諸注意
・このSSは拙作「博麗戦隊ハクレイジャーvol.1」の続きです。
いままでのあらすじ
霊夢が魔理沙をひん剥いて弄びました。
_/ _/ _/ CM _/ _/ _/
「あーもう、暑い、だりぃ。なんであたしらがこんなことしなきゃなんないのよー。
こんな暑い日に殺しあう姫の気が知れないわよ。しかもボロッカスに負けてやがるし。
リザレクションするくらいの余力は残しとけっつーのよ。ったくこれだから蓬莱ニートは……ぶつぶつ」
竹篭を背負い、手にした割り箸で、周囲に散らばる焼肉、というか焦げた肉片を拾い集める詐欺ウサギこと因幡 てゐ。
かんかん照りの日差しを受けて、やたら説明くさい愚痴と汗とを垂れ流しながら、他のウサギ達と一緒に作業を続けている。
「あら?てゐ達みんなで何してるの?」
そこへ通りがかる、へにょり耳で座薬使いの月ウサギ、鈴仙・優曇華院・イナバ。
暑さと単純作業にウンザリしていたウサギ達は、一斉に鈴仙をギロヌと睨み付けた。
こと、てゐに至っては。
「何してるの?じゃなーーーい!鈴仙も、姫の肉片拾うの手伝えーーー!」
と、絶叫を張り上げながら鈴仙にフライングクロスチョップをかまそうとして飛び上がり、
背負った肉の重みに負けてひっくり返った挙句、周囲に肉片を盛大にぶちまけ、他のウサギ達からフクロにされたのであった。
「と、ゆーわけで、鈴仙も姫の肉片拾いなさい。ね?」
フクロから開放され、頭にタンコブ、顔にケンカ傷をこさえたてゐが、鈴仙の肩をぽん、と叩いてにこやかに話しかける。
「何がどう「と、ゆーわけ」なのか全然わからないんだけど」
そんなてゐに、鈴仙は釈然としない面持ちで応える。
ノリと勢いに流されて肉片拾いをやらされないように、鈴仙もわりと必死だ。
「私は師匠に荷物を届けなくちゃいけないの。今は手伝えないわ」
そう言って、鈴仙はくるりと踵を返し――――、
「今だっ!やれ、みんな!」
「覚悟ウサー!」
「闇討ちでござるウサー!」
「えっ!?いや、ちょっ、やあぁぁっ!」
てゐの号令一下、四方から襲い掛かってきたウサギ達の手によって、無理やり竹篭を背負わされた。
「なんで私がこんな目にぃぃ~……」
竹篭を背負わされ、がっくりと膝を落とす鈴仙。
「連帯責任ウサ」
「助け合いってステキな言葉だと思わないウサ?」
「ほらほら、鈴仙も早く姫の肉片拾うウサ」
そんな鈴仙に、周囲のウサギはにこやかな笑みを浮かべて、畳み掛けるように口々に好き勝手なことを言い放つ。
「うぅっ……、みんな酷い」
涙目で嘆いたところで、数の暴力にはかなうはずもなく。
鈴仙もまた、肉片拾いに狩りだされる事となったのである。
「あぁーもう、日焼け止めも塗ってないのに、こんなのじゃ日焼けしちゃう……」
自らの身に降りかかった災難を嘆きながら、周囲に散乱する焦げた肉片を拾いはじめる鈴仙。
そこへ。
「まだまだ未熟ね、うどんげ!」
へたれな鈴仙を叱責しながら、月の頭脳ことあやしい薬屋・八意 永琳が颯爽と現れた。
「し、師匠っ!」
「一人前の女は、いかなる状況にも対応できるように、あらかじめ万全の用意しておくものよ」
「あうぅ、すみません……」
永琳の叱責に、鈴仙はへにょった耳をさらにしおしおにしてうなだれる。
「鈴仙ったら、日焼け止め塗り忘れてたんですよ。やーいやーいおっちょこちょーい」
「わ、私は悪くないのにっ」
てゐにからかわれて、半泣きで反論する鈴仙。
永琳はそんな鈴仙に優しく手を差し伸べ、その手をぐっと握り締めた。
「心配は要らないわ。うどんげ。
今までがダメでも、これからを完璧にしてしまえば何も問題はなくてよ。
そう、これが勝利の鍵、新提案の遮光クリーム『ルーミア一番搾り』よ!」
「る、ルーミア一番搾り?」
その微妙にエロスくて微妙に猟奇的な商品名はなんなんだろう。
どこぞの吸血鬼なみのネーミングセンスを前に、鈴仙は疲れたような声を上げる。
「そう。ルーミア一番搾りの名のとおり、
宵闇の妖怪ルーミアをごにょごにょして、そこから得られたルーミアエキスを3%配合。
これにより、脅威のUV100%カットを実現……」
「た、たかが日焼け止めにそこまでしますかっ!?」
かなり大袈裟すぎるやり口に、思わずツッコミを入れる鈴仙。
しかし、永琳はそんなツッコミに動じることなく、委細かまわず続ける。
「なぁんてちゃっちい謳い文句はもう前世紀の遺物よ!
紫外線なんて100%カットどころか120%カットして当たり前!
今流の日焼け止めは、赤外線から中性子線、果ては可視光線まで防ぎきってなんぼよ!
みんなもこれで、にっくきおひさまデストロイ!」
そう叫びながら両手を振り上げてサムズアップかましたり、なにやらテンションがおかしい永琳。
蓬莱人の彼女でさえ、季節外れの暑さに頭をやられたのだろうか。
「太陽にケンカでも売る気ですかっ!?」
「何を呑気なことを。乙女の肌を守るためなら、手段なんて選んでいられないでしょう?」
「選んでくださいお願いだから」
「それにね……」
ツッコミを入れる鈴仙に、永琳はぬらり、と妖しい視線を投げかける。
「……ししょお?」
鈴仙は、何やら不穏なものを感じ取り、顔を上げて訝し
がばっ!
訝しむ間もなく、有無を言わさず押し倒された。
「うどんげの柔肌を守るのは私の使命じゃない?
だからもうなおさらに手段は選んでられないってゆーかうどんげがいけないのよそんな瞳で私を誘うんですものっ!
ほらうどんげ、私が直々に塗ってあげるわね。大丈夫よ私上手だから痛くしないから、さぁぁっ」
「師匠それ絶対おかしひゃ、いやあぁぁぁぁ……」
「おかしいものですか私は至って冷静よ冷静にうどんげを押し倒して冷静にうどんげの服を脱がして
冷静にうどんげのすべすべな柔肌にクリームを塗ってあげるだけよだから心配することなんか何一つとしてないわ
ええそりゃもう据え膳食わぬは女の恥とも言われてるわけだしここは一つ是が非でもというかむしろ
手段のためなら目的を選ばずって勢いでどさくさに紛れて冷静にうどんげのあんなとことかこんなとことか弄ろうだとか
冷静にうどんげの肌の感触を堪能しちゃいましょうかエフフフフだなんてほんのちょっぴりしか考えてないわけだし
冷静にこの状況を心ゆくまで楽しませてもらうことにするわねうふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
「ふぁ…やぁ、んっ、し、ししょおっ、そこっ、だめですぅっ!」
壊れたカセットレコーダーのように冷静冷静と繰り返しながら、鈴仙をひん剥いてアレなことをシはじめる永琳。
何やら詳しい描写の出来ないごにょごにょなことを繰り広げる二人を尻目に、てゐと一匹のウサギはこほん、と咳払いを一つして。
「新提案の遮光クリーム、ルーミア一番搾り!」
「えーりん製薬より、好評発売中ウサー!」
何事もなかったかのように、ふつーに宣伝するのであった。
_/ _/ _/ 博麗神社 上空 PM 13:41 _/ _/ _/
「……なんだったんだ今のは」
「ただのCMよ。気にするほどのことじゃないわ」
突如起こった怪奇現象を、呆れ顔で訝る霧……もとい、ハクレイブラック。
その言葉に、博……じゃなくて、ハクレイレッドは涼しい顔で受け答えた。
一瞬時空が妙な歪み方をして変な所に繋がったようだが、まあ特に問題はない。
物語の節目にはアイキャッチとCM。これヒーローの定説。
「さて、正義の基本はパトロール。というわけで人里へゴーよ!」
「うぇ……人里に行くのか」
レッドの言葉に、露骨に眉をひそめるブラック。
何が悲しくて、こんなけったいな格好のまま人里まで下らにゃならんのか。
もともと底をついてるようなやる気が、さらに減退していくのがわかる。
いっそのこと、ここでこいつを撃ち落として、全部なかったことにしてしまったほうがいいのやもしれん。
などと、ちょっぴり物騒な思案に暮れるいとまもあらばこそ。
がすっ☆
「ふがっ!?」
「何を甘ったれたことを言ってるの、ブラック!」
レッドの、叱咤激励という名の拳が飛んできた。
「事件は神社で起きてるんじゃない!現場で起きてるのよ!
正義のヒーローであるあたしたちが、油を売ってる暇なんかないわっ!!」
「……私にとっちゃ、現状ですでに事件に巻き込まれてるわけだがな……」
左フックを貰った頬をさすりつつ、遠い目をして小さな呟きを漏らすブラック。
跨る箒までもが、なにやらいつもより少し重く感じたのは気のせいか。
「魔……じゃなかった。ブラック、事件ってどういうこと?」
「いちいち聞きとがめんでよろしい」
「そうはいかないわ。だって、ハクレイイヤーは地獄耳!ハクレイキックはキック力!ハクレイバールはバール力!」
「バール力!?」
なにその新単位。
初出の変な単位に戸惑うブラックを余所に、レッドは続ける。
「ちなみにパトロールの目的は、『てきとーにうろついて、妖怪が悪さしてたらてきとーにちぎって投げる!』以上!」
「何だそりゃ……。お前、それじゃただの通り魔じゃないか」
「違うわよ。あたしが正義なんだから、刃向かう奴等は悪決定。悪には容赦はいらないのよ!」
「…………」
ジャスティスフリーダムここに極まれり。
あまりにもえげつないレッドの意向に、返す言葉を失うブラック。
暴走超特急と化したレッドには、ブレーキというものが備わっていないのだろうか。
うん、多分ついてないんだろうね。
「いやまあ、通り魔云々はこの際置いといて。
私たちが何をしようと、それを人に伝える術がなけりゃ宣伝にはならないだろ」
「そこはそれ、広報担当のハクレイホワイトが遠くで撮影してるから大丈夫よ。
あとで新聞なりなんなりにして、ちゃんとみんなに周知してくれるはずだから」
「ちょっと待て。
ハクレイホワイトって誰だ」
「ほら、あの鴉天狗の」
「……あー」
ブラックは小さく呻きを漏らすと、そのまま絶句した。
よりにもよって、あのゴシップ大好きパパラッチ娘を起用しやがるのかこいつは。
早くも雲行きが怪しくなってきた、どころか、暗礁に乗り上げてるんじゃなかろうかと不安になるブラック。
そんなブラックの心中などいざ知らず、レッドは無駄に活き活きハツラツとした様子で飛び出していったのでした。まる。
_/ _/ _/ 人里近隣 農道 PM 13:58 _/ _/ _/
初秋の日差しを受けて、色とりどりの野菜を実らせる、のどかな畑の一画。
燦々と照りつける太陽の下、くろぐろとした闇が低空飛行で浮かんでいた。
その闇の正体は、宵闇の十進法ことルーミアである。
闇に潜み、闇に紛れ人を襲う妖怪である彼女が、なにゆえこんな昼間から外に出張っているのだろうか。
「あう~、お腹すいたぁぁ……」
お腹を押さえて、力なく呟くルーミア。
……どうやら、単に空腹に耐え切れずに出てきただけのようだ。
空腹をかかえてふらふら飛行しているルーミアの目に、ふと一体の地蔵が映る。
正しくは、地蔵と、その前に供えられた野菜に、ルーミアの視線は釘付けとなった。
「あー、たべものー!」
砂漠でオアシスを見つけた旅人さながらに、一直線に地蔵のもとに飛んで行くルーミア。
この炎天下、しばらくの間陽に晒された野菜でも、食って食えないことはない。
「いっただっきまーす♪」
ルーミアは躊躇うことなくお供えの野菜を掴み、大きく口を開けて――――――。
「待ちなさいっ!このお供えドロボウがぁぁっ!!」
ばびゅふぉんっ!
めぎゃごぎんっ!!
「はぎゅっ!?」
はるか頭上から響いてきた声とともに飛んできた、バールのようなものが側頭部にぶち当たり、真横に吹っ飛んだ。
インパクトの瞬間、首から何か鈍い音が聞こえた気がするのは、気のせいだということにしておいた方がよさそうだ。
「あうぅ、いたた……」
身を起こしながら、バールのようなものが直撃した側頭部をさするルーミア。
自分の身に降りかかった災難を嘆く間もなく、彼女の前に二つの影が降り立った。
「いきなりなにするのー?それにあんたらなんなのさーー」
「通りすがりの正義の味方よ」
「どこの世界にいきなりバールを投げつける正義の味方が居るんだ」
ルーミアの問いかけに、あまり豊かではない胸を張って応えるレッド。
ブラックがジト目で入れたツッコミは、左から右へ聞き流した。
「正義の味方?なにそれ」
「ふっふっふ、教えてあげようじゃない。
行くわよブラック!」
「へーへー」
首をかしげるルーミアを見て、嬉しそうに応じるレッド。
やる気のないブラックをせっついて、二人は並んでポーズを取る。
「倫理?法律?それが何?あたしが正義だそう決めた!」
「今日も今日とて東へ西へー幻想郷の悪を討つー」
「ハクレイレッド!」
名乗りをあげて、右の握り拳を天高く突き上げるレッド。
「ハクレイブラックー」
レッドの前に立ち、クラウチングスタンドでガッツポーズをとるブラック。
「「博麗戦隊、ハクレイジャー!」」
どっかーん。
バックを無意味に爆発させて、決めのポーズをびしっと決める二人。
爆破に巻き込まれた畑山喜兵衛さん(36歳)の畑は、見るも無残な焦土と相成った。
「うわーおばかだ。おばかさんがいるー」
ポーズを決める二人に、直球ストレートで感想を漏らすルーミア。
おばかってルーミアに言われちゃおしまいだ。
「黙らっしゃい!
口上も済んだことだし、覚悟してもらいましょうか。あぁん?」
手にしたバールのようなものの先端を、自分の肩でポンポンと弾ませながら、ルーミアに詰め寄るレッド。
その身に湛える雰囲気は、まるっきりヤク○そのものと化しているが、別段違和感を感じないのは何故だろうか。
「別にいいじゃないか。お供えドロボウくらい。
確かにここしばらく、7日と空けず起きてるらしいが、人を襲うのに比べればかわいいもんだ。見逃してやろうぜ」
「ダメよ。目こぼしなんてしてたら、いずれ幻想郷中のお供えを盗んでまわる巨悪へと成長しかねないわ!
だから、悪の芽は早いうちに摘んでおくべきなのよ!」
「随分スケールのちっさい巨悪だな」
問答無用でルーミアに襲い掛かろうとするレッドを諌めるブラック。
だが、今のレッドには、何を言っても暖簾に腕押し馬耳東風。
ブラックの制止なぞ気にも留めず、レッドはルーミアに飛び掛った!
「わわっ!?」
「ルーミア!お供えドロボウの現行犯で成敗してあげるわっ!」
言うが早いか、レッドは素早くルーミアの懐に入り、右の拳を唸らせる!
レッドの こうげき!
しかし うまくかわされた!
レッドの こうげき!
しかし うまくかわされた!
レッドの こうげき!
しかし うまくかわされた!
レッドの(以下略)
しかし(以下略)
レッ(略)
しか(略)
レ(ry)
し(ry)
「ぜー、はー、ぜー、はー……」
「……えーと、どしたの?」
ここ数日、カロリー節約のために引きこもっていたのが災いしたのか、どうにもレッドの身体は鈍りきっていたようだ。
無様に肩で息つくレッドに、ルーミアはおそるおそる声をかける。
「ちょ、待っ……、か、肩貸して、肩」
「だいじょーぶ?」
今しがた襲い掛かってきたばかりの相手に、素直に手を差し伸べるルーミア。
レッドはその手をがしっと握り締め―――――――というか、むしろ掴んだ。
「くっくっく……、かかったなァァァっ!!」
「ふぇっ!?」
ぎらりと、目に狂気を宿して吠え猛るレッド。
いきなりの出来事に、ルーミアは戸惑うばかり。
そんなルーミアを前にして、レッドが袖から取り出したものは――――
「博麗恐怖の赤バットおぉぉぉぉーーーーーーー!」
絶叫とともに繰り出すは、ルーミアを真芯に捉えての無慈悲なるフルパワースイング!
カッキーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン
「そんなのありかぁぁ~~~~~~~~……」
さしものルーミアも抗議の声を上げながら、はるか空の彼方へと吹っ飛んでいった。
「ふっ、悪の栄えたためしなし!」
赤いバットを片手に、ガッツポーズをとるレッド。
「お前なぁ、いくらなんでもやりすぎだぞ」
「何言ってるのよ。ヒーローのトドメといえば、派手な必殺技って相場が決まってるものなのよ」
「いや、そういう意味じゃなくてだな」
果てしなくすれ違いまくる、両者の会話。
ブラックは『やりたい放題なのもいい加減にしろ』という意味で用いたであろうその言葉。
それをレッドは『派手すぎじゃないのか』という意味に解釈していると思われる。
なにゆえに、こうもニュアンスを曲解してくれやがるのだろうか。
「それに、お供えドロボウは巫女のお仕事っ!」
「……そうか。今までのお供えドロボウは、お前だったのか」
よーするにレッドは、正義を笠にきて、私怨タラタラの狼藉を働いたわけである。
ルーミアのことを不憫に思いながら、ブラックは処置なし、とばかりに肩をすくめて溜め息を吐くのであった。
そんなやり取りをして、現場をあとにする二人。
そして、残されたものは――
「お、おらの畑があぁぁっ!?」
人里に住む農民、畑山喜兵衛さん(36歳)は、焦土と化した自分の畑を前にして、絶叫を張り上げた。
彼はその後、「畑にこっそりワカメを植えると、そのワカメは畑もろとも消滅する」という学説を発表し、
さるワーハクタクから小一時間みっちり説教を受けることとなるのだが、それはまた別の話。
博麗戦隊!ハクレイジャー!
_/ _/ _/ 川辺 PM 14:34 _/ _/ _/
田んぼのすぐそばにある、そこそこ大きな川の縁。
そこに、二人の妖怪が居た。
竹カゴを抱えて、岩をじいっと見据えるのは、小骨の多い夜雀・ミスティア。
その岩の上には、大きな氷塊を抱えた⑨チルノが、ふよふよ浮かんでいた。
「んー、位置よし高さよし……と。いいよー!そこからガツンといっちゃってー!」
「オッケー!」
ミスティアの合図をうけて、チルノが氷塊から手を離す。
氷塊はそのまま、真下にある大岩へとまっすぐに落ちて行き――――、
ごがしゃあぁぁぁん
耳をつんざく大音量をあたりに響かせて、粉々に砕け散る。
それから数秒と待たず、岩魚や鮎やヤツメウナギなど、多種多様な魚が水面にプカリと浮かびだした。
いわゆるところの、擬似マイト漁とゆー奴だ。
「こんなもんかなー?どうだった?」
「上出来上出来。グッジョブよ。さーて、あとはまとめて拾うだけね」
一仕事終えたチルノを、ミスティアはサムズアップで迎える。
そうして、二人は揃って、水面に浮かぶ魚やヤツメウナギをいそいそと拾いはじめた。
「でもさ、こんなにたくさんのウナギどうするの?」
「今日は特別な日だからね。たくさん用意しておかなきゃ」
「ふーん」
ヤツメウナギを拾いながら、そんなやりとりを交わす二人。
だがしかし。
「何やってんだお前らはっ」
ごちん☆
「あだっ!?」
ヤツメウナギを拾い集めるチルノの脳天に、わりと容赦なく箒が振り下ろされた。
「なにすんのさっ!」
箒のへち当たったところを手で押さえ、毒づきながら振り向くチルノ。
「それはこっちの台詞だぜ。こんな明るいうちに堂々と禁止漁法やるなんて、いい度胸してるじゃねえか」
その先に居たのは、箒を肩に背負って佇む、言わずと知れた自称正義のヒーロー・ハクレイブラックだった。
ブラックの隣では、レッドが
「箒で一発なんてぬるいにも程があるわよ……。ここは後頭部急襲のムーンサルトで一撃轟沈しなきゃ……」
などと物騒なことをブツブツ呟いていたりするが、怖いのであえて触れないでおくことにする。
「……な、なんなのあんたたち」
見るも奇妙な格好をした二人にちょっと引きつつ、尋ねるチルノ。
チルノの言葉に、レッドは物騒な呟きを止めてチルノに向き直る。
「よくぞ聞いてくれたわね。あたしたちは、幻想郷の平和を守る正義の味方――――」
そう言いながらポーズをとろうとするレッドの襟首を、ブラックはムンズと掴んで詰め寄った。
「待てこら。川を爆破なんかさせないからな」
「……ちっ。
仕方ないわね。じゃああの田んぼを背にしましょーか」
露骨に舌打ちなどしつつ、適当な田んぼを指差すレッド。
「……爆発させないって選択肢はないのか」
「あるわけないじゃない。
名乗りと爆破はワンセット。これは世界標準の定説なのよ」
「うわぁ嘘くせぇ」
しれっと答えるレッドに、ブラックは顔を引きつらせる。
それは、何を言っても聞きやしないレッドに対する、精一杯の抵抗だった。
「それじゃあ改めて、と」
こほん、と咳払いを一つして、レッドはポーズを取る。
「倫理?法律?それが何?あたしが正義だそう決めた!」
「今日も今日とて東へ西へー幻想郷の悪を討つー」
回を重ねるごとに、動きのキレとコクと深みを増していくレッド。
何回やっても恥ずかしさは消えないのか、相変わらずげんなり風味のブラック。
そんな二人の決め台詞が、川岸に響く。
「ハクレイレッド!」
「ハクレイブラック」
「「博麗戦隊、ハクレイジャー!」」
ちゅどーん。
またもやバックを無意味に爆発させて、決めのポーズをびしっと決める。
爆破に巻き込まれた畑山喜兵衛さん(乙女座)の田んぼは、でっけえクレーターと相成った。
「は、はくれいじゃー?」
「何なの一体。アホすぎるわ……」
目の前で繰り広げられる馬鹿爆発ショーの威力に、半ばぼーぜんとしながら口々に呟くチルノとミスティア。
ドン引きする二人に、レッドは手にしたバールのようなものの先端をびしっ!と向けて、
「あんたたちの悪行、しかとこの目で見届けたわよ!
大人しくウナギを寄越すか、痛い目にあってウナギを接収されるか、好きなほうを選びなさいっ!!」
ほとんど強盗同然の要求を突きつけたのであった。
「そう、鰻よ。うなぎ、ウナギ……」
レッドはバールを構えたまま小さく呟いて、じゅるりっ、とヨダレをすする。
今現在において、レッドの考えていることはなんだろうか。
考えるまでもなさそうだが、ここはひとつ、あえて3択に絞ってみよう。
1、そう、かんけいないね
2、ゆずってくれ、たのむ!
3、ころしてでもうばいとる!
「愚問ね。もちろん3よ!」
「何の話だ!?」
「つまり、この世は所詮焼肉定食ってことよ」
「わけがわからん……ってーか、それ、弱肉強食って言いたいのか?」
「そうとも言うわね」
「そうとしか言わん」
レッドの奇声を皮切りに、相変わらずの漫才を始めるレッドとブラック。
それを見たミスティアは、竹篭を抱え、チルノの手を引いて一目散に駆け出した!
「チルノ、逃げるよっ!」
「で、でも、ウナギがまだあんなにっ」
「ウナギより、命のほうが大事でしょっ!
黒いやつはともかく、あの赤いやつはまともじゃない。早く逃げないとやばいよ!」
未練がましく留まろうとするチルノを叱咤して、逃げる足を速めるミスティア。
だがしかし、それを見逃すレッドではなかった。
「逃がすものですかってぇのよ。私のウナギっ!!」
狩人――というより、猟犬のように眼をぎらつかせて吼え猛るレッド。
叫びとともに地面を蹴り、普段の飛行速度とは比較にならない超スピードでもって、逃げる二人へと迫り行く!
「嘘っ、速過ぎるっ!?」
どこぞの烏天狗に勝るとも劣らない超スピードで迫り来るレッドを見て取り、戦慄するミスティア。
チルノは背後のレッドとミスティアを交互に見やると、不意にその場に立ち止まる。
ミスティアに背を向けて、レッドを迎え撃つような格好で身構えた。
「チルノ、何やってるのよ、早く逃げないと……っ!」
「ここはあたいにまかせて、ミスティアは早く逃げて!」
背中越しの会話。
ミスティアには、チルノの表情を窺い知ることはできない。
だが、チルノの発した声は、他の何よりもそれを雄弁に物語っていた。
「でも、それじゃあチルノは……!」
「だいじょうぶよ、あんなやつにやられるあたいじゃないから!
この貸しは、ウナギのフルコースでかんべんしてあげるねっ!」
ミスティアに振り返って、ウィンクを投げかけるチルノ。
それが精一杯の強がりであると、ミスティアはなんとなく気付いてしまった。
なら、今この時、ミスティアのやるべきことは――。
「……わかったわ。今度、最高のウナギをご馳走してあげる」
チルノの意思に応えて、ミスティアは別れの言葉を告げる。
せめて、声だけは微笑ませて。
「それじゃあ、また……ね」
「まっかせといて!」
チルノはミスティアが飛び立ったのを見届けると、深呼吸して自分の頬をぱん、と両手で叩く。
そうして、迫り来るレッドに向き直った。
「さあっ!どっからでもかかってきなさい!
さいきょーのあたいがやっつけてやるんだからっ!」
チルノの声は、果たして誰に届いたのか……。
……水差すようで悪いけど、最初から飛んで逃げろよお前ら。
「チルノ……、わたし、チルノのこと忘れないから……」
チルノを残し、一人逃げるミスティアは、はらはらと落涙しながらモノローグに突入していた。
何故にモノローグに入っているのか、その理由はチルノの言動にあった。
……まあ、なんというか、その。
チルノは、4回ほどデッドエンドを迎えても、お釣りが来るくらい死亡フラグをぶち立てまくっていたわけで。
南無。
と、ミスティアが勝手にチルノを想い出に変えている一方。
地上では、迫り来るレッドを、チルノが迎え撃とうとしているところだった。
「この先に行きたいなら、あたいを」
「邪魔っ!」
ばきゃっ!
「げふっ!?」
みなまで言う暇すら与えず、チルノのアゴに電光石火の飛び膝蹴りを叩き込むレッド。
蹴りを叩き込んだ勢いのまま、水飛沫をあげて着地し――――、
「あだっ!?」
次の瞬間、凍りついた水面に足を取られてつんのめった。
「ここは通さないって言ったでしょっ!」
チルノは涙ぐみながら、膝をもらったアゴを押さえて、無様につんのめるレッドに向かって叫ぶ。
そんなある意味健気なチルノを前にして、レッドは何故かくっくっと含み笑いを漏らしていた。
「……あぁ、そっか、そういうことね。あんたもあたしの幸せの邪魔をしたいのね。
OKチルノ、あんたは今この瞬間からあたしの前世からの宿敵だぁっ!!」
レッドは狂気の雄叫びとともに、袖からバットとバールのようなものを取り出し、足元の氷を叩き割る。
氷の枷から解き放たれたレッドは、凶気をその瞳に宿し、チルノに向かって飛び掛かった!
文字通り、瞬く間にチルノに肉薄し――
「念仏は唱えたかあぁっ!?」
ずんっ!
「ごふっ!?」
一撃必殺の拳を、チルノのみぞおちにめり込ませた!
前のめりに崩れ落ちかけたチルノを掴み押さえると、そのまま頭上に担ぎ上げる。
「ハァァァクレイッ!スペシャルゥゥゥッ!!」
気合一閃、と言うべきだろうか。
怒号を張り上げて放つ、渾身のアルゼンチンバックブリーカー!
担ぎ上げられたチルノは身動きもままならず、ブリッジの体勢で締め上げられる。
「ギブ!ギブギブギブっ!!ごめんあたいが悪かったっ!!」
容赦のない締めに、チルノはたまらずギブアップを宣言する――が、しかし。
「ごめんで済めば、ヒーローなんていらないのよぉっ!!」
レッドの手は緩むどころか、なおさらに強く、無慈悲にチルノを攻め立てる!
ぽきんっ
そして、決壊。
当然、チルノは白目をむいてぐったりする。
だが、それで済ませるレッドではなかった。
チルノを担ぎ上げた体勢のまま、その場で高く飛び上がり、空中で身体を入れ替えて――――、
「チェェェェストォォォォォォッ!!」
トドメとばかりに炸裂させる、一撃必殺のパイルドライバー!
どござばっしゃぁぁぁぁん
周囲に響き渡る轟音と、人の背よりも高く上がる水柱。
そのあとに残ったのは、犬神家よろしく、己が下半身を墓標として果てる、見るも無残なチルノの姿だった。
「さはぁて、次は、と……」
レッドは小さく呟いて、きわめて世紀末風味に前衛的なオブジェと化したチルノから身を離す。
ゆらりと身を起こし、遥か彼方へと飛んでいくミスティアをぎらりと睨みつけた。
標的を仕留めるために、地面を蹴って空へと舞い上がり――、
「だあぁぁっ!どけーっ!!」
でげん。
飛んで追いついてきたブラックに撥ね飛ばされたのでした。まる。
「どういうことよブラック。いきなり撥ねるなんて」
「いきなり飛び出してくるほうが悪い。……って、なんだこの惨事は」
ブラックはぶうたれるレッドをぴしゃりと制し――たのはいいものの、眼前の光景に言葉を失い唖然とする。
さもありなん、水面からチルノのものとおぼしき下半身がにょっきり生えているのだ。
そのシュールさは、ダリの抽象画もかくや、とばかりの勢いがある。
チルノはしばらく前衛的なオブジェ状態を保っていたが、天に伸ばしていた足がぐらりと揺れ、水面へと振り下ろされる。
「……うきゅー」
大の字に倒れて目を回すチルノを見やり、レッドはブラックに向かい口を開いた。
「ほら、ちゃんと生きてるんだし、たいした問題じゃないわよ」
「いやまあ、確かに手加減はしたみたいだが、それにしたってだな」
悪びれた様子もなく、手をヒラヒラと振りながら呑気に応えるレッド。
実際、『ちょっとやりすぎたかなー』などとはカケラも思っていないのだから始末に負えなかった。
「そんなことよりミスティアよ。ウナギの恨みは鬼より怖いということ……、嫌ほど思い知らせてくれるわあぁぁぁ」
「私は、お前のその思考が恐ろしいよ」
チルノとレッドを交互に見やり、嘆息しながら呟くブラック。
せめてミスティア、お前だけは逃げ切ってくれ。と祈らずにはいられなかった。
「あんな遠くまで逃げられちゃ、お前さんの足じゃあ追いつけないだろ」
ブラックは、もうマッチ箱ほどにしか見えなくなったミスティアを遠目に見つつ、レッドに声をかけた。
確かに、常識で考えれば、とても追いつけるような距離ではない。
素直に諦めたらどうだ?と付け足して、ブラックはチルノを引き上げにかかる。
だが。
常識で考えて無理ならば、非常識を持ち出すのが、ハクレイレッドのハクレイレッドたる所以。
「甘い甘いっ、幻想空想穴ゥっ!」
ひゅんっ、と音なき音を立てて、レッドの姿がかき消えた。
「なんかあいつ、最近スキマじみてきてる気がするなぁ……」
チルノを水面から引きずり上げながら、ブラックはそんな一言をぽつりと漏らす。
空を見上げるブラックの視線の先には、ミスティアと、ミスティアの少し上にテレポートしたレッドの姿があった。
「鶏肉、じゃないミスティアあぁっ!覚悟ぉっ!」
「えっ……、きゃあぁぁぁぁぁっ!?」
どげしっ!
レッドはミスティアの少し上にテレポートしたその直後、無防備な背中に鋭い蹴りを叩き込んだ。
不意を討たれたミスティアは、モロにバランスを崩すも、なんとか体勢を立て直してレッドに向き直る。
「いきなり蹴るなんて、どういう神経してるのあんたはっ!?
勝負するなら、弾幕で勝負しなさいよっ!」
竹篭を抱えたまま、レッドに食って掛かるミスティア。
レッドは、そんなミスティアの剣幕に、眉一つ動かさずに応える。
「昔の偉い人が言いました。
勝てば官軍、負ければ賊軍。あたしゃ正義なんだから何したって許されるんだよこんダラズ。と」
「ちょっと待って嘘でしょそれ絶対っ!
……こうなったらっ!」
どうにも話の通じないレッドとの会話を早々に諦めたミスティアは、後退して間合いをとった。
「話が通じないなら、もう話さないから!」
そう叫ぶミスティアの周囲に、いくつもの鳥を模した魔力弾が発生した。
「リトルバタリオンっ!!」
ミスティアの声に応えるように、鳥型の魔力弾は無数の残滓を伴って、一斉にレッドに向かって殺到する!
迫り来る無数の魔弾に、レッドは――
「幻想空想穴っ!」
でげしっ!
「げふっ!?」
別に相手が弾幕戦を始めたからといって、それに従う道理はない。
そう言わんばかりにミスティアの背後にテレポートして、その背中をおもうさま蹴りつけた。
引き篭もり生活から来る身体の鈍りも、不意討ちで後ろからヤクザキックをかます分には、たいした問題ではない。
そして、不意討ちで蹴るのは正義のヒロインとしてどーなんだろう。という疑問も、気にしなければ気にならないから大丈夫なのだ。
「あ、あんた絶対頭イカれてるわっ!」
くっきりと靴跡のついた背中に手を回して、露骨な悪態をつくミスティア。
しかし、当のレッドは涼しい顔だ。
それどころか、ミスティアの悪態を、はん、と鼻で笑って流してしまう。
「ずるい・卑怯は敗者の遠吠えよ」
「こんのぉっ……、さっきは手加減してたけど、もう許さないわっ!」
「イルスタードダイブッ!!」
再びミスティアの周囲に、鳥を模した魔力弾が発生――
「幻想空想穴っ!」
どげしゃっ!
させる間もなく、再び背中にヤクザキック。
情けも容赦も身も蓋もない問答無用の先制攻撃。
外道なのにも程がある。
「ぶ、ブラインドナイt」
「空想穴っ!」
すぱこーん!
「ごめんなさい私が悪かったですウナギ半分あげますから許してくださいぃ……」
好き放題蹴りに蹴られ、すっかりボロボロになったミスティアは、半べそをかいて謝りはじめた。
「ようやく自分が悪だとわかったようね、ミスティア。そんなあなたにいいことを教えてあげるわ」
「……え?」
レッドの言葉にきな臭いものを感じて、顔を上げて訝しむミスティア。
そんなミスティアに、レッドは満面の笑みをもって、
「昔の偉い人は言いました。
お前のモノは俺のモノ、俺のモノは俺のモノってねぇぇーーーーっ!」
もとい、狂気の笑みをもって、どこからともなく取り出したエレキギターを振りかぶる!
「ハクレイ非情なるギターーーーっ!!」
ぼぐしゃあっ!!
「ひでぶっ!?」
ミスティアの脳天に、狙い済ましたクリティカルヒットを決めるレッド。
ミスティアは変な悲鳴を上げ、そのまま前のめりに墜落していった。
手にしたものはとりあえず鈍器にしてしまう。それが撲殺マニアのあかし。
どこに仕舞っていたんだそのエレキ、なんて野暮なツッコミはなしだぜベイベ☆
「ケヒ、ケヒヒ……、この感触、もぉ最っ高!……っと、いけない」
エレキ越しの、鈍い感触に酔いしれるレッド。
だがすぐに我に返ると、やはりどこへともなくエレキを仕舞い込み、急いで落下しつつあるミスティアへと向かって飛んでいく。
追いつくかどうか、きわどいところでミスティアに手を伸ばし――、
ウナギでいっぱいになった竹篭を引ったくり、ついでにミスティアをはるか遠くに蹴り飛ばした。
「いよっしゃウナギゲットぉぉ~~っ!ミスティア、あなたの犠牲は無駄にはしないからね!
これでしばらくはウナギ三昧よ!ビバウナギ!グラッチェウナギ!うふふうひふふふはははははははははは!!」
「し……しどい……」
極悪非道ここに極まれり。
勝手に尊い犠牲扱いされたミスティアは、己の悲運を嘆きながら遠くの空へと消えていった。
竹篭を抱えて、鼻歌を歌いながら意気揚々と地上に戻ってくるレッド。
そんなレッドを出迎えたのは、何か異次元の生物でも見るような視線を投げかけてくるブラックだった。
「あら?どうしたのブラック」
「いやな、なんつーか。妖怪連中よりも、お前を野放しにしておく方がよっぽど危険な気がしてきたんだが」
正義ってなんなんだろう。
やりたい放題はっちゃけ放題のレッドの所業を振り返ってみると、
何故だかそんなあたら哲学的な疑問が頭をよぎり、どうにもやりきれない気分になってくる。
ブラックが、内心でそう思い悩んでいると。
げしっ☆
「ごふっ!?」
「何を言ってるのよブラック!そんなの、正義のヒロインの言うことじゃないわ!!」
レッドの、叱責と言う名のヤクザキックが飛んできた。
「正義のヒロインであるあたしたちが迷いを見せてどうするの!?
あたしたちに振り返ることは許されないのよ!
ウナギをあたしたちに託して散っていった、チルノとミスティアのためにも!」
ヤクザキックをモロにもらったお腹をおさえてうずくまるブラックに向かって、矢次ぎ早にまくし立てるレッド。
ブラックはなんとかこらえて顔を上げ、レッドに向かって口をつく。
「な……、何言ってやがる。そのウナギは、お前がミスティアを襲って奪ったんだろ」
「襲って奪ったなんて人聞きが悪いわね。痛い目に遭わせてウナギを接収しただけよ」
「同じだバカ!」
何によれども、我が心根は折れず引かず省みずを貫くレッド。
難しい言い回しではぐらかすのをやめると、よーするに『反省? なにそれおいしいの?』というわけである。
身も蓋もない言い回しだが、実際そうなのだからしょうがない。
「それに、あんただって普段いろんなとこで同じようなことやってるじゃない」
「私は誰も見てないうちにこっそり借りたり、見つかったら力尽くで借りるようにしているだけだ。強盗とは根本から違う。
……とにかく、もうこんな所に居座り続ける道理もないだろう。先に行くぜ」
レッドからの手痛い反撃をしれっと受け流して、箒に腰かけ飛び立つブラック。
「あ、ちょっと、待ちなさいよっ」
レッドもまた、ブラックに続いて飛び立ち、すっかり地形の変わり果てた現場をあとにした。
そして、残されたものは――
「お、おらの田んぼがあぁぁっ!?」
農民、畑山喜兵衛さん(乙女座)は、でっけえクレーターと化した田んぼを前にして、絶叫を張り上げた。
彼はその後、「田んぼにおしゃぶり昆布をばら撒くと、その昆布は田んぼもろとも消滅する」という学説を発表し、
さるワーハクタクにハリセンでしばき回されることとなるのだが、それはまた別の話。
博麗戦隊!ハクレイジャー!
_/ _/ _/ 人里 PM 15:17 _/ _/ _/
「……はぁ」
溜め息を吐きながら、大八車をごろごろと引きずる、
一応紅魔館の門番だけれども、その実いてもいなくても大差ない妖か「ヲイ!」
いぢられ担当、オチ担当でおなじみの「待てぃ!」
……名前は中国で。
ナレーションにまで反応するようなギャグキャラなんて、中国って呼ばれればいいんだ。
「えーと、あのですね、本名で呼んでもらいたいんですけどー……」
OKわかった。
じゃあ、間を取って「ベトナム」でいいじゃん。おおげさだなぁ。
「全然よくないーーーーっ!?」
ベトナムの叫びは誰に届くでもなく、むなしく消えていったのでした。めでたしめでたし。
閑話休題。
ある晴れた昼下がり、市場へ続く道。
ベトナ「だから美鈴ですってばーーーー!!」
……ちっ、わかったよ。
ある晴れた昼下がり、市場へ続く道。
美鈴の引きずる大八車の上には、縄でぐるぐる巻きに縛り転がされた紅魔館のメイド長、十六夜 咲夜がドナドナされていた。
別に、紅魔館の財政難による身売りとか、そういうことではない。
第一、身売りならば、真っ先にこの美鈴がドナドナされなければおかしいではないか。
まあ、それはともかくとして。
「……はぁ。
咲夜さんもいい加減にしてくださいよ」
溜め息をつきながら、うんざりしたように愚痴る美鈴。
美鈴の言葉に、荷台に乗っけられた新巻鮭ならぬ新巻メイド状態の咲夜は、眉根を寄せて口をつく。
「何を言ってるの。可愛い幼女を見たら襲うのが礼儀でしょう!?」
「そんな礼儀はありません」
寝惚けきった咲夜の反論を、サックリ切り落とす美鈴。
まー、要するに、咲夜が里の幼女を襲ったためにしょっぴかれたわけで。
――物理法則さえ無視する究極の変態を、普通の人間が逮捕できるものなのかどうかはさておいて――
咲夜はめでたく特A級の危険人物と認定されたので、こんな形での身柄引き渡しと相成ったのである。
「紅魔館のメイド長が、女の子と見たら襲い掛かる変態だーなんて噂が広がったらどうするんですか。
そうなったら、紅魔館全体の、ひいてはお嬢様の品位が疑われることになるんですよ?」
「あぁ、わかったわよ。もう幼女は襲わないわ。襲わないから、この縄解いてくれない?」
「だめです。しばらくその格好でいてください。
今この場で生き恥を晒して、自分が何をしたのか、とっぷりと反省してもらいますから」
大八車を引きずる足はそのままに、咲夜の言葉をにべもなく断る美鈴。
本来であれば、メイド長である咲夜相手に、こうも強気に出られるものではない。
もちろん、こんなにも恥をかかせたのだから、そのあとが怖いのだが――、
日頃から「おしおき」と称してナイフを投げつけられたり、
明らかにわざと名前を間違えられたりしていることに対する復讐がやりたい放題の現状において、
いかんせん、そのあとのことなどを考える暇はなかったりする。
「完全で瀟洒なメイドを自負してるんでしたら、もう少し自制してもらわないとですね……」
愚痴の途中で、美鈴はあることに気がついた。
大八車が、妙に軽くなっていることに。
「……って、咲夜さん?」
怪訝に思って振り向――――
「ほぉらおぜうたん私がとってもいいことを教えてあげるわねハァハァハァハァ」
いたら、舌の根も乾かないうちに少女を襲う咲夜の姿がそこにあった。
いつの間に縄抜けしたんだ、とか、そもそも抜けられるような縛り方だったろうか、とか、そんなことは瑣末なことだ。
時間を止めてしまえば、縄抜けする時間などいくらでもある。
そして、物理法則さえ無視してしまえる変態には、常識なんざ通用しないのである。
げに恐るべきは、理性よりも本能よりも欲望によって動く変態の業か。
「お、おねぇちゃん……、こわいよぉ……」
怯えながら、振るえる声を上げる少女に、咲夜はにっこりと微笑み、
「あぁんもう大丈夫よ怖いことなんかないわむしろとっても気持ちのいいことなんだからハァハァハァハァ」
もとい。邪悪極まりない笑みを浮かべ、鼻血を垂らしつつ荒い息をついて少女の――
「そ・こ・ま・でぇーーっ!」
ぴぽん。
「にゅっ!?」
掛け声とともに、勢いよく振り下ろされたピコピコハンマーは、咲夜の後頭部を強襲し、あたりに愉快な音を響かせた。
「何するのよ!」
立ち上がり、美鈴に食ってかかる咲夜。
美鈴は襲われていた少女が逃げたのを見届けると、憮然とした面持ちで応える。
「それはこっちの台詞ですよ。咲夜さん、全然反省してないじゃないですかっ!
そんなんじゃあ、また青年団の人たちに」
がしっ。
みなまで言わせず、咲夜は美鈴の両肩を掴んでその言葉を遮った。
「お願いやめて思い出させないで忘れたいのそれだけは」
そして、顔をモロに青ざめさせて、矢次ぎ早に言葉を吐き出す。
何か、青年団に対して嫌な思い出でもあるのだろうか。
咲夜は目をうつろわせて、心ここにあらずといった様子で、ぶつぶつ何かを呟き始める。
「むさいの嫌」とか、「やわらかくないのは嫌」とか。
何をされたのかはよくわからないが、とりあえず咲夜の心に消えない傷ができたのは確かなようである。
「っ、咲夜さん、後ろ!」
「え!? きゃっ!」
がきぃんっ!
咲夜が振り向くのと同時に、彼女の視界の隅に『何か』が映る。
美鈴が咲夜をかばい、咄嗟に蹴り払った『それ』は、金属質の鈍い音を立ててあらぬ方へと飛んでいく。
くるくると回転し、地面に突き刺さったモノは、やたらと年季の入った片手サイズのバールだった。
「ば、バール……ですよね? これ」
自分で蹴り払っておきながら、飛んできたブツの非常識さに戸惑いを隠せない美鈴。
「バールね。どう見ても」
表向き平静を装って、美鈴の呟きに応じる咲夜だったが、頬をつたう冷汗を隠すことは出来なかった。
どんな非常識な事件すらも普通に起こってしまうのが、この幻想郷だ。
それでも、バールが降ってくる、なんて怪奇現象はついぞ聞いたことがない。
ならば、今しがた飛んできたこのバールは流れバールということだろうか。
それとも――。
また何か、ろくでもないことに巻き込まれるってことなのだろうか。
言いようのない漠然とした不安を感じて、お互いに顔を見合わせる咲夜と美鈴。
そんな二人のもとに、二つの影が降り立ったのは、それからすぐのことだった。
「……変質者?」
目の前に降り立った紅白と白黒、二つの姿をまじまじと見つめながら、咲夜は眉をひそめて尋ねる。
確かに、二人の格好は誰がどう見ても怪しかった。
「変質者とはご挨拶ね。って言うか、あんたにだけは言われたくないわ」
「それ、どういう意味よ」
そういう意味よ。
そういう意味だろ。
そういう意味です。
この場にいる咲夜以外の全員が、露骨に顔を背けてそう呟いた。
「とにかく!
白昼堂々と幼女を襲うような変態は、正義のヒロインであるあたしたちにぶっちめられて然るべきなのよ!
なのに中国!あんたはなんの断りもなく勝手にそれを奪った……、つまり、これすなわち正義執行妨害!」
「あのな、無茶苦茶言うにも程があるぞお前」
幼女を襲っていた咲夜ではなく、それを止めた美鈴に言いがかりをつけるレッド。
レッドのハチャメチャな言動に慣れてきたブラックも、こればかりは呆れ果てた声を絞り出すのみだった。
「……って、正義のヒロイン? なんなんですかそれ」
「教えてあげるわ。ほら、行くわよブラック!」
「へーへー」
美鈴の疑問符に応じて、二人は並んでポーズをとる。
「倫理?法律?それが何?あたしが正義だそう決めた!」
「今日も今日とて東へ西へー幻想郷の悪を討つー」
それぞれの決め台詞が、浪々と人里に響く。
「ハクレイレッド!」
「ハクレイブラック」
「「博麗戦隊、ハクレイジャー!」」
どっかーん。
懲りることなくバックを無意味に爆発させて、決めのポーズをびしっと決める。
爆破に巻き込まれた畑山喜兵衛さん(独身)の邸宅は、見るも無残なガレキの山と相成った。
「ハクレイジャーだかなんだか知らないけれど、いきなり襲いかかってくるような奴らは捨て置けないわね」
「バールとか爆破とか……、あんまりすぎます。なんでこんなことするんですか」
かなり非常識な馬鹿炸裂ショーの威力にも屈せず、二人は真顔で対応した。
そんな二人に、レッドはくぅっ、と歯噛みする。
「あんたたち、それでも『お笑い変人集団』とご近所で評判の、紅魔館の住人なの!?
ネタを振られて真顔で返すなんて、お笑い芸人の風上にも置けないわっ!」
「ちょっと待て。そうじゃないだろ違うだろ」
お笑い芸人ってなんだそれ。つかご近所ってどこだ。いやそれ以前にそんなアホくさい評判なのか紅魔館。
言いたいことはいろいろあったものの、ツッコミどころがありすぎて、逆にツッコめない。
微妙に絶妙なツッコミ殺しの前には、いかなブラックと言えども膝を折るほかなかった。
そんなブラックの心中などまるで気にも留めず、レッドはブラックの肩をポン、と叩く。
「さあ、出番よブラック!思う存分暴れてきなさい!」
「ちょっと待て。なんで私が」
「ルーミアからこっち、あたしばっかり活躍してるんだもの。ブラックも正義のヒロインらしく戦いなさい!
ちなみに、『うわぁ、さすがブラックだぜ。黒ーい』っていうダーティーな戦いを期待してるわ!」
「期待すんな。そんなん」
「たった一人で、だなんて、私たちも嘗められたものね」
「――少し、痛い目を見てもらいますからね」
強引に、無理やり矢面に立たされるブラックとは対照的に、すっかりやる気モードの二人。
ブラックはやれやれ、と呟き、小さく嘆息して、
「やるからには手は選ばん、それでいいならかかってきやがれ!」
半ばヤケ気味に、箒を携えて身構えた。
「咲夜さん!行きますよ!」
「いつでもいいわよ、モンゴル」
「だから、なんでわざと名前を間違えるんですかっ」
「そんなの、いつものことじゃない」
「うぅ……、咲夜さん酷い」
口を尖らせる美鈴に、これ以上ないくらい爽やかな笑顔で返す咲夜。
明らかに、さっき新巻メイド状態でさらし者にされていたことを根に持っていた。
美鈴はそんな咲夜に恨み節をこぼしたものの、すぐに真顔に戻ってブラックと相対する。
「今降参すれば、これまでのことは冗談で済ませてあげます。でも――」
「不本意ながら乗りかかった船だ。毒を食らわば皿まで――」
「――そういうことですか」
「――そういうことだ」
二人の声が重なる。
それが、戦いの合図だった。
「先手必勝っ! たあぁっ!」
「くっ!?」
一息でインレンジに詰め寄り、掌底を放ってくる美鈴。
まともに食らえばそれだけで戦闘不能になりかねない、速く鋭く、重い一撃。
掌底から肘、膝、回し蹴り。絶え間なく繰り出される攻撃を、ブラックは手にした箒でもって、器用に捌いていく。
だが、敵は美鈴だけではない。
立ち回る二人からやや距離を置いて、数本のナイフを手にした咲夜が佇んでいた。
「援護するわ」
咲夜は短く言い放つと、手にしたナイフを投げ放つ。
ナイフは銀の尾をひきながら、非直線軌道をとって美鈴の身体をかわし、その先にいるブラックのもとへ迫る。
「は、見え見えだぜっ!」
ブラックは悪態をつきながら、そのことごとくを避けてみせた。
標的から外れたナイフは地面に突き刺さる――ことなく、いびつな角度で反射し、なおもブラックの背後から襲いかかる!
「っ、ちぃっ!」
ブラックは無理やりに身体を捻って、辛うじて反射してきたナイフを避ける。
しかし、そのためバランスを崩し、美鈴の拳をモロに食らう――ことはなかった。
「痛ーっ!?」
流れナイフは、情け容赦なく美鈴に全弾直撃し、彼女の動きを止めさせる。
頑丈なのがとりえとはいえ、これでは援護しているのか、それとも邪魔しているのか、よくわからなかった。
「咲夜さんっ、ナイフ当たってます!当たってますってばっ!!」
「流れ弾が当たったくらいで煩いわね。当たるのが嫌なら、気合で避けなさい!」
「そんなぁ~」
咲夜と会話しながら、ブラックと拳を交える美鈴。
まるで、片手間にあしらわれているようで、それがひどくブラックの癪に障った。
「余所見なんかしてるなよっ!」
そう吐き捨てながら間合いをとると、手にした箒を唸らせる!
叩き、薙ぎ、突き上げ、払い、振るう。
遮二無二攻め立てるブラックの猛攻に、さしもの美鈴も押されだした。
「さっ、咲夜さん!」
不慮の劣勢に、美鈴は情けない声を上げる。
そんな不甲斐ない美鈴の姿を見て、咲夜は小さく溜め息をついた。
「まったく、仕方ないわね」
そう呟くのと同時に、ブラックと美鈴を中心とした空間に、無数のナイフが展開される!
「っ!」
まさか、美鈴もろとも仕留めるつもりか!?
一瞬脳裏をかすめた最悪の未来図に、ブラックは息を呑む。
だが、ナイフは空中に繋ぎとめられたまま、ぴたりと制止したままだった。
「解凍は7秒後よ、それまでに離脱しなさい!」
「――っ、はい!」
「――っ、なめんなっ!」
咲夜の声に、それぞれ声をあげる美鈴とブラック。
まるで鳥篭のように二人を取り巻くナイフの中で、両者はなおも戦い続ける。
だが、その攻め手と受け手は、再び逆転していた。
7。
「せいっ!」
深く腰を落として、正中線に拳を放つ美鈴。
周囲に展開されたナイフに怖気づくこともなく、目の前の敵――ブラックに相対する。
大丈夫。包囲を突破されないように、私だけ逃げ切れば済む話。
たとえ間に合わなかったとしても、少しくらいなら当たってもどうってことない。
咲夜さんは、私を信じて援護してくれたんだから。
「ほらほら、さっきまでの威勢はどうしたんですかっ!?」
攻めの手を緩めたブラックに、美鈴はお返しとばかりに猛攻を加える。
ブラックを攻めたてる挙手投足には、一片の迷いも感じられなかった。
6。
「くっ!」
放たれた正拳突きを箒で巧みに受け流し、隙を窺うブラック。
周囲に展開されたナイフと、それにも構わず向かってくる美鈴。
その二つに絶えず注意を払わねばならず、否応なく神経が擦り減らされていく。
残された時間はわずか数瞬。
どうする。どうすればいい。
うまくコイツをやりすごして、ナイフの包囲網を突破するには――。
「あまり人を馬鹿にするもんじゃないぜ!」
ブラックは毒づきつつも、この場は防御に専念して、攻めに出た美鈴の攻撃を捌いていく。
防戦を余儀なくされてもなお、その瞳には、諦めの色など浮かんでいなかった。
5。
いつまで粘るんだろう。
いっそ、一気に勝負をつけてしまうべきなのかも――。
このままではジリ貧。いずれは賭けに出なければならない。
いつ来るかわからない瞬間を待つくらいなら、こちらから仕掛ける――。
構えを崩さずに佇む美鈴と、肩で息をつくブラック。
間合いを開けて睨み合う両者の目が、すっと細められる。
そうして、一瞬の膠着。
だが、神経をすり減らしすぎたためか、それとも猛攻を捌き続けたためか。
少しだけ――絶えず注視していなければ気付かない程度に――ブラックの足が振れる。
そのため、ブラックの体勢が乱れ、わずかな、しかし確かな隙が生まれた。
4。
ブラックの体勢が崩れた瞬間を、美鈴は見逃さなかった。
「そこぉっ!」
その隙を逃すまいと、すかさず懐に飛び込む。
「……かかった!」
そして、それはブラックの思惑通り。
美鈴の視界から、突如ブラックの姿が消え去った。
3。
「えっ!?」
虚をつかれ、戸惑う美鈴。
「私の演技もなかなかだろっ!」
ブラックは、美鈴の頭上まで飛び上がっていた。
げめしっ!
「ふぎゅっ!?」
そしてそのまま、美鈴の頭をしたたかに踏みつける。
「わっ、私を踏み台にしたぁっ!?」
美鈴を踏み台にして跳べば、少しは遠くへ行けるだろう。
だが、その程度の策で抜けられるような、やわな包囲網ではない。
2。
「いいや、違うなっ」
だから、ブラックはそのまま跳躍――することなく、美鈴の真後ろに降り立った。
1。
そして、間髪いれずに美鈴を羽交い絞めにする。
「踏み台になんかしやしない」
「って、えっ? えっ!?」
ブラックの言葉と、羽交い絞めにされたことが、一瞬噛み合わずに戸惑う美鈴。
ゼロ。
――タイムリミット。
空中に静止していた白刃は、一斉に時の枷から解き放たれ、ブラックへと迫り来る!
無数のナイフを前に、ブラックは美鈴を羽交い絞めにしたまま、もろとも後ろに倒れこんだ。
「こうやって盾にするだけだっ!
必殺、中国シールド!」
「ちょっ待っひぐぅ!?」
スコココココーーーン
美鈴が上げた必死の抗議の声は、途中から悲鳴へと変わり、しかしそれさえも降り注ぐナイフの音にかき消される。
無事にナイフをやり過ごしたブラックは、ぐったりする美鈴を蹴り除けて立ち上がった。
「し……、しどい……」
地面に這いつくばったまま、目幅の涙を流して、ぞんざいに扱われたことを嘆く美鈴。
「言ったろう。やるからには手は選ばんと」
ブラックはそう言い捨てて、箒を手にとり、ありったけの魔力を流し込んだ。
「次は咲夜、お前の番だ。手早くちゃっちゃと終わりにさせてもらうぜ」
「それは賛成よ。もちろん、あなたの負けでね」
「つまらん冗談だな。私が勝つに決まってるだろ!」
ブラックは言うなり箒に足をかけ、超低空飛行で咲夜に迫る。
箒を蹴って咲夜に肉薄し――、
懐に手を差し込み、素早く抜き放つブラック。
大振りのアーミーナイフを構え、踏み込む咲夜。
両者は、音もなく交差した。
ブラックの遅れ髪が、風に乗ってはらりと舞い落ちる。
「はぅ……っ」
ブシャアァァ
そして咲夜は、短い悲鳴とともに、おびただしい量の血を撒き散らして、その場にうずくまった。
「そ……、それは、それわまさかっ」
うずくまり、口もとを押さえながら、ブラックへと振り返る咲夜。
「そう、こいつはお嬢が、水着を着て子供プールに入った時の盗撮写真だ。
これだけじゃないぜ、くまさんを抱いて寝てるものや、風呂に入っている時のものも……そりゃもうバッチリとな」
そう言ってブラックが懐から取り出したものは。
まあ、なんというか……、紅魔館当主殿の、あられもない寝姿の盗撮写真や、一糸まとわぬ入浴中の盗撮写真だったわけで。
撒き散らされた血は紛れもない、愛と情熱の咲夜汁に他ならなかった。
「ほれほれ、欲しいか?」
ブラックはにやつきながら、咲夜の目の前で盗撮写真をヒラヒラさせる。
咲夜は荒い息をついて、目の前で弄ばれる盗撮写真をかじりつくように眺め続けた。
しばらくの間、そんな醜態を晒す咲夜を観察してニヤニヤしていたブラックだったが、
ふと思いついたように、復活して起き上がろうとする美鈴に向かい、盗撮写真をひょいっと放り投げる。
咲夜は放り投げられた盗撮写真へ向かって、脇目も振らず一直線に突撃していった。
『ワンちゃん大好きネコまっぷたつ!』
そんなキャッチフレーズのCM撮影のため、数日間にわたる断食修行を余儀なくされていたシベリアンハスキーの如き執念深さ。
なんでか、そんなフレーズがブラックの脳裏をよぎる。
ブラックは軽く頭を振ってそれを打ち消し、再び手にした箒に魔力を込める。
「……スターダストレヴァリエ」
そうして、小声でこっそりスペル宣言。
力ある言葉に応じるかのように、箒に魔力が満ちていく。
「あぅぅ、酷い目に合った……。
って咲夜さんどうし、うわ怖い怖い怖いぃぃっ!?」
「邪魔よ退きなさいこの乳中国があぁぁぁっ!!」
目を血走らせ、滾り狂う情熱を咲夜汁に迸らせて吠え猛る咲夜。
我が行く手を阻むものには死あるのみ、といった感じの様相で、ものごっつい怖かった。
咲夜が美鈴に肉薄し、突撃の勢いでもって跳ね飛ばそうとするその直前。
「今だ、ハクレイミサーーイル!」
ブラックは適当に叫ぶと、魔力を漲らせた箒を、咲夜の背に向かってぶん投げた。
どばきゃっ。
「ぶへらっ!?」
超高速で飛んで来た箒がモロに背中に突き刺さり、咲夜は変な悲鳴を上げる。
箒はそのまま美鈴を巻き込み、二人を串刺しにするような格好で空高く飛び上がり――、
真昼の花火とばかりに、大空に星形の爆風を撒き散らした。
「写真がっ、写真があぁぁぁっ!
おのれハクレイジャー!この恨みはらさでおくべきかあぁぁぁぁ……!!」
「ちょ、私より写真のほうが大事なんですか咲夜さぁぁぁぁん……!!」
吹っ飛びながら、完全にどーでもいいことをわめく約2名。
紅魔館が『お笑い変人集団』とご近所で評判だというのも、あながち間違いではないのかもしれない。
遠い空に消えていく二人を遠目に見ながら、ブラックはそんなことを考えていた。
「お疲れー。
いやー、期待してた以上にダーティーな戦いっぷりだったわ。さすがブラックね」
「何言ってやがる。正攻法で戦えない以上、搦め手しか使えんだろうが」
呑気にお茶を啜りながら観戦かましていたレッドに、ブラックは憮然とした面持ちで応える。
正体がバレるのだけは避けなければならない。
ゆえに、おおっぴらにスペルが使えず、弾幕も撃てないのだから、ああいう戦いしかできなくなるのは自明の理。
お前みたいに問答無用で外道プレイをしていたわけじゃねぇ。
そう言外に含めているのが、口調や態度からひしひしと感じられる。
というか、こんな正体バレバレの変装なのに、誰にも気付かれないというのも妙な話だった。
「それにしても、盗撮写真だなんて、あんたもいい趣味してるわね」
「違う違う。盗撮なんか趣味じゃないさ。
あの鴉天狗から高額で買っておいただけだ。備えあれば憂いなし、ってよく言うだろう?」
レッドの言葉に、手を振りながら応えるブラック。
用意周到なのはいいかもしれないけど、幼女の盗撮生写真を買い求め、しかも懐に入れておくってのはどうかと。
「でも、せっかく箒を改造したのに無駄になっちゃったわね」
「……待て、お前今なんつった?」
レッドがふと漏らした不穏極まりない呟きに、ブラックは言いようのない不安を覚える。
もしやと思って引っ張ってみると、するする抜けていく箒の柄。
その中には、ぎらりと眩く光る一振りの長ドスが。
あれ?おかしいな。
これは私のお気に入りの箒のはずなのに、なんで刀が仕込まれてるんだろう。
こんな変な改造なんてした覚えないのに。
目の前の恐るべき現実を見据えたくないからか、自然とブラックの視線は空を泳ぐ。
当のレッドは、にこやかな笑顔とともにサムズアップをぶちかましてくれやがっていた。
「人のお気に入りになにしてやがるんだお前はぁぁっ!!」
「何って改造」
「うわぁしれっとほざきやがりましたよこいつ」
改造しましたが何か?と言わんばかりのレッドの態度に、ブラックは露骨に顔を引きつらせる。
そんなブラックに向かって、レッドはしゃあしゃあと口を開いた。
「ほら、なんちゃって現世斬とか使うときに、刀なかったら困るじゃない?」
「そういうのをいらんお世話と言うんだよ。
ったく、どうも箒が重いと思ったら……」
哀れ銃刀法違反のシロモノと化してしまった愛用の箒を手にしたまま、ブラックは溜め息をついて肩を落とした。
「さて、そろそろパトロールは終わりにして、神社に戻りましょうか」
「あぁ、それなら私は一旦家に戻るぜ。さすがにこんな仕込み箒なんぞ、危なくて使えんしな」
「使ってみればいいじゃない。案外ザックリいくのが癖になっちゃったりするかもよ?」
「そんな癖なんか一生涯お断りだ」
恒例の漫才ののち、別々に現場をあとにする二人。
そして、そのあとに残されたものは――
「お、おらの家があぁぁっ!?」
農民、畑山喜兵衛さん(独身)は、ガレキの山と化した自宅を前にして、絶叫を張り上げた。
彼はその後、「風呂釜をもずく酢でいっぱいにすると、その風呂釜は家もろとも消滅する」という学説を発表し、
さるワーハクタクに辞書のカドでどつき回されることとなるのだが、それはまた別の話。
博麗戦隊!ハクレイジャー!
_/ _/ _/ 霧雨邸 PM 16:06 _/ _/ _/
魔法の森にひっそりと佇む、一軒の邸宅。
その前に、ひとつの人影があった。
その人影は、この家の主である霧雨魔理沙――ではなく、かといってハクレイブラックでもない。
緩いウェーブのかかった金髪と、青いワンピースが特徴的な魔法使い。
魔理沙の友人、アリス=マーガトロイドその人である。
「魔理沙ー、いないの魔理沙ー?」
ドア越しに声をかけながら、ノックすること数回。
しばらく待っていたものの、やがて頬に手をあて、小さく溜め息をついた。
「魔理沙ったら、洗濯物を干しっぱなしにして出かけるなんて無用心よね……」
アリスはそう一人ごちて、玄関から離れ、妙に馴れた身のこなしで2階のベランダによじ登る。
用心深くきょろきょろと周囲を見回し――と言っても、周囲に誰が居るはずもないのだが――干された下着に手を掛ける。
「ここはひとつ、取り込んであげるのが人情ってものよね、ええ」
誰に言うでもなく呟くと、物干し竿から魔理沙の下着をぱっぱと取り外し始めた。
同じく干されたエプロンドレスや予備の帽子には見向きもせず、一心不乱に魔理沙の下着を手に取り抱えるアリス。
だんだんと息が荒くなってきたのは、素早く動いたために息が上がったからだ。……と言ったところで誰が信じるだろうか。
それくらい邪悪な笑みを浮かべ、口許にはヨダレさえ垂らしていた。
そうして下着を取り込んでは抱えるアリスの視界の隅に、『あるもの』が映る。
「……フォアッ!?」
アリスは弾かれるように『それ』に顔を向け、すでに荒まっている息をさらに荒げた。
魔理沙といえばドロワーズ、ドロワーズと言えば魔理沙。これが定番であり定石であり定説なのであるが――、
『それ』は、緑と白のストライプ模様の布きれだった。
すなわち――
「あ、あれはま、まま魔理沙のっ……、いわばシークレットレアっ!これはもう最優先保護対象よね!」
アリスは目にも止まらぬ速さで駆け出し、ずざーっと音を立てて目的のブツの真下に滑り込む。
『それ』を手に取り洗濯バサミを外すと、慈しむようにぎゅっと握り締めた。
「我が青春に……っ、一片の悔いなあぁぁぁぁぁぁっしぃっ!!」
アリスはシークレットレアを握った手を大空に向かって突き上げ、そして変態的咆哮を上げる。
そのおぞましい咆哮は、空を飛ぶ鳥を落とし、陸を歩く獣を失神させ、果ては名もなき妖精や妖怪たちを震え上がらせた。
「あふぅ……」
ほのかに暖かなシークレットレアに、臆面もなく、何の躊躇もなしに顔を埋めるアリス。
だが、その暖かさは太陽の暖かさ。客観的に言えば、いかなシークレットレアとて、日光を浴びた布でしかない。
しかし、本気☆狩るアリスちゃん必殺妄想フィルターをかければ、アリスにとってそれは魔理沙の温もりへと変化する。
アリスの妄想において、この(自主規制)は(検閲削除)で(良心的判断により割愛)なのだ。
ピー音だらけで恐縮ではあるが、こうでもしないとあぶなくてどうしようもないので、どうかご容赦いただきたい。
「あぁ魔理沙魔理沙魔理沙ハァハァハァハァ」
ついにアリスは鼻を鳴らし、その匂いをアレしはじめた。
ボタボタボタボタ。
抑えきれない愛と情熱と興奮と煩悩と妄想と劣情とが、アリス汁となって鼻腔から迸り、ベランダに嫌な色の染みを作る。
行為に及んでいる最中のブツに一滴たりともアリス汁が降りかからないのは、何かもう、執念としか言いようがない。
なお、誤解のないように言っておかねばならないが、
アリスがシークレットレアと呼び、顔を埋めてハァハァしているものは、
断じて魔理沙の下着などではなく、魔理沙の愛用しているスポーツタオルである。
下着とタオルでは、タオルのほうが絶対的に健全なので、NHK的にはギリギリセーフなのだ。
えっちな人にはエロスいように見えてしまう言葉のマジック。みなさん気をつけましょう。
「……あ、り、す?」
「ぎくっ」
突如後ろからかけられた声に、身体をびくんと跳ねさせるアリス。
擬音を口で言うあたり、なんとなく余裕が見受けられるのは気のせいか。
「人ん家のベランダで、いったい何をしてるんだ?」
「……あ、あのね魔理」
「おっと手が滑った!」
ドゴス!
「ごふっ!?」
言い繕おうとするアリスの言葉を遮って、そのみぞおちに肘をめり込ませるブラック。
肘を軽く捻って引くと、ゆっくりと前のめりになるアリスに向かって口を開いた。
「いいか、私はハクレイブラックだ。
霧雨魔理沙なんて理知的で聡明で気品に溢れ、なおかつ天真爛漫清楚可憐な美少女など知らん。
私とその霧雨嬢の雰囲気が似ていたとしても、まかり間違えて呼んだりしないように」
「で、でもこの汗の香りは何度も嗅いでるし間違いながはっ!?」
「黙れ変態っ!」
あまりにもおぞましいアリスの妄言に、ブラックは全身を総毛立たせる。
ついうっかり、反射的にアリスのアゴをアッパーで捕らえてしまうのも無理からぬことだった。
「――さて、下着泥棒だな。状況証拠だけなら確定の真っ黒だ。
何か言い残すことがあるなら、聞くだけ聞いておいてやるが?」
「これはその、違うわ。そう違うのよ。
魔理沙ったら洗濯物を干しっぱなしにして出かけちゃうんですもの、雨が降って洗濯物が濡れちゃったりしたら大変でしょう?
だから私は魔理沙の友人として洗濯物を取り込んであげてただけであって、決してやましいことなんかしていないわ。
ちょっとおせっかいが過ぎるかなー、とか思わなかったりもしれないけれど」
必死に弁明するアリスに倣って、見上げた空は清々しい秋晴れ。
こんなに晴れているのだから、雨が降るどころか曇りにもなりゃしない。
「それにほら、下着泥棒だっていうのなら私の手を見てみなさいよ。下着なんて何処にもないでしょう?」
「……ふむ?
なら、そのえらく不自然に膨らんでる腹の説明はどうつけるつもりなんだ?」
ブラックは、ジト目で呟きながら、アリスのお腹に視線を注いだ。
おなかが出ている、とかそんな生易しい膨れ具合ではない。明らかに何か入っている。
「こ、これは、その、ええと……。
ほら今日ってばこんなに晴れてるでしょう?お腹のところの空気が暖められて膨張したのよ」
「ほう?なら確認させてもらおうか。
空気が暖められて膨張したっていうなら、軽く押せばすぐへこむはずだよな?」
「わ、私の服に入ってる空気は特別な空気だから、そう簡単にはへこまないわよ」
「どんな空気だ」
色々といっぱいいっぱいなアリスの弁明に、ブラックは心底呆れつつツッコんだ。
服を着て、その中にいちいち窒素ガスやヘリウムガスを充填するような変人など、普通はいやしない。
皆無、と言い切れないところに空恐ろしいものを感じるが、今はそんなことなどどうでもよかった。
「それじゃあ、私はこれで帰るわね!アデュー!」
「待てこら」
どすっ
「げふっ!?」
ベランダの桟に足をかけて逃げようとするアリスの背中に、箒を投げつけるブラック。
背中に箒の一撃をもらったアリスは思いっきりバランスを崩し、そのまま目下の庭へ一直線に落ちていった。
だが、いつ復活して逃げ出さないとも限らない。
ブラックは箒を回収すると、ベランダから身を乗り出して庭を見渡す。
そこには、案の定、素早く復活して逃げ出そうとしているアリスの姿があった。
「この、待ちやがれっ!」
「待てと言われて、素直に待つ奴なんていないわよ!」
売り言葉に買い言葉で、アリスは一目散に駆け出していく。
「逃がすかっ!」
ブラックは箒に腰掛けると、ベランダから逃げるアリスに向かって飛び出した。
アリスがこのまま走って逃げ続けるなら、両者の速度の差から、いずれ補足できる。
飛んで逃げようとするなら、もっとも無防備になる離陸の瞬間を狙って弾を撃ち込めば、それで事足りる。
追撃戦は、明らかにブラックの絶対的優位によって進められていた。
それは、アリスも充分に承知していること。
いっぱいいっぱいだったとしても、負けの見えている逃避行を続けるほど馬鹿ではない。
「くっ、このままじゃ拙いわね、かくなる上は……っ!」
アリスは2、3ステップを踏んで、追いすがるブラックへと振り返った。
そうして、どこからともなく上海人形を取り出して。
「出番よ上海!アーティフルサクリファイス!」
上海人形の頭を掴んで全力投球し、すぐさま背を向け駆け出した。
魔力をまとった上海人形は、着弾と同時に大爆発を巻き起こす魔法爆弾となって、ブラックに向かい飛んでいく。
だがしかし、ブラックは飛んできた上海人形を綺麗にキャッチして、
「てい。アーティフルサクリファイス返し」
逃げるアリスの背中めがけて、やる気のない声をともにぶん投げ返した。
ちゅどーん。
巻き起こった爆風とともに吹っ飛んでいくアリス。
ブラックは箒から降りて、今度こそ逃がすまいと、へち倒れてプスプスと煙を上げるアリスへと歩み寄る。
「何するのよ!服が汚れちゃったじゃない!」
「やかましい!」
ブラックはアリスの見当違いな抗議を遮って、ワンピースの胸元に手を突っ込んだ。
中に詰め込まれたモノを適当に掴み、するすると引っ張ってみれば、万国旗さながらにいくつもいくつも出てくる魔理沙の下着。
もう真っ黒だ。確定だ。言い逃れなんか赦さん。
ブラックは最後の一枚まで手繰ると、満足そうに嘆息する。
そうして、アリスの肩をぽん、とやさしく叩いて。
「OK、いっぺん死んどけ?」
と、清々しい笑顔で死刑宣告をかますのであった。
「だって仕方ないじゃない!
あんなところに洗濯物を干してあるのがいけないのよ!」
「開き直るな!」
ついに逆切れしはじめたアリスを、ブラックは全力で怒鳴りつける。
盗人猛々しい、とはよく言ったものである。
「さてまあ、クロ確定だし容赦はいらないよな。
昔の偉い人も、『罪を憎んで人を憎まず。ただし変態には容赦するな。サーチアンドデストロイだ』と言ってるわけだし」
「そんな話聞いたことないわよ!?
って言うか、他人の下着ならこうまで怒らないもの、やっぱりあなた魔理」
「おおっとミニ八卦炉が滑ったあぁっ!マスタァーー・スパーークゥっ!!」
「ちょ、待っ」
ドッカアァァァァン……
不意討ち気味に放たれた魔砲は、周囲の木々を薙ぎ払い、爆音を轟かせて、あらゆるものを吹っ飛ばしていく。
マスタースパークの直撃を受けたアリスは、本日何度目かの人間、もとい魔界人大砲となって大空の彼方に消えていった。
なかば更地と化した現場に、白煙を立ち上らせるミニ八卦炉を携えたまま、一人佇むブラック。
「……あー、やばい。今の、ちょっと気持ちよかったかも……」
ミニ八卦炉を握り締め、自分の中に芽生えてしまった、ちょっぴりアレな感情を必死に否定するのであった。
博麗戦隊!ハクレイジャー!
_/ _/ _/ 紅魔館 PM 16:20 _/ _/ _/
紅魔館。
永遠に幼き紅き月の異名を持つデーモンロード、レミリア=スカーレットの居城。
真紅に染められたその威容は、館に住まう主の威厳と権威とを象徴するかのように湖上に佇み――
――と、厳粛な雰囲気を漂わせていたのも昔の話。
最近では、メイド達の間で『カリスマがなくなってきてるとお嘆きのお嬢様を生暖かく見守る会』が発足していたり、
ご近所に『お笑い変人集団』ともっぱらの評判だったりと、すっかりなんだかなぁな雰囲気でもって湖上に佇む洋館である。
閑話休題。
その紅魔館の主たるレミリアは、寝室のベッドに腰掛け、従者達の報告を聞いていた。
「ハクレイジャー、と名乗る変態二人組に襲われた、ねぇ。
……それで、貴女たちはやられたきり、おめおめと逃げ帰ってきた。そういうことかしら?」
寝起きの不機嫌さも相まって、レミリアはその表情と語調とを険しくする。
眼前に立つ二人の従者――咲夜と美鈴は、夕陽よりも紅く、それでいて氷よりも冷たい主の視線に射竦められた。
「痛恨の極みです。申し訳ございません」
「私に謝罪して済む問題だと思って?
恥というものを知っているのならば、その恥辱を雪ぐことに腐心なさい」
「は、はい……」
縮こまる美鈴を見て、レミリアはふん、と嘆息した。
「それにしても、あなたたち二人と事を構えてなお、勝てる者が居ようとはね」
レミリアはそう言って、二人から視線を外す。
その仕草の意図するところは――、あるいは、不甲斐ない従者への失望なのかもしれない。
「確かに私たちにも油断はありました。でも、相手は不意討ちやだまし討ちばかりを使っていたんです。
正面から戦えば、あんな卑怯な奴になんか負けません!」
「あなたは黙っていなさい」
必死に弁明する美鈴に、咲夜は眉をひそめて釘を刺す。
言い訳などしたところで、何も変わりはしない。ただ見苦しいだけだ――。
咲夜の視線と表情とが、そう物語っていた。
「……ふうん」
レミリアは小さく嘆息すると、手を顎に添えて思案に耽る。
しばらくの間、視線を落として考え込んでいたが、やがて添えていた手を外して、ベッドから降りる。
そうして、眼前の二人に視線を移し、前髪をかき上げながら口を開いた。
「そうね……、出るわ。咲夜、ミスズ、準備なさい。
こんな面白そう、じゃなくて、忌々しき事態を見過ごしたとあっては紅魔館当主の名折れよ」
「かしこまりました」
「あのー、お嬢様?お言葉ですが、私の名前、間違えないでいただけませんか」
「あら?間違えていたかしら?」
「……いえ、もういいです」
レミリアの言葉に、美鈴はがっくり肩を落として、涙をちょちょぎらせた。
好き放題に暴れまわるハクレイジャーに対し、ついに紅魔館が動き出した!
事態は風雲急を告げる……かもしれないけど、あんまり期待はできないぞ!!
博麗戦隊!ハクレイジャー!
まだつづく
・このSSは拙作「博麗戦隊ハクレイジャーvol.1」の続きです。
いままでのあらすじ
霊夢が魔理沙をひん剥いて弄びました。
_/ _/ _/ CM _/ _/ _/
「あーもう、暑い、だりぃ。なんであたしらがこんなことしなきゃなんないのよー。
こんな暑い日に殺しあう姫の気が知れないわよ。しかもボロッカスに負けてやがるし。
リザレクションするくらいの余力は残しとけっつーのよ。ったくこれだから蓬莱ニートは……ぶつぶつ」
竹篭を背負い、手にした割り箸で、周囲に散らばる焼肉、というか焦げた肉片を拾い集める詐欺ウサギこと因幡 てゐ。
かんかん照りの日差しを受けて、やたら説明くさい愚痴と汗とを垂れ流しながら、他のウサギ達と一緒に作業を続けている。
「あら?てゐ達みんなで何してるの?」
そこへ通りがかる、へにょり耳で座薬使いの月ウサギ、鈴仙・優曇華院・イナバ。
暑さと単純作業にウンザリしていたウサギ達は、一斉に鈴仙をギロヌと睨み付けた。
こと、てゐに至っては。
「何してるの?じゃなーーーい!鈴仙も、姫の肉片拾うの手伝えーーー!」
と、絶叫を張り上げながら鈴仙にフライングクロスチョップをかまそうとして飛び上がり、
背負った肉の重みに負けてひっくり返った挙句、周囲に肉片を盛大にぶちまけ、他のウサギ達からフクロにされたのであった。
「と、ゆーわけで、鈴仙も姫の肉片拾いなさい。ね?」
フクロから開放され、頭にタンコブ、顔にケンカ傷をこさえたてゐが、鈴仙の肩をぽん、と叩いてにこやかに話しかける。
「何がどう「と、ゆーわけ」なのか全然わからないんだけど」
そんなてゐに、鈴仙は釈然としない面持ちで応える。
ノリと勢いに流されて肉片拾いをやらされないように、鈴仙もわりと必死だ。
「私は師匠に荷物を届けなくちゃいけないの。今は手伝えないわ」
そう言って、鈴仙はくるりと踵を返し――――、
「今だっ!やれ、みんな!」
「覚悟ウサー!」
「闇討ちでござるウサー!」
「えっ!?いや、ちょっ、やあぁぁっ!」
てゐの号令一下、四方から襲い掛かってきたウサギ達の手によって、無理やり竹篭を背負わされた。
「なんで私がこんな目にぃぃ~……」
竹篭を背負わされ、がっくりと膝を落とす鈴仙。
「連帯責任ウサ」
「助け合いってステキな言葉だと思わないウサ?」
「ほらほら、鈴仙も早く姫の肉片拾うウサ」
そんな鈴仙に、周囲のウサギはにこやかな笑みを浮かべて、畳み掛けるように口々に好き勝手なことを言い放つ。
「うぅっ……、みんな酷い」
涙目で嘆いたところで、数の暴力にはかなうはずもなく。
鈴仙もまた、肉片拾いに狩りだされる事となったのである。
「あぁーもう、日焼け止めも塗ってないのに、こんなのじゃ日焼けしちゃう……」
自らの身に降りかかった災難を嘆きながら、周囲に散乱する焦げた肉片を拾いはじめる鈴仙。
そこへ。
「まだまだ未熟ね、うどんげ!」
へたれな鈴仙を叱責しながら、月の頭脳ことあやしい薬屋・八意 永琳が颯爽と現れた。
「し、師匠っ!」
「一人前の女は、いかなる状況にも対応できるように、あらかじめ万全の用意しておくものよ」
「あうぅ、すみません……」
永琳の叱責に、鈴仙はへにょった耳をさらにしおしおにしてうなだれる。
「鈴仙ったら、日焼け止め塗り忘れてたんですよ。やーいやーいおっちょこちょーい」
「わ、私は悪くないのにっ」
てゐにからかわれて、半泣きで反論する鈴仙。
永琳はそんな鈴仙に優しく手を差し伸べ、その手をぐっと握り締めた。
「心配は要らないわ。うどんげ。
今までがダメでも、これからを完璧にしてしまえば何も問題はなくてよ。
そう、これが勝利の鍵、新提案の遮光クリーム『ルーミア一番搾り』よ!」
「る、ルーミア一番搾り?」
その微妙にエロスくて微妙に猟奇的な商品名はなんなんだろう。
どこぞの吸血鬼なみのネーミングセンスを前に、鈴仙は疲れたような声を上げる。
「そう。ルーミア一番搾りの名のとおり、
宵闇の妖怪ルーミアをごにょごにょして、そこから得られたルーミアエキスを3%配合。
これにより、脅威のUV100%カットを実現……」
「た、たかが日焼け止めにそこまでしますかっ!?」
かなり大袈裟すぎるやり口に、思わずツッコミを入れる鈴仙。
しかし、永琳はそんなツッコミに動じることなく、委細かまわず続ける。
「なぁんてちゃっちい謳い文句はもう前世紀の遺物よ!
紫外線なんて100%カットどころか120%カットして当たり前!
今流の日焼け止めは、赤外線から中性子線、果ては可視光線まで防ぎきってなんぼよ!
みんなもこれで、にっくきおひさまデストロイ!」
そう叫びながら両手を振り上げてサムズアップかましたり、なにやらテンションがおかしい永琳。
蓬莱人の彼女でさえ、季節外れの暑さに頭をやられたのだろうか。
「太陽にケンカでも売る気ですかっ!?」
「何を呑気なことを。乙女の肌を守るためなら、手段なんて選んでいられないでしょう?」
「選んでくださいお願いだから」
「それにね……」
ツッコミを入れる鈴仙に、永琳はぬらり、と妖しい視線を投げかける。
「……ししょお?」
鈴仙は、何やら不穏なものを感じ取り、顔を上げて訝し
がばっ!
訝しむ間もなく、有無を言わさず押し倒された。
「うどんげの柔肌を守るのは私の使命じゃない?
だからもうなおさらに手段は選んでられないってゆーかうどんげがいけないのよそんな瞳で私を誘うんですものっ!
ほらうどんげ、私が直々に塗ってあげるわね。大丈夫よ私上手だから痛くしないから、さぁぁっ」
「師匠それ絶対おかしひゃ、いやあぁぁぁぁ……」
「おかしいものですか私は至って冷静よ冷静にうどんげを押し倒して冷静にうどんげの服を脱がして
冷静にうどんげのすべすべな柔肌にクリームを塗ってあげるだけよだから心配することなんか何一つとしてないわ
ええそりゃもう据え膳食わぬは女の恥とも言われてるわけだしここは一つ是が非でもというかむしろ
手段のためなら目的を選ばずって勢いでどさくさに紛れて冷静にうどんげのあんなとことかこんなとことか弄ろうだとか
冷静にうどんげの肌の感触を堪能しちゃいましょうかエフフフフだなんてほんのちょっぴりしか考えてないわけだし
冷静にこの状況を心ゆくまで楽しませてもらうことにするわねうふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
「ふぁ…やぁ、んっ、し、ししょおっ、そこっ、だめですぅっ!」
壊れたカセットレコーダーのように冷静冷静と繰り返しながら、鈴仙をひん剥いてアレなことをシはじめる永琳。
何やら詳しい描写の出来ないごにょごにょなことを繰り広げる二人を尻目に、てゐと一匹のウサギはこほん、と咳払いを一つして。
「新提案の遮光クリーム、ルーミア一番搾り!」
「えーりん製薬より、好評発売中ウサー!」
何事もなかったかのように、ふつーに宣伝するのであった。
_/ _/ _/ 博麗神社 上空 PM 13:41 _/ _/ _/
「……なんだったんだ今のは」
「ただのCMよ。気にするほどのことじゃないわ」
突如起こった怪奇現象を、呆れ顔で訝る霧……もとい、ハクレイブラック。
その言葉に、博……じゃなくて、ハクレイレッドは涼しい顔で受け答えた。
一瞬時空が妙な歪み方をして変な所に繋がったようだが、まあ特に問題はない。
物語の節目にはアイキャッチとCM。これヒーローの定説。
「さて、正義の基本はパトロール。というわけで人里へゴーよ!」
「うぇ……人里に行くのか」
レッドの言葉に、露骨に眉をひそめるブラック。
何が悲しくて、こんなけったいな格好のまま人里まで下らにゃならんのか。
もともと底をついてるようなやる気が、さらに減退していくのがわかる。
いっそのこと、ここでこいつを撃ち落として、全部なかったことにしてしまったほうがいいのやもしれん。
などと、ちょっぴり物騒な思案に暮れるいとまもあらばこそ。
がすっ☆
「ふがっ!?」
「何を甘ったれたことを言ってるの、ブラック!」
レッドの、叱咤激励という名の拳が飛んできた。
「事件は神社で起きてるんじゃない!現場で起きてるのよ!
正義のヒーローであるあたしたちが、油を売ってる暇なんかないわっ!!」
「……私にとっちゃ、現状ですでに事件に巻き込まれてるわけだがな……」
左フックを貰った頬をさすりつつ、遠い目をして小さな呟きを漏らすブラック。
跨る箒までもが、なにやらいつもより少し重く感じたのは気のせいか。
「魔……じゃなかった。ブラック、事件ってどういうこと?」
「いちいち聞きとがめんでよろしい」
「そうはいかないわ。だって、ハクレイイヤーは地獄耳!ハクレイキックはキック力!ハクレイバールはバール力!」
「バール力!?」
なにその新単位。
初出の変な単位に戸惑うブラックを余所に、レッドは続ける。
「ちなみにパトロールの目的は、『てきとーにうろついて、妖怪が悪さしてたらてきとーにちぎって投げる!』以上!」
「何だそりゃ……。お前、それじゃただの通り魔じゃないか」
「違うわよ。あたしが正義なんだから、刃向かう奴等は悪決定。悪には容赦はいらないのよ!」
「…………」
ジャスティスフリーダムここに極まれり。
あまりにもえげつないレッドの意向に、返す言葉を失うブラック。
暴走超特急と化したレッドには、ブレーキというものが備わっていないのだろうか。
うん、多分ついてないんだろうね。
「いやまあ、通り魔云々はこの際置いといて。
私たちが何をしようと、それを人に伝える術がなけりゃ宣伝にはならないだろ」
「そこはそれ、広報担当のハクレイホワイトが遠くで撮影してるから大丈夫よ。
あとで新聞なりなんなりにして、ちゃんとみんなに周知してくれるはずだから」
「ちょっと待て。
ハクレイホワイトって誰だ」
「ほら、あの鴉天狗の」
「……あー」
ブラックは小さく呻きを漏らすと、そのまま絶句した。
よりにもよって、あのゴシップ大好きパパラッチ娘を起用しやがるのかこいつは。
早くも雲行きが怪しくなってきた、どころか、暗礁に乗り上げてるんじゃなかろうかと不安になるブラック。
そんなブラックの心中などいざ知らず、レッドは無駄に活き活きハツラツとした様子で飛び出していったのでした。まる。
_/ _/ _/ 人里近隣 農道 PM 13:58 _/ _/ _/
初秋の日差しを受けて、色とりどりの野菜を実らせる、のどかな畑の一画。
燦々と照りつける太陽の下、くろぐろとした闇が低空飛行で浮かんでいた。
その闇の正体は、宵闇の十進法ことルーミアである。
闇に潜み、闇に紛れ人を襲う妖怪である彼女が、なにゆえこんな昼間から外に出張っているのだろうか。
「あう~、お腹すいたぁぁ……」
お腹を押さえて、力なく呟くルーミア。
……どうやら、単に空腹に耐え切れずに出てきただけのようだ。
空腹をかかえてふらふら飛行しているルーミアの目に、ふと一体の地蔵が映る。
正しくは、地蔵と、その前に供えられた野菜に、ルーミアの視線は釘付けとなった。
「あー、たべものー!」
砂漠でオアシスを見つけた旅人さながらに、一直線に地蔵のもとに飛んで行くルーミア。
この炎天下、しばらくの間陽に晒された野菜でも、食って食えないことはない。
「いっただっきまーす♪」
ルーミアは躊躇うことなくお供えの野菜を掴み、大きく口を開けて――――――。
「待ちなさいっ!このお供えドロボウがぁぁっ!!」
ばびゅふぉんっ!
めぎゃごぎんっ!!
「はぎゅっ!?」
はるか頭上から響いてきた声とともに飛んできた、バールのようなものが側頭部にぶち当たり、真横に吹っ飛んだ。
インパクトの瞬間、首から何か鈍い音が聞こえた気がするのは、気のせいだということにしておいた方がよさそうだ。
「あうぅ、いたた……」
身を起こしながら、バールのようなものが直撃した側頭部をさするルーミア。
自分の身に降りかかった災難を嘆く間もなく、彼女の前に二つの影が降り立った。
「いきなりなにするのー?それにあんたらなんなのさーー」
「通りすがりの正義の味方よ」
「どこの世界にいきなりバールを投げつける正義の味方が居るんだ」
ルーミアの問いかけに、あまり豊かではない胸を張って応えるレッド。
ブラックがジト目で入れたツッコミは、左から右へ聞き流した。
「正義の味方?なにそれ」
「ふっふっふ、教えてあげようじゃない。
行くわよブラック!」
「へーへー」
首をかしげるルーミアを見て、嬉しそうに応じるレッド。
やる気のないブラックをせっついて、二人は並んでポーズを取る。
「倫理?法律?それが何?あたしが正義だそう決めた!」
「今日も今日とて東へ西へー幻想郷の悪を討つー」
「ハクレイレッド!」
名乗りをあげて、右の握り拳を天高く突き上げるレッド。
「ハクレイブラックー」
レッドの前に立ち、クラウチングスタンドでガッツポーズをとるブラック。
「「博麗戦隊、ハクレイジャー!」」
どっかーん。
バックを無意味に爆発させて、決めのポーズをびしっと決める二人。
爆破に巻き込まれた畑山喜兵衛さん(36歳)の畑は、見るも無残な焦土と相成った。
「うわーおばかだ。おばかさんがいるー」
ポーズを決める二人に、直球ストレートで感想を漏らすルーミア。
おばかってルーミアに言われちゃおしまいだ。
「黙らっしゃい!
口上も済んだことだし、覚悟してもらいましょうか。あぁん?」
手にしたバールのようなものの先端を、自分の肩でポンポンと弾ませながら、ルーミアに詰め寄るレッド。
その身に湛える雰囲気は、まるっきりヤク○そのものと化しているが、別段違和感を感じないのは何故だろうか。
「別にいいじゃないか。お供えドロボウくらい。
確かにここしばらく、7日と空けず起きてるらしいが、人を襲うのに比べればかわいいもんだ。見逃してやろうぜ」
「ダメよ。目こぼしなんてしてたら、いずれ幻想郷中のお供えを盗んでまわる巨悪へと成長しかねないわ!
だから、悪の芽は早いうちに摘んでおくべきなのよ!」
「随分スケールのちっさい巨悪だな」
問答無用でルーミアに襲い掛かろうとするレッドを諌めるブラック。
だが、今のレッドには、何を言っても暖簾に腕押し馬耳東風。
ブラックの制止なぞ気にも留めず、レッドはルーミアに飛び掛った!
「わわっ!?」
「ルーミア!お供えドロボウの現行犯で成敗してあげるわっ!」
言うが早いか、レッドは素早くルーミアの懐に入り、右の拳を唸らせる!
レッドの こうげき!
しかし うまくかわされた!
レッドの こうげき!
しかし うまくかわされた!
レッドの こうげき!
しかし うまくかわされた!
レッドの(以下略)
しかし(以下略)
レッ(略)
しか(略)
レ(ry)
し(ry)
「ぜー、はー、ぜー、はー……」
「……えーと、どしたの?」
ここ数日、カロリー節約のために引きこもっていたのが災いしたのか、どうにもレッドの身体は鈍りきっていたようだ。
無様に肩で息つくレッドに、ルーミアはおそるおそる声をかける。
「ちょ、待っ……、か、肩貸して、肩」
「だいじょーぶ?」
今しがた襲い掛かってきたばかりの相手に、素直に手を差し伸べるルーミア。
レッドはその手をがしっと握り締め―――――――というか、むしろ掴んだ。
「くっくっく……、かかったなァァァっ!!」
「ふぇっ!?」
ぎらりと、目に狂気を宿して吠え猛るレッド。
いきなりの出来事に、ルーミアは戸惑うばかり。
そんなルーミアを前にして、レッドが袖から取り出したものは――――
「博麗恐怖の赤バットおぉぉぉぉーーーーーーー!」
絶叫とともに繰り出すは、ルーミアを真芯に捉えての無慈悲なるフルパワースイング!
カッキーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン
「そんなのありかぁぁ~~~~~~~~……」
さしものルーミアも抗議の声を上げながら、はるか空の彼方へと吹っ飛んでいった。
「ふっ、悪の栄えたためしなし!」
赤いバットを片手に、ガッツポーズをとるレッド。
「お前なぁ、いくらなんでもやりすぎだぞ」
「何言ってるのよ。ヒーローのトドメといえば、派手な必殺技って相場が決まってるものなのよ」
「いや、そういう意味じゃなくてだな」
果てしなくすれ違いまくる、両者の会話。
ブラックは『やりたい放題なのもいい加減にしろ』という意味で用いたであろうその言葉。
それをレッドは『派手すぎじゃないのか』という意味に解釈していると思われる。
なにゆえに、こうもニュアンスを曲解してくれやがるのだろうか。
「それに、お供えドロボウは巫女のお仕事っ!」
「……そうか。今までのお供えドロボウは、お前だったのか」
よーするにレッドは、正義を笠にきて、私怨タラタラの狼藉を働いたわけである。
ルーミアのことを不憫に思いながら、ブラックは処置なし、とばかりに肩をすくめて溜め息を吐くのであった。
そんなやり取りをして、現場をあとにする二人。
そして、残されたものは――
「お、おらの畑があぁぁっ!?」
人里に住む農民、畑山喜兵衛さん(36歳)は、焦土と化した自分の畑を前にして、絶叫を張り上げた。
彼はその後、「畑にこっそりワカメを植えると、そのワカメは畑もろとも消滅する」という学説を発表し、
さるワーハクタクから小一時間みっちり説教を受けることとなるのだが、それはまた別の話。
博麗戦隊!ハクレイジャー!
_/ _/ _/ 川辺 PM 14:34 _/ _/ _/
田んぼのすぐそばにある、そこそこ大きな川の縁。
そこに、二人の妖怪が居た。
竹カゴを抱えて、岩をじいっと見据えるのは、小骨の多い夜雀・ミスティア。
その岩の上には、大きな氷塊を抱えた⑨チルノが、ふよふよ浮かんでいた。
「んー、位置よし高さよし……と。いいよー!そこからガツンといっちゃってー!」
「オッケー!」
ミスティアの合図をうけて、チルノが氷塊から手を離す。
氷塊はそのまま、真下にある大岩へとまっすぐに落ちて行き――――、
ごがしゃあぁぁぁん
耳をつんざく大音量をあたりに響かせて、粉々に砕け散る。
それから数秒と待たず、岩魚や鮎やヤツメウナギなど、多種多様な魚が水面にプカリと浮かびだした。
いわゆるところの、擬似マイト漁とゆー奴だ。
「こんなもんかなー?どうだった?」
「上出来上出来。グッジョブよ。さーて、あとはまとめて拾うだけね」
一仕事終えたチルノを、ミスティアはサムズアップで迎える。
そうして、二人は揃って、水面に浮かぶ魚やヤツメウナギをいそいそと拾いはじめた。
「でもさ、こんなにたくさんのウナギどうするの?」
「今日は特別な日だからね。たくさん用意しておかなきゃ」
「ふーん」
ヤツメウナギを拾いながら、そんなやりとりを交わす二人。
だがしかし。
「何やってんだお前らはっ」
ごちん☆
「あだっ!?」
ヤツメウナギを拾い集めるチルノの脳天に、わりと容赦なく箒が振り下ろされた。
「なにすんのさっ!」
箒のへち当たったところを手で押さえ、毒づきながら振り向くチルノ。
「それはこっちの台詞だぜ。こんな明るいうちに堂々と禁止漁法やるなんて、いい度胸してるじゃねえか」
その先に居たのは、箒を肩に背負って佇む、言わずと知れた自称正義のヒーロー・ハクレイブラックだった。
ブラックの隣では、レッドが
「箒で一発なんてぬるいにも程があるわよ……。ここは後頭部急襲のムーンサルトで一撃轟沈しなきゃ……」
などと物騒なことをブツブツ呟いていたりするが、怖いのであえて触れないでおくことにする。
「……な、なんなのあんたたち」
見るも奇妙な格好をした二人にちょっと引きつつ、尋ねるチルノ。
チルノの言葉に、レッドは物騒な呟きを止めてチルノに向き直る。
「よくぞ聞いてくれたわね。あたしたちは、幻想郷の平和を守る正義の味方――――」
そう言いながらポーズをとろうとするレッドの襟首を、ブラックはムンズと掴んで詰め寄った。
「待てこら。川を爆破なんかさせないからな」
「……ちっ。
仕方ないわね。じゃああの田んぼを背にしましょーか」
露骨に舌打ちなどしつつ、適当な田んぼを指差すレッド。
「……爆発させないって選択肢はないのか」
「あるわけないじゃない。
名乗りと爆破はワンセット。これは世界標準の定説なのよ」
「うわぁ嘘くせぇ」
しれっと答えるレッドに、ブラックは顔を引きつらせる。
それは、何を言っても聞きやしないレッドに対する、精一杯の抵抗だった。
「それじゃあ改めて、と」
こほん、と咳払いを一つして、レッドはポーズを取る。
「倫理?法律?それが何?あたしが正義だそう決めた!」
「今日も今日とて東へ西へー幻想郷の悪を討つー」
回を重ねるごとに、動きのキレとコクと深みを増していくレッド。
何回やっても恥ずかしさは消えないのか、相変わらずげんなり風味のブラック。
そんな二人の決め台詞が、川岸に響く。
「ハクレイレッド!」
「ハクレイブラック」
「「博麗戦隊、ハクレイジャー!」」
ちゅどーん。
またもやバックを無意味に爆発させて、決めのポーズをびしっと決める。
爆破に巻き込まれた畑山喜兵衛さん(乙女座)の田んぼは、でっけえクレーターと相成った。
「は、はくれいじゃー?」
「何なの一体。アホすぎるわ……」
目の前で繰り広げられる馬鹿爆発ショーの威力に、半ばぼーぜんとしながら口々に呟くチルノとミスティア。
ドン引きする二人に、レッドは手にしたバールのようなものの先端をびしっ!と向けて、
「あんたたちの悪行、しかとこの目で見届けたわよ!
大人しくウナギを寄越すか、痛い目にあってウナギを接収されるか、好きなほうを選びなさいっ!!」
ほとんど強盗同然の要求を突きつけたのであった。
「そう、鰻よ。うなぎ、ウナギ……」
レッドはバールを構えたまま小さく呟いて、じゅるりっ、とヨダレをすする。
今現在において、レッドの考えていることはなんだろうか。
考えるまでもなさそうだが、ここはひとつ、あえて3択に絞ってみよう。
1、そう、かんけいないね
2、ゆずってくれ、たのむ!
3、ころしてでもうばいとる!
「愚問ね。もちろん3よ!」
「何の話だ!?」
「つまり、この世は所詮焼肉定食ってことよ」
「わけがわからん……ってーか、それ、弱肉強食って言いたいのか?」
「そうとも言うわね」
「そうとしか言わん」
レッドの奇声を皮切りに、相変わらずの漫才を始めるレッドとブラック。
それを見たミスティアは、竹篭を抱え、チルノの手を引いて一目散に駆け出した!
「チルノ、逃げるよっ!」
「で、でも、ウナギがまだあんなにっ」
「ウナギより、命のほうが大事でしょっ!
黒いやつはともかく、あの赤いやつはまともじゃない。早く逃げないとやばいよ!」
未練がましく留まろうとするチルノを叱咤して、逃げる足を速めるミスティア。
だがしかし、それを見逃すレッドではなかった。
「逃がすものですかってぇのよ。私のウナギっ!!」
狩人――というより、猟犬のように眼をぎらつかせて吼え猛るレッド。
叫びとともに地面を蹴り、普段の飛行速度とは比較にならない超スピードでもって、逃げる二人へと迫り行く!
「嘘っ、速過ぎるっ!?」
どこぞの烏天狗に勝るとも劣らない超スピードで迫り来るレッドを見て取り、戦慄するミスティア。
チルノは背後のレッドとミスティアを交互に見やると、不意にその場に立ち止まる。
ミスティアに背を向けて、レッドを迎え撃つような格好で身構えた。
「チルノ、何やってるのよ、早く逃げないと……っ!」
「ここはあたいにまかせて、ミスティアは早く逃げて!」
背中越しの会話。
ミスティアには、チルノの表情を窺い知ることはできない。
だが、チルノの発した声は、他の何よりもそれを雄弁に物語っていた。
「でも、それじゃあチルノは……!」
「だいじょうぶよ、あんなやつにやられるあたいじゃないから!
この貸しは、ウナギのフルコースでかんべんしてあげるねっ!」
ミスティアに振り返って、ウィンクを投げかけるチルノ。
それが精一杯の強がりであると、ミスティアはなんとなく気付いてしまった。
なら、今この時、ミスティアのやるべきことは――。
「……わかったわ。今度、最高のウナギをご馳走してあげる」
チルノの意思に応えて、ミスティアは別れの言葉を告げる。
せめて、声だけは微笑ませて。
「それじゃあ、また……ね」
「まっかせといて!」
チルノはミスティアが飛び立ったのを見届けると、深呼吸して自分の頬をぱん、と両手で叩く。
そうして、迫り来るレッドに向き直った。
「さあっ!どっからでもかかってきなさい!
さいきょーのあたいがやっつけてやるんだからっ!」
チルノの声は、果たして誰に届いたのか……。
……水差すようで悪いけど、最初から飛んで逃げろよお前ら。
「チルノ……、わたし、チルノのこと忘れないから……」
チルノを残し、一人逃げるミスティアは、はらはらと落涙しながらモノローグに突入していた。
何故にモノローグに入っているのか、その理由はチルノの言動にあった。
……まあ、なんというか、その。
チルノは、4回ほどデッドエンドを迎えても、お釣りが来るくらい死亡フラグをぶち立てまくっていたわけで。
南無。
と、ミスティアが勝手にチルノを想い出に変えている一方。
地上では、迫り来るレッドを、チルノが迎え撃とうとしているところだった。
「この先に行きたいなら、あたいを」
「邪魔っ!」
ばきゃっ!
「げふっ!?」
みなまで言う暇すら与えず、チルノのアゴに電光石火の飛び膝蹴りを叩き込むレッド。
蹴りを叩き込んだ勢いのまま、水飛沫をあげて着地し――――、
「あだっ!?」
次の瞬間、凍りついた水面に足を取られてつんのめった。
「ここは通さないって言ったでしょっ!」
チルノは涙ぐみながら、膝をもらったアゴを押さえて、無様につんのめるレッドに向かって叫ぶ。
そんなある意味健気なチルノを前にして、レッドは何故かくっくっと含み笑いを漏らしていた。
「……あぁ、そっか、そういうことね。あんたもあたしの幸せの邪魔をしたいのね。
OKチルノ、あんたは今この瞬間からあたしの前世からの宿敵だぁっ!!」
レッドは狂気の雄叫びとともに、袖からバットとバールのようなものを取り出し、足元の氷を叩き割る。
氷の枷から解き放たれたレッドは、凶気をその瞳に宿し、チルノに向かって飛び掛かった!
文字通り、瞬く間にチルノに肉薄し――
「念仏は唱えたかあぁっ!?」
ずんっ!
「ごふっ!?」
一撃必殺の拳を、チルノのみぞおちにめり込ませた!
前のめりに崩れ落ちかけたチルノを掴み押さえると、そのまま頭上に担ぎ上げる。
「ハァァァクレイッ!スペシャルゥゥゥッ!!」
気合一閃、と言うべきだろうか。
怒号を張り上げて放つ、渾身のアルゼンチンバックブリーカー!
担ぎ上げられたチルノは身動きもままならず、ブリッジの体勢で締め上げられる。
「ギブ!ギブギブギブっ!!ごめんあたいが悪かったっ!!」
容赦のない締めに、チルノはたまらずギブアップを宣言する――が、しかし。
「ごめんで済めば、ヒーローなんていらないのよぉっ!!」
レッドの手は緩むどころか、なおさらに強く、無慈悲にチルノを攻め立てる!
ぽきんっ
そして、決壊。
当然、チルノは白目をむいてぐったりする。
だが、それで済ませるレッドではなかった。
チルノを担ぎ上げた体勢のまま、その場で高く飛び上がり、空中で身体を入れ替えて――――、
「チェェェェストォォォォォォッ!!」
トドメとばかりに炸裂させる、一撃必殺のパイルドライバー!
どござばっしゃぁぁぁぁん
周囲に響き渡る轟音と、人の背よりも高く上がる水柱。
そのあとに残ったのは、犬神家よろしく、己が下半身を墓標として果てる、見るも無残なチルノの姿だった。
「さはぁて、次は、と……」
レッドは小さく呟いて、きわめて世紀末風味に前衛的なオブジェと化したチルノから身を離す。
ゆらりと身を起こし、遥か彼方へと飛んでいくミスティアをぎらりと睨みつけた。
標的を仕留めるために、地面を蹴って空へと舞い上がり――、
「だあぁぁっ!どけーっ!!」
でげん。
飛んで追いついてきたブラックに撥ね飛ばされたのでした。まる。
「どういうことよブラック。いきなり撥ねるなんて」
「いきなり飛び出してくるほうが悪い。……って、なんだこの惨事は」
ブラックはぶうたれるレッドをぴしゃりと制し――たのはいいものの、眼前の光景に言葉を失い唖然とする。
さもありなん、水面からチルノのものとおぼしき下半身がにょっきり生えているのだ。
そのシュールさは、ダリの抽象画もかくや、とばかりの勢いがある。
チルノはしばらく前衛的なオブジェ状態を保っていたが、天に伸ばしていた足がぐらりと揺れ、水面へと振り下ろされる。
「……うきゅー」
大の字に倒れて目を回すチルノを見やり、レッドはブラックに向かい口を開いた。
「ほら、ちゃんと生きてるんだし、たいした問題じゃないわよ」
「いやまあ、確かに手加減はしたみたいだが、それにしたってだな」
悪びれた様子もなく、手をヒラヒラと振りながら呑気に応えるレッド。
実際、『ちょっとやりすぎたかなー』などとはカケラも思っていないのだから始末に負えなかった。
「そんなことよりミスティアよ。ウナギの恨みは鬼より怖いということ……、嫌ほど思い知らせてくれるわあぁぁぁ」
「私は、お前のその思考が恐ろしいよ」
チルノとレッドを交互に見やり、嘆息しながら呟くブラック。
せめてミスティア、お前だけは逃げ切ってくれ。と祈らずにはいられなかった。
「あんな遠くまで逃げられちゃ、お前さんの足じゃあ追いつけないだろ」
ブラックは、もうマッチ箱ほどにしか見えなくなったミスティアを遠目に見つつ、レッドに声をかけた。
確かに、常識で考えれば、とても追いつけるような距離ではない。
素直に諦めたらどうだ?と付け足して、ブラックはチルノを引き上げにかかる。
だが。
常識で考えて無理ならば、非常識を持ち出すのが、ハクレイレッドのハクレイレッドたる所以。
「甘い甘いっ、幻想空想穴ゥっ!」
ひゅんっ、と音なき音を立てて、レッドの姿がかき消えた。
「なんかあいつ、最近スキマじみてきてる気がするなぁ……」
チルノを水面から引きずり上げながら、ブラックはそんな一言をぽつりと漏らす。
空を見上げるブラックの視線の先には、ミスティアと、ミスティアの少し上にテレポートしたレッドの姿があった。
「鶏肉、じゃないミスティアあぁっ!覚悟ぉっ!」
「えっ……、きゃあぁぁぁぁぁっ!?」
どげしっ!
レッドはミスティアの少し上にテレポートしたその直後、無防備な背中に鋭い蹴りを叩き込んだ。
不意を討たれたミスティアは、モロにバランスを崩すも、なんとか体勢を立て直してレッドに向き直る。
「いきなり蹴るなんて、どういう神経してるのあんたはっ!?
勝負するなら、弾幕で勝負しなさいよっ!」
竹篭を抱えたまま、レッドに食って掛かるミスティア。
レッドは、そんなミスティアの剣幕に、眉一つ動かさずに応える。
「昔の偉い人が言いました。
勝てば官軍、負ければ賊軍。あたしゃ正義なんだから何したって許されるんだよこんダラズ。と」
「ちょっと待って嘘でしょそれ絶対っ!
……こうなったらっ!」
どうにも話の通じないレッドとの会話を早々に諦めたミスティアは、後退して間合いをとった。
「話が通じないなら、もう話さないから!」
そう叫ぶミスティアの周囲に、いくつもの鳥を模した魔力弾が発生した。
「リトルバタリオンっ!!」
ミスティアの声に応えるように、鳥型の魔力弾は無数の残滓を伴って、一斉にレッドに向かって殺到する!
迫り来る無数の魔弾に、レッドは――
「幻想空想穴っ!」
でげしっ!
「げふっ!?」
別に相手が弾幕戦を始めたからといって、それに従う道理はない。
そう言わんばかりにミスティアの背後にテレポートして、その背中をおもうさま蹴りつけた。
引き篭もり生活から来る身体の鈍りも、不意討ちで後ろからヤクザキックをかます分には、たいした問題ではない。
そして、不意討ちで蹴るのは正義のヒロインとしてどーなんだろう。という疑問も、気にしなければ気にならないから大丈夫なのだ。
「あ、あんた絶対頭イカれてるわっ!」
くっきりと靴跡のついた背中に手を回して、露骨な悪態をつくミスティア。
しかし、当のレッドは涼しい顔だ。
それどころか、ミスティアの悪態を、はん、と鼻で笑って流してしまう。
「ずるい・卑怯は敗者の遠吠えよ」
「こんのぉっ……、さっきは手加減してたけど、もう許さないわっ!」
「イルスタードダイブッ!!」
再びミスティアの周囲に、鳥を模した魔力弾が発生――
「幻想空想穴っ!」
どげしゃっ!
させる間もなく、再び背中にヤクザキック。
情けも容赦も身も蓋もない問答無用の先制攻撃。
外道なのにも程がある。
「ぶ、ブラインドナイt」
「空想穴っ!」
すぱこーん!
「ごめんなさい私が悪かったですウナギ半分あげますから許してくださいぃ……」
好き放題蹴りに蹴られ、すっかりボロボロになったミスティアは、半べそをかいて謝りはじめた。
「ようやく自分が悪だとわかったようね、ミスティア。そんなあなたにいいことを教えてあげるわ」
「……え?」
レッドの言葉にきな臭いものを感じて、顔を上げて訝しむミスティア。
そんなミスティアに、レッドは満面の笑みをもって、
「昔の偉い人は言いました。
お前のモノは俺のモノ、俺のモノは俺のモノってねぇぇーーーーっ!」
もとい、狂気の笑みをもって、どこからともなく取り出したエレキギターを振りかぶる!
「ハクレイ非情なるギターーーーっ!!」
ぼぐしゃあっ!!
「ひでぶっ!?」
ミスティアの脳天に、狙い済ましたクリティカルヒットを決めるレッド。
ミスティアは変な悲鳴を上げ、そのまま前のめりに墜落していった。
手にしたものはとりあえず鈍器にしてしまう。それが撲殺マニアのあかし。
どこに仕舞っていたんだそのエレキ、なんて野暮なツッコミはなしだぜベイベ☆
「ケヒ、ケヒヒ……、この感触、もぉ最っ高!……っと、いけない」
エレキ越しの、鈍い感触に酔いしれるレッド。
だがすぐに我に返ると、やはりどこへともなくエレキを仕舞い込み、急いで落下しつつあるミスティアへと向かって飛んでいく。
追いつくかどうか、きわどいところでミスティアに手を伸ばし――、
ウナギでいっぱいになった竹篭を引ったくり、ついでにミスティアをはるか遠くに蹴り飛ばした。
「いよっしゃウナギゲットぉぉ~~っ!ミスティア、あなたの犠牲は無駄にはしないからね!
これでしばらくはウナギ三昧よ!ビバウナギ!グラッチェウナギ!うふふうひふふふはははははははははは!!」
「し……しどい……」
極悪非道ここに極まれり。
勝手に尊い犠牲扱いされたミスティアは、己の悲運を嘆きながら遠くの空へと消えていった。
竹篭を抱えて、鼻歌を歌いながら意気揚々と地上に戻ってくるレッド。
そんなレッドを出迎えたのは、何か異次元の生物でも見るような視線を投げかけてくるブラックだった。
「あら?どうしたのブラック」
「いやな、なんつーか。妖怪連中よりも、お前を野放しにしておく方がよっぽど危険な気がしてきたんだが」
正義ってなんなんだろう。
やりたい放題はっちゃけ放題のレッドの所業を振り返ってみると、
何故だかそんなあたら哲学的な疑問が頭をよぎり、どうにもやりきれない気分になってくる。
ブラックが、内心でそう思い悩んでいると。
げしっ☆
「ごふっ!?」
「何を言ってるのよブラック!そんなの、正義のヒロインの言うことじゃないわ!!」
レッドの、叱責と言う名のヤクザキックが飛んできた。
「正義のヒロインであるあたしたちが迷いを見せてどうするの!?
あたしたちに振り返ることは許されないのよ!
ウナギをあたしたちに託して散っていった、チルノとミスティアのためにも!」
ヤクザキックをモロにもらったお腹をおさえてうずくまるブラックに向かって、矢次ぎ早にまくし立てるレッド。
ブラックはなんとかこらえて顔を上げ、レッドに向かって口をつく。
「な……、何言ってやがる。そのウナギは、お前がミスティアを襲って奪ったんだろ」
「襲って奪ったなんて人聞きが悪いわね。痛い目に遭わせてウナギを接収しただけよ」
「同じだバカ!」
何によれども、我が心根は折れず引かず省みずを貫くレッド。
難しい言い回しではぐらかすのをやめると、よーするに『反省? なにそれおいしいの?』というわけである。
身も蓋もない言い回しだが、実際そうなのだからしょうがない。
「それに、あんただって普段いろんなとこで同じようなことやってるじゃない」
「私は誰も見てないうちにこっそり借りたり、見つかったら力尽くで借りるようにしているだけだ。強盗とは根本から違う。
……とにかく、もうこんな所に居座り続ける道理もないだろう。先に行くぜ」
レッドからの手痛い反撃をしれっと受け流して、箒に腰かけ飛び立つブラック。
「あ、ちょっと、待ちなさいよっ」
レッドもまた、ブラックに続いて飛び立ち、すっかり地形の変わり果てた現場をあとにした。
そして、残されたものは――
「お、おらの田んぼがあぁぁっ!?」
農民、畑山喜兵衛さん(乙女座)は、でっけえクレーターと化した田んぼを前にして、絶叫を張り上げた。
彼はその後、「田んぼにおしゃぶり昆布をばら撒くと、その昆布は田んぼもろとも消滅する」という学説を発表し、
さるワーハクタクにハリセンでしばき回されることとなるのだが、それはまた別の話。
博麗戦隊!ハクレイジャー!
_/ _/ _/ 人里 PM 15:17 _/ _/ _/
「……はぁ」
溜め息を吐きながら、大八車をごろごろと引きずる、
一応紅魔館の門番だけれども、その実いてもいなくても大差ない妖か「ヲイ!」
いぢられ担当、オチ担当でおなじみの「待てぃ!」
……名前は中国で。
ナレーションにまで反応するようなギャグキャラなんて、中国って呼ばれればいいんだ。
「えーと、あのですね、本名で呼んでもらいたいんですけどー……」
OKわかった。
じゃあ、間を取って「ベトナム」でいいじゃん。おおげさだなぁ。
「全然よくないーーーーっ!?」
ベトナムの叫びは誰に届くでもなく、むなしく消えていったのでした。めでたしめでたし。
閑話休題。
ある晴れた昼下がり、市場へ続く道。
ベトナ「だから美鈴ですってばーーーー!!」
……ちっ、わかったよ。
ある晴れた昼下がり、市場へ続く道。
美鈴の引きずる大八車の上には、縄でぐるぐる巻きに縛り転がされた紅魔館のメイド長、十六夜 咲夜がドナドナされていた。
別に、紅魔館の財政難による身売りとか、そういうことではない。
第一、身売りならば、真っ先にこの美鈴がドナドナされなければおかしいではないか。
まあ、それはともかくとして。
「……はぁ。
咲夜さんもいい加減にしてくださいよ」
溜め息をつきながら、うんざりしたように愚痴る美鈴。
美鈴の言葉に、荷台に乗っけられた新巻鮭ならぬ新巻メイド状態の咲夜は、眉根を寄せて口をつく。
「何を言ってるの。可愛い幼女を見たら襲うのが礼儀でしょう!?」
「そんな礼儀はありません」
寝惚けきった咲夜の反論を、サックリ切り落とす美鈴。
まー、要するに、咲夜が里の幼女を襲ったためにしょっぴかれたわけで。
――物理法則さえ無視する究極の変態を、普通の人間が逮捕できるものなのかどうかはさておいて――
咲夜はめでたく特A級の危険人物と認定されたので、こんな形での身柄引き渡しと相成ったのである。
「紅魔館のメイド長が、女の子と見たら襲い掛かる変態だーなんて噂が広がったらどうするんですか。
そうなったら、紅魔館全体の、ひいてはお嬢様の品位が疑われることになるんですよ?」
「あぁ、わかったわよ。もう幼女は襲わないわ。襲わないから、この縄解いてくれない?」
「だめです。しばらくその格好でいてください。
今この場で生き恥を晒して、自分が何をしたのか、とっぷりと反省してもらいますから」
大八車を引きずる足はそのままに、咲夜の言葉をにべもなく断る美鈴。
本来であれば、メイド長である咲夜相手に、こうも強気に出られるものではない。
もちろん、こんなにも恥をかかせたのだから、そのあとが怖いのだが――、
日頃から「おしおき」と称してナイフを投げつけられたり、
明らかにわざと名前を間違えられたりしていることに対する復讐がやりたい放題の現状において、
いかんせん、そのあとのことなどを考える暇はなかったりする。
「完全で瀟洒なメイドを自負してるんでしたら、もう少し自制してもらわないとですね……」
愚痴の途中で、美鈴はあることに気がついた。
大八車が、妙に軽くなっていることに。
「……って、咲夜さん?」
怪訝に思って振り向――――
「ほぉらおぜうたん私がとってもいいことを教えてあげるわねハァハァハァハァ」
いたら、舌の根も乾かないうちに少女を襲う咲夜の姿がそこにあった。
いつの間に縄抜けしたんだ、とか、そもそも抜けられるような縛り方だったろうか、とか、そんなことは瑣末なことだ。
時間を止めてしまえば、縄抜けする時間などいくらでもある。
そして、物理法則さえ無視してしまえる変態には、常識なんざ通用しないのである。
げに恐るべきは、理性よりも本能よりも欲望によって動く変態の業か。
「お、おねぇちゃん……、こわいよぉ……」
怯えながら、振るえる声を上げる少女に、咲夜はにっこりと微笑み、
「あぁんもう大丈夫よ怖いことなんかないわむしろとっても気持ちのいいことなんだからハァハァハァハァ」
もとい。邪悪極まりない笑みを浮かべ、鼻血を垂らしつつ荒い息をついて少女の――
「そ・こ・ま・でぇーーっ!」
ぴぽん。
「にゅっ!?」
掛け声とともに、勢いよく振り下ろされたピコピコハンマーは、咲夜の後頭部を強襲し、あたりに愉快な音を響かせた。
「何するのよ!」
立ち上がり、美鈴に食ってかかる咲夜。
美鈴は襲われていた少女が逃げたのを見届けると、憮然とした面持ちで応える。
「それはこっちの台詞ですよ。咲夜さん、全然反省してないじゃないですかっ!
そんなんじゃあ、また青年団の人たちに」
がしっ。
みなまで言わせず、咲夜は美鈴の両肩を掴んでその言葉を遮った。
「お願いやめて思い出させないで忘れたいのそれだけは」
そして、顔をモロに青ざめさせて、矢次ぎ早に言葉を吐き出す。
何か、青年団に対して嫌な思い出でもあるのだろうか。
咲夜は目をうつろわせて、心ここにあらずといった様子で、ぶつぶつ何かを呟き始める。
「むさいの嫌」とか、「やわらかくないのは嫌」とか。
何をされたのかはよくわからないが、とりあえず咲夜の心に消えない傷ができたのは確かなようである。
「っ、咲夜さん、後ろ!」
「え!? きゃっ!」
がきぃんっ!
咲夜が振り向くのと同時に、彼女の視界の隅に『何か』が映る。
美鈴が咲夜をかばい、咄嗟に蹴り払った『それ』は、金属質の鈍い音を立ててあらぬ方へと飛んでいく。
くるくると回転し、地面に突き刺さったモノは、やたらと年季の入った片手サイズのバールだった。
「ば、バール……ですよね? これ」
自分で蹴り払っておきながら、飛んできたブツの非常識さに戸惑いを隠せない美鈴。
「バールね。どう見ても」
表向き平静を装って、美鈴の呟きに応じる咲夜だったが、頬をつたう冷汗を隠すことは出来なかった。
どんな非常識な事件すらも普通に起こってしまうのが、この幻想郷だ。
それでも、バールが降ってくる、なんて怪奇現象はついぞ聞いたことがない。
ならば、今しがた飛んできたこのバールは流れバールということだろうか。
それとも――。
また何か、ろくでもないことに巻き込まれるってことなのだろうか。
言いようのない漠然とした不安を感じて、お互いに顔を見合わせる咲夜と美鈴。
そんな二人のもとに、二つの影が降り立ったのは、それからすぐのことだった。
「……変質者?」
目の前に降り立った紅白と白黒、二つの姿をまじまじと見つめながら、咲夜は眉をひそめて尋ねる。
確かに、二人の格好は誰がどう見ても怪しかった。
「変質者とはご挨拶ね。って言うか、あんたにだけは言われたくないわ」
「それ、どういう意味よ」
そういう意味よ。
そういう意味だろ。
そういう意味です。
この場にいる咲夜以外の全員が、露骨に顔を背けてそう呟いた。
「とにかく!
白昼堂々と幼女を襲うような変態は、正義のヒロインであるあたしたちにぶっちめられて然るべきなのよ!
なのに中国!あんたはなんの断りもなく勝手にそれを奪った……、つまり、これすなわち正義執行妨害!」
「あのな、無茶苦茶言うにも程があるぞお前」
幼女を襲っていた咲夜ではなく、それを止めた美鈴に言いがかりをつけるレッド。
レッドのハチャメチャな言動に慣れてきたブラックも、こればかりは呆れ果てた声を絞り出すのみだった。
「……って、正義のヒロイン? なんなんですかそれ」
「教えてあげるわ。ほら、行くわよブラック!」
「へーへー」
美鈴の疑問符に応じて、二人は並んでポーズをとる。
「倫理?法律?それが何?あたしが正義だそう決めた!」
「今日も今日とて東へ西へー幻想郷の悪を討つー」
それぞれの決め台詞が、浪々と人里に響く。
「ハクレイレッド!」
「ハクレイブラック」
「「博麗戦隊、ハクレイジャー!」」
どっかーん。
懲りることなくバックを無意味に爆発させて、決めのポーズをびしっと決める。
爆破に巻き込まれた畑山喜兵衛さん(独身)の邸宅は、見るも無残なガレキの山と相成った。
「ハクレイジャーだかなんだか知らないけれど、いきなり襲いかかってくるような奴らは捨て置けないわね」
「バールとか爆破とか……、あんまりすぎます。なんでこんなことするんですか」
かなり非常識な馬鹿炸裂ショーの威力にも屈せず、二人は真顔で対応した。
そんな二人に、レッドはくぅっ、と歯噛みする。
「あんたたち、それでも『お笑い変人集団』とご近所で評判の、紅魔館の住人なの!?
ネタを振られて真顔で返すなんて、お笑い芸人の風上にも置けないわっ!」
「ちょっと待て。そうじゃないだろ違うだろ」
お笑い芸人ってなんだそれ。つかご近所ってどこだ。いやそれ以前にそんなアホくさい評判なのか紅魔館。
言いたいことはいろいろあったものの、ツッコミどころがありすぎて、逆にツッコめない。
微妙に絶妙なツッコミ殺しの前には、いかなブラックと言えども膝を折るほかなかった。
そんなブラックの心中などまるで気にも留めず、レッドはブラックの肩をポン、と叩く。
「さあ、出番よブラック!思う存分暴れてきなさい!」
「ちょっと待て。なんで私が」
「ルーミアからこっち、あたしばっかり活躍してるんだもの。ブラックも正義のヒロインらしく戦いなさい!
ちなみに、『うわぁ、さすがブラックだぜ。黒ーい』っていうダーティーな戦いを期待してるわ!」
「期待すんな。そんなん」
「たった一人で、だなんて、私たちも嘗められたものね」
「――少し、痛い目を見てもらいますからね」
強引に、無理やり矢面に立たされるブラックとは対照的に、すっかりやる気モードの二人。
ブラックはやれやれ、と呟き、小さく嘆息して、
「やるからには手は選ばん、それでいいならかかってきやがれ!」
半ばヤケ気味に、箒を携えて身構えた。
「咲夜さん!行きますよ!」
「いつでもいいわよ、モンゴル」
「だから、なんでわざと名前を間違えるんですかっ」
「そんなの、いつものことじゃない」
「うぅ……、咲夜さん酷い」
口を尖らせる美鈴に、これ以上ないくらい爽やかな笑顔で返す咲夜。
明らかに、さっき新巻メイド状態でさらし者にされていたことを根に持っていた。
美鈴はそんな咲夜に恨み節をこぼしたものの、すぐに真顔に戻ってブラックと相対する。
「今降参すれば、これまでのことは冗談で済ませてあげます。でも――」
「不本意ながら乗りかかった船だ。毒を食らわば皿まで――」
「――そういうことですか」
「――そういうことだ」
二人の声が重なる。
それが、戦いの合図だった。
「先手必勝っ! たあぁっ!」
「くっ!?」
一息でインレンジに詰め寄り、掌底を放ってくる美鈴。
まともに食らえばそれだけで戦闘不能になりかねない、速く鋭く、重い一撃。
掌底から肘、膝、回し蹴り。絶え間なく繰り出される攻撃を、ブラックは手にした箒でもって、器用に捌いていく。
だが、敵は美鈴だけではない。
立ち回る二人からやや距離を置いて、数本のナイフを手にした咲夜が佇んでいた。
「援護するわ」
咲夜は短く言い放つと、手にしたナイフを投げ放つ。
ナイフは銀の尾をひきながら、非直線軌道をとって美鈴の身体をかわし、その先にいるブラックのもとへ迫る。
「は、見え見えだぜっ!」
ブラックは悪態をつきながら、そのことごとくを避けてみせた。
標的から外れたナイフは地面に突き刺さる――ことなく、いびつな角度で反射し、なおもブラックの背後から襲いかかる!
「っ、ちぃっ!」
ブラックは無理やりに身体を捻って、辛うじて反射してきたナイフを避ける。
しかし、そのためバランスを崩し、美鈴の拳をモロに食らう――ことはなかった。
「痛ーっ!?」
流れナイフは、情け容赦なく美鈴に全弾直撃し、彼女の動きを止めさせる。
頑丈なのがとりえとはいえ、これでは援護しているのか、それとも邪魔しているのか、よくわからなかった。
「咲夜さんっ、ナイフ当たってます!当たってますってばっ!!」
「流れ弾が当たったくらいで煩いわね。当たるのが嫌なら、気合で避けなさい!」
「そんなぁ~」
咲夜と会話しながら、ブラックと拳を交える美鈴。
まるで、片手間にあしらわれているようで、それがひどくブラックの癪に障った。
「余所見なんかしてるなよっ!」
そう吐き捨てながら間合いをとると、手にした箒を唸らせる!
叩き、薙ぎ、突き上げ、払い、振るう。
遮二無二攻め立てるブラックの猛攻に、さしもの美鈴も押されだした。
「さっ、咲夜さん!」
不慮の劣勢に、美鈴は情けない声を上げる。
そんな不甲斐ない美鈴の姿を見て、咲夜は小さく溜め息をついた。
「まったく、仕方ないわね」
そう呟くのと同時に、ブラックと美鈴を中心とした空間に、無数のナイフが展開される!
「っ!」
まさか、美鈴もろとも仕留めるつもりか!?
一瞬脳裏をかすめた最悪の未来図に、ブラックは息を呑む。
だが、ナイフは空中に繋ぎとめられたまま、ぴたりと制止したままだった。
「解凍は7秒後よ、それまでに離脱しなさい!」
「――っ、はい!」
「――っ、なめんなっ!」
咲夜の声に、それぞれ声をあげる美鈴とブラック。
まるで鳥篭のように二人を取り巻くナイフの中で、両者はなおも戦い続ける。
だが、その攻め手と受け手は、再び逆転していた。
7。
「せいっ!」
深く腰を落として、正中線に拳を放つ美鈴。
周囲に展開されたナイフに怖気づくこともなく、目の前の敵――ブラックに相対する。
大丈夫。包囲を突破されないように、私だけ逃げ切れば済む話。
たとえ間に合わなかったとしても、少しくらいなら当たってもどうってことない。
咲夜さんは、私を信じて援護してくれたんだから。
「ほらほら、さっきまでの威勢はどうしたんですかっ!?」
攻めの手を緩めたブラックに、美鈴はお返しとばかりに猛攻を加える。
ブラックを攻めたてる挙手投足には、一片の迷いも感じられなかった。
6。
「くっ!」
放たれた正拳突きを箒で巧みに受け流し、隙を窺うブラック。
周囲に展開されたナイフと、それにも構わず向かってくる美鈴。
その二つに絶えず注意を払わねばならず、否応なく神経が擦り減らされていく。
残された時間はわずか数瞬。
どうする。どうすればいい。
うまくコイツをやりすごして、ナイフの包囲網を突破するには――。
「あまり人を馬鹿にするもんじゃないぜ!」
ブラックは毒づきつつも、この場は防御に専念して、攻めに出た美鈴の攻撃を捌いていく。
防戦を余儀なくされてもなお、その瞳には、諦めの色など浮かんでいなかった。
5。
いつまで粘るんだろう。
いっそ、一気に勝負をつけてしまうべきなのかも――。
このままではジリ貧。いずれは賭けに出なければならない。
いつ来るかわからない瞬間を待つくらいなら、こちらから仕掛ける――。
構えを崩さずに佇む美鈴と、肩で息をつくブラック。
間合いを開けて睨み合う両者の目が、すっと細められる。
そうして、一瞬の膠着。
だが、神経をすり減らしすぎたためか、それとも猛攻を捌き続けたためか。
少しだけ――絶えず注視していなければ気付かない程度に――ブラックの足が振れる。
そのため、ブラックの体勢が乱れ、わずかな、しかし確かな隙が生まれた。
4。
ブラックの体勢が崩れた瞬間を、美鈴は見逃さなかった。
「そこぉっ!」
その隙を逃すまいと、すかさず懐に飛び込む。
「……かかった!」
そして、それはブラックの思惑通り。
美鈴の視界から、突如ブラックの姿が消え去った。
3。
「えっ!?」
虚をつかれ、戸惑う美鈴。
「私の演技もなかなかだろっ!」
ブラックは、美鈴の頭上まで飛び上がっていた。
げめしっ!
「ふぎゅっ!?」
そしてそのまま、美鈴の頭をしたたかに踏みつける。
「わっ、私を踏み台にしたぁっ!?」
美鈴を踏み台にして跳べば、少しは遠くへ行けるだろう。
だが、その程度の策で抜けられるような、やわな包囲網ではない。
2。
「いいや、違うなっ」
だから、ブラックはそのまま跳躍――することなく、美鈴の真後ろに降り立った。
1。
そして、間髪いれずに美鈴を羽交い絞めにする。
「踏み台になんかしやしない」
「って、えっ? えっ!?」
ブラックの言葉と、羽交い絞めにされたことが、一瞬噛み合わずに戸惑う美鈴。
ゼロ。
――タイムリミット。
空中に静止していた白刃は、一斉に時の枷から解き放たれ、ブラックへと迫り来る!
無数のナイフを前に、ブラックは美鈴を羽交い絞めにしたまま、もろとも後ろに倒れこんだ。
「こうやって盾にするだけだっ!
必殺、中国シールド!」
「ちょっ待っひぐぅ!?」
スコココココーーーン
美鈴が上げた必死の抗議の声は、途中から悲鳴へと変わり、しかしそれさえも降り注ぐナイフの音にかき消される。
無事にナイフをやり過ごしたブラックは、ぐったりする美鈴を蹴り除けて立ち上がった。
「し……、しどい……」
地面に這いつくばったまま、目幅の涙を流して、ぞんざいに扱われたことを嘆く美鈴。
「言ったろう。やるからには手は選ばんと」
ブラックはそう言い捨てて、箒を手にとり、ありったけの魔力を流し込んだ。
「次は咲夜、お前の番だ。手早くちゃっちゃと終わりにさせてもらうぜ」
「それは賛成よ。もちろん、あなたの負けでね」
「つまらん冗談だな。私が勝つに決まってるだろ!」
ブラックは言うなり箒に足をかけ、超低空飛行で咲夜に迫る。
箒を蹴って咲夜に肉薄し――、
懐に手を差し込み、素早く抜き放つブラック。
大振りのアーミーナイフを構え、踏み込む咲夜。
両者は、音もなく交差した。
ブラックの遅れ髪が、風に乗ってはらりと舞い落ちる。
「はぅ……っ」
ブシャアァァ
そして咲夜は、短い悲鳴とともに、おびただしい量の血を撒き散らして、その場にうずくまった。
「そ……、それは、それわまさかっ」
うずくまり、口もとを押さえながら、ブラックへと振り返る咲夜。
「そう、こいつはお嬢が、水着を着て子供プールに入った時の盗撮写真だ。
これだけじゃないぜ、くまさんを抱いて寝てるものや、風呂に入っている時のものも……そりゃもうバッチリとな」
そう言ってブラックが懐から取り出したものは。
まあ、なんというか……、紅魔館当主殿の、あられもない寝姿の盗撮写真や、一糸まとわぬ入浴中の盗撮写真だったわけで。
撒き散らされた血は紛れもない、愛と情熱の咲夜汁に他ならなかった。
「ほれほれ、欲しいか?」
ブラックはにやつきながら、咲夜の目の前で盗撮写真をヒラヒラさせる。
咲夜は荒い息をついて、目の前で弄ばれる盗撮写真をかじりつくように眺め続けた。
しばらくの間、そんな醜態を晒す咲夜を観察してニヤニヤしていたブラックだったが、
ふと思いついたように、復活して起き上がろうとする美鈴に向かい、盗撮写真をひょいっと放り投げる。
咲夜は放り投げられた盗撮写真へ向かって、脇目も振らず一直線に突撃していった。
『ワンちゃん大好きネコまっぷたつ!』
そんなキャッチフレーズのCM撮影のため、数日間にわたる断食修行を余儀なくされていたシベリアンハスキーの如き執念深さ。
なんでか、そんなフレーズがブラックの脳裏をよぎる。
ブラックは軽く頭を振ってそれを打ち消し、再び手にした箒に魔力を込める。
「……スターダストレヴァリエ」
そうして、小声でこっそりスペル宣言。
力ある言葉に応じるかのように、箒に魔力が満ちていく。
「あぅぅ、酷い目に合った……。
って咲夜さんどうし、うわ怖い怖い怖いぃぃっ!?」
「邪魔よ退きなさいこの乳中国があぁぁぁっ!!」
目を血走らせ、滾り狂う情熱を咲夜汁に迸らせて吠え猛る咲夜。
我が行く手を阻むものには死あるのみ、といった感じの様相で、ものごっつい怖かった。
咲夜が美鈴に肉薄し、突撃の勢いでもって跳ね飛ばそうとするその直前。
「今だ、ハクレイミサーーイル!」
ブラックは適当に叫ぶと、魔力を漲らせた箒を、咲夜の背に向かってぶん投げた。
どばきゃっ。
「ぶへらっ!?」
超高速で飛んで来た箒がモロに背中に突き刺さり、咲夜は変な悲鳴を上げる。
箒はそのまま美鈴を巻き込み、二人を串刺しにするような格好で空高く飛び上がり――、
真昼の花火とばかりに、大空に星形の爆風を撒き散らした。
「写真がっ、写真があぁぁぁっ!
おのれハクレイジャー!この恨みはらさでおくべきかあぁぁぁぁ……!!」
「ちょ、私より写真のほうが大事なんですか咲夜さぁぁぁぁん……!!」
吹っ飛びながら、完全にどーでもいいことをわめく約2名。
紅魔館が『お笑い変人集団』とご近所で評判だというのも、あながち間違いではないのかもしれない。
遠い空に消えていく二人を遠目に見ながら、ブラックはそんなことを考えていた。
「お疲れー。
いやー、期待してた以上にダーティーな戦いっぷりだったわ。さすがブラックね」
「何言ってやがる。正攻法で戦えない以上、搦め手しか使えんだろうが」
呑気にお茶を啜りながら観戦かましていたレッドに、ブラックは憮然とした面持ちで応える。
正体がバレるのだけは避けなければならない。
ゆえに、おおっぴらにスペルが使えず、弾幕も撃てないのだから、ああいう戦いしかできなくなるのは自明の理。
お前みたいに問答無用で外道プレイをしていたわけじゃねぇ。
そう言外に含めているのが、口調や態度からひしひしと感じられる。
というか、こんな正体バレバレの変装なのに、誰にも気付かれないというのも妙な話だった。
「それにしても、盗撮写真だなんて、あんたもいい趣味してるわね」
「違う違う。盗撮なんか趣味じゃないさ。
あの鴉天狗から高額で買っておいただけだ。備えあれば憂いなし、ってよく言うだろう?」
レッドの言葉に、手を振りながら応えるブラック。
用意周到なのはいいかもしれないけど、幼女の盗撮生写真を買い求め、しかも懐に入れておくってのはどうかと。
「でも、せっかく箒を改造したのに無駄になっちゃったわね」
「……待て、お前今なんつった?」
レッドがふと漏らした不穏極まりない呟きに、ブラックは言いようのない不安を覚える。
もしやと思って引っ張ってみると、するする抜けていく箒の柄。
その中には、ぎらりと眩く光る一振りの長ドスが。
あれ?おかしいな。
これは私のお気に入りの箒のはずなのに、なんで刀が仕込まれてるんだろう。
こんな変な改造なんてした覚えないのに。
目の前の恐るべき現実を見据えたくないからか、自然とブラックの視線は空を泳ぐ。
当のレッドは、にこやかな笑顔とともにサムズアップをぶちかましてくれやがっていた。
「人のお気に入りになにしてやがるんだお前はぁぁっ!!」
「何って改造」
「うわぁしれっとほざきやがりましたよこいつ」
改造しましたが何か?と言わんばかりのレッドの態度に、ブラックは露骨に顔を引きつらせる。
そんなブラックに向かって、レッドはしゃあしゃあと口を開いた。
「ほら、なんちゃって現世斬とか使うときに、刀なかったら困るじゃない?」
「そういうのをいらんお世話と言うんだよ。
ったく、どうも箒が重いと思ったら……」
哀れ銃刀法違反のシロモノと化してしまった愛用の箒を手にしたまま、ブラックは溜め息をついて肩を落とした。
「さて、そろそろパトロールは終わりにして、神社に戻りましょうか」
「あぁ、それなら私は一旦家に戻るぜ。さすがにこんな仕込み箒なんぞ、危なくて使えんしな」
「使ってみればいいじゃない。案外ザックリいくのが癖になっちゃったりするかもよ?」
「そんな癖なんか一生涯お断りだ」
恒例の漫才ののち、別々に現場をあとにする二人。
そして、そのあとに残されたものは――
「お、おらの家があぁぁっ!?」
農民、畑山喜兵衛さん(独身)は、ガレキの山と化した自宅を前にして、絶叫を張り上げた。
彼はその後、「風呂釜をもずく酢でいっぱいにすると、その風呂釜は家もろとも消滅する」という学説を発表し、
さるワーハクタクに辞書のカドでどつき回されることとなるのだが、それはまた別の話。
博麗戦隊!ハクレイジャー!
_/ _/ _/ 霧雨邸 PM 16:06 _/ _/ _/
魔法の森にひっそりと佇む、一軒の邸宅。
その前に、ひとつの人影があった。
その人影は、この家の主である霧雨魔理沙――ではなく、かといってハクレイブラックでもない。
緩いウェーブのかかった金髪と、青いワンピースが特徴的な魔法使い。
魔理沙の友人、アリス=マーガトロイドその人である。
「魔理沙ー、いないの魔理沙ー?」
ドア越しに声をかけながら、ノックすること数回。
しばらく待っていたものの、やがて頬に手をあて、小さく溜め息をついた。
「魔理沙ったら、洗濯物を干しっぱなしにして出かけるなんて無用心よね……」
アリスはそう一人ごちて、玄関から離れ、妙に馴れた身のこなしで2階のベランダによじ登る。
用心深くきょろきょろと周囲を見回し――と言っても、周囲に誰が居るはずもないのだが――干された下着に手を掛ける。
「ここはひとつ、取り込んであげるのが人情ってものよね、ええ」
誰に言うでもなく呟くと、物干し竿から魔理沙の下着をぱっぱと取り外し始めた。
同じく干されたエプロンドレスや予備の帽子には見向きもせず、一心不乱に魔理沙の下着を手に取り抱えるアリス。
だんだんと息が荒くなってきたのは、素早く動いたために息が上がったからだ。……と言ったところで誰が信じるだろうか。
それくらい邪悪な笑みを浮かべ、口許にはヨダレさえ垂らしていた。
そうして下着を取り込んでは抱えるアリスの視界の隅に、『あるもの』が映る。
「……フォアッ!?」
アリスは弾かれるように『それ』に顔を向け、すでに荒まっている息をさらに荒げた。
魔理沙といえばドロワーズ、ドロワーズと言えば魔理沙。これが定番であり定石であり定説なのであるが――、
『それ』は、緑と白のストライプ模様の布きれだった。
すなわち――
「あ、あれはま、まま魔理沙のっ……、いわばシークレットレアっ!これはもう最優先保護対象よね!」
アリスは目にも止まらぬ速さで駆け出し、ずざーっと音を立てて目的のブツの真下に滑り込む。
『それ』を手に取り洗濯バサミを外すと、慈しむようにぎゅっと握り締めた。
「我が青春に……っ、一片の悔いなあぁぁぁぁぁぁっしぃっ!!」
アリスはシークレットレアを握った手を大空に向かって突き上げ、そして変態的咆哮を上げる。
そのおぞましい咆哮は、空を飛ぶ鳥を落とし、陸を歩く獣を失神させ、果ては名もなき妖精や妖怪たちを震え上がらせた。
「あふぅ……」
ほのかに暖かなシークレットレアに、臆面もなく、何の躊躇もなしに顔を埋めるアリス。
だが、その暖かさは太陽の暖かさ。客観的に言えば、いかなシークレットレアとて、日光を浴びた布でしかない。
しかし、本気☆狩るアリスちゃん必殺妄想フィルターをかければ、アリスにとってそれは魔理沙の温もりへと変化する。
アリスの妄想において、この(自主規制)は(検閲削除)で(良心的判断により割愛)なのだ。
ピー音だらけで恐縮ではあるが、こうでもしないとあぶなくてどうしようもないので、どうかご容赦いただきたい。
「あぁ魔理沙魔理沙魔理沙ハァハァハァハァ」
ついにアリスは鼻を鳴らし、その匂いをアレしはじめた。
ボタボタボタボタ。
抑えきれない愛と情熱と興奮と煩悩と妄想と劣情とが、アリス汁となって鼻腔から迸り、ベランダに嫌な色の染みを作る。
行為に及んでいる最中のブツに一滴たりともアリス汁が降りかからないのは、何かもう、執念としか言いようがない。
なお、誤解のないように言っておかねばならないが、
アリスがシークレットレアと呼び、顔を埋めてハァハァしているものは、
断じて魔理沙の下着などではなく、魔理沙の愛用しているスポーツタオルである。
下着とタオルでは、タオルのほうが絶対的に健全なので、NHK的にはギリギリセーフなのだ。
えっちな人にはエロスいように見えてしまう言葉のマジック。みなさん気をつけましょう。
「……あ、り、す?」
「ぎくっ」
突如後ろからかけられた声に、身体をびくんと跳ねさせるアリス。
擬音を口で言うあたり、なんとなく余裕が見受けられるのは気のせいか。
「人ん家のベランダで、いったい何をしてるんだ?」
「……あ、あのね魔理」
「おっと手が滑った!」
ドゴス!
「ごふっ!?」
言い繕おうとするアリスの言葉を遮って、そのみぞおちに肘をめり込ませるブラック。
肘を軽く捻って引くと、ゆっくりと前のめりになるアリスに向かって口を開いた。
「いいか、私はハクレイブラックだ。
霧雨魔理沙なんて理知的で聡明で気品に溢れ、なおかつ天真爛漫清楚可憐な美少女など知らん。
私とその霧雨嬢の雰囲気が似ていたとしても、まかり間違えて呼んだりしないように」
「で、でもこの汗の香りは何度も嗅いでるし間違いながはっ!?」
「黙れ変態っ!」
あまりにもおぞましいアリスの妄言に、ブラックは全身を総毛立たせる。
ついうっかり、反射的にアリスのアゴをアッパーで捕らえてしまうのも無理からぬことだった。
「――さて、下着泥棒だな。状況証拠だけなら確定の真っ黒だ。
何か言い残すことがあるなら、聞くだけ聞いておいてやるが?」
「これはその、違うわ。そう違うのよ。
魔理沙ったら洗濯物を干しっぱなしにして出かけちゃうんですもの、雨が降って洗濯物が濡れちゃったりしたら大変でしょう?
だから私は魔理沙の友人として洗濯物を取り込んであげてただけであって、決してやましいことなんかしていないわ。
ちょっとおせっかいが過ぎるかなー、とか思わなかったりもしれないけれど」
必死に弁明するアリスに倣って、見上げた空は清々しい秋晴れ。
こんなに晴れているのだから、雨が降るどころか曇りにもなりゃしない。
「それにほら、下着泥棒だっていうのなら私の手を見てみなさいよ。下着なんて何処にもないでしょう?」
「……ふむ?
なら、そのえらく不自然に膨らんでる腹の説明はどうつけるつもりなんだ?」
ブラックは、ジト目で呟きながら、アリスのお腹に視線を注いだ。
おなかが出ている、とかそんな生易しい膨れ具合ではない。明らかに何か入っている。
「こ、これは、その、ええと……。
ほら今日ってばこんなに晴れてるでしょう?お腹のところの空気が暖められて膨張したのよ」
「ほう?なら確認させてもらおうか。
空気が暖められて膨張したっていうなら、軽く押せばすぐへこむはずだよな?」
「わ、私の服に入ってる空気は特別な空気だから、そう簡単にはへこまないわよ」
「どんな空気だ」
色々といっぱいいっぱいなアリスの弁明に、ブラックは心底呆れつつツッコんだ。
服を着て、その中にいちいち窒素ガスやヘリウムガスを充填するような変人など、普通はいやしない。
皆無、と言い切れないところに空恐ろしいものを感じるが、今はそんなことなどどうでもよかった。
「それじゃあ、私はこれで帰るわね!アデュー!」
「待てこら」
どすっ
「げふっ!?」
ベランダの桟に足をかけて逃げようとするアリスの背中に、箒を投げつけるブラック。
背中に箒の一撃をもらったアリスは思いっきりバランスを崩し、そのまま目下の庭へ一直線に落ちていった。
だが、いつ復活して逃げ出さないとも限らない。
ブラックは箒を回収すると、ベランダから身を乗り出して庭を見渡す。
そこには、案の定、素早く復活して逃げ出そうとしているアリスの姿があった。
「この、待ちやがれっ!」
「待てと言われて、素直に待つ奴なんていないわよ!」
売り言葉に買い言葉で、アリスは一目散に駆け出していく。
「逃がすかっ!」
ブラックは箒に腰掛けると、ベランダから逃げるアリスに向かって飛び出した。
アリスがこのまま走って逃げ続けるなら、両者の速度の差から、いずれ補足できる。
飛んで逃げようとするなら、もっとも無防備になる離陸の瞬間を狙って弾を撃ち込めば、それで事足りる。
追撃戦は、明らかにブラックの絶対的優位によって進められていた。
それは、アリスも充分に承知していること。
いっぱいいっぱいだったとしても、負けの見えている逃避行を続けるほど馬鹿ではない。
「くっ、このままじゃ拙いわね、かくなる上は……っ!」
アリスは2、3ステップを踏んで、追いすがるブラックへと振り返った。
そうして、どこからともなく上海人形を取り出して。
「出番よ上海!アーティフルサクリファイス!」
上海人形の頭を掴んで全力投球し、すぐさま背を向け駆け出した。
魔力をまとった上海人形は、着弾と同時に大爆発を巻き起こす魔法爆弾となって、ブラックに向かい飛んでいく。
だがしかし、ブラックは飛んできた上海人形を綺麗にキャッチして、
「てい。アーティフルサクリファイス返し」
逃げるアリスの背中めがけて、やる気のない声をともにぶん投げ返した。
ちゅどーん。
巻き起こった爆風とともに吹っ飛んでいくアリス。
ブラックは箒から降りて、今度こそ逃がすまいと、へち倒れてプスプスと煙を上げるアリスへと歩み寄る。
「何するのよ!服が汚れちゃったじゃない!」
「やかましい!」
ブラックはアリスの見当違いな抗議を遮って、ワンピースの胸元に手を突っ込んだ。
中に詰め込まれたモノを適当に掴み、するすると引っ張ってみれば、万国旗さながらにいくつもいくつも出てくる魔理沙の下着。
もう真っ黒だ。確定だ。言い逃れなんか赦さん。
ブラックは最後の一枚まで手繰ると、満足そうに嘆息する。
そうして、アリスの肩をぽん、とやさしく叩いて。
「OK、いっぺん死んどけ?」
と、清々しい笑顔で死刑宣告をかますのであった。
「だって仕方ないじゃない!
あんなところに洗濯物を干してあるのがいけないのよ!」
「開き直るな!」
ついに逆切れしはじめたアリスを、ブラックは全力で怒鳴りつける。
盗人猛々しい、とはよく言ったものである。
「さてまあ、クロ確定だし容赦はいらないよな。
昔の偉い人も、『罪を憎んで人を憎まず。ただし変態には容赦するな。サーチアンドデストロイだ』と言ってるわけだし」
「そんな話聞いたことないわよ!?
って言うか、他人の下着ならこうまで怒らないもの、やっぱりあなた魔理」
「おおっとミニ八卦炉が滑ったあぁっ!マスタァーー・スパーークゥっ!!」
「ちょ、待っ」
ドッカアァァァァン……
不意討ち気味に放たれた魔砲は、周囲の木々を薙ぎ払い、爆音を轟かせて、あらゆるものを吹っ飛ばしていく。
マスタースパークの直撃を受けたアリスは、本日何度目かの人間、もとい魔界人大砲となって大空の彼方に消えていった。
なかば更地と化した現場に、白煙を立ち上らせるミニ八卦炉を携えたまま、一人佇むブラック。
「……あー、やばい。今の、ちょっと気持ちよかったかも……」
ミニ八卦炉を握り締め、自分の中に芽生えてしまった、ちょっぴりアレな感情を必死に否定するのであった。
博麗戦隊!ハクレイジャー!
_/ _/ _/ 紅魔館 PM 16:20 _/ _/ _/
紅魔館。
永遠に幼き紅き月の異名を持つデーモンロード、レミリア=スカーレットの居城。
真紅に染められたその威容は、館に住まう主の威厳と権威とを象徴するかのように湖上に佇み――
――と、厳粛な雰囲気を漂わせていたのも昔の話。
最近では、メイド達の間で『カリスマがなくなってきてるとお嘆きのお嬢様を生暖かく見守る会』が発足していたり、
ご近所に『お笑い変人集団』ともっぱらの評判だったりと、すっかりなんだかなぁな雰囲気でもって湖上に佇む洋館である。
閑話休題。
その紅魔館の主たるレミリアは、寝室のベッドに腰掛け、従者達の報告を聞いていた。
「ハクレイジャー、と名乗る変態二人組に襲われた、ねぇ。
……それで、貴女たちはやられたきり、おめおめと逃げ帰ってきた。そういうことかしら?」
寝起きの不機嫌さも相まって、レミリアはその表情と語調とを険しくする。
眼前に立つ二人の従者――咲夜と美鈴は、夕陽よりも紅く、それでいて氷よりも冷たい主の視線に射竦められた。
「痛恨の極みです。申し訳ございません」
「私に謝罪して済む問題だと思って?
恥というものを知っているのならば、その恥辱を雪ぐことに腐心なさい」
「は、はい……」
縮こまる美鈴を見て、レミリアはふん、と嘆息した。
「それにしても、あなたたち二人と事を構えてなお、勝てる者が居ようとはね」
レミリアはそう言って、二人から視線を外す。
その仕草の意図するところは――、あるいは、不甲斐ない従者への失望なのかもしれない。
「確かに私たちにも油断はありました。でも、相手は不意討ちやだまし討ちばかりを使っていたんです。
正面から戦えば、あんな卑怯な奴になんか負けません!」
「あなたは黙っていなさい」
必死に弁明する美鈴に、咲夜は眉をひそめて釘を刺す。
言い訳などしたところで、何も変わりはしない。ただ見苦しいだけだ――。
咲夜の視線と表情とが、そう物語っていた。
「……ふうん」
レミリアは小さく嘆息すると、手を顎に添えて思案に耽る。
しばらくの間、視線を落として考え込んでいたが、やがて添えていた手を外して、ベッドから降りる。
そうして、眼前の二人に視線を移し、前髪をかき上げながら口を開いた。
「そうね……、出るわ。咲夜、ミスズ、準備なさい。
こんな面白そう、じゃなくて、忌々しき事態を見過ごしたとあっては紅魔館当主の名折れよ」
「かしこまりました」
「あのー、お嬢様?お言葉ですが、私の名前、間違えないでいただけませんか」
「あら?間違えていたかしら?」
「……いえ、もういいです」
レミリアの言葉に、美鈴はがっくり肩を落として、涙をちょちょぎらせた。
好き放題に暴れまわるハクレイジャーに対し、ついに紅魔館が動き出した!
事態は風雲急を告げる……かもしれないけど、あんまり期待はできないぞ!!
博麗戦隊!ハクレイジャー!
まだつづく
なにこの犯罪者だらけの幻想郷w しかも半分ぐらい性犯罪だしw
ケヒケヒ哂う紅白に資産をあぼーんされるでしょう♪
テンポよく読ませていただきました