Coolier - 新生・東方創想話

酒の肴

2006/11/14 15:16:41
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 北風が吹くに、宴の季節はもう終わりなんだと思った。

 厚着に厚着を重ねる人間も居る季節に、それでも萃香は両の腕を出して元気良く歩いていた。腰にいつもの瓢箪をぶら下げて肴になるものを探していた。

 今晩は曇天なれば月も見えず、木々が風に凪ぐ音もなければ、風が砂埃を舞い上げるばかり。
「何か楽しいことはないものかー」
赤い顔をして瓢箪をぐいと呷る姿は、楽しくないようには見えないことに萃香は気づいていないのだ。
 程なくして神社に着く。しんと静まり返った境内に人の気配は無く、ただ秋の宴の名残である畳まれた御座が隅に見えた。霊夢が既に寝てしまっていることは、奥から漏れる光が無いことから分かった。




「眠いの。だから飲まない。おやすみ」
力の限り木戸を閉められて萃香は大声で喚いたが、再び力強く開いた先に大量の陰陽玉が浮かんでいたので諦めることにした。
 宴会に必要なのはある程度の広さである。歌って踊って騒げる場所としては、博麗神社の境内は都合が良かった。紅魔館の中では、頭上の満月も桜も見ることは出来ないだろうから。それに白玉楼は遠すぎるし、生身の人間が集まりにくいというのもある。
 とりあえずは腰を落ち着ける場所を探した方がいいかもしれない。萃香は額をさすりながらふらふらと夜道を歩いた。もしかすると痣になっているかもしれない、円型の。




「はー、どっこいしょ」
吹く風も寒ければ世間も冷たいものだ。ぼろぼろの体で瓢箪を呷る。
「なんだいなんだい、皆して。雰囲気悪いなぁ」
途中立ち寄った霧雨宅では無条件にごん太レーザーをご馳走になった。紅魔館のメイドに至っては、お嬢様は既にお休みになりましたと言って取り付く島も無い。
「大体何が悲しくて吸血鬼が夜に眠るのさ。健康的すぎるじゃない」
ふわふわと漂って辿り着いた山の頂上は、誂えたようにポツンと岩が置いてあった。萃香はそれに腰を下ろして、何をするでもなく足をぶらぶらとさせる。夜空を見上げるも依然として雲は低く広がり、時折隙間から月の光が差し込む程度であった。
「うーん」
萃香の能力を以ってすれば、雲を払うことなど容易い部類に入る。しかし、払った後で見える月に果たして風情はあるのだろうか。そこの辺りが分かっていなさそうな奴らの顔を思い浮かべて横になる。
「うう、寒いなぁ」
思わず口に出てしまう程に岩肌は冷たかった。


 仕方ないから寝るかなと思っていた時である。何かが羽ばたく音が耳に入った。
「お、珍しい。角の生えた人間発見」
「酒の肴発見」
「ごめんなさい。間違えました。もう来ません」
何かを察知した様子で、雀のような妖怪は近くまで来て回れ右した。確かに鳥肉は良い肴になるだろうけれども、食べてしまえばそれで終わりである。
「まあ待ちなさいよ」
むんずと襟を掴んで引き戻すと強制的に座らせる。こいつは知っている、終わらない夜に巫女と紫にちょっかいを出した夜雀だ。
「食べても美味しくないよぉ」
半泣きのミスティアを尻目に萃香は嬉しそうに瓢箪を口にする。幸運にも飛び込んできた話し相手である。私はただ通りがかっただけの哀れな夜雀なんですと、五月蝿いミスティアの頭を小突いて萃香は楽しそうに言った。
「何か面白いことをしてよ。酒の肴が無くてさ、まあ、無ければあんたでもいいのだけど」
ちらりとミスティアを見る。ミスティアは特技ならありますと言わんばかりに歌い始めた。

 確かに美しい歌声であった。観衆が一人だけの野外コンサートというのも、なかなか趣があるものである。残念なのは月明かりが照明役を果たせていないことだな。と、悦に入っていた萃香だったが、しばらくすると無性に眠くなってきた。萃香はいつだって酔っ払いである、酒のせいなはずがない。
まさかと思った時には手遅れであった。
「こ、子守唄とは思わなかったわ」
抗う術も無く閉じていく視界に、歌いながら逃げていくミスティアの姿があった。ちらりと振り返ったその姿は、とても申し訳なさそうに見えた。
 萃香は、肴といいつつ酒飲んでないわ、などとぼんやり考えながら眠った。


 どれ程寝ていたのかは分からないが、目が覚めてもまだ辺りは暗かった。晩秋の夜の長さにしみじみとしつつ、萃香は寝そべったまま腰の瓢箪に手を伸ばす。しかし、あるはずの物が無く、手は空を掴む。
 これには萃香も焦った。何せ無限に酒が湧き出る瓢箪であるからして、人間の手に渡れば場合によってはまずい事になる。とりあえず岩の周囲から探そうと思い起き上がると、何のことは無い。瓢箪が目の前にあったのだ。胡散臭い鎌のような何かを傍らに、死神の手に収まっていた。
「ちょっと、それ私のお酒なのだけど」
「でも無限に湧き湧き出るみたいね。少しぐらいいいじゃん」
小町は豪快に呷る。見ている萃香も惚れ惚れするぐらいの豪快さである。
「いやー、息抜きついでにこんな美味い酒が飲めるなんてねぇ」
こいつも知っている。確か偉そうな地獄の裁判官に仕える死神だったか。ただしさぼり症あり。
「そういえば、あんた死神やっているのよね」
「その通り。渡しの辛いこと辛いこと、毎度毎度善人の霊ばっかりだといいんだがね。そうはいかないのが、この世知辛い世の中ってもんで。悪人の話は面白いけど、漕いでも漕いでも岸に着く気がしないねえ、しかも寒いし」
酒が入ると饒舌になるのか、赤い顔をしているに違いない小町は続ける。
「この間は腹痛を我慢しすぎて盲腸で死んだ奴が乗ってね。死んだのに気づかずに痛い痛いと煩いからさ、一瞬で岸に船着けたら怒られてね。四季様は本人が自覚するまで漕いでなさいって言うんだ。ひどい話だよねぇ」
萃香も小町の手から瓢箪を取り、負けじと豪快に呷った。

 話しの大半は上司への愚痴と小町が川渡しで聞いた事であった。萃香の笑いのツボに嵌るような話もあれば、くだらなくて寝てしまいそうになる話もあった。特に小町の上司との日常のやり取りを、小町が本気で愚痴っている辺りが笑いを誘った。
 面白い話は酒が進むというのは本当である。陽気になるし、実際に小町には死神とは思えない陽気さが漂っていた。死神もこの位明るくなければやっていけないのかもしれない。
「じゃー、そろそろお暇するかね」
「なんだ。もう帰るの」
「こー見えても、いつでも勤務時間なのら。きゃんきゃん言いたくないのら」
明らかに呂律の回ってない返事に萃香は苦笑を漏らす。飲んだ量なんて物は量れない。なんせ無限に沸いてくるのだ、この瓢箪は。
 萃香がぼんやりと見つめる中、不安定な軌道を描きつつ、小町は未だ明けぬ夜へと消えていった。萃香も話につかれてしまったので少し寝ることにした。
 どうせ晩秋の夜は長いのだ。それに逆に明けてしまえば猶のこと良い。





 突然、何かにぶつかったような痛みで萃香は起きた。
「あー、なんだいもう」
どうやら岩から転げ落ちただけのようだった。丁度仰向けに落ちたようで、黒い空に薄い月が申し訳程度に萃香を照らしていた。
「こんな月じゃ、肴にもなりゃしないじゃない」
再び岩に腰を掛けると、手で瓢箪をまさぐる。ぼうっと空を見ながら確かな感触に安堵する。しかし、酔いが醒めることは知らないような萃香なのに、そのまま瓢箪を口には運べなかった。
 それは何故であろうか。期待するほどの風情も無かった月だろうか。それとも小町が去った後の静寂が苦しいからだろうか。夜雀が去り際に見せた申し訳なさそうな姿だろうか。霊夢や魔理沙に門前払いされたことだろうか。分からない、けれども。


 久しぶりに、寂しいと思った。懐かしさを感じるほどに。
 

 しかしその感情は、見るもの聞くもの全てを趣き深くした。夜に響く木枯らしの音や、消え去りそうな月。何処かで鳴いている梟の声や周りに見える山並み。
 萃香は無意識に飲み続けながら、一瞬にして変わってしまった情景にしばし目をやった。寂しさで酒を飲むというのも、なかなか風情があるのかも知れない。だが寂しさの厄介なところは、記憶や思い出に伝播するところである。
 鬼として在り始めた時から、つい最近した宴会の様子まで、全部が都合よくセピア色に染まってみえた。そして、その中で自分は赤い顔をして、楽しい思いをしているのだ。それを思うと、時々無性にやるせなくなる。いつだって宴会なんて起こせると思ってみても、加速し始めた寂しさは止まらない。楽しいことは長くは続かないし、あいつらだっていつかは居なくなるのだ。自分を、鬼と呼んでくれた人間のように。

 萃香は手を止めて岩の上に寝転がった。酔ってないのに何故だか体は熱かった。今日初めて涼しいと感じたかもしれない。既に仄かにあった月も見えなくなり、もしかしたら朝が近いのかもしれないと思ったが、その気配はなかった。
 寝ようと、萃香は瓢箪を枕に目を瞑った。お日様を見ればこういう気分も吹き飛ぶに違いない。明日起きたら、いつもの酔っ払いに戻るのだ。迎え酒を大量に浴びれば、普段の萃香さまの出来上がりなのだ。そうじゃないとらしくない。

 いつしか萃香は考えるのを止め、夢と現の境界に身を委ねた。








 誰かの温もりを感じながら、萃香は目を瞑っていた。
「寂しさを肴にするには、まだ早いようね」
そっと目の下を撫でる手の主はそう言った。
「そんなの、ずっと昔から分かっているわ」
そうだったわね、と優しい声音がした。萃香の知っている声である。
「だからあいつらと遊ぶの」
知っていると言わんばかりに、手は頭を撫でた。
「早く朝になるといいわね」

 ああ全く、その通りだなぁと思った。

 初めまして。または凄くご無沙汰しております。州乃です。

 ちょっと現実の方が目まぐるしく、ネタは浮かぶけど書く時間が無いという生活サイクルで、気づけば最終投稿から2年近く経つ勢い。
 だからと言って長いスパンを置いて練りに練られた話かというとそうでもなく、萃夢想の萃香は可愛いのでとりあえず一つは話を書きたいと思っただけであります。1年前ぐらいに!しかし、何故かこういう話になってしまう。

 なんせ久しぶりに物を書いたもので、さて、どう書いたものかと思案することこの上なしで進まない。長さ的にもこちらに投稿してよかったものかどうか怪しいところ。それでもネタだけもやもやと抱えているよりは、今は書いて良かったなぁと思う次第であります。


 最後になりますが、過去の作品ひっくるめて、読んでくださった方に感謝の意を。

// 11/14 ちょっと修正 // 
州乃
http://red.ribbon.to/~shikataat/
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コメント



0.1900簡易評価
10.100削除
萃香の一番の魅力はこの孤独にこそあると思うのですよ
こういう話が読みたかった
27.100黒で埋め尽くす程度の能力削除
寂しがる萃香の横で一緒に飲みたいー。
うまい酒になりそうだ。
37.100名前が無い程度の能力削除
いい話をありがとう。