霜が降りて輝きを放つ冬は好きですか?
息が白くなる程に寒い冬は好きですか?
一面が純白に染まった冬は好きですか?
私はそんな冬を愛しています。
けれど、昔はイヤでした。
これは、冬がキライなあなたに捧げる、私が冬を好きになる前のお話。
~少女回想中~
冬には少し早い北風が湖の上を吹きぬけて行く。
その風の冷たさは私の体を震わせるには十分だった。
「……ううっ、寒いッ。これだから寒いのはキライ」
「あら、あなたは寒いのがキライなの?」
「ええ、キライです。だから冬は寒いからイヤ」
「冬が寒いのは当然よ。妖精であるあなたが、それを否定してどうするのかしら?」
「イヤなものはイヤなんです。そもそもあなたはどなたですか?」
確かに妖精は自然そのものから発生するから自然の摂理を重んじる。
だけど、私のように明確な自我と理性を持つようになると好き嫌いも出来る。
それが季節だとしても、だ。
それをあまりにも、ぶしつけに言われ思わず語気を荒げてしまった。
にも関わらず彼女は、そんな怒りを露にする私に気付かなかったかのように堂々と名乗った。
「私? 私はホワイトロックよ」
「で、そのホワイトロックさんが何の御用で私に話かけたのですか?」
「あなたが、冬がイヤだって言ってたから。冬好きとしてなんだか見逃せなくってね」
「ご苦労様です。暇なんですね」
「ええ。冬中、ずっと休日よ」
「年中、月月火水木金金でいいです」
「ステキな生活案ね。けど、私はゴメンだわ。貴女はそんな生活をしてるの?」
「いいえ。私もそんな生活御免被ります」
「可愛くないわねぇ」
「可愛くなくて結構です」
いい加減、この人に付き合うのは面倒だしもう立ち去ろう。
そう考えた矢先。
「じゃあ、寒くなければいいのかしら?」
「そうですね。けど、寒くなければ冬じゃありません」
「我侭ね」
「摂理です。そもそも、妖精である私が季節を否定してどうするんですか」
「あら、分別はあるのね」
「こう見えても、そこそこには長生きしてますから」
「じゃあ、そんな偉い子な貴女には、ご褒美にこれをあげるわ」
バサッと何かを被せられる。
何かと思えばそれは
「コート?」
「正解。妖精と、言っても寒いものは寒いってのは当たり前だしね。寒さを防ぐものが必要でしょ?」
「けど、あなたは私にコートを渡しちゃって寒くないんですか?」
「全然。私、寒さには強いのよ。裸でも平気よ。勿論、そんなことはしないけど」
「それは羨ましいですね」
「その代わり、暑さには死ぬほど弱いけどね」
「これで、きっと貴女も今年から冬が好きになれるわ」
「そんな簡単に好きになれますかね……」
「なれるわよ。理由はないけど、自信を持ってそう言えるわ」
「私の友達にもあなたと似てる子がいますよ。まぁ、性格とかは正反対ですけど。そうやって冬が好きだったり、寒さに強かったり……それにそんな無意味な自信を持ってるところも」
「その子も冬が好きなの?」
「ええ、大好きですよ。冬にしか会えない友達もいるらしくて今日も待ちわびてました。雪はまだか、冬はまだか!って」
「あら、ステキな子ね。冬が大好きだなんて」
「ええ。最高の友達です!」
いつの間にか私は彼女に対する苛立ち、不信感、それに警戒心を失っていた。
何故だろうか。出会ってからも対して話していないのに。
彼女とこうして話しているとどこか包み込まれるようなものを感じる。
温かい人なんだな、なんて思っていたりもする。
「羨ましいわね……話すだけで、そんな楽しそうに顔にさせる友達がいるなんて」
「ホワイトロックさんにはいないんですか?」
「そうね。私にはいないわ。私、友達って少ないの」
「本当ですか? 私には、そうは見えないですけど」
「嬉しい事言ってくれるわね」
そして彼女は微笑みながら私の頭を撫でてくれた。
その手は温かくない―――むしろ冷たかったけど、それでも温かくて優しかった。
私達妖精の親はこの自然そのもの。
けれど、もしも母親というものがいたら、きっとこうして撫でてくれたのだろう。
そうと思わせる何かを、私は彼女から感じた。
「もう。さっきも言いましたけど私、こう見えても結構長い間生きてるんですよ?」
「あら? けど、そんな嫌がってるようには私には見えなかったけれど?」
「……いや、そうですけど」
「なら、いいじゃない」
「これでも、プライドとかそんなのも少しは持ってるんですよ?」
「あらら、それはごめんなさいね」
そう言いながらも彼女はしばらく私の頭を撫で続けた。
私も口ではああは言ったが、なんだかんだで最後まで嫌がらなかった。
と、いうよりも気持ちよかったし、心地よかった。
そして、彼女は私の頭から手を離すと、別れを告げた。
「……じゃあ、私は行くわね。貴女が冬を好きになってくれるよう祈ってるわ」
「あの、コートは……」
「あげるって言ったでしょ? 本来、私にそんなものは必要ないの」
「ありがとう、ございます……」
「もし、そのコートで冬が寒くなかったのなら……冬を好きになって頂戴ね」
「……あなたみたいに自信を持っては宣言できませんけど、努力します」
「さて、冬の妖怪は冬へと帰るわ。また初雪の頃に会いましょう」
「冬の……?」
「そうよ。季節はずれはキツイわ~」
おどけたように肩をすくめながら言う。
それは私の中に生じていた疑問をより確信に近付かせた。
そして、そんな私の内心を知ってか知らずか、彼女は私の疑問を今度こそ確信させる一言を言った。
「チルノによろしくね」
「あなたが……レティさん?」
「正解よ。私がレティ。レティ=ホワイトロック。冬のみに姿を見せる、冬の妖怪よ」
「じゃあ、何で……何でまだ冬じゃないのにここにいるんですか!?」
「……また冬に会いましょう」
「答えてください!」
「貴女が―――友達の友達が冬がキライと言ったからよ。それは、冬の妖怪が季節はずれに現れるには充分な理由」
「本当に冬になればまた、貴女に会えるんですか!?」
「ふふっ」
彼女は微笑を残し、冬へと帰って行った。
ああ……私が彼女を親だと思うのも無理もないや。彼女は自然そのものを体現している妖怪なのだから。
それも友達の友達にまで、お節介を焼くなんて……。
ああ、こんなにも冬が待ち遠しいと思ったのは始めて……。
~少女待冬中~
湖の上を北風が吹き抜け、私の体に吹き付ける。
それは先日に吹いた風よりも、もっと……もっと冷たく寒い風。
その風は幻想郷に白い冬の訪れを告げる風。
空からは小さな白い欠片達がかざした両手に次々と落ちてくる。
今年、初めての雪。
「冷たい……」
「大丈夫、大ちゃん?」
チルノちゃんが心配そうに聞いてくる。
いままでの私ならば、寒いのがイヤで暖かい所へ行こうとしただろう。
けれど、彼女にコートを貰い暖を得た今日の私は今までとは一味違う。
この寒さは彼女が、今度こそこの幻想郷へと本当にやってくる証。
彼女がここへと帰ってくるための道標。
「ねぇ、チルノちゃん。冬って最高だね!」
「けど、どうしたの突然? 昨日まで嫌いっていってなかった?」
「乙女には一杯秘密があるんだよ」
「ふーん……変な大ちゃん」
「さ、チルノちゃん。 行こっか?」
「どこに行くのよ?」
「言ったでしょ、チルノちゃん。冬になったら友達を紹介してくれるって。そうしたら、絶対に私も冬が好きになるって」
「あ、そうだった! 雪だ、雪が降ってるんだった! レティが! レティが帰ってきたんだ!!」
さぁ、この空一面の粉雪の中を彼女と二人手を繋いで。
彼女と一緒にこの冬空を駆け抜けて、貴女に会いに行こう。
このコートをくれたお礼を言いに。
そして、冬を教えてくれたお礼を言いに。
そして、彼女に会ったらまずこう言ってやるんだ。
あなたは冬が好きですか?
って。
そしたら彼女はきっと、きょとんとした後にこう言うんだ。
私は愛してるわ、って。
そして、そんな彼女にこう言ってやるんだ。
私も愛してます、って。
そして、私たちは妖精らしく(レティさんは妖怪だけど)皆で遊んだ。
朝から晩まで、毎日毎日、疲れ切って動けなくなるまで。
冬が終われば、彼女が再び私達の前から去ってしまうことも忘れて。
貴女がまたやってくるまでもう少し。
だから、貴女の居ないこの空に私は呟いてしまう。
「私は冬がキライです。貴女に会ってしまうのだから」
「私は冬を愛しています。貴女に会えるのだから」
ねぇ……アナタは冬がイヤですか?