<だーれだっ? あははははははははははははは!> フランドール・スカーレット
私の箒で飛ばせばほんの数十秒。フランの部屋の前まで私はすぐに到着する。
けれど、そこで私はとんでもない物を見た。
「う……ゲホ……」
血を吐いて床にうずくまって倒れているパチェがそこにいた。
「パチェ!? おい、どうした一体?」
「なんでも……ないわよ……」
何でもないわけがあるかよ。
その時、私の後を追って小悪魔が飛んでくる。
「パチュリー様!?」
「すまん小悪魔、パチェを頼む。私はフランの所に行ってみるぜ」
パチェは恐らく確実に今何が起こっているかを知っている。それでいて隠している。
という事は、フランの所に行けば全部はっきりするはずだ。
「ダメ……行っちゃいけない、魔理沙……」
けれど。咳き込みながら、それでも止めようとするパチェを見て、私は一瞬思った。
私は何か、とんでもない思い違いをしてるんじゃないかと。けれど、何の根拠も無いそれを、私は問答無用で頭から弾き飛ばした。
「悪いが私は行くぜ。見ないで逃げて後悔するより、見て後悔する方がマシだからな」
パチェを小悪魔に任せて、私はフランのいる地下室に向かう。遠ざかるパチュリーに対して、私は心の中で一言、すまんと返した。
フランの部屋は、地下の奥深くにある。何百年もフランの幽閉場所だったそこは、余程の場合じゃなければほとんど誰も近づくような場所じゃない。
と言ってもそれは昔の話で、今じゃ違うが。
階段を踏み鳴らす足音だけが聞こえる。……おかしいな、それなりに結構きているはずなんだが……ここはこんなに、怖く感じる場所だったか?
「階段急だからな、足踏み外すなよチルノ」
「うん……」
私の側にいるチルノも、くっついたまま離れない。少し体が震えていた。
「怖くないか?」
「……え? ううん、ぜんぜん大丈夫だよ魔理沙!」
試しに聴いてみると、空元気だとはっきり分かるチルノの返事が返ってくる。
「どういう日本語だよそりゃ。さて、着いたな」
鋼鉄の扉を前に、一度私は大きく息をはいた。
……何を悩む必要があるんだよ私、さっさと開けろっての。
レミリアから聞いている、この扉の合言葉を唱えると、鈍い音を立てて扉がゆっくり開いていく。
そして。
目の前に光景に私は絶句した。
「く……あ……」
フランの部屋に入って私達が真っ先に見たものは、朱に染まったレミリアが、柱に磔にされて呻いている姿だった。
「……! お、おいレミリア、一体誰がこんな事したんだ!?」
急いで私はレミリアに駆け寄る。けれどその時、私はふと思ってしまった。
レミリアをこんな風に出来る……力も理由もある奴なんて、ここにはたった一人しかいる訳ないじゃないか。
その時だった。突然私の目の前が真っ暗になった。少し遅れて、誰かに手で目隠しをされたという事にようやく気がつく。
「うしろのしょうめんだーれだ? あはははははははははははは!」
誰だ一体!? そう声を上げようとする前に、地下室に笑い声が響き渡った。
間違いなく、フランだ。
「フラン、フランだろ!」
私は何かに急き立てられるように叫ぶ。昨日のような、遊び半分の答えじゃない。
もしこれで、冗談半分にわざと間違った解答でも言おうもんなら一体どうなるのか。
いまこの瞬間、私は自分の背中にいるフランが、出会ってから今までの全てを足しても比較にならないほど……怖かった。
「正解~!」
パッと視界が開け、私は振り返る。
そこには確かにフランドールがいた。
「ねえ魔理沙、あそぼ、あそぼ!」
普段と変わらない仕草と言葉。だけど、決定的に違うものが1つだけ。
フランがいつも来ている赤い洋服と左の瞳が……返り血でべっとり朱に染められている事。誰のかなんて聞くまでも無い。思わず息をするのも忘れて私は凍りついた。
「……あ、う」
何かを言おうと思っても碌な言葉が出てこなかった。
「魔理沙……!」
けどそんな私の背中にぎゅっとしがみつくチルノの肌の冷たさが、私を現実に引き戻した。そうだ、呆けてる場合じゃないぜ。
「フラン、何やってるんだよ……こういう冗談は、笑うにはちょっときついぜ? ほら、早いとこレミリア降ろしてやれよ」
そう言いつつ、私は可能な限りフランに笑顔を向ける。
と言っても笑えてる自信はまるでない。引きつってるか、泣き笑いになってるかのどっちかだと思うが、それでもやらないよりマシだと信じて。
「面白くないかな? 十字架ごっこ。磔にされるの、吸血鬼らしくて良くない?」
「面白くないというよりは、洒落になってないな」
この期に及んで、まだこんな会話を続けている自分は馬鹿じゃないかと思う。
その時、レミリアがかすれるような声を出した。
「……逃げ……ろ……」
レミリアのそれは、間違いなく私達に向けられた言葉だ。けれどフランは、レミリアのそんなわずかな呻きも聞き逃さなかった。フランは一瞬でレミリアの側に移動して。
「あーお姉さま、また私と魔理沙の遊びの邪魔するー! 本当に壊しちゃおっかな」
止める間もなかった。
フランの小さくて子供らしい手が、レミリアの肩口を引っ掴み……バキバキと、骨が砕ける音が私の耳にもはっきり聞こえた。
「ぐ……ああぁああ!」
レミリアの悲鳴が響き渡る。
「バカやめろフラン! レミリア本当に死んじまうぞ、大事な家族だろ!?」
反射的に私はフランに対して怒鳴った。
フランはゆっくりと、私の方を振り返る。
「うん。大事な家族だよ。私、お姉さま愛してる。……八つ裂きにしたいくらい愛してる。うふふふふ……あはははははは!」
濁った、焦点の全くあっていない瞳で。フランは笑っていた。
「咲夜もパチュリーも、あの門番とか他のメイドとかも、みんなみーんな大好き。たまに、ばらばらに壊したくなっちゃうくらい大好き! 大好きだから、好きだって気持ち、もっともーっと確かめたくなるの。壊して、なくなっちゃったら、どれだけ大切だったのか分かるから」
「……まさかフラン、咲夜や美鈴……」
そこまで口にして私は口ごもる。それ以上先は……私には怖くて聞けなかった。
「何の話? それよりも……ね、魔理沙。魔理沙は私の事、すきー?」
「……好きでもない奴の誕生日を祝いに来たり遊びに来たりするほど、私は暇じゃないぜ。なあフラン、一体何があったんだよ! 何でこんなこと……」
「そっか。ね魔理沙。パチュリーの図書館で読んだんだけど、ぺあるっく、って知ってる? 同じ服を着て恋人が歩くんだって」
フランは私の問いかけには答えず、全然別の質問を返して寄越す。
私は黙って首を横に振った。生憎とそんな単語は聞いたことが無い。
ただ、何よりもフランの質問の意味が測りかねた。
「魔理沙はさ、黒よりも赤の方が似合うと思うんだ私。もちろん青は似合わないよ。ね、私とお揃いの服着てみようよ?」
そしてフランは手から、炎に染まった……いや、炎そのものの剣を出す。
レーヴァティン。けどそれは、いつもの弾幕用じゃなくて凶器……いや狂気そのものだった。
「チルノ、逃げろ。お前がここにいたら危険だ」
間違ってもチルノをかばいながらどうにかなる状況じゃない。少しでも遠くへ逃げるように、私は背中のチルノに伝える。
「……やだ……やだぁ……! 魔理沙はどうするの……?」
振り返らずとも、チルノが今にも泣きそうな顔になってるのが簡単に予想できた。
素直に聞くとは思わなかったが、それでもチルノには逃げて貰わないと困る。これでもしチルノまでどうにかなったら、私の精神は絶対に耐えられん。
「どうにかしてみせるさ。これまで私がそう言って、どうにもならなかった試しあったか?」
我ながら卑怯な言葉だな、と思った。
正直、今回ばかりはどうにかなる気が全くしない。でも、フランをほったらかして逃げる気は全く無かった。
「無いけど……でも!」
「無事に済むさ。私を信じろよ、ほら行け」
振り返って、私はチルノの肩を軽く叩く。そしてようやく、チルノは部屋の入り口から出て行った。
「悪いなフラン、わざわざ待っててくれたんだろ」
「私、あいつ嫌いだもん。目ざわりだから遠くに行って欲しかったし、ちょうど良かったーって。じゃあ魔理沙行くよー!」
掛け声一発と共に、レーヴァティンがそれまで私が立っていた所を薙ぎ払う。
間一髪で後ろにジャンプして避けたが、石畳の床……それも目一杯魔力強化されているはずの床が、黒く焼け焦げていた。当たったら一たまりも無い。
フランの部屋自体は調度品も何もなくただっ広いとは言え、弾幕……いや、戦うには狭すぎる。箒に乗って移動するのさえ、ままならない。
ダメだ、このままじゃどうにもならん。せめてこの部屋から出ないと……と思ったとき、再び私に向けて炎の剣が唸りを上げて向かってくる。
反対側に飛んで避けようと思った時。私は自分の真後ろにレミリアがいる事に気がついた。
「おいレミリア、逃げろ!」
「あ……ぅ……」
けれどレミリアは顔をわずかに上げるだけだった。
ダメだ、このままだったらレミリアがぶった切られる。もしそんな事になったら、フランの心が致命的に壊れるだろう。……そして私じゃ治しようが無い。
ええいくそったれ、普段から夜の王だとかでかい事言ってるくせに、こんな時だけ箱入りお嬢様やってるなよ!
手持ちのスペルカードを全部展開し、魔力障壁として張り返す。無謀も良いとこ、よりにもよってフランのスペルを正面から受け止めようなんて文字通り狂気の沙汰だ。
圧倒的な破壊力を渾身の障壁が受け止める。そして、次の瞬間。
バチン、と爆ぜるように互いが弾けとび……私は衝撃余波だけで壁に叩きつけられた。
「い……つ! ……つぅ……」
頭から赤いものが滴り落ちてくる。
そして。
「魔理沙の負けー。あはははは!」
フランが笑って、倒れた私を見下ろしていた。
……あー、これは本格的にやばいかもしれん……なぁ……。
壁に強く打ち付けたせいなのかどうかは分からないが。私はぼんやりと、どこか他人事のように考えていた。
本当は昨日の夜の時点でどこか別の世界に飛ばされていて、終われば全部夢でした。そんな事にはならないんだろうか……と。
できればこんな物は、悪夢であって欲しい。
「やめろー!!」
その時。青く白い物がすっ飛んできたかと思うと、フランに体当たりする。全く予想しなかったのかフランはまともに食らって弾き飛ばされた。
「チルノ!? ……あ、ぐぅ……!」
倒れているチルノの側に行こうとしたが、全身に激痛が走って立ち上がる事さえ出来ない私。けれども、私が動くより早くチルノの方が、起き上がって駆け寄ってくる。
「魔理沙ごめん、心配でやっぱり戻ってきちゃった……」
帰れって言っただろ、なんで来るんだよ!
一瞬そう思ったが、言葉にはならなかった。こいつの性格を考えたら、チルノが私を置いて素直に帰る訳なんか……無いもんな。
「……バカ。けど助かった、すまん」
けれど、今は悠長に話が出来る状況でも状態でもない。
ぶわっとやってくる熱気と共に、既に炎を背景にフランが立ち上がっていた。
「邪魔、すんなー!」
「やめろフラン! チルノは関係ないだろ、手を出すなら私だけにしろ! チルノもどいて……ろ」
箒を杖代わりにしてどうにかこうにか立ち上がる。
くそ、体のあちこちがぎゃあぎゃあ悲鳴あげやがる。くそ五月蝿いぜ。
けれどその時。フランの手から、魔杖が滑り落ちてガランと音を立てた。
「ばか、ばか、まりさのばかぁ! まりさは私より、そいつの方がすきなんでしょ!」
「フラン……? おい、いきなり何を……」
予想しなかった言葉に私は面食らう。
だが、そんな私を置いて、フランは泣き出してしまった。
「昨日は私のためのパーティーだったのに! 魔理沙、そいつとばっかりべったりしてるし! でもそんなのまだいい……なんであの指輪咲夜にあげちゃうのよ!」
その言葉で、私はようやくフランの怒りの正体に気がついた。
「あ……」
「私の誕生日なのに! あれ、お姉さまが『きっとフランに渡してくれるわよ』って言ってたから、楽しみにしてたのに!! ……ばか、ばか、ばかぁ……!!」
そして。私がフランを思い切り傷つけたのを、私はようやく自覚した。
フランに渡そうと思わなかったわけじゃない。誕生日なんだから、フランに渡すのが筋だとも思った。けど私は、チルノの事を考えて渡せなかった。
頭からの出血のせいか薄くなる意識の中、フランの泣き声を聞きながら。私はぼんやりと思った。
はは。結局は、こんなことになったのは……私のせいか。
ごめんな……フラン。
【咲夜、すぐ魔理沙を寝室に運びなさい、危険だわ!】
かすれて意識が遠のく中で、磔にされていたレミリアが戒めを解いて咲夜を呼びつけ、咲夜の姿を見かけた時。私は随分都合の良い夢を見ているな……と思った。
******
結局、私の意識が戻ったのは翌日。
さらに、全身激痛で私はそのまま、さらにもう一日治療を受ける羽目になった。
かくて明けて翌々日。
「どーゆー事か、説明してもらおうか」
レミリアと咲夜、そしてチルノにパチュリーにフランドールにアリス。も一つおまけに美鈴。 紅魔館のリビングに、関係者全員が一同に揃っている。
「どういう事も何も。もう気がついてるんじゃないの?」
「そりゃお前が黒幕だって事はとっくに気がついちゃいるがな」
しれっと言うレミリア。
私の妄想というか、幻想だと錯覚した最後の光景は、全部事実だった。
レミリアはピンピンしてるし、咲夜もいる。あろうことか、死んだはずの美鈴まで私の意識が戻ったとき側にいた時は「ついに死んだか私」と思ったもんだった。
「結局、元の原因は魔理沙にあるのよ。そこの妖精だけでなく、パチェやうちの妹まで惹きつけるだけ惹きつけてほったらかしなんだから。そこでお灸を据えてやろうと思ってね」
お灸……って。なんで私がお灸据えられないとまずいんだよ。
「順序だてて話してくれ、私にはさっぱり分からん」
ぶんむくれつつも、とりあえず話は聞く。
くそ、私は怒ってるんだぜ。
「最初はパチェがフランの誕生日会にかこつけて魔理沙に会おうとしたのが始まり。会いたくて会いたくてしょうがないけど、恥ずかしくて中々言えないからってね」
「え、ちょっと……レミィ!」
「ダメだパチェ、今回の件終わるまでに言わなかったら、最後の時点で私からばらすって約束してたじゃないのさ」
ちょい待て、いきなり話が見えない。普段から無愛想なパチェが、なんで私に会いたくて会いたくて仕方が無いんだ?
「意味が良く分からないんだが……」
「物好きにも私の友人は、魔理沙。お前さんの事が好きなんだよ」
「あ、あ、あー!」
ぷしゅーと頭から煙を上げて、パチェがテーブルに突っ伏した。
「えー! 何それ、パチュリー私そんなの知らないよ!」
「…………」
抗議の声をあげるフラン、そして黙って私に引っ付くチルノ。恥ずかしいんだが。
けど好きって、えーと。そういう意味……だよな。
「全然気がつかんかったぜ。でも本当なのか?」
「だとさ。パチェ、何か言ったら?」
「……………………」
レミリアの言葉に、突っ伏したままパチェは小刻みに体を震わせてるだけだった。
「まあパチェはとりあえず置いといて。これだけは知っといて貰わないと説明のしようが無いのよね」
それからレミリアの説明が始まった。
曰く、私に恋心を長い間抱き続けてきたパチェが、何とかして想いを打ち明けようと色々四苦八苦した結果、フランの誕生日会にかこつけて私を招待し告白しようというのが大本だったらしい。
その際に、レミリアが鈍感で且つ無自覚に恋をばらまいてる私――絶対に言いがかりだと思うが――に、軽くお仕置きしてやればどうかと言い、その場に居合わせたアリスが賛同して、例のケーキの中に指輪を入れるなんつーイベントを考え付いたらしい。
「あれの発案者はアリス、お前かー!!」
「何よ魔理沙の場合は自業自得だわ。レミリアは鈍感って言ったけど、鈍感って言葉に失礼よ。大体ね……今回の事は、あんたがちゃんと対応すれば回避できたんだから」
不機嫌丸出しで、アリスはふんとそっぽをむいた。
「回避できたって……どういう事だ?」
私の問いかけにレミリアは肩をすくめて、くっくっくと笑った。
ええい悪役め。
「答えは簡単。私とか咲夜に渡すような逃げをあんたがやらなかったら、今回の件は中止にするつもりだったのよ。もっともこれはそこの七色魔法使いが提案してパチェが賛成したんだけどね。『避けられない罠は陰険だし、流石に可哀想だから』って」
「あ、こらちょっと! それは言うなって言ったじゃ……!」
レミリアの説明にアリスがうろたえる。パチェは……完璧に生ける屍状態だな……。
「う……た、確かにあの選択は私もアレだったのは認めるが……。い、いや、だからと言ってだな! 普通ここまでやるか? そういや美鈴、なんでお前が生きてるんだよ!」
思いっきり睨み付けてやる。
「あ、あはは……えーとー。私の能力って気を使う程度の能力なんですけどね。つまり、体の気脈の流れを一時的に止めて仮死状態を強引に作り出したんですよ。まあ分かりにくいので簡単に言うと……死んだと思ったら気のせいでした、って事にした訳で」
あはは、と頭をポリポリ掻く美鈴。
あはは……じゃないぜ。あーくそ、考えてみたら妖怪と人間を一緒に考えた時点で私の負けだ。完璧に騙された。
「おし。お前の事はこれから未来永劫、呼び鈴と呼ぶ事にするぜ。よお呼び鈴、今日も元気だな」
「うわ酷! お嬢様と咲夜さんの命令だから仕方なくやったんですってば!」
それで思いだした。
そうだ、咲夜!
「おい咲夜、お前ってば一体何処に隠れてた!?」
「簡単よ。気配を消して、ばれそうになったら時間を止めてその場から退避の繰り返し」
……ぐあ。確かに時間を止めれば簡単に逃げられる。
しかも妖気も何も無いから、気配完全に消されたら確かに分からんか……。
「て事は、夜の便所……」
「ああ。天下御免の音速魔法使いが夜の闇に怖がる様は傑作だったわね」
咲夜の言葉に、私は思わず突っ伏した。
見られた。思いっきり見られた。……くそ、怖いものは怖いんだよしょうがないだろ!
「咲夜は今回保険役。火消し担当なんだから、別に良いじゃないの」
「自分で火を放っておいて、延焼だけは防いでやるってか? 笑わせるぜ」
そこで不意に思った。アリスはやる事だけやってとっとと離脱したんだが……あ。
「パチェ、ひょっとして……あの時の帰れって……」
「いやーあれには参ったわ。まさかパチェがいきなり造反して帰れって言い出すとは思わなかったからね。根本から崩壊するかと思ったけど、良かった良かった。でも無理しすぎよ、体の調子が悪いの無視してあれだけ動いたら、そりゃ吐血もするでしょ」
「……魔理沙が苦しんだり悲しむの見たくなかったのよ……」
相変わらず突っ伏したままで、パチェはぶつぶつ呟く。
うああああ、私はバカだ。しかも私はパチェに恩知らずにも『見損なった』とまで言ったよな……。
「すまんパチェ! お前の言う事素直に信じれば良かった! それからあんな言い方して、本当悪い!」
低心平頭、私は思い切り土下座する。
あんな言い方されたら、そりゃ泣く。知らんとは言え、本当悪いことした。
「別に……説明しなかった私も悪かったから……」
ううう……何ていうか、ここの連中吊るし上げるつもりが、何だか段々私が吊るし上げられてる気分になってきたんだが……。
「さてと。最後にフラン。これが一番驚くんじゃないかしら?」
いや、さっきから驚きっぱなしでこれ以上何を驚けと。
「私はね、フランに対しては風呂あがりの後に『本当はフランのお祝いに渡すはずの指輪だったんだけどね、あれは。ねえフラン、魔理沙に軽く悪戯してみない?』って言っただけなのよ」
…………げ。
ちょっと待て、おい。
「フラン、マジか?」
「うん。あーあ……あの指輪欲しかったなぁ。あ、咲夜。あんたに一回渡ったのはいらないよー!」
申し訳ございません妹様、と咲夜が謝る。
「分かってもらえたかしら。つまりフランの行動はほとんどが素よ。なお私が磔にされたとかは、ぜーんぶ私がやった自作自演のお芝居。当たり前だけど動こうと思えば簡単に動けたわ。でも私を守る為にフランのスペルを真正面から受け止めるとは思わなかったけど」
という事は……あの時フランに対して感じた怖さは、全部本物だって事になる。
つい反射的に私はフランの方を見た。けれど、フランはにこやかに可愛らしくいつもように笑っている。……そうだよな。別に何がどうこう変わるもんじゃない。フランはフランだ。
しかしこれだけは言っておこう。
「一生一度の大後悔を上げろと閻魔にもし言われたら、あの時お前を助けた事だと答えてやるぜ」
やるんじゃなかった。
あれだけは本っ当にやるんじゃなかった。
「それぞれに事情があるのはよーっく分かった。確かに私も悪かったよ。だがレミリアお前だけは許さーん! 土下座して三遍回ってワンと言えば許してやらんことも無いが」
「やる訳無いでしょ。大体ね、脚本演出は全部私。これ、どういう意味か分かる?」
脚本演出全部レミリア。
それに意味? こいつが性悪ってだけじゃないのか?
「本当に鈍いわね。私に脚本演出なんて書く力は無いわよ。なのに私はそれが書けた。さあここで死ぬほど鈍い魔法使いに問題です、私の能力は何でしょう」
「運命を操る程度の能力だろ……あ」
その言葉の真の意味は、私の背中に冷水をぶっかけたかのように衝撃的なものだった。
ってことは、この一連の出来事は全部。
……起こる可能性のあった運命だってことだ。
「くそったれ。性格悪いぜ、悪いよちくしょー! ……ん。あれ。そうだ、チルノはどうなんだ?」
「……? 私、何も知らないよ……?」
「そいつだけは魔理沙と同じで何にも知らない、そのまんまよ。計画に入れようかとも思ったけど、壊されるだけだと思ったからね」
その言葉に、私はきゅっと胸が熱くなった。
って、おいおい……何なんだこの気持ちは。
「当然じゃん! もし何か聞いたら、私は全部魔理沙に話したよ! だって、魔理沙をだますなんて考えられないもん……」
「……人前でそういう恥ずかしい事を堂々と言うな。でも、気持ちは嬉しいぜ、ありがとな」
恥ずかしさを紛らわすように、チルノの頭を私はくしゃくしゃと頭を撫でる。
「うん。魔理沙……大好き」
ちぅ。
一瞬何をやられたのか分からなかった。完璧に不意打ちだった。
だが、少し遅れてガコーンと私の頭上に何か強い衝撃が降ってくる。
さっきの私の心中に沸いた気持ちの正体を考えるより先に、恥ずかしさで顔がぐんぐん赤くなる。
こ、これだけ大勢の前で堂々とキスするか、普通!?
「あー!! 魔理沙になにすんのよ、このバカ妖精!」
「………………きゅー」
「たく。付き合ってらんないわ……」
抗議やらため息やら気絶やら、色々な物に揉みくちゃにされながら。
私は……これが作り物だった事に心底。
ほっとしていた。
******
話も全部終わり魔理沙の周辺は、何ともぎゃあぎゃあ騒がしい事になっている。まあ静かよりはやかましい方が余程あの魔法使いの周囲としては合っていると思うけれど。
「咲夜、紅茶を頂戴」
「かしこまりました。それにしてもお嬢様……少々やりすぎだったのではないですか?」
「別に。やりすぎでもなんでもないよ。つーか、なんだって私がここまでやらないといけないんだか」
一口だけ紅茶に口を運んで、すぐに私は皿の上に戻す。
「大体だな咲夜。何だって私が抗議されなきゃならないんだ。フランの奴、全力で肩くだこうとするんだから……思いっきり骨折られたわよ、すぐ治ったけど」
「よっぽどあの時、出て行こうかと思いましたわ。私から見てもお嬢様が殺されるかと思いましたし」
咲夜でさえそう思ったならば、そりゃ誰でもそう思うだろう。かくいう自分も、本当に殺されるかもしれないと……実は少し思った。姉だってのに情けない。
「しかし荒療治でしたわ。何も変わらないようで安心しましたが、もしこれで、魔理沙が妹様と距離を置くようになってしまえば大失敗ですもの」
咲夜の言葉を私は一笑して片付ける。
「その程度の奴に私の妹をやれるか。フランには、ああいう危うい所がある。今一どころか全然分かって無いみたいだったからな、あの黒白は。でもまあとりあえず、合格って事にしといてやるさ」
お嬢様、今の台詞まるで頑固親父のようですわ、と咲夜が苦笑する。やかましい。
「そういえば……お嬢様、一つ宜しいですか? 私が美鈴に魔理沙が来る事を伝え忘れたのを聞いたときに、随分と驚いていらっしゃいましたけど……」
ん。顔に出たか。
「別に大した事じゃないよ。咲夜も知ってるだろうけど、幾ら運命を操る能力って言っても、それはあくまで『私が観測した時点』での運命。そこから私が干渉することで、運命はすぐに変質する。それがわずかな差か、大きな差かは、やってみるまで分からない。蓋を開けたら咲夜が少し間抜けになっていたのに驚いただけよ」
申し訳ございません、と口では謝りつつ咲夜は軽く笑っていた。
笑うんじゃないよ……ったく。
けど、私の能力は結局その程度でしかない。
「まあ無事に終わってよかったよ。パチェには恨まれそうだけどな」
「大丈夫だと思いますわ。それに……正直パチュリー様だけでは、いつまで経っても前に進まなかったと思いますし」
まあね、と一言だけ私は軽く返事を返した。隣の喧騒はいつまでたってもやまない。
さて……これからこのドタバタ喜劇はどうなるのかしらね。
派手に絡まった糸を眺めつつ、私は軽く肩を竦めて苦笑した。
小学校入学前まではよくやった遊びも最近ではとんとやってる人を見なくなりました。これも幻想のものになってしまう日が来るのかもしれないですね。
閑話休題、 魔理沙×フラン好きとしてはこんなのもいいな~と思いつつ読ませてもらいました。魔理沙を巡る四角関係、今後どうなるかがものすごく気になりますw
レミリアはすでに死んでいます。
ここのところだけ気になりましたが、他は違和感ないです。
次の作品も面白いのをお願いします。