Coolier - 新生・東方創想話

ドクダミハザード4

2006/11/04 22:57:38
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『ドクダミハザード4-REBUILD OF D.PHANTASIA-』


藍は足を引きずりながら必死にイナバから逃げ回っていた。先ほど遠くに感じた主の気配へ向かって。

「……ゆか……様……」

藍の背中が焼け焦げている……飛んで逃げている最中に、運悪く魔理沙の流れ弾に当たってしまったからだ。
まだ辛うじてイナバに捕まらない速度は維持できているが、先ほどから追いかけてくるイナバの数は増える一方。

「いったい何匹の、ウサギを飼っている、よ、この屋敷は……」

紫の気配を見つけられたのは良いが意識がぼやけてすぐに見失ってしまったし、前方でもイナバがのろのろ歩き回っている。
先ほど一回捕まってしまったのだが、服をむしられたり顔を舐められたり、唇を狙われたりした。
その度に臭いが染み付き、意識が不鮮明になっていくのがわかった。

「わたし、も……あ、なってしまうのか……?」

舌が上手く回らない……臭いがよくわからなくなってきた……喉が渇く。
膨れ上がる魔力は熱となって藍の全身を過剰に加熱した。全身を気だるさが取り巻き、背中の痛みも鈍ってきている。
何度も言うが普通のドクダミでこうはならない、変なことをした永琳が全て悪い。

「うっ……!?」
「でぃー、ちょうらいー」
「ぐ、くっ……っるな!!」

倒れていると思ったイナバの横を通ったとき、藍は足を掴まれて地面に倒れこんでしまった。
力の入らない足でイナバを蹴り飛ばし、四つん這いのまま必死に距離をとる。イナバはすぐに起き上がり、這いずって再び接近してきた。
しかし藍は急ぐあまりに足がもつれて倒れこんだ上、四肢に力が入らないせいでうまく立ち上がれない。

「ふぅ、ふぅ……くる、なぁっ!!」
「でぃー……」
「うわあああああ!! くさいーっ!!」

藍はイナバに組み敷かれ、顔を舐められる。ぺたぺたと顔にくっつく耳がこそばゆい。
必死の抵抗を試みるのだが、藍自身もかなり暴走が進んでおり体が言うことを聞いてくれない。
舐められているうちに体の力が抜けていく、どうでも良くなっていく……もういっそ、身を委ねてしまった方が楽なのではないか。

(紫様……申し訳ありません……不甲斐ない藍をお許しください……)

諦めた藍が抵抗をやめた、そのとき。

「ラァーン!! こんなところに居たのね!!」
「……かり……さま……?」
「このウサギったら!! 私の藍になんて事をしているの!? 許さないわ!!」
「でぃーっ!?」

紫は藍覆いかぶさっていたイナバの首根っこを掴むと、それを片手で遠くへブン投げた。とてもパワフルだった。
そして息も絶え絶えな藍の横にしゃがみ込み、優しく抱き起こす。

「おまち……しておりま……た」
「うぅ……藍、こんなあられもない姿になって……もう少し救出が早ければ……」
「ゆかり……ま」

しがみついてくる藍の力が弱々しい……もう少し手際よく事を進めていれば、藍はこんなことにならなかったものを。
舐めまくられた顔はてかてかと鈍く光り、その服は無残に引きちぎられ、大事な部分がなんとか隠れている程度……。
紫はその場で藍の修復を開始した。これからの最終決戦、藍の力も必要になるはずだ。

「紫さま……あたたかいです……」
「舌が回るようになってきたわね……私が来たからには安心なさい、藍」
「ですが……わたしの事はいいのです、周りを見てください、取り囲まれて……」
「大丈夫よ……大丈夫」
「でぃーちょうだいー!!」
「……仕方ないわね、少し待っていなさい、藍」

紫の背中のタンクに反応して目の色の変わったイナバ達は、タンクにしがみついて手のひらでバンバンをそれを叩く。
藍をそっと寝かせると、紫は怒りを露にして周囲を見回した。真っ暗な廊下の中に無数の赤い瞳が爛々と輝き、蠢いている。

「一網打尽にしてあげるわ、二重黒死蝶!!」

前方にいる全てのイナバを攻撃する紫のスペルカード。広範囲に強力な弾幕が展開される。
素早く動けないばかりか、回避行動も行わないイナバ達はいくつもの弾に被弾し、くの字に折れて後方へ吹き飛んだ。

「さぁ逃げるわよ藍」
「い、いけません紫様……奴ら、原理は不明ですが弾幕に強い耐性を持っています……私も同じ事をしましたが、すぐに復活して……」
「なんですって?」

確かに藍の言うとおりであった。吹き飛ばされたイナバ達は特に変わりなく、緩慢な動作で起き上がって紫へと向かってくる。
まるで土砂のようにドロドロと無表情で迫り来るイナバ達……垂れ流しになっている妖気が弾幕の威力を軽減してしまうのだ。

「下手に弾幕を使うよりも物理的な攻撃の方が効果的なようです……」
「はぁ……全く厄介ね、運動はあまり好きではないのに」

紫は肩を大きく回し、息を吸い込んでイナバの方へ駆け出していった。
普段のんびりとしている割には意外にも体さばきは流麗で、手刀や蹴りでイナバ達を蹴散らしていく。

「紫様ぁーっ!!」
「はっ、藍!?」

藍が数匹のイナバに捕らえられ、連れ去られかけている。悲痛な面持ちで紫に助けを求めている。
体が思うように動けばこんな下級妖怪、物の数ではないのに……主を守ることもできず、逆に頼りきりで藍は悔しかった。

「藍を離しなさい!!」
「でぃーちょうだいー、うぅっ!!」
「紫様……申し訳ございません……」
「気にしないで藍……」

藍を拉致しようとしていたイナバを掴んで放り投げ。なんとか救い出したは良いものの……イナバの数は一向に減らない。
スキマを通って逃げるのは簡単だが、藍をここまでいたぶった仕返しもしたい……なんとか一気に全滅させられないものか。

「紫様、何か大きな武器があれば奴らを一息に全滅させられると思います……」
「武器……ステキステッキは置いてきてしまったの、迂闊だったわ……」
「でぃーっ」
「ああ、丁度良いわ……貴女武器になりなさい」

紫はタンクにしがみついていたイナバに足払いをかけて転ばせ、その両足を腋に抱え込む。
足を掴まれたイナバは混乱気味に、その両腕でぱたぱたと床を叩いている。
そしてある程度周囲のイナバが近寄ってきたタイミングを見計らい、紫は捕まえたイナバを荒々しく振り回した。

「即興スペル『ウサギと武器の境界』よ!!」
「でぃーっ!!」
「でっ、でぃ……っ!!」
「まとめて駆除してあげるわ!!」

イナバとイナバがぶつかり合い、吹き飛んだイナバが後ろのイナバに激突し……紫達を取り囲んでいた大量のイナバは瞬く間に減っていった。
最後に紫は捕まえていたイナバを遠くへ放り投げ、イナバ駆除を完了した。
しかしこの技をスペルカードと呼ぶのは、単なる頭突きをスペルカードと決め付ける永琳の発想と酷似している。
やはり二人ともどことなく似たところがある。

「ふぅ……とんだ道草だわ。さあ藍、スキマを通って外に出ましょう、ここは空気が悪すぎる」
「はい……!」

藍はいくらか調子を取り戻し、スキマをくぐる紫の後を追う……しかし背中に背負っているあのタンクは何だろうか。
妙に嫌な予感がした、多分あれが今回の事件最大の問題になるであろうという予感。巫女服も意味不明だ。
このご主人様、しょっちゅうエキセントリックなことをするからなぁ……そんな不安を抱いたまま、藍もスキマへと身を投じた。



「アステロイドベルト!! 宇宙船イナバ号、衝突事故で航行失敗だぜ!!」
「なんのぉっ!!」

魔理沙と鈴仙は徐々に高度を下げつつ、激しい弾幕戦を繰り広げていた。
最初戦ったときとは少し状況が違い、今度は魔理沙が押している。魔理沙は鈴仙の狂気光線を完全に封じていた。

「多角度からの攻撃は私だって得意なんだから!!」
「ほほーぅ? それなら突き抜けるだけのことだぜ」
「やってみなさいよ!!」

「幻朧月睨(ルナティックレッドアイズ)」……鈴仙がウドンゲウドンゲ呼ばれる腹いせに変な名前を付けたラストワードだ。
Dで魔力増幅された鈴仙のラストワードは、動く壁のように魔理沙を押しつぶしにかかった。

「こんなもの防ぐまでもないな!! マスター号!! レールになれ!!」

マスター号が真ん中から分離し、魔理沙の両足に張り付いた。
これは紫戦で最初に使ったあの特攻技、ブレイジングスーパーノヴァの予備動作である。

「お前のスペルは一発一発が軽すぎて致命傷を与えられないんだよ!! 見せてやるぜ一撃必殺!!」
「……もっと狂わせてやるわ!!」
「そいつはもう効かないぜ、何度やれば理解するんだ?」

鈴仙がのけぞって両目に魔力を充填する。魔理沙の嗅覚を破壊した催眠光線。
これは先ほどからパワーアップした魔理沙の電磁障壁によって何度も防がれている。
一方では魔理沙の足元を固めるマスター号にも十分な電力が蓄積されていた。

「突き抜けろぉぉっ!!」
「狂いなさい!!」

魔理沙は攻撃を避けようともせず、力任せにそれらを弾き飛ばして鈴仙への体当たりを敢行する。
鈴仙の催眠光線は魔理沙を包む強磁界で削られ、捻じ曲げられ……最終的に電磁障壁に吸収されてしまった。
己自身が弾となった魔理沙は、自分の鼻にドクダミの臭いを染み付けた憎たらしい月兎に体ごと怒りをぶつける。

「きゃぁぁぁぁっ!!」
「そろそろ地上戦と行くか!?」

二人は一つの弾丸となって夜空を切り裂き、真下に構えている永遠亭へと一直線に落下していく。
鈴仙は姿勢を変えて逃れようにも、魔理沙の磁力によって強烈に引きつけられていて離れることができない。
このままでは、この勢いのまま地面に叩きつけられてしまう……。

「マスター号!! 待機しておけ!!」
「く、くぅぅぅ……万能箒……っ!!」

魔理沙に呼ばれたマスター号はレールの状態を解除して一つになり、魔理沙以上の速度で落下を開始する。
そしてすぐに魔理沙に追いつき、吸い込まれるようにその手に収まった。

「そろそろ地上が見えてきたな……このまま叩きつけられても無事なようなら、箒で折檻してやるから楽しみにしてろよ」
「そ、そうはいくもんか……私は……永遠亭のリーサルウェポンだもん!!」
「な……っ!?」
「目からの光線が届かないなら……拳から直接狂気を送り込む!!」

五体がバラバラにされそうな強烈な空気抵抗の中、鈴仙は震えるその拳に狂気の光を宿して魔理沙の眉間に叩き付けた。

「うぁぁぁぁっ!!」
「あっちに……いけぇっ!!」

鈴仙は魔理沙の腹部を蹴り押して、力技で距離をとった。
蹴られた魔理沙は失速し、両腕で頭を抱え込む。そしてマスター号に磁力で張り付いたまま、穴の空いた風船のような不規則な軌道で落下していった。
鈴仙は落下の速度を殺すために姿勢を持ち直して、地面に向かって思いっきり妖力を放射する。このまま落ちれば無事では済まない。

「うぐっ!!」

結局勢いを殺しきれないまま地面に衝突し、鈴仙は全身を強かに打ちつけた。
屋根や何かの上なら多少はダメージが軽減されたのだろうが、運悪く庭に落ちて呼吸困難に陥った。
遠くでは大きな爆発音、そして大地が揺れる。魔理沙が墜落した音だろうが、おそらく電磁障壁でダメージはゼロだろう。
しかし鈴仙が放った狂気の拳には確実な手ごたえがあった。体は無事でも精神はそうはいかないはずだ。

「はあっ!! はぁっ!! ……ッ!?」

呼吸もままならず、スーパーノヴァのダメージが残る鈴仙だったが、状況はそんな彼女を休ませてはくれなかった。
魔理沙の弾幕で穴だらけになった永遠亭の屋根。その上の空間が紙のように引き裂かれ、スキマを形成する。
そこから出てくる者と言えば決まっている。八雲紫、そしてその式神八雲藍である。
ここで鈴仙と魔理沙が戦っているのを知っているかのように紫は現れ、傍らにタンクを下ろすと……半月を背景に不気味に笑っている。

「ふふふ、よくも散々弄んでくれたじゃないの……」
「紫様……そろそろあれの中身を教えてはいただけませんか?」
「すぐにわかるわよ、焦ってはダメ」
「だ、脱走して……いたなんて……」
「いかに貴女がパワーアップしたとて、あの程度の狂気でこの私を獲れると思ったの? 少し侮りすぎだわ」

鈴仙は立ち上がり、全身の土を払う。まだ呼吸が整っていないがこいつらは間違いなく敵……休んではいられない。

「魔理沙はどこに行ったの?」
「残念ながら、はぁっ……私がやっつけたわよ、そこらでのびてるんじゃないの?」
「……なんてことをしてくれたのよ? 見なさいよこの藍の尻尾を、これは魔理沙がやったのよ?」
「ほ……ほっとけば生えるじゃない、そんなの」

こんな連中と同じ次元で戦いをしてたかと思うと鈴仙は悲しくなる。なので心底蔑んだ目を紫に向けた。

「いくらでも替えの効く貴女の付け耳と一緒にしないで!! 天然モノは偉大なの!!」
「つ、付け耳じゃないもん!!」
「嘘をついても無駄よ!! 前にもぎ取った貴女の耳、私の部屋に飾ってあるもの!!」
「く……なんて悪趣味な!!」

確かにそれでは言い逃れのしようがない。鈴仙が付け耳であることをこれ以上隠し通す術は無かった。
しかしそれだと自前の耳は一体どこに生えているのだろうか、それだけは月のウサギにしかわからないミステリー。
付け耳であると気付かれて、鈴仙の目付きはさらに険しくなっていった。紫を生きて帰すわけにはいかない。

「とにかく……さっさと貴女を片付けて、魔理沙を探して嫌がらせをしないと私の気が済まないの」
「片付ける……? 多少のダメージはあるけど、だからって今の私はあんたらなんかに負けないわ」
「これを見てもまだ言えるのかしら? この中には……貴女達が望んでいた、最高のプレゼントが入っている……」

そういえば耳のことを言われて忘れていたが、紫が背負っていた大きなタンク、あれはDタンクだ。
Dが入っているところしか見たことがないが……人一人ぐらい収まってもおかしくないような……。

「ほら……彼女が目を覚ましたみたいよ……聞きなさい、この音……」
「紫様、まさか……!?」

Dタンクが内側から強打されている、何度も何度も。その度に鈍い音が響き渡り、周辺の全員を恐怖させる。
それはドクダ巫女の産声。タンクがその打撃で引き伸ばされ、外から見ると拳が浮かび上がってくる様子がよくわかる。
ドゴン、とひときわ大きな音が鳴り、今度は頭の形が浮かび上がった。

「あんた……もうドクダ巫女を復活させたっていうの!? 早すぎるわよ!!」
「貴女達がおかしくしてしまった幻想郷……修復するのは博麗の巫女しかいないと思わない?」
「自分が何をしたかわかっているの!? とんでもないっ、とんでもないことになるわよ!!」
「ふふふふ……元はと言えば貴女達が復讐など目論んだせいじゃないの、その報いは貴女達のものとすべきよ」
「師匠、私はどうすれば……私は、霊夢に勝てるでしょうか?」

ついに霊夢の貫手がタンクを貫き、内側から噴出すDと共に外気へとさらされる。
そしてそのまま頭上に思い切り突き上げた霊夢の拳が、強固に縛られた縄もろともにタンクの蓋を殴り飛ばした。

「なんで……なんで皆ドクダミを使って私に嫌がらせするのよぉぉぉぉ!!」

タンクのふちを両手で掴んだ霊夢は、まるでそれを紙袋のように簡単に引き裂いた。
D漬けにされて緑に染色された巫女服はドクダ巫女カラーリング。冷静に考えればかなり可哀想である。
月明かりに照らされた、怒りに満ち満ちている霊夢の表情はどこか厳かで、巫女に相応しい神々しさを帯びていた。
その母胎のような役割を果たしたタンクを力づくで突き破る辺りは、どこかSFホラーっぽくもある。

「おはよう霊夢……あいつが犯人なのよ、私は悪くないです」
「……へぇ……」

紫は鈴仙を指差してニヤリとほくそ笑んだ。紫が勝手にやったことだというのに、全責任をなすりつけるつもりだ。
確かに最終的には鈴仙も含めた永遠亭の連中が霊夢をドクダミ漬けにしていたのだろうが。

「あと魔理沙も悪いです。そこら辺に転がってると思うから、適当に掘り起こして懲らしめておいて」
「……へぇ……」
「本当、どいつもこいつもろくなことを企まないわね、私と霊夢が居なかったら幻想郷は滅びてしまったかも」

紫は腕組みをしつつ苦笑し「やれやれ」と言った様子で首を横に振った。
とんでもない嘘をアドリブで吐けるのは、見ようによっては一つの才能だろう。嘘と真実の境界。

もちろん霊夢がそんなものに騙されるわけもないので、紫は才能が無かったということになる。

「言いたいことはまだある?」
「ん? もういいわ。ほら霊夢、その怒りを奴らにぶつけ……んぐっ!!」

あっさりと嘘がばれた紫はその細い首を容赦なく霊夢に締め上げられた、片手で。
霊夢はそれほど力むでもなく、自分より体の大きい紫を軽々と吊り上げたまま、指にさらなる力を込める。

「違うっ!! 貴女の相手はっ!! 私じゃないわっ!! んぐーっ!!」
「人の寝込み襲って、勝手に巫女服を着て、人のお払い棒で殴って、拉致して、ドクダミ茶に漬け込んだわよね?」

あれはドクダミ茶ではなく青汁である。霊夢は以前から青汁と茶の境界が曖昧らしい、お茶好きなくせに。
紫は首を絞められたまま左右に振り回され、霊夢の腕に手刀を入れたり蹴ってみたりするのだが、霊夢はまったく動じない。
逆に紫がそういった悪あがきをする度に霊夢の神経を逆撫でしてしまい、首にかかる圧力が強くなる。

「幻想郷の境まで飛んで行ってしまえ!!」
「きゃぁぁぁぁ!!」

霊夢は振りかぶり、まるでボールでも投げるように紫を夜空へと投げ飛ばした。もちろん片手で。
その身体はたっぷりとDを吸い込んで健康すぎるほど健康になっており、抜群の適性を誇る霊夢を超人へと変えていたのだ。

「ゆ、紫様ぁぁっ!! ……ハッ!?」
「藍……」
「あ、あう、あう……」

迂闊に大声を出したのが仇となって、霊夢の次なるターゲットは藍になってしまったようだ。
鈴仙はさっきから固唾を飲んで見守っている。どうせなら八雲一家は霊夢が片付けてくれた方が手間が省けて良い。
藍は腰を抜かしたまま這いずって霊夢から逃げようとする。だが霊夢は普通の歩行の動作ながら、すごい速度で回り込んでしまう。

「あのさぁ、藍……」
「な、なによっ」
「あんた、もう少しきちんと紫のこと監視してくれないかなぁ……?」
「そ、そんなこと言ったって、紫様は私よりずっと強いし……」
「説得するとか無いの? あんた何年あいつの式やってるの?」
「でも紫様はいつも寝ておられるし……っ!!」
「紫様紫様ってさぁ……九尾狐って言ったらそれだけで結構大物妖怪よ? いつまで女中やってんのよ」
「ほっといてくれーっ!!」

先ほど主人に頼りきってしまった矢先に、胸に突き刺さる辛い説教。藍はダムが決壊してしまったかのように大量の涙を流して泣き始めた。

「甘えを断ち切るには苦~いお薬が良いのよ。苦いお茶のおいしさがわかるようになるのも、大人になった証だと思うわ。
 藍、あんたは紫に甘えすぎているから、苦~いお薬をあげる……感謝なさい!!」

霊夢が引き裂いたタンクだったが、まだ底の方は器としての役割を果たしており、中には大量のDが残っていた。
霊夢はやっぱりそれを苦もなく片手で持ち上げると、ひっくり返して頭から藍に浴びせた。

「うわぁぁぁぁっ!! 臭ぁーーっ!!」
「飲め……飲むのよ!! 式神からの卒業よ!!」

無茶を言う霊夢。確かに今回の一件で藍は紫を頼りすぎた部分はあったかもしれないが、今はあまり関係ない。
もっともらしい正論を並べて相手を痛めつけることができるのも、やはり霊夢の常識はずれな強さの為せる業だった。
Dの残り汁を全身に浴びせられた藍は、その臭いから身を守るために意識を遮断、無意識の世界へと旅立った。
その寝顔は安らかであった。

「これで八雲一家は全滅……で、鈴仙。このドクダミ茶を量産したのはあんた達ってことで良いの?」
「……違うと言っても無駄だろうしね……ええ、私達がやったわ」
「そういえば永琳は? 逃げたって言うんじゃないでしょうね? 地の果てまでも追うけど」
「私も知らないわ、どこかに行ってしまったみたい……」

永琳に知恵を借りることができない以上……あまりにも時期尚早ではあるが、真正面から霊夢に挑むしかない。
魔理沙だって無事ではないだろうが、いつ復活して襲い掛かってくるとも知れない、予断は許されなかった。
鈴仙は恐怖心を噛み潰すように歯を食いしばり、勇気を逃がさぬように拳を強く握り締める。

「はぁ……」
「な、何よ? かかってきなさいよ」
「いやー……あんたも身の振り方考えた方が良いんじゃないの? こんなときに居ないなんて、随分身勝手な師匠じゃない」
「なっ……師匠のことを悪く言わないで!!」

確かに師匠は人付き合いが得意な方じゃない。けど本当は優しい人なんだ。鈴仙はそう思っている。
さっきだって最初は臭いって言って近寄らせてくれなかったけど、その後はくっついても嫌がらないで好きにさせてくれた。
今ここに居ないのだって、発作を起こしてどこかに行ってしまっているだけで、きっとすぐに正気に戻って助けに来てくれる。

そうとでも思い込んでいないと、目の前の霊夢の威圧感に押しつぶされてしまいそうだった。

『(目ぇ、目ぇに染みるわ!! キッツ!!)』などと永琳が思っていたことに気付いてなかった辺りは涙を誘う。
しかし永琳も普通に鈴仙を可愛がっているので、バッドエンディングにはならないはずだ。大丈夫だろう。

「……あれ? 怒ったから襲い掛かってくるかと思ったけど、違うの?」
「あ、いや……」
「なんかあんた見てると毒気抜かれる……報われないのよねなんか」
「し、失礼ね!!」
「だって実際私の事怖がってるでしょう今? ほら足震えてるわよ」
「え、えっ!?」

霊夢に指摘され、慌てて自分の足を確認する鈴仙。震えてたらわかるはずなのに、それすら気付かないほど怯えていたのだろうか。
しかし足はまったく震えていない。襲い掛かるのは躊躇しているが、それは単にタイミングを掴めないだけだと思っている。

「え、何? 震えてないけど……ハッ!?」
「わかりやすぅ……逆にしらけるわ、なんか……あーぁ」
「く、くうっ!!」

霊夢はカマをかけただけだったのだが、見事なまでに完璧な反応をした鈴仙を見て戦意喪失したらしい。
大あくびをしたかと思うと、屋根の上に寝転がって気だるそうに星を眺め始めた。横には異臭を放つ藍が安らかに眠っている。

「ほらさっさと永琳呼んできなさいよ」
「バカにして……っ!!」

鈴仙は少しカッとなって飛び上がり屋根の上に着陸すると、霊夢の横にしゃがんで睨みつける。
霊夢は一切動じることなく、眠そうな目で鈴仙の顔を見ていた。狂気の瞳をいつ使われるかわからないのに大した度胸である。

「……パンツ丸見えよ」
「は、はぁっ!? ……あ……」

霊夢の角度からでは鈴仙のスカートの中はどうやったって覗けない……鈴仙はまた霊夢にからかわれただけだったと気付く。
そんな鈴仙を見て寝転がったままの霊夢は鈴仙を嘲笑している。鈴仙の顔は見る見るうちに真っ赤に染まった。
悔しさがこみ上げてきた鈴仙は握りこぶしを霊夢の頭上に振り上げて、再度睨みつけた。

「な、殴るわよ!!」
「……やれば?」
「本当にやるわよ!!」
「はぁ~……」

鈴仙を見ていて自分まで情けなくなってきた霊夢は、困ったように目を閉じて大きな溜息をついた。
すぐ側では鈴仙が頬を膨らませ、目に涙を溜めて必死に霊夢を睨みつけている。
霊夢は突如目を見開き、大きく口を開けて鈴仙を怒鳴りつけた。

「やりたきゃやれって言ってんのよぉぉぉぉっ!!」
「ひぃぃぃぃっ!?」
「ほらぁ!! 殴りなさいよ!!」
「や、やぁっ!!」

霊夢の啖呵で完全に萎縮した鈴仙。霊夢はその腕を掴んで、無理矢理に握り拳を自分の頭へと叩きつける。
完全に役者が違う……一応形式的には攻めの側であるところの鈴仙が、霊夢の頭を殴りながら怯えて大泣きしている。
しかも霊夢が石頭らしく、逆にその拳にダメージを受けていた。

「いやっ!! 痛い!! 痛い!! 手が痛いぃーっ!!」
「あんた何のために出てきたのよ!! ヘタレイセン!!」
「へ、ヘタレじゃないもん!! うぁぁぁぁん!!」
「むぎゅっ、ヘタレッ!! ヘタレェーッ!!」

魔理沙などとは比較にならない程に巨大な霊夢の威圧感の前に、泣き喚く駄々っ子と化した鈴仙。
もう片方の手でも霊夢の顔を殴りつけるのだが、それは「ぽかぽか!」という擬音が発せられそうな情けない殴打だった。
現に霊夢は、たまに頬を歪められてちゃんと発声できなくなる程度で全然痛がっていない。

「あーつまんない、眠いし……どうせ仕返しでしょ? 返り討ちにしてやるからさっさと永琳を連れてきなさいよ」
「うぅーっ!!」
「あらご指名? 呼ばれて飛び出ちゃうわよ」
「うわっ!! びっくりした!!」
「し、師匠っ!! ししょーっ!!」

半月を眺めて呆けていた霊夢の視界に、突然永琳が出現した。
だらりと垂れた三つ編みが顔にかかって、霊夢は不愉快そうにそれをはね退ける。そして上半身を起こして永琳を睨みつけた。
鈴仙は永琳にしがみついて泣きじゃくっている、霊夢のことが相当怖かったのだろう。

「何してたんですかししょーっ!! うわぁぁぁん!!」
「ふふ、ごめんなさい……魔理沙の流れ弾に当たるまで正気に戻らなくてね……でもウドンゲ、お前が時間稼ぎしてくれたおかげで準備万端よ」
「準備……?」
「ええ……あ、そうそう、霊夢」
「なによ?」

鈴仙の肩を掴んで優しく離すと、永琳はツカツカと霊夢の前に歩いていく。そして太陽のように明るく微笑んだ。
普段薄ら笑いばかりしている永琳が、こんなにも屈託の無い笑顔をするとかえって不気味だった。
それを見た霊夢がぶるっと一つ身震いした次の瞬間……。

「オモイカネクラッシャァァァァ!!」
「痛ぁぁぁぁぁぁっ!!」
「よくもウドンゲを泣かせたわねぇっ!!」
「うぎっ!! うぐーっ!?」

間髪入れずに永琳の必殺頭突き。
さしものドクダ巫女も、月の頭脳の素晴らしい超重量で額をカチ割られてはたまらない。
屋根の上でもんどりうった後、庭に転げ落ちて呻き声を上げた。

永琳はそんな様子を普段の薄ら笑いで眺めながら、まだしゃくり上げている鈴仙の頭を撫でている。
霊夢は屋根からこぼれ落ちた後も額を押さえて足をばたつかせている。かなり痛いらしい。
可愛い弟子を泣かされた永琳は、その怒りで霊夢に対するトラウマを乗り越えたのだ。

「師匠! いきなりこんな怒らせたら……!!」
「大丈夫……頼もしい援軍を連れてきたのよ。ま、ほんとは魔理沙を倒そうと思って連れてきたのだけど」
「援軍……?」
「空を御覧なさい、ウドンゲ」
「……え、あれって……」
「地下室からタンクが一つ減ってるとは思ったけど、やっぱりこういう流れだったのね……丁度良いからここで決着よ」

半月に映る小さなシルエットが九つ、その頭にはまあるい耳が二つくっついている。
ゆっくりと降下してくるその顔、鈴仙には見覚えがある……ドクダミ絞り隊の面々だった。

「彼女達はドクダミ絞りの苦行を乗り越えることで、Dを受け入れるための器として完成されたのよ!!」
「きゅ、九人もですか!!」
「毒をもって毒を制す……ドクダ巫女を持ってドクダ巫女を制す!!」
「てゐ達……あ、あれは博麗の巫女服!?」
「そう、行きなさいドクダ巫女量産型!! 神祖ドクダ巫女を幻想郷の頂点から引きずり下ろすのよ!!」

巫女服を着せたところでイナバはイナバなのだが、そこら辺は気の持ちようだ。手にしているお払い棒は武器になる。
九人のイナバ達は、激痛にもがき苦しむ霊夢を取り囲むように着地し、手に握りしめたお払い棒のレプリカで袋叩きにし始めた。
霊夢は頭を抱え身を丸めて、状況がつかめないまま好き放題サンドバッグにされる。

「痛い! なによ……汚いわよ!! くぅぅぅぅぅ!!」
「あーはははははぁ! 良い格好よ霊夢……ほぉーらほら!! あんたの大好きなお払い棒の味はどうかしら!?」
「この声っ……てゐ!?」
「いつぞやはタンコブだらけになるまで殴ってくれたわよねえ!! 忘れてないんだから!!」
「く、くぅっ!! 痛っ……執念深いわねっ……」

九匹のイナバの中で一番嬉々として霊夢を折檻しているのはあのてゐだった。周りのイナバ達がドン引きするほどにサド。
凄まじい闘志と嗜虐性、永琳は最初から気の弱い鈴仙よりもてゐを強化するべきだったのではなかろうか。
ひとしきりお払い棒で殴った後は他のイナバの肩に乗って飛翔、霊夢にムーンサルトプレスを強行したりしている。

「うぐっ!!」
「皆! このままドクダ巫女にトドメを刺すわよ!!」
「ぐぐ、ぐ……うぅぅぁぁぁぁっ!!」
「ひっ!?」

怒りのボルテージが限界を突破し、飛び起きた霊夢は一番近くに居たイナバの頭を鷲掴みにした。
紫の首を折りかけ鈴仙の腕を掴んで離さなかったその握力が、万力の如くイナバの頭を強烈に締め上げる。

「痛たたたたたたた!! た、助けてーーーっっ!!」
「ふぅ、ふぅっ!! 安心なさい、今に地獄で会わせてあげるからぁ!!」
「はぅっ!?」

頭を掴んだままイナバを頭上へと掲げた霊夢は、もう片方の腕をイナバの大腿に絡めた。
そしてイナバの腰を後頭部に引っ掛けて固定し、乱暴に揺さぶる。

「みぎゃぁぁぁぁ!!」
「弾幕を使うまでもないわ!!」

弓なりになったイナバは、同時に襲い来る腰の痛みと頭の痛みに悲鳴を上げ、そのまま動かなくなった。
霊夢は口から泡を噴き始めたイナバを放り投げ、残りのイナバ達に凍るような視線を向けた。

「……ひとぉつ」
「ひるむなっ!! 怖いもの知らずの霊夢に恐怖という感情をたっぷり味わわせてやるのよ!!」
「てりゃぁぁぁぁぁ!!」
「わ、わぁっ!?」

次なるターゲットに選ばれた不運なイナバは霊夢に肩を掴まれ、もみ合いながら庭にある池に沈めこまれた。
霊夢はイナバ達と違ってお払い棒を持っていなかったので、懐から握り拳大の陰陽玉を取り出す。
押さえつけられたイナバは水面に上がることも許されない。
そしてのしかかった霊夢は陰陽玉を飛び道具ではなく鈍器として使用するつもりだ。

「ごぼぼぼぼぼっ!!」
「りゃぁぁぁぁっ!!」
「ごぼばっ!?」

振り上げた陰陽玉でイナバの頭に強烈な一撃を見舞った霊夢。
イナバは水面から出した手をぴくぴくと痙攣させ、霊夢の腕が離されると同時に、巨大なタンコブをぷかりと水面から覗かせた。
霊夢の下半身は池の中に浸かったまま。振り返るドクダ巫女の瞳は宵闇の中で陽炎のように揺らめいている。

「くっ、強い……一瞬で二人も葬り去るなんて……ウドンゲ、私達も加わるわよ!!」
「は、はい師匠!!」
「お払い棒を用意しておいてくれるなんて、随分気が利くじゃないの……」

池に浮かぶイナバのお払い棒を手にした霊夢。その表情は自信に満ち溢れ、威圧感と体臭を増幅させる。
永琳は嗅覚麻痺、その他の鈴仙やてゐ含めたイナバ全員は自身もとても臭くなっているため、霊夢の臭いはさほど気にならない。
しかしお互いの弾幕はその臭気を突破することができず、必然的に肉弾戦を要求される。
鬼のような腕力の霊夢にお払い棒……それがどれだけ深刻な状況かは、タンコブだらけにされた者にしか知りえない。

「し、しまった!! 鬼に金棒、霊夢にお払い棒、よ!! 皆警戒しなさい!!」
「もう遅いのよ……てぇりゃぁぁぁぁ!!」
「わあああっ!!」

残像を描きながら、霊夢は一人のイナバにお払い棒を振り下ろす。狙われたイナバは反応できずにその直撃を受けるかに見えた……。
しかしてゐが同じぐらいの速度でその前に立ち塞がり、自分のお払い棒で霊夢の一撃を受け止める。
霊夢とてゐは腕を震わせて、お払い棒による鍔迫り合い、辺りには両者の気が火花のようにほとばしった。

「くぅぅぅぅっ!! やるじゃないのあんた!!」
「これ以上兵隊を減らされるわけにはいかないのよぉっ!!」
「ふ、ふふふ……あんた陰陽玉持ってる?」
「うっ!?」

霊夢の巫女服の脇部分が僅かに蠢く……てゐがそれに気付いたときには、そこからビー玉サイズの陰陽玉がいくつも発射されていた。
陰陽玉はとても硬くて痛い。どこに隠しているのか、霊夢は戦闘の中で大量に使用する。お払い棒に次ぐ霊夢の必殺武器。
固まって飛んできた無数の陰陽玉はてゐのドクダミ結界を貫き、全弾顔面に命中した。
その衝撃でてゐの体が宙に浮かび上がる、しかしそれでも霊夢の攻撃は止まない。

これは脅威である、イナバ達の弾幕は霊夢に通用しないだろうが、霊夢の陰陽玉はイナバ達の臭気を突破できるらしい。

「もういっちょっ!!」
「んぎゃっ!! むぅぅぅぅっ!!」

オモイカネクラッシャーを食らったときの霊夢のように、てゐも顔面を押さえて地面を転げまわる。
イナバ達のリーダーだけあってその耐久力は群を抜いているが、二度も霊夢の攻撃をモロに食らったのではたまらない。
それでも指の隙間から真っ赤な瞳が恨み一杯に霊夢を睨みつけている……このままでは終わらないと、業火のように燃えている。

「あんたが一番ゾッとするわね……その執念深さ、魔理沙に近いものがあるわ……このままトドメを刺す!!」
「てゐをやらせてはいけないわ!! 皆一斉攻撃よ!!」
「……陰陽玉で一網打尽にしてやる!! くらえっ!!」
「皆、私の陰に隠れなさい!! 伊達に蓬莱人じゃないってことを見せてあげるわ!!」

永琳がイナバ達の先頭に立ち、霊夢が絶え間無く撒き散らす陰陽玉をその一身に受けた。
ダメージを和らげるべく展開している永琳の結界は、霊夢の強力な陰陽玉の前には紙も同然……。
目も開いていられない。しかし永琳は降りしきる陰陽玉の嵐を突っ切って、一歩一歩確実に霊夢の元へ踏み込んでいく。
霊夢に向かって延ばした永琳の腕がその鼻先に触れる、もう少し接近すればオモイカネクラッシャーの射程圏内だ。

「流石は永遠亭の副将……けど弾幕だけじゃない、お払い棒だけじゃない、陰陽玉だけじゃない!!」
「届いたっ!! 皆続きなさい!! オモイカネ……!!」
「そう結界、そして……結界の使い方、こうよっ!!」
「むぐっ!?」
「師匠っ!!」

永琳の目の前に無理矢理結界を張った霊夢は、そのままそれを押し付けて永琳を仰向けに倒れさせた。
そして永琳が起き上がる前にその体の上にまたがり、押し付けたままの結界でその全身に圧力をかける。
体重は大したことないのに霊夢の腕力が凄まじい。右手しか使っていないのに永琳の動きは完全に封じられていた。

「痛たたたたたたた!! し、死ぬぅぅぅぅっ!!」
「伊達に蓬莱人じゃないんでしょう!! 見せてもらわないとね!!」
「し、師匠を離せっ!!」
「あんたは修行不足!!」
「うぐっ!?」

永琳を助けようと飛び込んだ鈴仙は、霊夢が左手に握ったお払い棒を振り上げただけで吹き飛ばされてしまった。
しかし鈴仙もその程度では諦めない、接近戦がダメならば狂気の光線がある。
空中で姿勢を立て直した鈴仙は大きくのけぞって両目に魔力をためこみ、加速をつけるように頭を振り下ろして真紅の光線を放った。

「ひょいっと」
「な、なんで後ろ向いてるのに避けられるのよぉっ!!」

霊夢は見もせずに身をかがめて光線を回避した。しかも鈴仙を振り返ることもなく引き続き永琳の圧殺にかかる。
さっきのやり取りで完全に勝負付けが済んでいるらしく、霊夢は鈴仙を一切気にかけていなかった。

「あんたはそこらで震え上がってるウサギ達と一緒に見てなさいよ、永琳を倒した後に相手してあげるから」
「……これだけは使いたくなかったけど……」
「ん? ハッタリ?」
「つ、つぶっ、潰れっ……!!」
「師匠……こんな私でも……弟子と呼んでくれますか?」
「な、なにっ? 潰れるっ!!」

鈴仙はおもむろに両耳に手を掛けると……それを引っこ抜いて霊夢に投げつけた。
三日月のように反り返ったウサミミは銀色の鋭い刃となって弧を描き、霊夢へと襲い掛かる。
流石の霊夢もこれには驚き目を丸くした。それにその鋭さは生半可ではなく、かすっただけで霊夢の頬がザックリと切れてしまった。

「……ルナティックブーメラン!! リロード!! まだまだぁ!!」
「うわっ!?」
「ウドンゲ……」

鈴仙の頭にはすぐに次のウサミミが生えてきた。鈴仙は躊躇無くそれらを引っこ抜き、さらに霊夢へと投げつける。
その目には、必死の形相に不釣合いな悲しみの涙。永琳がこの耳を大好きなのを鈴仙は知っている。
それが偽物だと知れたとき、見る目が変わってしまうのではないかと思うと……涙が止まらなかった。

「耳の無いウドンゲも良いと思うわ!! 新鮮よ!!」

涙は無駄に終わった。

眼鏡っ娘がふとした瞬間に眼鏡を外したときに覚える、あの感覚と似ているのだろうか。
永琳は頬を紅潮させて喜んでいる、押しつぶされて痛いんじゃないのか。新たなる感動に身も心もリザレクション。

「こ、この変態師弟……!! とりあえず鬱陶しいあんたから押しつぶす!! ……はっ!?」

なかなかつかない決着に痺れを切らしたかのように、突如霊夢に向かって飛んでくる細長い物体。

それは目にも止まらぬ速さで闇夜を貫く、光の長槍。

霊夢は左手のお払い棒を投げ捨て、その飛行物体に対してもう一枚結界を張った……結界に進行を妨げられてその姿が露になる。
永琳も鈴仙もイナバ達も思わず硬直して息を飲む。まるでそれ自身が怒り狂っているかのように紫電を撒き散らすその姿は……。

「魔理沙の……箒!? きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

魔理沙の箒マスター号は結界を貫き、霊夢の眉間に直撃。そのまま感電した霊夢は大きく吹き飛ばされた。
遠くから小さな影が……暗闇の中でもかすかに輝く金色の髪を揺らしながら走ってくる。

「戻れマスター号!! ……霊夢ッ!! いつまでチンタラやってるんだ!! こんなウサギ物の数じゃないだろ!!」
「ま、魔理沙……やっぱり無事だったのね……全力の狂気を叩き込んだのに!!」
「あー? お前のは一発の威力が無いって言っただろ、ちょっとばかし悪い夢を見たが……かえって怒りのパワーが燃え上がってきたぜ!!」

そう吹いてはいるものの、魔理沙の目はもはや鈴仙と同じぐらい真っ赤だった。あちこち声が上ずっているし、体の動きもどこかおかしい。
さらにキノコを撫でていたためか、湧き立つ魔力は近くに居る者を金縛りにしてしまうのではないかと思うほどに攻撃的だ。
魔理沙はその手に戻ったマスター号を握り締め、周辺の状況を確認する。

「ひいふうみい……九人か、霊夢が目を覚ます前に片付けるとなると、一匹にそう長い時間はかけられないな」
「ウドンゲ、あの魔理沙は目がおかしいわ……何をするかわからない」
「おう永琳、お前の弟子が望んでやったことだろう、今更何言ってるんだ?」
「催眠術を解いてやりなさい……霊夢もこうなったら本気で来るわ……」
「だ、大丈夫ですか? 催眠を解いたって、記憶が無くなるわけじゃ……」
「魔力がこうも増大してる理由が不明なのよ……嫌な予感がする、早く決着をつけないと」
「自分の心配をしたらどうだ? 緊張感が無いぜお前ら」
「あんた達ィ!! そんな問答をしてる場合じゃないのよ!! イナバ隊!! ドクダ巫女にトドメを刺すわよ!!」
「りょ、了解しました因幡様!!」

少し離れたところで霊夢は仰向けに倒れ、眉間を押さえて暴れていた。ぼやける視界の中、半月に映る七つのシルエット。

「ぐぐぐぐ……今更だけど……それ私の巫女服じゃない……!! 紫と言い、なんでこう……!!」
「タラッター、タラッター、ウサギのダンスー」

てゐ達が霊夢の上空を、円を描きながら飛んでいる、歌を歌うのは連携攻撃のタイミングを合わせるためらしい。

「脱がせてやる……脱がせてやる脱がせてやる脱がせてやる脱がせてやる脱がせてやる……!!」

霊夢は憎々しげにイナバ達に手を伸ばす。『返せよそれ私の服じゃん。個性無くなるじゃん』そんな怒りを込めて。
だが一応永琳の手製だった。永琳は巫女服を手に入れるためだけに博麗神社に侵入するような度胸は無かった。

「タラッター……ってぇぇぇぇぇいっ!!」
「脱がせてや……ッ!?」

歌をある程度歌うと、イナバ達は霊夢に向かって一斉にお払い棒を投げつけた。
七本のお払い棒が続々と霊夢の身体にめり込む。その度に霊夢の身体が跳ね、食いしばった歯の隙間からくぐもった呻きが漏れた。
多少のダメージにはなったようだが、霊夢はガクガクと身を震わせながらゆっくりと立ち上がった。
イナバ達必殺の連携技も致命傷には至らない。

「ぐぅぅぅ……痛い……うぁぁぁぁぁ!!」
「こ、これだけやってまだあんなに元気なんて……あいつは不死身だって言うの!?」

霊夢は先ほど自分の身体にめり込んだお払い棒を五本拾い上げ、上空のイナバ達に投げつける。
紫を幻想郷の境まで投げ飛ばす程の肩力から放たれるお払い棒は空気摩擦で発火し、炎の矢となってイナバ達を狙う。
その狙いは極めて正確で、イナバ達は腹部にお払い棒を突き立てられて次々に撃墜されて行った。

「因幡さ……んぎゅぅっ!?」
「み、みんなぁーっ!?」
「因幡様、もう私達しか……」

五人のイナバが撃ち落され、ドクダ巫女量産型は残り二体……てゐと一人の下っ端イナバを残すのみとなった。
それを見上げながら、霊夢は転がっている残り二本のお払い棒を袴に突き刺す。さながら侍が腰に帯びた刀の様相。
そして振るった袖から飛び出す球体……握り拳大の陰陽玉を両手に掴んで、霊夢は身体を捻るように振りかぶった。

「あんたらにはこいつをくれてやるわ!!」
「因幡様っ……ぶっ!!」
「くぅっ!! あ、危ない……」

下っ端イナバの顔面に陰陽玉がめり込み、そのままへろへろと庭の植木の中へと墜落していった。
もう一つの陰陽玉はてゐを狙ったものだったが、てゐは驚くべき反射神経でそれをかわした。
その様子には流石の霊夢も狼狽を隠せない。

「なっ!? 私の分身魔球を避けるなんて……」
「分身なんかしてなかったじゃないの!!」
「う、うるさいわね……あんたもいい加減しつこいのよ!! だったらお払い棒で浄化するだけだわ!!」

飛び上がった霊夢の踏み込みは凄まじく、大地を振動させるほどだった。地面はぼっこりと窪んでしまっている。
てゐに迫りつつ袴から二本のお払い棒を引き抜く霊夢はお払い棒二刀流。対するてゐは何も武器が無い。万事休すか。

「てゐーっ!! これを使って!!」
「鈴仙……うわっ!! あぶなっ!!」

鈴仙が投げ付けてきたのは二つのルナティックブーメラン。てゐはそれを真剣白羽取りしてから、両手に構える。
目の前に迫る霊夢の業は妖夢顔負けの二天一流、しかしてゐも負けてはいない。
ルナティックブーメラン改め、ルナティックツインセイバーでその攻撃を全て弾き返していた。

「流石健康ウサギね……ドーさんの力をそこまで我が物にするとは!!」
「ふん……嬉しくないもんそんなの。鈴仙!! こいつは私が抑えるから魔理沙を!!」
「うん!」

鈴仙が魔理沙の方を向き直る。魔理沙は退屈な様子で眺めていたが、鈴仙の視線に気付いて箒を握る手に少し力を込めた。
両者の間に凍てついた空気が流れる。永琳は傷だらけの身体を引きずって、そっと鈴仙の肩に手を掛けた。
鈴仙は永琳を振り返ることはない。魔理沙から視線を離してはいけないような気がして……。

「何もかも異常だぜ。ドクダミ臭いお前らも、ドクダミ臭い霊夢も、そして私もな」
「随分と冷静じゃないの……私の攻撃、本当に通用しなかったの?」
「バカいえ、神経をあちこちやられておかしくなってるよ。魔力の方には変化無いけどな……そのぐらい見て判れ」
「ねえ魔理沙……まずいと思わない?」

突然割って入った永琳、魔理沙は目を細めて不快そうな視線を送る。
鈴仙の方は魔理沙とやり合う気十分といった様子だが、永琳だけが先ほどから別の話ばかりをする。
魔理沙にはその真意が理解できず「水を差すな」と不愉快そうな表情で訴えていた。

「何がそうまずいんだよ、さっきから言ってる事が意味不明だぜ、お前」
「ウドンゲ、やはり魔理沙の催眠を解きなさい……神経はぼろぼろだろうけど……」
「何故ですか?」
「予感としか言えないわ……けれど、催眠を解けば怒りもある程度治まるでしょうし、協力すれば霊夢もなんとかなるかもしれない」

遠くで霊夢とてゐの得物がぶつかり合う音がする。
ほぼ互角に戦えているのはすごいことだが、両者とも決定打を放てないでいるようだ。
ただただ無為に互いの武器を削るのみ、これでは埒が明かない。均衡を崩す要素が必要だ。
最初は空気を読めていない永琳に対して苛立ちさえ覚えた鈴仙だったが、よくよく考えれば永琳がそこまで鈍かろうはずもない。
何よりもその真剣な眼差しから……瞳を介して「予感」が伝わってくるような気がした。

「……わかりました、解きます」
「おい……ふざけるなよ! ここまで怒らせておいて、中途半端に終わらせるつもりか!!」
「ふざけてなんかいないわ、最初から私達の目的は霊夢の撃破……貴女はイレギュラーに過ぎない」
「させるか! 解除される前にスパイラルマスタースパークで撃ち抜く!!」

鈴仙が腕を振り上げた。そしてその腕が赤い魔力を纏っていく、これを打ち込めば正気に戻せるはずだ。
記憶を消せるわけではないから鈴仙への恨みは残るだろうが、催眠が解ければ霊夢の危険さの方が優先されるだろう。
鼻にかけた幻覚だって同時に取り除かれるのだから、その怒りは大分鎮まるはず……いや、鎮まってくれなければ困る。
全身が衰弱して踏ん張りがきかない魔理沙は、分離したマスター号を足に絡ませて支えとし、Sマスタースパークの構えを取った。

「もらった!! 痺れろ鈴仙!!」
「……させないわ」
「永琳……ッ!?」

鈴仙が飛び掛るか否か、その刹那……青白い龍のように鈴仙に襲い掛かったSマスタースパークは、永琳捨て身の特攻により阻止された。
全魔力を両手に集中した永琳は、それでSマスタースパークの軌道を僅かに捻じ曲げ、鈴仙を守ったのだ。
もちろん防ぎきれるわけもなく、軌道も若干ずれたに過ぎない。永琳は龍の顎に咥えられたまま夜空の星となった。

「ウドンゲェー!! 私が敷いたレールはこれで最後よ!! あとはお前の手でブッ!!」

一瞬の出来事だった。しかしその一瞬に鈴仙は電光石火の踏み込みで魔理沙との距離を詰める。
そして頭に直接魔力を叩き込み、魔理沙にかけた狂気を解除することに成功した。
催眠の解けた魔理沙はSマスタースパークの構えのまま呆然と立ち尽くしている。記憶が飛んだわけではない。
しかし急激に冷却された熱い感情は魔理沙の心にひずみを生み、それを穴埋めして正気を取り戻すのに苦労しているようだ。

少しすると、魔理沙の額が脂汗で湿る。遠くでてゐと激戦を繰り広げているドクダ巫女を見て、全身を震わせる。

「れ、霊夢……」
「魔理沙お願い、協力して……もう師匠も居ない、私達が力を合わせないと……」
「あ、あの霊夢怖ぁぁぁっ!!」
「そうよ、怖いんだから!! だから力を貸して……!!」

鈴仙への恨みなどとうに消えてしまったようだ。魔理沙は霊夢を見て顔を引きつらせ、自分で身体を抱いて震えている。
しかし直後に状況を理解した……あの霊夢をここで倒さなければ巻き込まれる。
鈴仙、てゐ、そして魔理沙の三人でこの状況を切り抜けなければいけない。
霊夢の相手をしているてゐの表情は、元気一杯な霊夢とは対照的に、疲労の色に汚れている。
額を汗で濡らし、防ぎきれなくなった攻撃が時折てゐの身体を打つ。その都度激痛が走り抜ける。
その均衡は両者のスタミナの差により崩れかけていた。もはやてゐは気力で粘っているに過ぎない。

「あら、もうバテてきたの? 永琳自慢のドクダ巫女量産型、随分とあっけないじゃない」
「ふ、ふふっ……あははははは!!」
「何よ……気でも触れた」

両者一時休戦。攻撃の手を休める。
てゐは肩で息をし、刃こぼれして鋸のようになったルナティックセイバーを握ったままの手で額をぬぐった。
大きく深呼吸。ルナティックセイバーを握りなおし、変わることのない不敵な眼差しで霊夢を睨む。

「私も、はぁ……ヤキが回ったもんだわ、あいつに華を持たせるなんて……ふんっ!」
「その発言、もう観念したってことで良いのかしら?」
「別に……切り札は鈴仙の手の内にある。年貢の納め時よ、ドクダ巫女」
「切り札……!?」

霊夢の視線の先には魔理沙と鈴仙が居た。二人であれこれと相談をしている。
先ほど食らった魔理沙の箒の威力は尋常ではなかった、結界を突き破ってなおあれだけの威力……侮れない。

「しまった……魔理沙を懐柔したわね!?」
「そうでもしないとあんたには勝てそうにないってことよ……誇りに思うのね」
「じゃあ、あんたをさっさと片付けなきゃいけないわ」

再び二人の剣戟が響き渡る。ほとばしる火花は読んで字の如く、闇夜に咲く花のよう。
霊夢に打たれた部位が黒いあざとなって体にぶら下がっている。重りのようなそのあざを引きずって、てゐは最後の戦いに臨んだ。
あとどれほどの時間を稼げるかはわからないが、その間に鈴仙と魔理沙が協力して打開策を打ち立てるのを待つしかない。

「所詮あんたは二番煎じなのよ!! 二番煎じのお茶は味が薄い!!」
「そんなこと知るもんか!! 勝った方が本物よ!!」

てゐの劣勢は誰が見ても明らかだった。焦って魔理沙の説得にかかる鈴仙だが、魔理沙はなかなか首を縦に振ってくれない。
単に霊夢が恐ろしいから攻撃を加えたくない、というわけではなさそうだった。どこか他のところに恐怖の原因があるらしい。

「魔理沙!! スパイラルマスタースパークがあるなら、スパイラルなファイナルとかファイナルマスターとかあるんでしょ!?」
「あ、ああ……やってやれないことはないぜ、相当な魔力を消耗するだろうけどな……」
「何で出し惜しみするのよ!? 霊夢さえ倒してしまえば全て終わるのよ!?」
「嫌な予感がするんだよ……私のこの力は、自力で身に付けたものじゃない、借り物なんだ……」
「私の力だってそうよ、霊夢だっててゐだってそうじゃない。何をそんなに恐れているの!?」
「ドクダミは身体に良いじゃないか! それに永琳の保証付きだ!! 後遺症は残らないんだろ!?」
「まさか……あんた、なんかヤバいものに手をつけたの?」
「ああ、そうだな、そんな感じだ……魔力を使いきったときどうなるかわからん……」

魔理沙の葛藤は手に取るように分かった。悔しいのだろう、借り物の力を得てさえ霊夢に出し抜かれている現状が。
霊夢がドクダミの力でパワーアップしている以上、魔理沙が他の何かの力を借りて戦ってもアンフェアではない。
そういったプライドはもういいのだ、問題は、その後自分がどうなるのかという恐怖。
ただでさえ一度自分に死の恐怖を味わわせたキノコ……それに酷似したキノコに力を借りている現状、不安極まりない。
怒り狂っている最中は後先のことなど考えられなかったが、正気に戻った今、キノコの力を思う存分使う気になれなかった。
元々紫に一回仕返ししたら、永琳にでも頼んでなんとかしようと思っていたものなのだ。
こうなってしまったのは成り行き……他ならぬ永琳達と一戦交えてしまったのがまずかった。

「そう……あんたがそんなんじゃ、確かに私から強く言うことはできないわね……」
「……」
「霊夢だって別に私達を殺したりはしないでしょうし……」
「……くぅ……」
「師匠やてゐの思いを無駄にするのは不本意だけど、しょうがないのかな……皆でドクダ巫女の嫌がらせを受けようか」
「く、くぅっ!!」

思いのほか優しい鈴仙の言葉が、かえって魔理沙の胸に鋭く突き刺さった。
当てつけのように受け取れなくもないが、その口調は優しくて……魔理沙は心底情けなかった。

それにしたって、嫌がらせを受けるかどうかの問題で真剣になりすぎである。

良い所、頭をタンコブだらけにされるか、ドクダミ漬けにされてしばらく体臭がとれなくなる程度なのだ。
その程度のことだから鈴仙が優しいのもそれほど不自然ではない。永琳やてゐ、その他のイナバ達は報われないが。
逆に魔理沙が喜び勇んでキノコの力を使って面倒なことになったら困る。そんなもんである。
それに鈴仙は既にドクダミ臭いので取り返しがつかない。負けるのは悔しいし、臭くない魔理沙はたまったものじゃないだろうが。
今更どうということはない、鈴仙は別にそれほど優しくもなかった。こんなときだけは狡猾だった。

「んぎゅっ!!」
「さー観念なさい、こうなったら逃げられないわよ~」
「ぐ、く……レイセェーン!! 何してんのよ、早くーっ!!」
「あんたの頭太鼓はどんな音色を奏でてくれるのかしら!?」
「やぁっ!! 痛いっ!! 痛いよっ!! ……うわぁぁぁぁん!!」

暗くてよくわからないが、てゐの断末魔の叫びが聞こえた。
会話の内容から察するに、おそらく馬乗りされて二刀流でのお払い棒攻撃をされているのだろう。
未だかつて、霊夢に馬乗りされて無事で済んだものは居なかった。メディスン、幽香、永琳、妖夢……。
タンコブだらけになるかドクダミによる責め苦か……どちらも相当に苦しく、臭気に満ち満ちている。両方やられることもある。

ビチャビチャビチャッ!!

暗闇の中からおそらくドクダミを絞ったらしい音が聞こえてきた。トドメだろう。
それを境にてゐの声は聞こえなくなった。Dならば回復してしまいそうなものなのだが、そこのところは霊夢である。
ちゃんと回復しない臭いだけのドクダミを絞った、誰が何と言おうとも回復はしない。反則すぎ。誰にも止められない。
前はぽたぽたと数滴垂らす程度だった『毒溜「ドクダミ一番生絞り」』は、更にパワーアップしているのだ。
どこにドクダミを隠し持っていたのかも気にしてはいけない、それは陰陽玉のようにどこからでも出てくる。

そのイリュージョンには咲夜や藍も驚きなのだ。

「おいっ! てゐのやつやられたみたいだぞ!!」
「腹を決めましょう魔理沙……とりあえず、私はもう嗅覚麻痺してるからいいや」
「ず、ずるいぜ!!」

絶体絶命、一撃必殺の「スパイラルファイナルマスタースパーク」を撃つならば別だが、それ以外の手段で霊夢を倒せるとは思えない。
永琳の敷いたレールはヘタレ二人によって地獄へと続く結果になってしまった、嗚呼。スペル名も長すぎて舌を噛みそうだ、嗚呼。

霊夢の足音が徐々に近付いてくる、視覚よりも先に嗅覚が霊夢を察知した。強烈なドクダミ臭、ドクダミファンタジアは三度。
鈴仙は嗅覚麻痺なのでそれほど気にしていないが、魔理沙は鼻をつまんでいた。
そうしていないと鼻が勢い良く曲がってそのまま骨折しそうなほどの臭いだった。

「てゐは無駄死にだったようね……さーてお二人さん、覚悟は良いかしら? この乱痴気騒ぎ、いい加減に終止符を打たせてもらうわよ」
「う、うぅ……やっぱり間近で見るとものすごく怖い……」
「クッサ……!!」
「今、臭いと言ったわね魔理沙?」
「え、あ、え……」

最初のターゲットは魔理沙に決まったようだ。死期が延びた鈴仙は少しほっとした面持ちで尻餅をついた。
魔理沙は既に合体を解除してバラバラになっているマスター号の切れ端を持ったまま、じりじりと後退する。
霊夢との距離はおよそ五メートルほど、踏み込まれたら一瞬で捕まる……。

「てぇぇぇぇい!!」
「ひ、ひぃぃぃぃ!!」
「むぎゅっ!?」

飛び掛ってきた霊夢に怯え、頭を抱えてしゃがみ込んだ魔理沙……目の前で、何故か合体したマスター号が盾になっていた。
それにはね返された霊夢は尻餅をつき、目をぱちくりさせてマスター号を見つめている。

「ま、マスター号!? 魔力を込めていないのに、何故……」
「マスター号ですって? スパークとか呼んでたのはどうしたのよあんた」
「マスター号は最強の箒なんだ……まさか魂が宿ったとでも言うのか!?」
「まぁへし折るけど」
「……や、やめろよぉ!」

魂の宿ったマスター号は健気にも主である魔理沙を守ろうとしている……。
霊夢もああは言ったものの、それをへし折るというのは流石に気持ちの良いものではない。
どうしてやろうか、邪魔なのは確かだし……左手を腰に当て、右手で頬をかきながら考え込んでいた。

『ご主人様……』
「うわ喋った!!」
「ま、マスター号!?」
「あ、あんたどんだけ箒大事にしてるのよ……」

霊夢も鈴仙も魔理沙も、揃って腰を抜かした。マスター号の声は男の低い声だった。
そしてそんな状況でも相変わらず魔理沙の前面に浮かび、霊夢の攻撃から守ろうとしている。
もうへし折られることを覚悟しているのか、マスター号の話は別れの予感を濃厚に漂わせる内容だった。

『ご主人様は最初私を作ったとき、とても喜んでくれましたね』
「あ、ああ……」
『私も嬉しかったです。ですがその後お役に立てる場面が無くて……』
「……」

――九十九神。
魔理沙はそんな言葉を思い出した。長い間大事に使っていたものに魂が宿るとか、そんな話だったと思う。
大事に使っていないものにも魂が宿るとか諸説あるようだが……とにかく、物に魂が宿るということである。

『最初に一度乗って下さいましたね。私はその思い出だけを抱きしめ、暗い木箱の中で眠っておりました』
「マスター号……ごめんな、私が未熟なばかりに……」

健気な言葉が魔理沙の心を打つ。大して使ってやれなかった、いや、使えれば使っていたのだろうが……。
ずっとあんな黴臭い暗闇の中に閉じ込めてしまっていたのに、恨むことも無く待っていてくれた。

『良いんです……再び木箱が開けられたとき、やっぱりご主人様は私を扱えなくて……でも、出してもらえて、
 再びお顔を拝見できただけで、とても嬉しかった……』
「マスター号……マスター号……私の盾になんてならなくて良いんだ、だからっ……!!」

いくらなんでも霊夢が死に至るほどの嫌がらせを加えてくるはずはない。
こんなことに命を賭けなくて良いんだマスター号。もっと自分のことを大事にしてほしいんだ。
そして事が済んだら、もっとお互いのことを話ししよう。

「お前は何も悪くないんだ!! 全てはお前を使う私の……!!」
『いえ、そうはいきません……ご主人様は何かから力を得て、私を使ってくれました……短い間でしたが幸せでした……』
「やめろマスター号!! 私はこれ以上箒を失いたくないんだ!! 霊夢、頼む!! こいつは折らないで……」



『久々のご主人様のお尻の感触、最高でした……ハァ、フゥ……』



「博麗キィーック!!」

霊夢は折った、容赦無く。

最後の一言が無ければ良い話で終わったのに、本性を出してしまったのだから仕方が無い。
霊夢も折らずに済ませてくれたかもしれないものを……マスター号改め変態箒。最悪な末路であった。

「マスター号ーーーーッッ!?」
「うわぁ、変態箒」
「霊夢、霊夢ぅぅ!! よくも私のマスター号をーッ!!」
「魔理沙、あの箒はあんたの貞操を狙っていたわ!! あんな変態箒折れて然るべきよ!! 目を覚ませ!!」
「うるさぁぁぁい!! 箒乗りじゃないお前にわかるもんか!! 食らえーーーーッッ!!」

起き上がり、両手を重ね合わせる魔理沙。その目からはマスター号を失った悲しみの涙が滝のように流れ出している。
キノコを撫でて生み出した全ての魔力をその両手に込めて放つ、最終奥義。

「スパイラルファイナルマスタースパァァーーク!!」
「うわっ……!?」

光の速度で霊夢に放たれたSFマスタースパークはノンディレクショナルレーザーだけでは絞りきれず、
その鎖を断ち切りながら歪に捻れ曲がり、大蛇のようにのた打ち回って霊夢を飲み込む。
哀れなことにそこら辺に転がっていたイナバ達も巻き込まれ、紙くずのように吹き飛ばされていった。
そして最後に、地面にその頭を捻じ込んだ大蛇は大爆発を起こし、ほんの一時宵闇を打ち払った。

砂埃がゆっくりと落ち着き、大爆発を起こした箇所に巨大なクレーターが見える。

「はぁっ……はぁっ……」
「ま、魔理沙……あんた大丈夫なの……? あれだけためらっていたのに……」
「いや、身体には何の異常も無い……でも……くそ、くそっ!! マスター号っ!!」
「いや、あれは……私が霊夢の立場でも折ってたと思うけど……」
「お前もか! くそっ! どいつもこいつも……もう許さん!! スパイラルファイナルマスタースパァァーーク!!」
「ひっ!?」

マスター号を失った悲しみで半狂乱になった魔理沙は、慰めようと寄ってきた鈴仙にもその砲口を向けた。
しかし「ぷすん」と乾いた音が一つなっただけで、魔理沙の手からは何も出ない。

「あ、あれ?」
「……魔力切れ?」
「く、くそっ!! キノコ!! もっとだ!! もっと魔力を……!!」
「キノコ……?」

慌てて帽子を脱ぎ、頭頂部に生えたキノコを撫でる魔理沙……しかしキノコはその圧力に屈してポロリとこぼれ落ちた。
青白く光っていたはずだがその光も消え失せ、しわしわにしなびている。

「何よそのキノコ……あんた性懲りも無くまた頭にキノコ生やしてたの?」
「これを撫でると魔力が溢れてくるはずなんだ……な、なんでだ!?」



「……やっぱり、そんなことだろうと思ったわ」



既に半月は身を潜め、朝日が昇りかけている。

「師匠!? 戻ってきたんですね!!」
「ものすごい遠くまで飛ばされて参ったわよ。霊夢は……やったみたいね、でも素直に喜べないわ」

荒れ果てた永遠亭の庭。
そして永遠亭の敷地だけに飽き足らず、周辺の竹林までも焼き払ったSFマスタースパーク。
白雷の大蛇が猛り狂った後は、まさに何か巨大な怪物がのたうったかのような傷痕を残した。
そこはもはや、元が竹林だったことが疑わしいまでに荒れ果てている。
薄暗い中、目を細めて辺りを一瞥した永琳は、嬉しいとも悲しいとも取れない複雑な表情を浮かべた後、魔理沙に視線を移す。

「永琳……」
「魔理沙……残念ながら貴女……」
「なんだよ?」
「もう二度と魔法を使えないと思うわ。魔力が完全に枯渇してしまっていると思う」
「なっ!?」
「師匠!? どういうことですか!?」

突拍子も無いことを言い出す永琳だったが、その表情は真剣そのもの。
魔理沙だけでなく鈴仙も信じられないような面持ちだが、永琳の表情を見ていると質問を投げかける気すら湧いてこなかった。
真実なのだろう。博識な永琳の真顔にはそれだけの迫力があった。

「完全にはわかってない、だから断定はできないけれど……。
 以前貴女がヒトクイダケで死に掛けた時以来、何度か魔法の森のキノコの調査はしていたのよ。
 あそこの生態系は、今までの私の知識を嘲笑うかのように特異だったわ。だからまだ調査は済んでいない。
 予感としか言えなかったのはそのせいもあるのだけど」
「もったいつけないではっきり言えよ……!!」

なかなか要領を得ない永琳の説明に苛立った魔理沙が、歯をむき出しにして突っかかる。

「間接的に生物を死に至らしめるようなキノコの存在がいくつか確認できたのよ。
 戦闘能力を大幅に奪って、他の猛獣なんかに襲われて死んだ生き物から養分を得るような、ね」
「師匠……つまり……」
「あの森には魔理沙ほどじゃないにしろ、魔法を使える物の怪の類は来るみたいだからね……
 その魔力を急激に消耗、枯渇させて……あとはのたれ死ぬのを待てば良い、そんなキノコなんでしょう。
 貴女が勘違いして湯水のように使っていた魔力、あれはこれからの人生の中で少しずつ消費していくはずだったものを、
 半ば無理矢理に引き出していただけ……簡単に言えば、魔力の前借りということよ」
「そ、そんな……!?」
「まだ落胆しないで頂戴。確定したわけではないし……そういう事態に抗うのが医学、薬学というものよ」
「永琳……」
「師匠……」

魔理沙を巻き込んでしまったことに多少の罪悪感が無いでもなかった。
鈴仙の当て馬にしたことで、魔理沙がその力を使わざるを得なくなってしまったとも言えなくはないのだ。
ドクダミ漬けになる程度のことなら、後ろ指を指して「くせっ!!」などとバカにしてやるつもりだったが、
いくらなんでも魔力の枯渇は深刻すぎる。魔理沙のアイデンティティの消失とも言えるほどの深刻な事態だ。

しかし、自信たっぷりの笑顔を見せてやったものの……治せるかどうかわからない。
先に言ったような魔力枯渇キノコでなかったことを祈る、そんな頼りない気持ちも大いにあった。

「霊夢は完全に沈黙したのかしら?」
「私夜目が利くから見えますよ。クレーターの中央からポニーテールだけはみ出してます、しばらく大丈夫じゃないですか?」
「器用な埋まり方するなぁ、あいつ……」
「そう、ならば早速私の地下室へ行きましょう、とりあえずは調査よ」
「あ、ああ……頼むぜ永琳……」

永琳の服をきゅっと掴んだ魔理沙の顔は不安に満ちていて、少し突付いたら大泣きでもしてしまいそうだった。
永琳はまた無理矢理に自信いっぱいの微笑を浮かべて魔理沙の頭を一撫でし……永遠亭の内部、地下室へといざなう。
その間魔理沙はずっと永琳の腕にしがみついていた、鈴仙はそれを見て少し不快そうにしていたが……。

「でぃー……」
「ちょうらいー……」
「でぃ~!!」
「わぁぁぁぁぁ!?」
「ウドンゲ!! 魔理沙は戦えないからお前がこの子達を食い止めなさい!!」
「うぅっ……わかりましたよ師匠……うぁぁぁぁん!!」

そんな感じに忙しかったので、師匠にくっつきようもなかった。



クレーターの中央にちょこんと埋まっていたポニーテールが、ふさふさと蠢いた。
まだ淡い朝焼けがその影を大地に映す。
朝日さえも彼女を畏れ、地平線から顔を出すのをためらっている。

朝方の静かな竹林にドクダ巫女復活の咆哮が木霊する。



「どうだ永琳……?」
「う、うーん……やっぱりそういうキノコだったっていうのはわかったけど……」
「……けど?」
「現状では、どうしたら治せるかまではわからないわ……ごめんなさい」

手術台に寝そべる魔理沙と、それを診察する永琳。
やれ血液検査だとか、頭皮に付着したキノコの細胞の調査だとか、脱がせて心音を聞いてみたり……。
キノコの性質については大方わかった永琳だったが、対処法となると難しい。
ダメもとで側にあったDを少し飲ませてみたものの、体調が少し回復した程度で魔力に変化はなかった。

「私、これからどうしたら良いんだ……?」
「魔法の森に帰るのはやめた方が良いわね……しばらくはうちに居なさい。魔法の森より安全だし治療するにも都合が良いわ」
「……ああ、ありがと」

気の無い礼をして、それ以降魔理沙はうつむいたまま黙り込んでしまった。永琳も居たたまれない様子だ。
魔法は便利な生活必需品でもあったろうし、研究対象として生甲斐に近い位置にあっただろう。
また、ライバルである霊夢と戦うための手段でもあった……それもまた一つの生甲斐だったろうし……。
元来明朗快活な性格だから、思い余って妙なことをしたりはしないと思うが、そう簡単には立ち直れないだろう。

しかし、悲しむ時間すらも……。

「し、ししょっ……!! いやぁぁぁぁぁっ!!」
「ウドンゲ……!?」

表でイナバゾンビを食い止めていた鈴仙の叫び声が静寂を打ち破った。
魔理沙は少し頭を持ち上げてちらっと見ただけだったが、永琳は随分と慌てている。
いくらなんでもあの鈴仙がイナバゾンビ如きに不覚を取るはずはない……永琳の脳裏に、霊夢の顔が浮かんだ。

そして直後にそれは現実のものへ。

ギィッ……ゴトッ!!

「ひっ!? う、ウドンゲェーッ!?」

少し開いた扉の隙間から投げ込まれた汁だくウドンゲ。ズチャリと湿った音を立てて床に突っ伏す。
うつ伏せたその体から、じわりじわりと緑色の液体が広がる。まるで血のように……。

ギィィィ……ッ。

地下室廊下の暗闇の中に二つの眼。扉にかけられた白い指。

「あ、あわ、あぁぁぁ……」

闇から溶け出すかのように姿を現すドクダ巫女。
永琳はあまりの恐怖に気を失ってしまった。さっきまで無関心だった魔理沙も恐れおののき、部屋の隅で震えている。
霊夢は一言も発さずに地下室の床に靴音を響かせ、懐から取り出したドクダミを絞ってその汁を永琳にしこたまかけた後、
そのままドクダミをよく揉んで鼻や口にギチギチに詰め込んだ。
しかし抵抗しない獲物はあまり好きではないらしい、霊夢は終始つまらなそうな表情を浮かべていた。

「……魔理沙……」
「ひ、ひぃっ……い、今の私は魔法が使えないんだぜ!? 無抵抗のいたいけな少女をいたぶる気かっ!?」
「魔法が使えない? なんで?」
「悪いキノコにやられたんだ、これからも一生私は魔法を使えないかもしれない……それでもいたぶるのか!?」
「うん」
「いやぁぁぁぁっ!?」
「でも可哀想な魔理沙……」
「……?」

可哀想と言いながらも霊夢の顔は笑っていた……しかしそれは実に神々しく、慈愛に満ちた優しい微笑だった。
けれどこんな場面でそんな眩しい笑顔をされても不気味なだけなのは、先の紫が実証済みである。
魔理沙は足がすくんで動けない、もはやまな板の上の鯉。それを知ってか霊夢はすぐに魔理沙を捕らえようとはせず、
ゆっくりとDのタンクに近付きその中身を素手でかき混ぜ始めた。

「何してんだよ霊夢……」
「ドクダミは身体に優しい……」
「な、何するつもりだよぉっ!?」
「見せてあげるわ、ドクダミの持つ奇跡の力を」

ある程度かき混ぜた後、霊夢はタンクを軽々と持ち上げて魔理沙に迫る。

「かけられる」魔理沙はそう思った。



『ドクダミタンクがけ』

色々と究極臭義。霊夢はありとあらゆるところからドクダミを出し無敵となる。
もしこれがギャグSS(壊れ制限無し)ならば、誰も勝つ事が出来ない。



魔理沙はかけられた。過去誰もがここまで派手にかけられたことはない。
全身に浴びるドクダミシャワー。いやもはやそれはシャワーなどという生易しい次元ではなかった。

「いやぁぁぁぁぁ!! ごぼぼぼぼぼぼ!!」
「魔理沙……信じなさい私を、そしてドクダミの力を」
「くさぁーーっ!! ごぼごぼごぼごぼ……」

言うなればそれはDによる禊(みそぎ)。
キノコに汚染された魔理沙を浄化するドクダ巫女の聖水……。
タンクが空になる前に魔理沙も気絶し、緑色に染め上げられた不気味な地下室に三人の亡骸が残された。

別に死んではいない。



「う、うぅ……」

――薄暗い地下室。

最初に目を覚ましたのは魔理沙だった。
随所から何かを引きずるような音と、呻き声が聞こえる。ピチャピチャという妙な音が聞こえる。

「でぃーちょうだいー」
「なんだっ!?」

ドクダミまみれにされた鈴仙と永琳が、イナバゾンビ達の餌食になっていた。
その身体や衣類に染み込んだDをイナバゾンビ達が美味しそうにしゃぶっている。結構淫靡だった。
起き上がった魔理沙に気付いた数人のイナバゾンビが魔理沙に迫る……。

「う、うわっ!! くるな!!」

咄嗟に構えた小さな手のひら、もう魔法は出ないのに……魔理沙は反射的に手を突き出し、力を込めた。
……ところがいくつかの力強い弾が飛び出した。
そして魔理沙に近付いたイナバゾンビは大きく吹き飛んで壁にめり込むと、そのままずるりと床に滑り落ちた。

「あ、あれ? ……魔法出た?」

手のひらが焼け付くような感触。もう味わえないと思っていた小気味良い感触……。


『ドクダミは身体に優しい……』

『見せてあげるわ、ドクダミの持つ奇跡の力を』

『魔理沙……信じなさい私を、そしてドクダミの力を』


キノコに搾り尽くされた魔理沙の魔力は、ドクダ巫女……いや……博麗霊夢の愛の力によって蘇ったのだ。
文字通りドクダミの奇跡の力、身体に優しいドクダミの力で……。
あるいはタンクをかき混ぜたときに腕からハクレイエキスが出たのかもしれない。生々しい。

「よ、よぉっし!! 永琳、鈴仙、今助けるぜ!!」

魔理沙自身はその理由が掴みきれていなかったが。その心はかつてないほどに弾んでいる。
丁度良い具合に目の前のイナバゾンビ達は敵らしい、景気付けに一発かましてやろう。

不敵に微笑んだ魔理沙は、箒こそ無いものの、まるで羽でも生えたように軽やかな足取りでイナバゾンビ達に立ち向かった。



でもイナバゾンビ達は弾幕に強かったので負けた。
舐められまくった。しゃぶられまくった。



――続く――
満を持して霊夢の登場です。
いろいろな思いがありまして、それらを踏まえた上で書いてみたらこんな感じに仕上がりました。
ドクダ巫女のいろいろな側面が出せたと思うんですがいかがでしょうか?

最後のドクダ巫女ということで、是非魔理沙も絡めたいな、と思い魔理沙も登場させました。
永遠亭側は結局のところてゐが最強でした。鈴仙は鳴り物入りで出てきた割にヘタレました、嗚呼。
ピリピリした空気の中、鈴仙が霊夢にいじめられる辺りで和んでもらえると良いんですが……。

ほぼ60kbという長さ、ここまでも結構長かったですが。
それでもここまで読んでくださった方々お疲れ様です、そして最大限の感謝を(礼
次は15kb弱のエピローグになっております。
VENI
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コメント



0.3530簡易評価
29.70Admiral削除
よいぞよいぞ。
最後の最後でイナバゾンビ達に負ける魔理沙のへたれぶりがイイ!
32.80名前が無い程度の能力削除
なんというか、アレだ。
霊夢が一部某人造人間の紅い弐号機(最後らへん)みたいな状況下に陥っていることに気付いた。
モノがマスター号と量産お払い棒と「脱がせてやる」でわりときっちり符号してるあたりステキ。
38.90名前が無い程度の能力削除
箒・・・・
58.100名前が無い程度の能力削除
マスター号の本性がwww
ひでぇwww