<鳥かご? そんなもんいらないよ、咲夜。どうせ出てく時は勝手に出てくんだから> レミリア・スカーレット
みーんみんみん。
今日も今日とて蝉が鳴く。
パチュリーのとこで、フランの誕生会の話を聞いてから数日、私は花火のネタ作りで作業場に篭る日々が続いた。パチェにも言ったがどーせやるなら、無駄に派手にいきたい……と思う私は多分根っからのお祭り好きなんだろう。後はアリスのバカをあれだけ焚きつけておいて、私がしょぼいもん作ってきたら赤恥も良い所だってのもある。
外の暑さも忘れ……とまではいかなかったが、私は作業に没頭した。数回ほど爆発やらかしたせいで部屋が少々吹っ飛んだりもしたが、まあ些細なことだ。
ちょこちょこと試行錯誤やっている内に、あっという間に、パチェから聞いていたフランの誕生日当日がやってきた。
「おし、これで全部完成だぜ」
出来た特製の花火の束を、用意した細長い桐箱の中に放り込む。
もし今これに引火したら、さぞかし素敵な事になるだろう。見てみたい気もするが……まあやめておいた方が懸命だな。
外に目をやると、大分日も傾いてきている。さて、そろそろ出かけるか。そう思い玄関へと足を向けた時、トントンとドアが二度ノックされた。
「開いてるぜー」
返事をしてすぐ勢い良くバタンとドアが開く。と同時に、私は心地よい涼しさを感じた。
「よ、チルノ。元気してたか?」
数日ぶりに顔を見せたチルノは、いつもと変わらない笑顔を私に向ける。
「うん、私はいつも元気だよー! でも今日もあついよね、ここんとこ寝苦しくって………わぁ! もう、魔理沙ったらまた部屋散らかしてるー!」
が、ほどなく部屋の中の惨状を見てチルノが叫んだ。
「あー悪い。実験やってたらついな」
「もう、しょうがないなぁ……」
混沌とした部屋の一角を眺めながら小さく溜息をついたチルノだったが、すぐにクルンと私のほうを振り向いた。その顔は、ついさっきまでと違い凄く嬉しそうで。
「だけど……これでまた、魔理沙のお家掃除に来れるね♪」
スコーンと、私の頭を軽い衝撃が襲う。
油断してたらこれだ。どうしてこいつは、いきなりこういう攻撃を飛ばしますか。避けられずに毎回毎回食らうこっちの身にもなってくれ。
「なあチルノ、私はつくづくと思うんだが。言ってて恥ずかしくないか?」
普段から私だけが一方的に攻撃を受けまくるのも不公平だ。軽い反撃のつもりで私は、前々から疑問に思ってることをチルノにぶつけてみる。
私だったらとても言えんぞ、こういう事は。
チルノは少し困ったような顔をした後、顔を赤く染め小さく舌を出して呟く。
「……恥ずかしいよ、もちろん」
それは聞いた私にとっと、意外な答えだった。聞いてる方が恥ずかしい台詞がしょっちゅうポンポン飛んでくるもんだから、ろくに意識しないで使ってるんだろうと思っていたから。
だがその直後、私はこんなバカな質問をした事を心底後悔した。
「でも……ほんとのことだもん」
はにかんだ笑顔と共に、それだけ言って、チルノはポフっと私の胸に寄りかかる。
ほんの僅かに遅れて、ガゴーン、と意識を飛ばされそうなほどに強烈な恥ずかしさが私を襲ってきた。
チルノからの反撃は10倍返しにしてまだ足りなかった。くそ、弱いものいじめ反対だぜ。
「あー、おほん! とりあえずさっきまでの話は無かったことにするとしてだ。実はこれからちょっと出かける所があってな」
「そうなんだ、残念……。でも魔理沙どこ行くの?」
ん、そういえばチルノにはこの話まだ言ってなかったっけか。まあ、ほとんど内輪の集まりだが、チルノ一人くらいなら連れて行っても大丈夫だろう。
「レミリアん所でちょっとしたパーティーがあるんだよ。でまあ、本日の主役からお呼ばれなんで行ってくる。チルノも一緒に来るか?」
「ん……私も行きたいけど……でも、魔理沙の迷惑にならないかな?」
聞いてみると、今ではすっかり見慣れたチルノの反応が返って来る。
これが一昔前や、今でも私以外の誘いだと普通に『へっへーん行ってやろうじゃん! あたいが行くと、主役は間違いなくあたいになるけどね!!』って反応なんだろうけどなぁ。
「迷惑だったら最初から誘うわんぜ。フランだって騒がしいのが好きだろうし」
「え! フランって……あの、生意気ながきんちょ吸血鬼!? 魔理沙、主役ってもしかしてあいつなの!?」
「まあな、フランの誕生日会だから、主役はもちろんフランだが。って、ガキって言ってもあいつも495さ……うぉっとぉ!」
答えの途中で、私はいきなりガシッとチルノに腕を掴まれる。
「行く! 絶対行く!!」
真剣な目をしてチルノはきっぱりと宣言した。なんだなんだ急にいったい? まあ別にこっちから誘ったんだから別に問題は何も無いが……と。
いかん。早くせんとマジで遅れるな。
「よし、じゃあそうと決まれば早く行くか。ほれチルノ、後ろ乗れ乗れ」
箒の先に桐箱をくくりつけて、チルノを後ろに乗っける。
と、すっかり私の後ろに乗るのも慣れたもんで、チルノの手がぎゅっと私の腰に回されて、しがみついてきた。
「おし準備OK。……っと、チルノちょい力強いぜ?」
「えへへ、魔理沙の背中、あったかい」
うがぁ! 全くもう、こいつはどーしてこう!
返事の代わりに、私は最大速度ですっ飛ばす。
紅魔館への道のりの間、私の背中はとても涼しかったが、頭だけは妙なくらいに暑かった。湖を眼下に見下ろしながら、門の前まではひとっ飛び。
「さて、到着だぜ……っと」
いつもと違い、門の前で着地する。
何しろ今日は正式なお客だ、たまには門から堂々と入るのも良いもんだ……と思ったんだが。
「こら黒白、また来たわね! 見てなさいよ、今日こそ泣かせて叩き出してやるから!」
お出迎えは、いつもと何ら変わらんかった。
毎度毎度撃沈している門番が、またぞろ立ちはだかってくる。
「おいおい、今日は私は客だぜ?」
「つまらない嘘はいらないわ、とっくの昔にあんたは要注意人物よ!」
こいつは参った、どうやら私が客として来ると言う事を聞いてないっぽい。
さてはメイド長が忘れたか。完璧なようでいて、たまにあいつ抜けてるからな。
その時、クイクイとチルノが私の袖を引っ張った。
「ねえねえ魔理沙、これ何?」
「うわ、物扱い!?」
「これは門番と言うんだぜ。ちなみに名前は紅……呼び鈴だっけか」
「へぇ、そうなんだ。こらぁ呼び鈴~! じゃまだから早くどきなさいよっ!」
「呼び鈴って何よ、私はメイリ……」
抗議の声が上がるまさにその時、分厚い鉄の門がでかい音を立てて何かにぶち抜かれた。
「え。一体なに……うげっ!」
そしてほどなく、赤い影に門番が蹴り飛ばされて頭から地面に埋まる。うーむ、中々に不幸だ。
と同時に、私の体にドスンという強い衝撃が来た。こういう私ばりに派手な登場の仕方をするのは、少なくともここじゃ一人っきゃいない。
「よ、フラン。ハッピーバースデーだ」
「まーりーさーっ! 待ってたよ、ね、遊ぼ遊ぼ!!」
「良いぞ、今日はフランが主役だからな。つっても弾幕ごっこはパスな、へろへろになったら後の楽しみが減るぜ」
「はーい。えーとね、かんけりでしょ、おにごっこでしょ、後は……」
うんうんと頭を捻るフラン。子供らしくて実にかわいいもんだ。
そんな事を考えたとき、ぎゅっとチルノが私の腕にしがみついてきた。
「お、どうしたチルノ」
「……うー。私、こいつ嫌い……」
そう言って、チルノはフランに向けて思いっきり舌を出した。すぐフランもそれに気がつく。
「ん? なんだ、いつかのバカじゃん。なんでここにいんの?」
「……むっかー! 誰がバカよ誰が、私は魔理沙といっしょに来たお客さまよ!」
「えー。魔理沙が呼んだの?」
はっきりと露骨に嫌そうな顔をして、フランが私を見ながらぷーっと頬を膨らませた。ん……チルノとフランってそういえば仲、悪かったっけか?
思い返してみたら確か以前、チルノが戻ってきた時あたりに相当喧嘩してた気がする。う、何となく……やばい気が。
「でも賑やかになるのは保障するぜ?」
二人に余計な刺激を与えないよう、私はできるだけ簡素に説明する。
「ぶー。……まあいっか。でねでねっ。私、花いちもんめとか、かごめかごめとかもやりたいー!」
だがそんな私の気を知ってか知らずか、チルノを全力で無視して、何とも楽しそうにフランが懐いてくる。こう素直に喜んでくれると私は嬉しいんだが……。
ちらっとチルノを横目で見ると、ぷるぷると震えていた。運命を見通すレミリアならずとも恐らくは誰でも見えるだろう、この先の光景を幻視して私はそこはかとなく頭痛がした。
んで案の定。
「こらー、人を無視すんな! それから、魔理沙にそんなひっつくなぁ!!」
「あんただってべったりじゃない。いいからさ、バカはだまっててー」
「バカって言うなー! 何よ、バカって言う方がバカなのよ! このバカバカバカバカバカバカー!」
「そっちの方がよっぽど言ってる。つまりバカはあんた~」
あーあーあー、やっぱりこうなったよ。
一体私はどうすりゃ良いんだか。
「あーまあそのなんだ、喧嘩は良くないぜ?」
「この際いっとくけど! 魔理沙はあたいだけの……あ、わ、私だけのものなんだからっ!」
「へー。でも、それだったらわざわざ私の誕生日のために来るー? それと、どうでもいいけど地が出てるわよ『あたい』さんっ♪ あはははははは!」
けらけらとフランがチルノを挑発する。
ちなみに、気持ちが良い位に私の言葉は全スルー。
「…………! こ……ころすーっ!」
げ、やばいチルノが切れた。
後先何も考えずにフランに向かって突入するチルノを、私はどうにか押しとどめる。
「待て待て、お前じゃ逆立ちしたってフランには勝てんぜ、やめとけ。それからフランもそんな挑発するな、私がマジで困る」
「は~~い」
「……うー! 魔理沙、とめないでー!」
まあ別に良いや、とばかりにやる気無く答えるフランとは対照的に、チルノはしばらく暴れていたが少ししてようやく大人しくなった。
はぁ、何か来るだけで妙に疲れたぜ……。
大きく深い溜息を私がはくのと、ほぼ同時に私の後ろで声がかかった。
「随分賑やかな事ね、咲夜。フランの誕生日にふさわしいと思わない?」
「確かに仰るとおりですわね」
大穴の開いた門から出てきたのは、我が侭お嬢様とメイド長のコンビだった。
「よう。館の主人に一つ聞きたいんだが、この家は招待客に対しても襲い掛かる癖があるのか?」
フランに吹っ飛ばされて、今だに頭から地面にめりこんだままの門番の姿を親指で軽く指しつつ、私は肩をすくめる。
レミリアは驚いたように、二度ほど目をしばたかせた。
「どういう事だ咲夜?」
「あら。すいませんお嬢様、ついケーキ作りに熱中して美鈴に伝えるのを忘れていましたわ」
「全く……これだから咲夜は完璧なようで、ポコポコ抜けてるって言われるのよ。まあでも、魔理沙がお客として門をくぐって入ってくるのは確かに似合わないわね」
ほっとけよ。
「悪かったな。そういやアリスとパチェはまだか?」
「パチェは支度中。カラフル魔法使いはまだね」
ちらっと後ろを見ると、またもやフランとチルノが言い合いを始めていた。いつまでやらせててもロクな事にならんので、チルノの手を引っ張る。
……あーマジで頭痛い。
「あら魔理沙。相変わらず色々と速いわね、今日は恋人同伴なの?」
私がこめかみに手を置いたその時、真後ろから声がした。
振り返ると、そこにいたのはまごう事なき七色バカ。ええい、やかましい。
「ほー、温室育ちじゃないか。なんだ、てっきりロクな物が出来なくて逃げ出すかと思ってたがな。よお上海、元気してたかー?」
小さな手を可愛く振って微笑む上海人形に、私もにこやかに手を振り返す。アリスは当然無視。
「言ってなさいよ。派手なだけが取り柄の魔理沙に負けるつもりはないわ」
「以下同文だぜ」
アリスとつまらないやり取りをしている間に、パチュリーも姿を現す。
「レミィ待たせたわね、妹様も。……もう全員揃ったのかしら」
支度中と言っていた割には、やって来たパチェの姿はいつもと全く変わらなかった。恐らくパチェのお手製なのだろう花火の筒を数本、小悪魔が運んでいる。
「よおパチェ、久しぶり。ところで支度って何をしてたんだ?」
「え! あ……いや、ちょっと……ね」
普段からそれなりに言ってるのに、髪の毛の先をクルクルと指先で弄り回しているパチェ。
なるほど、どうやら本格的に癖っぽい。
「ですから言ったんですよパチュリー様。あれだけ迷ってらしたのに、結局いつもと同じふ……もが」
「同じふ……? なんの話だ?」
「何でもない。……小悪魔、余計なことを言うんじゃない」
強引にパチェは小悪魔の口を塞いだ。
パチェの手から解放された後、すいませーん、と言って笑顔で小悪魔は逃げ出した。その様は、まさに名前に違わず小悪魔的だと思う。
「さて、と。今日は私の妹フランの誕生日の為に来てくれたお客に、紅魔館の主人として、あと姉としても感謝するわ」
全員が揃ったのを確認して、レミリアが言う。
レミリアには本気で珍しい感謝の言葉だった……つかレミリアの感謝なんて私は始めて聞いたぜ。
「まあ一部、珍客もいるみたいだけど」
そう言って私……というよりは、私にしがみついているチルノをちらりとレミリアが見る。
「私は別にあんたの妹の為に来たんじゃないよーだ!」
べー、と思いっきりレミリアに対してチルノは舌を出す。咲夜がむっとして前に出ようとするのを、レミリアが軽く手で制した。
「こらこら、そういう事を言うなチルノ。お前も今はフランの誕生日を一緒に祝ってやろうぜ」
チルノの肩を軽くポンと叩いてそう言う。
フランとチルノの仲が悪いのは(何故かは知らんが)しょうがないとしても、あんまり揉めると祝い事の雰囲気がパーになる。せっかくのお祭りごとなんだから、そういうのは避けたいもんだ。
チルノはじーっと私の方を見ていたが、最終的には折れた。
「うー…………ごめん、魔理沙。わかった……」
「ん。よしよし」
頭を撫でてやると、チルノはくすぐったそうに目を細めて笑う。ちょっとほっとした。
が、ふと周りを見てみるとジト目が多数。
しまった、人目を憚らないで何やってんだ私は。
「ぶー。主役は私なのにー。魔理沙はこっちー!」
「お、おお!?」
ふくれたフランに、私はずるずると引っ張られる。
「両手に花じゃない。良いわね魔理沙ー」
「ええいやかましい!」
つまらん事を言うアリスの頭をとりあえず殴っておく。
「ね、ね、ね。お姉さま、魔理沙ー! そんなことよりさ、みんなで遊ぼ遊ぼ!」
レミリアの手をとってぶんぶんフランが揺すっていた。
「そうね。陽はほとんど沈んでるから日傘はもういらないけれど、花火大会にはまだ早いわ。何かしてみんなで遊ぶのも良いんじゃない。パチェは大丈夫?」
「なんで私に聞くのよレミィ……別に、大丈夫だけどそれが何」
そう言ってパチェはちらっと私の方を見た。
「ん? どうしたパチェ、私の顔に何かついてるか?」
「…………はぁ。目が2つ、鼻が1つ、口が1つね」
パチェは肩を落として深く溜息をついた。ん……なんだ?
「じゃあ決まり。咲夜、そこで埋まってるのも掘り起こして」
「そうですわね。ほら美鈴、いつまで埋もれてるのよ」
埋もれたままの美鈴を咲夜が引っこ抜く。
「咲夜さん、魔理沙がお客ならお客ってちゃんと言ってくださいよぉ……」
半泣きの美鈴が、妙に哀れだった。
******
かくて、用意した全員分の花火の管理&パチェがもし倒れた場合の救急要員として小悪魔が外で観戦する以外の集まった全員でスタート。
それはフランの希望に沿った、子供の遊びだ。当然だがスペルカードは完全禁止。
つってもやるからには私はいつだって本気でやる。
最初は缶蹴りから始まり。
「咲夜、つかまえたー!」
鬼のフランが咲夜を捕まえるが、咲夜は苦笑して頭を下げる。
「すいません妹様、私は囮役ですわ」
大慌てで振り返るフランだがもう遅い。
「そこだ、美鈴ごと蹴れレミリアー!」
「え、ちょ、お嬢さ……まぁああ!」
レミリア渾身の蹴りが炸裂、缶が彼方に吹っ飛ぶ。守備していた美鈴も一緒に吹っ飛んだりしたがまあそれはそれ。
次に鬼ごっこ……つっても普通にやるとつまらんので逆鬼ごっこをやってみる。要するにレミリアとフランを全員で追いかける訳だ。
なお攻撃は全て禁止という条件でやってみたのだが、これが結構白熱した。
「はぁはぁ……きゅー」
運動不足の為、あっさりばたんきゅーのパチェは予想通りだったが、意外な活躍を見せたのがチルノだったりする。
「待てー! 絶対とっつかまえてやる! この! この!!」
「ちょ、なんで私ばっかり! ああちょこまかうるさいー! お姉さま助けてー!」
すばしっこく追いかけるチルノに閉口するフラン。
「アリス、上海と一緒に後ろに回れ、私は前から行くぜ」
「私に命令しないでよ!」
そう怒鳴りつつもアリスがフランの退路を塞ぎ、フランに向けて私が迫る。
「もうむりー。いいや、それなら魔理沙に捕まるー!」
「こら、魔理沙に抱きつくなー!!」
ぽふっと私の胸にフランが飛び込んできて、まーた危うく喧嘩になりそうだったりもしたが、まあ何とか収まった。
で、方やレミリアはと言うと。
「お嬢様……ルールですからね、お覚悟を。美鈴、右から回り込みなさい」
「了解ですっ」
「従者と門番が主人をとっ捕まえるなんてのは100年早いよ!」
何故かやたら熱いバトルになっていたりする。最終的には咲夜がレミリアに後ろから抱き付いて勝負ありだった。
こんな真剣な咲夜は始めてみた気がするぜ、と言ったらナイフが飛んできた。何故だよ。
次のフランの希望が花いちもんめ……だったんだが。
フランとチルノが両チームに分かれたせいで、双方とも私を熱烈に欲しがりまくる異常事態。
しかも、何故かアリスがぽこぽこ放出の対象になるわなるわ。
「……いいわよいいわよ。これは新手のいじめだわ。ね、あなたもそう思うよね上海……」
全然ゲームにならず、のの字を書いてアリスがいじけたので、あっさり終了になった。
そして、今やってるのはと言うと。
「かーごーめ、かーごーめ。かーごのなーかのとーりーは……」
輪の中心に私が目隠しして座り、それを全員が輪になって取り囲んでいる。
同じ名前の弾幕がフランのスペルカードにもあるが、当然それと違い、只のかごめかごめだ。
真後ろが誰かを当てるという単純な物。だが、当てずっぽうじゃなく声の聞こえる位置から判断すれば結構、分かるもんだ。耳を澄ませて、私は周囲の声を聞く。
やる前は何も言わなかったが、子供の頃結構やったおかげで実は私は結構得意だ。見事に当てて驚かせてやるぜ、ふっふっふ。
「うしろのしょうめんだーれ」
声がやみ、私は後ろを振り返る。
おし、分かったぜ。自信満々に私は宣言した。
「フランだ!」
しかし目隠しを外すとそこにいたのは。
「残念でした、外れね」
「なんだ、メイド長かよ……っかしーなー。確かに合ってると思ったんだが、久しぶりで腕が鈍ったかね」
残念ながら、すっこーんと音がしそうな大外れだった。むぅ。
「お嬢様ー! お夕食のご用意が出来ましたがー!」
丁度その時、恐らくは今日の料理当番だろうメイドが声をかける。周囲はすっかり暗くなって、空には既に一番星が輝いていた。
「じゃあフラン、第一幕はとりあえずこれでおしまい。食事の後に花火の第二幕と行きましょうか」
「うん、分かった!」
そして私達は全員で食堂へと向かう。
右にチルノ、左にフランがべったり状態だが、まあそれはもう慣れた。
「いやー、久しぶりに童心に返って遊んだ遊んだ。楽しかったぜ。でも、普段からインドア派のパチェは大丈夫か?」
小さく咳き込んでる後ろのパチェへ私は声をかける。
「コホコホ……だ、大丈夫よこの位なんでも、ないわ。たまにはこうして外に身を置くのも良い物だと思うし。……たまにだけど」
「ほー。それなら、パチェを連れてどこか外に出てみても面白いかもな」
普段から図書館で引きこもってるパチェしか想像できないし、外に連れ出したらどんな反応をするんだろうか、との軽い好奇心で私は軽く話を振ってみた。
「ほ……本当!? ……ゲホゲホゴホガホゴホゴホゴホ!!」
「ああ、いけませんパチュリー様、無理しすぎですよ……」
一気に咳き込み始めたパチェを小悪魔が支える。
「おーい小悪魔、本当パチェ大丈夫か?」
「……はぁ。何で魔理沙さんはこんな鈍感なんでしょうか。不思議ですね」
「鈍感って何がだ?」
「教えてあげませーん」
苦笑して小さく舌を出した後、小悪魔は咳き込むパチュリーの背中をさするのに忙しいのか、それ以上は何も答えなかった。
「…………」
「お?」
代わりに、チルノが一層強くぎゅっと引っ付いて来たが。
ほどなく、全員が揃って大広間の食卓に座る。
「じゃあフランの496歳の誕生日を祝って、乾杯しましょうか」
『乾杯ー』
「えへへ、ありがと!」
「咲夜もそこの門番も、今日は一緒に食べても構わないよ」
「え、お嬢様本当ですか? 咲夜さんじゃあ一緒に……はぅっ!」
レミリアの言葉に笑顔で座ろうとする美鈴を咲夜が無言で張り倒す。別にレミリアが良いって言ってんだから、構わないと思うんだがな。
まあ何はともあれ無事に乾杯も終わり、そして何事も無く楽しいままに食事も済む。紅魔館の総力を上げてのご馳走の山は、本気で美味かった。
「さて。では、あれを持ってきますわね」
全員の食事がある程度終わるのを見計らって、咲夜が会釈をする。と、次の瞬間咲夜は白いものを持って現れた。恐らく時間止めて移動したんだろうな……ってんな事はどーでもいい。
「おい、咲夜なんだ、そのでかいのは!?」
「あら見て分かりませんか、お客様。無論のこと妹様のバースデーケーキですわ」
芝居がかった口調で、からかうように咲夜から答えが返って来る。
いやケーキなのは分かるが……でかい。ウェディングケーキの間違いだろ、って突込みが入りそうなくらいに。
「へー、随分気合入れたわね咲夜。まあとりあえずは切り分けて頂戴な」
「かしこまりました」
でかさに関してはいともあっさりと流して、レミリアは咲夜に命じる。
私がつい呆気に取られている間にさくさくとナイフで切り分けられて……って、おろ。上の部分だけ咲夜が切っている。
「あー。なるほどな、食べる部分は上の部分だけなのか。ははははは」
「こういうケーキは下の部分は普通飾りなのよ、これだから田舎者は常識が無いって言われるんだわ」
ふん、とアリスに軽く鼻で笑われる。見るとどうやらレミリアやパチェも知っていたらしく、私の方を見て苦笑していた。ちぇ、誰にだって知識の穴くらいあるだろうに。
ちなみにチルノとフランは普通に知らなかったらしく、感心するようにケーキの塔を見上げている。
そうこうする間にも、寸分違わぬ大きさで全員分があっさりと皿の上に乗って出されていた。 相変わらず仕事が速い。
「ああ、そうそう。ケーキにはちょっとした私からのプレゼントがあるから、見つけた人は即座に手を上げること」
「プレゼント? なんだそりゃ」
すぐに分かるわ、と言ってレミリアは一人紅茶を楽しんでいた。何故かパチェがせわしなくこっちをチラチラと見ている。……まあいいか。
「別に私は美味きゃ何でも良いんだぜっ……あむ」
フォークでちまちまと食うのは私の性に合わんので、一気に素手で掴んで被りつく。アリスが露骨に顔をしかめたが気にしない。こういうのは豪快に行くのが良いんだよ。
生クリームとスポンジ、さらに小さいが立派に自己主張していたイチゴとの味のバランスは絶妙で、今の気持ちを一言で表すならば。
「咲夜、これ持ち帰りで少しくれ」
「却下」
にべもなく断られてた。ちぇ。
まあいいや、とりあえず食う。
……とその時。ガリ、と何か硬いものが歯に当たった。
「ぷ! こりゃなんだ、一体?」
思わず吐き出すと、出てきたものは……指輪?
先に付いている石はキラキラと表面で反射して、角度によって虹色に変化している。
……ようするにダイヤモンドだ。
「ああ、やっぱり魔理沙が引き当てたわね」
何ともおかしそうに、レミリアがクスクスと笑っていた。
……何だか物凄く嫌な予感がするぜ。
「プレゼントってのはひょっとしてこれか? そうならありがたく貰っておくが」
「半分正解だけど、この問題は完全回答だから残念ながら0点。咲夜、説明してあげて」
かしこまりました、と一礼をして咲夜が私の側に寄ってくる。って……おい咲夜、なんでそんなに楽しそうなんだよ。
「ケーキと一緒に指輪を入れて焼いて、指輪を引いた人は幸せになる……ってゲームは結構有名だから魔理沙も知ってるんじゃないの?」
「一応な。ただ生憎と今はハロウィンじゃないぜ」
「要するにそれのバリエーション。指輪を引いた人は、それを永遠の愛を誓う相手に贈る……っていうちょっとした恋愛ゲームよ。恋愛係さんにはお似合いじゃない?」
ぶぉーっと、私は派手に紅茶を吹き出した。
「ちょ、咲夜さーん! うぅ……」
予想してたのか、いつの間にか咲夜は少し離れた所に移動してたせいで、真後ろにいた美鈴がまともに紅茶を引っかぶる。
だがそんな事はどうでも良い。
「何だそりゃ!? 悪い冗談にも程があるぜ」
「別に断っても良いわよ。ただ、その場合は『この中に愛するに足る相手が誰もいない』って事になるだけで」
咲夜の言葉にはっとなって周囲を見渡すと、いつのまにやら何とも言えない雰囲気に私は放り込まれていた。
チルノは熱っぽい視線で黙ってこっちを見つめているし、フランはにこにこと笑って私をみている。アリスは肩を竦めて目を逸らすし、パチェはカップを手にしたままジッと下を向いていた。
私にもはっきりと分かった。もし仮にこの場で「そんな奴いないぜ!」なんて言った日には、確実に血を見る。間違いない。
ん……待てよ、この状況を打開する良い方法があるぜ!
「ちなみに自分が一番好きだ、ってのは禁止ね」
が、私が口を開くより早く見事に先にレミリアに言われた。くそったれ。
「おいレミリア、お前運命操って必ず私が指輪引くようにしむけただろ!」
「失礼な。こういうゲームでそんなのはアンフェアでしょ。第一、私が操らなくたって、運命はほっといても魔理沙になったわよ。それこそ何百回やったってね」
何なんだよ、そのアレな運命は。
「で、誰にするの?」
ぐ……。
私は息を呑む。くそ、嫌な汗が出てきやがった。
逃げ道は無い。どうしろっていうんだよ。
私はふとそれぞれに渡した場合を想像してみた。せめて、軽い冗談で済みそうな相手はいないか。
チルノの場合は簡単だ。完全に本気にするに決まってる。さっきからのチルノとフランの仲を見たら誰でも想像できるが、当然そのままフランと……下手すりゃ文字通り血を見る。……ダメだ、全然洒落にならん。
じゃあフランならどうか。考えてみたら誕生日なんだし、誕生日プレゼントと言って渡せばまだ角も立たない。むしろそれが筋か?
しかしこれには大きな問題があった。絶対泣く。チルノが泣く。間違いない。
数日前のようなのはもーごめんだ、あんなもん二度も食らったら私の精神が耐えられん。すまんフラン。
それだったらパチェ。こいつだったら、いつもと変わらないノリで受け取ってくれるんじゃなかろうか。冗談めかして言えば、チルノやフランも……それほどショックじゃないと信じたい。
おし、パチェにしよう……と私が思ったときだった。
「……………………」
すっと。まるで何か重大な意を決したように顔を上げた真剣なパチェの表情を見て、私の中の何かが全力で警鐘を鳴らした。
例えるならば、蝋燭と思って火をつけたらダイナマイトでした、というような。ただの私の勘違いかもしれんが、霊夢ほどじゃないにしろ、こういう勘は私もほぼ外したことが無い。
……やめておこう。
で、アリス。確実に冗談で通じる自信はある。だが、よりにもよってアリスに『永遠の愛を誓う』だって!? 冗談でもやりたくないぜ、第一指輪が勿体無い。
『それでも、このやばい状況乗り切れるんだったら良いんじゃないか?』
と私の中で囁く声があったが、全力で無視。……ああったく、なんでこんなにイライラするんだか。悩むこたない、パスだパス。
あー、みんなしてダメじゃないか……誰に渡せってんだよ、おいおい……。
手詰まり状態で小さく首を振ったふとその時、私は咲夜に目が行った。
そして私の頭に名案が浮かぶ。
「よし咲夜、お前さんに進呈だ」
「は? ……意味を聞いて良いかしら」
どうやら全然予測してなかったんだろう、普段からクールな咲夜でさえ一瞬目を丸くした。
「メイド長の作るケーキと紅茶に永遠の愛を誓うぜ、そんな訳で今後ともよろしく」
それだけ言って、さっさと指輪を押し付ける。
「えー! 魔理沙、それずるいー!」
真っ先に反論があがったのはフランからだった。ぶーぶーと文句が出るが、まあしょうがないわな。
「……ばかぁ」
こらチルノ、頼むから頬膨らませて、そういう台詞を小声で言うな。聞かされるこっちが恥ずかしい。
パチュリーは大きく息をはいて、椅子に座りなおす。その様は普段と変わらず、さっきまでの雰囲気は既に無かった。やっぱりただの気のせいだったのか?
「…………」
そしてアリスは、何故か悲しそうに私を見ていた。
「……なんだよ、まさか欲しかったのかアリス?」
「そんな訳ないでしょ。ただ、ちょと思う所があるだけ」
いつもの如く怒鳴ると思ったが、アリスの言葉に私は少々拍子抜けする。何を意味してるのか、ちょっと考えて見たが、検討がつかない。
だがアリスはそれ以上は特に何も言ってこなかったので、私はそれ以上突っ込むのをやめた。
「思ったより盛り上がらなかったわね、まあいいか。じゃあ第二幕と行こうかしら」
「ですわね、外もすっかり暗くなりましたし」
どうやらアレな行事は無事に終わったらしい。
おし、それじゃあ本番の花火大会と行きますか。席を立って、部屋の隅に置いてある私の箱を取りに行く。その時、軽い好奇心でちょっとケーキの土台の部分をすくって舐めてみる。
食う所じゃないってアリスは言ってたが、さてさて、どんな味なのやら……。
っておい、美味いぞ。
「おーい咲夜……これ、普通にさっき食った部分と味が変わらないんだが……」
「当然でしょ。お嬢様方が食べない部分だからって私が手を抜くわけ無いじゃない。偽者だと思ったら実は本物でした。手品の基本よ」
そう言う咲夜の顔は、クールな普段と違い珍しく微笑んでいた。
******
そしていよいよ本日のメインイベント。
誰が一番最初に花火を打ち上げるかに関しては多少一悶着あったが、結局籤引きでアリスからとなった。
「さてさて……アリスはどんなのを用意してるかね……」
準備に多少時間がかかるらしくアリスの細かい指示の下、上海達はちょこちょこと、自分の体と同じ位の大きさの花火を持って動き回っている。
「さあ行くわよ、上海点火しなさい!」
アリスの合図と共にボンボンと派手に打ちあがるは、橙、赤、緑、黄、紫などの、色とりどりの花火たちが夜空に次々と華を開いていく。
「随分とまた普通に来たな。綺麗なのは認めるが、でも流石に派手さに欠けるぜ」
「これはただの前座よ。見てなさい魔理沙!」
そして、ひときわ大きな筒が同時に点火されると、弧を描くように星空をキャンバスに赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の七色が順に塗られていく。
そして出来上がったのは、夜空に輝く虹。
「わー……きれー」
チルノが空を見上げながら呟く。
真昼のオーロラと並んで夜の虹ってのは本来ありえないもんだが、それを花火で表現しようというアリスの発想力は、七色魔法馬鹿の名にふさわしいもんだろう。
「確かになぁ。アリスにしては上出来だぜ……おろ」
珍しくアリスのやる事に感心した私だったが、その側から虹はあっという間に光の粒になって消え去った。
「ぶー! 消えるのはやいぞ、こらー!」
フランから抗議の声があがる。確かにフランの言うとおり、ものの3秒しか持たないんじゃぁ感慨にふける時間も無い。花火だから消えるのは当然にしても、短すぎだろ。
「おーいアリス、せめて10秒くらい持たせろよ」
「し、仕方が無いじゃない! これでも頑張って引き伸ばしたのよ! 大体ね、火薬なんて面倒な物を混ぜた上で七色同時に、全くずれない魔法成立させるのがどれだけ難しいと思って……」
まあ難しいとは思う。私じゃ間違いなく無理だろうな、あんな器用な真似。
「へいへい。さて、じゃあ私の番だな。準備は至ってシンプル、先っちょに火をつけるだけだぜ」
一瞬で終わる説明をした後、私は箱の中に100本近くぎっしり詰めこんだ花火の1本を取り出して火をつける。
少しして、バシュッという音とともに白い光が空に打ちあがり弾けて消えた。次々と光の玉が打ちあがり、そして十発も打つと終わる。
まあよーするに手持ち花火だ。
「わあ! 魔理沙、私もやりたいやりたい!」
「咲夜、私の分持ってきなさいな、5本くらい」
「はぁ……」
構造としては単純なもんだが効果は覿面。ただ見るだけの花火より、手に持って遊ぶ方が受けがいいに決まってる。ましてや主賓がフランだし。
「何よ、魔理沙こそ安直なただの手持ち花火じゃない」
「ちっちっち。そこが素人だな、アリス。悪いがこいつはただの手持ち花火じゃないぜ。普通の手持ち花火は十発だったら十発小刻みに打つだけだが」
何の細工もしない物なんか間違っても私が作るわけがないだろ。
意地悪く笑って、私はアリスに花火の先を向ける。
「何発まとめて打つかは、イメージするだけで選べるんだぜ!」
そして一度に纏めてでかい光の玉……つーより、弾を放出する。アリスを掠めて派手な音を立てて後ろでぼーっと見ていた門番に命中した。
「いたい、地味に痛い、しかも熱いし! うわ服に火ついたー!!」
「という訳だ。ちなみに計算上は、50本くらい纏めて手に持って同時に発動させればマスタースパークと同じ位の破壊力は出るぜ?」
つっても、あまり重ねすぎると暴発してこっちが焦げるけどな。
「あ、あんたはー! 花火は人に向けるなってお母さんに教わらなかったの!?」
間一髪でかわしたアリスが顔を真っ赤にして叫ぶ。
「ん? 手持ち花火って人に向けて遊ぶもんだろ? 私が子供の頃は、大筒の花火だろうと人に向けて遊んだ事あるし。第一ほれ」
今の実演のおかげか、チルノとフランが花火の束を持って打ち合いを始めていた。ついでにレミリアも外見に似合わず……いや、とても似合って咲夜を追い掛け回している。
パチュリーだけは、地面に筒を挿して一発一発打ちあがる花火をぼんやりと眺めていたが……まあ、ああいう楽しみ方は例外だろうな。
呆れるアリスをよそ目に、半ば弾幕ごっこに近くなりつつあったが、ほどなく私が用意した花火があっさりつきて終了した。
「あー、面白かったー!」
「うー……全部避けられた……」
にこやかなフランとは対照的に、何故かチルノは不機嫌だったが、まあ理由は深く考えないでおく。
「さて。最後はパチェだ」
「……あまり期待しない方が良いわよ……花火なんて本でしか見た事無いから……」
眉根を寄せて、小さく溜息をつくパチェ。
とはいえ、色鮮やかなのはアリスがやったし、騒がしいのは私が全部やりつくした。さて、パチェはどんなので来るのやら。
そして小悪魔が運んできた筒は……ん? 随分でかい筒だけど、二本だけか?
「じゃあ……」
離れた所にある導火線に、パチェは魔法で火をつける。
腹のそこに大きく響くような音ともに、打ちあがる花火。
そして、光がまるで柳のように拡散しながら広がってさーっと消えていく。
「…………」
いや。綺麗だと思うぜ。所謂『しだれ柳』って奴だろう。
しかし何と言うか……。
「渋いな」
「渋いわね」
「渋すぎよパチェ」
三人が同じ台詞でつっこんだ。ちなみにチルノは目をぱちくりさせている。フランは大欠伸。
何故か咲夜だけが感慨深げに夜空を見上げていた。あいつも実は、こういう趣味かよ。
「パチュリー様、やっぱり受けは悪いみたいですけど……」
困ったように小悪魔は頬を掻いていた。
受けが悪いって訳じゃないんだが……パチェ、随分と渋い趣味してるんだなぁと思っただけで。百年以上の年は伊達じゃないって事か。
「これが無かったら、花火って言わないじゃない……」
どうやら本格的にこういうのが好きらしい。
私達の反応にパチェは一人いじけていた。
「別に悪いって訳じゃないさ。ほらそれに、もう一本あるだろ。それ行こうぜ」
「…………良いけど。今度はどうせ、地味って言うんだわ……」
ジト目でパチェは一度咳払いをした後に点火する。今度は派手な音は一切せず、オレンジ色した大きな玉が上がった。そして、それが空中で止まる。
1秒、2秒、3秒。
「おい何も起こらんぞパチェ。不発か?」
「あ……魔理沙見て、ちょっと変わったよ……」
何も起こらず一度花火から目をきった直後、チルノが私の肩を叩く。
言われるままにもう一度夜空を見上げると、小さな火花がかすかに散っている。
ほどなくそれは、大きな火花となってパチパチと小さな音を立てながら輝いては消え輝いては消え……って……これってもしかして。
私がそう思うと同時に、オレンジの火の玉は火花を散らしながら力を失ったかのように地面に振ってくる。ぐしゃ、と鈍い音がした。そして、それきり何もおきない。
どうみても巨大な線香花火だった。
「地味だ」
「地味ね」
「地味すぎ」
またも見事に重なる。つーかこれ以外の何を言えと。
「ほっといて……」
「あー、ほら皆さん。やっぱり線香花火は小さい方が良いと思いませんか? パチュリー様、こっちも用意してますので」
小悪魔が笑顔で線香花火の束を差し出す。
かくて最後は、地味に線香花火で締める事になった。
「ふぁあああー。……お姉さま、ねむいー」
「しょうがないわね。咲夜、お願い」
最初は私と同じで何本も纏めて線香花火を楽しんでいたフランだったが(線香花火の正しい楽しみ方って、やっぱこうだよな)退屈で眠くなったんだろう。
船を漕ぎ出したフランを咲夜が背負う。
「……きれいだけど、なんかさびしいね、これ……」
「ん、そうか? 派手にパパパーッと光って落ちるだろ。何気に私は結構好きだぜ、こういうの。私もこういう生き方をしたいもんだ」
一瞬輝いて、さっと消えていく花火が私は好きだ。ダラダラと続くよりも、流れ星のように輝いて消える、そんな人生を送りたいと私は常々思っている。
つい私の本音をぽろっと漏らしたのだが、私はすぐにハッとなった。
やばい! こんな事チルノの前で言ったらどうなるか分かるだろ、気づけよ自分! 慌ててフォローしようとするが、時既に遅し。チルノはじわ……と目に涙をためていた。
うわ、バカやめろチルノ!
「そんなのやだ……魔理沙、ずっと側にいてくれないとやだよ……」
ひしっとチルノが私に抱きついてくる。
来ると思ったカウンターが、唸りを上げて飛んで来た。予想してたコースだったにも関わらず、見事にガード不可能、もろに直撃だった。
「バカ、チルノやめろ恥ずかしい! わかった、私が間違ってたよ!」
「……夏だからって、そこまで熱いのはどうかと思うんだけど」
うろたえまくる私を、アリスが強烈なジト目で眺めていた。
「やかましい、つかお前はさっさと帰れー!」
しっしっ、とアリスに向けて手を振る。
「そうするわ。やる事も終わったし、私は帰る。魔理沙は帰るの、帰らないの?」
もっとおちょくられると思っていたが、あっさりと同意されて私は軽く驚いた。
「いい加減夜も遅いし、ついでだから私は泊まっていくぜ」
「あっそ。悪魔の館に泊まるなんて、酔狂な人間よねあなた。帰れなくなってもしらないわよ」
「そういうのは物語の中だけさ。おいチルノ、だから恥ずかしいって……」
チルノを引き離すのに苦労する私を見て、アリスは『見てらんないわ』と手を振って上海を肩に乗せて宙に浮かぶ。その時、一度だけアリスはこっちを振り返った。
が、すぐに前に向き直ると、今度こそ飛び去っていった。
******
その後、どうにかチルノを落ち着かせ、花火も全て無事に終わった事だしさあ戻ろうか……という事になる。
その時、私の側をレミリアが通りがかった。チルノは少し離れた場所で星を見ているので、側には誰もいない。
前々から疑問に思っていたことを、私はレミリアにぶつけてみた。
「なあ、レミリア」
「なに? 呼んでみただけ、とかじゃないでしょうね。それともさっきのゲームのあれ、実は本気で『咲夜を私にくれ?』って? あげないわよ、咲夜は私の物」
茶化すレミリアには構わず、私は話を続ける。
「勘に触ったら謝る。ただ……なんでお前、フランを幽閉なんかしたんだ? こう言っちゃ何だが、問題そこまであるようには私には見えないんだが……」
それは前々から私が思っていた事だった。
そりゃちょっと力は強烈だし、ちょっと発言もアレだったりするが、楽しそうに遊ぶフランの姿を見ていると、やりすぎじゃなかったのか……と、私は前々から思っていた。
正直、良く知りもしないで何を言ってるんだ、と怒鳴られる……場合によっちゃ弾幕も覚悟して聞いてみたが、レミリアは小さく息をはいただけだった。
「そりゃあ……今、目に見える光景だけならね。でも」
そこで一度区切り、レミリアは一度月をちらと眺めた。
「フランが何を考えてるのかは私にも良く分からない。笑っていても本当に楽しいのか、泣いていても本当に悲しいのかさえ。お姉さまと言って私に懐いてくる時もあれば、小馬鹿にしてお前呼ばわりすることも多々ある。……数十年口も聞いてくれない、誰とも喋りもしないなんて時もあった」
これ以上は言わなくても察しろ、と言わんばかりにレミリアは肩を竦めた。
「いや、しかし……」
「今日フランは笑っていた。楽しんでいた。嬉しそうだった。……表面的にはそうね。でも、それが本当に真実なのかどうか、それこそ笑ってくれて構わんけど、私には全く自信が無い。あの子が何を考えているのか、私は姉のくせにほとんど分からない」
レミリアは自嘲するかのように笑う。
そうレミリアに思わせるまで、これまでに一体何があったのか……私は聞けなかった。
だが、そんな暗い雰囲気を一変させるかのように、レミリアはうーん、と大きく伸びをする。
「でもま、ただ少なくとも妹はあんたには心を開いてると思うよ、それは多分間違いない。姉として妹をよろしく頼むわ……あーあーあー、くそ似合わないこと喋ったよ。咲夜ー! 今日は風呂入るわ、支度やっといて!」
「ん? 吸血鬼は流水ダメなんじゃないのか?」
「流れてないじゃない、そもそもお湯だから無問題」
ひらひらと手を振って空に飛び上がると、レミリアはそのまま屋敷の中に引っ込んだ。
「魔理沙、なに話してたの?」
少し遠くで星を見上げていたチルノが、そっと私の側に寄ってくる。
「ん。このあと風呂にでも入るかって話さ、ついでだから私も入らせて貰うか。どうだチルノも私と一緒に入……いや悪い、チルノは無理だよな」
つい気軽に言ったが、考えてみたら氷精が湯の風呂になんて入れる訳が無い。だが、そんな私の考えとは裏腹に、チルノは真剣にうんうんと悩みだす。
「……が、我慢すれば大丈夫だよ、きっと……!」
そしてチルノから出てきた言葉はアレの極みだった。
冗談でもあまり笑えないが、チルノの事だからどこまでも本気なんだろう。ったく……。
「ダメに決まってるだろ、そもそも風呂は我慢して入るもんじゃない」
迷わず1秒で私は却下する。
どう考えたって我慢で済む所の騒ぎじゃない、風呂はいるのに命かけてどーするよ。
「チルノは部屋でゆっくりしてろよ、どうせ今日は泊まりだからな」
しゅんと俯くチルノの頭を軽く撫で、私は風呂場へ向かう。
星が綺麗だなと、私は夜空を見て思った。
てか魔理沙、羨まし過ぎる。