悪魔の住む館、紅魔館。森の中にひっそりとたたずむ洋館である。
その紅魔館の一室で女性が一人眠っていた。
ベッドの中に顔をうずめるようにして眠っているのは、紅魔館のメイド長、十六夜 咲夜である。
しばらくすると咲夜はゆっくりと目を開ける。目をこすって頭をはっきりとさせる。
ベッドから体を起こすと、枕元に置いてある懐中時計を開けた。
「もう七時か…。」
普段の咲夜ならばとっくに起きだしている時間である。しかし、今日の咲夜はベッドから出ようとしない。
「…もう大丈夫みたいね。」
咲夜は自分の額に手をあてながらつぶやく。
レミリアお嬢様はどうしているかしら?
咲夜は主人の顔を思い浮かべた。すると、泣き顔と怒った顔のレミリアを思い出す。
「どうしよう…、お嬢様のところに行こうかしら…。」
普段なら真っ先に会いに行くレミリアに、会いにくい理由が咲夜にはあった。
事は二日前。咲夜は仕事中に突然倒れたのだ。頭がぼうっとしてしまい、気がついた時にはベッドに寝かされていた。目が覚めて真っ先に視界に飛び込んだのがレミリアの泣き顔だった。その顔が忘れられない。レミリアの隣には薬師の八意 永琳がいた。彼女によると、倒れた原因は過労からきた発熱だそうだ。後から聞いたことだが、レミリア自らが大慌てで永遠亭まで飛んで行き、永琳を無理やりつれて来たそうだ。
永琳の診察が終わり、彼女が帰った後。レミリアは急に怒り出した。そして咲夜に告げた。
「咲夜。あなたは明日から三日間の休暇よ。休暇中は一切仕事をしないこと。体を休ませることに専念。いいわね。」
返事すら出来ないほどの勢いで告げられた。この顔も忘れられない。
そこまで強く言われてしまうと咲夜も断る訳にもいかず、強制的な休暇となってしまったのだ。
そんな訳で咲夜は休暇中。昨日一日は寝ていたので体の方は良くなった。
しかし、心の中は良くならない。どうしてもレミリアのことが気になってしまう。数日会わないぐらいでどうにかなる人(吸血鬼だが)では無い。分かっているが気になるのだ。
咲夜はベッドから出ると背伸びをする。昨日までの体のだるさは感じない。永琳の薬のおかげか体は好調である。
うーん、どうしよう…。体の調子はいいのだから仕事にもどるべきかしら…。でもお嬢様は休めって言っているし…。
咲夜は考えこんでしまう。主人が休めと言うのだから休むべきではあろう。しかし、その発端は仕事中に倒れた自分にある。メイド長の自分がそんなことで休むのは他のメイド達に悪い気がするのだ。
「よし、お嬢様のところに行きましょう。」
元気になったのだから報告として行けばいい。それならば仕事にはならないだろう。それに、元気な自分を見れば、仕事に戻るようにとお嬢様も言うかもしれない。
咲夜は考えをまとめた。やることが決まれば行動は早い。さっそく着替える為にクローゼットを開ける。
「あれ?」
クローゼットの中を覗いて驚く。いつも着ているエプロンドレス、つまりメイド服が一着もかかっていなかった。普段ならば五着はかかっているはずなのだが、すべてが無くなっていた。
「な、なんで?」
咲夜は困ってしまった。さすがに寝間着のまま、レミリアの前には出られない。
咲夜が困っていると、部屋の入り口の扉がノックされた。
「咲夜様、起きていらっしゃいますか?」
扉の向こうから声が掛けられた。知っている声だ。
「起きているわ。入って来ていいわよ。」
咲夜が扉の向こう側の人物に返事をする。すると扉が開かれた。
「失礼します。咲夜様、おはようございます。朝食をお持ちしたのですが、食べられますか?」
入って来たのは、図書館の司書、小悪魔。紅魔館に住む魔法使い、パチュリーの使い魔だ。
「おはよう。食事は頂くわ。テーブルに置いてちょうだい。」
咲夜は返事をした。
「かしこまりました。」
小悪魔は食事の乗ったトレイをテーブルに置く。
「咲夜様、お体の方はもう大丈夫なのですか?」
「ええ、もう大丈夫よ。心配かけてごめんなさいね。」
「それならばよかったです。」
咲夜の元気な様子を見て、小悪魔は笑顔を見せる。
「それでは失礼しました。」
小悪魔は部屋を出ようと扉へと向かう。そこに咲夜は声をかけて呼び止めた。
「小悪魔、私のエプロンドレスが一着も無いの。知らないかしら?」
「ああ、それでしたら、今朝洗濯しましたけれど。」
「え?全部一度に洗濯したの?なんで?」
「レミリアお嬢様の言いつけです。咲夜様が休暇中に全部洗濯しろと言われましたので。」
「…そ、そう。わかったわ。ありがと。」
「はい。それでは失礼します。」
小悪魔は部屋を出て行った。
お嬢様、気を使ってくれるのは嬉しいのですけれど、そこまでしなくてもいいです。
咲夜は心の中でつぶやく。レミリアは徹底して咲夜を休ませようとしてくれている。そこまでされては、休みを取らないことがレミリアに対して悪いと思った。
とりあえず朝食を取ることにしよう。せっかく作ってくれたのだし。
普段なら自分の分は自分で作る。他人に作ってもらった食事は、また違うおいしさがあった。
食べながら考える。せっかく休暇をもらったのだから有効に使うべきだろう。たまには外にでも出てみようかな。
食事を終えると、咲夜はクローゼットの方へ向かう。
「洋服、あったかしら…。」
若い女性とは思えない言葉が出てきた。
紅魔館で働くことになって以来、私服を着ることは無かった。メイドという職業柄、常に仕事中なのでエプロンドレスがあたりまえ。そして休暇も取ったことは無いので、エプロンドレスを脱ぐのは入浴と眠るときぐらいである。つまり私服が必要にはならない。だから私服を買うことも無い。
クローゼットの引き出しを開けて中をあさる。すると奥から、白いブラウスと黒のロングスカートが出てきた。どちらも紅魔館に来たばかりの頃に着ていたものだ。
久々の私服に袖を通す。サイズが気になったがすんなりと着られた。体型は変わっていないようだ。ちょっと嬉しい。
「…何をしようかしら…。」
着替えを終えると、することを考える。体調は良いのだから二度寝はしたくない。図書館にでも行こうかとも思ったがやめた。自分は読書家ではない、体を動かしていたほうが良い。
よし、外に出てみよう。のんびり散歩をするだけでもいいかな。
咲夜は部屋から出て館の正門へと向かう。小悪魔と門番の美鈴に留守を頼む。特にお嬢様のことをよろしくと言って門の外に出た。
外は暑かった。雲ひとつ無い青空に真夏の太陽が輝いている。
咲夜は空に飛び上がった。行き先があるわけではない。眼下の景色を見ながら適当な方向へゆっくりと進む。
眼下には紅魔湖と魔法の森が見える。強い日差しと暑さの為か、人影は見えなかった。
咲夜は体をよじると今度は空を見上げた。きれいな青空だけが広がっている。
きれいな空。久しぶりに見た気がする。いつも見ているはずなのに、なんだか違う。
空を見上げているだけなのだが気分が良かった。普段は張り詰めている気持ちがほぐれていくような感覚だった。
「私、やっぱり疲れていたのかな?」
咲夜はつぶやいた。
大地に背中を向けたまま、しばらくふわふわと浮かんでいた時だった。突然視界が暗くなり何も見えなくなった。
「な、なに?」
突然の出来事に咲夜は驚いた。思わずもがくが手ごたえは無い。
すると急に明るくなった。急な変化に対応できず、咲夜はとまどう。
周りを見わたす。すると下から黒い何かが迫って来ている。
「ちょっとなによ?」
咲夜は急いで身をかわす。黒い何かを避け、それを見つめる。
「…煙?」
黒い何かは煙だった。急に暗くなったのは煙に包まれたからだと推測できる。
咲夜は大地を見わたす。下は魔法の森だった。その一画から黒煙があがっている。咲夜のいる真下だ。
「まさか、火事!」
咲夜は大急ぎで森に下りて行く。
煙をたどっていくと一軒の家があった。その家の二階の窓から煙が上がっている。
「あら?ここって…。」
見覚えのある場所だった。数回だが来たことがある。
そうしていると家の中からすごい炸裂音が響いた。耳をふさぎたくなるほどの音量だ。
「…た、たすけてぇ…。」
家の中から微かだが声が聞こえた。
これはやばい。咲夜はポケットから懐中時計を取り出した。時計を開くと意識を集中する。
「幻世 ザ・ワールド。」
咲夜が叫ぶと周囲から音が消えた。それだけではない、咲夜の持つ懐中時計の秒針が止まっている。
時を操る能力。咲夜の力である。今、彼女以外の時は止まっている。
「さてと。」
懐中時計をしまうと空を飛んで二階の窓へと向かう。窓は閉まっており、隙間から煙が漏れていた。中を覗いても煙で何も見えない。閂がかかっていて窓は開かなかった。
「しかたがないわよね。」
咲夜は愛用のナイフを取り出す。ナイフを窓の隙間に刺し込み閂を切る。
窓を開けて部屋の中を覗く。中は煙でほとんど何も見えない。その中に人の体を見つけた。四つん這いで部屋の入り口へ向かっている。その人物の顔を見るとやはり知っている顔だった。魔法使いの霧雨 魔理沙だ。
「やっぱり魔理沙。まったく凄いことになっているわね。」
咲夜は頭を低くして部屋の中を見回す。魔理沙以外の人影は無い。それを確認すると、魔理沙の体を窓に向かって引っ張り出した。
「う、けっこう重いのね魔理沙。」
魔理沙を背負うと、咲夜は窓から飛び出した。家から少し離れたところで魔理沙を降ろす。
「ふう。ここなら良いわね。…時よ動きなさい!」
「あわわ…え、うわっ!」
魔理沙が思い切りこけた。同時に周囲のざわめきが戻ってくる。
「え?あ?ここはどこだ?」
「大丈夫?魔理沙、いったい何が…。」
ドゴォン!
咲夜が言い終わる前に、すさまじい爆音が響く。振り向くと、二階の窓から物凄い勢いで煙が噴き出している。
「まさに間一髪だったわね。」
「あ、あー!そ、そんなー!」
状況を理解したらしく、魔理沙は悲鳴を上げた。そしてその場にくずれ落ちてしまう。
「そんなにがっかりしないの。怪我が無かっただけでももうけ物よ。」
声を掛けられて魔理沙が顔を上げる。
「……え?…咲夜なのか?」
「そうよ、って他の誰にみえるのよ。」
「いや、いつもと違う格好だったからさ。」
「あなたは服で私を見分けていたのかしら。」
咲夜は少し悲しくなった。確かに服装はいつもと違うが、しょっちゅう顔を会わせているのだ。忘れられているような気がした。
「そうか、咲夜が時を止めて助けてくれたんだ。」
「そうよ。」
「ああ、お礼を言わなくちゃな。ありがと。」
魔理沙は立ち上がりながら礼を言った。
「ええ。それよりも、いったい何があったの?すごい爆発だったわよ」
「…ちょっとな、魔法の実験でミスったんだ。」
魔理沙はとぼとぼと家に向かって歩き出した。咲夜も後に続く。
「そういえば咲夜はなんでここに?私に用事か?」
「いいえ、私は通りすがりよ。」
家の玄関を開けて中を確認する。ひどい有様かと思っていたのだがそうでもない。あちこちの物が倒れているぐらいである。
二人は階段を上り二階へ向かう。爆発のあった魔理沙の部屋の前で立ち止まる。
「中に入っても大丈夫なの?」
「ああ、もうおさまっているから大丈夫だ。」
「おさまっているってなにが?」
咲夜の問いのは答えず、魔理沙は扉を開けた。
部屋の中はひどいことになっていた。壁や天井には焼け焦げた後がたくさんあるし、本棚はすべて倒れている。爆風で吹き飛んだのか、テーブルは部屋のすみで真っ二つである。液体が入っていただろうビンが割れて床を濡らしている。とにかくすさまじい光景だった。
「あーあ……。」
魔理沙は床に座り込んでしまう。
「気を落とさないでよ。でも、この部屋だけで済んだのは不幸中の幸いね。窓から圧力が抜けてくれたからね。」
咲夜が窓を開けたままにしておいたのが良かったようである。その窓も吹き飛んでしまったので、四角い壁の穴になっていたが。
魔理沙は立ち上がり、咲夜の方を向く。その顔は笑顔だ。どうみても作り笑いだが。
「な、なによ?」
「あの、咲夜さん。私服でこんなところに通りがかるということは、今はお時間があるのでしょうか?」
「気持ちが悪いからやめてちょうだい。」
言いたいことはすぐ分かる。暇なら後片付けを手伝って欲しいということ。
「…いいわよ、手伝ってあげるわ。暇なのは確かだしね。」
「ありがたい、恩にきるぜ。」
魔理沙は咲夜の手をとって喜んだ。
さて、どこから手をつけましょうか。
もうすぐ太陽が沈む頃、咲夜と魔理沙は森の入り口にある屋台に来ていた。夜雀のミスティアが開いている、八目鰻の屋台である。
結局、部屋の片付けは夕方までかかってしまった。咲夜は帰ろうと思っていたのだが、魔理沙が手伝ってくれたお礼に奢ると言うのでご馳走になることにしたのだ。
屋台はそれなりに繁盛しているようだ。屋台の周囲にもテーブルを並べている。咲夜の知っている顔も数人いた。カウンターにいるのは、闇の妖怪ルーミアと蛍の妖怪リグルである。
二人はテーブルに座ることにした。魔理沙がミスティアに注文を告げる。
「あなた、いつもこんなところで飲んでいるの?」
「たまにな。いつもなら神社で霊夢と飲むんだが、今日は咲夜と飲むんだからな。」
「ふーん。」
「おまえはどうなんだ?飲みに出歩いたりはしないのか?」
「しないわね。仕事でないと外出しないから。仕事中にお酒を飲む訳にはいかないでしょう。」
「ま、そうかも。宴会の時もレミリアと一緒だからな。主人の前で飲んだくれる訳にはいかんわな。」
「そうゆうこと。」
話をしているとミスティアが料理を運んで来た。
「はーい、ビールと八目鰻の串揚げおまちどうさまー。」
ミスティアがテーブルに料理を並べる。
「咲夜、今日はありがとうな。飲もうぜ。」
魔理沙がビールの注がれたジョッキをつかんで持ち上げる。
「そうね。」
咲夜もジョッキを手にすると、魔理沙とジョッキを合わせる。
「「かんぱい。」」
二人でジョッキをあおる。久々に飲んだ酒は格別だった。
しばらく串揚げを食べながら飲んでいると、魔理沙が尋ねてきた。今日は何で魔法の森なんかに来ていたのかと。咲夜は理由を話す。
「なるほどね。しかし、お前が倒れるとはな、無理してたんだな。そんなふうには見えなかったけど。」
「まあね。自分でも気が付かなかったから。」
「たまには休めよ。霊夢みたいにのんびりやろうぜ。」
「霊夢はのんびりしすぎだと思うけれど。」
魔理沙の質問に答えていると、咲夜は昼間のことを思い出した。
「ねえ、魔理沙。昼間の爆発はなんだったの?」
「ん、言っただろ、魔法の実験のミスだって。」
「そうじゃなくて、何の実験をしていたの?」
「新しい魔法薬の開発だよ。まあ、今までの魔法薬の改造だから、何が出来るかは出来るまでわからなかったが。まさか爆発するとは。」
「………。」
嘘をついている。咲夜は気づいた。
部屋の掃除をしていた時にも気になったのだが、部屋で起こったのは爆発とは違う。まず、爆発元が解らない。あれだけの爆発ならば、爆心地はえぐれているいはず。それが無い。次に、壁の焼け焦げ。ところどころ焦げているのである。爆発ならば部屋全部が焦げていいはず。さらにもう一つ、魔理沙の行動である。掃除を始めてすぐ、何かを探していた。そして探し出した何かを懐にしまったのを咲夜は見ていた。
「魔理沙、何か隠しているわね。」
「あ?そんなことはないぞ。」
まだしらを切るのね。それならば…。
酔いがまわっているせいか、咲夜はいたずら心がわいてきた。
「ん?なんだ?」
魔理沙を無視してポケットから懐中時計を取り出す。懐中時計を開く。次の瞬間、咲夜の手にはあったのは、懐中時計ではなく、一冊の本だった。
「あら…この本って…。」
「ん………え?ああー!おまえ時間を止めたな!返せ!」
大慌てで本を取り返す魔理沙。そのまま後ろに隠す。
「それって確か、パチュリー様が霧を出すときに使っていた本ね。図書館から持ってきたのでしょうけれど、何に使おうとしたの?」
「う、いや、ちょとな…。」
「その本の魔法は、霧を大量に発生させる魔法でしょう?今度はあなたが幻想郷の太陽を隠そうっていうの?」
以前、太陽を隠すためにこの魔法を使ったのは咲夜達である。日光に弱いレミリアのためだった。
「……あ、あんまり暑いからさ、ちょっとは涼しく出来ないかと思って…。」
「………。」
咲夜はあきれて言葉が出なかった。
太陽を隠した事で、紅魔館に乗り込んできたのは魔理沙でしょう。それを自分からまたやろうなんて。
「ねえ魔理沙、その魔法をどんな風に失敗したの?」
「ああ、出力をミスってな。暴走しちまった。」
あの魔法、もともとは天候を操る魔法のはず。
「と、言うことは、あの煙は雲なの?」
「そうだな。」
「それじゃ、部屋の焼け焦げは落雷かしら?」
「…ああ…。」
「部屋の爆発は……台風?」
「…うん…。」
だんだん魔理沙の声が小さくなってきた。
「ぷっ、あははははは!」
「笑うなー!」
咲夜は思わず笑ってしまった。
「あはは、ご、ごめんなさい。」
「うう、だから話したくなかったんだ。」
魔理沙はテーブルに突っ伏してしまった。
「悪かったわ。お詫びに今度は私が奢るから。」
ミスティアにビールの注文を入れる。ミスティアはすぐにビールを注いで持ってきた。
「はい、魔理沙。これで機嫌を直して。」
「ん、いただくよ。」
ジョッキを受け取ると一気に飲み干す。少しは機嫌が直ったようだ。
「しかし、咲夜に笑われるとはな。って言うか、お前が笑ったところを初めてみたぞ。」
「え、そんなことないでしょう?」
「普段のは含み笑いとか愛想笑いじゃないか。口開けてまで笑ったのは初めてだ。」
「…そうかも。」
笑わなくなっていたかもしれない。真面目な性格とメイド長という立場のためか、人前では笑うことがない。主人や部下の前で大笑いしていたのでは立場が無い。
「そうだろ。おまえは真面目すぎるんだよ。おかしいときは思い切り笑っていいじゃないか。ストレスがたまるぜ。」
「うん…。」
「そんなに堅苦しいとまた倒れるぜ。笑うときは思い切り笑う、はじけるときは思い切りはじける。欲しいものは何としても手に入れる。嫌な奴は容赦なく魔砲でぶっとばす。それが私の健康の秘訣だ。」
「あなたらしいわね。」
いつもの咲夜なら傍若無人な魔理沙になにか言い返しているだろう。でも今は違った。魔理沙の言うことが理解できる。
「お、笑顔が出てきたな。ふだんからそういう顔をしているといいんだ。おまえならもてるぜ。」
「からかわないで。」
「「あはははは。」」
二人は思い切り笑った。
窓から差し込む光が顔にあたる。その光で咲夜は目を覚ました。
布団から体を起こす。周りを見わたすと見覚えの無い部屋だった。隣のベッドでは魔理沙が寝息を立てていた。
ああ、そうだ。魔理沙の家に泊まったのだったわね。
昨夜はあのまま夜半過ぎまで飲んでしまった。周りにいたルーミアやリグルまで巻き込んでの大宴会だった。宴会が終わると二人ともまともに立てないほどに酔っていた。よく家まで帰ってこられたと思う。
咲夜は立ち上がると背伸びをした。少し頭が痛いが気分は良かった。
魔理沙を起こさないように布団をたたむ。そしてそっと部屋を出て行く。
しばらくして咲夜は戻ってきた。魔理沙の体をゆする。
「魔理沙、起きてよ。」
「ん、ああ?」
魔理沙が目を開ける。ベッドから体を起こすとあくびをした。
「おはよう、魔理沙。」
「ふわぁ、うん、おはよう。」
目が覚めきらないらしく頭を振る。
「頭が痛い。」
「飲みすぎよ。まあ、私もだけれど。」
魔理沙はベッドから立ち上がる。もう一度あくびをした。目は覚めたようだ。
「魔理沙、私は紅魔館に帰るわ。」
「ん、まだ休暇だろう?まだゆっくりしていけばいいのに。」
「昨日は帰ってないし、あんまり留守にするのも悪いから。」
「そうか。わかった。」
「台所借りたわ。朝食、作っておいたから食べて。」
「なんだよ、そこまですること無いのに。咲夜には昨日から世話になりっぱなしだよ。」
「いいのよ。それにお礼を言いたいのは私の方。ありがとう魔理沙。」
「え、なんでだ?」
「いいの。」
疑問の魔理沙に、咲夜は笑顔で答える。
二人は玄関から外に出る。日差しが強い。今日も暑くなりそうだ。
「ねえ魔理沙、また遊びに来てもいいかしら?」
「もちろんだぜ。今度は霊夢も誘おうぜ。」
「そうね。ありがと。」
二人は笑顔で話す。
「それじゃ、またね、魔理沙。」
「ああ、世話になったな。またな。」
咲夜は飛び上がると紅魔館の方角へ向かう。
道すがら咲夜は思った。
休みを取るのもいいわね。こんなにリラックスできたのは久しぶり。魔理沙に感謝ね。そしてお嬢様ありがとうございます。
紅魔館が見えてきた。美鈴が気づいたらしく、手を振ってきた。
また仕事が始まる。忙しい毎日。でもその分、次に取る休暇が楽しみである。
「ただいま。」
咲夜は笑顔で答えた。
その紅魔館の一室で女性が一人眠っていた。
ベッドの中に顔をうずめるようにして眠っているのは、紅魔館のメイド長、十六夜 咲夜である。
しばらくすると咲夜はゆっくりと目を開ける。目をこすって頭をはっきりとさせる。
ベッドから体を起こすと、枕元に置いてある懐中時計を開けた。
「もう七時か…。」
普段の咲夜ならばとっくに起きだしている時間である。しかし、今日の咲夜はベッドから出ようとしない。
「…もう大丈夫みたいね。」
咲夜は自分の額に手をあてながらつぶやく。
レミリアお嬢様はどうしているかしら?
咲夜は主人の顔を思い浮かべた。すると、泣き顔と怒った顔のレミリアを思い出す。
「どうしよう…、お嬢様のところに行こうかしら…。」
普段なら真っ先に会いに行くレミリアに、会いにくい理由が咲夜にはあった。
事は二日前。咲夜は仕事中に突然倒れたのだ。頭がぼうっとしてしまい、気がついた時にはベッドに寝かされていた。目が覚めて真っ先に視界に飛び込んだのがレミリアの泣き顔だった。その顔が忘れられない。レミリアの隣には薬師の八意 永琳がいた。彼女によると、倒れた原因は過労からきた発熱だそうだ。後から聞いたことだが、レミリア自らが大慌てで永遠亭まで飛んで行き、永琳を無理やりつれて来たそうだ。
永琳の診察が終わり、彼女が帰った後。レミリアは急に怒り出した。そして咲夜に告げた。
「咲夜。あなたは明日から三日間の休暇よ。休暇中は一切仕事をしないこと。体を休ませることに専念。いいわね。」
返事すら出来ないほどの勢いで告げられた。この顔も忘れられない。
そこまで強く言われてしまうと咲夜も断る訳にもいかず、強制的な休暇となってしまったのだ。
そんな訳で咲夜は休暇中。昨日一日は寝ていたので体の方は良くなった。
しかし、心の中は良くならない。どうしてもレミリアのことが気になってしまう。数日会わないぐらいでどうにかなる人(吸血鬼だが)では無い。分かっているが気になるのだ。
咲夜はベッドから出ると背伸びをする。昨日までの体のだるさは感じない。永琳の薬のおかげか体は好調である。
うーん、どうしよう…。体の調子はいいのだから仕事にもどるべきかしら…。でもお嬢様は休めって言っているし…。
咲夜は考えこんでしまう。主人が休めと言うのだから休むべきではあろう。しかし、その発端は仕事中に倒れた自分にある。メイド長の自分がそんなことで休むのは他のメイド達に悪い気がするのだ。
「よし、お嬢様のところに行きましょう。」
元気になったのだから報告として行けばいい。それならば仕事にはならないだろう。それに、元気な自分を見れば、仕事に戻るようにとお嬢様も言うかもしれない。
咲夜は考えをまとめた。やることが決まれば行動は早い。さっそく着替える為にクローゼットを開ける。
「あれ?」
クローゼットの中を覗いて驚く。いつも着ているエプロンドレス、つまりメイド服が一着もかかっていなかった。普段ならば五着はかかっているはずなのだが、すべてが無くなっていた。
「な、なんで?」
咲夜は困ってしまった。さすがに寝間着のまま、レミリアの前には出られない。
咲夜が困っていると、部屋の入り口の扉がノックされた。
「咲夜様、起きていらっしゃいますか?」
扉の向こうから声が掛けられた。知っている声だ。
「起きているわ。入って来ていいわよ。」
咲夜が扉の向こう側の人物に返事をする。すると扉が開かれた。
「失礼します。咲夜様、おはようございます。朝食をお持ちしたのですが、食べられますか?」
入って来たのは、図書館の司書、小悪魔。紅魔館に住む魔法使い、パチュリーの使い魔だ。
「おはよう。食事は頂くわ。テーブルに置いてちょうだい。」
咲夜は返事をした。
「かしこまりました。」
小悪魔は食事の乗ったトレイをテーブルに置く。
「咲夜様、お体の方はもう大丈夫なのですか?」
「ええ、もう大丈夫よ。心配かけてごめんなさいね。」
「それならばよかったです。」
咲夜の元気な様子を見て、小悪魔は笑顔を見せる。
「それでは失礼しました。」
小悪魔は部屋を出ようと扉へと向かう。そこに咲夜は声をかけて呼び止めた。
「小悪魔、私のエプロンドレスが一着も無いの。知らないかしら?」
「ああ、それでしたら、今朝洗濯しましたけれど。」
「え?全部一度に洗濯したの?なんで?」
「レミリアお嬢様の言いつけです。咲夜様が休暇中に全部洗濯しろと言われましたので。」
「…そ、そう。わかったわ。ありがと。」
「はい。それでは失礼します。」
小悪魔は部屋を出て行った。
お嬢様、気を使ってくれるのは嬉しいのですけれど、そこまでしなくてもいいです。
咲夜は心の中でつぶやく。レミリアは徹底して咲夜を休ませようとしてくれている。そこまでされては、休みを取らないことがレミリアに対して悪いと思った。
とりあえず朝食を取ることにしよう。せっかく作ってくれたのだし。
普段なら自分の分は自分で作る。他人に作ってもらった食事は、また違うおいしさがあった。
食べながら考える。せっかく休暇をもらったのだから有効に使うべきだろう。たまには外にでも出てみようかな。
食事を終えると、咲夜はクローゼットの方へ向かう。
「洋服、あったかしら…。」
若い女性とは思えない言葉が出てきた。
紅魔館で働くことになって以来、私服を着ることは無かった。メイドという職業柄、常に仕事中なのでエプロンドレスがあたりまえ。そして休暇も取ったことは無いので、エプロンドレスを脱ぐのは入浴と眠るときぐらいである。つまり私服が必要にはならない。だから私服を買うことも無い。
クローゼットの引き出しを開けて中をあさる。すると奥から、白いブラウスと黒のロングスカートが出てきた。どちらも紅魔館に来たばかりの頃に着ていたものだ。
久々の私服に袖を通す。サイズが気になったがすんなりと着られた。体型は変わっていないようだ。ちょっと嬉しい。
「…何をしようかしら…。」
着替えを終えると、することを考える。体調は良いのだから二度寝はしたくない。図書館にでも行こうかとも思ったがやめた。自分は読書家ではない、体を動かしていたほうが良い。
よし、外に出てみよう。のんびり散歩をするだけでもいいかな。
咲夜は部屋から出て館の正門へと向かう。小悪魔と門番の美鈴に留守を頼む。特にお嬢様のことをよろしくと言って門の外に出た。
外は暑かった。雲ひとつ無い青空に真夏の太陽が輝いている。
咲夜は空に飛び上がった。行き先があるわけではない。眼下の景色を見ながら適当な方向へゆっくりと進む。
眼下には紅魔湖と魔法の森が見える。強い日差しと暑さの為か、人影は見えなかった。
咲夜は体をよじると今度は空を見上げた。きれいな青空だけが広がっている。
きれいな空。久しぶりに見た気がする。いつも見ているはずなのに、なんだか違う。
空を見上げているだけなのだが気分が良かった。普段は張り詰めている気持ちがほぐれていくような感覚だった。
「私、やっぱり疲れていたのかな?」
咲夜はつぶやいた。
大地に背中を向けたまま、しばらくふわふわと浮かんでいた時だった。突然視界が暗くなり何も見えなくなった。
「な、なに?」
突然の出来事に咲夜は驚いた。思わずもがくが手ごたえは無い。
すると急に明るくなった。急な変化に対応できず、咲夜はとまどう。
周りを見わたす。すると下から黒い何かが迫って来ている。
「ちょっとなによ?」
咲夜は急いで身をかわす。黒い何かを避け、それを見つめる。
「…煙?」
黒い何かは煙だった。急に暗くなったのは煙に包まれたからだと推測できる。
咲夜は大地を見わたす。下は魔法の森だった。その一画から黒煙があがっている。咲夜のいる真下だ。
「まさか、火事!」
咲夜は大急ぎで森に下りて行く。
煙をたどっていくと一軒の家があった。その家の二階の窓から煙が上がっている。
「あら?ここって…。」
見覚えのある場所だった。数回だが来たことがある。
そうしていると家の中からすごい炸裂音が響いた。耳をふさぎたくなるほどの音量だ。
「…た、たすけてぇ…。」
家の中から微かだが声が聞こえた。
これはやばい。咲夜はポケットから懐中時計を取り出した。時計を開くと意識を集中する。
「幻世 ザ・ワールド。」
咲夜が叫ぶと周囲から音が消えた。それだけではない、咲夜の持つ懐中時計の秒針が止まっている。
時を操る能力。咲夜の力である。今、彼女以外の時は止まっている。
「さてと。」
懐中時計をしまうと空を飛んで二階の窓へと向かう。窓は閉まっており、隙間から煙が漏れていた。中を覗いても煙で何も見えない。閂がかかっていて窓は開かなかった。
「しかたがないわよね。」
咲夜は愛用のナイフを取り出す。ナイフを窓の隙間に刺し込み閂を切る。
窓を開けて部屋の中を覗く。中は煙でほとんど何も見えない。その中に人の体を見つけた。四つん這いで部屋の入り口へ向かっている。その人物の顔を見るとやはり知っている顔だった。魔法使いの霧雨 魔理沙だ。
「やっぱり魔理沙。まったく凄いことになっているわね。」
咲夜は頭を低くして部屋の中を見回す。魔理沙以外の人影は無い。それを確認すると、魔理沙の体を窓に向かって引っ張り出した。
「う、けっこう重いのね魔理沙。」
魔理沙を背負うと、咲夜は窓から飛び出した。家から少し離れたところで魔理沙を降ろす。
「ふう。ここなら良いわね。…時よ動きなさい!」
「あわわ…え、うわっ!」
魔理沙が思い切りこけた。同時に周囲のざわめきが戻ってくる。
「え?あ?ここはどこだ?」
「大丈夫?魔理沙、いったい何が…。」
ドゴォン!
咲夜が言い終わる前に、すさまじい爆音が響く。振り向くと、二階の窓から物凄い勢いで煙が噴き出している。
「まさに間一髪だったわね。」
「あ、あー!そ、そんなー!」
状況を理解したらしく、魔理沙は悲鳴を上げた。そしてその場にくずれ落ちてしまう。
「そんなにがっかりしないの。怪我が無かっただけでももうけ物よ。」
声を掛けられて魔理沙が顔を上げる。
「……え?…咲夜なのか?」
「そうよ、って他の誰にみえるのよ。」
「いや、いつもと違う格好だったからさ。」
「あなたは服で私を見分けていたのかしら。」
咲夜は少し悲しくなった。確かに服装はいつもと違うが、しょっちゅう顔を会わせているのだ。忘れられているような気がした。
「そうか、咲夜が時を止めて助けてくれたんだ。」
「そうよ。」
「ああ、お礼を言わなくちゃな。ありがと。」
魔理沙は立ち上がりながら礼を言った。
「ええ。それよりも、いったい何があったの?すごい爆発だったわよ」
「…ちょっとな、魔法の実験でミスったんだ。」
魔理沙はとぼとぼと家に向かって歩き出した。咲夜も後に続く。
「そういえば咲夜はなんでここに?私に用事か?」
「いいえ、私は通りすがりよ。」
家の玄関を開けて中を確認する。ひどい有様かと思っていたのだがそうでもない。あちこちの物が倒れているぐらいである。
二人は階段を上り二階へ向かう。爆発のあった魔理沙の部屋の前で立ち止まる。
「中に入っても大丈夫なの?」
「ああ、もうおさまっているから大丈夫だ。」
「おさまっているってなにが?」
咲夜の問いのは答えず、魔理沙は扉を開けた。
部屋の中はひどいことになっていた。壁や天井には焼け焦げた後がたくさんあるし、本棚はすべて倒れている。爆風で吹き飛んだのか、テーブルは部屋のすみで真っ二つである。液体が入っていただろうビンが割れて床を濡らしている。とにかくすさまじい光景だった。
「あーあ……。」
魔理沙は床に座り込んでしまう。
「気を落とさないでよ。でも、この部屋だけで済んだのは不幸中の幸いね。窓から圧力が抜けてくれたからね。」
咲夜が窓を開けたままにしておいたのが良かったようである。その窓も吹き飛んでしまったので、四角い壁の穴になっていたが。
魔理沙は立ち上がり、咲夜の方を向く。その顔は笑顔だ。どうみても作り笑いだが。
「な、なによ?」
「あの、咲夜さん。私服でこんなところに通りがかるということは、今はお時間があるのでしょうか?」
「気持ちが悪いからやめてちょうだい。」
言いたいことはすぐ分かる。暇なら後片付けを手伝って欲しいということ。
「…いいわよ、手伝ってあげるわ。暇なのは確かだしね。」
「ありがたい、恩にきるぜ。」
魔理沙は咲夜の手をとって喜んだ。
さて、どこから手をつけましょうか。
もうすぐ太陽が沈む頃、咲夜と魔理沙は森の入り口にある屋台に来ていた。夜雀のミスティアが開いている、八目鰻の屋台である。
結局、部屋の片付けは夕方までかかってしまった。咲夜は帰ろうと思っていたのだが、魔理沙が手伝ってくれたお礼に奢ると言うのでご馳走になることにしたのだ。
屋台はそれなりに繁盛しているようだ。屋台の周囲にもテーブルを並べている。咲夜の知っている顔も数人いた。カウンターにいるのは、闇の妖怪ルーミアと蛍の妖怪リグルである。
二人はテーブルに座ることにした。魔理沙がミスティアに注文を告げる。
「あなた、いつもこんなところで飲んでいるの?」
「たまにな。いつもなら神社で霊夢と飲むんだが、今日は咲夜と飲むんだからな。」
「ふーん。」
「おまえはどうなんだ?飲みに出歩いたりはしないのか?」
「しないわね。仕事でないと外出しないから。仕事中にお酒を飲む訳にはいかないでしょう。」
「ま、そうかも。宴会の時もレミリアと一緒だからな。主人の前で飲んだくれる訳にはいかんわな。」
「そうゆうこと。」
話をしているとミスティアが料理を運んで来た。
「はーい、ビールと八目鰻の串揚げおまちどうさまー。」
ミスティアがテーブルに料理を並べる。
「咲夜、今日はありがとうな。飲もうぜ。」
魔理沙がビールの注がれたジョッキをつかんで持ち上げる。
「そうね。」
咲夜もジョッキを手にすると、魔理沙とジョッキを合わせる。
「「かんぱい。」」
二人でジョッキをあおる。久々に飲んだ酒は格別だった。
しばらく串揚げを食べながら飲んでいると、魔理沙が尋ねてきた。今日は何で魔法の森なんかに来ていたのかと。咲夜は理由を話す。
「なるほどね。しかし、お前が倒れるとはな、無理してたんだな。そんなふうには見えなかったけど。」
「まあね。自分でも気が付かなかったから。」
「たまには休めよ。霊夢みたいにのんびりやろうぜ。」
「霊夢はのんびりしすぎだと思うけれど。」
魔理沙の質問に答えていると、咲夜は昼間のことを思い出した。
「ねえ、魔理沙。昼間の爆発はなんだったの?」
「ん、言っただろ、魔法の実験のミスだって。」
「そうじゃなくて、何の実験をしていたの?」
「新しい魔法薬の開発だよ。まあ、今までの魔法薬の改造だから、何が出来るかは出来るまでわからなかったが。まさか爆発するとは。」
「………。」
嘘をついている。咲夜は気づいた。
部屋の掃除をしていた時にも気になったのだが、部屋で起こったのは爆発とは違う。まず、爆発元が解らない。あれだけの爆発ならば、爆心地はえぐれているいはず。それが無い。次に、壁の焼け焦げ。ところどころ焦げているのである。爆発ならば部屋全部が焦げていいはず。さらにもう一つ、魔理沙の行動である。掃除を始めてすぐ、何かを探していた。そして探し出した何かを懐にしまったのを咲夜は見ていた。
「魔理沙、何か隠しているわね。」
「あ?そんなことはないぞ。」
まだしらを切るのね。それならば…。
酔いがまわっているせいか、咲夜はいたずら心がわいてきた。
「ん?なんだ?」
魔理沙を無視してポケットから懐中時計を取り出す。懐中時計を開く。次の瞬間、咲夜の手にはあったのは、懐中時計ではなく、一冊の本だった。
「あら…この本って…。」
「ん………え?ああー!おまえ時間を止めたな!返せ!」
大慌てで本を取り返す魔理沙。そのまま後ろに隠す。
「それって確か、パチュリー様が霧を出すときに使っていた本ね。図書館から持ってきたのでしょうけれど、何に使おうとしたの?」
「う、いや、ちょとな…。」
「その本の魔法は、霧を大量に発生させる魔法でしょう?今度はあなたが幻想郷の太陽を隠そうっていうの?」
以前、太陽を隠すためにこの魔法を使ったのは咲夜達である。日光に弱いレミリアのためだった。
「……あ、あんまり暑いからさ、ちょっとは涼しく出来ないかと思って…。」
「………。」
咲夜はあきれて言葉が出なかった。
太陽を隠した事で、紅魔館に乗り込んできたのは魔理沙でしょう。それを自分からまたやろうなんて。
「ねえ魔理沙、その魔法をどんな風に失敗したの?」
「ああ、出力をミスってな。暴走しちまった。」
あの魔法、もともとは天候を操る魔法のはず。
「と、言うことは、あの煙は雲なの?」
「そうだな。」
「それじゃ、部屋の焼け焦げは落雷かしら?」
「…ああ…。」
「部屋の爆発は……台風?」
「…うん…。」
だんだん魔理沙の声が小さくなってきた。
「ぷっ、あははははは!」
「笑うなー!」
咲夜は思わず笑ってしまった。
「あはは、ご、ごめんなさい。」
「うう、だから話したくなかったんだ。」
魔理沙はテーブルに突っ伏してしまった。
「悪かったわ。お詫びに今度は私が奢るから。」
ミスティアにビールの注文を入れる。ミスティアはすぐにビールを注いで持ってきた。
「はい、魔理沙。これで機嫌を直して。」
「ん、いただくよ。」
ジョッキを受け取ると一気に飲み干す。少しは機嫌が直ったようだ。
「しかし、咲夜に笑われるとはな。って言うか、お前が笑ったところを初めてみたぞ。」
「え、そんなことないでしょう?」
「普段のは含み笑いとか愛想笑いじゃないか。口開けてまで笑ったのは初めてだ。」
「…そうかも。」
笑わなくなっていたかもしれない。真面目な性格とメイド長という立場のためか、人前では笑うことがない。主人や部下の前で大笑いしていたのでは立場が無い。
「そうだろ。おまえは真面目すぎるんだよ。おかしいときは思い切り笑っていいじゃないか。ストレスがたまるぜ。」
「うん…。」
「そんなに堅苦しいとまた倒れるぜ。笑うときは思い切り笑う、はじけるときは思い切りはじける。欲しいものは何としても手に入れる。嫌な奴は容赦なく魔砲でぶっとばす。それが私の健康の秘訣だ。」
「あなたらしいわね。」
いつもの咲夜なら傍若無人な魔理沙になにか言い返しているだろう。でも今は違った。魔理沙の言うことが理解できる。
「お、笑顔が出てきたな。ふだんからそういう顔をしているといいんだ。おまえならもてるぜ。」
「からかわないで。」
「「あはははは。」」
二人は思い切り笑った。
窓から差し込む光が顔にあたる。その光で咲夜は目を覚ました。
布団から体を起こす。周りを見わたすと見覚えの無い部屋だった。隣のベッドでは魔理沙が寝息を立てていた。
ああ、そうだ。魔理沙の家に泊まったのだったわね。
昨夜はあのまま夜半過ぎまで飲んでしまった。周りにいたルーミアやリグルまで巻き込んでの大宴会だった。宴会が終わると二人ともまともに立てないほどに酔っていた。よく家まで帰ってこられたと思う。
咲夜は立ち上がると背伸びをした。少し頭が痛いが気分は良かった。
魔理沙を起こさないように布団をたたむ。そしてそっと部屋を出て行く。
しばらくして咲夜は戻ってきた。魔理沙の体をゆする。
「魔理沙、起きてよ。」
「ん、ああ?」
魔理沙が目を開ける。ベッドから体を起こすとあくびをした。
「おはよう、魔理沙。」
「ふわぁ、うん、おはよう。」
目が覚めきらないらしく頭を振る。
「頭が痛い。」
「飲みすぎよ。まあ、私もだけれど。」
魔理沙はベッドから立ち上がる。もう一度あくびをした。目は覚めたようだ。
「魔理沙、私は紅魔館に帰るわ。」
「ん、まだ休暇だろう?まだゆっくりしていけばいいのに。」
「昨日は帰ってないし、あんまり留守にするのも悪いから。」
「そうか。わかった。」
「台所借りたわ。朝食、作っておいたから食べて。」
「なんだよ、そこまですること無いのに。咲夜には昨日から世話になりっぱなしだよ。」
「いいのよ。それにお礼を言いたいのは私の方。ありがとう魔理沙。」
「え、なんでだ?」
「いいの。」
疑問の魔理沙に、咲夜は笑顔で答える。
二人は玄関から外に出る。日差しが強い。今日も暑くなりそうだ。
「ねえ魔理沙、また遊びに来てもいいかしら?」
「もちろんだぜ。今度は霊夢も誘おうぜ。」
「そうね。ありがと。」
二人は笑顔で話す。
「それじゃ、またね、魔理沙。」
「ああ、世話になったな。またな。」
咲夜は飛び上がると紅魔館の方角へ向かう。
道すがら咲夜は思った。
休みを取るのもいいわね。こんなにリラックスできたのは久しぶり。魔理沙に感謝ね。そしてお嬢様ありがとうございます。
紅魔館が見えてきた。美鈴が気づいたらしく、手を振ってきた。
また仕事が始まる。忙しい毎日。でもその分、次に取る休暇が楽しみである。
「ただいま。」
咲夜は笑顔で答えた。
あとは展開が急だったり、若干盛り上がりに欠けるような気もしましたが、それは雰囲気に合わせたのかなとか思ったり。
次回への期待を込めて10追加でこの点数にしておきますね。
追記
咲夜さん、(レミリア様に)無断で外出して、でもってお酒飲んで朝帰り…レミリア様がどれほど心配したのかと気になるところです(笑)
しかし咲夜さんを半泣きになりながら一晩中探し続け、朝帰りした姿にほっとするも激怒、部屋に監禁状態にしてお説教を始めるレミ様を幻視してしまった。
次回作への参考とさせていただきます。本当にありがとうございます。
感じた事に素直に感じたままに過ごす。
抑える事も。バランス良く過ごす事も・・・・