Coolier - 新生・東方創想話

紅の交わる場所

2006/11/03 10:42:48
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紅魔館を訪れた者がまず目にする物は、血のように赤い大きな館と、頑強に閉ざされた大きな門、
そしてその門の傍らに佇む女性の姿だろう。

――彼女の名前を『紅美鈴』という。

彼女に与えられた役割は『門番』。
まさしく紅魔館の門の番人であり、招かざる客を排除する為に彼女は在る。

「まあ、招かれるお客さんなんてほとんど居ないんですけどね」

ナレーションにコメントしないで下さい。美鈴さん。





白い雲、青い空、風に揺られる緑色の木々……
招かれていようが、いまいが、基本的にここ紅魔館を訪れる者は少ない。
最近こそ白黒の魔法使いが頻繁に押しかけて来る様になったが、それにしても毎日という訳では無いし、
今日は特にする事も無いので美鈴は門番隊の数人と談笑と洒落込んでいた。

「……でも、まだ勇気が出なくて……」
「いいじゃん!ここは一発ドーンと告っちゃいなよぉ」
「私達も協力するからさぁ」

普段は殺伐とした仕事をしていても、多感な年頃の乙女達は恋愛話で持ちきりだ。
それなりの歳月を生きている美鈴はその様子を微笑みながら見つめている。

「あなた達!持ち場に戻りなさい!」

突然の、空を裂く様なソプラノヴォイスに、集まった面々は背筋を吊り上げた。
恐る恐る声のした方へ振り返ってみると、そこにはやはり、
彼女自身、従者の一人であるにも関わらず、曰く『紅魔館でこの人を知らなかったらモグリだ』と言われる人間。
十六夜 咲夜、その人が居た。

脱兎の如くその場から走り去る門番隊の面々。
その姿を咲夜と美鈴が見送った。

「すいません咲夜さん。私の監督不足です」
「本当よまったく。しかっりしなさいよね中国」
「な、名前で呼んでくださいよぉ~」

謝りながらいつでも笑顔の美鈴を見ていると、つい苛めたくなる咲夜さん。
本人も気にしているあだ名「中国」を使うと、泣きそうな顔になるのを見るのが本当に楽しい様だ。

「まあいいわ中国。私はちょっと外に出てくるからしっかり見張ってなさいよ?」
「だから名前で……」
「お嬢様はもう起きてるからね。じゃあ、ちょっと行ってくるわ、ちゅ・う・ご・く!」

言うと同時に咲夜は美鈴のおでこにデコピンを炸裂させる。
パチーン! という小気味良い音が辺りに鳴り響いた。

「もう! 酷いですよ咲夜さーーん!」

そう叫ぶ美鈴に、高らかな笑い声で答えながら咲夜の姿は遠ざかっていった。

「うう……痛い~……」

少し赤くなったおでこを涙目で擦っていると、紅魔館に併設されたヴワル魔法図書館からこちらに向かって飛んでくる
一つの影が見て取れた。

影の主はヴワル魔法図書館の司書、通称『小悪魔』である。

「こんにちわ」

美鈴の近くに降り立つと小悪魔は笑顔で挨拶した。

「あれ? おでこ赤くなってますよ?」
「さっき咲夜さんにやられたのぉ」

涙目で訴える美鈴に、「ああ、なるほど」という苦笑で答える小悪魔。
常に笑顔でいるこの娘は、真意が読みづらくて、ある意味気の置けない存在だと美鈴は思っている。

「で、私に何か用?」
「ええ、パチュリー様から伝言です」

それでも、美鈴は小悪魔の事は嫌いではなかった。

「『門番へ、今日は魔理沙が来るけど、私の方から呼んだから普通に通してくれて構わないわ。』だそうです」

だが、パチュリーの事は微妙だった……

「『中国』の次は『門番』ですか……」
「え? だってパチュリー様はいつもそう呼んでるじゃないですか?」
「そうだけど、いつも門番、門番て呼ばれてて……。私はパチュリーさんにとっては只の道具でしかないみたいで……」
「ふふっ。パチュリー様はちゃんと感謝してますよ。外敵の侵入を防いで図書館の静寂を守ってくれていますし、
 魔理沙さんに関してはパチュリー様がご自分で時間を割いているだけですから、それほど気にしていないと思いますよ?」

「そ、そうかな~」と照れる美鈴の姿を見て小悪魔は、
泣いたり、笑ったり、うなだれたり、照れたりと、
コロコロと表情が変わる美鈴の様子が何だか可笑しくてつられる様に微笑みをこぼし、
それと同時に色々な表情を持っている美鈴が少しだけ羨ましかった……。

「それでは。私はこれで失礼しますね」

小悪魔は一礼すると図書館の方へと飛んでいった。
その姿を見届けた美鈴は持ち場へ帰ろうとしたのだが……

「美鈴」

と、呼び止められた。
振り返ってみると、呼び止めたのはこの館の主 レミリア・スカーレット本人。
その様子からすると、どうやら小悪魔との会話が終わるところを待ち構えていた様だ……

「お嬢様。どうしたんですか? こんな所で」
「あなたに重要な任務を与えるわ」

言うやいなや、レミリアは美鈴の手を取ると、その手を引っ張りながらスタスタと歩いていく、
訳が分からず最初は慌てた美鈴も、結局レミリアに引かれるままにその後をついていった。

――そして、辿り着いた先は門番隊詰め所の中にある美鈴の私室。

部屋のドアにどこから取り出したのか『入室厳禁!!』と書かれた張り紙を貼り付けると、
レミリアは美鈴を部屋の中に招き入れ(美鈴の部屋なのだが……)注意深く辺りを見回してからドアを閉める。

「お嬢様。どうしたんですか?」
「しー! 静かに! 私が居るって気付かれるじゃないの!」
「は、はい」

レミリアの剣幕に押される美鈴。
しかしながら、実を言えば美鈴はレミリアが何故自分をここに呼んだのか大体の察しが付いていた。
それは……

「美鈴。そこに腰掛けなさい」

美鈴のベッドを指差すレミリア。

「はいはい」

美鈴は、一つ返事でベッドの端に腰掛けると、その隣をレミリアが陣取る。
そして……

コテンッ!

レミリアはおもむろに横向きに倒れこむと、美鈴の太ももの上にその頭を乗せた。

「しばらくこのままで居なさい」
「はいはい」

レミリアは目を瞑りながら命令する。その顔を美鈴は優しい笑顔で見下ろした。

「あたまもなでなでして」
「はいはい」

レミリアの髪を上から下へ優しく美鈴の指先が通り抜けていく。
満足そうな顔をしたレミリアは目を瞑ったままその身を委ねていった……
美鈴もまた母親の様に優しい顔をレミリアへ向ける、後は只、時間だけが穏やかに流れて……








…………。

夢を見ている……。

それはいつかの遠い記憶……。

今は昔になってしまった 古い   古い     思い出……








「おとうさま。このひとだあれ?」
「レミリア。この方が今日からお前の教育係だ。よく言う事を聞くんだぞ」

その人はとてもキレイだと思った。
館のメイドたちと違ってビクビクしていなかったし、キラキラした瞳をしてたから……

その人がしゃがんで私の目をまっすぐ見つめる。
それで微笑みながら頭をクシャクシャ、てしてくれたの。

「レミリア、ね。はじめまして。これからよろしくね」
「うん! よろしくおねがいしますおねえさん!」

キレイで、優しいおねえさん。

「おねえさんのおなまえは~?」
「あらあら、名乗るのが遅れちゃったわね。私の名前は……」

私もいつかこんな大人の人になりたいと思った。

「龍美鈴」

めーりんおねえさんのように。






その日からめーりんとのお勉強が始まったわ。
お勉強は弾幕ごっこの基礎、スペルカードの理論から始まって、弾幕ごっこから外れた『戦闘』の練習まで、
それこそほとんど毎日、

「う~、めーりんつよい~」
「ふふふっ。この間、始めたばかりですもの、まだまだこれからよ?
 でもレミリアなら大丈夫。すぐ私より強くなれますよ」
「うん! がんばる!」
「その調子その調子。それじゃ休憩にしましょうか」

ちょっと涙が出ちゃった目をコシコシとこすりながら、めーりんと手をつないで歩く、
お勉強の後に二人ならんで紅茶を飲むのが私は大好きだった。

「でね! でね! すっごくおもしろかったのよ!」
「うふふ。よかったですねレミリア」
「うん!」

めーりんは私の言う事をいっしょうけんめい聞いてくれたし、いつもニコニコしてて暖かかったから、
私はめーりんが大好きだった。
「にんじんをちゃんと食べなさい」って怒る所はちょっとキライだったけど。






レミリアの成長速度には目を見張る物があるわね。
これが種族差という物かしら、戦闘に関する技術の習得力が凄まじい。
それに、ほぼ無尽蔵な魔力を持っている事はやはり脅威ね。
一度外気を取り込んで、それを練ってから撃ち出す私と違い、
自分の持っている力をストレートにぶつけるだけで弱い妖怪なら圧倒出来る弾幕を張る事が出来るなんて……

あ~あ、ちょっと嫉妬しちゃうなぁ……
あ~あ、手の掛かる弟子を持っちゃったなぁ……

でもね?

「ねぇねぇめーりん?」

そう。

「めーりんめーりん!?」

それでもやっぱり。

「めーりんだぁ~いすき~!」
「私もレミリアの事大好きよ」

この子が可愛いのよね。私って。






今日の授業はスペルの基本、二種類以上の弾幕を組み合わせて相手を上手く詰む方法。
まずこの間教えた放射型の弾幕をレミリアは繰り出してきたんだけど、その弾の量!

尋常じゃない。

スペルに不慣れな者がいきなりこのレベルの弾幕を張れるとは、『夜の王』の血は伊達じゃないわね。
とはいえ、さすがにまだ荒削り。
私に向かってくる物だけを最小限の動きでかわしながら、距離を詰めていく。

「ここだー!」

レミリアの叫び声と共に魔力の塊が凝縮されていくのが感じ取れた。

「スピア ザ グングニル!」

なるほど、弾幕に逃げ道を作っておいてそこを通った所を狙い撃ち、と基本的な作戦ではあるけど
レミリアクラスの魔力でやられると、ひとたまりもないわ。

レミリアの手から放たれた魔槍は真っ直ぐに私へ向かってきた。
弾幕に囲まれた周囲には逃げ場は無い。
私はすかさず手の平に気を集めた、少しだけでも良い、手を魔力の熱から守る程度、その程度で十分!
鼻先へと迫ってきたそれを見据えながら、魔槍のしっぽ、柄に当たる部分を横から手で軽く押し、
押したのと逆の方向へ少しだけ体を反らすと、魔槍は空を切りあらぬ方向へと飛んでいった。

「えっ!?」

呆気に取られた表情をするレミリアの懐に飛び込みすかさず……

「めーりんちょっぷ!」
ポコッ!
「いったぁ~~い!!」



「今日のは、中々良い弾幕だったわよレミリア」
「でも避けられちゃった……」

頭を擦りながら涙目でレミリアは悔しがっていた。

「そうね。奇襲する時は叫び声とかは上げない方が良かったわね」
「はぁい」
「それじゃあ。今日の授業はここまでです。ちゃんと習った所を復習しておくのよ?」
「はぁ~いっ!」

弾を出すだけが弾幕ではない。
相手の心理を読み、常に変化する状況の中で考え得る最良の手を打つ。
その為にはデスクワークも勿論必要なわけで、予習復習が大事なわけ。
でも『良いのは返事だけ』って事ちゃんと分かってるわよ? レミリア。

「ねぇねぇめーりん。めーりんにだけヒミツの所に連れてってあげる!」
「秘密の所?」

今泣いた烏がなんとやら。
いつもの笑顔に戻ったレミリアが私の手をくいくい引きながらそう言ってきた。

「そこにね? 私の妹がいるのよ」

笑顔で言うレミリアに「そうなの」と微笑みを返しながら、私の頭の中では?が渦巻いていた。
妹が居る場所が『秘密』って、どういう事?



館の中を行き交うメイド達の目を盗みながら(どうも普段は入ってはいけない場所らしい)レミリアの後をついていった先には、
見るからに強固な、魔術的施錠まで施されている扉があった。
何らかの操作をしてレミリアはその扉を開けると、中には地下へと続く長い螺旋階段がある。
暗くて、階段の先は見えない。相当深い所まで続いているようね。

「こっちよ」

手招きするレミリアに続いて長い長い螺旋階段を降りていく、遂に最下層へと降り立つと、
そこはだだっ広い空間だった。

……そして異様な空間でもあった。

床に散乱する食器類、取っ手の無いカップ、柄の無いスプーンやフォーク、一部が削り取られた様に溶けているお皿。
壁や床、天井には無数の傷跡。
『妹』というだけあって、女の子の部屋らしく可愛らしいぬいぐるみがたくさん置かれている。
ほとんどの物が、手や足や頭が無くなっているけれど……

何より異様なのは、部屋に立ち込めるこの殺気……
並みの妖怪や妖精ならこの部屋に居るだけで失神してもおかしくない。

「あっ! フラン~!」

手を振りながら、レミリアは部屋の中央付近に座り込んでいる少女へ走り寄って行く。

「お姉さまっ~!」

その少女もレミリアに気が付くと笑顔で手を振り返してくる。
そして、二人手を取り合うとキャッキャッと騒ぎ出した。

おそらく彼女がレミリアの妹なのだろう、髪の毛の色とか似てない部分もあるけれど、
持っている雰囲気や仕草がそっくり。
二人の様子を伺っていた私の視線に気が付いたらしく、レミリアは私の方に向き直った。

「めーりん。この子が私の妹フランドールよ」
「おねえさまぁ。この人だぁれ?」
「この人が前から言ってた、めーりんせんせいよ。フラン」
「こんにちは、フランドール。私は龍美鈴よ、よろしくね?」
「うん! うわぁ! おねえさまがいつも言ってたとおりキレイなおねえちゃんだぁー」
「ああっ! フラン! その事言っちゃダメなのに~!」
「ありがとう」

綺麗と言われれば悪い気はしない。
そっか、レミリアはそう思っててくれたんだ。

なんだか……嬉しい。

隣で赤くなって慌ててるレミリアを横目に、フランドールの頭を優しく撫でる。
褒めてくれたせめてものお礼の気持ちだ。
フランドールはくすぐったそうに目を細めて可愛らしい微笑みを見せてくれる。

「えへへ♪」
「っ!」

フランドールを撫でた手の平に突然の激痛が走った!
慌てて手を放し手の平を見てみる。
すると、手の皮が、焼けただれていた……

「「めーりん?」」

二人が同じ言葉で私に呼び掛ける。そして同じ動作で私を見つめる。
しかし、その中身は全く別の物だった。
レミリアのは「どうしたの?」という疑問の表情。
フランドールのは「この人もか」という諦めの表情。

ああ、そういうことか。
部屋に散らばる食器やぬいぐるみ。
確か結構前に、ここの当主(レミリアの父)から聞いた『あらゆる物を破壊する程度の能力』。
それをこの子が持っていたのか。
床に散らばっていた物に共通していた事、それは『手で持つ部分が無くなっている』という事。
本当に何でも破壊出来るんだ、それこそ望む望まざるとに関わらず……

「おねえちゃんも壊れちゃうの?」

フランドールがクリクリとした瞳で私の目を見つめてくる。

「私なんでも壊せるの。こわせるの! コワセルノ! コワス壊すこわす! おねえちゃんも!
 お姉さまも! どれもこれもこわすの壊す壊してやる! コワスコワスコワスコワス!!」

フランドールがギョロギョロとした目で私の目を凝視してきた。

「あははははハハハハハ端覇歯葉はっ!!!!」
「どうしたの!? 落ち着いてフラン!」

部屋中に立ち込めていたのと同一の殺気がフランドールから発される、レミリアの制止も聞こえていない様だ。
この子は気が触れている。
無理も無い……

彼女の気持ちは私にも何となく理解できた。
そんな能力を持って生まれたせいで、娯楽も無く、ぬくもりも無く、こんな所に軟禁され続けてきたのだろう。
そんな自分が辛くて、痛くて、哀しくて……ついに壊れた……

何より彼女が一番悲しかったのは、一度自分を受け入れてくれた者に拒絶されてきた事だろう。
その者にとっては自分にとっての脅威を避けただけかもしれない。
でも、彼女にとっては『今度こそ』と、抱いた希望をことごとく踏みにじられた。という事なのだから。



――それは『気を使う程度の能力』に目覚めたばかりの少女の話。

内側に眠るモノの目覚めに気付く事もなく。
その少女は毎日を送っていたわ。
その子の家はレミリアの様な裕福な家庭ではなくて、毎日忙しかったけど、
家のお手伝いをしながら幸せに暮らしてた。

彼女は自然が好きだったの。
何かのお使いで森に入ると、鳥と唄い、草花と踊り、蝶と舞っていた。
手の平にお昼の残りを乗せておくと小鳥達がそれをついばみに来たりして。
彼女と同様、自然も彼女の事が好きだったのだと思う。

その日もいつもの様に森に入り。
いつもの様に薪や山菜を集め。
いつもの様に自然と遊んでいたわ。
そして、いつもの様に手の平に小鳥を乗せると、

小鳥は「ピーッ!」と大きく鳴いて……「パァンッ」と破裂した。

花に触れては、虫に触れては、木に触れては、それら全てを破裂させていた。
次こそは次こそはと、これまで遊んでいたものに触れては破裂させていた。

愛したものに、拒絶された気がした……

いや、拒絶されたんじゃない。私がオカシクなったんだ。
それに気付いたらもう駄目だった……
壊したものに申し訳なくて、もう壊したくないと悲しくて、どうにも出来ない自分が苦しくて。

カラクリは単純で、目覚めたばかりの能力が制御出来ずに暴走しただけの事だった。
それがどんな生物でも、自分の中に入っている『気』が全力で暴走したら耐えられる者はいない。
その少女は無意識のうちに触れたものの『気』を暴走させ、内側から破裂させていたのだ。

暗い夜の森の中、少女は何にも触らない様に自分の膝を抱えて震えてたわ。
力をコントロールしたいと心から願って、でも叶わなくて、
自分にはどうにも出来ないと、自分は居なくなってしまった方が良いと諦めていた。

でも、そこにね?
心配して探しに来た母親の姿があったの。
事情を知った母親は、事情を知ったにも関わらずその子を……



私は狂った様に笑い続けるフランドールを抱きしめた。
フランドールに触れる腕が、体が、首から顔に掛けてが焼けていくのが分かる。
それがあまりに激痛なので、さらに強く強く彼女を抱きしめた。
焼けただれた手で髪を梳く様に優しく頭を撫でてあげる。ほっぺにチュッのおまけ付きだ。

「はははは端覇歯端覇歯ハハハハハハハッッッ!!」
「大丈夫よフラン。私は貴女の事、愛してるわ」

あの時、森の中で私が本当に欲しかった物は、力をコントロールする力じゃない。
もちろんそれもあるけれど、本当は、そんな私でも愛してくれる誰かだったんだ。

だから、あの時お母さんがしてくれた様に、私も彼女を愛してあげたい。
だってフランドールがレミリアの妹なら私にとっても妹の様な物だもの。

「あはははははははははっっ!!」

未だ笑い続けるフランドール。
でも、心なしか体を焼く温度が少し低くなった気がした。

「フラン。泣いてる……」






メイリンとの授業も最初の頃に比べればけっこう『弾幕ごっこ』らしくなってきたと思う。
メイリンにはまだ勝てないけど、一回か二回くらいなら弾を当てれる様になったわ。

たまにだけど……

でも、当たった後にメイリンは言うの「ふふ。今回は上手くできたわね」って。
まったくもう、子供扱いして!

そういえばメイリンが来てからどれくらいになるのかしら? もう忘れちゃったわ。
だって、授業の時はもちろん、授業の前のお散歩も、授業の後のお茶会も、
それから……、授業をサボる時もいつも一緒だったから、
近くに居るのが当たり前になっちゃったのね。

だから今日のサボりの時間も、メイリンと一緒に近くの川原を歩いてた。

吸血鬼は流れ水が弱点だから川原なんて嫌うのが普通だけど、私はけっこう気に入ってたの。
人間だって怖いもの見たさで肝試しとかするでしょう? そんな感じよ。

「ほらほら! メイリンこっちよ!」
「そんなにはしゃぐと転ぶわよレミリア」
「もう! また子供扱いして!」
「あ~あ~。ごめんごめん」

太陽が沈んで月の光しか届かない夜の世界。
それまで私の知っている世界はほとんどがその夜の世界だった。
だから小さい頃、花はみんな青白い物だと思っていたわね。
赤いのも、黄色いのもみんな青み掛かっていた。
今、私の側を流れる川の水も仄暗い灰色だと思ってた。

そんなくすんだ色の世界が、世界のほんの一面でしかない事を教えてくれたのもメイリンだったわ。
出会って暫らく経った頃、まだ太陽が真上に居る時間なのにメイリンが私を起こしに来て、
私は小さいながら「こんなまひるにおこすなんてひじょうしきよ!」って怒ったわね。
でも、眠い目を擦りながら、日傘を差してくれるメイリンに連れられて、
昼間の花畑という物を初めて見たの。

……美しかった……

他の言葉は浮かばなかった。余計な修飾語もいらないわ。
見渡す限りに広がる極彩色の絨毯。そのどれもこれもが強く息づいている……
その時の私は、メイリンの手から日傘をひったくると夢中で花畑の中を駆け出して、
目に映る色とりどりの花々の、一つ一つに感動したものだわ。
今、私の側を流れる川が昼間は透明な青色である事を知ったのもその時が初めてだった。

「メイリン!」
「?」
「ありがと……」
「どうしたの? いきなり」
「ふふっ。ないしょ!」
「? おかしなレミリアね」

クスクス笑うメイリンに背中を向けて、川の中を覗き込む。
だって多分、今私の顔、赤くなってると思うから。そんなの見せるのカッコ悪いじゃない。

でも、その言葉は本物なのよメイリン。
あの一件以来、フランもメイリンになついてよく遊んでくれるし、
まだまだ暴走する事はあるけれど、最近やっと、触れただけでモノを壊す事は無くなってきた。
きっと大好きなものを壊したくないキモチがそうさせたんだと思う。

それに、忙しくてなかなか一緒に居られないお父様や、私に畏怖を感じてるメイド達の中で、
貴女があくまで対等に接してくれた事。
今考えれば、小さい頃の私が只それだけの事でどれだけ救われたんだろう。

メイド達の中でも、メイリンが私に接する態度を見て意識を変えた者が居る様で、
今では多くの者が普通に声を掛けてくれる様になったわ。

メイリン。貴女が居てくれて、本当に……良かった……



でも……最近メイリンの様子がおかしい気がする。
紅茶を飲んでる時も、勉強をしてる時も、こうやって散歩してる時も、
時折、私の事を見つめて、その表情はとても優しいものなんだけど、どこか遠い所から眺めている様に見えた。
そして私が見つめ返してる事に気が付くと、慌てていつもの微笑みに戻るの。
だけど、その微笑みもどこか寂しそうで。

メイリンの事は好きだけど、あの表情だけはキライ!
だって、メイリンがどこかに行っちゃいそうで怖いもの……

「レミリア」
「なぁに?」

背中越しにメイリンが話し掛けてくる。
と、同時にメイリンの手が私の体に回されて、背中にメイリンの柔らかさが感じられた。
メイリンの暖かさと鼓動が直に伝わってくる……

「大きくなったわね。レミリア」
「それはそうよ。出会ってからどれだけ経ったと思ってるの?」
「ふふ、言うようになったわね。ちょっと前までこーんなに小さくて、泣き虫だったくせに」

私の目の前に出した手をヒラヒラさして「こんなに」を作られた。
いくらなんでも、そんなに小さくないわよ!
……泣き虫は、しょうがないじゃない子供だったんだから。

むくれる私と私を抱くメイリン。
暫らく二人で流れる川の行方を見守っていた。
ふいにメイリンが口を開く。

「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、元の水に非ず」

私がメイリンを見上げると目を閉じながら淡々と言葉を紡いでいた。

「よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし」
「それ、どういう意味?」

メイリンは「ふふっ」と微笑んで一息つくと川の方を眺めながらゆっくりと口を開いた

「時間は常に流れていてそれは決して変わる事は無い、けれどその中で息づく物は常に揺れ動いて、
 二つとして同じ物は無い。という意味よ」
「ふーん」
「人と人との関係もそういう物かもしれないわね。出会いと別れを繰り返して、思い出は残っていくけど
 ずっとそのままの関係で居られるという事は無い」
「……」
「さてと!」

メイリンは私に回していた手を離して立ち上がると「うーん」と大きく伸びをした。
私はというと、メイリンの言葉の意味がイマイチ分からなくて同じく「うーん」と唸っていた。

「さ、そろそろ帰りましょうか?」
「え!? うん」

まだ唸っていた私は慌てて立ち上がると、慌てて立ち上がったせいで足をぬかるみで滑らせ、

(そういえば最近雨が降ったみたいね、川の近くなら草も湿気も多いから乾きにくいのかしら?)

なんて悠長な事を考えながら、仄暗い水面へと体は落ちていった……



バシャーンッ!!

盛大な音がした。人が川に落ちるような音。
まさしくその通りだけど……

私も吸血鬼だもの、流れ水の中に飛び込めばどういう事になるかぐらい分かってるわ。
まず無事では済まない。もしかしたら消滅するかもしれない。
そういう因果なのだから仕様が無い。

しかしながら、私の体は少しも濡れてはいなかった。
洋服と顔は泥だらけになったけど。

草むらの中から顔を上げると、私の代わりにメイリンが川の中でもがいていた……

「ぷ、ぶはぁ!! はぁはぁ! そうだ! レミリアは? レミリア大丈夫!?」

川の中から頭を出したメイリンが必死に辺りを見回している。
……そうか、メイリンがとっさに庇ってくれたんだ。

「大丈夫よメイリン! メイリンは!?」
「レミリア! 良かったぁ! 私は大じょ……ハクシュン! ……ちょっと寒い!」

今が冬だったのが災いしてガタガタ震えながらメイリンが川の中から這い出してきた。
唇まで真っ青になってる。

「ゴメンね。メイリン! 私の、私のせいだ!」

私にはどうしていいのか分からなくて、只オロオロと慌てるだけしか出来無かった。
メイリンはそんな私の目を見て、

「良いのよ。レミリアが無事ならそれで良いの」
「……メイリン」
「あなたが傷付くくらいなら、その前に私が守ってあげるわ。……この命に掛けて」

て、言ってくれた。
結局その後、ズブ濡れのメイリンに抱きついてワンワン泣いて、二人揃って濡れ鼠。
私もまだまだ子供よね……






レミリアはもう立派に戦えるようになった。
弾幕でも格闘でも、レミリア自身はまだまだ私に勝てないと、
思っている様だけどそれはあくまで経験の差があるだけであって、紅魔館の主人という立場上、
実戦経験の機会なんてこれから向こうからいくらでもやって来るだろう。
ここから先は自分で考えて研鑽していく段階になったのである。

詰る所、もう教える事が無くなった……
そして、それは同時に私がここに居る理由も無くなった。という事だ。

いや、本当はもう随分前に気付いていた事だった……
ただ、あの子の側に居たくて、あの子から離れたくなくて、ズルズルと今まで引き伸ばして来ただけなんだ。
でも、『あの子にとって私はまだ必要な存在なんだ』と、自分自身を騙し続けるのも
そろそろ限界の様だった……


だから、私は決めた。



レミリアの繰り出す弾幕の全てを全力でかわす。
最近は気を抜くと被弾させられてしまうので、圧倒する事になっても全力を出さなければならない。
そして、弾幕の最後の一片までをも避けきる……

「それじゃあ。私の授業はこれでお終いよ」
「ふー。やっぱりまだまだね。結局全部避けられちゃった」
「いいえ。私も本気を出してやっと避けれるくらいに、良い弾幕だったわ」
「そう? アリガト!」

「ぷー」と一息つくレミリアに背を向けて、私は自分の荷物を拾い上げる。

「そうだ美鈴。明日の練習は……」
「明日は、無いわ……」
「え? 休みなの? じゃあ、明後日は」
「明後日も、無いわ……」
「……え?」
「さっきも言った通り、『私の授業はこれでお終い』よ」

意味が理解出来無いという風にレミリアの表情が固まった。
多分そうなるだろうと思っていたけれど、でもね、これはいつか通らなければならなかった道、
それが今日まで引き伸ばされて来ただけの事なんだよ。
私は出来る限りいつも通りの笑顔でレミリアが口を開くのを待った。

「『お終い』って、どういう意味?」
「そのままの意味よ。私の『教育係』は今日を持って終わりになるの」

無表情のレミリアの顔に表情が宿る。その表情は『怒り』だ。

「どういう事よ!? 私は……私は……!」
「良く聞いてレミリア。あなたはもう十分強くなったわ」
「でも、まだ美鈴に勝てない!」
「それはただ、経験が足りないだけよ。だから私が貴女に教えられるのはここまで、
 これからは自分自身で学んでいくの。あなたはもう、そういうレベルになったのよ」

レミリアの表情が『怒り』から『驚き』になる。

「もう、ただの妖怪が教えられる事が無くなったの」
「……」

空気が固まる。
重い沈黙の後、他に言うべき事を思いついたらしく、やっとレミリアが口を開いた。

「美鈴はどうするの?」
「私は……。ここを出て行くわ……」
「どうして?」
「それは……」



「失礼致します」

それは突然の事だった。
美鈴から理由を聞こうとした瞬間。それは来た……

実際に扉の向こうから来たのは、お父様が最も信頼し近くに置いていたメイドと、
彼女の発する一つの言葉。

しかし、それは同時に私の『少女でいられた時代』の終わりが来た事を運んできた。

「お嬢様。本日よりお嬢様が紅魔館の御当主で御座います」

敬々しく頭を垂れるそのメイドは、それでいて、どこか言葉を挟ませない圧力を放っていた。

「それでは、お嬢様の御当主即位式の準備へ移らせて頂きます」

言うや否や、数十人からなるメイド達が私の周りに集まってきた。

「ちょ、ちょっと! 今は取り込みちゅ……」

突然の事に訳も分からずメイド達に押される様に部屋から連れ出されそうになる。

「レミリア!」
「美鈴! この話はまだ終わってないわよ……!」

とりあえず、伝えたい事だけは伝えてこの部屋から引きずり出されてしまった。
でも、そうだ。この話はまだ終わってない。
理由も聞かずに勝手に出て行かせたりなんかしないんだから!



レミリアが部屋に閉じ込められてしまったので、
私はとりあえず紅魔館に置いていた自分の荷物を纏めていた。
最後に紅魔館での思い出を詰め込んだアルバムを眺めてから、それを荷の一番上へとしまう。

あの後、レミリアが連れ出されてから、最初に入ってきたメイドさんに詳しい事情を聞いた。
前当主であるレミリアの父が何者かによって打ち倒されたという事。
次の当主はレミリアであると、前当主が決め、側近の者が同意した事。
レミリアの即位式は館で一番大きいホールで行われる事。などだ……

さて、そろそろ行きますか!
一目だけでもレミリアの晴れ姿を見ておこうと、私は荷物を持ったままホールを目指す。

今日の空は雲一つ無い、澄み切った月夜だった。



結局、あの後私室に押し込まれて「あれでもない、これでもない」と色々と着せ替えされ、
館のほとんどの者が集まっているというホールの、扉の前に連れて来られてしまった。

「お嬢様。即位式とはいえ、何も特別な事をする訳では御座いません。
 只、紅魔館の従者達に、お嬢様が新しい当主である。という御挨拶をお願い致します」
「ええ、分かったわよ……」

渋々頷く。
暫らくするとガヤガヤとやかましかったホールの中が静まり返った。

「では、お嬢様。どうぞ」

色々と考えなければならない問題はあるけれど、とりあえずこの即位式は私にとっても、重要な式典。
一つ深呼吸し、背筋を伸ばしてからホールの扉が開かれた。

一歩中へと踏み出すと同時に、盛大な拍手が私を迎え入れた。
ホールに集まる従者達の視線が一斉に私へ集まる。
その中を、私の為に運ばれたと思われる台座へと歩を進めていく。

台座の上に立つとそこに集まる従者達の全体が見渡せる。皆が私を見上げている形となった。

「では、お嬢様」
「うむ」

私はもう一度広く全体を見回すと、おもむろに言葉を紡いだ。

「紅魔に仕える従者諸君! 私がここ、紅魔館の新しい当主となったレミリア・スカーレットよ!」

一瞬大きく歓声が沸き、すぐに静寂に戻る。

「今ここに集まっている者もそうでない者も、紅魔館に良く仕え! 何よりこの私に良く仕えなさい!
 それを守る限り、私は貴方達に良い夢を魅せてあげるわ!」

言い終わって、一呼吸。
ホール全体が割れんばかりの拍手と一際大きな歓声に包まれた。
まあ、それなりに満足のいく訓示が出来たわね。
私に敬愛の視線を送る皆に、もう一度視線を送る。

その時、私には見えた。
ホールの一番奥の扉が開かれるのが。
そしてそこから誰かが出て行ったのが。
その者が、見覚えのある赤色のロングヘアーで、特徴的な緑色の服を着ていて、
見覚えの無い大きなトランクを持っていたのが……

多分、美鈴はこのまま居なくなるつもりだ。
そんな事、させないわ!

「お嬢様。素晴らしいお言葉でした」
「うむ。ところで私の役目はもういいのかしら? 少し用があるから席を外したいのだけれど」
「はい。ではこちらへ」

私は台座を降りると入ってきた時と同様、拍手喝采の中を静々と扉の外へ退場した。
重く厚い扉が閉じられると、私は、

「ホールに集まった者にはこれから立食式のパーティーでも催してあげなさい。集まっていない者にも、
 何か手の込んだ物を振舞ってあげてちょうだい」

とだけ、側に仕えるメイドに告げ廊下を駆け出そうとした。が……

「お待ち下さいお嬢様! 差出がましいようですがお嬢様はもう私共の主人です。
 たった一人の妖怪の為に割く時間は今のお嬢様には御座いません」
「……どういう事よ!」
「お嬢様の命を狙う者達の相手、統治領域を脅かす者達の排斥、紅魔館で起こる物事の最終決定など、
 様々なお仕事がお嬢様には御座います。既に必要無くなった美鈴先生の授業を続ける事は、
 お嬢様に無用な負担を増やすだけの事となります」
「……確かに、そうかもしれないわ。でも……!」
「美鈴先生ご自身もその事を良く分かっておいでの上で、ここを去ったのだと思われますわ」
「あ……」

『美鈴自身も良く分かっている』
思い当たる所がある。最後に交わした会話の中で、確かにそういう事を言っていた。

「でも、それはここを出て行く理由にはならないじゃない! さっき美鈴が言いかけた理由。
 それを聞かなきゃ納得なんて出来ないわ!」

例え、その理由が美鈴の自分勝手な理由でも、私に悪い所があったからであっても、
聞いていたのなら納得出来る。
でも、このまま何も聞かずに行かせてしまって良いわけ無い!
私はたまらず廊下を走り出した。
こんな所で時間を潰している暇は無い。こうしている間にも美鈴は遠くへ行ってしまう!

「お嬢様。それでも今のお嬢様には『教育係』は必要無いのです……」



今日でこの門をくぐるのも最後になるわね。
目の前に立ちはだかる大きな正門の前で私は一度立ち止まった。
そして振り返ると、そこには自分の第二の故郷の様に長年を過ごしてきた、
大きな紅い屋敷がそびえ立つ。

各地を渡り歩き放浪の旅をしていた私が、最初にこの屋敷に連れて来られた時、
館その物の放つ威圧感に、覚悟まで決めてこの門をくぐったものだったわ。
だけど、話を聞いてみれば何と言う事も無く、私をどこかで知った前当主が、
「娘の家庭教師になって欲しい。」と、切り出してきた。
当主の態度にも逆らい難いものがあったし、これも良い経験になるかと、
二つ返事で承諾して、それから今まで。

考えてみたら、ここに長く居過ぎたのかもしれない……
こんなに別れが辛くなるなんてあの頃は思ってもみなかったわ。

紅魔館に向けて一度姿勢を正す。そして深々と頭を下げた。
それは遥か前に家族の下を離れ放浪の旅に出る時、故郷の町にそうした様に。
これでもう、ここでやるべき事はやり終えた……
館に背を向け一歩ずつ確かに門の外へと足を運ぶ。

さようなら紅魔館。



「待ちなさいよ!」

せっかく別れを切り出したのに、背中に投げかけられたのは忘れようにも忘れられない、
あの懐かしい声だった。

「まだ、ここを出て行く理由を聞いてないわ!」

当主らしい凛々しい声が響き渡る。

「私がここを出て行く理由はね。レミリア、貴女の為よ」
「私の……?」

ああ、本当はこんな事、言うつもり無かったのに……
それでも本当の事を言わない限りレミリアは納得しないだろう、
例えそれがこの子を辛い目にあわせる事であっても……

「貴女はこれから紅魔館の当主として色々な事に出会うでしょう。
 それは辛い事であったり、時として苦しい判断を下さなければならない事もあるでしょう。
 そんな時、もし私が側に居たりしたら、今のあなたはきっと私を頼ってしまうわ」
「私は、そんな事……」

しない。とは、言えない様だ。
でも、それで良いのよレミリア。
動揺している時でも自分の事を見失っていない良い証拠だわ。

「だから私はあなたの元を離れるの。もし、重要な場面で貴女が私の事ばかりを頼りにしていたら、
 紅魔館を私が動かす事になってしまうわ。でも、ここに住む人達は貴女に付いてきてるのよ。
 彼らの信頼を揺るがせない為にも、私はここに居ない方がいいわ」
「……だからって」

これまで当主として気を張っていたのだろう。
気丈なレミリアの表情が感情の波に押されて、一気に崩れ、ぽろぽろと涙を零し始めた。

「お父様も居なくなって。美鈴も居なくなって。そしたら……そしたら、私一人になっちゃう!
 何にも知らないフランと二人で、私これからどうすればいいの……?」
「……」
「行かないでよ美鈴! 一緒に居てよ美鈴! 居なくなるなんて寂しいよ美鈴!」
「甘えないで!」

パァーーン!!

満月に吸い込まれる様に乾いた音が鳴り響く。
弾幕の練習の中でデコピンとかチョップとかはいくらもやってきたけど。

怒ってレミリアの頬を打ったのは、これが初めてだった……

「めーりん……」
「良く聞きなさいレミリア。貴女は我侭を言ったって良い、気紛れで誰かに迷惑掛けたって良いわ。
 でも、甘えてはダメ! 誰かの前でうろたえるのも、弱さを見せてもダメ!
 貴女がそういう態度を取っていたら、貴女を主人として付いて来ている彼らは一体誰を信じればいいの!?」
「あ……」
「貴女にはこれからきっと、外からだけでなく中からも敵が出てくるでしょう。
 従者の誰かを裁かなければならない事もあるでしょう。
 ただ疑わしいというだけの者や、罪の無い者まで時には処分しなければならない事もあるでしょう。
 そんな時、本当に貴女の支えになるのは大部分の彼らなのよ」
「うん」
「だから、彼らの期待を裏切ってはダメよ。いつまでも、強くて怖くて我侭な主人でいなさい」
「……うん」

最後に強くレミリアを抱きしめる。
もう、何度もやってきた事だけど、これが最後なんだ。
暖かいこの感触、絶対に忘れないわ……
大好きよレミリア。

そして、さようならレミリア……

レミリアから手を放す。レミリアはまだ下を向いて泣いている。
もう彼女を見ているのは辛いから、一度も振り返らず走って行ってしまおう。
あの湖の向こう側まで。

「……それなら、私を守って……」

レミリアが口を開いた。
涙に濡れた瞳で。震える声で。でも、はっきりとした口調で。

「私の側に居られないなら、紅魔館の門番をして頂戴!」
「もん、ばん?」
「ええ。紅魔館を狙ってくる妖怪も少なくないの、うちには強い力を持つ従者はあまり居ないから、
 攻めてくる奴を私がイチイチ相手にするのも大変じゃない。だから優秀な門番がここには必要なの」
「ええ」
「これなら『教育係』でなくても、私の側に常に居なくても、ここに居られるでしょう?」
「そう、ね」
「それに……」
「……それに?」
「『あなたが傷付くくらいなら、その前に私が守ってあげるわ』、でしょ?」

ああ、あの時言ったあの言葉。レミリアはまだ憶えてたんだ。
顔を赤らめて言いにくそうにその言葉を発するレミリアを見て、私は不覚にもクスクス笑ってしまった。
だって、レミリア。可愛いんだもの。

「もう! これ言ったの美鈴なのに。何で私が笑われなきゃならないのかしら!?」
「ふふふ。ごめんごめん。ふふふ!」
「む~っ! せっかく当主様が、ここに居られる良い話を持ってきてあげたのに!」
「知ってる? レミリア。そういうのを『詭弁』ていうのよ?」
「もういいわよ! 門番やるの!? やらないの!?」

私は深々とレミリアに頭を下げた。

「喜んでお受けさせて頂きますわ、お嬢様」

頭を上げるとそこには満面の笑みを浮かべたレミリアが居た。

「これから紅魔館の事、頼むわよ美鈴」
「ええ。この龍美鈴、紅魔館とお嬢様を必ずお守り致します。……この命に掛けて」

紅魔館の正門を挟んで内と外。
レミリアから伸ばされた手を取る。

「そうだ。私から貴女にプレゼントをあげるわ」
「プレゼント?」
「そう。貴女が紅魔館の、私の物だと分かるように、もう勝手に出て行ったりしないように、
 ペットの首輪の代わりの名前をあげる」
「何か、嫌な言い方ねぇ」
「さっき笑ったお返しだもの。で、あなたの新しい名前は、紅魔館の美鈴、『紅美鈴』よ!」
「紅美鈴……」
「今作ったにしては良い名前でしょう?」

レミリアの手に引かれるまま私は門をくぐって、再びここ、紅魔館へと帰って来た。
今日から紅魔館の一員としての、『紅美鈴』としての生活が始まるのだ。

「ええ、とっても!」








そして、時は流れて幾星霜。

かつて、姉妹の様に暮らしていた二人は

一人は多くの従者を束ねる主人として。

一人はその主人を守る門の番人として。

同じ敷地の中、それぞれの場所で長い時を過ごし、今へと至る……








「あの頃と、ここも随分変わっちゃったわね」

レミリアを膝枕しながら美鈴は不意に口を開いた。
眠っている様に見えたが、どうやらレミリアも目を瞑って同じ事を考えていたらしい、

「ええ。メイド達の中にも同じ顔ぶれの者はもうほとんど居ないわ。
 昔の名残といったら、美鈴の額にある『龍』の字くらいかしら?」
「ふふ。そうね」
「そろそろ『紅』の字に変えない?」
「何度も言ってるけど、もう一つの家族の名前だもの、そう簡単には捨てられないわよ」
「分かってる。言ってみただけよ」

してやったり、という顔でレミリアはクスクス笑った。
それを見た美鈴も「しょうがないなぁ」と同じくクスクス笑う。

不意に美鈴は優しい顔つきでレミリアを見下ろした。

「パチュリーさんに咲夜さんに小悪魔ちゃん。最近だと霊夢や魔理沙……
 あれから、たくさんのお友達が出来たわね」

そして美鈴は少し遠くを見つめて続けた。

「これなら、いつ私が居なくなっても寂しくないわね」

レミリアはその言葉に反応し、僅かに体を強張らした。

「……ダメよ。……美鈴が居なくなったら、誰が私に膝枕してくれるのかしら?」
「咲夜さんとか」
「咲夜は従者だもの、『甘えてはダメ!』って貴女が言ったんじゃない。
 パチェや霊夢は只の友人、あの子らにしてもらうのは私のプライドが許さないわ」
「じゃあ、仕方ないわね」
「そう、仕方ないのよ」

太腿に置いた頭を少しずらし、レミリアは美鈴のお腹の部分に『ぼふっ』と顔を埋めた。

「だから、居なくならないで美鈴」
「大丈夫よ。私は居なくならない。ずっとここに居るわ」

美鈴は優しくそう囁く。
けれど、美鈴には分かっていた。
本当にいつまでもここに居られる訳ではないと……

それは美鈴とレミリアの成長度合を見てみれば一目瞭然で、美鈴の方が早く老いるのだ。
大体にしてレミリアは不老不死の吸血鬼、対して美鈴は只の妖怪。
もともとの生きる時間の長さが違いすぎる。

(いつかはこの子を置いていかなければならない日が来る)

美鈴は、いつの日からかそう考えていた。
そしてそう考える度に、

(でも、それは今ではない、その時が来た時それでもこの子が寂しくないように、
 ……笑って生きていけるように、精一杯の事をしてあげよう!)

と、開き直る事にしている。
いつか居なくなる事が重要なんじゃない。
居なくなるまでにどれだけの事が出来るのか、が大事なんだと。
そう開き直った後の美鈴はどこか清々しく、そして力強く見えた。

かたやレミリアは、いつか自分に愛想を付かせて、もしくは美鈴自身の進むべき道を見つけて、
彼女は自分の元を離れていってしまうのではないか?と考えていた。

しかし、もしそれで美鈴が居なくなるなら、それは仕方の無い事だとレミリアも分かっていた。
レミリアが本当に不安だったのは、自分の我侭のせいで美鈴をここに縛りつける事で、
美鈴の幸せを奪ってしまっているのではないか? という事だった。

少しためらった後、レミリアはおもむろに口を開いた。

「美鈴。あの時、ここを出て行かないで。ここにそのまま残ってて幸せだった?」

質問の意図を汲んだ美鈴は。顔を見せないレミリアに、言い聞かせる様にはっきりと答えた。

「レミリア、私あなたに会えて本当に良かったわ」
「……うん」
「今ここに貴女が居る事、言葉に出来ないくらい……嬉しい」
「……うん……」
「これからも貴女が笑顔を見せてくれるなら。私はきっと、ずぅ~っと幸せだわ」
「……ありがとう、美鈴。私も貴女が居てくれて本当に良かった……」



「これからも、一緒に居てね?」






余談になるのだが……

レミリアは、本人には勿論、フランドールなどのごく近い者にも話した事が無いので、美鈴が知る由も無い事なのだが。

『紅美鈴』という名前には。『紅魔館の美鈴』という意味の他にもう一つ別の意味がある。

それは、姉や母の様に慕っていた美鈴を、家族の一人として認めた名前。

つまり、『美鈴・スカーレット』転じて『紅美鈴』という。

まあ、二人を見る限り今更あまり関係の無い話だとは思うが、一応明記しておこう。
「これからも、一緒に居てね」

温かい風が頬をなで、花が香り、時間が止まっているかのように静かだ。
誰にも邪魔されない二人の時間……

しかし、二人は気付いていなかった。
その様子を外から見届ける鬼の存在に!
鬼と言っても萃香の事ではない。
そこに居たのは、お嬢様の『れみりゃ度』が急上昇した事を感じ取り、
時間を止めて駆けつけた、メイド長。

すなわち、鬼の様な形相をした咲夜さんが居た!
いや、正しい言い方に直そう。
そこには、咲夜さんの様な形をした赤銅色の鬼が居た!

まあ、この1秒後、とてもじゃないが健全なHPの中では書けない言葉を発しながら、
部屋の中に突入、美鈴に殺意を向ける鬼。
鬼に追われ、背中にナイフを何本も刺されながら死に物狂いで逃げる美鈴。
従者に情けない所を見られ、愕然と放心するレミリア。
さらにその後、

集まってくる紅魔館戦闘部隊 VS 奇声を発しながら暴走するメイド長

という戦いが起こり、ドサクサに紛れて暴れだすフランドール。
戦いが終わった後には八割がた崩壊している紅魔館。

といった、微笑ましい地獄絵図が繰り広げられるのだが、それはまた別のお話。
Looser
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コメント



0.3190簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
後書きの咲夜さんの所為でイイ話が台無しにw

>しかっりしなさいよね中国
ちょ、咲夜さんこそしっかりw
>側近の物
「者」のような…でも側近が妖怪だとしたら「物の怪」の「物」であってるのかも?
9.90名前が無い程度の能力削除
美鈴のお母さん度は幻想郷でも三指に入るぜ。
10.80名前が無い程度の能力削除
なんという微笑ましい話

なんという微笑ましい地獄絵図
15.90名前が無い程度の能力削除
泣いた。
書く事はそれだけでいい…。
19.90名前が無い程度の能力削除
め、美鈴ーーーーっ!
なんて夜の王に相応しいお説教!

あとメイドは空気嫁(w
21.90名前が無い程度の能力削除
これは良いママですね。
23.100名前が無い程度の能力削除
やっぱお母ちゃんな美鈴はいいなぁ・・・。
25.80削除
最後でいい話が台無しに…w
30.70名前が無い程度の能力削除
ちょっと気になったので
気が置けない、っていうのは遠慮したりすることがなく心から打ち解けられるって意味です。話は面白かったのでそこが残念。
33.70SSを読む程度の能力削除
たしかに美鈴とレミリアの出会いは謎ですね。
こんな感じだったのかも…

でも咲夜さんの出現が省かれてるから紅魔館の力関係が微妙だ…
しかもあとがきを見る限り”LOVEれみりゃ型”の変態咲夜さんだし。
一体紅魔館最強は妹様を除くと誰なんだろう…?
43.80名前が無い程度の能力削除
あとがきのSS版も読んでみたいような気も・・・
45.無評価Looser削除
たくさんのコメントありがとうございます。
創想話では、はじめましてLooserです。

美鈴が紅魔館に居る理由が、色々な所で書かれているので、自分的に「こうだったら良いなぁ~」と言う話が書きたい! と、思いつい書いてしまいました。
少しでも、笑ってくだされば幸いです。

>側近の物
誤字でした! ありがとうございます。修正しておきました。

>気が置けない
本当だ! ああ、本当はそういう意味だったんですね。
ですが、今回は代わりの言葉がすぐに考え付かない事と、
誤用の意味の方が広く浸透し、本来の意味を知っている方も、文脈などから誤用の方の意味だと判断出来ると思われますので、あえて修正しませんでした。

ですが、大変勉強になりました。ありがとうございます。

>紅魔館最強
あくまで、この作品の中だけの話ですが、現在フラン抜かして最強はレミリアです。
「弟子は師を越え申した」(盲目の忍者)という感じで、もう美鈴よりずっと強いです。
ちなみに、咲夜さんと美鈴はおんなじくらいの強さ、偉さで、作中で咲夜さんに苛められてるのは、あくまで性格によるものですw
レミリアが美鈴に膝枕してもらってるのは、お嬢様は見た目通りの性格らしいので、普段はカリスマでも誰かに甘えたい時があるですよ。……ツンデレ?

>あとがきのSS版
そんなに深く考えてなかったーー! 脳内補完でどうかご勘弁を!
47.80名前が無い程度の能力削除
か、可愛いじゃねぇか吸血幼女。
53.80名前が無い程度の能力削除
つかみから上手い!二人の関係をハラハラしながら読ませていただきました。
なるほど『紅=スカーレット』…か、なるほど…。

…それにしても、本文での美鈴株上昇度に反比例して咲夜株が暴落するあとがきだw
55.90油揚げ削除
優しさと厳しさと。
美鈴さんの姿に、至上の尊敬を感じます。
67.100名前が無い程度の能力削除
母と娘のような、あるいは姉妹のような二人の関係が良いですねえ。
そして最後に良い意味でやられたww
69.100bobu削除
美鈴株急上昇。
微笑ましいいいお話でした。

ぜひあとがきネタでSS作っていただきたい。
77.80タピオカ削除
誰も言及してないので一言。
気の置けない存在=気を使わなくても良い親友 って意味です。