葉、そして抱えてきたお盆にお椀が一つしか載ってないのを見て、霊夢はお椀と魔理沙を交互に見て首を傾げる。
自分の分も持ってくれば良いのに、それに腹ごなしって何のことだろう?
……そこまで考えて霊夢はハッとした。
「あんたまさか……」
「そう、相撲だ」
魔理沙はお盆を縁側に置き、またも棒切れを拾ってきて地面に円を描き始めた。
大雑把に歪んだ土俵を描き終えると、魔理沙は棒切れを投げ捨てて特殊ルールを説明し始める。
「そしてこのナメコ汁は勝者のもの……私はナメコ汁が大好きだ。霊夢、お前は私のナメコ汁への愛に勝てるか?」
「はぁ……しょうがないわね、一回だけよ?」
「この勝負に二度目なんか無いんだぜ」
「私もナメコ汁は大好きよ。悪いけどこの勝負もいただきだわ」
「はっけよーい……のこった!!」
「行くぞ霊夢!!」
霊夢は勢い良く迫ってくる魔理沙の頬にビンタを放った、張り手というよりはビンタである。
「ブッ!!」
そしてすかさず、のけぞった魔理沙にがっぷりと掴みかかる。
「えい!!」
「うわぁっ!!」
出鼻を挫かれた魔理沙はまたもあっさりと投げ飛ばされ、土俵の外へころころ転がっていった。
頬を押さえながら霊夢を見るその目にはうっすらと悔し涙が浮かんでいる。
「うぅ……いきなり張り手なんてハードすぎるじゃないか霊夢……!!」
「知らないわよそんなの、あんたは本気でこのナメコ汁を護るつもりがあったの? ずるぢゅっ!!」
「ナ、ナメコ汁ーー!?」
息一つ切らしていない霊夢は容赦なくナメコ汁を手に取り、そのままお椀を傾けて喉へ流し込んだ。
霊夢もナメコ汁が大好き……それこそが魔理沙の誤算であり、敗因だった。霊夢は誇らしげにナメコ汁を飲みつくす。
それに対して敗者たる魔理沙は何もできずに、ただうつ伏せになってすすり泣くのみだった。
「う、うぅっ! 霊夢のバカッ!! ……あれ?」
うつぶせている間に霊夢の姿が消えた。お茶でもいれに入ったのだろうか。
台所の方から戻ってくる霊夢、そして霊夢による魔理沙へのさらなる追い討ちが……。
「ふふっ……魔理沙、美味しいわよ。こんなに美味しいナメコ汁なのに、あんたの愛は偽物ね」
「……っ!?」
「随分料理が上手じゃない……ずるぢゅっ!!」
霊夢はなんと台所からナベごと持ってきて、おたまをスプーン代わりにナメコ汁を飲み始めた。
その表情は実に邪悪で、とても巫女である霊夢が浮かべて良いものではない。
「ひ、酷いじゃないか霊夢!! ナメコ汁好きな私の前でそこまでするなんて!!」
「言ったはずよ、私もナメコ汁が大好きだって……ずぢゅっ」
「ちくしょぉぉぉ!! うぁぁぁぁん!!」
泣き喚く魔理沙。そしてそれを見下ろし、立ったままナメコ汁を啜る霊夢。
我慢できなくなった魔理沙は、そっぽを向く霊夢の背中を両拳でぽかぽかと叩く。
「私にも一口飲ませろよお!!」
「ふぅ、おいし……ずるっ……ゴフッ!?」
「!?」
「ゴフゴフッ!! ゴフッ!!」
魔理沙のぽかぽかのせいで霊夢の気管にナメコが突入、霊夢は顔を真っ赤にしてむせ始めた。噛み砕かずに飲み込むのが悪い。
仕方が無いので魔理沙は優しく背中をさすってやった、仲が良いのか悪いのかよくわからない。
魔理沙の懸命な介抱もあり、程なくして霊夢の呼吸は整った。
しかしそんなに大きいナベではなかったものの、霊夢は見事にそのナメコ汁を平らげてしまった。
「ゴフゴフ……ひ、ひぃ……当分ナメコ汁は要らないな……」
「だ、大丈夫か霊夢……」
「ええ、大丈夫……とにかく私の勝ちね!!」
「くそぉっ!!」
仲良さげなのも束の間、霊夢に見下された魔理沙は悔しそうに箒にまたがり、即座に博麗神社を去った。
そして悔しそうに蛇行しながら飛び去る魔理沙を見上げながら、霊夢は吐き捨てるように呟く。
「ふん、これで懲りたでしょう……相撲なんてしたくないのよ」
魔理沙が見えなくなると、霊夢はまたお茶をいれに神社の中へと入っていった。
これで懲りてくれればいいのだけど……でもあと一回は来るわね。それはたぶん、博麗の勘。
パキュッ!! カッ! カッ! カコッ!!
八雲邸にも妙な音が響いていた。
既に紫は起きていたが、居間のこたつに肩まで入ってまどろんでいる。
断続的に響き渡るその不愉快な音、紫の眉間にはしわが寄っていた。
「んもぉー、うるさいわねぇ……私がご飯食べた後ぐらいゆっくりしなさいよぉーっ!」
藍の返事は無い。紫はごろんとうつぶせになり、更にこたつに潜り込んだ。
もぞもぞと中で蠢き、顔だけが出ている状態に変形する。そして目を閉じ、悔しそうに言う。
「あんなの持ってきてあげるんじゃなかったわ……」
しかし日中家にばかりいる藍もストレスが溜まっているのだろう……一応動物の妖怪だし運動が好きなのかもしれない。
紫が持ってきてやったというのは卓球道具一式。
紅魔館や永遠亭のように大組織でもないので、温かい室内、少人数でできるスポーツを用意してやった。
良かれと思ってやったことが、紫の悩みの種になってしまうとは皮肉なものだが。
数日前のことだ。
紫が朝方白玉楼へ遊びに行ったところ、今が秋ということでスポーツ真っ盛りらしいではないか。
幽々子が言うには、
「ああ、うち? うちは何もやってないわよ」
遠くで面だけをかぶった妖夢が竹刀を持って幽々子を見つめていたが、幽々子は見て見ぬふりをしてそう答えた。
幽々子の側には叩き折られた竹刀があったのだが、あれはどういう経緯でああなったものなのか。なんとなく予想はつく。
そこで藍と橙を連れてあちこち見学に行ったのだが、まさに幽々子の言うとおり幻想郷はスポーツ三昧。
紅魔館へ行けばテニスウェアに身を包んだ咲夜と美鈴が凄まじいラリー戦。
近頃の咲夜はそのために仕事を早く片付けている程らしい。
しかも門の前でテニスをしている辺り職務を忘れていない。いつ敵が来ても良いようにしているそうだ。
(そういう問題かしら……)
と紫は思わないでもなかったが、どうせ大した敵など来ないだろうし良いのかもしれない。
夜になればレミリアも参加するらしいので、同じ楽しみを知る者としてあまり固いことも言えないそうだ。
パチュリーは何人かのメイドを連れてゲートボールをしているらしい。
あの出不精までがスポーツに興じるとは奇跡的である。
スタミナの関係上運動量が多いものは無理なようだが、読書をそっちのけにしているぐらいなので結構楽しんでいるようだ。
永遠亭に行ったら鈴仙とてゐがそれぞれのチームを率いてバレーボールをしていた。
ポールに見立てた竹にネットを設置してぴょんぴょんと実に楽しげだった。
永琳は出てこないが輝夜はたまに参加するらしい。鈴仙曰く。
「でもうちの姫、すぐ骨折するのよ」
あまり混ざってほしくはなさそうだった。
最近は妹紅が来てもバレーボールで対決したりするらしい。
妹紅側の足りない人数は永遠亭のウサギで賄うそうだ、あまりフェアではなさそうだが。
「あら素敵じゃない、殺し合いよりずっと爽やかだと思うの」
「でも負けた方が切腹しなきゃいけないってルールなのよね」
結局そんなことか、と紫は呆れて溜息を吐いた。
どうも蓬莱人はマゾヒスティックな一面があるような気がする。
それらを見た橙が駄々をこねた。便乗して藍もさりげなく駄々をこねた。
「うちでもなんかやりたいー!!」
「紫様……橙は伸び盛りの育ち盛り、いろいろなものに興味があるのです。一つ考えてはもらえないものでしょうか!?」
落ち着き無く尻尾を右往左往させている藍の目も妖しく輝いていた。息も荒い。
こんな形で式神をダシにするとは、随分小賢しくなったものだと紫は思う。
紫は「特に断る理由も無かろう」ということで、自分がやるにしてもそこまでしんどくないスポーツと思って卓球を選択。
そしてスキマに潜ってどこかから卓球道具一式をかっぱらってきたのだが……。
予想通り橙以上に藍が熱を上げ、深夜までやるのでやかましいことこの上ない。
もう橙は寝ている時間……藍が相手にしているのはもっぱら伊吹萃香であった。
たまに紫も相手するのだが、自分で選んでおいてやはり面倒くさい。能力使用無しがルールなので藍が嫌に強いし。
鬼は勝負事が大好きなこともあって、藍と共にいつまでも打ち続けている。
「はっ!! せいっ!!」
「お、おっとと……うーん、やるなぁ~」
ドタドタという足音、ピンポン球のラリーの音、藍や萃香の掛け声……うるさくてまどろんでも居られない。
こたつからのっそりと這い出した紫は、萃香の瓢箪から湯飲み茶碗に酒を注ぎ、みかんを食べながらちびちびとやり始めた。
「ぁー……日本酒とみかんはやっぱり合わないわ……ラァーン!! 何かおつまみを作って頂戴!!」
返事は無い、夢中なのだろう……さりとて呼びに行くのも億劫。
仕方が無いので紫はみかんを肴に飲み続けることにした。
「橙はよく寝ていられるわね……こんなにうるさいのに」
もうすぐ冬眠の時期だからか、紫は近頃だるくて仕方がない。起きている時間が徐々に短くなってきている。
橙の部屋は卓球専用部屋と結構離れたところなので、さほど気にならないものなのかもしれない。
「……ん?」
ご挨拶程度に引いてある結界を何者かが突破してくるのを感じた。
こちらの方角に向かっているということは、ただの通りすがりというわけではないだろう。
「……まぁいいか、暇だし眠れないし。暇つぶしに最適な誰かが来てくれると良いのだけど」
霊夢かしら、幽々子かしら……などと、ぼやけた頭で考えるでもなく考えていた。
みかんをつまみ、酒を飲みながら待っていると、程なくして玄関の戸が開かれる音がした。
「紫ー、邪魔するぜー」
愛用の箒を玄関に立てかけて、チャーミングな金髪をふわふわと揺らしながら。
「あらあらいらっしゃい、どうしたの?」
「おう紫、ちょっと頼みがあってな?」
「頼み……なにかしら?」
訪問者は魔理沙だった、暇つぶしにはなるかもしれないが……暇つぶしでは済まない気もした。
しかしこれと言って何か争いに来た様子でも無い、手には何か包みを持っている。お土産か何かだろうか。
こたつに手招きすると、魔理沙はひとつ頷いてこたつの中へ入った。
この冷たい秋の夜空、風を切って飛んでくるのは楽ではなかっただろう、魔理沙はこたつに入って背を丸める。
紫はそんな魔理沙の目の前に客用の湯飲みを差し出し、瓢箪から酒を注いだ。
「さ、どうぞ」
「悪いな、それにしても藍はどうしたんだ? あいつが真っ先に出てこないなんて珍しい」
「それよ~、困っているの」
自分の湯飲みに入っていた酒を自棄気味に呷ってから、紫は大きく溜息をつく。
「ねぇ、魔理沙ぁ~」
「ん?」
「何かおつまみ作ってぇ~」
ずるずると溶けるようにこたつの上に粘りついた紫は、鼻に掛かった甘ったるい声で魔理沙に哀願する。
あまり期待はできないが、今こき使えるのは目の前の魔理沙ぐらいしかいなさそうだ。
断られるだろうと思いつつも、紫は上目遣いで対面に座る魔理沙を覗き込んだ。
「ああ丁度良いや。土産持ってきたんだよ、食おうぜ」
「えっ?」
「な、なんだよ……そんなに驚かなくても良いじゃないか」
「なになに?」
魔理沙が先ほどの包みを開くと……目よりも先に鼻が反応し、それが何ものであるかを脳に伝えた。
この素晴らしい風味……気高く風流、まさに高級感漂う……言うなればキノコの世界の八雲紫。
これから待っているであろう確かな喜びに、紫の目がキラキラと輝く。
「……マツタケね!?」
「おう、網焼きにでもして食うとするか。さぞ日本酒に合うだろうぜ」
包みの中にはまだかさの開ききらぬ、それにしても大きくて立派なマツタケが数本入っていた。
何故魔理沙はこんなものを……あまりに気前の良い魔理沙に対して紫は少し警戒してしまう。
「どうしたの、こんな……何を企んでいるの?」
「大袈裟だなぁ。確かに高級に見えるかもしれんが……私はマツタケ探しも得意だからそこまで珍しいとは思わんぜ」
「そうなの?」
「見つけづらいだけで結構あちこちにあるもんだ。少し慣れれば大量に採れるよ、遠慮するなって」
「ごめんなさい、私は貴女を誤解していたようだわ……」
自然いっぱいの幻想郷においては、こちらの世界に比較してそこまで珍しくもないらしい。
魔理沙は自分の湯飲みを持ったまま台所の方へ歩き、酒を飲みながらマツタケの調理を始めた。
「ああ、匂いだけでお酒がいけてしまうわ……」
憂鬱で仕方なかった今の気持ちを、まさか魔理沙がこんなにも幸せな気持ちに変えてくれるとは……。
卓球にくびったけでロクに相手をしてくれない藍よりも、今はこの魔理沙がいとおしい。
今夜の酒は涙の味。それも喜びの涙だ。
「おーい紫ー、キノコだけじゃ寂しいから、適当になんか料理して良いかー?」
居間の隣にある台所の方から魔理沙の声が聞こえる、その言葉は紫の心を芯から痺れさせた。
「魔理沙!! 貴女が欲しいわ!!」
「え? なに?」
「あ、ごめんなさい興奮しすぎたの……あるものは好きに使っていいわー」
「おーう」
紫の前に並べられたのは宣言通りに炭火で網焼きしたマツタケ。そして普段から藍が漬けている漬物や刺身など。
簡単なものが多かったのでそこまで時間はかからなかった。
それでも紫は目を輝かせ、よだれを垂らしながらそれらを眺めていた。
「貴女がこんなに甲斐甲斐しかったなんて……」
「あー? なんだよ失礼な奴だな……酒飲むときぐらい良いもの食べたいじゃないか、お前は作らないだろうし」
「それじゃあ美味しいうちにいただくわ……あぁ、良い香り」
「まぁいただいてくれ」
紫は寝起きに一食済ませていたのでそこまで空腹なわけではないが、分量や質的に丁度良い。
刺身も日本酒に合うし、なによりみかんをつまみにするのとは比較にならなかった。
「美味しいわぁ……ああ、そういえば魔理沙、何の用なの?」
「おおそうだった、忘れるところだったぜ」
魔理沙は咀嚼しながら箸を置き、こたつの中に手を突っ込んで話し始めた。
「お前萃香と知り合いだよな」
「うん? 萃香がどうかしたの?」
「いやちょっとな、あいつに会わせてほしいんだよ、普段どこにいるのかよくわからないし」
「私なら会わせてあげられる、と思ったわけね」
「そうだ、別にそんな難しいことでもないんだろ?」
「ええ、ものすごく簡単なことだわ……今もあっちの部屋に居るし」
「え? ほんとか?」
魔理沙も先ほどから不審に思っていた妙な音のする方角、紫がそちらを指差す。
藍もいないことを考えると萃香と二人、向こうの部屋で何か作業でもしているのだろうか。
それならば様子を見に行って、できるだけ早く用事を済ませてしまおうと、魔理沙は腰を上げる。
「あーあー、すぐ帰ったりはしないと思うわ……というより、ほとぼりが冷めるまでほっといた方が良いわよ」
「どういうことだ?」
特に急ぐ必要もないらしい。拍子抜けした魔理沙は一口酒を飲み、再び箸を手にして料理をつまみ始めた。
紫は大分満足した様子でほんのりと赤くなっていたが、はぁ、と溜息をついて事情を語り出す。
「うちで卓球が流行ってしまったのよ……」
「ほー、卓球か」
「紅魔館ではテニスが流行っているし、永遠亭ではバレーボールが流行っているし」
「まさにスポーツの秋だな」
「そうなのよねぇ、せがまれて卓球道具を調達したのは良いものの……藍も橙も夢中で、萃香まで入り浸ってるの」
「なるほど、それで藍が出てこなかったってわけだな……この音も言われてみれば卓球か」
紫は悶々とした面持ちで湯飲みに酒を注ぎ、それを一気に呷って管を巻き始める。
あの紫がここまで思い悩んでいるのも珍しい、魔理沙は少し心配して紫の顔を覗き込む。
「おいおい紫、ペースが早すぎやしないか」
「飲まなきゃやっていられないわ……藍ったら、最低限の仕事はこなすけどそれ以外は卓球三昧なのよ?」
「そんなに不満なら注意すればいいじゃないか」
「何度もしたわよ……最初は聞いていたけど、最近はものすごく反抗的な目をするの……あれは野性の目よ!!」
紫は涙目になって湯飲みをこたつに叩きつけた。案外泣き上戸の方なのだろうか。
それまではなんでも言うことを聞いた藍。
道具程度にしか見てなかったとしても、突然言うことを聞かなくなると悲しいらしい。
それにしても、卓球で野性を取り戻すとはなんだか奇妙な話である。
酔っ払って完全に目の座った紫が何かを思いつき、物欲しげな目で魔理沙を眺め始めた。
とろんとしたその目は媚に満ち満ちている。
「……うちの式神にならない?」
「おう、それは断固拒否する」
酔いつぶれて寝てしまった紫を尻目に、魔理沙は卓球部屋を覗いてみることにした。
卓球部屋に近づくにつれて音が大きくなり、側まで来ると息遣いまでが聞こえてきた。
「うへぇ、どれだけ長い時間打ってるんだろ……おーい、藍……?」
思わず忍び足になって部屋を覗いてしまう、後ろめたいことは何一つ無いはずなのだが……。
中を見ると、汗だくになった藍と萃香がまるで弾幕戦でもやっているかのように凄まじいラリーをしていた。
「これでケリをつける、ってぇい!!」
「なんのぉっ!! 鬼の反射神経を甘く見ないでよ!!」
「そうこなくては!!」
「えぇいっ!!」
スマッシュしか打ち合っていない、魔理沙はそれを見て「これ卓球じゃないだろ」と思った。
魔理沙もそこまで卓球に詳しいわけではないが、もっと緩急をつけたり回転をかけたりと、技巧を凝らすものだと思う。
元々軽装な萃香はそのままの格好だったが、藍はあの服では暑苦しいらしくほぼ下着姿に等しかった。
「うわぁ……」
なるほどこれでは説得のしようもなかろう、確かに藍の目はギラギラと妖怪らしく輝いている。
卓球台の脇には潰れたピンポン球が山のように積み重なっていた、スマッシュばかり打っているからだろうか。
「はっ!!」
「あっ!? ぅぅー……負けたぁ」
「ふぅっ! 今回は私の勝ちね!」
「くやしぃ~!」
(おっ……行くなら今しか無いぜ)
ほっといたらもう一戦始める……そう思った魔理沙は素早く部屋の中に飛び込んだ。
汗を拭く二人の表情はさっきとはうって変わって穏やかで爽やか、きょとんと目を丸くして魔理沙を見つめている。
「あら、魔理沙……どうしたの?」
「あんたもやる?」
「あ、いやそういうわけじゃない……ちょっと萃香に用があるんだ」
「ん? 私?」
藍がヤカンから水を注いだコップを受け取りながら、萃香は自分を指差して不思議そうな表情を浮かべる。
藍の方も今日はもう満足したらしく、卓球台やその他の道具を片付け始めた。
「何の用?」
「相撲得意じゃないかお前?」
「相撲? まぁ昔はよくやったけど」
しめた、魔理沙は心の中でガッツポーズをした。鬼だか河童だか忘れたが、相撲好きな妖怪は結構多いと聞く。
鬼全体に言える事なのかどうなのかはよくわからないが、単純な力比べとして相撲は最適な競技だ。
長いこと鬼をやってる萃香なら詳しいんじゃないかと思ったが、予想は当たってくれたらしい。
とりあえず今日は遅いし、明日から相撲の練習相手になってもらいたいと申し出たところ、萃香は快諾した。
練習とはいえ本気でかかってきそうな気もするのだが、それならそれで良い経験になるだろう。
いずれにせよ萃香は、打倒霊夢のための力になってくれるはずだ。
しかし霊夢を倒すのが目的であることは伝えていない、そこら辺は魔理沙の意地だった。
翌日も魔理沙が八雲邸を訪れると、萃香はきちんと先に来て待っていた。
昼間は橙が起きているので藍と卓球をしているのだが、藍が強すぎてまったく話になっていなかった。
萃香はそんな橙を横で応援しながら、魔理沙の到来を待っていたらしい。
「よう萃香」
「あ、魔理沙、やろやろ」
「お、おう」
怒ってもいないし、それほど待ちくたびれているようには見えなかったが、内心はそうでもなかったらしい。
萃香に手を引かれて庭に行くと、すでに土俵が描いてあった。
魔理沙を土俵へ案内すると、萃香は勢い良く家の中に戻り、何かの衣服を小脇に抱えて戻ってきた。
「はい魔理沙、これつけて」
「ん?」
「マワシだよ」
「……マワシは危険すぎるだろう、いろいろと」
「いや、だからこれもあるよ、ほら」
「む、これは……」
少し黄ばんだ長い布、つまりマワシ。そして萃香に渡されたもう一つの衣服……スパッツだった。
「紫の家ってなんでもあって便利だよねー」
「なんだか馴染みのない質感だぜ……これの上にマワシを締めれば良いんだな?」
「うん、まぁ昔は普通にマワシ締めたりしてたけど」
「なっ!?」
流石は鬼、大胆である。魔理沙はこの時点で意気込みからして違うことを感じた。
わなわなと身震いする魔理沙を横目に萃香はスイスイとスパッツを装着し、スカートを脱ぎ捨ててマワシを締め始めた。
正直言って魔理沙はマワシなんか締めたくなかったが、マワシをサックリと装着した萃香を見ると……。
(これはこれで悪くないのかもしれないな……)
とも思う。なんとも萃香はこざっぱりとしてスポーティな可愛らしさがあった。いやらしさなどカケラもない。
呆然と眺めている魔理沙に気付いた萃香は、まだマワシを締めていない魔理沙に痺れを切らす。
「もー、締め方わかんないの? こうやんのよ」
「あ、待てっ……おいっ!」
自分が萃香のように可愛らしくなるとも限らない、スパッツだけをはいておろおろしている魔理沙。
萃香は、強引に魔理沙のスカートを引きずり下ろしてマワシを締め始めた。
「はい、終わり」
「……似合ってるか?」
「そんなこと気にしてたの? 良いじゃん別に、変じゃないけど?」
「そ、そうか……」
魔理沙は妙な気分だった。マワシを締めただけだというのにこの妙な感情……。
男装したときなどはきっとこんな気持ちなのだろうなと、男装をしたこともないのにそう思った。
「よーっし、それじゃ始めよーっ!」
「おう、一つ頼むぜ」
ついに両者土俵入り、腰を落として身構える。
「はっけよ~い……のこった!」
「よし、行くぜ萃香……ひっ!? ぐあぁーっ!!」
開始直後、光のような速さで迫ってきた萃香の強烈なぶちかましを食らい、魔理沙は土俵の外へ吹っ飛んだ。
鬼の石頭がそれだけの速度でヤワな人間、魔理沙の額に直撃してしまったのだから無事に済むはずはない。
「ぎっ、ぎぎぎぎっ!?」
「魔理沙!?」
額を押さえ、頭を軸にして円を描くようにグルグルともがく魔理沙。ネズミ花火のようだ。
ある程度予想はしていたが、萃香がここまで手加減知らずだとは思わなかった。
まるで巨大なハンマーで頭をカチ割られるような衝撃に、魔理沙は声にならぬ声を漏らしながら苦しんでいる。
「ぎぎっ、お、おまっ……ぎぎぎ……ちょっとは手加減しろぉっ!!」
「ご、ごめんー」
とりあえずここまでで一つわかったことは、萃香が霊夢とは比較にならないほど圧倒的に強いということ。
種族の違いもさることながら、マワシの締め方まで完璧な辺り、その経験値も十分なものであろう。
その後の萃香は加減してくれるようになった。
魔理沙の額に膨らむ巨大なタンコブを見て、やりすぎたと思ったのだろう。
萃香自身も力任せに戦う方だったが、技を知らないというわけではなく、わざと魔理沙に組み付かせて指導したりした。
鬼と人間の少女では力比べになるはずもないので、技を教えるときは甘んじてそれを受け、投げる感覚を覚えさせた。
萃香は勝負に真剣になれる者が好き。教える立場はもどかしいが、必死な魔理沙の姿勢が萃香を大いに喜ばせた。
「はぁ……はぁ……」
「おつかれさま、今日はここまでにしよー」
「そ、そうだな……」
地面に座り込んで息を切らす魔理沙とは対照的に、身体は汚れているものの、萃香はまったく疲れた様子が無い。
怪力だけでなくスタミナも人間の常識では測れるものではないようだ……卓球で萃香をあれほど疲れさせた藍も化け物染みている。
萃香と一緒に風呂を借りた後、魔理沙はこたつで眠りこけていたのだが、
萃香は今度は卓球に混ざったらしい。まったく底なしの体力である。
結局魔理沙はそのまま起きることができず、いつの間にか藍の部屋に運ばれ一緒の布団で寝ていた。
ちなみに入浴後の服は橙のものを借りた。
いくらか小さかったが、藍のは大きい上にあの構造なので動きづらいことこの上ないからだ。
夜型の紫は一人寂しく、こたつでめそめそと酒を呷る。
「うちはいつから合宿場になったのかしら……」
今宵の酒は悲しみの涙の味だった。
「魔理沙起きろー、朝だよー」
「う、うーん……」
魔理沙は息苦しさで目を覚ます。魔理沙の上には萃香が馬乗りになってゆさゆさと身体を揺すっていた。
「ん? あぁ……泊まっちゃったのか」
「ほら、朝ご飯食べる前に練習するよ」
「うへぇ……」
萃香との相撲は勝負にならないし、霊夢が目標であることは伝えていない。
それにも関わらず萃香は随分熱心だった、いずれ対等にやりあえるようにでもしようとしているのだろうか。
萃香の気は知れないが、教えてもらってる以上邪険にも扱えない、魔理沙はしぶしぶ身を起こした。
すると、滅多に感じることのない不思議な痛みが全身を襲う。
「むぁぁっ!?」
「ん、どうしたの?」
「き、筋肉痛が……」
それは筋肉痛だった。
運動をあれだけ真剣にやったのは久々のことだった。特に相撲なんて数日前から始めたこと。
普段あまり使われない筋肉が酷使され、全身のあちこちが筋肉痛になってしまった。
「あーそっかー、まぁ動いてるうちにほぐれてくるよ、気にしない気にしない」
「うぐぐ……」
萃香に手を引かれて表へ出る、井戸水で顔を洗ってから軽く口をゆすいだ。
秋晴れは雲一つ無い日も多くとても気分が良い、肌寒い風もこれから運動しているうちに心地良くなることだろう。
「んじゃ準備体操兼ねて柔軟体操しよ、筋肉痛もいくらか楽になるよ」
「おう」
「いっちにーさーんしー」
「いててて……」
朝食前ということであまり無茶をしない簡単な体操が多かった。萃香もそれなりに考えているらしい。
寂しがりだからか人懐っこいからかわからないが、意外と面倒見が良いようだ。
それらを軽くこなしていると、割烹着に身を包んだ藍が縁側から二人を呼びにきた。
「おーいお前達! 朝食ができたよ、食べるでしょう?」
「やったー」
「おう、いただくぜ」
確かに紫の言うとおり最低限のことはしている藍だった。朝食後は掃除などもしていたし。
たまに目覚めた趣味ぐらいやらせてやっても良いじゃないか、と魔理沙は藍に寝返るのだった。
朝食後魔理沙は一旦家に帰り、服やらなんやらお泊りセットを持って再び八雲邸に。
本気で泊り込みの修行をする気になったらしい。
魔理沙と萃香の相撲特訓の日々はこのように緩やかに過ぎて行った。
だがそんなある日……。
「永遠亭のバレーボールに混ざってくるねー」
「待てよ……いきなりだな」
なんだかんだで萃香が相撲に飽きたとき、魔理沙の修行は終了した。
教えるだけというのはやはり結構面倒だったのだろう。気分の移り変わりが速い。
「どうしてもやりたかったら紫でも誘えばいいじゃん」
「いい加減すぎるぜ……」
卓球ですら嫌がる紫が、泥まみれになる相撲をやりたがるはずがない。
腕組みをして考え込む萃香。何かしら言い訳を模索しているらしい。
そしてふと思いついたように目を見開いて悲しげな表情になり、か細い声で呟く。
「私が教えられることはもうないんだ……」
「突然しんみりされてもな……嘘くさ……」
釈然としない表情で佇む魔理沙を尻目に、萃香は霧散して去って行ってしまった。
おそらくは本当に永遠亭のバレーボールに混ざりにいくのだろう。
「まぁ、もう勝てるだろうけど……」
誰かに協力を願い出て修行することは滅多にない魔理沙だったが、相撲のことなど全く知らなかったし、
かといって本を読んだりして上達するものでもない、やはりぶつかる相手が必要だったので萃香に協力してもらった。
弾幕戦や何かと違って一時的な流行でしかないので、それほどムキになっているというものでもなく。
やる以上は負けたくないがやはり本業は魔法使い、そこまでこだわってはいなかったのだろう。
人知れずの努力が信条だが、霊夢とのことも伝えてないし、取り立てて問題にするほどのことではなかった。
「今日一日予定が空いちゃったな。まぁいいや、このまま霊夢と決着をつけに行こう」
普段通りに相撲の練習をしようと思っていたら萃香が飽きていた。まだ朝である。
朝食は博麗神社でたかるとしよう。一週間近く八雲邸に篭りきりだったので、久しぶりに霊夢の顔も見たい。
早々に身支度を整えると、魔理沙は箒にまたがって空へと飛び上がった。
博麗神社に到着すると、いつも縁側にいる霊夢はまだ外には出ていなかった。
静かな博麗神社の周りはまだ掃除もされておらず、木の葉が秋風に乗って舞い上がっている。
「今は朝食を食べてるはずだな」
霊夢は規則正しい。そして魔理沙はその生活リズムを熟知していた。
きっと今頃は一人ちゃぶ台の前に座り、優雅に朝食を摂っている頃だろう。
魔理沙は神社の前に降り立つと、勝手に上がりこんで居間へと向かった。
「おはよう霊夢」
「……今日はまた随分早いわね、まぁ、おはよう」
霊夢の前のちゃぶ台には白米に味噌汁に漬物、実に質素な朝食だった。
魔理沙は以前置いていったMY茶碗とお椀を食器棚から取ってきて、それぞれに白米と味噌汁をよそって居間へと戻る。
勝手に朝食を食べ始めた魔理沙を気にかけない霊夢の方も、こんな日常に馴染んでしまっていた。
「ちょっと前にレミリア達が来たのよ」
「うん? うわ、この漬物しょっぱいな」
「テニスやろうとか言って、テニスウェアを置いていったわ」
「ふーん、霊夢もやるのか?」
「興味無いわ」
「そうか、私からも渡すものがある」
「何よ?」
一足先に朝食を摂り終えて、ゆったりとくつろいでいる霊夢の目の前にスパッツとマワシを置いた。
霊夢はさして驚いた様子もなく、それを広げてじろじろと眺めていた。
そして全てを理解した霊夢は、眉をひそめて気だるそうに呟く。
「やっぱりまだ諦めてなかったのね……今日は相撲なんてやらないわよ、私は」
「絆を確かめ合おうじゃないか霊夢」
「別に良いわよそんなの」
「ちっ……まぁいいや、ごちそうさま。お茶」
「はいはい……」
自分も飲むつもりだったので霊夢は文句も言わずに台所へと消えていった。
なんとかして霊夢を土俵に上げなければいけない……魔理沙は身を横たえながら必死に策を練る。
しかし考えをまとめる間も無く霊夢はすぐに戻ってきてしまい、身を起こした魔理沙は湯飲みを受け取って一口啜った。
そうか、お茶か……魔理沙の頭に邪悪な作戦が浮かんだ。
「おい、霊夢」
「何よ」
「誰がこんな安物を持ってこいと言った?」
「安物じゃないわよこれ、結構良いやつよ」
「じゃあなんだ、お茶がまずくなる術とかかけたろ」
「そんなくだらない術使えないわよ、ごちゃごちゃ言わないで飲みなさい」
魔理沙は、そのお茶を飲んで美味しいと思ったのだ。しかしあえてそう言った。
これは霊夢に相撲勝負をさせるための布石だった。
魔理沙は湯飲みを片手に立ち上がり、こぼさない程度の速さで縁側へと駆け出す。
霊夢はそんな魔理沙を呆れたような表情で眺めていたが、直後の魔理沙の行動で表情が凍りついた。
「霊夢! このお茶の命が惜しくばそこにあるスパッツとマワシを装着して来い!!」
魔理沙は湯飲みを持った手を縁側から外へ突き出し、それを傾けている。
ぽたり、とお茶が一滴地面へと染み込んだ。言うことをきかなければこのお茶を捨てるという魔理沙の威嚇だった。
「バカなことはやめなさい!!」
「さあ早くするんだ霊夢!! 私は本当にやるぜ!?」
「……卑怯者……!」
愛するお茶を人質にとられ、霊夢はしぶしぶとスパッツを身に付けたが、マワシの締め方はわからないらしい。
広げたマワシを手にしたままおろおろするばかり、スカートもまだ脱ぎ捨ててはいない。
「よおーし良い子だ霊夢、へへ……マワシの締め方は教えてやるからこっちへ来い、おっとお払い棒はそこに置くんだ」
「くっ……堕ちたわね、魔理沙……」
腰に刺していたお払い棒を床に置き、マワシを持った霊夢が悔しそうに魔理沙の方へと歩み寄る。
そして魔理沙の横に来ると同時に、スカートをゆっくり下ろした。
初めて着る衣服に霊夢は少し頬を赤らめ、憎々しげに魔理沙を睨みつけている。
「私のスカートも脱がせろ、マワシは締めてきた……だが少しでも不審な動きをしたら、このお茶の命は無いぜ」
「わかったわよもう、しつこいわね……」
お茶を人質にとる魔理沙、そしてスパッツをはいた霊夢が魔理沙のスカートを脱がせる。
レミリア達にこんなところを見られたらどう思われるかしら、いや、それよりも天狗に激写されたら終わりだわ……。
霊夢はそんなことを思いつつ、仕方無しに魔理沙のスカートを下ろした。
実際のところ、無気力な霊夢を文字通り「土俵に立たせる」ことがまず一番の問題でもあった。
とりあえず魔理沙のもくろみは功を奏し、霊夢を戦う気にさせることができたようだ。
「終わったわよ……で、次は?」
「マワシの締め方は指示するから自分で締めるんだ、私は湯飲みから手が離せない」
「はいはい……」
口頭で説明するのではうまくはいかないものだ。それでもなんとかマワシを締め終えた霊夢の顔は真っ赤だった。
魔理沙はその表情を見ただけで勝ち誇った気分を覚えないでもなかったが、やはり相撲で勝たなければ。
少し目の潤んだ霊夢からは視線を逸らさず、魔理沙は湯飲みを手に、靴下のまま縁側から外へと出て行った。
「早くそのお茶飲んじゃいなさいよ! もったいないでしょ!」
「お前を土俵に上げるまでそれはできないな、ほら早くこっちへ来い! このお茶がどうなってもいいのか!?」
「むぅぅぅぅ……」
片手で棒切れを拾って、土俵を描き始める魔理沙。しかし霊夢から目を離せないので土俵は歪んでいた。
霊夢は今にも飛び掛ってきそうな目で魔理沙を睨みつけている。そして霊夢はゆっくりと土俵の中に入った。
「これで文句無いんでしょ……早く、そのお茶飲みなさいよ」
「よし……いいだろう」
魔理沙は邪悪な笑みを浮かべたままそっと湯飲みに口をつけた。
しかしお茶がほんの少し唇に触れた瞬間……。
「うわ、冷めてる!!」
バシャッ。
魔理沙はびっくりして湯飲みを落とした、わざとではなかった。
お茶をぶちまけた後、湯飲みは割れることなくころころと土俵の中を転がり、少しして静止した。
青ざめた魔理沙がおそるおそる霊夢の顔に視線を移すと、霊夢の紅潮は恥ずかしさによるものから怒りのものへと変化、
そして両拳を硬く握り締めて、怒りのあまりに身を震わせていた。
「魔理沙ぁぁぁぁぁ!!」
「ち、違う!! 飲むつもりではいたんだ!!」
次の瞬間目に映ったのは霊夢の拳だった。魔理沙はそれ以上のことは覚えていない。
気付いたら寒空の下に放置されていた。風邪をひくかもしれないというのに、それほど霊夢を怒らせてしまったらしい。
結局相撲の修行も、スパッツをはいてマワシを締めたことも、何の意味もなかった。
そして八雲邸でも最終決戦が今まさに始まらんとしているところだった。
「藍……私がこの勝負に勝ったら、金輪際卓球をやらせないわ」
卓球台を挟んで二人……紫も藍も、卓球のユニフォームに身を包んでいた。これも紫がかっぱらってきたものである。
思い切りの良すぎる紫の宣言、その表情は極めて真剣である。それほどまでに卓球が嫌なのだろう。
対する藍はそんな主の表情に気圧される事もなく、野性むき出しの目で不遜にも紫を睨みつけている。
「よろしい、約束いたします……しかし紫様、私が勝った暁には……」
「なんでもおっしゃい、私が藍に負けるはずなんてないもの」
「言いましたね? 私が勝った暁には……」
藍は紫を鼻で笑う。主に対する忠誠心を失ったというわけではないようだが、卓球で負けるとは思っていないのだ。
紫もそんな藍の態度を不快には思わなかったが、あまりに自信に満ち溢れているので一縷の不安が拭いきれない。
何を言われるのだろうか、八雲式卓球部の存続か、もしくは卓球への積極的な参加か……。
紫の目が藍の口元に釘付けになる、次に出てくる言葉は一体なんだろうか。
「一週間、紫様は私の式神になっていただきます」
「……式神というか女中ってことでしょう? 家事をやれと?」
「まぁそういうことですが、こちらが重要です」
「なっ……それを着けろというの!?」
「はい、着けて頂きます。藍は猫が好きでありますゆえ」
藍が得意気に取り出したのは猫耳の付いたヘアバンドと、付け尻尾だった。
「ふ、ふふ……良い趣味をしているじゃないの、藍……毛の色まで私に合わせてあるなんて、芸が細かいわ」
藍は黙っていたがそれもそのはず、それは藍が掃除中に紫の抜け毛を集めて密かに製作したものだった。
黙して語らず、相変わらず藍は不敵な表情で紫を睨んでいる。かたや紫の額には脂汗が滲み始めた。
家事をする程度のことはまだ良い。だがあんなみっともないものを装着して一週間も生活するなんてまっぴら御免だ。
幽々子にでも見られたら大変な恥……意地でも負けるわけにはいかない。
そしてその後、無言のままに二人ともラケットを手に取り、試合は開始された。
勝負の結果……紫はあっさりとスコンク負けを喫した。
連日連夜萃香と打ち続けていた藍の実力は既に世界を狙えるものになっていたのだ。
まるで弄ぶように左右にスマッシュを打ち続ける藍に、紫はまったくついていくことができなかった。
あまりにあっけない幕切れに、叩きのめした本人である藍の方が戸惑ってしまう。
「……もう一勝負やりましょうか? 紫様、手加減をなさったのでは?」
「もう疲れました~……」
床に大の字に寝転がって息を切らす紫は汗だくで、なによりもそれが本気だった証明となった。
一方の藍は汗どころか息すら切らしておらず、傍らに置いてあった猫耳と猫尻尾を手にとって紫に歩み寄る。
そして戸惑いを振り切って、嬉しそうに一言。
「では今日から紫様は猫女中です、これを着けてもらいますよ」
「はい……」
こうして八雲式卓球部は存続。紫は一週間藍の式神、もとい女中として働く羽目になった。
藍は紫に対して特に文句も言わなかったし、必要以上にこき使うことはなかった。
それでも紫にとって今まで藍にやらせてきた生活は楽なことではなく、加えて付け耳と尻尾がかなり嫌だった。
その後卓球がどうなったかというと、橙が卓球に飽きてどこかに行ってしまったため八雲式卓球部は藍のみとなって廃部。
とはいえ当の藍はそれほど悲観もしておらず、尻尾をふりふり家事に勤しむ紫を見て終始嬉しそうにしていた。
嫌がらせではなく、純粋に猫女中である紫を見たかっただけらしい。
そして紫も藍も知らなかったが、橙はチルノと共に妖精達を集めて野球を始めたそうだ。
しかし誰もルールを知らず、それは野球とは呼べない混沌としたものだった。
それでも楽しめているようなので、問題は無いのだろう。
「こんなの幽々子に見られたら恥ずかしくて死んでしまうの……一週間がこんなに長いなんて……うぅぅ」
そういえば白玉楼剣道部はどうなったのであろうか。
そう、幽々子もまたそれどころではなかったのだ。
「いぇぇぇぇぃっ!!」
「ってぇぇぇぇぁぁぁぁぁっ!!」
ドドンッ! ドシンッ!
「う、うるさいわよ妖夢!! 相手もいないのに剣道なんてしないで!!」
絶え間なく白玉楼に響き渡る声。妖夢の高い声が凄まじい咆哮となって幽々子の耳をつんざく。
居間に居る幽々子は怯えるように耳を押さえ、うずくまって妖夢をしかる。
しかし本人の声と踏み込みがうるさすぎて、その声は届かない。
「ぇぇえぇぇぇぇんっ!!」
「うちにある竹刀は全て処分したというのに……!!」
妖夢は遠くの部屋で剣道の練習をしているようなのだが、距離を感じさせないほどに声が大きい。
ふよふよと飛んで移動し、妖夢に直接お説教してやろうと思う幽々子なのだが、どこまで行っても妖夢の姿が無い。
「どぉぉぉぉぉぉーっ!!」
「最近反抗期みたいで困るわ……あぁ、うるさい」
「あぁぁぁぁぁーっ!!」
「しかしなんで剣道ってこう叫ぶのかしら……適当に叫べば一本取れるわけでもないでしょうに……」
「ぃやぁぁぁぁぁぁっ!!」
使っていない部屋がほとんどだというのに広すぎるのも困りものだ。
しかしようやくたどり着いたらしい。ある襖の前に立って、幽々子はそれを確信した。
それにしても竹刀は全て処分したというのに妖夢が剣道を続けているとはどういうことか。
木刀なども処分したし、残っている剣らしいものなんてそれこそ白楼剣と楼観剣ぐらいのものなのだが。
ともあれ、この襖を開ければ全てが明らかになるだろう。
「妖夢! うるさいからおやめ!」
「どぉぉぉぉぉーっ……あ、幽々子様、どうしました?」
「どうも篭手もないわ妖夢、うるさいからやめてほしいのよ……あら? 竹刀は?」
「ありませんよ、幽々子様が全部折ったじゃないですか」
「じゃあ何? その筒を握ったような手の形は?」
「エア竹刀です」
エア竹刀? 幽々子は首を傾げた。
妖夢の手は筒状のものを握っているような形になっており、そこに竹刀があると言い張っている。
あまり関係ないが、妖夢は何故か残っている面だけを装着しており、表情がわかりにくい。
この子、剣道をやりたいのに相手にしてもらえなくて幻覚が見えているのかしら、などと心配にもなった。
しかし妖夢がここまでしぶとく剣道に固執しているとは、長いこと連れ添っている幽々子にも想像できなかった。
「……幽々子様もやりましょうよ、剣道……」
面の奥から悲しそうな声……そんなに思い詰めていたのかと、少し可哀想にも思えてくる。
くいくいと幽々子の袖を引っ張る妖夢、全力で哀れさをアピールしている。
しかし無骨な面のせいでその哀れさは半減していた。
「運動は嫌いなのよ……」
そして幽々子はやっぱりやりたくなかった。
「そんなんじゃ太りますよ幽々子様!! これからの食事はダイエットメニューにしますからね!!」
「ちょっと待ちなさい妖夢!! 動物性たんぱくの無い食事なんて……!!」
ものすごい足の速さで、さらに奥へと逃げ込む妖夢。とても幽々子の追いつけるスピードではなかった。
しかも普段居住区にばかりいる幽々子に対し、妖夢は全部屋を掃除しているので白玉楼の構造を熟知している。
道に迷う幽々子を嘲笑うかのように何処へか消えた妖夢は、遠くの部屋でエア竹刀による剣道の練習を再開した。
「いぇぇぇぇぃっ!!」
ドン!! ドドンッ!!
「ぐうーっ!! うるさいぃぃぃ!!」
それからも妖夢を追い続けた幽々子だったが、幽々子の接近を感知すると妖夢は逃げてしまう。
そしてひとしきり距離を取った後でまた剣道の練習を再開、機動力を生かした妖夢ならではの嫌がらせだった。
とはいえ夕方になるとちゃんと切り上げて夕飯の準備をするし、夜はお化けが怖いので幽々子の側に居た。
ちなみに夕食のメニューは焼き鳥とサラダ、ひじき豆だった。
「まぁ鶏肉が出るなら良いか」と思う幽々子であった。
そしてその後の霧雨邸では。
「しゅっ! しゅっ! へへ、霊夢はボクシングが好きなんだな?」
洗面所の鏡の前でボクシングの練習にふける魔理沙。
その諦めの悪さはもはや天晴れだった。
弾幕戦をした方が良いと思う。
スポーツの秋、幻想郷は概ね平和だった。
【おまけ】
夜の紅魔館。
今夜の為に咲夜が空間を広げた中庭の特設テニスコートは、たくさんの観戦者で賑わっていた。
たくさんの人だかりの中央、テニスコートで相対するは着慣れた制服をテニスウェアに着替えた咲夜と美鈴。
弾幕戦では咲夜に分があるものの、テニスに関しては身体能力に優れた美鈴と互角だった。
メイド長十六夜咲夜の職務が尽きることはないが、レミリアの意向もあり、咲夜VS美鈴のテニス対決が行われていた。
主審の横に豪華な椅子が設置されており、そこにはテニスウェアを着たレミリアが興味深そうに鎮座している。
満月を照明に執り行われる頂上決戦。咲夜美鈴両名、お嬢様の前で恥はかきたくなかった。
「決着をつけましょう、美鈴」
「望むところです。手加減なしですよ、咲夜さん」
「負けるんじゃないわよ咲夜、負けたらメイド長交代ね」
「ご冗談を……私が負けるわけございませんわ」
「え? 勝ったら私がメイド長? って、お嬢様えこひいきしすぎじゃないですか!?」
美鈴がブーブー言っているのを断ち切るかのように試合が開始された。
試合は一進一退。咲夜と美鈴は実力伯仲だった。
しかしタイプはまったくの逆、咲夜は美鈴と比較していくらか低い身体能力を補うようにテクニカルな戦法を主とし、
対する美鈴はパワー、スタミナ、スピードを余すところ無く使って咲夜を攻め立てる。
ところが途中から様子が変わる。
気付いた者はレミリアを含め僅かだったが、咲夜の目の色が赤くなったときから試合展開が変わり始めた。
あまりに激しすぎる試合に会場はいつしか沈黙に包まれていたが、数人のメイドが妙な様子に気付いて声を上げる。
「み、見てっ……さっきから咲夜さん……」
「一歩も動いてない……!!」
それを横目に、レミリアはまるで自分のことのように得意気に、ふんぞりかえって解説し始めた。
「咲夜によって回転をかけられたボールは全て……引き寄せられるかのように咲夜のもとに戻っていくのよ」
「そ、そんな……」
「そう、これが『咲夜ゾーン』!!」
「咲夜ゾーン!?」
『お嬢様ってネーミングセンス無いな……』とメイド達は思った。
咲夜にも聞こえていたらしく、コートの中で嫌そうな顔をした。
試合は『咲夜ゾーン』により咲夜の勝利に終わり、美鈴の下克上も失敗に終わった。
紅魔館も例にもれず概ね平和であった。
「男は絆を確かめ合うために相撲とるらしいぜ」
「フーン」
魔理沙の突然の言葉に、霊夢は特に興味なさそうにお茶を啜って相槌を打った。
もう季節も秋、木枯らしが吹いていて落ち葉の掃除も日に日に大変になってくる。霊夢はそんなことを考えていた。
勝手に何やら思いついた魔理沙が、棒切れを拾ってきて地面にがりがりと円を描いている。
いけない、何するつもりかしら、聞いてなかったわ……霊夢は少々嫌な予感がした。魔理沙はウキウキ。
「よーし、こいつが土俵だ。ここはひとつ相撲をとろうじゃないか霊夢」
(うわ、そういう話だったのか……面倒ね)
地面には歪な円が描かれている、どうも土俵のつもりらしい。
既に魔理沙は土俵の中に入って戦闘準備完了。四股を踏んだり両手で頬をぴしゃぴしゃ打ったりしている。
霊夢は無視しようとして、そのままそ知らぬ顔でお茶を啜っていた。
「ああ、なんて薫り高いお茶」
「にぃ~しぃ~、きりさめにしき~」
「あら茶柱、今日はきっと良い事があるのね」
「ひがぁしぃ~、はくれいやま~」
魔理沙は塩の代わりに砂を掴んで霊夢に投げた。
「この緑茶、美味しいけどそろそろお茶っ葉が無くなりそ……ぅわっぷ!?」
「来い霊夢!! 敵前逃亡は大罪だぞ!!」
「お、お茶に砂が!? コラァァァ魔理沙ぁぁぁ!!」
「ようし良いぞ、そうだ闘志を燃やせ霊夢……はっけよーい、のこ……ブッ!?」
組み付いてきた霊夢を真正面から受け止めた魔理沙、しかし霊夢の腕力は予想外に強かった。
あっさりと上手投げで土俵の外に投げ出され、その後馬乗りになった霊夢のゲンコツが飛んでくる。
「痛い!! 霊夢、スポーツマンシップに乗っ取れよ!!」
「知るか!! 私もあんたもスポーツマンじゃないし!!」
「負けた相手に追い討ちをかけるとは汚いじゃないか!! 痛い!! 痛い!!」
「一度相撲勝負に乗ってやっただけでもありがたく思いなさい!! お茶の恨み!!」
「くそ、くそっ!! マウントポジションは酷いぞ!! うぅぅっ!!」
スポーツの秋。
二人の行った相撲は、絆を確かめ合うどころかただの喧嘩に発展してしまった、女同士では無理ということだろうか。
霊夢によるゲンコツは魔理沙がうつ伏せて泣き始めるまで続いた、博麗の巫女は手加減をしなかった。
茶葉の残りも少ないというのに、その高級茶を砂まみれにした魔理沙の罪は霊夢にとっては敵前逃亡よりも重いのだ。
紅魔館ではテニスが流行り、白玉楼では妖夢が剣道を流行らせようとしているが、相手が幽々子しか居ない上に、
幽々子は霊夢並にゆっくりと茶ばかり啜っているので、妖夢はフラストレーションが溜まっているらしい。
永遠亭ではバレーボールが大流行、ウサギ達はその健脚を生かして楽しげに汗を流しているとか。
そして地面に伏してすすり泣く魔理沙は相撲……相撲で霊夢に勝ってやろうと、そう心に決めた。
「くぅっ!! 霊夢め!!」
家に入る前に、洋服についた砂を両手で払いながら魔理沙は地面を蹴った。
あの貧弱そうなナリにあそこまでのパワーを秘めているとは、奴の辞書に敗北の二文字はないのだろうか。
霊夢の執拗な追い討ちにより全身が泥や砂で汚れてしまったので、風呂を沸かすことにした。
「うむー……」
腕や足も少しすりむいている。幸い出血などは少ない。
なんで自分が負けたのかを考えてみる。まぁ霊夢が妙にパワフルなのが最大の理由だとは思うのだが……。
「そうだ、あいつは私よりおっきいぜ」
鏡の前に立った魔理沙は、頭上に手をかざして「このぐらいかな」と思う辺りで何度かひらひらと空を切ってみる。
しかしそれだってそこまで圧倒的に霊夢の方が大きいというわけでもない。
20~30cmも離れていれば仕方ないとも思えるが、せいぜい10cm前後と言ったところだろう。
それが敗北の決定的な要因だと決め付けるのは、いささか都合が良すぎる。
風呂が沸いたので、魔理沙は汚れた服を洗濯籠に投げ入れて、身体を洗うことにした。
「ふー……しかしお茶に砂が入っただけであそこまで怒るかって話だぜ……」
湯船に浸かって一息つく魔理沙。
立ち上る湯気を見ていて、お茶に砂を入れてしまったのが事の発端だったことを思い出した。
そう「お茶」というキーワードを口にしたとき……魔理沙の表情が曇った。
(そうだ……あいつはお茶という護るべきモノがあったんじゃないか? 私がそこに土足で踏み込んだから……)
霊夢のお茶に対する執念は並々ならぬものがある、と魔理沙は思っている。
大切なお茶が理不尽な理由で無駄になるととても怒るのだ。
以前、話してる間にお茶が冷めたので縁側から捨てておかわりを要求したら、グーで殴られた記憶がある。
(最初から背負ってるものが違ったのか……)
多少話が飛躍してる感は無くもないが、まぁお茶に砂を入れられて霊夢が憤怒したのは確かだろう。
怒り狂っていたから秘めたる力を発揮できたのかもしれない、無理はあるがそう考えて考えられないこともない。
(私も大切な何かを背負っていれば……)
魔理沙の脳裏に一つの作戦が浮かんだ。
翌日も魔理沙は博麗神社を訪れた。
霊夢は掃除の手を休めて縁側でぼけっとお茶を啜っている。いつもこうだ、行動パターンの少ない奴。
とはいえ魔理沙もそこまで人のことは言えないのだが。
「あ、おはよう魔理沙」
「おう、おはよう」
霊夢は昨日のことなどまったく気にしていない様子で、魔理沙にそっけない挨拶を寄越した。
魔理沙も至って普通に答えたつもりだが、その心の中には復讐の炎が燃えている。
「ん、それ何よ魔理沙?」
「ああ、これか……これはナメコだよ、今朝採ってきた」
魔理沙の手にしている袋に霊夢は目ざとく気付いた。ぼけっとしている割にこういうときは反応が早い。
その袋に詰まっているのは、ある作戦のために魔理沙が早朝に採ってきたナメコであった。
「あらおすそ分け? 最近変わった味噌汁の具が無かったから嬉しいわ」
「まぁそんなところだ、台所借りるぜ」
「調理までしてくれるんだ? 良いわよ、どうぞー」
(今に見てろよ……こいつが私の切り札(エース)なのさ!!)
まったくわけがわからないが何か魔理沙なりの考えあってのことらしい。
未だかつてナメコを切り札と呼んだ人間がどれだけいるのだろうか、おそらく魔理沙が初めてであろう。
『エース』という言葉も、ことナメコに対して使われると、やけに間の抜けた言葉に変貌する。
相変わらず縁側でぼうっとしている霊夢、背後から魔理沙が歩いてきた。
その手にはお盆、そしてそこに載った一つのお椀は美味しそうな匂いを含んだ湯気を周囲に振りまいている。
魔理沙の接近に気付いた霊夢は目を閉じ、嬉しそうな顔でその匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。
「おう、お待たせ霊夢。ナメコ汁だぜ」
「味噌汁だけを飲むって言うのも妙だけど、お昼もそろそろだし軽めでいいか。せっかくだからいただくわ」
「その前に腹ごなしだ霊夢」
「へ?」
魔理沙の言葉、そして抱えてきたお盆にお椀が一つしか載ってないのを見て、霊夢はお椀と魔理沙を交互に見て首を傾げる。
自分の分も持ってくれば良いのに、それに腹ごなしって何のことだろう?
……そこまで考えて霊夢はハッとした。
「あんたまさか……」
「そう、相撲だ」
魔理沙はお盆を縁側に置き、またも棒切れを拾ってきて地面に円を描き始めた。
大雑把に歪んだ土俵を描き終えると、魔理沙は棒切れを投げ捨てて特殊ルールを説明し始める。
「そしてこのナメコ汁は勝者のもの……私はナメコ汁が大好きだ。霊夢、お前は私のナメコ汁への愛に勝てるか?」
「はぁ……しょうがないわね、一回だけよ?」
「この勝負に二度目なんか無いんだぜ」
「私もナメコ汁は大好きよ。悪いけどこの勝負もいただきだわ」
「はっけよーい……のこった!!」
「行くぞ霊夢!!」
霊夢は勢い良く迫ってくる魔理沙の頬にビンタを放った、張り手というよりはビンタである。
「ブッ!!」
そしてすかさず、のけぞった魔理沙にがっぷりと掴みかかる。
「えい!!」
「うわぁっ!!」
出鼻を挫かれた魔理沙はまたもあっさりと投げ飛ばされ、土俵の外へころころ転がっていった。
頬を押さえながら霊夢を見るその目にはうっすらと悔し涙が浮かんでいる。
「うぅ……いきなり張り手なんてハードすぎるじゃないか霊夢……!!」
「知らないわよそんなの、あんたは本気でこのナメコ汁を護るつもりがあったの? ずるぢゅっ!!」
「ナ、ナメコ汁ーー!?」
息一つ切らしていない霊夢は容赦なくナメコ汁を手に取り、そのままお椀を傾けて喉へ流し込んだ。
霊夢もナメコ汁が大好き……それこそが魔理沙の誤算であり、敗因だった。霊夢は誇らしげにナメコ汁を飲みつくす。
それに対して敗者たる魔理沙は何もできずに、ただうつ伏せになってすすり泣くのみだった。
「う、うぅっ! 霊夢のバカッ!! ……あれ?」
うつぶせている間に霊夢の姿が消えた。お茶でもいれに入ったのだろうか。
台所の方から戻ってくる霊夢、そして霊夢による魔理沙へのさらなる追い討ちが……。
「ふふっ……魔理沙、美味しいわよ。こんなに美味しいナメコ汁なのに、あんたの愛は偽物ね」
「……っ!?」
「随分料理が上手じゃない……ずるぢゅっ!!」
霊夢はなんと台所からナベごと持ってきて、おたまをスプーン代わりにナメコ汁を飲み始めた。
その表情は実に邪悪で、とても巫女である霊夢が浮かべて良いものではない。
「ひ、酷いじゃないか霊夢!! ナメコ汁好きな私の前でそこまでするなんて!!」
「言ったはずよ、私もナメコ汁が大好きだって……ずぢゅっ」
「ちくしょぉぉぉ!! うぁぁぁぁん!!」
泣き喚く魔理沙。そしてそれを見下ろし、立ったままナメコ汁を啜る霊夢。
我慢できなくなった魔理沙は、そっぽを向く霊夢の背中を両拳でぽかぽかと叩く。
「私にも一口飲ませろよお!!」
「ふぅ、おいし……ずるっ……ゴフッ!?」
「!?」
「ゴフゴフッ!! ゴフッ!!」
魔理沙のぽかぽかのせいで霊夢の気管にナメコが突入、霊夢は顔を真っ赤にしてむせ始めた。噛み砕かずに飲み込むのが悪い。
仕方が無いので魔理沙は優しく背中をさすってやった、仲が良いのか悪いのかよくわからない。
魔理沙の懸命な介抱もあり、程なくして霊夢の呼吸は整った。
しかしそんなに大きいナベではなかったものの、霊夢は見事にそのナメコ汁を平らげてしまった。
「ゴフゴフ……ひ、ひぃ……当分ナメコ汁は要らないな……」
「だ、大丈夫か霊夢……」
「ええ、大丈夫……とにかく私の勝ちね!!」
「くそぉっ!!」
仲良さげなのも束の間、霊夢に見下された魔理沙は悔しそうに箒にまたがり、即座に博麗神社を去った。
そして悔しそうに蛇行しながら飛び去る魔理沙を見上げながら、霊夢は吐き捨てるように呟く。
「ふん、これで懲りたでしょう……相撲なんてしたくないのよ」
魔理沙が見えなくなると、霊夢はまたお茶をいれに神社の中へと入っていった。
これで懲りてくれればいいのだけど……でもあと一回は来るわね。それはたぶん、博麗の勘。
パキュッ!! カッ! カッ! カコッ!!
八雲邸にも妙な音が響いていた。
既に紫は起きていたが、居間のこたつに肩まで入ってまどろんでいる。
断続的に響き渡るその不愉快な音、紫の眉間にはしわが寄っていた。
「んもぉー、うるさいわねぇ……私がご飯食べた後ぐらいゆっくりしなさいよぉーっ!」
藍の返事は無い。紫はごろんとうつぶせになり、更にこたつに潜り込んだ。
もぞもぞと中で蠢き、顔だけが出ている状態に変形する。そして目を閉じ、悔しそうに言う。
「あんなの持ってきてあげるんじゃなかったわ……」
しかし日中家にばかりいる藍もストレスが溜まっているのだろう……一応動物の妖怪だし運動が好きなのかもしれない。
紫が持ってきてやったというのは卓球道具一式。
紅魔館や永遠亭のように大組織でもないので、温かい室内、少人数でできるスポーツを用意してやった。
良かれと思ってやったことが、紫の悩みの種になってしまうとは皮肉なものだが。
数日前のことだ。
紫が朝方白玉楼へ遊びに行ったところ、今が秋ということでスポーツ真っ盛りらしいではないか。
幽々子が言うには、
「ああ、うち? うちは何もやってないわよ」
遠くで面だけをかぶった妖夢が竹刀を持って幽々子を見つめていたが、幽々子は見て見ぬふりをしてそう答えた。
幽々子の側には叩き折られた竹刀があったのだが、あれはどういう経緯でああなったものなのか。なんとなく予想はつく。
そこで藍と橙を連れてあちこち見学に行ったのだが、まさに幽々子の言うとおり幻想郷はスポーツ三昧。
紅魔館へ行けばテニスウェアに身を包んだ咲夜と美鈴が凄まじいラリー戦。
近頃の咲夜はそのために仕事を早く片付けている程らしい。
しかも門の前でテニスをしている辺り職務を忘れていない。いつ敵が来ても良いようにしているそうだ。
(そういう問題かしら……)
と紫は思わないでもなかったが、どうせ大した敵など来ないだろうし良いのかもしれない。
夜になればレミリアも参加するらしいので、同じ楽しみを知る者としてあまり固いことも言えないそうだ。
パチュリーは何人かのメイドを連れてゲートボールをしているらしい。
あの出不精までがスポーツに興じるとは奇跡的である。
スタミナの関係上運動量が多いものは無理なようだが、読書をそっちのけにしているぐらいなので結構楽しんでいるようだ。
永遠亭に行ったら鈴仙とてゐがそれぞれのチームを率いてバレーボールをしていた。
ポールに見立てた竹にネットを設置してぴょんぴょんと実に楽しげだった。
永琳は出てこないが輝夜はたまに参加するらしい。鈴仙曰く。
「でもうちの姫、すぐ骨折するのよ」
あまり混ざってほしくはなさそうだった。
最近は妹紅が来てもバレーボールで対決したりするらしい。
妹紅側の足りない人数は永遠亭のウサギで賄うそうだ、あまりフェアではなさそうだが。
「あら素敵じゃない、殺し合いよりずっと爽やかだと思うの」
「でも負けた方が切腹しなきゃいけないってルールなのよね」
結局そんなことか、と紫は呆れて溜息を吐いた。
どうも蓬莱人はマゾヒスティックな一面があるような気がする。
それらを見た橙が駄々をこねた。便乗して藍もさりげなく駄々をこねた。
「うちでもなんかやりたいー!!」
「紫様……橙は伸び盛りの育ち盛り、いろいろなものに興味があるのです。一つ考えてはもらえないものでしょうか!?」
落ち着き無く尻尾を右往左往させている藍の目も妖しく輝いていた。息も荒い。
こんな形で式神をダシにするとは、随分小賢しくなったものだと紫は思う。
紫は「特に断る理由も無かろう」ということで、自分がやるにしてもそこまでしんどくないスポーツと思って卓球を選択。
そしてスキマに潜ってどこかから卓球道具一式をかっぱらってきたのだが……。
予想通り橙以上に藍が熱を上げ、深夜までやるのでやかましいことこの上ない。
もう橙は寝ている時間……藍が相手にしているのはもっぱら伊吹萃香であった。
たまに紫も相手するのだが、自分で選んでおいてやはり面倒くさい。能力使用無しがルールなので藍が嫌に強いし。
鬼は勝負事が大好きなこともあって、藍と共にいつまでも打ち続けている。
「はっ!! せいっ!!」
「お、おっとと……うーん、やるなぁ~」
ドタドタという足音、ピンポン球のラリーの音、藍や萃香の掛け声……うるさくてまどろんでも居られない。
こたつからのっそりと這い出した紫は、萃香の瓢箪から湯飲み茶碗に酒を注ぎ、みかんを食べながらちびちびとやり始めた。
「ぁー……日本酒とみかんはやっぱり合わないわ……ラァーン!! 何かおつまみを作って頂戴!!」
返事は無い、夢中なのだろう……さりとて呼びに行くのも億劫。
仕方が無いので紫はみかんを肴に飲み続けることにした。
「橙はよく寝ていられるわね……こんなにうるさいのに」
もうすぐ冬眠の時期だからか、紫は近頃だるくて仕方がない。起きている時間が徐々に短くなってきている。
橙の部屋は卓球専用部屋と結構離れたところなので、さほど気にならないものなのかもしれない。
「……ん?」
ご挨拶程度に引いてある結界を何者かが突破してくるのを感じた。
こちらの方角に向かっているということは、ただの通りすがりというわけではないだろう。
「……まぁいいか、暇だし眠れないし。暇つぶしに最適な誰かが来てくれると良いのだけど」
霊夢かしら、幽々子かしら……などと、ぼやけた頭で考えるでもなく考えていた。
みかんをつまみ、酒を飲みながら待っていると、程なくして玄関の戸が開かれる音がした。
「紫ー、邪魔するぜー」
愛用の箒を玄関に立てかけて、チャーミングな金髪をふわふわと揺らしながら。
「あらあらいらっしゃい、どうしたの?」
「おう紫、ちょっと頼みがあってな?」
「頼み……なにかしら?」
訪問者は魔理沙だった、暇つぶしにはなるかもしれないが……暇つぶしでは済まない気もした。
しかしこれと言って何か争いに来た様子でも無い、手には何か包みを持っている。お土産か何かだろうか。
こたつに手招きすると、魔理沙はひとつ頷いてこたつの中へ入った。
この冷たい秋の夜空、風を切って飛んでくるのは楽ではなかっただろう、魔理沙はこたつに入って背を丸める。
紫はそんな魔理沙の目の前に客用の湯飲みを差し出し、瓢箪から酒を注いだ。
「さ、どうぞ」
「悪いな、それにしても藍はどうしたんだ? あいつが真っ先に出てこないなんて珍しい」
「それよ~、困っているの」
自分の湯飲みに入っていた酒を自棄気味に呷ってから、紫は大きく溜息をつく。
「ねぇ、魔理沙ぁ~」
「ん?」
「何かおつまみ作ってぇ~」
ずるずると溶けるようにこたつの上に粘りついた紫は、鼻に掛かった甘ったるい声で魔理沙に哀願する。
あまり期待はできないが、今こき使えるのは目の前の魔理沙ぐらいしかいなさそうだ。
断られるだろうと思いつつも、紫は上目遣いで対面に座る魔理沙を覗き込んだ。
「ああ丁度良いや。土産持ってきたんだよ、食おうぜ」
「えっ?」
「な、なんだよ……そんなに驚かなくても良いじゃないか」
「なになに?」
魔理沙が先ほどの包みを開くと……目よりも先に鼻が反応し、それが何ものであるかを脳に伝えた。
この素晴らしい風味……気高く風流、まさに高級感漂う……言うなればキノコの世界の八雲紫。
これから待っているであろう確かな喜びに、紫の目がキラキラと輝く。
「……マツタケね!?」
「おう、網焼きにでもして食うとするか。さぞ日本酒に合うだろうぜ」
包みの中にはまだかさの開ききらぬ、それにしても大きくて立派なマツタケが数本入っていた。
何故魔理沙はこんなものを……あまりに気前の良い魔理沙に対して紫は少し警戒してしまう。
「どうしたの、こんな……何を企んでいるの?」
「大袈裟だなぁ。確かに高級に見えるかもしれんが……私はマツタケ探しも得意だからそこまで珍しいとは思わんぜ」
「そうなの?」
「見つけづらいだけで結構あちこちにあるもんだ。少し慣れれば大量に採れるよ、遠慮するなって」
「ごめんなさい、私は貴女を誤解していたようだわ……」
自然いっぱいの幻想郷においては、こちらの世界に比較してそこまで珍しくもないらしい。
魔理沙は自分の湯飲みを持ったまま台所の方へ歩き、酒を飲みながらマツタケの調理を始めた。
「ああ、匂いだけでお酒がいけてしまうわ……」
憂鬱で仕方なかった今の気持ちを、まさか魔理沙がこんなにも幸せな気持ちに変えてくれるとは……。
卓球にくびったけでロクに相手をしてくれない藍よりも、今はこの魔理沙がいとおしい。
今夜の酒は涙の味。それも喜びの涙だ。
「おーい紫ー、キノコだけじゃ寂しいから、適当になんか料理して良いかー?」
居間の隣にある台所の方から魔理沙の声が聞こえる、その言葉は紫の心を芯から痺れさせた。
「魔理沙!! 貴女が欲しいわ!!」
「え? なに?」
「あ、ごめんなさい興奮しすぎたの……あるものは好きに使っていいわー」
「おーう」
紫の前に並べられたのは宣言通りに炭火で網焼きしたマツタケ。そして普段から藍が漬けている漬物や刺身など。
簡単なものが多かったのでそこまで時間はかからなかった。
それでも紫は目を輝かせ、よだれを垂らしながらそれらを眺めていた。
「貴女がこんなに甲斐甲斐しかったなんて……」
「あー? なんだよ失礼な奴だな……酒飲むときぐらい良いもの食べたいじゃないか、お前は作らないだろうし」
「それじゃあ美味しいうちにいただくわ……あぁ、良い香り」
「まぁいただいてくれ」
紫は寝起きに一食済ませていたのでそこまで空腹なわけではないが、分量や質的に丁度良い。
刺身も日本酒に合うし、なによりみかんをつまみにするのとは比較にならなかった。
「美味しいわぁ……ああ、そういえば魔理沙、何の用なの?」
「おおそうだった、忘れるところだったぜ」
魔理沙は咀嚼しながら箸を置き、こたつの中に手を突っ込んで話し始めた。
「お前萃香と知り合いだよな」
「うん? 萃香がどうかしたの?」
「いやちょっとな、あいつに会わせてほしいんだよ、普段どこにいるのかよくわからないし」
「私なら会わせてあげられる、と思ったわけね」
「そうだ、別にそんな難しいことでもないんだろ?」
「ええ、ものすごく簡単なことだわ……今もあっちの部屋に居るし」
「え? ほんとか?」
魔理沙も先ほどから不審に思っていた妙な音のする方角、紫がそちらを指差す。
藍もいないことを考えると萃香と二人、向こうの部屋で何か作業でもしているのだろうか。
それならば様子を見に行って、できるだけ早く用事を済ませてしまおうと、魔理沙は腰を上げる。
「あーあー、すぐ帰ったりはしないと思うわ……というより、ほとぼりが冷めるまでほっといた方が良いわよ」
「どういうことだ?」
特に急ぐ必要もないらしい。拍子抜けした魔理沙は一口酒を飲み、再び箸を手にして料理をつまみ始めた。
紫は大分満足した様子でほんのりと赤くなっていたが、はぁ、と溜息をついて事情を語り出す。
「うちで卓球が流行ってしまったのよ……」
「ほー、卓球か」
「紅魔館ではテニスが流行っているし、永遠亭ではバレーボールが流行っているし」
「まさにスポーツの秋だな」
「そうなのよねぇ、せがまれて卓球道具を調達したのは良いものの……藍も橙も夢中で、萃香まで入り浸ってるの」
「なるほど、それで藍が出てこなかったってわけだな……この音も言われてみれば卓球か」
紫は悶々とした面持ちで湯飲みに酒を注ぎ、それを一気に呷って管を巻き始める。
あの紫がここまで思い悩んでいるのも珍しい、魔理沙は少し心配して紫の顔を覗き込む。
「おいおい紫、ペースが早すぎやしないか」
「飲まなきゃやっていられないわ……藍ったら、最低限の仕事はこなすけどそれ以外は卓球三昧なのよ?」
「そんなに不満なら注意すればいいじゃないか」
「何度もしたわよ……最初は聞いていたけど、最近はものすごく反抗的な目をするの……あれは野性の目よ!!」
紫は涙目になって湯飲みをこたつに叩きつけた。案外泣き上戸の方なのだろうか。
それまではなんでも言うことを聞いた藍。
道具程度にしか見てなかったとしても、突然言うことを聞かなくなると悲しいらしい。
それにしても、卓球で野性を取り戻すとはなんだか奇妙な話である。
酔っ払って完全に目の座った紫が何かを思いつき、物欲しげな目で魔理沙を眺め始めた。
とろんとしたその目は媚に満ち満ちている。
「……うちの式神にならない?」
「おう、それは断固拒否する」
酔いつぶれて寝てしまった紫を尻目に、魔理沙は卓球部屋を覗いてみることにした。
卓球部屋に近づくにつれて音が大きくなり、側まで来ると息遣いまでが聞こえてきた。
「うへぇ、どれだけ長い時間打ってるんだろ……おーい、藍……?」
思わず忍び足になって部屋を覗いてしまう、後ろめたいことは何一つ無いはずなのだが……。
中を見ると、汗だくになった藍と萃香がまるで弾幕戦でもやっているかのように凄まじいラリーをしていた。
「これでケリをつける、ってぇい!!」
「なんのぉっ!! 鬼の反射神経を甘く見ないでよ!!」
「そうこなくては!!」
「えぇいっ!!」
スマッシュしか打ち合っていない、魔理沙はそれを見て「これ卓球じゃないだろ」と思った。
魔理沙もそこまで卓球に詳しいわけではないが、もっと緩急をつけたり回転をかけたりと、技巧を凝らすものだと思う。
元々軽装な萃香はそのままの格好だったが、藍はあの服では暑苦しいらしくほぼ下着姿に等しかった。
「うわぁ……」
なるほどこれでは説得のしようもなかろう、確かに藍の目はギラギラと妖怪らしく輝いている。
卓球台の脇には潰れたピンポン球が山のように積み重なっていた、スマッシュばかり打っているからだろうか。
「はっ!!」
「あっ!? ぅぅー……負けたぁ」
「ふぅっ! 今回は私の勝ちね!」
「くやしぃ~!」
(おっ……行くなら今しか無いぜ)
ほっといたらもう一戦始める……そう思った魔理沙は素早く部屋の中に飛び込んだ。
汗を拭く二人の表情はさっきとはうって変わって穏やかで爽やか、きょとんと目を丸くして魔理沙を見つめている。
「あら、魔理沙……どうしたの?」
「あんたもやる?」
「あ、いやそういうわけじゃない……ちょっと萃香に用があるんだ」
「ん? 私?」
藍がヤカンから水を注いだコップを受け取りながら、萃香は自分を指差して不思議そうな表情を浮かべる。
藍の方も今日はもう満足したらしく、卓球台やその他の道具を片付け始めた。
「何の用?」
「相撲得意じゃないかお前?」
「相撲? まぁ昔はよくやったけど」
しめた、魔理沙は心の中でガッツポーズをした。鬼だか河童だか忘れたが、相撲好きな妖怪は結構多いと聞く。
鬼全体に言える事なのかどうなのかはよくわからないが、単純な力比べとして相撲は最適な競技だ。
長いこと鬼をやってる萃香なら詳しいんじゃないかと思ったが、予想は当たってくれたらしい。
とりあえず今日は遅いし、明日から相撲の練習相手になってもらいたいと申し出たところ、萃香は快諾した。
練習とはいえ本気でかかってきそうな気もするのだが、それならそれで良い経験になるだろう。
いずれにせよ萃香は、打倒霊夢のための力になってくれるはずだ。
しかし霊夢を倒すのが目的であることは伝えていない、そこら辺は魔理沙の意地だった。
翌日も魔理沙が八雲邸を訪れると、萃香はきちんと先に来て待っていた。
昼間は橙が起きているので藍と卓球をしているのだが、藍が強すぎてまったく話になっていなかった。
萃香はそんな橙を横で応援しながら、魔理沙の到来を待っていたらしい。
「よう萃香」
「あ、魔理沙、やろやろ」
「お、おう」
怒ってもいないし、それほど待ちくたびれているようには見えなかったが、内心はそうでもなかったらしい。
萃香に手を引かれて庭に行くと、すでに土俵が描いてあった。
魔理沙を土俵へ案内すると、萃香は勢い良く家の中に戻り、何かの衣服を小脇に抱えて戻ってきた。
「はい魔理沙、これつけて」
「ん?」
「マワシだよ」
「……マワシは危険すぎるだろう、いろいろと」
「いや、だからこれもあるよ、ほら」
「む、これは……」
少し黄ばんだ長い布、つまりマワシ。そして萃香に渡されたもう一つの衣服……スパッツだった。
「紫の家ってなんでもあって便利だよねー」
「なんだか馴染みのない質感だぜ……これの上にマワシを締めれば良いんだな?」
「うん、まぁ昔は普通にマワシ締めたりしてたけど」
「なっ!?」
流石は鬼、大胆である。魔理沙はこの時点で意気込みからして違うことを感じた。
わなわなと身震いする魔理沙を横目に萃香はスイスイとスパッツを装着し、スカートを脱ぎ捨ててマワシを締め始めた。
正直言って魔理沙はマワシなんか締めたくなかったが、マワシをサックリと装着した萃香を見ると……。
(これはこれで悪くないのかもしれないな……)
とも思う。なんとも萃香はこざっぱりとしてスポーティな可愛らしさがあった。いやらしさなどカケラもない。
呆然と眺めている魔理沙に気付いた萃香は、まだマワシを締めていない魔理沙に痺れを切らす。
「もー、締め方わかんないの? こうやんのよ」
「あ、待てっ……おいっ!」
自分が萃香のように可愛らしくなるとも限らない、スパッツだけをはいておろおろしている魔理沙。
萃香は、強引に魔理沙のスカートを引きずり下ろしてマワシを締め始めた。
「はい、終わり」
「……似合ってるか?」
「そんなこと気にしてたの? 良いじゃん別に、変じゃないけど?」
「そ、そうか……」
魔理沙は妙な気分だった。マワシを締めただけだというのにこの妙な感情……。
男装したときなどはきっとこんな気持ちなのだろうなと、男装をしたこともないのにそう思った。
「よーっし、それじゃ始めよーっ!」
「おう、一つ頼むぜ」
ついに両者土俵入り、腰を落として身構える。
「はっけよ~い……のこった!」
「よし、行くぜ萃香……ひっ!? ぐあぁーっ!!」
開始直後、光のような速さで迫ってきた萃香の強烈なぶちかましを食らい、魔理沙は土俵の外へ吹っ飛んだ。
鬼の石頭がそれだけの速度でヤワな人間、魔理沙の額に直撃してしまったのだから無事に済むはずはない。
「ぎっ、ぎぎぎぎっ!?」
「魔理沙!?」
額を押さえ、頭を軸にして円を描くようにグルグルともがく魔理沙。ネズミ花火のようだ。
ある程度予想はしていたが、萃香がここまで手加減知らずだとは思わなかった。
まるで巨大なハンマーで頭をカチ割られるような衝撃に、魔理沙は声にならぬ声を漏らしながら苦しんでいる。
「ぎぎっ、お、おまっ……ぎぎぎ……ちょっとは手加減しろぉっ!!」
「ご、ごめんー」
とりあえずここまでで一つわかったことは、萃香が霊夢とは比較にならないほど圧倒的に強いということ。
種族の違いもさることながら、マワシの締め方まで完璧な辺り、その経験値も十分なものであろう。
その後の萃香は加減してくれるようになった。
魔理沙の額に膨らむ巨大なタンコブを見て、やりすぎたと思ったのだろう。
萃香自身も力任せに戦う方だったが、技を知らないというわけではなく、わざと魔理沙に組み付かせて指導したりした。
鬼と人間の少女では力比べになるはずもないので、技を教えるときは甘んじてそれを受け、投げる感覚を覚えさせた。
萃香は勝負に真剣になれる者が好き。教える立場はもどかしいが、必死な魔理沙の姿勢が萃香を大いに喜ばせた。
「はぁ……はぁ……」
「おつかれさま、今日はここまでにしよー」
「そ、そうだな……」
地面に座り込んで息を切らす魔理沙とは対照的に、身体は汚れているものの、萃香はまったく疲れた様子が無い。
怪力だけでなくスタミナも人間の常識では測れるものではないようだ……卓球で萃香をあれほど疲れさせた藍も化け物染みている。
萃香と一緒に風呂を借りた後、魔理沙はこたつで眠りこけていたのだが、
萃香は今度は卓球に混ざったらしい。まったく底なしの体力である。
結局魔理沙はそのまま起きることができず、いつの間にか藍の部屋に運ばれ一緒の布団で寝ていた。
ちなみに入浴後の服は橙のものを借りた。
いくらか小さかったが、藍のは大きい上にあの構造なので動きづらいことこの上ないからだ。
夜型の紫は一人寂しく、こたつでめそめそと酒を呷る。
「うちはいつから合宿場になったのかしら……」
今宵の酒は悲しみの涙の味だった。
「魔理沙起きろー、朝だよー」
「う、うーん……」
魔理沙は息苦しさで目を覚ます。魔理沙の上には萃香が馬乗りになってゆさゆさと身体を揺すっていた。
「ん? あぁ……泊まっちゃったのか」
「ほら、朝ご飯食べる前に練習するよ」
「うへぇ……」
萃香との相撲は勝負にならないし、霊夢が目標であることは伝えていない。
それにも関わらず萃香は随分熱心だった、いずれ対等にやりあえるようにでもしようとしているのだろうか。
萃香の気は知れないが、教えてもらってる以上邪険にも扱えない、魔理沙はしぶしぶ身を起こした。
すると、滅多に感じることのない不思議な痛みが全身を襲う。
「むぁぁっ!?」
「ん、どうしたの?」
「き、筋肉痛が……」
それは筋肉痛だった。
運動をあれだけ真剣にやったのは久々のことだった。特に相撲なんて数日前から始めたこと。
普段あまり使われない筋肉が酷使され、全身のあちこちが筋肉痛になってしまった。
「あーそっかー、まぁ動いてるうちにほぐれてくるよ、気にしない気にしない」
「うぐぐ……」
萃香に手を引かれて表へ出る、井戸水で顔を洗ってから軽く口をゆすいだ。
秋晴れは雲一つ無い日も多くとても気分が良い、肌寒い風もこれから運動しているうちに心地良くなることだろう。
「んじゃ準備体操兼ねて柔軟体操しよ、筋肉痛もいくらか楽になるよ」
「おう」
「いっちにーさーんしー」
「いててて……」
朝食前ということであまり無茶をしない簡単な体操が多かった。萃香もそれなりに考えているらしい。
寂しがりだからか人懐っこいからかわからないが、意外と面倒見が良いようだ。
それらを軽くこなしていると、割烹着に身を包んだ藍が縁側から二人を呼びにきた。
「おーいお前達! 朝食ができたよ、食べるでしょう?」
「やったー」
「おう、いただくぜ」
確かに紫の言うとおり最低限のことはしている藍だった。朝食後は掃除などもしていたし。
たまに目覚めた趣味ぐらいやらせてやっても良いじゃないか、と魔理沙は藍に寝返るのだった。
朝食後魔理沙は一旦家に帰り、服やらなんやらお泊りセットを持って再び八雲邸に。
本気で泊り込みの修行をする気になったらしい。
魔理沙と萃香の相撲特訓の日々はこのように緩やかに過ぎて行った。
だがそんなある日……。
「永遠亭のバレーボールに混ざってくるねー」
「待てよ……いきなりだな」
なんだかんだで萃香が相撲に飽きたとき、魔理沙の修行は終了した。
教えるだけというのはやはり結構面倒だったのだろう。気分の移り変わりが速い。
「どうしてもやりたかったら紫でも誘えばいいじゃん」
「いい加減すぎるぜ……」
卓球ですら嫌がる紫が、泥まみれになる相撲をやりたがるはずがない。
腕組みをして考え込む萃香。何かしら言い訳を模索しているらしい。
そしてふと思いついたように目を見開いて悲しげな表情になり、か細い声で呟く。
「私が教えられることはもうないんだ……」
「突然しんみりされてもな……嘘くさ……」
釈然としない表情で佇む魔理沙を尻目に、萃香は霧散して去って行ってしまった。
おそらくは本当に永遠亭のバレーボールに混ざりにいくのだろう。
「まぁ、もう勝てるだろうけど……」
誰かに協力を願い出て修行することは滅多にない魔理沙だったが、相撲のことなど全く知らなかったし、
かといって本を読んだりして上達するものでもない、やはりぶつかる相手が必要だったので萃香に協力してもらった。
弾幕戦や何かと違って一時的な流行でしかないので、それほどムキになっているというものでもなく。
やる以上は負けたくないがやはり本業は魔法使い、そこまでこだわってはいなかったのだろう。
人知れずの努力が信条だが、霊夢とのことも伝えてないし、取り立てて問題にするほどのことではなかった。
「今日一日予定が空いちゃったな。まぁいいや、このまま霊夢と決着をつけに行こう」
普段通りに相撲の練習をしようと思っていたら萃香が飽きていた。まだ朝である。
朝食は博麗神社でたかるとしよう。一週間近く八雲邸に篭りきりだったので、久しぶりに霊夢の顔も見たい。
早々に身支度を整えると、魔理沙は箒にまたがって空へと飛び上がった。
博麗神社に到着すると、いつも縁側にいる霊夢はまだ外には出ていなかった。
静かな博麗神社の周りはまだ掃除もされておらず、木の葉が秋風に乗って舞い上がっている。
「今は朝食を食べてるはずだな」
霊夢は規則正しい。そして魔理沙はその生活リズムを熟知していた。
きっと今頃は一人ちゃぶ台の前に座り、優雅に朝食を摂っている頃だろう。
魔理沙は神社の前に降り立つと、勝手に上がりこんで居間へと向かった。
「おはよう霊夢」
「……今日はまた随分早いわね、まぁ、おはよう」
霊夢の前のちゃぶ台には白米に味噌汁に漬物、実に質素な朝食だった。
魔理沙は以前置いていったMY茶碗とお椀を食器棚から取ってきて、それぞれに白米と味噌汁をよそって居間へと戻る。
勝手に朝食を食べ始めた魔理沙を気にかけない霊夢の方も、こんな日常に馴染んでしまっていた。
「ちょっと前にレミリア達が来たのよ」
「うん? うわ、この漬物しょっぱいな」
「テニスやろうとか言って、テニスウェアを置いていったわ」
「ふーん、霊夢もやるのか?」
「興味無いわ」
「そうか、私からも渡すものがある」
「何よ?」
一足先に朝食を摂り終えて、ゆったりとくつろいでいる霊夢の目の前にスパッツとマワシを置いた。
霊夢はさして驚いた様子もなく、それを広げてじろじろと眺めていた。
そして全てを理解した霊夢は、眉をひそめて気だるそうに呟く。
「やっぱりまだ諦めてなかったのね……今日は相撲なんてやらないわよ、私は」
「絆を確かめ合おうじゃないか霊夢」
「別に良いわよそんなの」
「ちっ……まぁいいや、ごちそうさま。お茶」
「はいはい……」
自分も飲むつもりだったので霊夢は文句も言わずに台所へと消えていった。
なんとかして霊夢を土俵に上げなければいけない……魔理沙は身を横たえながら必死に策を練る。
しかし考えをまとめる間も無く霊夢はすぐに戻ってきてしまい、身を起こした魔理沙は湯飲みを受け取って一口啜った。
そうか、お茶か……魔理沙の頭に邪悪な作戦が浮かんだ。
「おい、霊夢」
「何よ」
「誰がこんな安物を持ってこいと言った?」
「安物じゃないわよこれ、結構良いやつよ」
「じゃあなんだ、お茶がまずくなる術とかかけたろ」
「そんなくだらない術使えないわよ、ごちゃごちゃ言わないで飲みなさい」
魔理沙は、そのお茶を飲んで美味しいと思ったのだ。しかしあえてそう言った。
これは霊夢に相撲勝負をさせるための布石だった。
魔理沙は湯飲みを片手に立ち上がり、こぼさない程度の速さで縁側へと駆け出す。
霊夢はそんな魔理沙を呆れたような表情で眺めていたが、直後の魔理沙の行動で表情が凍りついた。
「霊夢! このお茶の命が惜しくばそこにあるスパッツとマワシを装着して来い!!」
魔理沙は湯飲みを持った手を縁側から外へ突き出し、それを傾けている。
ぽたり、とお茶が一滴地面へと染み込んだ。言うことをきかなければこのお茶を捨てるという魔理沙の威嚇だった。
「バカなことはやめなさい!!」
「さあ早くするんだ霊夢!! 私は本当にやるぜ!?」
「……卑怯者……!」
愛するお茶を人質にとられ、霊夢はしぶしぶとスパッツを身に付けたが、マワシの締め方はわからないらしい。
広げたマワシを手にしたままおろおろするばかり、スカートもまだ脱ぎ捨ててはいない。
「よおーし良い子だ霊夢、へへ……マワシの締め方は教えてやるからこっちへ来い、おっとお払い棒はそこに置くんだ」
「くっ……堕ちたわね、魔理沙……」
腰に刺していたお払い棒を床に置き、マワシを持った霊夢が悔しそうに魔理沙の方へと歩み寄る。
そして魔理沙の横に来ると同時に、スカートをゆっくり下ろした。
初めて着る衣服に霊夢は少し頬を赤らめ、憎々しげに魔理沙を睨みつけている。
「私のスカートも脱がせろ、マワシは締めてきた……だが少しでも不審な動きをしたら、このお茶の命は無いぜ」
「わかったわよもう、しつこいわね……」
お茶を人質にとる魔理沙、そしてスパッツをはいた霊夢が魔理沙のスカートを脱がせる。
レミリア達にこんなところを見られたらどう思われるかしら、いや、それよりも天狗に激写されたら終わりだわ……。
霊夢はそんなことを思いつつ、仕方無しに魔理沙のスカートを下ろした。
実際のところ、無気力な霊夢を文字通り「土俵に立たせる」ことがまず一番の問題でもあった。
とりあえず魔理沙のもくろみは功を奏し、霊夢を戦う気にさせることができたようだ。
「終わったわよ……で、次は?」
「マワシの締め方は指示するから自分で締めるんだ、私は湯飲みから手が離せない」
「はいはい……」
口頭で説明するのではうまくはいかないものだ。それでもなんとかマワシを締め終えた霊夢の顔は真っ赤だった。
魔理沙はその表情を見ただけで勝ち誇った気分を覚えないでもなかったが、やはり相撲で勝たなければ。
少し目の潤んだ霊夢からは視線を逸らさず、魔理沙は湯飲みを手に、靴下のまま縁側から外へと出て行った。
「早くそのお茶飲んじゃいなさいよ! もったいないでしょ!」
「お前を土俵に上げるまでそれはできないな、ほら早くこっちへ来い! このお茶がどうなってもいいのか!?」
「むぅぅぅぅ……」
片手で棒切れを拾って、土俵を描き始める魔理沙。しかし霊夢から目を離せないので土俵は歪んでいた。
霊夢は今にも飛び掛ってきそうな目で魔理沙を睨みつけている。そして霊夢はゆっくりと土俵の中に入った。
「これで文句無いんでしょ……早く、そのお茶飲みなさいよ」
「よし……いいだろう」
魔理沙は邪悪な笑みを浮かべたままそっと湯飲みに口をつけた。
しかしお茶がほんの少し唇に触れた瞬間……。
「うわ、冷めてる!!」
バシャッ。
魔理沙はびっくりして湯飲みを落とした、わざとではなかった。
お茶をぶちまけた後、湯飲みは割れることなくころころと土俵の中を転がり、少しして静止した。
青ざめた魔理沙がおそるおそる霊夢の顔に視線を移すと、霊夢の紅潮は恥ずかしさによるものから怒りのものへと変化、
そして両拳を硬く握り締めて、怒りのあまりに身を震わせていた。
「魔理沙ぁぁぁぁぁ!!」
「ち、違う!! 飲むつもりではいたんだ!!」
次の瞬間目に映ったのは霊夢の拳だった。魔理沙はそれ以上のことは覚えていない。
気付いたら寒空の下に放置されていた。風邪をひくかもしれないというのに、それほど霊夢を怒らせてしまったらしい。
結局相撲の修行も、スパッツをはいてマワシを締めたことも、何の意味もなかった。
そして八雲邸でも最終決戦が今まさに始まらんとしているところだった。
「藍……私がこの勝負に勝ったら、金輪際卓球をやらせないわ」
卓球台を挟んで二人……紫も藍も、卓球のユニフォームに身を包んでいた。これも紫がかっぱらってきたものである。
思い切りの良すぎる紫の宣言、その表情は極めて真剣である。それほどまでに卓球が嫌なのだろう。
対する藍はそんな主の表情に気圧される事もなく、野性むき出しの目で不遜にも紫を睨みつけている。
「よろしい、約束いたします……しかし紫様、私が勝った暁には……」
「なんでもおっしゃい、私が藍に負けるはずなんてないもの」
「言いましたね? 私が勝った暁には……」
藍は紫を鼻で笑う。主に対する忠誠心を失ったというわけではないようだが、卓球で負けるとは思っていないのだ。
紫もそんな藍の態度を不快には思わなかったが、あまりに自信に満ち溢れているので一縷の不安が拭いきれない。
何を言われるのだろうか、八雲式卓球部の存続か、もしくは卓球への積極的な参加か……。
紫の目が藍の口元に釘付けになる、次に出てくる言葉は一体なんだろうか。
「一週間、紫様は私の式神になっていただきます」
「……式神というか女中ってことでしょう? 家事をやれと?」
「まぁそういうことですが、こちらが重要です」
「なっ……それを着けろというの!?」
「はい、着けて頂きます。藍は猫が好きでありますゆえ」
藍が得意気に取り出したのは猫耳の付いたヘアバンドと、付け尻尾だった。
「ふ、ふふ……良い趣味をしているじゃないの、藍……毛の色まで私に合わせてあるなんて、芸が細かいわ」
藍は黙っていたがそれもそのはず、それは藍が掃除中に紫の抜け毛を集めて密かに製作したものだった。
黙して語らず、相変わらず藍は不敵な表情で紫を睨んでいる。かたや紫の額には脂汗が滲み始めた。
家事をする程度のことはまだ良い。だがあんなみっともないものを装着して一週間も生活するなんてまっぴら御免だ。
幽々子にでも見られたら大変な恥……意地でも負けるわけにはいかない。
そしてその後、無言のままに二人ともラケットを手に取り、試合は開始された。
勝負の結果……紫はあっさりとスコンク負けを喫した。
連日連夜萃香と打ち続けていた藍の実力は既に世界を狙えるものになっていたのだ。
まるで弄ぶように左右にスマッシュを打ち続ける藍に、紫はまったくついていくことができなかった。
あまりにあっけない幕切れに、叩きのめした本人である藍の方が戸惑ってしまう。
「……もう一勝負やりましょうか? 紫様、手加減をなさったのでは?」
「もう疲れました~……」
床に大の字に寝転がって息を切らす紫は汗だくで、なによりもそれが本気だった証明となった。
一方の藍は汗どころか息すら切らしておらず、傍らに置いてあった猫耳と猫尻尾を手にとって紫に歩み寄る。
そして戸惑いを振り切って、嬉しそうに一言。
「では今日から紫様は猫女中です、これを着けてもらいますよ」
「はい……」
こうして八雲式卓球部は存続。紫は一週間藍の式神、もとい女中として働く羽目になった。
藍は紫に対して特に文句も言わなかったし、必要以上にこき使うことはなかった。
それでも紫にとって今まで藍にやらせてきた生活は楽なことではなく、加えて付け耳と尻尾がかなり嫌だった。
その後卓球がどうなったかというと、橙が卓球に飽きてどこかに行ってしまったため八雲式卓球部は藍のみとなって廃部。
とはいえ当の藍はそれほど悲観もしておらず、尻尾をふりふり家事に勤しむ紫を見て終始嬉しそうにしていた。
嫌がらせではなく、純粋に猫女中である紫を見たかっただけらしい。
そして紫も藍も知らなかったが、橙はチルノと共に妖精達を集めて野球を始めたそうだ。
しかし誰もルールを知らず、それは野球とは呼べない混沌としたものだった。
それでも楽しめているようなので、問題は無いのだろう。
「こんなの幽々子に見られたら恥ずかしくて死んでしまうの……一週間がこんなに長いなんて……うぅぅ」
そういえば白玉楼剣道部はどうなったのであろうか。
そう、幽々子もまたそれどころではなかったのだ。
「いぇぇぇぇぃっ!!」
「ってぇぇぇぇぁぁぁぁぁっ!!」
ドドンッ! ドシンッ!
「う、うるさいわよ妖夢!! 相手もいないのに剣道なんてしないで!!」
絶え間なく白玉楼に響き渡る声。妖夢の高い声が凄まじい咆哮となって幽々子の耳をつんざく。
居間に居る幽々子は怯えるように耳を押さえ、うずくまって妖夢をしかる。
しかし本人の声と踏み込みがうるさすぎて、その声は届かない。
「ぇぇえぇぇぇぇんっ!!」
「うちにある竹刀は全て処分したというのに……!!」
妖夢は遠くの部屋で剣道の練習をしているようなのだが、距離を感じさせないほどに声が大きい。
ふよふよと飛んで移動し、妖夢に直接お説教してやろうと思う幽々子なのだが、どこまで行っても妖夢の姿が無い。
「どぉぉぉぉぉぉーっ!!」
「最近反抗期みたいで困るわ……あぁ、うるさい」
「あぁぁぁぁぁーっ!!」
「しかしなんで剣道ってこう叫ぶのかしら……適当に叫べば一本取れるわけでもないでしょうに……」
「ぃやぁぁぁぁぁぁっ!!」
使っていない部屋がほとんどだというのに広すぎるのも困りものだ。
しかしようやくたどり着いたらしい。ある襖の前に立って、幽々子はそれを確信した。
それにしても竹刀は全て処分したというのに妖夢が剣道を続けているとはどういうことか。
木刀なども処分したし、残っている剣らしいものなんてそれこそ白楼剣と楼観剣ぐらいのものなのだが。
ともあれ、この襖を開ければ全てが明らかになるだろう。
「妖夢! うるさいからおやめ!」
「どぉぉぉぉぉーっ……あ、幽々子様、どうしました?」
「どうも篭手もないわ妖夢、うるさいからやめてほしいのよ……あら? 竹刀は?」
「ありませんよ、幽々子様が全部折ったじゃないですか」
「じゃあ何? その筒を握ったような手の形は?」
「エア竹刀です」
エア竹刀? 幽々子は首を傾げた。
妖夢の手は筒状のものを握っているような形になっており、そこに竹刀があると言い張っている。
あまり関係ないが、妖夢は何故か残っている面だけを装着しており、表情がわかりにくい。
この子、剣道をやりたいのに相手にしてもらえなくて幻覚が見えているのかしら、などと心配にもなった。
しかし妖夢がここまでしぶとく剣道に固執しているとは、長いこと連れ添っている幽々子にも想像できなかった。
「……幽々子様もやりましょうよ、剣道……」
面の奥から悲しそうな声……そんなに思い詰めていたのかと、少し可哀想にも思えてくる。
くいくいと幽々子の袖を引っ張る妖夢、全力で哀れさをアピールしている。
しかし無骨な面のせいでその哀れさは半減していた。
「運動は嫌いなのよ……」
そして幽々子はやっぱりやりたくなかった。
「そんなんじゃ太りますよ幽々子様!! これからの食事はダイエットメニューにしますからね!!」
「ちょっと待ちなさい妖夢!! 動物性たんぱくの無い食事なんて……!!」
ものすごい足の速さで、さらに奥へと逃げ込む妖夢。とても幽々子の追いつけるスピードではなかった。
しかも普段居住区にばかりいる幽々子に対し、妖夢は全部屋を掃除しているので白玉楼の構造を熟知している。
道に迷う幽々子を嘲笑うかのように何処へか消えた妖夢は、遠くの部屋でエア竹刀による剣道の練習を再開した。
「いぇぇぇぇぃっ!!」
ドン!! ドドンッ!!
「ぐうーっ!! うるさいぃぃぃ!!」
それからも妖夢を追い続けた幽々子だったが、幽々子の接近を感知すると妖夢は逃げてしまう。
そしてひとしきり距離を取った後でまた剣道の練習を再開、機動力を生かした妖夢ならではの嫌がらせだった。
とはいえ夕方になるとちゃんと切り上げて夕飯の準備をするし、夜はお化けが怖いので幽々子の側に居た。
ちなみに夕食のメニューは焼き鳥とサラダ、ひじき豆だった。
「まぁ鶏肉が出るなら良いか」と思う幽々子であった。
そしてその後の霧雨邸では。
「しゅっ! しゅっ! へへ、霊夢はボクシングが好きなんだな?」
洗面所の鏡の前でボクシングの練習にふける魔理沙。
その諦めの悪さはもはや天晴れだった。
弾幕戦をした方が良いと思う。
スポーツの秋、幻想郷は概ね平和だった。
【おまけ】
夜の紅魔館。
今夜の為に咲夜が空間を広げた中庭の特設テニスコートは、たくさんの観戦者で賑わっていた。
たくさんの人だかりの中央、テニスコートで相対するは着慣れた制服をテニスウェアに着替えた咲夜と美鈴。
弾幕戦では咲夜に分があるものの、テニスに関しては身体能力に優れた美鈴と互角だった。
メイド長十六夜咲夜の職務が尽きることはないが、レミリアの意向もあり、咲夜VS美鈴のテニス対決が行われていた。
主審の横に豪華な椅子が設置されており、そこにはテニスウェアを着たレミリアが興味深そうに鎮座している。
満月を照明に執り行われる頂上決戦。咲夜美鈴両名、お嬢様の前で恥はかきたくなかった。
「決着をつけましょう、美鈴」
「望むところです。手加減なしですよ、咲夜さん」
「負けるんじゃないわよ咲夜、負けたらメイド長交代ね」
「ご冗談を……私が負けるわけございませんわ」
「え? 勝ったら私がメイド長? って、お嬢様えこひいきしすぎじゃないですか!?」
美鈴がブーブー言っているのを断ち切るかのように試合が開始された。
試合は一進一退。咲夜と美鈴は実力伯仲だった。
しかしタイプはまったくの逆、咲夜は美鈴と比較していくらか低い身体能力を補うようにテクニカルな戦法を主とし、
対する美鈴はパワー、スタミナ、スピードを余すところ無く使って咲夜を攻め立てる。
ところが途中から様子が変わる。
気付いた者はレミリアを含め僅かだったが、咲夜の目の色が赤くなったときから試合展開が変わり始めた。
あまりに激しすぎる試合に会場はいつしか沈黙に包まれていたが、数人のメイドが妙な様子に気付いて声を上げる。
「み、見てっ……さっきから咲夜さん……」
「一歩も動いてない……!!」
それを横目に、レミリアはまるで自分のことのように得意気に、ふんぞりかえって解説し始めた。
「咲夜によって回転をかけられたボールは全て……引き寄せられるかのように咲夜のもとに戻っていくのよ」
「そ、そんな……」
「そう、これが『咲夜ゾーン』!!」
「咲夜ゾーン!?」
『お嬢様ってネーミングセンス無いな……』とメイド達は思った。
咲夜にも聞こえていたらしく、コートの中で嫌そうな顔をした。
試合は『咲夜ゾーン』により咲夜の勝利に終わり、美鈴の下克上も失敗に終わった。
紅魔館も例にもれず概ね平和であった。
まあ私は初段どまりでしたが(弓道も初段どまり・・・)。
と妄言をぶちまけて見たものの、レミリアお嬢様なら素でやりかねないと思う自分がそこに居た
オリジナルでないと気が済まないのかしら?(笑
夏は色々な意味で死ねますから。
んふんふ。
相撲は全員で秋場所やったら萃香かお嬢様が横綱だろうなあ
>東方大相撲
入場曲まで出来てるあれか
いや、各所にちりばめられたギャグに終始ニヤつきながら読んでました…変な人ですね、俺w
……そして、なめこ汁をすする巫女は相変わらず外道でサドっぽく、うれしい限り。
うちは流れからして、エースをねらえが出てくると思ってたのに;
いや妖夢の使用済みなら臭いは濃い方が(ry
姫様も妹紅もブルマ!?やっべ、マジやっべ。鼻血が
…VENIさんの趣味ですか?(w
ボソッと言ってるんだよ!!(第七感
すげぇよSS職人・・・
おもしろいwww