今宵は神秘の夜、現世もあの世も賑やかな、素敵なハロウィンの夜。
こんな夜には、此方と彼方の境界が少しだけいい加減になる。
目を凝らしてみれば、ほら、そこには…。
「あ、大ちゃん!やっと来た、遅いよー」
蒼い髪の少女が、待ちかねたように碧髪の友人に食ってかかった。
「はぁ、はぁ…そんなこと言っても、時間通りだよチルノちゃん。
もうちょっと早く来ようと思ってたんだけど、魔理沙さんに跳ね飛ばされてたから…」
「あいつ、こんな時までも迷惑なのね。今夜の主役のあたい達に迷惑かけると、後が怖いんだからー」
憤慨するチルノの腕を、大妖精は引っ張った。
「そんな事はいいから、さあ、早く行こうよ。夜は短いんだよ?」
「ん、それもそうね…目一杯楽しまないと!他にゃ負けられないよ!」
そう、ハロウィンはかつて、妖精達の聖地で生まれた祭り。この祭りで妖精が楽しみ負けては沽券にかかわるのだ。
二人は、ビルの間を練り歩く人々の列に突撃して行った。きらきらと水晶のように輝く蒼い髪と、穏やかな湖面のような碧の髪が人々の目の端を掠める頃には、妖精達の手には人の懐を飛び出て来たお菓子や果物が握られ、人々は気付かない内に別の仮装に変わっていたり、髪をおかしな形に結ばれたり、懐に木の実や見覚えのないコインが入っていたりして、後でびっくりすることとなるのだった。
「きゃはは、今の奴の顔見た、大ちゃん!何が起きたかわからない、って感じ!」
「水をまく時は、ちゃんと妖精に挨拶してもらわないとね。でも、この涼しいのにずぶ濡れにしちゃって、ちょっと気の毒だったかな」
「いいのよ。黙って水ぶっ掛けられてたら、この子が起きちゃうじゃない」
また、この行進の最中、親とはぐれた迷子達が、気がつけば親の背中に帰っていたとも言うが…。
「やっぱり、ハロウィンと言えば魔女だぜ。仮装コンテストの一位は私のもんだ」
カボチャのランタンを下げながら、「いかにも」な黒と白の服に身を包んだ魔女は気勢を上げた。
「あなたじゃ、魔女は魔女でも悪い魔女ね。ルビーの靴でも履いてごらんなさいよ、きっと上から家が落ちて来るから。…ほら、上海、蓬莱。あまりちょろちょろしないの」
まるでキャロルの世界から抜け出したような金髪の少女が、操り人形を手元に招き寄せる。
生きているかのようなその仕草に、周囲の人々は視線を集めた。
それを受けて、二人の後ろでラベンダーの髪の少女がむすっと口元を歪める。
「人が多くて息苦しいわ…」
「そんなにむっつりしてると皺が増えるぜ、パチュリー。せっかくの魔女の宴だってのに」
「無理矢理に連れ出したくせに…」
断ることは許さんとばかりの連日の訪問に、当日のブレイジングスターでの出迎え。いや、図書館の中まで来たから、押し込み迎えか。
強引の上に強引を重ねた誘いへの非難を込めて半眼で睨むパチュリーにまあまあと手を伸ばし…にんまりと笑うや、魔理沙はいきなり、ぱっと彼女の耳を摘んだ。
「ひゃっ?!」
「ふふん、この紫水晶の耳飾り。ふだんは着けてないよな?前に宴会の時とか紅魔館でのイベントの時に見たことからするに、お出かけ用のお気に入りと見た」
「…!な、な、なっ…!」
パチュリーの顔が、ぼんと音を立てんばかりの勢いで紅潮した。
その硬直の隙に、背後からアリスが彼女のドレスを軽くつまむ。
「仕立ては上々、手入れもばっちり。このドレスも同じくお気に入りの一品と見たわ」
「あ、アリス、あなたまでっ…」
弄り甲斐のある相手が傍にいれば、思う存分弄るのが乙女の作法。アリスも、魔理沙と同じようににんまりと笑っていた。
「「…実は外出を楽しみにしてたんじゃない、もしかして?」」
声を合わせた悪友二人に、パチュリーはわなわなと全身を震わせ…
「…っ、瓜符『かぼちゃうぉーずっ!』」
「わっ、馬鹿、こんなとこで…!」
その後、どこからともなく飛んで来たいくつものカボチャがそこら中に命中し、その場はちょっとした騒ぎになったのだった。
「妖夢、こっちでマシュマロ炙ってるわよ~」
楚々とした、桜のようなその少女は、焚き火に炙られるマシュマロの串に手を伸ばした。
「ああ、勝手に食べちゃ駄目ですってば、幽々子様」
腰に両刀をたばさんだ、少々場違いな女剣士の仮装の、銀髪の少女がそれをたしなめるが、言われた当人は知らぬ顔で二串目に手を伸ばしていた。
「何言ってるの。これは西洋のお盆、あの世の住人のためのお祭り。ちょっとくらい捧げものをもらってもバチは当たらないわ」
「むむ…確かにそうかも知れませんが…」
「ほらほら、固いこと言わないでっ、と」
先ほどからののんびりした動作からは想像もつかないほど機敏に、幽々子は妖夢の口にマシュマロを放り込んだ。
「ん、むぐっ?…む、んぐ…」
目を白黒させ、はふはふ息を吹きながらもそれを噛み締めると、妖夢の眉尻は下がり、目がとろんと細められた。
「あまい…おいしいです」
「うふふ」
幽々子は目を細めて、マシュマロを串ごと妖夢に差し出した。
「ほぉら、甘いの好きなくせに我慢しないの。お祭りは楽しまないと損よ?」
「は、はい…あ、熱ッ」
とろりと溶けたマシュマロを必死に口の中で転がしながら、妖夢は見るからに幸せそのものだった。
そんな二人のやり取りが聞こえていないのか、その背後では人が数人、「急に消えた」マシュマロに目を白黒させていた。そして、彼らの見ている内にも、串がどんどん消えて行く。串が全部消えた時には、ちょっとした騒ぎになったそうである。
ところで、ハロウィンで焚くかがり火は、亡霊よけのためでもあると言うが…まあ、何事にも例外はあるものだ。
「どうしたの、咲夜。珍しく落ち着きがないのね」
「は、これは…申し訳ありません。ハロウィンの日とはどうも相性が悪いもので」
「あら、大変ね。仕方のないことなのだけど」
銀髪の女性に肩車されたまま、幼いながらこの世ならぬ美貌の少女が面白そうにからから笑った。
妹が、その姉にのしかかるように抱きついて言葉を引き継ぐ。
「今日は、時間も空間も曖昧になる日。当然、咲夜にとっては居心地が悪いよね」
「はあ…こう能力が不安定ですと、仕事にも差し支えますし」
表情を曇らせた咲夜に、フランドールは首をかしげた。
「調子が悪いんだったら、休めばいいじゃない?」
「は、しかし」
反論を制するように、レミリアが咲夜の眼前にぴたりと指を突きつける。
「ええフラン、その通りよ。…咲夜、私達はお祭りに来てるの。遊びに来てるのよ?いい加減、たまには仕事を忘れてゆっくりなさいな。それじゃ、私達まで楽しめないわ」
「こ、これは…申し訳ありませんでした。そうですね、たまにはよろしいですか。ここには危険もありそうにないですし」
そこまで言って、咲夜はぴたりと足を止めた。行く手の道を、酔って少しばかり羽目を外し過ぎた数人が塞いでいたのだ。
「…でも、王の行く手を阻む無礼者はいるようね。咲夜、祭りで他の者の楽しみを邪魔する無粋な輩には、しっかりと教育をしてやりなさい」
「お酒くさいー。あれ、きゅっとしちゃ駄目?」
「だーめ。今日は大人しくしてるって約束でついて来たのでしょう?私との約束を破る気かしら?」
「んー…仕方ないなあ、我慢するわ。お姉様」
「では、ほんの少しお待ち下さい。すぐに済みますので」
実際、ほんの数秒で十分だった。地面にのびた酔っ払い達を近くにあった浅い池に放り込むと、咲夜は拍手を背に受けながら、主人二人の手を引いて去って行った。
「ねえ、あの屋台に寄りましょう。タコ焼き食べたいわ」
「私、リンゴ飴ー!」
「ふふ。ほどほどになさって下さいね?」
「Trick or Treat!」
「はい?」
「何でも、子供が今夜唱えると、必ずお菓子を差し出さなきゃならなくなる呪文なんだって。だから何か買って、鈴仙」
兎の耳をつけた少女は、幼げな連れの頭をぽこんと叩いた。
「子供とは、よくもまあぬけぬけと。だいたい、さっきも飴買ってあげたばかりじゃない。食べてばかりいると鮫から美味しそうに見られるわよ?皮だけじゃなくって肉まで剥がれたって知らないから」
「ほら、どこからどう見ても子供だよ。鈴仙おねーちゃんっ♪それに、この呪文に逆らってお菓子をくれない人は、イタズラされちゃうんだって。だからダメだよ、買ってくれなきゃ♪」
鈴仙は、てゐのふかふかの肌に抱きつかれ、まん丸の目で見上げられて、思わず言うことを聞いてしまいそうなのを必死に自制した。
「なにその微妙な呪い。だいたい、お財布の中身にだって限りが」
「…あーあ、どこかの脂ぎった男にイタズラされないといいんだけど。いや、もしかしたら女って可能性もあるな…」
てゐのぼそりと呟いた一言に、鈴仙は目を剥いた。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!イタズラってそういう意味なの?!」
「ん~?そういう意味って、どういう意味なの~?」
何も言わず、てゐはにやにやと笑う。タイミングの悪いことに、彼女の耳には、傍の店で騒いでいるたくさんの酔っ払いの声がちょうど届いていた。
「う…」
まさか、と鈴仙は思ったが、聞いたところによると、この祭りは相当長い歴史を持ち、現世と彼岸の境を一時的に消去するほど強力な力を持つ儀式らしかった。となれば、その儀式の一部として編まれた呪文は相当に強力な呪力を秘めていてもおかしくはない。そして、決まりに逆らった者に不運をもたらすという呪いはそれほど珍しくはないのだ。
彼女の主人二人が、ハロウィンについて大げさな(嘘ではない)話を彼女にさんざん吹き込んでいたせいもあって、てゐのいつもの嘘だろうとは思いつつも、考え始めると嫌な気分が止まらなかった。
「まさかとは思うけど…まあ、いいわ。君子危うきに近寄らず。何食べたいの?」
「わーい!じゃあ、焼きトウモロコシいこ!」
ぴょこぴょこと、まるで生きているようによく動く耳や尻尾を見て、周囲の人々は首をかしげていた。
人ごみとどよめきの中、黒服の少女が、到着した連れに手を振った。
「あ、リグルんやっと来たー。ねえねえ、これ、聖者が十字架に貼り付けられたポーズに見える?」
「ごめんルーミア、遅くなっちゃって。…んー、道端でパントマイムしてるみたいに見えると思う」
実際、周囲からはじろじろと視線が集まっていた。
「むー、今日は聖者のお祭りだって言うからせっかくポーズの研究して来たのにー」
「いいから、早く行こうよ。ほら、この子達も出番を待ちかねてるんだし」
リグルは、懐から竹編みの細い籠を取り出して、ルーミアに手渡した。
街灯がついていながら妙に薄暗かったその場所に、淡い光が広く広く広がって行く。
「あ、これ…蛍?蛍のランタンだね」
「うん、それならルーミアと一緒でも大丈夫でしょう?」
蛍の光は夜の光。それは、いかに抑えようとなお明かりを暗くする宵闇の力の中でさえ、いや、宵闇が深いほどに一層強く、一層美しく輝くもの。
「わ、ありがと。ちょっと目立つんじゃないかって、少し困ってたとこだったのー。…でも、今日はカボチャのランタンを使うものじゃないの?」
リグルは、顎に指を当てて視線をさまよわせ、うろ覚えの知識を思い返しながら答えた。
「確か、元々は死者が迷わないためのろうそくを、扱いやすいようにカブをくりぬいて入れてたのが始まりなんだって。だから、本当は入れ物の形は問わないみたい」
「へえ、そうなのかー」
「さ、行こルーミア。遅れちゃったお詫びに、何かおごるよ。こっちのお金、夏の間にこつこつ手に入れておいたからいっぱいあるよ」
「アリさんだね」
「あら、キリギリスだってちゃんと仕事をしてたんだよ。お話ではああだけど、実際には彼らは後悔してないわ」
「そうなの?」
「そう。だって、今日みたいな日に音楽の仕事をしてくれる誰かがいなかったら、働いて疲れた誰かはどうやって楽しく休めばいいの?」
「…うん、そうだね。あはは、きっとみんな今頃、妖精や亡霊演奏団と真っ向勝負の最中だね」
「あ、確かにそれそうかも。妖精にはハロウィンの面子、亡霊には本職の面子、虫には秋の面子。こりゃ譲れないわね、お互いに」
「今日は賑やかになりそうだね。音楽いっぱい、お店いっぱい。わはー」
「ふふ」
「Trick or Treat!」
「あら、姫様。子供と言うにはちょっと苦しいんじゃありませんか?」
「ふふっ」
着物姿の女性が二人、人込みを歩いて行く。すると、誰からともなくその前から退き、見る見る道が開いて行く。
二人から漂う雅さが、常人が行く手を阻むことを許さないのだ。
「永琳にはずっと世話になって来た。私は、永琳の子供みたいなものよ」
目を細めた輝夜の言葉に、永琳は目を見開いた。
「ひ、姫様」
「外界に出てみて、あの頃のことを思い出しちゃってるでしょ。ダメよ、そんなんじゃ。いい加減、そのいつでも私に一歩退く姿勢は終わりにして欲しいの。…もう永いこと一緒にいるんだもの、いくら何でも気付いてるわよ?」
「…私は、姫様の従者ですよ?」
憂いを帯びた永琳の言葉を、輝夜はぴたりと突きつけた扇で遮った。
「従者なら従者なりの気の使いようがあるわ。罪悪感で気を使われるのは、従者の気遣いと違ってあまり気持ちのいいものじゃないのよ。…いい、今日はハロウィン。過去の亡霊とゆっくり話し合える祭りの日なのよ」
ややあって、永琳はゆっくりと笑った。
「姫様…もはや体も心も永遠のはずですのに、ずいぶんと変わられましたね」
「永遠は、固定とは限らないわ。流れ続ける永遠だってあっていいはずよ。天の川のようにね。それは、あの藤原の娘も示していること」
「これは…一本取られましたね。月の頭脳とまで呼ばれながら、私の視界は未だ狭かったようです」
「それは、あなたの罪の方が重かったからでしょう。私も、こんなことをあなたに言えるほど罪に耐えられるようになるまでは、永い時間を必要としたのだから」
輝夜はそっと目を伏せ、チョコバナナの屋台へ永琳の手を引いた。
「さあ…たまには、心からお菓子を私にちょうだい。そのくらいのおねだりは、従者なら聞いてくれるでしょう?」
「はい…喜んで」
その夜、現世では不思議なことが数え切れないほど起こっていた。
それらの全てを知りながら、現世と彼方との法の乱れを許さぬはずの裁判官はしかし、その元凶とのんびり酒を酌み交わしていた。
「ふふ、ずいぶん賑やかですね。死者達の想いを清めるにはいい夜です」
「でもいいんですか、映姫様?現世への過度の干渉はご法度のはずでしょ?」
徳利を傾けながら、赤毛の渡し守は普段にない上司の反応に首を捻る。
すると、裁判官の向かいで、元凶たる女性は満面の笑みを浮かべた。
「いいのよ。だってこれは現実ではないんだもの」
「へ?」
「今の外の人間は、自分の知識にないものは存在しないと思っている。どんなに不思議なことが起ころうが、それは『幻想』でしかないのよ。だから、現実には何ひとつ起こらず、幻想の結界は何ひとつ揺らいでいない。閻魔様が怒る理由は、何ひとつないの」
小町は肩を竦め、唇を吊り上げた。
「つまり、あたし達はなかったことにされてるってかい。ずいぶん失礼な話だね、そりゃ」
すると、彼女の上司がのんびりと杯を傾け、平然たる表情で答えた。
「それはそれでいいのですよ。一度幻想となったものは、何をしても消し去れはしない。幻想だからこそ、彼らはかえって憧れる。全ての生きものにとって致命的なのは、幻想そのものを忘れ去ること。幻想は忘れられてももはや消えませんが、幻想が忘れられればこの世の尊いものは全て消え去ります」
「なるほど。映姫様にしては、こんな大規模な結界破りに寛容だとは思ってましたけど」
目に上司への敬意の念を表し、小町は笑った。すると、映姫は勺を上げ、彼女を軽く叩いてたしなめた。
「今夜はもともと、境界が曖昧になる日。世界がそれを定めているからこそ曖昧な理屈を見逃すのです。普通の日にまで好き勝手出来る、と思われては困ります。…わかりますね、八雲紫?」
彼女が視線を向けると、紫は肩を竦め、チェシャ猫のように笑った。
「ええ。そんなこと、考えてみたこともありませんわ」
映姫は、ただ苦笑して、ひとつ大きなため息をついたのだった。
>【チラシの裏】
私はそういうの大好きですよ?神社のお祭りにお坊さん呼んだって、お寺に神社が付属していたって…そんな日本が大好きです。
寛容さと曖昧さ…これが人にはもっと必要だと思うのです。
追記、瓜符『かぼちゃうぉーずっ!』ほうじ茶を噴いた責任、どうしてくださる!
げしっ!
その神様達からすれば
「この期に及んで一人二人神が増えても気にしない」
らしいです。
実に大らかな神様達が住む、こんな日本が大好きです。