Coolier - 新生・東方創想話

東方萃夢想 Stage-Ex「乙女の鬼退治」-Normal

2006/11/15 00:42:47
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―東方萃夢想 Stage-Ex「乙女の鬼退治」-Normal


 全く、何事だと云うのか。明日も宴会があると言うことでブランデーを見繕っていたところ、およそ黒っぽい塊が平穏を妨げに現れた。
 他人の屋敷に、正面玄関から堂々と。毎度ながらの不甲斐無い警備体制に、館の主は頭痛を覚えるばかりであった。
「…まったく、レディに向かって何て態度なのよ。って言うか咲夜はどうしたの?」
「神社でサボってたからな、お灸を据えておいてやったぜ」
「ああそう、それはわざわざ有難う様ッ!」
 紅魔館ロビーに、魔力の塊が星と散る。吸血鬼の爪が空を裂く。軌道に在った魔力弾は四つに割られ吹き消える。侵入者は魔法使い、霧雨魔理沙。迎え討つは吸血鬼、レミリア・スカーレット。
「第一、この異変に私は関係ないって言ったはずよ」
「それが怪しいぜ、関係ある奴程そう言うもんだ!」
「はいはい、全部私がやったから。解ったら帰んなさい、幹事でしょう?」
「これは協力感謝、漸く犯人が見つかったぜ。後はやっつけるだけだな」
 懐からスペルカードを取り出す魔理沙。展開――魔符「スターダストレヴァリエ」。
「ふん…わかったわ、弾幕バカは死ななきゃ治らないってね」
 レミリアもカードを手にする――必殺「ハートブレイク」。
「おお? 初めて見るスペルだぜ。隠し玉、いや、隠し弾か?」
「生憎とこの道長くてね。これも300年は昔からあるわ」
「くれぐれも、お手柔らかに頼むぜ」
 箒に跨った魔理沙の纏う星屑。見上げる視線で笑うレミリアの紅い槍。紅魔館ロビーに観客は無いが、色美しい光景だった。



 ――。



「――それで、このオチか。やれやれ、犯人がこんな化け物とは思わなかったぜ」
 幻想郷のうちで更に幻想郷と呼ばれる場所。幻想郷の住人の大半には知られぬ、特別な場所。隙間の空間。事件の真相を追っていた魔理沙はそこで一人の少女と対峙していた。
 事件とは宴会。魔理沙自身が主催する宴会が、ここ暫くの間立て続けに行われていた。それを魔理沙が不思議に思うこと自体不思議な話だが、幻想郷を包み込む妖気のような物の存在を感じ、調査していた。尤も、『調査』の段階でレミリアを含む多くの人間や妖怪が迷惑を被ったのだが。
「化け物だって? 私達鬼をそんな矮小な存在と思ってもらっちゃ困るよ」
 二本の長い角を生やした鬼の少女、伊吹萃香はそう言った。酒の入っているらしき瓢箪に口を付ける。不思議な物だ、先刻から相当な量を呑んで居る様に見えて、瓢箪が空になる気配は無い。
「謙遜するな、私の魔法をこれだけコケにしてくれるとは化け物としか言いようがないぜ」
「何を勘違いしているのよ。これくらい、あんたの宴会の面子なら出来ない者が珍しい」
 ぴくり。魔理沙の眉が動いた。
「あんたが昨日倒した吸血鬼、あれも出来るはずよ。軽々とね」
「そうかい、親切に有難うよ。それじゃあ最後の魔法だ、受け切って見るがいいぜ」
 疲れた顔で笑って、スペルカードを手にする魔理沙。鼻で笑って千鳥足を踏む萃香。
 掲げる――星符「ドラゴンメテオ」。



 ――。



「――諦めなさい、霧雨魔理沙」
「ちぇ…鬼って奴は空気が読めてないぜ」
「あんたは中々頑張ってる、人間にしては英雄的だよ。でもそろそろ認めなさい」
「…認める? 何をだい」
 服が少し解れた程度にしか傷を負っていない萃香。強気に笑いながら肩で息をする魔理沙。幻想郷の風が吹いていた。
「霧雨魔理沙、あんたは弱い」
 …萃香は目を伏せ、残酷に吐き捨てた。

「随分だぜ。言ってくれるじゃないか」
「私はずっとあんたを見て来たよ。誰よりも賑やかなくせに、誰よりも陰では努力していた」
「その通り、私は模範的魔法使いなんだ」
「血統も特殊な能力もない人間が、良くここまで出来るものだと感心するわ」
 ぺたん、と岩肌の上に腰掛ける。瓢箪を傾け喉を鳴らす。
「でも魔理沙、知ってるんでしょう。あんたは奴らと一緒に遊んでいるんじゃないんだよ」
 会話の相手が座り込んでも、魔理沙は立ったまま聞いていた。
「あんたは、『遊んで貰ってる』だけ。立場が違うんだよ、人間」
 幻想郷の風が吹いていた。

 弾幕ごっこ――、スペルカードルールによる決闘。幻想郷の住人に共通する遊戯であり、優劣の決定手段。そう、それはルールのある遊戯。
「何時でも全力を謳いながら気付いているんでしょう、周りの誰もが力をセーブしてることに」
「こんなところで説教されるとは思わなかったぜ」
 吸血鬼の嬢が全力を出せば、魔理沙は直ぐに厨に並ぶ食材となるだろう。亡霊の嬢が全力を出せば魔理沙はおろか、幻想郷から生きた人間が居なくなるだろう。悪魔の犬でさえ、全力を出せば指一本動かす刹那に魔理沙の首を切り落とせるに相違有るまい。
 …博麗の巫女に至っては、その気になればこの幻想郷が傾く憂き目と成ろう。そんな中魔理沙は、何時も全力と最大出力を旨とし、彼らに肩を並べて居た。
「そろそろ諦めたらどう、ハンデ付き魔法使い。人間の限界を知るがいい」
「参ったぜ、本当に良く見ているんだな鬼って奴は」
「私はあんたが大嫌いだよ。人間、それも嘘を吐く奴はくびり殺してやりたい。でも魔理沙、あんたの嘘は不憫よ」
「頭の固い奴だ。嘘も方便と云うじゃないか?」

「あんたは力ある者を恐れようとしないのね。あんたの相棒は賢いよ、強い妖怪には関わらない。惨めだもの」
「私はアリスなんかを相棒にした覚えはないぜ」
「魔理沙、あんたは惨めじゃないの? 相棒と違ってあんたは、あの巫女との力の差も知っている」
 つい、と瓢箪を突き出す萃香。酒の勧めだ。魔理沙はその仕草を無視。更には問いの内容まで無視した。

「――此処は、誰も見ちゃいないのかね」
「そうね、紫も帰ったし。此処は、事あるごと煩いカメラの音もしないわ」
「万が一があるかも知れないぜ」
「私の疎を操る力に、例外なんか無い。望むなら二人きりにしてあげる」
「それは便利な話だぜ。色々と」
「そうね、秘める事には便利だね。色々と」

 ヒュウ。一陣の強い風。
「鬼さんよ、お前は私を知ったつもりのようだが」
「伊吹、萃香」
「出歯亀趣味の萃香さんに免じて、私の本気を見せてやるぜ」
 一枚のスペルカードを引き、突き付けて見せる。――恋符「マスタースパーク」。
「そのスペルは一度見たわ。ついでに言えば無様に敗れた」
「鬼さんこちら。恋符を、乙女の純情をなめると痛い目に遭うぜ」
「そういえば疑問ね。どうして符名が恋なのか」
 それは謎だった。本来、符名にはスペルを象徴する語を冠する筈。魔理沙の操る恋の札は、およそ恋を連想させる物では無かった。萃香を含め誰もが疑問とし、『魔理沙のセンスだから』で片付けていた謎。
「でもどうだって良い。英雄に鬼退治は務まらぬ。祟りの使い魔よ、その身を弁えるがいい」
「随分古い話を覚えているもんだぜ。霊夢だって忘れてるんじゃないか?」
「人間の基準で物を言うな。私達にとっては昨日も同然」
 萃香が立ち上がる。魔理沙の戦意を認めたのだ。遅ればせながらの第二ラウンドを、この人間は始めるつもりで居るのだ。全く歯が立たなかったと云うのに。
「妖の基準、鬼の基準…人の悪癖でも忘れられぬまで、その身に教え込んでやる!」
「始めるぜ、ここからは『乙女の鬼退治』だ!」


 ――ゴオオオオオォゥッ。魔力エネルギーの塊が直線に迸る。おどけた仕草でそれを躱す萃香。
「さっき自分で最後と言わなかった? 全て出し切って負けるのは惨めよ、魔理沙!」
「半端になめられて終わるよりはマシってものだぜ。さあ…頼むぜ、幽香!」
 いつの間にか掌に隠されていたスペルカード――恋心「ダブルスパーク」。
「んなッ!?」
 シュ、ゴオオオオオォゥッッ! 巨大な魔力光線の第二波が萃香を襲う。慌てて回避。衝撃、そして平衡を崩す。
「私が何故恋符を使わないか……お前に解るまで使って見せてやるよ」
 魔理沙の得意とするスペルカードは、天と星をモチーフとした魔法である魔符。そしてこの恋符。純粋に魔法に拠る魔符は、魔法使いである者ならば技量の許す限り誰もが扱えるポピュラーな物だ。
 魔理沙の持つ魔符系列のスペルで最も威力が高い物は、先刻破られた『星符「ドラゴンメテオ」』である。『彗星「ブレイジングスター」』の蓄えも有るが、この様子では通用しそうに無い。

「鬼の基準とやらで相棒を馬鹿にしてくれたが」
 …ダンッ。萃香が地面を蹴った。幻想郷が揺れ、萃香は跳ぶ。必殺の拳で魔理沙を狙う。
「アリス…お前の意地、私が代わってやるぜ」
 ――恋文「グリモワールワーズ」。魔理沙が一度も実戦で使ったことの無いスペル。魔理沙にとってもアリスにとっても、黴臭い昔の魔法。魔理沙は淀みなく発動させた。
「…ッしゃらくさい!」
 瞬時に無数の光の弾が出現した。それは放射状に放たれると、突進する萃香に注いだ。地に降り、地面を噛んで踏み留まる。全ては捌き切れない、そう萃香は判断した。
 ――疎符「六里霧中」。萃香は己を薄め、霧となって散った。
『…驚いた、そんな隠し弾があったなんて』
 霧の中から声がする。この霧自体が、萃香。魔力弾が再び放たれるが、それは霧の中を空しく走るだけだった。

「私にこんな力は無いさ。だから使える、それが恋なんだぜ」
『解らない』
「恋とは焦がれる力、憧れる力。……力が無いから、他人に憧れるのさ。…さて。狙えないから霧は苦手だな」
『…あんたの弱点だね。だから使うのよ』
「私じゃなければ良いのさ。パチェ、任せるぜ」
 ――恋符「ノンディレクショナルレーザー」。掲げたカードから閃光が奔る。無指向性の魔力光が三条、出鱈目に照射される。
『…ッく』
 シュウウウ…。霧のままでは避けきれず、小鬼の姿を取り戻す。魔理沙は何時になく静かに笑っている。
「知ってたか、普段から使うこれも本当は私のスペルじゃないんだ。アレンジだぜ」
「驚くわ、魔理沙。あなた凄いわ。こんなの凄い」
「おや、さっきと態度が違うじゃないか」
「ただの人間の癖にこんなに戦えるなんて。どうしてこんな力をわざわざ隠していた?」
 心底不思議で堪らぬ、萃香の目はそう云っていた。特に先刻見せた大量の魔力弾。あれは強力な魔法書の力を借りなければ魔理沙には制御できるはずのないスペルだった。こんな力を何故隠していたのか。
「莫迦だぜ。当たり前じゃないか」
 次のスペルを取り出して、魔理沙は続ける。
「恋ほど、バレたら恥ずかしい物はないんだぜ――?」


 ――。

「魔理沙、使うよ? あんた達人間が忘れた力」
「おう、何でも来るがいいぜ」
 魔理沙は軽い魔力弾を放つ。避ける素振りもなく肌で弾き返し、萃香はスペルを掲げる。
 ――鬼符「ミッシングパワー」。幻想郷の風が吹いた。

「お、おおおおっ!?」
 流石の魔理沙も驚き、数歩後ずさる。空気が在り得ぬ質量を持っていた。圧力として身に注ぐ。萃香が萃めたのは力、古来失われたと思われている鬼の力。
「…ふふふ。どう? 魔理沙のちびさん」
「巨人、か?」
「違うよ、鬼。あんた達が忘れたのが悪い」
 失われたと思われている力。失われたのではない、忘れられた力、ミッシングパワー。ズン。萃香が一歩前に出るだけで、幻想郷が震える。大地を蹴れば崩れるのではと思わせる。身の丈十尺はあろうかという巨体。伊吹萃香。
「魔理沙、訂正するわ。あんたは強い…だから、踏み付けてやる。人間め」
 ズゥン。また一歩前へ出る。魔法使いといえ魔理沙の肉体は普通の人間の少女だ。こんな巨体に一撃を受けては、一堪りもあろうはずも無い。
「マジになるもんじゃないぜ。これは、『弾幕ごっこ』だからな」
 飛び退くと、手を掲げる。準備万端のスペルカード。体術に自身は無い、接近する前に終わらせる。

「昨日以来の出来立てだから、上手く行くか怪しいぜ。…宜しくな、レミィ」
 ――失恋「スピア・ザ・キューピッズ」。……シュン。カードは白い光の槍に姿を変え、掲げた手に収まった。魔理沙より今の萃香にこそ相応しかろう、巨大な白い槍。昨日レミリアが見せた紅い槍に瓜二つであった。
「何よ、それでチャンバラしようって言うの? 冗談きついわ」
「いいや違うぜ、あいつはこれを…こうしたのさ!」
「…え、ッぐ、ああぁぁぁぁッッ!! く、くそおッ!!」
 ドン。弓のように身を逸らし、槍を投げつける。神速を得たそれは、萃香の胸を貫いた。痛みに怯むが、すぐさま魔理沙へ突進する。さながら戦車であった。
「もう、全部見せてやるぜ…私の恥ずかしい処(スペル)、全部お前にッ!!」
 二枚のカードを手に、魔理沙は笑う。構えはマスタースパーク。慣れた動作。滑らかに放たれる光の魔砲。
「そんなものじゃ止まらないっ! もう限界でしょう。細くなっているよ、魔理沙ああああああッッ!!」
 普段よりも細いそれを、巨体ながら容易く避ける萃香。地面を揺らし、鎖を振り上げる。攻撃圏内に魔理沙を収め、跳ぶ。魔理沙は右手を翳す。右手のカードは投げ放ち、左手のスペルを解き放つ。
「魔剣一本、借してもらうぜ…フランドールッ!」
 かつて味わった紅の魔剣。魔性の剣を想い焦がれ、白黒の魔女が振るう帯剣――禁恋「バルムンク」。

「――剣!?」
 マスタースパークと思われたその光。魔理沙が両腕を振り上げる。天を衝く光の束。それは白い皓い巨大な魔剣だった。
「くらええええぇぇぇぇッッ!!」
 腰に構える。岩を抉る、斬り上げる。黒い帽子が舞い落ちる。ドン、と音がした。十尺の巨体は宙を舞い、岩に落ちた。其処には一枚のカードが『落ちて居た』。
「…魅魔様、今です!」
「えっ? ぐあッ、ひぐあああッ!?」
 其処に落ちて居たスペルカードが光を放つ――恋慕「アンチイビルフィールド」。
 白い雷が天地を結んだ。渦中の巨体は膝を衝く。同時に箒の柄が岩を打つ。よろける体重を支える杖であり、これから放つ渾身の術に耐える為。八卦炉を構え、魔力を転換…恋の魔砲。
「さあ、全部見せたぜ……今度こそ最後、ラストスペルだ、萃香ッッ!!」

 ――魔砲「ファイナルスパーク」――。



 ――。



 じょぼじょぼ。
 じょぼじょぼ。
 逆さ瓢箪。水音は止まない。鬼の瓢箪は酒が無限に湧いて出る。手にしているのは萃香。小鬼の姿に戻っている。
 じょぼじょぼ。
「――ぶほぁッ!?」
「起きたね」
 顔、髪、服まで酒塗れにされて、漸く魔理沙は目を覚ました。つんとアルコールが匂う。魔理沙は眩暈を覚え、額に手を遣った。
 ――どうなったんだっけ。
「私が勝ったよ。思い上がるな、人間」
「…そうか。残念だぜ」
 美しい金の髪を額から両手で掬い、酒を絞り出す。まるで汗のように垂れてくるのだった。
「あんたは自分のスペルで意識を失ったんだよ。あれだけ立て続けに大技繰り出して、どうしたら魔砲を撃つ気になるのさ」
「全力が身上でね。…私にはあれしか無いんだよ。あれも元を正せば幽香だけど、恋符の原点なんだ」
「あんたがベストだったら私は負けていたわ」
「そんなことはどうでも良いぜ。それより、もう少し優しく起こせなかったのか?」
 ぎゅ、と再び髪を絞る。身体に張り付く衣服を鬱陶しそうに揺する。
「酒は気付けにも良いよ。百薬の長ってね」
「薬も過ぎればなんとやら、だぜ」

「魔理沙。どうしてあんたは、恋の符を隠すのよ」
「私の力じゃ無いからさ。使ってる二枚だけでも恥ずかしいんだぜ」
「そのくせ、あいつらとは付き合う」
「好きだからな、あいつら」
「私はあんたが大嫌いよ、魔理沙。大嘘吐きの人間めが」
「私もお前は嫌いだぜ。よりによって私を操って宴会させてたんだろう?」
 くすくす。酒気で頬を染めた二人は笑い合った。

「魔理沙の恥ずかしい処、全部見たわ」
「不公平だぜ。恥ずかしくて死にそうだ」
「公平にしてやっても良いよ?」
「遠慮するぜ。私はペドフィリアじゃないんでね」
 にやりと鬼は笑った。
「あんたは負けた、しかも私は秘密を握ってる。立場を弁えるがいい」
 ぺろり。魔理沙の頬を鬼の舌が舐めた。

「――どうしたの魔理沙。鬼が豆鉄砲食らったような顔をして」
「い、いや何でもないぜ。しかしそれは痛そうな話だ」
 ぺろぺろ。ぺろぺろと萃香は魔理沙を舐める。頬、顎、唇、耳。酒を舐め取っていくように。
「っ、どうしたって云うんだ。私のことは大嫌いなんだろ?」
「大嫌いだが興味が有る。酒の味がして美味いよ、魔理沙」
「直接呑めば良いじゃないか」
「そう? お言葉に甘えるわ」
「!?」
 ちゅ。寝かされたままの魔理沙の唇に、小鬼の唇が落ちてきた。押し付けられ、吸われる。じゅるる、と音を立てる。魔理沙が目を閉じると、同時に唇は離された。
「恥ずかしい?」
「さっきの弾幕よりマシだぜ。あんな恥はないよ」
「そうね。私はあんた達をずっと見てきたから知っているよ。魔理沙は普段あんな事を言わないね」
「まったく酷い出歯亀だ」

「そう云えば公平にするんだったっけ。私が脱いで見せようか?」
「そろそろ帰りたいんだがね。幹事の私は、宴会に行かないと行けないからな」
「大人しく言う事聞かないと、此処に皆を萃めてやるよ」
「やれやれ、神社を拝み忘れたばっかりに厄日だぜ」
 溜め息酒息混じりにそう言うと、魔理沙は服を脱ぎ始める。
「待った、魔理沙は脱がなくて良いよ」
「あー? どうしてだ。って言うかベタ付いて気持ち悪いぜ」
「解ってないなぁ。それが良いってもんよ、酒も滴る悪い女さ」
 じょぼじょぼ。魔理沙の頭から酒を掛ける。口を開ける魔理沙。萃香はそこに注いでやる。
「…ぷはー。たまには行儀の悪い酒も良いもんだ」
「いつもの宴会で一番行儀悪いのは、あんた」
「覗きが一番無作法だぜ」
「良いじゃない。見たい、知りたい。人間のこと、恋の力、魔理沙のこと」
 魔理沙は黙して答えない。

「ねえ魔理沙。焦がれる気持ちって言ったね、あんた」
「恥ずかしながら言ったぜ」
「私には解らない。産まれた時から鬼だから。あんたみたいな弱い者の気持ちは解らない」
「喧嘩なら元気なときに売ってもらいたいんだがね」
 憮然とした口調とは裏腹に、魔理沙は笑顔であった。
「それはそんなに強いもの? あんたが私を地に伏せられるほど、強い力だなんて」
「私は模範的魔法使いだからな」
「一体どれだけ狂おしく想ったら、スペルの源になるようなエネルギーになるのよ」
「コケの一念岩をもと云うぜ。人間様のコンプレックスは凄いのさ」
 魔理沙はあくまでも笑い話にする。己の力不足に夜な噛み締めた枕。塩辛いその枕は幾つだったろう。
「私はあんたが憎いよ。人間は嘘吐きで裏切り者。魔理沙は特に大嘘吐きだし」
「私は模範的に生きているつもりだぜ」
「あんたにとって嘘を吐くのは、呼吸のような物なのね」
 ぺちゃ。萃香は魔理沙の腕に頭を乗せた。酒で濡れていて冷たい。角が魔理沙の顔を掠める。
「鬼には鬼の基準があるが、人には人の基準がある。人をなめるもんじゃないぜ、鬼」
「黙れ下位互換。私はあんたが嫌いだが、あんたに興味が有るよ」
「ほう。残念だけど私は同性、それも子供に興味は無いぜ」
 ごろん。小鬼は寝返りを打つ。角が魔理沙の鼻先擦れ擦れを掠める。魔理沙の腕に服の上から噛み付き、酒を吸い上げる。
「何がしたいのかさっぱりだぜ」
「魔理沙、あんたの興味は関係ないのよ。私に、あんたの事をもっと教えて」
「全部見てたんだろう、出歯亀」
「人間を、あんたを知りたい。魔理沙、あんたの恥…全て私に曝け出すがいい」
「そう言われても、恥ずかしい物は一通り見せてしまった気がするな」



 ――。



「…ねえ人間。ううん、魔理沙」
 萃香はぽつりと口にした。岩の上に二人、座っている。
「どうした、萃香」
「思ったんだ。私達鬼は、人間に裏切られたのを覚えてて…人間は遠い昔の事って忘れて居る。でも、人間の基準では…昔の事どころじゃなく、先祖の話なんだよね」
「そりゃあそうだ、私は生まれてない」
「それじゃ結局、誰が悪いんだか解らないけど…鬼の基準を考えてくれる人間には、譲歩してやってもいいね」
「例えば私のような」
「魔理沙みたいな大嘘吐きは、大嫌いのままで結構さ」
 忘れられた生き残り、伊吹萃香は笑った。


「――それじゃあ帰るが、今日のことは内密に頼むぜ」
「任せてよ、魔理沙の恥ずかしい秘密は私だけの物さ」
「鬼は嘘を吐かない」
「たまにしかね」
「それじゃ私と一緒だぜ」
 酒気を疎にして乾かされた服を着直して、魔理沙は笑った。

「魔理沙が、人間が羨ましいよ」
「鬼様の仰っていた通りで、碌なもんじゃないぜ」
「そうかな。焦がれる力、少し解りそうになったからね」
「人前で話したら黒焦げにしてくれるぜ」
「あははは、その時は今度こそ私の力で踏み潰してくれるわ」

「じゃあな萃香、また来るぜ」
「いつでも相手になるわ。弾幕ごっこも、違う遊びもね。またね、魔理沙」
「またな」



 ――。



「まぁた来たのね黒鼠。良いわもう、そこに直りなさい」
 問答無用、符力展開――紅符「不夜城レッド」。
「見逃しておくれよ、次回は猫イラズの行商に来るつもりだぜ」
 受けるは魔理沙、符は――魔符「ミルキーウェイ」。



「――まったく。たまに譲ってやれば良い気になって。普通、人間に負ける吸血鬼なんか無いわよ?」
「あいててて…そこはそれ。ちょっとは手加減してくれよな、レミィ」
「馴れ馴れしいわ、黒鼠めが。…咲夜、お茶にするわよ。一人分、多く頼むわ」








            Stage-Ex Clear !!
               Presented by 遠方の226.
 初めまして、HN「遠方の226」と申します。元はネチョい作品だったのですが、友人の勧めで改訂、こちらへ投稿させて頂くことになりました。
 機会があればまた投稿させて頂きたいと思います。どうぞ宜しくお付き合い下さいませ。
遠方の226
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コメント



0.3090簡易評価
28.90名前が無い程度の能力削除
「恋符」の解釈が斬新で良かった。少し話が切れてる気がするのはネチョをカットしたせい?
30.80名前が無い程度の能力削除
萃香かっけー。元のネチョい作品も読んでみたくなった
32.100名前が無い程度の能力削除
ネチョwiki行けば見れるよ。遠方氏は原作を重んじる作風が見事。台詞回しが達者でまるで原文読んでる気分になる
35.100名前が無い程度の能力削除
いやはやなんとも小気味いい会話だことで。実に実にすばらしい。
36.90てきさすまっく削除
おお、これはなかなか。
37.100ヒマがある程度の能力削除
恋符「マスタースパーク」/幻想郷5面幽香/極太レーザー
恋心「ダブルスパーク」/幻想郷6面幽香/分身極太レーザー(?)
恋文「グリモワールワーズ」/怪綺談Exアリス/(?)
恋符「ノンディレクショナルレーザー」/紅魔郷4面パチュリー/回転レーザー
失恋「スピア・ザ・キューピッズ」/萃夢想PCレミリア/必殺「ハートブレイク」&神槍「スピア・ザ・グングニル」
禁恋「バルムンク」/紅魔郷Exフランドール/禁忌「レーヴァテイン」
恋慕「アンチイビルフィールド」/夢時空魅魔ボム/「イビルフィールド」
こりゃ上手いね。
42.80名前が無い程度の能力削除
 恋符の解釈と、魔理沙の心情がとてもよかったです。
50.80名前が無い程度の能力削除
乙女だけど男前だなぁ魔理沙。でも男前だけどやっぱり乙女だなぁ魔理沙。
74.90名前が無い程度の能力削除
これはうまい